女神

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308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:33:42.00 ID:EEZv3dvio

 何コマかの授業が終わり昼休みになった。正直、食欲なんかなかったし、授業の内容す
ら全く理解できていなった俺を、有希と夕也は中庭に連れ出した。中庭には最近は俺と一
緒に行動しようとしなかった、麻衣が待っていた。こうしてこの四人で一緒に昼飯食うなんて久し振りだ。

 ・・・・・・やっぱり、この四人の関係っていいな。俺はそう思った。こんな時なのに本当に
救われる感じがする。こいつらがいてくれなかったら、今日は途中で家に帰っていただろ
う。

「お兄ちゃん、食欲ないの?」

 これ以上こいつにも心配かけるわけにはいかなかった。

「いや、そんなことないよ。おまえの弁当久し振りだけど、やっぱりおまえ料理上手だ
な」

「今更何言ってるの。麻衣ちゃんは今すぐ結婚して奥さんになっても大丈夫なほど料理は
昔から上手だったじゃない」

 有希が笑ったって言った。

「お姉ちゃん、やめてよ」

「・・・・・・いや、それは本当にそうだし、俺も前からよく知ってるけど。何か、最近さ。麻
衣の弁当とか食ってなかったから新鮮でさ」

「麻衣ちゃんに惚れ直したか」

 夕也の言葉を言いて、麻衣は再び沈黙してしまった。
 
「あんたはこんな時に・・・・・・ばか」

「悪い。変な冗談言ってすまなかった。今はそんなこと言ってる場合じゃねえよな」

「いや、俺は別に」

「謝るよ麻人。悪かった」

「もうわかったって」

「気にしないで、夕さん」

「ああ。もう言わねえよ。それよかさ、二見のことだけど」

「夕也、それは・・・・・・」

 妹が俯いてしまった。

「うん。そんなに気にしてくれなくていいよ。みんな知ってるんだろ?」

 俺はそう言った。今さら、俺のことを考えてくれているこいつらに事実をとりつくろっ
たってしかたがない。

「・・・・・・うん。裏サイトに書かれてたし。2ちゃんねるでも」

「あたしも読んだ」

 有希が目を伏せてそっと言った・

「っていうか今日の教室の雰囲気だと、大部分のやつらが既に知ってそうだな」

 夕也が冷静にそう言った。

「・・・・・・言い難いんだけど、一年生の教室でも噂になってる。というか二見先輩の、そ
の」

「何?」

 夕也が聞いた。

「お兄ちゃんごめん。二見先輩の下着だけの写真とか」

 俺はその時何も言えなかった。本当に何も。

「麻衣ちゃん・・・・・・」

「二見が縛られてるみたいなポーズの写真とか、男の子たちが携帯で見せあって・・・・・・」

 その写真を撮影したのは俺なのだ。両親から妹を撮影するように言われて渡されたカメ
ラを使って。

「・・・・・・麻衣ちゃん、泣かないの」

「・・・・・・ごめん」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:34:23.84 ID:EEZv3dvio

「・・・・・・ちくしょう。どうして優だけがこんな目に会わなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・お兄ちゃん」

「あいつは誰にも迷惑なんてかけてなかったんだよ。何も悪いことなんてしてなかったの
に。何で優がここまで追い詰められなきゃなんねえんだよ」

「麻人、落ち着いて」

「あいつの生活を・・・・・・あいつの人生を壊す権利なんか誰にもねえはずなのに」

 麻衣も有希も黙ってしまった。しばらくの沈黙の後、夕也が口を開いた。

「おまえの気持ちもわかんないわけじゃねえけどよ」

 夕也がそう言った。

「二見が何にも悪いことをしなかったっていうのは、おまえの惚れた欲目じゃねえかな」

「・・・・・・何だと」

「ちょっと夕也、何言ってるの」

「ここの生徒の大半は、特に一年生の女子は、二見がしていたことを知ってショックを受
けたはずだぞ」

 何でだよ。優は何も悪いことはしていないのだ。少なくとも法を侵すようなことは。

「二見がしたことは普通の高校生のすることじゃねえだよ。どうしておまえはそこを考え
ねえんだよ。彼女の女神行為でトラウマになるほど傷付く子だっているんだぞ。二見のこ
とを心配するのはいいけど、彼女のしたこと矮小化しようとするな。それだけのことをや
らかしたんだってことをちゃんと見つめろ」

「・・・・・・それは」

「あたしもね」

 申し訳なさそうに俺の方を見ながら小さな声で有希が言った。

「有希・・・・・・」

「二見さんと麻人のことすごく心配だし気の毒だけど」

「お姉ちゃん・・・・・・」

「本当はあたしも夕也の言うとおりだって思う。っていうかあたし自身今だに信じられな
いし、最初に二見さんのああいう姿を見た時、トイレで吐いちゃったくらいショックだっ
た」

「・・・・・・お姉ちゃん、何で今そんなこと」

「ごめん麻衣ちゃん。でも、あたしも麻人には嘘はつけない」

「そういうことだ。厳しいこと言ってるみたいだけど、それくらいのことを二見はやらか
したんだよ」

 俺はそれにはもう反論できなかった。多分、夕也や有希が言っていることもまた間違い
ではないだろう。同じ学校の生徒の裸なんか、ましてや緊縛ヌードなんか、男子ならとも
かく女子が見たいわけがないし、それを見てショックを受ける子がいたって不思議じゃな
い。ここは、進学校で男女関係にうとい子だって多いのだ。ましてや一年生の女子なら。

 嫌なら見るな。ネット上で縁もゆかりもないやつらにはそう言えるだろうけど、裏サイト
にURLを貼られていた以上、偶然にそれを見てしまった子たちを責めるいわれもない
のだ。

「それをちゃんと認めたうえで、どうするか考えないと、おまえらまた間違うぞ」

 みんな黙ってしまった。

「こんな時に厳しいこと言って、悪いとは思うけどよ」

 夕也が厳しい表情を崩さずにそう言った。

「お兄ちゃん?」

「悪い」

 心配そうに俺を見ている麻衣たちに対して、もうそれ以上言える言葉はなかった。
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:34:59.02 ID:EEZv3dvio

 教室に戻ると、主を失った優の机に、何かの文字がマジックのような物で黒々と記され
ていた。

『モモ◆ihoZdFEQao(笑)』

 その文字を見て俺が呆然としてクラスの連中を眺めた時、どこからともなくクスっと嘲
笑うような悪意のある笑い声が俺の耳に届いた。思わずかっとなった俺が、声のした方に
いるやつの腕を見境なく掴もうと体を動かした時、夕也が俺の体を羽交い絞めにした。

「落ち着け。こんな低級な嫌がらせに反応するな。おまえが反応するとこいつらますます
いい気になるぞ」

 夕也は俺を押しとどめながら大きな声でそう言って、周囲の生徒を睨みつけた。教室内
の生徒たちは一様に下を向き、夕也と目を合わせないようにしていたが、その時でもまた
クスクスという笑い声がどこからか小さく響いた。

 どこかからか雑巾を持ってきた有希は、優の机の文字を拭き取り始めた。油性のマジッ
クのような物で書かれたらしく、その文字は汚れを広げるだけで一向に消えようとはしな
かった。それでも、一生懸命に優の机を拭き続けている有希の目には、涙が浮かんでいた。
夕也の言葉を聞き、有希の目に光っている涙を見た瞬間、俺の体から力が抜けた。夕也は
ようやく俺の体から手を離した。

「悪いん」
 俺は何とか声を口から絞り出すことができた。それはまるで自分の声ではないかのよう
に掠れた小さな声だった。

「俺、今日は家に帰る。これ以上ここにいると自分でも何をしでかすかわかんねえし」

「・・・・・・その方がいいかもしれねえな。わかった。鈴木には俺から話しておくから」

 夕也友が言った。

「一緒に付いていってあげようか?」

 有希が目に浮かんだ涙をさりげなく拭きながら言った。

「おう、それがいいよ」

 夕也もそれに同意した。「気分の悪くなった麻人を有希が送って行ったって、鈴木には
言っておけばいいな」

「・・・・・・いや、いい」

 俺は断った。「家に帰るだけだし、お前らを付き合せちゃ悪いしな」

「大丈夫か」

 夕也が言った。

「ああ。平気だよ。じゃあな」

 俺はカバンを取り上げた。

「二人ともいろいろありがとな」

 俺が教室を出て行く時、再び小さな嘲笑めいた声が教室の中から俺の背中に届いた。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:35:34.97 ID:EEZv3dvio

 まるで夢遊病者のように歩いていた俺は、自分がどうやって電車に乗ったのか、どうや
ってどんな経路で歩いたのか全く記憶になかったけれども、気づいたら俺はいつの間にか
優の自宅の前に立っていたのだった。相変わらず優の自宅には人の気配がなかった。俺は
試しにチャイムを鳴らしてみたけれども、家の中からは何の返事も返ってこなかった。俺
は優の家を離れて自宅に戻ろうと歩き出した瞬間に、ふと何か違和感を感じて足を止めた。

 俺は再び優の家の門まで戻った。いつもと違う感じはどんどん大きくなっていった。俺
はもう一度まじまじとその家を眺めた。その時その違和感の正体がわかった。優の家から
は、二見という苗字が記された表札が外されていたのだ。

 ・・・・・・ついに一家で引っ越すくらいまで追い込まれたのだろうか。俺の想定していた最
悪のシナリオは、優の転校だった。ここまで来てしまった以上、優がうちの学校に戻って
くることは難しいだろう。しかし、転居までは必要ないではないか。この家から通える範
囲に、中途での編入を認めてくれる学校がないのであれば別だけども。

 さっきの教室の出来事で混乱していた俺だけど、再び心の中で新たな不安が芽生えて来
ていた。俺は走るようにして自宅に戻ると、リビングのパソコンを立ち上げ、VIPのス
レ一覧を眺めた。

 ・・・・・・スレが多すぎる。俺は昨日のスレタイの一部でタイトルを検索した。すぐに探していた
スレタイが表示された。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwwwww9【乗り遅れるな】』



 もう九スレ目に突入していたそのスレの最初のレスを読んだ時、俺は凍り付いた。



『今北用ガイド』

『その後に不注意からか、スマホのGPSをオフにせずに撮影した画像を発見。exifから、
この女の住所が判明』

『スマホ以外で撮影に用いられたカメラも発覚。×××製のの○○XZ-1という高級コンデ
ジ。ちなみにこの女の同級生で彼氏でもある池山というやつが持っていたカメラだと思わ
れる』

『つまりこの女の女神画像は彼氏とのはめ撮りだったことが判明 ← 今ここ』



 俺の実名が晒されたのはともかく、そこには優の住所までがはっきりと記されていたの
だった。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/13(水) 22:36:25.43 ID:EEZv3dvio

短いですが次回から視点が変わるので、今日は切りのいいここまで
また、投下します
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/13(水) 22:38:32.74 ID:5pQtLZeso
おっつー
面白いぜ
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/14(木) 09:06:35.84 ID:hwjcmVjYO
おつんつん
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:40:11.22 ID:HbILN8rbo

 私たち三人はお互いのことを知りすぎるくらいに知っている。麻人と麻衣ちゃんの兄妹
は、幼い頃から両親が仕事で留守がちな家庭で、二人きりで寄り添うようにして毎日を過
ごしていた。その頃から隣の家で暮らしていた私は、自分が一人っ子だったこともあって、
仲の良い隣の兄妹のことを妙にうらやましく思っていたものだった。もちろん、よく考え
れば家には常にお母さんがいてくれた私の方が一般的には恵まれていたと思うけど、それ
でも兄弟というものに憧れていたあたしには、仲の良いお隣の兄妹に憧れの気持ちすら抱
いていたのだ。

 引越ししてきてからしばらくは、私は二人のことを羨ましく思いながら眺めているだけ
だった。普通で考えれば年が近く隣同士なのだから、すぐにでも仲良くなれそうなものだ
けれど、兄妹のあまりの仲の良さに怖気づいた私は中々この兄妹に声をかけられなかった
のだ。

 そんな風だったから、子どもたちより私たちの親同士の方が先に仲良くなって、そのお
かげであたしは、この兄妹と話ができるようになった時は本当に嬉しかった。そうして知
り合ってみると、この兄妹は私が勝手に思い込んでいたような排他的な性格では全くなく
て、むしろ仲のいい 仲間が増えることを歓迎してくれた。特に麻衣ちゃんの方は、いつ
も麻人と一緒にいたせいで、女の子の友だちが少なくて寂しかったみたいで、私たちはす
ぐに仲良くなった。

 それ以来今に至るまで、私たちはずっと三人で一緒に過ごしてきた。朝は私が二人の家
に兄妹を迎えに行き、近くの小学校まで三人で登校する。帰りは必ずしもいつもという訳
ではなかったけど、それでも時間が会えば一緒に下校もした。その頃から、麻人では対応
できない種類の麻衣ちゃんの相談に乗るのは私の役目だった。麻人は男の子にしてはよく
麻衣ちゃんの面倒をみていたと思うけど、それでも洋服や下着や水着のことなどはお手上
げだったらしい。特に小学校も高学年になる頃には、兄妹のお母さんも本格的に仕事を再
開していたから、麻衣ちゃんのこの手の悩みには、(時には私のお母さんにも相談しなが
ら)私が麻衣ちゃんの面倒をみていたのだった。私は麻衣ちゃんが初潮を迎えた日まで知
っていたほどだった。

 私たち三人のこうした関係は、私と麻人が揃って中学生になっても何も変わらずに続い
た。私たちが通う中学校は、小学校と隣り合わせに建っていたから、相変わらず朝の登校
は三人で一緒だった。私にとっては、三人でいることが居心地よかったけれど、一年後に
麻衣ちゃんが私と麻人の後を追って同じ中学に入学した頃から、私たちの中にも多少の不
協和音が響くようになってきていた。

 中学生になると、周囲の子たちも異性のことをあからさまに意識するようになる。異性
を意識したり噂したり、異性に告白したり告白されたり、当たり間に周囲で行われていた
そういうことが、私たち三人の関係にも影響を及ぼすようになったのだ。

 ・・・・・・それは麻人が同級生の子に告白されたことから始った。麻人に告白した子は、は
きはきした物怖じしない喋り方が特徴的なボーイッシュな女の子で、クラスの男の子の間
でも密かに憧れている子が多いらしいという噂の女の子だった。その子に告白された麻人
は、人気のある女の子に思いを寄せられて、悪い気がしなかったのだろう。彼はその子の
告白を受け入れた。つまり麻人に初めての彼女ができたのだ。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:41:00.19 ID:HbILN8rbo

 私は、告白された麻人からそのことを相談されていたので、麻人とその子が付き合い出
したことには別段驚くことはなかったけど、むしろ大変だったのは麻衣ちゃんの方だった。
麻衣ちゃんがブラコンなことはよく知っていたけど、その後の麻衣ちゃんの行動によって、
彼女がここまで麻人のことを慕っていることを、私は改めて思い知らされた。

 麻衣ちゃんは意外にも麻人と彼女の付き合いには反対しなかった。ただ、麻衣ちゃんは
麻人に彼女ができた後も、自分と麻人の関係が変わることは絶対に拒否したのだった。

 具体的に言うと、麻人は最初は私たちと一緒に登校せず、やはり近所に住んでいた彼女
と待ち合わせして彼女と二人で登校しようとした。でも、麻衣ちゃんは渋る私を引き摺る
ようにして、その待ち合わせ場所に押しかけ、四人で一緒に登校しようとした。別に麻衣
ちゃんは麻人の出来立ての彼女に攻撃的な態度を見せたわけではない。ただ、自分と麻人
の関係が疎遠にならないようにしたのだ。

「勘弁してくれよ」

 そういうことが続くと、麻人は私に泣きついた。

「おまえらが朝一緒だと彼女が不機嫌になるんだよな」

「私のせいじゃないもん」

 私は麻人に反論した。「麻衣ちゃんが麻人と一緒に行くって、そう言い張るんだからし
ようがないじゃん」

 私の話を聞いて、麻人は困ったように俯いてしまった。

 ・・・・・・結局、麻人の初めての彼女はわずか一週間で麻人に別れを告げたのだった。

 そういことがあっても、麻人は麻衣ちゃんを甘やかすことを止めようとはしなかった。
どんだけ妹に甘いんだろう、この男は。私は、麻衣ちゃんのことは自分の実の妹のように
思っていたけれども、さすがにこれは行きすぎではないかという気持ちがした。いくら両
親が不在で二人きりで日々を過ごしているにしても、この先ずっとこのままというわけに
もいかないではないか。私はため息をついた。

 その後は何事もなかったように、再び三人で登校する日々が続いた。麻人と麻衣ちゃん
の共依存に近い関係のことは、私の密かな悩みとして心の奥に密かに沈潜していたけど、
それでも慣れ親しんだこの関係は中毒のように、再び私たちを蝕んでいった。永遠にこの
まま三人で過ごせるならそれはそれで幸せかもしれない。兄と妹のことを心配していたあ
たしだったけど、時にはそう思うほどこの関係は居心地が良かった。

 それに、自分で言うのもなんだけど、私たち三人の関係は校内ではひどく羨ましがられ
てもいたのだ。麻衣ちゃんは可愛らしい子だった。そして、叩かれるのを覚悟で言うと、
私もまた校内では目立っている方だったと思う。告白してくる男の子も一人や二人ではな
かったけれども、異性と付き合うということがまだぴんとこない私はその全てを断ってい
た。そして、それは麻衣ちゃんも同じだった。

 そういう女の子二人にしっかりとガードされている麻人に対して、果敢にアタックする
子はもういなかった。最初の彼女の失敗で、麻人は付き合うには面倒な男という烙印を校
内の女の子たちから押されてしまったらしかった。

 そんな私たち三人の関係が初めて本格的に変化したのは、私と麻人が同じ高校を受験し
合格した後のことだった。こればかりはさすがの麻衣ちゃんもどうしようもなかった。私
と麻人が通うことになった高校は電車に乗って四十分くらいかかる。そして、私たちの出
身中学は自宅の最寄り駅とは反対方向だったのだ。

 四月に入り初めて私たち三人一組ではなくなった。麻衣ちゃんは一人で中学に登校し、
私と麻人が二人きりで電車に乗って登校する、そういう新しい生活が向かい始ったのだ。
麻人と二人きりの登校が高校の同級生たちの噂になるのは早かった。私と麻人は、高校の
友だちから即座にカップル認定されてしまった。

 ・・・・・・そして、これまで麻人に対しては異性という感覚を持ったことがなかった私が、
初めて彼を男として意識しだしたのは、二人きりで登校を始めたこの頃からだった。
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:41:54.63 ID:HbILN8rbo

「そんなことないって」

 クラスの友だちや生徒会の役員の人たちから「有希って池山君と付き合ってるでし
ょ?」と聞かれるたびに、私は赤くなってそれを否定した。

 でもどういうわけか、私が麻人との仲を否定すればするほど、私を問い詰めてきた友人
たちはにやにやするだけで、私の話を真面目に取り合ってはくれなかった。そして、正直
に言うと私もそれ以上、麻人との関係を友人たちにしつこく否定したりはしなかったのだ。

 その頃は麻人も同じような問いかけをされ、同じようにそれを否定していたそうだけど、
それを信じてもらえなかったのは私と同じだった。麻人と私は登校こそ二人きりでしてい
たものの、別に校内でベタベタと一緒に過ごしていたわけではない。当時は私が生徒会の
役員になった頃で、放課後は帰宅部だった麻人と一緒に過ごしたり一緒に帰宅したりする
ことはなかった。なので、周囲にカップル認定されたといっても、それは疑惑のレベルに
留まっていた。

「池山と遠山は怪しい」

つまりはその程度のカップル認定だったのだ。でも、私は校内のその微妙なうわさが嫌
いではなかった。むしろ、麻人と今まで以上の関係に踏み込んでいるようで、何かどきど
きするような奇妙な興奮を感じていたのだった。

 まるで麻酔を打たれてうとうととしているように居心地はいいけど、生産性のない行き
止まりのようだった麻人と麻衣ちゃんと私の三人の関係を惰性で続けるよりは、麻人と私
の二人だけの時間は、この先何かめくるめくような展開が先に待っているようだった。そ
の頃の私は、こんな曖昧な関係でも十分に満足だったのだ。

 休日には、麻人なしで麻衣ちゃんとショッピングに出かけることがよくあった。もちろ
ん妹ちゃんは毎回兄を誘っていたようだったけど、女の服の買物は勘弁とかでいつも麻人
から断られていたようだった。

 麻衣ちゃんは麻人なしで私と出かけることに対して、あまり文句を言わなかったことを
最初私は不思議に思ったけれども、すぐにその疑問は氷解した。

 一通り麻人に対して駄々をこねた麻衣ちゃんは、実際に私と二人で出かける段になると、
麻人が一緒にいないことをあまり気にもせず、というか麻人がいないことをいいことに私
に対して、自分の兄が高校でどういう風に過ごしているのか、兄にはどういう友だちがい
てどういう付き合い方をしているのか、兄に言い寄ってくる女の子はいなのかどうか、そ
ういうことをしきりに私から聞き出そうとした。

 私にもブラコンの麻衣ちゃんの気持ちはよくわかった。自分の知らない兄が、自分の知
らない場所で自分が知らない人間関係を築いていくことに対して不安を感じているのだろ
う。

 私は、買物の途中で一休みしていいるファミレスやスタバとかの店内で麻衣ちゃんと向
き合って座りながら、私の知っている限りの麻人の情報を伝えた。麻人の話になると麻衣
ちゃんの食いつきは物凄いと言っていいくらいによく、まだ買物の途中のはずが話し込む
と平気で二時間くらいは経過してしまった。それで、麻衣ちゃんは途中で時間に気づいて
慌てて話を終らせ、服とかの買物を中断して夕食の買物のためにスーパーに走るというこ
とがよくあった。

 そういう小休止の時間に、私が麻衣ちゃんに伝えた麻人の学校での日常の話は、何も嘘
はなかった。特に麻人の女性関係については、正直に麻衣ちゃんに伝えたと言うことは今
でも自信を持って言える。

 その頃の麻人には、彼狙いで近づいてくる女の子はいなかったから、私は「麻人に告っ
た女の子はいないし、麻人が気になっている女の子もいないみたいだよ」と麻衣ちゃんに
は話した。それは正真正銘真実の話で、少しの嘘もその中には混じっていたかった。

 ただ、嘘は言ってはいなかったけれど、私が知っていることを全て麻衣ちゃんに伝えた
わけではなかった。

 なぜ、麻人にアプローチする女の子がいないのか。うちの学年の生徒なら多分誰でも簡
単に答えられたであろうその事実を、あたしは麻衣ちゃんには話さなかった。仮に麻衣ち
ゃんがうちの学年の子に、「何でお兄ちゃんはもてないの?」と聞いたとしたら、それに
対する答えはすぐに返ってきただろう。

「・・・・・・だって、池山君には遠山さんがいるじゃん」
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:42:39.17 ID:HbILN8rbo

 私は肝心な事実を、うちの学校内では麻人と私が付き合っているのではないかという
噂が流れていることを麻衣ちゃんには話さなかったのだ。嘘を言っているわけではない、
ただ曖昧なことだけを話さなかっただけ。

 ・・・・・・私は自分にそう言い聞かせた。無駄に麻衣ちゃんの不安を煽ることはない。それ
に、麻人と私が付き合っているという事実はないのだ。事実でないことを話す必要はない。

 麻衣ちゃんは麻人に女の影がないことに安心すると、次に麻人の交友関係の質問を始め
た。これは答えやすい質問だった。麻人には同じクラスの男の子の親友がいた。私は2組
で、麻人と夕也は3組だった。なので、私はこの頃はあまり彼とは親しくなかった。麻人
の親友らしいという、その一点のみで私は夕也に関心があった程度だった。広橋夕也は、
成績は学年でもトップレベルで容姿にも恵まれている上に、性格はさっぱりとしていて男
女問わず人気があるという、まるでアイドルになってもおかしくないような男の子だった。

 どういうわけか、その夕也と麻人が意気投合してしまったようで、いつのまにか二人は
親友といってもいいくらいの間柄になっていた。

 多分、広橋君は親友を作るのにも自分にふさわしいレベルの人を慎重に選ぶような性格
なのだろうと私は考えていた。広橋君に擦り寄ってくる男の子はいっぱいいたけれど、彼
が親しくなろうと決めたのは麻人だった。

 前にも話したかも知れないけど、周りの生徒たちの目からは麻人は超リア充に見えてい
たはずだった。毎日女の子と一緒に登校する麻人。それでいてそのことが何も特別なこと
ではないかのように自然に振る舞って、自慢したりしない麻人。イケメンでリア充中のリ
ア充といってもいい夕也も、麻人のそういう自然な行動とか、私ばかりではなく、どんな
女の子とも気負わず自然に接することができる、その行動には一目置いていたようだった。
麻人のそういうところが、夕也に関心を抱かせたのだろう。夕也は麻人によく話しかける
ようになり、やがて二人は親友と言ってもいい間柄になった。

 そういうわけで、朝の登校時に私と二人きりでいるとき以外の麻人は、校内では夕也と
しょっちゅうつるんで一緒に学校生活を過ごすようになったのだった。

 麻衣ちゃんは私のことをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。そして私も、麻衣ちゃ
んのことは本当の妹のように考えていた。だから、麻人への心の傾斜をとっさに麻衣ちゃ
んに隠してしまった時、私はこの兄妹と付き合い出してから初めて麻衣ちゃんに罪悪感を
感じたのだった。

 それと同時に、自分がそういう風に感じなければいけないこの状況に対して、私は不公
平感のようなものも感じていた。なぜ私は、自分の初恋を隠さなければならないのだろう。
普通に考えれば幼馴染同士の男女の恋愛なんてすごくありふれた話ではないか。そして、
学校では私と麻人は付き合っているのではないかと普通に噂されるような関係だった。そ
れなのになぜ、私はこんなに自分の気持ちを封印しなければならないのだろう。

 でも、それは考えるまでもないことだった。私には、いや、私と麻人の間には間には昔
から暗黙の了解のような約束事があった。

 両親が不在がちの家で育った麻衣ちゃん。

 麻人しか頼る家族がいない状態で暮らしてきた麻衣ちゃん。

 そういう生活を強いられててきた麻衣ちゃんは、結果的に過度に麻人に依存するように
なった。そしてそれは、世間一般で言うようなブラコンとか、異性として兄を愛する近親
相姦とか、そういうステレオタイプな言葉ではくくれないような関係だった。

 寂しかった麻衣ちゃんが、麻人を独り占めしたい、自分が麻人の一番でいたいという気
持ちを強く抱くようになってしまったことを、いったい誰が非難できるのだろうか。少な
くと私には、麻衣ちゃんのそういう感情を非難することはできなかったし、ブラコンの麻
衣ちゃんに手を焼きながらも、麻人だって私と同じように考えていたことは間違いなかっ
た。

 そういうわけで、私と麻人とは、いつも麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えて行動するよ
うになった。それは麻人から頼まれたわけではない。いつのまにかそういう風に振る舞う
ことが当たり前のようになっていただけだった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:44:11.40 ID:HbILN8rbo

 かといって麻衣ちゃんが私と麻人に過保護に守られて、わがままな女の子に育ってしま
ったというわけではなかった。麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えようとする私たちに対し
て、麻衣ちゃんの方もいつだって遠慮気味に振る舞っていた。麻衣ちゃんが、大好きな麻
人の気持ちを優先しようとすることは、この兄妹の関係からその行動は理解できたけど、
それだけではなく、麻衣ちゃんは私の気持ちにも気を遣うような優しい子だった。

 つまり過保護な麻人と私の接し方にスポイルされることなく、麻衣ちゃんは素直ないい
子に育ったのだ。

 育ったと言うと、まるで麻人と私が子育てしたみたいだけど、私の感覚としてはまさに
そんなところだった。麻衣ちゃんのことを心配していろいろ私と麻人が相談しあっている
ところは、まさに子育てをしている夫婦のようだったのかもしれない。お互いのことより
麻衣ちゃんのことを最優先して考えるところは、まさに子育て中の若い夫婦そのものだっ
た。ただひとつ、私と麻人の間には、当時は本当の夫婦のようなお互いへの恋愛感情はな
かったことだけは、本当の夫婦と違っていたけれども。

 そういう風にして過ごしてきた私が、朝の登校時間だけとはいえ、麻衣ちゃん抜きで麻
人と過ごす時間が増えたことにより、彼のことを異性として麻衣ちゃん抜きで意識するよ
うになってしまった。そして、そのことを麻衣ちゃんに話すことができなかった私は、妹
ちゃんに罪悪感を感じたのだ。

 やがて麻衣ちゃんは入試をひかえて志望校を決めなければならなくなった。麻人と私は、
麻衣ちゃんの進路の相談に乗った。それは、仕事に多忙な池山兄妹の両親から、麻人と私
に託されていた任務だった。何をおいてもその期待には応えよう。私はそう思った。

 私たちのサポートを受け入れた麻衣ちゃんは、私たちの高校より偏差値の高い学校を受
験し、公立の第一志望校に合格した。それなのに、麻衣ちゃんは滑り止めに受験した、私
と麻人と同じ私立高校に入学し、うちの学校に入学すると言いつったのだった。

 麻人と私は、一生懸命に麻衣ちゃんを説得した。それは多忙のあまり麻衣ちゃんの受験
をほとんどサポートできなかった麻衣ちゃんの両親の意を受けた行動でもあった。お兄ち
ゃんとお姉ちゃんと同じ高校に行くと頑固に主張する麻衣ちゃんに、第一志望校に入学し
ないと将来後悔するよって、必死で説得する麻人と私は、まさに娘の進路を心配する夫婦
のようだった。でも、麻衣ちゃんは結局意思を曲げなかった。

 こうして、私たちはその四月から再び三人で登校するようになったのだった。

 再び三人で登校するようになると、私と麻人の仲が怪しいという、校内の噂はすぐに静
まってしまった。それは麻衣ちゃんの精神衛生上はいいことではあったけど、一方で私は
密かにそのことを残念に感じていた。もう、私と麻人の仲をからかう友人はいなくなった。

 麻人は相変わらず可愛い女の子二人といつも一緒にいるリア充認定されており、そのせ
いか、誰かに告られるということはなかったので、麻衣ちゃんが麻人に対して嫉妬して不
安定になることもなかった。同時に、麻人と私の噂も完全に消え去ってしまっていたから、
そのことで麻衣ちゃんが悩むこともなかったのだ。つまり、再び私たち三人は、ぬるま湯
に浸かるように、気持ちよく将来の見えない関係に戻ってしまったのだった。そして、麻
衣ちゃんはそういう関係に戻れたことに満足だったようで、相変わらず麻人と私に甘えな
がら日々を過ごしていた。

 このぬるま湯のような居心地の言い関係を、麻人がその頃どう考えていたのかはわから
ない。麻衣ちゃんが満足していたので、妹に甘い麻人もこの関係に満足していたのかもし
れない。

 でも、その頃から私は奇妙な視線に気づき、悩むようになっていた。以前と同じように
三人で登校する日々。電車の中で賑やかに話をす私たち。これまではそういう時に麻人の
視線は、可愛らしく喋っている麻衣ちゃんを慈しむように彼女に向けられていた。ところ
が、その頃、麻人の視線が時おり麻衣ちゃんを離れ、私の方にじっと向けられることがあ
った。それは、一年生の時に麻人と二人きりで登校していた頃でさえ感じたことのないよ
うな熱っぽい視線だった。
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:44:49.08 ID:HbILN8rbo

 麻人のことが気になっているせいで、自分に都合よく彼の行動を解釈しているんだ。私
はそう考えて有頂天になる心を引き締めた。麻人の一番は、恋愛感情はないとしても麻衣
ちゃんだ。麻人と私は共に手を携えて麻衣ちゃんを守ってきた戦友に過ぎない。私は無理
にそう考えようとしたけど、そう思って済ませるには、麻人ののその視線には粘着性があ
りあたしは麻人の視線に晒されていると、まるで電車の中で裸にされているような感覚を
覚えた。それほど、その視線は長く私のあちこちを眺め回していたように感じられたのだった。

 その頃の私は混乱していた。もし、もしも万一麻人が私のことを女として欲しているな
ら、私はその想いに応えたかった。彼が麻衣ちゃんの気持ちを傷つけることを承知の上で
私のことを求めているのだとしたら、私も麻衣ちゃんのことを考えずに彼の腕の中に飛び
込んでいきたかった。でも、そういう考え自体が、私たちがこれまで過ごしてきた麻衣ち
ゃんを支えて行くという生き方を裏切るものだった。もちろん全て私の勘違いかもしれな
い。麻人は直接私に好きだと告白したわけではない。

 麻人の気持ちを知りたい。

 私は麻衣ちゃんや麻人と普通に笑顔で接しながらも、心の中ではそのことばかりを考え
ていた。どうすれば麻人の私に対する気持ちを知ることができるのか。いつのまにか私は、
そのことばかりをいつも心の中で考えるようになってしまった。

 麻衣ちゃんが入学してから二月くらい経った頃、両親はそれまで住んでいた家を処分し、
今までよりだいぶ広い家を購入した。つまり、私は引越しをしたのだった。

 この引越しによって麻人や麻衣ちゃんのお隣ではなくなってしまったのだけど、引越し
先は一つとなりの駅のそばだったので、私はそのこと自体をそんなに気にすることはなか
った。毎朝一緒に兄妹と登校できることに変わりはなったし、最初は寂しいと言って泣い
ていた麻衣ちゃんも、毎朝隣の駅からおはようと言って同じ電車に乗ってくる私を見て、
いつの間にかそのことに慣れてしまったようだ。

 それでも、その引越しは私にとって凄く大きな意味を持っていた。偶然から生じたこと
ではあるけれども、今にして思うとこの引越しがなければ、この後の展開は生じなかった
だろう。

 ・・・・・・私の引越し先の隣には、夕也の家があったのだ。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/18(月) 23:46:39.57 ID:HbILN8rbo

今日は以上です
また投下します
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 04:24:42.09 ID:Lc9LgGP9o
おつ
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 23:37:22.25 ID:5nHKj/rn0
おつん
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:38:08.84 ID:rPhbjypgo

 私はその頃は夕也とはたいして親しい仲ではなかった。一年の頃はクラスも違っていた
し、麻人の親友ということで顔見知りではあったけど、別に二人で親しく話したこともな
い。二年になり、私は麻人と夕也と同じクラスになったけど、それでも夕也とはそんなに
親しい間柄ではなかった。

 私が引っ越して、トラックの中から家財が新しい家に搬入されるのを眺めていたとき、
不意に私は誰かに名前を呼ばれた。

「遠山? おまえ何でここにいるの」

 私に話しかけたのは夕也だった。

「あ、広橋君。君こそ何で」

「何でって・・・・・・。俺の家、そこだから」

 彼は私の新しい家の隣の家を指さした。

「え。君ってここに住んでるの」

「うん。おまえは・・・・・・って、引っ越し?」

「そう。ここの家に」

「マジかよ。お隣さんになるのか」

「何でちょっと嫌そうなのよ」

「嫌って、別に」

「別に、何よ」

「まあ、よろしくな。お隣さん」

 夕也はそう言って笑って、あとはもう私にかまわず隣の家に入ってしまった。

 こうなると、私たちが一緒に登校するのは当たり前のようになってしまった。私と夕也
はお隣さんだ。別に時間を合わせたわけではないに、私が家を出ると偶然に夕也も隣の家
から出てきたところだった。夕也は麻人の親友だったし、結果的にそれからは麻人と麻衣
ちゃん、私と夕也は一緒に登校するようになった。

 そのことに対して、麻衣ちゃんや麻人が不満の意を表明したことは一度だってなかった
し、むしろ麻衣ちゃんは私の彼氏候補として夕也を認定していたようだった。

「夕也さんって格好いいよね」

 ある朝、麻衣ちゃんが私に言った。

「お姉ちゃん、あたしのクラスの子が広橋先輩って格好いいって言ってたよ」

 あんたに言われたくないよ。私はそう思った。麻人の関心を一手に受けている私の大切
な妹のあなたからは。

それでも以前のように麻衣ちゃんが私たちの登校の仲間に再び加わると、私は麻人と二
人きりで登校していた頃のように彼の気持ちを知りたいとか、思い切って彼に告りたいと
か、そういう願望を抑えるようになった。それは意図してではなく自然な心の動きだった。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:38:41.30 ID:rPhbjypgo

 麻衣ちゃんには日ごろから本当に頼れることができる相手としては、麻人しかいない。
前からそう思っていたのだけど、いつも二人で登校している一年間の間で、私はそのこと
を忘れ、麻人からの好意や行動を期待するようになっていたのだ。それが、再び麻衣ちゃ
んと登校するようになると、その気持ちが深刻なまでに私の胸中によみがえったのだ。何
で、麻衣ちゃんの気持ちを踏みにじるようなことを考えられたのだろう。私は昨年度まで
の自分の気持ちを不思議に思った。

 そういうわけで、一時期盛り上がった自分の恋愛感情は、再び自分の中で抑制されるこ
ととなった。ただ、以前とは違って今度は登校する仲間の一人に、夕也が加わっていた。

 お隣さんになり一緒に登校するようになるまで、私はあまり詳しく彼のことを知らなか
ったけど、それでも夕也が女の子たちから注目されていることや、学業やスポーツの成績
がすごくいいことくらいは知っていた。それから、四人で朝登校するようになると、彼は
あまりそういうことをひけからさない性格であることもわかった。つまり、スクールカー
ストにおいて上位の位置を占めている夕也は、それにもかかわらずすごく話しやすいいい
やつだったのだ。

 彼が私に対する明確な好意を示していたわけではない。むしろ、四人で登校しだしたこ
ろ、私は電車の中で、果敢に夕也に話しかけようとする女の子たちに驚いているばかりだ
った。本当に、こいつってもてるんだ。

 その夕也は、その子たちをまじめに相手するわけでもなく、また、私を口説くでもなく、
麻人相手に馬鹿話をしているだけで満足なようだった。女の子たちへのあしらいかたはさ
すがというべきか、如才のないものではあったけど。そして、麻衣ちゃんはそんな夕也の
ことをあまり気にすることがないように見えた。むしろ、久しぶりに朝一緒に登校するこ
とになった自分のお兄ちゃんへの心の傾斜を制御しようともしなかった。あの夕也が、麻
衣ちゃんに親し気に話しかけてもほとんどガン無視されている状態なのだ。

 そういうわけで、麻人を独り占めしている麻衣ちゃんと、自分の妹にかまってばかりで
他に何もする余裕もなさそうな麻人から放り出されていた私と夕也は、自然と二人で話を
するようになった。必要に迫られてだけど。そんな日々が続くと、さすがに同じ学校の目
撃者がわいてきて、私と夕也の関係を面白半分に聞いてくる子も出始めた。以前の、私と
麻人の関係に変わって、今では校内一と目されていた夕也と私の関係がうわさとなり、実
際にその関係を詮索する同級生たちが増えてきていた。

 その噂は事実無根のものだった。麻人と私の関係がうわさになった時と全く同じように。
それでも、麻人と私の仲のうわさは、それが事実ではないにもかかわらず私の心をくすぐ
り、私はその噂が嬉しかったのだ。でも、いくらイケメンでも成績優秀でもスポーツ万能
でも、夕也とのうわさはうっとおしいだけだった。それは、夕也の方も同じだったろう。
何となく私は麻衣ちゃんに麻人を奪われたような感覚を感じた。麻人との関係で麻衣ちゃ
んを泣かせまいと考えていたにもかかわらず。

 それに、すごく傲岸な考え方だったけど、私は麻人に求められていると感じていた。彼
の視線や、麻衣ちゃんの話を時おり放心したように聞き流して、私の方を見つめる視線。
さらに言えば、私と夕也が気安く話しあったりしている様子を、じっと眺める麻人の視線
から、私は麻人に愛され求められているのだろうと確信していたのだ。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:39:21.87 ID:rPhbjypgo

 ロミオとジュリエット。たがいに愛しながら事情があって結ばれない二人。夕也と私の
様子を気にしている麻人に対して、私はときおり麻人を見つめて密かに微笑んだ。それく
らいのコミュニケーションは許されるだろう。私の視線に顔を赤くして目をそらして、麻
衣ちゃんの言葉に応える麻人を見るくらいは。でも、それ以上のことは、この当時の私に
は何もできなかった。

 それなのに。私のひそかな願望を裏切るように麻人は彼女を作った。確かにきれいだけ
ど、確かに可愛らしいけれども、確かにおしゃれでもあるけれども。何で彼女なのだろう。
学校で友人の一人さえいないぼっちの彼女。二見さんが麻人の初めての彼女になった。

 お兄ちゃんが二見先輩と仲がいいの。

 麻衣ちゃんの相談にショックを受けた私は、その相談を言い訳にして、つまり自分の嫉
妬心を隠しながら、麻人を問い詰めた。でも、もうそれはその頃には遅かったみたいだ。
私はどういうわけか私を応援してくれた麻衣ちゃんの後押しに勇気を出して麻人に告白し
たけど、それは無駄な努力だった。夕也は二見さんと付き合いだした麻人に怒ったようだ
った。麻衣ちゃんというよりは私の気持ちを気にしてくれて。では、彼は私の麻人への気
持ちを知っていたのだ。



こうして、麻人は二見さんと恋人同士の間柄になり、朝の登校は、麻衣ちゃんが部活の朝
練とかで一抜けし、あとは私と夕也の二人だけとなった。



 部活の朝練があるとかで私と一緒に登校しなくなっていた麻衣ちゃんは、二見さんの女
神行為が曝露されてからは再び麻人を気遣うように彼に寄り添うようになった。でも、そ
れも数日のことだけで、私が麻人に失恋したにもかかわらず、二見さんを失って気落ちし
ている失意の麻人に寄り添うように行動していることを理解すると、再び麻衣ちゃんは、
私や麻人と別行動を取るようになった。本気で私に麻人を任せる気になったのか、それ
とも、麻衣ちゃんにも麻人以上に重要な関心事ができたのか、それはわからない。

 今では将来が見えていなかったのは私も麻人と同じだった。私は彼のことが気になっ
ていた。私ではなく二見さんのことを心配している麻人だけど、今までずっと一緒に過ご
してきた麻人が悩んでいるのに、自分が麻人に振られたからといって、彼のことを見捨て
ることはできなかった。

 麻衣ちゃんと同じくらい何を考えているのかわからなかったのが、夕也だった。私は夕
也が私のことを好きなことを知っていた。麻人を忘れるために、夕也に愛想よくふるまっ
ていた私の行動は、あの告白のときに麻人に厳しく指摘されたのだ。

 この頃になると、さすがに私に好意を寄せているとしか思えなかった夕也を、私は麻人
を忘れるために利用したと言われてもしかたがない。そのせいで、私は夕也に責められて
もそれは自業自得だった

 それでも、夕也は私のために怒ったそうだ。私のことを無視して、二見さんと付き合い
だした麻人に対して。麻衣ちゃんや夕也や、そして自分の気持ちを考えると、胸中はもう
ぐちゃぐちゃに混乱していたけど、もう今、できることは一つしかない。麻人の心が私の
もとにないのだとしても、今は麻人に寄り添おう。それが麻人にとって迷惑だったとして
も、二見さんをひどい方法で失った麻人に対して私ができることはそれしかないのだ。

 それに、二見さんのことで麻人がピンチに追いやられていた当初は、麻衣ちゃんも夕也
も同じ気持ちだったはずだった。二見さんへとの交際のことで麻人を嫌った夕也や、兄離
れするために部活に夢中になっていた麻衣は、少なくともあの朝は、三人で麻人に寄り添
い学内の敵意と好奇心で麻人を嘲笑していた校内の生徒たちから麻人を守ろうとしたのだ
った。

 でも、今では麻衣ちゃんも夕也も、麻人を慰める役目は私が果たすべきだと考えている
ようだった。そして、わざと私と麻人を二人きりにしようと画策しているようだ。

 私は隣家の夕也の家を素通りして駅のホームで電車を待った。夕也はホームには見当た
らない。電車が到着して昔三人でよく待ち合わせした車両に乗り込むと、麻衣ちゃん抜き
で麻人が一人で車内の吊り輪に掴まっている姿が目に入った。そして麻人はぼうっとして
いるようで私が車内に入り隣に来たことも気がついていないようだった。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:39:57.82 ID:rPhbjypgo

「おはよう」

 私は麻人に声をかけた。麻人は夢から覚めたように私の方を見た。

「ああ・・・・・・。有希か」

 それは生気のない声だった。隣には昔はいつでも麻人の腕にぶらさがっていた麻衣ちゃ
んの姿はない。

「何よ、そのあいさつ。おはようくらい言えよ」

 私は無理にほがらかに麻人に文句を言った。そういうことくらいしか話しかける言葉や
態度が思いつかなかったから。

「悪い・・・・・・。おはよ」

 麻人は素直にそう言ったけど、彼の目は私の方を向いていなかった。

「麻衣ちゃんは?」

 その後に何を言っていいのかわからなかったので、私はとりあえずそう聞いた。部活の
話は彼女から聞いていたのだけど、麻人本人に麻衣ちゃんが何を言ったのかは気になると
ころでもあった。

「部活の朝練みたいだよ・・・・・・何だっけ? 確かパソ部だったかな」

 どうでもいいという風に麻人が答えた。パソ部なんかに朝の活動があるわけがない。い
ったい麻衣ちゃんはあれほどまでに大好きだった兄貴を放置して何をしているのだろう。
でも麻人は麻衣ちゃんの不在のことは気にならないらしかった。麻人は、多分今でも登校
してこない、そして連絡も取れない二見さんのことだけを考えているのだろう。

 麻衣ちゃんがこんな時期に突然パソ部に入部日したことを、実は私は知っていた。麻人
と夕也以外で、私が最近気にしていたのは、三年生の生徒会長のことだった。あの日、階
段のところで、私は生徒会長の告白を断ったのだった。あの時は私は麻人のこだけを考え
ていたのだから。それでも私は、会長を振ったことが気になっていた。先輩は最近、生徒
会活動にあまり熱心ではなかったけど、それは多分私が会長の告白を断ったからだろう。

 でも、副会長が会長を責めた時、会長は新入部員の面倒を見なけりゃいけないからと言
い訳していた。そしてその新入部員は麻衣ちゃんだ。

 最近身の回りに起きている知り合いの行動には何も法則はないのだろうけど、二見さん
のこととか麻衣ちゃんの入部と、そのために会長が生徒会に出てこなこととか、その全て
のことが結果として私と麻人とをふたりきりにする方向に作用しているようだった。私に
とっては嬉しいことといってもいいのだけれど、二見さんを失った麻人にとってはどうな
のだろう。

「今日はお昼ご飯はどうするの」

 私は麻人に尋ねた。

「わかんねえ」

「今日も二見さんがいなかったら、私のお弁当一緒に食べる?」

 私は彼に聞いた。

「それとも麻衣ちゃんは今日はあんたのお弁当作ってくれたの?」

「妹は昼休みも部活だってよ」

 どうでもいいといいう感じで麻人が答えた。相変わらず私と視線を合わせようとはしな
かった。朝練も昼休みの部活も、パソ部なんかにはありえないのだ。

「じゃあ、二見さんが今日も登校しなかったら一緒に」

 私の声は突然麻人に遮られた。

「登校できるわけねえだろうが。実名までネット上に晒されてるんだぞ。あいつは」

 麻人はそこで一瞬言葉に詰まったようだった。
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:40:26.97 ID:rPhbjypgo

「麻人」

「あいつはもう学校になんて来れるわけねえだろ・・・・・・ちくしょう」

 麻人は初めて私の方も向いてくれたけど、その目は私の身体を通りこして何か遠くを睨
んでいるようだった。

「あいつは何も悪いことはしてねえのに」

 正直に言うと麻人に言いたいことはいっぱいあった。二見さんの行動の持つ悪い影響の
ことも諭せるものなら彼に諭したかった。でも、そんな社会的な影響よりもこのことが私
麻衣ちゃんや夕也の関係に及ぼした影響のことの方が私には気になっていた。

 今のところ麻人は自分と二見さんのことしか頭にない。それは無理もないことではあっ
たけど、二見さんの考えなしの行為によって私たちの行動にいろいろな負の影響が出てい
ることもまた事実なのだった。でも、今の麻人にそのことを責めるように言うことは気が
引けた。

「・・・・・・絶対につきとめてやる」

 麻人は真剣な声で言った。

「優を追い詰めたやつ、絶対に校内のやつだ」

「え・・・・・・、あんた何をしようと」

 私は驚いて麻人の方を見た。麻人はただ絶望していただけではないようだった。いいか
悪いかは別にして、麻人は行動を起こそうとしていたのだ。

「見つけてやる。優を傷つけたやつを。報いを与えてやる」

 麻人はここで初めて私の方を見て、そして微笑んだ。

 私はその日の昼休み、相変わらず周囲の生徒たちに無視されていて、でもそんなことは
あまり気にならない様子で自分の携帯を覗き込んでいた麻人を、無理に引き摺るようにし
て中庭に連れ出した。夕也は、私が引き止める猶予すら与えてくれずに、昼休みになった
途端に教室を出て行ってしまっていた。

 中庭のベンチに座った私は、とりあえず誰のためということもなく一人分以上を作って
きたお弁当をそこに広げた。

「・・・・・・食べなきゃ駄目だよ」

 私は食欲の無さそうな表情でぽつんと座っている麻人に話しかけた。

「ああ。ありがと」

 彼はそう答えた。「悪いな、弁当まで作ってもらってさ」

 二見さんのことしか考えられなかったであろう麻人は、私のことも気にしているかのよ
うな言葉をかけてくれた。もう私たちが戻れない日々、麻人と麻衣ちゃんと私の三人がい
つも一緒に行動していた頃の、まだ麻人が二見さんと知り合う前の麻人ならば、そんな遠
慮を私に対してすることはなかっただろう。かつて他の誰もが邪魔できないほど親密だっ
た私と麻人と麻衣ちゃんは、もはやみんな戻れないところまで来てしまったのだった。

 麻人は二見さんのことしか考えられないほど彼女に夢中になっていた。その恋はひょっ
としたら、既に破綻していたのかもしれないけど、麻人はその事実に対して無謀な反撃に
出ようとしていた。

 私はここで変質してしまった、私たちのことをもう一度振り返ってみた。

 麻人に対してあそこまであからさまに依存して麻衣ちゃんは、大切な麻人のことを私に
託したのだった。麻衣ちゃんが不本意ながら踏み切ったのかそれとも麻人への依存から卒
業しようとしたのかは私にはわからなかった。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:42:26.44 ID:rPhbjypgo

 麻衣ちゃんが、先輩が部長を務めるパソコン部でいったい何をしたいのか、私には全く
わからなかった。先輩は学園祭間近の生徒会を放り出してまで麻衣ちゃんの面倒をみてい
るようだった。それについては私と一緒に学園祭の準備をしてくれている生徒会の副会長
が、ある時私に吐き捨てるように言った言葉が気にはなっていた。

「あいつはもう駄目だ」

 副会長は私に言った、

「見損なったよ。あんたに振られてめそめそしているくらいならちっとは慰めてやろうか
と思ったのにさ」

「何かあったんですか」

 私は副会長に聞いた。この人が会長に厳しく当たることには慣れていたけど、その時の
副会長は信じられないほど憤っているように見えたから。

「最低だ、あいつ。あんたに振られてさ、自分のプライドを保つために下級生に手を出してたよ」

 え? あたしは確かに先輩を振った。振った当時は麻人のことが好きだったから。今で
も自分の中には麻人への想いしかないのだけれど、麻人の心には今は二見さんがいた。
今では心の中だけになってしまったけど。それにしても、私は以前より会長に気安く話しか
け、先輩とはお付き合いできないけど先輩と気まずい仲にはなりたくないということをア
ピールするようにしていた。それは私のせいで先輩を傷つけたくない、先輩に恥をかかせ
なくないという想いからの行動だったのだ。

 副会長の浅井先輩の話では、石井会長は意外と簡単に私への想いを忘れ新しい恋のお相
手を見つけたことになる。そのこと自体には私には別に異論はなかった。先輩の想いに応
えられない以上、どういう形にせよ先輩が立ち直ってくれるのは喜ばしいことだったから。
でも先輩の相手は麻衣ちゃんだというのだ。

 いったいどういうことなのだろう。突然パソコン部に入部した麻衣ちゃん。そしてその
麻衣ちゃんを指導するために生徒会を放り出して彼女に付きっ切りになっている先輩。

 浅井先輩によるとその二人が人目をはばからないほどの恋仲になっているのだという。

 今まで麻人以外の異性に全く興味を示さなかった麻衣ちゃん。そして私にに好きだと告
白した生徒会長の石井先輩。

 その組み合わせにはしっくりと行かなかったけど、仮に本心から麻衣ちゃんと石井先輩
が互いを求めているのであれば、私はそのこと自体に反対する気持ちはなかった。ただ、
そのことを私に吐き捨てるように話した副会長の浅井先輩のことは少し気になってはいた。

 副会長はいい役員だった。会長に遠慮はなかったけど副会長としてフォローするところ
ははずさずに、たとえそれが生徒会活動と関係のないプライベートな事であろうとそれが
生徒会の正常な運営に影響するようなことであれば、役員の中で副会長だけは会長に強く
注意していたのだった。

 そういう副会長先輩は生徒会役員の見本のようで、あたしはそういう彼女みたいな役員に
なりたいとまで思ったのだけど、あの時会長と妹ちゃんの関係を批判した副会長の話にはな
ぜか心服することができなかったのだ。その時の副会長先輩は、まるで会長と妹ちゃんへの
嫉妬心の発露のような言葉を吐き出していたのだった。まさか、副会長は会長のことが好き
だったのだろうか。

 まるでぐちゃぐちゃだった。これでは本当に誰が誰を好きなのか全くわからない。でも
本能的に理解していたこともあったことはあった。

 一つは麻人の気持ちだった。彼が二見さんを好きなことは疑いようようがなかった

 あたしはそこで無理に考えるのをやめた。麻人は相変わらず食欲がない様子でぼうっと
何かを考えているようだった。そしてその間も彼の視線は、ここにいるはずのない二見さ
んを求めるように周囲を探っていた。

「もっと食べなきゃだめだよ」

 私は自分が作ったのお弁当に少ししか手を伸ばさない麻人に言った。

「あんた朝も食べてないんでしょ? 体壊しちゃうよ」

「悪い」

 麻人は私に謝った。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:43:16.65 ID:rPhbjypgo

 麻人は私に悪いとは言ったけど、やはりそれ以上は何も食べようとはしなかった。そし
てもう私もそれ以上麻人に何も言う気はなくなっていた。というか私自身にさえ食欲のか
けらも残っていなかった。結局、私たちは残りの昼闇の時間を黙ったまま過ごしたのだっ
た。

 午後の授業が始っても私は授業に集中できなかった。何か得体の知れない寂しさが包み
込んでいるようだった。麻人が好きだという自分の心に気がついた時、自分の恋は成就し
なかったけど、私たちの関係が壊れることだけはないのだと、なんとなく私は考えていた。
それは家族関係のようなものだったから。

 今ではこの場所に残っているのは私と麻人の二人きりだった。麻人は二見さんを失い、
私も麻人を失った。そしてあんなに私たちの側ににべったりとくっついていた麻衣ちゃん
も今では私たちと別行動を取っていた。高校に入学した時に戻ったように麻人と私は二人
きりだった。そしてあの時は二人きりでいること自体にわくわくしていた私だったけど、
今ではただ得体の知れない寂さだけしか感じることができなかった。

 これからどうしようか。

 あの時、あたしは夕也と麻衣ちゃんの頼みを引き受けた。引き受けざるを得ない状況だ
ったから。二見さんは、麻人を巻き込まないために麻人ともう二度と会わない決心をして
いるのではないかと夕也は言った。だから、麻衣ちゃんも夕也も不在なこの時期には、私
は自分の恋とか関係なく、二見さんを愛した麻人を支えるしかなかったのだ。

 でも、実際に麻人を支えようとしていても、私が一緒にいることで彼が少しでも救われ
ているのだろうかという疑問が今の私には強く浮かんでいた。麻人は私のことなんか全く
気にしていないようだった。

 いや、気にはしていたのかもしれない。ただそれは、精一杯彼のことを考えて彼に話し
かけていいる私のことを気にしてくれているに過ぎなかった。つまり私がしていることは
全く麻人の役に立っていないどころか、かえって彼の負担になっているのだ。

 これからも私はこんな誰にとっても救いのない行動を選び続けるしかないのだろうか。
私は自分の引き受けた役割を後悔し出していたけど、でもそれは自業自得であって決して
麻人のせいにできることではないことはわかっていた。

 ようやく午後の授業が終了したとき、私は麻衣ちゃんと約束した以上、生徒会活動を放
り出してでも麻人に寄り添うつもりだったけど、その私の申し出を麻人は断った。

「学園祭も近いんだしおまえ忙しいだろ」

 麻人のその言葉は、多分私なんかと一緒にいるより一人で二見さんのことを考えたいと
いう気持ちから出たものだと思う。でも、麻人が形だけでも私のことを気にかけてくれた
ことは、何か私にまだ将来のこととか何も考えずにお互いのことだけを考え合っていて、
それでも充足していた昔の私たちの関係のことを思い浮ばせてくれた。

「ごめんね」

 私は言った。「学園祭の準備が今佳境になってるから」

「ああ。俺は大丈夫だから」

「・・・・・・本当に平気?」

 私は思わず本音で麻人に聞いた。彼は私が大好きな優しい笑顔をすごく久しぶりに見せ
てくれた。

「おまえに気を遣わせちゃって悪い。何なら朝も一緒に来てくれなくても俺は平気だから」

 そういった麻人の寂しい表情が私の胸の中のどこかを柔らかく刺激した。

「そんなこと言うな」

 私は思わず麻人を叱るように言った。

「明日も駅にいなよ? 私を待ち呆けさせたら許さないから」

 麻人は寂しそうに、でも私に気を遣っているかのように笑ってくれたのだった。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 23:43:55.73 ID:rPhbjypgo

今日は以上です
また投下します
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 21:19:14.97 ID:2y0TK7Ec0
おつんつん
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:44:24.22 ID:VfUpLYzMo

 麻人と別れて生徒会室に向った私は、いつぞや会長に告白された階段の前で足を止めた。
人の気配と低い話し声に私は気がついた。

 思わず姿を隠すように身を潜めて、私はその会話に聞き入った。



『うん、わかった。とりあえずうまくいったんだね』

『と思うけど。とにかく二見は登校してない。みんなにも二見がしていたことは知れわた
っているし、もっと言えば日本中のネット上でもお祭りになってる』

『って、どうした? 何か心配なの』

『こんなことしてよかったのかな』

『何を今更。唯のためなんでしょ。それに自分だって例の下着姿の画像を見た時は、二見
のことを・・・・・・。つまりそういうことを言ってたくせに』

『それはまあ、そうは言ったけど』

『当然の報いでしょ。単なるぼっちかと思ったらビッチでもあったとはね』

『・・・・・・それ、洒落のつもり?』

『・・・・・・うるさいなあ。とにかくこれで少し様子見だね』

『ねえ』

『何?』

『こうなったことは彼女の自業自得だとしてもだよ』

『うん』

『これじゃあ、あの二人って別れちゃうんじゃないの? 二見さんが池山君のことを気に
しちゃって』

『そうかもね』

『あたしは・・・・・・。二見さんはともかく、池山君を不幸にする理由なんかないよ』

『おかしいでしょ』
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:44:53.58 ID:VfUpLYzMo

『え?』

『二見を陥れたのなら、今さら麻人だけ無怪我で終わらせられるわけないじゃん。姉さん
ひょっとして麻人のこと気になるの』

『違うよ』

『それにさ』

『・・・・・・それに?』

『石井さんは、姉さんの言うとおり唯を傷つけたんだろうけど、麻人だって有希のこと
を傷つけたんだぜ』

『それは全然、中学時代に石井が唯を傷つけたことと関係ないじゃん』

『二見は有希を傷つけたんだよ。麻人を奪って』

『それって今回のこの行動に関係あるの』

『どういう意味』

『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:46:02.41 ID:VfUpLYzMo

 この二人が何のことを話しているかということも、聞き耳をたてているうちに、おぼろ
げながら私には理解できていた。この二人は二見さんを陥れたことを語り合っていたのだ
った。

 さっき教室で別れた麻人は二見さんを落とし入れた犯人を突き止めるという意思を口に
していた。私は無理もないと思った。麻人にとっては生まれて初めて真剣に考えた相手と
の交際を無残に断たれたのだから。

 そして今、それを仕掛けたらしい相手が目の前で無防備にそのことを話し合っている。
私は期せずして偶然にも麻人が追求しようとしてい犯人を突き止めたのだった。

 私は身動きできなかった。聞き覚えのある声が会話を続けている。私はその会話を必死
で記憶しようとした。いずれ麻人に説明する時のために。でも今は麻人には言えない。勘
違いしているのでなければ、この二人は麻人と二見さんに対して情け容赦のない非情な攻
撃を仕掛けているのだった。

 そして私にはその二人の声には聞き覚えがあった。

 それは夕也と生徒会副会長の浅井先輩の声だった。私はこの二人は知り合いですらない
と思っていた。学年も部活すら異なる二人。でも、夕也と浅井先輩は、私に聞かれている
ことに気づかず二見さんを陥れ社会的に抹殺しかねないことをしていたという話をしてい
たのだった。

 やがて話し合いは終ったみたいで、会談の踊り場から二人が降りてくる足音が聞こえた。
私はとっさに階段から離れて生徒会室の反対の方へ、校舎の外に向った。今の話を立ち聞
きした直後に浅井先輩と一緒に作業できる自信はなかった。

 私は今起きた出来事を全く整理できずに混乱していたのだけれど、とりあえず乱れまく
っている思考を停止して安全な場所に避難しようとしたのだった。無事に校舎から脱出し
た私は足を早めて校門から出て駅に向った。生徒会室に顔を出さなければ今日は浅井先輩
とは会わなくてすむだろうけど、夕也は帰宅部だった。校内でうろうろしていると夕也と
出くわしかねない。何で私が逃げないといけないのかよくわからない。やがて駅に着いた
私はちょうどホームに入ってきた下りの電車に飛び込んだ。ここまで走ってさえいないけ
れど相当早足で歩いていたので息があがっている上に汗までかいていた。

 電車がドアを閉じホームを離れるとようやく私は少しだけ落ち着くことができたのだっ
た。これで夕也とも浅井先輩とも今日は会わずにすむ。あんな話を聞いたあとでこの二人
と会って何気ない素振りをするなんて私には無理だった。

 帰宅ラッシュの時間にはまだ早かったので車内には空席が目立っていた。私は目立たな
い隅の席に座って震える身体を抱きしめるようにした。さっき聞いた夕也と浅井副会長と
の会話が再び頭の中で再生されていった。

 私は何とか冷静さを取り戻そうとした。考えなければいけない。情報を整理しなければ
いけない。このまま混乱して泣いていても何も救われないのだ。私自分の目を両手でこす
った。湿った感触が手に伝わった。自分でも気がつかずいつの間にか涙を浮かべていたみ
たいだった。思考は混乱しまだ身体は震えていたけど、しばらくして何とか思考を落ち着かせ
ることに成功した。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:46:33.63 ID:VfUpLYzMo

 一番の被害者は多分麻人と二見さんなのだけど、やはり私が真っ先に考え出したのは夕
也の真意だった。夕也は麻人の親友だった。だからそれが誤解ではないなら夕也が麻人を
陥し入れるれるようなことをするはずがなかったけど、夕也は麻人に対して憤っていた。
私の好意を知りつつ二見さんとの仲を深めて行く彼に対して、夕也は私の気持ちを考えて
麻人に厳しい言動を示してくれていたのだった。

 だから、その夕也が二見さんと麻人のことを陥れることはあるいはあり得るのかもしれ
ない。さっきの会話を聞いたた限りでは。



『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』



 もし、本当に夕也が私のことを好きなのなら。そういうこともあるのかもしれない。

 そういうことが目的であるとしたら、そしてそのことによって二見さんが社会的に抹殺
されても構わないと割り切ったのだとしたら。それなら夕也の行動には一応の筋は通る。
もちろんそれでも目的に対して行動が過激すぎるという疑問は残る。麻人と二見さんを別
れさせるためだけに、あるいは二見さんを社会的に抹殺するためだけに、これほどの行動
を取れるのだろうか。

 でも、よくわからない。

 浅井副会長の動機と目的の方は更に謎だった。もしかしたら先輩は会長のことが好きな
のかもしれないけれど、今回の行動はその想いを達成することには全く関連がないとしか
思えなかった。会長と麻人の接点はないし、二見さんと石井先輩だって知り合いですらな
いはず。こんなことは考えたくはないけど、浅井先輩が自分の想いを遂げるためには他人
が破滅することを厭わないような自己中心的な性格だったとしても、麻人と二見さんの破
滅は副会長の会長への恋の成就には何らプラスにならないのだった。

 何を考えても結論には達しなかった。私はホームを出て自宅の方に歩き始めた。このこ
とを麻人に話すべきなのだろうか。彼は二見さんを陥れた犯人を捜すつもりでいる。今で
は私にも麻人の気持ちが理解できた。彼と二見さんをめぐる人間関係は複雑で、そして彼
と二見さんが付き合い出したことは多くの人間を傷つけた。その中の一人には私もいたの
だ。でも考えてみれば麻人と二見さんの恋は誰にも関係のない、二人だけの話だったのだ。
麻人も二見さんも誰に対してだって、直接悪いことをしていない。二見さんは女神行為と
かいう破廉恥なことをしていたかもしれないけど、それを麻人が許容していた以上、周囲
がそれに対して憤るのは筋違いだった。麻人と二見さんの交際は、麻衣ちゃんや私にも影
響を及ぼしたのだけど、そのことに対しては麻人も二見さんも責任を取らされるいわれは
ないのだ。
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:49:02.23 ID:VfUpLYzMo

 私はとりあえず今日は麻人に連絡するのを止めた。麻人と二見さんが純粋な被害者であ
るらしいことをようやくあたしは理解したのだけれど、それでも今は麻人に対して今日の
出来事を話すのは早いだろう。私はそう思った。夕也と浅井副会長の目的が理解できてい
るわけではないのだから。そしてここまで考えた私は、この先どういう結論が出るにせよ、
このまま麻人に相手にされることはないにせよ、自分がもう夕也と付き合うことはないだ
ろうと確信した。夕也が犯人なら、たとえ私への麻人の態度や二見さんの行動に対して憤
ったその動機だったとしても。

 帰宅して寝るためにベッドに入るまでの自分の行動を思い出せない。普通に家族と接し
たのだろうけど。 ・・・・・・いくら考えても今日はもう何も思いつかなかった。とりあえず
こんな不確定な段階では麻人にこのことを話すわけにいかないことだけは確かだった。

 私がやろう。その時決心した。自分のためか麻人のためかは自分でもわからないけど、
私が真実を突き止めよう。

 翌朝、一晩がたってだいぶ心の整理がついてきた。真実は相変わらずは闇の中だった
けど、自分がすべきことやすべきでないと思われることの仕分けについて、私はだいぶ確信
が持てるようになってきていた。とりあえず真実はまだ何も明らかになっていないのだから、
偶然に知ってしまった夕也と浅井副会長の会話のことを麻人に話すのまだ時期が早い
ことは確かだった。

 私は浅井副会長とは気が合ったしうまくやっていたつもりだったので、昨日は反射的に
浅井先輩と顔を合わせるのを避けてしまったけれど、一晩が経って落ち着いて考えると女
同士の話として副会長がどんな想いでこんなことをしようと思ったのか語り合えるのでは
ないかという気がしてきた。何といっても昨日の会話からは、浅井先輩は少なくとも麻人
のことを敵視しているようには思えなかった。夕也はともかく、少なくとも副会長は。い
ろいろあるけど、私は副会長先輩のことはこれまでお手本にするくらい心酔していたのだった。

 どっちみち副会長先輩とはこの先も一緒に作業をしなければならない。昨日の会話を聞
いてしまった私には浅井副会長に気取られずにこれまでどおり普通の態度を取る自信はな
かった。浅井先輩に率直に話しかけてみよう。私は結局そう決心したのだった。

 今朝に始まったことじゃないけど、こうなるまでは隣の家のドアから出てくる夕也と偶
然会えないかと期待していた私は、今日はこれまで以上に急いで夕也の家を通り過ぎた。
心配するまでなく以前は夕也と待ち合わせしていた時間には、彼は姿を見せなかった。駅
のホームに入ってきた電車の中には昨日と同様に麻人が一人でつり革に掴まっていた。

「おはよ」

 私は無理に明るい声を出すように努めた。今、私が悩みや疑問を抱えていることを、麻
人に感づかれてはまずい。でも彼の方も私の態度なんかを気にする状態ではないようだっ
た。

「有希。おはよう」

 それでも昨日の私の注意を気にしたのか一応、麻人は普通にあいさつをしてくれたけど、
相変わらずその目には以前のような生気は感じられなかった。

「・・・・・・二見さんからメールとかあった?」

 私は遠慮がちに聞いてみた。

「ねえよ」

 麻人はもう激昂することもなく淡々と返事をしてくれた。

「そうか」

 私ももうそれ以上何を言っていいのかわからなかった。

「じゃあ、よかったらお昼休み一緒に過ごそう」

「うん。気を遣ってもらって悪いな」

 麻人はそう言ってくれたけど、その目は相変わらず虚ろなままだった。

 今度こそ私は麻人に対して何といって声をかけていいのかわからなくなってしまい黙り
込んでしまったのだった。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:50:09.57 ID:VfUpLYzMo

 お互いに沈黙したままで電車は駅を離れたのだけど、その沈黙を気にしているような様
子は麻人にはなかった。むしろ私が黙ってしまったのをいいことに、再び麻人は自分の思
考に閉じこもってしまったようだった。

 いったい麻人は何を考えているのだろう。もちろん大切な自分の彼女である二見さんを
陥れた人物に対する復讐だけを思い詰めているのだろうけど、麻人にはその相手を特定で
きるヒントすら知らないはずだった。

 麻人にはまだ黙っていようと決めた私だったけど、今のようにひたすら復讐心だけを持
て余していて、でも全くその想いを前進させることができないで苦しんでいる麻人の気持
ちを考えると、私の決心も少し鈍ってきた。やはり、どんなに不確かな情報であっても麻
人には私が偶然知ったこの事実を伝えるべきなのだろうか。

 一瞬心が弱った。でも私は辛うじて思いとどまった。とりあえず、少なくとも浅井副会
長に事実関係を問いただそう。せめてそのくらいのことは試みてから麻人に対して話をし
よう。

 結局、麻人は私の初恋の相手だし大切な幼馴染だった。初めて二人きりで登校し出した
あの頃からはだいぶ遠いところまできてしまった私たちだけど、二見さんと付き合いだし
た麻人のことを、それでも大事に想う気持ちだけは変わっていなかった。そして麻衣ちゃ
が麻人を私に託してこの戦線から離脱してしまっている以上、麻人を救えるのは私だけだ
った。

 そういう訳で、夕也の本心すらわからなかったのだけど、私は麻人の味方になることに
腹を決めたのだった。たとえどんなにひどい事実が明らかになっても。私の麻人への恋が
裏切られることになったとしても。

 私と麻人が校門に入って二年生の教室に向っていた時だった。中庭に面した部室棟から
親密に寄り添っている男女が出てきた。それは麻衣ちゃんと生徒会長の石井先輩だった。
私と同時に麻人もその姿に気がついたようだった。
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:50:55.65 ID:VfUpLYzMo

「あれ麻衣じゃん」

 麻人は少しだけ驚いたように言った。

「一緒にいるの誰だろうな」

「三年生の石井生徒会長だよ」

 私は麻人の表情を気にしながら言った。

「何か手繋いでるじゃん。会長って妹の彼氏なのかな」

 麻人は驚いてはいるようだけど傷付いていたり反感を持っている様子はなかった。私は
とっさに自分の知っている情報を麻人に伝えた。それは多分真実だったし。

「先輩ってパソ部の部長もしているんだけど・・・・・。麻衣妹ちゃんがパソ部に入部してか
ら、あの二人って仲良くなったみたい」

「麻衣って三年生と付き合ってるのか」

 麻人が言った。

「だから最近朝早くでかけたり夜遅かったりしたのかな」

「そうかもしれないね」

 私は答えた。

「あいつがねえ。あいつ、俺に依存しまくりだったのにな」

 麻人はその瞬間だけ二見さんのことを忘れたように、優しい微笑みを浮かべていた。彼
は自分の妹に初めて彼氏ができたことを祝福していたのだ。自らはこんな辛い状況にあっ
たのに。

 その時どういうわけか私は涙を浮かべた。私たちはこれまで麻衣ちゃんの両親の代わり
だったのだ。その私たちの自慢の娘が堂々と彼氏に寄り添って歩いている。

 そうだ。このことだけは祝福してあげなければいけないのだ。私の思考は今まで会長の
告白とか浅井副会長の嫉妬とかに囚われすぎていたのかもしれない。麻人と二見さんとの
ことには関係なく、今本当に純粋に幸せなカップルが誕生していたのかもしれないのだ。

「こう見るとお似合いだね」

私は寄り添ったまま周囲を気にせず一年生の校舎の方にゆっくりと歩いていく二人を眺
めて言った。

「あいつに彼氏ねえ」

 麻人が再び微笑んだ。

「そんな歳になったんだな、麻衣も」

「今度、麻衣ちゃんを問い詰めよう。私たちに黙って付き合うなんて水臭いじゃん」

「そうだな」

 麻人も微笑んだまま寄り添った二人を眺めてそう言った。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/11(木) 23:51:21.56 ID:VfUpLYzMo

今日は以上です
また投下します
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 09:01:09.04 ID:AA8WAh2R0
おつんつん
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 15:24:06.24 ID:Zwx7Hx8So
おつ
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 22:58:15.41 ID:6xlf02ddO
おつ
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 00:00:26.72 ID:jVKwkixAO
ここへんまでは前読んだ気がする

おつ

続きはよ。
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:37:34.20 ID:IwnlMYSho

 私たちは石井会長が麻衣ちゃんを一年生の校舎に送り届けるところまで見届けた。別れ
際に麻衣ちゃんは名残惜しそうに会長の手を握りながら彼を見上げて笑顔で何か囁いてい
た。始業前だったので周囲には校舎に駆け込んでいく一年生が溢れていて、そんな中で手
を取り合って寄り添っている一年生と三年生のカップルはかなり目立っていたけれども、
少なくとも麻衣ちゃんの方は全くそのことを気にしていないようだった。

 麻衣ちゃんの関心が麻人から石井生徒会長に変っても、彼女自身の持って生まれた性質
は全く変っていないようだった。かつて麻衣ちゃんは麻人に対して同じように好意をむき
出しにしてぶつけていたっけ。私はこれまでの麻衣ちゃんのことを思い浮かべた。中学に
入学した時も高校に入学した時も、麻衣ちゃんは周囲を気にせず麻人に抱きつきべったり
寄り添っていたものだった。そして妹に甘い麻人の方も別にそれを制止するでもなく麻衣
ちゃんに付き合っていた。そんな実の兄妹の様子に周囲の生徒は最初のうちこそ好奇心に
溢れたぶしつけな視線を向けていたものだったけど、麻衣ちゃんが堂々とそういう態度を
取り続けているうちに逆に周囲がそれに慣れてしまいい、つのまにか周囲の噂も収まった
のだった。

 相手が麻人から石井先輩になっても麻衣ちゃんは相変わらずだ。そしていつか周りの生
徒たちは前と同じくこの人目を引くカップルに慣れていくのだろう。一年生と三年生のカ
ップルが珍しいといってもあり得ない組み合わせではない。少なくとも実の兄妹がべたべ
た恋人同士のように振る舞っているよりは当たり前の関係だろうし。

 ようやく麻衣ちゃんは会長の手を離し小さな手のひらを会長に向けて振ると、足早に校
舎の中に吸い込まれていった。私たちもそれを期に自分たちの教室に向った。

「いろいろあってあんたも辛いでしょうけど」

 肩を並べて歩いていた時、私は思わず麻人に話しかけた。

「麻衣ちゃんのことだけはよかったよね」

 私は麻人に微笑んだ。

「麻衣ちゃんにさ。初めてあんた以外の彼氏が出来て母親役の私も一安心だよ」

「俺はあいつの彼氏なんかじゃなかったって」

 麻人が当惑したように言った。

「今さら何言ってんのよ。あんたはずっと麻衣ちゃんの兄兼彼氏だったでしょうが」

 私はそれに突っ込んだけど、まあ今となってはどうでもいい話だった。とにかく私は娘
を嫁に出した母親のように寂しいながらもほっとしていた。その感情は麻人も共有してい
るに違いない。そう思って改めて彼の方を見たけど、麻人は黙ったまま相変わらず当惑し
ている様子だった。

「・・・・・・あのさ」

 麻人が私に言った。

「何?」

 その時あたしは自分が自然に麻人の手を握っていることに気がついた。さっきから麻人
は、私の言葉にではなく自分の手を握っていた私の行動に当惑していたのだった。

「あ、悪い。つい」

 私は慌てて彼の手を離した。

「いや」

 麻人はそれだけ言ってまた黙ってしまった。
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:38:13.67 ID:IwnlMYSho

 授業が始ったけど今日も私は集中できなかった。夕也の思惑や、浅井先輩の目的。それ
に、唯という女の子。私には何もわかっていないのだ。

 私は先生の目を盗んで夕也の方に目をやった。彼は机に広げていたテキストに目を落と
している。彼が考えているのが授業の内容なのか、それとも二見さんを陥れる手段なのか
はわからなかった。それから私は麻人を眺めた。麻人はもう麻衣ちゃんのことを目撃した
時のような安らかで優しい表情はしていなかった。麻人が何を考えていたのかはすぐにわ
かった。彼の視線はテキストでも黒板にでもなく主のいない机の方に向けられていたのだ
から。それはもうホームルームで出席を点呼されることすらなくなった二見さんの席だっ
た。

 私は割り切ろうと努めた。自分の気持ちがわからなくなることなんかこれまでだってよ
くあったことだ。それよりも今は、二見さんと麻人を巻き込んだこの一連の出来事が、い
ったい誰によって、何のために起こされたのかを考えるべきだ。そしてそのことが明らか
にならない限り、麻人はもとより私の気持ちさえもが救われなくなってしまっていたのだ
から。

 私は放課後になったら浅井副会長に対して率直に疑問をぶつける気になっていた。それ
で、私は相当緊張して生徒会室のドアを開いたのだった。一度決めたこととはいえ、浅井
先輩に、夕也と先輩が交わしていた会話の意味を問いただすことを考えただけで相当スト
レスを感じていた。

 ただ、意味を聞けばいいというものではない。ある程度深いレベルで副会長と会話を交
わすためには、麻人と二見さんの馴れ初めとか今現在二人が陥っている状況とかを説明し
なければならないだろう。副会長は麻人と二見さんのことをどこまで承知しているのだろ
うか。

 あの時の夕也と浅井先輩の会話を考えれば何もかも承知しているのかもしれない。それ
でも、浅井副会長はこれまで私に対して、麻人や二見さんのことをはっきりと口に出した
ことはなかったから、私が浅井先輩にいろいろと質問するに当たっていきなり核心から話
し出すわけにもいかないだろう。

 いったい何をどこから切り出せばいいのか。恐る恐る生徒会室に入った私にはその時に
なっても、どう切り出していいのか見当もついていなかったのだ。

「有希」

 同じ学年の書記の女の子が私が入ってきたことに気づいてパソコンの画面から目を離
して言った。同学年の生徒会初期の祐子ちゃんだ。

「遅かったじゃん」

「そうかな。授業が終ってすぐに来たんだよ」

 生徒会室には副会長の姿はなかった。祐子ちゃんの他に何人か生徒会役員以外で、各学
年から学園祭の実行委員に選ばれた数人が二人一組になって学園祭のパンフレットの校正
をしていた。早く真実を知りたいという気持ちはあったのだけど、同時に今この瞬間に副
会長と対峙しないですんだことに、私は安心した。

 先延ばししてもどうせいずれははっきりとさせなければいけないことはわかってはいた
のだけれども。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:38:42.46 ID:IwnlMYSho

「副会長は?」

 私は彼女に聞いた。学園祭を直前にして副会長がこの場にいないのはおかしい。本当は
生徒会長がこの場にいて陣頭指揮をとっていなければいけないのだ。

 でも、副会長さえもがいないなんて。

「浅井長先輩は今日は放課後の活動はお休みだって」

 書記の祐子ちゃんが言った。

「何か妹さんが急病とかでさ。今日は帰らなきゃいけないんだって」

「そうなんだ」

 私は先輩から真実を聞く機会が遠ざかったことを知った。残念な気持ちとほっとした気
持ちが交錯していた。

「じゃあ今日は先輩抜きで作業だね」

「うん」

「副会長の妹さんって大丈夫なの?」

「別に命に別状があるとかじゃないみたい」

「そうか、よかった。でも浅井先輩がいないと・・・・・・」

「そうなのよ。先輩がいないとわからないことだらけでさ」

 祐子ちゃんの愚痴を聞きながら。私は今日はどうしようかと考えていた。本来なら学園
祭の準備に総指揮を執るのは学園祭の実行委員長を兼ねている生徒会長だったけど、今は
会長は良くも悪くも麻衣ちゃんのことだけしか頭にない状況だった。そんな中で会長の替
わりに学園祭の指揮を執っていたのが副会長だったのだ。私はその副会長の補佐役だった
から、副会長がいないと途方にくれるだけでいったい自分が今日何をしていいのかもわか
らなかった。

「今日お昼ごろに、ほかの学校に通っている先輩の妹さんが具合が悪くなってさ」

 祐子ちゃんが言った。

「そうか」

「うん。本当にびっくりだよ」

「そう・・・・・・。それでその妹さんってどうしたの」

「よく知らないけど貧血で倒れちゃったみたいね。副会長、さっき一度ここに来てさ。こ
れから病院に行くけど心配はいらないからって言ってた」

「そうなの」

 私は副会長の妹さんのことは気の毒ではあったけど、それよりも先輩の妹さんの病気に
よって私が先輩に問いただそうと思っていたことが延期になったとこの方がより気になっ
ていた。積極的な意味でも消極的ないみでも。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:39:32.61 ID:IwnlMYSho

「先輩の妹さん、あ、別の学校に通っている唯ちゃんっていうの? さっき先輩を迎えに
来ててさ、初めて見たけどすごく可愛いいの。そのあとすぐに倒れちゃったんだけどさ。
あたしたちと同い年なんだけどね」

 他の学校に通っているという先輩の妹さんが、ここに顔を出していたようだったけど、
突然具合が悪くなったという話らしかったけど、私はもう頭を切り替えていた。

 先輩に真実を問い質すことができない以上、私は今日はおとなしく学園祭の準備をする
ことしかできないだろう。私はこれまで実務担当ではなく生徒会長不在の状態で、学園祭
準備の全体指揮を執る副会長のアシスタントのような役割を果たしていたのだった。本当
は副会長がアクシデントで不在な以上、私が代わって指揮するべきなのかもしれないけど、
私が見たところでは事態はそこまで追い詰められている状態ではなかった。二、三日は指
揮者不在でもすべきことはあるようで、副会長が不在で本当に困るのはまだ数日先のよう
だと私は思った。

 なので今日は私にはすることは何もないと判断した。私的な用件の方は今日は何もでき
ない。生徒会役員としてもまだ私が副会長先輩の替わりにでしゃばるようなところまで事
態は切迫していなかった。

「じゃあとりあえず今日は先輩に指示されたことをやるしかないね」

 私は祐子ちゃんに言った。

「うん。もうみんなそうしてるよ」

「じゃあ、私は今日はやることないなあ」

「何言ってるのよ」

 祐子ちゃんが言った。

「副会長がいないからってサボろうとするなよ」

「そんなつもりはないけどさ」

 正直に言うとそういうつもりは少しはあった。事態が進展せず、しかも学園祭の準備に
も寄与できない状態なら、今頃教室を出て一人で悩みながら帰宅しようとしている麻人に
寄り添って彼と一緒に帰ろうかという気を私は起こしていていたのだ。でも、祐子ちゃん
は私を離すつもりはないようだった。

「スケジュールのチェック一緒にしようぜ。一人でパソコン睨んでるの飽きちゃったよ」

 祐子ちゃんは私に言った。
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:40:04.63 ID:IwnlMYSho

「しようがないなあ。付き合ってやるか」

 私は笑ってパソコンのディスプレイを眺めた。私は祐子ちゃんと二人で気楽にお喋りし
ながらも何とか学園祭のスケジュールチェックを終えた。ところが、気楽に見始めたはず
のデータには、つまり祐子ちゃんが組んだスケジュールには致命的なミスがあった。展示
や模擬店はともかくイベントのスケジュールがあっちこっちで時間が重複していたため、
その修正には大分苦労した。

「会場や器材が被ってなくてもさ」

 私は飽きれて祐子ちゃんに言った。

「実行委員の人数は有限なんだから。こんだけイベントを重ねちゃったらスタッフが足り
なくなっちゃうじゃん」

「そういやそうか。場所とか出演者が違うから大丈夫だと思ってたよ」

 祐子ちゃんが悪びれずに言った。

 こういう細かいところに今年の学園祭の準備の荒さが出ていた。去年はこういう初歩的
な間違いは事前に生徒会長がことごとく潰してくれていたため、本番はすごくスムーズだ
った。副会長は会長不在の中で頑張ってくれてはいたけど、会長の組織化能力やイベント
の進行管理能力はやはり別格だった。その先輩がいないだけで既にこういう綻びが見えて
いる。

「これはやり直しだな」

 私は言った。

「え〜。最初から全部?」

 祐子ちゃんはそこでいかにも嫌そうな表情を見せた。

「重なるところだけ時間を離せばいいじゃん」

「それで直るならそれでもいいよ。でもイベントを重ならないように最初から時間を直し
て行くと、最後のイベントはきっと夜中の開始になるよ」

 私は素っ気無く言った。

「時間の無駄だから最初から組みなおそう。文句言われるかもしれないけど、少しづつ各
部のイベントに割り当てていた時間を削るしかないよ」

「それって文句言われない? 特にコンサート系のクラブから」

「言われるかもしれないけどこのままじゃ成り立たないんだからしょうがないじゃん」

「割り当て時間はもう各サークルに伝えちゃってあるからさ。時間を削ったら苦情が来る
んじゃない? 軽音の先輩とかって怖いし」

「それでもそうするしかないでしょ。他に手段があるの?」

「・・・・・・ない」

 結局、祐子ちゃんは不承不承イベント系サークルへの時間の割り当てのやり直し作業に
取り掛かったのだった。

 翌日の放課後、相変わらず元気がなく無口な麻人に別れを告げた後、私は再び生徒会室
に向った。

 今日こそは勇気を出して副会長とお話ししなければならない。そのことを考えるとスト
レスから私は胃に鈍い痛みを感じた。その痛みは午前中から私を襲っていて、そのためお
昼ご飯をほとんど口に入れることができなかった。これでは相変わらず食欲がないらしい
麻人に対して、もっと食べるように叱ることすらできなかった。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:40:45.34 ID:IwnlMYSho

 私が胃を痛めるストレスを宥めながら生徒会室のドアを開けた時だった。何やら祐子ち
ゃんに詰め寄っている先輩たちとそ、れに対して一生懸命説明している彼女の姿が目に入
った。

 今日も浅井副会長は生徒会室にいないようだった。でもそのことにほっとする、あるい
はがっかりする余裕はなく、私はいきなり私が部屋に入ってきたのを知って顔を明るくし
た祐子ちゃんに手を引かれた。

「ようやく来てくれた。この人たち言うことを聞いてくれないのよ」

 書記の祐子ちゃんを囲んでいたのは音楽系や演劇系のクラブの部長だった。先輩たちは
許可されていた時間を削減されて憤って生徒会に文句を言いに来たらしい。

「おいふざけんなよ。お前らが時間を割り振ったんだろうが。俺たちはそれに従ってプ
ログラム組んだんだぞ。今になって十五分減らせとか何考えてんだよ」

「全部組みなおしになるのよ。台本から書き直しになっちゃうじゃない。ありえないでし
ょ」

 これは演劇部の美人で有名な部長だった。

「お前たちから言われた時間をさらに各バンドに割り振ってんだぞ。一週間前に今さら構
成やりなおせとか部員たちに言えるかよ」

「何とかならないかな。これじゃ学園祭の出し物を、どれか中止するしかないのよ」

 各部の責任者たちも必死だった。別に生徒会をいじめたいわけではなかっただろう。彼
ら自身が私たちの示した時間を更に区割りして各部員に伝達していたのだろうから、再度
の時間の割り振りによって彼らが部員たちに責められることになるのだ。

 私たちのスケジュール修正は、各部に対して思っていたより深刻な影響を与えてしまっ
たようだ。

 祐子ちゃんによって、彼女の側に引き寄せられた私は、三年生の部長たちの注目を浴び
てしまったようだった。

「あんたが責任者?」

 演劇部の三年生の部長が言った。美人で有名な先輩だったけど、今はその表情はきれい
というより怖いと言ったほうがいい感じだった。

「何でこんなことになったんだよ」

 軽音部の派手な容姿の先輩も低い声で続けた。

「去年まではこんなことなかっただろうが」

「何とかしろよ。今さら全部のプログラムを変えろって言うのかよ」

 これはヒップホップ系のダンスサークルの部長だった。

 私は昨日は気軽に考えていたのだった。今の祐子ちゃんのスケジュールが成り立たない
のは確かだったから、各部の時間を削って各イベントの重複を無くすしかない。そうしな
ければイベントを裏から支える実行委員会のスタッフが足りなくなる。その辺のシミュ
レートが今年の時間割には決定的に不足していた。

 私は全体の調整をしていた副会長の下で、主に全体計画の進行管理とか物品調達を担当
していたので、イベントスケジュールがこんな状態になっていたなんて昨日初めて気がついた
のだ。イベントの時間割は副会長の承認を得ていたはずだけど、さすがの副会長もここまで
細かい問題には気がつかず見過ごしてしまっていたようだった。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:41:27.82 ID:IwnlMYSho

 私と祐子ちゃんは周囲を憤っている先輩たちに囲まれてだんだんと萎縮してしまった。
それでもスケジュールを修正しなければいけないことには変りはなかった。各部が独力で
部室や教室で実施するイベントならば好きに構成を組めばいいけど、野外のステージや学
校のメインホールでのイベントのような、実行委員会が運営するイベントに参加するサー
クルには、こちらの指示に従ってもらうしかない。イベントの裏方を務めるのが彼らでは
なく実行委員である以上、割ける人的資源は有限である。どんなに責められてもそこは譲
れなかった。

 もっとも、譲れない事情は先輩たちにとっても同じようで先輩たちは厳しく生徒会の不
備を突いて当初どおりの時間を割り振るよう要求した。私の背後に隠れてしまった祐子ち
ゃんに代わって、先輩たちに対峙した私は一歩も譲らず時間の削減を要求するしかなかっ
た。そうしないと学園祭のイベント自体が成り立たない。ここで譲歩するという選択肢は
なかった。それでもやはり三年生の先輩たちの圧力は無視できないほどのものだった。

 今日も副会長先輩が不在なため、気の重い真実を問い質すことが出来なくて複雑な想い
を抱いた私だったけど、そういうこととは関りなく、今はこの場に副会長か会長にいて欲
しかった。私と書記の祐子ちゃんにはこの圧力は重過ぎた。

 その時、生徒会室のドアが開き、突然生徒会長が姿を現した。

 一目でこの場の不穏な様子を理解したのだろうか。生徒会長はやや戸惑ったようにいき
り立っている三年生の部長たちを眺めた。

「君たち、生徒会室で何をしてるんだ?」

 生徒会の責任者を見つけた先輩たちは、もう私と祐子ちゃん何かを相手にせず、直接生
徒会長にクレームを付け出した。彼らにとっては会長はタイミングよく現れたいい獲物だ
ったのだ。クレームの内容自体はこれまでと全く同じ内容だった。驚いたことに最近は時
たま現れて指示をしていくだけだった生徒会長は、クレームを聞いているうちに問題の根
本をすぐに把握してしまったようだった。

 騒ぎが収まるまでにはかなりの時間を要した。生徒会長は不満を述べる三年生たちの
話を遮ることをせずじっと耳を傾けていた。一瞬、この人はひょっとしたら三年生の先輩た
ちの味方なのだろうかと私が疑うくらいにていねいに。

 でも、もどかしいくらいに先輩たちの話を聞き彼らの苦労に共感を示していた先輩は、
やがて淡々と実行委員会の事情を話し始めた。それは私と祐子ちゃんだって今まで必死に
なって先輩たちに訴えていたことと全く同じ話のはずだったけど、会長が一から冷静に状
況説明して行くうちに部長たちの興奮も少しづつ収まっていったようだった。

「会長の言うことはわかるけどよ、何でそんなミスするんだよ。ツケは全部こっちに来る
んだぞ」

「最初から無理のない時間を割り当てろよ」

「劇の台本って、時間を厳密に計ってるんだから、今後は注意してよね」

「各ユニットごとに五分づつ持ち時間を削るしかねえか」

 心からは納得していなかったろうけど、先輩たちは各部への割り当て時間の削減が不可
避であることを不承不承了解し、捨て台詞を残して去って行ったのだった。

 何とか自体が収まったのは会長のおかげだった。会長は麻衣ちゃんとの交際に夢中にな
って、本来すべき仕事を放棄してその責任を副会長先輩に押しつけていたのだけれど、や
はりこういう修羅場を収めてくれる力を持ってはいたようだ。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/18(木) 22:41:57.64 ID:IwnlMYSho

「先輩、助かりました」

 祐子ちゃんが素直に言った。

「イベントの持ち時間の最初の割り振りを間違ったのはまずかったね」

 会長が冷静に言った。

「今日はあいつらを何とか宥めたけど、これであいつらは下手すると二、三日徹夜で演目
の組み換えになるな」

「ごめんなさい」

 偶然にも私と祐子ちゃんの声がだぶった。少しだけそのことに会長は微笑んだ。

「副会長はどうしたの」

 その時会長が言った。

「昨日から生徒会に顔を出してません。何か妹さんが具合が悪いとかで」

 私は答えた。

 今まで自分の失敗が巻き起こした騒動を反省して元気のなかった祐子ちゃんの顔がその
時ぱっと輝いた。

「それがですね」

 彼女は嬉しそうに言った。

「先輩、中学の時の生徒会の副会長だった唯さんって知ってますよね」

「え?」

 思いがけないことを聞いたというように会長が声を漏らした。

「知ってるけど・・・・・・彼女がどうかしったの?}

「へへ。特種ですよ、先輩。唯さんって子、浅井先輩の妹なんですって」

「あいつが浅井の妹・・・・・・?」

「そうなんです。それでね、唯ちゃんって昨日ここに浅井先輩を迎えに来たんですけど、
その時大変だったんですよ」

「大変って、何かあったのか」

「またまたとぼけちゃってえ。唯さんが石井会長に会いたいって駄々をこねて副会長が苦
労してました・・・・・・会長、唯ちゃんと何かあったんですか?」

「別に。何もないよ」

 会長はもう驚きを克服したようでいつものような冷静な表情と口調に戻っていた。

「多分、その唯さんって中学時代に生徒会の役員同士だったってだけで」

 唯さんは先輩のことが好きだったのかもしれないな。私はそう思った。

「あ、そうだ。忘れてたけど唯さんって子、こんなことも言ってましたよ」

 会長の反応が思っていたより薄かったせいか、少しがっかりした様子で祐子ちゃんが言
った。

「彼女、会長は今いないって副会長に言われたら、今度は二見 優さんに会いたいって言
ってました」

祐子ちゃんは今度は私の方に向って言った。

「二見さんってあの噂の人でしょ? あなたの同級生だよね」

 今度こそ会長の表情は本当に凍りついた。そして、会長は何も言わずに黙ってしまった。

「誰にでも裸を見せるっていう二見さんと、浅井副会長の妹さんの唯ちゃんって、どうい
う知り合いなんでしょうね。そういえば同じ中学だもんね」
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/18(木) 22:42:26.54 ID:IwnlMYSho

今日は以上です
また、投下します
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/19(金) 14:35:41.72 ID:oZKsZi6AO
おつんつん
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/08/21(日) 09:19:47.59 ID:B1M6oEZrO
三姉妹エピソードはなくならないんだね
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:43:35.21 ID:WlGCXGIKo

 石井会長はようやく視線を祐子ちゃんから外して、私の方を見た。

「・・・・・・遠山さん、ちょっと学園祭の運営のことで打ち合わせしたいんだけど」

「はい」

「じゃあ、お茶を入れますね。それから打ち合わせしましょう」

 祐子ちゃんが言ったけど、会長はそれを遮った。「いや。君はもう一度新しいスケジ
ュールを見直してくれるかな。次の失敗は許されないから」

「はーい」

 祐子ちゃんは噂話を続けるのを諦めたようで素直にパソコンに向った。彼女も多少は自分
の失敗を気にはしていたのだろう。

「ちょっと場所を変えようか」

 石井会長が私に言った。

 会長は黙って私を共通棟の屋上に連れて行った。まるでまた会長に告白されるみたいな
雰囲気だなって私は考えたけど、もちろんそんな話であるわけはなかった。でも黙りこく
って先を歩いていく会長の背中からは緊張感がひしひしと伝わってきた。

 ・・・・・・本当は会長の問題にかまけている時間はないのだ。私は考えた。会長と副会長、
それに副会長の妹らしい唯とかいう女の子の間にどんな複雑な事情があろうとも、申し訳
ないけど今の私には関係のない話だった。今の私にとっての優先事項は、夕也と浅井副会
長と、麻人と二見さんの関係を知ることだったのだ。

 それでも、会長の話には何だか私抱えていた問題の核心をついてくれるような気がした。
とりあえず会長の話を聞こう。私は黙って会長について行った。

 会長は屋上のベンチに腰かけた。彼が何も言わなかったので、私は少し迷ったけれど結
局、会長の隣に腰かけた。

「祐子さんの話ではよくわからなかったんだけど」

 会長は私の方を見ずじっと前を見詰めたまま言った。

「結局、何で今日副会長はいないかったの?」

 そう言えばさっきの祐子ちゃんは、生徒会室で起きた唯さんとかいう女の子の行動だけ
を面白そうに会長に伝えただけだったので、何で副会長先輩がいないのかという会長の疑
問はもっともだった。ただ、最近あまり生徒会に顔を出さない会長がそういう権利がある
のかというのは別として。

「唯さん・・・・・・、浅井先輩の妹みたいですけど」

「うん」

「昨日貧血で倒れたそうです。それで昨日と今日浅井は副会長は生徒会に来れないそうで
す」

「そうか」

 それだけ言って会長は黙ってしまった。でもわざわざ私をこんなところに連れてきたの
には理由があるはずだった。浅井先輩不在の訳を聞きたいだけなら場所を帰る必要はない。
私は黙って会長が話し出すのを待った。

 随分長く沈黙が続いたような気がしたけど、やがて会長は口を開いた。

「さっきの祐子さんの話だけど」

「はい」

 会長の表情は照れているのか何かを恐れているのかはわからないけど、とても複雑な表
情で私を見た。学園祭の運営の相談ではないことはもう明らかだったけど、単純に麻衣ち
ゃんと付き合っていることを私に話したいだけでもないことも確かだった。それは会長の
緊張した様子からもわかった。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:44:22.30 ID:WlGCXGIKo

「まず聞いてもらいたいんだけど、僕と麻衣・・・・・・麻衣さんは付き合っている」

 会長はそう言った。

「とりあえず君には知っておいてもらいたくて」

「はい。というか察してはいました。朝一緒にいる先輩と麻衣ちゃんを見かけました
し・・・・・・。というか隠しているつもりだったんですか? あれで」

「そういうつもりはないんだ。彼女も僕たちの関係を周りに隠す気なんかないみたいだし、
彼女がそれでいいなら僕だって」

 先輩が慌てた様子で言った。「でも、これまではっきり誰かに僕たちの交際を話したの
は君にだけなんだ」

「そうですか・・・・・・でも心配はいりませんよ。私も麻人も麻衣ちゃんが選んだ人なら反対
はしませんから」

「ありがとう」

 会長はそう言ったけど、その表情には嬉しそうな様子は窺えなかった。

「まあ僕たちのことはともかく、さっきの祐子さんの話だけど」

「はい?」

「君とか池山君には誤解して欲しくないというか・・・・・・その」

 会長はそこで少しためらって、でもその後思い切ったように話し出した。

「僕は中学の頃、祐子さんと生徒会で一緒に活動をしていたことがあってね。彼女は副会
長だったんだけど。それで・・・・・・。どういうわけか僕は彼女に告白されたことがあったん
だ」

 やはりそうか。では、会長は中学時代に浅井先輩の妹と生徒会でコンビを組んで、高校
では姉の浅井先輩とコンビを組んだわけか。何か因縁のようなものを私は感じたけど、正
直会長の話は今の私にはどうでもよかった。

「今日まで二人が姉妹なんて全く気がつかなかったよ。言われてみれば二人とも浅井さん
だったんだけど」
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:44:54.33 ID:WlGCXGIKo

 会長がそう言った。会長にとっては過去の亡霊が再び現われたように感じて狼狽したの
かもしれないけど、今、私が探らなければいけないのは中学時代の会長の恋愛模様とかで
はなくて、麻人と二見さんに起きたことの真実だったのだ。だから正直に言って、今の私
には混乱した会長の心の整理に付き合っている余裕はなかった。でもその後に続く会長の
話を聞いたとき私は凍りついた。

「でも僕は祐子さんの告白を断った。その時にはもう、僕には優がいたから」

 僕には優がいた? ではあの二見優さんと会長には過去に接点があったのだ。そればか
りか副会長の妹だという唯さんの告白を断る理由が、二見さんだったと会長は言った。そ
れは中学時代の会長と二見さんは恋人同士だったということか。一瞬、私は混乱したけど
次の会長の説明で疑問は完璧に氷解した。

「多分君の考えているとおりだよ。僕は優と中学時代付き合っていた。池山君の彼女の
優・・・・・・さん、と」

 会長はそこで取ってつけたようにさんづけをした。多分、二見さんのことを呼び捨てで
呼ぶことに慣れていたのだろう。

「僕と優さんは彼女が中学二年の終わりに転校するまで付き合っていたのだけど、彼女が
突然転校したせいで自然消滅みたいになってね」

 それでは私が聞いたあの会話の謎の一端がほどけたのだ。過去に副会長の妹さんと石井
会長には因縁が、少なくとも何らかの交渉があったのだ。それが二見さんを陥れた動機な
のかどうかは、まだわからないけど。

「・・・・・・でも何でそんなことを私に話すんですか? だいたい、麻衣ちゃんはそれを知っ
ているんですか?」

 これは大切なことだった。麻衣ちゃんにとっては二見さんは自分から麻人を奪っていっ
た女だった。その二見さんが、今麻衣ちゃんが付き合っている石井会長の元カノだと知っ
たらどう考えるだろう。そして先輩がわざわざ私を生徒会室から連れ出したのは、麻衣ち
ゃんへのフォローを期待したからなのだろうか。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:45:26.85 ID:WlGCXGIKo

「麻衣・・・・・・さんにはまだ話していないよ。そして今の僕にとって一番大切なのは二見さ
んでも唯さんでもなく麻衣さんだけど、だからと言ってそういうフォローを君に頼もうと
したのでもないよ」

 会長は私の内心を見透かしたように言った。

「むしろ、迷惑かもしれないけど僕のしでかしたことを聞いて欲しいんだ。今の今まで誰
にも黙っていようと思っていたけど、唯さんまで出てくると何かいろいろ不安になってき
たよ」

「意味がわかりません。もっとはっきり話してもらえますか」

「僕の恋愛関係のことを相談したいわけじゃないんだ。僕のしたことで麻衣さんに振られ
てもそれは事業自得だから」

 今や会長の顔は真っ青だった。でも言葉の勢いは前よりも激しさを増しているようだっ
た。

「今までは全然気がつかなかったんだ。僕の愚かな行動で池山君と二見さんを破滅させた
んだと思っていた。でも、それより僕の知らないところでもっと何かが起こっているみた
いだから」

 私は再び凍りついた。今まで、会長の個人的な複雑な悩みを聞かされているだけのつも
りだった。でも会長が言うには私が真相を突き止めようと決めた、麻人と二見さんを襲っ
た出来事について言及したのだった。

「聞いてくれるか?」

 きっと私の顔色が変ったことに気がついたのだろう。会長は興奮を鎮めるようにそっと
続けた。



 帰宅してベッドの中で寝る前に、私はさっき屋上で会長から聞かされた話を思い返した。

 生徒会長の話は私に麻人と二見さんを巡って起きている出来事に対する、新たなそして
かなりの量の情報をもたらしてくれた。ただ、その話は断片的で、二見さんを陥れた本当
の原因を明らかにしてくれたわけではなかった。新たに増えた事実は、私が明らかにした
いと思っている真実から更に遠ざけてしまったようだった。

 私はベッドの上で身体を起こした。このまま考え事をしていたら明日の授業はひどい有
様になりそうだけど、こういう状態になると眠ろうとしても眠れないことは自分でもよく
わかっていた。

 寝ることをきっぱり諦めた私は最初から会長の話を思い起こすことにした。会長は昨日
真っ青になりながらこう言ったのだった。

「・・・・・・君たちの担任の鈴木先生に、優の女神行為を知らせたのは僕だ」

 私はこれまで犯人を想像しようと無駄な努力を繰り返していた。二見さんに横恋慕した
校内の男子生徒とか、麻人のことを思い詰めるほど好きになってしまい、二見さんを逆恨
みしたった女の子とか。そして、最近になって有力な犯人候補として考えざるを得なくな
ったのが、夕と副会長だった。でも、まさか生徒会長が犯人だとは思いもしなかったのだ
った。

 その話はそれだけでは終らなかった。

「僕が二見さんと池山君に酷いことをしたという自覚はある。でも、ここまで二人を追い
詰めたのは僕じゃないんだ。それだけは信じて欲しい」
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:45:55.25 ID:WlGCXGIKo

 とにかく私は、鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせた犯人を突き止めたのだった。
それは会長だった。その行為は麻人をここまで苦しめているのだから、その実行犯である
会長に憎しみを感じてもいいはずだったのだけど、驚きのあまり感情までが麻痺して機能
しなくなったせいか憎しみや嫌悪よりは、このことの持つ意味が理解できないもどかしさ
だけが私の脳裏を閉めていたのだった。

「意味がわかりません」

 私は震える声で聞き返した。

「何で先輩がそんなことをする必要があったんですか? それにそれだけのことをしてお
いて、麻人と二見さんを追い詰めたのは自分じゃないってどういうことなんです?」

「ちゃんと話すよ。迷惑かもしれないけど聞いてくれるか」

 会長の顔は青かったけど、もう口調は大分落ち着いてきていた。

「僕が二見 優・・・・・・さんと付き合っていたことは事実だ。そして祐子さんを振ったこと
も事実なんだ」

「そして、二見さんが僕には何も言わずに転校して僕の初恋は終った。正直に言うと僕は
そのことに悩んでいた。でも麻衣ちゃんがパソ部に入ってきて僕に悩みを打ち明けてき
て」

「麻衣ちゃんが先輩に?」

「うん。彼女は池山君から卒業しようとしていたんだ。ただ、彼女は池山君の相手の優さ
んが女神行為をしていることに気がついてしまった」

「彼女は悩んでいた。そして僕自身も優さんの女神行為のことを知って悩んだ。あいつは
何をしているんだ、僕と付き合っていたらそんな破廉恥なことをして自己実現する必要も
なかったのにってね」

 会長の話は途中に飛躍もありわかりやすいものではなかったけど、私は何とか会長の話
について行った。麻衣ちゃんが大好きな麻人の彼女に対して求める水準を考えると、女神
行為をしているような女の子は論外だったのだろう。私は考え違いをしていた。麻衣ちゃ
んが部活に入ったのは兄離れをするためだと思い込んでいたのだ。でも彼女はそんな単純
な理由だけではなく、麻人にはふさわしくない二見さんと麻人の関係を何とかしようとし
てパソコン部のドアを叩いたらしかった。

 麻衣ちゃんは何を望んでいたのだろう。麻人と二見さんを別れさせて、自分は兄離れを
する。そして一人になった麻人に私をくっつけようとしたのだろうか。



『お姉ちゃん・・・・・・』

『もうあまりあたしのことは甘やかさなくていいよ』

『お姉ちゃんももう自分に素直になって』

『でないと本当に二見先輩にお兄ちゃんを盗られちゃうかもよ』



 私は前に麻衣ちゃんに言われた言葉を思い返した。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:46:29.85 ID:WlGCXGIKo

「いろいろあったけど僕は麻衣とお互いに好きあう仲になって・・・・・・これは正直な気持ち
なんだけど僕にとってはもう優さんのこととかどうでもよくなって」

 会長は話を続けた。

「麻衣がいてくれれば過去のことなんてどうでもいい、優さんが池山君のことを好きなこ
ととか女神をしていることとかどうでもよくなったんだ」

「じゃあ、何で会長は鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせるようなことをしたんです
か?」

「・・・・・・麻衣の望みをかなえてあげたかったから。だから僕は麻衣にも黙ってメールした
んだ。でもそのメールを出した後で麻衣に言われた」

 会長は話を続けた。その話は意外なものだった。麻衣ちゃんが麻人と二見さんの付き合
いを認めたらしいのだ。でもそれは会長が麻衣ちゃんに黙って鈴木先生にメールを出した
後だった。



『恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわかった』

『・・・・・・うん』

『お兄ちゃんが二見先輩のことを、先輩の女神行為のことを承知していても二見先輩が好
きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない』

『あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はない
と思う。今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし』

『だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと二見先輩
のことは邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、
もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める』



 その時にはもう手遅れだった。二見さんの女神行為は鈴木先生に知らされてしまってい
た。麻衣ちゃんに初めてできた彼氏の手によって。



「全ては僕のせいだ。麻衣にはこうなった原因が僕にあることは言えなかったけど、仮に
ばれて彼女に嫌われてもしようがないと思っている」

 会長が話を続けた。「でも僕が今日君に言いたかったのはそんなことじゃない」

 会長はしっかりとした視線で私を見つめた。

「麻衣と仲のいい君には話しておきたいんだ。さっき書記さんの話を聞いて、この話はそん
な僕たちの単純な行き違いから始ったものじゃないみたいだと気がついたから」
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/05(月) 22:47:09.63 ID:WlGCXGIKo

 ここまでの話だけでも混乱していた私は、この話に加えて会長が何を言いたいのか予想
も出来なかった。そしてそんな私を気遣う余裕すらないように、普段は常に冷静な会長は
話を続けた。

「誓って言うけど僕がしたのは最初のメールを出したところまでなんだ。その後の名前バ
レとか裏サイトの掲示板とかの書き込みには僕は一切関与していないんだよ」

 二見さんを本当に追い詰めたのは学校側に女神行為が知られたことではなく、広くネッ
ト上にその行為が実名付きで出回ったことだった。会長の話が本当だとすると、他に二見
さんを追い詰めた犯人がいるということになる。

 私は夕也と浅井先輩の会話を思い出した。やはり彼らが真犯人なのだろうか。まだ真実
はわからないけれど思っていたより複雑な動機が絡み合って、こういう事態が生じたこと
は間違いがないようだった。そして会長は真の犯人ではないのだろうけれども、これを始
めた犯人の動機に密接に関与しているのだろうか。

「浅井君と唯さんが姉妹だったっていうことは、僕はさっき初めて聞いたのだけど」

 会長が顔を上げた。「これまでそのことを僕が知らなかったこと自体が不自然だと思
う」

 会長は何を言っているのだろうか。私は会長の次の言葉を待った。

「僕は中学の頃それなりに女の子から告白されたことがあるんだけど」

 会長は続けた。「まあ信じてもらえないかもしれないけど」

 こんな時なのにわざわざそういう余計な一言を付け加えたのがいかにも女性関係に自信
が無さそうな会長らしかったけど、そのことに可笑しさを感じる余裕はこの時の私にはな
かった。

「それにもてたと言ってもほとんどみんな勘違いとか思い込みでね。僕が相談に乗っている
相手が自分に親身になっている僕のことが気になるようになったとうだけで、まあ、そういう
子はみんな自分が好きなんだよね」

「はあ」

 会長の話がどこに繋がっていくのか私にはわからなかった。

「そんな中でも唯さんだけはそうじゃなかった・・・・・・生徒会で副会長をしていた彼女は控
え目で優しい子だったんだけど、どうやら本気で僕のことを好きになってくれたみたいだ
った」

「その唯さんの告白を、当時優と付き合っていた僕が断ったのは今話したとおりだけど、
よくわからないのは、唯さんは優と同じクラスだったから僕が彼女さんと付き合っている
ことは知っていたはずなんだ」

「じゃあ、同級生の彼氏を奪おうとしたってことですか? その控え目で優しいという浅
井先輩の妹が」

「そうなるんだ。当時の僕は優に夢中だったから深くは考えなかったのだけど、今にして
思えば同級生の彼氏にわざわざ告白したことになるんだよ。そんかおとをするような子に
は思えないんだけど」

 しかし、会長の思考能力はすごく高いなと私は考えた。今の今まで何年間も忘れていた
ことや知らなかったことを、祐子ちゃんから聞かされただけで、すぐに当時の出来事の矛
盾点を思いついたのだから。

 こういう人が味方になってくれると力強いだろうな。現にさっき私たちでは宥められな
かった三年生の部長たちを納得させてしまったのも会長だった。

 でも、会長が本当に味方になれる立場にいるかどうかはまだわからない。とにかく二見
さんの女神行為を鈴木先生に言いつけて、麻人と二見さんの誰にも迷惑をかけていない二
人だけの小さな幸せを壊すきっかけをつくったのは会長であることに間違いないのだから。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/05(月) 22:47:37.18 ID:WlGCXGIKo

今日は以上です
また投下します
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 05:04:41.06 ID:tiEeZ9uYo
おつ
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/10(土) 09:52:24.95 ID:3IerfCxFO
おつんつん
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:09:56.47 ID:JF3eK7aYo

「それにしても、具合の悪い唯さんが、なんでうちの学校の生徒会なんかに来たんだろう
ね」

 会長が聞いた。そう言われてみればそうだ。

「外出できないほど、体調不良じゃなかったんでしょうね。病院に行くのに、付き添いの
浅井先輩のところを訪ねたとか」

 私は推測して答えたけど会長は疑わし気に首を傾げた。

「そんなことわざわざするかな。うちの学校で倒れたんでしょ? 倒れるほど具合が悪い
なら、病院とか最寄り駅とかで待ち合わせするんじゃないかな。救急車を呼ぶほどじゃな
くても」

「唯さんの体調不良って嘘だって思ってるんですか」

「そこまでは考えてないよ。でも、うちの学校に来て優に会いたいとか僕に会いたいとか
って、病気の時にわざわざするものかな。あれからずいぶん時間がたっているのに」

 そう言われてみればそうだけど、だからといってそのことに対する答えはすぐには思い
つかない。

「唯さんの告白を断ったことを話した時の優の反応だけど」

 会長が話を変えた。

「今にしてみれば冷たすぎたような気がする。あの当時彼女に夢中だった僕でさえ違和感
を感じたほどに」

 会長は当時を思い出しそして推理しようとしていたのだろう。会長が少しづつ思い出し
て語ってくれたその当時の出来事とは。



『先輩、何であの子の告白断ったの?』

 二見さんの質問に、当時は彼女さんにベタ惚れしていた会長が答えた。

『僕は、君のことが好きだからね。浅井さんと付き合うなんて考えられないよ』

『ふーん。そうなんだ。唯ちゃん、可哀想』



 二見さんはそれだけ言って、もう唯さんのことはどうでもいいとばかりに、自分が最近
考えていることを話し始めた。

 その時の二見さんの反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく会長の中に彼女への反
発心が湧き出してきたそうだ。

 会長の心の中に唯さんの緊張して泣き出しそうな顔を思い浮かんだとか。これでは、あ
んまりだ。僕の気持ちも浅井さんの気持ちも救われない。会長が思い出した事実やその時
先輩が抱いた感情とはこういうことだったそうだ。

「でも違和感と言うのはどういうことなんですか?」

 私は聞いた。思春期の少女の略奪的な恋愛衝動なんてよくある話だし、女性経験が少な
い会長が自分を好きになった唯さんを聖女みたいに祭り上げていたせいで違和感を感じる
だけではないのか。

 二見さんの冷たい反応だって、普段から他人に関心を抱かなかった彼女の姿を知ってい
た私には別に意外とも思えなかったのだ。

「ここから先は完全に僕の想像なんだけど」

 石井会長が話を再開した。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:10:26.33 ID:JF3eK7aYo

「僕は麻衣のためなら自ら泥をかぶろうと決心したんだよ。優の女神行為を晒すっていう
ことは、万一晒した犯人が生徒会長の僕だとわかったら、晒された彼女ほどではなくても
僕の評判だって地に落ちるだろうとは思ったけれど」

「さっきも言い訳したように僕は優の女神行為を徹底的に晒す覚悟は出来ていたけど、結
局途中でそれを止めた。麻衣が今ではそれを望んでいないことがわかったから」

「・・・・・・でも、ほぼ同じタイミングで二見さんの実名とか住所とかが晒されて、それに学
校裏サイトにもそのことが載ってましたよね」

 それが二見さんにとって致命傷となったのだった。二見さんの女神行為が学校当局に知
られただけなら、広く校内の生徒たちに広まらなかったら、彼女が転校や引越しするほど
追い込まれることはなかっただろう。

「そうなんだ。誰か僕の他にそれをしたやつがいる」

「ひょっとしたら学校とか二見さんの関係者以外の人かもしれないですね。最初はexifと
かっていうデータを解析されたんでしょ? それなら誰でも犯人の可能性はあるし」

 私はふと思いついて言った。

「それだけならそうかもしれないけど、その画像の主を優に結び付けて実名を晒すなんて、
知り合いじゃなきゃできないだろう」

「それはそうか」

 気が重いけどやはり核心にはこの学校の関係者がいることには間違いがないようだった。
それに夕也と浅井副会長の会話のこともある。そして副会長と、最初に鈴木先生に対して
行動を起こした会長の過去とが今繋がったということもあった。

「僕がしたことを知られれば麻衣にはきっと愛想を尽かされるだろう。今までは黙ってい
ようと思っていた。情けない判断だけど僕は麻衣に嫌われることだけはしたくなかったか
ら」

 会長が続けた。

「でも、唯さんとかが登場して僕や優に会いたいって言ったことが本当なら、これは単な
る偶然では済ませられないだろ」

「じゃあ、会長の言う違和感って」

「うん。それは優への嫉妬とか全くなかったわけではないけど、基本的には本当に偶然に
麻衣と付き合うようになってこの出来事の関係者になったんだと自分では思ってたんだけ
ど」

「そうじゃないんですか?」

 会長の顔が再び翳りを帯びた。

「今日まではっきりと僕が麻衣と付き合っていることを知っていたのは、浅井副会長だけ
なんだが」

「・・・・・・はい」

「僕が鈴木先生にメールを出した翌日以降、優はネット上で実名バレしたんだ」

「今までこんなことをするやつは優のことが目障りで、優を陥れるためにしたんだって僕
は無意識に思い込んでいたんだけど」

 確かにそれはそうだった。私もそれ以外の理由は考えたことすらなかった。ぼっちの二
見さんは、ここ最近麻人と付き合いだしたせいかクラス内で話をする程度の知り合いが増
えていたのだ。そのことを面白く思わない人が彼女の女神行為をしったとしたら。

「君もそう考えてたんじゃないかな」

 会長の言葉に私はうなずいた。

「でもそうじゃないとしたら。今、優と僕の中学時代の付き合いに密接に関係のあるやつ
らが姉妹だとわかった。うち一人は僕に振られた唯さん。もう一人は・・・・・・。君に振られ
た僕が麻衣と一緒にいるのを見て、僕のことをさげずんだように話していた浅井副会長
だ」

「どういうことです?」

 私の声は震えていたかもしれない。推測に過ぎないことはわかっていたけど、自らに何
ら非がないのにあんな風に抜け殻のようになっている麻人のことを考えると動揺を押さえ
切れなかった。

「優と僕との過去を知っている誰かが、最近の優の彼氏とか関係なくしたことかもしれな
いね。復讐的な意味で。あるいは僕のこともターゲットだったのかもしれない」

 先輩は相変わらず顔を青くしてはいたけど、言葉はしっかりとしていて冷静な口調だった。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:11:13.88 ID:JF3eK7aYo

 二見さんの女神行為が発覚した時、私たちはみなそれは自業自得だと思った。誰もがア
クセスすることができる掲示板で、不特定多数の人たちに自分のヌード画像を公開してい
た二見さん。彼女がいったい何のためにそんなことをしていたのか、その行為によってど
んな利益を得ていたのかはわからなかったけど、ただ純粋に高校生が裸を見せるという行
為だけでも、彼女が破滅に至るには充分な動機に思えたから。

 そして麻人はその巻き添えになったのだと私や麻衣ちゃんは考えていた。だから麻人ま
でが校内から悪意や好奇心に溢れた視線に晒されるようになった時、私は麻人を守ろうと
したのだった。

 でも、私が耳にしてしまった夕也と副会長の会話では、この一連の出来事は二見さんを
陥れることだけが目標ではなく、二見さんが陥し入られ姿を隠すことを余儀なくさせられ
ることによって、麻人と二見さんを別れさせることが真の目標だというようにも聞き取れ
た。要は麻人は巻き込まれただけではなく最初からターゲットだったのだ。それも多分、
夕也の仕業かも知れない。

 私が理解できなくて悩んでいたこと。それは、副会長とこの出来事への関わりが不明と
いうことがあったのだけど、副会長が唯さんとやらの姉で、その唯さんが中学時代に副会
長に失恋したのだとしたら、一応の筋は通る。それにしても、なぜ唯さんが二見さんや会
長に会いたがったのかはわからないけど。

「これは今改めて想像したことなんで証拠も何もないんだけど」

 会長が話を続けた。

「唯さんは僕が優と別れる気がないと知って、しつこくすることもなく身を引いた。そし
てその後も生徒会では普通に僕と話をしてくれていた」

「でも・・・・・・。僕は当時は優に夢中だったから全然気にしなかったのだけど、彼女にして
みれば随分酷いことをされたと思ってたとしても無理はないかもね。何しろ当時の僕は今
と一緒で、自分の彼女と過ごす方を優先して生徒会活動の方を後回しにしていたのだし」

 私はこんな深刻な話をしている時なのに笑いたくなった。結局しっかりしているように
見える会長は、二見さんの時も麻衣ちゃんの時も同じことを繰り返しているのだ。会長の
麻衣ちゃんに対する愛情はどうやら嘘ではないようだった。そしてこの人が人を愛する時
にはここまで全身で愛するということが、中学時代から変っていなかったとしたら、唯さ
んもさぞかし一緒に活動していて辛かっただろう。

「もう一つ久し振りに思い出したことがある。それは僕が高校に合格したことを報告しに
母校に行った時のことなんだけど」

「はい」

「その日、二年生の教室には優はもういなかった。二日前に東北の方に転校していたんだ。
僕には何も知らせず別れさえ告げずにね」

 ではこの人も相当辛い経験をしていたのか。私は思いがけない展開に驚いた。会長の中
では中学時代の二見さんとの恋愛は、もう昔話になっているのかと思っていたのだけど、
ここまで辛い経験をしたらそれが会長のトラウマになっていたとしても不思議ではなかっ
た。

 私は自分の中で何となく会長を謎解きの味方のように考えていた気持ちを修正した。こ
ういう辛い経験をした人なら、久し振りに再開した二見さんを陥とし入れようと考えても
不思議はないだろう。
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:11:43.96 ID:JF3eK7aYo

 私のそういう思考は表情に出てしまったようだった。いきなり警戒するような表情にな
ってしまった私に会長は苦笑した。

「いや、確かにあの時は相当堪えたけど。さっきも話したように今は優への未練も憎しみ
も本当にないんだ。自分でも不思議なくらいにね。多分、いや間違いなくそれは麻衣のお
かげなんだけど」

 会長は私の視線を忘れたのか、そこで麻衣ちゃんを思い浮かべているのか幸せそうな表
情を浮かべた。その表情を半ば飽きれ気味に見ている私の視線に気がついた先輩は顔を赤
くして話を続けた。

「それはともかく。その時優のいない二年生の教室で、僕が優が東北に引っ越したことを
聞いたのは、唯さんからなんだ」

「その時の僕はショックを受けていたから、その時の唯さんの表情とか感情を観察するよ
うな余裕は無かった。でも、今にして考えてみると」

 会長は思い詰めたように言った。

「二重の意味で唯さんにはショックだったと思うよ。一つは彼女の純粋な僕への気持ちを
僕が断ったのは優が好きだったからだけど、その優が僕に何も知らせずにあっさりと僕を
捨てて黙って転校して行ったこと。つまり、唯さんが本当に僕のことを一時の気まぐれで
なくて愛していたのだとしたら、そんな僕が心を奪われていた優があっさりと僕を振った
ことはいろいろな意味でショックだったろうな」

「先輩は唯さんが先輩を本当に好きだったと思っているんですね」

 あたしは少しだけ意地悪に聞いた。女性関係に自信がない会長にしては随分思い切って
断言していたから。

「さっき祐子さんに唯さんが僕に会いたいと言っていたと聞いたときにそう思ったんだ」
 先輩はそんな私のことを気にした様子もなく続けた。

「そしてそんな彼女が女神行為をしている優のことを知ったら。彼女が何かをしでかした
としても不思議ではないし」

「それからもう一つは、多分当時の僕は僕のことを気にして慰めてくれた唯さんのことを
まるっきり無視するよう態度を取ったんだと思う。記憶にはないけど、僕は優が黙って転
校していってしまったことにショックを受けて周囲を気にする余裕なんかなかったはずだし」

 先輩は必死に当時の光景を思い出そうとしているようだった。

「じゃあ、先輩は唯さんが二見さんを落とし入れた犯人だと言うんですか」

「・・・・・・それはわからない。そんな単純なことでもないかもしれないね。それに唯さんは
優に会いたいとも言っていたらしいし」

「・・・・・・それじゃ何にもわかっていないのと同じですよね」

 私はついきついことを口にしていた。

「まあ、そうだ。でも、僕にとっては最終的に優のことを追い詰めたのは僕じゃないこと
を証明したい。それで麻衣に許してもらえるかはわからないけど、それでも事実が知りた
いんだ。本当のターゲットはいったい誰なのか」

 私はさっきから会長を問い詰めるような質問をしていたけど、やはり謎を解くには会長
の分析能力が必要なのではないかと考え出していた。
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:12:18.21 ID:JF3eK7aYo

「少し落ち着いて考えれば確かなんだけど、僕が匿名で鈴木先生に優の女神行為を知
らせた、それで、彼女は翌日登校しなかった。それでいいんだよね」

「そうです。その後、麻人は二見さんと連絡が取れなくなり、やがて裏サイトに」

「うん」

 会長が戸惑ったように言った。

「それがそもそもおかしいよね」

「おかしいって?」

「僕自身が裏サイトに書き込みした犯人ならともかく、そんなにタイミングよく事が運ぶ
なんてさ。僕は麻衣も含めて誰にも学校に通報したことなんか話していないのに」

 私は思わず突っ込んだ。

「先輩自身が犯人でなければ、ですよね」

 先輩がかつて自分を振ってあっさりと切り捨てた二見さんに復讐しようと考えていたな
ら。

「うん。こればかりは証明するすべはないけど、僕は本当にそこまでしていないしする気
もなかった。そこまですれば麻衣の大切なお兄さんを追い込むことになる。彼女が悲しむ
のは僕の本意じゃない」

 それは本当かも知れない。私は麻衣ちゃんと先輩が甘く寄り添って朝の部室棟から出て
きた姿を、麻人と二人で目撃したことを思い出した。

 その時、再び私は立ち聞きしたあの二人の会話を思い出した。私はとっさに決心した。
先輩を頼ろう。それは賭けみたいなものだったけど、あの朝の先輩と麻衣ちゃんの仲のい
い様子には嘘はない。間違っているかもしれない。先輩がいい人である保証なんて何もな
い。でも、あたしは麻衣ちゃんを愛しているという会長を信じてみようと思ったのだ。麻
人のためにも、そして私のためにも。真実を知るためにも。

「先輩、実はあたしも知っていることがあるんです。これまで誰にも話せなかったんですけど」

「うん。話してみてくれるか」

「それを話したら・・・・・・先輩は私を助けてくれますか。真相が知りたいんです。麻人をこ
こまで苦しめることになった出来事の原因が」

 会長は驚いたように私を見つめてしばらく黙ったいた。その沈黙は案外長く続いたのだ
った。私は会長の返事を待ちながら抜け殻のような麻人の姿や、私に麻人を託して去って
行った麻衣ちゃんの姿を思い浮かべていた。

「わかった、協力する」
 会長は私を真っ直ぐ見て言った。

「僕の過去のことも関係があるかもしれないし、何より麻衣とは破局になるかもしれない
けど最初のメールを出したのは僕自身だし」

 私はもう迷わず会長に言った。

「先輩が知らない事実が一つあります。副会長と夕也、広橋君って知ってましたよね?
その二人の会話を立ち聞きしちゃったんですけど」

 私は会長に副会長と夕也の会話を明かした。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:13:19.39 ID:JF3eK7aYo

『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』



 会長は私が偶然に聞いた副会長と夕也の会話の内容を知ると再び考えこんでしまった。

「広橋君は君と、その」

「付き合ってません。前に会長に告白されたとき、会長はそう思っていたようですけど、
それは本当は誤解なんです」

「だって、あの時君は」

 言いかけて先輩は言葉を切った。今さらそんなことを蒸し返してもしかたないと思った
のだろう。特に、今では会長は私ではなく麻衣ちゃんのことが好きになったのだから。

「唯さんを傷つけた優への復讐とか、自分から君を奪っていった池山君への復讐とか、ど
っちの可能性もあるなあ」

 先輩があっさりと話をまとめた。そうだ。ひょっとしたらこれは単純な話なのかもしれ
ない。仮に。仮にだけど、夕也が私のことを好きで、でも私の麻人への気持ちに気がつい
ていたとしたら、そういうことは十分にあり得る。また、副会長が自分の妹のことが大事
で、その妹を振った会長のことを嫌い、そして復讐の機会を伺っていたのだとしても、そ
のストーリーは十分に成立する。やはり、先輩を味方にして正解だったのかも。私はそう
思ったけど、一方で、この人が本当に真実を話している保証はない。二見さんの女神行為
への情報を一番知っていたのがこの人だからだ。麻衣ちゃんから情報を得たのだろうけど。


「とりあえずもう少し落ち着いて考えてみるよ。今日のところはこの辺にしておこう」

 会長が言った。

「わかりました・・・・・・私は生徒会室に戻りますね」

「僕は部室に麻衣を待たしてるんで今日はこれで失礼するよ」

「はい。あ、先輩?」

「うん」

「明日、副会長が出てきたらどうしたらいいでしょう? 直接聞いてみても大丈夫でしょ
うか」

 会長が首を振った。

「いや。まるで見通しも立っていない中でやみくもに問い詰めたって答えてくれる訳がな
い。むしろ警戒されるのが落ちだ。しばらく何も知らない振りをしていよう」

「はい」

 やはり会長の判断力は優れているなと私は考えた。さすがの先輩も真相に至る端著に取
り付けたとはいえないけど、今どう行動すべきかという質問には即座に回答が帰ってきた。
私は妙な安心感に包まれていくのを感じた。もう一人でこの謎に立ち向かわなくてもいい
のだ。

「それじゃまた明日」

 先輩は屋上から去って行った。麻衣ちゃんの待つ部室に向ったのだろう。

 そこまで今日の出来事を回想したあと、私はもう思い返すことをやめてベッドに横にな
った。もう既に日付は変わってしまっていた。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:13:49.83 ID:JF3eK7aYo

 翌朝、私は話しかければ普通には答えてくれるけど、放っておくとすぐに自分の考えに
浸ってしまう麻人と一緒に登校した。

 私にはその朝、麻人の気持ちを思いやる余裕はなかったので、黙って何かを考えている
彼の隣で自分の考えというか感慨にふけっていた。麻人のため、そして自分のために一連
の出来事の真相を知ろうと決心した私だったけど、その戦いは孤独なものだった。かつて
いつでも麻人と私と行動を共にしていた麻衣ちゃんも、そして夕也も、今では麻人と私か
ら距離を置いていた。

 それどころから夕也には、今や犯人である可能性さえ出てきていたのだ。今の麻人には
冷静かつ客観的に推理し判断する心の余裕はないだろう。そういう意味では、私は一人で
この重すぎる荷物を持ち上げようと試みるしかなかったのだ。

 そんな時、私の前に救世主が現われた。それが会長だった。会長の論理的な思考力は頼
りになる。一人で混乱した気持ちを持て余しながら必死に考えていてもなかなか結果は出
なかっただろう。そういう意味では会長の助力は本当に助かったのだけれど、それでも気
分の高揚は訪れてこなかった。この先、先輩によって謎解きが進むとしても、わくわくし
た感情は一向に感じるができず、重苦しい気分も今までと変わらなかった。

 考えてみればこれで真実が明らかになったとしても、麻人にとっても私にとっても何も
いいことはないのだ。麻人が復讐心を向ける対象ははっきりするだろうけど、それでネッ
ト上に流出した二見さんの画像や情報が消えることはない。そして、多分だけど二見さん
が姿を現して再び麻人と一緒に過ごせるようにはならないだろう。何となく私はそう思っ
た。

 夕也と副会長の会話を考えれば、夕也が二見さんを落としいれた出来事に関係している
ことに間違いがないだろう。麻人を助けてやれという彼の言葉で宙に浮いてしまう。つま
り、あれは冷たい嘘なのだ。

 麻人や私だけではなく、謎解きに参加してくれた会長にとっても真相が明らかになるこ
とによるメリットはないどころか、むしろデメリットしかなかった。麻衣ちゃんに黙って
行動を起こしてしまったことを悩んでいた会長だけど、この先真実が明らかになっていけ
ば、当然その中で会長が果たした役割だけを伏せておくことは出来ないだろう。だからこ
れは会長にとっては不幸へと繋がる道なのだけど、それでも昨日の会長は怯んではいな
かった。あんなにも愛しているはずの麻衣ちゃんは失うかもしれないのに、会長は事態を放
置するよりは真相を明らかにする方を選んだのだった。

 そして同じ理由で真相が明らかになることは、会長を慕っている麻衣ちゃんにとっても
幸福をもたらすことはないだろう。最愛の兄を陥れたのが大好きな生徒会長だと彼女が知
ったら。今だけは麻衣ちゃんは幸せなのかもしいれないけど、それは真相が明らかになる
までの間だけのことだ。

 それでももう後へは引けなかった。会長が自分に何が起こるかを承知のうえで協力しよ
うと言ってくれたのだから、私も初心を貫徹するだけだった。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/27(火) 00:14:19.24 ID:JF3eK7aYo

「何か最近はお前の方が落ち込んでるみたいだな」

 それまで黙っていた麻人が突然私を見て言った。

「何か悩みでもあるのか」

「昨日ちょっと寝不足だったから」

 私は慌てて誤魔化した。

「そんならいいけど・・・・・・何かあるなら相談しろよ。俺たちの仲だろ」

 私は麻人が昔からこういう性格だったことを忘れていた。いろんな意味で平凡だと言わ
れてきた麻人だったけど、私と麻衣ちゃんだけが知っている事実もあった。彼は大切な人
に対しては自分がどんな状態であっても常に気を配って可能なら援助しようとするのだ。
それがあまり知られていない麻人兄の美点の一つだった。

 麻衣ちゃんに悩みがある時には、麻人は自分が風邪で高熱があり気分が良くないにもか
かわらず、長時間にわたって麻衣ちゃんの悩みを聞いて慰めたりということがよくあった。
そして今、彼のその性質は私に向けられたようだった。彼が一番好きな恋人としての女性
は二見さんだ。そして意味は違うけど、家族として一番大切にしているのは今でも麻衣ち
ゃんだろう。では、私はどうだろう。麻人の意識の中では私はどういう位置を占めている
のだろうか。

「ありがと。何かあったら相談させてもらうよ」

「そうしろ。俺だって今までおまえには心配かけてるんだしお互い様だろ」

 幼馴染としてか。それとも過去に私を振ったことが彼の中では負い目となっているのだ
ろうか。

 校内に入ったところで半ば無意識に私は部活棟の方を眺めた。案の定、麻衣ちゃんと会
長が寄り添って部室棟を出て来た。会長は穏やかな気持ちで過ごせているのだろうか。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 00:14:48.18 ID:JF3eK7aYo

今日は以上です
また投下します
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 12:50:33.51 ID:MMShoi2AO
乙乙

今回の分から新しいのか
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 19:14:47.68 ID:IizJEM3fo
おつです
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/03(月) 15:28:40.60 ID:gJ4JOMRlO
お、完全新作に突入したね
これは次が楽しみ
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:43:03.19 ID:am0+7R9Jo

私が、放課後学園祭の準備に向った時、会長は放課後の生徒会室の前で所在なげに立っ
ていた。

「会長、何してるんですか?」

私は驚いて尋ねた。学園祭の準備の指揮を執りにきたのではいだろう。多分会長は昨日
の話の続きをしようとして待っていたのだろうけど、生徒会長なのだから生徒会室の中で
堂々と座って待っていればいいのに。

「君を待っていた。昨日の件で」

 会長がせわしなく答えた。

「少しだけど君に報告しておきたくて」

「それなら生徒会室で待っていてくれればよかったのに」

 私は少しだけ飽きれて言った。「生徒会長が入り口で突っ立っていたら目立つと思いま
すよ」

「いや。時間がないんだ」

「麻衣ちゃんと約束ですか」

 私は、その時ほんの少しだけ会長と麻衣ちゃんを羨ましく思った。こんなことになって
もお互いに共に過ごしたいと思える人がいる二人に対して。でも会長は首を振った。

「今日は一緒に帰れないって麻衣には言ったよ。それより中学時代の知り合いに連絡を取
ったんだ。多分、副会長は僕と同じ中学だろうから何か情報を得られるかもしれないし
ね」

「そうですか。先輩、私は何をすればいいんでしょう」

 私はもう会長に頼り始めていたようだった。

「とにかく学園祭の準備に集中してほしい。またスケジュールのミスみたいなことがない
ようによく見ていてほしいんだ」

「それじゃ・・・・・・いえ、わかりました。副会長には何も言わず一緒に学園祭の準備に専念
します」

「頼むよ。じゃ、僕は中学の時の知り合いに会いに行くから」

 そういい残して会長は生徒会室に顔を出すことなく足早に去って行った。

 私はしばらく会長が消えて行った廊下の先を見つめていた。何だか夕方の日差しがいつ
も見慣れているのと違う角度から差し込んでいるようだった。

 会長が動くと本当に真実が明らかになるかもしれないと改めて思った。でもそのことで私た
ちに何をもたらされるのかはまるでわからなかった。このまま真実が不明の方がいい
ということすらあるのかもしれない。

 私はため息を押し殺して生徒会室のドアを開けた。
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:43:45.22 ID:am0+7R9Jo

 意外なことに副会長は今日も生徒会室に姿を見せていなかった。というか祐子ちゃんに
よれば授業そのものを休んでいるみたいだった。

「唯さんは単なる貧血でたいしたことはないって聞いてたのにね」

 祐子ちゃんがあまり気にしている様子もなく軽い口調で言った。

「何で副会長は学校まで休んでるのかなあ」

「さあ」

私は会長が現在進行形で副会長たちのことを探っていることを考えた。副会長は何かに
気がついて警戒しているのだろうか。

 でもその割には一方の主役ではないかという疑惑のある夕也の方は普通に授業に出てき
ていた。もちろん私とは会話をするどころか目すら合わせようとはしなかった。

 会長の指示通り副会長とはいつもどおり接することに決めてはいたけれども、副会長に
不審がられず普段どおり接することが出きるか正直とても不安だった。その意味では副会
長が不在と聞いて私は気が楽になったのだけど、副会長の不在は生徒会や学園祭実行委員
会にとってはあまり望ましいニュースではなかったのだ。

「ねえ。どうしよう」

祐子ちゃんが気軽そうな口調を変えて珍しく真面目に言った。

「みんな副会長に割り振られた作業が終っちゃいそうでさ。次にどうすればいい? って
聞かれてるんだけど」

「一々指示がなきゃ何もできないのかな、みんなは」

 私は少しイライラして強い口調で喋ってしまったようだった。祐子ちゃんが少し驚いた
ように私を見ている。

「まあ、そうは言ってもスケジュール管理をしていたのは副会長だったから無理はない
か」

 私は取り繕うように言った。

「ちょっと副会長のスケジュール表を見てみるよ。それから出せるような指示するから」

「うん、有希ちゃんお願い。それにしてもうちの生徒会長も副会長も責任感全くないよね。
学園祭の直前になって職場放棄するなんて」

 二人ともあんたには言われたくないだろうなと私は考えたけど、これはまあ彼女に一理
あった。私たちは今や責任者不在で学園祭の準備を何とかしなければならなくなったのだ
った。

 副会長はともかく会長が学園祭の準備を放り出して今何をしているのか、私にだけはわ
かっていた。そして正直に言うと少し心配にもなっていた。少し会長は性急過ぎないだろう
か。常識的に考えれば、今会長にとって今一番大切なことは二見さんが何のために誰に
よって陥れられたのかを解明することではないはずだった。今の会長にとっては大切なこ
とは二見さんを巡るできごとの解明ではなく、学園祭が無事開催されること、それに麻衣
ちゃんを安心させ満足させることのはずだった。それなのに会長は今や事態を解明するこ
とを一番の優先事項にしているようだった。

 麻衣ちゃんに断りなく、鈴木先生に二見さんの女神行為を告げ口してしまった罪悪感か
らか。それともそのことを麻衣ちゃんに隠しているという罪の意識をこれ以上保っている
ことに耐えられなくなって、たとえどんな結果になったとしても麻衣ちゃんに自分のした
ことを告白したいと思うようになっていたのだろうか。そしてそのために全容を解明して
麻衣ちゃんにそれを伝えると同時に、自分のしてしまったことを彼女に伝えようと思い詰
めているせいか。
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:44:28.24 ID:am0+7R9Jo

 いずれにせよ会長も副会長も不在な以上、これまで副会長先輩の補佐を努めてきた私が
その代理をするより他に手はなかった。私はこの日から謎の解明は会長に任せて、必死で
学園祭の準備を指揮することになったのだった。

 そうして夢中になってスケジュール管理や人員、物品の配分などを行っていると、今さ
らながらこれまでの会長の仕事の的確さや組織を動かす手際の良さなどが理解できてきた。
私の目からは副会長よく学園祭の準備を仕切っているように見えていたのだけれど、実際
に副会長の残した書類をチェックしていくと細かな荒や思い込みによる矛盾した計画の破
綻があちこちで見られた。

 前に祐子ちゃんが巻き起こした騒動も別に彼女だけの罪ではなく、副会長が彼女に与え
た指示が大雑把だったことが原因だった。こういう矛盾点を解消しつつ指示を求めてくる
実行委員たちに対応するのは楽なことではなかった。

 私は改めて会長の能力の高さに感嘆しながらふと考えた。唯さんという子は中学時代に
会長の下で一学年年下ながら生徒会の副会長を務めていたそうだけど、中学生時代にこれ
だけ能力の高い会長の姿を身近で見かけていたら、たとえ見かけは多少劣っていても、会
長のことを好きになったとしても不思議はないだろう。

 会長は容姿や運動神経や社交性などの点でコンプレックスを抱いていたみだいだけど、
女の子は必ずしも全部が全部そういうところに惹かれるわけではない。一般的なアイドル
として人気が高いのはイケメンなのだろうけど、たとえそうでなくても身近でてきぱきと
課題を処理する男の子の姿を目前にすれば、その子が会長のような男の子に惚れこむこと
だって十分にあり得るのだ。

 中学時代の会長と唯さん、それに二見さんの間には会長が語ってくれたこと以外にも何
か事情があるのだろうと私は考えた。でもそれ以上推察にふける暇はなかった。私は、祐
子ちゃんの不承不承の協力を得ながら、何とか学園祭当日までの間、綱渡りのように必死
で準備に努める以外の暇はなかったのだった。

 こうして私にとって忙しい一週間が過ぎた。来週の学園祭に向けて準備は佳境に入って
いたけれど、学校側の指示で週末の休みの作業は禁止されていたから私は、土曜日の朝、
久しぶりに寝坊した。

 朝起きるともう十一時近かった。とりあえず着替えようとしてベッドからもそもそと起
き上がったところで携帯が鳴り響いた。見知らぬ番号からの着信だったけど私は反射的に
電話に出た。

「遠山さん? 生徒会長ですけど」

 会長の声が電話から耳に響いてきた。私はこれまで会長から電話を貰ったことはなかっ
たけど、生徒会役員の緊急連絡表には全役員の携帯電話の番号とメアドが記されていたか
ら会長が私の電話番号を知っていても別に不思議なことではなかった。

「遠山です。おはようございます、先輩」

 私はまだ半分眠っていた心を無理に叩き起こしながら答えた。

「休みの日に悪いんだけど、これから会えないかな?」

 会長ははっきりとした声で、遠慮することなくそう言った。

「これからですか?」

 別に予定はなかったけど、何で休日に先輩が私を誘うのだろう。例の件のことなら休日
に会って打ち合わせするようなことではないだろう。校内で空いている時間に会えば済む
ことなのに。その時、一瞬すごく傲慢で自分勝手な考えが心をよぎった。まさか会長は二
見さんの件をだしに私をデートに誘う気ではないのか。以前、会長に告白されそれを断っ
た。その後、会長は麻衣ちゃんと付き合い出したのだけど、まさかまだ私に未練があるの
だろうか。

「そんなに時間は取らせないから。君の家の最寄り駅の駅前にマックがあるよね? 一
時間後にそこに来れるか」

 でもデートに誘うには会長の声には余裕がなかった。とにかくすぐに私に話したいこと
があるみたいだった。

「わかった。先輩の言うとおりにします」

「ありがとう」

 それだけ言って会長はすぐに電話を切った。
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:45:02.46 ID:am0+7R9Jo

 私が店内に入ると、奥まった席の方から手を振っている会長の姿が見えた。私は注文し
て受け取ったコーヒーが乗せられたトレイを持って会長の向かいの席に座った。

「いきなりどうしたんですか?」

 私は会長に聞いた。会長の表情を見て、ついさっき考えた失礼な思い付きを後悔した。
会長は私をデートに誘ったのではない。何か重要なことを伝えようとしているのだ。

「今週はずっと中学時代の知り合いに話を聞いていたんだ。思ったより僕のことを覚えて
いてくれる人がいたんで、結構たくさんの人に会っていたから時間がかかったけど」

 会長は疲れたような表情で言った。

 ではあの生徒会室の前で別れた後、会長はずっと聞き取り調査を続けていたのだ。それ
にしてもその間放置されていた麻衣ちゃんは大丈夫なのだろうか。彼女が好きな相手に捧
げる愛情は無限大だ。それは麻人が麻衣ちゃんの唯一の愛情の対象だった頃から明白だっ
た。

 そしてその愛情の分、彼女は相手にも相応の愛情を要求するのだ。でも、それは今私が
会長に忠告することではなかった。きっと会長だって承知のうえで麻衣ちゃんを省みずに
調査に専念したのだろうから。そして逆説的だけどそれが会長の麻衣ちゃんへの愛情の深
さを表わしているのだろう。でもそれを麻衣ちゃんが理解するかどうかは別な話だった。

「唯さんだけじゃなく、副会長もやはり僕や優と同じ中学だったよ」

 会長はいきなり本題に入った。それ自体は予想できていたことでもあったけど。

「そして、彼女たちの家は中学の近くにあるのだけど、その隣に住んでいて彼女たちと仲
のいい幼馴染の男の子がいたんだ」

「はあ」

 私には会長が何を言わんとしているのかわからなかった。

「そしてその男の子は広橋君だ」

 周囲から一瞬音声が消え失せた。ではこれで副会長と夕也の間が繋がったのだ。

「でもそれだけじゃない」

 会長は私の方に身を寄せた。大声を出したくないのだろう。私も反射的に会長の方に顔
を近づけた。

「それだけじゃないのね。先輩はこの後どんなふうにお姉ちゃんを口説くつもりなの」

 それは会長の声ではなかった。すこし離れた場所から狭いテーブルに身を寄せ合った状
態の私たちを真っ青な顔で見つめていた麻衣ちゃんの声だった。

 涙を浮かべて私たちを睨んでいる麻衣ちゃんの後ろには、何が起きているのかわからず
にあっけにとられているような麻人の表情が重なって見えた。

 私と会長は麻衣ちゃんの厳しい声にうろたえて、お互いから顔を離そうとした。そのせ
いでかえって密会していた男女が慌てて身を離そうとしていたように見えてしまったかも
しれない。まずいことに私と会長はその時一瞬お互いに目を合わせてしまっていた。

 そんな私たちの姿を見つめていた麻衣ちゃんの表情は更に険しくなった。

「待って。誤解しないで、麻衣ちゃん」

 私は呆けたように言葉を失っている会長を横目にしながら麻衣ちゃんに声をかけた。

 その時、私は麻衣ちゃんが恋人の浮気現場を見かけて混乱した時に普通の女の子なら取
るであろう行動、つまり泣きながらこの場を走り去っていくのではないかと思った。でも
やはり麻衣ちゃんは芯の強い子だった。相当ショックを受けていたと思うけど、なおこの
場に留まって真相を知る方を選んだのだった。
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:45:33.01 ID:am0+7R9Jo

 麻衣ちゃんの顔は青く、華奢な身体はショックに震えてたけれど、彼女はやはり真っ直
ぐ私たちの方を見ていた。

「誤解って何? お姉ちゃんと先輩はあたしに隠れてこそこそこんなところで会ってたん
でしょ」

 麻衣ちゃんは会長の方を見た。

「最近は生徒会の活動があるからあたしとはあまり会えないって言ってたよね? 生徒会
ってこんなところで活動してるんだ」

 麻衣ちゃんの詰問に会長は俯いてしまった。これはまずい。これでは麻衣ちゃんの疑惑
を認めているような態度ではないか。案の定、麻衣ちゃんはそこで黙ってしまい、自分か
ら目を逸らした会長の姿を凍りついたように眺めていた。 でも会長の気持ちもよくわか
った。会長が私と浮気をしているのではないかという誤解を解くために、麻衣ちゃんに真
実を伝えるという選択肢は会長にはなかっただろうから。

 そもそも、二見さんと麻人を襲った出来事は会長にとっては人ごとだと、麻衣ちゃんは
考えているはずだった。そんな麻衣ちゃんに対して今回の出来事の謎を解くために会長と
私が共闘していることを説明したって、彼女に理解してもらえるわけがない。

 麻衣ちゃんにそれを理解してもらうためには、最低限二つの秘密を明かす必要があった。
一つは中学時代に会長と二見さんは恋人同士だったということ、もう一つは会長が麻衣ち
ゃんに黙って二見さんの女神行為を鈴木先生に通報したということだった。

 そしてそれらの事実を麻衣ちゃんに知られることは、会長には耐え難いことだっただろ
う。

 かといってこのまま沈黙していれば麻衣ちゃんの疑惑を追認するようなものだった。私
としてはここに至ってはいっそ全てを麻衣ちゃんに打ち明け、誤解を解き、そして麻人の
ために始めたこの謎解きに、麻衣ちゃんにも加わって欲しいと思ったのだった。

 でも、それは私の一存で出来ることではなかったし、そして、この場で会長を説得する
わけにもいかなかった。それに当事者の麻人が何が起きているのかわからないという表情
で私たちを見ているということもあった。

 もう仕方がない。心が重かったけど私は何とか適当な嘘で麻衣ちゃんを宥めることにした。

「ちょっと落ち着いてよ」
 私は努めて冷静に麻衣ちゃんに話しかけた。麻衣ちゃんは会長から目を離し、私の方を
見たけれど、やはりその視線は私を見るというよりは私を睨んでいるという方に近かった。

「本当に生徒会っていうか学園祭の実行委員会の打ち合わせをしてただけだよ。私が麻衣
ちゃんの彼氏を奪うわけないでしょ」

 とりあえずそう言って麻衣ちゃんの反応を待った。会長を麻衣ちゃんから奪う意図なん
て私にはなかったから、少なくともその部分だけは真実だった。

「・・・・・・あたしからお兄ちゃんを奪おうとしたくせに」

 麻衣ちゃんが低い声で言った。

「え?」

「それでお兄ちゃんが二見先輩に夢中でお姉ちゃんに振り向いてくれなかったからといっ
て、今度はあたしから先輩を奪って行く気なの?」

「ちょっと待って。あんた何言って」

「お姉ちゃん、先輩に告白されて断ったんでしょ? その時はお兄ちゃんのことが好きだ
ったんだよね」

 妹ちゃんの誤解を解こうとしていた私だったけど、妹ちゃんのその言葉は別に誤解では
なかった。

「そうだよ」

 私は言った。「それは本当だよ。でもあんたから先輩を奪おうなんて思ったことは一度
もないよ」

「じゃあ何でお姉ちゃんと先輩が休みの日にこんなところで一緒にいるのよ。打ちあわせ
なんて学校で、生徒会室で大勢でするものでしょ」

 それも正論だった。

 何でこんなことになるのだろう。私は、私と会長は二見さんと麻人を誰が何のために陥
れたかを探ろうとしていただけなのに。そして麻衣ちゃんが理解さえしてくれれば、その
こと自体は麻衣ちゃんだって反対するようなことではないのだ。
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/12(水) 23:46:16.16 ID:am0+7R9Jo

 結局、私は結局苦しい言い訳を続けた。

「先輩から聞いたんだけど、麻衣ちゃん、副会長先輩と先輩のことで喧嘩したでしょ」
「それ以来先輩は生徒会長室に入り辛くなってるのよ」
「あと土日は校内で準備が禁止されてるしさ」
「本当にそれだけだから。私は先輩とは生徒会の役員同士っていうだけだよ」
「そうですよね? 先輩」

 苦しい言い訳を終え最後に会長に念押しをした。

 会長はようやく顔を上げて麻衣ちゃんを見た。その表情がすごく真剣だったから、私は
一瞬会長が全てを彼女に告白するのではないかと思ってどきっとした。

 でも会長は真実は告白するわけでもなく、また私の嘘に同調するでもなく黙って麻衣ち
ゃんを見つめていた。

 すると奇妙なことにあれだけ激昂していた麻衣ちゃんの表情が次第に和らいでいった。

「前にも言ったとおり僕は君なんかに愛される資格もないと思うけど、君と付き合うことが
できて本当に幸せだった」

 もう会長は目を逸らさず麻衣ちゃんの方を見つめて言った。私なんかには目もくれず、
同じく麻人のことさえ気にせずに。

 麻衣ちゃんも、もう私たちを気にすることなくただ会長の言うことを耳を傾けているよ
うだった。

「いろいろ君にはまだ話していないこともあるのは事実だよ。それは誓っていずれは君に
全て話すよ」

「先輩」

 麻衣ちゃんの声音が和らいだ。

「本当に僕には君しかいないんだ。頼むから僕を信じてほしい。遠山さんは単なる生徒会
の役員仲間というだけだよ」

 ・・・・・・それは私にとっては随分失礼な言葉だったけど、麻衣ちゃんはようやく会長を信
じる気になったようだった。そして一度その気になると、麻衣ちゃんの目にはもう私や麻
人のことなんか目に入らないようだった。

「先輩、ごめんなさい」

 麻衣ちゃんは彼女と会長の間にいた私を無理にどかすようにして会長に抱きついた。

「先輩のこと疑ってごめんなさい。大好きよ」

 泣きじゃくる麻衣ちゃんを会長は抱き寄せた。いつも冷静な会長ももう私のことは眼中
にないようだった。

 何とか二人を仲直りさせることができた。でも会長が言いかけた夕也と副会長姉妹のこ
とはもう今日は聞くことはできないだろう。

 その時になって、私は店内の好奇の視線がずっと私たちに向けられていたことに気がつ
いた。そして麻人はその視線に気がついていたようだった。

「とにかく二人きりにしてやった方がよさそうだな。行こうぜ有希」

 ようやくいろいろと理解し始めたらしい麻人が私に言った。そして、どういうわけかは
麻人は当然のように私の手を引いて店の外に向って歩き出した。
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/12(水) 23:47:53.68 ID:am0+7R9Jo

今日は以上です
また投下します
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/13(木) 00:27:23.90 ID:Kwdup/kMo
乙乙
毎回ありがとうございます
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/21(金) 01:28:07.50 ID:ULUWf47i0
こんなことをいうのはすごい申し訳ないんですが、今後なにか書いたりするならなにかしら追える手段がほしいです。コテとかはきらいっぽいけどどうかなにかを……!
それとビッチ改と些細な日常読みました。他のも読みましたがこのふたつはとくに面白かったです。応援してます、頑張ってください!
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:50:07.34 ID:P+eNXBC9o

「腹減ったな」

 私の手を引きながら店外に出たとき、緊張感のない声で麻人がそう言った。

「君はねえ」

 私は軽く彼を睨んだ。

「そんな呑気なこと言ってる場合か」

「何で?」

 麻人は答えた。

「あいつら仲直りしたんだから別に問題ないだろ」

 無理もなかった。事情を知らない麻人にとっては無事二人が仲直りしたように見えたの
だろう。麻衣ちゃんが私と会長を目撃して抱いた疑惑は一旦は晴れた。その意味では麻人
の言うことも間違いではなかった。

 でも会長が麻衣ちゃんに伏せている秘密は、未だに麻衣ちゃんの知るところにはなって
いない。会長は突然訪れた危機を乗り切ったのだけど、その実以前から抱えていた火種は
相変わらず燻っているのだ。

「どっかで飯食わない?」

 麻人が再び空腹であることを蒸し返した。そういえば麻人が食べようとしていたハン
バーガーやポテトは、結局、店内のテーブルに置き去りにされていたのだった。

「いいよ。そうしようか」

 もうお昼を過ぎていたけど、私も朝起きてから何も口にしていなかったことに気づいた。

「そこのモールが近いな。確かパスタ屋があったじゃん」

「うん。あそこ結構美味しいよ」

「知ってる」

「じゃあ行こう・・・・・・目立つからそろそろ手を離してくれる?」

「ああ、そうだな」

 麻人は動じる様子もなく私の手を離した。

 以前は確か並ばないと座れないくらい混んでいた店だったはずだけど、今日はすぐに席
に案内された。

 窓際の席におさまった麻人はメニューを眺めて困惑しているようだった。

「どうしたの」

 私は彼に声をかけた。

「いやさ。ミートソースが食べたいんだけど、ここ名前がミートソースじゃないんだよな。
どれだったかなあ。前に麻衣に聞いたことあるんだけど、写真が載ってないからよくわか
んねえや」

「これ」

 私はボロネーズと書かれた部分を指差した。

「ああ、そうだった」

 注文を終えると麻人は改めて私の方を眺めて言った。

「そういやおまえ、本当は会長と二人で何してたの? 妹の味方するわけじゃないけど学
園祭の打ち合わせしてるようには見えなかったぜ」

「本当に先輩とは何にもないよ。先輩は麻衣ちゃん一筋だし、私だって麻衣ちゃんの彼氏
とどうこうなろうなんて思ってないよ本当に」

「それはそうだろうけどさ。何かすごく親密そうに顔を寄せ合ってたからさ。麻衣みたい
な嫉妬深いやつじゃなくなってなんかあるんじゃないかって、普通に疑ったと思うよ」

「本当に何でもない。私の言うこと信じないの?」

 麻人は笑った。

「俺が信じるかどうかなんてどうでもいいだろ? まあ、妹が納得したんだから別にそれ
でいいか」
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:51:18.37 ID:P+eNXBC9o

 ・・・・・・私と会長のことを嫉妬している様子は全くない。二見さんのことを考えれば無理
はないのだけれど。

 その時料理が運ばれてきた。さっきまで空腹を訴えていたはずの麻人は目の前に置かれ
たパスタに手をつけずに何か考えているようだった。

「食べないの? 冷めちゃうよ」

 私は彼に注意した。それに答えず、麻人はぽつんと呟くように言った。

「麻衣と生徒会長、うらやましいよな」

「え」

「俺も彼女から嫉妬されたり誤解されたりしたい。例えば今俺とおまえが一緒に飯食って
るところを、あいつに見られて罵られたり泣かれたりしたいよ」

「・・・・・・どういう意味よ」

「もう喧嘩したり言い訳したりどころか、もうちゃんと別れることすらできなくなっちゃ
ったからさ。俺と優は」

 二見さんを陥れた相手に対して激昂したり復讐を誓ったりしていた麻人は、これまでこ
の種の弱音を吐いたことは一度もなかった。暗い顔で悩んでいるところはよく見かけたし、
それに対して私も胸を痛めたりもしていたのだけど、麻人がここまで直接的に切ない心の
痛みを他人に吐露したのは初めてだった。

 私も食欲をなくした。そして麻人に対してどう返事していいのかももうよくわからなか
った。

「どうせ会えなくなるならさ。最期に一度でもいいからあいつと会って直接振られたかったな」

 麻人が微笑んだ。

「そういやあいつ、前に俺たちが別れる時は必ず俺が優を振った時だって真顔で言ってた
んだぜ。あいつの方からは絶対俺を振らないからって」

 それは麻人と二見さんの短い蜜月の間にやり取りされた甘い会話だったのだろう。麻人
はこの先ずっとそういう過去の幸せだった思い出を抱きしめて生きていくつもりなのだろ
うか。
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:51:56.55 ID:P+eNXBC9o

「そういえば前にね」

 私は思わず麻人の表情に引き込まれて、夕也の言葉を思い出した。

『最悪の場合さ、多分麻人と二見ってもう会えないことも考えられるんじゃねえかなと思
うんだ』

『・・・・・・いつかは噂だって収まるんじゃないの?』

『いろいろ腹は立つけどさ、二見って麻人のこと本当に好きだったのかもな』

『何でいきなりそんなことを・・・・・・』

『二見から麻人に何の連絡もないだろ? 普通なら電話とかメールとかしてくると思うん
だよな』

『ご両親にスマホとかパソコンとか取り上げられてるんじゃない?』

『それにしたって家電とか公衆電話とか手段はあるはずだよ。二見が麻人と接触を取らな
いのは、これ以上麻人を巻き込まないようにしてるんじゃねえかな』

『麻人のことを考えてわざと連絡しないようにしてるってこと?』

『何だかそんな気がする』

 私は麻人にそれを伝えようと思った。

「二見さんは君のことが本当に好きで、それでこの事件にこれ以上君を巻き込みたくなく
て姿を消したのかもね」

 麻人はそれを聞いても動じる様子はなかった。

「あいつは身バレしたから姿を消したんだよ。それは間違いない。でも俺に連絡さえしな
いのはそういうことかもしれないな」

 麻人も今までいろいろ考えていたようだった。

「本当にもう二度と会えねえのかなあ」

 麻人は無頓着そうに言ったけど、その表情は固かった。今度こそ私にはもう何も言えな
くなってしまった。

 麻人と私をただ寂寥感だけが包んでいた。それは私たちだけがこの場所に取り残された
ような感覚だった。

 そして今では私には麻人に対してできることは少なかった。

 たとえ麻人と二見さんを救おうという意思が私にあったとしても、それはもう不可能だ。
仮にこの悪意に満ちた出来事が誰によって何のために起こされたのかを明らかにすること
ができたとしても。

 ・・・・・・それでもせめて真相くらいは明らかにしよう。

 私は改めてそう考えた。それにより別に麻人も二見さんも救われはしない。協力してく
れている会長だって麻衣ちゃんとの仲が改善されるわけでもない。

 さらにそれは、私自身にとってはも別に何の前進ももたらさないだろう。それでもこの
閉塞感を打破するためには、何の前進にもならないかもしれないけど、あの時何が起きた
のかを解明する以外に道はなかったのだ。
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:52:31.21 ID:P+eNXBC9o

 しばらくはもう、会長から連絡をもらえないかもしれないと私は覚悟していた。あの愛
情と独占欲の強い麻衣ちゃんと奇跡的に仲直りした会長は、麻衣ちゃんと一緒にいる方を
選ぶに違いない。そう思っていた私だけど、麻人と別れて自宅に帰ったあたりで会長から
携帯に連絡があった。翌日の日曜日に、私と会いたいと言う。麻衣ちゃんは大丈夫なのか
なと思ったけれども、それは大きなお世話だろう。会長がそれでいいと言うなら望むとこ
ろだった。私は翌日、日曜日の学校の校内に向かった。

 校外で会うことは、いくら麻衣ちゃんが会長を許して仲直りしたとしても、会長にとっ
てはハードルが高かったのだろう。本来は活動が許されていない日曜日に、私は生徒会室
に向かった。校舎に入って生徒会室のドアを開けると、会長が既に中央のテーブルの前の
椅子に腰かけていた。

「おはようございます」

「おはよう、遠山さん。来てくれてありがとう」

「いえ。会長は大丈夫なんですか」

「大丈夫って?」

 麻衣ちゃんとのことに決まっている。

「・・・・・・麻衣のことなら、多分」

「そうですか」

 それならよかったのだろう。私が麻衣ちゃんに嫌われる事態は回避されたのだろうし。

「それで、きのうの話の続きなんだけど」

「はい」

 先輩は、麻衣ちゃんとの仲直りをもって、この話を終わらせる気持ちはないみたいだっ
た。

「何かわかったんですよね」

 私はあまり期待しないでそう言った。

「変な話だけど、まるで自分のルーツ探しみたいな? というか、今でも混乱している
よ。昨日の麻衣との仲直りとかが、あまり気にならないほど」

「はあ」

 先輩が麻衣ちゃんとの仲直りが気にならない? そんなわけはない。私が見る限り生徒
会長は麻衣ちゃんに夢中になっているはずなのに。

「僕にとってはすごく変な話で混乱しているんだけど」

「どういうことですか」

「中学時代の知り合いの女の子、一年下の子なんだけど」

「ええ」

「前に悩み相談に応えてあげた子なんだけど」

「はい」

「彼女から聞いたんだ。僕が高校に合格して母校に報告に行った日のことを」

「前に言ってた、二見さんが先輩に黙って転校したことですか」

「ああ」
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:53:03.83 ID:P+eNXBC9o

 それは、会長が、結果的に二見さんに振られたと思った日のことだ。

 本命の合格発表を見て、職員室に寄って担任にその旨報告した後、会長は二年生の教室
に向かった。二見さんに志望校合格を報告するために。

「先輩」

 浅井副会長の妹、唯さんは偶然出会った先輩に対して、少し照れたように微笑んだそう
だ。「

「もう会えないかと思ってました」

「やあ。久しぶりだね」

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」

「先輩?」

「もしかして、優ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」

「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」

「優女ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」


「結局、二見さんは先輩に何の話もなく引っ越しと転校をした。そういうことだったんで
すよね」

「うん。そうだんだ。でも、このやり取りをその子は聞いていて。それで」

「うん? どういうことですか」

「彼女が言うには、つまり」」

 会長は再び語り始めた。



「今まで誰にも言ってないんです」

「そうなんだ」

「偶然に聞いちゃっただけだし、先輩にお話していいかもわからないけど」

「うん」

「でも。先輩にとっては今でも気になるっていうか、大事なことなんですよね?」

「大事なことだし、気にもなるよ」

「じゃあ、あたし先輩にはお話しします。あたし、先輩には恩がありますし」

「そんなことは気にしなくていいけど。君は、今はどうなの? 親とかお姉さんとかとう
まくいっているの」

「はい。あの時、先輩に相談したおかげです。あたし、一生先輩の恩は忘れません」

「そんな大げさな」

「本当にそう思ってます。だから、だから。あの時先輩のお話しできなかったことを後悔
しています。今更だけどお話ししますね」
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:54:45.73 ID:P+eNXBC9o

 先輩と唯ちゃんの話を、あたしはあの時扉の陰から聞いていました。先輩が優ちゃんの
転校のことを、唯ちゃんに聞かされて、気落ちしたように教室から去っていく姿も見てい
ました。

 何で、唯ちゃんは嘘を言ったのだろう。優ちゃんはその時はまだ校内にいたはずで、転
校や引っ越しは翌日のはずだったのに。

 先輩が肩を落として失意をあらわにして去っていたあと、すぐに優ちゃんが教室に戻っ
てきました。

「ねえ唯ちゃん」

 不審を露わにして優ちゃんが聞きました。

「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「ええ〜。そうなの? あたし確かに誰かから優ちゃんに伝えてって言われたんだけどな
あ」

 唯ちゃんは無邪気に不思議そうな声を出したのです。

「・・・・・・まあいいけど」

 優ちゃんは気持ちを切り替えたようでした。

「それよか優ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」

 そう答えて優ちゃんは教室内を眺めました。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/02(水) 21:55:59.19 ID:P+eNXBC9o

「どうしたの?」

 唯ちゃんが言いました。何か,少しだけふざけているような口調で。

「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「優ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、唯ちゃん」

 普段は人に媚びることのない優ちゃんが、唯ちゃんに縋るような目を向けました。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど。例えば誰?」

 優ちゃんはためらった様子でした。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 優ちゃんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよ
ね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」

「え? 唯ちゃんあたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 優ちゃんは低い声で言った。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取
れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 優ちゃんの表情が青くなったことが、ドアの陰にいたあたしにも見てとれました。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。優ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」

 優ちゃんがあたしの隠れていた反対側のドアから出て行ったあと、あらためて唯ちゃん
の表情を見ました。優ちゃんが出て行ってすぐ、彼女は、なんだかすごくうれしそそうな
笑顔を浮かべていました。

 何でこんな嘘を言うんだろう。あたしは当時そう思ったjけど、この後先輩に会うこと
もなかったし、そのうち唯ちゃんの不思議な行動のことは忘れていました。今日、先輩に
会うまでは。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/02(水) 21:56:27.53 ID:P+eNXBC9o

今日は以上です
また投下します
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/03(木) 03:45:01.78 ID:eLDiowcro
おつつ
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/05(土) 00:58:48.09 ID:BpsRZ4mmo
うーむ
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:24:47.69 ID:l/rfkXGJo

「それって」

 私は思わず声を出したけど、その先を続けていいのかどうかもわからないことに気がつ
き、言葉をとぎらせた。会長の知り合いの女の子が嘘を言っているのでなければ、あった
ことは明白だ。すごくトリッキーな気がするし、そんなことをまじめに考える子がいると
も思いづらいけど、これが事実とすれば会長と二見さんは別れを仕組まれたのだ。二見さ
んの転校を利用されて。そして。

 そのことを知った会長は今二見さんに対してどういう感情を抱いているのか。このこと
を知ったら、麻人のことが好きなはずの二見さんの感情はどういう動きをするのか。

「意味はわかるでしょ」

 会長が軽い口調で私に問いかけた。

「・・・・・・ええ。まあ」

 そんなに気軽な口調で言うことなのか。今日聞いた話を思い切り意訳すれば、会長と二
見さんはお互いを想いあっていたということではないか。唯ちゃんとかという人のせいで
お互いに誤解させられただけで。会長の麻衣ちゃんに対する愛情の深さは疑いようもない
けど、誤解が解ければあるいは。

 それに、二見さんだって麻人のことを好きだったことは確かだろうけど、この辛い別れ
が本当は不必要な余計なことだったと理解すればどうなるのだろう。もう、女神となって
自己実現する必要もなくった、というかもうそれすらできなくなった彼女が会長を求めた
としたら。

「君の心配は不要だよ。今では僕は麻衣のことしか頭にない。あの時の別れが、僕と優に
とって不本意なものだったとしても、今の僕が好きなのは麻衣だけだ」

 会長が少し笑ってそう言った。

「それに、優の方も同じじゃないかな。たとえ,この話を知ったとしても彼女が好きなの
は池山君のことだろうしね」

「あ、はい。それは疑っていませんけど」

「僕が気になる、ていうかわからないのは別なことだ」

「唯さんの気持ちですか」

「いや。そんなことじゃないよ。このことが、仮に副会長や浅井君にわかってもさ。それ
が何で優を陥れる動機になりえるのかわからない」

「どういう意味ですか」

「副会長と広橋君がこのことを知っていたとしても、それは二見さんをひどい目にあわす
理由にならないだろ」

 それはそうだ、と私は思った。

「妹の唯さんに同情するってことは、姉ならまああり得るだろうけど、この唯さんの行動
には弁解の余地はない。副会長が二見さんに追い打ちをかける理由がない」

「でも、現実に私ははっきり聞きました」

「それは疑ってないけどね」

「じゃあ、動機は何でしょう」
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:25:33.31 ID:l/rfkXGJo

「まあ、唯さんのしたことを副会長が知らなかったとしたら、自分の妹に悲しい思いをさ
せた優に復讐しようとしたのかも」

「それほどのことですかね。振ったとか振られたとかは、今でも普通にあるのに」

 会長は少しだけ微笑んだ。

「君のようなリア充というか、もてる女の子にはそう思えるかもしれないけどね」

 私は少しむっとした。私だって麻人への報われない恋を持て余しているのに。

「もう一つ。広橋君のことだけど」

 私はそのことをすっかり忘れていた。あの時夕也の声を聞いたことは間違いないし、夕
也と副会長には中学時代から接点があったということだった。

「広橋君と副会長と唯さんは、幼馴染だそうだよ。きっと優のことも知っていたはずだ
ね」

 夕也は、私たちには二見さんのことを中学時代から知っていたとは一言も言わなかった
のだ。その時、私は別な視点を思いついた。

「もし、夕也が唯さんのことを好きだったとしたら、あるいはそこまででもなくても、妹
みたいに可愛がっていたとしたら、副会長が二見さんのことを許せなかったのと同じで、
彼は、唯さんを振った会長のことも許せなかったのかもしれませんね」

 つまり会長のことが目標だったのかもしれない。

「そうかもしれない。でも、優の女神行為画像が拡散されても、今の僕には別にどうとい
うことはないんだけど」

 それはそうだ。というか、最初に先生に二見さんの女神行為を学校側に言いつけたのは
先輩自身なのだから。

「結局、どういうことかはわからなかったんですね」

「うん。もう少し探ってみたいとは思うんだけど」

 会長は少し口ごもった。

 まあ、そうだろう。今や、会長の全関心や全ての時間は、麻衣ちゃんにささげなければ
いけないのだろう。麻衣ちゃんは、自分の愛情対象にはそこまで要求するのだ。仮に、私
がそういう束縛を受ける側だったら、そういう相手と付き合うのはごめんこうむる。でも、
会長はそういう麻衣ちゃんに夢中になっているのだから、無理はない。

 ごめんこうむる? たとえば、麻人が私を麻衣ちゃんのように拘束したがったとしたら
どうなのだろう。実際、それは実現不可能な願望なのに私はそう考えた。

 そうなったら。そうなったら、意外と私はそれを受け入れ幸せなのかもしれない。自分
を愛情や嫉妬や束縛心から、拘束したいと麻人が考えてくれるなら。

 結局、そんなそうしようもない不必要な感想を抱かされたまま、会長との話し合いは終
わった。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:26:21.56 ID:l/rfkXGJo

 もともと夕也君が遠くに離れてしまい、あたしがメールでそれっぽいことをいっぱい書
いてあげても、あいつからは冷たいおざなりな返事しか来なかったことが発端だった。東
北なんかに行ってしまった夕也君のことに、それほど執着していたわけではないけど、遠
く離れた地で勝手に彼女を作らないように釘を刺してみたのだ。なのに、夕也君ときたら。

 そのことも腹が立ったけど、当時のあたしには大げさに言えば人生の転機が訪れていた
のだ。だから、夕也君の返事のことをあまり気にしている余裕はなかった。

 あたしは生徒会の副会長に推されたのだ。

 生徒会の改選期のことだった。あたしみたいな生徒会役員とはもっとも縁がないと思わ
れていたであろうあたしが、どういうわけか副会長にさせられた。本当にどういうわけか
としか言いようがない。成績も良くなく、教師の受けもよくないあたしなんかが、副会長
に推薦されたのは、あたしの見た目が多少一目を惹くというか、はっきり言ってしまえば
同学年の他の女の子たちより可愛いということで目立ったからなんじゃないかな。って、
あたしは思った。生徒会の書記の男性の先輩があたしを会長に対して推薦したのだから。
副会長は選挙でなく会長の推薦で選ばれる。

 その時は本音で、面倒くさい生徒会活動なんかに時間を取られるのは嫌だったのだけど、
お姉ちゃんがすごいよって誉めてくれたり、仲のいい女の子たちが羨ましそうにおめでと
うと言ってくれたりするのを聞いているうちに気が変わってきた。あたしは容姿は優れて
いるかもしれないけど、校内のステータスというのはそれだけで決まるものではない。も
ちろん、周囲の子たちからちやほやされているのは、自分の容姿の可愛らしさのせいだと
いうことは理解はしていた。でも校内には別な世界もあって、それは成績優秀な子たちの
集まりだったり、生徒会の役員たちの特別なポジションだった。

 それは今まではあたしには縁のない世界だと思っていたけど、偶然にもその世界への入
り口が開いた。そしてそのことが校内ではステータスであることを、お姉ちゃんや周りの
女の子たちの反応から悟ったのだ。

 そういうことなら多少は時間を取られるかもしれないけど、生徒会副会長になろう。あ
たしの能力では実務的に役には立たないだろうけど、それをカバーできるだけの見た目の
可愛らしさがある。可愛い素直な女の子だと役員の男の子たちに思わせることだってでき
るだろうし、そこまでいったら実務能力の低さなんか非難される要素にはならないだろう。
要は、愛想よく生徒会の人たちの相手をしてあげればいいのだ。

 あたしは、その時は当時荒れていた自分の学校内で一大勢力をなしていた、今まで自分
の居場所だった遊び人グループとは一時距離を置いてもいいと思った。その仲間たちのバ
カたちとは異なり、あたしは自分が今後生きていくうえで、いつまでもこんな一時的に楽
しいだけの仲間たちといるわけにもいかないと思ったいのだ。それは、優等生のお姉ちゃ
んを見ていれば自然に身につくことでもあったから。これで、うるさい両親もおとなしく
なるだろうし、あたしは、自分ののステータスを高めることになると、あるいは自分のこ
れまでの生き方の軌道を修正することになると判断して生徒会に加わったのだった。

 そこで知り合った一学年上級生の生徒会長の最初の印象はあまりいいとは言えなかった。
少なくともイケメンでもないし、爽やかな印象もないし運動も苦手らしかった。

 会長は成績もいいし人望も厚いみたいだったけど、あたしから言わせればそれだけの男
の人に過ぎなかった。例えば夕也君は成績もよかったけど、それだけではなくイケメンで
遊び慣れてもいた。そういう幼馴染がいるあたしとしては、生徒会のトップにいる人とは
いえこの人のことを彼氏候補として考えたことは一度もなかった。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:27:02.00 ID:l/rfkXGJo

 それでもほぼ毎日、放課後に生徒会活動に参加しなければならなくなったあたしにとっ
て、一番一緒に長い時間を過ごさなければいけないのが生徒会長だった。なので、あたし
は生徒会長に対して自分の精一杯の可愛らしい表情をいつも向けるようにした。端的に言
うと会長に媚びて見せたのだ。異性としての魅力は全く感じていなかった会長だけど、一
緒に仕事をする上であたしの能力の無さを責められても困る。ここはむしろ少しドジで仕
事も遅いけど守ってあげたいというような女の子だと思わせた方がいいとあたしは考えた
のだ。

 その効果は生徒会役員の他の男の子たちには確実に効果を上げていたようだったし、最
初は絶対に仲良くなれないだろうと思っていた成績のいい役員の女の子たちともあたしは
仲良くなることができたのだった。

 ところが肝心の生徒会長があたしのことをどう考えていたのかはよくわからなかった。
あたしは他の役員の子たちのようにそつの無い仕事はできず、あたしの担当の仕事は出来
は悪いし時間はかかるという有様だったけど、他の役員の子たちが苦笑しながらフォロー
していてくれたため、何とかぼろを出さずに済んでいたのだった。

 会長は別にそんなあたしを注意したり叱ったりすることは無かったから目的は達成して
いたのだけれど、会長はあたしのことを別に可愛い後輩の女の子として意識する様子はな
かった。

 あたしはこれまでもう少し派手で遊びなれている子たちと付き合っていたから、生徒会
みたいな真面目な人たちなんて一緒にいてつまらないだろうなと考えていたのだった。自
分のステータスを上げるためにこれまで縁の無かった世界に飛び込んだはいいけど、その
世界で自分が満足するなんて思ってもいなかったのだった。

 でも意外なことに生徒会はあたしにとってそれなりに居心地がよかった。それは期せず
してあたしが生徒会役員の子たちに好かれたということが大きかった。中学生活を送る上
でリア充としての自分に自信があったあたしだけど、生徒会といういわば一種のエリート
の集まりの中でも自分に人気があるとは考えたことはなかった。

 だけど、いくら生徒会があたしが一緒に遊んでいたこれまでの友だちと違って成績も良
く学校の教師たちに受けもいい子たちの集まりであるとはいえ、やはり可愛い女の子とい
うのはそれだけでも好かれるものだということをあたしは発見したのだった。

 もちろんあたしもそれなりに努力はした。今までのような派手な行動を慎むとかスカー
ト丈をやや長くするとかアクセを控えるとか、一応周囲に溶け込むための手は打ったのだ。
その成果かどうか、あたしは生徒会の中でも信頼され人気のある副会長となったのだった。
そしてこの頃になるとあたしの元の遊び仲間の女の子たちはあたしの悪口を言い始めてい
たようだったけど、あたしには気にならなかった。あんな底辺の女の子たちが何と言った
ってもう怖くない。あたしは人望に厚い生徒会の副会長なのだから。



 この頃になるとこれまであたしのことを注意しかしなかった先生たちもあたしに優しい
微笑を向けてくれるようになった。

『よう副会長。これから生徒会か』
『君は、最近まじめに頑張ってるわね。先生はちゃんと見てるからね』
『副会長忙しいとこ悪いけど、このプリント会長に渡しておいてもらえるか』



 生徒会に入るまではあたしはこういう言葉を教師からかけてもらったことすらなかった。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:28:13.19 ID:l/rfkXGJo

 同じ役員の女の子たちとも放課後よくお喋りするようにもなった。前の友だちと違って
カラオケやショッピングに行ったりというわけにはいかなかったけど、生徒会室で彼女た
ちと話をしていると頭のいい女の子たちでもお喋りの内容は前の友だちとあまり変らない
んだなとあたしは思った。

「ねえ書記の北村君、唯ちゃんのこと好きみたいだよ」

 あたしは彼女たちに言われたことがあった。北村君とは、あたしを副会長として会長に
推薦してくれた人だった。成績もいいし顔も悪くないので結構女の子たちには人気がある
ようだった。

「唯ちゃんは北村君のことはどうなの?」

「あたしは別に・・・・・・」

 あたしはそう答えた。成績がいいとか多少顔がいいとかでは夕也君の足元にも及ばない。
あたしは自分が手に入れたこの新しい環境には満足していたけど、そこで彼氏を見つけよ
うとは思わなかった。

 その後も、生徒会役員とか役員でなくても成績がいい男の子たちがあたしを気にしてい
るよとかいう話を彼女たちに聞かされたし、一度ならず直接告られたこともあったけどあ
たしはその全てを穏便に断った。まだ男の人とのお付き合いってよくわからないからとい
う理由で。

 あたしの前の仲間が聞いたら飽きれて嘲笑するだろうけど、この頭のいい人たちの集ま
りではこの言い訳は十分通用した。何人かの男の子の告白を断っても、あたしの評判は悪
くはならず、むしろ見かけとは違って初心な女の子と認識されたためかえってあたしの評
判はよくなったようだった。

 このように何の問題もなく過ごしていた生徒会だけど、唯一生徒会長だけはあたしに関
心がなさそうだった。といっても嫌われるとか疎まれるとかということはなかった。何と
いってもあたしは生徒会のナンバー2で会長を補佐する立場にあり、会長もその立場をな
いがしろにするようなことはなかった。また、あたしの能力の低さについても周囲の役員の
子たちが苦笑しながらフォローしてくれているため、そのことで会長に迷惑をかけるこ
とはなかったはずだった。

 それなのに会長はあたしとは必要最低限しか喋ってくれない。あたしの何が悪いのだろ
う。もしかしてあたしがここにいることが気に食わないのだろうか。会長は成績の悪いあ
たしは底辺のグループにいるべきだと考えているのだろうか。

 あたしは会長以外の役員たちとは完全に打ち解けることができたので、今度は会長を落
すことにしたのだ。もちろん恋愛的な意味ではないけど、あたしの可愛らしさにもう少し
注目させたいという気持ちはあった。ところがそれからしばらく何をしてもあたしの行動
は空振りだった。

 お約束だけど会長にお茶を入れたり、スケジュールについて質問する際に会長に身体を
密着させることまでしたのだったけど、会長の態度は相変わらずだった。別に冷たくもな
いけど必要最低限の会話しかしてくれない。あたしのプライドはいたく傷つけられた。こ
んなイケメンでもないスポーツもろくにできない男に何であたしがこんな思いをしなけれ
ばならないんだろう。

 この頃、あたしは会長をよく眺めていたせいで会長の奇妙な習慣に気がついた。会長は
生徒会室で仕事をすごい勢いで済ませると、そのままいつも生徒会室を出て行ってしまう。
人一倍仕事はできているので何も問題はないのだけど、他の役員たちが下校時間まで仕
事をしたり無駄話をして過ごしているのに。

「ねえ。会長って何でいつも早く帰っちゃうの?」

 ある日あたしは書記の女の子に聞いた。

「ああ。副会長は最近生徒会入りしたから知らないのね」

 書記の子は仕事の手を休めて言った。「会長はここの仕事を終えると毎日図書室に行っ
てるのよ」

「はあ。会長もここのみんなも本当に勉強するの好きなんだね。あたしなんかじゃ考えら
れないわ」

「何言ってるの。放課後まで図書室で勉強したいなんて人が生徒会にいるわけないじゃ
ん」

「じゃあ会長は図書室で何してるのよ」

「何って。そりゃ彼女と会ってるんでしょ」

 では会長には彼女がいたのだ。それにしてもこのあたしが可愛らしい後輩を演じたのに
それを無視させるほどの彼女というのはどんな子なんだろうか。

「会長の彼女って誰なの?」

「副会長は知らないの? あんたと同じクラスの二見さんだよ」
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:29:13.52 ID:l/rfkXGJo

 生徒会に入るまでほぼビッチ扱いされていたあたしは、その頃清楚な生徒会の役員の女
の子として扱われるようになっていたので、今ではそういう風に見られている自分に十分
満足していた。あたしは成績のいい生徒会の役員たちにも仲間扱いされていたし、生徒会
役員や役員以外でも成績優秀な男の子たちにも何度か告白されるくらいに人気もあった。

 だからあたしはもうかつてのような派手なグループに戻るつもりはなかった。あのグルー
プにいた頃のあたしの価値観だったら、自分に振り向かず綺麗とは認めざるを得ない
けど印象としては地味な二見さんなんかの方に自分の身近な男が眼を向けていたらそのま
までは済まさなかっただろうと思う。

 でも今ではそういうことはどうでもいいはずだった。偶然にも学内のエリート層の仲間入りを
して教師からもちやほやしてもらえるこの場所に留まるだけでもあたしにとっては
十分なはず。あたしが自分のプライドから生徒会長を二見さんから奪う真似なんかしたら、
せっかくのあたしの清純で初心な生徒会副会長としてのイメージが根底から崩れてしまう
のだ。

 そう考えると別にイケメンでも何でもなく本気で恋愛感情さえ抱いていない生徒会長の
気持ちをあたしに振り向かせるためだけに行動を起こすことは、あたしにとってリスキーすぎた。

 あたしは自分の中でそういう結論を出していたのだけど、念のために一応もう一つだけ
確認しておこうとも考えたのだった。それは生徒会長の、というより生徒会長の彼女にな
ることのステータスについてだった。

 あたしから見れば生徒会長はそんなに無理してまで手に入れるほどレベルの高い男の子
とは思えなかった。でもあたしは生徒会に入ってから、自分が今まで属していた派手な女
の子たちのグループで共有している価値観がここでは通用しないことを知った。そして中
学高校くらいまではともかく、将来にわたって世間一般でどちらの考えの方が尊重される
のかということが今のあたしにはだんだんと理解できるようになっていた。

 あたしもだいぶ新しい世界の友だちたちと考えを共有できるようになっていたのだと思
うけど、時折以前の価値観があたしの行動を規制することがあってそういう時には気をつ
けないと周囲の生徒会役員の女の子たちから不思議そうに見られることがあった。それで
あたしは、生徒会長を異性として軽視していることは、実は周囲の新しく出来た友だちの
持つ価値観と異なる考えなのかもしれないと考えるようになったのだ。

 そういうわけで生徒会長が学内一般でどういう評価になっているのか念のためにあたし
は確認しておくことにしたのだった。

 生徒会内で会長の評価を率直に聞くわけにも行かなかったので、あたしはお姉ちゃんに
彼の評価を聞いてみた。何となく生徒会長が気になっているような振りをして。


「確かに会長ってイケメンじゃないけどすごく知り合いは多いみたいだよ。何か男にも女
にも妙な人気があるんだよね。でも、そんなにもてるってことはないでしょ。あいつって
地味だしなあ」

 お姉ちゃんは会長と同学年だったけど直接の知り合いではないそうだ。そしてそのお姉
ちゃんの評価は別に驚くほどの内容ではなかった。ただ妙な人気というのがいったいどん
な人気なのかは気にはなった。

 ・・・・・・やっぱり生徒会長はあたしがせっかく手に入れたこの居心地のいい立場を危うく
してまであたしに振り向かせる価値はないようだった。それならば忘れようとあたしは思
った。少なくとも会長は表面上はあたしのことを嫌っているわけではないようだったから、
会長が女さんよりあたしを選ばないというくらいでむきになることはない。この時あたし
はそう考えた。そして割り切ってしまえば会長の態度もあまり気にならないのだった。
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:29:52.41 ID:l/rfkXGJo

 数日後、あたしは先生から生徒会長への用件を伝えるために、生徒会室を出て会長を探
す羽目になった。もう会長のことは念頭にはなかったのでそれは単なる副会長としての用
事に過ぎなかったのだけど、この時間には会長は二見さんと二人で図書室で過ごしている
はずだったので、いくら図々しいあたしでもさすがに少しそれを邪魔することに気が引け
ていた。

 なので図書室前の廊下であたしが少しだけ中に入るのをためらっていたその時だった。

「唯じゃん。久しぶりじゃんか」

 あたしは一学年上の先輩に声をかけられた。確かに先輩ではあったけど、彼はかつてあ
たしが派手に遊んでいるグループの子たちと一緒にいた頃に、よく行動を共にしていた男
の子だった。当時あたしは先輩を先輩とも思っていなかったので、彼のことは名前で呼ん
でいたのだ った。

「あ、先輩」

 あたしはとりたてて昔の仲間たちの恨みを買うつもりはなかったから普通に返事をした
つもりだった。でもあたしの声音とか以前は名前で呼び捨てていたあたしが彼を先輩と呼
んだことなどが、彼の機嫌を損ねたようだった。

 当時だってあたしは彼には特別な想いは抱いてはいなかったのだけど、彼の方があたし
に執着していたことはあの頃つるんでいた女の子たちから聞かされてはいた。

「先輩って何だよ。俺たちの仲なのによ」

 彼は少しだけ笑いながらも低い声で言った。その時彼の眼は少しも笑っていないことに
あたしは気がついた。何か嫌な雰囲気を感じたあたしはなるべく早く彼との会話を切り上
げようとしたのだけど、それが悪かったようだった。

「あたし図書室で生徒会長を探さなきゃいけないんでごめんね」

 あたしが彼の横を通り過ぎようとした。その時彼の手があたしの腕を掴んだ。

「おまえ、最近いい子ぶって生徒会とか先公たちに尻尾振ってるんだってな」

 彼は嘲笑するようにあたしを見た。

 あたしの腕を本気で握り潰そうとしているかのような彼の握力が腕に伝わって、あたし
は苦痛に喘いだ。

「放してよ。あたしいい子ぶってなんかいないし」

「おまえ、今じゃ真面目な副会長様だもんな。いい子のふりしてよ、昔の自分の友だちを
見下して気分いいだろう」

「そんなんじゃないよ。いい加減にしてよ」

「どうせ生徒会の僕ちゃんたちも先公たちも、お前が一年のときからどんなことしてたの
かなんて知らねえだろうな。いっそ俺があいつらにおまえがどんな女か教えてやってもい
いんだぜ」

 あたしは黙ってしまった。こいつの言うとおりだった。生徒会の役員の子たちに受け入
れられたあたしだったけど、彼らはあたしの過去のことは何にも知らないのだ。そしてそ
れが知られたら・・・・・・。

「・・・・・・放して」

 あたしはもう一度弱々しい声で言った。

「そんな真面目な女の子らしい演技することはねえだろ。ここには生徒会のやつなんてい
ねえしよ」

「・・・・・・いい加減にしてよ。いったい何が言いたいのよ」

「怒った? それくらいの方が昔のおまえらしくていいな」

 彼は笑った。「久しぶりに付き合えよ。遊びに行こうぜ」

「生徒会活動があるから付き合えません」

 あたしは思い切り冷たく言ったけど、腕の痛さは結構限界に近かった。

「じゃあさ、おまえは勘弁してやるから俺に女の子紹介しろよ。俺もたまには頭のいい真
面目な子と付き合ってみたいしよ。一年生の書記の子いるじゃん? あいつ真面目そうだ
けど可愛いよな」

「あんたなんかにあの真面目な書記ちゃんを紹介できるわけないでしょ」

「ほら。やっぱり上から目線じゃねえか。じゃあやっぱおまえでいいよ。おまえは本当は
真面目な女でも何でもないただのビッチだし、おまえなら俺と釣りあってるだろ」
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:31:56.68 ID:l/rfkXGJo

 その時図書室のドアが開き中から出てきた会長があたしに声をかけた。

「副会長。ここで何してるんだ」

「会長」

 不覚にもその時あたしは泣きそうな顔で会長を見た。

「何してるんだ・・・・・・とにかく手を離してやれよ」

「・・・・・・んだと」

 先輩は低い声で威嚇するように会長のほうを見た。会長のことなんて少しも恐れている
様子はなかった。

「手を離してやれって、てめえ誰に向って口聞いてるつもりなんだよ」

「副会長は僕に用事があるんんだろ。君は邪魔しないでくれないかな」

 生徒会長は落ち着いて言った。

 その言葉に先輩は切れたようだった。先輩は握っていたあたしの腕を離したけど、その
ままで終らせるつもりはないようで、先輩はそのまま会長の方に詰め寄って行った。

「自分のことを僕なんて呼ぶやつが本当にいるんだな。おまえ、きめえよ」

 腰を沈めた先輩はいきなり生徒会長の顔を殴った。殴られた生徒会長はそのまま床に沈
みこむように仰向けに倒れた。

 あたしは思わず悲鳴をあげた。その悲鳴に気がついたのか図書室の奥から二見さんが出
てきて驚いたように床に倒れている先輩を見た。

 でも、あたしの悲鳴を聞きつけたのは彼女だけではなかったようで、こちらに駆け寄っ
てくる足音が響いた。

 先生だろうか。あたしは期待してそちらの方を見た。でもこちらに向って来たのはやは
り三年生の男子だった。その三年生は倒れている会長を足蹴にしようとしていた先輩を制
止した。そればかりか先輩に対して惚れ惚れとするような見事なストレートのパンチを放
ったのだった。

「何やってるんだてめえ」

 三年生が殴られて床に沈み込んだ先輩の襟を掴んで言った。

 あたしと会長にちょっかいを出していた先輩は結局その場に現われた三年生にぼこぼこ
にされたのだった。

「おまえ大丈夫だったか」

 その三年生は、床に這いつくばってうなっている先輩には構わず生徒会長に話かけた。

「助かったよ」

 会長がよろよろと身体を起こしながら自分を助けた三年生に言った。

「会長には世話になったからな」

 三年生が会長に答えた。

 正直この時の会長の姿は格好いいとは言えなかった。もちろんあたしを助けようとして
くれてはいたのだけど、この見知らぬ三年生が駆けつけてくれなかったらあたしも会長も
どうなっていたかはわからなかった。

「おい。てめえ、俺がいないとこで会長やこの子に手を出したら」

 三年生は倒れたままの先輩を見下ろして駄目押しした。先輩は何か唸った。

「どうなんだよ」

「・・・・・・るせいな。わかったよ」

 結局先輩は負け惜しみのようにそう言って立ち上がると、もうあたしとは目も合わそう
とせずに去って行った。



 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。
どちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わ
ず生徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、
会長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:35:18.61 ID:l/rfkXGJo

 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。ど
ちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わず生
徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、会
長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。

 この時ようやく二見さんが会長に話しかけた。

「先輩、大丈夫?」

 彼女はあたしのクラスメートだったのだけど、この場にいるあたしには関心がないよう
だった。そして不思議なことに彼女は会長が倒れていたことにもあまり興味がない様子だ
ったのだ。

 その夜あたしはお風呂の中でずっと生徒会長のことを考えていた。

 先輩の一突きだけでよろよろと倒れた会長の姿は正直見るに耐えなかった。客観的に言
うと会長はあたしを助けようとしてくれたのだけど、結局あたしが先輩の手から逃れるこ
とができたのは見知らぬ三年生のおかげだ。

 でも。あたしは気がついた。あの三年生だって正義感に溢れているような人には見えな
かった。それでもあの場に介入してきたのは生徒会長を助けようとしたからだ。

 『会長には世話になったからな』

 そう彼は言っていたっけ。つまり会長個人は無力でも会長のためには力を貸そうという
知り合いが会長にはいるということだ。それはそれで一つのパワーだ。

 そして会長の持つその不思議なパワーの源はどこにあるのだろう。

 あたしはそれから二見さんのことを思い出した。彼女は殴り倒された生徒会長のことを
本気で心配しているようには見えなかった。それでも会長は彼女さんに惚れているらしい。
会長はいったい二見さんのどこが気に入っているのだろうか。

 ぶざまに倒れた生徒会長を目撃した日の夜、あたしは生徒会長のことを初めて本気で気
にするようになったのだった。そしてそれは恋愛感情ではなかったはずだった。

 恋愛感情ではないと思ってはいたけど、あたしらしくないことに翌日から会長と目を合
わせたり会長に話しかけられたりすると、あたしは今までのように活発で無邪気な後輩の
演技をすることができなくなってしまった。

 あたしは、会長の質問に赤くなったり目を逸らして下を向いてしまったりするようにな
ったのだ。

 いったいあたしはどうしたのだろう。これでは本当に恋する初心な女の子ではないか。

 あたしが男の興味を持った時は、そんな少女漫画のヒロインのような真似はしない。少
なくともこれまではそうだった。直接的な誘惑を仕掛けて相手の反応を見る。夕也君だけ
は例外だったけど、これまではそういう付き合い方しかしたことがなかったのだ。

 あたしはこの時自分でも自分の行動を理解できなかった。そしてあまりこういう状態が
続くと周りの生徒会役員の子たちに変に思われてしまうだろう。恋愛経験のない初心な女
の子と思われること自体はむしろ望むところだけど、その対象が会長だと思われるのはい
ろいろな意味でまずい。

 かと言ってこのことを相談できる相手は・・・・・・。

 あたしはため息をついた。タイプの全く違う姉妹だけど、やはりあたしにとっては一番
頼れるのはお姉ちゃんと妹友ちゃんだったのだ。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/27(日) 23:35:49.02 ID:l/rfkXGJo

自宅で二人に会長の話をしだすとお姉ちゃんは前にも会長のことであたしに質問された
ことを思い出したようだった。

 お姉ちゃんにならどう思われても構わなかった。お姉ちゃんそのことを口外する心配は
なかったし。なのであたしはあえて誤解を解かずに会長のことを気になっているような表
情で二見さんと会長の情報を話し出した。


「会長ってもう付き合っている子がいるんだって」

「しかもその子、うちのクラスの二見ちゃんっていう子なの」

 どういうわけかお姉ちゃんは気の毒そうな表情をした。あたしを心配してくれているの
だろうけど、その表情にあたしは少しだけプライドを傷つけられた。

「でも二見さんって普通に可愛いし評判もいいんだけど、何ていうか余り仲のいいとかっ
て思えないし。本当は自分勝手な子なんじゃないかなあ」

 あたしは思わ彼女を誹謗するようなことを口にしてしまった。

「だからって会長がその子と付き合ってることには変わりないじゃん」

 お姉ちゃんがあたしを諌めるように言った。

「そうなんだけどさ。あたしが告れば勝てるんじゃないかなあ」

 この時はあたしも意地を張ってしまっていて、自分でも思ってもいないことを口にする
ことが止められなくなっていた。

「よしなよ、そういうの」

 お姉ちゃんが諌めるように口を挟んだ。

「同級生なんでしょ。たとえうまく行ったとしても後で気まずくなるよ」

「そうかなあ」

 あたしはようやくそこで話を切り上げることができた。あたしは何をしようとしている
んだろう。自分でも自分の考えがよくわからなくなってしまっている。

 会長は見た目は格好よくないし喧嘩も弱いしスポーツも苦手そうだ。話だって面白いと
は言えない。

 でもあの乱暴そうな三年生の先輩をはじめ、会長のためなら喜んで力を貸そうという人
たちが幅広い階層に存在しているようだ。そして会長は成績もよく先生たちの信頼も厚い。

 本当に将来のことを考えれば、頭が悪く遊び方と女の扱いだけはよく知っている男なん
かと付き合うより、会長のような男の人のほうがいいのかもしれない。

 そういう風に割り切って考えようとしたあたしだけど、これでは自分が最近何で生徒会
長の前にいると顔を赤くして俯いて黙ってしまうのかということへの回答にはなっていな
いことにも気がついていた。

 これはひょっとしたらあたしにとって本気の恋なのだろうか。これまであたしが経験し
てきた恋愛の入り方とは大分違う様相を呈しているようだけど。
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/27(日) 23:36:14.06 ID:l/rfkXGJo

今日は以上です
また、投下します
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