勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 14:00:44.77 ID:ASneZxZAO
1レスだと立て逃げ扱いで処理される可能性あるぞ
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 14:49:14.47 ID:xBfUru3/o
立て乙
余計なお世話かもしれんが一応前スレのURL張っておくぞ

勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1415004319/
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 17:07:56.77 ID:k0CwXe5k0
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/24(日) 23:55:26.42 ID:sc5he9ZA0
おつです。
今一番期待してます!
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/27(水) 03:14:34.85 ID:Vjb0agK7o
乙!

猫ちゃんより格上っぽいけど一人で勝てるかな
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/29(金) 21:30:27.96 ID:DCYb8diXo
まだかな?
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/29(金) 21:45:32.10 ID:qVjlbi+do
間隔あくけどしっかり更新してるから気長に待とうぜ面白過ぎて待てない気持ちはよくわかるが
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 00:16:00.96 ID:YqlbT0mpO
騎士のLevel4…魔王と戦ったような口ぶりだったな
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 12:40:29.84 ID:sNIq/UAko
獣王と戦ってなお魔王とも戦ってるわけだ
獣王はボロ負けだったんだろな
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 22:26:42.28 ID:dt5lkgcb0
まだかなー
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:42:50.64 ID:zBP9Ql630
 強くなったつもりだった。
 多くの敵を倒し、沢山の神殿を解放して、出来る限り力をつけたつもりだった。
 実感はある。
 獣王との決着をつけたあの日の時点と比較しても、あの世界樹の森での体験を経て自分の力は跳ね上がっている。
 獣王にも到底敵わないと武の国諸侯の前で嘯いてはみたものの、その実、やりようによっては独力で打倒できるのではと思えるほどには自身に自信をつけていた。

 だけど―――――届かない。

勇者「ぐ…はっ、はぁ……! ぜぇ…ぜぇ…!」

 地面に膝をつき、剣を杖として己の体を支えながら、勇者は必死で呼吸を整える。
 相対する騎士は追撃を加えるでもなくそんな勇者をただ見下ろしていた。

騎士「どうした? もう終わりか?」

勇者「…まだ…まだぁ……!」

 乾いて貼りついた喉にごくりと無理やり唾液を通し、勇者は立ち上がり剣を構える。

騎士「はは! そうこなくっちゃなぁ!!」

 その途端に、騎士は嬉々として勇者に向かって突っ込んだ。
 騎士は精霊剣・湖月を横殴りに振り回す。
 勇者は真打・夜桜をもってそれに応じる。
 騎士は片手。勇者は両手だ。
 なのに押し負けたのは勇者の方だった。
 ギャリン、と音を立てて振り切られた騎士の剣に押された勇者の剣は流れ、勇者は無防備な体を晒してしまう。
 そこを騎士に蹴りこまれた。

勇者「げう…!」

 腹部にめり込んだ騎士の足に押され、勇者の体が後方に吹っ飛ぶ。
 ダン、と木の幹で背中を強打した。

勇者「が、は…!」

 勇者の体はそこで止まったものの、衝撃でへし折れた木はめきめきと音を立てて傾いでいく。
 苦痛をぐっと飲みこみ、勇者は顔を上げる。
 騎士が眼前に迫って来ていた。

勇者「う、お…!!」

騎士「そらそらそらぁ!!」

 防御、防御、防御―――――繰り出される連撃を勇者はひたすらに耐え凌ぐ。
 これまでの経験で培われてきた勇者の防御技術は一級品だ。
 ひとたび防御に徹すれば、どんなに格上を相手にしても打ち破られたことはない。
 かの獣王の猛攻をすら、勇者は凌ぎきってみせた。
 なのに―――!

騎士「ほらまた隙が空いたぁ!!」

 勇者の剣をすり抜け、騎士の剣の切っ先が勇者の体に触れる。
 獣王以上の威力で、獣王以上の速度で、確かな技術を持って繰り出される連撃は、勇者の防御を容易く潜り抜けた。

勇者「うおああああああ!!!!」

 無我夢中で身を捩り、勇者は騎士の剣を躱す。
 浅く裂かれた勇者の胸元からどろりと血が零れた。

勇者「ぐ……ちっくしょお!!」

 勇者は地面を蹴ってその場を離れ、騎士から大きく距離を取る。
 追撃に移らんと身を屈める騎士に向かって勇者は指をさした。

勇者「呪文・大烈風!!!!」

 勇者の指先から生まれた風の塊が騎士に向かって突っ込んでいく。
 木々を薙ぎ倒し、まともに当たれば竜の尾撃すら打ち逸らすその威力。

騎士「うざってえ!!!!」

 騎士が剣を振る。
 その余りの速度に生まれた衝撃が、迫る風の塊と激突した。
 相殺し、霧散する勇者の風の呪文。
 ――――剣のたった一振りで、勇者の呪文は無効化されてしまった。

勇者「くっ…」

 わかってはいた。
 わかっていたつもりだった。

 だけど――――こんなにも遠いのか
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:43:36.62 ID:zBP9Ql630
騎士「茶番はよせよ、勇者」

 騎士は呆れたように勇者にそう声をかけた。
 勇者の肩がピクリと震える。

勇者「茶番…?」

騎士「俺はお前の事を良く知ってる。お前の性格は熟知してる。お前は臆病で―――慎重だ。お前は決して、勝ち目のない戦いは挑まない」

騎士「お前は必ず、ある程度勝ちの算段をつけてから戦いに臨む。今回だって、そのはずだ。あるんだろう? 俺を倒す、何か『切り札』のようなものが」

騎士「それを見せろよ。うだうだと、くだらねえ時間稼ぎなんてしてんじゃねえ」

 勇者と騎士の視線が交差する。
 ふぅ、と勇者は息を吐いた。

勇者「分かったよ。見せてやる。だけど、その前にひとつだけ聞かせてくれよ」

騎士「なんだ?」

勇者「騎士……お前はどうしてあの時、武の国で俺を救ってくれたんだ? どうしてわざわざ、壊れていた俺を元に戻してくれたんだよ」

勇者「お前が『暗黒騎士』だっていうんなら、俺は壊れたままでいた方が良かったはずだ。あのままだったら、俺は多分、ここまで辿りつくことは出来なかった」

勇者「そっちの方が、魔王軍として都合が良かったはずだ……なあ、教えてくれ。お前は一体どうして……」

騎士「ああ、なんだそんなことか。そんなもん決まってるじゃねえか」

 騎士はあっけらかんと笑った。

騎士「教えてやるぜ、勇者。俺の行動理念はいつだって、どんな時だって、たったひとつだ。お前を救ったのだって、それに従っての事に過ぎない」

 騎士の笑みに悪意はない。
 純真無垢とすら言ってよかった。
 だからこそ――――『有害』と彼を評した勇者の言は、正鵠を射ていたのかもしれない。



騎士「つまり――――そっちの方が面白そうだったから、だ」


14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:44:21.14 ID:zBP9Ql630





第二十八章  モンスター




15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:45:05.02 ID:zBP9Ql630


 滑稽な父親の死に様が愉快だった。

 泣き叫ぶ同僚にとどめを刺すのは爽快だった。

 逃げ惑う王を追い詰めた時は興奮した。


 町の住民を虐殺した時は大変だった。

 数も多いし、自分の仕業だとばれないようにするために、かなり気を遣った。

 だからこそ、成し遂げた時の達成感は一入だった。

 あの日ほど、昇る朝日を美しく思ったことはない。

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:45:55.47 ID:zBP9Ql630


 退屈が嫌いだった。

 人生を半分無駄にした分、これからを楽しまなきゃという気持ちが強かった。

 故郷を滅ぼし、後始末を終えて、やることが無くなった。

 さて、これからどうしようかと悩み―――とりあえず魔王城を目指すことにした。

 戦うことは好きだったから、暇つぶしになればと思い、魔王城に乗り込んだ。

 どこにこれだけ隠れてたんだってくらい大量の魔物が襲って来たけれど、誰も自分に傷一つつけられなかった。

 獣の王、なんて大仰に名乗った猫ちゃんは少しばかり歯ごたえがあったけど、それでも自分の全力を引き出すには遠く及ばなかった。

 そのままあれよあれよと奥に進み、遂には魔王と対面し、剣を交えて――――



 なんとまあ、驚くべきことに、そのままあっさり魔王に勝ってしまった。



 かなり拍子抜けした。こんなものなのかとがっかりした。

 同時に、こうも思った。

 これで、こんなもので、世界は平和になってしまうのか―――と。

 自分なんて世界じゃ無名もいいところだ。

 誰とも知れない人間が、いつの間にやら魔王を倒し、世界を平和にしてくれた。

 世間の人々はどう思うだろう。

 ラッキー、助かった。これで安心して暮らしていける。なんて幸運なんだ、我々は!

 ――――そう想像すると、非常に気分が悪かった。

 まったくもって気に喰わなかった。

 だから、魔王の命乞いを聞き届けた。

 仲間にならないかという誘いも受けた。

 こうして、『暗黒騎士』という魔王の側近が生まれた。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:46:50.69 ID:zBP9Ql630


 一応、余計な波風を立たせないために魔王城内では仮面で顔を隠していた。

 魔王の新たな側近、『暗黒騎士』の正体が魔王城を半壊に追い込んだ人間だと知るのは、魔王の他には獣王といったごく一部の魔物だけだった。

 魔王の側近となって、色々と面白い話を聞いた。

 魔界のこと、大魔王のこと、それから―――『伝説の勇者』の結末。

 そんな話を聞けただけで、魔王に協力する価値はあったと思った。

 といっても、部下というよりは賓客という扱いだったから、命令は受けず、協力は完全に自由意志で行った。

 気ままに世界を旅行して回り、気が向いた時だけ魔王にとって利になる行動を取った。

 すなわち―――『魔王討伐を目的とした冒険者の排除』。

 魔王軍にとっての脅威の芽を事前に摘むこと。

 魔王討伐の旅をしている冒険者の噂を聞きつけては、様子を見にそいつの元を訪ねた。

 そして、見込みのない者には実力差を見せつけて心を折り、早々に旅を諦めさせた。

 そんなことを繰り返しているうちに―――あの町で、勇者に出会った。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:47:36.13 ID:zBP9Ql630


 『伝説の勇者』の息子がこの町に居ると聞いて、正直言ってかなりテンションは上がっていた。

 親父が目の敵にしていた『伝説の勇者』。

 自分の人生を歪めた遠因となった男の、息子。

 別に恨みつらみがあった訳じゃない。あったのはただただ単純な、興味。

 自身と同じように、いやそれ以上に、父親の名の重圧を受けて育ったであろう男。

 果たして、どんな人間なのか―――ちょっとばかり期待を持って、接触した。


 結論から言って――――まあがっかりした。


 成程話してみると似たような境遇で生きてきた者同士、気が合う部分は確かに有った。

 だけど勇者は弱すぎた。

 父親の重圧からただ逃げて、それでへらへらしているクソ雑魚野郎だった。

 それを知って、もう全く勇者への興味を失った。

 むしろ、父の名から逃げ出したくせに中途半端に『伝説の勇者の息子』としての立場を保ち続けていることに怒りすら覚えた。

 だからもうどうでもいいやと思って、近くにいた猫ちゃんに勇者の存在を教えてやった。

 いちいちこちらに突っかかってくる猫ちゃんへの嫌がらせとして、多少話を盛って。

 それで、勇者のことは頭から綺麗さっぱり忘れてしまった。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:48:45.82 ID:zBP9Ql630


 だから『武の国』で再会した時は本当に驚いた。

 あの程度の力量しか無かったのに猫ちゃんの手から逃れたのもそうだし、何より勇者は面白おかしい事になっていた。

 『伝説の勇者の息子』への興味は俄然復活した。

 話を聞くために、勇者を無理やり酒場に連行した。

 女二人がついてきているのには気づいていたが、どうでも良かったので気にしなかった。

 酒場で勇者の話を聞いて、ぞくりと背筋が震えるのが分かった。

 『誰も彼もが自分を「伝説の勇者の息子」としてしか見ていない。本当の自分など、周りの人間は誰も求めてはいないのだ』

 そこに至る過程に違いはあれど、勇者は自分と同じ結論に辿り着いていた。

 だのに、それから取った行動が、勇者は自分の全くの真逆。

 自分は自身を保つために周囲を拒絶した。それが普通で、正常だと思う。

 だけど勇者は周囲を優先して自分自身を拒絶した。全くもって理解が出来ない。

 百歩譲って、勇者が自分を犠牲にして周りを助けることに快感を、幸福を感じる超絶ナルシスだというのなら話は分かる。

 だけど勇者の感性は、どちらかと言えば自分と同一の物だった。

 周囲から物事を押し付けられた時に、「どうして俺が」とストレスを感じる一般的なものだった。

 それでも勇者は周囲を優先する。自身の利益を押し殺す。

 それで周囲が幸せになったとしても、勇者は幸せを感じない。

 強いてその行動による勇者の利益を挙げるなら、奴はそれでようやく多少は心の平衡を保てるようになる、といった程度だ。

 つまり、勇者はおそらく、周囲よりも自身の利益を優先させることに強い罪悪感を覚える性質なのだ。

 他人より自分を優先することは悪い事なのだと思い込んでいる。

 ―――――なんだ、それは。

 究極のお人好し―――いや、もはやこれはそんな次元ではなく―――人として、生物として、故障品ではないか。

 そこで初めて、勇者に対して強い興味を持った。

 『伝説の勇者の息子』ではなく、勇者自身に対して。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:49:25.94 ID:zBP9Ql630


 故障品―――そんな言い方をしたが、実際の所、勇者はこの時点で半ば壊れかけていた。

 このまま壊れてしまうのは、余りに勿体無い。そう思って励ました。

 もっともっと、こいつの滑稽な人生を見ていたい。

 それは、きっとすごく楽しい。

 例えば、こんな風に自分を励ましてくれた人間が、実は魔王の側近だと知った時、こいつはどんな顔をするんだろう。

 旅を続けて、魔王を倒せるかもなんて思い上がった時に、背後から刺されたら――――こいつは、親父みたいに驚くんだろうか。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:50:13.04 ID:zBP9Ql630


 見たい。それはすごく見たいなあ。


 ああ、勇者。俺はお前を救おう。


 お前が魔王の所まで辿りつけるように、最大限のフォローをしよう。


 だから、最高の結末を俺に見せてくれ。


 ――――そうだな、まずは精霊剣っていう神秘の存在を、お前に教えてあげるとしようか。


22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:51:15.06 ID:zBP9Ql630
勇者「面白そう……か。そうだな。お前はそういう奴だよな」

騎士「本当はな、お前と一緒に魔王の所に行って、そこで正体をばらすつもりだったんだよ。その時のお前の顔を見るのが楽しみだった」

勇者「だけど、先に俺が気づいてしまった……残念だったな。お望みの顔が見れなくて」

騎士「まあ、それ以前にこんな『宝術』なんてもんを引っ張り出された時点でご破算だわな。まさか勇者以外の人間でも魔王を倒せるようになるなんてよ」

騎士「どうするかすげえ迷ったんだぜ〜? それでまあ、エルフ少女を殺して、俺をエルフ少女の傍に配置したことを後悔するお前の顔を見て良しとしようと思ったわけだ。それも全部お前の手のひらの上だったわけだけどな」

 もはや本性を隠そうともしない騎士に、勇者は呆れ混じりの笑みを浮かべる。
 いや―――違うのか。勇者はこれまでの騎士の言動を思い返す。
 騎士は元々本性を隠してなんていなかった。
 この男はいつだって倫理を無視して自由奔放に、好き勝手に振る舞って来た。
 自分の利益が最優先―――その本質を、騎士はいつだって大っぴらにしてきた。
 今はただ、今まで言ってなかったことを言っているだけ。

勇者「分かったよ、騎士」

 勇者は騎士に向かって言う。宣言する。

勇者「迷いはもう無くなった。俺はお前を殺すよ。容赦はしない」

騎士「おう、どんと来い」

 勇者の言葉を受け止めて、騎士は不敵に笑った。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:52:16.12 ID:zBP9Ql630
 勇者は騎士に向かって再びその指をさした。

騎士「……あん?」

勇者「呪文―――大火炎ッ!!!!」

 勇者の指先に魔力が集中し、業火を生み出す。
 直径三メートルにも及ぶ大火球が騎士に向かって直進する。
 しかし騎士に焦りはない。
 既に見慣れた技だ。何の脅威も無い。

騎士「何のつもりだ?」

 騎士が剣を振る。
 湖月の力を発動させるまでもない。
 ただそれだけで火球は斬り飛ばされ、霧散する。
 火球が散って、勇者の姿が騎士の目に入った。
 勇者は先ほどと変わらぬ立ち位置で、まだ騎士に向かって指を伸ばしている。

勇者「呪文・大烈風ッ!!!!」

 勇者の指先から風の塊が射出された。
 騎士はその攻撃を躱そうともしなかった。
 風の塊が騎士を直撃する。
 呪文の直撃を受けて、しかし騎士は微動だにせず、呆れと失望を顔に浮かべてぽりぽりと頭を掻く。

騎士「……で? これが何だってんだ?」

 勇者の呪文は知っている。
 そしてそのどれもが、今のようにたとえ直撃したとしても騎士の強固な精霊加護を貫けない。

騎士「剣で勝てないから呪文で勝負……まさかそんな単純な結論を出した訳じゃねえよな?」

 騎士の問いに、勇者は笑みを浮かべて答えた。

勇者「いやあ……お前の言う通りさ。剣じゃ絶対にお前に勝てない。だから―――呪文で勝負させてもらう!!」

 勇者の指先に魔力が集中する。

勇者「呪文――――」

 騎士は勇者の指先を注視した。

騎士(くっだらねえ。お前は所詮この程度なのか、勇者)

騎士(もう茶番には付き合わねえ。次の呪文を躱したら、そのままぶった斬ってやる)

 そして、身を低く構え、勇者への突撃の姿勢を固める騎士。
 同時に、勇者の呪文が完成する。

勇者「――――『大雷撃』ッ!!!!」

 勇者の指先を注視していた騎士の頭上から―――閃光と轟音を伴って、雷が降り注いだ。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:53:20.72 ID:zBP9Ql630
騎士「ぐぁっ、があああああああ!!!!?」

 ビシャァァアアン!!!! と、凄まじい衝撃が騎士の体を打つ。
 それまでの呪文二連撃によって勇者の指先に意識を集中させられていた騎士は、頭上から降り注ぐ雷に碌な反応も示すことは出来なかった。

騎士(なんっだこりゃあ!!? 今の光と音…そして、このダメージは一体…!?)

 騎士の脳裏に、武の国で兵士長と共に目撃した情景が蘇る。

騎士(雷…!? 勇者の奴、まさか雷を呼んだってのか!!?)

 呪文・大雷撃【ダイライゲキ】。雲なき空より雷を発生させる奇跡の業。
 これこそが、勇者が光の精霊より賜った呪文だった。
 精霊最上位である光の精霊の加護の下に放たれるこの一撃の前には、他の精霊の加護をどれだけ集めていようと意味を為さない。
 雷は騎士の持つ桁外れの加護すら紙のように貫き、甚大なダメージを与えた。
 この効果だけでも恐るべき呪文だが――――実はこの呪文の真価は、むしろ直撃後にこそ発揮される。

騎士(確かに大した威力だが――――意識を持ってかれる程じゃねえ!! この程度なら、十発食らったって耐えられる!!)

 歯を食いしばって痛みに耐えた騎士だったが、視線を勇者の方に戻してぎょっとした。
 いつの間に現れたのか―――戦士と武道家が、自分に向かって突撃してきている。

騎士(な―――!? こいつら、今までずっと隠れていやがったのか!!? クソ、しゃらくせえ!!!!)

 剣を握り、二人を迎撃しようとした騎士だったが、自身の体の変調に気付き愕然とした。

騎士「あ……ぐぁ、か……!?」

騎士(体が…痺れて動かねえ!?)

 そう、これこそが呪文・大雷撃の真価。
 直撃した対象を痺れさせ、その体の自由を奪う。
 無論、それで奪える時はほんの一瞬程度ではあるが―――騎士達のレベルの戦いになれば、その一瞬で十分に明暗が分かたれる。
 戦士が精霊剣・炎天を振りかぶる。
 武道家が精霊甲・竜牙を纏った拳を握りしめる。
 二人の装備は共に神秘の結晶、精霊装備。直撃すれば、加護レベルの差を覆してダメージを通すことが出来る。
 たとえ騎士のような化け物を相手にしても―――問題無く致命傷を与えることが出来るだろう。

騎士(がああああああああああああああ!!!! 動け動け動け動けぇぇぇえええええええ!!!!!!)

 騎士は己の両腕に全神経を集中する。
 引き攣ってまともに動こうとしない指先を、それでも無理やり曲げて剣を握る。
 その執念により、騎士は二人の攻撃が直撃するよりも一瞬早く、己の体の自由を取り戻した。
 だが―――二方向から同時に迫る攻撃を躱しきることは、如何に騎士といえども不可能であった。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:54:32.56 ID:zBP9Ql630
 騎士は戦士の一撃をこそ危険と判断し、その剣が向かっていた先―――己の首を両腕で庇った。
 しかし戦士もさるもの、その動きを読み、一瞬で剣を斬り返して狙いを騎士の胴体に変えた。
 ずぶり、と戦士の持つ剣の切っ先が騎士の腹に沈む。

騎士「ぐぼ…!! ……おぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 騎士は死力を振り絞って地面を蹴った。
 それでも戦士の剣から逃れきることは叶わず、騎士の腹部は横に大きく裂かれた。
 零れ出る己の臓物を焦りをもって見つめる騎士の頭部に―――武道家の、精霊甲に硬く覆われた拳がめり込んだ。

騎士「ぶがふ」

 奇妙な声が騎士の口から漏れた。
 騎士の体が後方に吹き飛ぶ。
 騎士の頭―――額の右上辺りから武道家の拳が抜ける際、みきぱきぱきと砕けた骨が擦れる音がした。
 ねっとりと、武道家の拳と騎士の額の間に血の線が伸びる。

武道家(仕留めたッ!!!!)

 その手応えに、武道家は勝利を確信する。
 ずしゃあ、と騎士の体が土煙を上げ、横向きに地面に転がった。
 腹からは臓物が零れ、額は深く陥没して目は虚ろ。
 誰がどう見ても致命傷だ。
 その様子を見た勇者もまた、勝利を確信して安堵の息をつく。
 ごろん、と騎士の体が仰向けに転がった。
 勇者、戦士、武道家の三人は同時に異変に気付く。
 いつの間にか、騎士の口には奇妙な形のガラス瓶が咥えられていた。
 騎士の体が仰向けになったことで、重力に引かれるままに中の液体が騎士の口の中に注ぎ込まれていく。

戦士「――――ッ!!!!」

 その液体の正体に唯一思い当った戦士が駆け出した。
 騎士にとどめを刺すため、その剣を騎士の喉元目掛けて振り下ろす。
 騎士の体が跳ね起きた。

騎士「どらっしゃあ!!!!」

 戦士の剣を躱し、騎士は戦士の体を蹴り飛ばした。
 吹き飛んだ戦士の体は木の幹に衝突し、戦士はくぐもった悲鳴を上げる。

僧侶「せ、戦士!!」

 今までずっと身を伏せていた僧侶が回復の為に飛び出してきた。
 勇者と武道家は、驚愕の面持ちで騎士を見つめている。

武道家「ば、馬鹿な……確かに、致命傷だったはず……」

勇者「くそ、まさか、そんな……!」

 騎士は落としていた精霊剣・湖月を拾い上げるとコキコキと首を鳴らした。

騎士「いやー、今のはマジで危なかったぜ。虎の子の魔法薬を使っちまうことになるとは思わなかった」

 騎士の体からは、額の傷も、腹部の傷も、痕を残してこそいるものの―――無くなってしまっていた。

戦士「瞬時に体力を全快させる魔法薬……お前がまさかそれを持っていたとは……」

 僧侶による治療を終えた戦士が立ち上がり、そう騎士に声をかける。
 戦士の脳裏には、かつて盗賊の首領に無理やり魔法薬を飲まされた時の記憶が蘇っていた。

戦士「こんな事なら、確実に首を刎ねてやるべきだった……いや、そうか。だからお前は……」

騎士「そうだ。何が何でも首だけは守り通した。でも危なかったぜ。腹を切られた時、一瞬でも回避が遅れてたら体をそこで上下に両断されてた」

騎士「そうなったらゲームオーバーだったぜ。物理的に距離が離れちまえば、流石に魔法薬の効果は及ばねえ。惜しかったな、戦士ちゃん」

戦士「く…!」

騎士「さて……」

 騎士が改めて勇者の方に向き直る。
 しかしその時には、既に勇者は呪文の発動を終えていた。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:55:56.83 ID:zBP9Ql630
勇者「呪文・大雷撃ッ!!!!」

 再び天から放たれ、地面を打つ神の一撃。
 しかしそこに既に騎士の姿は無い。

騎士「不意打ちじゃなきゃ、もうそんなもん食らわねーよ」

 声のした方を振り向く。
 騎士は目にも止まらぬ速度でいつの間にやらたっぷり十メートル以上も移動し、雷から身を躱していた。

騎士「さっきの一撃で俺を仕留められなかったのは痛かったな、勇者。もうこの雷は俺には通じねえ。お前達は、真っ向から俺に立ち向かい、勝利しなくちゃならなくなったわけだ」

 勇者はごくりと唾を飲む。
 出来るのか? そんなことが。
 現に今、騎士の動きを目で追う事すら出来なかったというのに?

戦士「臆するな。気合を入れろ、勇者」

 戦士が勇者の背に手を添えた。

戦士「出来るかどうかじゃない。やらなきゃならないんだ。この戦いに世界の命運がかかっていることを忘れるな」

 武道家が拳を打ち鳴らす。

武道家「こんな状況なんて、もう慣れっこだろう? 俺達は弱くて、いつだって格上の相手ばかりしてきた。なら、今回もいつも通りやるだけさ」

 僧侶が勇者の傷を癒して言った。

僧侶「そうです、勇者様。私達なら勝てます。―――ご指示を。私は貴方を信じています」

 勇者は頷いた。

勇者「そうだな。何度も何度も思ってきたことだった。どうして俺はすぐ忘れちまうんだろう。馬鹿だよな、ホント」

 勇者は騎士を見据え、剣を構える。

勇者「―――やるしかないんだって、マジで」

 まるでその決断を祝福するように―――世界がパァ、と輝いた。





 魔大陸全土を覆う『宝術』が完成した。


27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:56:46.58 ID:zBP9Ql630
 第三中継点――――

兵士A「すげえ……これが、宝術……」

兵士B「優しく包み込まれるような光だ……心地良い……」

兵士A「事前に通達されていた通りだ……回復の速度も上がってる。おい、お前助かるぞ……」

若い兵士「がふ…! ふ、フン…当然だ……この僕が、狂乱の貴公子が、こんな所で死ぬなんてことがあってたまるか……一刻も早く傷を治して、魔王討伐隊に加わらなくては……」

兵士A「はは…死に際までそんな口叩けるなら、本物だよお前。強くなるわ」

若い兵士「何を当然のことを今更……」

兵士B「でも討伐隊には加わんな。ここでじっとしてろ足手まとい」

若い兵士「ぎぎぎ……!」

28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:57:24.49 ID:zBP9Ql630
 第二中継点――――

アマゾネス少女「宝術……本当に凄まじい威力。体が軽い。さっきまであんなに面倒だった魔物達がもう雑魚にしか思えない」

アマゾネス族長「アマゾネス少女、宝術が発動したということで、手筈通り私は魔王討伐隊に加わる。ここの指揮を任せて大丈夫か?」

アマゾネス少女「問題ない……もう負ける気が全くしない」

アマゾネス族長「それにしても竜神様はどこに行かれたのか……先ほどから空を見ても全くお姿を見掛けなくなった」

アマゾネス少女「心配はいらない。どうせ、作戦成功の功績をアピールするために武道家様の所にでも行っているに違いないから」

アマゾネス族長「その不遜な言い回し……竜神様の血を一番色濃く継いでいるのはお前かもしれんな。よし、次の族長はお前に任せたぞ」

アマゾネス少女「やだ。めんどくさい」

アマゾネス族長「やれやれ……」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:58:17.52 ID:zBP9Ql630
 数分前、魔大陸上空――――
 たった一人で翼持つ魔物達を相手に空を守り続けた竜神は、大地から放たれる光を興味深く見つめていた。

竜神「ふむ……これが話に聞いていた『宝術』か。エルフ共め、大した術を持っておるわい」

 ぽん、と幼女の姿に戻った竜神は、ふむふむと感心したように顎を撫でた。

竜神「魔物の力を封じると聞いて、儂にまで影響を及ぼした時にはどうしてくれようかと思っていたが、むしろ儂の力さえ底上げしておる」

竜神「これから推測するに……単純に種族ではなく、どうやら『この世界に生きる者』と『それ以外の者』とを区別して効果を与えているようじゃな」

竜神「すなわち、かつて遠い昔にも、この世界は他の世界からの侵略を受けたことがあり、当時のエルフ達がこの術を編み出した、という仮説が成り立つ」

竜神「運が悪かったの、魔王とやら。儂も知らなんだがどうやらこの世界、異界からの侵略に慣れておるようじゃぞ? よりにもよって、こんな世界を侵略の対象にするとは、ご愁傷さまじゃ」

竜神「む? いや、異界に繋がりやすく、容易く侵略に晒されてきたからこそ、こんなにもここで世界防衛のノウハウが発達したのか……ま、推測に推測を重ねても仕方あるまい」

 ぎゅん、とその背から生やした翼をはためかせ、竜神は猛烈な速度で下降する。

竜神「武道家ーーー!! 儂のおかげで術の発動が成功したんじゃぞーーー!!!! 褒めて褒めてーーー!!!!」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 21:59:16.86 ID:zBP9Ql630
 魔王城より僅かに離れた森の中―――勇者達が事前に造り上げていた木造の簡易基地。
 魔王討伐隊に任命された各地の精鋭たちが、翼竜の羽によって次々と基地に飛来する。
 集まった人員の指揮を執るのは、武の国兵士長だ。

兵士長「皆の者!! この宝術によって我々の力は増し、魔物の力は半減している!!」

兵士長「魔王がこの宝術に対して何ら対策を打てていないうちに、一気にケリをつける!! スピードが勝負だ!! 征くぞッ!!」

アマゾネス族長「了解だ」

武士団長「承知でござる!!」

始まりの国騎士団長「勇者様のためにも、必ず勝利を!!」

神官長「微力ながらも、全力をもって皆様を補佐します」

エルフ少年「………」

 士気高く兵士長に同調する面々の中で、唯一苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、エルフ少女の弟であるエルフ少年であった。

エルフ少年(どーして俺がこんな責任重大な任務に参加しなきゃならないんだよ!! 普通に考えて、ここは姉ちゃんだろ!!)

エルフ少年(宝術は発動さえしてしまえば、後は魔力を通して結界を維持するだけだから、それは姉ちゃんじゃなくても出来る訳だし……)

エルフ少年(なのに姉ちゃんの奴、『私には魔王討伐より大事な用事があるから』なんて言ってさ!! 魔王討伐より大事なことなんてあるわけないじゃないか!!)

エルフ少年(姉ちゃんのサボり魔!! ばかやろーー!!)
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 22:00:55.73 ID:zBP9Ql630
騎士「……増えたな、なんか」

 騎士は己を取り囲む『六人』の顔を見回した。
 真正面に相対するは漆黒の剣を構えた勇者。
 騎士から見て、勇者の左で真紅の大剣を構えるのは戦士だ。
 騎士は顔を左に向ける。
 先ほどがさがさと藪の中から飛び出してきたのは自身が命を取ろうと画策していたエルフ少女だった。
 エルフ少女はクルクルと手の中で二本の短剣を遊ばせている。

エルフ少女「君が勇者の言っていた騎士かい? 成程とっても強そうだ。だけどね、私もちょ〜っとは腕に覚えがあるんだよ」

 視線を騎士から見て、勇者の右側へ。
 白銀の輝きを放つ手甲を打ち鳴らす武道家。
 武道家と勇者のちょうど中間あたりで一歩下がって構えているのが僧侶。
 そして武道家のすぐ傍で、武道家の手甲と同色の輝きの髪を靡かせる、褐色の幼女。
 その手は異形の化け物―――竜の爪へと既に変貌している。
 突然上空から乱入してきたその謎の幼女は、騎士に向かって不敵な笑みを浮かべた。

竜神「はてさて、愛しの武道家の元へ馳せ参じてみれば、何やらおかしな成り行きになっとるのう。儂自身はお主に面識などないし、恨みもないが、すまんのう。儂の点数稼ぎのためにひとつ犠牲になってくれ」

 勇者は騎士に向かって口を開く。

勇者「宝術は完成し、俺達の力は底上げされ、逆に魔物の力は弱まった。これで、本当なら俺達の勝利は確定するはずだった」

騎士「確かに、すげえ術だなこりゃ。びんびん力が上がるのを感じるぜ」

勇者「そうだ。この作戦で、お前の存在だけが誤算だった。お前の存在だけが穴だった。宝術によって俺達の力を底上げしても、同様にお前の力も高まってしまう――――俺達の側の力を持ちながら、敵に回った人類の裏切者」

勇者「今、宝術の完成と共に各国から選抜された精鋭部隊が魔王の討伐に向かっている。……そしてそれはきっと成し遂げられるだろう」

勇者「だけど、たとえ魔王を倒そうと、お前を何とかしなくちゃこの戦いは終わらない」

勇者「結局、お前が最後の壁なんだ。お前を実力で乗り越えなくちゃ、この世界に平和は訪れない」

騎士「果たしてそれが出来るかな? 言っておくが俺には、わざと負けてやるとかそんなつもりは一切無いぜ?」

騎士「だってそれじゃあ――――つまらないからな」

勇者「出来るかどうかじゃない。やるしかないんだ。幸いな事にここには、俺達だけじゃなくてエルフ少女と竜神様も居る。二人とも、お前を倒すために力を貸してくれる」

勇者「これで、俺達はこの世界で最強のパーティーだ。この世界で準備できる最大戦力が、今ここにいる。この力で俺達は、お前を打ち倒す!!」

 ジャキン、と全員が武器を揃える音が重なった。
 全員の視線が集中する先で、騎士はくつくつと笑う。

騎士「世界最強とはまた大きく出たな。面白い。ならば、俺はその世界最強とやらを超えて、唯一無二とでも名乗ってみせようか」

 騎士もまた、応じるように剣を構えた。
 その動きを合図として、僧侶を覗く全員が騎士に向かって飛びかかった。
 僧侶は『身体強化』の呪文を紡ぐため、目を閉じて意識を集中させる。
 視界を閉じて、より鋭敏になった聴覚が、騎士の呟きを拾った。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 22:01:41.37 ID:zBP9Ql630









騎士「LEVEL―――――5」








33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 22:02:33.55 ID:zBP9Ql630
 衝撃が走った。
 目をつぶったまま吹き飛ばされた僧侶は、たっぷりと地面を転がった後、訳も分からず立ち上がり、目を開いた。

僧侶「――――え?」

 僧侶は呆然と呟き、己の目を疑った。
 勇者が地面に転がっていた。周りには血だまりが広がっている。
 戦士も同様に、すぐ傍に倒れていた。やはり地面には血だまりが広がっている。
 武道家は木の幹に背を預けて座っていた。幹は血でべっとりと濡れている。
 幼女の姿のまま右腕と翼を捥がれた竜神が木の枝に引っかかっていた。地面に滴る紫の血がぽたぽたと音を鳴らしている。
 エルフ少女の胸に、自身が持っていたはずの短刀が突き立っていた。地面には血だまりが広がり続けている。


 血に染まった騎士が、その中心に立っていた。
 だけど彼の血だけは、彼自身のものじゃなく、すべて返り血なのだとすぐに分かった。
 何故なら彼は笑っていたからだ。
 苦悶の様子など欠片も無く、その顔はただ愉悦に歪んでいた。


僧侶「あ…あ……」

 その事実は、僧侶の頭に殊更ゆっくり浸透した。
 ようやく頭が理解に追いついて、僧侶の目に大粒の涙が浮かぶ。







 勇者達は、全滅した。


第二十八章  モンスター  完

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/31(日) 22:03:38.05 ID:zBP9Ql630
今回はここまで

>>3
忘れてた ありがとう
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 22:04:02.02 ID:IRCJ3tf/o

騎士強すぎだろう・・・
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 22:22:42.64 ID:lanQFbpAO
やっぱりつえーな
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 22:31:34.43 ID:qvUZ/ieuO
魔王すら余裕で倒してたのかw
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 22:53:58.42 ID:MZ1ZdyVIo
鳥肌たったわ…

乙!
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 22:59:05.33 ID:0uiCWHnUo
国レベルの加護でこんなになるならこけまで圧倒的な差が出るのか…?と思ったけど期待するしかない
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/31(日) 23:28:11.17 ID:04Xs+AEfO
え?えっ?…全滅?
相変わらず面白い!乙!
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/01/31(日) 23:53:45.37 ID:Yv8LfuzK0

魔王より強い騎士がさらに強化されたら誰も止めれるわけないか
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 00:32:15.75 ID:MUUbwsqCO
おつ!
やはりラストバトルだったか。あと親父の結末が気になる…
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 01:16:19.73 ID:CBkS63wSo
勇者達ざまぁ騎士一人相手に大勢で挑む卑怯者恥をしれ
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 02:26:34.92 ID:8N5IcwKt0
>>43
騎士乙
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 02:45:23.83 ID:Uv1hbnTKo

相変わらず熱い!
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 06:10:48.04 ID:T1IGqcBZO
大魔王編はあるのかなぁー
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 14:03:21.20 ID:iInamKK4o
魔王がすでに負けてて草
やっぱり桁違いだなあ……しかも強化されてるんだもんな
乙!
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/01(月) 18:52:07.09 ID:S6TnvE65O
おつ
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 03:47:46.26 ID:PPCUkWGro
>>44
ちょっと笑った
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 08:50:55.80 ID:FVfMQ9S7O
>>47
お互い強化されてるから、そこに差はないよね

今回早い更新で嬉しすぎ
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 17:52:39.31 ID:3YpUFfEBO
かけ算方式なら差が広がった可能性も…底上げって言ってたからどうなのかわからんけど
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/03(水) 01:05:39.98 ID:0zX1Q01Zo
命乞いする魔王ww
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/03(水) 02:42:00.99 ID:GVpLAI5A0
世界の半分をどーたらこーたら
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/04(木) 04:33:08.89 ID:gWqxyNKLo
負けた後だからな

ひえーっ、全部話しますから殺さないでください!
って感じだろうか
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/06(土) 14:27:19.97 ID:J5IA6vY/o
>>53
やはりそれは戦闘開始前に言わないと様にならないですな
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/07(日) 14:06:16.46 ID:OO+t7qu7O
ひええ
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/07(日) 22:47:19.93 ID:SYlEa3JRO
つよすぎません?
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/10(水) 07:10:41.62 ID:GFcXn2MBO
絶望感半端ねえ
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/15(月) 08:18:51.24 ID:fhVItfB50
まだ来んのかねぇ
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/18(木) 19:33:33.08 ID:Y3peC5NEo
ようやく追いついてもう終わりだと思ったらまだ続きそうでござる
エルフ少女に成り代わるのが作戦なら戦士の誤解も解けてるんだろうか?
終わりそうでまだ終わらないけどエピローグの戦士が楽しみ
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/19(金) 04:24:41.04 ID:uKZOfz0a0
今の戦士の状況は爆弾だよなぁ
不安すぎる
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/22(月) 01:42:59.18 ID:gnqVa+I6o
もうそろ来そうだな
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/27(土) 15:18:59.14 ID:a2GorYvE0
今晩はくるかな?期待
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/27(土) 19:32:38.39 ID:rEknlYom0
いい加減自演やめてくださいよ。。。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/27(土) 19:35:15.39 ID:8dDK782iO
こっちのスレにまでその話題を持ち込むなよ。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/27(土) 23:04:32.87 ID:Ayc5ihK5O
くわしくー
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 00:20:36.59 ID:pbtGQ8BdO
名作になればなるほど、アンチはいるからね。
他でも話題になるってことはすげーことだよ。今月来てないけど、期待して待ってまーす。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:40:14.79 ID:09+TUdRc0
僧侶「くっ…!」

 滲んだ涙を慌てて拭って、僧侶は自分を叱咤する。
 何を呆然としていたのだ。仲間が傷ついたのならば、一刻も早くそれを治療する。
 それが自分の役割ではないか。自分などそれしか出来ない無能ではないか。
 ならば全うしろ。それだけは他の誰にも後れをとるな。

僧侶「呪文・―――極大回復ッ!!!!」

 僧侶の体内で紡がれた魔力が彼女の持つ精霊杖・豊潤を伝い、循環し、増幅されて放たれる。
 放たれた魔力は可視化されるほどに濃密で、柔らかな輝きをもって倒れ伏すパーティーの体を包んだ。
 対象の範囲を複数人に広げたことで即効性こそ失われたものの、それでも目を見張るほどの速度で皆の傷口が塞がっていく。
 ヒュウ、と騎士は感嘆の息を漏らした。

騎士「すげえな。どいつもこいつもわりと致命傷だったのに、あっという間に回復しちまいやがる。宝術による呪文効果のブースト、精霊装備による魔力の底上げ……勿論それらも大きな要因ではあるだろうが、そもそもの回復呪文のレベルが桁違いだ」

 騎士は僧侶に視線を送り、にやりと笑った。

騎士「初めて会った時と比べたら、見違えるぜ。頑張ったんだな、お嬢ちゃん」

 騎士に見られるだけで心臓を射抜かれたようなプレッシャーを感じながらも、僧侶はぐっと唇を引き結んで呪文の行使を続ける。
 騎士に対して、その頭上から襲い掛かる影があった。
 右腕と翼を捥がれ、木の枝に引っかかっていた竜神だ。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:40:49.56 ID:09+TUdRc0
竜神「ずああッ!!!!」

 無くなったはずの右腕で、竜神は騎士の脳天目掛けて攻撃を繰り出す。
 竜神の腕は肘から先が幼女から竜のソレへと変貌しており、まともに当たればあっさりと頭蓋骨を粉砕し、脳みそをまき散らすことだろう。
 だが騎士はあっさりとその爪に精霊剣・湖月の刃を合わせ、受け止めた。
 チッ、と舌を鳴らした竜神は騎士の腕を蹴り、その反動で後方にくるりと宙返りして着地した。

騎士「お前が一番ダメージデカかっただろうに、一番早く復帰したか。しかも腕も翼も元通りと来てる。マジで蜥蜴だな。笑えるぜ」

 騎士は嘲るように竜神に向かってそう言った。
 トントンと剣で肩を叩きながら言うその様子からは、腕を蹴られたダメージなどほとんど見て取れない。

竜神「戯けめ、人間風情が調子に乗りおって……!! 竜神の真の威光を知り、己の浅はかさを後悔せよ!!」

 竜神の叫びに呼応し、大地が震動する。
 変化を解き、真の姿を解放せんとする竜神に、膨大なエネルギーが流れ込んでいく。

騎士「おっと、本当にいいのか?」

 ゴゴゴゴと大地が震動する轟音の中にあって、騎士の声は良く通った。

竜神「……何がじゃ?」

 怪訝な表情で騎士を見る竜神。
 騎士はにやにや笑いながら言った。

騎士「回復呪文による回復速度ってのは効果範囲に反比例する。効果を及ぼす範囲が広くなればなるほど回復の速度は遅くなるってことだ。まあ、当然だよな」

騎士「果たして、馬鹿でけえ竜の姿で首を刎ねられて、お前さん、回復するまでに命をここに留めてられるかい?」

竜神「戯けたことを…!!」

騎士「そう思うか? なら……やってみな」

 騎士の放つプレッシャーが変質した。
 余りに強大で禍々しいソレは、もはやどす黒い気の流れとして目に映るほどだ。
 ズズ…とこちらに意思をもって這い寄ってくるような、そう錯覚させるほどの漆黒のオーラにまともに当てられて、竜神は自身の体が震えていることを自覚した。

竜神「は…?」

 竜神は、首のない自分の肉体が地面に横たわる姿を幻視する。
 それを杞憂だと、気の迷いだと竜神は笑い飛ばすことが出来ない。

騎士「どうした? 別に俺はどっちでもいいんだぜ? お前がやりたいようにやりな」

竜神「ぐ…く…!」

 恐怖を知った。
 生まれて初めて味わう感覚に、訳も分からず滲み出てくる汗に、竜神はただ困惑していた。
 動きを止めた竜神に対し、騎士はこれ見よがしに剣を手の中で弄んだ。
 竜神はびくりと肩を震わせ、騎士の動きを注視する。
 ――――直後、騎士の体は竜神のすぐ傍まで肉薄していた。
 竜神の目は、その動きについていけていない。

騎士「賢明だな。よし、ご褒美にちょっとばかり優しくしてやろう」

 騎士は撫でるように優しく竜神の頭に手のひらを置くと、そのまま竜神の顔面を地面に叩き付けた。
 竜神の顔が地面に沈む。うつ伏せに倒れた竜神の体がびぐん、びぐんと跳ねた。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:41:27.98 ID:09+TUdRc0
武道家「貴ッ様ぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」

 その光景を目の当たりにした武道家が激高し、回復しきらぬ体で騎士に向かって突進した。
 右の拳を騎士に向かって振るう。
 騎士は僅かに身を躱しただけでその拳をやり過ごした。
 騎士の顔のすぐ傍を武道家の拳が通り過ぎていく。

武道家「つああッ!!!!」

 右腕を引きもどしながら間髪入れずに左の拳を騎士の脇腹に見舞う。
 しかしバシン、とまるで羽虫を払うような気安さでそれも叩き落とされた。

騎士「あっはっは!! 何キレてんだよロリコン野郎!!」

 騎士は笑い、その手に持っていた精霊剣・湖月を地面に突き立てた。
 そして握りしめた両拳を胸の前で構え、武道家に対してファイティングポーズを取る。

騎士「ホレ来い! お前の歪んだ性癖を俺が叩き直してやる!!」

武道家「おおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 間断なく繰り出される武道家の連撃は、その悉くが躱され、いなされ、空を切った。
 騎士とて徒手空拳の戦いに関して全くの素人というわけではない。しかしその専門家である武道家と比べれば、体捌き等の技術は雲泥の差だ。
 にもかかわらず、武道家の拳は騎士に掠りもしない。
 それ程の速度差が、二人にはあった。

騎士「どんな気分だオイ!! 『武道家』のくせに『剣士』に殴り合いで負ける気分ってのは!!」

武道家「く…!! おのれ…!! おのれぇぇぇえええええ!!!!」

 ぎりりと奥歯を噛みしめて放った武道家の拳はやはりあっさりと空を切った。
 武道家の拳を掻い潜った騎士は、その勢いのまま武道家の懐に潜り込む。

騎士「そおらあッ!!!!」

 騎士の拳が地を這うように走り、武道家の腹に叩き込まれた。
 その勢いに押され、武道家の足が地面を離れる。
 ―――そしてそのまま、武道家の体は空高く射出された。

武道家「ごぶ…!」

 止まらない。ぐんぐんと武道家の体は高度を上げていく。
 遂には魔大陸の全容を見下ろせる高さまで、武道家の体は打ち上げられていた。
 魔大陸に刻まれた巨大な六芒星の光。
 霞む視界の中にその光景を捉えながら、武道家は無力感に打ちひしがれていた。
 これではまるで、初めて騎士と会ったあの時の戦いの再現だ。
 騎士の圧倒的な力に押され、無様に天高く飛ばされた自分。
 一緒ではないか。
 こんなにも変わっていないのか。こんなにもあの時のままなのか。
 ぐるりと瞳が瞼の裏に潜り込み、武道家の視界が暗転する。
 意識を手放した武道家の体がゆっくりと落下を開始した。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:42:03.89 ID:09+TUdRc0
 エルフ少女は己の胸を撫でさする。
 既に剣は抜け、傷口もふさがっている。
 なのにエルフ少女は立ち上がることが出来なかった。
 腰が抜けてしまって、どうしても足に力を入れることが出来なかった。

エルフ少女(訳が分からない……気が付けば、私の手から短剣が消えていた……気が付いたら、その短剣が私の胸に突き刺さっていた……)

エルフ少女(魔王軍最強と名高い獣王と曲がりなりにも打ち合えた私が、動きを視認することすら出来ないなんて……それはもう、一体どれ程の……)

騎士「よう」

エルフ少女「はあ、う…!」

 エルフ少女は息を呑んだ。
 いつの間にか騎士が己の目の前に立ち、こちらを見下ろしていた。

騎士「どうした? さっきまでドヤ顔で何か言ってたろう。『腕に覚えが』何だったっけ?」

エルフ少女「う、ぐ…!」

 エルフ少女は心中で自らを鼓舞し、立ち上がろうと己を叱咤激励する。
 しかし、震える膝には力が入ってくれない。怯えた心は前向きになってはくれない。
 つまり、エルフ少女は既に戦意を失っていた。
 生まれて初めて出会う、手も足も出ない強者の存在は、彼女の自信を木っ端みじんに打ち砕いてしまった。
 動けないエルフ少女に対し、騎士は剣を振り上げた。

騎士「動かなきゃ死ぬだけだぜ? それが嫌なら、呆とせず命乞いの一つでもしてみせな」

 そう言って、騎士は振り下ろしかけたその剣を―――途中で切り返して自身の背後に向けて振るった。
 ギィン! と赤と蒼の刃が交差する。

騎士「へ……その不意打ち上等の精神、嫌いじゃないぜ」

 音も無く騎士の背後に迫り、その背に剣を振り下ろしていたのは―――戦士だった。
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:42:49.93 ID:09+TUdRc0
戦士「これが…これが答えか、騎士!」

騎士「あん? 何のことだよ」

戦士「とぼけるな! あの時の武闘会での貴様の言葉の真意だ! 『いずれ勇者は壊れる』などと嘯いて、最初から貴様自身が勇者を壊すつもりだったのか!!」

 騎士の剣を斬り払い、戦士は両手で握った大剣を全霊で振り下ろす。
 即座に体勢を立て直した騎士は、頭上に迫る戦士の大剣に己の持つ剣を合わせ、片手であっさりと受け止めきった。
 ぎゃりぎゃりと音を立てて剣が鍔迫り合う中、涼しげな顔で騎士は言う。

騎士「あー、あれか。そりゃちっと誤解だぜ戦士ちゃん。俺に勇者を積極的に壊そうなんて意思はねえ。予言は依然継続中さ。あいつが壊れる時はいつか必ず来る」

騎士「あいつを一時的にも立ち直らせたのがよりによって『暗黒騎士』である俺だった、そのことがあいつの壊れる時期を早まらせるかも、ってな。あの時の俺の言いたかったことってのはそんなもんだ」

戦士「貴様は…また、思わせぶりなことを…!! 吐け!! 貴様は、何を知っている!!」

騎士「お前の知らないことをさ。……はは、ってゆーか、俺の言葉を鵜呑みにすんなよ。俺はお前らの敵だぜ?」

 今度は騎士が戦士の剣を斬り払った。
 その膂力に押され、戦士は体ごと後方に吹き飛ばされる。
 空中で体勢を立て直し、戦士は両足から地面に着地した。
 再び突貫せんと、戦士は騎士に目を向ける。

 ―――瞬間、戦士もまた、騎士の放つ尋常ではない殺気を、目に見える程の黒いオーラを感じ取った。

 カタカタと剣が震える。
 がくがくと膝が震える。
 冷たい、嫌な汗が背中を伝う。
 からからに乾いた喉に、ごくりと無理やり唾を流し込んだ。

戦士「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 雄叫びを上げ、己を鼓舞し、戦士は黒いオーラの渦中、騎士の元へと突っ込んだ。
 ぶつかり合う赤い大剣と蒼い長剣。
 必死に恐怖に抗い、怯えを噛み殺して騎士に立ち向かう戦士の姿は悲壮ですらある。

騎士「…は、ふは、あっはははは!!!!」

 どうも、どうやらそれが騎士の琴線に触れたらしかった。

騎士「いい! 戦士お前、いいぜ!! その様子じゃ、お前は『死の恐怖』をもう知ってる! その上で、それを乗り越えて俺に立ち向かっている! 初めて会った時のような無知ゆえの蛮勇とは違う。その覚悟……惚れるぜマジで!!」

 騎士の剣が戦士の剣を滑るように動く。
 いつの間にか騎士の剣と戦士の剣の位置は入れ替わり、騎士の剣が上から押さえつける形になっていた。
 そのまま騎士は戦士の剣を思い切り地面に押し付けた。
 ずん、と音を立て、戦士の剣が地面に埋まる。

戦士「くっ…!」

 すぐに剣から片手を離し、防御態勢に入ろうとした戦士だったが、遅かった。
 騎士の軽く握った拳が戦士の顎を掠める。
 それだけで、戦士の意識は刈り取られてしまった。

騎士「また後でじっくり遊ぼうぜ、戦士。今はちょっと、先約の相手をしてやんなきゃだからよ」

 どさりと地面に倒れる戦士の姿を見届けてから、騎士はゆっくりと振り返った。

騎士「なあ、勇者」

 騎士の視線の先に、勇者は立っていた。
 騎士の放つ黒いオーラに相反するような、白く柔らかな輝きを纏って。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:43:32.02 ID:09+TUdRc0
僧侶「……終わりました。これで勇者様の体は、限界まで強化されたことになります」

 勇者の傍らに控えていた僧侶が言う。

僧侶「攻撃強化、防御強化、速度強化……宝術による呪文効果の底上げもあり、勇者様の力はこの世界で実現可能な最大値まで高まっているはずです」

勇者「ありがとう。それじゃ、僧侶ちゃんは……」

 勇者が言いかけた所で、どん! と大きな音が響いた。
 先ほど打ち上げられた武道家の体が地面に落ちた音だった。
 落ちる前から意識を失っていたのだろう。武道家は何の受け身も取らなかった。
 精霊加護に守られているとはいえ、あれだけの高さから地面に叩き付けられては無事ではすむまい。

勇者「……僧侶ちゃんは、騎士の隙をみて皆の回復を頼む」

僧侶「わかりました」

 僧侶への指示を終えて、勇者は騎士の方へ向き直る。
 直後だった。

 一瞬で勇者へ肉薄した騎士の剣が、勇者の腹を貫いていた。

勇者「がふ…!?」

僧侶「勇者様!?」

 武道家のもとへと駆け出そうとしていた僧侶の足が止まる。

勇者「だ、大丈夫だ…まだ、この程度なら…」

 勇者の言葉が終わらぬうちに、騎士の剣は勇者の腹から引き抜かれ、次いで十字に振るわれた。
 僧侶の呪文によって限界まで身体能力を強化されたはずの勇者だが、その剣の動きに反応することすら出来なかった。
 胸を真一文字に、それに交差するように右肩から左腰へ、勇者の体が切り裂かれる。

勇者「あがあああああああ!!!!!!」

 苦痛に顔を歪める勇者。
 騎士は笑った。

騎士「おいおいおい!! きらきら思わせぶりに光っといてその程度かよ勇者!! 笑わせんじゃねえぞ!!」

 騎士の剣が勇者の顔面を突く。
 反応し、身を躱した勇者だったが―――その剣から逃れきることは叶わなかった。
 騎士の持つ精霊剣・湖月の切っ先が勇者の右目を抉った。

勇者「あっぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」

 右目を押さえ、勇者は絶叫する。
 その隙を突かれ、先ほど胴に刻まれた十字傷の交点を騎士に蹴りこまれた。
 ずぶり、と皮がめくられ、騎士の足が傷口にめり込んでいく。
 その激痛もまた、とても声を我慢できるものではなかった。
 背後に吹き飛び、木の幹に激しく背中を打ちつける勇者。
 僧侶はすぐに勇者のもとに戻り、回復呪文の行使にかかった。

騎士「無駄なことはやめとけよ勇者。お前だってホントは分かってたんだろ? そんな風に呪文で強化したって俺に敵いやしないってことは。じゃなきゃ、最初から全員にそれをやって俺に挑んでいたはずだもんな」

勇者「うう…うぐ…うああ…!」

 右目を押さえる勇者の手の指の隙間から、どくどくと血が流れ落ちる。

騎士「俺とお前の力の差は、そんな付け焼刃で埋まるもんじゃねえ」

 回復は終わった。
 血は止まり、右目の視力も無事に戻った。
 身体強化の効果も未だ継続中だ。
 だが。

騎士「さあ、どうする?」

 目の前の男に、抗う術がない。
 勝てる望みなどとっくに絶たれてしまった。
 それはまさしく絶望だった。

勇者「嫌だ…嫌だ…クソ、クソ……!」

 涙が滲む。歯の根が合わず、かちかちと音が鳴る。
 勇者は衣服の胸の辺りをぎゅっと握りしめた。

 嫌だ。

 本当に嫌なんだ。


 だけど――――――――命をここで、捨てなくちゃ。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:44:07.60 ID:09+TUdRc0





第二十九章   さよなら、嘘つきの君




75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:44:58.66 ID:09+TUdRc0
 もう何度、切り裂かれたのだろう。
 勇者の体が再びその場に崩れ落ちる。

僧侶「う、うぅ…ひぐ…!」

 勇者に向けて回復呪文を行使する僧侶は、もう泣きじゃくってしまっていた。
 傷の塞がった勇者が、のそりと立ち上がった。

騎士「そらぁッ!!!!」

 勇者が立ち上がると同時に騎士が勇者に斬りかかる。
 勇者の剣を掻い潜り、その腕を、その足を、その肩を、その胸を貫いていく。
 どさりと勇者の体が崩れ落ちた。
 どう見ても致命傷だ。
 放っておけばすぐに死んでしまう。
 僧侶は再び勇者に向かって回復呪文を行使せざるを得なかった。

騎士「おいおい……ひでえ女だな。もう死なせてやれよ」

 杖を振る僧侶に、騎士は呆れたように声をかける。

僧侶「うぐ…ひぐ…あなたこそ、どうしてこんな、私達を弄ぶようなことを……」

 僧侶は嗚咽まじりに騎士に対してそう言った。
 そうだ、騎士は遊んでいる。
 本気で勇者達を全滅させようと思えば、騎士が狙うべきはまず僧侶であるはずだ。
 そしてそれをあっさり実行してしまえる実力を、騎士は持っているはずである。

騎士「全員殺すのは簡単だよ。でもさあ、見てえじゃん? 心が折れて、俺に完全に屈服するところをさ」

僧侶「外道…!」

勇者「そいつの言うことに耳を貸すな……僧侶ちゃん……」

 勇者がのそりと立ち上がり、言った。

勇者「これから先、何があろうと……僧侶ちゃんは決して折れずに、俺を回復し続けてくれ……」

僧侶「勇者様……」

騎士「勇者…」

 騎士は立ち上がった勇者に歩み寄り―――剣を使わず、その頬を殴りつけた。

勇者「ぶ、が…!」

 騎士はそのまま襟首を掴み、勇者の体をうつ伏せに引き倒す。
 その後、騎士は勇者の背に乗って体を押さえつけ、勇者の自由を奪った。

騎士「ほんっと、折れねえよなぁ。お前は」

 勇者は騎士を振り落そうと踠くが、圧倒的な力の差によりそれは叶わなかった。
 騎士は精霊剣・湖月を鞘に仕舞う。

騎士「別に他の奴なら一思いに殺ってやってもいいけどな。お前だけは別だ。お前だけは、お前が被ってるその気持ち悪い化けの皮を剥いでやらなきゃ気が済まねえ」

 騎士は鞘に仕舞った状態のまま、湖月を振りかぶった。

騎士「言えよ、勇者」

 騎士は湖月を振り下ろす。
 鞘に仕舞ったままの状態のそれは、勇者の右手、その指先を叩き潰した。

勇者「ぐああッ!!」

 人差し指と中指が折れた。第二関節の辺りから逆さに折れ曲がった指の姿が勇者の目に映る。
 勇者の見ている前で、同じところが再び叩き潰された。

勇者「う、ぎ、ああああああああああ!!!!!!」

 その苦痛は筆舌に尽くしがたい。反射的に勇者は足をばたつかせ、全身を跳ねさせるが騎士の体は勇者の背中から全く動かない。

騎士「嘘をついてましたと言え。綺麗事を言ってましたと言え。他人より自分が大切ですと言え」

 一言発する度に騎士は勇者に向かって鞘に入れた剣を振る。
 狙われる場所は指先から手首へと徐々に移行し、勇者の体は先から少しずつ粉砕されていく。

勇者「ぐう、ぐ、うぎ、があ!!」

僧侶「いやあああああああああ!!!!!!」

 見かねた僧侶が駆け寄り、騎士に向かって杖を振り下ろした。
 しかしそれもあっさりと騎士に片手でいなされ、その動きだけで僧侶の体は宙を舞い周りの樹に叩き付けられてしまう。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:45:56.23 ID:09+TUdRc0
 勇者の右腕が、肘と手首のちょうど中ほどまでぐちゃぐちゃに潰された段階で、騎士はその手を止めた。
 ぼそぼそと、勇者が何か呟き始めたからだ。

勇者「……や…だ…」

騎士「……何だって?」

勇者「嫌だ…嫌だ……」

騎士「何が嫌なんだ?」

勇者「痛いのは嫌だ……死ぬのは嫌だ……剣で斬られると本当に痛いんだ……血がいっぱい出るのを見るのは本当に怖いんだ……」

 涙と鼻水と涎で汚れた己の顔を拭おうともせず、勇者は呆としてうわ言のように言葉を漏らす。
 その姿は、もはや正気を保っているのかも疑わしいほどだ。
 騎士は己の悲願の成就を予感し、快感にぶるりと身を震わせる。

騎士「だったら勇者、何て言わなきゃいけないんだ?」

勇者「な、に……を…?」

騎士「教えてやるぜ。こう言うんだ」



騎士「『戦士と僧侶を好きにしてもいいから、僕の命だけは助けてください』ってな」



僧侶「な……」

騎士「もちろん、その言葉の通り戦士と僧侶に関しちゃ俺の好き放題させてもらう。だが、その代わりお前の命は絶対に保障しよう。なーに、心配するな。戦士と僧侶も殺したりはしねえさ」

 騎士が言葉巧みに勇者を誘導する。
 その言葉を吐く勇者の姿こそが、騎士の最も見たいものだった。
 保身のために愛する仲間を差し出した時―――その瞬間が、勇者の在り方の根幹が崩れる時だ。
 もぞもぞと勇者が体を動かした。
 今度は騎士もそれを邪魔したりはしない。
 勇者は己の姿勢を仰向けに直すと、またしてもうわ言のように言葉を発した。

勇者「痛いのは嫌だ……死ぬのは嫌だ……」

 呪詛のように繰り返されるその言葉は、まるで自らを正当化するように。
 これから起こす行動に対し、自らを勇気付けるように。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:46:24.04 ID:09+TUdRc0







勇者「だけど――――それ以上に、お前に負けるのだけは絶対に嫌だ」







78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:47:14.73 ID:09+TUdRc0
勇者「『呪文・大回復』!!」

 密かに紡いでいた回復の魔力を勇者は己の右腕に輪転させる。
 完全回復というわけにはいかないが、何とか機能を取り戻した右手も使って、勇者は両手で騎士の体を掴んだ。

勇者「ようやく捕まえたぜ…!」

騎士「な…に…?」

 騎士は完全に不意を突かれ、硬直してしまっていた。
 真っ白になった頭を回転させ、勇者の意図に勘付いた時にはもう遅かった。

勇者「『呪文・大雷撃』ッ!!!!」

 轟音と共に、閃光が騎士の頭上に降り注いだ。

騎士「ぐあああああああああ!!!?」

 バリバリバリィ!! と身を焼かれる激痛に叫びを上げたのは、騎士だけではない。

勇者「うぐううううううう!!!!!」

 勇者もまたその雷に焼かれ、苦痛の呻きを上げていた。
 対象である騎士に対して、近すぎるのだ。
 『呪文・大雷撃』は本来複数の敵を同時に対象にするような大雑把な呪文だ。
 これだけ密着状態にある二人のうち、片方だけにダメージを与えるように威力・効果範囲を調節するなど、そんな器用な真似は出来はしない。

騎士(野郎…!)

 勇者の体を振りほどこうとして、騎士は『呪文・大雷撃』の真価を思い出し、愕然とした。

騎士(体…動かね…!! ああ、くそ!! うざってえ!!!!)

 騎士はそれでも痺れた体を無理やりに動かし、己の体を掴む勇者の手を振り払おうと試みる。
 その時、騎士は勇者が笑っているのに気が付いた。

騎士「てめえ、まさか―――――」

勇者「―――『呪文・大雷撃』ッ!!!!」

 ピシャァァァァンッ!!!!!! と、空気を裂く轟音と閃光が再び二人を襲う。

騎士「ぐうあああああああああああ!!!!!!」

騎士(こいつ!! まさかこのまま!! 心中覚悟で雷を呼び続ける気か!?)

騎士(だが、俺と勇者の間には絶対的な体力差がある!! 先に力尽きるのは、どう考えても勇者の……ッ!?)

 騎士の目に、勇者に杖を向ける僧侶の姿が映った。
 彼女はその目に大粒の涙を浮かべながらも、先ほどの勇者の言いつけに従い勇者の傷を癒そうとしている。









 ――――これから先、何があろうと……僧侶ちゃんは決して折れずに、俺を回復し続けてくれ






79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/28(日) 19:47:33.08 ID:X/H49ZFo0
更新来てる?
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:47:40.12 ID:09+TUdRc0
僧侶「ううう…! うぐ…ふぐ…!!」

 子供のように泣きじゃくりながら、僧侶は勇者に回復呪文をかけ続ける。
 彼女は知っている。勇者が痛みを病的なまでに嫌っていることを。
 彼女は思い知っている。それでも勇者は、いざという時には他人の為に自分を犠牲にしてしまうことを。
 そうさせないように強くなろうと誓ったはずなのに。
 なのにまた、今回も、結局は。

 ―――また、雷が落ちた。
 僧侶の目が光に眩む。轟く雷鳴が僧侶の耳をつんざく。

僧侶(ごめんなさい……)

 杖を振る度に、僧侶は勇者に謝罪する。
 勇者が命を落とさぬよう回復を続けるということは、裏を返せば死ぬほどの苦しみをずっと延長し続けるということだ。

僧侶(ごめんなさい…ごめんなさい…!)

 傷ついてほしくないと嘯きながら、彼の自殺行為を容認している。
 彼の考えに乗り、杖を振り続けるという事はつまりそういうことだ。
 罪悪感と無力感に苛まれながら、僧侶はただ勇者の言葉に縋り、回復呪文を紡ぎ続ける。

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:48:41.23 ID:09+TUdRc0
 雷が落ちる。
 既にその数は十を超えている。
 二人の男はもはや声を上げもしない。
 ただ歯を食いしばり、耐え凌いでいる。
 目の前の男が先に倒れるのを待っている。

 また雷が落ちた。
 その苦痛に慣れることは無いのだろう。
 勇者も騎士も、閃光に打たれるたびに苦悶の表情を浮かべている。
 もうやめたいはずだ。やめていっそ楽になりたいはずだ。
 なのに、勇者はまた叫ぶ。騎士の体を掴むその手を、離そうとはしない。



 そんな勇者の姿を見ながら、エルフ少女は昨晩の部屋でのやり取りを思い出していた。



エルフ少女『本当に見るだけで済ませちゃうんだね。私の体は君の好みじゃなかったかな? 結構自信、あったんだけどなあ』

勇者『そんなことないよ。エルフ少女は本当に魅力的な女の子だと思う』

エルフ少女『だったら……』

勇者『だけど、駄目なんだ。もし本気で俺を誘ってくれてるんなら、女性に恥をかかせて申し訳ないと思うけど……』


勇者『その……そういうことをすれば、子供が出来る可能性があるだろ?』


勇者『だけど――――俺、多分明日死ぬからさ』


勇者『だから、ちょっとそんな無責任な真似は出来ないよ。ごめんね、マジで――――』





 雷が落ちる。

勇者「ぐ、あぁ……ッ!! 『呪文・大雷撃』ぃッ!!!!」

 轟音と共に、閃光が勇者の体を打つ。
 いつ終わるとも知れぬ苦痛の繰り返し。
 エルフ少女の頬を伝う水滴が、眩い雷光を反射した。


82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:49:13.61 ID:09+TUdRc0
勇者「『呪文・大雷撃』ッ!!!!」

 失いそうになる意識を必死でつなぎ止めながら、勇者は叫ぶ。
 新たな雷が己の体を打った。直後に、僧侶の回復呪文が飛んでくる。
 それによって痛みは多少マシになる―――が、すぐに新しい雷が体を打つ。
 まあ、呼んでいるのは自分なのだが……常に真新しい苦痛に晒されるというのは、実に凶悪な拷問だ。
 この作戦を思いつき、実行する前は、いずれ痛みにも慣れるのではないかと思っていたが、それは淡い期待だった。
 痛みに慣れるというのは、体の中の痛みを感じる機能が死んでしまう事なのだと思う。
 僧侶の回復により定期的に体が回復する自分には、そんな状況が訪れることはない。

勇者(どうして俺は、こんなにまでなって……)

 勇者はこれまでも何度も沸いてきていた疑問について改めて考えた。
 痛いのは嫌いだ。死ぬのは嫌だ。
 それはずっと昔から変わらない。それらを出来る限り回避して生きていこうという己の根底にある信念は変わっていない。
 と、思う。
 の、はずだ。
 だけども、仲間が出来て、長い旅をして、色んな経験をして、今まで知らなかった自分の一面に気付いた、というのはある。

 痛いのは嫌いだ。死ぬのは嫌だ。
 だけど、平気で他人を傷つけることが出来る奴はもっと嫌いだ。
 自分が何もしないせいで誰かが酷い目にあうというのは死ぬほど嫌だ。

 成程確かに、新たに芽吹いたこんな気持ちによって、最善を希求した結果自分をある程度犠牲にすることもあったかもしれない。
 自分の痛みと他人の幸せを比較して、他人の幸せを優先したこともあったかもしれない。
 だけど今自分がやっているこれは、明らかにやり過ぎだ。
 自分の命を完全に捨てて、敵をやっつけようとするなんて。
 つまりそれは、敵をやっつけた後の結果なんてどうでも良いということではないか。
 自分が敵をやっつけたことで世界にどんな影響が起きるのか、そういうことに全く興味を無くしている。
 つまり『何かを目的とした時の手段としてそいつを倒す』のではなく、『その男を倒すことが最終目的となっている』ということだ。

 ああ―――そうだ
 結局そういうことなのだ

 今の自分にとっては、騎士という男を倒すことだけが至上の目的となっている。

 もし相手が魔王だったら?
 敵わないと悟れば逃げて別の手を考えていただろう。
 もしかしたら他の誰かに任せてしまってもかまわないと思っていたかもしれない。

 相手が大魔王だったとしても?
 一緒だ。変わらない。命を犠牲にしてまで戦いに挑む理由がない。
 平和の為に―――なんて曖昧模糊な理由で人は命を懸けられない。
 人が命を懸けられるのはいつだって――――自分の為だけだ。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:50:05.27 ID:09+TUdRc0


 高名な父の元に生まれ、ただその跡継ぎとしての人生を求められた

 『世界を救う』なんて大役を周囲から押し付けられて生きてきた

 そのせいで、色んなものを犠牲にした

 こんな小さなガキの頃に死にかけたこともある

 そんな風に頑張っているのに、誰も俺自身を褒めることなんて無かった

 流石、あの人の息子だ。流石、英雄の血を引くだけある

 果てはまだ足りないと、それでも英雄の息子かと罵倒されたこともある

 俺がどれだけ努力しているかも見ていない奴に

 俺の名前を呼んだことも無い奴に

 嫌気がさした

 だから/だけど

 自分の為に、他人を殺した/他人の為に、自分を殺した

 そうすることが人として正しいことだと信じていた
 そうすることが人として正しいことだと信じていた

 だから、これからもずっとそうやって生きていこうと思った
 だから、これからもずっとそうやって生きていこうと思った

 楽しかった/つまらなかった

 解放された人生だった/牢獄にいるような人生だった

 その代わり、俺は独りだった/その代わり、沢山の人が俺を認めてくれた

 それでいいと思った
 それでいいと思った

 だって、他にやりようなんてない
 だって、他にやりようなんてない

 そう思っていたのに/そう信じていたのに


84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:50:42.06 ID:09+TUdRc0


 あっさりと自分の真逆の道を行く奴が目の前に現れた


 まるで自分の歩いてきた道を否定されたような気分になった


 同族嫌悪、とはきっと違う


 だって俺とあいつは真逆の存在だ


 言うなれば、俺がなりたくないと否定した存在があいつなんだ


 なんておぞましい


 気持ち悪い


 あんな奴の存在を、許しちゃいけない


 だって、あんな奴の存在が許されてしまうなら、俺は―――――








85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:51:12.44 ID:09+TUdRc0
勇者「騎ィィィィィ士ィィィィィイイイイイイイイイ!!!!!!!」

騎士「勇ゥゥゥゥゥ者ぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!」

 一際眩い雷光が二人の体を貫いた。

勇者「ぐうううううううう!!!!!」

騎士「ぬうあああああああ!!!!!」

 これまでで最大級の威力に、勇者と騎士は歯を食いしばって耐える。

勇者(これでまだ倒れねえのかよ、化け物め!! お前一体何発この呪文食らってると思ってんだよ!!)

 もう一度、と魔力を振り絞ろうとした勇者の視界が突然揺れた。
 呪文によるダメージではない。
 痛みではなく、異常な倦怠感による体のふらつき。
 魔力切れだ。

勇者「な……」

 どすり、と肉を貫く音が勇者の耳に届いた。
 騎士がいつの間にか湖月を鞘から抜き放ち、勇者の胸に突き立てている。

騎士「……ふぅぅ〜……ようやく…ようやく品切れか……危なかったぜ、勇者。俺ももう意地で立ってただけだからな。もう一発でも食らってたら終わってた」

勇者「が、ごふ……!」

 勇者の口から鮮血が零れた。

勇者「あー……敵わねえや。俺の負けだよ、騎士」

 そう言って、勇者は騎士の体を掴んでいた手を一度離し、今度は己の胸に剣を突き立てる騎士の腕を掴み取る。

勇者「だけど―――――油断したな。俺達の、勝ちだ」

 ぞわり、と総毛立つ寒気を感じて、騎士は後ろを振り向いた。

 ――――戦士と武道家が立ち上がり、騎士に向かって突進してきていた。

騎士「な…にィ!?」

戦士「おおおおおおおおおおお!!!!!!」

武道家「はああああああああああ!!!!!!」

 戦士も武道家も、その顔は涙に濡れていた。
 勇者の『呪文・大雷撃』が引き起こす轟音と閃光により、二人は早い段階で意識を取り戻していた。
 そして、勇者を手助けすることすら出来ず、ただ勇者の自爆技に任せるしかない自分達を恥じていた。
 己の無力を呪っていた。
 それでも、せめてと。
 勇者が及ばぬ時は、刺し違えても自分達が―――と伏せたままずっと機を伺っていた。
 勇者が雷に打たれるたびに、奥歯を噛みしめ、涙を流しながら。


86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:51:50.46 ID:09+TUdRc0
騎士「クッソ…! 離せぇッ!!」

 騎士は己の腕を掴んで剣を固定する勇者の体を必死で蹴り飛ばした。
 十全の状態の騎士ならば、それだけで勇者の体を爆散させることも可能だっただろう。
 だが今は、二度の蹴りでようやく勇者の体から剣を引き抜くのがやっとという有様だった。

戦士「ああああああああ!!!!!!」

騎士「な、めんなコラァ!!!!」

 小細工なしで大上段に斬りかかってきた戦士を迎え撃つため、騎士は己の足に力を込める。
 ぐらり、と膝が笑って体勢が崩れた。
 繰り返された『呪文・大雷撃』のダメージは、確かに騎士の体に蓄積されていた。
 戦士の剣が振り下ろされ、地面に膝をついてしまっていた騎士は体勢を立て直すのが間に合うはずもなく、ただ我武者羅に回避のために身を捩る。
 湖月を握りしめていた騎士の右腕が宙を舞った。

騎士「……うらぁ!!!!!」

 死力を振り絞り、騎士は残った左手で戦士を殴り飛ばした。
 右腕を失ったことで体のバランスを著しく欠いた騎士はもんどりうって倒れそうになる体を必死になって立て直す。
 そこへ間髪入れず武道家が襲い掛かった。
 精霊甲・竜牙の肘部分から飛び出した槍の穂先のような刃物―――スピアが騎士の胸に突き立つ。

騎士「ごふ……う、おおおおお!!!!!!」

 騎士は武道家の襟首を掴み、顔面に思い切り頭突きを放った。
 そのまま左腕一本で武道家の体を投げ飛ばす。

騎士「ふぅ…ふぅ…ッ!!」

 騎士は喉奥からせり上がってくる血の塊を飲み下す。
 だが、根元から右腕を切られた肩と武道家に貫かれた胸の傷からの出血が夥しく、どの道すぐに血が足りなくなるのは目に見えていた。
 騎士は地面に落ちていた自分の右腕から、精霊剣・湖月を拾う。
 その時、さく、と草を踏む音が背後から聞こえた。
 振り返る。
 勇者だ。
 真打・夜桜をその手に持った勇者が立っていた。


87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:52:49.07 ID:09+TUdRc0
 騎士は一度勇者に対して精霊剣・湖月を構えたが、ふっ、とその顔に笑みを浮かべると剣を下ろした。

騎士「参ったぜ、勇者。俺の負けだ」

 そう言って、騎士はその場に座り込んでしまった。
 実際、もう立っているのもやっとという状態なのだろう。
 そんな状態で、騎士は勇者に気さくに話しかけてきた。
 まるで、酒場で友として語り合ったときのような気安さで。
 そんな二人の様子を、戦士は遠巻きに眺めていた。
 騎士が何か妙な動きをすれば即座に動けるように、油断なく。
 もちろん、真に万全を期すならすぐに勇者のもとに駆け寄って、騎士にとどめを刺すべきだろう。
 だけど、戦士はそうしなかった。
 それは、同じように様子を見ている僧侶も武道家も同様だった。
 皆、騎士との決着は勇者がつけるべきなのだと、そう思っていた。

騎士「なあ、勇者。命だけは助けてくれないか?」

 いくらかの会話を終えた後、騎士はそう切り出してきた。

騎士「この戦いを通して分かったよ。お前は正しい、間違っていたのは俺だってな。今後は俺も心を入れ替える。な? 頼むよ、勇者」

騎士「湖月もお前が使ってくれていい。お前がもし大魔王に挑むなら、俺はお前の右腕として忠実に働くことを誓う。どうだ? 悪い相談じゃ無いはずだぜ?」

 勇者はじっと騎士の目を見つめていた。
 騎士も、目を逸らさず勇者を見ていた。
 勇者はふぅ、と大きなため息をつく。

勇者「そうだな。そうなればどんなにいいかと俺も思う。俺とお前なら、きっとどんな奴が相手だって後れを取ったりはしないだろう」

 騎士は勇者の言葉に口を挟まず、黙ってその先を待っている。

勇者「だけど、万が一のことを考えたら――――――いや、」

 勇者は言葉を切り、言い直した。
 その顔には、笑みが浮かんでいる。



勇者「お前さ―――――絶対裏切るだろ?」


騎士「流石勇者だな。俺のことを、本当によくわかってる」


 答える騎士も、やっぱり笑っていた。




88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:53:30.80 ID:09+TUdRc0
 勇者が真打・夜桜を一閃する。
 騎士も応じて、精霊剣・湖月を振った。
 勇者の胸が切り裂かれ、血が噴き出した。
 騎士も同じ場所に傷を負い、仰向けに倒れる。
 互いに致命傷だ。
 だが、勇者は死なない。
 彼の傷は共にいる仲間によって治療が為されるだろう。
 騎士を治す者は誰も居ない。
 だから、騎士はここで死ぬ。
 それが好き放題に生きてきた、彼の結末。

騎士(悔いはない……割と好き勝手出来たし、ぼちぼち面白い人生だった)

騎士(まあ、そうだな……それでもひとつだけ心残りを挙げるとしたら……)

 最後の力を振り絞って顔を起こし、騎士は勇者の姿を確認する。
 仲間たちに囲まれて、勇者は傷の治療を受けている様子が目に入った。
 首に入れていた力を抜くと、ばしゃんと自分の体から生まれた血だまりに後頭部が沈む。

騎士「勇者……お前の結末を、出来れば見届けたかったな………」

騎士「それが……悔いと言えば、悔いか……」

騎士「…………」

 騎士の目から光が消える。
 彼が最後に呟いた言葉は、誰の耳に届くことも無く、ただ空に吸い込まれていった。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:54:11.77 ID:09+TUdRc0
 後日談。
 勇者が提案したこの一大作戦によって、魔王討伐は為された。
 勇者達が騎士を抑え込んでいる間に、魔王城に潜入した各国の精鋭が見事魔王討伐を成し遂げたのだ。
 無論、かつての『伝説の勇者』の一件を経て、人々は『大魔王』の存在を知っている。
 だから、決して手放しで喜べることではないが―――世界はつかの間の平和を手に入れたのだ。
 世界に残った魔物の残党を一掃する討伐隊の活動も各国で活発に行われており、結果、魔物の数は激減した。
 最後の戦いから数か月が経過した今はもう、物資運搬を『翼竜の羽』に依る必要はなくなっていた。
 町と町とを繋ぐ街道を、物資運搬の馬車が活発に行き交っている。
 物流が滞りなく回るようになったことで、この世界はますます発展していくだろう。
 閑話休題。
 勇者は一人、北の大地を歩いていた。
 向かう先は、とある孤児院である。

院長「これはこれは勇者様」

 勇者を出迎えたのは、孤児院を経営する小太りの院長だった。

勇者「皆の様子はどうですか?」

院長「皆、元気にしておられますよ。元気過ぎて困るくらいです」

勇者「今日は随分と人数が少ないように見えますが……」

院長「大多数の者が故郷に戻って『作業』をしております。ここに残っているのはまだ歩んで故郷に戻るのは厳しい幼子ばかりです」

勇者「そうですか……これ、今月の支給リストです。近々に物資を乗せた馬車がやってくる手筈になっています」

院長「おお、おお……! まことに、まことにありがとうございます…!!」

勇者「いえ、貴方達は孤児になってしまった子供たちを支える立派な人たちだ。これからも出来る限りの援助をさせていただきますよ」

院長「ありがたきお言葉……思い起こせばあの日、極北の国が魔族に滅ぼされたことで大量の孤児が発生しました。当然、この院だけでその子たちを全て収容できるはずもなく……皆の寝床を確保するために方々に手を回したものです」

院長「しかし寝床を確保しても、それだけの人数の子供たちを養い続けるには莫大な費用が必要となります。私共だけでその費用を捻出するのはとても不可能でございました。しかし、ある方が援助を申し出てくださり、我々は何とか子供たちを飢えさせずに面倒を見続けることが出来たのです」

院長「この数か月、その方からの援助が途絶えて途方に暮れていた所だったのです。勇者様が新たに援助を申し出てくだされなければ、あの子たちは……うぅ…まことに、まことに、ありがとうございます…!!」

勇者「ですから、どうかお気になさらず。今後の支援はその方から私が引き継いだものとして、責任をもって続けさせていただきます。ああ、そうだ。ちなみにその方の名前などは、まだ覚えていらっしゃいますか?」

院長「ええ、もちろん。『騎士』様と、そう名乗っておられました」



90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:55:48.12 ID:09+TUdRc0
 勇者は『滅びた国』の正門から町の中を覗き込んだ。
 とある家の中から、年若い少年少女の手によって死体が運び出されていた。
 死体は車輪のついた台車に乗せられ、町の奥へと運ばれていく。
 恐らく町の奥に共同墓地の類を設けているのだろう。
 孤児院で院長が言っていた『作業』とはこのことだった。
 世界から魔物がいなくなったことで、ようやくこの国の子供たちは我が家に戻り、手付かずだった肉親の遺体を弔うことが出来始めているのだ。
 それでも、この国から全ての遺体が片付けられるまでには、まだ長い時間がかかるだろう。
 実は勇者は、以前少年たちに手伝いを申し出て断られた経緯がある。
 この国の子供たちは、全てを自分達の手で行うことを選んだ。
 どれだけ時間がかかろうとも、自分達だけで故郷の滅亡という事実に決着をつけると宣言したのだ。
 それはまるで、あの男の信念に従うかのように。

勇者「……頑張れ」

 勇者は『滅びた国』に背を向ける。
 実は、初めてこの国に足を踏み入れた時から、気になっていたことだった。
 あれだけ多くの人間が死んでいるのを見て、だけど、子供の死体は見かけなかった。
 あの時は、色々と他に衝撃が大きすぎて、そこまで思い至らなかったけれど、よく考えれば簡単に分かる事だった。
 たった一人で国を滅ぼすという暴挙に出たけれど、あの男は子供だけは手にかけなかったのだ。

勇者「……まあ、子供にはまだ、自分の命の決定権なんてないしな。結局、全部親次第なんだし」

 だから何だという話ではある。
 あの男は結局、その子供たちから幸せな家庭というものを奪っている。
 極悪非道であることには変わりはない。
 だけど――――



『俺の国は完膚なきまでに滅ぼされていて、生き残りはゼロだった』




勇者(――――かつてあいつは、そんな風に俺に語った)


勇者「…………お前の言うことは、本当に嘘ばっかりだ。騎士」







第二十九章   さよなら、嘘つきの君








91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:57:01.19 ID:09+TUdRc0
今回はここまで
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 19:58:03.33 ID:09+TUdRc0
やべ、最後にタイトルに「完」いれるの忘れとる ファック!!
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 20:01:29.91 ID:6E93bNZn0
乙。
騎士にも幸せになって欲しかったなぁ。とも思ったりもする。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 20:40:45.44 ID:TycLmnA+O
お疲れ様
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 20:45:32.27 ID:TZIHYQngO
乙!
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:20:25.28 ID:ie5f1KIto
大長編乙でした
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:39:08.60 ID:zP0aJRgxO
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:46:28.09 ID:JlCK8Ajwo
騎士ぃ……

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:52:37.51 ID:vVd9cwtR0
乙です!
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:54:28.13 ID:NellXGX2o
名作がまた一つ終わってしまった…
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:54:50.55 ID:DUHapmAiO
おつつつつ
394.23 KB Speed:0.2   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)