女神

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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:30:32.20 ID:2aggOrwDo

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「またあの先輩だ。ほらいつも駅のベンチに座り込んで電車が来ても乗らないでスマホで
何かやってる女の人」

「おまえさ、そうやって人のことばっか噂する癖やめたら?」

「だっておかしくない? 駅で電車に乗らないでベンチに座ったままとか。それも毎朝だ
よ」

 あいつは、同じクラスの女の子だ。確か、名前は、二見だったか。そう、二見 優とい
う名前だった。そもそも、クラスの女にはろくに知り合いはいないのだけど、彼女の名前
だけはどういうわけか覚えていた。何だか、知り合いとつるまないあの子の姿勢に、少し
だけ感心したことがあるからかもしれない。

「ああ、あいつ同じクラスの二見ってやつだよ」

「お兄ちゃんあの人知ってるの?」

「だから同級生だけど、話したことは無いかな。つうかあいつ、あまり友だちいないみた
いだし」

「電車に乗らないでスマホ弄ってるけど遅刻しないのかな」

「ああ。いつもぎりぎりだけど遅刻はしてねえよ」

 それまで穏かに、かつそれほどの興味がないみたいに二見の話をしていた妹の顔が真剣
になった。

「ふーん」

「・・・・・・麻衣?」

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「話したことないっていうわりにはあの人のことよく観察してるんだ」

 麻衣のこの手の話し方は別に今に始まったわけじゃない。俺にはその対処法がわかって
いたのだけど。

「もしかしてあの人に気があるの?」

 麻衣が俺を見つめてそう言った。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:31:35.75 ID:2aggOrwDo

 俺は思わず妹を見つめた。何も言いわけをせずに。そうすると麻衣の表情が少しだけ
ひるんで、妹は次の言葉を口ごもって、はっきりとしない返答を口にした。

「な、何よ」

「おまえさ」

「うん」

「その見境のない俺への嫉妬、いい加減何とかしないとやばいんじゃねえの」

 俺はもう何回言ったかわからない言葉を口にした。妹に好かれるのは素直に嬉しいけど、
いつまでもそんな関係では俺にも麻衣にも幸福は訪れないだろう。

「な・・・・・・! お兄ちゃんへの嫉妬とか自意識感情なんじゃないの? だいたいあたしは
お兄ちゃんのことに関心なんてないし」

「それならとりあえず、おまえがしっかりと握っている俺の手を離してもらおうか」

「な、何言ってるのよ。あたしが手を離すとお兄ちゃんがすぐにすねるから仕方なく」

「はい?」

 妹は俯いて黙ってしまった。もうこうなったらしかたない。

「ああ面倒くせえな。じゃあもうそれでいいよ」

 あいかわらず妹は沈黙を守っている。

「どうした?」

「・・・・・・お兄ちゃんの意地悪」

 ああ。ついに麻衣を泣かせてしまった。これじゃいかん。

「ああ、もう泣くなって。悪かったよ」

 ああ、もう全くこいつは。でもしかたないのかもしれない。妹をそういう依存体質にし
てしまったのは、両親と俺のせいかもしれないのだ。俺は心の中で密かにため息をついた。

「本当に悪かったよ。俺おまえがそばにいてくれないと何にもできねえのにな」

「・・・・・・本当?」

 妹が上目遣いに俺の方を見た。

「ああ本当だ。おまえがいつも一緒にいてくれて俺本当に助かってるんだぜ」

「・・・・・・うん。それなら許してあげる」

 電車がホームに入ってきた。この電車に乗らないとやばい。

「・・・・・・ほら、電車来たぞ」

「うん! さっさと乗るよお兄ちゃん」

「こら。そんなに手を引っ張るなよ、痛てえじゃんか」

「早くしないと乗り遅れるってば」

「わかったから手を引っ張るなって。痛てえよ」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:31:44.78 ID:jehBbCKAO
書き直すのかよ

まぁ、がんがれ
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:33:32.92 ID:2aggOrwDo

 次の停車駅で、俺は幼馴染の少女を見つけた。

 有希。俺の幼馴染であり俺の初恋の相手。

「お姉ちゃんだ。今日も夕さんと一緒だね」

「・・・・・・まあ、あいつら同じ駅だし家も隣だしな」

「そんだけの理由かなあ? 毎朝いつも一緒じゃんお姉ちゃんと夕さん」

「ああ、そうだな」

 それ以外には何も言いようがなかったから、俺はとりあえずそう言った。

「まあ、でもお似合いだよね。お姉ちゃん綺麗だし夕さんもイケメンだし」

「・・・・・・うん。まあね」

「お姉ちゃん、うちの隣から引っ越して正解だったね。お隣さんがお兄ちゃんからイケメ
ンの夕さんにグレードアップしたことだし」

 それがどういう意味か、麻衣に確かめるまでの時間は与えられなかった。開いたドアか
ら、有希と夕也が乗り込んできたのだ。

「あ、お姉ちゃーん!」

「おはよう麻衣ちゃん」

「ようお二人さん」

 夕也も俺たちにあいさつした。普段どおりのさわやかな感じで。

「おはようございます」

「・・・・・・おはよ」

 俺も二人に向かってあいさつした。ぼそっとした声だと思われたかもしれないけど。

「麻人どうしたの? 朝から元気ないじゃん」

 有希が半分からかっているような表情で俺に話しかけた。

「おまえ、俺の貸したあれにはまって寝不足なんじゃねえだろうな」

 夕也がからかい気味に言った。よりにもよって有希が聞いているのに。

「・・・・・・バカよせ。妹が聞いてるんだぞ」

「何々? 何の話」

 有希が口を挟んだ。

「何でもねえよ。男同士の話だ」

「何か感じ悪い」

 有希の言葉に続けて麻衣も口を開いた。

「ほんと。男って嫌だよね、お姉ちゃん」

「うんうん。本当に信じられるのはあんただけよ。麻衣ちゃん愛してる」

「わ! お兄ちゃんの前ではやめてください・・・・・・じゃなくて。混んだ電車の中ではやめ
て」

 突然、有希に抱き寄せられた麻衣が狼狽して抗議した。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:35:39.28 ID:2aggOrwDo

「お兄ちゃんの前ではだって。ふふ。麻衣ちゃんってほんとブラコン」

「・・・・・・違います」

「え? おまえと麻衣ちゃんってもしかしてそういういけない関係なの?」

 夕也が何か嬉しそうな声で割り込んだ。

「・・・・・・おまえは死ね」

「片手でしっかりと麻衣ちゃんの手を握ったまま反論されてもなあ」

「説得力ゼロだよな。って、痛いって。よせ麻人。もう言わねえからグーで殴るのはよ
せ」

「俺じゃなくてこいつが手を握りたがるからだな」

「・・・・・・な!? 何であたしがお兄ちゃんなんかの手を握りたがるのよ、バカ。手を握っ
てあげないとお兄ちゃんが寂しがるからあたしは仕方なく」

「はいはい。ごちそうさま」

「そうじゃねえって」

 俺は有希を睨みつけたけど、いつもと一緒で全く睨んだ効果はないようだった。

「よくもまあ毎朝飽きずに痴話喧嘩できるな、おまえら」

「確かに喧嘩だけど、痴話だけよけいです!」

 麻衣よ。おまえはいったい何がしたいんだよ。俺は妹を眺めてそう考えた。ただ、うざ
いからといって妹が、麻衣が可愛いことにはならないからたちが悪い。そう、俺は多分シ
スコンなのだ。

 有希の笑いが、同じ学校の学生で満員状態の電車内に容赦なく響いた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:38:27.47 ID:2aggOrwDo

 校舎の入口まで来て、有希は少し真面目な表情になった。

「じゃあ、麻衣ちゃんまたね」

「はい・・・・・・。でも、何で学年によって校舎分けてるんでしょうね」

「さあ。一学年のクラス数が多いからじゃない? うちの学校って」

「校舎が一緒なら教室の入り口まであたしも一緒に行けるのに」

「家で毎日お兄ちゃんといちゃいちゃしてるのに校内でも一緒にいたいの?」

 だからふざけんな有希。俺たち兄妹をどこまでネタにする気だよ。でも、その怒りの感
情を深く掘り下げていくと、俺のいらいらはただ兄妹の関係をからかわれているからだけ
ではないことに気がつく。

 そうだ。俺は、俺に対して無関心な有希に対して焦っているのだ。同時に、有希がとき
おり照れて笑いかけるイケメンの友人、夕也のことを俺は気にしているのだ。

「・・・・・・だから違いますって」

「麻衣ちゃん顔真っ赤だよ。かあいいなあ」

「確かに可愛いけどあんたは黙れ」

 突然、真面目な表情で有希が言った。

「何でだよ」

 有希がいきなり怒り出したことに夕也は少し驚いたようだった。

「もう行こうぜ。遅刻しちゃうよ」

 これ以上、有希と夕也のことを正視できなくなった俺はそう言った。

「あ、お兄ちゃんこれ」

 麻衣が突然真面目な表情になって俺にお弁当の袋を差し出した。

「お、おう」

「今日も麻衣ちゃんの手作りのお弁当?」

 夕也との心理戦を一時停止した有希がからかうように笑った。

「いいなあ、おまえ」

 夕也もイケメンらしくさわやかに笑ってそう言った。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/23(月) 23:42:20.12 ID:2aggOrwDo

 どういうわけか、夕也が麻衣が作った俺の弁当への感想を述べると、有希が顔を赤くし
た。そして有希は夕也を軽く睨むように笑った。

「あんたは、好き嫌いが激しいくせに。一生学食のカツ丼でも食べてろ」

「いや、そう言うなって。まあ、そうなんだけどさ」

 やっぱりそうなのか。最近のこの面子での登校は辛すぎる。有希や夕也の恋愛を邪魔す
る権利は俺にはないけれども、それを見せつけられなければならない義務だってないはず
だった。それでも、俺の有希への感心を気取られることなくこいつらと登校しないように
する術なんて思いつかない。

「・・・・・・な、何よ」

「何でもねえよ」

 有希と夕也がお互いに見詰め合って顔を赤くしている。

「じゃあ、あたしもう自分の校舎に行くね」

「ああ」

 俺は麻衣が一年生の教室の方に向かっていくのを見送った。

「俺たちももう行こうぜ」

 有希から目を離した夕也がそう言った。

「そうね」

「いい時間になっちゃったな」

 あれ?

 俺はそのとき、校門から駆け込んでくる女子生徒に目を奪われた。すげえダッシュだな。
俺はそう思った。時間内に何とか校内に滑り込んだ女の子は、少しだけ速度を緩めて歩き
出した。それは、さっき見かけた同級生の二見 優だった。多分、俺たちより一本遅い電
車に乗ったのだろう。

 校内に入った彼女は、相変わらず周りにいるクラスメートと話しをしない。何で、結構
可愛いのにボッチなんだろう。朝のあいさつする相手もいないらしい。

 そのとき、有希が俺の背中を気安く叩いた。

「ほら、麻人。何ぼんやりしてるの。さっさと行くよ」

「ああ」

 俺は一人で孤高の女王みたいに、校門から校舎に歩いている二見から目を離して、クラ
スルームに向かって歩き始めた有希と夕也の後ろを追いかけた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:42:55.96 ID:2aggOrwDo

今日はここまで
また投下します
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:48:58.63 ID:Z1QaKolBo
どうせまた落とす
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:58:26.88 ID:c1gdcECxo
ビッチもちゃんと完結したし期待してる
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/24(火) 09:16:04.27 ID:sfqopt4NO
正直、落とした奴が言う「一年かけて完結させる」ほど信用できない物はないよね
だって落としてる期間に書きためすらしてないって事でしょ?その場のノリでしか書けない奴が一年もかけるわけないじゃん
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/26(木) 22:26:43.44 ID:U0eHPXCZO
これは絶対に完結させてほしい
あまりにも途切れ方が不憫だったから
今だに俺の中で好きなSSキャラのベスト5に入るぞ。二見優
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/26(木) 22:40:47.59 ID:U0eHPXCZO
◯妹の手を握るまで 2011.12〜 2012.2 完結
●女神 2012.2〜2013.5 未完
●ビッチ 2012.8〜 2013.12 未完
◯妹と俺との些細な出来事 2013.8〜2014.3完結
●トリプル 2014.3〜2015.3 未完
○ビッチ(改) 2014.11〜2015.11 完結
●女神 2015.11〜 New!
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 00:59:11.90 ID:+7/E124+O
うわぁ、信者様だぁ
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 03:44:53.33 ID:iPi4LVnoo
でURLはまだかね?
スレタイを貼ったんだから当然知ってるだろう?
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:16:56.62 ID:rzAsx3KDo

 何か一度気が付くと結構気になるものだ。二見が普段どう過ごしているかなんて、今ま
で気にしたことなんかなかったのに。二見は机の下で何かスマホ弄ってる。あいつは、い
つも一人で何やってんだろう。結構可愛いのに、周囲の男の視線とか、あまり気にしてい
る様子もない。しかし、あそこまで堂々と授業をボイコットできるのもある意味すげえな
と俺は思った。先生からはわからないかもしれないけど、後ろの席からはさぼってるのは
丸見えだった。

 それにずっと俯いてるからそのうち先生にも気が付かれるんじゃねえかな、あれ。俺は
そう思った。何かネットでも見てるのかもしれないけど、まあ、俺にはどうでもいい。そ
んなことを考えていると、いつのまにか授業が終ってしまっていた。

「さあ、飯だ飯」

夕也ののん気な声がした。

「おまえ今日も中庭?」

「別に決めたわけじゃねえけど」

「だっておまえいつも中庭か屋上で麻衣ちゃんと二人で昼飯食ってるじゃん」

「・・・・・・別にいつもってわけじゃねえよ」

「真面目な話さあ、おまえと麻衣ちゃんってどうなってるの?」

「どうって何だよ。別にどうもなってねえよ」カ

「だっておまえらいつもべったりと二人きりじゃん」

 ふざけるな。有希といちゃいちゃできる余裕かよ。俺と妹との関係をからかうのは。こ
いつが、有希の家の隣に引っ越してくるまでは、そして妹が同じ学校に入学するまでは俺
と有希は二人きりで一緒に登校していたのだ。今から思うと、そんな貴重な日々を俺は無
駄に費やしてしまったのだけど。

「んなことねえよ。あいつが俺がいないと寂しがるから」

「・・・・・・この間、同じこと麻衣ちゃんにも聞いたんだけどよ」

「・・・・・・何って言ってた? あいつ」

「あたしが一緒にいてあげないとお兄ちゃんが拗ねるから」

「ふざけんな・・・・・・死ね」

「よせって。痛えだろ。つうか俺が言ったんじゃねえって。麻衣ちゃんがそう言ったんだ
って」

 麻衣との関係をからかわれるのは、有希にされたって誰にされても苛つくと思うけど、
まして夕也に言われるとすごく腹が立つ。こいつには悪気はないのかもしれない。確かに
いい友人だと思う。お互いに口には出さないけど、親友同士だと思っている。だけど、有
希に惚れられているこいつに、言うに事欠いて麻衣との、実の妹との関係をからかわれる
とすごく腹立たしい。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:17:48.23 ID:rzAsx3KDo

 つまり、こういうからかいを気軽に言えるのは夕也に余裕があるからじゃないのか。こ
いつと有希はもう付き合い出す寸前の雰囲気を醸し出している。毎日の登校の様子から見
てもそれは明白だった。

「まあいじゃんか。あんな可愛い子がおまえのことを一途に慕ってるんだしよ」

「可愛いって・・・・・・実の妹だっての」

「はいはい」

 ひょっとしたら夕也には悪気はないのかもしれない。麻衣は可愛い。自分の妹の容姿を
誉めるのは、たとえ自分の心の中だけにしたって抵抗はあるが、麻衣が可愛いことは事実
だし、いろいろ告白めいたことを同学年の生徒や先輩たちからされていることも事実だ。
少なくとも、本人や有希の言葉を信じるならば。だから、夕也は悪気ではなくそんな妹に
好かれている俺を持ち上げながらからかっているだけなのかもしれない。

「じゃ、俺は学食行くわ。麻衣ちゃんによろしくな」

「・・・・・・おう」

 それでも、俺は実の妹とに好かれていることをからかわれていることに納得できなかっ
た。特に、有希の心を持っていった当の本人に言われているのだし。

 そのとき、夕也と俺の側に有希が寄って来た。

「学食行かない?」

「おう。混む前に席を確保しようぜ」

 夕也が俺と麻衣との関係をからかうことを一瞬にして忘れたように言った。やっぱり、
こいつは有希のことが好きなんだ。

 ・・・・・・また二人で一緒にお食事かよ。でも、そのことに嫉妬してももうどうしようもな
い。

「麻人は? 一緒に学食でお弁当食べない?」

「野暮なこと言うなよ」

 夕也が余計なことを言った。有希は彼の言葉に苦笑めいた表情を見せた。

「あ、そうか。ごめん・・・・・・麻衣ちゃんによろしくね」

「・・・・・・ああ」

 そう言う以外に俺に何を言えたのだろうか。中庭に出ると、噴水を囲んで置かれている
ベンチの一つを、麻衣が占領して人待ち顔で周囲を伺っていた。俺は早足で妹が座ってい
るベンチに向かった。

「遅いよ」

 麻衣が不満そうに俺を見た。

「そんなに遅れてねえだろ」

「中庭のベンチって競争率高いんだよ? あたしが早く来て場所取りしたからここでお昼
食べられるんだからね」

「・・・・・・わかったよ、ありがとな」

「別にいいけど」

 麻衣の頭を撫でると、妹は顔を赤くしたようだった。

「とにかく弁当食おうぜ」

「うん」

「いただきます」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:18:34.21 ID:rzAsx3KDo

 妹にもいろいろ欠点はある。兄なんだからそんなことはわかっているし、麻衣にだって
俺に対する不満は数え切れないくらいあるだろう。兄妹なんてそんなもんだ。それでも、
妹の美点として料理上手だけは疑いもない。

「・・・・・何?」

「・・・・・・何でもない」

「おまえ食わねえの?」

「・・・・・・食べるよ」

 いかん。麻衣の不満そうな様子を見て俺は気がついた。誉めなきゃ。

「今日も美味しそうだな。おまえ料理上手だもんな」

「・・・・・ほんと?」

 麻衣が顔を赤くして言った。

「ああ。本当」

 別に嘘は言っていない。こいつの料理は本当に美味しいのだ。

「・・・・・・そっか」

 こいつ普段はうざいけど、こういうところは可愛い。つまり誉められて素直に喜ぶとこ
ろとか。機嫌がよくなった麻衣にほっとして、弁当を食べることに集中していた俺が、ペ
ットボトルのお茶を手に取ったとき、噴水の反対側のベンチに座っている二見の姿が見え
た。

 二見は相変わらずぼっち飯のようだけど、飯っていうか何かを食っている様子でもない。
スマホを弄っているようだ。いったい、あいつはいつも何をやってるんだろう。

「お兄ちゃん、どうかした?」

 箸を止めた俺の様子に不審を覚えたのか、麻衣が俺に言った。

「いや、何でもない」

「・・・・・・お兄ちゃん、またあの人のこと気にしてたでしょ」

 麻衣が俺を睨むように見上げた。

「んなことねえよ」

「へえ。これだけ中庭に人が一杯いるのに、あの人って言っただけで誰のことかわかっち
ゃうんだ」

「・・・・・・何言ってるんだ、おまえは」

「お兄ちゃん、あの先輩のこと気になってるんでしょ。正直に言ってみ?」

「ばか違うって」

 本当にそうじゃないのに。むしろ俺が好きなのは有希・・・・・・。

「さっきから視線があの女の先輩に釘付けじゃん」

「それよかこのハンバーグもさ、いつもより美味しくね?」

 麻衣は黙ったままで俺の方を軽く睨んだ。

「おまえの料理ってだんだん成長してるのな」

「・・・・・・まあ、冷凍食品だってたまには違うメーカーのやつに変えてるしね」

 完全に地雷を踏んだようだ。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:19:05.42 ID:rzAsx3KDo

授業が終ると、夕也が近寄ってきた。

「おまえこれからどうすんの」

「どうって・・・・・・家に帰るだけだけど」

「じゃ、一緒に帰るか」

「おまえいつもは有希と一緒に帰ってるじゃん」

「ああ、そうなんだけさ」

 照れる様子も戸惑いもなく、夕也はあっさりとうなづいた。

「今日は一緒に帰らねえの」

「あいつ、今日は生徒会なんだって」

「何だよ、有希が一緒に帰れないから俺を誘ってんのかよ」

「うん、そうなんだけどさ」

 こいつ。少しも自分の気持を隠そうという気も、俺に気をつかうつもりもないらしい。
もっとも夕也に気をつかわれても、かえって惨めな気持ちになるだけだったろうけど。

「あいつと二人で帰れるならおまえを誘うわけないじゃん」

「・・・・・・おまえら付き合ってるの?」

 俺は思い切って夕也に聞いてみた。有希への関心を全く隠す様子がないので、ひょっと
したらこいつの本音を聞けるかもしれないと思ったのだ。

「いや、まだ」

 はい?

「まだってどういう意味だよ」

「そのとおりの意味だよ。で、どうする? たまにはゲーセンとか行かねえ?」

「今日はやめておくわ・・・・・・麻衣が校門の前で待ってるし」

「・・・・・なあ」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:19:42.85 ID:rzAsx3KDo

「うん?」

「前から聞きたかったんだけどさ」

「おう」

「おまえと麻衣ちゃんってどうなってんの?」

「どうなってるって何だよ」

「だからさあ」

 こいつは何を言いたいのだ。

「普通兄妹で手を繋いで登校したりとか、いつも兄妹二人きりで昼飯食ったりしないじゃ
んか?」

「そうか?」

「そうだよ。何、おまえ麻衣ちゃんとできてんの?」

 俺は無言で夕也の頭を叩いた。

「痛てえって。よせ」

「おまえ言うに事欠いて何てことを想像してるんだよ」

「・・・・・・だってよ」

 夕也はひるまずに言い返してきた。

「何だよ」

「いや」

 夕也はもうこの話を続けるつもりがなくなったのか、そう言った。

「・・・・・・まあ、いいや。」

「・・・・・・あいつも一緒でいいか」

「ああ?」

「だから。妹も一緒でよければゲーセン付き合ってやるって言ってんの!」

「・・・・・・シスコン」

「うるせえよ」

「じゃ、行こうぜ。校門のところに麻衣ちゃんはいるんだろ」

「ああ」

「麻衣ちゃんとゲーセンかあ。俺、妹ちゃんとプリ撮ってもいいか」

「・・・・・・勝手にしろ」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:20:37.35 ID:rzAsx3KDo

 校門のところに着くと待っていた麻衣が不満そうに俺の方を見た。

「遅いよお兄ちゃん。昼休みもあたしを待たせたのに」

「・・・・・・待ち合わせした時間までまだ十分以上あるんですけど」

「あたしは三十分も待ってるもん」

 それはさすがに早く来すぎだろう。夕也が口を挟んでくれた。

「まあまあ、喧嘩するなよ二人とも。それよか三人で遊びに行こうぜ」

「夕也さんいたんですね。ごめんなさい気がつかなくて」

「さっきからずっと麻人の隣にいたけどね。まあ気にしないでいいよ」

「はい。でも夕也さんお姉ちゃんを待ってなくていいんですか」

「あいつは今日生徒会」

「そうですか。寂しいですね夕也さん」

 麻衣がくすっと笑って夕也をからかった。けれども夕也の方は全く動じていなかった。

「まあしかたないよ。それに麻衣ちゃんがいてくれれば全然OK」

 俺は再び夕也の言葉に苛立ちを覚えた。嫌味の一言でも言ってやろうか。そう思った俺
が口を開くより前に、麻衣が夕也に話し始めた。

「・・・・・・じゃあ今日は夕也さんも一緒に帰るんですか?」

「え?」

 普段女の子からそう言う扱いを受けたことがない夕也が戸惑ったように言った。こいつ
が一緒に加わると聞いて迷惑そうな様子を見せた女の子は今までいなかった。麻衣を除い
て。頼むから余計なことを言うなよ。俺は心の中で麻衣に言った。

「そうかあ。今日は三人で帰るのかあ」

 俺の願いも空しく麻衣は話を続けた。この話の続きは俺にはよくわかっていた。

「え、ええと」

「お兄ちゃんどうする? 二人でスーパーで買い物とかしなきゃいけないんだけど」

「ま、まあ、そんなののは三人でゲーセンで遊んだ後に二人で行けばいいだろ」

「でも今日はお兄ちゃんがあたしの服を見たたてくれることになってたじゃん? まあそ
れはいいんだけど」

 麻衣が涼しい顔でさらりと嘘を言う。麻衣の服を買いに行く話なんか聞いてない。

「さすがにあたしの下着を選ぶのに夕也さんを付き合わせちゃったらお姉ちゃんに悪い
し」

 服じゃなくて下着かよ。さすがの夕也も黙ってしまった。俺はしかたなく、多分麻衣が
期待しているだろうセリフを口にせざるを得なくなってしまった。

「夕也さあ・・・・・・」

「ああ。わかった。今日はお前らの買い物をを邪魔しちゃ悪いし先に帰るわ」

「すまん」

 これでまた、夕也にからかわれるネタを提供してしまった。夕也がこの話を面白おかし
く有希に話している姿が浮かぶようだった。また、有希に誤解されるのか。いや、もう誤
解とかどうでもいい段階になっているのだけれど。有希はきっと夕也のことが好きなのだ
ろうから。

「・・・・・・じゃあ麻衣ちゃんまた明日」

「はい。夕也さんさんさよなら」

 麻衣は可愛らしく微笑んだ。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:21:06.22 ID:rzAsx3KDo

 思ったとおり、麻衣は服や下着を買うつもりは全くないようで、俺たちはまっすぐ自宅
近くのスーパーマーケットに赴いた。

「お兄ちゃん、今日何食べたい?」

「・・・・・・何でも」

「何でもいいは禁止だって言ったでしょ」

「じゃあ肉じゃが」

「・・・・・・また?」

 呆れたように麻衣が顔をしかめた。

「だって好きだし」

「一昨日も肉じゃがだったじゃん。いい加減に他の料理とか言えないの?」

「だったらおまえに任せるよ」

「だから何でもいいはだめだって」

「・・・・・・おまえさ」

 俺は思わず口にしてしまった。

「何よ」

「毎日毎日俺と放課後買い物とかして過ごしてるけどさ」

「・・・・・・うん」

「友だちと遊びたいとか部活に出たいとか思わねえの」

 妹は黙ってしまった。

「弁当とか食事とか俺の面倒だけ見てくれてるのは助かるけど。それに、確かにうちは両
親が仕事で夜遅くならないと帰ってこねえしさ」

「・・・・・・うん」

「俺っておまえに頼りきってる部分があるのは自分でもわかってるけどさ。俺だっておま
えに普通の女子高生の生活をさせてやりたいって思うわけだよ」

 これは嘘ではない。同世代の女の子たちと比べて、うちの妹の生活は不憫すぎる。うち
の両親は二人とも多忙だった。以前は、今ほどではなかったのだけど、父さんと母さんが
企業内で出世し役付きになった。我が家の収入はえらく増えたのだけど、それと正確に反
比例して、二人が家にいる時間は減ったのだ。かわって家事を引き受けたのが麻衣だった。

 正直に言うと麻衣はすごいと思う。中学生ながらに家事をしながら、進学校の俺の高校
に合格した。そして、高校のクラスでも上位の成績をキープしながら引き続き、俺と家の
面倒を見ているのだ。高校一年生の女の子なんだ。もっと友だちと遊んだり、彼氏を作っ
たりする時期なんじゃないのか。生活面で麻衣に頼りきりの俺が言うのは説得力はないか
もしれないけど。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/30(月) 00:25:15.60 ID:rzAsx3KDo

「麻衣?」

「・・・・・・お兄ちゃんって、あたしのことうざいと思う?」

 麻衣はようやく返事をしてくれたけど、どうも話の方向が違う。

「何言ってるんだよ。そうじゃねえよ」

「お兄ちゃんが迷惑ならもうお兄ちゃんにはまとわりつかないよ」

「そんなこと一言も言ってねえだろ。俺はおまえが面倒見てくれて助かってるし嬉しい
し」

「・・・・・・でも、内心ではベタネタくっついてくるあたしのことうざい妹とか思ってるんで
しょ」

「だからそうじゃねえって。おまえだってお年頃だし友だちとか彼氏とかと遊びたいんじ
ゃねえかって」

「・・・・・・彼氏なんていないもん」

「あのさ」

「別に彼氏なんて欲しくないし・・・・・・」

「いや。でもおまえの年頃なら」

「お兄ちゃんと一緒にいられればそれでいいのに」

「え?」

「お兄ちゃん・・・・・・何でそんなに意地悪なこと言うの」

「・・・・・・ええと」

 再び麻衣が沈黙した。こんな話になってしまうとは。完全に失敗だった。それでも、俺
が妹のことを気にしていることもまた確かだ。だから俺は言った。

「おまえビーフシチューとか作れる?」

 妹は沈黙して俯いたままだ。

「何か今日はそういう気分なんだけど」

「・・・・・・作れる」

「じゃあ頼むわ」

 俺は麻衣の手を握って言った。゙

「あ・・・・・うん」

 麻衣が俺の手を握り返した。

 手を握ったら機嫌が直ったみたいだけど、こいつは本当に・・・・・・本気でブラコンなのだ
ろうか。とりあえず麻衣の機嫌は直ったみたいだけど。これじゃ本当に近親相姦目前みた
いな状況じゃないか。これでは夕也にからかわれるのも無理はないのかもしれない。

「お兄ちゃん。この牛肉、日本産なのに安いよ」

 機嫌を直した様子で麻衣が俺に言った。

「うん」

「・・・・・・二人分だからこのパックだとちょっと少ないかな」

 妹に答えようとしたとき、俺は同級生の二見の姿を見かけた。スーパーなんかで何をし
ているのだろう。あいつは普段から生活感を感じないし、スーパーで買い物とか違和感が
ある。

 やはり二見はそれなりに可愛いな。俺はそう思った。男ならみんなそういう感想を持つ
だろうけど、別に好きな子じゃなくても女の子のことは気になる。そうやって改めて眺め
た二見は可愛らしかった。あれで変人じゃなきゃもっと男からもてるだろうに。そう考え
た俺は、そのとき二見ともろに目を合わせてしまった。何だかわからないけど気まずい。
俺が彼女を見つめていたことが二見にはわかってしまっただろうか。

「・・・・・・お兄ちゃん、あたしの話聞いてる?」

 麻衣が不審そうに言った。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/30(月) 00:25:43.84 ID:rzAsx3KDo

今日は以上です

また投下します
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/30(月) 12:21:51.16 ID:SN+Sl09aO
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/12(土) 22:03:18.64 ID:4pKhASr0o
また落とす気?
もう少し書き溜めてから書こうよ
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:23:32.62 ID:OtBfvlRMo

 二見はスーパー内を足早に移動している。あいつ、何か買物でもあるのか。今日はやけ
に二見に縁があるな。そう思って麻衣から目を離し二見の方に視線を動かすと、彼女はか
がんでなにやらシャンプーとかそういう品物を選んでいるようだった。彼女はシャンプー
みたいな商品をかごに入れて立ち上がるとき、何かを床に落とした。財布のようだった。

「聞いてるけど・・・・・・あのさ」

「どうしたの?」

「ちょっと買いたい物あるから」

「うん?」

「探してる間おまえ買い物してろよ」

「別にいいけど。あたし冷凍食品とか買ってるから」

「・・・・・・ビーフシチュー作るのに何で冷食を」

「冷凍食品はお弁当用だよ。じゃあ、あまり待たせないでね」

「ああ」

 床に放置されていたのはやはり財布だった。赤い皮の財布だ。二見を見つけて声をかけ
用と思ったけど。彼女の姿が見当たらない。早く返さないと麻衣を待たせることになる。
せっかく直った妹の機嫌がまた悪くなったら目も当てられない。そうなれば今夜の俺の平
穏な時間は失われたも同然だ。二見が見つからないのなら、レジの横にあるサービスカウ
ンターで店員に託せばいいのだ。俺はそう思い立って早足でレジの方に向かった。麻衣の
機嫌が悪くならないうちにさっさとこの財布を預けてしまおう。

 そう思った俺が客が並んでいるレジの横を通り過ぎようとしたとき、すぐ横のレジの前
に当の本人が清算を待っていることに気がついた。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:24:04.73 ID:OtBfvlRMo

「三千二百円のお買い上げになります」」

「はい」

そう答えた二見は財布を見つけられないようだった。後ろに並んでいる客の無言の圧力
を、この俺が感じてストレスを覚える。二見は自分のスクールバッグの中を焦ったように
探し回っていた。

「お客さま?」

「すいません、ちょっと待ってください」

「おかしいな。財布どこにしまったんだろう」

 レジにいる店員に困惑した様子の彼女が話しかけた。

「おい」

 俺の声は二見には届かなかったようだった。

「おい、二見」

「・・・・・・え?」

 このとき初めて二見が俺の方を見た。

「ほら、落ちてたぞ。これおまえの財布だろ」

「あ・・・・・・」

「さっき屈んで何か見てた時に落としたみたいだぞ」

「あんたは」

 あんたじゃねえだろ。もう少し話のしようがあるだろ。

「あんたはじゃねえだろ。同級生の名前くらい覚えておけよ。ほら、財布」

「・・・・・・ありがと」

「お客さま?」

 レジにる店員が二見に言った。

「あ、すいません。これで」

 彼女は俺から受け取った財布から紙幣を取り出してレジの店員に渡した。

「五千円お預かりします。ありがとうございました」

「あ、あの」

 二見にかまけている場合じゃない。俺は麻衣のところに行かなきゃいけないのだ。

「じゃあな」

「・・・・・・池山君、ありがとう」

「おう」

 何だよこいつ。俺の名前知ってるんじゃねえか。不思議と綺麗な印象の二見の顔を眺め
て俺はそう思った。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:24:33.96 ID:OtBfvlRMo

 二見に財布を渡せたのはいいけど、結構時間を食っちゃったようだ。麻衣は待たされて
怒ってないだろうか。待ち合わせ場所のはずの冷凍食品売り場には、麻衣既にいない。ま
さか、勝手に帰っちゃったんじゃねえだろうな。そう思った俺が雑誌売り場の方を見ると、
麻衣がいた。何か雑誌を立ち読みしているようだ。すげえ夢中になって立ち読みしてるみ
たいだ。・こういうところは麻衣は可愛いい。それにしても、いったいあんなに夢中にな
って何を立ち読みしているんだろう。

 俺は麻衣が読んでいる雑誌の表紙が読めるまで、麻衣の方に近づいた。

 ・・・・・・ヤング・レディース。巻頭特集「鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して」)

 おい。いったい何の話を夢中になって読んでるんだあのバカ妹は。このことは知らなか
ったことにした方がいい。そうっとこの場から離脱しよう。俺がそう思ったとき、俺は麻
衣に見つかって話しかけられた。

「お兄ちゃん?」

「おう」

「・・・・・・遅いよ」

 麻衣が立ち読みしていた雑誌を棚に戻して言った。

「ああ、悪い。」

「何を探してたの」

「あ、いや。うん」

 買いたい物があるわけじゃなく、二見が財布を落としたからだとは言いづらい。何で麻
衣に言いづらいかはわからなかった。

「はい?」

「・・・・・・いやちょっと欲しかったものがあったんだけど見つからないからいいや」

「欲しかった物って? あたしが探してあげようか」

 やばい。欲しい物なんか何にも思い浮かばない。

「何を探してたの」

「・・・・・・それよかさ、おまえは何を夢中になって読んでたんだよ」

 話を逸らすにしても最悪の選択肢じゃねえか。口に出したとたんに俺はそのことを後悔
した。

「漫画の雑誌」

 妹はしれっと答えた。何の躊躇もなく。

「これ。これに連載されてる漫画がすごく面白いの」

 表紙を見ただけで俺には何の論評も出来ないのだと悟る。

「クラスでも流行っているんだよ」

「な、何ていう漫画?」

 よせよ俺。そこに触れるな。

「これこれ。『鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して』っていうやつね」

「・・・・・・あ、ああ」

 何で麻衣は、わざわざこんなもののページを開いて俺に見せるのか。

「禁断の恋に陥る兄妹の心理過程を丁寧に描写してるんだよ。ほらちょっと見てみ」

 ・・・・・・おいおい。もういい加減にしろ。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:25:35.07 ID:OtBfvlRMo

漫画の兄「妹! もう我慢できないよ」

漫画の妹「お兄ちゃんだめ。あたしたち血が繋がった兄妹なんだよ」

漫画の兄「おまえが嫌なら何もしないよ。俺のこと嫌いか」

漫画の妹「・・・・・・そんな聞き方卑怯だよ」

漫画の兄「俺はおまえのことが好きだ」

漫画の妹「・・・・・・お兄ちゃん」

漫画の兄「おまえはもう一生俺以外の男と寝るな!」

漫画の妹「・・・・・・いや、やめてお兄ちゃん!」



「どう? 面白いでしょ」

「・・・・・・これは何の嫌がらせだよ」

「嫌がらせって」

「・・・・・・おまえ絶対わざとやってるだろ」

「何言ってるの? お兄ちゃん、あたしはクラスで評判になっている漫画を」

「もういい。帰るぞ」

「うん。別にいいけど。もう買い物は清算してあるから、この袋持ってね」

「・・・・・・ああ」


「ほら、もう帰るよ」

「わかってるよ」



 スーパーマーケットの出口に来たとき、俺は二見に話しかけられた。

「池山君?」

「・・・・・・え? あ、二見か」

 ここまで楽しそうだった麻衣が沈黙して二見の方を見た。

「池山君、さっきはありがと。あたし慌てちゃってちゃんとお礼言えなくて」

「さっきありがとうって言ってくれたじゃん」

 やっぱり二見って可愛いい。何でぼっちなのか不思議なくらいだ。これで性格的に変っ
たこととかなければ学校でリア充確定だろう。

「とにかくちゃんとお礼言いたくて。ありがとう、さっきはパニックだったから本当に助
かったよ」

「・・・・・・よかったね」

「池山君ってこれまでお話したことなかったね」

「そうだな」

 つうかおまえは誰とも話ししたくないオーラ出していたではないか。

「これからは教室で話しかけてもいいかな」

「ああ、クラスメートなんだしな」

「よかった。これからはよろしくね」

 二見がにっこりと笑った。

「あ、ああ」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:27:05.77 ID:OtBfvlRMo
 可愛いじゃんか。不覚にも俺はそう感じてしまった。

「・・・・・・お兄ちゃん?」

 麻衣が不機嫌そうに横から口を挟んだ。

「うん?」

「スーパーの袋が重くて手が痛い」

「・・・・・・買い物の邪魔しちゃってごめんね。あたしもう行くね」

 二見が言った。

「ああ、また明日教室でな」

「うん。さよなら」

 帰り道、妹は妙に無口だった。いつもなら煩いくらいどうでもいい話をしてくるのに、
今日に限っては黙って俯いたままだ。

 ああ! もう面倒くせえな。俺はそう思った。でも、差し伸べる手を差し出すのはきっ
と俺の方からじゃなくてはいけなのだろう。生活の大半を妹に頼っている俺としては。

「ほらそっちの袋もよこせ。持ってやるから」

「自分で持つからいい」

「いいから寄こせって。手が痛いんじゃなかったのかよ」

「いい・・・・・・。お兄ちゃんにうざいって思われるくらいなら手が千切れてもいいから自分
で持つ」

 まただ。だいたい、おまえの持っているスーパーの袋はそんなに重くねえだろうが。

「いいから寄こせよ。おまえ華奢で力ねえんだから」

「やだ」

「だっておまえが手が痛いって言っただろ」

「よかったねお兄ちゃん」

「はあ?」

「前から気になっていた女の子と仲良くなれたんでしょ」

「おまえ何か誤解してるぞ」

「誤解なんかしてないいよ! お兄ちゃんがあたしを放っておいてあの先輩に鼻の下を伸
ばしてたんじゃない」

「・・・・・・おまえさ」

「何よ」

「前にも言ったけどさ。その見境のない嫉妬、何とかしろよ」

「だってお兄ちゃんが」

「あいつは単なる同級生。たまたまあいつが落とした財布を拾って届けてやっただけだろ
うが」

「・・・・・・だってあの先輩、お兄ちゃんに話しかけてもいいかなって」

「・・・・・・だから何だよ? 俺に話しかける女はみんな俺に気があるって言いたいのか?」

「だって」

 全くこいつは。こういうときの最終手段がある。

「ほれ片手出せ」

 妹が俺の顔を見上げて赤くなった。

「それともおまえの荷物もってやろうか? 両手塞がるからおまえの手を握ってやれない
けど」

「何言ってるの」

「どっちにする?」

「・・・・・・荷物は自分で持つ」

 俺は妹の小さな手を握り締めた。妹も黙って握り返してきたので、多分これで俺たちは
仲直りできたのだろう。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:27:40.51 ID:OtBfvlRMo

「今日は先輩いないね」

 翌朝、自宅の最寄り駅で麻衣が俺に言った。麻衣の言う先輩が二見のことをさしている
ことは明白だ。

「そうだな」

「・・・・・・残念そうだね。お兄ちゃん」

 こいつが気軽にこういう風に話すときは実はあんまり気にしてないんだよ
な。俺はそう思った。こいつが本当に気にしているときは、泣くか黙っちゃうかだし。
昨日こいつの手を握ったのがよかったのか。

「ほら電車来ちゃったよ。お兄ちゃん早く」イ

「だからいつも言ってるけど、いきなり手を引っ張るなよ」

 手を握る以外でも、昨日あれだけ妹にサービスしてやったのだから、麻衣の機嫌がいい
のは当然だ。



『肉じゃが美味しい?』

『すごく美味しいよ、ほらおまえも』

『な、何やってるのよ!?』

『おまえに食べさせようとしているんだけど』

『お兄ちゃんの変態!』

『結局食ってるじゃねえか』

『うるさい!』



 それにしても。いつも駅のベンチでスマホ弄ってる二見は、なぜ今日はいないのだろう
か。どうでもいい話だけど、何だか少しあいつのことが気になる。

「お兄ちゃん」

「おう」

「今、あの先輩のことを考えてたでしょ」

 おまえはテレパスかよ。

「考えてねえよ」

「嘘だね」

「だから誤解だって」

 そのとき、有希が救世主になってくれた。

「おはよ麻衣ちゃん」

 隣の駅から電車に乗り込んできた有希が元気にあいさつした。

「よう麻人」

 夕也だ。やっぱりこいつも有希と一緒か。妹の嫉妬とは別な意味で俺は気分が沈んでい
くのを感じた。

「あ、お姉ちゃん」

「何か元気ないじゃん」

 有希が俺たちを眺めて言った。

「そうなんだよ」

「あんたじゃないよ。麻衣ちゃんのこと」

 有希が一言で俺を切り捨てた。夕也がおかしそうな表情をした。

「麻衣ちゃん何か悩み事でもある?」

 妹は黙って有希の顔を見上げた。何となくだけど、泣きそうな表情のような気がする。

「そうか」

 有希が怖い顔で俺の方を見た。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:28:09.73 ID:OtBfvlRMo

「あんたら前の車両に移動しなさい」

 有希の突然の命令に、俺もそうだけど夕也も面食らったようだった。

「え? 何でだよ」

 夕也が有希に言った。有希は黙って夕也を睨んだ。

「お、おう。何だか前の車両に移りたい気分になってきたぜ」

 夕也の言葉に今度は俺の方が驚いた。

「何で?」

 有希が俺を睨むと、夕也が俺を催促した。

「ほら行くぞ麻人。さっさと移動しようぜ」

「おい、ちょっと待てって・・・・・・気持ち悪いな。手を引っ張るなよ夕也」

 麻衣と有希と別れて隣の車両に移ると、夕也が俺を問い詰めだした。

「で? 今度はいったい何をやらかしたんだよおまえは」

「何って・・・・・・何もしてねえよ」

「嘘付け。何もなくて俺たちが隣の車両に追い出されるようなことになるわけねえだろ」

「本当だって」

「麻衣ちゃんって何か悩みがあったぽいよな」

「知らねえって」

 思い当たるのは二見のことだけだ。あれが麻衣の不機嫌とか悩みの原因だとすると、俺
にとっては冤罪としかいいようがない。

「じゃあ、何で麻衣ちゃんがあんなに悩んで、有希もあんなにそれを真剣に受け止めてた
んだよ」

「だから本当に知らねえんだって」

「おまえ、何か思い当たることがあるだろ」

「うーん」

 おまえはテレパスかよ。

「白状すれば楽になるぞ」

「まあ、勘違いかもしれないけどさ」

 俺はしぶしぶと口を割った。

「もったいぶらずにさっさと話せ」

「昨日妹とスーパーで買い物してた時に、同じクラスの二見と会ってさ」

「二見って。ああ、あのぼっちの子ね。ちょっと可愛いよな」

「まあ確かに可愛いんだけどさ。暗くね? あいつ」

「だからいつもぼっちなんだろ」

「そんでスーパーであいつが財布落としたんで拾ってやったんだけどよ」

「うん」

「そしたらあいつ」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:28:38.58 ID:OtBfvlRMo

「ほう。あの可愛い二見がおまえのともっと仲良くなりたいと言ったわけだ。いいなあ、
おまえ」

 夕也が俺をからかうように軽口を叩いた。

「ボッチだとか言ってたくせに。それにそうじゃねえよ。普通に学校で話しかけてもいい
かって聞かれただけだろうが」

「そんなこと一々確認する女なんていねえよ。わざわざそんなことを言うのには訳がある
んだよ」

「訳って何だよ」

「おまえに意識させたいんだろ? 自分のことを」

「考えすぎだろ? それって」

「ああ、いいよなあ。持てる男はよ。実の妹なのに麻衣ちゃんからはヤンデレ気味なほど
愛されているのに、今度はクラスの謎の美少女から好意を寄せられるなんてよ」

 こいつ本気でむかつく。おまえにだけは言われたくない。そう思った言葉が思わず口に
出てしまったようだ。

「おまえにだけは言われたくねえよ」

「え? 何で」

「うるせえな。何でもねえよ」

「おまえ何勝手に切れてんだよ。訳わかんねえよ」

「おい駅に着いたぞ。早く降りようぜ」

「誤魔化しやがった、こいつ」



 少なくとも夕也のせいではない。本当は自分でもわかっていたのだ。俺と有希が恋人同
士の間柄なら、夕也は、この友情に厚いこいつならきっと俺と有希の間に割り込もうなん
て思わなかっただろう。夕也が現れるまで、俺と有希は仲がいい幼馴染ではあったけど、
そして俺の方は有希のことが大好きだったけど、客観的に見れば俺と有希は単なる幼馴染
であって、恋人同士でも何でもない。だから、そこに現れた夕也に有希の心を持っていか
れたとしても、それは夕也が卑怯だとか卑劣だとかということはできない。同時に有希が
夕也のことを好きになったとしても、それは俺に対する裏切りではない。俺は有希に告白
すらしたことがなかったのだから。

 夕也が俺たち三人の関係に入り込んでくる前に、俺が有希に告白していたとしたら。有
希は俺の気持ちに応えてくれていたのだろうか。それは今となっては考えることすらむな
しい想像だった。とにかく、今の有希が夕也を好きなことは誰の目にも明らかだった。夕
也の方も。つまり二人が結ばれるのはもう時間の問題なのだ。

「どうした? 何考え込んでるんだよおまえ」

 俺の気持ちを知らない夕也が不審そうに問いかけた。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:30:20.79 ID:OtBfvlRMo

「麻人、ちょっとこっちに来なさい」

 学校前の駅で下車すると、俺と夕也の方に歩み寄って来た有希が怖い顔で言った。

「何だよ」

「夕也は麻衣ちゃんを教室まで送って行って。あたしはこいつに少し話しがあるから」

「話ってもう始業時間まであまり時間ねえぞ」

「すぐ済むよ。あんたはとにかく麻衣ちゃんを連れて行って」

「お、おう。麻衣ちゃん、教室まで送ってくよ。行こう」

 険しい表情の有希に怯んだ夕也が麻衣に話しかけた。

「はい」

 麻衣のやつは、俺の方をちらりとも見やしない。

「麻人、ちょっとこっち来て」

「どこ行くんだよ」

「いいから着いて来て」ュ

 突然、有希に手を握られた俺は狼狽した。いったい何だよ。

「何で俺の手を握るの」

「うるさい!」

 中庭まで俺は有希に手を引かれたきた。思い出すまでもなく、有希が最後に俺と手を繋
いでくれたのは、夕也が登場する前だった。

「ここでいいわ」

「あと十五分くらいでホームルーム始っちゃうんだけど」

「・・・・・・あんたさ、何考えてるのよ」

 有希が俺の手を話し、険しい表情で俺を問い詰めるように言った。

「いきなり何だよ。わけわかんねえよ」

「麻衣ちゃんの気持ちとか、あんた真剣に考えたことあるの」

「おまえ、何言ってるの?」

「あたしは引っ越すまではあんたたちの隣の家で、ずっとあんたと麻衣ちゃんを見てきた
んだよ」

 何言ってるんだこいつ。

「だから、麻衣ちゃんのあんたへの気持ちはあたしが一番良くわかってる。あれだけ一途
にあんたのことを慕っている麻衣ちゃんの気持ちを何で弄んだりできるの?」

「ちょっと待て」

「何よ」

「俺が妹の気持ちを弄ぶってどういうことだよ」

「だってそうでしょ。麻衣ちゃんから聞いたけど、昨日だってあんたは二見さんと麻衣ち
ゃんの前で、見せつけるようにイチャイチャしてたんでしょ」

「おまえそれ何か誤解してるぞ」

「あまつさえ」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 00:30:52.85 ID:OtBfvlRMo

 俺の言葉なんか全く聞かずに有希は言いつのった。

「麻衣ちゃんが嫉妬したり怒ったりした時、あんたはすぐに麻衣ちゃんの手を握ったり肩
を抱いたりあーんしたりとか、そういう姑息な肉体的な接触で麻衣ちゃんを惑わせたりし
たらしいじゃない」

 どうしたらこんなひどい誤解ができるのか。麻衣は結局俺のことを誤解したままだった
のか。俺はため息をついた。

「あのさあ。昨日は二見の財布を拾ってやった俺に、あいつがお礼を言っただけなんだ
ぜ」

「だけど、麻衣ちゃんは」

「だけどじゃねえよ。おまえ、麻衣のことを心配してるふりをして、気にいらない俺に言
いたいことを言ってるだけじゃねえの」

「・・・・・・違うよ」

「本当は俺のことが気に入らないだけなんだろ? だったらもう俺に話しかけるなよ」

「ち、違う」

「夕也と二人で仲良くしてればいいじゃねえか。何で俺のことなんかそんなに構うんだ
よ。気に入らなけりゃもう俺には話しかけないでくれ」

「・・・・・・何で」

「何でじゃねえよ。おまえは大好きな夕也のことだけ気にしてりゃいいだろ。もう俺と麻
衣のことは放っておいてくれよ」

 俺は何でこんなにエキサイトしてるんだろうか。夕也とべったりな有希への嫉妬なの
か。情けねえな俺。

「じゃ、もう行くから」

「あ。ちょっと待って」

「おまえも早く行かないと遅刻するぞ」

 俺はもう有希の方を見ずに教室に向かって歩み去った。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 00:31:22.32 ID:OtBfvlRMo

今日は以上です
また投下します
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 12:28:14.72 ID:7iUtF4G0o
乙ぅ
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/16(水) 12:59:55.84 ID:W+VzVMJhO
地の文が入ってテンポが悪くなっちゃったな
とりあえずがんばれ
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/17(木) 02:22:03.31 ID:WA3CKLu/0

ビッチから流れてきて初めて読んだけどこっちも面白い
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:09:08.36 ID:aKfQVv85o

 胃が痛くなるような有希との不毛な会話から逃れて教室に入ると、二見が俺に話しかけ
てきた。本当に話しかけてくるんだな、こいつ。さっきまで有希との会話にエキサイトし
てしまった俺には、冷静な態度で二見に接することができるのかわからなかった。

「池山君」

「おう」

「おはよう。昨日はありがとね」

 目の前で、二見が微笑んでいる。

「おはよう」

 辛うじてあいさつを返した俺は、二見の姿を盗み見るように眺めた。やっぱりこいつ、
可愛いな。特にいつも無愛想なので今日みたいに微笑むと特に。

「池山君、大丈夫?」

 二見が不思議なことを聞いてきた。

「大丈夫って何が」

「何か一日の始まりから消耗してるって感じ」

 少しだけ複雑そうな笑みを浮かべて、二見は言った。何なんだいったい。

「ああ。ちょっと登校中にいろいろ会ってね」

「遠山さんと喧嘩でもした?」

「いや、そんなじゃねえけど」

 遠山さん。と、こいつがそう言った相手は有希のことだ。こんなことで違和感を感じる
理由はないのだけれど、俺にとっては有希は有希だったので、最初は二見が何を言ってい
るのかわからなかった。

「何であたしなんかがそんなこと知ってるんだよって、今考えたでしょ」

「いや。でも何でそう思ったの?」

「あたし、ぼっちだからさ」

「え?」

 普通は触れられたくないだろう事実を、二見はさらっと言ってのけた。さすがに何て答
えていいのかわからない。

「普段学校でやることないし、自然とみんなのこと観察するようになっちゃってね」

 二見はさらっと話を続けた。しかし、こいつ本当にみんなが噂しているようなコミュ障
なんだろうか。会話をしている限りではとてもそうは思えない。

「ぼっちって・・・・・。おまえって自分から一人を選んでる感じだけどな。何というか周囲
を遠ざけているっていうかさ」

 初対面に近い俺なんかとこれだけ話せるならば、こいつがその気になれば友だちなんか
いくらでもできるだろうに。しかも容姿だってこんなに可愛いんだし。

「あたしのことはいいの。それよか遠山さんって君のことが好きなんだね」

「何言ってるの、おまえ」

「友達がいないっていいこともあってさ、人間関係がフラットに見えるって言うか」

「はあ?」

 本気でこいつが何を言いたいのかわからない。

「要は中立的な立場で観察するとわかることもあるってこと」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:10:07.63 ID:aKfQVv85o

 こいつは部外者だから無理はないけど、有希の好きな相手について誤解しているらしい。
放っておいてもいいのだけど、こういう誤解は早めにといておいた方がいい。俺にとって
も有希にとっても迷惑な話題なのだから。

「ここだけの話だけどさ」

 俺はいったい初めて話すようになったばっかの二見に何語っているんだろう。

「うん」

「有希には好きな相手がいるの」

「それが広橋君のことなら、それは違うと思うな」

 二見は俺に言った。

「え?」

「広橋君は遠山さんのことが好きなのかもしれないけど、遠山さんが好きな人は君だよ」

 何を言ってるんだこいつ。

「池山君?」

 ふざけるなよ。いろいろな意味で俺はそう思った。こいつの言っていることが正しいと
か正しくないとか、そういう意味ではない。

「おまえは何だよ?」

「ぼっちの女子高生だよ」

 二見がまた微笑んだ。その笑顔は不覚にも俺を引きつけた。だが言うことは言っておか
ないといけない。

「あのさ。あの二人は相思相愛なんだから、余計な波風を立てるな」

「そんなことするわけないじゃん。あたしは観察してるだけだもん」

「・・・・・・何でそんなに人のことに興味あるの? 自分は人と関らないようにしてるくせ
に」

「関らないようにはしてないよ。相手されないだけで」

「嘘付け。おまえくらい可愛ければその気になれば友だちだって取り巻きだって彼氏だっ
てできるだろう」

「それはそうかもね」

 二見はそれを否定しなかった。そして不思議なというか不敵な笑みを浮かべた。

 何か怖いなこいつ。俺は本能的にこいつだけは回避すべきだと思った。そのとき救いと
いうか担任が教室に入ってきた。

「先生来たぞ」

「そうだね」

 二見はそう言って自分の席に戻っていった。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:10:35.14 ID:aKfQVv85o

 授業中に俺は考えた。なぜ有希が俺のことあんなに怒ったんだろうか。妹の気持ちを弄
んでいると言ってたけど、さっきのはほとんど言いがかりに近い。確かに妹には感じやす
いというか、俺の行動を深読みしすぎて勝手に傷付いたりするところはあるにしても、今
回の件は完全に濡れ衣だろう。麻衣だって、俺が優しくすれば忘れてくれるくらいのこと
だったじゃんか。有希が俺と麻衣の間に入って事を大げさにしているとしか思えない。も
っと言えば、麻衣より有希の方が二見のことを気にしてるとしか思えない。

 夕也とのことがなきゃ有希が俺に気があるんじゃないかと誤解するようなレベルの干渉
だと思う。そう考えるとさっきの俺の態度は間違っていない。それにしても、女ってわか
んない。俺はそう思った。二見はぼっちだからコミュ障だからと思っていたら、実はあん
なにはっきりと自分の考えを話せるのだ。そもそも俺に対してあれだけ行動できるんなら、
ぼっちになる理由なんてない。あいつは、やっぱり自分から同級生との関りを避けている
としか思えない。では、何で急に俺に近づいてきたんだろか。たかがスーパーで財布を拾
ってやったくらいで。

 それにしても。俺は再び思考を切り替えた。最近、麻衣とも有希とも会話がかみ合わな
いことが多いけど、さっきの二見との会話は見事にかみ合っていた。実は、あいつとは相
性がいいのかもしれない。そういやあいつ、有希は夕也じゃなくて俺のことが好きだって
言ってたな。俺は二見の言葉を思い出して少しだけうろたえた。まあ、その辺はあまり真
面目に受け取ると自分が傷付くだけだからあまり考えないようにしよう。

 それにしても二見って可愛いい。普通ぼっちに可愛い子なんていないし、ましてはきは
きと喋れる頭のいいぼっちがいるなんて考えたことなかったけど。あいつは、成績も結構
いいし。そういうところもあって、クラスで孤立はしてるけどいじめられたりしないんだ
ろうか。可愛くて頭も良くてはきはきしているぼっちか。何かピンとこない。というか。

 俺は何で二見のことばっか考えてるんだろうか。俺は二見の方をちらっと眺めた。

 あいつは、また机の下に隠してスマホを弄ってるいようだ。ネットでも見ているのだろ
うか。

 それから、また俺の思考は有希の行動の方に戻って言った。今朝のあいつの行動は最悪
だし、俺にはあいつに謝ったり妥協したりする要素は何もない。ただ、夕也が俺たちの仲
に入り込んでくる前のことを考えると、さっきのヒステリックな有希の行動にも理解すべ
き点はあるのかもしれない。だいぶ落ちついてきた俺はそう考えた。

 さっきの有希の俺に対する非難は言いがかりだ。それは今でもそう思っているけど、そ
の行動の根底に、有希の麻衣への愛情や心配があるとしたらどうだろう。言いがかりだと
一括りにして切り捨てていいことなのか。

 父母が仕事が多忙であまり家にいてくれない環境に育った俺と麻衣が、二人きりの生活
によってお互いへの依存を深めていったことは確かだった。それについては麻衣を一方的
に非難できない。俺だって日常生活のかなりの部分を麻衣に依存しているのだから。そし
て、麻衣にとって俺では頼りにも当てにもできない部分を助けてくれたのが有希だった。
有希に話したら笑われるかもしれないけど、一時期俺と有希は麻衣の父母みたいだって考
えていた。実の兄の俺はともかく、それだけ有希も麻衣のことを気にかけてくれていたの
だ。

 そう考えた俺は有希に対して好意的にさっきの話を解釈しようと努めてみたが、これは
やはり無理だ。今朝の有希の話は許容しがたいほど、無理解と偏見に満ちていた。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:11:05.01 ID:aKfQVv85o

 昼休みになると、夕也が俺の方に寄ってきた。

「おい」

「うん? どうした」

「何かよくわかんねえんだけど」

「何だよ?」

「さっきの休み時間に、おまえあての伝言を預かってよ」

「伝言って誰から?」

「有希からだけど」

 何なんだ。反省して俺に今朝の態度を謝罪しようとでも言うつもりか。

「何だって?」

「俺が言ってるんじゃねえからな。あくまで伝言だぞ伝言」

「わかったよ。で?」

「そのまま伝えるとだな・・・・・・『今日はあたしと麻衣ちゃんと二人で食事するから兄は邪
魔しないで』ってよ」

 麻衣も有希もガキの嫌がらせかよ。あるいは有希が麻衣のことを気にかけてくれている
のは本当なのかもしれないけど、俺のことはどうでもいいと思っているとしか思えない。
有希が夕也のことを大好きなのはしようがないとしても、俺に対して何でこんなに攻撃的
なのだろう。

 「好きの反対は無関心だよ」

 昔、何でかそういうことを有希に言われた記憶がある。そのときは素直に有希の言葉に
感心したのだけれど、今にして思えば好きの反対は憎悪としか思えない。実際、有希が俺
に対してしていることはそうとしか思えないじゃないか。

「そういうわけだ。あ。俺は伝えただけだからな」

「わかってるよ。じゃあ、二人で学食でも行くか?」

「悪い。俺、昼休みに佐々木に呼び出し食らってるんだよな」

「先生に? おまえ何かやらかしたの?」

「違うって。ちょっといろいろあってな」

「ちょっとなのかいろいろあるのかどっちだよ」

「細かいところに突っ込むなよ。じゃあな」

「ああ。またな」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:11:34.75 ID:aKfQVv85o

 有希のせいか麻衣のせいかわからないけど、昼飯を人質にとるとは嫌がらせにもほどが
ある。今日弁当がないならないって朝に言えよ。俺はそう考えた。俺が何をしたって言う
んだよ。まあ、仕方ない。弁当がない以上学食か購買にでも行くしかないな。俺が席を立
ったとき、二見が俺の方に近寄ってきた。

「池山君」

「お、おう」

 こいつと話すと周りの目が結構気になる。周囲の生徒は絶対俺たちの方を気にしてる。

「今日は妹さんと一緒にお昼食べないの」

「うん。あいつ今日はお弁当作らなかったみたいで」

 俺はとりあえず無難に取り繕った。

「じゃあ池山君、学食行くの?」

「学食か購買か空いている方にしようかと思ってさ」

「よかったら一緒にお昼食べない?」

 え? 何言ってるんだこいつ。

「本当によかったらだけど・・・・・・今日お弁当作りすぎて来ちゃったから。よかったら食べ
てくれない?」

 何だ? このギャルゲのテンプレ設定みたいな状況は。

「いいの?」

 他に何と言っていいのかわからない。

「残すのももったいないしね」

 二見は微笑んだ。本当になんでこんなに可愛いのにこいつはぼっちなんだ。

「迷惑?」

「んなことねえけど」

「じゃあ、中庭に行こう」

「・・・・・・うん」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/20(日) 00:12:20.83 ID:aKfQVv85o

「出遅れちゃったけどそこのベンチが空いてるね」

「うん」

「じゃあ、食べようか」

 何だ? 何かやたら豪華なお弁当が出てきた。

「よかったらどうぞ。これ、お箸ね」

「あのさ」

「うん?」

「何かお花見の弁当みたいな重箱入りの弁当だけど、いつもこんなもの学校に持ってきて
るの?」

 んなわけねえだろ。

「今日はたまたま。作りすぎちゃったって言ったじゃん」

「これ全部自分で作ったの?」

「うん」

「すげえ」

「別にそんなことないよ」

 二見が赤くなった。珍しいものを見るものだ。

「じゃあ、せっかくだから頂こうかな」

「余っても捨てるだけだし、いっぱい食べてね」

 しかし、さっきまでの麻衣と有希の言動は考え過ぎ、思い込み過ぎからきたものだった
けど、さすがに二見と俺の今の状況をあいつらに見られたら。すごくヤバイ気がする。そ
れだけ、俺の方にやましい意識があるのだろう。

「どうしたの?」

「あのさ、おまえさ」

「うん? 食べないの?」

「食べるけど・・・・・・それよかおまえ何で急に俺に近づいたの? 今まで俺たちって話もし
たことなかったじゃん? たかがスーパーで財布拾ったくらいで、何でお昼一緒にとか言
い出した?」

「何でって。迷惑だった?」

「迷惑じゃねえよ。むしろ友だちが増えて嬉しいけどさ」

「じゃあ、いいじゃん。池山君、好き嫌いある?」

「特にないな」

 質問に答えねえなあ、こいつ。俺は不思議に思った。こいつはいったい何を考えている
のだろうか。

「じゃ、煮物をどうぞ。京野菜を使ってるのよ」

 二見が微笑んだ。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 00:12:54.52 ID:aKfQVv85o

今日は以上です
また投下します
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:37:13.93 ID:Xae/YECko

 放課後になっても気持ちは少しも落ちつかなかった。有希の怒りとそれに対する俺の反
発のせいだ。有希が麻衣のことを大切に思っているにしても今朝の俺への苦言や怒りは行
き過ぎている。昼休に二見の手作りの弁当を二人きりで食うという思いがけないイベント
のせいで、俺の気持ちはややおさまったのだけど、やはり午後の時間に考えれば考えるほ
ど納得がいかない。突き詰めてみれば簡単だった。有希が俺と二見の関係に嫉妬したとい
うのなら、俺にも納得できる。というか、嬉しいという感情さえ持てる。でも、そうじゃ
ないことは明らかで、そうではない以上、俺と二見の間柄を有希にとやかく言われるいわ
れはない。たとえ、有希が麻衣のことを気にかけていたにしても、やはりそれは、俺と麻
衣だけの問題なのだ。

 今までもそうだったとおり、有希は夕也のことだけを心配していればいいのだ。好きで
もない、付き合う気もない俺になんか干渉する必要も権利もない。要はそういうことだろ
う。

 今日という今日は本気で怒ったからな。麻衣にも有希にも。俺は思った。よく考えれば、
俺は今日は金を持ってきていなかったのだ。夕也に頼めば昼飯代くらい貸してくれただろ
うけど、あいつは職員室に呼び出されていた。つまり、偶然二見が作り過ぎたっていう弁
当を分けてくれたからよかったけど、下手したら昼飯抜きになるところだったのだ。自分
だけ昼飯がないなんていう、腹が減るうえに屈辱的な経験をさせられるところだった。そ
れも有希と麻衣がしでかしたことのせいで。

 よし決めた。今日は昼に麻衣とは会えなかったから放課後の約束もしていない。勝手に
帰ってしまおう。あと帰ったらカップヌードルで夕飯も済ませよう。こんな思いまでさせ
られて、妹の飯なんか食うもんか。

 麻衣に会う前に帰ろうと思い立ち、席を立った俺に有希が近寄ってきた。

「ちょっといい?」

 今さら何だよ。こいつは自分のしたことを反省すらしている様子がない。そんなやつの
相手をする理由はない。俺は有希を無視して教室の出口に向かった。

「え・・・・・・ちょっと麻人」

 背後からうろたえたような有希の声がした。

「おい、有希がおまえを呼んでるって」

 夕也が間に入って言った。こいつには悪いけど、有希に妥協する要素は何一つない。

「俺、今日はもう帰るから」

「麻人、ちょっと話が」

「おい、ちょっと待てよ」

「また明日な、夕也」

 俺は有希の方を見ずに夕也にだけ別れを告げた。教室から廊下に出たとき、既に廊下に
出ていたらしい二見が俺を見た。

「池山君さよなら」

「え? ああ、二見。またな。つうかお昼ありがとな」

「別にいいよ。また食べてくれる?」

「おお。作りすぎちゃった時はいつでも声かけてよ」

「うん、そうする。じゃあね」

「おう、またな」

 俺が二見に軽く手を振ってきびすを返したとき、有希が泣きそうな顔で俯いた姿が目の
端に映った。今さら反省でもしたのか。

「有希? どうかした?」

 夕也が聞いた。有希はそれには答えなかったようだ。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:37:44.05 ID:Xae/YECko

 日が暮れかかった頃、街路灯の灯りにほのかに照らされた自宅のドアの鍵をまわして中
に入ると、家の中には全く照明が灯っていなかった。両親がいないのはいつもどおりなの
だけど、今日は麻衣もまだ帰って来ていないらしい。いつもなら妹と一緒に帰りに買い物
して、帰宅後妹が夕飯を作るんだけど、今日は麻衣を無視して勝手に帰ってきてしまった。

 俺は今日は本気で怒っている。まず二見の件については、文句を言われるようなやまし
いことは少しもない。二見の弁当をご馳走になったのだって、麻衣が俺に弁当を渡さない
と決めた後のことだ。それに仮に何かやましい気持ちがあったとしても、少なくとも夕也
といい雰囲気の有希にそれを咎められる筋合いはない。いくらあいつが麻衣のことを心配
しているにしても、ここまで俺と麻衣の関係に踏み込む権利なんかないのだ。

 おまえは夕也と仲良くしてりゃいいじゃんか。何で俺と妹の仲に口を挟むんだ。俺はそ
う思った。人の気持ちも知らないで。

 あと麻衣も麻衣だ。どんな相談を有希にしたんだか知らねえけど、あいつは、朝俺の分
の弁当も用意してたのだ。それを何だ。有希の口車に乗せられたんだとしても、俺は下手
をすれば昼食抜きになるところだったのだ。今日は妹の夕飯なんか意地でも食いたくない
から、カップラーメンでも食ってすぐ寝てしまおう。俺はそう思ったけど、キッチンを探
しても食えそうなものは見つからない。こういうときに限ってカップラーメンとか冷凍食
品とかインスタント食品とかが何もない。

 今からコンビニに行こうか。いや、面倒だし妹と出合ったら嫌だ。もう寝ちゃおうか。

 俺はそう思った。幸い昼間に二見の弁当をたくさんご馳走になったからそんなに腹は減
ってない。麻衣と顔を会わせるのも面倒だしそうしよう。俺はシャワーを浴びてもう寝ようと思った。



 深夜に何か物音がして、俺は目が覚めた。せっかく空きっ腹を誤魔化して眠れたのに。
いったい何の音だろう。不審に思った俺が部屋の灯りをつけると、麻衣が俺の部屋のベッ
ドの脇に体育座りで俯いていた。

「麻衣? おまえ俺の部屋に座りこんで何してるんだよ」

「めん」

「ああ? 聞こえねえよ。何でおまえが俺の部屋に夜中に座りこんでんのかって聞いてるんだよ」

「ごめん。お兄ちゃん・・・・・・今日はごめんなさい」

「おまえ泣いてるの?」

 いったい何だ。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。今日お腹空いたでしょ。あたしが悪かったの」

 俺は麻衣に何と答えていいのかわからなかった。

「今日ずっと何も食べてないんでしょ?」

「食ってねえけど」

「ごめん」

「とにかく泣き止めよ」

「うん」

「で? 何で今日俺と昼飯食わなかったの?」

「お兄ちゃんが」

「ああ?」

「お兄ちゃんがいい気になって浮気とかしてそうだから懲らしめるって」

「いったい何の話?」

「朝の電車でお姉ちゃんにそう言われたの。少し思い知らせてやった方がいいよって」

 やっぱり有希の差し金か。

「それで?」

「お昼もお兄ちゃんを誘わないで食べようって。寂しく学食で一人で食事させれば少しは
懲りるよってお姉ちゃんが」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:38:14.61 ID:Xae/YECko

「それで?」

「・・・・・・それでって。あたしお昼にお兄ちゃんと会えなくてすぐ後悔して」

「ああ」

「それでお姉ちゃんに謝って、やっぱりお兄ちゃんにお弁当を渡すだけでもしてきますっ
て言って。そしたら」

「そしたら、何だよ」

「そしたらお兄ちゃん中庭で」

「中庭で俺が二見と昼飯食ってたとこ見たということか」

「あ、あの。うん」゙

「それで早速、有希に言いつけたってわけか」

「それはそうなんだけど」

「うん?」

「それはお兄ちゃんがあたしとかお姉ちゃん以外の人と二人きりでいたのはショックだっ
たけど」

「それで?」

「でも、あたしが悪かったんだし。お兄ちゃんのせいじゃないと思ったから、そうお姉ち
ゃんに言ったの」

「そしたら?」

「お姉ちゃんは、あたしがお兄ちゃんを甘やかし過ぎだって」

「何だよそれ」

 正直、これにはむかっときた。有希が俺を好きではないことも夕也を好きなことも、そ
れはしかたがない。俺が文句を言うことではないからだ。だけど、そのことは有希が俺と
麻衣の関係に口を出していい理由にはならない。たとえ有希がこれまで麻衣の母親役をし
てくれていたとしても。

「そんなことないよってお姉ちゃんに言ったの。あたしがヤキモチ焼き過ぎっていうか、
お兄ちゃんに依存し過ぎてるからだって」

「そうか」

「お兄ちゃんごめんなさい。もう二度とこういうことはしないからあたしと仲直りして」

 俺が思わずため息をついた。

「俺さ、昼飯はいつものとおりおまえが用意してると思ってたから金とか全然持ってなく
てさ」

「うん。ごめん」

「金を持ってないんで学食にも購買にも行けねえし、そんでそん時に二見が声をかけてく
れたんだけどさ」

「・・・・・・うん」

「昼飯も食えない俺が、二見のその誘いに乗ったことでそんなに責められなきゃいけねえ
わけ?」

「だからあたしはそんなこと思ってないよ。お昼だってあたしだけ食べたらお兄ちゃんに
悪いと思って全部捨てちゃったし」

「え?」

 食わないで捨てたの? こいつ。捨てるくらいなら有希を振り切って俺のところに弁当
を届ければいいじゃねえか。

「ごめんねお兄ちゃん」

 でも。俺は少しだけささくれだった感情が収まり、心の仲が温かくなっていく気がした。
有希のことはともかく、麻衣は二人きりの兄妹なのだ。本気でこいつと仲違いしていいわ
けはないし、もっと実利的に考えれば麻衣が俺を嫌ってしまえば俺の生活が成り立たない。
食事だけでなく、洗濯や掃除とか。それは今日の夕食抜きの状態がいみじくも示している
とおりだった。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:38:43.68 ID:Xae/YECko

「おまえ、夕飯は食ったの?」

「お兄ちゃんも食べてないんでしょ」

「何もなかったから食ってねえ」

「そうだと思ったからあたしも食べてない」

「あのさあ」

「うん」

「もういいよ。今日のことは忘れたから」

「ほんと?」

「ああ。本当。おまえ、朝飯か食ってないんだったらこんな時間だけど何か食った方がよ
くねえか」

「お兄ちゃんは?」

「もう遅いからいい。俺の方は昼は食ったし」

「じゃあ、あたしもいい」

 有希の言うことなんかどうでもいいけど、麻衣が俺の大切な妹であることだけは疑いよ
うがない。

「久しぶりに一緒に寝る?」

 俺はずいぶん恥かしいことを口にしたようだ。



 翌土曜日の遅い時間に、俺は妹に起こされた。

「お兄ちゃん」

 何かいつもの朝より妹の声が間近で聞こえると思ったら、麻衣は俺のベッドで俺の横に
寝ながら、半ば半身を起こして俺にささやいていた。

「もう十時過ぎてるよ。いくら土曜日だってそろそろ起きてよ」

「うーん」

「お兄ちゃん」

 頬に湿った感触がした。

「おまえ何してるんだよ」

「あ、起きた」

「・・・・・・おまえ、何で俺の隣に寝てるの?」

 どおりでこいつの声が近くで聞こえたわけだ。

「お兄ちゃんが昨日一緒に寝ようって言ってくれたから」

「そうか」

 そう言えばそうだった。

「お兄ちゃんを起こしたくないから起きてからずっと静かにしてたんだけど、さすがにも
う起きないと」

「でも今日は学校休みじゃん」

「お母さんたちがいないからいろいろ買い物とかもあるし」

「そうなのか」

「ずっとこのままお兄ちゃんの隣で寝ていたいけど、あたしはお買い物に行ってくるね」

「そうか。そうだよな」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:39:11.21 ID:Xae/YECko

 麻衣に依存しているとはこういうことなのだろう。俺たちの生活は両親が俺たちに与え
てくれる生活費に拠っているにしても、それを形にしてこの生活を成り立たせているのは
麻衣のこういう働きによるものだ。そして、麻衣は自分のそういう犠牲的な働き方に関し
てはこれまで苦情一つ口にしたことがない。俺は昼飯を食えなかったくらいでエキサイト
した自分の麻衣への怒りを後悔した。

「お兄ちゃんは眠いなら、今日土曜日だしもう少しこのまま寝てていいよ。お昼ごはんで
できたらまた起こしてあげるから」

 ちょっと昨日はこいつに辛く当たっちゃったな。俺こいつがいないと生活すら危ういほ
どこいつに頼りきっているのに。だいたい有希の差し金でこうなったんだ。妹は昔から有
希と仲がいいから、有希の戯言に気が迷うことだってあるだろう。

「俺も起きるよ。一緒に買い物に行くか。荷物運びくらいはするから」

「いいよ、別に。お兄ちゃんは寝てて」

「俺と一緒に買い物に行きたくない?」

 戸惑ったように麻衣が俺の方を見た。その白い整った顔が赤い。

「そんなことあるはずないじゃん」

「よし。これで本当に仲直りだな。着替えて出かけるか。昨日夕飯食わなかったからさす
がに腹減ったな。どっかで朝飯食おうぜ」

「うん・・・・・・お兄ちゃん」

「だからもう泣くなって」

 家の近くのショッピングセンターの一階にあるスーパーで買物を終えると、もう十二時
近かった。

「もう十二時か。どっちかって言うと朝飯というより昼飯の時間になっちゃったな」

「そうだね。お腹空いた」

「おまえは昨日の昼から何も食ってないしな」

「うん」

「買い物する前に昼飯食うか。俺も腹へったし」

「そうね。お兄ちゃん、お腹空いたでしょ」

「どこにする? おまえが行きたいとこでいいよ」

 麻衣はが俯いた。

「もう怒ってねえから。仲直りしたんだからいつもみたいにあれが食いたいとか言えよ」

「うん」

 麻衣が顔を上げてようやく微かに微笑んだ。

「じゃあどうする?」

「あのね、前にお姉ちゃんに教わったんだけど、このモールの中に美味しいパスタ屋さん
が出来たんだって」

 ようやくいつもの妹に戻ってくれたか。俺はほっとした。それにしても有希のお勧めの
店か。でも、麻衣はこれで完全にいつもの麻衣に戻ったようだ。

「いいよ。そこに行こうか」

「いつも混んでるから並ぶって言ってたけど、いい?」

「おまえが空腹を我慢できるなら別にいいよ」

「じゃあ、行こ。七階にあるんだよ」

「うん」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:39:38.68 ID:Xae/YECko

「思っていたより並んでないね。これならあまり待たないんじゃない?」

「よかったよ。もう腹減って倒れそう」

「大袈裟だよお兄ちゃん」

「だって本当に腹へってるんだもん」

「あ、順番が来たよ」

「ああ」

「なあ」

「何食べるか決まった?」

「メニューがよくわかんないんだけど」

「え?」

「写真がついてないからどんなパスタなのか全然わからん」

「何食べたいの?」

「ミートソース」

「またそれ?」

「いいじゃん、好きなんだから」

「それならメニューの上のほうにあるでしょ」

「ないぞ」

「あるよ。上から四つ目に」

「これミートソースじゃねえだろ」

「ボロネーズって言うのはミートソースのことなのよ」

 食事を終える頃、麻衣が真剣な表情で俺に話しかけた。

「あたしさ」

「うん」

「あたしはお兄ちゃんのこと大好きだけど、別にお兄ちゃんをあたしに縛りつけようとか
思ってないから」

「おまえ、いきなり何言ってんの?」

「だから.あたしはお兄ちゃん子でブラコンだけど、お兄ちゃんの恋愛まで邪魔はしない
から」

「そうか」

「それは嫉妬しちゃうこともあるけど、基本はお兄ちゃんのこと応援してるんだからね」

「ああ」

 麻衣が笑った。

「わかったよ。ありがとな」

「大切なお兄ちゃんだからね。恋愛のアドバイスくらいならしてあげるからね」

「調子に乗るな」

「へへへ」

「じゃあ、本当にこれで仲直りだな」

「・・・・・・うん」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:40:08.20 ID:Xae/YECko

「でもね。お兄ちゃんとは仲直りできたけど、あたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんがけんか
していることが辛いよ」

「それはどう考えても俺のせいじゃねえぞ」

「やっぱりお姉ちゃん、夕也さんよりお兄ちゃんのことが気になってるのかなあ」

「へ?」

 何言ってるんだこいつ。本気にしそうになるじゃねえか。

「前から気がついてはいたんだけどね」

「おまえ何言ってるんだよ」

「鈍いお兄ちゃんは気がついていなかったでしょうけど、お姉ちゃんってお兄ちゃんのこ
と時々じっと見つめてるしね」

「そんなわけあるか。だいたいそれなら何でおまえは今までそのことを黙ってたんだよ」

「敵に塩を送るわけないじゃん」

「・・・・・・おまえなあ。俺の恋愛を邪魔しないって言ったばっかだろ」

「邪魔はしないよ。聞かれればアドバイスもしてあげる。でも頼まれてもいないのに恋の
橋渡しなんてする必要ないでしょ」

「まあ、有希のことはおまえの勘違いだろうけどな」

「どうかなあ。あたしにも確信はないけどね。でも、わけわかんない二見さんなんて人に
お兄ちゃんを取られちゃうくらいなら、いっそお姉さんに取られた方が」

「よくも知りもしないくせに二見の悪口を言うなよな」

「え」

「あ。いや」

「冗談だよ。ごめん、お兄ちゃん」

「いや、もういいよ」

 何で俺は、二見の悪口聞いてエキサイトしてしまったんだろう。

「ねえ」

「何だよ」

「本当に二見さんのことは何とも思ってないの?」

 俺は沈黙してしまった。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:40:37.21 ID:Xae/YECko

「あのさ」

 翌朝の登校中、有希と夕也と合流する前に俺は麻衣に言った。

「うん」

「俺少し早足で歩いていつもより一本早い電車に乗りたいんだけど」

「何で?」

「あいつらと顔あわせたくないから」

「・・・・・・お兄ちゃん?」

「ああ」

「お姉ちゃんのこと許してあげて。お姉ちゃんはただあたしのことを可哀想だと思ってお
兄ちゃんに注意してくれたんだから」

「全然濡れ衣なのにな。あいつのせいで昼飯も食い損なうところだったし」

「お姉ちゃんは昔からあたしを応援してくれてたから」

「うん?」

「多分、お姉ちゃんは自分の気持ちを抑えてあたしを応援しててくれたから」

「何言ってるのかわかんねえよ」

「お姉ちゃんもきっと辛いんだと思うよ。あたし、一度お姉ちゃんとよく話そっと」

「とにかく俺は先に行くぞ」

「うん。あたしはお姉ちゃんと一緒に行くから」

 こいつのことだから俺と一緒に来るかと思ったのに、麻衣は有希と登校する方を選んだ
ようだ。

「じゃ、先に行くぞ」

「うん。お昼は屋上に来て」

「わかった。じゃあな」

「うん」

 一人で自宅の最寄駅に着いた俺は、いつも有希たちと待合わせをしている電車より一本
早い電車に間に合ったことに少しほっとした。麻衣とは仲直りしたけれど、有希とは会い
たくない。まして、夕也と一緒にいる有希とは。その時、俺はホームのベンチに二見が座
っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車

 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。

「よ、よう」

「あ」

 二見が何かを隠した。スマホの画面なのかもしれない。

「おはよう、二見」

「池山君・・・・・・おはよう。君ってもう一本遅い電車じゃなかった?」

 二見が座ったまま俺を見上げて微笑んだ。何度も考えたことだけど、やっぱりこいつは
可愛い。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:41:14.72 ID:Xae/YECko

「ちょっとわけがあってさ」

「まだ遠山さんと仲直りしてないの?」

「何でおまえがそれを」

「そういや妹さんもいないね」

「あいつは有希たちと一緒に登校するってさ」

「そうなんだ。あ、電車来たね」

「うん」

「これに乗るの?」

「ああ」

「じゃ、一緒に行っていい?」

「おまえいつもベンチで座って、この三、四本後の電車でぎりぎりの時間に教室に駆け込
んでくるじゃん」

「あたしのこと、見ててくれたんだ」

「まあ、毎朝のことだからね」

「見てたのはあたしの方だけじゃなかったのね」

 何言ってるんだこいつ。

「おまえ、朝いつもスマホで何かやってるけど、それはいいの?」

「うん。別にリアルタイムである必要はないし、それに朝はレスを確認してるだけだし
ね」

「はい?」

 二見が何を言ってるのかわからない。

「何でもないよ。一緒に行ってもいい?」

「・・・・・・別にいいけど」

「よかった。あ、電車来たよ」

「うん」

 こいつ、俺に気があるのか。このとき俺は初めてそう考えた。

「少し早い電車だと結構空いてるね」

「本当だ。これからはこの電車で学校に行こうかな」

「妹さんとか遠山さんはどうするの?」

「別にどうもこうもねえよ。約束してるわけじゃねえし」

「じゃあさ。君が一人のときは一緒に学校に行ってもいい?」

 本当に何なんだ。この積極性は。

「おまえさ」

「うん」

「前にも聞いたかもしれないけど、そこまで積極的に人と接することができるのに何でク
ラスのやつらとは話しねえの」

「何でって言われても。別に話すことが思い浮ばないし」

「俺とは話すことあるのかよ」

「わかんないけど、一緒にいたいとは思うから」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/23(水) 20:42:00.57 ID:Xae/YECko

 本当にコミュ障どころの騒ぎじゃない。人一倍コミュニケーション能力が備わっている
としか思えない。それに。俺と一緒にいたいというのは何の意味だがあるのだろう。

「ねえ」

「うん」

「携帯の番号とメアド交換しない?」

「・・・・・・別にいいけど」

 昼休みなって、俺は麻衣のところに行こうと席を立った。それにしても、登校したとき
の教室の噂ときたらすごかったな。俺はそう思った。いつもぼっちの二見が俺と一緒に登
校すれば噂されても仕方ないのだろうけど、比較すれば昨日二見のお弁当を食った時より
も周りの視線が痛かったような気がする。まあ無理もない。俺と二見はまるで付き合って
いるかのように並んで教室に入ったのだから。

 だから噂はしかたないにしても、やはり不思議なのは二見のコミュニケーション能力だ
った。普通、どんな相手でも話が途切れることはあるだろう。まして、俺みたいに口下手
な人間相手ならなおさらそうだ。現に、有希とだって、それどころか家族である麻衣とだ
って、ときには話に詰まり気まずい沈黙が訪れることなんかよくあることだった。それが
二見相手だとないのだ。初対面に近い彼女のコミュニケーション能力に俺が何度も感嘆し
たのはそういう理由だ。二見は聞き上手だということになるのだろうけど、どうもそれど
ころではないような気すらする。

 とにかく妹を待たせるとまた麻衣の機嫌を損ねるかもしれな。早く屋上に行くべきだろ
う。教室から廊下に出ようとしたところで、俺は夕也につかまった。

「ちょっと待て」

「何だよ」

「落ち着いて聞けよ。暴力は振るうんじゃないぞ」

「何言ってんのおまえ」

「今日の昼は有希と二人で食ってやってくれ」

「はい?」

 何言ってるんだこいつ。

「あいつがおまえに何か話があるんだって。だから頼むからそうしてくれ」

「よくわかんねえんだけど。つうか俺、妹を待たせてるんだけど」

「そこに抜かりはねえよ。麻衣ちゃんにはさっきの休み時間に了解をもらっているから
よ」

「ってもおまえ」

「あいつもあそこで待ってるから。今日はあいつ、おまえに弁当作ってきてるからさ」

 廊下の端に手提げ袋を提げた有希の姿が見えた。

「じゃ、早くってやってくれ。あいつも待ってるから」

「おい、ちょっと待てよ。おまえはそれでいいのかよ」

 一瞬、夕也が沈黙した。

「・・・・・・いいのかってどういう意味だよ」

「だっておまえら付き合ってるんだろ。何で俺と有希を二人きりにしようとする」

「付き合ってなんかねえよ」

 何なんだいったい。

「あいつはおまえと仲直りしたいんだよ。頼むからそれくらい聞いてやってくれよ」

「何でそこまで必死なんだよ」

「別に必死じゃねえし。じゃ、俺はおまえの代わりに麻衣ちゃんのお弁当を頂いてくるか
らな」

「おい、ちょっと待て。何でそうなる」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/23(水) 20:42:30.28 ID:Xae/YECko

今日は以上です
また投下します
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/23(水) 23:12:37.14 ID:ctWqgyGk0


>>56は途中でちょっと文が切れちゃってるな
61 :sage :2015/12/24(木) 00:36:30.37 ID:aPlrBDTx0
>>60
そう言われて焦って見直したけど別に文章は切れてないようです
62 :sage :2015/12/24(木) 00:47:45.15 ID:aPlrBDTx0
>>60
そう言われて焦って見直したけど別に文章は切れてないようです
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/24(木) 00:56:52.52 ID:KCpqHSMs0

>っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車
> 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼


ここの「電車」と「麻衣」の間になんか入るんじゃない?
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/24(木) 21:43:24.27 ID:aPlrBDTxo

作者です。すいません見落としてました。
筋に影響は全くないけど、訂正しておきます。


×
要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車

 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。





 一人で自宅の最寄駅に着いた俺は、いつも有希たちと待合わせをしている電車より一本
早い電車に間に合ったことに少しほっとした。麻衣とは仲直りしたけれど、有希とは会い
たくない。まして、夕也と一緒にいる有希とは。その時、俺はホームのベンチに二見が座
っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車
をやり過ごしているということのだろう。いつもより早い時間に駅に来て、いつも遅刻ぎ
りぎりの二見を見かけるということは。
 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。
65 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:12:49.25 ID:V/baVpaao

「麻人」

 有希が元気のない声で俯いて言った。

「おう」

「お弁当作ってきたんだけど、一緒に食べてくれるかな」

 もうこの場の俺には、うんという答えしか選択のしようがない。

「うん」

「じゃ、中庭でいい?」

「ああ」

 中庭のベンチで、俺と有希は隣り合って腰かけた。今ごろは屋上で麻衣が待っている時
間だけど、有也によれば話しはつけてあるのだと言う。こんな話を受け入れるとは麻衣は
いったい何を考えているのだろう。

「昨日はごめんなさい」

「もう気にしてねえよ」

「本当にごめん。別にあんたの交友関係にあれこれ言う気はなかったんだけど」

「ああ」

「だけど、麻衣ちゃんが寂しそうだったから」

 そこで有希は少しためらったように黙った。

「ううん、違うね。正直に言うと」

「何だよ」

 本当に何なんだ。

「本当はね。君が二見さんと仲良くしているのを見て少しむかついて、それで麻衣ちゃん
にかこつけて君に文句を言ったのかもね」

「あのな。かもねって、他人事みたいに」

「・・・・・・うん」

「おまえ夕也と付き合ってるんじゃねえの」

「付き合ってないよ」

「じゃあ、聞き方を変えるけど、夕也のことが好きなんじゃねえの」

「ねえ」

「うん?」

「遠慮しすぎることって別に美徳でも何でもないんだね」

「はあ? 何言ってるんだよ」

「・・・・・・君の今の気持ちはわからないけど、中学生のころは、あたしのこと好きだったで
しょ。君」

「お、おまえ何言って」

「あたしもバカじゃないから君の好意には気づいてたの」

「おい」
66 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:13:28.39 ID:V/baVpaao

 気がつかれていたのか。俺はそのときすごく焦ったし、何か自分が裸にされたようなひ
どい気分に陥った。

「君はあの頃は優しかったし、あたしのことをすごく気にしてくれた」

「何で今さら」

 本当に今さらな話だと俺は思った。有希への気持ちをきちんと口にしなかった俺には、
そう言う権利はないかもしれないけど、それにしても有希は結局夕也の方を好きになった
んじゃないか。

「今さらじゃないよ」

 有希が真剣な顔で俺を見つめていた。

「今さらとか言わないで。あたしも本当は君のこと好きだったから、その気持ちに応えた
かった」

「でも、ご両親がいつもいない家で、あんたに頼りきって暮らしていた麻衣ちゃんのこと
を考えると、あたしは君の気持ちに安易に応えるわけにはいかなかった」

「マジかよ」

 俺はようやく有希に、かすれた声で答えた。

「うん、マジ。今朝ね、電車の中で麻衣ちゃんにもう自分に素直になってって言われた。
それで、今でも麻衣ちゃんはあんたのこと好きだと思うけど、もう遠慮するのは止めよう
って思った」

 何が何だかわからないけど、これは俺の長年の想いが報われたってことなのか。ひょっ
として有希は、今でも夕也ではなく俺を好きなのか。一瞬ひどく幸福な感情が胸裏に満ち
た感覚がしたけど、次の瞬間そこに夕也の顔が浮んだ。

「夕也は?」

「え?」

「夕也はどうなるの? あいつ、一応俺の親友だし」

「夕には悪いことしちゃったと思う。あんたを忘れようと彼とベタベタしたし。でも、彼
とは付き合ってはいないよ、本当に」

「おまえ・・・・・・」

「あたしはあんたのことが好き。小さい頃からずっと」

「もう、自分に正直になるって決めたの。あたしはあんたが好きなの。あたしと付き合っ
て」

 夕也が有希のことが好きなことは間違いない。俺を忘れようとした有希に、その手段と
してこれでもかというほど好意を見せつけられてきた夕也の気持ちはどうなってしまうの
か。

「・・・・・・夕也はさ。さっき必死な顔で俺に言ったんだよな。おまえと一緒に昼休みを過ご
してくれって」

 有希が沈黙した。

「おまえ、あいつに何て頼んだの?」

 有希は返事をしない。

「あいつの気持ちを知ってるんだろ」

「それは。多分」

「今は返事できねえ。少し考えさせてくれるかな」

「うん」

 小さな声で俯いた有希が言った。
67 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:14:14.49 ID:V/baVpaao

 結局、有希とは話をしてただけで昼飯食えなかった。あいつとの話が終わったあとに、
じゃあ、昼飯にしようかなんてとても言える雰囲気じゃなかった。まだ昼休みが終わるま
で二十分もある。夕也はまだ教室に戻ってない。あいつ、まじで屋上で麻衣の弁当を食っ
ているのだろうか。それはどうあれ、今から屋上に行って妹の弁当を食うわけにいかない
と俺は思った。有希の話が本当ならば、この件に関しては麻衣だって共犯者なのだ。

 しかしどうしたものか。有希のことは正直今でも好きだと思うけど、有也の気持ちを考
えると、あれだけ待ち望んでいた有希の告白に、有希の気持ちに素直に応えていいのかど
うか。それに、有希に言われるまでもなく二人きりの兄妹である麻衣のこともある。もっ
と言えば、最近親しくなった二見のことだってないと言えば自分に嘘を付くことになるの
だろうか。

 あいつは、今日の話をわかっていて俺に有希と会えって言ったのだろうか。とにかく夕
也と話をすべきなのだろう。

 それにしても腹減った。そう考えたとき、タイミングを計ったように二見が目の前に現
れた。

「池山君」

「よう」

 かろうじて俺は二見に返事した。

「ひょっとして落ち込んでる?」

「別にそんなことねえけど」

「でも酷い顔してるよ」

「酷い顔っておまえ」

 実際、ひどい顔をしているんだろうな。俺はそう思った。

「悪い。でもそんな感じする」

「腹減ってるだけだよ。今日昼飯食い損ねたし」

「そうか。まあ、いきなり遠山さんにあんなこと言われたら食欲もなくなるよね」

「おまえ、何言ってるの」

「何って、単なる推測だけどさ。今日二人きりで中庭にいたみたいだし、妹さんと広橋君
は屋上で二人きりで何だかお葬式みたいに黙りこくって食事してたしね」

「おまえ、ひょっとして俺たちのこと探ってるのか」

「あたしがっていうか、広橋君って声大きいしさ。昼休みのあんたと広橋君の会話ってク
ラスの半分くらいは気にしてちらちら見てたよ」

「マジかよ・・・・・・。おまえもそんなとこまでよく観察してるな。よっぽど暇なんだな」

「本当はあたし、普段は観察するというより皆に見られる人なんだけどね」

「ああ?  おまえちょっと自意識過剰なんじゃねえの。ぼっちなんて本人が気にしてる
ほど周りは気にしてねえよ。だからぼっちなんだろうが」

 何でも知っているような二見の様子に少しだけむっとした俺は言わなくてもいいことを
口にしたのだけど、二見はまじめに俺の鬱憤に応えた。

「そういう意味じゃないよ。学校ではあたしが空気なのは自覚してるし、見られるってい
うのは別な場所の話」

 でも、意味はわからない。
68 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:15:19.70 ID:V/baVpaao

「おまえ、本当に変ってんのな。しつこいようだけどさ、こんだけ人と話そうと思えば話
せるならクラスで友だちなんかいくらでも作れるだろうが」

「別に不便感じてないもん」

「よくわかんねえけど」

「池山君、結局遠山さんのお弁当食べなかったの?」

「ああ」

「お腹空いてるでしょ」

「まあ」

 実際、それは事実だった。

「まだ十五分くらいあるし、よかったらこれどうぞ」

「何? サンドイッチ?」

「コンビニのね。手作りのお弁当には敵わないけどお腹ぐらい塞がるんじゃない?」

「いいの?」

「うん。余ったやつだし捨てるよりいいし。食べて」

 微笑むと本当に可愛い。まじでどっかのアイドルみたいだ。こんなときのに俺は二見の
整った顔や親しみやすい笑顔を浮かべている表情に見とれた。だからどうってことはない
んだけど。俺は言い訳がましく思った。

「じゃ、遠慮なく」

「どうぞ」



 放課後、とにかく夕也を捕まえてあいつの本心を質そうと思った俺は、有希にも二見に
も構わずに校内を捜索した。幸か不幸か、今日は麻衣との約束もない。

 もう帰っちまったのか。少なくとも二年の校舎の中にはいないみたいだ。このまま校内
をうろうろしてても見つかる気がしない。しかたがない。本当は偶然を装って夕也と接触
したかったけど、ここまできたら携帯で呼び出そう。LINEでもいい。

 そう思った俺が、スマホを取り出そうとしたとき、有希の声が聞こえた。今は有希とは
顔を合わせたくない。俺はその教室の前から離れ、階段の方に避難した。そう言えばここ
は生徒会室だ。有希は誰かと話してるようだった。
69 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:16:59.06 ID:V/baVpaao

「迷惑だったら謝るよ。でも遠山さんのこと前から気になってたんだ。今まで君に振られ
るのが怖くて言えなかったけど」

「え?」

 告白する男の声に、戸惑ったように有希が声を出した。俺は期せずして有希が告白され
る場面に出くわしてしまったようだった。この場を離れた方がいいと俺の理性は俺に忠告
したけれども、どういうわけか俺の足はそこから動けなくなってしまったかのようだった。

「遠山さん、好きです。僕と付きあってください」

 有希はしばらく何も答えなかった。

「駄目・・・・・・かな」

「先輩」

 ようやく有希が小さな声で言った。

「ごめんなさい。あたし好きな人がいるんです。先輩のこと、生徒会長として本当に尊敬
してます。でも、あたし片思いだけど好きな人がいて。彼のこと諦められません。だから
ごめんなさい」

 相手は生徒会の会長のようだ。確か石井 晃とかいう、やや線の細い感じの先輩だった。
そして、やはり有希は俺のことが好きなのだ。ここまではっきりと有希の言葉を聞くと、
もうこれに関しては疑問の余地はないのだろう。つまり俺は長年の恋を成就させることが
できるのだ。

 ただし、俺が夕也のことを切り捨てて有希の告白に応えれば。

「そうか、わかったよ。君を困らせて悪かったね」

「あたしの態度のせいで、先輩に勘違いさせたとしたら本当にごめんなさい」

 本当に有希はこんなのばっかだ。誤解する男の方はどれだけ傷付くと思っているのだ。

「いや。僕が勝手に思い込んだだけだから。君の好きな人ってさ。何となくわかる気がす
るよ」

「・・・・・・はい。ごめんなさい」

「彼なら祝福するしかないね。僕なんかじゃ全然敵わない。成績もいいしスポーツも万能
だし、何よりもイケメンだしね」

「え?」

 はい? スポーツ万能なイケメン? そうか。この人も夕也が彼女の相手だと思い込ん
でいるのか。でも、まあ、無理もない。有希の日頃の態度を鑑みれば。

「君を困らせて本当に悪かったよ。もう二度とそういうことは言わないからこれまでどお
り生徒会の役員でいてくれるかな」

「はい」

「ありがとう。まあ、ライバルが広橋君なら負けてもしかたないか」

 俺は何となくここで有希が自分の好きな相手は夕也じゃないと訂正するのかと思って柄
にもなく緊張した。

「じゃあ、僕は今日は生徒会活動サボるから。振られた日くらいサボっても許されるだろ
う」

「あ、はい」

 でも有希はそう言っただけだった。

「じゃあ、あとはよろしくね」
70 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:19:19.58 ID:V/baVpaao

その後、生徒会室から石井会長が出てきてどこかに行ってしまい、有希は生徒会室に残
ったままだった。俺、今日有希に告白されたんだよな?

 でも、先輩が夕也の名前を出した時、有希はそれを否定しなかった。先輩なんかどうで
もいいと思っているからいちいち訂正しなかったのかもしれない。あるいは訂正なんかす
る間もなく先輩が去っていってしまったのかも。それでも、何だかわからないけど俺には
再びもやもやする気持ちが残った。さっきまで有希の気持ちだけは間違いないと思ってい
たのに。

 情けないけど妹に会いたいかった。いつもはうざい妹だけど、今日はあいつに甘えて慰
めてもらいたい。考えてみれば利害とかなく無条件で俺の味方をしてくれて無条件で俺を
慰めてくれる女なんて麻衣くらいしかいないのだ。麻衣にはいつも俺への依存を何とかし
ろって言ってるくせに、俺が妹に依存してどうする。今日はもう家に帰ろう。そう思って
校舎の外に出たとき、二見が俺を見て微笑んでいた。

「池山君」

「二見さん。まだいたんだ」

「今帰るの? 最寄り駅一緒だしよかったら」

 こいつも神出鬼没だな。俺はそう思った。

「ああ。駅まで一緒に帰ろうか」

「君にそう言ってくれると嬉しい」

「うん」
71 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/04(月) 00:19:48.93 ID:V/baVpaao

 俺たちは連れ立って校門を出て駅の方に向かう坂道を下っていった。他の生徒の視線を
結構感じながら。

「今日は何か肌寒いね」

「うん」

「もうすっかり秋だね」

「まあね」

「十月の空って一年で一番澄んでいて綺麗に感じない?」

「そんなの気にしたことないからわかんねえよ」

「関心が人間関係に行ってる人は、周りの環境に関心を示さないって聞いたことある」

「何それ」

「何でもない。ついこの間まで夏休みだったのに、いつの間にか空が高いね」

「そうかな。俺にはよくわかんねえや」

「秋って休みが少ないから嫌いだな。早く冬休みになんないかなあ」

「それは少し気が早すぎるだろ」

「まあ、そうなんだけど」

「それに秋から冬ってイベントがいっぱいあるじゃん」

「そう?」

「十一月には学園祭もあるし、十二月にはクリスマスもあるしね」

「そんなのリア充の人専用のイベントでしょ」

「そんなことねえよ。少なくとも学校行事はリア充専用じゃねえだろ」

「ぼっちには辛いイベントなんだよ」

「だから、おまえは好き好んでぼっちやってるんだろ。おまえ、友だちとか作ろうと思え
ばいくらでも作れるだろうが」

「好きでやってるかどうかは別問題だよ。ぼっちに辛いイベントであることには間違いな
いし」

「辛いなら友だち作ればいいじゃん」

「学園祭を一緒に廻ったりとか後夜祭のフォークダンスを一緒に踊ってくれる相手なんて
そんなに簡単にできないでしょ」

「何かおまえならそれくらい簡単にできそうだけどな」

「じゃあ、君は? 君はあたしと学園祭とか一緒に過ごしてくれる?」

「え?」

「何でもないよ。ごめん」

 本当に不意討ちだし、二見が何をしたいのかよくわからない。謎の女か。故意にそう演
出しているのなら恐ろしい女だ。

「電車来たよ」

「ああ」
72 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/04(月) 00:20:28.85 ID:V/baVpaao

あけましておめでとうございます

今日は以上です
また投下します
73 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/04(月) 12:52:20.74 ID:bpKkIlWaO
乙。頼むぜ。
74 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:16:40.14 ID:wFKv96Wio

「この時間の電車って空いてるよね」

俺たちは空いている席に隣り合って座った。

「まあ、仕事帰りの人で混む前だし部活の連中はこんなに早く帰らないしね」

「そういや一年生の時から池山君って部活してなかったよね」

「よく知ってるな。一年のときはクラス違ったのに」

「うん。あたしは一年生の時から遠山さんと同じクラスだったから」

「有希と同じクラスだったからって、俺のこと知ってる理由にはならねえだろ。俺、一年
の時は三組だぞ」

「遠山さんとか広橋君とか見てれば君の動向なんかリアルタイムで入ってきたし。あの頃
は三人で一緒に帰ってたじゃない? 君たち」

「おまえって、ストーカーなの」

「そんなことはないと思うけど」

 思うけどって何だ。ちゃんと否定しろ。半ば冗談で言った言葉なのに。

「まあ、夕也と知り合ったのは有希の紹介だったけどな。俺、一年のときはあいつらとク
ラス違ってたし」

 俺がそのことに嫉妬心と焦燥感を覚えていたことは、こいつに言う必要はない。

「あの頃から変ってないよね、君たち。まあ、今は妹さんが入学して君たち三人の中に加
わったくらいで」

「まあね」

「ちょっとだけうらやましいな」

「はあ?」

「何か正しい青春みたいじゃん、君たちの関係ってさ」

「おまえ、何言ってるの?」

「男二人と女二人でいつも一緒に行動してるんでしょ。見かけ上は仲良く見える四人の間
には、その実どろどろした愛情が渦巻いて」

「それのどこが正しいんだよ。つうか女性週刊誌とか読み過ぎなんじゃねえの?」

「ああいうのは一度も読んだことないけど」

「だいたい、そのうちの一人は実の妹だってえの。そんなどろどろ成り立つかよ」

「そうかな」

「そうかなって、何で」

「さっき君、妹さんに会いたいとか妹さんに慰めてもらいたいって感じの表情してたよ」

 エスパーかよ、こいつ。
75 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:17:08.79 ID:wFKv96Wio

「んなことねえよ」

「そう?」

「そう!」

「そか。じゃあよかった」

「え」

「さっき駅のホームで妹さんがきょろきょろしてたんだけど」

「え」

「君を探してたのかなあ、君って気がついてなかったでしょ」

「ああ」

「教えた方がよかったかなって思ってたんだけど、君が妹さんのことは兄妹って割り切っ
てるなら、教えなくてもよかったのかって思ってほっとした」

 妹は、昼飯一緒に食えなくて放課後の約束ができなかった俺を、駅で待っていたのだろ
うか。

「あのさ」

「うん」

「おまえが想像してるようなどろどろとした関係は妹とはねえんだけどさ」

「そうみたいね」

「でも、俺の家って両親が別に住まい持っててほとんど妹と二人暮しみたいなもんなんだよな」

「うん?」

「だからさ。妹とは買い物とか一緒にしなきゃいけないことがあるんでさ」

「そうなんだ。大変なんだね」

「いやさ。だから、今度からがそういう時は一言教えてもらえると助かる」

「そか・・・・・・。ごめんね」

「いや」

 何で関係のないこいつに家庭事情話してるんだよ、俺は。それにこいつに妹のことを俺
に教えなきゃいけないいわれなんかこれっぽっちもないじゃないか。
76 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:18:05.11 ID:wFKv96Wio

 しばらく電車の中で沈黙が漂った。

 有希の突然の告白に動揺したし、夕也の気持ちも気にはなっていたけど、どういうわけ
かこの時の俺はその悩みを忘れ、二見との間の沈黙の方に気をとられていた。二見は今何
を考えているのだろうか。そのことを知りたいという欲求が沸いたからだ。

 この気持ちは恋ではない。いろいろ複雑なことになってはいるけど、俺が本当に好きな
のは幼い頃からずっと好きだった有希で、そのことに間違いはなかった。そして長年の片
想いが今日初めて報われそうになっていたことも間違いのない事実だった。ただ夕也の気
持ちを考えると、その場で素直に有希の気持ちを受け入れることが出来なかっただけで。

 それなのになぜ俺は、夕也の捜索をあっさりと諦めて二見と肩を並べて座っているのだ
ろう。

 二見は可愛らしい。背は有希と同じくらいだけど、ロングヘアの有希と違って髪の毛は
肩にかかるかかからないかくらいで、それに全体に華奢な印象がする。学校の中では普通
に可愛い部類に入っていると思う。そして性格は。

 こうして二人で話をするようになるまでは、謎めいてはいるけど陰気で無口な女だと思
っていた。でも、一度話をするとその社交性や明るい受け答えに驚いた。これが学校で友
だちもいない、いつも一人きりで過ごしている二見と同一人物かと驚くほどに。でも、よ
く考えれば二見はそれほど饒舌と言うわけではなかった。俺に対して全然臆することなく
はきはきと話はしているけど、実はそれほどペラペラ世間話をしているわけではない。そ
れなのに俺が有希の初告白を忘れるほど二見に関心を持つのは、短い一言一言に意味があ
るように思えたからだった。逆に言うとあまり意味のない世間話のような話題はほとんど
彼女の口からは出てこなかった。そして同時に彼女は自らのことをほとんど俺に語ってい
ないことに気がついた。

 こういう女の子は自分の世界が確立されているのだろうと俺は思った。そして彼女にと
っては、学校がその場所でないことは確かだった。どこが学校でない場所や時間に自分を
表現できる場所を持っているのだろう。

 俺が、自分が二見に関心があり彼女のことをよく知りたいと思っていることを、はっき
りと自覚したのは、この日からだった。

 俺は沈黙を破りたいという気持ちもあり、無難な上にも無難な質問をぶつけてみた。

「あのさあ、おまえって兄弟いるの」

「一人っ子だよ」

 二見はあっさりと答えた。そして俺の方を見て、にっていう感じの笑いを浮かべて自分
についての情報を自ら開示してくれた。

「あと、お父さんは普通の会社員で、お母さんも普通の会社員。つまり共働きね。だから
あたしはいつもは学校でも家でもぼっちなんだよ」

 彼女は平然とそう言って笑った。そして、俺の目を見て続けた。

「あたしのことなんか本当に知りたいの?」

 俺はそれ以上自分から質問をする気を失って二見の言葉をただ聞いていた。

「君が知りたいなら別に隠すことなんかないしね」
77 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:18:51.30 ID:wFKv96Wio

 俺の返事なんかもとから期待していなかったように彼女は話を続けた。謎めいたこいつ
のことが知りたいという気持ちが先に立っていたため、俺は女の話を遮らずに黙っていた。

「これでも中学の頃は親友もいたし、信じないかもしれないけど告られて付き合った彼氏
もいたんだよ」

 彼女は言った。

「でも、この高校には一年の途中で転校したこともあってさ。何となくぼうっとしてたら
ぼっちになっちゃってた」

 こいつは転校生だったのか。それにしても納得できない話だなと俺は思った。こいつく
らい外見が良くてコミュ力もあれば、いくら転校生だとはいえ友だちが出来ない方が不思
議だ。むしろ近づいてくるクラスメートを自分の方から拒否してたんじゃないのか。

「あはは」

 二見は笑った。もうさっきの沈黙はすっかり消え去り、むしろ彼女は饒舌になっていた。

「自分から周りを拒否してるんじゃないのかとか思ってるんでしょ」

「まあ、正直に言うとそう思うな。だって、俺とだって初対面に近いのにこんなに普通に
話せてるじゃん」

 以前にも彼女には話したことがあるけど、それは俺の正直な感想だった。

「まあ、そうね。あたしあまり学校とかに関心なくてさ。君と全く同じことを一年の時の
担任にも言われたことあるんだけど」

「でもあたし、去年から自宅でネットの掲示板にはまっててさ」

 こいつは何を言ってるんだろう。

「2ちゃんねるって知ってる?」
 二見が聞いた。もちろん知らないわけはなかった、そんなに頻繁に覗いているわけでは
なかったけど。

「うん。たまに見るよ」

「それでね。学校で交流がなくてもあたしはそこで十分に人とコミュニケできてるから
さ」

「はあ? そんなの実生活の上で人と交流するのとは別じゃん」

 これに対して二見は少し黙っていたけど、少しして今までの気楽な態度をやめ、かなり
真面目な表情で俺を見てこう言った。

「君さ。女神って知ってる?」
78 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:19:26.68 ID:wFKv96Wio

「ただいま」

「おかえり」

「おまえ、玄関で何やってんの?」

 自宅のドアを開けたら、目の前に麻衣が突っ立っていた。

「お兄ちゃんを待ってた」

「はい?」

「今日お姉ちゃんとお昼に話したんでしょ」

「うん」

「お姉ちゃん何だって?」

 麻衣が言った。今日の有希の告白ってこいつの差し金って部分も大きいんだよな。俺は
少し拗ねた気分で思った。

「どうせ知ってるんだろ」

「察してはいるけどちゃんとは知らないし」

「おまえさ」

「うん」

「朝の電車で炊きつけるようなことをあいつに言ったろ」

 麻衣は黙ってしまった。

「自分に正直になれとかさ」

「・・・・・・うん」

「いったいどういうつもり?」

「どうって」

「俺おまえに言ったよな? 面白がって有希と夕也の仲に首突っ込むんじゃねえぞって」

「興味本位でしたわけじゃないよ」

「じゃあ何でだよ」

「お姉ちゃんが昔からお兄ちゃんのことが好きなことをあたしは知っていたから」

「何だって?」

「でも、お姉ちゃんはあたしの気持ちを気にして自分の感情をずっと隠していた」

 こういう話をまじめにしている自分の妹に、俺は何と言っていいかわからなかった。

「お姉ちゃんが夕さんと一緒にいるようになってあたしは嬉しかった。お姉ちゃんにもお
兄ちゃん以外に好きな人が出来たんだって」

 嬉しいって。

「でも、この間お姉ちゃんがお兄ちゃんと二見さんのことで動揺して」

「ああ」

 ようやく俺は声を振り絞って妹に答えた。
79 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:19:59.75 ID:wFKv96Wio

「それでお兄ちゃんのことを懲らしめようって。お兄ちゃんには麻衣ちゃんがいるのに何
考えてるのって、お姉ちゃんが言って」

「昼飯抜きのときの話か」

「そう。でもその時、お姉ちゃんはあたしのことを考えているより、お兄ちゃんが二見さ
んのものになるのを嫌がってるんだなって気が付いちゃって」

「そうだとしても、何で今さらおまえが有希のことを炊きつける必要があるんだよ」

「それはもう言ったよ。よく知らない二見さんにお兄ちゃんを盗られるくらいならお姉ち
ゃんに盗られた方がいいって」

「盗られるっておまえなあ」

「だってお兄ちゃん、あたしのことは妹としか見てないでしょ」

 何だよいったい。俺が麻衣のことを妹以上の存在として見ているとしたら、そっちの方
が問題だろう。

「当たり前だろ。麻衣は俺の大切な妹だって思ってるよ。他の誰よりも大事な存在だっ
て」

「うん。お兄ちゃんがあたしのことを大切にしてくれてるのはよくわかるの」

「それならいいけど。でも、なら何で」

「だからさ、あたしもいい妹になろうって思ったの。お兄ちゃんの彼女になりたいなんて
変な夢見るのはもうやめようって」

 そこまで言うか。実の兄に対して。

「あのさあ」

「お兄ちゃんが昔からお姉ちゃんのことが好きなこと、あたしも知っていたし」

 不意討ちされて俺は黙ってしまった。

「だから、あたしはお姉ちゃんのこと応援しようと思ったの。本当は辛いけど」

 本当は麻衣の俺に対する気持ちに狼狽するべきタイミングなのだろうけど、それはきっ
と麻衣の思い込みだ。普段から両親が不在がちな環境におかれた麻衣が、過度に俺に依存
した結果、その依存を男女間の恋愛に置き換えてしまっているだけだ。むしろ俺は、麻衣
が何で俺を有希に譲ろうとしているのかが気になった。逆に言うと、二見より有希の方が
麻衣にとっては親しみやすい相手だということか。

 いや。きっとそれも考えすぎなのだ。麻衣にとって有希は実の姉のような存在だ。別に
二見が嫌いとかではなく、有希の方が親しい存在なのだからだろう。

「とにかくお風呂は入っちゃって。夕ご飯の支度はできてるから」

 麻衣は、自分が勝手に始めた話を勝手に打ち切ってそう言った。
80 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/09(土) 00:20:29.59 ID:wFKv96Wio

 夕食後、自分の部屋に戻った俺は宿題とか課題とかを放り出して、ベッドに横になった。
仰向けになった俺は天井を眺めながら考えた。

 何か最近いろいろあり過ぎだ。これまで俺は有希への気持を隠して、寂しがり屋の妹を
宥めて平穏に日常を過ごしていたのだ。俺と妹と有希と夕也。それなりに仲良くやってた
はずのに、俺たち四人って、こんなちょっとした出来事があっただけでお互いに気まずく
なるような付き合いだったんだろうか。俺だけが有希への気持を隠して我慢していれば、
ずっと平和だったと思っていたけど、結局、麻衣も有希も夕也もみなそれぞれ何かを我慢
してたってことなのか。そう考えると、今までの一見和やかな四人の登校風景にも、別な
姿が重なって見えてくる。

 俺はベッドの上で寝返りをうった。

 それにしても俺と二見が話すようになったくらいで、過剰反応すぎるだろう、麻衣は。
あいつは夕食の後、さっさと自分の部屋に引き上げ、自分の部屋に閉じこもってしまった。

 いろいろ考えなきゃいけないことはあるけど、何か二見のさっきの言葉が気になった。
あれはいったいどういう意味だったんだろう。



「女神行為って知ってる?」



 あの後、すぐに別れちゃったから詳しく聞けなかったけど。女神行為? 女神って女の
神様のことだよな。あいつが神様? 二見は2ちゃんねるって言っていた。

 俺は自分の部屋のベッドから起き上がり、階下のリビングに赴いてパソコンを起動した。
妹は部屋に篭っていてリビングにはいない。俺は2チャンネルをインターネットのブラウ
ザで開いた。2ちゃんねるを見るのはこれが初めてではない。

 開いたのはいいけど、どこを探せばいいのかわからない。スレッドが多すぎる。これじ
ゃ何が何だかわからない。やっぱり夕也が前に言ってった専用のブラウザとかっていうの
をインストールしない無理なのかもしれない。

 とりあえずグーグルで女神で検索してみようと俺は考えた。



『女神 - 女神(めがみ)とは、女性の姿を持つ神のこと。 多神教においては、往々にし
て神にも性別が存在し、そのうち女性の神を女神と称する。美しい若い女性や、ふくよか
な体格の母を思わせる姿のものが多い』


 二見が若く美しいつうのはそうかもしれないけど、あいつはふくよかというよりむしろ
スレンダーな体格だ。これでは本当にわからない。明日、二見に女神行為ってどういうも
のなのか聞いてみよう。

 ・・・・・・何でこんなに二見のこと気になるんだろう。そんなことよりも、有希との関係を
何とかするべきなのに。俺はパソコンを閉じて再び二階の自分のベッドに横たわった。明
日の電車は、どうしようかな。睡魔に襲われながら俺はぼんやりと考えた。
81 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/09(土) 00:20:58.66 ID:wFKv96Wio

今日は以上です
また、投下します
82 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/09(土) 14:58:38.63 ID:0MnNvD4yo
83 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:21:53.22 ID:e5rLf//zo

「なあ」

「うん」

「おまえ、昨日は何で夜自分の部屋に閉じこもってたの? いつもなら下のリビングで俺
と一緒に過ごすのに」

「何でもないよ」

「何でもないって・・・・おまえさあ」

「だから、本当に何でもないって。課題がいっぱい出てたからそれに集中してただけ」

「そうか」

「そうだよ」

 麻衣は俺の目を、見ないでそう言った。

「ねえ」

「ああ」

「もうすぐ隣の駅に着くけど」

「うん」

「今朝も、お姉ちゃんたちと顔会わせないでどっかに逃げちゃうの?」

「逃げるって何だよ、逃げるって」

「だって」

「別に逃げてなんかねえし。つうか今朝は夕也に少し話があるからここにいるよ」

「話か。そうだよね」

「何だよ」

「何でもない」

 とりあえず夕也と話さないと、もう何も決められないことは確かだった。

「あれ?」

「どうした」

「うん。お姉ちゃん一人みたい」

 確かに、いつもなら有也と一緒に電車に乗ってくるはずの有希が一人で駅のホームで電
車を待っている。

「ホームには夕さんいないね。今日は一緒じゃないのかな」

 電車のドアが開くと、有希が人ごみに紛れて車内に入ってきた。

「おはよ」

「おはよお姉ちゃん」

「おはよう麻人」

有希が俺に声をかけた。

「うん」

「うんって何よ? ちゃんと挨拶しなよ」

 麻衣が言った。

 本当に夕也はどうしたんだろう。
84 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:22:40.17 ID:e5rLf//zo

「いいの、いいの。それよか麻衣ちゃん今日も本当に可愛いね」

「だから。人前で抱き締めるのはやめて、お姉ちゃん」

「何々? 人前じゃなければいいの?」

「そういうことを言ってるんじゃありません。とりあえず離して」

「冗談だって」

「もう。ブレザーの下でブラウスが乱れちゃったじゃない」

「あはは。ごめん」

 有希と麻衣との微笑ましいやりとりが、今朝の俺には妙に気に障る。気にしすぎなんだ。
でも、もうこの二人の茶番をやり過ごせる気がしない。

「あのさ」

「うん?」

 有希が可愛らしく顔をかしげた。

「今日は夕也は一緒じゃねえの?」

「お兄ちゃん」

「うん」

「あいつ、寝坊でもしたの?」

「さあ」

「さあって何だよ。いつもみたいに夕也の家まで迎えに行ったんだろ?」

「・・・・・・行ってない」

「え」

「夕の家には行ってないよ」

「何で」

「あたし、妹ちゃんにはもう遠慮しないことにしたの。ごめん妹ちゃん」

「あたしは別にいいけど」

「それでね、夕にももうこれ以上迷惑はかけられないし」

「おまえ、今日は迎えに行かないって夕也に連絡した?」

「してない」

「そしたらあいつ、ずっとおまえのこと家で待ってるかもしれないじゃんか」

 有希が黙って俯いた。

「メールとか電話とかなかったのか? 夕也から今朝」

「ないみたい」

「黙って置いてけぼりとか普通するか? これまでいつも二人で登校してたのに。ずっと
家でおまえを待ってるかも知れないだろ、夕也は」

「夕には酷いことしてるのかもしれないけど・・・・・・あたしもう決めたの」

「決めたって何をだよ」

「昨日あんたに話たことを。あたしもう迷わないし後悔もしないから」

「お姉ちゃん」

「あんたの返事はせかさないしずっと待ってる。でも、あたしはもうこれまでみたいな四
人仲良しの関係じゃ嫌だから」

 俺は有希の態度にけおされてそれ以上、有希を追及できなかった。
85 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:23:49.02 ID:e5rLf//zo

 登校しても、夕也はまだ教室にはいなかった。まさか自宅でずっと有希のことを待って
るんじゃないだろうな。いや。いくらあいつが馬鹿でも、いつものように迎えが来なきゃ
有希にメールか電話くらいはするだろう。

「おはよう」

「あ、二見さん。おはよ」

 二見が笑顔で俺に声をかけてくれた。何でこいつがぼっちなんだ。笑顔で屈託なさそう
に俺に話しかけてくるっ二見を見て、もう何度目になるかわからない感想を抱いて二見に
あいさつを返した。

「今日はまだ広橋君来てないの?」

 何でこいつが。俺はすぐにはこいつに返事ができなかった。

「あ、変なこと言って何かごめん」

 何でこいつはこんなにすぐに状況を把握しちゃうんだろう。

「いや。あいつ、今日は来ないかもな」

「そうか」

 クラスのみんなの視線が痛い。そんなに普段ぼっちのやつと親しげに話しているのが珍
しいのか。

「それよかさ」

「うん」

「昨日おまえが言ってたさ、その・・・・・・女神行為つうの? それよくわかんなかったよ」

「なあに? 早速見ようとしたの?」

「つうか気になるじゃん」

「気になるって、そんなに見たいの?・・・・・・ああ、そういう意味で見たいんじゃないの
か」

「へ?」

「板によってはすぐにスレが落ちちゃうとこもあるしね」

「はあ?」

「女神板ならそんなに早くは落ちないけど、画像は見れないよ。即削除してるし」

「意味がわからん。さっきからおまえの話しについていけないんだけど」

「君ってさ」

「何だよ」

「そんなにあたしに興味があるの?」

「い、いや」

「そう?」

「本当はよくわかんねえ」

「そか。まあ、君ならいいか」

「え?」

「じゃあさ、今夜始める時に携帯にメールしてあげる」
86 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:26:00.33 ID:e5rLf//zo

「始めるって何を」

「見ればわかるよ。URL張ってあげるから。最初はソフトなやつの方がいいかな。あたし
も恥ずかしいし」

「あのさ」

「うん」

「何だかおまえの言ってることがよく理解できねえんだけど」

「今晩スレを見ればわかるよ。それよか、あっちの方をフォローした方がいいんじゃな
い?」

「あっちって」

 二見の視線を追うと、そのときようやく教室に入ってきた夕也の姿が見えた。

「・・・・・・酷い顔してるね。何かわからないけど、相当悩んでるみたい」

 確かに二見の言うとおりだった。

「よう、今日は遅いじゃんか」

「・・・・・・ああ」

「寝不足か? 夜更かしでもしたのか」

「まあ、ちょっとな」

「今日は学校サボって寝てた方がよかったんじゃねえの」

「おまえじゃあるまいし、そんなに簡単に学校をサボれるかよ」

「さすが学年で一、ニを争う秀才は言うことが違うな」

「そんなんじゃねえよ」

 何だかこれ以上こいつが憔悴している理由を追及しづらかった。だから、俺は話をそら
した。

「だいたいおまえスペック高すぎだろ? 部活もやってないくせに体育まで成績いいんだ
もんな、おまえ」

「そんなことねえって」

「いいよなあ。学校で肩身狭い思いしたことねえだろ? おまえ」

「おまえにだけは言われたかねえよ」

「え?」

「何でもねえよ」

「おまえ、本当に大丈夫か」

「大丈夫だよ。それより昨日有希と仲直りはできたのか?」

「一応」

 あいつが俺に言ったことなんかとてもこいつには言えない。

「一応ってどういう意味だよ」

「仲直りしたよ。一応」

「だから、どう意味で仲直りしたって聞いてるんだろ」

 やぱりこいつ、有希のことを好きなんだ。
87 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:26:52.04 ID:e5rLf//zo

「あのさ」

「何だよ」

「いや、何というかさ」

「さっきから何言いたいの? おまえ」

「・・・・・・やっぱ、何でもないって」

「おまえさ」

「うん」

「前から思ってたんだけど、無駄に考え過ぎるとこ、おまえの悪い癖だぞ」

「別に考え過ぎてなんかねえよ」

「あとさ、大事なことを決めようって時にはあんまり余計なこと考えんなよ」

「意味わかんねえよ」

「人のことばっか気にしてんじゃねえよってことだよ」

「お前の方こそ意味わかんねえじゃん」

「そんで傷付く奴だっているんだぞ」

「俺さ、おまえの体調の話してたのにどうしてこういう話になるんだよ」

「まあいいや」

「いいのかよ」

「おまえが言うなよ」

 担任が入ってきたせいで、俺と夕也の会話が再開したのは、昼休みになってからだった。

「おまえ今日は麻衣ちゃんとお昼一緒?」

「妹からは今日は何も言われてねえな」

「じゃあ、学食行くか」

「やめとく」

有希とこいつと三人で昼飯を食う気になんてなれない。

「何でだよ。麻衣ちゃんと約束ねえならいいじゃんか」

「つうかおまえ、昼飯食うより教室で寝てたら? 何か顔真っ青だぞ」

「平気だって。病気じゃあるまいし単なる寝不足だっつうの」

「でもおまえ、いつも有希と二人で飯食ってるだろ? そっちはいいのかよ」

「おまえと麻衣ちゃんと一緒だよ。今日は約束してねえよ」

「でもよ」

「いいから早く行こうぜ」

「じゃあ学食行くか」

「おう。おまえのせいで出遅れてたじゃねえか」

「まあ、定食は無くなっても麺類とかはあるだろ」

「ラーメンとかそばとかじゃ腹減るんだよなあ」

 食欲のかけらも無いような表情してよく言うよ。俺はそう思った。

「まあ、とにかく早く行こう」

「おお」
88 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:27:24.63 ID:e5rLf//zo

「まさか麺類すら売り切れているとはな」

「おまえが飯食いに行くくらいでうだうだ言ってるからだろうが」

「まあ、とりあえず辛うじて丼物は残ってたんだからいいじゃん」

「悩んで眠れなかった翌日の昼飯にかつ丼は厳しいっつうの」

 やっぱり。夕也は有希の態度のせいで悩んでいたのだ。

「やっぱりな」

「やべ。つい、口に出ちまった」

「あほ」

「うるせえよ。ま、いいか。俺とおまえの仲で隠しごとしてもしょうがねえか」

「本当だよ。さっさと何を悩んでたのか言え」

「いや」

 もうストレートに聞いてしまおう。俺はそう思った。

「おまえさ、有希のこと好きだろ?」

「おまえは?」

 意外なことに夕也は聞き返してきた。そうきたか。

「おまえから言えよ」

「何でだよ。最初に聞いて来た方が先に言えよ」

 しばらくの沈黙のあと、夕也が言った。

「まあ好きかな。おまえはよ」

 夕也に本心を言わせた以上、俺も正直に答えるべきだ。だから俺は思い切って言った。

「うん・・・・・・好きかな」

「おまえ、有希が好きならよ。何で昨日とかあいつの好意に応えねえの?」

「おまえこそ、あいつのことが好きなら何で俺と有希を二人きりにしようとしたんだよ」

 夕也は黙った。

「何とか言えよ」
89 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:27:53.72 ID:e5rLf//zo

「俺さ」

「うん」

「泣き言言うわけじゃねえけど。最初は有希の方が積極的だったんだよな」

「そうなのか」

「あいつ、去年俺んちの隣に引っ越してきたじゃん?」

「うん」

「最初の挨拶の時からあいつ、学校もクラスも同じだとわかると、毎朝一緒に登校しよう
ってさ」

「ああ」

「そんでおまえと麻衣ちゃんとも知り合って一緒に登校するようになったじゃん?」

「そうだったな」

「でさ、有希ってその頃は、おまえより俺の方をいつも気にしててくれてさ」

「・・・・・・うん」

 確かに、それは夕也の言うとおりだった。そのせいで俺は有希に失恋したつもりになっ
たのだ。

「いつの間にか俺の方もマジで惚れちゃったわけさ」

「そうか」

「何かこんな話するの恥ずかしいけどよ」

「まあだけど、有希が俺の方を好きだなんて俺の勘違いみたいだし」

「ちょっと待てよ」

「おまえは俺のことは気にしなくていいぞ」



 夕也のやつは、本気で有希が好きなのか。前から察してはいたけれど本人からはっきり
と言われたのは初めてだった。俺は自分の部屋のベッドに横になって考えた。

 それなのに、というかそれだからと言うべきなのかもしれないけど、夕也は有希の恋を
応援してるみたいだ。そして有希の恋愛感情は意外なことに夕也ではなく俺の方を向いて
いるらしい。夕也の応援は、多分俺への友情とかじゃなくて、有希への愛情からだろうけ
ど。

 だからと言って有希の俺への気持に応えられるかというとそんなに簡単な話ではない。
夕也は俺の親友だ。そのあいつが、有希のことを好きな夕也がここまで配慮してくれてる
のに、俺だけ自分の想いを遂げるわけにはいかないだろう。

 妹に慰めてもらいたい。割と切実に。俺はそう思った。あいつは、昼飯は作ってくれな
いわ、帰りも一緒に帰ってくれないわ、いくらなんでも今までと態度変えすぎだろう。今
だって麻衣は自分の部屋に閉じこもっている。

 そのとき俺の携帯が振動した。ディスプレイには二見の名前が表示されていた。LINEの
メッセージの着信だった。
90 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:28:37.78 ID:e5rLf//zo

「さっき始めたばっかだけどもう二百レス超えちゃった。今日は流れが早いみたい。君が
本当にあたしに興味があるなら下のURL開いてみて。今日は人多過ぎだから早めに画像消
しちゃうし。じゃあ、もし気に入ってくれたらレスしてね。そんでさ、もしレスしてくれ
るならレスの中に、制服GJって書いてね。それで君だってわかるから。じゃあね』

 リビングに戻ってパソ立ち上げるのも面倒だし、このまま携帯で開いちゃうか。俺はそ
の時は気軽にそう思った。女神とか女神行為の意味はわからなかったけど、掲示板とかSN
Sとかに二見の居場所があるのだろうという感じはしていたから、そのときはそんなに焦
ったりはしなかった。

 2ちゃんねるだな確かに。指定されたアドレスを開いた俺はそう思った。

『暇だからjk2が制服姿をうpする』

 俺はその内容に目を通した。


『とりあえず顔から。目にはモザイク入れました』


 画像が貼ってある。開くと、制服姿の華奢な肢体がディスプレイに映った。これは本当
に二見だ。目だけモザイクかかってはいるけど。こんなことやってたのかよ。

『制服のブラウスとスカート。鏡の前で撮ってます』

 二見は鏡に映った自分を撮っているようだった。っていうかスマホまで映っちゃってい
るけど、あれは間違いなくあいつのスマホだ。というか画像でも見ても二見は可愛いい。
そして、これだけ可愛いせいか、ついてるコメントも好意的だった。



『女神きたーーーー!!』
『ここが本日の女神スレか』
『かわいい〜。もっとうpして』
『ふつくしい』
『ありがとうありがとう』
『光の速さで保存した』
『セクロスを前提に結婚してください』
『これは良スレ』
『つか全身うpとか制服から特定されね?』


 あいつが女神って。こういうのを女神行為っていうのか。俺は初めて二見が言っていた
女神の意味がわかった。それにしても、こんなことしてあいつに何の得があるんだろう
か。自分をほめてほしいからか

『>>○ 特定は大丈夫だと思います。よくある制服なので。心配してくれてありがと』
『>>○ ならいいけど無理すんなよ。校章とかエンブレムとかはぼかしといた方がいい
ぞ』
『つうかお前らこれって転載だぞ。前にも見たことあるし』
『何だ釣りか。解散』
『>>○ 今撮ってるんだけど。前にも何度かうpしてるんでその時見たのかな? とりあ
えずID付きで手と腕』
91 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:30:02.60 ID:e5rLf//zo

 次の画像は。俺は画像のURLをクリックした。二見のその画像に映し出された姿。腕は
細いし色白でむっちゃ綺麗だ。



『おお。確かにIDが』
『俺は信じてたぞ』
『つうかexif見りゃ今撮影してるってわかるじゃんか。お前ら情弱かよ』
>>1のスペック教えて』
『首都圏住みの高校2年です』
『彼氏いる? 年上はだめ?』
『処女?』
『可愛いよね。これだけ可愛いとやっぱイケメンしか眼中にない?』
『>>○ 彼氏はいません。年上でも大丈夫ですよ〜』
『>>○ 処女です』
『顔よりか優しくて頭がいい人がいいです』



 画像の二見の可愛らしさはともかく、少なくともこの場所では二見は普通にコミュニケ
できている。不特定多数の人相手なのに、これがリアルではボッチの二見とは思えないほ
どに。ここまで社交的に話せるのに何で学校じゃああなんだろう。それに。

 ・・・・・・処女か。

 しかしスレの流れが早い。更新するたびに十くらいレスがついてる。

『30代のリーマンだけど対象外?』
『アドレス交換しない?』
『出合厨は氏ねよ』
>>1も全レスしなくていいからもっとうpして』
『次は足です。太くてごめん』



 え? スカートたくし上げて太腿を露出させてるじゃんか。女神行為ってここまで露出
してするものなのか。でも白くてすべすべしてそうだ。結構際どいところまで写ってるけ
ど、二見は恥ずかしくないのか。



『むちゃ綺麗な足だな』
『全然太くないっつうかむしろ細いじゃん』
『なでなでしたい』
『パンツも見せて』
『何という神スレ』
『もっと、もっとだ』
『もっと顔みたい』
『パンツはダメです。つ横顔』



 そうだよな。さすがに下着姿までは見せないよな。俺はほっとした。ほっとしたけど少
し残念な気もする。それにしてもすごいレス数だ。これではとてもじゃないけど、全部の
レスは読めない。少し飛ばし読みしようと俺は思った。最新のレスに追いついたとき、レ
ス数は既に三百レスを越えていた。画像なんか十枚も貼られてないのに何でこんなに盛り
上がるのだろう。

 しかもちゃんと肌が見えてるのってさっきの足くらいで、あとは制服姿とか耳とか手と
かのアップの画像なのだ。中には構ってちゃん死ねとか馴れ合い厨きめえよとかって感じ
のアンチレスもついてたけど、大半は好意的なレスだった。何だか、二見を中心にして雑
談してるみたいだ。しかし二見はこういうのを毎日のようにやっているのか。あいつは毎
朝駅でレスを確認してるとかって言ってたけど。
92 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [saga]:2016/01/14(木) 23:30:41.25 ID:e5rLf//zo

『みんな構ってくれてありがとう。ちょっと用事が出来たのでうpはおしまいです。みん
なまたね〜』
『楽しませてもらったよ。気をつけて行ってらっしゃい』
>>1乙 良スレだった』
『うpありがと。またな』
『今日は冷えるから上着着とけよ おつかれ〜』
『またうpしてね』
『コテ酉付けてよ』
『転載されるから画像ちゃんと削除しとけよ』
『帰ってくるまで保守しとこうか』

 どうもこれで終わりらしい。俺は慌てて二見に言われたとおりにレスした。



『制服GJ』



『みんなありがと。保守はいいです。今日は帰宅が遅くなるのでこのスレは落としてくだ
さい』
『>>○ 制服をほめてくれてありがと。どうだった?』

え? 俺にだけレスしてくれたのか。

『何で>>○にだけレスしてるんだよ』
『>>○死ね』
『>>○ 何なんだよおまえ』
『>>○の人気に嫉妬』



 もういいや。俺はそう思った。確かに太腿の露出にはびっくりしたけど、まああのくら
いなら、卑猥というほどの話でもない。ただ、これがあいつの交友関係ってやつかと考え
ると、何だかわかるようなわからないような気持ちになる。普通に見てて楽しかったけど、
これが現実の人間関係の代わりになるとも思えない。それにしても、何で俺は二見のこと
ばっかり考えてるんだろう。今はむしろ有希と夕也のことを真剣に考えなきゃいけないの
に。

 俺はそう思ったけど、なぜか俺の手は未練がましく今最小化したはずのブラウザを再び
クリックしていた。ちょっとだけ二見の太腿の画像を見てみるか。もう落ちちゃっただろ
うか。そうしてスレを見るとスレ自体はまだ残っていた。

 すげえ。まだ保守してる奴がいる。俺は画像の貼ってあったレスを探して未練がましく
クリックしてみた。

404 NOT FOUNDという表示が映し出され、二見がアップした画像は既に見えなくなってい
た。
93 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/14(木) 23:31:12.18 ID:e5rLf//zo

今日は以上です
また投下します
94 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/15(金) 14:58:58.23 ID:5Gomu8qNO
乙です
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/21(木) 19:36:34.83 ID:KbkKP23D0
作者ですがPCが逝ってしまいました。
データはクラウドに置いているので無事でしたが、新しいPCを購入するまでしばらく更新できません。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:45:09.89 ID:ZYZlVptYo

 翌朝、あまり眠れなかった俺は朝になっていろいろ後悔した。これじゃ、俺って全然だ
めじゃんか。有希のこととか夕也のこととかで悩むならともかく、何で俺は三十分おきに
あのスレの確認なんかしてたんだろう。結局、二見はあのスレには戻ってこなかった。そ
れでも俺は、三時過ぎにあのスレが落ちるまでは気になって眠れなかったのだ。

 全く。あんな画像見ただけでどんだけ二見のこと気にするようになったんだよ、俺は。
他にもっと気にしなきゃいけないことがあるのに。起きるか。俺は着替えて階下に下りた。

「おはよう」

「おはよ」

「早くご飯食べちゃって。・・・・・・て、どしたの?」

「どしたって何が?」

「昨日眠れなかったの?」

「わかるか」

「うん」

「そうか」

今朝は普通に接してくれるんだな、こいつは。おれはそう思って食卓についた。

「あまり悩まないで自分に素直になればいいと思うけど」

「おまえ何の話してるの」

「何って。お姉ちゃんのことで悩んでるんでしょ」

「いや、そんなんじゃなくて」

「隠したって無駄だよ。前にも話したけど、お兄ちゃんがお姉ちゃんのこと好きだったこ
となんか、あたしは前から知ってたんだから」

「そうじゃねえのに」

「そのお姉ちゃんから告白されてお兄ちゃんが悩まないわけないじゃん。お兄ちゃん、夕
さんの親友だしね」

「あのさあ」

「お姉ちゃん、バカだよね。お兄ちゃんと結ばれるチャンスなんか今までいくらでもあっ
たのに。あたしなんかに、お兄ちゃんの実の妹なんかに遠慮してさ」

「もういいよ」

「お兄ちゃんが夕さんのために身を引いても、多分お姉ちゃんはもう夕さんとは付き合わ
ないよ」

「何でそんなことおまえにわかるんだよ」

「お姉ちゃん言ってたもん。仮にお兄ちゃんがお姉ちゃんの告白を受け入れてくれなかっ
たとしても、もう夕さんとは一緒に過ごさないって」

「夕也がかわいそう過ぎるだろ、それ」

「その気もないのに親しく接せする方がかえって残酷だと思うよ」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:45:41.97 ID:ZYZlVptYo

自宅の最寄り駅で俺は麻衣と二人でいつもの電車を待った。

「今日も弁当作ってねえの?」

「うん。最近夜忙しいから準備できなくて」

「まあ、おまえにばっか負担かけてきたわけだからしょうがねえよ」

「ごめんね」

「別に学食とか購買のパンでも問題ねえし」

「お兄ちゃん、偏食だからな。本当はあたしのお弁当で栄養管理したいんだけどなあ」

「別に肉ばっか食ってるわけじゃないぞ」

「口では何とでも言えるしね。いっそお姉ちゃんに頼んじゃうか」

「頼むって何を?」

「しばらくお兄ちゃんのお弁当作ってくれないって」

「ば、ばか。よせ、絶対にそんなこと幼馴染に言うんじゃねえぞ」

 今の有希なら本当に作りかねない。

「冗談だって。そんな図々しいこと本当に頼むわけないじゃん」

「それならいいけど」

「あ」

「どうした?」

 二見が駅の隅にいた。

「今日もいるね」

「うん、いるな」

 妹は黙ってしまった。



「お姉ちゃんおはよう」

「麻衣ちゃんおはよ。今日も可愛いね」

「ありがとお姉ちゃん」

「麻人もおはよう・・・・・・って、どうしたのその顔?」

「おはよ。別にどうもしてねえよ」

 やっぱり有希は、今日も夕也とは別行動なのか。

「酷い顔でしょ」

「うん。寝不足?」

「ちょっとな」

「お姉ちゃんお姉ちゃん」

 麻衣が有希の耳に口を寄せた。内緒話をしている風だけど、声がでかいせいで何を言っ
ているのか全部聞こえている。

「どしたの? 麻衣ちゃん」

「今お兄ちゃんは悩んでるの。わかるでしょ?」

「あ」

「もう。当事者のお姉ちゃんが気が付いてあげなくてどうするの」

「ごめん。そうか、そうだよね」

「もう寝不足には突っ込まないであげて」

「うん、わかった」

 何でわざとらしく声をひそめているのか。全部聞こえてるっつうの。それに、本当はそ
のことで悩んだんじゃない。頭の中に女の太腿の画像がこびりついていたせいなのだ。

 あいつは今夜もやるのだろうか。女神行為を。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:46:15.97 ID:ZYZlVptYo

 麻衣と別れて有希と二人で始業前の教室に入ったけれども、有希は友人にあいさつされ
て俺のそばから離れていった。

 二見はまたぎりぎりに来る気なのだろうか。教室には彼女の姿がなかった。ちょっとで
も授業始まる前にあいつと話せないだろうか。俺が未練がましくそう思って教室の入り口
を見ると、二見が教室内に入ってきた。いつもよりは一本早い電車に乗ったのだろう。な
ぜか俺の胸の動悸が激しくなった。

「池山君、おはよう」

「おはよう」

「・・・・・・寝不足?」

「ああ、ちょっと」

「悩みでもあるんですか?」

 二見がにこっと笑った。

「何でもねえよ」

 おまえの白い太腿が気になって眠れなかったなんて言えるか。

「あのさ」

「うん」

「見たよ、昨日のスレ」

「レスしてくれたから知ってるよ」

「うん」

「どうだった?」

「どうって言われても」

「軽蔑した? それとも嫌悪を感じた?」

「そんなことねえよ」

 思ったより大声を出してしまった。周囲の生徒たちが俺たちの方を見ているのがわかっ
た。思わず大声を出してしまった。有希とか他のやつらが変な顔でこっちを見ている。

「別に嫌な感じなんてしてねえよ。可愛い写真ばっかだったし」

「本当?」

「ああ」

「嬉しい」

 このあたりでようやく俺の緊張も解けてきた。

「おまえ、すごく人気あったじゃん。結婚してくださいなんて言われてたし」

「そんなの真面目に言ってるわけないじゃん。盛り上げてくれてるだけだよ」

「そうなの? メアド教えろとかっていうのも?」

「ああ。あれは少しマジかもね。どうしても出合厨って沸いてくるし」

「うん?」

「まあ、スルーすればいいのよ、ああいうのは」

「よくわかんねえけど、おまえ昨日は楽しそうだったよ。おまえのレス見ててそう思っ
た」

「昨日はスレ荒れなかったからね。あんなもんじゃないこともあるのよ」

「そうなんだ」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:46:49.09 ID:ZYZlVptYo

「あたしの写真、気に入った?」

 二見が微笑んで俺の方を見た。

「え? 何だよそれ」

「可愛かったかな?」

「う、うん」

「君にそう言ってもらえると嬉しいな」

「おまえさ」

「なあに」

「ああいうの毎日やってるの?」

「毎日じゃないよ。普段は他の板とかでロムってることも多いし」

「まあ、昨日くらいの露出なら問題ないんだろうけど」

「うん?」

「学校の奴らとかにばれたらまずいんじゃないの」

 いくらぼっちの二見だって、そういう噂はまずいんじゃないか。俺はそう思った。

「ばれないよ。顔とかは隠してるし」

「隠してるうちに入らねえと思うけどな、あの程度じゃ」

「平気だって。それよか、まだ見る気ある?」

 見る気がないかあるかと聞かれれば、それは見たい。

「今夜もスレ立てるの?」

「そういうわけじゃなくて。あたしが前に言ったこと覚えてる?」

「うん?」

「恥ずかしいから最初はソフトなやつって言ったでしょ」

「あ、ああ。」

「でね。今夜は久しぶりに女神板でやろうと思って」

「何それ」

「見ればわかるよ。その気があるならまたメールしてあげるけど」

「・・・・・・うん」

「じゃあ、夜八時頃から始めるから」

「わかった」

 それまで俺の方を見ていた二見の視線がずれた。

「あ、広瀬君が来た。最近一緒に登校しないんだね」

「・・・・・・わかってて言ってる?」

「ごめん。でも彼、君以上に寝不足な感じ」

 夕也のやつ、ひどい顔だ。

「広瀬君、せっかくイケメンなのにね」

「うん」

「あ、先生来ちゃった。また後でね」

「おう」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:47:43.74 ID:ZYZlVptYo

 午前中の授業終了後、俺は二見の声に起こされた。

「池山君、池山君ってば。起きてよ」

「あ」

「あ、じゃないわよ。授業終わったよ」

「俺、寝ちゃってたのか」

「机に突っ伏して盛大にね。あの先生だから見て見ぬ振りしてくれたけど、他の先生だっ
たら怒られてるよ」

「うん。何かいつのまにか寝ちゃったみたいだ」

「寝不足で疲れてるんでしょ。何で寝不足なのかは知らないけど」

「何でもないよ」

「今日は妹さんと一緒にお昼?」

「いや今日は約束してないよ」

「じゃあよかったら一緒にお昼食べない?」

「いや、ちょっと夕也と話がしたいんでさ」

「広瀬君、授業終わったらすぐ教室を出てっちゃったよ。気分悪そうだった」

 あいつ、もしかして俺のこと避けてるのか? 昨日はちゃんと話せたのに。

「じゃあ、中庭に行こうか」

 二見が言った。



「君も、二見さんとか広瀬君のことでも考えて眠れなくなったんでしょ」

「違うよ」

「じゃあ妹さんのことでも考えてた?」

「だから違うって」

「じゃあ何で寝不足なの? 場合によっては力になってあげられるかもよ」

「力になるっておまえが?」

「ぼっちのあたしが言っても信じてくれないかもしれないけど、あたしって問題解決能力
が高いぼっちなんだよ」

「何だよそれ」

「ほんとだよ」

 二見は突然微笑んだ。それはすごく可愛いい笑顔だった。正直に言っちまうか。俺はそ
う思った。それでこいつがどんな反応するかも知りたい気がするし。

「ええとだな」

「うんうん」

「おまえの立てたスレを三十分おきくらいに見に行ってたら寝そびれた」

「え・・・・・・つうか、え?」

「いや何か落ちないようにスレ保守している人がいっぱいいたから、おまえがスレに戻っ
てくるんじゃないかと思ってさ」

「飽きれた。今日は戻れないってレスしたのに」

「まあ、あとさ。正直な話、おまえの画像が気になって眠れなかったっていうのもある」

「え」

 やばい、引かれたか。俺はそう思った。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/30(土) 22:49:05.89 ID:ZYZlVptYo

「あ、あの。変なこと話して悪い」

 二見は黙って俺を見ている。

「気持悪かったよな。今の忘れて」

「うれしい」

 二見が俺の方を見上げるようにして小さな声で言った。

「え?」

 何なんだ。

「あたしさ、ああいうことしてるって知り合いに話したの初めてだったんだ」

「うん」

 そりゃそうだろうなって俺は思った。気軽に学校とか家庭で話せるようなことじゃない。

「どうせ知られたら変な目で見られるだろうし、噂にもなるだろうし」

「まあ、普通はあれを知ったらドン引きするだろうけどな」

「あたし、多分友だちとか作ろうと思えばできると思うんだけど、隠し事をしながら友だ
ちと付き合うの嫌だったから」

「それでいつも一人でいたの?」

「うん。でもさ、自分でも何でかわからないけど君とは友だちになりたくてね」

「そうなんだ」

「そうなの。でも隠し事するの嫌だったから、怖かったけど女神のこと君に教えたの」

「そうか」

「嫌われるだろうなって覚悟してたけど、気にしないでくれて、っていうか気に入ってく
れて本当にうれしい」

 俺が好きなのは有希だけど、何かここまで好意を示されると正直うれしい。こいつは可
愛いし。

「まあ俺だって健康な男子だし。あの太腿の写真をもう一度見ようとしたくらいだしな」

「・・・・・・え」

 やばい。ちょっと言い過ぎただろうか。

「ちょっと。大きな声で太腿とか言わないでよ。で? 画像は保存したんでしょ」

「してない」

「え? 何でよ。すぐ削除しちゃうから普通みんなすぐにダウンロードするんだよ」

「いやそれ知らなくてさ。もう一回見ようとしたら見れなかった」

「ちょっと待って」

 二見はスマホ取り出して何か操作し始めた。

「送信したよ」

「何を?」

 スマホが振動した。

「メール見て」

「俺の携帯か。おまえから?」

「君にプレゼント」

 空メールに添付されていたのは、昨日の二見のむき出しの太腿の画像だった。

「よかったらどうぞ。好きに使っていいよ」

「つ、使うっておまえ何言って」

「だってよくレスもらうよ? 大切に使わせてもらいますとかって」

 俺は二見の笑顔を正視できなかった。正直に言えば、その場で死にたいくらいだった。
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