女神

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156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:03:44.66 ID:PMIDBg1vo

「・・・・・・俺のカメラで撮るか?」

「え?」

「一眼とか持ち歩くほど写真好きじゃないんだけどさ」

「うん」

「親父から麻衣の写真とか撮って送れって言われてるから、いつも持ち歩いているカメラ
ならあるんだけど」

「そんなカメラで女神行為なんて撮ってもらっていいの?」

「俺は別にいいけど。むしろおまえはいいの?」

「何で?」

「自分の体だしな。他人のカメラでデータ保存されるのが気持悪いなら、無理には勧めな
いぜ」

「お願いしていい?」

「俺のことそんなに信用していいのか」

「うん。君のことは本当に好きだし、むしろ麻人のカメラで撮ってもらえるなら嬉しい」

「大袈裟だよ、おまえ」

 でも、内心では優のその信頼が俺には嬉しかったのだ。

 俺は自分のカバンの中から、カメラを取り出した。それは親父やお袋の影響でカメラ好
きになっていた俺に喜んだ両親が、以前プレゼントしてくれたカメラだった。それは高級
コンパクトデジタルカメラに分類されるカメラで、優の所有しているミラーレスほど自由
度はないけど、気軽に高画質な写真を撮るには最適なカメラだった。価格もそれなりに高
価なこのカメラをくれた親父は俺にこう言ったのだった。普段、麻衣に会えないから、お
まえがこのカメラで妹のスナップを撮って送ってくれって。だからこのカメラのSDカード
には麻衣のスナップ写真がいっぱい詰まっていた。SDカードのメモリーがなくなると、そ
の画像をリビングのパソコンに転送して親父に送付して、ハードディスクに保存する。妹
が食事の支度をしている時の俺の日課はこれだったのだ。

 そのカメラに優の女神行為を記録することになった俺は、複雑な気持を抱き抱えていた。
このメモリーカードには俺と妹の記憶が残されている。たまには有希とか夕也の写真も撮
影したけど、このカードに保存されているのは、ほとんどは親父に送るために撮影した麻
衣の画像だった。でも、今の俺は優が俺に示してくれた期待と信頼にわくわくしていたか
ら、そのことについてはあまり深く考えようとはしなかった。

「カメラは準備できたの?」

「ああ。使い慣れた自分のカメラだからな。いつでもいいよ」

「じゃあ、撮影しようか。今日は撮り溜めておいて一気にうpしよう」

「あ、ああ」

「じゃあ、これお願い」

「え?」

 優が俺にロープのような物を差し出した。

「自分じゃ縛れないし。あたしの腕を縛って。あまりきつくしないでね」

 優はベッドに座って後ろに手を廻している。この手を縛ればいいんだろう。でも、そうし
たとたんに、優は反射的に声を出し、体を動かした。

「ごめん。痛かったか?」

「そうじゃないあたしの方こそ変な声出してごめん」

 なんだかとても興奮する。体もそうだけど、精神的にもやばい。

「うん。じゃあ、撮影する?」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:08:10.17 ID:PMIDBg1vo

「とりあえずこのポーズで撮影して」

 後ろ手に縛られたままの恰好で優はそう言った。

「じゃあ撮るぞ。顎を上げて目線をカメラの方に向けて」

 俺はシャッターを切った。

 しばらくの沈黙。目が潤んでいて顔が赤らんでいる。やばい、こいつ何でこんなに色っ
ぽいんだろ。俺はそのままシャッターを切った:

「じゃあ、一度縄を解いてくれる?」

「ああ」

「何か恥かしいな」

 優はそう言って、でも逡巡する様子はなくブレザーを脱ぎ、続いてブラウスの前ボタン
を外し始めた。俺はそれを見ていいのか目を逸らさなければいけないのか判断に迷いなが
らも、結局カメラの背面のディスプレイを意味なく見つめながら、優から目を逸らして彼
女が声をかけてくれるのを待った。

「ブラウス脱いだから」

 優が言った。

「またさっきみたいにあたしの腕を後ろで手に縛って」

 俺は言われるままに、優のむき出しの細い腕を掴んだ。その瞬間、彼女の体がぴくりと
震えた。俺は優の腕を背中の方に捻じ曲げながらも、こいつの腕の細さや柔らかさを極限
まで意識しながら、再び優を縛り上げた。この一連の作業の間、俺の心の中から撮影の手
順とか狙ったショットとかへの考えが薄れ、さっき優が解説してくれた、今日のシチュ
エーションが何か本当になったように感じていた。つまり俺は本当に優を襲っているかの
ような錯覚に囚われていたのだ。俺は狼狽しながらも自分の下半身の興奮をどうやって優
から隠そうかと考えていた。俺の脳裏にはさっきの言葉が無限にリフレインしていた。

 その後の出来事は夢のようだった。俺は初めてディスプレイ越しではなく直に優の肢体を
見る機会を得たのだったけれど、撮影中に見た女の姿はやっはりコンデジの背面ディスプレ
イを介してだった。

 優はブラウスの次にスカートをはずし、最後にはブラとパンツだけの姿で後ろ手に縛られ
たまま、自分のベッドに横たわっていた。むしろ、俺の意識の中では、優は無理やり自分の
ベッドに横たわらされていたという方が正しいのかもしれなかった。俺は女子高生を狙った
強姦魔だ。そしてこの可愛い女を好きなように弄ぶ前に、怯えている彼女の肢体を
無理やり撮影しているのだ。俺にはもう優の用意したシナリオと現実とが区別できなくな
っていたのかもしれない。下着姿で緊縛されている優の撮影が終った。こんな状況でも親
父に仕込まれた撮影の知識は自動的に俺を動かしていたようで、光源の変化や優の姿勢の
変化に応じて、俺は半ば無意識にカメラの設定を変え、優が綺麗に写るようにしていた。
この時点で撮影枚数は既に百枚近くなっていた。

 俺は手のひらで額に浮かんだ汗を払って、優の次の指示を待った。おそらくもうこれで
撮影をお終いだろう。こいつの女神行為では、下着を脱いだことはないのだから、もうこ
れ以上は脱ぎようがなかったし。俺はようやく我に帰った。そう言えばこいつの口をタオ
ルで塞いでいる写真を撮り忘れたな。俺がまだ先ほどの興奮に囚われながらぼんやりと考
えていると、次の指示が聞こえた。

「カメラを置いて」
 その声はこれまでのような監督が自信を持ってスタッフに指示しているような声ではな
く、弱々しいけどはっきりとした声だった。俺は一瞬で強姦魔ではなくなり、優の指示に
したがってカメラをデスクに置いた。そしてその次の指示はわかりやすいものだった。

「ブラとパンツを脱がして。あたし、縛られてて君に抵抗できないのよ」
 潤んだ瞳。切な気に身動きしようとして、縛られた肢体を揺すっている優。

「女神とかもうどうでもいいから・・・・・・あたし変な気持になっちゃった。お願い、来て」
 優は泣きそうな声で、そして切なそうな声で言った。

 俺はもう迷わなかった。ベッドに近づき優の体を見下ろし、そして俺は両手で彼女のブ
ラをたくし上げた。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:09:00.12 ID:PMIDBg1vo

「なあ」

「うん」

「おまえ本当に初めてだったんだ」

「何? 疑ってたの」

「そういうわけじゃねえけどさ。何っていうかおまえ普段から大人びてるし、前に男がい
たって言ってたし」

「やっぱ疑ってたんじゃない」

「悪い。でも少しだけど血がたし、おまえすごく痛がってたし」

「うん。最初に奥まで入れられた時は本当に死ぬかと思った。麻酔なしで手術されたみた
いだったよ」

「麻酔されたら気持ちの良さも感じられないんじゃね?」

「それくらい痛かったって話しだよ。ばか」

「悪い」

「でも、嬉しかった。こんなに早く君と結ばれるなんて思ってもいなかったから」

「それは俺もそう思ったよ。でもなあ」

 それにしても初体験が後ろ手に縛られている女の子とだなんて、普通じゃないにも程が
ある、と俺はそのときそう思った。

「どうしたの?」

「いや・・・・・・何て言うか」

「はっきり言ってよ」

「最初なんだし、ちゃんと抱き合いたかったなって、ちょっと思っただけだよ」

「どういうこと? ああ、そうか。あたしもあの最中に、君に抱きつこうとしたけど腕が
動かなかった」

「俺、初めてで慌ててたから。ごめん。ちゃんと腕を解いてからすればよかったね」

「普通の人とは違った初体験だったかもしれないけど、あたしはそれでも嬉しいよ。体だ
けじゃなくて心も繋がった感じがしたし」

「あ、それは俺もそう思った」

「じゃあ、いいじゃない。ねえ」

「うん」

「キスして」

「ああ」

 そういえばいきなり本番しちゃったんだ。いくら童貞とはいえ我ながら余裕が無さ過ぎ
だし、順番無視にもほどがある。

「ありがと」

「礼なんて言うなよ」

「うん」

「あ、悪い。もう縄ほどこうな」

「ちょっと待って」

「うん?」

「せっかくだし」

「何が?」

「君と結ばれた記念というか」

「う、うん」

「麻人のカメラで、このままのあたしを撮影してくれる?」

「え?」
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:10:33.47 ID:PMIDBg1vo

「おまえ、何言ってるんだよ。それじゃ本当にヌード写真になっちゃうじゃんか」

「いいじゃない。二人の記念として、麻人に撮影して欲しいの。だめ?」

「駄目っていうか、まさかその写真も女神板にアップするつもりじゃねえだろうな」

「まさか。あたしは女神行為は下着姿までって決めてるもん。それに二人の大事な記念写
真を他の人になんて見せるわけないでしょ」

「でもさ、よくアイドルのそういう写真の流出ってほとんど元彼が流してるんだろ? お
まえそういうことは心配にならないの?」

「君のことは無条件で信用しているし」

「そうは言ってもさ」

「あと、これを言うと引かれちゃうかもしれないけど」

「何?」

「そういう流出ってほとんどが振られた元彼の腹いせみたいなものでしょ? あたしは一生君のことを振ることはないから」

「嬉しいけどさ」

「勘違いしないでね。あたしたちだって普通に別れることはあると思うよ」

「何も結ばれた日にそんな話ししなくても」

「でもさ、その時は麻人があたしを見放した時なの」

「おまえ何言ってるの」

「あたしからは絶対に君を振らないって言ったでしょ? だからあたしたちが別れる時は
あたしが君から振られた時」

「何で一方的は未来予想図描いてるんだよ。だいたお何で俺がおまえを振らなきゃいけね
えんだよ」

「先のことは何にもわからないからさ。学校じゃ普通の女の子になろうとは思うけど、女
神だって時点でそもそも麻人にふさわしくないかもしれないし」

「そんなことは俺だって承知の上でおまえと付き合ってるのに」

「うん、そうだったね。でもまあ、先のことはわからないしね。ひょっとして君から振ら
れなかったら、十年後はあたしたち結婚してて、子どももいる平凡な夫婦になってるかも
しれないしね」

「何かいいなあ、そういいうの」

 付き合いだしたばかり、結ばれたばかりなのに。今、一瞬エプロン姿のこいつに朝家か
ら送られるイメージが浮かんだ。何か不確定な将来のことなのに、すごく懐かしくて切な
いような感情があふれてきた。涙まで浮かびそうになった俺は、あわてて首を振った。

「おまえって専業主婦になりたいタイプ? それとも結婚してもバリキャリみたく働きた
い?」

「君の好きな方でいいや」

 鬼が笑うような気の早い話しだけど、こいつとずっと一緒に過ごせたら幸せだろう。冷
たいかもしれないけど、もう有希とか麻衣とかを構う気がしなくなってきている。付き合
うって決めた後で、しかも結ばれた後で初めてそう思うなんて最低かもしれない。でも、
俺はこのとき、自分が本気で優に恋をしていることに気がついたのだ。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:12:14.52 ID:PMIDBg1vo

「おまえなら結婚して子どもができても女神とかやってそうだな」

「どうかなあ? おばさんになったら需要ないんじゃないかな」

「おまえなら行けそうな気もする」

「ねえ」

 突然、まじめな声で優が言った。

「うん?」

「本当にいやになったら口に出してそう言ってね」

「いやって、俺の方が振るって話? 振らねえよ」

「そうじゃなくてさ。女神のこと」

 そういうことか。

「俺がいやになったらまじめに考えてくれるんだろ」

 やめるとは言ってくれないのだけれども。

「うん。本当よ。でも、それだって言われなきゃわからないし、やっぱり口に出すって大
切だから」

「どういう意味?」

「昔さ、それですごく傷ついたことがあってね」

「へ」

「あのさ。あたしね、中学の頃、付き合っていた人がいたのね」

「ああ、そう言ってたね」

 俺にとっては優は初めての彼女だけど、優には元彼がいた。それは前にも聞いていたこ
とだった。

「別れたときね。すごく不本意だったの。何であんな振られ方しなきゃいけないんだろっ
て思ったよ」

「そうなんだ」

 何にでもよく気がつく優らしくなく、こういう話を聞かされる俺の感情を考慮する余裕
はないみたいだ。客観的に見れば後ろ手に縛られた全裸の少女が、ベッドに横たわりなが
ら元彼への未練を話している姿ってどうなんだろ。優の話に動揺しながらも、俺はそんな
つまらないことを考えていた。

「ごめんね。こんな話聞きたくないよね」

「いや。おまえが話したいなら聞く」

「うん。彼はさ、高校受験で大変なときだったから、あたし言えなかったのね」

「何を?」

「引っ越しと転校のこと。彼は当時高校受験で大変だと思ってたから」

「うん? 転校することを元彼に言えなかったってこと?」

「そうなの。でもさ、心は彼につながっていると信じていたから。遠距離になってもきっ
と受け入れてくれるって思ってたのね」

 そんだけそいつが好きだったというわけか。俺は内心の嫉妬心を隠すだけで精いっぱい
だった。初めての彼女と初エッチした直後なのに。

「でも、振られちゃったみたい」

「みたいって?」

「彼の受験が終わった日に、彼の教室に行ったら彼があたしの教室に行ったよって、女の
先輩が言ってくれてね」

「うん」

「正直、うれしかったけど、急いで向かった教室にはもう彼はいなかったの」

 同級生の女の子がいたらしい。あなたへの伝言? 別に聞いていないけど。携番? あ
んたが知らないのにあたしが知るわけないじゃん。彼女は優にこう言った。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:13:34.89 ID:PMIDBg1vo

 それは全くの正論だったのだろう。優が反論する余地すらない。優がその先輩の大切な
彼女ではなかったとしたら。

「結局はあたしのひとり芝居だったみたい。でもまあ、あれはあれで仕方なかったのかも
ね」

「なんで? 失恋したんでしょ」

「うーん。あの時のあたしは、彼に一方的に話をぶつけるだけでさ。今にして思うと、あ
たしが彼に依存してただけかも」

「わかんねえなあ」

「君とは違うんだよ、多分」

「それこそ意味わかんね」

「あの時は自分にだけ興味があった感じだけど、今は君に興味あがあるし」

 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、相変わらず優は全裸で後ろ手縛りされているので、
目のやり場に困る。

「じゃあ、撮影しよ。今度は君がポーズを指示してよ」

「やっぱりやるのかよって、無理無理。恥かしくてそんなこと出来ないって」

「カメラマンになりたいんでしょ? それくらいできないと」

「カメラマンになりたいなんて言ってねえじゃん」

「いいから。グラビア撮影の練習だと思えばいいよ。あ、でもこのまま後ろ手に縛られた
ポーズでね」

「そういう趣味ないなら、なんで縛られることにこだわるの?」

「君と結ばれた時の格好だから」

「じゃあ、本当に撮るぞ? いいんだな」

「うん。やっとその気になってくれた」

「じゃ、ちょっと体を起こして」

「無理だよ・・・・・・手を使えないんだし」

「あ、悪い。じゃあ、俺が」

「何かエッチな触り方」

「からかうな。ちゃんと撮るなら真面目にやろうぜ」

「ごめん。起き上がれたけどどういう姿勢になればいい?」

「それはファインダー覗きながら指示するから」

「何だ、麻人もやる気満々じゃん」

「どうせ撮る以上は真面目にやって綺麗な写真にした方がいいだろ」

「うん」

「こうなるってわかってたら、コンデジじゃなく家からもっといいカメラ持ってきたの
に」

「そこは腕でカバーしなさいよ」

「言いたいこと言いやがって。じゃあ、そのまま座り込んでて」

「うん」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/13(日) 00:15:18.34 ID:PMIDBg1vo

 俺はコンデジの背面ディスプレイに優の肢体が入るようにした。親父が買ってくれたカ
メラは、一眼レフのようにはいかないけれどマニュアルで撮影できるし、何よりも開放絞
り値がF1.8と明るいズームレンズを備えていたので、それなりの表現力はあるはずだ
った。

 ソフトフォーカスで綺麗に見せるのはやめようと俺は思った。二人の結ばれた日の記念
写真だというのなら、ある意味スナップ写真みたいなものだから、優の肢体をリアルに写
し取ったほうがいいだろう。別にアイドルのグラビアを撮るわけではないのだ。俺はファ
インダーがないことに少し不便を感じながらもディスプレイを眺めながら、カメラを設定
した。

「じゃあベッドの上にペタンって座り込んでいる感じで、視線だけカメラに向けて。緊縛スレ
用じゃないんだから怯えた演技とかするなよ」

 俺は優に指示した。ポーズの指示自体はいつも妹のスナップ写真を撮る時に妹に注文
していたから、別に違和感はなかった。妹はいつも撮影時間が長いことに文句を言ってい
たけど、優が文句を言うことに気を遣う必要はなかった。

「どういう表情をすればいいの?」

 優は首をかしげて素直に俺に聞いた。彼女のその様子は自然でそれはすごく可愛らしか
った。俺はその瞬間を逃さずシャッターを押した。連写に設定してあるせいでシャッター
音が六回鳴り響いた。

「それでいいよ。今度は横を向いて顔だけ正面を見てくれる」

 優は俺の指示に従った。

「こういう感じ?」
 優が、にっこりと笑いながら指示通りのポーズを取った瞬間を俺は再び写し取った。

「次は後ろ向いて。背中と縛った腕とかを撮るから」

 優が指示されたポーズになると、当然のことながら彼女の表情が見えなくなり、カメラ
のディスプレーには、ただ華奢で綺麗な裸身を緊縛された少女の姿が浮かび上がった優の
表情が隠されると恋人同士の記念撮影という感じは全くせず、優が緊縛スレ用に設定した
ストーリーが俺の頭を再び占拠していった。

「何かさ・・・・・・・ちょっと、その」

「うん」

 優も同じことを考えていたようで、少し湿った声で俺に答えた。

「記念撮影とかだけじゃなくてもいいかな」

 優のかすれた声が俺の耳に届いた。

「ちょっとエッチな雰囲気の写真でもさ。あんたがその気になって撮ってくれるなら」

「じゃ、俯いて」

 俺はもうためらわないで優に指示した。とにかくカメラの向こうにいる彼女は美しい。
今はそれを撮影することだけを考えよう。俺は再び浮かんできた嫌な汗を手で額から払っ
た。考えてみれば間抜なことに被写体の女だけじゃなくて撮影している俺も全裸でカメラを
構えているのだった。俺は縛られて俯いている優の裸身をカメラに収めた。

「仰向けに横たわって・・・・・・・目線はカメラを見上げるように」
「横向きになって足を広げて」
「うつ伏せになって、顔は必死な表情でカメラの方に向けることはできるか?」

 ・・・・・・それはもう緊縛ヌード撮影と何ら変わりがなくなってしまっていた。被写体は未
成年の女子高校生だったけど。ただ、俺は全裸で優にカメラを向けながらも彼女の被虐的
なポーズに勃起することもなく、夢中でシャッターを押し続けていた。その時俺の感じていた
興奮は性的興奮以外の興奮の方が大きかったことは断言できる。

 でも、撮られている優の感想は俺とは少し違ったようだ。

「ねえ。もう三十分以上撮影してるよ。そろそろ縄をほどいて」

 俺は優の言葉に正気にかえった。後ろ手に縛られたままいったい何時間もこいつはその
痛みに耐えていたのだろうか。

「ごめん」
 俺はカメラを置き、優の腕を開放した。その途端、優が全裸のまま俺に抱きついた。

「あたしまた何か変な気分になってきちゃった・・・・・・ね? もう一度」

 その時、俺は俺に密着している華奢な裸身にようやく性的な興奮を覚えて、再度優をベ
ッドに押し倒した。

 ・・・・・・今度は優の自由になった腕にきつく抱き締められながら。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/13(日) 00:16:01.81 ID:PMIDBg1vo

今日は以上です
また投下します
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/13(日) 05:36:21.96 ID:S+ex7T3I0
乙です
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/24(木) 23:44:22.55 ID:jhPeExTco

 中学生の頃までは、僕は欲しいものには何でも手が届くのだろうと考えていたものだっ
た。

 成績は学年でもトップクラスだったし、学校の授業と関係ない雑学的な知識や文学的な
素養、そしてパソコンやネット関係のスキルまで僕には備わっていた。学業を除けばそれ
らのスキルは苦労して習得したものではなく、日々の生活の中で自然に身に付いたものだ
った。

 とは言っても僕にも弱点はあった。スポーツ関係の能力だけは人より劣っていたし、腕
力的喧嘩的な意味でも平均以下の能力しか持ち合わせていなかったのだ。

 そういう僕に対して、どういうわけか中学の時はみんなが僕に一目置いていた。その頃
の僕の交際範囲は広かった。僕の知り合いには成績優秀な同級生もいたし、反対に半ば学
校生活を諦めていて乱暴な態度によってしか自己表現できないやつらもいたのだけれど、
そういう乱暴者たちにも僕は人気があったのだ。

「あいつはただ頭いいだけのやつじゃねえよ。俺たちみたいな出来損ないのこともよくわ
かってるしな」

 こういう乱暴な連中と付き合うことも、その頃の僕には負担にならなかった。

 品行方正成績優秀な同級生も粗暴で教師から将来を心配されている連中も、彼らに共感
し彼らの話を聞いてあげられる僕に対しては、双方ともまるで借りてきた猫のように大人
しくなり、僕に懐いてきたものだった。

 もちろん僕のことを嫌う同級生はいなかったわけではない。その中でもどういうわけか
僕を目の敵にしていたそいつは、ある日僕の胸元を掴んで乱暴な声で威嚇するように言っ
た。

 「自分のことを僕なんて呼ぶやつが本当にいるんだな。おまえ、きめえよ」

 僕のことを嫌っていた不良じみた同級生の一人は、僕にそう言い放って僕に殴りかかっ
た。でも、その時彼は、僕がよく相談に乗っていたクラスのアウトローの親玉みたいなや
つに制止されぼこぼこにされたのだった。

「おまえ大丈夫だったか」

 僕を助けたやつは、床に這いつくばってうなっているそいつには構わず僕に話かけた。
その一件以来、暴力で僕の相手をしようという生徒は一人もいなくなった。

「あんたっていい子ぶってるけど、実際は不良みたいな知り合いばっかと仲良くしてるよ
ね」

 やはり僕のことを嫌っていた成績優秀な女の子は、ある時僕をひどく責めたものだった。
なぜ彼女が僕のことをそこまで嫌ったのかはわからない。でも、その翌日から彼女は、そ
れまで親しくしていた頭のいいグループの女の子たちから仲間はずれにされた。

 あんなに一生懸命で他人のことを構ってくれるあんたのことを一方的に誹謗中傷する彼
女とはもう付き合えないよ。僕を慰めるようにそう言ってくれた子はクラス委員をしてい
るやはり成績のいい女の子だったのだ。

 こういう状況は僕にとって凄く居心地がよかったけど、それでも僕は次第に、どうして
こんなに僕の都合のいいようにこの世界は回るのだろうと考えるようになった。

 僕の成績がいいからではない。成績のいいやつは他にもいっぱいいた。知識が豊富だか
らでもないだろう。僕の得意としていたPCスキルなんて、不良じみた同級生も品行方正な
クラス委員の女の子も等しく興味がないようだった。そう考えて行くと、僕が同級生に人
気があるのは人の話を親身に聞いてあげられるというスキルのせいではないのだろうか。
僕はそこに気が付いた時、密かに興奮した。

 人の話を聞くスキル。ネットで検索すると正確かどうかはともかく、かなりそのあたり
の理論が記されているサイトがヒットしたので、僕はそれらの記述を読み漁ったものだっ
た。

 傾聴という用語がある。どんなにくだらない心情の発露であっても、とりあえず自分の
価値判断を保留し相手の主張を受け止めてあげる技術だった。確かに僕は人の話を聞くこ
とが好きだったし、どうして相手がこういう行動を取るに至ったのかという動機に興味が
あったから、別に無理しているわけでもなく、相手の話をとことん聞くことは苦ではなか
った。

 そして、承認欲求。どんな人でも自分を理解して欲しいという感情がある。自分のこと
を話したい聞いてもらいたい、そしてその内容を他者に理解して欲しいという欲求だそう
だ。

 そして僕は期せずしてクラスメートのそういう需要に応えていことに気付いた。

 そう考えていくと、僕はまるでコンサルタントのようだった。人の話を親身に聞いてあ
げられるというその一点で、僕は中学で人気のある生徒という立場を確保していたのだろ
うか。不良も優等生も等しく、僕自身に興味があるのではなく自分に興味を持って親身に
話を聞いてくれる僕のことが大切なだけだったのだ。

 それに気づいても、僕にとっては人から信頼され頼られているという感覚はまるで麻薬
のように心地よかった。それで、中学時代の僕はそういう自分の役割に満足していたし、
そこから得られる見返りも当然だと思って享受していたのだった。そんなある日、僕は不
思議な少女の噂を聞いたのだった。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/24(木) 23:45:44.72 ID:jhPeExTco

 僕より一年下級生のその女の子はやはりクラスで人気があるらしい。そして、その子は
見た目も可愛らしいし成績もいいのだけれど、クラスのみんなから慕われていたのはそれ
だけの理由ではないというのだった。

 僕はその話を僕に心酔してくれていた学級委員の女の子から聞いたのだった。その子が
人気のある下級生の女の子をほめる言葉はひどく抽象的で、とにかくいい子なのというレ
ベルの話だったのだけれど、その時僕は直感したのだった。

 その下級生の女の子も僕の仲間ではないのか。同級生の持つ承認欲求をていねいに聞い
てあげることで人気があるのではないのだろうか。

 その子に興味を覚えた僕は、その子のことを聞いて回るようになった。そしてその探索
の結果では、彼女は僕と同類の優秀な「コンサルタント」ではないかと思い始めた。僕は
その子に声をかけてみようと思った。もちろん、その子の気持ちを聞いてあげようという
よい「コンサルタント」として。

 そういうわけで僕はある日、その女の子に気軽に声をかけたのだった。この子の心のケ
アも僕がしてあげようというくらいの気軽な気持ちで。

 ところが想定外なことに、僕はその子のケアをするどころか彼女に心を奪われてしまっ
たのだった。

 学級委員の女の子に下級生のその子を紹介してくれるように頼んだ時、僕が考えていた
のは例によって僕に救える子は救ってあげようという程度の傲慢な気持ちからだった。そ
してその時にもう少し自分の心を掘り下げて考えていたなら、僕は下級生の少女を救いた
いという自分の気持ちに裏に、もう少し別な欲求が潜んでいたことに気が付いていたかも
しれない。

 この頃になると自分でも気付いていたのだけれど、校内での僕の特異な立ち位置という
か優位性は、僕が中学生離れした傾聴の能力を身につけていたからこそ得られたものだっ
た。誰だって人の話をひたすら聞いて相手に共感し、その相手を励ますよりは、自分の気
持ちを自由に吐き出せた方が楽に決まっている。それでも敢えてこんな、一見自分にとっ
て得にならいようなことをしたのは、逆説的になるけど傾聴によって自分の評判を高める
ためだった。つまり動機は完全に自己中心的なものだったのだ。

 単純な承認欲求は、人に話を聞いてもらい聞き手に認めてもらえれば簡単に成就する。
でも僕はそれだけでは不満だった。いつのまにか多数の信者が僕を崇めてくれる。そうい
う状況を作り出すためには、声高に自分の感情を吐き出すよりもっといい手段がある。そ
れは手間と時間がかかり面倒だけれど、コンサルタントに徹するということにコストはか
かるのは承知の上だった。そしてその効果は疑り深い僕が満足するほど絶大だったのだ。

 僕は、成績は悪くはなく判断力も持ち合わせていると思うけど、そんな生徒なら他にも
いっぱいいる。さらに言えば運動音痴で腕力にも自信がない僕が、校内でここまで心地よ
い居場所を築けたのは、人の相談に乗るという地道な活動の成果なのだった。

 そのせいで、僕には真面目な子から乱暴な先輩までいろいろな友人がいたし、一部の教
師たちにさえ僕の能力を認められてもいた。そして、ここまで敢えて言及しなかったこと
を語れば、僕の容姿は決して人より抜きん出ているものではなかったけれど、そんな僕に
愛を囁いてくる早熟な同級生の女の子もかなりの数でいたのだった。

 その僕と同じように周囲の信頼を勝ち取っている女の子がいると言う。僕でさえこうい
う活動は精神的に辛いときもあるのだから、下級生のその子も辛いだろう。同業者として
サービスで彼女をケアしたあげたい。僕はその時そう考えたのだったけど、この時自分の
心の奥底を探っていれば、また違う考えが見えていたのだろうけど。

 今にして思えば分かれけど、僕はこう考えていたのだ。たかが中学生の分際で、いっぱ
しのコンサルタントやケースワーカーのように、傾聴の技術を持つ小ざかしいガキはこの
学校には僕一人でいい。だから僕はこの小ざかしい下級生の子の悩みを聞いてあげるつも
りだった。そして、人の話を傾聴するより、自分の悩みや主張を誰かに吐き出せる方がよ
ほど気楽で甘美なものであることを経験をさせてあげようと思った。そうすれば、彼女は
人の悩みを聞くより自分の悩みを吐き出すほうがどんなに楽か理解するに違いない。しか
も、彼女の話を聞いてくれる相手は、百%彼女の味方になってあげられるこの僕なのだか
ら。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/24(木) 23:46:50.76 ID:jhPeExTco

 学級委員の女の子は、二見さんを紹介してくれない? と頼んだ僕に向かって複雑そう
な表情を向けた。

「あなたが女の子を紹介してくれなんて頼むのって珍しいね」

 半ばからかうように半ば複雑そうな表情を思い浮かべた彼女を見て、僕は初めて少しだ
け失敗したなと考えた。僕に告白してくれた複数の女の子の一人が彼女だったことに、今
更ながら僕が気付いたのだった。その時も今も、僕は複雑な人間関係を神様のような視点
で俯瞰することが好きだったから、誰か一人の女の子とより親密な付き合いをする気はな
かったのだけれども。

 そして僕のように人間関係を築いていくタイプにとって、より個人的に親しくなろうと
する相手が一番対応が難しかった。

 傾聴は、とりあえず自分の価値判断を意識的に停止して、相手の言う言葉を全人格的に
肯定するところから始まる。たとえば相談を持ちかける相手が話す内容に対して、こいつ
何自分勝手なこと考えてるんだと感じたとしてもそれを表情や口に出してはならない。
後々少しづつ相手の考えを矯正してあげるとしても、相談当初は全てを認知し許容してあ
げなければならないのだ。

 そういう対応をすると、相手は僕のことを意識的に信頼するようになる。そこまでは計
算どおりなのだけど、自己愛が強すぎる相手だと稀にそれが行き過ぎる場合があった。相
手が男なら大した問題ではないけれど、その相手が女性な場合、時にやっかいな問題が生
ずることがある。つまり僕に自分の全人格を認めてもらったという確信を抱いた女の子が、
僕に恋心を抱くようになることが多々あるたのだ。そういう相手は手ごわい。下手してそ
の子を拒否すると、それだけでこれまで築き上げてきたその子との信頼関係が崩れること
になるからだ。

 よく自分の担当の精神医に恋する患者がいるというけど、まさにそれと同じことだった。

 クラス委員の彼女に思い詰めた表情で告白された時は、僕は全能力を動員して必死にな
って彼女を宥めたのだった。君のことは大好きだけど、僕は大好きな女の子と結ばれて自
分が幸せになるより多くの友だちの悩みを聴いてあげたいんだと。当時僕に心酔していた
彼女はそれで納得してくれたけど、今になって下級生の、それも人気のある二見さんを紹
介してくれと言われた彼女は、その時の僕の言葉を思い出したのかもしれなかった。クラ
ス委員というそれなりに影響のあるクライアントに不信感を抱かせるくらいなら、僕は彼
女と接触するのを思いとどまった方がいいとも一瞬だけ思ったけれど、このままライバル
を放置できないという危機感の方が心の戦いに勝利した。

 ・・・・・・ライバル?

 ようやく僕には自分の気持の闇が理解できたのだろう。僕は二見さんを救いたいわけで
はない。邪魔な同業者を廃除したいというのが僕の本音なのだった。

 僕にしては切れの悪いセリフでもごもごと彼女の疑惑を否定しながらも、僕は彼女に何
とか彼女さんを紹介してもらうことができたのだった。そしてその代償としてに、クラス
委員の子の心のうちに僕に対する疑念を生じさせてしまったことは、もはや疑いようもな
かったけれども。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/24(木) 23:54:49.42 ID:jhPeExTco

「・・・・・・こんには先輩。はじめまして」

 放課後の図書室に現れた二見さんは、あらかじめクラス委員の子に聞いていたのだろう。
それほど緊張している様子もなく僕に挨拶したのだった。そして意外なことに彼女はすご
く可愛らしい女の子だった。

 こんな小ざかしい技術を駆使してまで校内で人気を得ようという女なんて、容姿が優れ
ているわけがない。僕は何となくそう考えていたのだった。それは自分を考えればよくわ
かることでもあった。傾聴なんて小ざかしいことをしなくても人気があるような容姿や性
格を備えていたら、僕だってこんな面倒なことはしない。でも、その考えを裏切って僕の
前に現れた少女は、今まで会ったこともない美少女だった。

 ・・・・・・まるで女神のようだ。

 僕は一瞬自分が彼女を呼び出した理由も忘れて、呆けたように彼女の艶やかな姿を見つ
めていた。

「はじめまして。突然呼び出してしまってごめんね」

 少しして、ようやく我に返った僕は彼女に挨拶をした。実はここからもう彼女との戦い
は始っていたのだから、僕は精一杯の笑顔を作って彼女に話しかけた。

「いえ。全然大丈夫です」

 一学年下の二見さんはにっこりと微笑みながら気後れする様子もなく、図書室の椅子に
座っていた僕の斜め前の椅子に腰掛けた。正面ではなく真横でもなく斜め前に。

 それは傾聴する際に必要になる基本的なポジションだった。人は正面に座られると入試
の面接のようなシチュエーションに緊張して簡単には心を開いてくれない。かといて真横
に座るのはもっと親しくなってからが望ましい。初対面の段階では真横のポジションはか
えって逆効果になることもある。そういう意味では彼女の選んだ位置は、ベストポジショ
ンということになる。僕は彼女の美少女ぶりに動揺した分、いろいろと女さんに後れを取
って、しょっぱなから主導権を握られたように感じた。その考えは僕を密かに動揺させた。

 それでも僕は心を引き締めて体勢を立て直した。今日は是が非でも彼女に正直に悩みを
打ち明けさせて、その悩みを傾聴してやり彼女の信頼を勝ち取らなければならなかった。

「同級生のクラス委員から君のこと聞いたんだ。君が悩んでる人の相談に乗っているすご
くいい子だって」

 僕はとりあえず彼女を持ち上げることにした。とにかく彼女の方から積極的に自分のこ
とを話させなければいけないけど、初対面の男にいきなりそんなことをする女の子も普通
はいない。だからまず彼女の信頼を勝ち取らなければならない。

 ・・・・・・でも僕の最初の言葉はどういうわけか彼女の心には全く響かず不発に終ったよう
だった。

「はい?」

 二見さんは何か理解不能なことを言われたように、不審そうに首をかしげた。

「ごめんなさい。いったい何の話ですか」

 それは演技ではないようだった。ひょっとして僕は彼女のことを買い被りすぎていたの
か? だけど、クラス委員の子の話が嘘でないとすると、この子は少なくとも同級生のい
い相談役のはずだった。そしてその一点で彼女は同級生たちに人気があるはずだった
のだ。

「君が同級生の悩みをよく聞いてあげるって聞いたんだけど」

 僕は少し気弱になりながら聞いてみた。すると彼女は少し複雑そうな表情で、でも思い
当たることはあるような曖昧な口調で答えた。

「ああ。もしかして、千佳ちゃんのことですか? あれは別にそんな」

 ようやくとっかかりができた。もう勘違いでも何でもいい。とにかく彼女の話を傾聴す
るのだ。

「君の話を聞きたいな。別に興味本位じゃないよ。でも、友だちの悩みを解決できるって
凄いと思うし、僕にも同じような悩みを持っている友だちがいるんで参考にしたいな」

 それは僕に相談したがっている連中に話しをさせる時と違って、ひどく無様な誘いだっ
た。僕はコンサルタントとしてのプライドをいたく傷つけられたけど、それでも何とか彼
女に話をさせないといけなかった。

「あれは別にそんな・・・・・・。でも千佳ちゃんから相談されたんで話を聞いてあげただけ
で」

 二見さんはようやくありがちな女友だち同士のトラブルの相談に乗ったエピソードを話
してくれたのだった。

 ・・・・・・二見さんの話はありきたり過ぎて正直興味を抱けるような話ではなかった。僕は
むしろ彼女の話を聞きながら、彼女の傾聴の技術が思ったより高そうなことに驚いた。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/24(木) 23:57:33.76 ID:jhPeExTco

「君って人の話を聞くの上手みたいだね」

 彼女の友人のエピソードは無視して、僕は敢えて核心に触れてみた。その時、初めて彼
女は動揺して迷っている様子で僕の方を覗った。何かある。僕は直感したけど、ここは敢
えて口を開かずに彼女が自分から話をするのを待った。

 そして、二見さんはついに少しづつ自分のことを語り始めたのだった。

「あたし、これまで転校ばっかしてたんです。だから友だちができてもすぐにお別れだっ
たんですね。それで転校を繰り返しているうちに友だちを作る方法とかわかちゃって」

 僕は内心しめたと思った。自分語りを始めさせればもうこっちのものだ。あとはどれだ
け親身になって彼女の話をきいてあげられるかが勝負だった。

「先輩、あたしが必要に迫られて習得したテクニックって、何だかわかります?」

 彼女は淡々と話を続けた。

「うん? 何だろ」

 僕は傾聴の基本どおり彼女の目を見つめて真面目に悩むふりをした。

「あたしね、自分の話したいことを二割くらいしか喋らないようにして、残り八割の時間
は相手が話すことを聞いてあげることにしたんです」

 彼女は僕の答えを待たずに自分から言った。傾聴テクニック的にはいい傾向だった。

「本当は相手の話になんか興味はなくても、親身に聞くことに徹したんですね。そしたら
友だちはできるし、クラスでも評判がよくなって」

 人というのは例外なく自分のことや自分の知っていること、考えていることを話したが
る。そして、話した内容から自分を評価して認めてもらいたがるものなのだということを、
度重なる出会いと別れの間に彼女はは学んだそうだ。誰も別に彼女の考えていることなん
かに深い興味はない。

 行きずりの友人たちも自分の話を聞いてくれて評価してくれた彼女に親しげに振る舞っ
たみたいで、その一点だけで引越しと転校を繰り返していた彼女には、何度新しい環境に
放り込まれても、友だちが出来ないということはなかったそうだ。

 そしてもちろん、人とそういう接し方をしている限り、普通の友だちは出来ても心を許
しあえる親友は二見さんにできることはなかったのだった。

 それは辛い話だったけど、正直その時僕は有頂天になっていた。この同学年に人気にあ
る美少女が、僕に素直に心情を明かしてくれたのだ。最初に考えていたように彼女は好き
で傾聴をしているのではないらしいことは理解できた。それはこれまで過ごしていた環境
から彼女が自然に身につけたテクニックだったのだ。とりあえず僕にはもう彼女は脅威で
もライバルでもないことはわかっていたけど、このまま話を聞いてあげて彼女を精神的に
楽にしてあげようと僕は思った。「学校コンサルタント」の意地にかけて。

 ふと気付くと彼女は話を終え僕の方を見ていた。恐ろしいほどに澄んだ黒い瞳で。

 こんなことは初めてだったけど、僕は傾聴中に初めて内心相手の話以外のことを考え
てしまっていたようだった。

 やがて彼女は僕を見つめたまま再び話し出した。

「それで先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あたし
たち同級生でもないし初対面なのに」

 二見さんは僕に向かって軽く微笑んだ。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/24(木) 23:58:29.51 ID:jhPeExTco

今日は以上です
また投下します
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:37:39.35 ID:q8J8eS9oo

 これが、僕と二見さんの最初の出会いだった。

 好奇心から彼女に接近した僕だけれど、話していると彼女に対する好奇心とか、ライバ
ル心、それにいい相談役になってあげようという当時の僕の傲慢な考えは、いつのまにか
失われてしまった。そして、その後に残っていたものは、彼女の感情が掴みきれていない
という憔悴と、そこから生じたもっと深く彼女を理解したいという衝動だけだった。

 最初、僕は彼女の心を掴んだと思っていた。このまま自分語りを続けさせれば、他の多
くの生徒たちと一緒で、二見さんも僕の数多いクライアントの一人となるだろうと。

 でも、僕に心を許していたように見えた彼女は、突然、僕の目をその澄んだ瞳で見つめ、
今まで自分の境遇と感情の確執を語っていたのが嘘のように冷静な表情で、言い放ったの
だった。しかも、ご丁寧に微笑みかけることまでしながら。

「それで、先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あ
たしたち、同級生でもないし初対面なのに」

 この時、僕の優位性は突然揺らいだ。それは、二見さんの心情を理解でき、これから
その悩みを軽減してあげようと考えていた僕にとっては、青天の霹靂のような言葉だった。
彼女は、これまで自分の行動を語っていた時のような、素直な表情を一変させ、まるで小
悪魔のように可愛らしく、ずる賢く、そしてからかうような表情で、僕を見つめたのだっ
た。

 「何言ってるの? 僕は、誰にでも親切に話を聞く君に興味があるだけで」

 僕は、彼女の不意打ちにしどろもどろになりながら、かろうじて反論した。自分でもそ
の言葉の説得力の無さは、痛いほど理解していた。

「ふーん。先輩こそ、噂どおり誰にでも親身になるんですね」

 二見さんは、優しい微笑を浮かべながら、でも、油断できない冷静な口調で言った。

「先輩は、どうして人の悩みを聞いてあげてるんですか?」

 彼女は無邪気な口調で言った。

「お節介だとか言われませんか?」

「まあ、結局、自分のためにやってるようなものだし」

 その時、僕は彼女のあけすけな口調に思わずつられ、自分でも意外なことに思わず本音
を語っていたのだった。

「人ってさ。結局、誰でも自分のことを認めてほしいものなんだよね」

「承認欲求ですね」

 二見さんが言った。

「でも、先輩にだって承認欲求はあるんでしょ? 人の話を聞いてばかりだと、先輩の承
認欲求は充たされませんよね?」

 どこまで小賢しいのだろう、この女は。この間まで小学生だった、たかが中学女子の分
際で、何を悟ったようなことを言っているのだろう。僕は自分のことを棚に上げてそう思
った。でも、この時にはもう僕の言葉は止まらなくなってしまっていた。

「もちろん、僕にだって人に認められたいという欲求はあるよ」

 僕は、いつのまにか、これまで誰にも話したことのないことを、ペラペラと喋っていた。

「逆説的だけど、人の話を聞いてあげて、その人の承認欲求を充たしてあげる。そのこと
で、僕は人に評価されてるんだ」

 ・・・・・・僕は後輩に、いったい何を話しているのだろう。

「何か変なの」

 そう言った二見さんの笑顔は、僕をこれまで以上に幻惑させた。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:38:12.02 ID:q8J8eS9oo

「変じゃないよ。僕は、生徒会とかの役員でもないし、運動部のキャプテンでもないけ
ど」

 僕はむきになって話し続けた。

「それでも、こう見えても僕は人気があるんだよ」

「先輩、女の子にもてるそうですね。今までいっぱい告白されたのに、先輩は誰とも付き
合わないみたいって、クラスの子が言ってました」

 そう語った二見さんの可愛らしい笑顔。

「コンサルタントは、一人の女の子に縛られちゃいけないし、そもそもクライアントに恋
するなんて、コンサルタントの資格はないよ」

 僕は胸を張って言った。目の前の可愛い女の子に、もてると言われるのは正直気分が
かった。

「先輩って、そうやって人の悩みを聞いてあげて、自分には何の得があるの?」

 二見さんが、続けて聞いてきた。これまでよりくだけた口調だった。

「得って・・・・・・」

「無償奉仕のボランティアなんですか?」

 からかうような彼女の言葉を聞いて、僕は少しむっとして答えた。

「人を救うと、いい気持ちになれるよ」

「そして、みんなから誉められ信頼されるってこと?」

「まあ、そうだね」

 僕のことを嫌っていたやつらが、僕のことを攻撃してきた時、僕に心酔する不良やク
ラス委員の女の子が守ってくれた話をした。

「すごいなあ。みんな先輩のことが好きなんですね」

「・・・・・・好きかどうかはわからないけど、話を聞いてあげたやつらからは信頼されてると
思ってるよ」

 僕はこの時、ふと気がついた。

 僕は、二見さんの質問に誘導され、これまで人に話したことのなかった僕の秘密を、得
意気に、気分よくぺらぺらと喋っていたのだった。

 いや、僕は彼女に喋らされていたのだ。

 僕は、ようやく、そこで気がついたのだった。今まで、自分が人に仕掛けてきたことを、
僕は二見さんによって身をもって体験させられたのだった。

 さっきまで、僕は彼女に自分語りをさせることに成功したと思っていた。

 でも、実際は彼女は全て理解した上で、僕を惹きつけるための最小限の自分語りを意識
的にしていたに過ぎなかったのだ。そして、その後、彼女は今度は彼女の持つ傾聴能力を
僕に向けて、仕返しとばかりに発してきたのだった。

 つまり、いつの間にか僕は、彼女にコンサルティングされていたのだった。

「・・・・・・もう、やめようぜ」

 最後の最後に彼女の意図に気がついた僕は、辛うじて彼女の意中の策から抜け出すこ
とができた。

「お互い、化かしあっててもしょうがないでしょ」

 二見さんは、一瞬驚いた表情を見せたけど、それが本当に驚いたのか計算どおりに驚い
て見せたのかは、僕にはよくわからなかった。

「・・・・・・何だ。わかっていたんですね」
 彼女も笑った。

「勝手にコンサルされて悔しかったから、お返しに、あたしも先輩に試してみたんですけ
ど」

「さすがに、先輩には通用しないか」
 二見さんは残念そうに笑って言った。

 ・・・・・・これが、二見さん、いや、その後、彼女のことは呼び捨てにするようになったの
で、彼女のことは優と呼ぶけど、その優と僕が親しくなった日の出来事だった。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:39:13.81 ID:q8J8eS9oo

「それで、先輩。まだ質問に答えてくれてないですよ」

 優は僕を上目遣いに眺めながら、話を蒸し返した。

「・・・・・・君に関心があったから」

 僕は、彼女相手に駆け引きをすることを諦めて白状した。普通なら、自分の意図する
ところがコンサルの対象にばれるなんて、僕にとっては屈辱的な出来事だったはずけど、
その笑顔を前にすると、その時はそんなことはどうでもいいかと思えてきていたのだった。

「あたしが親切に友だちの悩みを聞いてあげるから、あたしに興味を持ったんじゃないで
すよね? どうして、あたしなんかに会いたかったんですか」

「僕と同じようなスキルを持っていて、僕と同じようなことをしている小賢しい中学生っ
て、いったいどんなやつか見てやろうと思ってね」

 僕は続けた。「でも、君と話してたら、そういうことはどうでもよくなっちゃった」

「え?」

 優は、僕の意図が読めず、少し戸惑っているようだった。

「君のこと、もっとよく知りたくなってきた」

 その時の僕は、上級生らしく余裕があるような振りをしていたけれど、内心では胸はど
きどきし、緊張で額は汗ばんでいた。これまで女の子に告白された時でも、こんなに緊張
したことは一度もなかったのに。

 どうやら、僕は初めて本気で女の子が好きになってしまったみたいだった。

 その時、彼女が僕の方を見て、今までで初めて他意が感じられない素直な微笑を向けて
くれた。そして、彼女は言った。

「先輩・・・・・・本当に、あたしなんかに興味があるんですか」

 それから、僕と優は校内で一緒に過ごすようになった。僕は当時、彼女に夢中になって
いた。この年まで本気で女の子に夢中になったことのなかった僕だけど、実際に女の子と
親しくなってみると、これまで自分が築いてきたカウンセリングだの傾聴だのとかは、ど
うでもよくなってしまった。

 その頃の僕にとって一番の関心は、彼女が何を考えているのか、彼女がどういう人物な
のかということだけだった。情けない話だけど、それは恋している他の中学生の男と同じ
レベルの感情なのだった。

 ただ、一点だけ他の男子たちと違っているところがあるとすれば、それは、僕は幻想を
抱いていないということだった。僕には自分のことがよくわかっていた。イケメンでもな
いしスポーツ全般が苦手。成績はいいし同級生より大人びた論理的な思考回路を持ってい
るとは自負してはいた、けど、そんなものは中学生同士の恋愛においては全くアドバン
テージにはならないだろう。

 それに、優の外見は可愛らしかった。惚れた欲目ではないことは、彼女に向けられる男
たちの熱っぽい視線が証明していた。そんな彼女と僕では、普通なら釣り合わない恋愛だ
った。

 確かに僕は、これまでも悩みを聞いてあげていた女の子たちから、言い寄られたことは
あった。その中には人気のある女の子もいた。でも、僕はそのことに幻想を抱いてはいな
かった。あれは、専門用語で言うと「陽性転移」という現象に過ぎない。彼女たちは、僕
自身を好きになったわけではなく、僕の言動に映し出された自分自身を好きになっただけ
なのだ。

 優が僕と一緒に過ごしてくれる意味を、僕はよく考えたものだった。最初に会った時の
彼女の告白は嘘ではなく、僕が観察している限りでは、彼女には確かに親友や心を許せる
知り合いは、男女を問わずいないようだった。

 そういう意味では、僕と彼女は同類だった。僕も彼女も、人の話を聞いてあげることは
できる。しかも、中途半端にではなく、話を聞いてもらった相手が自分に心酔してしまう
くらいに親身になって。そのせいで僕は好きでもない女の子に告白されたりもしたのだっ
た。

 ある時、僕は彼女に聞いたことがあった。いわゆる陽性転移みたいなことに、困ったこ
とはなかったのかと。

「う〜ん。あたしはもともと男の子の相談にのったことはないし」

 彼女は苦笑して答えた。「転入したばかりで男の子と親密に話してるところを見られ
たら、女の子たちと仲良くなれないしね」

 そのおかげで、彼女を密かに熱っぽく見つめている視線は感じても、僕が深刻にライバ
ル視せざるを得ないような男は現れなかったのだ。

 彼女には、僕と同様に人の話を受け止めてあげられる技術がある。そういう意味では、
僕は彼女と同類なのだった。でも、彼女と過ごしているうちに、彼女の傾聴スキルの高さ
を裏切るように、彼女にはもっと自分を認めて欲しいという欲求があるらしいことに僕は
気づいた。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:40:16.56 ID:q8J8eS9oo

 その頃、僕と彼女は校内でお昼を共にしたり、放課後の図書館で一緒に勉強したりして
いたけれど、僕と彼女がはっきりと恋人同士になったというわけではなかった。上級生の
男と下級生の女がいつも一緒にいたのだから、あいつら付き合ってるという噂はあったら
しいけど、僕自身ははきり彼女に告白したわけでもないし、優だって僕のことが好きなん
て一言も言ったことはなかった。

 僕はもうコンサルタントじみたことをすることを止めていた。いや、厳密に言えばそう
ではない。僕は自分のスキルを放棄したわけではなく、むしろそのスキルをただ一人の女
性にだけ向けたのだ。今の僕の傾聴の対象者は、優だけだった。

 彼女が僕と同じくらいのスキルを持ちながらも、好きでコンサルティングをしているわ
けではないことに、当時の僕は気づいていた。それは、転校を繰り返していた彼女の自己
防衛のようなものだった。そのスキルを駆使している限り、彼女はクラスで一人ぼっちに
なることはなかったのだ。逆に言うと、そのスキルを同級生に発揮している限りは、優に
は、真の意味での友人ができることはなかった、彼女の知り合いは、彼女自身に興味があ
るわけではなく、彼女の言葉に反射される自分自身を見つめていただけなのだから。

 当然ながら、優にだって承認欲求はある。皮肉なことに、ぼっちを回避しようとして彼
女が発揮したスキルは、逆に彼女にストレスを与えているのだった。つまり、表面的な知
り合いは多くても、本質的には彼女は孤独なままだったのだ。これでは、実質的にはぼっ
ちであることと同じだった。

 そんな彼女の承認欲求を受け止めたのが、僕だったのだろう。僕は彼女が好きだった。
そして、その当然の帰結として、僕は彼女のことをもっと知りたかった。その僕にだって
自分のことを認めてほしいという欲求がある。彼女は最初にこう言った。

「それで、先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あ
たしたち同級生でもないし初対面なのに」

「先輩・・・・・・本当に、あたしなんかに興味があるんですか」



 僕は、今まで培ってきたスキルを、全力で彼女にだけ向けた。そしてそれは、義務感か
らでなく、本気で彼女のことが知りたいからだった。その思いは彼女にも伝わったようで、
校内で一緒に過ごす間、彼女は僕の質問に答え、自分のことをいろいろ語ってくれたのだ
った。そういう、彼女の承認欲求を満たしてあげられる相手としてのみ、僕は彼女のそば
にいる資格を得られたのだった。

 それでも僕は満足だった。僕の人生は、自分の傾聴スキルによってのみ自己実現してき
たのだ。彼女の隣にいられる理由が、彼女が僕のことを好きになったからではなく、自分
の承認欲求を満たしてくれる男が他にいなかったからだということは、僕にもわかってい
たし、それに対して満足していたわけではないけど、今の僕が彼女と対等に付き合うため
に、その他の手段がなかったのも事実だった。

 彼女にだけ夢中になっていたせいもあり、僕は僕を頼ってくれる生徒たちの需要に応え
られなくなっていた。優と会う時以外は、なるべくみんなの話を聞くように努めていたけ
れども、次第に彼女と過ごす時間が増えていくと、それすらままならなくなってきていた。
それで、僕には一時期のような人気はなくなっていた。そのこと自体は後悔しなかった。
それくらい僕は彼女に夢中だったから。でも、彼女には恥かしい思いはさせたくなかった。
せめて彼女には、人気のある先輩とつきあっているという評判をあげたかったのだ。

 以前ほど、他人のコンサルタントに時間を避けない僕は、結構悩んだ末に、生徒会長に
立候補することにした。これなら運動神経が鈍くてもハンデにはならない。僕の成績がい
いこともアドバンテージになった。

 僕が生徒会長に選出された時、優はいつもより不機嫌だった。生徒会長の彼女、いや彼
女とは言えないかもしれないけど、とにかくそういうことには、彼女は全然関心がないよ
うだった。

「先輩は生徒会長になって何がしたいの?」

 優は、放課後の図書室で不機嫌そうに言った。

「あたしと一緒にいるだけじゃ、つまんないでしょうね。悪かったわ、これまであたしな
んかに付き合わせちゃって」

「そうじゃないよ」

 僕は困惑しながら言い訳した。彼女が望むなら、ずっと肩書きなんてないままで隣に
いられるだけでよかったのだ。でも、彼女の評判を考えると、一緒にいる相手が生徒会長
という方が格好いいに決まっている。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:41:05.41 ID:q8J8eS9oo

「僕は、君のために」

「あたしのために? 先輩もあたしの話ばかり聞かされて飽きちゃったんでしょ」

「だから、違うって。僕は君のことが好きだし、君のことをもっとよく知りたい。でも、
君だって自分の彼氏が人気のないただの男じゃ嫌だろ?」

「え?」

 優は僕を責めるのをやめ、少しだけ顔を赤くした。

 ・・・・・・僕は、これまではっきりと彼女に告白してはいなかったし、まだその勇気もなか
った。その時は、僕を責める彼女に言い訳をしようとしていただけだった。でも、その時、
僕は期せずして初めての愛の告白を彼女にしてしまったようだった。

「・・・・・・本当?」

 優が、彼女らしくなく俯いて小さく聞いた。

「先輩、あたしのこと本当に好きなの?」

「うん」

 僕はそう言って、優の手を握り、彼女を自分のほうに引寄せた。少しだけ抵抗していた
彼女は、最後には僕の腕の中に入ってきた。

 翌日から、僕と彼女は恋人同士になった。それは、女に慣れていない僕の勘違いではな
かったと思う。僕のことをはっきりと好きと言葉にしてくれたたわけではなかったけど、
彼女の態度は、昨日までとは明らかに異なっていた。彼女は、僕が狼狽するほど僕に密着
し、僕の時間の全てを自分と一緒に過ごさせたいというような態度を、あからさまに示し
ていたのだった。

 当然、僕にだってそのことが嬉しくないわけはなかった。当時の僕は普通に恋する男に
過ぎなかったから、気まぐれに彼女が示してくれる好意のかけらにだって、僕は夢中にな
って飛びついていたのだった。

 彼女が言葉で明白に僕への好意を示してくれることは一度もなかったけれども、図書館
での逢瀬の終わりに、いきなり手を繋いでくるとか、生徒会の活動で遅くなって彼女を待
たせてしまった僕に不機嫌になるとか、そういう態度によって、間接的に僕への関心を示
してくれることはよくあった。当時の僕にはそれで十分だった。

 それでも、彼女との付き合いが深まると、僕にはその態度に不満を感じることが多くな
ってきた。それは、生徒会活動より自分を優先するように要求する彼女の束縛とか、いつ
までたってもはっきりと僕に愛を囁いてくれないとか、そういう不満ではなかった。僕に
とっては、今では彼女と一緒に過ごすことが、自分の生活の中で一番大切な時間になって
いたから、その束縛は僕を喜ばせこそすれ僕を困惑させることはなかった。

 一方で、優が僕自身に対する気持ちを曖昧にしていたことは、僕にとってストレスにな
っていたことは確かだった。でも、もともと釣り合わない関係なのだ。僕は、その点に対
しては幻想を抱いていなかったから、彼女が僕に対して気まぐれに見せてくれる好意のか
けらだけでも十分だったけど、それでもいつまでもそれに満足しているという気分にはな
れないものだ。

 そして、仲が深まってきてからの僕たちの肉体的な接触は、手を握ることくらいだった。
僕は、彼女のことをまるで女神のように崇めていたから、自分から彼女に手を出すなんて
考えもしなかった。最初の告白のときに彼女の手を引いて彼女を抱きしめたけど、それが
最初で最後の僕のアクションだったし、そのことについても、僕には特段の不満はなかっ
たのだ。何より僕たちは中学生なのだし。

 不満というのは、もっと別の次元のことだった。僕は彼女が好きで彼女のことが知りた
かったから、別に義務感からではなく本心から彼女の話を聞くのが好きだった。だから、
僕たちが共に過ごしていた時間のほぼ全ては、彼女の話を僕が聞いてあげることに費やさ
れていた。最初はそれで満足だった。僕は、彼女が僕にだけは本心を隠さずに話してくれ
ることを嬉しく思っていたし、彼女が何を考えているのか、友だちに対する想いや両親に
対する想いなどを知ることができることにわくわくしていた。それは、恋人同士が最初に
辿る、正しい道筋だったと思う。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:41:34.68 ID:q8J8eS9oo

 でも、いつまでたってもその関係は変化せず、僕は常に聞き役だった。彼女の話を聞く
のが嫌になったわけではないけど、延々と話しを聞かされるだけで、逆に僕のことを何も
聞こうとしない彼女の態度に、僕はだんだんと不安になってきたのだった。

 普通、好きな相手のことは少しでも知りたがるものではないのか。恋人が自分といない
時にどう過ごしていたのか。恋人が自分と出会う前にどんな人生を送ってきたのか。恋人
は今何を考えているのか、自分のことをどう考えているのか。

 彼女は、僕が頼むと自分語りを続けてくれた。そこに隠しごとはなかったと思う。でも、
最後まで彼女は僕のことを、僕の気持ちを尋ねてくれることはなかったのだ。僕にも承認
欲求があるのだという当たり前のことに、この時僕は初めて気がつかされた。僕は、彼女
のことを知りたいとのと同時に、僕は自分のことを彼女に知ってもらいたい、自分の想い
を彼女に話したいと気持ち言うがだんだん強くなってきたことを悟ったのだった。人の話
しを聞くコンサルタントの僕にとって、こんなことは初めてだったけど。

 そういう意味では優に不満を感じていた僕だけど、かといって、そのことで彼女を責め
ようとは思わなかった。ただ、自分が今何をしているのだろうと心もとなく感じることは、
正直に言えばしばしばあった。

 今更振り返るまでもなく、僕はこれまで人の話を聞いてあげることによって、自分のア
イデンティティを保って生きてきた。そのことで、校内でも居心地のよい場所を確保して
きてもいたのだった。でもこの頃になると、彼女にかまけて他人のお世話を焼かなくなっ
たせいもあって、結果として僕は、今までとは違う立ち位置を手に入れていた。

 最初は、自分の箔を付けるために始めた生徒会活動が、その頃からだんだんと面白くな
ってきていた。これまで僕は個人を対象にコンサルタントのようなことをしてきていたか
ら、複数の役員に指示し、組織を動かして目標を実現するようなことには、あまり興味が
なかったのだけど、生徒会長になって必要に迫られて組織を管理する立場になってみると、
それは意外と面白かったし、何より自分には向いているようだった。

 つまり、彼女に夢中になってはいたけど、彼女抜きの学校生活の方も、以前とは違った
意味で充実してきていたのだった。そうなると、その頃には陽性転移的な意味ではなく、
僕のことを好きだと言ってくれる女の子も現れるようになった。

 ・・・・・・てきぱきと生徒会の役員の指示する先輩は、大人びていて素敵です。一学年下の
副会長は、真っ赤になって僕にそう言った。彼女は、優と同じクラスだったから、僕と彼
女の関係はよく知っていたにも関らず、敢えて僕に告白してきたのだった。でも、優に夢
中になっていた僕はそれを断った。その告白と僕が副会長を傷つけたという噂は、他の生
徒会役員を通じて校内に広まった。その噂は、当然優の耳にも届いたようだった。

「先輩、何であの子の告白断ったの?」

 久しぶりの彼女の方から僕への質問は、それだった。僕はその質問は予想していたので、
あまり動揺せずあっさり答えることができた。

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」

「ふーん。そうなんだ。彼女、可哀想」

 優はそれだけ言って、もう副会長のことはどうでもいいとばかりに、自分が最近考えて
いることを話し始めた。その時の彼女の反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく僕の
中に彼女への反発心が湧き出してきた。それでも、僕はしばらくの間は彼女の話にあわせ
ていたのだけど、いつもと違ってその内容は全然僕の心に響いてこなかった。僕は副会長
の緊張して泣き出しそうな顔を思い出していた。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:42:03.26 ID:q8J8eS9oo

 これでは、あんまりだ。僕の気持ちも副会長の気持ちも救われない。だらだらと続く優
の自分語りは、今では僕にとって意味のないお経の詠唱のように意味を失っていた。

 この時の僕は、本心からいらいらしていた。これが彼女以外の相手だったら、僕の本心
に気づかれることはなかったろう。僕は表情をコントロールすることができたのだし。で
も、相手は優だった。僕と同じようなスキルと性格を持っている優なのだ。

 一応、その時僕も軌道修正しようと試みたのだ。これでは、僕の持つ傾聴のスキルがす
たる。優の言動がどんなに自分勝手でも、僕は彼女に惚れているんだし。そう思って、僕
は副会長の泣き出しそうな顔の記憶を振り払い、再び身を入れて彼女の話を聞こうと思い
直した時だった。

 優が自分語りを中断して僕に言った。

「先輩。あたしの話、聞いてるの?」

 彼女は自分語りをやめ、真面目な表情で僕を見つめて言った。

「やっぱり、こうなっちゃうのね。先輩、あたしの話を聞くのが嫌になってきたんでし
ょ」

「そんなことないよ」

 僕は驚いて言った。実際、僕のことには全然興味を示さない彼女にじれったい思いをし
てはいたけど、彼女への関心は僕からは失われてはいなかった。副会長の告白への無関心
からは、優の冷たさを思い知った感じがして、そのことに少し悩んではいたけれど、それ
でも彼女への恋情や関心が無くなるなんてことは、全くと言っていいほど考えられなかっ
たのだ。

「ううん、いいの」

 優は妙に悟ったように言った。

「結局、こうなっちゃうの、あたしは。人の話しを聞いてあげずに自分のことだけ話して
ばっかりのあたしなんか、やっぱり誰にも関心を持たれないのね」

「ち、違う。話を聞いてくれよ」

 嫌な予感が脳裏を締め出した僕は、必死で彼女の話を遮った。

「先輩ならあたしの話を聞いてくれる。先輩に対しては、素直に自分のことを全部話せる
と思ったんだけど」

 彼女の澄んだ黒い瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

「ごめんね、先輩。今まで迷惑だったでしょ」

「おい・・・・・・」

「もう、先輩を困らせることはないから。彼女の気持ちを邪魔することもないし」


「・・・・・・ちょっと、待ってくれ。僕は本当に君のことが」

 その時、優は僕の言葉を遮って、唐突に、一方的に別れを告げたのだった。

「さよなら、先輩。今までありがとう」
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/27(日) 22:42:56.44 ID:q8J8eS9oo

 僕は狼狽した。優の僕への無関心とか副会長への冷淡な態度とか、いろいろ僕が抱いて
いた不満なんか、彼女の涙を見た瞬間にどうでもよくなってしまって、このまま彼女に振
られたくないという焦りだけが僕の脳裏を占めていった。

「ちょっと待ってよ。君の話を聞くのが嫌になったなんて、君の誤解だよ」

 僕は冷静に言おうと努めたけれど、僕の声は僕の意図を裏切って振るえ、そしてかすれ
ていたから彼女には聞き取りにくかったに違いない。「め、迷惑なんてそんなことは一度
も思ったことないよ」

 優はまだ涙を浮かべたままで、何も言わずに僕の方を見返した。まだ、彼女を説得する
チャンスはあるのかもしれない。僕は必死になって続けた。

「僕は君が好きだし、君のことをよくもっと知りたい。だから、君の話をもっと聞きたい。
だから、君が素直に自分のことを話してくれてすごく嬉しかったんだ」

 優はまだ沈黙していたけれど、その表情には柔らかさが戻って来たように感じられた。

「今、ちょっと他のことを考えちゃったのは悪かった。副会長を傷つけたかもしれないっ
て思ったんだけど、だからと言って君の話がどうでもいいなんてことはないよ」

「・・・・・・本当?」

 ようやく優が小さい声で言った。

「本当だって。だから、僕に迷惑とか僕をもう困らせないとか言わないでよ。副会長のこ
とだって、僕は彼女と付き合う気なんてないんだし」

 僕は早口で続けた。もう、なりふり構ってはいられなかった。「僕は君が好きなんだ。
これまでどおり、僕と付き合ってほしい」

 優はようやく納得したようだった。それで、彼女は僕の方を上目遣いに見つめて言った
のだった。

 「変なこと言ってごめんね、先輩。あたしの誤解だったね。あたしのこと、許してくれ
る?」

 僕はほっとした。これで優との付き合いを続けることができる。

「もちろん。僕の方こそ誤解されるような行動してごめん」

 優は、僕の手を握った。

「あたし、先輩のことが好き。あなたとお別れしなくてすんで本当によかった」

 優が僕にはっきりと好きと言ってくれたのは、彼女と付き合ってから初めてのことだっ
た。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/27(日) 22:43:38.81 ID:q8J8eS9oo

今日は以上です
また投下します
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:04:31.41 ID:HnyAwiIMo

 副会長との一件で僕は危うく優を失いそうになったのだけど、結果としてみればこの出
来事のせいで、彼女は僕に対して初めて好きと言ってくれたのだった。この後の僕たちの
交際は、しばらくは順調そのものだった。

 もちろん、優が僕を好きと言ったくらいで、僕と彼女の関係が劇的に変化したわけでは
ない。相変わらず、僕は優の話のいい聞き手だったし、彼女が僕のことを以前より知りた
がったわけでもなかった。それでも外形的には、以前よりはずっと僕たちの関係は深まっ
ていたように思えた。優は以前より直接的なスキンシップを求めるようになった。それは
手を握るとか、僕の乱れた髪形を彼女が手で直してくれるとか、その程度のものだったけ
れど、それでも僕はそんな関係の深化に満足だった。

 今では昼休みだけではなく、僕の生徒会活動がない日は、放課後一緒に帰るようになっ
ていた。僕たちは手を繋いで低い声で話し合いながら帰宅した。そういう僕たちを眺めて
ひそひそと話す周囲の生徒たちの噂話でさえ、当時の僕には心地よかった。

 こうして、しばらくは平穏な日々が戻ってきた。優に別れを切り出されるという危機を
乗り越えた僕は、もう優が僕のことに興味を示さないとか、そういうことに不満を感じる
ことを意識的に抑えるようにした。そういう感情を優に気が付かれたら、今度こそ僕たち
の関係は終ってしまう。僕は彼女のことが大好きだったから、もう小さな不満なんてどう
でもいいと思うようにした。優の一番近いところに僕がいて、彼女も一番僕を信頼してく
れる。それだけで十分じゃないか。僕は考えるようになった。

 それに、僕のことを彼女ははっきりと好きと言ってくれたのだ。それは、自分のことに
関心を持ち、自分の承認欲求を満たしてくれる存在としてのみ好きということなだったの
かもしれないけど、それでも僕には優の気持ちが嬉しかった。そして、言葉で僕に質問し
てくれない彼女も、スキンシップ的な意味では僕を求めてくれるようになったのだし。

 やがて僕も三年になり、受験を考えなければいけない季節が巡ってきた。この地域では
通学可能な範囲にあまり学校は多くないため、僕の学力を鑑みると選択肢はあまり多くは
なった。学年で十番以内の偏差値を保っていた僕に対して、進路指導の教員は学区内で一
番レベルの高い公立高校の受験を勧めた。それは妥当な選択肢だったけど、僕には別な思
惑があった。

 優とは学校公認の仲になってはいたものの、この先も僕らの関係が永遠に続くなってい
う保証は何もなかったし、そのことについては僕も楽観視したことはなかった。特に、僕
が高校に入学すれば、優とは普段一緒にいられなくなる。僕はそのことに対して、結構ま
じめに悩んだけれども、優が同じ悩みを抱いているようには思えなかった。

 優は確かに僕のことが好きとは言ったけれども、その度合いは、僕が彼女を好きな気持
ちより、大分熱意が低いのではないだろうか。僕たちがこの先も付き合っていくためには、
僕が積極的に手を打っていくしかないのだ。

 僕はいろいろと考えるようになった。

 優の成績はいい方だった。彼女はいろいろ考えすぎることはあるし、その関心は学業以
外に向けられることが多かったけれど、基本的な思考力や学習能力は十分だった。なので、
あまり家で勉強しているようには見えなかったけど、成績は常に学年で二十番以内をキー
プしていた。でも、それでは。

 僕が学校側の勧めどおりに公立高校に受かったとしても、今の彼女の成績ではその高校
には合格できないだろう。毎年、うちの中学からその高校に進学するのは、十人以内の生
徒だったから。通学可能な範囲で考えると、次に偏差値の高い高校はうちの中学から比較
的近い場所にある私立高校だった。そこも進学校としては有名で、より上位の公立高校の
滑り止め校として成績上位の生徒を集めていた。

 優の成績が受験時まで変わらないとすると、彼女にとっての実力相応な高校はその私立
高校だろう。そして、上位の公立高校はチャレンジ校ということになる。優が僕に合わせ
て、僕と同じ高校を受験してくれる保証はないので、僕のほうが将来を先読みして高校を
決めるしかなかった。僕にとっては、僅かな偏差値の差などどうでもよかった。優が入学
してくる可能性の高い高校に入学したかっただけなのだった。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:05:06.86 ID:HnyAwiIMo

 私立高校に入学しようと僕は決心した。今の彼女の成績を考えると、彼女が上位の公立
高校に合格するのは厳しいだろう。可能性から考えれば順当に私立高校に入学する確率の
方が高いはずだ。もちろん、三年生になった優が受験に集中すれば、もともと地頭のいい
彼女のことだから上位校に合格するくらいの偏差値になっても不思議ではない。でも、優
はそういうことには淡白のようだった。可能性を比較すれば、私立高校に入学してくる確
率の方が高いはずだ。

 僕は決心した。進路指導の教員や両親からは思い直すように説得されたけれど、僕は決
心を変えなかった。この学校は課外活動とかが豊富で僕に合ってると思います。僕はそう
言って、上位校を目指すように説得する大人を納得させた。もともと、偏差値的には公立
上位校と偏差値の差は僅差だということもあり、最後には両親も学校側も僕の選択に納得
してくれた。

 進路に対して僕がここまで悩んでいたことを、優は知らなかったと思う。と言うか、僕
が中三の秋になって受験塾に日参するようになっても、彼女は相変わらず自分語りを続け
ていて僕のことなど聞こうともしなかったし。

 それでも、受験勉強があるからしばらく会えないと僕が彼女に話した時、彼女は驚いた
ように僕に言った。

「そういえば、先輩もう受験じゃない。こんなところであたしと時間を潰していていい
の?」

 僕は苦笑した。この子は本当に悪気がなくこういう性格なのだ。

「家とか塾では勉強してるからね。それに、志望校は今のままの偏差値なら間違いなく受
かるし」

 そこまで話して、ようやく優は僕の志望校を聞いてくれたのだった。

「そこって、私立だよね。先輩はもっと上位の公立高校狙いかと思ってた」

 彼女は順当な反応を示した。僕は、自分勝手な僕の想いに彼女を縛るつもりはなかった
から、親や教員向けの言い訳を彼女に繰り返した。

「そうかあ」
 優も納得してくれたようだった。

「君は?」

 僕はどきどきしながら、さりげなく優に聞いた。

「君はどの学校を目指しているの」

 その時、彼女は少しだけ表情を暗くした。でも、思い直したように僕を見つめて言った。

「あたしは、先輩と同じ高校に行きたいな」

 期待すらしていなかった優の好意的な言葉に、僕は驚き、固まり、そして最後には身体
中に幸福感が溢れてきた。

 僕の志望校選びは独りよがりではなかったのだ。彼女も僕と同じ高校に行きたいと考え
てくれていた。僕はこの時、本当に幸福だった。この後に続く彼女の言葉を聞くまでは。

「でも、あたしは親の転勤次第でここの高校に入れるかわからないからなあ」

 優は諦めたような口調で、苦笑しながら僕に言った。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:06:01.24 ID:HnyAwiIMo

 優は僕にとって、初めて好きになった異性だった。そして、彼女も僕のことを好きとい
ってくれ僕と同じ高校に進学したいとも言ってくれた。彼女がその種の踏み込んだ、ある
意味自分を裸にしかねない剥き出しになっている好意を他人に見せない性格であることは、
この頃には僕には よく理解できていた。親の仕事の関係で転校を繰り返していた彼女が
身に付けたのは、人に信頼されるテクニックだった。そして、それは成績と雑学以外にこ
れといったアドバンテージを持たない僕が、校内でのステータスを上げるために意識的に
駆使したテクニックと全く一緒だったのだ 。

 こういうテクニックを駆使する人は、擬似的に周囲の知り合いから信頼を得ることはで
きるけど、逆に自分の真意を晒すことができなくなる。それはそうだろう。私は本当はあ
なたなんかに興味がある訳ではないけど、あなたの信頼を得るために、あなたのことに興
味があると自分に言い 聞かせてるんですよ。そんなことを言えるわけがない。

 でも、彼女は僕には自分の考えや感情を隠すことなく伝えてくれた。最初は、彼女は僕
の傾聴テクニックを信頼して僕のことを自分の主治医のように考えてるのではないかと疑っ
たこともあった。でも、最後には彼女は僕のことを好きだと言ってくれたのだ。これが
同じスキルのない相手の好意なら、それは陽性転移という現象で君は本当に僕が好きなわ
けではないんだよということになる。でも、彼女もまた僕と同じスキルの持ち主だったか
ら、その彼女の告白は真実に違いない。僕はそう思った。

 志望校を安全圏の高校に下げた僕にとって受験勉強はそれほどハードではなかったから、
相変わらず昼休みと放課後は優と過ごすことができた。受験勉強でしばらく会えないと偉
そうに彼女に宣言してしまった僕には少し気恥ずかしいことではあったけど、彼女はそん
なことは全く気にせず、僕の手を握りながら僕に話しかけてくれた。もちろん、僕自身の細
かな感情の動きになんか全く興味はない様子で、もう自身の境遇や正確について語りつ
くしてしまった彼女は、今では日常の出来事やそれに関する自身の感情や感覚をぽつぽつ
と話してくれたのだった。

 僕は、半ばは好きな人に対する関心から、半ばはコンサルタントとしての義務感から彼
女の話しをずっと傾聴していた。別れの危機を乗り越えた僕は、そのことにを不満に思う
ことはなかったけれど、僕たちの将来の展望を考えると、たまにこの先どんな発展がある
のだろうかと不安に なることはあった。発展などないのかもしれない。この先、彼女と
付き合っていてもずっとこんな感じが続くかもしれない。でも、結局のところ僕だってま
だ中学生なのだった。この先、身体の関係とか婚約とか結婚とか、そういう人生の段階を
踏んで成長して行くことによって、僕たちにはまだ見えていない新しい出来事が起こるの
かもしれなかった。



 僕は志望校に無事に合格した。念のために受験したより偏差値の高い高校にも合格した
けれど、僕は最初の予定どおり私立の高校に入学することにした。公立高校の方には入学
する気はなかったから、もともと受験しなくてもいいくらいではあったけど、変則的な滑
り止めのつもりだった。入試には何が起こるかわからないのだ、し公立高校の方も偏差値
的には十分に合格圏に入っていたこともあった。

 僕は本命の合格発表を見て、職員室に寄って担任にその旨報告した後、二年生の教室に
向かった。優に報告しなければいけない。僕は二年生の教室の前まで来て、まだ授業が終
っていないことに気づいた。仕方がない、図書室で時間を潰していよう。考えてみればも
うしばらくは勉強のことを考えなくてもいいのだった。元々受験についてはあまりストレ
スを感じていなかった僕だけど、やはり合格というお墨付きを得ることは心の安定に繋が
っているようだった。僕は冷静な表情を浮かべて担任に合格の報告をしたけれども、今実
際に自分の心を探ってみるとそこにはやはり大きな安堵感が生じているようだった。

 僕はリラックスして図書室の椅子に腰掛けた。これで中学を卒業するまでの間は優とま
たいつも一緒にいられるな。僕はそう思った。もちろん、僕が高校に進んだらもう優とは
昼休みばかりか、登下校の際さえ一緒にいられなくなる。それは、考えただけでも辛かっ
た。合格した喜びや安堵感が半ば吹き飛んでしまうほどに。でも、それは仕方のないこと
だった。僕らの学年が違う以上、そして中高一貫校に在籍しているわけでもない以上、ど
んなに仲の良いカップルにだって生じることなのだ。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:06:36.79 ID:HnyAwiIMo

 少なくとも、来年からまた優と一緒の学校に通えるだけの布石は打った。彼女の成績な
ら僕の進学予定の高校には合格するだろうし、仮にもっと彼女の偏差値が上がったとして
も彼女は僕と同じ高校に進みたいと言ってくれたのだ。

 僕は、来年彼女と一緒に過ごせるように、打てる手は全て打ったつもりだった。あとは、
当面この一年間をどう乗り切るかだった。校内で一緒に過ごせないことは明らかだったけ
ど、放課後にどこかで待ち合わせするとか週末にも会うようにするとか、そういうことを
僕は勇気を振り絞って彼女に提案するつもりだった。まさか、来年まで会わないというわ
けにはいかない。そんなことには僕が耐えられないし、多分彼女のメンタルも持たないだ
ろう。彼女は僕に毎日自分の思いを吐き出すことで、、自分のメンタル面の正常さを保っ
ていたのだから。自分のことをケアする僕がいなくなって、ひたすら同級生の相談を受け
るだけの毎日なんて、彼女には我慢できるはずはないのだから。

 ふと時計を見ると、もう午後の最後の授業が終る時間だった。僕は立ち上がり二年生の
教室の方に再び歩いていった。階段を上って二年生の教室が並ぶ二階のフロアに足を踏み
入れた時、副会長が僕を呼び止めた。

「先輩」
 彼女は偶然出会った僕に対して、少し照れたように微笑んだ。「もう会えないかと思っ
てました」

「やあ。久しぶりだね」

 僕は生徒会活動から引退していたから彼女と話すのは久しぶりだった。

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

 僕に振られたのに、彼女は僕の合否を心配してくれていたのだろうか。僕は少しだけ暖
かい気持ちになりながら答えた。

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」

 考えてみれば優とは違ってこの子は僕のことだけ気にしてくれているんだな。一瞬そん
な感想が浮かんだけれども、もちろん今自分が焦がれるほど求めている女の子が誰なのか
については、今更勘違いする余地はなかった。

「じゃあ、僕はちょっと用事があるので」

 僕は言った。

「はい。またです」

 彼女は名残惜しそうに言ってくれた。彼女に別れを告げた僕は、ドアが開きっぱなし
の優の教室を覗き込んだ。

 ・・・・・・ざっと見た限り優の姿は見当たらないようだった。おかしい。

 今日が僕の合格発表の日だと言うことは彼女も知っているはずだった。約束していたわ
けではないけど、受験生が今日の結果を担任に報告しに学校に来ることは、校内の人間な
らみんな知っていたはずだった。その日の放課後に優が教室にいないなんて。図書館で待
っていることはありえない。僕自身がさっきまで図書館にいたのだから。きっと、彼女は
ちょっと席を外しているだけなのかもしれない。僕は優の席の机を見た。その席は完全に
片付けられていて、机の上にカバンがおいてあることもないどころか、机の中にも物一つ
入っていないようだった。

 どうしたのだろう。少し不安になった僕は背後から話しかけられた。

「先輩」

 副会長だった。まだ、ここにいたのか。僕が返事するより早く彼女が言葉を続けた。

「もしかして、優ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」

 僕は口ごもった。副会長はなぜ自分の告白に僕が応えなかったのかを知っていたのだか
ら、その時の僕の心境は複雑だった。

 それは遠慮がちな小さな声だった。ここで誤魔化してもしょうがない。僕は素直に答え
た。

「うん」

「あの、ひょっとして先輩。ご存知ないんですか」

 おどおどとした副会長の声。一体何が言いたいのだろう。言いたいことがあるなら早
く言えよ。僕はその時、理不尽にも八つ当たり気味な感想を彼女に対して抱いた。

「・・・・・・何が?」

「優ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:07:51.48 ID:HnyAwiIMo

 僕は、高校に入学するとまず生徒会に入った。新入生なので、もちろん選挙の必要がな
い平役員からのスタートだった。同時に、これまでの雑学的な趣味の対象の一つだったパ
ソコン関係の部にも入部した。

 クラスではもう傾聴やコンサルタンティング関係のスキルを発揮させなかったから、僕
は目立たない生徒の一人だった。それでも成績が良かったことと一年生ながら生徒会のメ
ンバーになったことで、ある種の秀才生徒的な位置は確保できていた。僕は生徒会活動と
部活に打ち込んだ。生徒会では庶務から初めて会計や書記を経験したけど、どの仕事にも
能力の全てを注ぎ込んだせいで、先輩たちの受けはとてもよかった。一年生の半ばで、僕
はもう次期生徒会長と目されるようにまでなっていた。

 平行していたパソコン部の方は、廃部寸前の過疎部だった。もともとは、学校側の肝入
りでIT教育の一環として設立されたらしいのだけど、当時のパソコン部は学校側の期待を
裏切りネトゲ廃人の巣窟と化していた。部室には高スペックなPCが溢れていたけれど、そ
のPCで行なわれていたのはネトゲのプレイはもとより、萌え絵の制作や初歩的なゲームの
プログラミング、そして極めつけは単なる2ちゃんねるなどのネット閲覧だったのだ。

 僕はその両方を楽しむことができた。退廃的なパソ部の先輩たちも健全な高校生には不
要なはずのITスキルだけにはやたら詳しかったから、僕はずいぶんとここでネット事情の
勉強ができたのだった。そして、生徒会に続いてここでも僕は来年の部長候補に祭り上げ
られた。そもそも部長なんてやりたがる部員は皆無に等しかった部だという事情もあった
けど。

 こうして僕の一年生の生活は過ぎて行った。もともと僕は、高校一年生の生活なんかに
期待していなかった。それは次年度に下級生として同じ高校に入学してくる優を待つだけ
の退屈な時間に過ぎないはずだったのだ。でも、もういくら待っても優が僕の後を追って
入学してくる可能性はない。

 当時の僕は抜け殻のように定められた日課を機械的に消化していた。もちろん、こんな
僕に話しかけてくれる友だちもいなければ、以前のように言い寄ってくる女の子もいなか
った。

 なぜ、僕はあの時気がつかなかったのだろう。あの時の恋も陽性転移の一種である可
能性を。優の僕への好意だけが特別だなんて理由は何もなかったのに。そして、逆転移
という言葉がある。これは、コンサルタントがクライアントに親しく接して過ぎた結果、クラ
イアントに対して過度に感情移入してしまう現象のことを言う。僕の優への恋もそれかも
しれなかった。どうしてあの時僕はあんなに自信満々だったのだろう。

 生徒会で活発で前向きに活動していてもパソ部で退廃的な活動をしていても、その考え
は僕の脳裏を占め一向に去っていってくれなかった。

 どんなに辛い出来事でも、時間という治療法に勝るものはないらしい。何も言わず僕か
ら離れていった優のことであんなにも傷付いていた僕だけど、二年に進級する頃にはさす
がに彼女のことを思い出して悩むことも少なくなってきていた。

 うちの学校は公立上位校をライバルにしていたから、受験や進路指導に相当力を入れて
いた。その一環として定められたいたルールの一つに、生徒会や部活のトップは二年生が
勤めるというものがあった。平たく言うと生徒会長や各部の部長は二年生が就任する。三
年生の生徒会や部活への参加までは禁止されていないけれども、受験生にとって負荷の高
い役員や部長への就任は禁止されていたのだ。

 それで、実感としては二年生になった今でも、まだついさっき生徒会や部活に加入した
ばかりのような意識だった僕だけど、まずパソ部の部長にさせられることになった。こち
らは手続きは簡単だった。前部長の鶴の一声で話はあっさっりと決まってしまった。もと
もと集団行動が苦手な部員たちが集まっていただけに、部長なんて面倒くさい仕事をした
がるようなやつはいるっはずもなく、部長の提案に全部員一致で僕が部長に選ばれたのだ
った。

 生徒会の方は、もう少し面倒だった。生徒会長は全校生徒の中から選挙で選ばれること
になっていたから、前生徒会長は僕にその職を譲ると決めたようだったけど、一応選挙と
いう手続きを踏む必要があった。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:08:45.39 ID:HnyAwiIMo

 部活と生徒会の先輩の勧めのどちらも、僕は二つ返事で引き受けた。優を失って他に熱
中することが見つからない僕にとっては、それは好都合な提案だった。僕はもう、同級生
たちのカウンセリングはしていなかったし、かといってあの幸せだった日々のように優と
いつでも一緒にいるわけでもなかったjから、せめてこういう活動の場に自己実現をしようと
考えたのだった。

 形ばかりの選挙が行なわれ、その結果僕は生徒会長に選出された。これで僕は、パソ部
部長と生徒会長との二つの肩書きを持つことになったのだった。

 そしてその頃、三年の先輩たちが引退する代わりに、一年生たちが生徒会や部活に入っ
てきた。パソ部の方は相変わらずといっていいだろう。女子はゼロ。まじめにプログラミ
ングを勉強したいやつもゼロ。自宅以外でもネトゲとか2ちゃんねるとかしたやつくらい
男しか入部希望者はいなかった。

 生徒会の方は、それよりも前向きな後輩たちが希望してくれていた。うちの学校では、
生徒会長と副会長はセットで選挙で選ばれるけど、それ以外の役員は生徒会長が承認すれ
ば就任できるシステムになっていた。副会長は、同学年の真面目な女子だった。僕が希望
したわけではなく、前会長と副会長が勝手にカップリングしたコンビだった。彼女に個人
的な興味はなかったけど、生徒会を運営するには格好のパートナーだった。

 一、二年生に向けて公開で募集していた役員ポストは、監査、会計、広報、庶務、そし
て人数不定の書記だった。まじめな学校ということもあり結構な応募者がいた。僕と副会
長は手分けして面接した。実はポストの半分以上は前年度からその役職についていた二年
生が継続することが普通だったから、全校の選挙で選出された会長と副会長以外のポスト
は毎年公募するといっても、実は前任者がほぼそのまま選ばれるという出来レースのよう
なものだった。それでも、昨年度の役員が今年はもう続けたくないと言って応募しない例
も少なからずあった。僕は一年生で生徒会の役員になったのも、そういう自主引退した先
輩の後釜としてだった。

 そういうポストだけはしっかりと面接しなくてはいけない。僕はそういうポストへの応
募者の半分を面接した。特に印象に残る生徒はいなかったけど、とりあえず無難な生徒を
役員として選んだ。副会長の選んだ役員は数人だった。僕は直接面接していないので、そ
の生徒たちとは改選後の最初の役員会で出会うことになったのだ。

 その中に、遠山さんという一年生の綺麗な女の子がいた。

 十人前後の生徒会の新役員が集った席上で、僕は生徒会長としてあいさつしたのだけど、
視線は遠山さんという新入生の書記に奪われたままだったかもしれない。優に突然姿を消
され、要するに優に黙って振られたに等しい僕は、一年間異性に惹かれることはなかった。
女々しいかも知れないけど、異性のことを考えるときには常に優の笑顔が頭に浮かんでい
たのだった。

 その僕が遠山さんを見た時、一瞬目を奪われるほど彼女の姿がまぶしく見えた。まるで、
優に好きと言われた時のような戸惑いが僕を襲った。でも、僕はすぐに体制を立て直した。
たかが可愛い下級生を見たくらいで動揺するとは情けない。優みたいに内面からも僕を魅
了するような女じゃないと、僕は動じないんだ。そう思ってその時の僕は同様を抑えて、
先輩らしく新人たちにあいさつしたのだった。

 遠山さんが生徒会の役員に加わると、何となく男の役員たちが彼女を巡って微妙な駆け
引きを繰り広げるようになった。僕は内心不愉快だった。ここは生徒活動を自主的に管理
する組織なのに、恋愛とかに現を抜かしていてどうするのだ。僕は中学生の時の自分を棚
にあげて憤った。これで遠山さんが有頂天になり男たちを操っていたりしたら、僕も断固
として男共や彼女に注意したと思うけど、遠山さんは男たちの誘いに全く興味がないよう
で、むしろ自分を巡るそういう男たちの争いに無邪気に戸惑っているようだった。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:09:38.82 ID:HnyAwiIMo

 遠山さんを争っている役員たちの確執に手を焼いた僕は、副会長に相談した。意外なこ
とに、副会長は結構、彼女のことを知っているようだった。

「心配することはないと思うよ」
 副会長は言った。「遠山さんって、同じ学年の池山君っていう子と付き合ってると思
うし」

「そうなの? でも、何で君がそんなことまで知っていて、あのバカどもはそれすら知ら
ないで一生懸命なのさ?」

「たまたま駅が一緒なのよ」

 副会長は言った。「で、その駅で毎朝遠山さんと池山君っていう男の子がツーショッ
トで登校しているのを見ているから」

 それなら間違いないだろう。うちの役員のバカどもは報われない争いを自分勝手に繰り
広げているだけなのだった。

「まあ、既に遠山さんと池山君って噂になってきてるから」

 副会長は続けた。「あいつらがそれを知ったらこの騒動ももうすぐ治まると思うよ」

 結果としては彼女の言うとおりだった。役員たちは遠山さんと池山と言う同級生の存在
を知り、不承不承遠山さんに言い寄ることを諦めたようだった。

 遠山さんは仕事が出来る子だった。最初は目立たなかった彼女だけど、一学期が過ぎる
頃には既に生徒会の主要戦力といっていいくらいの存在に成長していた。僕はその頃まだ
優との破綻を引き摺っていたから、遠山さんがどんなに可愛いとはいえ彼女ことはよく仕
事をしてくれている下級生としか認識していなかった。そのまま、僕にとっては何も進展
しないままで一年間が過ぎた。僕は三年に進級し、この学校の通例どおり生徒会長からも
パソ部の部長から引退する時期となった。

 ところがこの年、いろいろと学校の制度改革が断行されたのだった。他校と比べて生徒
会や部活の引退時期が早いことなどが、高校を受験する生徒たちには不評だとして、改革
の槍玉にあがっていたようだ。当時は進学実績も悪くなかったことから、そういう改革を
する余裕があったのかもしれなかった。結局その改革案は学校法人の理事会でも承認され、
僕は三年生になってもパソ部の部長と生徒会長を続投することになった。そして三年生の
学園祭終了後が、新たな三年生の任期終了とされた。

 新しく生徒会の役員になった遠山さん、遠山有希さんはよく気がつく子だった。見た目
も可愛いし人気もあるのだけど、それを周囲にひけらかすことなく自然に生徒会に溶け込
んでいた。きっと頭がいい子なんだろうな。僕は一年生にして役員の中心となって働くよ
うになっていた彼女を眺めていて、よくそう考えたものだった。自分が可愛くて人気があ
ることに気がついていないような天然の女の子では絶対ない。自分の人気を誇らないよう
に意識して行動しているに違いない。その行動のせいで彼女は、可愛いけど全然それを鼻
にかけないいい人という評判を生徒会内で勝ち取っていた。多分、クラスの中でもそれは
同じだったのだろう。

 僕は当時はまだ成就しなかった失恋を引き摺っていたから、彼女のことが恋愛的な意味
で気になるということはなかったけど、ここまで意識して自分の行動を律する彼女には少
し関心を抱いたのだった。それはある意味、優と同じだ種類の女の子だった。彼女も昔周
囲の生徒に面倒見のいい女の子という演技をしていたっけ。でも、優は相当自分に嘘を言
い相当無理をしてそうしていたのだけど、遠山さんの行動は何か自然だった。そういう意
味でも僕は彼女に関心があったのだ。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:10:14.74 ID:HnyAwiIMo

 僕が三年生になりしばらくたったある日、遠山さんと池山君という男子生徒が付き合っ
ているらしいという情報を教えてくれた副会長が、また新たな情報を仕入れてきた。副会
長の話によると、今まで二人きりで登校していた遠山さんと池山君という男は、今では四
人で一緒に登校しているというのだ。今まで二人きりだった彼らに加わったのが、遠山君
の妹だという麻衣さんという一年生の子と、広橋君という遠山さんと池山君の同級生だと
いう。

「何人で通っていてもいいけどさ。どっちにしたって遠山さんて池山君と付き合ってるん
だろ?」

 僕は副会長に聞いた。ところが副会長が話してくれたのは意外な話だった。どうも、遠
山さんと池山君が付き合っているというのは単なる噂らしいと言うのだ。

 それどころか二年生の、遠山さんたちをを知っている生徒たちの噂によると池山君と広
橋君は、遠山さんを巡って三角関係のようになっているらしい。そして、遠山さんの気持
ちはどちらかというと、広橋君の方に靡いているのだと副会長は続けた。

「その麻衣ちゃんって子も極めつけのブラコンなんだって」

 副会長は楽しそうに話した。こいつは前から恋愛関係の噂話が大好きなのだ。でも、僕
が麻衣さんのことを知ったのはこの時が初めてだった。そして、実は僕は広橋君のことだ
けは知ってはいたのだ。

 マンモス校ゆえに下級生のことなんて部活でも一緒でない限り知り合う機会なんてない
んだけれど、彼のことは噂でよく聞いていた。何しろ無茶苦茶成績がいいらしい。それも、
何でこんな学校にいるのか不思議だといわれるレベルで。ある先生が話してくれたことに
よると、彼は受験直前にこの町に引っ越してきたそうだ。それで、あまりこの地方の高校
事情を気にすることなくとりあえず受験できる高校を受験したらしい。僕だってこの学校
より高いレベルの学校に入学できたのだけど、話に聞く広橋君とはレベルが違うようだっ
た。僕は偏差値とか学校の成績にそれほどには重きを置く主義ではなかったけれど、広橋
君の模試での偏差値を聞いたときはさすがに嫉妬心のようなモヤモヤ感を感じたものだっ
た。

「会長は知らないだろうけど、広橋友君ってすごく成績がいいんだよ」

 副会長が言った。「そのうえ、超がつくほどのイケメンだし」

 では成績がいいだけではなく顔もいいのか。外見に関してはコンプレックスを抱いてい
る僕にはそれは少し不愉快な情報だった。要は全ての点において僕は広橋君に劣っている
ということではないか。

「池山君っていうのはどういうやつなの?」

 僕は聞いてみた。副会長の話のとおりなら、彼は古くからの知り合いで、一時付き合っ
ていると噂されるほど仲がよかった遠山さんを広橋君に取られたことになる。その時僕は、
何となくネトラレという単語を頭に浮かべだ。

「普通だよ、普通。顔も普通だし成績も普通」

 副会長はあっさりと池山君のことを切り捨てた。

「じゃあ、さぞかし遠山さんを奪われて落ち込んでいるんだろうなあ」

 僕が男性に同情するのは珍しかったけど、その時は自分の成就しなかった苦しい恋愛経
験のことが、池山君が今陥っている状況に重なったのだった。もちろん僕は寝取られたわけ
ではなかったけど。

「確かに最初は三角形ぽかったらしいんだけどね。それがね、最近はそうでもないみたい
なの」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:12:02.32 ID:HnyAwiIMo

「・・・・・・どういうこと? ひょっとして彼は重度のシスコンだとか」

「そうじゃなくて・・・・・・池山君、最近ちょっと変った女の子と仲がいいんだって」

 なんだ、池山君と遠山さんはお互いにその程度の関係だったのか。副会長の情報を信じ
ていた僕は、ずっと遠山さんは池山君と付き合っているものだと思っていた。でも、お互
いにそれほど深い関心はなかったということか。この辺で僕はこの話題に飽きてきていた。
もともと遠山さんにだって深い興味があるわけじゃなかったし。

「変った子って誰? 二年生?」

 一応僕は聞いた。

「うん、遠山さんと池山君と広橋君って同じクラスなんだけど、その同じクラスの女の子
だって」

「ふ〜ん。まあ、丸く収まりそうでよかったってことか」

「まあ、そうかもしれないけど。でも、池山君と最近仲のいい子がちょっと問題で」

「問題?」

「会長は知らないでしょうけど、その子の名前は二見優さんと言って」

 副会長はそこで、彼女のフルネームを告げた。

 ・・・・・・それは、かつての中学の時の僕の恋人の名前だった。同姓同名の別人でない限り、
彼女は僕の知らない間にこの学校に入学していたのだった。

 僕と同じ学校に入学していた優は、そのことを僕に知らせようともしなかったのだ。僕
がこの学校にいることは知っているはずなのに。

 僕は二人の女の子に興味を抱いた。それは嘘ではなかった。でも、遠山さんに対しては
恋愛感情はなかったのだ。

 その時僕は、驚いている表情の遠山さんを生徒会室の近くの人気のない階段の踊り場に
連れ出し、君が好きだと告白した。計画通りに彼女に振られるならいいけれど、万一彼女
が僕のことを受け入れたとしたら、僕は彼女に対して酷いことをすることになる。それで
も僕は優のことを知るためにはそうするしかなかった。

「・・・・・・迷惑だったら謝るよ。でも遠山さんのことは前から気になってたんだ。今まで君
に振られるのが怖くて言えなかったけど」

 僕は用意していたセリフを言った。それは演技ではあったけど、それでも女の子を前に
告白するという状況に緊張し、結構な早口になってしまった。

「え?」

「遠山さん、好きです。僕と付きあってください」

 生徒会長である先輩の僕に告白されるなんて夢にも思っていなかったのだろう。彼女は
純粋に驚いているようだった。

「駄目かな」

「先輩」

 彼女にとってイケメンでもなんでもない僕なんかを恋愛対象として考えたことはなか
ったのだろう。彼女は言いよどんでいたけど、結局はっきりと答えた。

「ごめんなさい。あたし好きな人がいるんです」

「先輩のこと、生徒会長としては本当に尊敬してます。でも、あたし片思いだけど好きな
人がいて。だからごめんなさい」

「・・・・・・そうか。わかったよ、君を困らせて悪かった」

 僕はそう言った。ここまではある意味わかりきった展開だった。ここからが本番だった。
僕は気を引き締めた。

「先輩に勘違いさせたとしたら本当にごめんなさい」

 遠山さんが申し訳なさそうに言った。こいつも結局自分に自信があるのだろう。僕に勘
違いさせてってどういうことだよ。僕は君なんかの言動に惑わされたわけじゃないぞ。一
瞬、作戦を忘れてリア充な人種への憎悪が沸き起こったけど、僕はそれを抑えた。今はそ
んなことでエキサイトしている場合ではなかった。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/07(木) 23:14:22.41 ID:HnyAwiIMo

「いや。僕が勝手に思い込んだだけだから。君の好きな人って」

 僕は緊張しながらも遠山さんの恋愛関係を探るための言葉を口にした。

「え」

「何となくわかる気がするよ」

「え?」

「彼なら祝福するしかないね。僕なんかじゃ全然敵わない。彼は成績もいいしスポーツも
万能だし何よりイケメンだしね」

「知っているんですか」

どういうわけか彼女は当惑しているようだった。

「君を困らせて本当に悪かったよ。もう二度とそういうことは言わないから、これまでど
おり生徒会の役員でいてくれるか」

「はい」

「ありがとう。まあ、ライバルが広橋君なら負けてもしかたないか」

 僕はついにその名前を口にして、彼女の反応を覗った。

 そうじゃありませんと否定するか。あたしが好きなのは池山ですと言うのか。僕は固唾
を飲んで彼女の返事を待ち受けたけれど、結局この作戦は失敗に終ってしまった。

 遠山さんは否定も肯定もせずに、自分の好きな男をうやむやにしてしまったのだった。

 この日の努力もむなしく、結局僕は池山君は遠山さんに好かれているのか、それとも彼
女とはもう何の関係もなく、副会長が聞いてきた噂のように、僕の昔の彼女と恋人関係に
あるのかを知ることは出来なかった。

 僕の遠山さんへの告白は失敗に終った。表面的な意味では、彼女は好きな男がいるから
といって僕を拒否したので、客観的に見れば僕の告白は空振りだった。そして実質的な意
味で言っても、告白することによって明らかになると思っていた優と池山君、遠山さんと
広橋君の関係は相変わらず曖昧なままだった。

 遠山さんは僕が広橋君の名前を出した時、少し戸惑っているようだったから、ひょっと
したら遠山さんと池山君が付き合っているのではないかという推測は成り立った。でも、
それは証拠のない単なる推論に過ぎなかった。結局のところ僕は、副会長から聞かされた
曖昧な噂話以上の情報を入手することができなかったのだ。

 優が同じ高校に入学していたことは、それからまもなく確認することが出来た。ある朝、
僕は早めに登校して一年生の校舎の入り口を遅刻ぎりぎりまで見張ったのだ。

 自分が目立つのはまずいと思った僕は、中庭の噴水の陰から一年生の校舎に吸い込まれ
ていく多数の一年生たちを必死で眺めていた。見張りを初めて一時間経っても優の姿は見
つからなかった。そのまま、そろそろ自分の校舎に行かないと僕自身が遅刻してしまうく
らいの時間になってしまっていた。優を見落としたはずはなかった。僕は瞬きすら我慢す
るほど集中して登校する一年生たちを見つめていたのだから。

 もう諦めて自分の教室に走って戻ろうとした時だった。校門から一年の校舎に走ってい
く女性の姿があった。遅刻ぎりぎりになって教室に張り込むだらしない生徒。でも、よく
見るとそれは優だった。

 中学の頃の優は周囲から浮くまいと、目立つ行動は避けていたはずだった。少なくとも
遅刻ぎりぎりに駆け込むような姿は一度も見かけたことがなかった。それでも、今の僕の
目の前で校舎に駆け込んでいったのは、久しぶりに見る優に間違いなかった。

 昔より少し髪が伸び、スカートも短くなってブレザーの下の白いブラウスの胸元のボタ
ンも結構外していて、それは今時のお洒落な女子高生そのものだった。外見は変っていた
けれど、僕にはそれが僕の中学時代の彼女だとすぐにわかった。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/07(木) 23:14:53.44 ID:HnyAwiIMo

今日は以上です
また、投下します
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/08(金) 18:25:49.19 ID:ntb0DuEnO
なんか会長の告白シーン唐突すぎる
優が一年生なのか二年生なのかも混乱してる
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 22:56:07.72 ID:GO5crQa4o

 やはり同姓同名の他人ではなかったのだ。僕は胸を痛めた。彼女にとっては僕なんて過
去の思い出に過ぎないのだろう。だから、同じ学校に入学してもそのことを僕に知らせる
気にすらならなかったのだ。それは僕にとっては厳しい発見だった。ある意味、優が黙っ
て転校したことより厳しかった。

 あの時は、僕たちは家庭の事情というやつに振り回された悲劇のカップルだと思い込む
ことが出来た。彼女が黙って転校して行ったのも、僕に話したとしてもどうにもならなか
ったのだからだと。

 でも、こうして同じ学校に入学したことを、優が僕に話そうという発想がない時点で、
僕と優に起こった出来事は僕が思い込んでいるようなロマンティックな悲劇などではなく、
単に彼女が僕のことなんか気にしていなかったということになる。それも、おそらく彼女
が転校した時から。いや、もしかしたら僕と付き合っていたときから。

 僕の告白に応えなかった遠山さんだけど、その後の生徒会活動には普通に顔を出してく
れていた。学園祭が近かったので、今では主戦力となっている彼女が僕のことを気にして
生徒会や実行委員会に顔を出しづらくなったらどうしようと思ったのだけど、責任感が強
いせいか彼女は普通に活動に参加してくれていた。

 ただ、僕が堪えたのは遠山さんがやたらに僕のことを気にするような行動を取るように
なったことだった。僕を振ったことを気にしていたのだろうか。彼女は告白を機に僕とよ
そよそしくなるより、今まで以上に僕に親しく話しかけることによって、僕の告白は気に
してませんよ、今までどおりいい先輩後輩でいましょうと訴えているようだった。

 でも、そんな彼女の行動はかえって生徒会役員たちの好奇心を刺激してしまった。

「石井会長と遠山さん、最近妙に仲良くない?」

「遠山さんって本当は石井会長狙いだったのかな」

 そんな噂が流れているよと僕に教えてくれたのは、副会長だった。

「ばかばかしい」
 僕は切り捨てた。「だいたい遠山さんには、広橋君だか池山君だかがいるんだろ」

「でも最近の彼女、妙にあんたに話しかけたりあんたのそばに擦り寄ったりしてるからなあ」

副会長は例によってこの手の話題が大好物のようだった。

「あんたのこと、実は好きだったりして」

 そんなことはないことは僕が一番よく知っていた。そしてこの噂を鎮めるには、僕が遠
山さんに告白し振られたという事実を明かせばそれで澄むことだった。でも、二見さんの
彼氏を知ろうとして仕掛けた告白とはいえ、そんな事情まで話すわけにいかないから、そ
れだと世間に出回る事実は僕が遠山さんに振られたということだけになる。それは、プラ
イドだけは無駄に高い僕には耐えられなかった。

 なので、無念ながらこの噂は放置するしかなかったのだけど、その後も遠山さんは僕に
気を遣うあまり、今までより僕に近づき僕に優しく接することをやめなかった。それは僕
の精神状態に微妙な影響を与え始めた。僕はあくまで作戦の一環として遠山さんに告白す
る振りをしただけなのだけど、彼女が僕をこれ以上傷つけまいと、告白前と変わりないと
いうか告白前より親密に接してくれるようになると、僕は何だか本当に彼女に振られたよう
な気分になってきた。

 ただでさえ、優の僕に対する本心を知った後なのに、遠山さんに本気で恋して、そして
振られた気になっていった僕は、だんだんといつもの冷静さを失うようになっていった。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 22:57:37.82 ID:GO5crQa4o

そのうち、ひそかに危惧していたとおり、僕が遠山さんに告白して、彼女がそれを断っ
たという噂が生徒会内に流れ始めた。それは噂ではなく事実だったのだけど、僕は本気で
遠山さんが好きになったわけではない。でもその噂はその部分は抜きで、本気で僕が彼女
を好きになり告白して、そして振られたということになっていた。僕は噂をやはり副会長
から聞かされたのだった。

「遠山さんがあんたのことを好きなんじゃなくて、逆だったか」

 副会長は遠慮会釈なく僕に言った。「遠山さんって、あんたのことが好きだから最近あ
んたに接近してるんじゃなくて、振ったことが後ろめたくてあんたにも気を遣って欲しく
なくて、今まで以上にあんたと接するようにしてたのね」

 僕は反論しようとしたけど、何といっていいのかわからなかった。

「元気だしなよ。そもそも遠山さんには広橋君がいるってあたしが教えてあげたのに、あ
んたはだめもとで告ったんでしょ」

 僕が遠山さんに告白した場所には誰もいなかったはずだ。それを知っているのは僕と遠
山さんだけなのだ。そして、遠山さんは僕に告白されそれを断ったことを自慢げに周囲に
話すような子ではなかった。いったい誰がこんな話を広めているのだろう。僕は必死に考
えたけど、そんなことをする人間のことは思いつかなかった。

 僕はもう副会長に返事をする気すらなくしていた。それから、僕は生徒会では遠山さん
を避けるようになった。そんな僕に彼女は戸惑っていたようだけど、周りの役員たちはや
っぱりねという視線で僕を見ているようだった。

 やがて僕のプライドは、僕を気遣うような、そして僕をからかうような役員たちの視線に
耐えられなくなっていった。

 生徒会に居辛くなった僕は、会長としての最低限の仕事を済ますと、僕が部長を務めて
いるパソコン部で時間を過ごすようになった。ここは気楽な場所だった。僕は部長だった
けど、ここの部員を組織として動かすとかみんなで一丸となって何かをやり遂げようなん
て無駄なことを考えたことは一度もなかった。

 この部は極度な個人主義的な雰囲気が特徴であり、部員たちはデスクトップPCの前で
思い思いに勝手なことをして放課後の時間を過ごしていた。まるでネカフェのようだった
けど、それがパソ部の部活の実態だったのだ。一応僕はこの部の部長なのだけど、ここに
逃げ込むとそういうことは別にどうでもいいやと感じられるような雰囲気の場所なのだっ
た。

 ある日、生徒会のミーティングで戸惑っているような遠山さんや、からかい混じりの役
員たちに最低限の指示を与えた後、僕は逃げるようにパソ部の部室に来た。いつもは静か
にPCの前で好き勝手なことをしている部員たちが、どういうわけか困惑したように一人
の女の子を囲んで何やら話し合っている姿が僕の目に入った。

「どうしたの」

 僕は誰にともなく声をかけた。何で男だらけのこの部室の真ん中に、こんな部に似合わな
い一年生らしき女の子が目を伏せて座っているのだろう。

「ああ部長。ちょうどよかったです」

 二年生の副部長が心底助かったという表情で言った。「彼女、入部希望者なんですけど」

 それで、こいつらは困惑した様子だったのか。僕は少しだけおかしかった。僕はイケメ
ンでもリア充でもないけれど、こいつらのように女の子が部室に来たというだけでこれほ
ど面食らってどうしたらいいのかわからなくなるということはない。僕はその女の子を見
た。

 それではこの女の子はパソ部に入りたいといういうのだろうか。個人的にアドバイスす
るならば止めておいた方がいいよといいたところだけど、部長としてはそうもいかなかっ
た。

「僕が部長なんだけど、君はパソコン部に入部希望なの?」

 よく見ると、その子はすごく可愛らしい子だった。優とか遠山さんのように、きれい
で可愛らしいけど、実は意志が強いという感じはせず、か弱く守ってあげたいという外見
の少女だった。徽章を見ると一年生だ。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 22:58:49.00 ID:GO5crQa4o

「はい。いろいろネットのこととか勉強したくて」

 その一年生の女の子はきれいな顔を上げて僕の方を見て言った。意外としっかりとした
口調だった。

「そうか。入部はいつでも歓迎するけど・・・・・・でも、うちって女の子は一人もいないんだ
けどそれでも平気なの」

 僕はまず気になっていることを確認した。

「あ、はい。女子でも入部させてもらえるなら」

 彼女はあっさり答えた。

 そこまで言うなら、彼女の入部を断る理由はなかった。僕は彼女に聞いた。

「じゃあ、名前と学年とクラスを教えてくれる?」

「はい。名前は池山麻衣といって学年は一年でクラスは」

 僕はそれを聞いて呆然とその美少女を眺めた。では、この子がブラコンだという、池山
君の妹なのだ。

 その時、ふと僕の心に次の作戦が浮かんできた。遠山さんから聞き出せなかった情報も、
この池山さんからなら聞き出せるかもしれない。僕はその思いを隠して精一杯の笑顔を浮
かべて彼女に言った。

「パソコン部にようこそ。君を新入部員として歓迎するよ」

 その時、黙って池山さんに見蕩れていたらしい副部長以下の部員たちが拍手を始めた。
リアルな女性は苦手なはずの部員たちも、彼女の可愛らしい容姿に無関心ではないようだ
った。

 ・・・・・・今度はうまくいくかもしれないな。部員たちと一緒になって拍手しながら僕はそ
う思った。

 その日から僕は、遠山さんと顔をあわせて一緒に仕事をすることに対して、気が重く感
じていたこともあり、生徒会では最低限の指示をするだけで、残った時間はパソコン部に
顔を出すようにした。副会長はこれまで僕が生徒会活動に打ち込んでいたことを知ってい
ただけに不思議そうで はあったけど、結局のところ遠山さんに振られた僕が、この場に
いることがいたたまれないのだろうという解釈に落ち着いたようだった。そしてそれは他
の役員たちの共通認識でもあるようだった。

「あんた考えすぎだと思うけどな」

 学園祭に向けた作業を分担して開始した生徒会役員と学園祭実行委員たちを尻目に、
生徒会室を去って行こうとする僕に副会長は話しかけられた。

「遠山さんと一緒に居づらいんでしょうけど、告って振られることなんて別に恥かしいこ
とじゃないじゃん。あんた変なところでプライド高すぎだよ」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 22:59:19.98 ID:GO5crQa4o

 彼女の言葉は僕の胸に突き刺さった。確かに僕は遠山さんのことを本気で好きなったわ
けではなかった。それでも、彼女に告って彼女に振られたことは事実だったし、そのこと
が生徒会で噂になり哀れむよう視線で僕がみんなに見られていたこともまた事実だった。
そして、真実 はどうあれ、そういう状況に僕のプライドは耐えられなくなっていたのだ。

 僕はそのことについて副会長に言い訳することすらできなかった。

「何を考えているのか知らないけど、僕は部活に行かなきゃいけなくなっただけだよ」

 僕は彼女に言い訳した。

「あんたの部活ってパソ部でしょ? 部長なんかいてもいなくても同じでしょうが」

 副会長は僕の言い訳なんか頭から信じていないようだった。

「新入部員が入部したんだよ。一年生だし唯一の女の子だからあいつらには任せられない
んだ」

 僕はその新入部員が池山君の妹であることは副部長には話さなかった。僕はそれだけ言
い訳すると、副部長の追及を逃れパソ部の部室に向かったのだった。



 僕が部室に入った時、池山さんは部室で一人ぽつんと取り残されていたようだった。彼
女は落ち着かなげにあてがわれたPCの前で一人座っていた。どうやら副部長や部員たち
は情けないことに彼女を指導するどころか世間話さえすることができず、とりあえず彼女
にPCをあてがってそのまま放置したようだった。もっとも、ちらちらと彼女の方を盗み
見している部員はいたようだけど。

 本当にどうしようもないやつらだな。僕はそう思ったけど、よく考えるまでもなく広橋
君たちのようなリア充より、パソ部の部員の方がより僕と同類なのだった。それでも部長
として彼女を一人で放置する訳にはいかなかった。そして、今の僕には誰にも言えない秘
めた目的もあるのだ、

 僕は池山さんに歩み寄り声をかけた。

「池山さん、こんにちは」

 彼女はあてがわれたパソコンを操作するでもなく俯いていたけど、僕のあいさつを聞く
と慌てた様子で顔をあげた。僕の方を上目遣いに見上げた彼女の白く綺麗な顔に、僕は一
瞬ドキッとした。

「あ・・・・・・部長。こんにちは」

 緊張しているのか、か細い声で池山さんが言った。

「君は今何をしてたのかな」

 僕は彼女に話しかけながらデスクトップのディスプレイをちらっと眺めた。画面は真っ
黒で起動すらしていないようだった。

 こいつら本当に新入部員を放置したのか。僕は少し飽きれた。男の部員だったらあれほ
ど専門知識をひけらかしながら最初の面倒だけは見ていたこいつらも、リアルで美少女で
ある池山さんに話しかけて面倒を見る勇気はなかったようだった。生徒会で振られた男と
して見られていた僕も、この部では女性関係に関してはこいつらより数段上のようだった。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:00:26.70 ID:GO5crQa4o

「いえ。特に何もしていません。よくわからなくて」

 池山さんは言った。

 ・・・・・・やばい。この子本当に可愛いな。彼女の表情を見て彼女の弱々しい言葉を聞いた
とき、僕は思わずそう思ってしまった。今でも僕は優への恋情を抱えているはずなのに。

「よくわからないって言うけどさ」
 僕は気を取り直して彼女にレクチャーを始めた。

「まあ、うちの部はパソコン部って言うだけあって、パソコンとかネットとかIT関係な
らなんでもありな部だからさ」

 池山さんは頷きながら僕の言うことを聞いてくれていた。

「だから、部員たちもそれぞれ好き勝手に活動してるんだよね」

「・・・・・・はい」

「例えば、隣のブースにいるあいつ」

 僕は彼女と同じ一年生の部員を指差した。こいつは他の部員たちと異なり彼女をチラ
見することなく一心不乱にディスプレイ上を埋め尽くしたコードを睨んでいた。

「彼は、CGIスクリプトを勉強中なんだよ。勉強中っていっても基礎を覚える段階じゃなくて、実際に応用的なプログラムを組んでるんだけどね」

「それから、反対側にいるあいつ。あいつは、Second Lifeっていうバーチャルワールド
内で実装されている言語、リンデン・スクリプト・ランゲージっていうんだけど、それを
使って仮想世界内で通用するプログラムを毎日組んでる」

「はあ」

 池山さんにはぴんと来ないようだった。

「じゃあ、部室の反対側にいるあいつ」

 僕はもっとわかりやすい作業をしている二年生の部員を指し示した。

「彼は3Dモデリングを練習しているんだ。SHADEというソフトなんだけど・・・・・・ほら、
画面が見えるでしょ」

 そいつの作業中のディスプレイにはリアルな3Dのオブジェクトがでかく映し出されて
いた。これなら彼女にも理解しやすいだろう。

 ・・・・・・だが、僕は彼の作業中の画面を池山さんに紹介したことを一瞬で後悔した。その
画面上には、3Dでリアルに描写された幼女のヌードが大写しに描かれていたのだ。

 ・・・・・・おい。おまえはこの前まで確か人類初の恒星間移民船とやらの3Dグラフィック
を製作してたんじゃなかったのかよ。

 こうして部員それぞれが好き勝手に作業している様子を紹介していると、だんだん彼女
は元気がなくなっていく様子だった。

「どうかした?」

 僕は彼女に声をかけた。彼女はしばらく俯いていたけど、やがて細い声で話し出した。

「あの・・・・・・。あたし、パソコン部ってちょっと勘違いしていたかもしれません」

「勘違いって?」

「あたしは本当に初心者で、家のパソコンでたまに天気予報とかニュースとかミクシーと
か見るだけで」

 まあそうだろうな。僕は最初から彼女のPCスキルに期待なんてしていなかった。でも、
そう考えていたわりには僕は彼女に部内でもスキルの高い部員が何をしているかを紹介し
てしまったのだった。

 何でだろう? 僕は自己分析した。この可愛らしい、守ってあげたいという欲望を刺激
する一年生の少女に、うちの部の凄さを自慢したかったからかもしれない。つまり僕は彼
女に対してうちの部のレベルを感心させたかったのだ。それは、そうすることでスキルの
高い部員を擁する部の部長である僕を池山さんによく見せたかったからだろう。僕はこの
兄である池山君が大好きだという美少女に、僕に対して関心を持ってもらいたかったのだ
ろうか。

 当初の目的を忘れ少し混乱しだした僕だけど、僕の最初の部活レクチャーが失敗してし
まったことはは理解していたので、まずそれをフォローすることが先決だった。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:01:56.39 ID:GO5crQa4o

「ああ、ごめん」

 僕はなるべく明るい声で彼女に言った。

「君はネットのこととか勉強したいと言っていたね」

 僕はなるべくさわやかな微笑みになるよう努めながら、池山さんの可愛らしい顔を見
た。

「うちの部はいろんなやつがいるからね。例えば・・・・・・」

 僕はすぐ近くのブースで何やら作業している一年生のディスプレイを指し示した。

「例えばこいつなんかは」

 ・・・・・・げ。おまえは何で堂々と校内ででエロゲしてるんだよ。ネットどころかそもそも
オンラインでさえないだろうが。僕はあわてて違うデスクのPCの方を指差した。

「違った・・・・・・こいつね」

 何をしていようとエロゲのしかもムービーシーンを一心不乱に眺めているやつよりは
ましだろう。

 僕が指差した部員は三年生だった。彼は、無関心を装いながら僕らの方を気にしていた
他の部員たちと異なり、僕と池山さんの方なんか気にせずに一心不乱にキーボードに向か
って何やら長文を打ち込んでいた。

「この先輩は何をされているんですか」

 池山さんが聞いた。そういやこいつは何をしているんだろう。僕は、とりあえずエロゲ
のセックスシーンを彼女に見せないためにこいつを指差しただけで、こいつが何をしてい
るのかなんて考えてもいなかったのだ。あらためてこいつの画面を覗くと、そこには2ち
ゃんねるの専用ブラウザが表示されていた。

「ああ。君って2ちゃんねるって知ってる?」

 僕は聞いた。

「あ、はい。たまにお兄ちゃんが見てましたから」

池山さんはすぐに答えた。そういえばこの子はブラコンなんだっけ。僕は副会長に聞い
た噂話を思い出した。

「こいつは2ちゃんねるに入り浸ってるんだよ。いつも見ているのは、アニキャラ総合っ
ていうところだけどね」

 それから僕はもう少し普通の活動をしている部員を紹介した。フォトショップとかイラ
ストレーターを使用して画像製作をしているやつや、DTMソフトを使って音楽を作ってい
るやつ、HTMLやFLASHでサイト製作をしているやつとか。でも、最後に僕が池山さんにう
ちの部活動の感想を聞いた時の反応は印象的なものだった。

「で、ネット関係を勉強したい言っていってたけど」

 僕は彼女に聞いた。

「うちの部員の活動を見てさ、具体的にどんなことを覚えたいの?」

「あの」

 彼女は遠慮がちに言った。

 正直に言うと、この時の僕は彼女に気を惹かれだしていた。あれだけ恋焦がれていて結
果的に裏切られた優とか、僕が振られたことになっている遠山さんのことが、この瞬間に
は僕の脳裏から忘れ去られているほどに。

「あたし、2ちゃんねるとかって詳しくなりたいです」

 池山さんは僕の質問にそう答えた。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:02:49.83 ID:GO5crQa4o

 ・・・・・・いったい池山さんは何を考えているのだろう。僕にはよくわからなかった。でも、
僕が今では彼女のことを気にしていることだけは確かなようだった。僕の当初の意図であ
った優のことを調べたいという目的に加えて、池山さんのことを知りたいという新たな目
的が僕にはできたのだった。僕は実は気が多いのかもしれない。僕は初めてそういう感想
を抱いた。僕はついこの間まで中学生だった池山さんの幼く可愛らしい容姿を好ましく思
いながら言った。

「僕もそんなに詳しくないけど、よかったら一緒に2ちゃんねるとかネットのこととか勉
強しようか」

精一杯優しく微笑んで。こんな気持悪いことを言ったら彼女にドン引きされて嫌われて
しまうかもしれない。でも、僕はそう口に出してしまったのだ。

 しばらくして、池山さんは僕にぺこりと頭を下げた。

「はい。部長、よろしくお願いします」



 次の日から僕は池山さんをPCの前に座らせ、自分は彼女の横に置いた丸椅子に腰掛けて
指導することにした。指導といっても池山さんの希望は抽象的でネットとか2ちゃんねる
とかに詳しくなりたいというものだった。

 正直、これが可愛らしい池山さんでなければそんな希望に応える気すらしなかったろう。
うちの部は確かに生徒会と違って非リアな部員の集まりだったけど、部員の資質はそれな
りに高かったし、数少ない新入部員でさえVBAを覚えたいとかC++やJavaをもっと自由に使
えるようになりたいとか、そういう希望者が多かった。正直に言えばうちの部のドアを叩
いて、街中のパソコン教室の初心者クラスに初めて通うお年寄りのような希望を堂々と述
べたのは、僕の知る限りでは彼女だけだった。

 周りの部員たちもてっきり飽きれて彼女に冷たくするかと危惧したのだけれど、やはり
彼らも美少女の艶やかな容姿の誘惑には勝てなかったようで、だんだんと彼女がパソ部の
部室にいることに慣れてきた部員たちは、おどおどしながらも彼女に話しかけたり彼女を
助けたがるような様子を見せ始めたのだった。

 部員たちが彼女を受け入れたのはよかったけれど、池山さんへの彼らの関心や干渉は正
直迷惑だった。あからさまに言えばこいつらの池山さんへの関心は、僕にとって二つの理
由から邪魔だった。

 一つには、彼女は優と池山君、遠山さんと広橋君の関係者だったから、僕は池山さんと
仲良くなり、さりげなく彼らの交際事情を聞きだしたかった。中学時代の切ない想い、僕
の人生で唯一の恋愛のことは僕の心の中でまだ生きていたけど、優の気持ちを今更知った
からといってそれが復活 するわけではないことは承知していた。それでも真相を知りた
いという気持ちはまだ薄れてはいなかった。

 二つ目は、すごく単純に言ってしまうと僕が池山さんに惹かれ出していたからだった。
優のことを引き摺っていたり、遠山さんに仕掛けた偽装告白と、彼女の拒否が思ったより
自分の心に打撃を与えたこととか、そいうことはこの頃にはあまり自分の心に思い浮ばな
くなっていた。つまり僕と池山さんが二人きりで過ごす時間に介入しようとする部員たち
が僕にとって邪魔だったのだ。

 そういう理由から僕は彼女を独り占めしていていたかったのだ。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:03:50.44 ID:GO5crQa4o

 池山さんは、優とかその他の、僕に告白してきた女の子たちとはタイプが全く違ってい
た。どういうわけか僕が好きになる、あるいは僕を好きになる女の子は容姿は様々だった
けど、基本的にはしっかりとした性格のお姉さんタイプの女の子が多かった。でも、遠山
さんはちょっと違っていた。

 遠山さんは守ってあげたいという気持ちを男に起こさせるような女の子だった。そうい
う彼女の控えめで可憐な姿に、正直僕は惚れてしまった。そして、それは僕だけではなく
他の部員たちも同じようだったけど、僕は見苦しくも部長権限を振りかざして彼女の教育
係の座を確保したのだった。

「遠山さんって自分の家にパソコンないの?」

 最初に、僕は彼女のあまりの初心者ぶりに驚いて聞いた。

「リビングにパソコンはあるんですけど、おにい・・・・・・兄がいつも使っているんであたし
はあまり触ったことはないです」

 彼女はそう言った。

「それでも、スマホとかでネット見たりしない? それと学校の授業でもネット関係の講
座があるよね?」

「あたし、スマホもメールとかLINEくらしか使えませんし、IT関係の授業もあまり興味が
なくて」

 それなら、いったい彼女はなぜ今更パソ部の扉を叩いたのだろう。僕は疑問に思った。
うちは遠山さんのような女の子が思いつきで入部するようなクラブではない。パソ部は校
内の評価は最悪で、一般の生徒たちからはキモヲタの巣窟のように目されていたのだし、
女性すら一人もいないようなそんな部に中途でわざわざ勇気を出して入部希望をした意味
は何なのだろう。

 僕はその時久しぶりに自分の「傾聴」スキルを発動しようと思いついた。高校に入って
からはほとんど思い浮かべたことがなかったスキルだったけど、今こうして遠山さんと二
人でPC前に座っていると、彼女のことをもっとよく知りたいという欲求が僕の心に浮かん
できた。

 そうすれば、多分単なるいい部長という立場で表面的な会話をしているよりてっとり早
く彼女の心に入り込めるだろう。そして、今までの実績でいうと僕がコンサルタントを成
功した女の子たちはかなりの高確率で僕を好きになったのだった。それは単なる陽性転移
に過ぎないのだけれど。そういうクライアントの感情に流されえてはいけないというポリ
シーのもとで、僕はそういう告白は全て断っていた。

 その僕が今やあえて遠山さんに陽性転移的な感情を覚えてもらうように仕掛けようとし
ている。コンサルタントとしては最低の行動だった。それは人の相談にのる仕事の倫理規
範に真っ向から反する態度だった。クライアントに献身的にコンサルタントした結果とし
て、相手から好意を抱かれてしまうのはしかたながない。ただ、その場合でも術者はその
好意を穏便に断るべきだ。

 それに対して最初からクライアントの好意を目当てに行うコンサルタントなんて普通な
らあり得ない。でも、僕は今そのあり得ないことをしようと考えていたのだった。

 僕の横で当惑したようにパソコンと格闘している遠山さん。まだ新しい制服に身を包ん
で華奢小さな身体で僕の隣にちょこんと座っている遠山さん。彼女の髪からふと匂う甘く
さわやかな香り。そういう彼女の様子は、今まで経験したことのない、彼女に対する保護
欲と征服欲を僕の心に掻き立てたのだった。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:05:15.37 ID:GO5crQa4o

「じゃあ専ブラのインストールからしてみようか」

 僕はマウスを持つ彼女の細く華奢な手をじっと見つめながらも、なるべく冷静に聞こ
えるように言った。

「2ちゃんねるを閲覧したいならIEよりもいろいろ便利だし快適だし」

「専ブラって何ですか」

 当然ながら池山さんは聞いたけど、その聞き方は少し首をかしげて僕の方を見上げると
いう僕にとっては破壊力抜群なものだった。この子は本当に可愛すぎる。僕は彼女の無邪
気な疑問の表情にどきどきしながら答えた。

「2ちゃんねるの掲示板を閲覧したり投稿したりするための専用のブラウザのことだよ」

「見やすいとか投稿しやすいとかもあるけど、掲示板そのものへ与える負荷が低いんだ」

 そう言っても彼女にはよくわかっていないようだった。

「IEとかだとHTML全体を読み込むんだけど、専ブラは掲示板のDAT、データだけ
を読み込むからね」

「はあ」

「わからなくてもいいよ。とりあえず使いやすいから専ブラを使う方がいいと考えてくれ
れば」

 僕はとりあえず何種類かのブラウザをDLした。使ってみて使いやすい方をこの先彼女
が選べばいい。インストールが終ると、僕は改めて彼女に質問した。僕はこの先の彼女の
答えによっては久しぶりの傾聴スキルを駆使して、彼女の抱えている問題を解明しようと
思っていた。

「さあ、これで準備完了だよ」

 僕は池山さんに話しかけた。「2ちゃんねるに詳しくなりたいって言ってたけど、とり
あえずどういうスレを見たいの?」

「あの・・・・・・」

 彼女は僕の方を見て言い淀んだ。今の僕には彼女のそういう表情さえ可愛らしく感じた。
これが男の新入部員だったら即座にうちの部から追い出していたかもしれないけど。

 ・・・・・・こんな子が本当に僕の彼女だったらなあ。僕はその時、そう考えた。そうだった
としたらもう僕が不毛なコンサルティングをすることもないだろうし、優みたいな複雑な
性格の子に対して報われない想いを抱えることもないだろう。普通に仲の良い普通にリア
充の同級生たちと同じような恋愛ができるのかもしれない。自分よりか弱い池山さんとい
う女の子を守りつつ、その対象の子から頼られ愛されることができたのなら、相手の気ま
ぐれな感情に翻弄された中学時代の優との交際とは全く違う恋ができるのだろう。

 僕がそう思って純情で可憐な池山さんの悩ましい表情を眺めたときだった。彼女が僕の
質問にようやく返事をした。そして、それは純情でも可憐でも何でもない言葉だった。

「部長、女神行為って知ってますか? 何だかネット上で自分のヌード写真とかを公開し
ているスレがあるらしいんですけど」

 僕は彼女の言葉に呆然として、そのきょとんとした可愛らしい顔を眺めていた。僕も女
神板とかVIPとかの女神スレとかは知っていた。でも目の前の小さないい匂いのする華
奢な美少女からその名前を耳にするとは思ってもいなかったのだった。

 2ちゃんねるで女神行為を見ること自体は、うちの部では別におかしなことではない。
部活と称してエロゲをしたり部費で購入したPOSERを使って少女の裸体を3Dモデリ
ングしているような部員がいるのだから、部長の僕でさえ顧問にばれない程度ならそうい
うスレを閲覧することを禁止しようなんて思ったこともなかった。でも、目の前の一年生
の少女が女神スレを見たいと言うとは僕の想像の範疇をはるかに超えていた。

「えーと。知っているか知らないかで言えば知っているけど・・・・・・君、本当にそれが見た
いの?」

 とりあえず僕はドキドキしながら聞いてみた。目の前のおとなしい美少女の容姿に対し
て説明するには、女神板の紹介は、全くふさわしくない言葉だった。心の中に卑猥な妄想
めいた考えが浮かんできたため、僕は慌ててそれを打ち消すように聞いたのだった。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:08:07.56 ID:GO5crQa4o

「はい。というか、もう見たことはあるんです。でも、画像は削除されてるみたいで一枚
も見られなかったんですけど」

 池山さんは相変わらず真面目な表情でとんでもないことを話し続けた。「ああいうのっ
てどうしたら画像とか見られるんでしょうか」

「どうしたらって、削除される前に見るしかないと思うけど」

 正直に話すと、この時の僕は彼女が何を考えているのかわからなかったのだけど、それ
はそれとして僕は下級生の少女と女神画像の話を普通にしているという奇妙なシチュエー
ションに興奮し出していた。具体的に言うと下半身が人様にお見せできる状況ではなくな
っていたのだ。

「そうですか」

池山さんがため息をついた。「やっぱりリアルタイムでスレを見張っていないといけな
いんですね」

 その時、僕は自分の下半身の状況のことを考えていたせいか、ふとあることを思い出し
た。つまり、自分が自宅で密かにオナニーするときに閲覧したことのあるサイトのことを
思いついたのだ。でも僕はそのことを口に出すべきかどうかためらった。

 ・・・・・・みんなから信頼されている生徒会長の僕があんなサイトを見ていることを誰かに
知られるなんて、ただでさえ自分に自信がないくせに無駄にプライドだけが高い僕にとっ
ては屈辱的なことだったけど、この時の僕は下級生の可憐で清純そうな少女と女神行為の
話を普通にしているという奇妙な状況に流されてしまっていたのかもしれない。

「まあ、他にも手段はあることはあるよ」

 僕は少しためらってから口にした。

「はい? 削除された画像を見ることってできるんですか」

 彼女は顔をあげて僕の方を見た。沈んでいた表情が一瞬明るくなったようだった。

「あることはある。でも、女神板と一緒で十八禁のサイトだけど」

 いったいおまえは何歳なんだよ? 僕は自分に自嘲的に問いかけた。もちろん、まだ十
八歳未満だった。

「部長、そのサイトってどうすれば」

「ちょっと待って」

 僕はようやく我に帰って体勢を立て直した。いつの間にか下半身も正常な状態に戻って
いるようだった。

「ちょと待ってくれ」

 僕は彼女に繰り返した。

「・・・・・・はい」

「とりあえず、君がパソコン部に入部した目的をもう一度詳しく教えてくれるか? あと、
何で女神の画像なんかを見たがっているのかを」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/17(日) 23:08:36.10 ID:GO5crQa4o

 ようやく僕は部長らしい言葉を池山さんに対して口にすることができたのだった。

 池山さんは僕の言葉を聞き再びうつむいてしまった。その時初めて僕には周囲のことを
気にする余裕が生じてきた。

 改めて周囲を気にしてみると、近くにいる部員のほとんどがそれぞれ作業をしているふ
りをしながらも、僕と池山さんの会話に聞き耳を立てているようだった。このままこのヤ
バイ話をここで続けるのはまずい。僕はそう考えた。

「あのさ」

 僕はこの頃には完全に落ち着きを取り戻していた。

「君の話を聞かせてもらっていいかな? 何か事情があるんでしょ」

 彼女はうつむいたまま何も返事をしなかった。

「無理とは言わないけど、十八禁サイトの紹介なんかさせられるんだったら事情くらいは
聞いておきたいな」

 僕は池山さんにそう言った。この時、さっきの性的な興奮は既に僕の中では鎮まってい
て、むしろ彼女との仲を深めるのにはいいチャンスなのではないかという考えが心の中に
浮かんできていた。高校一年生の女の子が素人の裸身画像に執着するなんて、何か事情が
あるとしか考えられない。そして何か事情や悩みを抱えている相手に対して、僕の傾聴ス
キルは、これまでほとんど無敗に近い成果を誇ってきたのだから、池山さんの相談に乗る
ことで彼女の信頼を勝ち取り仲良くなると共に、優や池山君たちの情報も仕入れることが
できるかもしれない。

 池山さんは顔を上げて何か話そうとして、そこで周りを見渡してまた黙り込んでしまっ
た。そういえばコンサルタントをするにはここは最悪の環境だった。僕たちの周囲は池山
さんの容姿に見蕩れている部員たちに囲まれていたのだから。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 23:09:14.75 ID:GO5crQa4o

今日は以上です
また、投下します
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/26(火) 11:33:33.80 ID:SAoScxfQO
追いついた 期待
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 22:57:47.52 ID:lwUWxol4o

「池山さん、ちょっと付き合ってくれないかな」

 女性を誘うのが苦手な僕だったけど、悩みを持つ相手に対してはまた別だった。高校に
入学してから二年以上こういうことをしていなかったのだけど、中学時代に駆使したスキ
ルはまだ身体に残っているようだった。この時、それが自然によみがえってきた。今の僕
は、何もためらいはない。

「よかったら、どこか別な場所で話をしようか。事情さえ話してもらえれば力になれるこ
ともあると思うよ。なんで女子の裸の画像なんか見たいのかは知らないけど、見る方法も
あることはあるし」

 僕は彼女に餌をちらつかせて言った。彼女は少しためらっていたけど、結局は僕の誘い
に同意してくれたのだった。

 ・・・・・・中学生の頃、僕が人の相談を聞いていた場所は校内の人気の無い場所が多かった。
放課後の中庭とか屋上とか、あまり人がいない時の図書室とか。でも、高校生になった今
では校外のカフェとかの方がより知り合いに遭遇する危険は少ない。中学の頃は入りづら
かったスタバとかにも今では自由に入れるのだし。

 僕は池山さんを促して部室から立ち去った。背中には多数の部員の無言の視線を感じて
いた。部室から離なれ校門の外に出ても、並んで歩いている僕たちに下校する周囲の生徒
の好奇の視線が向けられた。

 それはそうだろう。池山さんと連れ立って下校する僕なんかを見かければ、いったいど
ういうカップルなのかと不審に思われても不思議はない。周囲の視線を自分に集めること
に日ごろから慣れているかのように、池山さんには全く動揺する様子はなかった。むしろ、
これから僕に対して話そうとしていることの方が彼女の心に負担になっていたようだった。

 僕はといえば、これから池山さんの話を聞きだせるということへの期待感や不安よりも、
むしろ自分が可愛い女の子とデートしているような状況に不覚にも心をときめかせていた
のだった。これから二人で向かうのは駅前のスタバ。可愛い女の子と二人きりでスタバに
寄り道するそんなシチュエーションは僕にとって初めての経験だった。中学時代に優と手
を繋いで下校していた時だって、カフェとかに寄り道した経験などなかったのだ。

 奥まった目立たない席に着いて彼女と向き合って座った時になって、ようやく僕は浮か
れた気分を抑え、少し本気で彼女の話を傾聴するスキルを発動すべく体勢を整えた。単に
彼女のいい相談役になるだけではなく、できれば優の情報を聞き出し更に池山さんと親し
くならなければいけない。さすがの僕にとってもこれは敷居の高いミッションだった。そ
れに何より人の悩み事をコンサルティングするのはすごく久しぶりだったということもあ
った。こういうことは場数を踏んでいないといけないし、間が空くとすぐに体がスキルを
忘れてしまい一々次の言葉を考えながら相談に乗るようになってしまう。これではクライ
アントが白けてしまい、思っているように内心を話してくれなくなることも考えられた。
それでも、これだけはやり遂げなければいけない。

 僕は池山さんに話しかけた。

「僕が何で君の話を聞こうとしているか不思議に思っているでしょ」

 彼女は意外なことを聞いたとでもいう様子で顔を上げた。

「そう思われても無理はないよね。君はただネットのことを調べたくてパソコン部に入っ
てきたのに、いきなり部長に理由とか事情とかを問い詰められたんだもんね」

 僕はその時、とっさに少し変則的な方面から攻めて行くことに決めた。昔のクライアン
トと違って彼女は自分から僕に相談しに来たわけではない。彼女にとって僕は単なる入り
たての部活の部長に過ぎなかった。普通に彼女を問い詰めたところで彼女が心を開いてく
れる可能性は少ないと思ったからだ。それで僕はまず自分のことを話し始めた。

「まず言っておきたいんだけど、僕は君のことがすごく気になっている」

 僕は思い切って言った。
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 22:58:16.58 ID:lwUWxol4o

「・・・・・・はあ」

 池山さんの反応は芳しくなかった。それはそうだろう。パソ部みたいなオタクの巣窟み
たいな部に、目的があるために入部した彼女が部の先輩にいきなりこんな告白まがいのこ
とを言われたら、彼女だってドン引きするに違いない。ましてこれだけ容姿や雰囲気に恵
まれている彼女なら、いくら外見が幼そうとはいえ男からの告白になんか慣れていただろ
うし。

 でも僕はこの時もう一段の切り札を切るつもりだったので、池山さんが次の言葉を喋り
だす前に僕は話を強引に続けた。

「あとさ。僕はパソ部の部長だけど生徒会長もしていてね」

 それを聞いて、拒絶的な雰囲気で僕の言葉を遮ろうとしていた池山さんは気を変えたよ
うだった。僕はそんな彼女の様子に構わず話を続けた。

「だからという訳じゃないけど、僕は人の相談に乗ることが多いし結構それでみんなから
感謝されてるんだ。相談してくる人の秘密は完全に守るし、どんな悩みを聞かされても飽
きれたり驚いたりしないで相談に乗るようにしているからね」

 少しは池山さんの心を掴んだようで、とりあえず彼女は僕の話を聞くことにしたみたい
だった。

「それが一つ。あと、君って遠山さんの知り合いでしょ」

「あ、はい。お姉ちゃんとは小学生の頃から」

 僕は彼女の意表をついたようで、突然遠山さんの名前を聞かされた彼女は驚いたように
答えた。

「遠山さんは大切な生徒会の仲間だし、君のことは他人とは思えない。だからどんな事情
があるかは知らないけど、君の力になりたいと思ったんだ」

 池山さんはそこで初めて僕の方を見つめて首をかしげた。

「あの、先輩・・・・・・あたしのこと気になるってどういう意味ですか」

「そのままの意味だよ遠山さんの知り合いとして君を助けたいと思うけど、それとは別に
君のことが異性として気になっている」

 今にして思えば、その時の僕はよくもそんな恥かしいことが平気な表情と口調で言えた
ものだと思う。広橋君のようなイケメンならともかく、普通ならこんな低スペックな僕が
可愛い女の子に対して言うことが許されることではない。でもこのときの僕は必死だった。
優の行動の真相を知ること、そして目の前の少女と仲良くなること。僕はその二つの目的
だけは何としてでも成就させたかったのだ。

 とはいえこんなセリフを聞かされた池山さんの反応は気になったから、僕は少し話しを
中断して彼女の反応を覗った。

 でも、池山さんは僕なんかがこんな告白めいたセリフを言ったことを別に滑稽に感じた
りはしていないようで、馬鹿にするようでもなく真面目な表情で僕を見ていた。

「先輩。あたし、今のところ誰かと付き合うとか考えていなくて」

「うん、わかってる。それにどっちみち僕なんかじゃ君と釣り合わないこともわかってる。
僕なんかが君みたいな子と付き合えるなんて考えてもいないよ。だから僕のことは気にし
ないでいいんだけど、それでもよかったら相談してくれないかな」

 その時、知り合って初めて池山さんがおかしそうに微笑んだ。

「先輩っておかしな人ですね。付き合いもしない女の子なんかに親切にしたって仕方ない
のに」

 僕は彼女の微笑を呆けたように眺めた。その微笑みには僕に対する嘲笑めいた感情は少
しもないように思えた。少しだけ飽きれている感じはあったけど。

 僕はその期を逃さず慌てて口を挟んだ。

「君が僕のことなんか相手にしてくれなくてもいいんだ。でも気になる女の子の力にはな
りたいし、力になれるとも思う」

 その時、僕はもっと彼女の心配を取り除いた方がいいと思いついた。

「それと。僕が君に夢中になってストーカーみたいになることは絶対にないから。何だっ
たら遠山さんとかに聞いてくれてもいい。僕はそういう男じゃないから」

 それからしばらく沈黙が続いた。僕はもう言えることは言ったのであとは池山さんの返
事を待つだけだった。そして少しして彼女がその沈黙を破った。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 22:59:06.81 ID:lwUWxol4o

「先輩って変な人ですね」

 再びくすりと笑ってから池山さんが言った。「でも、生徒会長をしてるだけあって本当
にいい人なんですね」

「生徒会長であることはあんまり関係ないけどね」

「あたし、せっかくだから先輩に話を聞いてもらおうかな」

 やっと僕は彼女にここまで言わせることができたのだった。

「池山さん、僕を信じてくれてありがとう」

 僕は穏やかに言った。僕は冷静に話していたようだけど、やはり内心では相当緊張して
いたようだった。そしてその緊張がようやくほぐれ出すのを感じていた。

「何で先輩がお礼を言うの? 何か変なの」

 池山さんは僕をからかうように言った。これではどっちが年上なのかわからない。

「あと、池山さんって言うの止めませんか。後輩なんだからあたしのこと、池山って呼び
捨てしてください」

「君がタメ口で話してくれるならそうしてもいいけど」

 僕はこの時緊張が去って行ったせいで少し調子に乗ってしまったかもしれない。池山
さんに僕のことなんか相手にしてくれなくてもいいと言ったばかりなのに、こんな調子の
いいことまで言ってしまうなんて。

 案の定、彼女は少し警戒したように見えた。でもそれは僕の誤解のようだった。再び彼
女は笑った。

「それでいいよ、先輩。あたしのことも池山・・・・・・っていうか麻衣って呼んでね」

「わかった」

 僕は最高な気分になってもいいはずだったけど、ここまでうまく行き過ぎると逆に不安
な気持ちが湧き上がってくるのを抑えることができなかった。礼儀正しい正統的な美少女
だと思い込んでいた池山さん、いや、麻衣だけど、この反応はどうなのだろう。いきなり
親しげに僕に話しかけるなんて。

 彼女は意外と男と遊びなれた子だったのだろうか。その時僕は少し不安に思った。

 それでもその疑念は、眼の前の美少女から気安く話しかけられたという喜びや優越感に
は勝てなかった。とりあえず今は目の前にいる麻衣ちゃんと仲良くなれたことだけを考え
よう。

「じゃあ、早速だけど麻衣ちゃんの話を聞きたいな」

 僕は彼女に言った。

「ちゃんはいりません」

 彼女が少し機嫌を損ねたように言った。やばい。この子、本当に可愛い。そして、呼び
捨てにしてって僕に微笑む美少女に対して、僕は動揺していた。

「先輩には全部お話しするけど、どこから話せばいいのかなあ」

 麻衣は、ついさっきまでの僕に対する疑念を完全に払拭したような親しげな口調で話し
始めた。そして僕はそのことに密かに興奮していた。僕は最初の難関を突破したのだった。
それも予想していたよりスマートな方法で。

「先輩、とりあえずこれを読んでもらっていい?」

 彼女は自分のスマホのメーラーを開いて、それを読むように僕を促した。それはどこ
からか転載を繰り返されたメールみたいだった。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:00:34.92 ID:lwUWxol4o

from :優
sub  :やっほー
本文『さっき始めたばっかだけどもう200レス超えちゃった。今日は流れが早いみた
い。君が本当にあたしに興味があるなら下のURL開いてみて。今日は人多過ぎだから早め
に画像消しちゃうし。じゃあ、もし気に入ってくれたらレスしてね。そんでさ、もしレス
してくれるならレスの中に、制服GJって書いてね。それで君だってわかるから。じゃあ
ね』



 これだけでは全く意味の通じないメールだった。でも僕は凍りついたよう差出人の名前
欄を見つめていた。僕の昔の彼女の名前がそこにあった。そして、本文中には池山君の名
前もあったのだった。

「先輩、どうしたの」

 ふと気づくと僕はずいぶん長いことそのメールを眺めて凍りついたようだった。さっき
まで感じていた麻衣と親密になれそうだという期待感や喜びは僕の中で影をひそめ、何か
得体の知れない不安感が湧き上がっていた。

「どうしたのって―――これだけ見せられても何が何だか」

 優と池山君の関係がどうなっているのかは置いておくとしても、このメールのどこに麻
衣を悩ませる問題があるのか僕にはわからなかった。

「これだけじゃないの。こっちも」

 麻衣はスマホを僕から取り返して少し操作してから再びメールが表示された画面を僕の
方に示した。僕は彼女に促され次のメールを読んだ。



from :優
sub  :無題
本文『じゃあ、そろそろ始めるね。今のところ他の子がうpしてる様子もないから、見
てても混乱しないと思うよ。念のために繰り返しておくけど、女神板はうpも閲覧も18
禁なんであたしは19歳の女子大生って名乗ってるけど間違わないでね。』

『モモ◆ihoZdFEQaoのがあたしのレスだから。あと結構荒れるかもしれないけど動揺して
書き込んだりしちゃだめよ? 君は今日はROMに徹して』

『ああ、そうそう。これは余計なお世話かもしれないし、あんまり自惚れているように思
われても困るんだけどさ。今日うpする画像はすぐに削除しちゃうから、もし何度も見た
いなら見たらすぐに保存しといた方がいいと思うよ』

『じゃあ、下のURLのスレ開いて待っててね。8時ちょうどに始めるから』

『やばい。何かドキドキしてきた(笑) 女神行為にドキドキなんかしなくなってるけど、
君に嫌われうかもしれないって思うとちょっとね。でも隠し事は嫌いなので最後まで見て
感想をください。あ、感想ってレスじゃないからね』

『じゃあね』

 女神板。十八禁。十九歳の女子大生。メール本文に散りばめられた単語が僕の不安を煽
った。それにこの文面からは優と池山君はずいぶんと親しい仲であることがうかがわれた。

 何よりこのメールの趣旨は、優が女神行為をこれから実行しその様子を池山君に見ても
らいたがっていることにあることは明らかだった。

 ・・・・・・女神行為? あいつが何でそんなことを。僕と別れていた僅か二年余りの間にい
ったい彼女に何が起きたのだろう。そして優と池山君はやはり付き合っているのだろか。

 僕は混乱していた。麻衣と親しくなれたら、その後は彼女の相談を真摯に受け止める予
定だったのだけど、今の僕はそれどころではなく優の変貌にうろたえていたのだった。優
はいったいいつからこんなことをしていたのか。優の女神行為と僕が優に振られたことに
は因果関係はあるのだろうか。いくつもの疑問が同時に僕の心の中でせめぎあった。

 それでも、しばらくすると僕は何とか自分の心を制御することができた。今は自分にと
って何が大切なことかを考えるべきだ。それは麻衣と親しくなることと、優に何が起きて
いるのかを知ることだった。そしてそのために何をすべきかを考えた時、ここで僕が優の
メールの内容にいくら悩んでいても結果は出ない。僕の目的のために今すべきことは麻衣
の話を傾聴することなのだ。

 僕はようやく混乱する思考を鎮めて改めて麻衣を見た。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:02:01.52 ID:lwUWxol4o

 ―――彼女は僕が混乱している間、黙って僕を観察していたようだった。僕の混乱振り
に飽きれるでもなく、助け舟を出すでもなく、自分の話を強引に進めるわけでもない麻衣。
その表情からは何やら僕のことを見極めようとしているような冷静さが感じられた。

 僕は、自分で勝手に思い込んでいた彼女の印象を改めざるを得なかった。この子は決し
て甘やかされた可愛いだけの幼い少女ではない―――優といい麻衣といい、僕が魅力を感
じる女性はなぜ例外なく複雑な思考を持っているのだろうか。かつて僕は優のことをとて
も中学生とは思えないほどしっかりと自分を冷静に見つめていると思ったことがあったけ
ど、一見幼い甘えん坊のような、そして大人しそうな麻衣さんも実は優と同じような複雑
な考えを秘めている少女らしかった。

 僕はため息をついた。僕は何でこういう面倒くさい、自分の考えを心に固く秘めている
ような女の子に惹かれてしまうのだろう。今にして思えば遠山さんが僕を傷つけまいとし
て取った単純でひたむきな行動が懐かしく思えるほどだった。その行動に結果的に僕は傷
付いたのだけど、少なくとも彼女が何を考えて僕に接近したのかは簡単に理解できたのだ
から。

「まあ君が見たがっているスレがどれなのかはわかったよ。URLも記されていたし」

 僕は気を取り直してそれまでじっと僕の反応を見ていたらしい下級生に話しかけた。

「でも、何で見たいのかという動機は全然わからないね。最低でもそれくらいは話しても
らえないかな。前にも言ったけど下級生に十八禁の画像の見方を教えるんだったらそれな
りの理由は聞きたいな。僕の生徒会長としての立場もあるし」

「・・・・・・それはこれからお話しします―――そうしたら先輩、あたしのこと助けてくれ
る?」

 麻衣は表情を一変させ、再び頼りないけど可愛らしい下級生らしい表情になった。

「―――あたしの味方になってくれる?」

 僕くらい人間観察ができて、僕くらい他人が何を考えているのかわかるのなら、こんな
単純な手にひっかかることはないはずだった。麻衣にとって僕は都合のいい先輩に過ぎな
いのだろう。でも僕の目的に近づくためには麻衣と親しくなる必要があるのは自明の理だ
ったし、何より僕は麻衣に本気で惹かれていたようだった。辛い思いをするかもしれない
とわかってはいても、優と池山君の関係を知りたいという目的が、麻衣と対面して話を重
ねるにつれ次第に薄れてきたほどに。

「そうするよ」

 僕は頼りなく守ってあげたいまだ幼さを残しているような女の子、麻衣に返事した。

「君を助けたいし、何より僕は君のことが好きだから」

 僕はこの時、この段階で口にするのは危険なことまで喋ってしまっていた。君のことが
気になるではなく君のことが好きだと僕は宣言してしまったのだった。それは麻衣に引か
れるかもしれないという意味からも、麻衣に弱みを握られて先導を奪われるかもしれない
という意味でも最悪のタイミングの告白だった。でもその告白を口にした途端、それが今
の僕の真の想いだということに気がついた僕は逆に気が楽になったのだった。

 そして麻衣はその言葉を聞いてもドン引きすることもなく勝ち誇る様子も見せなかった。
彼女は僕の反応が当たり前のように淡々と話を再開した。

「先輩、お姉ちゃんとは親しいの?」

 麻衣は予想外の方に話を進めた。

「特に親しいというわけでは・・・・・・生徒会で一緒だからよく話はするけど」

 麻衣は僕が遠山さんに告白して振られたことを知っているのだろうか。小学生の頃から
の知り合いで、副会長の言うように最近まで毎日一緒に登校する間柄なら、僕なんかに告
白されて困惑した遠山さんが麻衣に相談したとしても不思議はない。でもそれは確実な話
ではなかったから、 とりあえず僕は無難な返事をしたのだった。

「そうか。じゃあお姉ちゃんは何も言わなかったかもしれないけど―――先輩、あたしお
兄ちゃんのことが大好きなんです」

 遠山さんからは麻衣の話は聞いたことがないのは確かだったけれど、彼女の極度なブラ
コンぶりについては副会長から聞いたことがあったから、そのこと自体には僕は驚かなか
った。ただ、どうしてそんなことをわざわざ僕に話すのだろうという疑問は感じた。麻衣
が優と自分のお兄さんとの付き合いに不満を感じているからだろうか。

「あたし昔からお兄ちゃんが好きで、今まで何度も男の子に告白されてもいつもお兄ちゃ
んと比べちゃって」

 麻衣は続けた。

「あたしももう高校生なんだし、実のお兄ちゃんと恋人同士になれるわけなんてないって
わかってるんだけど」
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:03:26.13 ID:lwUWxol4o

 もうか弱い少女の振りをする余裕は彼女にはないようだった。この告白は嘘ではない。
そう直感した僕はいろいろと混乱している自分の心を静めて、クライアントの話に没頭す
る姿勢になった。過去の経験が生きていたのか、僕は自然に傾聴する体勢に移行すること
ができたのだった。

「続けて」

 僕は彼女の目を見ながら言った。

「お姉ちゃんが昔からお兄ちゃんのことが好きだったことは知っていたの。そしてお姉ち
ゃんがあたしのお兄ちゃんに対する気持ちを知っていて自分の気持を無理に抑えていたこ
とも」

 麻衣は冷静に話を続けていたようだったけど、テーブルの下で握り締めていた手の震え
が彼女の装った冷静さを裏切っていた。

「君は遠山さんのことが大好きなんだね」

 僕は穏やかに口を挟んだ。

「・・・・・・うん。お姉ちゃんは昔からあたしのことを気にしてくれて、うちは昔から両親の
仕事が忙しくて普段家にはいなかったんで、お兄ちゃんとお姉ちゃんがあたしの両親のよ
うだった」

「君はいいお兄さんとい、幼馴染のいいお姉さんに恵まれたんだね」

 僕は彼女に話をあわせた。彼女はそうやってその二人に甘やかされ守られて成長してき
たのだろう。

「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんには本当に感謝してる。でも・・・・・・そんなお姉ちゃんに
あたしは辛い想いをさせてたんだなって思ったら、お姉ちゃんに申し訳なくて」

「それで君はどうしたいの」

「どうしたいというか、この間お姉ちゃんに言ったの。もう自分に正直に素直になってっ
て。あたしのことはもう気にしないでって」

「君はそれでよかったの?」

 ブラコンという言葉では言い表せないほど池山君に依存してきた彼女にとってはそれは
思い切った、辛い選択だったろう。

「うん。あたしもそろそろお兄ちゃんを卒業しなきゃって思った。今でも一番好きなのは
お兄ちゃんだけど、あたしがお兄ちゃんと結ばれることなんてないんだから、それなら二
番目に好きなお姉ちゃんにお兄ちゃんの恋人になってほしいって」

 その頃になると麻衣は僕の様子を気にする余裕もなくなったみたいで、手が震えるどこ
ろか全身を震わせ目にはうっすらと涙を浮かべるようになっていた。

 僕は次の言葉を催促せず彼女が落ち着きを取り戻すのをじっと待った。心情的には麻衣
の手を握るか肩を抱くくらいはしたかったけど、それはせっかく心を開いた彼女を警戒さ
せてしまうかもしれない。それにこの頃になるとだんだん僕は落ち着きを取り戻してきて
いた。むしろ今では取り乱しているのは麻衣の方だった。僕は心理的に彼女より優位に立
ったということもあり、彼女が再び話し出すのを余裕で待つことができたのだった。

「あたしがお姉ちゃんにそう話したとき、お姉ちゃんは最初は驚いていたの」

 しばらくして自分の袖で涙を拭いた麻衣が話を再開した。

「だから、あたしは最初はお姉ちゃんがお兄ちゃんのことを好きだと思っていたのは勘違
いかなって思ったんだけど・・・・・・そうしたらお姉ちゃんが、麻衣ちゃんありがとうって言
って」

 ここで彼女はまた俯いて涙を浮かべたけど、今度はそれほど取り乱すことはなかった。

「それで、その後何が起きたの?」

 僕は興味本位の質問と取られないよう努めて静かな口調で聞いた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんに告白したんだけど・・・・・・お兄ちゃんにすぐには返事できないって言われて」

「保留されたってこと?」

「うん・・・・・・。一応、親友の夕也さんがお姉ちゃんのことが好きみたいで、お兄ちゃんは
そのことを気にしてるらしいんだけど」

「一応ってどういう意味かな」

 僕はそこがかなり気になったので、本当はまだひたすら話しを聞きだしていなければい
けない段階なのだけれど、思わず突っ込んでしまった。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:05:00.54 ID:lwUWxol4o

「あたしね、お兄ちゃんに好きな人ができたんじゃないかって思った。それでお姉ちゃんの
気持ちに応えなかったんじゃないかって」

 麻衣はそう言った。いったん収まった体の震えが再び彼女を襲ってきたように見えた。

「それがこのメールの『優』なんだ」

 僕はそう言った。麻衣は一瞬ためらったけど、結局はゆっくりと頷いた。

 優と池山君は帰宅途中のスーパーで初めてちゃんと話をしたらしいけど、その際の優の
態度はとても積極的だったそうだ。単なる同級生だよと池山君は麻衣に言い訳したけど、
麻衣の女の子の勘では、優が池山君に気があることは明らかだったと言う。そして麻衣に
は池山君の方も優に興味がある様子に見えた。

 池山君のそういう態度に傷付いた麻衣を見かねて遠山さんが池山君に注意したそうだけ
ど、結果的にそれは彼を意固地にしただけに過ぎなかった。

「今にして思うとお姉ちゃん、あたしのためというより自分の気持を素直にお兄ちゃんにぶつ
けたんじゃないかなあ」

 麻衣はそう言った。

 その後、麻衣は池山君への依存から立ち直ろうと努力を始め、一方でそんな麻衣に励ま
された遠山さんは池山君に告白したのだった。結果として遠山さんは池山君に返事を保留
されたのだけど、その理由は遠山さんのことが好きな広橋君への遠慮だったそうだ。

「あたしはお兄ちゃん離れしようって決めたから、お姉ちゃんのことが気の毒だったの。
でも、ちょっとだけほっとしたかもしれない。お兄ちゃんとお姉ちゃんが恋人同士になら
ないで今までみたいに三人で一緒に仲良くいられるかもって」

「今はそういう状態なんでしょ? それなら問題ないよね」

 麻衣の暗い表情から目を逸らしながら僕はわざとそう言った。もちろん問題なんてある
に決まっていた。それは優の問題だった。ただ、ここまでの麻衣の話では池山君が優に好
意を持っている、あるいは二人が付き合い出したという明白な証拠はない。

 あのメールのことを除けば。

「お兄ちゃんは二見さんが好きなんじゃないかと思うの。そして二見さんもお兄ちゃんの
ことを」

 麻衣が俯いてそう言った。

「・・・・・・それはメールのことでそう思ったの?」

「うん」

「そもそもこのメールって、どうして君が見れたの?」

 それは多分麻衣を追いつめるであろう質問だったけど、ここまで来たら聞きづらいとこ
ろだけを避けて通るわけにはいかなかった。

 案の定、麻衣は真っ赤になって再び俯いてしまった。

「あの・・・・・・いけないことだとは思ったんだけど、お兄ちゃんがお風呂に入ってる間にお
兄ちゃんの携帯を」

 麻衣は小さな声で告白した。それ以上言わせるのはかわいそうだったので、あとは僕が
補足してあげることにした。

「お兄ちゃんが気になってお兄ちゃんあてのメールを見ちゃったわけだね。それで優から
のメールを2通見つけて自分のアドに転送して送信履歴を消した」

 麻衣は黙っていた。

「僕は責めてるわけじゃないよ。もちろん普通ならエチケット違反だけど、君にも辛い事
情があったわけだし」

「・・・・・・ありがと」

 麻衣は小さく呟いた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:05:56.14 ID:lwUWxol4o

「それでこのメールを見てどう思った?」

 答えなんてわかりきっていたけど、相談役の口からではなく自分から語らせる方がコン
サルティングする上では効果的だったから、僕は作法に従って続けた。

「どうって・・・・・・こんなメールやりとりするくらいだもん。まだ付き合ってないにしても、
お互いに十分その気があるとしか思えないよ」

「そう言えばこのメールに池山君は返信していなかったの?」

「うん。どっちも受けただけで返信してなかった」

「じゃあ次の質問だけど、この二つのメールにはURLが貼ってあるけど、君はそれを踏ん
だ?」

「踏むって? ああクリックしたってことね。うん、見てみたよ」

「どうだった?」

「最初のメールにあったURLは、このスレッドは過去ログ倉庫に保管されていますとかっ
て出て・・・・・・何かよくわからなかった」

「二つ目のメールのURLはどうだった」

「うん・・・・・モモっていう名前の人がM字とか乳首はだめとかレスしてて」

 麻衣は辛そうだったけど、このあからさまな破廉恥な言葉に僕の方もダメージを受けて
いた。優は変った性格だったけど性的に奔放というわけはなかったはずだった。それが女
神板でM字だの乳首は駄目だの娼婦まがいのレスをしている。正直、女神板のことはよく
知っていたのだから、最初に優のメールを見せられた時にこうなることはある程度予想は
していたのだけど、実際にその言葉を麻衣の口から聞くと僕は再び気分が暗くなっていく
のを感じた。

 僕と優が付き合っていた頃だって手を繋ぐくらいが精一杯だった。でも性的な面では奥
手な僕はそれだけでも十分嬉しかったのだ。逆に優がそれ以上の接触を求めていたら僕は
戸惑っていただろう。2ちゃんねる的に言うと僕は典型的な処女厨だったから、僕は手を
繋ぐことで満足してくれている優が好きだった。でも、それは僕の勘違いで、優は相手が
僕だったから手を繋ぐ以上のことをしようとはしなかったのだとしたら。現に、彼女は女
神行為をしている。そしてあろうことか池山君に自分の女神行為を見るように勧めている
のだ。

 同じ高校に進んだことを連絡してこなかったことや、僕には手を繋がせただけなのに池
山君にはそれ以上に積極的な好意を示している優のことを考えると、中学時代の僕の大切
な思い出は全て僕の錯誤だったのかもしれなかった。

「先輩?」

 麻衣が黙り込んだ僕の方を見て言った。「顔色悪いけど大丈夫?」

 僕は麻衣の柔らかい声で瞬時に自分の役割を思い出した。いろいろ混乱していたけれど、
今は麻衣のケアに専念しないといけない。それに、辛さは心の底に残っているものの、今
の僕がいい匂いのする華奢な体つきの後輩の少女の隣に座って彼女の相談に乗っているこ
とに萌えていることは事実なのだ。そのせいか、過去の出来事に関する心の痛みは覚悟し
ていたほどではない。僕は気を取り直して言った。

「ほら、このURLにmegamiってあるでしょ。このスレは女神板のスレだよ。自分の裸と
か際どい下着姿とかをスレで不特定多数の閲覧者に見せることを、女神行為って言うんだ。
そして見せる人は女神と呼ばれている・・・・・・乳首は駄目は、そういう閲覧者のリクエスト
を断ったレスだろうね」

「前にも言ったけど画像は見られなかったの。何かすぐに削除されちゃうみたいで」

「ネットって不特定多数の人が見てるからね。画像をそのままにしておくといろいろ女神
にとっては危険なんだよ。だから自衛のためにすぐに画像は削除するんだ。たまたまリア
ルタイムで遭遇した人だけが画像を見ることができるというわけさ」

「・・・・・・先輩、削除された画像を見ることができるって言ってたよね」

「正確に言うと見ることができる可能性はあるってことだけど」

「その方法を教えてくれる?」

「僕は君に言ったよね? 十八禁のサイトを下級生に紹介するなら、何でその下級生がそ
んなにその画像を見たいのか知りたいって」
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:06:52.55 ID:lwUWxol4o

「・・・・・・それは」

「言いづらいなら僕が聞くよ。君は池山君に過度に依存することから卒業しようとしたそ
うだけど、お兄さんに彼女ができるのは許せるわけ?」

「だからそれは言ったでしょ? お姉ちゃんにもうあたしのことは気にしないでって話し
たって」

「聞いたけど、それは僕の聞きたいことじゃないよ―――遠山さんと池山君が付き合い出
したとしても、多分それはこれまでの君たち三人の仲良し関係の枠内の変化に過ぎないだ
ろ? ほら、君だって比喩的に言ってたじゃん。池山君と遠山さんは君の両親のようだっ
たって。それが現実になるだけでしょう」

「・・・・・・どういう意味?」

「池山君と遠山さんが付き合ったとしたら君は辛いかもしれないけど、それでも仲良し三
人組でいられることには変わりないわけだ」

 麻衣は黙ってしまった。

「僕が聞きたかったのは遠山さん限定ではなくて、その他の女の子とが池山君と付き合う
ことまで君が許せるのかってこと」

「・・・・・・お兄ちゃんの恋愛を邪魔する気はないの」

 麻衣は再び涙を流し始めた。これではコンサルやカウンセラー失格だった。でも、ここ
だけははっきりとさせておかないといけない。僕は敢えて挑発的な言葉を口にした。

「たとえそれが二見さんでも?」

 しばらくの沈黙のあと麻衣は顔をあげ僕の方を真っ直ぐに見て言った。

「お兄ちゃんが好きな人ならあたしは許せるよ」

「でも、お兄ちゃんにふさわしくないような破廉恥で汚い女だったら絶対に許さない」

 その時の麻衣の目の光に僕は少しぞっとした。自分以上に大切な相手という概念を僕は
これまで抱いたことはなかったのだけど、彼女にとっては自分の兄はそういう存在なのか
もしれなかった。

「メール見る限りだと、二見さんが女神であることは間違いなさそうだけど」

 その言葉は麻衣を傷つけたかもしれない。でも同時に僕の心も自分のその言葉に痛みを
感じたのだった。

「あたし、お兄ちゃんが好きな人なら大抵のことは許せると思うの」

「そうか」

 ようやく僕は麻衣の心情を掴んだようだった。この子が画像を見たがるのは、優の女神
行為が麻衣が許せる「大抵のこと」の範囲内なのかを知りたいのだろう。

 僕は腕時計を見た。もうかなりいい時間になってしまっていた。窓の外は夕暮れを通り
越して暗くなっている。

「まあ、だいたいはわかったよ」

 僕は言った。「さっきも言ったとおり僕は君のことが好きだから君に協力する」

「先輩」

「いろいろくどく聞いて悪かったけど、二見さんがどういう人か一緒に確かめよう。画像
だけじゃなくてもいろいろと手段はありそうだし」

 僕にはこの時もう気がついていた。僕のしようとしていることは僕が心を惹かれるよ
うになった眼の前の少女を助けることになるのかもしれないけど、僕のかつての彼女だっ
た優を傷つけることになるかもしれない。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/01(日) 23:08:49.92 ID:lwUWxol4o

「明日また部室で話そう。その時にいろいろ教えるから」

 それでも麻衣と親しくなりたいという欲望、僕の中学時代の一番大切な思い出が、自分
の胸の中心にいた優自身によって汚されたという想い、そしてそれを確認したいという欲
求。それらを考えあわせるとると、この時の僕にはもう他の選択肢は考えられなかったの
だ。

「うん・・・・・・先輩、ありがと」

 麻衣は細い声でようやくそれだけ言ったのだった。

「こんな時間になっちゃったけど、家は大丈夫?」

 僕は今更ながら心配になって麻衣に聞いた。

「うん。最近はお兄ちゃんのご飯の支度とかしてないし、家にいても自分の部屋にいるよ
うにしてるから」

 だから心配しないでと彼女は少しだけ泣いた跡を残している顔で微笑んだ。

「じゃあ帰ろうか。駅まで送っていくよ」

 僕は立ち上がった。

「ありがと」

 麻衣は男のこういう親切には慣れているようで、三年生で生徒会長で部長の僕の申し出
にも恐縮することなく自然に礼を言った。

 そうして僕と麻衣は二人並んで駅の方に歩いて行ったのだった。もう下校時間はとっく
に過ぎていたはずだけど、それでも数人の学校の生徒たちが駅の方に向かって歩いてい
る姿を見かけた。

 逆に言うと僕と麻衣が寄り添って歩いている姿も彼らに見られているはずで、僕はその
ことを少し心配したけれど、麻衣は他の生徒たちの視線など全く気にしていないようだっ
た。

 駅の改札まで来たところで彼女は僕を振り返り、僕の片手をその華奢な両手で握った。

「先輩ありがと。あたし、人に感情を見せるのが苦手だからそうは見えないかもしれない
けど、先輩にはすごく感謝してる」

 ふいに僕の心臓がごとっていう粗雑で大きな音を立てたように感じて僕は狼狽した。麻
衣に聞かれなかったろうか。

「まだ、僕は何もしてないよ。感謝するならもっと先だろ」

 僕は何とか辛うじて冷静に返事をすることができた。

「ううん。今でも先輩には凄く感謝してます―――こんなことお兄ちゃんにもお姉ちゃん
にも相談できないし」

 状況的に言っても利害関係的に言ってもそれは彼女の言うとおりだった。彼女には池山
君への想いを相談できる相手は身近にはいないのだ。

 客観的かつ全人格的に彼女の相談を受け止めてあげられる人。傾聴者とはそういう人間
のことを言う。彼女にとってはそれは僕なのだった。

「いいよ。何度も言うようだけど、そして僕は君の好意とかは全然期待していないけ
ど・・・・・・。それでも僕は君のことが好きだから君を助けたい」

「先輩・・・・・・ありがとう」

その時、麻衣は僕の手を握りながら背伸びをして僕の頬に唇を軽く触れた。

「じゃあ、また明日ね。さよなら先輩」

 僕は頬に残る麻衣の唇の感触を感じながら彼女に手を振った。

 ・・・・・・客観的かつ全人格的に。僕がそうでないことは今の僕が一番よく知っていた。麻
衣のことを考えているようで、実はこれは僕にとって極度に自分勝手なゲームだった。

 僕の思い出を踏みにじった優。

 偽装とは言え、僕の告白を断った遠山さん。

 僕が今惹かれている麻衣。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/01(日) 23:09:53.66 ID:lwUWxol4o

今日は以上です
また投下します
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/02(月) 21:07:31.42 ID:x/FVRnVUO
おつ
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:07:45.21 ID:mt1lqNZYo

 帰宅して風呂に入り食事を終えた僕は、自室のPCの前に陣取る前に、麻衣から転送し
てもらった優のメールをスマホからPCに転送した。

 今日はいつも習慣になっている授業の予習や受験に向けた対策は諦めるつもりだった。
宿題は出ていないから作業に専念できる。まずはVIPのスレを開こう。当然、DAT落
ちしているので、麻衣はスレを見れなかったようだけど僕は●を持っている。僕は専ブラ
を立ち上げ優の最初のメールに記されているURLをコピーしてそのスレを開いた。



『暇だからjk2が制服姿をうpする』



 予想していたことだけどレスの多さに少し困惑した。これは優が立てたスレなのだから
>>1のIDでレスを抽出すれば話は早いのだけど、僕は怖いもの見たさに突き動かされ、
時間をかけて最初からスレを追っていったのだった。



『とりあえず顔から。目にはモザイク入れました』
『制服のブラウスとスカート。鏡の前で撮ってます』



 もちろん画像は見れるはずもなかったけれど、優のレスには自分の格好の簡単な説明が
入っていたから彼女がどんな姿を晒しているのかはだいたい想像がついた。外野のレスも
当時のこのスレの盛り上がりをうかがわせるようなものだった。



『女神きたーーーー!!』
『ここが本日の女神スレか』
『かわいい〜。もっとうpして』
『ふつくしい』
『ありがとうありがとう』
『光の速さで保存した』
『セクロスを前提に結婚してください』
『これは良スレ』
『つか全身うpとか制服から特定されね?』



そして優らしき女も律儀にレス返していた。

『>>○ 特定は大丈夫だと思います。よくある制服なので。心配してくれてありがと』

『>>○ ならいいけど無理すんなよ。校章とかエンブレムとかはぼかしといた方がいい
ぞ』
『つうかお前らこれって転載だぞ。前にも見たことあるし』
『何だ釣りか。解散』

『>>○ 今撮ってるんだけど。前にも何度かうpしてるんでその時見たのかな? とり
あえずID付きで手と腕』

『おお。確かにIDが』
『俺は信じてたぞ』
『つうかexiff見りゃ今撮影してるってわかるじゃんか。お前ら情弱かよ』
>>1のスペック教えて』
『首都圏住みの高校2年です』
『彼氏いる? 年上はだめ?』
『処女?』
『可愛いよね。これだけ可愛いとやっぱイケメンしか眼中にない?』

『>>○ 彼氏はいません。年上でも大丈夫ですよ〜』
『>>○ 処女です』
『>>○ 顔よりか優しくて頭がいい人がいいです』

『30代のリーマンだけど対象外?』
『アドレス交換しない? 捨てアドでもいいんだけど』
『出合厨は氏ねよ』
>>1も全レスしなくていいからもっとうpして』

『次は足です。太くてごめん』

『むちゃ綺麗な足だな』
『全然太くないっつうかむしろ細いじゃん』
『なでなでしたい』
『パンツも見せて』
『何という神スレ』
『もっと、もっとだ』
『もっと顔みたい』

『パンツはダメです。つ横顔』
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:08:21.48 ID:mt1lqNZYo

 僕はスレを追っていくごとに次第に重苦しい気分に包まれていった。中学時代の優はク
ラスで浮いているわけではなかったけど、それは彼女自身の、人の話を聞き、人の相談
に乗るという努力に立脚して得た立場に過ぎなかった。だから、僕と知り合った優は、優が
密かに持て余していた、人に認められたい、人に関心を持ってもらいたい、人に話を聞い
て欲しいという欲求を、僕を利用することで解消していたのだった。そしてそんな役割を
担った僕がいたからこそ、彼女は転校するまでの間、学校内で「いつでも相談に乗ってく
れるいい子」という役を演じきることができたのだった。

 そして愚かな僕は、自分が彼女にとっての精神安定剤だということは理解していたけれ
ど、それでもあの頃は、そういう役割を果たしている僕のことを優は好きなのだと思い込
んでいた。

 でも今なら理解できる。自分でも認めるのは辛かったけど、僕には当時の優のある意味
利己的な心の動きがわかったような気がする。校内で一緒にいる時の優の僕への好意は嘘
ではなかったと思う。ただ、転校することが決まった優は、もう僕には利用価値がないこ
とに気づいたのだ。遠く離れてしまい、優の承認欲求を常に一緒にいて満たすことができ
ない僕に、引越し後の彼女は今までと同じ価値を見出さなかったのだろう。

 そうして僕は優に見捨てられたのだ。

 僕は自分の傷を自らかき混ぜるような、鋭い苦痛の伴う想いを回想しながらレスを読み
進めた。

『みんな構ってくれてありがとう。ちょっと用事が出来たのでうpはおしまいです。み
んなまたね〜』

 これで彼女の女神光臨は終了のようだった。

『楽しませてもらったよ。気をつけて行ってらっしゃい』
>>1乙 良スレだった』
『うpありがと。またな』
『今日は冷えるから上着着とけよ おつかれ〜』
『またうpしてね』
『コテ酉付けてよ』
『転載されるから画像ちゃんと削除しとけよ』
『帰ってくるまで保守しとこうか』
『制服GJ』

『みんなありがと。保守はいいです。今日は帰宅が遅くなるのでこのスレは落としてくだ
さい』

『>>○ 制服をほめてくれてありがと。どうだった?』



 制服GJ。これはメールで打ち合わせていたとおりのキーワードだから、多分これは池山
君のレスなのだろう。そして僕はそのレスに対する「どうだった?」という優のレスに、
優が池山君に微妙に媚びているような雰囲気を感じた。

 僕は次のメールに記されたURLを専ブラで開いた。megamiという文字列からもこのス
レが女神板のスレであることは明らかだったので、僕は少し警戒してそのスレを開いた。
その途端にその恥知らずで猥褻なスレタイが目に飛び込んできた。

【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】

 確かに優はどちらかというと細身の体つきをしていたからこのスレの需要にはあってい
るのだろうけど、それでも優は決して華奢というほどではない。華奢で守ってあげたいと
いうのは麻衣のような子のことを言うのだ。その時、僕の頬に麻衣がしてくれたキスの感
触が蘇った。その感触に勇気付けられた僕は気を取り直して再びスレを追い始めた。

 そのスレは何年か前に立っていたものなので、これまでにもいろいろな女神が光臨して
いた。一からスレを追っていくことの不合理さに気がついた僕は、一気に先月くらいのレ
スまでスレを飛ばした。それからまたレスを確認して行くと、メールに記されていた優の
コテトリがあった。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:08:54.67 ID:mt1lqNZYo

モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ〜。誰かいますか』

『いるぞ〜』
『モモか。久しぶりだね』
『モモちゃん元気だった?』
『ちゃんと大学入ってる?』

モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』

『美乳じゃん』
『美乳なんだろうけど手で隠すくらいならうpするなボケ』
『乳首も見せないとか何なの』
『モモちゃんの乳首みたいです』
『美乳というより微乳かもしれん。こんなんに需要ねえよ』
『>>○ スレタイも読めんのか。モモ、ナイス微乳。手をどけようよ』
『肌綺麗だな。こないだまで女子高生やってだけのことはある』
『乳首見せる気ないなら着衣スレいけよ』
『ふざけんな。削除早すぎるだろ』
『即デリ死ねよ』
『のろまったorz』
『次の画像うpしてくれ』

モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』
モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』

『ねえよ帰れ』
『需要あるよ。乳首なくてもいいから次行ってみよう』
『モモの身体綺麗だからもっと見たいれす』
『次M字開脚してみて』

モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』
モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』

 例によって画像は確認できない。でも優と外野のレスの応酬から優がどんな感じの画像
を貼ったのかはだいたい理解できてしまった。VIPのスレと違い池山君はメールで優に
指示されたとおり何もレスしていないようだったから、優が自らうpした卑猥な画像を見
て、彼がどんな感想を抱いたのかは窺い知ることはできなかった。本当はそこがわかると
麻衣の悩みにも応えやすくなるのだけれど。

 僕はスレを閉じた。多分、女神板を優のコテトリで検索すれば、こんなものではないく
らいの優の愚行の証拠が押さえられるだろう。優がコテトリを自ら白状しているメールが
あり、しかもそのコテトリで優が自分の意思で行っていた破廉恥な行為のスレも残ってい
るのだ。

 問題は画像だった。テキストの羅列ではインパクトは薄い。優が晒した画像を押さえな
ければ決定的な行動は起こせない。僕は今日麻衣と別れて自宅に戻る時、おぼろげながら
この先すべきことはだいたい見当がついたと思った。それは確かにそのとおりなのだけど、
やはり画像そのものがあるのとないのとではインパクトが全く違う。それについては僕に
は心当たりはあった。多分少し検索すればすぐにでも画像を辿れるだろう。

 僕は自室の壁にかかっている時計を見た。既に深夜の一時を越えている。

 その時僕にはもっといい考えが頭に浮かんだ。今、優の画像を見つける必要なんてない。
明日、麻衣と一緒にいるところで、麻衣の眼の前で優の卑猥な画像を発見し麻衣に見せれ
ばいい。その方が麻衣も衝撃を受けるだろう。自分の兄が惹かれている優の、誰にでも裸
身を見せる娼婦のようなその姿を目の当たりにすれば、麻衣はきっと落ち込むに違いない。

 そして、その麻衣を慰めて救い出せるのは今や僕だけなのだった。僕は再び頬に麻衣の
唇の感触を感じた。ビッチの優には社会的制裁を与えよう。今では僕のパソ部の後輩であ
る麻衣を傷つけた罪もあるのだし。

 さっき僕が考えていたのは僕の個人的な嫉妬から、池山君に罰を与え結果的に優が巻き
込まれてもそれは優の自業自得というものだったけど、今の僕のターゲットは恥知らずな
優に変っていた。そして池山君がそれに巻き込まれてもそれは僕の責任ではない。僕はよ
うやく自分がしようとしている行為を正当化する理由を見出したのだった。

 それはかわいそうな麻衣の心の救済だった。これは決して優にコケにされた僕自身の個
人的な復讐劇ではないのだ。傾聴するコンサルタントとしては当然の行為に過ぎない。

 僕はパソコンの電源を落としてベッドに横になった。いろいろ興奮しているため僕はな
かなか寝付けなかった。この時、優と知り合う前の中学時代の僕のような冷静な傾聴者が
いて僕をコンサルタントしてくれていたら、この時の自分の行為の動機の利己的な性格を
炙りだしてくれていたかもしれない。でも、もうそんなカウンセラーはその時の僕のそば
にはいなかった。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:09:36.85 ID:mt1lqNZYo

 翌朝、僕は遅刻ぎりぎりの時間に目を覚ました。全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。
何でこんな夢を見たのだろう。それは、優と一番距離が縮まった時の甘美な記憶だった。
そして次のシーンは、麻衣が背伸びして僕の頬にキスしてくれた昨晩の記憶だ。

 かつて付き合っていた優の、まるでAV女優のような姿を見て気が弱くなってるんだろ
う。僕は自分の見た夢について考えるのを止めて階下に下りた。遅刻寸前だから朝食は省
略でいいけど、出社する前の父親を掴まえなければならなかった。

 ・・・・・・僕が家を飛び出した時、僕のバッグはいつもより重かった。その中には父から
借りたモバイルノートとモバイルルータが入っていたからだ。

 その日の放課後、僕は生徒会室に顔を出した。時間が早すぎたせいで室内には副会長と
遠山さんが何やら雑談しているだけで、他に役員の姿は見当たらなかった。二人の会話を
邪魔することに少し気が引けたけど、僕は急いでいたので副会長に話しかけ、必要な指示
を彼女に伝えた。それだけ済ませて僕が部屋を出ようとすると副会長はあからさまに不服
そうな顔をした。そして僕に向かって何かを話そうとしたけど遠山さんのことを気にした
のか、結局彼女は何も言わなかった。

 そのことにほっとして僕が生徒会室を出ようとした時だった。それまで黙って僕と副会
長のやりとりを聞いていた遠山さんが口を開いた。

「あの、先輩」

 それは副会長ではなく僕にかけられた言葉だった。

「うん。どうしたの」

「先輩、最近生徒会にいないでパソコン部の方にばっかりかかりきりになってますけ
ど・・・・・・ひょっとしてあたしのせいですか」

 遠山さんは思い詰めたような表情で言った。

「君のせいって・・・・・・何でそうなるの。こんな時期だけどパソ部に新入部員が入ってきた
から指導しないといけないだけだよ」

 僕はどぎまぎして答えた。いったい遠山さんは急に何を言い出したんだろう。しかも副
会長が聞いているところで。

「でも先輩、あのことがあってから学祭の準備に加わらないし、あたしのことも避けてる
みたいだし」

「だからそうじゃないって」

「あの・・・・・・生徒会には先輩は必要な人ですし、先輩が気になるならあたしが役員を辞め
てもいいかなって。先輩の態度が変になっているのはあたしの責任だし」

 何を言っているのだ。この上から目線の勘違い女は。僕はその時彼女を憎んだ。彼女は、
僕が自分に振られたために、彼女を避けて卑屈な行動を取っているのだと断定し、それな
ら僕を振った自分が身を引きますというご立派なことを提案しているのだった。

 僕をコケにするのもいい加減にしろ。

 僕はこの時遠山さんをというより、遠山さんや広橋君に代表されるような、他者から好
意を持たれて当然と考えている類いの人種に激しい憎悪を抱いた。遠山さんは自分が僕に
とって高嶺の花だということを前提に、その高嶺の花である彼女は僕のようなゴミと付き
合えるわけはないけど、それでもそのことによって僕を傷つけたことをすまないと思って
いるということを言っているのだった。

 それは、自分は優しい女だから例え自分にとってゴミクズのような男を振ったとしても、
そのことに対してきちんと罪悪感を感じられる優しさを持っているのだとアピールしてい
るのと同じだった。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:10:22.41 ID:mt1lqNZYo

「あんたさあ、ガキみたいに拗ねるのはいい加減に止めなよ」

 それまで黙っていた副会長までそこで口を挟んだ。

「いつまでも振られて傷付いた自分をアピールされると本気でうざいんだけど。生徒会長
の癖に下級生に心配させてどうすんのよ。そもそも、あんたの方が遠山さんに告って始め
たことでしょうが」

 遠山さんへの憎悪を募らせていた僕に対して副会長は説教するように言った。そうじゃ
ないのに。僕はもう反論する気すら失って、この場の雰囲気が自分にとって想定外の流れ
になったことに忸怩たる思いを抱いた。

「前にも言ったけど誰だって振られることなんかあるんだし、あんただってそんなことは
承知でこの子に告ったんでしょ。別に失恋することは全然恥かしいことじゃないけど、失
恋したことに拗ねて構ってちゃんやってるあんたの姿は正直痛いよ」

「もういいんです。悪いのはあたしだし」

 遠山さんが副会長の話に割り込んだ。

「あんたもこいつを甘やかすのやめなよ。あんたが役員を辞める必要なんて全然ないよ」
 副会長は今度は矛先を遠山さんに向けた。

 僕はもうこれ以上、この場の雰囲気に耐えられなかった。ようやく乱れる心を静めてで
きるだけ冷静に話すよう努めながら、僕は言った。

「正直、何でこんなに非難されなきゃいけないかよくわからないけど、ここの役員はみん
な優秀だし、僕だって学祭の準備に必要な指示は不足なく出してるでしょう」

 僕はなるべく感情を抑えたトーンで喋ることに腐心しながら続けた。

「でもパソ部の方はそうは行かないんだよ。新入部員の面倒もろくにみようとしない奴ら
ばっかりだし、大切な新人だから僕が面倒を見ないと」

「パソ部の新人ってどうせオタクなんでしょ? 放っておいたって好きなネトゲとか勝手
に始めるんじゃないの?」

 僕の言うことを頭から信用していない副会長は言った。

「あんたの言うことは全然信用できないんだよね」

「嘘じゃないよ。しかも一年の女の子だしなおさら部員たちには任せておけないという
か」

「一年の女の子?」

 妙なところに副会長が食いついてきた。

「あんたが遠山さんへの面当てでこんなことをしてるんじゃないというのが本当だとした
ら、あんた今度は一年生を狙っているのかよ」

「そうじゃないよ。とにかくそういうことだから、僕はもう行くよ」

 その時、遠山さんが僕の方を見て言った。

「もしかしてその新入部員って、池山麻衣ちゃんって子じゃないですか?」

 間抜けなことに僕は今まで遠山さんと麻衣が親密な仲であることをうっかり忘れていた
のだった。これからしようとしていることを考えると、麻衣がパソ部に入部したことは優
や池山君の関係者には伏せておきたかったのだけど、ここまで明白な事実に対して嘘をつ
くことはできなかった。そうじゃないよと否定して後でそれが嘘だとわかった場合のダ
メージの方がはるかに大きいだろうし。

 なぜ遠山さんがパソ部の新入部員を麻衣だと見抜いたのかはわからなかったけど、とに
かく僕はこの場を離れたかった。

「そうだよ」

 僕は短くそれだけ言って、これ以上彼女たちの制止の言葉に耳を貸さず半ば強引に話を
打ち切って生徒会室を後にした。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:10:56.85 ID:mt1lqNZYo

 部室に入ると麻衣はもう既に部室に来ていて、相変わらず所在なげにぽつんと座ったま
ま俯いてスマホを弄っていた。

「やあ」

 僕は麻衣の別れ際のキスを意識してしまい、少しぎこちない声で妹に声をかけた。

「あ、先輩」

 顔を上げた麻衣の表情にぱっと笑顔が灯った。彼女は初対面の時とはうって変わったよ
うに親し気な態度を僕に示した。

「昨日はありがとう、先輩」

「いや、僕の方こそ」

 僕の方こそとは変な切り返し方だった。これではまるで僕が麻衣のキスに感謝している
みたいじゃないか。僕は少し狼狽したけど、麻衣の笑顔を見ているとさっきの部室での屈
辱的な会話でささくれ立っていた心が癒されていくように感じた。

「ここじゃまずいから、部室を出て場所を変えよう」

 その言葉の意味は麻衣女にもすぐに伝わったようだった。

「うん。どこに行くの?」

 彼女はもう僕のことを信用しているようで、すぐに自分のバッグを持ち上げて立ち上が
った。

「この時間なら屋上には人気がないだろうし」

「そうだね。人目があったらまずいよね」

 麻衣は言った。僕に人気のないところに連れられて行くこと自体には警戒心すらないよ
うだ。

 目論見どおり放課後の屋上には人気は全くなかった。僕たちは屋上に設置されている古
びた石のベンチに並んで腰かけた。寄り添って座っていたわけではないので、僕と麻衣の
間には空間がある。僕はモバイルノートをバッグから取り出して僕と彼女の間に置いた。

 僕は黙ってノートを起動し、専ブラを立ち上げてブクマしておいたスレを開いた。今日
のところは淡々と麻衣に事実だけを伝えるつもりだった。この先すべきことは見えていた
けれど、とにかくまずは客観的なデータを麻衣に見せることから始めるつもりだった。彼
女が動揺したとしてもそれはこの先避けては通れない道だった。僕はまず、麻衣が見よう
としたけど、DAT落ちして見れなかったVIPのスレを開いた。

「優さんの最初のメールに記されていたスレがこれだ。今日は読めるようにしておいたか
ら見てごらん。僕はずっと待っているから時間かけて読んでみて」

「・・・・・・わかった」

 麻衣は緊張した表情でディスプレイに表示されているスレを読み始めた。

『暇だからjk2が制服姿をうpする』)

 僕は真剣にスレを読んでいる麻衣の姿をじっと眺めていた。じっと眺めるに値する容姿
の女の子だったし、彼女ははスレに没頭していたから、僕が彼女をどんなに眺めてもその
ことに気まずい思いをすることはなかった。でもその時の僕は一年生の美少女を鑑賞して
いたわけではない。むしろスレを読む彼女の反応を観察しようとしていたのだ。途中、麻
衣は画像へのリンクを踏もうと無駄な努力をしていた。

「これって画像見れないの?」

 麻衣はスレの途中で僕の方を見て聞いた。

「どうもアップしてすぐに削除しちゃうみたいだね」

 僕は答えた。

「じゃあ顔も見れないし、これが本当に二見先輩さんかどうかなんてわかんないじゃん」

「まあ経緯からいって間違いないんだろうけど」

 池山君へのメールの内容とそこに記されたスレがこのスレであることを勘案すると、当
然これらの画像には優の姿が写っていたずだった。

「とにかく画像は無視して最後までスレを読んでみたら」

「・・・・・・わかった。先輩の言うとおりにする」

 麻衣は再びディスプレイに目を落として画面をスクロールし始めた。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:11:29.00 ID:mt1lqNZYo

 途中スクロールするスピードが速くなった。さすがに雑談みたいなレスは適当に読み飛
ばすことにしたのだろう。二十分ほどで麻衣は全レスを読み終わったようだった。

「・・・・・・制服GJっていうレスがあった」

 麻衣が画面から目を外して暗い声で言った。

「うん。池山君のレスだろうね。池山君はやっぱりリアルタイムでこのスレを見てたんだ
と思う。もちろん、そのときは画像も」

 僕は言った。彼女を誘導しないこと、今日の僕はそれだけは気をつけようと思っていた。
これからすることは全て麻衣の自主的な意思で始めなければならないのだ。そうでなけれ
ばこれは僕の個人的な意趣返し、個人的な復讐劇、もっと言えば麻衣への執着のための行
動になってしまう。

「女神板の方は見れたんだよね?」

 僕は麻衣に聞いた。

「うん。全部は見てないけど、メールの日付のあたりのレスでモモっていう名前の人が画
像を見せてたみたい」

「まあ、画像はすぐに削除されるからね。でも、これで二見さんが誰にでも身体を見せる
ような女であることはわかったわけだ」

 僕は話を進めた。

「で、どう思う? 君はお兄さんの交際には反対しないと言ってたけど、こういう女神が
君のお兄さんの彼女でも許せるのかな」

 麻衣は少しためらった。

「わからないよ・・・・・・でも、少なくともこれじゃ証拠にならないよね。名前があるわけで
もないし」

 ここからは待ったなしの一発勝負だった。優の画像を麻衣に見せなければならない。か
といってVIPや女神のスレがまとめられていなければそれで計画は止まってしまう。

「ちょっと待ってて」

 僕は麻衣に言って、優のコテトリで検索を開始した。検索結果の上位は2ちゃんねるの
ものだったけど、少しスクロールするとURLが2ちゃんねるのものではないサイトがヒ
ットしていた。僕はざっと検索結果を眺めた。

「・・・・・・何してるの?」

 麻衣が不安そうに聞いた。

「うん、ちょっと。あ、ヒットした」

「何?」

「えーとミント速報だって」

 ミント速報は2ちゃんねるのエロ系のスレをまとめている大手まとめサイトの一つだ。
計画どおりだった。スレがまとめられているなら多分ここだろうと思っていた。

 そこで僕は少しためらった。ここはアダルトサイトだった。この間まで中学生だった麻
衣にこんなサイトを見せていいのだろうか。そこは割り切ったつもりだった僕だけど、実
際にミント速報の過去ログを開こうとする段になって急に僕は怖気づいたのだった。そ
もそも僕は童貞な上に女性に対して免疫がない。そんな僕が麻衣と肩を並べて裸だらけのミ
ント速報を見る勇気はなかったのだった。こんなことを危惧している間も、麻衣は興味
津々な様子で僕が画像を表示するのを待っている様子だった。

「何よそれ」

 ミント速報自体がぴんとこないであろう麻衣が質問した。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:11:57.47 ID:mt1lqNZYo

「まとめサイトみたいだね。それも結構エッチな」

 僕は顔を赤くして言った。みたいだねではない。僕は実はこのまとめサイトのことは以
前から知っていたのだ。

「・・・・・・何でそんなもの見る必要があるの」

 麻衣が不思議そうに聞いた。僕は腹をくくった。もともと僕と麻衣をこんなエロいシチ
ュエーションに導いたのは、僕のせいではない。全ては優のアブノーマルな嗜好から始っ
たことなのだ。とにかく優の画像が残っているログを探そう。

「ちょっと黙ってて・・・・・・」

 検索結果のURLLをクリックするだけではお目当てのログにダイレクトに辿りつけな
いのがこの手のサイトの特徴だった。目的を達するまでにはいくつものアンテナサイトを
の画面を経由させられる。僕は集中して目当てのログを追い求めた。

 しばらくして僕はようやくそこに辿りついた。

「あ、これだ。タイトルはミント速報の管理人が勝手に扇情的なやつをつけてるけど、さ
っきの貧乳どうこうというスレの、二見さんが女神行為をしていたところのログだよ」」

 僕は麻衣に言った。

『今春入学したばかりの処女のJD1が大胆な姿を露出!!』

「ほら画像が残ってる。さっきのスレッドをまとめてあるんだね」

 僕はもう麻衣のことを考慮することなく一枚目の画像を彼女に示した。クリックするま
でもなく該当レスの部分に最初から画像は表示されていた。

 一枚目は、優の上半身裸身の写真。左手で胸の部分を隠している。目の上に線を重ねて
いるけど、その表情は優のものに間違いなかった。

 二枚目は、鏡に写した優自身を撮影したもので、優はスカートを脱いで床に座りこんで
足をMの形に開いている。開いた足の中心部にはブルーで無地のパンツがくっきりと写っ
ていた。

 三枚目は、姿見に正面から自分を映した全身の画像で、その体にはブルーのパンツ以外
何も身に纏っておらず胸だけは左手で隠している。

 その時は麻衣と二人で同じ学校の女子のヌードを見ているという異常な状況だったのだ
けど、僕はまず自分の元カノのはずだった優のヌードに得体の知れない怒りを感じた。冷
静に駒を進めなければいけないこの時、その怒りは僕の理性を裏切っている状態だった。
心配していたような欲情している感じはない。むしろ、自分の中学時代を全て否定された
ような怒りと悲しみが僕を襲った。

 その状態のまま優へのどす黒い感情に身を任せ混乱していた僕に、麻衣が泣きそうな声
で話かけた。

「これって・・・・・・」

 おどおどした様子で麻衣は優のヌード画像から目を背けた。僕は気を取り直して優に答
えた。今は優に対して怒りを感じたりしている場合ではない。

「目は隠してあるけど・・・・・・顔つきや体格からいってどう考えても二見さんだな、これ」

「・・・・・・なんで。一体何であの人、こんなことを」

「さあ? それはわからないけどさ。少なくとも池山君にふさわしい女じゃないよね」

 僕はさりげなく麻衣に言った。麻衣は少しためらっていたけど、結局僕の方を見て頷い
た。

「・・・・・・うん」

 ここまでは作戦通りだった。自分が途中で思わず動揺してしまったことは想定外だった
けど、何とかリカバリーすることはできたようだ。

「もう少し画像を探そうか。これだけ無防備ならいくらでも出てきそうだね。バカな女」
 優をバカと言い放った時の僕の言葉は心から真実だった。・・・・・・バカな女。僕と付き合
っていればこんな娼婦まがいのことをして、承認欲求を満たす必要もなく、成績のいいク
ラスでも評判のいい女の子でいられたのに。これは優の自業自得以外の何物でもなかった。

「・・・・・・バカって」

 麻衣は、生徒会長の僕は人を非難することを言わないと思い込んでいたのだろう。その
僕の暴言に驚いて彼女はそう言った。

「だって、バカじゃん。つうか情弱っていうのかな」

 僕はもう優に同情するつもりはなかったから、僕の言葉はさぞかし冷たく聞こえただろ
う。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:12:30.67 ID:mt1lqNZYo

 その後も僕はミント速報を検索し続けた。あのVIPのスレは結局まとめられてはいな
いようで画像も発見できなかったけど、優がこれまで女神板で繰り返していた女神行為の
画像はかなりの数を回収することができた。僕も麻衣もその頃にはこの異常なシチュエー
ションに頭が慣れてきてしまったので、一々優のセミヌードを見るたびに動揺することは
なくなっていた。そうして検索していって最後にヒットしたスレは。

『【緊縛】縛られた女神様が無防備な裸身を晒してくれるスレ【被虐】』

 元スレのタイトルはこれだった。モモのコテトリのレスに張られた画像を一目見て麻衣
は顔を背けて泣き出した。

 一枚目は、優が床に座り込んでいる画像だけど、後ろ手に縛られてカメラの方を怯えた
ような表情で見ている彼女が映し出されていた。

 二枚目は、一枚目とポーズは全く一緒だけど、優はブレザーを脱いでいてブラウスの前
ボタンは全部外されているので肌が露出していた。スカートもめくられていて白く細い太
腿があらわになっている。線が入って目を隠しているけどやはり優は怯えたような表情を
している。

 三枚目は、二枚目とポーズは一緒だけど、優はブラウスを脱いで上半身はブラしか着用
していなかった。スカートは完全に捲くられてパンツが見えている。

 その怯えたような優の表情は、まるで彼女が拉致されて無理やり犯される寸前のように
見えた。今までのあっけからんとしたヌードと異なりこの画像の優はまるでAV女優のよ
うに拉致されて犯される少女の演技をしていたようだった。

 収まっていた優への怒りが僕の中で再び沸き起こってくるのを感じたその時、麻衣が顔
を上げて優の画像を厳しい視線で見つめた。

「どうしたの」

 僕は自分の感情を抑えて麻衣に声をかけた。高校一年生には見るに耐えない画像だった
ろう。ショックも受けているはずだった。さすがに今日一日でやりすぎたかと思った僕が
麻衣をケアしようと話し出した時。

「二見さん・・・・・・殺してやりたい」

 麻衣は低い声でそれだけ言って再び泣き出した。

 僕が麻衣の肩を抱いてそっと引き寄せると、彼女は逆らわずに僕の胸に顔を押し当てて
泣きじゃくった。



 しばらくして泣き止んだ麻衣は僕の腕の中から身体を離して、うつむき加減に泣き濡れ
た瞳をハンカチで拭いた。

「ごめん先輩・・・・・・ありがと」

「・・・・・・うん」

 焦らす気ではなかったけど、この後どうするかについては僕の方から切り出すつもりは
なかったから、僕は麻衣が落ち着くのをじっと待っていた。麻衣が僕から身体を離したせ
いで中途半端に置き去りにされた自分の腕を僕はモバイルノートの方に戻して、そっとミ
ント速報の優の裸身が表示され続けていた画面を閉じた。屋上には人気はないようだった
けど用心するに越したことはない。

 そのまま麻衣が話しだすのを待っていたけれども、彼女はうつむいたまま黙ってしまっ
ていた。そのまましばらく沈黙が続いた。これからしようとしていることはある意味人の
人生を左右することになるのだから、それを切り出すのは麻衣の方からでなければならな
かった。僕の方からそれを積極的に切り出すわけにはいかない。

 それでも沈黙が続くと僕は少し焦り始めた。麻衣だってもう何をすればいいかは理解で
きているはずだ。どうすればいいかはわからなにしても、そうするという意思さえはっき
りと口に出してくれれば方法論は僕が考えてあげることができる。そもそも麻衣だってそ
れを期待して僕に近づいたのだろうから。

 だけど、麻衣は何も喋り出そうとしない。彼女もこの先に取るべき手段について僕の方
から切り出されるのを待っているのだろうか。そうすることによって僕を共犯にし、結果
に対する責任を僕と共有することによって自分の罪悪感を薄めようとしているのだろうか。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:12:58.14 ID:mt1lqNZYo

 そんなことはないだろう。僕は時分の考えを否定した。優の卑猥な緊縛画像を見てショ
ックを受けている麻衣にはそんな回りくどいことを考える余裕があるとは思えなかった。

 僕はためらった。これから開始するかもしれないゲームは優の人生を変えてしまうかも
しれない。仮にその実行犯が僕であるならその結果責任は取らざるを得ないのだけど、少
なくとも自分の動機だけはみっともなくないものにしておきたかった。優の心変わりへの
復讐心、あるいは優と池山君の仲への嫉妬心が行為の動機だったら、それではあまりにも
僕が惨め過ぎる。たとえ誰かにばれなかったとしてもそれでは自分のメンタルがもたいな
いだろう。

 そう考えて僕は麻衣の方から話を切り出すのを待ったのだけど、相変わらず麻衣はうつ
むいて沈黙したままだった。事を始めてからはかなり僕も精神面に打撃を受けるであろう
ことは最初から覚悟していたけれど、始まる前から麻衣相手に神経戦になることまでは全
く予想していなかった。

 このままだとせっかく勝ち取った麻衣の信頼までが揺らぎだしそうだった。

 ・・・・・・仕方ない。少なくとも話のきっかけくらいは僕の方から切り出そう。クライアン
トが黙りこくって行きどまってしまった時、こちらから方向性をアドバイスすることはよ
くあることだった。それだけのことだ。僕は無理に自分を納得させた。決して麻衣の術中
に陥ったというわけではない。麻衣には今や僕しか頼る相手はいないのだし。

「二見さんの画像を見たわけだけど」

 僕は観念して自分の方から麻衣に話を振った。

「殺してやりたいとか穏やかじゃないことまで言ってたけど、お兄さんの彼女として二見
さんは許せそう?」

 許せるわけがないから麻衣も黙っているのだろうけど、とりあえず僕はそう聞いてみた。

「許せるわけないよ。あんな・・・・・・あんな姿を堂々と不特定多数の人たちに喜んで見せて
いるような女なんて。お兄ちゃんの彼女じゃないとしたって理解できない」

 うつむいたままでようやく麻衣は声を出してくれた。小さな声だったけど彼女の考えは
ストレートに僕に響いた。

「じゃあ、君はこれからどうしたい?」

「どうしたいって・・・・・・」

「つまり、二見さん女神行為を止めさせたいの?」

「え?」

「え、じゃないよ。君は何をしたいの? 僕は君のことが好きだから君がしたいと思うこ
となら手伝うけど、それにはまず君が何をしたいのかをはっきりさせてくれないとね」

 僕はやむなくききっかけは作ってあげたけど、それでも本当に肝心な部分は麻衣妹に言
わせたかった。

「君はどうしたい? 繰り返すけど二見さんに女神行為を止めさせたい?」

 それでも麻衣は黙っていた。僕は話を続けた。

「彼女が女神行為を止めれば池山君との仲は許せるの? それとも二見さんが女神行為を
するなんてことはどうでもいいけど、そういう女が池山君の彼女になることは許せな
い?」

「うん。二見さんはお兄ちゃんにはふさわしくない。お兄ちゃんが好きな子と付き合うこ
とにはもう反対はしないけど、家族として考えたら二見さんなんか論外だよ」

 麻衣はようやく顔を上げてはっきりと言った。

「今さら二見さんが女神じゃなくなったって無理。パパとママだって・・・・・・お姉ちゃんだ
って、この画像を見たら同じことを言うと思う」

「じゃあ、話は簡単だね」

 僕は麻衣ににっこりと笑いかけた。

「二見さんと池山君を付き合わないようにさせればいいんだね」

「う、うん」

 麻衣は戸惑ったように答えた。

「でもそんなことどうすればできるの?」
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/04(水) 21:13:26.98 ID:mt1lqNZYo

「難しいだろうね。僕が池山君の前に突然現れて、女神行為をするようなビッチは君には
ふさわしくないよ。妹さんも心配してるよ、なんて言っても池山君は聞き入れないだろう
し」

「先輩、あたしのことからかってるの?」

「違うよ。でも池山君は二見さんの画像を全部見ているし彼女の女神行為のことは全部承
知のうえで彼女に惹かれてるんでしょ」

「・・・・・・そうかも」

「だったら、正攻法で行っても池山君が二見さんのことを嫌いにさせるのは無理じゃん
か」

「・・・・・・じゃ、諦めるしかないの?」

「そうは言っていない。池山君と二見さんが付き合わないようにする、あるいはもう付き
合っているんだったら別れさせることは可能だよ」

「どうするの?」

 麻衣は細い声で言った。

 本当に気がついていないのだろうか。それともわざと僕の口から提案させようとしてい
るのだろうか。僕は迷った。僕は自分が当初想定していたシナリオから逸脱し、いつのま
にか僕の方から積極的に作戦を提案するような立場に追い込まれていた。

 ここに至って再び躊躇したけれど、結局麻衣への執着心が僕の理性を制圧してしまった。
麻衣は僕の第一印象よりは清純な女の子ではないかもしれないけど、優とは違って複雑な
思考の結果、僕を利用としようとするような子ではないに決まっている。盲目的な麻衣へ
の執着が僕の心の中の小さな葛藤に勝利したようだった。僕はその手段を麻衣に話し出し
た。

「言っておくけど、これをやれば池山君と二見さんは別れるだろうけど、そのかわり二見
さんには相当ダメージがあるし、池山君だってそれなりに傷付くと思うよ」

「・・・・・・いったい何をする気なの?」

 麻衣は完全にことが僕主導で運ぶものだと思い込んでいるような口調で言った。でも麻
衣に執着していた僕は心の中の麻衣の言動への疑問は押さえつけてしまっていたから、僕
はその続きを話すことにしたのだった。

「何をって、簡単なことだよ。二見さんの女神行為を先生にばらせばいいんだよ。ミント
速報のURLを担任に送付するだけじゃん」

 そのことが意味することは麻衣にも理解出来たろう。それはある意味、優の人生を少な
くとも優の高校生活を破壊することに繋がる行為なのだった。

 麻衣は黙り込んだ。ここまで深入りしてしまった僕だけど、麻衣のゴーサインがはっき
りと示されなければこれを実行するつもりはなかった。今度は僕も妥協する気はなかった。
麻衣が何か話出すまではもう自分も黙っているつもりだった。

 屋上から見下ろす町の建物からは灯りがあちこちに点き出していた。空も薄暗くなって
きていて、完全下校時刻ももうすぐだった。これで麻衣が決断しないなら今日はここまで
にしよう。

 下校時間のアナウンスが流れだした。僕は麻衣の方を見ないで立ち上がった。

「今日はもう帰ろう。校門も閉まっちゃうし」

 僕はそう言ってモバイルノートをカバンにしまおうとしたとき、麻衣が立ち上がって僕
の方を見つめたた。

「あたしが頼めば、先輩は協力してくれるの?」

 ようやく麻衣がそう言った。協力してくれるのと。そう、これはやるとしたら麻衣のた
めに僕がすることではない。麻衣のために僕が協力して、麻衣自身がこれをやるのだ。

「君に協力するよ。二見さんにはひどい仕打ちになるだろうけど、僕は君のことが好きだ
から」

 麻衣は僕の手を握った。

「先輩、あたしに力を貸して。あたし決めた。二見さんがどうなってもいいから、二見さ
んからお兄ちゃんを引き剥がしたい」

 僕は僕の手に重ねられた麻衣の小さな手を握り締めた。それはすごく冷たい感触だった。

「じゃあ、明日から始めようか」

 麻衣は小さく頷いた。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/04(水) 21:14:05.62 ID:mt1lqNZYo

今回は以上です
また投下します
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/05(木) 03:51:42.68 ID:xBPO6ZLt0

大量投下で読み応えあったよ
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:36:13.83 ID:my8qAWPQo

 その日、僕はもう日が落ちて薄暗い通りを駅まで麻衣と一緒に帰った。彼女はもう何も
言わなかったけど、校舎から出ると黙って僕の手を握った。完全下校時間になっていたの
で、周囲には先生に注意される前に校門を出ようと下校を急ぐ部活帰りの生徒たちで溢れ
ていたし、校門の前には急いで生徒たちを校内から追い出そうとしている先生の姿もあっ
たけど、麻衣はやはり何も言わずに僕の手を握ったままだった。

 昨日に引き続き僕と麻衣が寄り添って薄暗い道を歩いている姿は、きっと下校中の生徒
たちに目撃されていたはずだった。こんなことを繰り返していればそのうち僕と麻衣の仲
が噂になるのは時間の問題だったろう。そういう可能性に気がついていないのか、あるい
は気づいていてもどうで もいいのか、麻衣は周囲を気にする様子もなく自然に僕の手を
握ったまま、ゆっくりと駅の方に歩いていった。どちらかというと僕の方が周りの視線を
気にして挙動不審になっていたから、他人から見たら二人の様子は寄り添うというより、
麻衣に手を引かれた僕が後ろからついて行っているように見えたかもしれない。

 麻衣にとってはこれは恋ではない。僕は好奇心に溢れてた周囲の視線に戸惑いながらも、
恥かしい勘違いをしないよう自分に言い聞かせた。麻衣と親密になることが今の僕の目標
だけれども、それはこんなに簡単に成就するものではないはずだった。今の麻衣には僕の
ほかに相談する相手がいないし、僕には傾聴スキルがあったから麻衣にとって僕は唯一の
相談相手、それも信頼できる相談し甲斐のある唯一の相手だった。もともと年上の相手に
自然に甘えることができる麻衣なのだから、信頼している相手に手を預けるくらいで彼女
の恋愛感情を推し量ることはできない。

 それに、今の僕は中学時代よりももっと自分に対して自信を持てなかった。手を繋いで
一緒に帰るというだけなら、優とだって同じことをしていた。そればかりか一度だけ、優
は僕に向かって直接僕のことを好きと言ってくれたことさえあったのだ。でも結局、優が
僕のことを好きだということは僕の勝手な思い込みに過ぎなかった。そう考えると麻衣が
頬にキスしてくれたり手を握ってくれる行為自体を過大評価してはいけない。

 有体に言えば麻衣にとって、僕は臨時のお兄ちゃんになったに過ぎないのではないか。
僕はそう考えた。麻衣がこれからしようとしていることは、池山君を優から引き離すとい
うということだから、麻衣はこれまでのように池山君を頼るわけには行かない。それに対
して、僕は麻衣の意向を全人格的に尊重する態度をしつこいくらいに示してきた。そのこ
とに安心した麻衣は、彼女の心の中で僕を臨時のお兄ちゃんに任命したのではないだろう
か。

 そう考えると僕には、下級生の少女と手を繋いで暗い帰り道を一緒に歩いているこの甘
い状況に、感傷的に浸りきる贅沢は許されていなかった。明日からはもっといろいろと仕
掛けないといけない。そのためには麻衣を傾聴者である僕にもっと依存させていかなけれ
ばならない。そのための布石は打ったし結果も今のところ予想以上だった。でもここで満
足してしまっても何にも意味はない。この先に打つ手はだいたい思い浮んでいたのだけれ
ど、もう少し体系的に整理しておいた方がいい。

 ・・・・・・ただそれは麻衣と別れて自宅に戻ってからでもいいだろう。僕は少しだけ自分を
甘やかした。この状況に浮かれさえしなければ、少しだけ、ほんの少しだけこの恋人同士
のデートのようなシチュエーションに浸ってもいいかもしれない。それが僕の勘違いであ
るにしても。麻衣に手を握られながら、そんな考えをごちゃごちゃと頭の中で思い浮かべ
ていた僕は、ふいに彼女に話しかけられた。

「先輩、さっきから何を考えているの」

 麻衣が僕の方を見上げながら不思議そうに言った。彼女もこの頃には自分の考えが整理
できたようで、さっきまでの泣きそうな表情は見当たらなかった。その不意打ちに僕は少
しうろたえた。僕はとても彼女に告白できないようなことを考えていたのだから。

「いや・・・・・・別に」

 僕は我ながら要領を得ない答えを口にした。でも彼女にはそれ以上僕を追求する気はな
いようだった。

「そう・・・・・・先輩?」

「うん」

「先輩って最近あたしに構ってくれてるけど、学園祭前なのに生徒会とかは顔を出さなく
ていいの?」

「ああ。それは大丈夫」

 麻衣の件がなかったとしても、そもそも生徒会にはい辛いのだけど、それは麻衣に言う
話ではなかった。

「副会長とか遠山さんとか、みんなしかっりしているから。僕なんかがいなくても大丈夫
だよ」

 どういうわけか麻衣は僕の答えを聞くと黙ってしまったけど、次の瞬間僕の手は彼女の
冷たい小さな手によって今までより強く握りしめられたのだった。

「先輩、本当にありがとう」

 麻衣は僕の手を離して少しだけ僕の方を見てから、ちょうどホームに入ってきた電車に
間に合うよう急いで改札の方に吸い込まれて行った。電車に乗る前に一瞬僕の方を見て手
を振った彼女は、気のせいか少しだけ僕と別れることを名残惜しそうに思っているかのよ
うに見えた。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:37:25.31 ID:my8qAWPQo

 自宅に戻った僕は、自分を捉えて離さない甘い感傷や将来へのはかない希望のような僕
の心を乱す要素を自分の心の中から排除して、なるべく冷静に今後取るべき手段を考え始
めた。

 僕たちの目標は、女神行為を繰り返している女から池山君を引き剥がすということだっ
た。それに対してとりあえず採用できる最初の行動は、優の女神行為を画像付きで学校側
に通報するということだ。それを実行したら、学校側は優に対して女神行為を止めて自分
の行動を反省するように指導するかもしれないし、場合によっては優に停学処分くらいは
言い渡すかもしれない。でも、それによって池山君と優が確実に疎遠になることは期待で
きなかった。屋上で麻衣に話したように、池山君は既に優の女神行為を知っている。そし
て麻衣の言うように池山君が優のことが好きなのだとしたら、それは優の女神行為を承知
のうえで彼女に惹かれていることになる。そう考えると優の女神行為が学校側に知られた
だけでは、麻衣の望んでいる結果は出ないだろう。

 次の行動を考えると、もはや選択肢はあまり多くなかった。こうなると池山君と優を別
れさせるには物理的に二人を隔離するしか方法はない。普通ならそんなことを仕掛けるこ
となんて不可能だ。まして彼らの知らないところで麻衣と僕がそんなことをできるわけが
なかった。ただ、一つだけ方法があった。それにはやはり優の女神行為を利用する方法
だった。

 普通なら許されることではない。それは人の人生を変えてしまってもいいというくらい
の覚悟がなければできないことだった。それを実行するかどうかは別として、その考えが
理論的に成立するかどうかだけ検証しておこう。僕はこれ以上考えたくないとしり込みす
る自分に鞭打ってシミュレーションを始めた。

 まず女の女神行為を校内に広く知らせること。これは、パソ部の副部長が管理運営して
いる学校裏サイトを使えば造作もない。それだけで、普通の神経なら優は不登校になるは
ずだった。さらに2ちゃんねるで優の身バレスレを立てれば、優の実名が全国に晒される
ことになる。これがうまくネット上で広まれば、優は学校に来れなくなるばかりではなく社会
的にも抹殺されることになる。

 僕はその状態を想像してみた。検索サイトで優の実名を入力すると、優の恥知らずな女
神行為が画像付きでヒットするのだ。まとめサイトのようなのもできるかもしれない。つ
まり、優の将来の進学や入社の際、試験官や採用担当者が数分だけ時間と手間を費やして
ネットで検索するだけで優の将来は閉ざされることになる。そしてここまでいけば優は姿
を隠さざるを得ないから、池山君とはもう接触することすらできなくなるだろう。

 普通は知り合いに対してここまでできるものではない。僕だって優には恨みはあったけ
どここまでするつもりはなかった。ただ、麻衣がそれでもそれを望んだとしたら僕はそれ
を断れるだろうか。

 ・・・・・・とりあえずシミュレーションはここまでだった。もう少しひどい状況を考えるこ
ともできたのだけど、そういうことを生徒会長の僕が考えているというだけでもストレス
を感じていたから、僕はもうこのあたり脳内シミュレーションを止めることにした。あと
は明日、麻衣と話し合ってどこまでするかを考えよう。

 これから勉強をする気力なんてとても残されていなかった。僕は今日も勉強を放置して
眠ることにした。そうすると、浅い眠りの夢の中に再び僕にキスし僕の手を握る麻衣の可
愛らしい姿の甘美な記憶が現れてきたのだった。



 翌日、僕は学校に向かう坂道を歩きながら昨日の夜考えていたことを思い返していた。
昨夜は自分では冷静に考えていたつもりだったけど、朝の明るい陽射しの中で自分が今後
行うかもしれないことを改めて冷静に考えると、僕は次第に怖くなってきた。麻衣と仲良
くなれたのは僕にとっ て望外の喜びだったけれど、この後麻衣が実際に僕に行動を求め、
僕がその要求に応じた後に僕を待っていることは何なのだろう。

 麻衣との要求を満たせたとしても、それで麻衣と恋人同士になれる保障なんて何もない。
むしろ、せっかく池山君から卒業しようとしている麻衣はこれまでのように彼に依存する
状態に戻ってしまうかもしれない。そこまでは今までも僕が繰り返して考えていたことだ
った。そして、万一僕たちが仕 掛けるかもしれないこの作戦が外に漏れたとしても、ネ
ット上で自分の裸身を餌に自らの承認欲求を満たすなんていうはかなくも愚かな行為を繰
り返して、そうなる原因を作ったのは優だった。匿名の掲示板上で責められるのは優だけ
だろう。僕はこれまでそう考えていたのだった。

 ただ、朝になって今改めて冷静に考えると、これからするかもしれない行為は実は自分
にとって結構危険な行為であることに今初めて僕は思い至ったのだった。

 優の実名を晒して女を追い詰めるということ。それは匿名の名無しのレスによって生じ
たことなら、その発端を作ったレスを誰がしたかはあまり問題にはされないだろう。

 でも、万一そのレスにより優が身バレする原因を作った人間が特定されたらどうだろう。
移ろいやすいネット上の無責任な批判は、優を身バレさせた僕にも向かうことになるかも
しれない。そうなれば、ある意味では優と同じく僕の将来もそこで終ることになるかもし
れなかった。

 真面目な生徒会長が、同じ学校の後輩の秘密をネット上で大々的に暴く。そのこと自体
にもスキャンダルな要素があるし、その原因まで追究されていくと僕と優の中学時代の付
き合いまで晒されるかも知れない。

 僕がしようとしていることは、それくらい僕自身にとってもリスクの高いことだという
ことに僕はその朝初めて気がついたのだった。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:37:55.84 ID:my8qAWPQo

 麻衣が示してくれた好意に有頂天になっていた僕は、麻衣を助けている自分自身に生じ
るかもしれないリスクについてはこれまであまり考えてこなかった。でも一度それに気が
つくと、今まで冷静に優を破滅させる手段について考察していた自分が、いかに考えが甘
かったか理解できるようになった。これまで麻衣の甘い好意の片鱗に夢中になっていただ
けだった僕は、自分に生じるかもしれないリスクに初めて戦慄とした。

 僕は、優と池山君を別れさせることに協力すると麻衣に約束してしまっている。麻衣が
求めれば、それがどんなに危険な道であっても僕にはもう断れないだろう。せめて、その
手段が優に与えるダメージの大きさに麻衣がためらって、そこまでするのは止めようよと
言ってくれるのを期待するしかなかった。

 その時、突然僕は誰かに頭を叩かれた。

「こら。あんた何で昨日話の途中で生徒会室から逃げ出したのよ」

 暗い考えから我に帰ると、副会長が僕を睨んでいた。

「あの後、遠山さんが落ち込んで大変だったんだよ」

「悪い。部活があったから」

 僕はもう何度目になるかわからないその言い訳をもごもごと口にした。

「本当に情けないなあ、あんたは。別に身近な生徒会の役員の子に告るのは自由だけど、
告られた遠山さんに生徒会をやめるとか言わせるなよ」

「僕はそんなつもりは」

「じゃあ何で生徒会室に来ないのよ。何で遠山さんをあからさまに避けて彼女に気を遣わ
せてるの? あんた彼女が好きなんでしょ。振られたとしても彼女の気持ちを考えてあげ
なさいよ、先輩なのに情けない」

 副会長も相当僕に言いたいことが溜まっているようだった。確かに無理もない。こいつ
は僕の代わりに学園祭の実行委員会を仕切ったり、僕を振って傷つけたと思い込んで落ち
込んでいる遠山さんを宥めたりさせられていたのだろうから。

 自分の悩みで精一杯だった僕も、その時は副会長に申し訳ない気持ちがあった。今の僕
は自分の義務を放棄して麻衣のことしか考えずに行動していたのだから。

「君には悪いと思っているけど・・・・・・」

 そうして僕が副会長に謝ろうとしたその時、僕の片腕は誰かに抱きつかれ急に重くなっ
た。僕はいきなり抱きついてきた麻衣に気がつき言葉を中断した。そして、僕を更に責め
たてようと意気込んでいたらしい副会長も驚いたように黙ってしまった。

「先輩は何も悪くないです」

 麻衣は僕の左腕に自分の両手を絡ませながら、おそらく面識もないであろう副会長を睨
んでそう言った。

「あんたは」

 副会長が言った。面識はないかもしれないけど、校内の男女関係の噂が好きな彼女は麻
衣のことは知っていたようだった。

「たしか、遠山さんの知り合いの池山さんだっけ」

 麻衣はそれには答えなかった。

「先輩は悪くないです。あたしがパソ部に入部して、それで何もわからないでいることを
心配してくれて面倒見てくれてるだけで」

「・・・・・・」

 副会長はとりあえず僕への悪口を中断し、むしろ当惑したように僕の方を見た。副会長
には、僕の腕に抱き付きながら自分を睨んでいる麻衣の姿はどう映っているのだろう。

「あんたさ・・・・・・」

 副会長はとりえず麻衣を相手にせず僕に向かって吐き捨てるように言った。

「やっぱり女を乗り換えてたのか。遠山さんに振られたからって、すぐに下級生に言い寄
るとか最低だね。しかも遠山さんの親しい相手の子にさ」
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:38:43.77 ID:my8qAWPQo

 僕はそれに対して何も言い訳できなかった。本当は遠山さんなんて好きじゃなかった。
優と池山君の関係を知りたいために、僕は遠山さんに告白する演技をしたのだ。でもそれ
を告白すれば僕はもっと最低の人間として認識されてしまう。そして、どんなに否定しよ
うが僕が麻衣に惹かれてしまったことも事実なのだった。

 僕はその時はもう、硬直していて何も言い訳できる状態ではなかった。麻衣にまで僕が
遠山さんに告白したことを知られてしまった。僕は、僕の腕に抱き付いている麻衣がこの
時どんな表情をしていたのか確認する勇気すらなかった。

「言い訳もなし? あんたいっそもう生徒会長やめたら?」

 副会長は妙に落ち着いた声で僕に言った。こいつがこういう声を出すときは本当に怒っ
ている時なのだ。これまでの生徒会での付き合いで僕はそのことを知っていた。

 どちらにしても、もう僕には副会長に言い訳できなかった。生徒会長であることとパソ
コン部の部長であることだけが、中学時代と違って無冠では全く人気のない僕の唯一の拠
りどころだったのに、それさえ僕は失おうとしていたのだった。

 その時、僕の腕に抱きついていた妹はそのままの姿勢で副会長に言った。

「浅井先輩って、もしかして石井先輩のことが好きなんですか」

 麻衣のその言葉にその場が一瞬で凍りついた。

「あ、あんた、何言って」

 僕は副会長がここまで狼狽した姿を見るのは初めてだったかもしれない。彼女の表情は
蒼白になり、そしてすぐに紅潮した表情でになった。麻衣は副会長の名前を知っていたよ
うだった。

 僕は、この時初めて僕の腕にくっついている麻衣を見た。まだこの間まで中学生だった
幼い外見を残した彼女は、一年生にとっては自分よりはるかに大人に思えるだろう副会長
を前にして、少しも臆した様子がなかった。そして、麻衣は僕の方など振り向きもせず真
っ直ぐに三年生の副会長を見つめていた。

「あたしに嫉妬してるんですか? だったらお姉ちゃんのことを心配してるような振りを
するのはやめて、石井先輩に『あたしとこの子とどっちか好きなの?』ってはっきり聞け
ばいいんじゃないですか」

 副会長も今や紅潮した顔のままで麻衣を睨んでいた。僕はいたたまれない気持ちを持て
余して、結局黙って下を向いてなるべく早くこの修羅場が終ることだけを心の中で祈って
いた。それに校門の前に近いこともあり、みっともない三人の男女の様子はすでに相当の
生徒たちの視線を集めているようだった。

「あと、浅井先輩は勘違いしてますよ」

 妹は平然と続けた。

「先輩はお姉ちゃんに振られたからあたしに乗り換えたわけじゃないですよ」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:39:13.88 ID:my8qAWPQo

 いったいこの子は何を言おうとしているのだろう。そして何が目的で僕をかばっている
のだろう。僕は混乱していた。

「先輩があたしのことを好きだとしても、それはお姉ちゃんとは関係ない先輩の純粋な気
持ちでしょ。そのことを非難する資格が浅井先輩にあるんですか」

「・・・・・・あんたさあ。調子に乗ってるんじゃないわよ、ブラコンの癖に」

 追い詰められた副会長はついにそれを口にした。でも、苦し紛れの反撃は相応に効果が
あったようで、麻衣はそれを聞いてこれまでの元気を失ったようにうつむいてしまった。

「・・・・・・それこそ、君には関係ないよな」

 僕は思わず麻衣をかばって口走った。

「僕のことを責めるのはいいけど、それは麻衣のプライバシーの侵害だろ? ブラコンと
かって全然今までの話と関係ないじゃないか」

「この子のこと、もう麻衣って呼んでいるんだ」

 一瞬まずかったかと思ったその時、僕は自分の腕に抱きついていた麻衣の手が更に力を
込めて僕にしがみつくようにしたのを感じた。視線を麻衣の方に逸らすと、今まで気丈に
振る舞っていた彼女は僕の方を潤んだ目で見つめていた。

 麻衣が僕の援護に元気づけられたのかどうかはわからない。でも、ブラコンと決め付け
られて一瞬黙りこくってしまった彼女は再び副会長に向かって果敢に反撃した。

「とにかく、石井先輩が生徒会に出ないことと、先輩がお姉ちゃんに振られたこと、それ
に」

 そこで妹はちょっと言いよどんだ。

「・・・・・・それとあたしと先輩の仲がいいことを一緒にしないでください。もし先輩とあた
しが恋人のように見えるとしたら、それは先輩じゃなくてあたしのせいですから」

 それはどういう意味なんだ? 僕は再び混乱した。

「そんなことを言ってると、それこそ浅井先輩があたしに嫉妬してるようにしか見えない
ですよ」

 麻衣は顔を赤くしたけど、きっぱりと最後まで言いたいことを話し続けたのだった。

「もういい。あたしはこれからはあんたのことには関らないから」

 副会長はもう麻衣とは目を合わせず、僕に向かって捨て台詞のような言葉を吐き捨てて
去って行ったのだった。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:42:31.29 ID:my8qAWPQo
 その日の昼休み、僕はこれでさっきから何度目かわからなくなっていたけど、朝の出来
事を思い返してそのことの持つ意味を考えていた。朝の校門の前で、どうして麻衣はあそ
こまで僕に肩入れしたのか。副会長と僕のトラブルなんか彼女には全くかかわりのない話
だった。麻衣はきっと、浅井君のことは生徒会副会長として知っていただけで、面識すら
なかったはずだ。副会長が僕が生徒会室に顔を出さないことで責めていた言葉を聞いて、
麻衣は自分に時間を取らせたことに罪悪感を感じたからだろうか。

 でも、それも不自然だ。僕はそう思った。副会長は直接的には僕が部活にかまけている
ことを責めたのではなく、僕が遠山さんを避けようとして生徒会活動に参加しなくなった
ことを責めていたのだ。だから麻衣が副会長の言葉を聞いたとしても、その言葉に彼女が
罪悪感を感じる必要は全くない。

 麻衣が僕のことが好きで、その僕が副会長に責められていることに我慢ができなかった
からか。そう考えたい気持ちは僕の心の底に根深く存在していたけど、冷静に考える癖が
ついている僕にはそう楽天的には考えらなかった。

 麻衣が僕を頼っているのは自分のしようと考えていることを実現するのに僕を必要とし
ているからだ。確かに最近の彼女は僕の手を握ったり、別れ際に頬にキスしたり、腕に抱
きついたりという思わせぶりな行動をしている。でも、それは男として異性として僕を意
識しているわけではなく、臨時のお兄ちゃんとして僕のことを認識しているからだろう。
そして最近よく理解できてきたのだけど麻衣の身びいきはすごく激しかった。麻衣が池山
君や遠山さんに対して捧げる愛情と忠誠は無限大だった。それに比べて周囲の生徒たちへ
の彼女の関心は、中庭の花壇に這っている虫に対する関心とほとんど変わらないくらいだ
った。その虫たちの中には麻衣に対して熱い視線を向けている男子もいたと思うけど、彼
女はそんな視線に気がついたとしてもそれには全くの無関心に近い態度を取っていたよう
だった。

 ついこの間までは僕もその虫たちの一人に過ぎなかった。それが、優と池山君を別れさ
せるという目標を麻衣と共有し出してから、僕も臨時のお兄ちゃんとして彼女の意識の中
では身内扱いされるようになったようだった。

 そう考えると、今朝の麻衣の言動は何となく理解できる気がした。僕のことなんか、男
としては意識していない彼女だけど少なくとも今は、彼女の意識の中では僕は彼女が守る
べき身内のカテゴリーに入ったのだろう。そして僕は最初に妹に協力を持ちかけた時の彼
女のセリフを忘れてはいなかった。

『君のことが異性として気になっている』

 そう言った僕に対して麻衣は真面目な口調で釘を刺したのだった。

『・・・・・・先輩。あたし、今のところ誰かと付き合うとか考えていなくて』

 そうだ。僕は出だしで一度彼女に拒否されているのだ。最近の麻衣の言動に惑うと最後
には彼女を困惑させ自分も傷付くことになる。

 恋人にはなれなくても、麻衣が見知らぬ三年生の先輩に噛み付くほど僕のことをかばっ
てくれただけでも十分じゃないか。少なくとも僕は麻衣にとって地面を這う虫ではなくて、
身内の仲間入りを果たしたのだから。

 ふと気がつくと教室内にはもうあまり生徒たちは残っていないようだった。学食や購買
に行く生徒たちは昼休みのベルと共に教室を出て行ってしまったから、ここに残っている
のは教室の机を寄せ合わせて何人かのグループでお弁当を広げている生徒たちだけだった。
今日は秋晴れのいい陽気だったから、弁当持参の生徒たちも中庭や屋上に行っているのか、
教室に残って食事をしている生徒は数人くらいしかいなかった。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:49:24.49 ID:my8qAWPQo

 あまり食欲はないけど午後の授業中にお腹が鳴ったりすると恥かしい。僕は購買で余り
物のパンでも買うことにして席から立ち上がった時、教室のドアから誰かを探しているよ
うに室内を覗き込んでいる下級生の姿に気がついた。

「先輩、まだいてくれてよかった。間に合わないかと思っちゃった」

 麻衣は教室内で食事をしている上級生たちを全く気にせず、僕に向かって大きな声で話
しかけた。

「どうしたの」

 麻衣の方に近寄りながら、僕は周囲の生徒の視線が気になって低めの声で返事した。普
通、学年によって校舎が別れているうちの学校では下級生の生徒が上級生の教室を訪れる
ことは滅多にない。そのうえ麻衣のような少女が僕のような冴えない男を訪ねてきたのだ
から、その姿に教 室内の注目が集まったのも無理はなかった。

「これからお昼でしょ? 一緒に食べない?」

 麻衣は周囲の上級生を気にせず平然とした態度で言った。

「別にいいけど。急にどうしたの」

「急じゃないの。先輩、いつも購買でパン買ってるみたいだから今日は一緒に食べようと
思って先輩のお弁当を作ってきたんだけど」

「え」

 さっきまで期待する理由がないと自分で結論を出したばかりの僕は再び動揺した。女の
子が僕のためにお弁当を作ってくれるなんて生まれて初めての体験だった。

「今朝、先輩に話そうと思ったんだけど浅井先輩に邪魔されて言えなかったよ」

「そうだったの」

 麻衣に恋焦がれている僕としては天に昇っているような幸せな気持になってもよかった
はずなのだけど、やはり僕はどこまでも卑屈にできているのだろう。同級生たちの面白が
っているような表情に僕は萎縮してしまっていた。

 麻衣はそんな僕の手を握った。

「天気がいいから屋上に行きましょ。中庭はさっき見たらもうベンチは空いてなかったし
ね」

 僕は呆けたように麻衣を見つめながら彼女に手を引かれるまま教室を後にした。

 屋上のベンチにも結構人がいたけど、どういうわけか前に麻衣と一緒に座ってモバイル
ノートで女神スレを見た時のベンチが空いていたので、僕たちはそこに腰かけた。麻衣は
持参していた可愛らしい巾着袋を開けてお弁当が入ったタッパーを取り出した。

「先輩、どうぞ。美味しくないかもしれないけど」

 僕は彼女に勧められるままに小さなおにぎりや、ちまちまとした綺麗な色彩のおかずを
食べたのだけど、もちろん味わって食べる余裕なんてその時の僕にはなかった。

「美味しい?」

 麻衣が無邪気に聞いた。

「うん」

 僕はとりあえず頷いた。

「あ、そうだ。先輩に教えてもらいたいんだけど」

 食事中に急に思いついたように麻衣が言った。

「あたしも自分の部屋にパソコンが欲しくて・・・・・・どんなのを買ったらいいと思う?」

「どんなのって」

 突然思ってもいなかった話題を振られて面食らった僕だけど、これは考えるまでもなく
返事できるような質問だった
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:49:53.79 ID:my8qAWPQo

「正直、ネットを見るだけならどんなのでもいいよ。普通に量販店で売っている安いノー
トとかでも十分でしょ」

「それがよくわかんないから聞いてるのに」

 麻衣はふくれた様子で言った。そしてそんな彼女の表情すらとても可愛らしかった。

「だから部屋でネットするだけならどんな機種だって大丈夫だって。それともうちの部員
たちみたいに何かやりたいことが別にあるの?」

「・・・・・・先輩が教えてくれた女神板とかミント速報とかが見れればいいんだけど」

 やっぱりそこか。

「・・・・・・だったらデザインが可愛いとか値段が安い方がいいとか、ノートかデスクトップ
とか」

 僕は無難に返事した。

「その辺はどうなの」

「ノートで可愛いい方がいいな」

 僕はスマホで何機種かの画像を検索して彼女に見せた。パソ部部長としては腹立たしい
ほど簡単なミッションだった。何しろ、ノートで可愛くてネットに接続できればいいとい
うのだから。

 いくつかのパソコンの画像をチェックしているうちに彼女はある機種が気に入ったらし
かった。

「これすごく薄くていいなあ」

「別に可愛くはないよね。あと、それマックだし」

「これは駄目なの?」

「駄目じゃないよ。でも可愛いというより格好いい方に近いかな。それにAirって大学
生とか社会人とかがよく持ってるんだけどね」

「それでもいい。これ欲しい」

 驚いたことに彼女はその場でそれを購入するよう僕に頼んだ。用意周到なことに彼女は
父親のカードの番号やセキュリティコードをメモに控えてきていた。

「お父さんにお願いしたらこのカードでネットで買っていいって。本当はお兄ちゃんに頼
むように言われたんだけど」

 まあ、今の麻衣と池山君の関係なら気軽にそういうお願いはできないだろう。これでは
本当に僕は臨時のお兄ちゃんだった。

 二十万円以下ならいいらしい。僕はメーカーの直販サイトでそれを注文したのだけれど、
その際、期せずして僕は麻衣の住所をこの入力過程で手に入れた。あとはギフト扱いにし
て麻衣の父親の名前でなく彼女宛てに届くようにした。

「明日には届くみたいだよ」

 僕は彼女に言った。僕は彼女のために必死でパソコンを購入していたのに、彼女自身は
僕が黙ってスマホでオーダーに必要な項目を入力していることに飽きてきたようだった。

「まだ終らないの」

 麻衣は不服そうに言った。「これじゃ、パソコンを注文しているだけでお昼が終っちゃ
うじゃん」

「もう少しだから」

 僕は答えた。こういうわがままを自然に、かつ無邪気に言えるところも僕が彼女に惹か
れた理由の一つなのだろう。

「せっかく先輩とお昼一緒なのに、これじゃあ何も話せないじゃない」

 僕の昼休みを多忙にさせた原因を作った麻衣は無邪気に文句を言った。
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:50:22.51 ID:my8qAWPQo

 その夜、僕はうちの部の副部長が密かに開設し管理人をしている裏サイトを覗いてみた。
そのサイトはくだらない校内の噂や、どうでもいい悪口で盛り上がっている低レベルの掲
示板だと僕は断定していたから、このサイトを見るのは久しぶりだった。

 とりあえず最近のレスの付近を中心に見て行くと、探していた優と池山君関係のレスが
付いているのを見つけた。

『××学園の生徒集まれ〜☆彡』

『2年2組の二見さんって、最近感じよくね?』

『あ〜。うちもそう思った。初めは人間嫌いな人なのかなって思ってたんだけど。最近良
く話すけどいい子だよ。成績いいけど偉そうにしないし』

『うちも二見さんから本借りちゃった。つうか今度一緒にカラオケ行くんだ☆』

『つうか二見って可愛いよね。俺、告っちゃおうかな』

『誰よあなた。もしかして2組?』

『違うよ。俺2組じゃねえし。つうか2年ですらねえよ』

『・・・・・・二見って池山と付き合ってるんだよ。知らないの?』

『嘘。マジで!?』

『マジマジ』

『でもさ、池山と広橋って遠山さんを取り合ってたんでしょ? 池山は遠山さんを諦めち
ゃったのかな』

『まあ、夕也が相手じゃ勝ち目は(笑)』

 やはり優と池山君は既に付き合っているらしい。

 予想していたこととはいえ、このことを麻衣が知ったらと思うと僕は気が重かった。優
と池山君の仲が急接近しているであろうことは麻衣だって予想しているだろうけど、実際
にそれが確定的に真実だと知ればやはり彼女は相応に傷付くに違いなかった。そして優の
女神行為にひどく拒否反応を示している麻衣は、次のステップに進むことを僕に要求する
かもしれない。

 今まで僕は優に対して実際には何の手出しもしていなかった。麻衣の相談に乗りつつ麻
衣と親しくなって行っただけだった。でも麻衣が本気で優と池山君を別れさせようと思い
詰めたら、僕はその手段を提供せざるを得なくなるだろう。それが優の人生を変えてしま
うほどひどいことであっても、ここまで麻衣に惚れ深入りしてしまっている僕には麻衣の
要求を断ることはできないだろう。

 翌朝、僕は登校中に麻衣と出会わないかと期待したのだけど、彼女の姿は見当たらなか
った。そしてこれは幸いなことに僕は副会長にも遭遇することなく教室に辿り着いたのだ
った。

 昼休みになって今日は学食か購買かどっちにしようかと迷いながら教室を出たところで、
僕は教室の前で所在なげに佇んでいる麻衣に気がついた。昨日の裏サイトのレスを思い出
して気が重くなった僕は、無理に笑顔を装って麻衣に声をかけた。

「やあ。もしかして今日もお弁当を作ってきてくれたの」

 麻衣は俯いたまま黙っていた。僕は慌てて言葉を続けた。

「ごめん・・・・・・冗談だよ。何か用事があった?」

 麻衣は黙ったままだった。今にも泣きそうな彼女の表情が僕の目に入った。

 僕は何か自分にもよくわからない衝動に駆られて麻衣の肩を抱き寄せた。後になって考
えてみると、ヘタレの僕が同級生たちに好奇の視線に囲まれている状況でこんな思い切っ
た行動を取ったことは自分でも信じられなかったけど、その時は目の前で震えている小さ
な姿の少女を泣かせてはいけない、誰かが守ってあげなければいけないという思いだけが
僕をやみくもに突き動かしていたのだった。
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:51:02.27 ID:my8qAWPQo

 典型的なリア充の麻衣を守ってあげるのは普通なら僕なんかに割り振られる役目ではな
かった。でも、優と池山君や遠山さんと広橋君の複雑な愛憎関係に巻き込まれている麻衣
は多分、今ではこんな情けない僕しか頼る相手がいなかったのだ。

「屋上でいい?」

 僕は周囲の好奇心に満ちた視線を自然に無視して、黙って抱き寄せられている麻衣に話
しかけた。麻衣は何も反応してくれなかったけど、僕は彼女を引き摺るように屋上に向か
う階段を上り始めた。

 僕たちは黙って屋上のベンチに座っていた。僕は相変わらず麻衣の肩に手を廻して彼女
を抱き寄せていた。麻衣は別に抵抗する素振りを見せるでもなく俯いているままだった。

 そのまま数分が過ぎた頃、麻衣はようやく顔を上げて言った。

「ごめんなさい、先輩。せっかくの昼休みなのに心配させちゃって」

「いいよ。僕のことなんて気にしなくてもいいから」

 僕は彼女の肩に廻した手に心もち力を込めた。麻衣はそれに逆らわず素直に僕の方に身
を寄せた。

「今朝ね」

 ようやく麻衣が消え入りそうな声でぽつんと話し始めた。

「お兄ちゃんと二見さんが手をついないでた」

「・・・・・・そうか」

「それで・・・・・・お兄ちゃん、あたしに自分は麻衣さんと付き合ってるって言った」

「池山君が君にそう言ったの?」

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃんのことも振ったみたいで」

 麻衣は裏サイトを見るまでもなく、リアルで優と池山君がいちゃいちゃしているところ
を目撃してしまったみたいだった。

 僕はもう小細工じみた慰めの言葉を口にしようとは思わなかった。麻衣の池山君に対す
る深い想いは身に染みて感じていたから。

 それは僕のこの先の人生にも影響するような決断だったと思うけど、その時の僕は麻衣
を傷つける優や池山君から彼女を守りたい一心だったのだ。

 僕は泣きそうな表情で僕に寄りかかって俯いている麻衣に改めて話しかけた。

「じゃあ、予定通り二見さんの女神行為を暴いて、彼女さんを池山から引き剥がそうか」

 麻衣ははっとした様子で顔を上げた。

「最初からそうしたかったんでしょ? 君が決心するなら僕も最後まで付き合うけど」

「・・・・・・先輩」

「君が本気なら僕もいろいろ準備する。こういうことは衝動的にやってもうまく行かない
し、よく計画を練らないとね」

 麻衣はまた俯いてしまった。

「それとも君が池山君と二見さんの付き合いを認めて祝福してあげられるなら、僕はもう
何も言わないし何もしない。君もパソ部を止めて今までどおりの生活に戻れるよ」

 一応、僕は麻衣に退路を示してあげることにした。麻衣が優と池山君の仲を認めれば、
こんな危険なゲームを始める必要はない。その結果、僕は麻衣を失うかもしれないけど、
僕の将来に対するリスクも無くなるのだ。麻衣がどう判断することを僕は望んでいたのだ
ろう。この時はもうそれすらわからなくなっていた。僕は黙ってただ麻衣が結論を出すの
を待っていた。
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:51:55.62 ID:my8qAWPQo

 麻衣は僕の腕の中から抜け出して、身体を真っ直ぐにして僕の方を見た。

「お兄ちゃんの相手が二見さん以外の人なら誰でもいい。でも裸で縛られてる姿を誰にで
も見せるような二見さんがお兄ちゃんの彼女なのは許せない」

「・・・・・・うん」

「先輩、あたしを助けてくれますか」

 普段から馴れ馴れしい麻衣にしては珍しく敬語で僕に頼んだ彼女の表情は、日ごろから
動じない彼女が始めて見せるような緊張したものだった。

 僕はその瞬間に心を決めた。

「僕は君を助けたい。君がやるなら僕もやるよ」

「ごめんね先輩」

 この時、どういうわけか麻衣は僕に謝ったのだった。それから麻衣は黙って再び僕に寄
り添って、僕のシャツの胸に顔を当てたまま静かに涙を流した。

 僕は、その日はもう放課後に麻衣と会わないことにした。結局昼休みの間中、僕は僕に
くっついて泣いている麻衣の頭をずっと撫でていた。

 午後の授業が始まる前に僕は麻衣に注意した。心を乱している彼女にうまく伝わるか不
安だったけど、案外彼女は冷静に僕の指示を理解してくれた。

「今日は部活は休みにしよう。君は真っ直ぐに家に帰るんだ」

「うん」

「そして今日家に帰って池山君に会っても、彼のことを責めちゃだめだよ」

「・・・・・・うん」

「池山君と二見さんの交際に理解を示す必要はないけど、二人の交際は許さないみたいな
態度は絶対取っちゃ駄目だ」

「わかった」

「これからすることが君の差し金だったなんて池山君に知れたら、彼が君のことをどう思
うかわかるよね?」

 麻衣もそのことは十分理解しているようだった。

「わかってる。お兄ちゃんにはなるべく普通に接するようにする」

「くれぐれも嫉妬心を表わし過ぎないように。そうでないと優を陥れたのは君だと疑われ
るかもしれない」

「心配しないで」

 麻衣は言った。大分落ち着いてきたようで、その頃には彼女の言葉は柔らかいものにな
っていた。

「先輩の言うとおりにするから」

 そこで麻衣は再び僕を潤んだ瞳で見つめた。

「大袈裟かもしれないけど、先輩の恩は一生忘れないから」

「本当に大袈裟だよ。誉めるなら全部うまく言ってから誉めてくれよ」

 麻衣はくすっと笑った。昼休み時間の最後になって、ようやく僕は麻衣に笑顔を取り戻
させることができたようだった。それが僕には嬉しかった。

「じゃあ、もう行かないと」

 麻衣はそう言ってった立ち上がった。昼休みも残り僅かになっていた。

 麻衣が僕の腕から抜け出して先に立ち上がったせいで、まだベンチに座っていた僕は彼
女を見上げる体勢になった。

「じゃあ、また明日」

 麻衣が不意に少し屈んで僕にキスした。前のキスとは違ったところに。

 僕は自分の唇に少し湿った小さな柔らかい感覚を覚えながら、早足で屋上から去ってい
く麻衣の姿を見つめていた。



 ・・・・・・今日は早く家に帰って準備をしないといけない。とりあえずWEBメールで捨て
アドを作るところから始めよう。
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:52:24.99 ID:my8qAWPQo

 その夜、麻衣にキスされた興奮と、もう引き返せないところまで踏み込んでしまったと
いうストレスとが僕の中でごちゃごちゃに交じり合っていて、僕にはその感情を制御する
ことができず結局捨てアドの作成すら手がつかない有様だった。

 僕は答えの出ないことはわかっている疑問について考え込んだ。一つは麻衣が今僕のこ
とをどう考えているのかということ。僕は臨時のお兄ちゃんとして、池山君と遠山さんに
代わって麻衣を守っているつもりだった。最初は優のことが気になって麻衣に接近したの
だけど、麻衣に惹かれるようになってからは、僕は麻衣の願いをかなえてあげることに目
的を変更した。そして傷付くことを恐れた僕は自分の行為に対して何も見返りを求めては
いけないと自分に言い聞かせてきた。僕なんかと麻衣がカップルとして釣り合わないこと
は自分が一番よく知っていたから。それに一番最初に麻衣のことが気になると白状した僕
に対して彼女は、誰とも付き合う気がないと正直に話したことだし。

 その後、麻衣が人目を気にする様子もなく僕の手を握ってたり、寄り添って歩いたり、
更には頬にキスしてくれたりしても僕は勘違いはしなかった。

 でも、昼休みに麻衣は僕にキスした。唇と唇が触れ合った瞬間には何も考えられなかっ
たけど、こうして少し間をおいてそのことの意味を考えると、今まで自分に対して禁止し
ていた麻衣の好意への期待がどうしても浮かんできてしまった。もしかしたらこれまでの
一連の付き合いを通じて麻衣が僕に愛情的な意味での感情を抱いてくれるようになったと
したら。

 これは考えても結論の出ることではなかったけど、それでも僕は麻衣の気持ちを推し図
ることを止められなかったのだ。そして、しばらくしてこうした無益な思考からようやく
抜け出た瞬間、僕は自分がしようとしていることを思い出し、今度は得体の知れない恐怖
心や不安感を感じ出した。

 泣き出しそうな顔で俯いていた麻衣の姿を見下ろした時、僕はそのことが自分にもたら
すリスクは承知のうえではっきりと決断したはずだった。でも、あらためて自分がしよう
としている行為が優や、場合によっては池山君の人生に及ぼす影響と、そしてそれを仕掛
けたのが僕であるということが、本人たちや世間に知られた時に僕が失うかもしれないも
のの大きさを考え出すと、やはり今でも僕は体が震えだすほど怖かったのだ。

 麻衣の好意への予感と、麻衣に好意を抱かれるおおもととなったであろう、僕が仕掛け
ようとしている行動への恐怖。僕は何度もそれらを天秤にかけてみた。昨日までならまだ
引き返せたかもしれなかった。こんなにも麻衣を求めている僕だったけど、その僕の恋情
さえ諦めさせるほどの恐怖が僕を襲っていたのだから。でももはや手遅れだった。昨日ま
でなら止められたかも知れなかったことも、今日の麻衣のキスによって、もはや引き返せ
ないところまで連れて来られてしまったみたいだった。

 僕を怖気づかせまいと、麻衣が計算して僕にキスしたとしたら、彼女は恐ろしい女だっ
た。でもそれは考えられなかった。優と池山君が付き合出したことを知り、泣きそうにな
るほど動揺した彼女にそんな複雑な行動を取れたはずがない。そして何より、麻衣は甘や
かされて育った自己中心的な思考の持ち主だったけど、それでも決して他人を顧みない思
考過程や行動しか取れない子ではなかった。

 多分、池山君と遠山さんは麻衣を甘やかしつつも、根本的な部分では彼女に正しく接し
たのだろう。基本的には芯がしっかりした子だったせいか、どんなに甘やかされても大切
にされても、麻衣はスポイルされなかったのだ。その証拠に彼女は自分の池山君への気持
ちを抑えて、池山君と遠山さんの仲を応援している。そして、優の女神行為さえなければ、
彼女は優と池山君との仲だって応援していたかもしれなかった。

 結局その夜は何も手がつかないまま、僕はいつの間にか寝てしまったようだった。結構
冷え込んだ夜だったけど、興奮状態の僕は布団に入らずベッドに仰向けになったままいつ
の間にか重苦しい眠りに引き込まれていたのだった。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:52:56.58 ID:my8qAWPQo

 そのせいか、あるいは麻衣にキスされて興奮していたせいか、翌日目を覚ました時僕は
自分の身体に異常を感じた。体が妙に重くそして気だるかった。喉にも痛みを感じる。そ
れでも僕は時間を確認すると慌てて身支度をして登校しようとした。既に遅刻ぎりぎりの
時間になっている。

 朝食をパスして自宅から出ようとしたところで、僕は母さんに捕まってしまった。母さ
んは僕を呼び止めるとリビングに連れて行き体温を測るよう僕に言った。完全に失敗だっ
た。母さんが呼び止める前に登校していれば、今日も麻衣と会えたはずなのに。

 案の定、僕がしぶしぶと差し出した体温計を見た母さんは今日は休むように僕に言い渡
した。さすがにこの体温で登校すると言い張ることもできず、僕はしかたなく自分の部屋
のベッドに逆戻りさせられたのだった。

 ベッドに横になると目の前がぐるぐると回り始めた。確かにこれでは登校しても何もで
きないだろう。それでも僕は学校に行きたかった。昨日僕にキスしてくれた麻衣に会いた
いという自分の願いはさておき、麻衣は今日から作戦が決行されるものと期待し、あるい
は覚悟して登校してくるに違いない。

 それなのにその期待に僕は応えられないのだ。昼休み、あるいは放課後に僕を捜し求め
て校内を歩き回る麻衣の姿が思い浮んだ。きっと彼女は僕の不在に困惑するに違いない。
それどころか彼女は、僕がこれから行おうとすることにびびって学校をサボったのだと誤
解するかもしれない。

 僕はぐるぐる回る部屋の天井を眺めながら焦燥感に駆られていた。麻衣に誤解される、
またはそこまでいかないまでも、たたでさえ不安定な心理状態にある麻衣をさらに不安に
させてしまうかもしれない。

 今ならまだ授業が始まる前だった。僕はとりあえず麻衣にメールすることにした。自分
が熱を出したこと、登校しようとして母親に止められたこと、作戦が延期になって申し訳
なく思っていること。

 そして最後に、麻衣の期待を裏切ってしまったけど登校できるようになったら必ずこれ
はやり遂げるからと記して僕はそのメールを送信した。

 僕の不調は単なる風邪のせいらしかったけど、熱はなかなか下がらなかった。僕は結局
その週は学校に行くことができなかった。授業については全く心配していなかったし、今
では生徒会活動にも参加していない駄目な生徒会長だったから、学校での活動を心配する
必要は僕にはなかった。ただ麻衣のことだけがひたすら気がかりだった。

 僕のメールに対して麻衣からの返信は戻って来なかった。僕なんとはメールする必要が
あるほど親しくないと判断されたのか、それとも作戦を決行しようという日になって約束
を破って休んでしまった僕に対して怒っているのかはわからなかった。そして麻衣の気持
ちがわからないことが僕を不安にさせた。返事すら来ないのに更にメールを重ねることは
僕の無駄に高いプライドが許さなかったから、最初のうちは僕は横たわったままで答えな
んか出ないことと知りつつ麻衣の気持ちを推し図ろうと無駄な努力に時間を費やしていた。
でもこんな無駄なことをしていても仕方がないと僕の理性が主張するようになったので、
僕は週の後半は体調を誤魔化しつつ作戦を練ったり、優の女神行為の監視に努めるように
した。机に座ってPCを操作するのはまだ辛かったから、僕は父さんに借りっ放しになっ
てなっていたノートをベッドに持ち込み無理な姿勢で女神スレの監視を始めた。

 モモのコテトリで検索する前に、とりあえず優がよく出没していたスレを開いてみた。
スレンダーな女神云々というスレには彼女は現れていないようだった。次に僕は以前麻衣が
閲覧して泣き出した縛られた女神云々というスレを見始めた。しばらくして、僕はモモ
のレスを発見した。

 相変わらず画像は削除されていたので優が今度はどんな緊縛画像を貼ったのかはわから
なけったけど、モモのファンだと思われるスレの住人のレスの中に気になるレスがあるこ
とに僕は気がついた。最初は、相変わらずモモへの賞賛が続いていて、いつもより画像が
綺麗だとかいつもより表情が真に迫っていて迫力があるとかそういうレスが多かったけど、
そのうち優の画像に関して疑問を呈する住人がレスし出したのだった。



『モモGJ! いつもありがと。でも、後姿の画像見たらちゃんと後ろ手に縛られてるけど、
どうやって自分縛りしたん?』
『いいね。何か写真の腕前上げた? 今までより全然画質いいじゃん』
『画質というか、構図とかプロっぽい。まさか・・・・・・』
『モモ、ひょっとしてこれ彼氏が撮影したりしてる?』
『これは自撮りじゃねえだろ』
『写真は最高なのに何かショックだ。モモって彼氏いない処女って言ってたじゃん。ハメ
撮りだったのかよ』
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:53:25.40 ID:my8qAWPQo

 これらの疑義に対して優はセルフタイマーで撮影したとか、後手縛りも縛られているよ
うに見えるだけだとか言い訳してスレの住民を宥めていた。

 まさか、池山君なのだろうか。僕は麻衣から池山君の数少ない趣味の一つが写真撮影だ
ということを聞いたことがあった。麻衣はそれを楽しそうに微笑みながら僕に語ってくれ
た。池山君の被写体はほとんど麻衣で、麻衣自身は面倒で嫌なのに池山君に言われて仕方
なくポーズを付けたりカメラに向かって微笑んだりさせられるそうだ。彼女はそれを嫌と
いうよりはむしろ幸せそうに話したのだった。

 僕はミント速報を開きモモのコテトリで検索した。すぐにヒットしたその過去ログを開
くと、優の緊縛写真が今までとは違って相当な枚数が表示された。

 その画像はどれを取っても今までの優の自撮り画像とは次元の異なるものだった。写真
のことは余り詳しくない僕でもそれはすぐにわかった。今までの優の画像は素人くさく、
でも逆にそれは生々しい感じを醸し出していて、それを目当てに彼女のファンが群がって
いたようだったけど、この新しい画像は非常に扇情的な仕上がりで、画質も今までとは比
べ物にならないほどくっきりと優の表情や肌の透けるような白さを生々しく映し出してい
た。つまり良くも悪くもプロっぽい仕上がりなのだった。優の緊縛裸身や怯えたような表
情が繊細に映し出されている反面、優の部屋の様子は綺麗に大きくボケている。それは今
までの優の自撮りのように生活感あふれる部屋の様子まで映し出されていた画像とは全く
質が異なる出来映えだった。

 もうこれは池山君が優を撮影したことで間違いないだろう。僕が病気になったせいで作
戦の決行が遅れたのだけど、結果的にはそのおかげでより破廉恥な画像を公開することが
できる。それに優の自撮りのぼやけた画像では、最悪本人がこれは自分ではないと開き直
る可能性もあった。わかる人にはわかるとは思うけど、本人が強く否定すれば決定的な証
拠はない。でも、この鮮明な画質であればいくら目に線が入れてあるとはいえ、もはや言
い逃れはできないだろう。これはどこから見ても優そのものだった。

 その時、僕はまた別なことに気がついた。最初に優の女神行為の画像を見た時に感じた
な胸をえぐられるような嫉妬心を、僕はこの扇情的な画像から感じなかったのだ。やたら
プロっぽいできだからだろうか。僕は最初はそう考えたけどやはりそうではないだろう。
僕は優への未練をついに捨てることができたのだった。古い恋を忘れるには新しく恋する
ことが一番の特効薬のようで、麻衣に恋焦がれ始めた僕は、これだけ衝撃的な優の画像を
見ても今や全く嫉妬心を感じないでいられたのだ。

 今日はもう土曜日だった。麻衣がメールに返信してくれないことが再び僕の心を蝕み始
めていた。本気で麻衣に嫌われたのだろうか。最後に見た麻衣の姿は僕にキスして屋上か
ら去って行った後姿だった。まさかこれで終わりなのだろうか。麻衣に約束した作戦の決
行はこれからなのに。

 この頃になると、堂々と池山君に撮影させた緊縛画像を誰にでも見せている優の人生を
狂わすことへのためらいはだいぶ消えてきていた。もちろん、それが自分にはね返ること
への恐怖はまだ残ってはいたけど、それよりも自分が麻衣に見捨てられたのではないかと
いう不安の方が大きかった。

 明後日は月曜日だしこの体調なら月曜日は登校できるだろう。熱もほとんど平熱に近く
なっていた。登校したら何をするよりもまず麻衣を探し出そう。恥かしさや妙なプライド
が邪魔して、僕はこれまで彼女の教室を訪れたことはなかったけど、麻衣は平気で上級生
の校舎に入り込んで僕を訪ねてくれていたのだ。僕ももう周囲を気にしている場合ではな
い。月曜日になったらもっと積極的に行動しよう。そう考えて僕は自分を納得させた。

 ところが意外なことに翌日の日曜日の朝、僕は突然母さんに起こされたのだった。時間
は既に午前十時を越えている。

「お友だちがお見舞いに来てくれてるわよ」

 母さんは妙ににやにやしながら僕を起こした。

「池山さんっていう下級生の子だけど、部屋に通してもいい?」

 母さんはそこでまた笑った。「可愛い女の子ね。あんたの彼女?」

「そんなんじゃないよ。部活の後輩」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:53:55.76 ID:my8qAWPQo

 僕は戸惑いながらもとりあえず母さんのからかい気味の誤解を解いた。それにしても麻
衣が僕の家を訪ねて来るとは予想外にも程がある。以前からいきなり教室に訪ねて来たり
したことはあったけど、まさか休日に自宅に尋ねてくるとは考えたことすらなかった。

 母さんが僕の言い訳をどう思ったかはわからないけど、もう僕をからかうのはやめたよ
うで、じゃあ入ってもらうねとだけ言って再び階下に下りていった。

 少しして母さんに案内された麻衣が僕の部屋に入ってきた。相変わらず気後れする様子
がない様子だったけど、かと言って馴れ馴れしい感じもしなかった。これなら母さんも彼
女に好感を抱くだろう。

「先輩、こんにちは」

「あ、うん」

 僕の返事は自分でも予想できていたようにぎこちないものだった。母さんはそんな僕の
反応を見て内心面白がっていたようだった。

「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。もう熱も引いてるしうつらないと思うから
ゆっくりしていってね」

 母さんは麻衣にそれだけ言って部屋を出て行った。

「あ、はい。ありがとうございます」

 麻衣も礼儀正しく返事した。

 母さんが部屋を出て行った後、僕たちはしばらく黙っていた。僕は麻衣の姿を盗み見る
ように眺めた。学校で見かける制服姿の麻衣は守ってあげたいという男の本能を刺激す
るような、女の子っぽく小さく可愛らしい印象だったから、僕は何となく私服の彼女ももっ
と少女らしい格好をしているのだと思い込んでいた。いくらリアルの女子のファッション
に疎い僕でも、さすがにギャルゲのヒロインのような白いワンピースとかを期待していた
わけではないけど、麻衣なら何というかもう少しフェミニンな女性らしい服装をしている
ものだと僕は勝手に想像していたのだった。

 そんな童貞の勝手な思い込みに反して麻衣の服装は思っていたよりボーイッシュなもの
だった。別に乱暴な服装というわけではなく、お洒落だし適度に品もあってこれなら服装
に関しては保守的な僕の母さんも眉をひそめる心配はなかっただろう。そんな麻衣は僕の
方を見てようやく声を出した。

「先輩、具合はどう?」

 それは落ち着いた声だった。

 僕は急に我に帰り、自分のくたびれたスウェット姿とか乱れたベッドで上半身だけ起こ
している自分の姿を彼女がどう思うか気になりだした。

「うん。明日からは学校に行けると思う。心配させて悪かったね」

 僕は小さな声で麻衣に答えた。彼女は僕の具合なんか気にしていなかっただろうけど、
それでもやはり心配はしていたはずだった。それは僕が実行を約束した作戦がどうなって
いるのかという心配だったと思うけど。

「突然休んじゃってごめん。一応、メールはしたんだけど」

 そのメールに対して麻衣は返事をくれなかったのだ。でも僕はそのことを非難している
ような感情をなるべく抑えて淡々と話すよう心がけた。

「病気なんだから仕方ないじゃない。先輩が謝ることなんかないのに」

 麻衣はそう言って改めて僕の部屋を眺めた。

「あ、悪い。そこの椅子にでも座って」

 麻衣を立たせたままにしていることに気がついた僕は、少し離れた場所にあるパイプ椅
子を勧めた。

「うん」

 麻衣はそう言って、どういうわけかベッドから離れたところに置いてある椅子を引き摺
って、ベッドの側に移動させてからそこに腰かけた。椅子の位置がベッドの横に置かれた
せいで僕の顔のすぐ側に麻衣の顔があった。

「本当にもう大丈夫なの?」

 麻衣は僕の額に小さな手のひらを当てた。その時僕は硬直して何も喋ることができなか
ったけど、胸の鼓動だけはいつもより早く大きく粗雑なリズムを刻み出したので、僕は額
に当てられた彼女の手に僕の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配した。

「熱はもうないみたい。先輩のお母様の言うとおりもう風邪がうつる心配はないね」

 麻衣はそう言った。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:54:24.53 ID:my8qAWPQo

 僕の熱を測り終えた麻衣は、僕の額に当てた手をそのままにしていた。そして不意に小
さな身体を僕の方に屈めた。今度は彼女の唇は前より少しだけ長い間、僕の口の上に留ま
っていた。

 麻衣が顔を離して再びベッドの側に寄せた椅子に座りなおした。いつも冷静な表情が少
し紅潮しているようだった。

「・・・・・・何で?」

 僕は混乱してうめくように囁いた。

「何で君はこんなこと」

「何でって・・・・・・。風邪はうつらないみたいだし。先輩、そんなに嫌だった?」

「嫌なわけないけど、何で君が僕なんかにこんなことを」

「先輩、あたしのこと気になるって言ってなかったっけ?」

 確かに僕は麻衣にそう言った。恋の告白と同じレベルの恥かしい言葉を僕は前に麻衣に
向かって口にしたのだった。

「・・・・・・でも、君と僕なんかじゃ釣り合わないし、それに君は誰とも付き合う気はないっ
て」

「何で先輩とあたしが釣り合わないの?」

 まだ紅潮した表情のままで麻衣が返事をした。

「あたしじゃ先輩の彼女として不足だってこと?」

 何を見当違いのことを言っているのだろうか。わざとか? わざと僕のことをからかい
牽制しているのだろうか。それともこれは、優に対する作戦に僕が怖気づくことのないよ
うにするための言わば餌なのだろうか。

「・・・・・・。僕は最初に君に振られたんだと思って」

「そうか。そうだよね」

 麻衣はもう顔を赤らめていなかった。むしろ今まで見たことのないほどすごく優しい表
情で僕を見つめていた。

「何であたしに振られたと思ったのに、こんなにあたしのためにいろいろとしてくれてる
の?」

 僕はどきっとしてあらためて彼女を見た。これは惚れた欲目だ。僕の心の中で警戒信号
が鳴り響いた。

 ・・・・・・麻衣のような子が僕を本気で好きなるはずがない。これは言わば馬車馬の目の前
にぶらさげる人参のようなものだ。あるいはひょっとしたら麻衣は僕に相談しているうち
に、陽性転移を発症したのかもしれなかった。そうであればそれは当初の僕の目的のとお
りだった。でもこれまで麻衣とべったりと時間を過ごしてきて、彼女のために無償で、自
分を滅ぼしかねない行為を行うことに決めた僕は、今では陽性転移的な感情なんて欲しく
なかったのだ。

 それとも彼女は陽性転移的な感情ではなく本心から僕のことを好きになったのだろうか。
それはいくら言葉を重ねても答えの出ない類いの疑問だった。僕よりももっとリア充のカ
ップルにも等しく訪れることはあるだろう男女間の根源的な問題だったのかもしれない。

「何でって・・・・・・」

 僕は再び口ごもった。

「先輩はもうあたしには興味がなくなっちゃった?」

 麻衣の柔らかい言葉が僕の心に響いた。

「二見さんとお兄ちゃんのことばっかり気にしてるあたしなんかにうんざりしちゃっ
た?」

「そんなことはないよ。約束どおり明日から僕は、二見さんと池山君を別れさせるため
に」
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:55:06.69 ID:my8qAWPQo

「そんなこと聞いてないじゃない」

 突然麻衣が初めて感情を露わにして言った。「二見さんとかお兄ちゃんのことなんか今
は聞いていないでしょ」

 麻衣は僕の方を真っすぐに見た。

「先輩が今でもあたしのことを・・・・・・その、好きかどうか聞いてるんじゃない」

「・・・・・・本当に僕なんかでいいの?」

 僕はもう自分自身を誤魔化すことを諦めた。振られて傷付くなら一度でも二度でも一緒
だ。僕は心を決めた。一度振られたつもりになっていた僕だけど、ここまで言われたらも
う一度ピエロになろう。その結果、麻衣に利用されただけだとしてもそれはもはや今の僕
には本望だった。

「今でも僕は君のことが大好きだけど・・・・・・」

 その時、麻衣の冷静な表情が崩れ彼女は静かに目に涙を浮かべた。

「先輩って本当に鈍いんだね。あたし、手を握ったりキスしたり一生懸命先輩にアピール
してたのに」

「その・・・・・・ごめん」

 僕は何を言っていいのかわからなくなっていたけど、期待もしていなかった麻衣の好意
への予感は急速に胸に満ち始めていた。

「女の子にあそこまでさせておいて、何も反応しないって何でよ? 先輩って今までいつ
も女の子にこんなことさせてたの?」

 麻衣は涙を浮かべたままだったけど、ようやくいつものとおりの悪戯っぽい表情になっ
た。

「そんなことはないよ。だいたい僕はこれまで女の子にもてたことなんかないし」

「嘘ついちゃだめ」

 麻衣は見透かしたような微笑を浮かべた。

「先輩、中学時代にすごくもてたって。先輩と同じ中学の子に聞いちゃった」

 それは陽性転移だ。でもこの場でその言葉を口に出す気はなかった。麻衣がかつて僕が
女の子に人気があったと思い込んでくれているのなら、何もそれを否定する必要はない。

「あと浅井先輩って、絶対先輩のこと狙ってると思う。この間だって浅井先輩、あたしに
嫉妬してたよね」

「それはない」

 僕は即答した。少なくともそれだけは麻衣の勘違いだった。

 麻衣が話を終えたせいで、またしばらく僕たちは沈黙した。

 やがて麻衣が再び僕に言った。

「先輩、あたしはっきり返事聞いてない」

「君のことが好きだよ。僕なんかでよければ付き合ってほしい」

 僕はもう迷わなかった。例えこれは自分の破滅に至る道だったとしても後悔はしない。

「・・・・・・・うん。これでやっと先輩の彼女なれた」

 僕は思わず麻衣の手を握った。

「ありがとう」僕はようやくそれだけ低い声で口に出すことができた。麻衣も僕の手を握
り返してくれた。

「ありがとうって、何か変なの」
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:55:55.31 ID:my8qAWPQo

「ありがとうって、何か変なの」

 彼女は笑った。そして再び僕たちはどちらからともなくく唇を交わした。そのときふと
目をドアの方に向けると、母さんが紅茶とお茶菓子を持って部屋の外に立っていた。

 さすがに麻衣は僕から身を離して赤くなって俯いてしまった。でも母さんはどういうわ
けか嬉しそうに僕たちに謝った。

「お邪魔しちゃってごめんね。池山さんからお見舞いに頂いたケーキを持って来たのよ。
池山さん、お持たせで悪いけど食べていってね」

「はい。ありがとうございます」

 さすがの麻衣も恥かしかったのだろう。母さんの方を見ないでつぶやくように言った。

「じゃあ、ごゆっくり」

 母さんはそう言って部屋を出て行った。

「紅茶、どうぞ」

 僕はとりあえず紅茶を勧めた。

 ここまで幸せな展開になるとは思わなかった僕だけど、それでも心のどこかには例え麻
衣が本当に僕のことを好きになったのだとしても、それは優と池山君関係の作戦の同志と
しての感情から始った恋かもしれないという考えは拭いきれなかった。もちろんそれでも
僕は充分満足だった。麻衣の僕への気持ちが陽性転移でなければ、きっかけがどうであろ
うと僕はその結果には満足していた。

 でも、この恋のきっかけとなった優関連の作戦は僕のせいでまだ始ってすらいなかった。
ありていに言えば一週間も遅れているのだ。僕はもう迷いを捨てて麻衣のために全身全霊
でこのミッションをやり遂げる覚悟ができていた。それで、僕は今日くらいは作戦のこと
は忘れて麻衣とお互いに抱いている恋愛感情について甘いやりとりをしたいという気持ち
もあったのだけど、無理にそれを抑えて作戦の話をしようとした。それがきっと麻衣の望
むことでもあったろうから。

「それでさ、明日のことなんだけど」

「うん」

 いつも活発な彼女らしからぬ大人しい声。

「月曜日、二見さんと池山くんの担任の先生に捨てアドからメールしよう。最初は大人し
い方の女神スレの過去ログ、ミント速報のやつだけどそのURLを匿名で先生に知らせよ
う」

 どういうわけか麻衣は黙ってしまった。

「どうかした」

 麻衣はあからさまに不機嫌そうに僕を見上げた。いったい僕の何が悪かったのだろう。
僕は麻衣の希望を忖度して、その希望どおりの言葉を口にしただけなのに。

「先輩、あたしたちって今付き合い出したんだよね」

「う、うん」

「何でこういう時にそんな話をするの? そういうのは学校ですればいいじゃない」
 麻衣は可愛らしく僕を睨んだ。

「今はもっと違うお話を先輩としたかったのに」

 不意に僕の胸が息もできいくらい締め付けられた。でもそれは僕がこれまで経験のない
ほど幸せな甘い息苦しさだった。

「・・・・・・もう一回好きって言って?」

 麻衣は僕の方を見上げて言った。

「大好きだよ」

 今度は僕の本心だった。麻衣はようやく機嫌を直したように笑ってくれた。

「あたしも先輩が大好き」

 麻衣が僕に抱きついてきた。僕たちは再び抱き合って唇を重ねた。

 その日は遅くなって麻衣が帰るまで、僕たちはお互いのことを夢中になって語り合った。
僕が自分の気持を彼女に正直に話すのはこれが初めてではないけど、麻衣が言葉で気持ち
を語ってくれたのはこれが初めてだった。

「最初はね、お兄ちゃんのメールを見て二見さんがああいうことをしてるってわかったん
だけど、自分ではこれ以上どうすればいいかわからなくて、でもこのまま放っておく気に
は全然なれなくて」
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:57:12.78 ID:my8qAWPQo

 僕たちは僕と麻衣の馴れ初めから恋人同士になった今に至るまでの心境を語り合ったの
だった。僕が話せることはあまりなかった。パソ部の部室を訪れた麻衣に惹かれて好きに
なったこと、そのためにはたとえ彼女が僕のことなんかに振り向いてくれなくても協力し
ようと思ったこと。自分ではもっといろいろ複雑な想いを抱えて悩んできたつもりだった
けど、いざ麻衣に話すとなるとわずか一言二言で僕の話は終ってしまった。でも麻衣は別
にあきれるでもなく微笑みながら僕の話を聞いてくれた。それから彼女は自分の想いを語
ってくれたのだった。

「それで自分でもすごく単純な発想だったけど、パソコンの前で悩んだことを解決するん
だからパソコン部に入ろうって思ったの」

「それであの日に君はパソ部の部室にいたんだね」

 僕は彼女と初めて出会った日を思い出した。遠巻きに見守る部員たちに話しかけてさえ
もらえず、麻衣にしては珍しく心細そうな姿で俯いて座っていたその姿を。それはついこ
の間の出来事だったのに、僕には遥か昔のことのように思えた。あの時部室で俯いていた
大人しそうな、まるで人形のような少女が僕の彼女になるなんて、あの時は夢にも思って
いなかったのだ。まあ、知り合ってみると彼女は決して大人しく儚い少女では全然なく、
むしろ物怖じしないはきはきとした性格だったのだけど。でも、そういう新たな発見さえ
も僕を麻衣に惹きつける一因となったのだ。

「最初はどうしようと思ったよ。誰も話しかけてくれないし、副部長さんも部長が来るまで待っ
ててくださいって言ってくれただけだったし」

「でもそのおかげで先輩と知り合えたんだもんね。勇気を出してパソ部に顔を出してみて
よかった」

 麻衣は微笑んで僕の手を握った。

「うん」

 僕もそれには全く同感だった。人生は偶然の出会いに満ちている。そんなありふれた陳
腐な言葉がこれほど真理だと思ったのは生まれて初めてだった。

「正直に言うとね。最初は先輩のことあたしの話をよく聞いてくれて相談に乗ってくれる
先輩としか思っていなかった」

 彼女はそう言って、今度は僕の手を自分の指でなぞるように撫で始めた。思わずその感
覚に心を取られそうになった僕は気を引き締めて彼女の話に集中しようと努力した。

 今でも僕は自分の置かれた境遇を心から信じ切れていなかった。だから僕は自分の心の
安らぎを求めるためには麻衣が語りだした心境の変化を聞くしかないと思った。それで僕
は自分の手に感じている心地よい違和感を半ば無理に意識の外に締め出した。

「でもね。先輩って自分のことはあまり話さないであたしの話ばかりを聞いてくれてたで
しょ? あたし、先輩に話を聞いてもらっているうちに自分が本当は何をしたいのかが整
理できて、それで先輩には本当に感謝したんだけど」

「そうなの」

「だけどね、自分の気持が整理できたら今度は先輩が何を考えてあたしの話を親切に聞い
てくれているのか、それがすごく気になるようになちゃった。ほら、あたし最初に先輩に
酷いこと言ったじゃない? 誰とも付き合う気はないって」

 それはよく覚えていた。でももともと彼女と付き合えるなんて期待すらしていなかった僕は、
その時は麻衣のその言葉にそれほど傷付くことはなかったのだ。

「おまえ何様だよ? って感じだよね。あんな思い上がったことを先輩に言うなんて。先輩、
あの時は本当にごめんなさい」

「・・・・・・無理はないと思うよ。僕なんかに君が気になるとか気持ち悪いこと言われたら、
君だってそれくらいは釘刺しておこうって思うのは当然だよ」

「何で先輩って、すぐに僕なんかとかって自分を卑下したような言い方するの?」

 今までの優しい表情に変って麻衣は少し憤ったような顔で僕に聞いた。

「何でって・・・・・・」

「先輩はもう少し自分に自信を持った方がいいと思うよ」
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:58:42.19 ID:my8qAWPQo

 僕は黙って頷いた。麻衣はもう少し何かを話したそうだったけど結局回想の続きを話し
始めた。

「それで先輩にいろいろ女神スレのこととか教わったりパソコンを選んでもらったりして
いるうちにね、あたし何か、先輩に二見さんとお兄ちゃんの話をすることなんかどうでも
よくなってきちゃって」

 え? 僕はその時、麻衣の言葉に驚いた。僕のことを好きになったのは本当だとしても
その根底には麻衣の池山君への執着があることについてはこれまで疑ってさえいなかっ
た。一番僕にとって望ましい事態は、麻衣が池山君を助ける同志としての僕を好きになる
ことであって、僕はそれ以上の ことを考えたことすらなかったのだ。一番最悪のパターン
は麻衣が僕を利用するために僕を好きになる振りをすることで、次に悪いのが陽性転移
だった。そんなことを考慮すれば、たとえ目的を同じにする同志としての愛情であっても僕
にとってはそれは充分すぎる答えだった。

「その頃からかなあ。あたし自分でも何を悩んでいるのかよくわからなくなちゃって。お
兄ちゃんのことを考えてたはずなのに、先輩ってあたしの話を聞きながら何を考えてるん
だろうってそっちの方に悩むようになっちゃった」

 陽性転移を発症したクライアントは傾聴者が何を考えているのか知りたいなんて思わな
い。彼女たちが傾聴者に恋するのは傾聴者の中に写った自分に恋をしているのだ。その恋
はクライアントにとっては自己愛と同義といってもいい。自分を唯一認めてくれ自分に関
心を持ってくれる相手としての傾聴者だけが、クライアントにとっての恋愛対象というこ
とになるのだった。

 麻衣の話はそれを真っ向から崩すものだった。麻衣は僕が何を考えているのか知りたい
という気持ちを抱き、そしてそれが僕への恋愛感情に転化していったようだ。かつて僕の
人生の中で唯一僕のことを好きだと言った優でさえ、僕を好きな理由は僕が彼女のことに
関心を示し彼女の話をひたすら聞いてくれる相手だったからだった。僕は彼女の承認欲求
を満たしてあげるという、その一点だけで、彼女の中で特別な存在でいられたのだった。

 でも麻衣は僕自身に関心を抱いてくれた。そう言えばさっき、麻衣に愛情を示された僕
が気を遣って優と池山君を別れさせる作戦を披露してあげようとした時、どういうわけか
麻衣は不機嫌になったのだった。

 そんな僕の感傷には気がつかず麻衣は話を続けた。

「この間の朝、浅井先輩が先輩を責めてたでしょ? あの時あたし頭が真っ白になって、
先輩のことを責める浅井先輩が許せなくて・・・・・・あの時にはもう先輩のこと好きになって
たのね、きっと」

 僕はもう何も言葉にできず黙って僕の手の上で動いていた麻衣の小さな手を捕まえて握
り締めた。

「多分、あたし浅井先輩に嫉妬もしていたんだと思う。それで次の日にお兄ちゃんと二見
さんがいちゃいちゃしてて」

 やっぱり辛いのだろう。彼女はそこで俯いて言葉を止めた。

「でもその日も先輩は優しくて、あたしのために自分には何の得にもならないことをしようっ
て言ってくれて」

「・・・・・・うん」

「先輩がお休みしている間、とにかく寂しくて仕方なかった。でも、そのおかげで自分の
気持に初めて向き合うことができたの」

「それでメールなんかじゃ嫌だから直接先輩に告白しようって思った。あれだけいろいろ
アピールしたのに先輩、何も反応してくれないんだもん」

 麻衣の告白もこれで終わりのようだった。

「先輩、大好きよ。あたしのこと見捨てないでね」

「・・・・・・何を言ってるの。それこそ僕のセリフだよ」

「相変わらず無駄に自己評価が低いのね。あと先輩、あたしのこと過大評価しないでね。
あたしは女神でも何でもないんだから」

 僕たちは再び抱き合った。人生の絶頂にいたといってもいいその瞬間、さすがの僕もも
う疑う必要は何もなかったのだけど、麻衣が女神という単語を口にしたことが少しだけ僕
には気になった。もちろんそれは考えすぎだったのだろうけど。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:59:11.03 ID:my8qAWPQo

「あたしそろそろ帰るね。もう遅いし」

 もう今日だけでも何度目かわからないほどお互いに抱きしめあってキスしあっていたた
め、思っていたより遅い時間になってしまったようだった。

「あ、じゃあもう遅いから送っていくよ」

 僕は立ち上がろうとしたところで麻衣に肩を押さえられて再びベッドに座り込んでしま
った。

「ずっと学校を休んでいた病人が何言ってるの」

 麻衣が立ち上がったので、彼女の全身が再び僕の目に入った。やはり可愛いな。僕は立
ち上がることを諦めた。

「月曜日は登校するんでしょ」

「うん。もう大丈夫」

「じゃあ朝、先輩の家まで迎えに来ていい? 一緒に学校行こ」

「ああ、いや。僕が迎えに行くよ」

 麻衣が笑った。

「あたしんちは学校から逆方向だよ。それにお兄ちゃんが出てきたら何て言って挨拶する
気?」

 僕は浮かれるあまりいろいろと考えなしに喋ってしまっていたようだった。

「七時半ごろに迎えにくるから。それなら中庭とかで朝一緒にいられる時間があるでし
ょ」

「待ってるよ」

「じゃあまた明日」

 僕は大声で母さんを呼んだ。これまで邪魔しないでいてくれた母さんが待っていたよう
にすぐに二階に姿を見せてた。

「もうお帰り? また来て頂戴ね。池山さんならいつでも歓迎するから」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、月曜日に先輩を迎えに来てもいいですか」

 母さんは笑った。「あら。それじゃ、ちゃんと朝この子を起こしておかないとね」

 この話の何がおかしいのか僕にはさっぱり理解できなかったけど、母さんと麻衣は目を
合わせて仲良く笑い合っていた。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 22:59:46.76 ID:my8qAWPQo

今日は以上です
また投下します
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/08(日) 10:52:25.70 ID:SQSsyl/JO
おつんつん
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:14:11.46 ID:PRviaZz6o

 その翌日、麻衣はきっかり七時半に僕を迎えに来た。玄関まで迎えに出た母さんに礼儀
正しくあいさつした彼女は、母さんの後ろからぎこちなくおはようと声をかけた僕を見て
微笑んだ。

「おはよう先輩」

「じゃあ気をつけていってらっしゃい」

 母さんはそれだけ行って家の中に入ってしまった。玄関前に取り残された僕たちはしばら
くぎこちなく向かい合って黙っていた。

「行こ」
 先に沈黙を破ったのは麻衣の方だった。彼女は少し上気した顔で僕の手を握ってさっ
さと歩き出した。僕は親に手を引かれる子どものように麻衣の後をついていったのだった。

 まだ登校時間には早かったけどそれでも部活の朝練に向う生徒の姿は結構あって、その
中で手を握り合って登校する三年生と一年生のカップルはやはり人目を引いているようだ
った。

「あたしね」

 麻衣はまだ顔を赤くしていたけど、周囲の生徒たちの視線を気にしている様子は全くな
かった。

「今朝お姉ちゃんに電話したの。これからは朝部活があるから一緒に登校できないって」

 麻衣は何かを期待しているかのように僕の方を見上げて言った。そういえば以前副会長
から聞いた話では、麻衣はこれまでは池山君と遠山さん、そして広橋君と四人で一緒に登
校していたのだった。池山君がいち早くその輪から抜け出して、多分今では優と一緒に登
校しているのだろう。そして麻衣は残った二人と一緒に登校するより、付き合い出したば
かりの僕と一緒に登校することを選んでくれたのだ。

 僕がそんなことを考えながら麻衣の方を見ると、彼女はまだ何かを待っているかのよう
に僕の方を見つめていた。

 ・・・・・・ああ、そうか。僕は慌てて麻衣に言った。

「よかった。じゃあ、これからは二人で一緒に登校できるんだね」

 期待通りの反応だったのか麻衣は僕の言葉に満足そうにうなずいた。よかった。僕は麻
衣の期待を裏切らずに返事ができたようだった。僕は何とか正解を答えることができたの
だ。

「パソコン部でも朝練ってあるの?」

 麻衣が無邪気に聞いた。

「あるわけないさ」

 僕は麻衣の質問に思わず少し笑ってしまった。「体育系の部活じゃないんだし・・・・・・そ
れにみんな夜中まで家でパソコンの前に座りっぱなしだし、朝早く登校するやつなんてい
ないさ」

「ふーん。じゃあ授業が始まるまで部室で一緒にお話ししない?」

「別にいいけど。まあ確かに朝の部室なんて誰もいないからちょうどいいかもね」

「誰もいないって・・・・・・先輩のエッチ」

 麻衣は何か誤解したみたいで顔を赤くして僕に言った。でも、それは決して怒っている
ような口調ではなかった。
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:15:12.05 ID:PRviaZz6o

 こうして始った僕と麻衣との交際は普通の恋人同士が辿るであろう道を模範的になぞっ
ているかのようだった。お互いに甘えあったりお互いに相手に自分を好きと言わせようと
したりすねてみたり、そんな他愛もない駆け引きをしているだけですぐに時間は去って
いってしまう。麻衣は前から他人が僕たちを眺める視線には無頓着だったけど、今では
僕も麻衣に夢中になっていたから、もはや他人の視線を気にすることすらなくなっていた。
いくら生徒数の多いマンモス校とはいえ朝からべったり寄り添っている三年生と一年生のカ
ップルは周囲の注目を引いたと思う。昔の僕ならそういう好奇心に溢れた視線にとても耐
えられなかっただろうけど、初めて心から僕のことを想ってくれる恋人を得た僕はもうあ
まり周囲のことは気にならなくなっていた。

 麻衣はもうあまり池山君と優のことを口にしなくなっていた。もともと彼女が僕に関心
を持ったのは自分のことを助けてくれる相手としてだったはずだけど、この頃になると麻
衣が僕に要求するのは自分に対する僕の愛情だけになっていて、優の女神行為についての
話題は全く口にしなくなっていたのだった。

 朝僕たちは一緒に登校し、誰もいない部室で寄り添って授業開始までの短いひと時を過
ごした。その後、僕はもう人目を気にすることなく一年生の校舎の入り口まで麻衣を送っ
て行った。始業前に駆け込んでくる生徒たちで溢れている校舎の前では、麻衣も部室に二
人きりでいる時みたいに僕に抱きついたりキスしたりすることはなかったけど、別れ際に
彼女は名残惜しそうに僕の手を握った。

 昼休みと放課後の逢瀬も部室を使わないというだけで僕たちがしていることは同じだっ
た。

 僕は幸せだったし麻衣同じことを思ってくれているように見えた。でも僕はもっと彼女
を喜ばせたかった。そのために僕ができることって何だろう。

 何か彼女にプレゼントをすることは真っ先に考えたのだけど、それは僕にはあまりピン
と来なかった。二人の交際の記念にアクセサリーそれもペアリングのようなものをプレゼ
ントできないかと思ったけど、いろいろな意味でそれは僕にとってハードルが高かった。
まずはどんなものを選べばいいのか見当もつかなかった。それにタイミングということも
ある。考えてみれば僕には麻衣の誕生日すらわかっていないのだった。

 そう考えて行くうちに僕はふと初心に帰ってみるべきではないかと思い立った。

 もともと麻衣が抱え込んでいた悩みは今でも全く解決していなかった。麻衣に池山君の
ほかに気にする相手ができたせいで、今では一時、池山君と優の女神行為のことを考えな
いでいられるのかもしれないけれど、麻衣が池山君の交際相手の破廉恥な女神行為に心を
痛めていたこと自体は全く解決していないのだ。

 それにプレゼントを買うことなんてお金があればできることだけど、池山君と優を引き
剥がすことは僕にとっては大きなリスクを伴うことだった。それは一時は胃が痛くなるほ
ど考えこんだことでもあった。でも、今の僕の幸せに見合うくらいのプレゼントを麻衣に
するのだとすれば、アクセサリーを買うなんてことでは全然引き合わない。むしろリスク
を承知で最初に約束したとおり麻衣の悩みを解決してあげてこそ、僕は胸を張って彼氏だ
と言えるのではないだろうか。

 ここまでの僕の幸せは偶然の僥倖だった。麻衣は僕のことを好きになってくれたけど僕
はその好意に対してまだ何もしてあげていない。最近の麻衣は優の女神行為のことを話題
にしなくなっていた。麻衣だって人間なんだから恋人ができた今は恋人である僕のことだ
けに夢中になっているのかもしれないけれど、いつか冷静になれば池山くんの彼女のこと
で胸を痛める時がくることは明らかだった。麻衣が今では異性として池山君を見なくなっ
ていたのだとしても、仲の良い兄妹であることには変りはないのだ。

 僕は考えた。麻衣が優のことを僕に話さなくなったのは、もしかしたら作戦を実施する
僕に負わせるリスクのことを麻衣が考え出したせいのかもしれない。麻衣が僕のことを本
気で好きになっているなら、僕が負うべきリスクのことを気にしてくれたとしても不思議
ではなかった。それなら僕はなおさら彼女に気を遣わせないよう自分からこれを実行すべ
きなのだろう。それは僕が今、麻衣にしてあげられる一番のプレゼントだった。

 その朝、早起きした僕はもう迷わなかった。麻衣が迎えに来るまで一時間くらいは時間
がある。僕は昨晩作ったWEBメールの捨てアドから緊急連絡網に記載されている優と池
山君のクラスの担任の携帯にメールを送った。

 とりあえず最初は「スレンダーな女神スレ」で優が池山君に自分の女神行為を見せ付け
た部分が転載されているミント速報の過去ログのURLを記載することにした。緊縛画像
とか池山君が撮影したより扇情的なレスや画像は、まだ大事な玉として温存して置いた方
がいいだろう。高校二年生の女子がネットで不特定多数の人間相手に下着姿を晒している
画像だけでも、最初としては充分なはずだった。
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:15:41.13 ID:PRviaZz6o

『突然メールしてすみません。御校の二年生の女子生徒である二見優さんがネット上で破
廉恥なヌードを自ら公開していることをご存知でしょうか。こういう行為が健全な青少年
に与える影響を考えると看過するわけにはいかないと思ってご連絡さしあげました。しか
るべき対応を期待しています。万一必要な指導をしていただけない場合には、この事実を
マスコミ等の諸方面に通報せざるを得なくなりますのでご留意ください。それではよろし
く対応方お願いいたします』

 僕はそのメールを送信した。麻衣に相談せず自分の一存でこれを行ったことはいい考え
だったと僕は思った。麻衣は僕にリスクを負わせたことを気にしないで済むし、僕にとっ
ては大切な彼女に捧げるプレゼントを彼女に要求されたからではなく自発的に贈ることが
できたのだから。

 僕はパソコンを消して、階下に降りた。今日も麻衣は僕を迎えに来るはずだった。どの
タイミングで麻衣にこの最高の贈り物を披露しようか。僕はその時これまで感じたことの
ないくらいの高揚感に包まれていた。

 翌朝も麻衣は正確に七時半に僕の家に寄ってくれた。僕は玄関先に出て彼女が来るのを
待っていた。家の前に立っている僕に気づいた妹はすぐに顔を明るくして僕の方に寄って
来た。

「おはよ、先輩」

「おはよう」

 もう僕たちはそれ以上余計なあいさつをせず、すぐにどちらともく手を取り合って自然
に同じ歩調で学校に向った。付き合い出してまだそう日は経っていなかったけど、この程
度の日常的な行動を取るにあたり僕たちはもうお互いに言葉を必要としなかった。そのこ
とが僕には嬉しかった。沈黙していてもお互いに不安になるどころか心が安らいでいる。
そういうことはどちらかの一方通行の気持ちでは成り立たないことだったから、僕はもう
僕の隣で沈黙している麻衣が何を考えているのか悩むことはなかった。そして、それは多
分麻衣も同じだったろう。

 お互いに言葉は必要とはしていなかったけど、僕たちは互いに握り締めあった手の力を
強めたり肩をわざと少しぶつけ合ったり、恋人同士ならではのボディランゲージをぶつけ
合っていた。手を握るタイミングが偶然一致した時、麻衣は大袈裟に驚き痛がる振りをし
ながら僕の方を見上げて笑った。

 一年生の教室がある校舎の入り口まで来ると、麻衣は周囲の生徒の視線なんかまるで気
にしない様子で、僕に抱き着き、僕の顔を見上げて微笑んだ。

「先輩」

「うん」

 僕も迷わず彼女の身体に手をまわした。少しの時間、僕たちは抱き合ったままじっとし
ていた。

「もう行かないと」

 やがて、名残惜しげに僕から身を離した麻衣が立ち上がった。

「今日もお弁当作ってきたから、少し寒いかもしれないけど屋上で待ってるね」

「うん」

 それから昼休みまでの間、授業中も僕は麻衣のことを考えていた。

 その時になってようやく僕は早朝のメールを思い出した。今朝は麻衣にこの話はできな
かった。早く麻衣に披露したいと思う反面、この僕からのプレゼントを麻衣に伝えるには
まだ早すぎるのではないかという気もしてきた。

 麻衣の望みは優を池山君から引き離すことだったけど、それはまだ成就していない。鈴
木先生が今朝のメールに気がつき何か対応をしているのかもしれないけど、それはまだ成
果となって現れてはなかった。僕のしたことは単に捨てアドから鈴木先生にメールをした
だけに過ぎない。こんな程度のことを得意気に麻衣に披露したとしてもそれは僕の自己満
足だ。僕のしたことはただ行動を起こしたということに過ぎず、麻衣の望む結果は出せて
いないのだから。

 僕は気を引き締めた。麻衣の僕に対する気持ちは、疑り深く臆病な僕にとっても疑う余
地がないくらい完璧に近い形で確かめられた。僕はもう麻衣の僕に対する気持ちについて
不安に思うことはなかった。

 次は僕が麻衣に対して自分の気持を見せる番だった。それは百万回彼女に対して好きだ
と叫ぶことではない。麻衣の切ない望みを完璧な形でかなえてあげることこそが僕の麻衣
に対する本当の告白なのだった。

 昼休みになり僕は教室を出て共通棟の屋上に向かった。麻衣とはそこで待ち合わせをし
ている。お互いに時間を無駄にせず長く一緒にいるためには共通棟での待ち合わせがいい
のかもしれないけど、今度は僕の方から麻衣の教室に迎えに行ってみようか。きっと麻衣
のクラスメートはざわめいて僕たちの仲を噂するだろうけど、麻衣はそんなことは気にせ
ずに僕の迎えを喜んでくれるだろう。

 今日は優は登校していないのだろうか。それともメールの効果が発現するとしてももっ
と時間を要するのだろうか。僕は麻衣へのプレゼントのことを気にしながら共通棟の屋上
に続くドアを開けた。
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