末妹「赤いバラの花が一輪ほしいわ、お父さん」(最終章と後日譚)

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200 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 02:26:10.96 ID:+u0xSqqH0

※ここまででした。続きは近いうち……※
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/29(日) 06:10:08.25 ID:9feIS0IKO

長兄よ、年上の女房はゴールドのサンダルを履いてでも探せと言ってだな…
202 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 22:35:22.20 ID:yzLsY11j0
商人の家の庭……

……に置かれたテーブルを挟む兄妹……

次兄「……というわけで、今回はわりと簡単です」

次兄「いち・俺と末妹が魔法の鏡で何をしたいのか」

次兄「に・野獣様やおっさん始め屋敷のみんなと、どんな約束を交わしたか」

次兄「さん・これから父さん達とどんな約束をするのか」

次兄「……こんな感じ、実にシンプルでしょ?」

末妹「うん、でも『二』まではともかく、『三』はどうなるのかな?」

次兄「それは父さんの出方しだい」

次兄「しかし俺と末妹の目的地は明確ゆえに、其処へ至る道も自ずと見えて来ることでしょう!!」ビシィ

末妹(今のはわかりやすいカッコつけのポーズ……)

末妹「そうね、誠心誠意お話しして、わかってもらうことが全てよね」コクン

次兄「そういうこ、ふひぇっくしょんっっ!?」

末妹「だ、大丈夫!?」ガタッ

次兄「……さすがに夕方は冷え込みますわ」ジュル

末妹「もう中に入ろう、風邪ひいちゃう」

次兄「うむ、中であったかいお茶でも……お?」ピタ

末妹「どうしたの?」ピタ

次兄「ほらあの窓越し、兄さんの部屋の前の廊下だけど」

次兄「兄さんに家政婦さんがぴったり寄り添っとる!?」

末妹「えええっ!?」
 
203 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 22:36:48.71 ID:yzLsY11j0
末妹「……っと……よく見て、家政婦さんの手元」

次兄「お? あの動きは裁縫の……えらい高速ではあるが針と糸を持った手の動きだ」

末妹「ええ、ボタンをつけてあげてるみたい……」

末妹「糸を切って……終わったのかな?」

末妹「……何かお話ししているようね」

次兄「あ、兄さんが踵を返した」

末妹「……慌てた様子で走り去って……家政婦さん……後ろで笑っている」

次兄「…………」

次兄「……俺も、廊下で出くわした家政婦さんにシャツのボタンが取れかけていると指摘されて」

次兄「なんかどこからともなく取り出した針と糸で、着たままつけてもらったことはあります」

次兄「……だから、よくあることだよね?」

末妹「え、ええ……私はないけど……」

次兄「末妹の場合はボタン取れかけを放ったらかしで着ていること自体あり得ない」

末妹「それもそう……ね」

次兄「……よくあることだけど、なんとなく……誰にも黙っておかないか? いま見たことは……」

末妹「う、うん……私もそうした方がいいと思う……なんとなく」

…………


  お兄ちゃんと私が、お屋敷の皆さんとの『これから』を手探りしているのと同じように……

  皆も、誰もが、過ぎて行く日々の中で、自分の……または自分と他の誰かとの『これから』を手探りしているのでしょう。

  ある人は自分の信じる目的地に向かって、ある人は流れに任せて、ある人は自分がどうしたいのかもわからないまま

  ただひとつ言えるのは、誰もが今のままではいられないこと、遅かれ早かれ、多かれ少なかれ……


…………
204 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/05/29(日) 22:37:23.00 ID:yzLsY11j0

※ここまで。そろそろサクサク進ませる予定です……ホントかな……orz※
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 00:50:23.22 ID:gShUYcoDO

家政婦は見られた!
206 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 20:59:38.52 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

門扉:カシャン……

家政婦「おやすみなさいませ皆様、また明日……」

家政婦「さて、いつものカフェの前で辻馬車を拾いましょう」コツ

末妹「家政婦さん!!」ピョコ

家政婦「末妹様!?」

家政婦「もう暗いのにお一人で門の外におられるとは、いったいどうなさいました?」

末妹「これ……野獣様のお屋敷のお土産です、焼き菓子と紅茶……」スッ

家政婦「あら、けさ末妹様からお預かりした分は、全てお茶の時間に皆様に召し上がっていただいた筈ですが……?」

末妹「実はあらかじめ取り分けておいたのです、家政婦さんの分」

末妹(それより前にお兄ちゃんが胡桃のサブレだけ何枚か抜き取っているけど……)

末妹「ほんの少しですが、お裾分け」

家政婦「駄目です、受け取れませんわ、紹介所の規則ですから……」

末妹「知っています、だけど……家政婦さんは今日のお仕事の時間を終えて、我が家の門の外にも出ています」

末妹「それなら、プライベートな時間に知人からお菓子と紅茶をもらった」

末妹「……それだったら家政婦さんにご迷惑はかけませんよね?」

家政婦「…………」クス

家政婦「末妹様、本当に貴女には敵いませんわ」クスクス

家政婦「ありがたくいただきます、ね?」ニコッ

末妹「家政婦さん……ありがとう!!」

家政婦「まあ、お礼を言うのは私の方ではないでしょうか?」クスクス

…………

……………………
207 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 21:01:32.23 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

末妹「短い時間だったけど、お互いの声が思っていたよりはっきり聞こえて、お話ししやすくて助かったわ」

末妹「メイドちゃん、すごく喜んでピョンピョン跳ねていたね」

末妹「菫花さんもお元気そうで……師匠様とお二人で、騾馬の生産者さん達に会いに行く旅の準備ですって」

末妹「料理長さんは冬の間の保存食の準備、庭師君は庭の植物を越冬させる準備……と季節のお仕事が忙しい」

末妹「執事さんは……自分のことは『相変わらずです』とだけ言ってたけれど」

末妹「……鏡越しに執事さんばかり見つめていたお兄ちゃんの事も『相変わらずですね』って……」

次兄「執事さん……相変わらず……」

次兄「そう、執事さんは相変わらず優雅で渋く気高く、内なる勇猛さを秘めてなお美しく……とにかく、よかった……」ウットリ

末妹「……」フゥ

末妹「これも魔法の鏡を使うのを許してもらったおかげ」

末妹「お父さんが私達の気持ちをわかってくれて、信用してくれて、本当によかった」

末妹「……この次は、それぞれの将来の夢の話」

末妹「菫花さんから野獣様の伝言もいただいたよね?」

末妹「『本当に心から望む夢を叶えるためには真の勇気と覚悟が必要だ、頑張れ』って……」

末妹「しっかり自分の気持ち、お父さんに伝えようね、お兄ちゃんも私も」

次兄「野獣様」

次兄「野獣様! 野獣様の激励! 野獣様の鼓舞! 野獣様の期待! そう……俺達には野獣様がついている!!」ドドーン

次兄「…………父さん、俺の口から美術学校に行きたいなんて聞いたらビックリ仰天するだろうなあ……」

末妹「……」

末妹(お酒を飲んだ夜のことは練習、次こそ一回きりの本番よ、頑張ってねお兄ちゃん……)

…………

……………………
208 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 22:51:27.45 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

末妹の通う、南の港町の学校……

末妹「先生!!」タタタッ

女教師「あら、末妹さん」

女教師「二か月近くお休みして、どうなるかと思ったけれど……今の授業にも問題なくついて来ているようね」

女教師「お友達の皆も安心しているわね」ニコ

女教師「……で、何かご用かしら?」

末妹「あの……先生は、この町のご出身で母校の代用教員からお仕事を始めて」

末妹「隣の市の教員養成学校で集中講義や資格試験を何度も受けて……正規教員になった、と仰っていましたよね?」

女教師「ええ、当時は家庭の事情で長く実家を離れることができなかったので……」

女教師「……楽な道ではないわよ、養成学校に正式に入学し勉強に専念するのと、少なくとも同じくらい大変でしょう」

女教師「尤も、あなたは安易であることを理由に進路を選ぶような子ではないわね」

末妹「」

末妹「どうしてわかったんですか、先生!?」

女教師「おやおや、末妹さんには天職だなあ、とずっと前から思っていたのよ?」

女教師「友3さんにやる気を出させるのなんて、本職より上手なくらいですもの」フフッ

末妹「先生……」

女教師「さて、来年の卒業後の進路相談……で良いのかしら?」

末妹「は、はい、そうです……まだ父には話をしていませんが……」

女教師「それじゃ、取り敢えずはもう少し詳しく話を聞かせてね……相談室にいらっしゃい」

女教師「目標に向かって、これからどのような方法が本当にあなたに向いているのか一緒に考える、今日はその第一歩よ」

末妹「はい、よろしくお願いします!!」

…………

……………………
209 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 22:53:46.63 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

次兄「父さん……兄さんもいるんだ、それではこの際だから一緒に聞いてもらっちゃいましょう」

次兄「何の話かって? 俺の将来に関する大事な大事な話です!!」バァーンッ

〜〜〜〜〜〜

次兄「えっ知ってた? えっ二人とも? えっお酒飲んだ夜? えっ?? えっ????」

……………………

次兄「なぁ末妹、俺は生涯お酒を飲まないと固く固く心に決めた……」ガックシ

末妹「それで、お父さんのお返事はどうだったの!?」

次兄「ああ、それはね……」

……………………

幼馴染男「やあ、次兄くんじゃないか」

次兄「ふへへ、こんにちはぁ……お義兄(にい)さん予定の幼馴染男さん」

長姉「っちょ、なんで次兄が料理教室にいるのよ!?」

次兄「賄い付きの下宿を探すとはいえ、これを機に料理の基礎だけでも覚えておくといいって、父さんが……」

次兄「俺の場合は食べたらアウトになる食材もあるから、それならなおさら自分で作れる方が、とも言ってた」

次兄「あと兄さんは『外に出て人間と関わる事にも慣れるべき』って」

長姉「…………お父さん達の意向なら仕方ないけど、私に恥かかせるような真似だけはしないでね!? く・れ・ぐ・れ・も!!」

幼馴染男「まあまあ……講師の先生も君の弟なら大歓迎さ」ノホホン

受講生1「……また新しく若い男性が入って来ると聞いたけど、アレの事?」

受講生2「ガキんちょじゃない、しかも将来性も乏しいわぁ(あくまで容姿の面で)」

…………

……………………

そのころ、野獣の屋敷……

……………………
210 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/04(土) 22:54:14.80 ID:k1TrdIsi0

※今回はここまで。次回は久しぶりに屋敷サイドを。あと女教師は既婚者※

>>205 あらやだ
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 01:38:40.49 ID:vshSBc8dO

野獣成分が足りないわぁ(次兄並感)
次兄の良さを分かってくれる淑女がいつか現れたらいいな
212 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:01:54.37 ID:6a3lF7RW0
…………

ある朝。

メイド「おはようございます、お庭が真っ白!! 雪ですよ、執事様!」

執事「おはよう。最近ちらつく程度にはあったが、ここまで降ったのは初めてだな」

執事「このまま根雪になるかもしれん」

庭師「通りで冷えると思ったよ、植物たちの冬囲いが終了していてよかった……おはようございまーす」

執事&メイド「「おはよう」」

メイド「そうだ、今日は金曜日ですよね!?」

メイド「今夜はお庭に銀板鏡を持って行って、末妹様達に雪を見ていただくのはいかがでしょう!?」

庭師「えー、この寒いのに外でお話しするのぉ?」

執事「そうだな、窓辺に鏡を持って行くのはどうだろう?」

執事「カーテンを開ければガラス越しに雪が見えるはず」

ドア:カチャ

料理長「メイドちゃん、厨房を手伝ってくれないかね」ノソリ

メイド「はぁい、今行きます!」ピョン

庭師「僕も……寒いけど、バラ達の様子を見て来ようっと」ヒタヒタ

執事「さて、わたくしも師匠様と菫花様がお目覚めになる前にもう一仕事しようか」カチャカチャ

…………

夢の世界。

(野獣「屋敷の庭に雪が積もったか」)

(王子「庭師君と僕の作業が済んだ後でよかったけど……バラ達はあれで本当に冬を越せるのかな……」フアンゲ)

(野獣「もう『魔法の』バラではないからな……」)

(師匠「ふむ」)
213 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:03:17.57 ID:6a3lF7RW0
(師匠「昔、魔術師ギルドの花壇に誰も植えた覚えのないバラがあってな」)

(師匠「誰か出入りの者が鉢植えを持て余したかして、人目を忍んでこっそり植え替えて立ち去ったのだろうが」)

(野獣(花泥棒の逆は何と呼ぶのだろうか?))

(師匠「もちろんそんな状態だったから、皆、花壇の世話の際に水をやるくらいはしていたが基本ほったらかしで」)

(師匠「毎年、春先に雪の中からボロボロの茎だけの状態で表れるのに、時季にはしっかり花が咲いていた」)

(師匠「それよりは間違いなく屋敷のバラは手をかけられているのだ、心配するな」)

(王子「……丈夫な種類は本当に丈夫ですからね、でもうちのバラには本来は繊細な種類もあるのです」)

(野獣「それにうちのバラは末妹が楽しみにしているバラですよ、ただ咲けば良いのではなく『美しく』咲かせなくては」)

(師匠「わかったわかった、デリカシーに欠ける発言をして悪かった」)

(師匠「それはそれとしてな、菫花。お前と儂はしばらくこの屋敷を留守にするのだから、心配しても仕方ないのも事実だぞ」)

(師匠「庭師を信用して任せるがいい、野獣だって助言できるのだからな」)

(野獣「そう言えば明日からでしたか、紹介していただいた騾馬の牧場を訪ね歩く旅行は」)

(野獣「……しかし森を出るまで瞬間移動ならば、全部瞬間移動にしてしまえばすぐ済むのでは?」)

(師匠「お前はわかっとらん」)

(師匠「敢えて魔法は使わず普通の人間として旅をすることに意義があるのだ、菫花にとってはな」)

(師匠「この時代で人々がどんな暮らしをし、そして200年以上の間にどれほど人の世が変わったか肉眼で見て手で触れ」)

(師匠「あの兄妹以外の人間と出会うことで得るものも大きいだろう」)

(王子「……君の分まで外の世界を見て来るよ、野獣」)

(王子「僕が一生かかって見る世界の、今回はその第一歩に過ぎないけど」ニコ)

(野獣「……もう、恐れはないのか?」)

(王子「うん、末妹さんと次兄君が勇気をくれたし」)

(王子「……まあ、何よりも師匠が一緒ですから、ね?」)

(師匠「…………」ニヤリ)

(野獣「 」)
214 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:04:15.56 ID:6a3lF7RW0
(野獣(企んでいる、絶対何か企んでいる……)ドキドキ)

(王子「どうしたの、野獣?」)

(野獣「い、いや……頑張れよ、何事にも負けるではないぞ?」ポン)

(王子「あ、ありがとう??」??)

(王子「……僕はそろそろ『目覚め』ますね、庭師君がバラ園の様子を見に行ったので、話を聞かないと」)

(師匠「ああ、また朝食の時にな」)

(野獣「また夜に会おう……」)

(野獣「……」)

(野獣「……鍛えるためとか言って、旅先であまり菫花を苛めないでやってくださいよ?」)

(師匠「うん? 何の事かなぁ?」ムフフ)

(野獣「……」フゥ)

(野獣「……少なくとも月末までは戻らないんでしたっけ」)

(師匠「ああ」)

(野獣「師匠達がいないと、使用人達には屋敷を守る以上の仕事がなくなりますね」)

(師匠「うむ、そう思って騾馬小屋の内装の仕事を頼んだ」)

(師匠「器……外観だけは出来上がっているが、今はまだ何もないただの小屋」)

(師匠「必要な材料は調達済みだが、何枚も図面を描いて、この通りに作ってほしいと」)

(野獣「それは……いくら一頭分の小さな飼育小屋とはいえ、あの者たちには荷が重い作業ではありませんか?」)

(師匠「執事は優秀だ、皆も働き者だ」)

(師匠「それに、困った時はお前が助けてやれる」)

(師匠「だいたい我々が旅から帰るまでに完成していなかったとて、彼らを責め立てるつもりは毛頭ない」)

(野獣「……優しいですね、師匠」)

(師匠「ん? 儂が厳しく当たるのはお前と菫花くらいだぞ?」)

(野獣「いや、執事達を叱らないという話ではなく、皆が寂しくならないように仕事を与えてくださったのでしょう?」)
 
215 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/05(日) 22:04:56.07 ID:6a3lF7RW0

※ごめん、めっちゃ半端だけど眠い。もう少し屋敷サイド続く……※
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 01:16:39.08 ID:6J8iONPpO
おやすみ
師匠が楽しそうで何より
217 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:07:20.96 ID:boZV8Xhq0
(師匠「本来はお前に尽くすことが、今はお前の意思に従って、菫花や儂のため目に見える仕事をすることが」)

(師匠「あの者たちの存在意義だからな」)

(野獣「本当に……師匠には感謝しています、私の使用人達を受け入れ、仕事を与え、守ってくださる」)

(師匠「儂が動物嫌いじゃなくてよかったな?」)

(野獣「全くです」)

(師匠「……お前達に、この屋敷に関与することができず、鏡で見守るしかできなかった頃」)

(師匠「獣の使用人達も、あの兄妹も、実に健気にお前の事を想い続け再会の日を楽しみにしていた」)

(師匠「……彼ら彼女らの存在を知らずにいたままならば、お前や菫花との儂の関わり方も、もしかしたら違ったかもしれん」)

(野獣「師匠」)

(師匠「もしもの話を始めたら果てしが無いわな。重要なのは未来と……現在だ」)

(師匠「さしあたって儂は現在、腹が減ったので目覚める」)

(師匠「で……今日は金曜日だな、末妹や次兄に伝言があれば承るぞ?」)

(野獣「二人も家族も息災ならば言う事はありませんが」)

(野獣「……師匠と菫花の旅の無事を二人にも祈っていてほしいと、それくらいでしょうか」)

(師匠「わはは、わかった、伝えておこう」)

(師匠「では、また今夜に、な」)

(野獣「は、はい。お疲れ様でした……」)

(野獣「……」)

(野獣「師匠と菫花のこの世界での旅……どんなものになるのか、不安要素がないでもないが」)

(野獣(今回の不安とは主に身内にあるわけで))

(野獣「それでも楽しみの方が大きい……菫花よ、私の分まで世界を見て来ると言ったな」)

(野獣「旅から帰った時、お前の目に映ったものを余すことなく私に教えておくれ……」)

……
218 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:08:02.28 ID:boZV8Xhq0
その夜……

末妹「まあ、師匠様と菫花さんが?」

鏡越しのメイド『ええ、あっちこっちの騾馬さんの牧場を巡る旅行ですよ!』

鏡越しの王子『君達ふたりのおかげで、前向きな気持ちで旅立てます』

末妹「きっと素敵な旅になりますよ、それに師匠様がいらっしゃれば怖いものなしですね!」

末妹「野獣様も楽しみにしていらっしゃるでしょうね……」

王子『ええ、野獣も頑張れと応援してくれたし、彼にも良い報告ができる旅にしますよ』

鏡越しの師匠『……』ニヤァ

次兄(……今、執事さんの斜め背後にいたおっさんの口角がイヤな感じで持ち上がったような……?)

鏡越しの執事『おふたりが不在の間に、我々は馬小屋の内装作業を仰せつかりました』

鏡越しの庭師『へへ、お屋敷から渡り廊下でつながっているんですよ!!』

鏡越しの料理長『快適な場所になるよう、わしらも頑張ります』

王子『僕も今から完成が楽しみです』

次兄「……しかし、飼うとしたら若い騾馬でしょ? 執事さんを怖がらないかな」

執事『鏡越しにわたくしを見つめたまま普通に会話に参加されるのはいかがなものでしょう』

王子『執事さんの使い古しの手袋と、換毛期に出た抜け毛を少し、瓶に密封して持って行きます』

次兄「」ピク

王子『道中、執事さんの匂いに慣れさせておけば、家に来てから少しでも早く馴染んでくれるのではと……』

次兄「……その瓶詰め、旅行から戻ったら俺に譲っ、いや売ってくれません!?」

鏡越しの師匠『はいはいそろそろ時間切れだ、君達も儂とこいつの旅の無事を祈っていてくれ』
219 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:09:11.47 ID:boZV8Xhq0
末妹「はい、お元気で……頑張ってくださいね菫花さん」

王子『ありがとう、今度は来月の第一金曜日にお会いしましょう』

メイド『また来週、末妹様ぁ』フリフリ

末妹「メイドちゃん、皆さんも……小屋造り頑張ってね、野獣様によろしく」

次兄「あのー、執事さんの瓶詰めはぁぁぁ」

鏡『ジカンギレデース』フッ

次兄「そんな殺生なぁぁぁぁぁ」

次兄「……くっ、今後も粘り強い交渉が必要だな……まだ諦めてはいけない」ブツブツ

末妹「……本当に、良い旅になりますように……野獣様のためにも……」

末妹「……あちこちって、この国のいろんな地方だっけ」

末妹「うちの馬が生まれたお父さんのお友達の牧場、確か騾馬も育てていたはず……」

末妹「旅の途中で、師匠様がまたうちの店にふらりと紅茶を買いに来たりとか?」

末妹「……なんて、そんなことないか」フフッ

……

師匠「さぁて、路程を確認するぞ菫花」ガサガサ

王子「はい、あれ……地図上のこの印、南の港町の郊外に?」

師匠「おお、ここの牧場も立ち寄るぞ、宿も儂の知っている宿に決めてある」

師匠「ついでに商人の店で買い物もしような」

王子「いいですね、商人さんのお店はいい品揃えだと思っていたんですよ」

師匠「……一人でお使いできるかなぁ?」ククク

王子「え? 何か言いました?」

…………
220 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/09(木) 23:09:52.08 ID:boZV8Xhq0

※今夜はここまで。こんどの週末はちょっと多忙なので更新ないと思ってください……※
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/10(金) 00:44:30.39 ID:2nMnQtNKO

誰にも内緒で(王子にすら)お出かけなんです?
222 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:48:36.38 ID:BspspYZr0
少し時間を遡って数日前、野獣と師匠……

(師匠「お前、魔法を学びに来る時の色眼鏡とか平民らしい服とか……どうやって手に入れた?」)

(野獣「ああ、それは……まず、園丁の作業小屋にお金と欲しい物を書いた手紙を置きます。夜中にこっそりと」)

(師匠「ふむ」)

(野獣「数日くらい後、私が寝床に就く頃、掃除婦が私の部屋を5回ノックしたなら合図です」)

(野獣「園丁の作業小屋に届いている注文の品物を取りに行くのです。夜中にこっそりと」)

(師匠「ちょっと待て」)

(野獣「何か?」)

(師匠「王や王妃が用意した物以外の……」)

(師匠「お前の個人的な所有物は、何もかもその方法で手に入れたのか?」)

(野獣「その園丁はお金さえ払えば両親には秘密に頼まれた通りをこなしてくれる人物でしたから」)

(師匠「品物の代金、園丁自身の手数料、協力する掃除婦……だけではないな、実際に店に向かう者達の交通費と手数料……」)

(師匠「例えばお前がギルドに来る時にいつもかぶっていた帽子、あれにはいくら使った?」)

(師匠「帽子の代金とその他の経費全て込みで」)

(野獣「えーと……あの時は確か、金貨で……●●枚ほど」)

(師匠「…………釣り銭は受け取ったか?」)

(野獣「お釣りをもらったことはありませんが?」)

(野獣「余ったら全て園丁のものにしてくれと、あ、もちろん不足分は間違いなく請求してくれともちゃんと伝えています」)

(野獣「不足があったとは一度も彼は言いませんでしたが」)

(師匠「世間知らずにも程があるわ!!」)

(野獣「」)
 
223 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:50:22.50 ID:BspspYZr0
(師匠「あの安物のペラッペラの帽子のために……金貨●●枚……」トホホ)

(師匠「……しかし、それから一人で外出するようになって理解しただろう? 世の中の、相場というものを」)

(野獣「……個人的な外出は魔法を習いに行く時だけでしたが」)

(師匠「寄り道もせず、城と魔術師ギルドを往復するだけだったのか?」)

(野獣「余計なことをして身分が知られても困りますし」)

(師匠「それはそうだが……」)

(野獣「あ、そう言えば園丁の小屋に取りに行く以外の買い物をした事ならありますよ?」)

(野獣「配達先をこの屋敷……当時の父王の別荘にしてもらったことはあります。バラ園のための肥料」)

(師匠「同じことだバカタレ、と230年前の貴様を今さら叱りつけたとて……」)

(師匠「…………」)

(師匠「今度の旅行で、儂はあいつに社会経験を積ませるつもりだが……」)

(師匠「……………………」)

(師匠(よし、決めた!!))

…………

……………………

旅先の師匠と王子……南の港町のとあるカフェにて

王子「え? 宿に入る前に買い物ですか?」

師匠「おう、主人と従業員二人だけで切り盛りしている宿だが、儂が長期滞在した際に何かと親切にしてくれて、な」

師匠「ちょっとした手土産でも渡して、感謝の気持ちを表したい」

王子「そうですか、では師匠にお供しますよ、お店に向かいましょう」
 
224 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:52:12.83 ID:BspspYZr0
師匠「……話は終わっとらん。ここはぜひ、儂の自慢の息子が選んでくれた品を送りたくてなぁ」

王子「は?」

師匠「予算はこんなものか」チャリンチャリン

師匠「今の時代の貨幣に両替済みだ、商人の店だぞ、このカフェからはほど近い」

王子「商人さんの」

王子「……って、地図はあるんですか!?」

師匠「近いと言っただろう、通行人に聞けばすぐにお前ですらわかる」

王子「そうだ、手鏡に呪文をかけて魔法の鏡に」

師匠「今回の旅で魔法は使わせんと言っただろうが」

師匠「なあに、この町の人間は割と親切だぞ、心配するな」

王子「ぼ、僕のセンスの悪さはご存知でしょう!?」

師匠「店員にお勧めを聞けば良いではないか、予算と目的を伝えれば、いい感じに見繕ってくれる」

王子「いいかんじに」

王子「店員……そうか、末妹さんや次兄君がいるんだ」

王子「それなら安心です、気が楽になりました」ホー

師匠「ああ、頑張って行って来い。期待しているぞ?」

師匠「お前が戻るまでここで時間を潰している、カフェオレが美味い、気に入った」

王子「はい、行って来ます」

師匠「…………」

師匠「少女は学校にいる時間、少年はさきほど図書館へ出かけたばかり」

師匠「鏡の魔法でこっそり確認済み」

師匠「さて、誰が出るかな……」ククク
225 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/15(水) 22:52:41.27 ID:BspspYZr0

※今回はここまで。次回、王子に最大の試練が訪れる(のか?)※
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/16(木) 00:56:07.10 ID:VxWS7ViaO
はじめてのおつかい!
店番があの人だったら、王子どうなってしまうのん(ワクワク
227 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:02:21.76 ID:HClA/mqo0
師匠「……そう言えば『あの恰好』そのままで行かせてしまったが」

師匠「一人で行動中の姿が『アレ』では不審がられるかもしれん、ま、それも勉強の一環だわな」

師匠「世の中には様々な人間がいると改めて体で学ばせ、そして自分の頭でモノを考えて行動させなくては」

師匠「ああ給仕さん、カフェオレおかわり」

……

王子「……」ウロウロ

王子「あそこにいる男の人に道を聞いてみよう」

王子「あ、あの、すみません……」

中年男性「」ビクッ

中年男性(な、何者だ? 確かに今日は少し寒いがマフラーで口どころか鼻まで完全に覆って)

中年男性(帽子は目深に被って、どころか目元までほぼ隠れているぞ、人相がわからん)

中年男性(怪しい、ま、まさか辻強盗ではあるまいな!?)

中年男性「い、急いでいるので、じゃっ!!」ソソクササササササ

王子「あ、待っ……」

王子「……行ってしまった」

王子「もしかしたら、この恰好がまずかったかな?」

王子「……屋敷を出て、森を抜け、最初の町に着いたらやたらと女性がこっちを見てきたりじわじわ近付いて来たり」

王子「初めは『僕と師匠を』見ているのかなと思って口にしたら」

王子「師匠に馬鹿にされたっけ、『お前しか見とらんわ』って……」

王子「数日間の滞在中、だんだん町の女性達がやたらと親しげに話しかけて来るようになって」

王子「町の男性達は逆になんとなく冷たくなって」

王子「……考えた末、次の町では顔を隠すようにしたら、ぱたりと収まった」
 
228 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:04:39.96 ID:HClA/mqo0
王子「……」

王子「なんというか、女性が230年前に比べたら積極的と言うか」

王子「尤も、昔の僕の立場とか、あの時代の小国の庶民はみんな困窮していたのもあるし」

王子「とりあえず今の自分の気持ちだけで言うと」

王子「率直に、怖い」

王子「…………慣れれば平気になるのかなあ」フゥ

王子「しかし今の僕には優先すべき目的がある」

王子「こんどはあっちの若い男性に尋ねてみよう」トトト

王子「……あの、すみません、(こんな格好ですが)怪しい物ではありません」

幼馴染男「え、僕ですか?」

王子(よかった、警戒している様子はない)

王子「えーと、実は……商人さんのお店に行きたいのですが……」

幼馴染男「ああ、それでしたら……この道をこう行って、緑の屋根の三階建の家の角を左に曲がって……」

王子(わかりやすくて丁寧だ、ありがたいなあ)

幼馴染男「……本来ならご一緒して道案内差し上げたい所ですが」

幼馴染男「これから仕事の関係で、港まで人を出迎える用事があるので、申し訳ありません」

王子「いいえ、非常にわかりやすく教えていただき、これなら辿り着けそうです」

王子「お忙しいところ引きとめて申し訳ありませんでした、ありがとうございます」

幼馴染男「お役に立てたなら光栄ですよ、では」ニコ

王子「……いい青年だな、僕と同い歳くらいに見えたけど……」

王子「さて、方向はこっちだったな。緑の屋根緑の屋根……」

……
229 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:06:14.16 ID:HClA/mqo0
商人の店

次姉「無理して手伝ってくれなくてもよかったのに、私一人で充分よ」

長姉「だって……料理教室がない日、お父さんと兄さんは取り引き先へお出かけ」

長姉「末妹は学校、次兄には図書館へ逃げられた」

長姉「……天文学者先生ご夫婦が旅から戻られて、今日は西の島国から来る研究者さんをお迎えするからって」

長姉「幼馴染男も忙しい」

長姉「暇しているくらいならあんたと二人で店番している方がずーーーっと有意義だわ」

次姉「有意義、ね」

次姉「姉さんからそんな言葉が出てくるなんて、でも素直に嬉しいわ、ありがとう」フフ

呼び鈴:チリリン…

長姉「お客様ね」

次姉「いらっしゃいませ」

王子「」

長姉「」

次姉「……(顔が見えない)」

長姉「ちょ、次姉、お客様とは言えなんなのこの怪しいの!?」ヒソヒソ

次姉「しっ、様子を見て、話が通じそうな相手ならやんわり注意してみる」ヒソヒソ

次姉「とりあえず姉さんは私より後ろにいて?」ヒソヒソ

長姉「乙女だけの店番の日に限って、なんでこんなのが来るのよ……」ボソボソ
 
230 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:07:52.53 ID:HClA/mqo0
王子「…………」

王子(どうしよう……野獣として鏡越しに初めて見た時から)

王子(このお二人はなんか苦手だ)

王子(次兄君と末妹さんのお姉さんだし、最初の頃よりずっとあの子達への態度が柔らかくなったとは言え)

王子(実際にお会いしてわかった、自分でも認めざるを得ない)

王子(単純に僕自身、こういうタイプが怖いのだと……)

次姉(……なんなの、突っ立ったまんま動かないし一言も発しない)

次姉(だからと言って、敵意は全く感じないのだけど、それどころか)

次姉(なんだか……私の暴力を必要以上に恐れている時の次兄のような空気を纏っている……?)

次姉(あと……おそらく男性? で、身長は私と同じくらいだけど、まるで鍛えてはいない、明らかに鍛えた試しはない、と見た)

次姉(よし、変だけど少なくとも危険なお客様ではないと確信したわ!)

次姉「お客様、どのような品をお探しでしょう?」ニコリ

王子「」ビクッ

王子「えええええ、ええと、師しょ、いえ、父からですね、つつつつつ、使いを頼まれまして」カタカタカタカタ

長姉「……何これ?」

次姉「姉さん、声もっと潜めて」ヒソヒソ

次姉(……どうしよう、うちの店はそんなに格式高いつもりはないけれど、やはり顔が全く見えないお客様と言うのは……)

次姉(何か気の毒な深い事情があるのかもしれないから、無理強いはしないけれど)

次姉(一度だけ、注意を促してみようかしら?)
 
231 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/19(日) 01:08:22.59 ID:HClA/mqo0

※今回ここまで。王子の受難(?)は現在進行形※
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/19(日) 01:50:53.54 ID:utIjduf2O

幼馴染男とかいう誰とでも仲良くなれそうな聖人
233 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:26:35.93 ID:WjQSXcpS0
次姉「あのうお客様、失礼は承知で申し上げますが……」

次姉「店内では……そのマフラーは少々……暑苦しくはありませんでしょうか??」

王子「」ビクッ

王子(そ、そうだよな、こんな異様な風体の客を相手にするのは、しかも女性店員だけで)

王子(ちゃんとここで買い物をしなくては師匠のお使いにならないんだ、ここは……)グッ

次姉「あ、お客様がお困りでなければ」

スルスルスルスル……パサリ

王子「……仰る通りです、こちらこそ失礼致しました」

長姉「ちょ」

長姉「ちょちょちょちょっと、なんなのなんなの、このあり得ないほどの美形!?」ペチペチペチペチ

次姉「姉さん私の背中を連打しない」

次姉「お客様、気になる品物がありましたら、どうぞお手に取ってじっくりご覧くださいませ」エイギョウスマイル

王子「……は、はい」

長姉「あんたなんでそんな冷静でいられるのよ!?」ヒソヒソ

次姉「姉さんこそ何はしゃいでいるのよ、そもそも婚約中の身で」ヒソヒソ

長姉「目の保養よ、目の保養!! 恋愛感情とかテーソーカンネンなんかとは別のもの!!」ヒソヒソ

次姉「調子いいんだから、全く……」ハァ

次姉(……目の保養って言葉で思い出した)

次姉(このお客様、元王子様の菫花さんて人の、末妹が話していた容姿そのまんまな気がするけれど……?)

次姉(……元王子、元とは言え王族……)

王子「……」
 
234 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:28:08.29 ID:WjQSXcpS0
王子(どうしよう、お手に取ってとか言ってくれたけど、そもそもどういう系統の物を買えば良いのかすら……)コンワク

次姉(……普通は若くても威厳とか貫禄とかを、もっと醸し出しているのでは??)

次姉(やっぱり違うのかしらねぇ)

長姉「ちょっとっ、次姉だって見惚れているじゃない!!」ヒソヒソ

次姉「って姉さん、そんなんじゃないわよ」ヒソヒソ

次姉「このお客様、末妹と次兄の友達って人じゃないかしら、って思っていたところ」ヒソヒソ

長姉「!?」

長姉「……た、確かに言われてみれば……」ヒソヒソ

長姉「背丈、体格、髪の色、ひとみの色、肌の白さ、見た目年齢……」ボソボソ

長姉「よーし、ここは長女の役目として可愛い弟妹のお友達を」ズイ

次姉「待って」グワッシィ

長姉「あう」

次姉「まだそうと決まったわけじゃないし、こうやって店に来たからにはお客様よ」グググ

次姉「私の勘ではこの人ちょっとめんどくさいタイプと見た、だから好奇心に任せた余分な行動は慎んで、ね?」ググググググ

長姉「わ、わかったわかった、だから両肩に食い込む指をちょっと緩めて……」

長姉「……あっ、でも、ちょっとツボに入っていい感じかも……」

次姉「確かに肩張っているのね、ついでだからちょっとだけマッサージしたげる」ワッシワッシ

長姉「はうう〜」

次姉(やっぱり胸が重いせいかしら)

長姉「……ありがと、なんかおかげで気持ちも落ち着いたわ」ホゥ

次姉「たった5秒のマッサージに思わぬ効果が」

王子(……どうしよう、何を買おう、やはり相談したほうが良いのだろうか……うむむむ……)チギシュンジュン

……
 
235 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:29:35.14 ID:WjQSXcpS0
再びとあるカフェ……

手鏡「……イカガデス?」

師匠「ふむ、次女はともかく、長女が店にいるとは読めなかったのう」

師匠「とは言うものの、菫花が世間に出れば顔で難儀するのはわかっておった」

師匠「女性をほどほどにあしらう技も少しは身につけねば」

師匠「それ以前に、気の強そうな女性はあいつの母親を思い出させて苦手かも知れんが……」

師匠「『気の強い女』で一括りにして逃げ回っていても進歩はないからな」

師匠「馬は乗ってみなければわからんのと同じ、人も接してみなければわからん」

師匠「……まあ、なんにせよ儂は楽しいぞ」グフフ

手鏡「ダンナモワルデスナァ」

師匠「どれ、ちょっと別の場所を」

師匠「……お、だれか住居側の玄関に帰って来たようだな?」

鏡越しの家政婦『……様、お帰りなさいませ……』

……

商人の店……

次姉「……迷っておられるようですねお客様、よろしければ用途を教えていただけますか?」

王子「よ、よーと……?」

次姉「ご自宅でお使いになりますか、ご贈答用ですか?」

王子「あ……」

(師匠「店員にお勧めを聞けば良いではないか、予算と目的を伝えれば、いい感じに見繕ってくれる」)

王子(よし、ここは意を決して……!)キリッ
 
236 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/20(月) 00:30:32.98 ID:WjQSXcpS0

※ここまで。お買いもの編、引っ張りすぎてすみません……※

>>232
長姉を子供のころから好きであり続ける男子……と思ったら、おおらかでやや天然系しか思い付かなかった
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 02:21:32.66 ID:pHFOF6TIO
師匠の楽しい気持ちが解り過ぎて困る
なんだかんだで仲良い長姉と次姉にもホッコリ
238 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:36:33.74 ID:MoorvJR70
…………

家政婦「末妹様、お帰りなさいませ……と、次兄様もお帰りなさいませ」

次兄「ただいま」ニョン

末妹「帰り道でぐうぜん出会って、一緒に帰って来たの」

次兄「さて、俺は早いとこ店に出ねば」

次兄「末妹から聞くまで、兄さんが今日は家にいる日だと思ってたよ」

末妹「お父さん、今朝は冷え込んだせいか腰が痛いって話していたから……心配で一緒に行ったの」

次兄「マジで知らなかったんだよ」

次兄「姉さん達は俺が図書館に逃げて長姉ねえさんに店番を押し付けたと思っているだろうなあ」

次兄「今頃、俺の悪口大会で盛り上がっていると思うと」ガクブル

末妹「考え過ぎよお兄ちゃん、ありのまま話せばふたりとも怒ったりしないわ」

次兄「……末妹を疑うわけじゃないけれど、俺への信用なさはお前の想像を超えている……ん」

次兄「家政婦さん、そこの……籠に盛ったほんのり甘い香りの物体は?」

家政婦「あ、これはご休憩の際にお二人に召し上がっていただこうと用意した焼きメレンゲです」

家政婦「と言ってもお客様の訪れる合間に不定期なお休みしか取れませんから」

家政婦「口に長く残らず軽くつまめるお菓子を、と……」

次兄(……ひらめいた!)ピコーン

次兄(いかにも女子ウケの良いアイテムを携えて登場すれば、どさくさに紛れつつご機嫌取りができるに違いない!!)

次兄「家政婦さん! それ運ばせてください、俺どうせこれから店に出るんだし!!」

末妹「お兄ちゃん?」

…………
239 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:38:27.40 ID:MoorvJR70
次姉「ご自宅でお使いになりますか、ご贈答用ですか?」

王子「あ……」

王子「…………あ、あの……お世話になった方への、お

住居と店舗を繋ぐドア:バーン!!

次兄「美しく働き者の素晴らしいお姉様がた、小休止にしませんこと!?」

末妹「待ってったら、今はお店にお客様が」

次姉「」

長姉「  」

王子「        」

末妹「……!?」

次兄「                    っうぇ??」

次姉「……お客様がいるのに何やってんのよあんたは!?」

末妹「ご、ごめんなさい!!」

次姉「末妹じゃなくて」

長姉「何が素晴らしいお姉様だか、逃げたくせに」

末妹「それは誤解で」

次兄「俺の口からちゃんと説明するよ、ささ、まずは座ってお菓子でも」

次姉「だから、お客様がいるのよ!」

王子「ぼ、僕のことならお構いなく、ご家族の問題を優先してください!!」

次姉「お客様は黙っててっ!!」クワッ

王子「 」
240 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:40:52.99 ID:MoorvJR70
次姉「……じゃなかった!! あわわ、失礼しました!? ……ああもう何がなんなのよ!?」

長姉「あんたのせいよ次兄!!」

末妹「あの……菫花……さん……?」

次兄「……あ、立ったまま気絶してる」

次姉「なんですって!?」

長姉「た、確かにさっきの次姉は怖かったけど」

…………

師匠「……どうしたことだこの混沌は」

師匠「とりあえずもう少し見守るか」

…………

末妹「しっかりしてください、しっかりして、菫花さん」

長姉「ってことはやっぱり、この人あんた達の友達の」

次姉「あああ目は開いているのに意識がないわ」オロオロ

長姉「あれ、元凶(次兄)はどこ行ったの」

次兄「ちょっと皆よけて、これがあれば……」トテテ

毛布:ブワサァ

次姉「ちょ、あんた何を」

スボッ

次姉「お客様!?」

次兄「末妹、完全にくるんであげて」

末妹「う、うん」ゴソゴソ
241 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:42:52.79 ID:MoorvJR70
毛布の塊「……」

末妹「……菫花さん……?」

毛布「…………はい」ボソッ

長姉「喋った」

毛布「……み、皆さんには、みっともない所を……」ボソボソ

次姉「ハッ」

次姉「お、お客様、椅子をお使いください」ズリズリ

末妹「ありがとうお姉ちゃん、ほら菫花さん、このまま座って?」ユウドウ

毛布「……」トン

末妹「……落ち着きました?」

毛布「ええ……お陰様で、ごめんなさい」

次兄「うーん、安定のメレンゲより脆いメンタル」

次姉「誰のせいで……いやそれより」

次姉「お客様、本当に先程は失礼致しました……勢いでつい」

次兄(鬼の形相でした)

毛布「わ、悪いのはこちらです、僕が頓珍漢な事を口走ったばかりに……」

毛布「……そもそも、買い物が目的であっても次兄君と末妹さんのご家族に、最初の挨拶もなしに」

次兄「おっさんは一緒じゃなかったの?」

毛布「僕一人で買い物に行けと……おつかいを頼まれました」

末妹「もしかして、この町の郊外の牧場へ?」

毛布「え、ええ……騾馬の生産もされているとのことで」
242 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:46:43.51 ID:MoorvJR70
毛布「滞在はこの町の宿ですが、以前に師匠が泊まった時にお世話になったとかで」

毛布「ご主人と従業員の方に、手土産を渡したいと、それでおつかいを」

次姉「……先方様について、もう少し詳しく教えていただけますか?」

毛布「あ」

毛布「えーと、確か……北通りに位置する宿で……」

毛布「ご主人は40代半ばの男性、従業員さんは20歳前後の若い女性ひとり、と聞いています」

毛布「あ、あと預かった予算の金額は……」

次姉「……承知いたしました」スッ

次姉「ちょっと手伝って、姉さん」

長姉「私? いいけど」スッ

次姉「末妹と次兄はお客様のそばにいてね」

末妹「は……はい」

次姉「心当たりのある宿屋はあるわ、うちから年一回、宿泊者用の石鹸をまとめて届けている小さな宿よ」

長姉「ん? うちから消耗品を定期的に仕入れている宿は二軒、どっちもそこそこ大きな所じゃなかった?」

次姉「お得意様名簿に載ってはいるけど、正式契約してはしていないの」

次姉「ぶっちゃけた話、消耗品全てをうちから仕入れられるほど儲かっている宿じゃないもの」ヒソヒソ

次姉「それでもご主人のこだわりなのか、せめて石鹸だけでも良い品を使いたいらしく」

次姉「同じ品では微々たる差とは言えうちが一番安く、それ以上に粗悪品が混ざらないって信用もあるから……でしょうね」

次姉「ま、とにかく、予算内でとなると」サッサカ

次姉「姉さんはこっち持ってて」ホイ

長姉「う、うん」
243 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:50:52.76 ID:MoorvJR70
次姉「お客様、こちらの商品はいかがでしょう……っと」

毛布「」

末妹「菫花さん、もう、大丈夫……ですよね?」ソッ

毛布「ハッ」

毛布「す、すみません、いつまでも何やっているのでしょう、僕ときたら本当に……」モゾモゾ

次兄「では御開帳〜」ピラッ

毛布:バサリ

王子「……選んでくださったんですね」

次姉「宿のご主人にはこちらのサスペンダー」

次姉「従業員の女性には姉が手にしておりますこちらのスカーフを」

次姉「いずれも最近入った品ですので、お手持ちと被ることもまずないと思われます」

次姉「お値段は……になりますが、よろしいですか?」

王子「……どちらも素敵に見えます(が、僕のセンスでは正直よくわかりません)」

王子「(でも、選んでくださったのだから)きっと気に入ってくれますね(たぶん)」

次姉「ではこちら、お包み致しますね」

長姉「好みもわからない相手に装飾品?」ヒソヒソ

次姉「これなら価格的には普段使いのレベルよ、無難なデザインだし」

次姉「それにね、年一回の石鹸を届ける日がちょうど先月末でね、私が行ってきたの」

次姉「出迎えてくれたけど、革の擦り切れたサスペンダーと色褪せてほつれかけたスカーフで……そういうこと」

長姉「それを早く言ってよ、あんたったら」

次姉「ふふ、ごめん」
 
244 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:52:22.59 ID:MoorvJR70
王子「…………」ボー

末妹「……菫花さん、のど乾いていませんか? はい、お水」ニコ

王子「は、はい、ありがとう……」ゴクゴク

次兄「うちのスタッフの休憩用でよければ、メレンゲの焼き菓子……お好きなフレーバーをお選びくだされ」ニヘヘ

次兄「あ、この薄茶色いのは胡桃が入っているから駄目(俺のもの)ね」

王子「は、はい……じゃあこのピンク色の、木苺味かな……」サクサク

王子「……甘酸っぱくておいしい」サクサク

王子「……ふう、ありがとう、おかげですっかり落ち着いたよ」

末妹「よかった」ホッ

次姉「お客様、緑のリボンが掛かっているのがサスペンダー、赤いリボンの包装がスカーフです」

師匠「これは丁寧な包装だの、ありがとうお嬢さん」ヌッ

次姉「!?」

末妹「師匠様!?」

次兄「おっさんっ!?」

長姉「いつの間に!?」

王子「し、師匠ぉぉ!?」

師匠「お、すまんすまん、驚かせるつもりはなかったのだが……呼び鈴をもっと派手に鳴らすべきだったかな?」

師匠「儂は、実に地味でおとなしくて物静かで目立たなくて控え目な人柄……とよく言われるのでなあ」ハッハッハ

王子(誰に?? 誰に言われるんですか??)

次姉(物音どころか気配すらしなかったけど……)

次兄(魔法だ、ぜったい魔法使って入って来たんだ)
 
245 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/26(日) 20:53:21.53 ID:MoorvJR70

※とりあえずはここまで※
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 01:03:37.56 ID:cxeHZxJkO
毛布ww
王子のヘタレさを嘆くべきか、次姉の恐ろしさに戦くべきか…
247 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/02(土) 00:09:04.72 ID:WpDFpOFz0

※土日更新なしです、ごめんなさい…※

余談:留守番アニマルズの食事は王子による食材購入魔法を師匠の力で遠隔操作して解決
夢で毎晩野獣とお話ししています
いずれ閑話休題的に、獣しかいないお屋敷の様子も本当にちょっとだけ書くつもり…
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 01:05:31.00 ID:hosMemWaO
oh…残念
でもその設定に癒された
249 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/07(木) 20:24:34.11 ID:puF4Wqry0

※お知らせ※
今週入ってから熱出してダウンしていました……回復してきたので近日中に復帰予定です
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/08(金) 05:09:42.38 ID:MrA8hBVkO
なぁに、>>1を病弱な愛されキャラの次兄だと思えば余裕で待てる…のか?
251 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:39:13.22 ID:zMrWG4Rp0
商人の家の中庭……

馬「ぶるる……」

長兄「さてと……今日も馬車を引いてくれてごくろうさん」ポンポン

馬「ひん♪」

商人「長兄もありがとう、馬車の乗り降りに手を貸してくれたおかげで、腰も悪化せずに済んだ」

風:サァッ……

商人「ん、風向きが変わったか」

馬「!?」ピクッ

馬「ひひひんひぶひん、ぶるるひんー(懐かしい匂い、友達ー)!」

長兄「おっ、急にどうした? 落ち着け、どうどう」

商人「何かに怯えたり嫌がったりする時の騒ぎ方ではないが、どうしたんだろうな?」ナデナデ

商人「……落ち着いたか、じゃあ我々も家に入って休もうか」

長兄「うん、末妹も下校している頃だろう、夕食前にみんなで軽くお茶でも」

……

長兄「え、次兄と末妹が帰宅してすぐ店に出て、なのに長姉も次姉も戻って来ないって?」

家政婦「ええ、かなり時間は経っていますが」

商人「うーん、4人で手が離せないほど忙しいのかな……?」

長兄「様子を見てくる」タッ

商人「あ、私も行くよ」

……
252 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:40:00.70 ID:zMrWG4Rp0
……

師匠「さて……お嬢さんがた?」

長姉「わ、私達?」

次姉「そのようね」

師匠「この店を訪れる度、品揃えと接客に気持ち良くさせていただいているが」

次姉「ご贔屓にしてくださって、ありがとうございます……」

師匠「改めて……弟さんと妹さんには、『息子』が非常にお世話になっておりまして、な」

次姉「え、ええ、この子達からその話は」

師匠「だと言うのに、未熟者で世間知らずで小心者で臆病で内向的で卑屈で幼稚なこいつが、こちらで粗相を働いたようで」

末妹「し、師匠様……」オロオロ

王子「」

次兄「ボロクソ」

師匠「保護責任者として心からお詫びを申し上げます……お前も頭を下げい」

王子「は、はい、ごめんなさい!!」

長姉「王子様に頭を下げられるって……複雑」

次姉「そ、そんな、頭を上げてください!!」アワアワ

次兄「お客に頭を下げられるのは商売人の矜持が許さない次姉ねえさんであった」

師匠「その上で図々しいお願いではありますが、どうかこいつが弟さん妹さんの友人でいることを許してほしい」

長姉「許すも何も……ねえ」

次姉「私達こそ……この町でこの店を選んでくださった事、本当に感謝していますのよ?」

次姉「これからもご贔屓にしていただきますよう、お願いしたいのはこちらですわ」

次兄「リピーターのお客は絶対離さない次姉ねえさんでもあった」
253 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:40:35.73 ID:zMrWG4Rp0
師匠「本来ならばお父上にご挨拶をするのが筋でしょうが……お留守のようで」

次姉「申し訳ありません、父は取引先に」

師匠「はは、お忙しいのは繁盛の証拠、結構なことです」

師匠「3〜4日この町には滞在する予定なので、日を改めてお伺いしましょう」

師匠「……時に菫花、支払いは済ませたか?」

王子「!? わ、忘れていましたっ!? こ、これ、代金です!!」チャリンチャリン

師匠「儂に払ってどうする阿呆」

末妹「慌てないで菫花さん、落ち着いて……次姉(あね)はこっちですよ」

王子「……は、はい……」チャリン

次姉「確かにいただきました、ありがとうございます」ニコ

王子「……こ、こちらこそ」

師匠「ふむ、生まれて初めての、店での買い物ができたな?」

末妹「生まれて初めて」

長姉「……さすがは王子様」

王子「は、はい…………」

王子「……その後に何が続くんですか師匠?」

師匠「ん?」

王子「例えば『小さな子供でもやってのける事をお前はどれだけ手間をかけて……』くらいは」

次兄(菫花さんマジ卑屈)

師匠「お前がこちらのお嬢さん達に迷惑をかけたことはもう謝った」

師匠「ちゃんと店は代金を受け取って品物は我々の手にある」
254 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:41:36.14 ID:zMrWG4Rp0
師匠「結果で言えば、お前は儂が頼んだおつかいをやってのけた」

師匠「今回に関してはこれ以上何もないわい」

王子「……そ、そうですか……」ホッ

末妹(よかった……)ホッ

師匠「というわけで、今日のところはこれで」

住居と店舗を繋ぐドア:ガチャ…

長兄「次姉、店で何かあったのか?」

商人「何か困った事になったのかい?」

次姉「兄さん」

末妹「お父さん」

王子「あ」

商人「え」

……

応接室……

家政婦「紅茶のおかわりはご遠慮なくお申し付けくださいませ」

師匠「ありがとう。うむ、きれいな色が出ている、それにこの香り……儂の好きな銘柄だな」

王子「……………………」

商人「…………………………………………」

師匠「クッキーにはオレンジの砂糖漬けが入っているのか、甘酸っぱさと渋みが良いアクセントだ」

……
255 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:42:32.08 ID:zMrWG4Rp0
応接室のドアの鍵穴……

誰かの目:ジー……

長姉「ちょっと、そろそろ代わりなさいよ」ヒソヒソ

次姉「代わり映えしないわ、あの二人は黙ったまま、お師匠様とやらはどこ吹く風」ヒソヒソ

長姉「末妹の『男友達』なんて、お父さんも身構えるだろうけど……」ヒソヒソ

次姉「うーん、あのお父さんの様子は……そういう意味なのかしら……?」ヒソヒソ

……

店舗……

末妹「……」

常連客「……末妹ちゃん?」

末妹「……は、はいっ!?」

常連客「びっくりさせちゃったか、ごめんよ」

末妹「い、いいえ、私がぼーっと考え事していたからです……ごめんなさい」

末妹「……こちらのロウソクですね? ……はい、おつりです」

常連客「疲れているのかい、学校終わればお店も手伝って……家でも勉強してるんだろ?」

常連客「立派だけど、無理はするんじゃないよ? ……じゃ、またね」チリンチリン

末妹「あ、ありがとうございました!!」

長兄「毎度ありがとうございます」

次兄「まいど」

長兄「……末妹、常連客さんも言ってたが、無理しなくていいんだぞ?」

長兄「店だったら俺がいるから心配いらないよ」

次兄「俺も頑張るよ(但し接客は除く)」
256 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:46:29.27 ID:zMrWG4Rp0
末妹「二人ともありがとう、でも大丈夫、もうボンヤリ考え事なんかしないから」

長兄「……気になるんだろ?」

長兄「お客さん……師匠さんだっけか、父さんに挨拶をしておきたいなんて言って」

長兄「あの二人と父さんが応接間に通されて話をしている所だからな」

次兄(更に言うなら、俺達と交代して休憩に入った姉さん達が……俺の勘では応接室のドアの前で聞き耳立ててる)

末妹「き、気になるなんて、そんな」フルフル

末妹「お父さんも、師匠様も、菫花さんも大人だもの」

末妹「大人のひと同士がどんなお話をしているかなんて、私があれこれ気にしても仕方ない……でしょう?」

次兄(現状での菫花さんは大人として分類してよいものでしょうか、社会的な意味で)

長兄「そうか、ま、お前が大丈夫だと言うのなら……」

長兄「……二世紀前の時代から来た魔法使いと王子様……動物達がお仕えする屋敷の住人、か」

長兄「お前達から話を聞いて、目の前で不思議な出来事を見て、それでも俺にはいまだにピンと来ないが」

長兄「少し変っちゃいるが、少なくとも悪い人ではないし、お前達のことを良く思って親切にしてくれる」

長兄「弟と妹の友達として、兄から文句をつけるような相手ではないよ」

次兄「兄さん」

末妹「お兄さん……」

長兄「……で、物は相談だが、末妹?」

末妹「なあに?」

長兄「お、俺のことも……『お兄ちゃん』って呼んでみてくれてみようとか物は試しでどうかなあ?」

末妹「 」

次兄「なんと」

……
257 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/10(日) 23:47:20.86 ID:zMrWG4Rp0

※長らく休んですみません……今回ここまで。眠い……※
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 01:15:50.90 ID:4neKz+FVO

病み上がりだしお大事に
259 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:02:41.43 ID:V7A/ANY60
応接室の3人。

師匠「……家政婦さん? ちょっとこちらへ」

家政婦「はい」サッ

師匠「……鍵穴から…………」ヒソヒソボソボソ

家政婦「……畏まりました」コクリ

家政婦「それでは皆様、ごゆっくりお過ごしください」スッ

家政婦「……私にご用がございましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてください」リン♪

ドア:カチャリ……パタン

師匠「さてと……商人さん、でしたな?」

商人「! は、はい!?」

師匠「次兄君と末妹さん、ふたりとも本当によいお子です、お父上の教育が素晴らしかったのでしょうな?」

師匠「あの子達のおかげで、この不出来な息子もようやく真人間になりつつある……どころか」

師匠「あの子達に、生きていることを許されたとさえ思っております」

商人「そ……」

商人「そんな大それたことは、あの子達はただ……友達の力になりたくて、出来ることを頑張っただけです」

商人「出来ることを、皆さんと……貴方と、使用人の皆さんと……野獣と……何より王子さ……息子さん自身と」

商人「力を合わせて頑張った結果、息子さんが救われたと仰るのなら」

商人「……あの子達の親として、これほど嬉しいことはありません……」

……
260 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:04:31.68 ID:V7A/ANY60
廊下の2人→3人。

家政婦「……私にご用がございましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてください」リン♪

長姉「ちょ、家政婦さんが出て来るわ!」アワアワ

次姉「隠れて、姉さん、こっち!」バタバタ

ドア:カチャリ……パタン

家政婦「……」

観葉植物「…………」

家政婦「……隠れたりなさらなくても、旦那様に言いつけたりしませんよ?」クス

次姉「……ごめんなさい」ゴソゴソ

長姉「……家政婦さんの目はごまかせないって、わかっちゃいたけど」ゴソゴソ

長姉「子供っぽいことしたわ、次姉は私が誘ったの」

次姉「私も乗り気だったもの」

家政婦「これは独り言ですが……師匠様は偉大な魔法使いさんなのでしょう?」

家政婦「私が黙っていても、もしかしたら?」チラ

長姉「 」

次姉「た、確かにそうだわ……」

次姉「やっぱり私達、部屋に引っ込んでいましょう姉さん」

家政婦「大丈夫です、お客様達とどのようなやり取りがあったか、きっと旦那様は貴女達にもお話ししてくださいますよ」ニコ

……
261 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:05:34.76 ID:V7A/ANY60
店舗の3人。

末妹「え……と、長兄おにい……ちゃん……?」

長兄「」

長兄「…………ああああ、ごめん、俺が悪かったああああ」モジモジモジモジ

末妹「お兄……」

微振動:カタ……カタカタ……

次兄「兄さん、185cm83kg(推定)の図体でモジモジされたら割れ物の陳列棚が心配だ」

次兄「ちなみに体重の殆どは骨格と筋肉です」

長兄「……」フゥ

末妹「だ……大丈夫……?」オロオロ

長兄「マジで悪かった、ごめん末妹」

長兄「嫌だとか気持ち悪いとかそういう意味ではないが……やはり呼び慣れていないと違和感が……」

長兄「俺を『お兄ちゃん』呼ばわりしていたのは寄宿学校に進む前の長姉と次姉だけ」

長兄「その二人も寄宿学校に入った翌年に帰省の時に顔を合わせれば既に『兄さん』」

次兄「……そう言えば俺と末妹は兄さんに関してはチビの頃から今の呼び方……だったかな?」

次兄「物心つくかつかぬかで大人に教えられた通りの呼び方が定着し、すぐに年に数回しか会わなくなり」

次兄「そこへ来て姉さん達も『兄さん』になれば自然とそれに倣ったのかもしれん」

長兄「そうなんだ、既に人生においては『兄さん』『お兄さん』呼ばわりの方が長い」

長兄「そもそも……長姉達に『兄さん』と呼ばれるようになった時も」

著啓「ああこいつらも寄宿生活で大人びたのか、くらいの感想しか持たなかった……な」

次兄「じゃあ無理にお兄ちゃん呼ばわりさせることもなかったのに」
 
262 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:06:50.61 ID:V7A/ANY60
長兄「……な、仲間外れは……長姉と次姉もすっかり『お姉ちゃん』呼びが定着して……」

次兄「……」ジー

次兄「……誰かに何か言われたんでしょ?」

長兄「 」

長兄「……この間、町の初等学校で同学年だった連中と……幼馴染男の婚約祝いを口実に酒場で飲んだ」

長兄「で、幼馴染男が帰った後の残った奴らと、話の流れで」

次兄「ちょっと待った、主役が帰ったのにまだ飲んでたの?」

長兄「……酒の付き合いにはそんなしょーもない側面もあるんだよ、次兄」

長兄「話を戻すと、話の流れで幼馴染男の相手の長姉の話からうちの他の弟妹の話題になり……」

次兄「わかった。末妹が兄さんだけに他人行儀……ひいてはあまり好かれていないんじゃないか、とか言う人がいたんだろ?」

長兄「ああ、お前の読み通りだ、全員ではないが2〜3人ほど」

末妹「そんな」

長兄「もちろん俺自身は末妹に好かれていないなんて思っちゃいないぞ」

長兄「ただ……そういうふうに見る人もいるんだな、とはその時に思った」

長兄「親兄弟はわかっていても、他の人から見れば……と」

次兄「だから、とりあえず形だけでも取り繕えないかと浅薄にも考えた」ズバッ

次兄「己の五感より世間体を優先する兄さんらしい」バッサリ

長兄「……うぐぐ……そこまではっきり言わんでも……」ダメージ大

末妹「お兄ちゃん……」

次兄「安心せい末妹、別に俺は兄さんを苛めたいわけではない」

次兄「兄さんとて酒の席での野郎どもの軽口なぞいちいち気に留めるほど細かい男ではありますまい」
 
263 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:07:47.29 ID:V7A/ANY60
次兄「……でも、もしかしたら『それ以外の誰か』にもそのように見られてるかもしれない」

次兄「そんな疑念が湧いて不安になっちゃったんでしょ?」

末妹「それ以外の誰か……?」

次兄「末妹が兄姉達をなんて呼んでいるか日頃から聞いている人ですよ」

末妹「あ」

長兄「う」

次兄「いい? 兄さん」

次兄「あのひとの、洞察力に優れ細やかな心遣いで我々家族を支えてくれる彼女の目は、しょーもない節穴だと思うのか!?」

長兄「ちょっ」

長兄「ちょっと待て!? 『彼女』って!? 『家族を支えてくれる』って!?」

次兄「しらばっくれてもダメ」チッチッ

次兄「ボタンつけの件は、たまたま目撃してしまった俺と末妹の秘密ですが」

長兄「ボタンつけ……」

長兄「……末妹……ほんとに?」

末妹「……二人で庭にいる時、窓から……見えちゃったの……」

長兄「い、いや、そもそも前提がおかしい、ボタンの取れかけをつけてもらうなんて、次兄だってあっただろ?」

次兄「ボタンつけ云々ではなく今の兄さんの様子のおかしさが何よりの証拠」ビシィ

長兄「おかしい……そうか、俺の様子、おかしいのか……」

次兄「ちょろい兄」グフフ

末妹「……お兄ちゃん」
 
264 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:08:37.29 ID:V7A/ANY60
次兄「ま、今回は家政婦さんの事は置いといて、っと」ゼスチャー

次兄「末妹の『お兄さん』には、愛情と尊敬と信頼が込められている、そうは思わないか兄さん?」

長兄「尊敬……信頼……」

次兄「次姉ねえさんが末妹に『お姉ちゃん』呼びを持ちかけたのにはそれなりに立派な経緯がある」

次兄「今まで冷淡で無関心だった態度を改め、末妹との新しい関係を築こうとする」

次兄「そんな想いが込められた、いわば通過儀礼だったと言えましょう」

次兄「長姉ねえさんの場合は半分くらい便乗ぽいけど、それも置いといて」ゼスチャー

次兄「兄さんと末妹の関係はずっと良好だったじゃないか?」

次兄「末妹とほぼ対等に遊べるし時には逆に諌められる俺とはまた違った関係になるけど」

次兄「兄さんは妹達を……弟も? ……ずっと慈しみ守り続けてきたと俺達は充分承知しているよ」

末妹「そうよ、私だってお兄さんのこと、ずっと頼りにしているし、ずっと大好きよ?」

長兄「大好き」

次兄「ね、兄さん、呼び方なんて兄さんと末妹の間ではどうでもいいじゃない」

次兄「父さんも姉さん達も、それから家政婦さん、遠くで隠遁生活を送るばあや、そして天国のお母さん」

次兄「少なくとも、我が家の皆はわかってくれているはずだよ?」

長兄「次兄……」

長兄「すまん……ありがとう、ありがとう!! 俺もお前達が大好きだぁ!!」ガバッ!!

末妹「きゃ、お兄さん……」クスクス

次兄「脳筋的愛情表現ですなあ」フヘヘ

……
265 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/15(金) 00:09:53.48 ID:V7A/ANY60

※今回ここまで。次回は応接室の顛末です(たぶん)※

>>258 ありがとう
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/15(金) 00:52:48.69 ID:nDRhSK6UO
次兄はたまに洞察力がゴイスー

ところで長兄のガタイが想像以上だった件
267 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/16(土) 08:42:02.29 ID:04HjTBtt0

※次回はたぶん7/18頃に……※

体重は次兄の推測にすぎないのと着痩せするタイプなので見た目さほどガチムチでもないが
実家に戻る前はあらゆる肉体労働関係からスカウトが来たくらいにはいい体です、長兄
268 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/19(火) 00:07:58.16 ID:EIH4rIN30
そして応接室。

商人「……道に迷い、屋敷に導かれた私がバラ一輪を盗むことなく帰宅すれば、あの子達はあなた達と出会うこともなく」

商人「……少なくとも次にバラを誰かが折るまでは、おそらくは野獣も何事もなく……その後もあの屋敷で」

王子「…………」

師匠「そのことは」

師匠「既に、あの子達もそしてこの子も、充分過ぎるほど思いを馳せ、何度も考えました」

商人「ええ、私もわかっているつもりです」

商人「ですから……野獣が私達と同じ世界に暮らせなくなったことを悲しむより、きっかけを作ってしまったことを悔いるより」

商人「いまだ夢を通じて彼の愛するひとびとと繋がっていられることを、素直に良かったと今は思いたい」

商人「と言うか……それを喜ぶあの子達に同意できる自分でありたい」

商人「……ありたいが、その前に」

商人「菫花君、でよかったですか?」

王子「! は、はいっ」

商人「君は、この世界でいま幸せですか?」

王子「はい、幸せです!!」

師匠(即答しおった)

王子「……目が覚めて、この姿だった時」

王子「野獣は僕ではなかった、そして僕が再び存在することで野獣が消えてしまった、と思うと」

王子「混乱して、絶望して、悲しくて、消えてしまいたくて」
 
269 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/19(火) 00:08:55.34 ID:EIH4rIN30
王子「……それでも、使用人の皆さん、次兄君と末妹さん」

王子「野獣を好きだったみんなの為には、暫くは死ぬわけにはいかない」

王子「それがとりあえずの生きる理由になり」

王子「……そして、夢の世界で生きている野獣と、そして僕を追いかけてきてくれた師匠と出会い」

王子「みんなと屋敷で過ごす中で僕の考えも変わり」

王子「今ここにこうしていることは、本当に幸せだと思っています」

王子「……まだまだ知らなければならないことも乗り越えなくてはならないこともいっぱいですし」

王子「僕自身が必要以上の臆病者で、しかも簡単には治らないと思い知らされてはまた落ち込みますが」

王子「それでも、です」

商人「……そうか」

商人「それを聞いて、安心して君に頼むことができる」

王子「何を……でしょう」

商人「君から野獣に、私のさっきの言葉を、想いを伝えてほしい」

王子「……僕でいいのですか……?」

商人「ええ、ぜひ君に」

王子「……はい!」

師匠「ふむ」

…………
270 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/19(火) 00:10:24.68 ID:EIH4rIN30

※短いけどここまで。次回は近いうちに※
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 05:06:33.19 ID:RB6FuxgSO
272 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:20:56.00 ID:VB8G/fvJ0
店舗。

ドア:カチャ……

商人「次兄、末妹」

末妹「お父さん?」

次兄「どしたの?」

商人「お客様達がお帰りになる前にひとことお前達に挨拶したいと……どうぞ」

師匠「やあ、お忙しい所をお邪魔したね、我々はこのへんで失礼するよ」

師匠「今日はこのあと宿でゆっくりして、明日から牧場に行ってみようと思う」

王子「楽しみです、商人さんのお友達の牧場とかで」

末妹「ええ、うちにいるあの子の生まれた牧場です」

末妹「猫さんや犬さんもいるんです、みんな馬さんと仲良しで……素敵な牧場ですよ」

次兄「肉食獣は猫と小型犬と中型犬しかいないのでちょっと俺には物足りないです、まあ行ったことはないんですけど」ボソ

師匠「そんなわけで、この町には2〜3日滞在するので……いずれまた君達に会いに来るよ」

師匠「なんだったら……道も覚えただろう、今度はこいつ一人でな」ポン

王子「え、僕ひとりで?」

師匠「『え』はないだろうが……いい歳して、友達に会いに行くのに保護者同伴がいいのか?」

王子「い、いいえ……ただ……そうか、友達に会いに……」

次兄「菫花さんも友達いなかったから、今までそういう発想なかったんだよねー?」

長兄(『も』か……次兄よ……)シンミリ

師匠「ま、とにかく今日はこれで……土産も早く渡したいしな」

王子「ええ、そうですね師匠……それじゃ」
 
273 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:22:04.27 ID:VB8G/fvJ0
商人「またおいで菫花君、この子達に会いに」ニコ

王子「……ありがとうございます!」

末妹「お父さん……!」

次兄「ほう、なんか父さんと菫花さんの間の雰囲気が変わったかも?」

次兄「……おっさん魔法で何かした?」ポツリ

師匠(そんなわけあるか、突っ込まんがな)

……

宿への道……

師匠「手紙で予約は入れてはいるが、チェックインはあまり遅くならん方がいいだろう」

王子「ええ」

通行人達「アノヒトステキー」「ホントダ、カワイイー」

師匠「……そう言えばお前、顔を隠すのはやめたのか?」

王子「はい」

王子「……面識なのない人や親しい人とは違うタイプの人は怖いです、でもそれは……自分にしか目が向いていないから」

王子「落ち着いて周囲を見渡せば……なんのことはない」

王子「…………のかもしれないと、そう思えるような気がしてきたので」

師匠「ふむ……それなりに実りのある訪問だったか?」

王子「はい、野獣に早く伝えたいことができました」

師匠「そうか、まあ……よかったな」フフ

……
274 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:23:53.44 ID:VB8G/fvJ0
安宿のフロント……

主人「ほ、本当にいいんですか、こんな高級品……」ジー

従業員「ほげぇ、綺麗だしすっごく手触りいいスカーフっす!!」スリスリ

師匠(価格帯的にはあくまでも普段使いの範囲で、『そこそこ良い』程度の品物なのだが)

師匠(新品というのはそれだけで価値があるのかな)

主人「こんなに喜んで……俺がいいもの買ってやれないばかりに」

従業員「何を言うんすかおやっさん!! あたしこそもっと亭主の服装を気遣ってあげなきゃならない立場なのに……」

師匠「ん? 亭主?」

主人「ああ、言ってませんでしたっけ」

主人「仕事中は宿の主人と従業員ですが、実はこれ……うちの女房でして」

従業員「えへへ……もちろん最初は従業員と雇い主として知り合ったから、おやっさん呼びの方が慣れてんすけどぉ」ポッ

師匠「……まあ、歳の差の夫婦も珍しくはないわな」

従業員「ははは、うちの亭主老け顔ですけど、こう見えてもまだ30代入ったばかりなんすよ?」

主人「10歳離れているから、そこそこ年齢差はあるのですがね」

従業員「でも老けているのは顔だけで、脱いだらいいカラダしてんす!! 男はやっぱ筋肉、筋肉ですよ!!」

主人「こ、こら、お客様の前で……すみません、こいつ筋肉に目がなくて」

従業員「だってそう思うでしょ、男は筋肉っすよ、あ、もちろん今となっちゃおやっさん以外の筋肉は目に入りませんよ!?」

師匠「…………道理で、菫花が顔を隠さず宿に入っても特に反応しなかったわけだ」

師匠「この宿では平穏に過ごせそうだな、菫花」

王子「……そのようです」

…………
275 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:25:57.09 ID:VB8G/fvJ0
その夜のこと……

(末妹「……あら?」)

(末妹「これは夢ね、野獣様の夢に似ているけど……でも、家にいるのに……?」)

(次兄「……あれ?」)

(末妹「お兄ちゃん!?」)

(次兄「よう、なんかお屋敷にいた時の、野獣様の夢みたいな感覚だよな?」)

(末妹「お兄ちゃんもそう思う?」)

(王子「……」)ポカーン

(末妹「菫花さん!?」)

(次兄「いつの間にそんなところに棒立ちで」)

(王子「……どうして、ふたりとも……僕は宿のベッドで休んでいたはず……」)

(師匠「ふむ、これはさすがに予想外」ヌッ)

(次兄「おっさん!?」)

(王子「師匠!」)

(師匠「気が付いたらここにいたのだ、まあいくつかの推測はできるが……その前に」)

(師匠「……そんな所に隠れて様子を窺っていないで、出て来んか?」)

(バラの茂み「……」)

(末妹「え……まさか……」)

(野獣「……私には何が何だかさっぱりで、執事達と話をした後、今夜はもう休むつもりでいたら……」ノソリ)

(末妹「野獣様!?」)

(王子「……ど、どういうこと?」)

(次兄「           」コキーン)

(師匠「……少年、嬉しさが振り切れて固まっておるわ」)

……
276 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/22(金) 00:27:04.11 ID:VB8G/fvJ0

※今夜はここまでです。※
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 04:57:27.57 ID:V6rTZufdO

バラの茂みに隠れる師弟
278 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:45:45.24 ID:BiZYJHSM0
何故か、野獣の夢の世界。

(王子「……つまり、みんな気が付いたらここに、『バラ園』にいた……そういうわけですね?」)

(末妹「お兄ちゃん、動けるようになった?」)

(次兄「おっさんの魔法でなんとか」)

(野獣「師匠と菫花が旅立ってから日は浅いが、それでも森の外に出てから昨日まで何泊かしているはずなのに」)

(野獣「なぜ今夜いきなりこんな事が起きたのだろう」)

(師匠「儂等が旅立ってから、今まではなかった、今日が初めての出来事がひとつだけあるぞ?」)

(王子「……?」)

(師匠「商人の家と我々の宿、距離にして……屋敷のある森に当てはめると、どれくらいだ?」)

(王子「距離……そうですね、僕らが歩いた屋敷から北東の『森の出口』までの……半分にも満たないと思いますが」)

(次兄「ピクニックの時か」)

(師匠「それだけの近距離の範囲内に、儂の魔力に」)

(師匠「野獣を強く想っているこの子達、そして魔力を持つと同時に野獣と表裏一体の菫花」)

(野獣「あ」)

(師匠「これだけの条件が揃って……或いは、更にこの条件に引っ張られて、君の」)

(末妹「私?」)

(師匠「そう、君の持っている野獣の欠片が、またも何やらの作用を起こしたかもわからんが」)

(師匠「最低でも菫花と少女と儂が揃っていなければ起きなかったのだろう」)

(次兄「……俺は?」)

(師匠「そうだな……君は言うなれば末妹嬢の『おまけ』かな?」)

(次兄「むうう」プクー)
 
279 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:46:23.17 ID:BiZYJHSM0
(末妹「お兄ちゃんも野獣様を想う気持ちは私と同じよ?」)

(末妹「今夜のことに私が何か関係していると言うのなら、私とお兄ちゃんと2人の……力? ……だと思う」)

(次兄「フォローありがとう末妹はやはり俺の最初にして最後の味方です」ウルウル)

(野獣「……あながち単なる慰めではないかもしれんぞ?」)

(野獣「次兄の私への思い入れと言うか執着と言うか欲望というか……は常軌を逸しているから」)

(野獣「常軌を逸したお前ならば、魔法云々を飛び越えて今回の事態に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」)

(次兄「常軌を逸したって2回も言われました」イマサラ)

(師匠「……可能性か、可能性なら儂もゼロとは言い切れんが」)

(師匠「ま、とにかく、君達兄妹と菫花と儂が狭い範囲に集合しているが故に、野獣の夢の世界が屋敷や森の外に現れた」)

(師匠「今のところ、起こっている事実から分析できる答えはこれしかないかな」ヨッコラセ)

(王子「師匠、どこかへ行かれるのですか?」)

(師匠「うむ、この夢の世界でどれくらい『遠く』まで行けるのか、一度試してみたかったのだ」)

(野獣「相変わらず旺盛な探究心ですねえ」)

(師匠「初冬の夜は長い、と同時に、明けない夜はない。限りある時間を有意義に楽しく過ごそうではないか、お互いな」スタスタ)

(王子「……バラ園の向こうまで行っちゃった」)

(末妹「……限りある時間を……」)

(次兄「有意義に楽しく……有意義に楽しく……よし」キリッ)

(次兄「菫花さん!! 有意義におっさんの後を追い魔法使いとして探究心を満たしていらっしゃい、ほれほれほれ!!」シッシッ)

(王子「えっ? ええ?」オロオロ)

(野獣「こ、こら、体良く追い出そうとするんじゃない!」)

(末妹「お兄ちゃんたら、菫花さんを仲間外れにするなんて!」)

(次兄「あう」)
280 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:47:06.06 ID:BiZYJHSM0
(王子「ぼ、僕だって野獣に一刻も早く話をしたいことがあるんだ、そう簡単に追い出されないよ!!」)

(次兄「菫花さんが自己主張をしている!? 自我が芽生えたぁ!!」ショッキング)

(野獣「……次兄はどこまで菫花に失礼なのだ」ハァ)

(野獣「一応こいつは私と別人格でありながら同一人物でもあるのだぞ?」)

(末妹「そうよ、それにお兄ちゃんより年上なのに」)

(次兄「……しゅんまへん」ショボン)

(野獣「まあなんだ、この状況は言わば嬉しい摩訶不思議」)

(野獣「また屋敷に遊びに来た時には次兄と二人きりの時間も取ってやるから」)

(野獣「今夜はあり得ない状況を皆で楽しい物にしよう、な?」)

(次兄「……あい」コクリ)

(野獣「しおらしくしておればお前も少しは可愛げなくもないのに」)

(野獣「さて、菫花よ、私に話をしたいこととは何だ?」)

(王子「あ、えっと……」)

(王子「ぼ、僕より先に末妹さんのお話を……」)

(末妹「え、あの……な、何からお話ししましょうか」)

(野獣「なんでも構わんぞ、まとまっていなくても」ニコ)

(末妹「……そうだ」)

(末妹「ええと、私達がお屋敷から家に戻って、お屋敷の出来事を家族に話した時に……父が」)

(末妹「……父が……野獣様といつかゆっくりお話をしたかった、って、それができないのが寂しい、って……」)

(野獣「商人が」)

(野獣「……そうか、私に対して、彼がそう思ってくれるのか……」フフ……)
281 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/25(月) 00:48:02.26 ID:BiZYJHSM0

※このエピソードもうちょっとつづく※
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/25(月) 02:06:42.79 ID:8QlvTxkVO
むきになる王子が微笑ましい
もうすっかり好きなキャラクターの一人だ
283 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:08:03.55 ID:uN9Yd4tz0
(末妹(野獣様、優しい笑顔……))

(王子「それでは……僕は、その『続き』を伝えるよ」)

(末妹「続き?」)

(王子「商人さんは、僕から野獣に伝えて欲しい、と……」)

(王子「同じ世界に暮らせなくなったことを悲しみきっかけを作ってしまったことを悔いるよりも、野獣(きみ)が」)

(王子「……『いまだ夢を通じて彼の愛するひとびとと繋がっていられることを、素直に良かったと今は思いたい』って」)

(王子「続けて、『と言うか……それを喜ぶあの子達に同意できる自分でありたい』とも」)

(末妹「……今日、菫花さん達と父とは、そのことをお話ししていたのですね?」)

(王子「うん」)

(王子「それでね……商人さんは僕に、この世界で幸せか、って」)

(末妹「お父さんが」)

(王子「……230年ぶりに目を覚ました僕は、正直言って自分が幸せだとは思えなかった、それは知っているよね……」)

(王子「でも、野獣を大好きな皆のおかげで、野獣が消えずにいてくれたおかげで、今は幸せだと答えた」)

(王子「そしたら、安心して僕から野獣への伝言を頼める、って……」)

(末妹「お父さん……」)

(野獣「……商人がその心境に至るまでは色々と考えただろう、葛藤もあっただろう」)

(野獣「……私だって……しかし……今はただ彼の言葉が、彼の気持ちが嬉しい、心から嬉しい」)

(野獣「商人の言葉を伝えてくれてありがとう、末妹、菫花」)

(次兄「…………」)
284 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:09:17.30 ID:uN9Yd4tz0
(野獣「どうした、いつになくおとなしいではないか次兄?」)

(次兄「この心温まる場面には俺が口もしくはそれ以外の何かを挟める隙がないので」)

(王子「……でも次兄君、今日は機転を利かせて僕を助けてくれた」)

(王子「そうだ、あの時のお礼を言ってなかったね……ありがとう」)

(次兄「助け ?」)

(末妹「そうよ、お兄ちゃん、菫花さんに毛布を持って来てくれたじゃない」)

(末妹「私なら咄嗟に思い付かなかったわ」)

(王子「お陰で緊張がほぐれて、恐怖心も消えて、正気を取り戻せたんだよ」)

(野獣「ちょ、ちょっと待った、今日はどんな物騒な目に遭ったのだ!?」)

(次兄「……あれは、一番手っ取り早いと思ったから」)

(次兄「姉さん達にも、菫花さんは重度のヘタレで引き籠りで小心者で……とか説明するよりも百聞は一見になんちゃらで」)

(野獣「な、何があったのだ、本当に……」)

(王子「買い物……だよ」)

(野獣「……か……」)

(野獣(師匠が企んでいたのはそれか……))

(野獣「では……最初から話しておくれ」)

……………………

(野獣「……なるほどな……」フゥ)

(野獣(菫花の不安と混乱が、手に取るようにわかってしまう……わかりたくないのに))
285 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:10:46.60 ID:uN9Yd4tz0
(王子「でも、次からは大丈夫」)

(王子「……だと思う」ボソ)

(末妹「ええ、きっと大丈夫です」)

(末妹「菫花さんは、今までだって一つずつできなかった事を乗り越えて来たじゃないですか、だからこれからも」)

(王子「……末妹さんが大丈夫と言ってくれるなら今度も本当に大丈夫な気がする、不思議と、いつもそうだ……」)

(末妹「菫花さんの努力のたまものですよ」ニコ)

(野獣「…………」)

(野獣「ああ有言実行だ、今度からは最初から最後まで一人でうまくやれよ菫花、な!?」バンバン)

(王子「あぅ、君の大きな手で背中叩かないで……」ケホケホ)

(次兄「野獣様の言うとおりー、たかが買い物、男だったらドンと行けー」)

(野獣「さて、今度は……末妹、逆に私から聞きたい話はあるかね?」)

(末妹「あ、あります!」)

(末妹「メイドちゃん達の様子を聞きたいです、元気で過ごしているんですよね?」)

(次兄「俺も執事さんの様子聞きたいでっす!!」)

(野獣「うむ、4匹とも騾馬小屋の内装作業を毎日がんばっているぞ」)

(野獣「しかしな……メイドは、自分にできる仕事があまりないとこぼしていた」)

(末妹「メイドちゃんが」)

(野獣「今夜もな、あいつが言うには、菫花も師匠もきれい好きだから留守の部屋掃除はホコリを払うくらい」)

(野獣「二人が留守だから、料理の手伝いもなし」)
286 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:13:00.14 ID:uN9Yd4tz0
(次兄「言われてみれば執事さん達も食材そのままの方がいいから、料理長さんも4匹だけの時はわざわざ料理をしないよなぁ」)

(野獣「騾馬小屋の内装だって重い板を運んだり、高い所に登って釘を打ったり、なんてあいつには無理」)

(野獣「師匠が用意した材木は執事か料理長しか運べない、庭師は力仕事は無理でも高所の細かい作業を一手に」)

(王子「……でも、人間だってそもそも大工仕事は女の子の仕事ではないよね?」)

(野獣「だがな、メイドにとって今は家の中の仕事は無いに等しい」)

(野獣「師匠も菫花も、滞在する客人も……私も……いない状態では」)

(野獣「掃除も料理も、お茶の時間も必要ないのだから」)

(王子「それもそうだね……」)

(野獣「……あと、私の憶測だがな……単に手持無沙汰が不満なだけではあるまい」)

(野獣「屋敷の主の世話が必要なくとも、留守中に言いつけられた仕事を手分けしてこなしている執事、料理長、庭師」)

(野獣「実質それを見ているしかできないあいつは、きっと寂しさを感じている」)

(野獣「師匠もそこまでは読めなかったかもしれないが」)

(野獣「メイドがそのように思っている状況を望んでもいないだろう」)

(末妹「……寂しがっている……メイドちゃん……」)

(野獣「で、私は考えた」)

(野獣「……こういう時、末妹ならば何か考えついてくれないだろうか、と」)

(末妹「え?」)

(王子「確かに、末妹さんには僕らには思いもよらない思い付きがあるかもしれない!」)

(次兄「確かに、乙女心は乙女こそ理解できるかもしれない、少なくともここにいる男子達(自分含む)に比べたらー!」)

(末妹「メイドちゃんの……できること……?」)
287 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/27(水) 00:13:28.56 ID:uN9Yd4tz0

※つづく。読んでくれてありがとうございます。あつはなついね※
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/27(水) 06:12:18.97 ID:tDXugaBEO
289 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:32:28.02 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「……メイドちゃんがうちの家政婦さんに送ったクローバーの押し葉ですけど」)

(末妹「自分で作った押し花のしおりを、お屋敷で読書している時に使っていたらメイドちゃんが興味を持ったので……」)

(末妹「簡単な押し花の作り方を教えてあげたのです」)

(末妹「だから……メイドちゃんが作った押し花を小さな額に入れて」)

(末妹「騾馬小屋とお屋敷をつなぐ渡り廊下に飾ったら素敵じゃないかな……と」)

(野獣「ほう、渡り廊下をね」)

(王子「確かに師匠も僕も実用的な内装ばかり考えて、装飾までには思い至らなかったな」)

(末妹「あ、でも……今の季節は、もうお花はないですよね」)

(野獣「うむ、現実世界は冬だからな……」)

(次兄「……そうだ末妹、昔ばあやに教わったアレは?」)

(末妹「え?」)

(次兄「小さい頃、裁縫の練習用にばあやが余った端切れをくれたじゃないか、その時に教えてくれただろ?」)

(末妹「ああ、あれなら季節に関係なくできるわ! メイドちゃん器用だし」)

(野獣「ふむ? 何を思い出したのだ?」)

(末妹「色とりどりの布でお花を作るんです、花びらや葉っぱに少しずつの布でいいから、端切れがあれば充分です」)

(王子「なるほど、造花ですか」)

(末妹「本物の花そっくりには作れませんが、あえて布の材質を活かしても可愛らしく仕上がりますよ」)

(野獣「……末妹、お前が作った造花は家のどこかに飾ってあるか?」)

(末妹「私が作った……ですか?」)
 
290 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:34:52.88 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「ええと……友達にあげてしまったり、コサージュにして普段は箪笥にしまっていたり……飾ってあるのは……」)

(末妹「あ、2年前に作ったものを、父が書斎の机に飾ってくれています」)

(野獣「商人の書斎だな?」シュパッ)

(王子「あ、仮想の窓」)

(野獣「……ふむ、これか。なるほど、可愛らしいベゴニア……かな?」)

(末妹「……恥ずかしいです、そのつもりで作り始めたのですが、どんどん見たことないお花になってしまって……」)

(野獣「いやいや、きれいに作ってあるし、一株に黄色と白とピンクの花が同居しているのがまた可愛い」フフ)

(末妹「同じ色の布が足りなくて……」)

(野獣「うむ……これならばメイドも楽しく作業ができるだろう、あいつ裁縫は得意だものな」シュン)

(次兄「…………でも、それをメイドさんにどうやって作り方を伝えるの?」)

(次兄「また俺達がお屋敷に行く時より、おっさんや菫花さんが旅から戻る方が先ですよね?」)

(野獣「む、それは……鏡で末妹が造花をメイドに見せてだな」)

(王子「完成品を見せただけで作れというのは……いくらなんでも、ねえ末妹さん?」)

(末妹「ええ、菫花さんの仰る通りです……」)

(野獣「む」)

(王子「末妹さんが鏡の前で作る手順を見せては?」)

(野獣「いやいや待て、週に一回の交流で鏡を使える時間を考えると、完成まで何週間かかるのだ?」)

(野獣「時間を長くしたり、回数を増やすのか? 皆で決めた約束事を破るのもどうかと思うが?」)

(王子「そ、そうだね……でも、メイドさんのことを考えると……」)

(野獣「む、むむむ……」)
291 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:37:07.20 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「……そうだ、私が野獣様に作り方を教えて、野獣様からメイドちゃんに教えてくだされば!!」)

(野獣「え」)

(次兄「いいね、仮想の窓だっけ? おっさん達がこの町に滞在中、あの魔法で家の様子が見えるなら……」)

(末妹「……私は野獣様が目の前にいらっしゃるつもりで……初心者向けのお花を、少しずつゆっくり作ればいいのね……うん」)

(野獣「あの」)

(末妹「基礎さえわかれば、色や形を変えたり花びらを増やしたりするのは応用ですもの」)

(野獣「……えーと」)

(末妹「……あ! ごめんなさい野獣様、私ったら勝手に……」)

(次兄「野獣様、この末妹のアイディアは机上の空論の先走りでしょうか……いかがでしょ?」チラッ)

(野獣「むむむむむ……」)

(次兄「そもそも末妹の力を借りたいと仰ったのは……ねえ?」チラチラッ)

(野獣「…………わかった、末妹……明日から、一番簡単な造花を作ってみせろ……」グウノネモデネエ)

(末妹「まあ、野獣様!!」パァァ)

(末妹「ありがとうございます、7歳の時に最初に教わった一番簡単なお花ですから、すぐに覚えられますよ!!」)

(野獣「う、うむ……頑張るぞ、メイドのためだ、頑張るぞ」)

(野獣「7歳児でも作れるならば……私でもなんとか、じゃなかった! 私には造作も無かろう!!」)

(野獣「何より人に教えるのが上手な末妹の事だ、うむ、心配ないぞハハハハ……ハァ」)

…………
292 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:40:29.73 ID:Rsjq9VVA0
(師匠「子供達(菫花含む)はもう眠りについて、この夢の世界にはお前と儂だけ」)

(師匠「……で……明日からお前は手芸の造花を教わるのか」)

(野獣「……メイドのため、そしてメイドのため一生懸命考えてくれた末妹のためですから」)

(師匠「自信ないか、まあ、魔法抜きで裁縫などやったことないものなあ」)

(師匠「魔法なしで出来なくては、メイドに教えることはできんしな、頑張れ」ニヤニヤ)

(野獣「い、一度約束したからには守りますよ、少なくとも努力しますよ!!」)

(野獣「それより師匠、遠くってどこまで行けたのですか!?」)

(師匠「強引に話題を変えおって」)

(師匠「そうだな、お前達にはこちらは見えていなかったようだが、儂からはお前達の様子が見えていたぞ」)

(野獣「……それはどういう仕組みで?」)

(師匠「儂にもよくわからんが、とりあえずお前が見えなくなってしまうほど遠く離れることは無理なようだな」)

(師匠「会話も全て聞こえていた、だからさっきの話も、実はお前から聞くまでもなかったのだ」)

(野獣「不思議ですね、今度いつか、逆に私が師匠のいる場所から離れてみる実験をしてみましょうかね……」)

(野獣「……見えていた、聞こえていた……」)

(師匠「……『末妹さんが大丈夫と言ってくれるなら今度も本当に大丈夫な気がする、不思議と、いつもそうだ』」))

(師匠「『菫花さんの努力のたまものですよ』……だったかな」)

(野獣「ちょ」)

(師匠「激励しつつ、ドサクサでばしばし叩いていたのは嫉妬か?」)

(野獣「ちょっと待ってくださいよおおおおおおおおお」)

(師匠「恥ずかしがらんでも」)
293 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:41:41.09 ID:Rsjq9VVA0
(師匠「前にも言ったろう、お前は生きて心がある限り、生身の存在に嫉妬するのは仕方ない、と」)

(師匠「それでも自分の心を手放したくない、とはっきり儂に告げたではないか?」)

(野獣「確かにそうですけど……」)

(師匠「まあ……今のところあの二人は教師と生徒、きょうだいの上と下、親と子、そんな関係だな」)

(野獣「どっちがどっちの……って、聞くまでもありませんね……」)

(師匠「末妹嬢は菫花相手にすら年長者としての敬意を払っておるが」)

(師匠「無意識の中では『手のかかる次兄が増えた』という認識が一番近いのではないだろうか?」)

(野獣「……彼女にとっての次兄のようなものですか……」フクザツ)

(師匠「今のところと、おそらくこの先しばらくは、な」)

(野獣「……」)

(野獣「……私は、末妹にも、菫花にも次兄にも、幸せな人生を送って欲しいと思っています」)

(師匠「ああ、その言葉に偽りがないのはわかっている」)

(師匠「だからお前は思う存分……泣いて笑って怒って沈んで凹んで萎れて腐って、構わんのだぞ?」)

(野獣「……構わないのですか」)

(師匠「儂はお前の味方だ、お前だけの味方ではないが」)

(野獣「……甘い父上ですね」フフ)

(師匠「甘いとも、出来の悪い『長男』よ」フフ)

……………………
294 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/01(月) 00:42:08.82 ID:Rsjq9VVA0

※ここまででした、また次回※
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 02:56:18.65 ID:hopBaCqqO

野獣が裁縫ww
296 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:55:55.14 ID:QmTXQ2QA0
翌日、末妹の部屋。

末妹「……野獣様と約束した時間になった、と……」

末妹「それでは……手芸教室を始めますよ、野獣様」

次兄「はーい、仮想野獣様の次兄ですー」オテテフリフリ

末妹「……野獣様がご覧になっているのはわかっていても、やっぱり目の前に誰かいた方がやりやすいと思いました……」

末妹「改めて」コホン

末妹「こちら……緑の布を切りぬいた葉っぱと『がく』です」

末妹「これは白い布で作った花びらです、それと……」

末妹「……切り抜いた部品はこうやって、並べておいて」

末妹「同じ物がこっちにあります、お花を作って行くのはこっちを使います」

……

同時刻、野獣。

(野獣「……なるほど、組み立ててしまうと部品の形がわからなくなってしまうから別に用意したのか」)

(野獣「さすが末妹は賢い」)

(野獣「……おっと、それより必要なものを用意せねば」ポワン)

(野獣「針と糸、それから末妹が用意したものと同じ切り抜いた布、と」ポワンポワン)
297 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:57:10.99 ID:QmTXQ2QA0
(野獣「思うだけで服を着替えるのと同じように」)

(野獣「現実世界に実際に存在するものはこっちの世界に出現させることができる」)

(野獣「但しごくありふれた無生物に限る、生き物のように『替えが効かない存在』では不可能だ」)

(野獣「要するに、厳密に言えば寸分たがわぬ作りの別物で」)

(野獣「末妹の部屋に同じ造花の部品が二つあるのと変わらん、私の目の前に三つめがある、こういうことだな」)

(野獣「……さて、針に糸を通す手順からやってくれるのか、いくらなんでもそれくらいの知識はあるぞ」)

(野獣「自分の手元が見えん老眼の爺さんでもないし、まだ、な」)

(糸→針穴)

(野獣「だから、ここまでは簡単……」)

(糸↑針穴:スカッ)

(野獣「……む」)

(糸↓針穴:スカッ)

(野獣「くっ……」ワナワナ)

(野獣「やむを得ん!」ポワン)

(糸→針穴→:シュルッ)

(野獣「い、糸通しの工程くらい魔法を使ってもバチは当たるまい、メイドには容易く出来て当たり前なのだからなっ!!」)

(野獣「……私の太い指にはかなり骨が折れるわ……」フゥ)

……
298 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:57:51.25 ID:QmTXQ2QA0
末妹「……野獣様、いまごろ糸が通せたかしら?」

次兄「野獣様のこと、自分の手のサイズに合わせた針穴のでかい太い針とか用意してんじゃない?」

(野獣「その手があったか……まあ今更変えてもな、布も大きくしなくてはつり合い取れんし……」)

(野獣「ふむ、花びらの部品を大きさの順番に重ねて……ふむふむ」)

……

末妹「……野獣様、お疲れさまでした」

次兄「ほんと初心者向けなんだなあ、もう完成しちゃったよ」

末妹「うん、ばあやに最初に教わったお花だもの……でも……」

……

(野獣「……」ゼェハァ)

(野獣「末妹、私は頑張ったぞ、お前が懇切丁寧に教えてくれたおかげで最後までやり通せたぞ!!」)

(野獣「……」)

(野獣「この世界でも針で指を刺すと痛いものだな……何十回刺した事やら」ハァ)

(野獣「傷も残らんし血も出ないから良いが、物質世界ならば造花が血まみれになっていた所だ……」)

(野獣「だが……初心者にしては、我ながらなかなか良い出来ではないか?」テマエミソ)

(野獣「……メイドに教える前に、『講師』に見てもらわんとな」)

……
299 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:59:27.66 ID:QmTXQ2QA0
……で、その夜。

(野獣「……どうだね末妹、私の初の作品は?」)

(末妹「わあ……初めてでここまでできるなんて、野獣様はお裁縫の才能があります!」)

(野獣「うふふふふ……」ニマニマ)

(師匠「少なくとも7歳児には劣らずに済んだようだな」ニヤニヤ)

(野獣「……なぜ今夜も全員お揃いなのでしょうか」)

(王子「師匠の話では、屋敷にいる時と違って、この世界に入る時だけはコントロールができなくなるらしいよ」)

(次兄「入る時『だけ』?」)

(師匠「ああ、全員が現実世界で眠りにおちた途端に各自の意志とは関係なく、こうなってしまう」)

(師匠「しかし出る時は今までと同じように、この世界で『眠れば』良いのだからな」)

(野獣「今夜は次兄や師匠の相手をする時間はありませんよ」)

(野獣「講師(末妹)にお墨付きをいただいたら、早速メイドに教えないと」)

(末妹「……それでは私も早速」コホン)

(末妹「野獣様おみごとです、免許皆伝ですよ……なぁんて、生意気ですね私ったら」テヘヘ)

(師匠「何、君はこの中では儂のつぎに精神年齢が高いから問題ない」)

(次兄「おっさんが言わんとしているのは……末妹は14歳相応の精神年齢で、野獣様はじめ俺達は……お察しください、だよね」)

(野獣「……師匠も頭の中は相当な悪童ですけどね」ボソ)
300 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 21:01:54.03 ID:QmTXQ2QA0
(師匠「何か聞こえたがまあよいわ、いずれまたゆっくりじっくりと」)

(師匠「では……我々は立ち去るとしよう、明日も早いからな菫花」)

(王子「はい、それではおやすみなさい、そしてありがとう末妹さん、次兄君……」)

(末妹「おやすみなさい、菫花さん、師匠様」)

(王子「……野獣、メイドさん達によろしくね」)

(野獣「ああ、きっとメイドも元気になるさ」)

(師匠「眠りの魔法……」ポワワン)

(野獣「……さてと」)

(次兄「……とっとと眠ったほうがいいんですよね、はいはい」フテクサレ)

(野獣「執事に伝言があれば聞くぞ、次兄」)

(次兄「!!」)

(次兄「そ、そんな野獣様、(俺をめぐる)恋敵(=執事さん)に塩を送るような真似とか、どういう風の吹きまわしで!?」ゲヘヘヘヘ)

(野獣「……お前のその台詞は理解できない、いや、理解したくもないが」)

(野獣「執事の気分を害するような内容ならば私が握り潰せば良いだけ、とりあえず言ってみろ」)

(次兄「えーとえーと、おっさん達が騾馬を慣らすのに使う執事さんの獣臭セット、あれと同じ物を今度会う時に俺用にひとつ」)

(次兄「使い古しのだけど可能な限りフレッシュな手袋と抜け毛はなるべく毛足の長い冬毛のー」)
301 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 23:06:58.21 ID:QmTXQ2QA0
(野獣「はい、とっとと眠るがよい」ドカン)

(次兄「きょええ!?」ゴトッ)

(末妹「……一瞬で眠って夢から出て行っちゃった」)

(野獣「特製の……超強力な眠りの魔法だからな」)

(末妹「それじゃ、私もそろそろ」)

(野獣「まあ待て、改めて末妹には礼を言いたい」)

(末妹「そんな……思い付きを採り入れてくださって、私こそ光栄です」)

(野獣「無論、今回のこともだが……それだけではない」)

(野獣「メイドだがな、使用人の中で、いや、屋敷で最初にお前と仲良くなったのはあいつで……」)

(野獣「お前と触れ合う中で、あいつも変わって行った」)

(末妹「メイドちゃんが? 変わった?」)

(野獣「ああ、使用人になった時から、従順で素直なのは変わっていないが……」)

(野獣「自分の頭でいろいろ物を考えたり、言いつけ以上のことをやってみようと工夫したり」)

(野獣「お前と出会ってから、次第にそういう姿が見られるようになって来たのだよ」)

(末妹「……」)

(野獣「あいつなりに、家族と離れて暮らすお前のために心を砕いていたのだろうな」)
 
302 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 23:57:30.71 ID:QmTXQ2QA0
(末妹「……私が初めてお屋敷に来て、2〜3日たった頃」)

(末妹「メイドちゃん、私の押し花のしおりを見て、初めは絵かと思ったそうですけど」)

(末妹「乾燥させた植物の匂いがするから……それは何ですか、って聞いて来たのです」)

(末妹「乾燥させた花をお茶や薬にするのではなく眺めて楽しむ……というのは初めて知ったらしくて……」)

(末妹「不思議がっていましたが、前の季節に咲いたお花を忘れないように……って話したら納得してくれました」)

(野獣「末妹はあいつに新しい世界を見せてくれたのだ」)

(末妹「そんな大げさなものでは」)

(野獣「いやいや、お前はあいつの初めての『女の子の友達』だからな」)

(野獣「お前もメイドを『同年代の少女』として扱ってくれた」)

(野獣「末妹の振る舞いや考え方、女の子の遊び、私や執事達だけと触れ合っていては得られなかったもの」)

(野獣「それらがあいつを成長させ、賢くさせた」)

(野獣「正直言うと……メイドをただの子兎から使用人にする魔法をかけた私自らが……」)

(野獣「あの子が従順で愛らしければ、それ以上は要求も期待もしていなかった、それでいいと思っていた」)

(野獣「なのに、末妹から得たもので私の魔法以上に育ってくれた」)

(野獣「お前が意図していなかったとは言え、それでもお前のおかげなのだ、ありがとう」)

(末妹「野獣様……」)
 
303 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/05(金) 23:58:21.86 ID:QmTXQ2QA0

※今夜はここまで。お盆休み?に入ります……8月半ばに再開します、皆様お元気で※

300超えてしまった……500レス以内には終わらせる予定……
 
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 00:24:45.71 ID:Hi2GIFdRO

末妹ちゃん天使すぎ問題
305 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:33:38.22 ID:DRmNCapN0
(末妹「私も、メイドちゃんのおかげでお屋敷により早く馴染めたと思います」)

(末妹「……野獣様や執事さんは、最初のころはやっぱり……ちょっぴり怖くって……」)

(末妹「でも、小さな兎さんのメイドちゃんが生き生きと明るく働いているのを見ていたら」)

(末妹「ずっと大きな生き物の私が怖がるのもおかしいかな、って」)

(野獣「……確かにメイドより大きな生き物には違いないな」))

(末妹「知れば知るほど皆さんは優しくて……メイドちゃんも野獣様や執事さんを尊敬しているって伝わってきて」)

(末も妹「皆さんと知り合えてよかったって私も思うようになって」)

(末妹「そうなった最初の目を開かせてくれたのは、きっとメイドちゃんです」)

(野獣「……それを聞いたら飛び跳ねて喜ぶぞ」フフ)

(末妹「ええ、ですから早くメイドちゃんに」)

(野獣「そうだな、私だけが末妹に会えたと言ったら、むくれるかもしれんが」)

(末妹「私だって鏡越しじゃなく会いたいから、再会を前よりもっと楽しみにしている、って伝えてください」)

(野獣「わかった……末妹、また明日な」)

(末妹「はい、おやすみなさい野獣様」ニコ)

(野獣「おやすみ……眠りの魔法……」フワッ)

(野獣「……さあ、手順を忘れぬうちにメイドに教えてやらねば」)

…………
306 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:35:00.38 ID:DRmNCapN0
そして、メイドと野獣……

(メイド「……ふぇ、不思議ですねえ」)

(メイド「でもすっごく嬉しいです、末妹様が私のことを想ってくださるのは」)

(メイド「やっぱり末妹様、大好きです!!」ピョーン)

(野獣「……思いがけずとは言え私だけ会えて、なんだか申し訳ない気がするが」)

(メイド「よかったですね、ご主人様」)

(野獣「え?」)

(メイド「末妹様にお会いできて、よかったですね!!」)

(野獣「う、うむ」)

(メイド「だって私達はご主人様と違って短い時間とは言え週一回鏡でお話しできるし」)

(メイド「末妹様と違って毎晩夢でご主人様とお話しできますもの」)

(メイド「だから、お二人がお会いできてよかったです!!」)

(野獣「……そ、そうだな、ありがとう……」)

(野獣(てっきり羨ましがってむくれると思っていたが……))

(野獣「……メイドよ、お前も大人になったなあ」)

(メイド「??」)

…………
307 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:37:29.52 ID:DRmNCapN0
二日後の夜、夢の世界のバラ園。

(師匠「……この町の牧場の騾馬はとてもよかったが、とりあえず予定の牧場は全て回ろうと思う」)

(王子「なので、明日僕等はここを発ちます」)

(次兄「ということは野獣様ともまたお別れええええええ」ミョキャピェー)

(野獣「変な泣き声を上げるんじゃない」)

(末妹「思いがけない再会、嬉しかったです……」)

(野獣「ああ、私もな」)

(次兄「俺も嬉しかったでっすっ!!」ゴリゴリゴリ)

(野獣「わかってるわかってる、顔をごりごり押し付けながら主張せんでも良いわ気色悪い」ムギュ)

(王子(僕と元は同じなのにハッキリ言う時は言うなあ野獣は)) 

(次兄(びゃああ野獣様の大きな手で顔を鷲掴みとか荒々しい御褒美いぃぃぃぃ)モゴモゴ)

(師匠「おいおい、口を塞いでいないか?」)

(野獣「鼻は塞いでいないから呼吸はできますよ」)

(末妹(お兄ちゃんなんだか嬉しそうだから、心配はいらないみたいね……))

(末妹「……良い騾馬って、どんな子がいたんですか菫花さん」)

(王子「うん、まず見た目が僕の理想の毛色をした、きれいな若い騾馬でね……」)
 
308 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:40:08.20 ID:DRmNCapN0
(王子「それに、執事さんのにおいを嗅がせても怯えた様子がなかったんだ」)

(王子「大きな犬が一頭いてね、牧場主さんの話では生後半年なのに他の犬達より大きくて、その騾馬とも仲がいいんだって」)

(末妹「あら、その犬さんの話は知らなかったわ……最近牧場に来た子なのね」)

(師匠「山岳地帯の猟師の家で生まれた子犬を譲り受けたと話していたが、儂の見たところ幾らか狼の血が入っているな」)

(末妹「あ……」)

(野獣「どうした末妹、複雑な顔をして」)

(末妹「……『狼の血を引く大型犬』がわりと近所にいるって、お兄ちゃんに聞かせてよかったのかしら、と思って……」)

(師匠「ああ……少年の好みのタイプと言うやつか」)

(野獣「大丈夫、執事の獣臭セットの話題が出たあたりから指で両耳を塞いでいるので」ガッシリ)

(次兄(みんなの話は聞こえないけど野獣様臭を間近で嗅げるからもう少しこのままでいいや)クンカクンカ)

(師匠「とにかく有力候補として、我々が旅を終えて返事をするまで、他には売らないでくれる約束をしたよ」)

(末妹「そうですか、幸先が良い……と言うのですよね、こういう時は」)

(王子「うん、最初からいい子に出会えて、これから何軒も牧場を回るけどこの先も楽しみだよ」)

(師匠「ま、君達とも野獣ともまたしばらく会えないが……明日この町を発つ前、菫花を君の家に顔出しさせるよ」)

(王子「そう言えば約束していましたね」)

(師匠「商人の家まで送り届けてやろうか? それとも宿屋まで迎えに来てもらおうか?」)
 
309 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:42:17.64 ID:DRmNCapN0
(王子「もう大丈夫ですってば!!」)

(末妹「ふふ……お待ちしております菫花さん」)

(末妹「そうだ野獣様、メイドちゃんすっかり元気になって布の造花を作り始めたそうですけど」)

(末妹「今日の昼間の様子はどうでしたか?」)

(野獣「ああ、私が教えた花はすぐ作れるからと……」)

(野獣「執事から早くも自粛するよう忠告されたそうだ」)

(末妹「ええっ!?」)

(野獣「昨日の朝から今日の昼までかかって、すでに渡り廊下の壁がお花畑になる勢いだとか」)

(野獣「……そんなんだから、応用編として一つ作るのに時間のかかる凝った造りの花を自分で考えることにしたらしい」)

(末妹「自分で……」)

(野獣「料理長が料理をあれこれ自分の考えで工夫するように、自分にも教わった通りから更に工夫できるはずだと」)

(野獣「とにかく、寂しがっている暇はないくらい張り切っているようだ」)

(末妹「よかった、本当によかった……」)

(王子「僕も安心したよ……末妹さんと野獣のおかげだね」)

(野獣「花と言えば……師匠、このバラ園の片隅に、現実世界の屋敷では見たことのない色が一輪咲きましてね」)

(師匠「おお、それなら儂も見つけたぞ、少し珍しい色だなと思ってはいたが」)
 
310 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:43:46.90 ID:DRmNCapN0
(師匠「まさか屋敷のバラ園にない色とまでは思わなんだ」)

(王子「ええっ、不思議ですね」)

(野獣「もしかしたら、来年以降に屋敷で咲くバラかもしれない」)

(師匠「ほう、それについてお前はどう考察しているのだ?」)

(野獣「230年の間に自然交雑が起きて……しかしバラ園には枯れない魔法と同時に新しい芽も出ない呪縛もかかっていた」)

(野獣「魔法が解けて、新しく生えて来るバラが……きっとそれなのですよ」)

(末妹「わあ……どんなお花なのかしら」)

(王子「見てみたいなあ……」)

(師匠「どれ、儂が案内してやろう、二人とも……ついておいで」)

(王子「あっ次兄君も」)

(次兄「……」ウットリ)

(末妹「……この上なく幸せそう」)

(王子「顔の下半分が隠れているにも拘わらずそれがわかるって余程だね……」)

(師匠「邪魔しちゃ可哀想だ、もっと正直に言うと構いたくない、さ、我々だけで見に行こう」)

(王子&末妹「「はい!」」)

(野獣「……」)

(野獣の手:スッ……)
 
311 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:45:08.33 ID:DRmNCapN0
(次兄「はぅん?」ハッ)

(野獣「我に返ったか」)

(次兄「……皆は? なんかあっちの方に行ったみたいですが」)

(野獣「私があっちの方に咲いた珍しいバラの話をしたら、見に行こうとなってな」)

(次兄「……つまり、理由をつけて人払い……」)

(次兄「そんにゃ回りくどい真似をしてまで俺と二人っきりになりたかったなんてえええええええええええ」ガバァァァ)

(野獣「私を押し倒そうとか200年早い!!」ヒョイ)

(次兄「お約束ぅ!!」ビターン)

(野獣「……せっかくお前との時間を取ってやろうと思ったのに、調子に乗ると『また』超強力眠りの魔法をおみまいするぞ?」)

(次兄「そ! それだけはご勘弁を」)

(次兄「末妹には野獣様に余計な気遣いさせたくないからと口止めしていましたが、実は昨日の朝はですね!!」)

(野獣「ん?」)

(次兄「長兄に(扉を)ノックされても次姉に(尻を)キックされても目が覚めないのでお医者が呼ばれたんですよ?」)

(野獣「う、それは済まなかったな、午前10時には自動的に目覚める効果も加味されていたのだが……」)

(次兄「ええ、お医者が部屋に入った途端に何事もなかったように目覚め、おかげで事情を知らない姉達は呆れるわ」)

(次兄「同じく事情を知らない父と兄と家政婦さんはその後も一日じゅう心配するわ」)

(次兄「唯一事情を知る末妹は大ごとになる前に学校行ったから帰宅して話を聞いてびっくりするわ、散々でしたー」)
 
312 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/14(日) 21:49:36.11 ID:DRmNCapN0
(野獣「悪かった本当に悪かった、しかし……お前が好き勝手してよい理由にはならんからな、それはそれこれはこれ」)

(次兄「くっ流石は野獣様、付け入る隙を与えてくれない……」)

(野獣「……限られた時間、一方的に欲望を満たすより」)

(野獣「我々双方のそこそこ良い思い出になるよう、お互い譲歩する方が有意義とは思わんか?」)

(次兄「むう……正論です」)

(次兄「それでは野獣様のペースでこの場を進めてくださいどーぞ」)

(野獣「やれやれ、自分本位かと思えば人任せ、お前は本当に良く言えば不器用、悪く言えば……」)

(野獣「……泣かれると面倒だからやめておこう」)

(次兄「いいんですよどうせ俺ですから何と言われたって」イジイジ)

(野獣「機嫌を治せ、それより……勉強を頑張っているか? 今はどんなことを学んでいる?」)

(次兄「……がんばっていますよ、家庭教師に習った勉強の復習はほぼ完璧ぽいので、各教科のもう少し上を」)

(野獣「ほう、図書館に通っているのはそのためか」)

(野獣「絵の方は?  動物しか描けないのでは通用しない、のだろう?」)

(次兄「……まだ誰にも見せられませんが……人知れず影の特訓は絶やしていません」)

(野獣「特訓(絵の練習とも言うが)の成果が実を結ぶ日が楽しみだな!」)

(次兄「……うへへ、少なくとも無駄にはしませんから」)
 
313 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/14(日) 21:50:15.97 ID:DRmNCapN0

※とりあえず再開。今夜はここまででした※

いつもと違う機種で書き溜めしたせいかカッコの半角全角がおかしな感じに……
投下してから気づきましたごめんなさい……
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/15(月) 13:10:10.94 ID:+uMb0nUGO
乙。ピョーンってするメイドちゃん可愛い

あ、あと>>1に残暑お見舞い申し上げます。
http://s3.gazo.cc/up/59983.jpg
昨年より大きく育ったもよう
315 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/15(月) 23:51:57.94 ID:V7Arh/qJ0

※お知らせだけ。今週はあと1回もしくは2回更新予定です※

>>314
去年の続き&アニマルズ可愛く描いてくれて、ありがとうありがとう!
設定もこんな感じのサイズ比なんだけど、こうして見ると執事やっぱりでかいわ……
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/19(金) 23:02:07.20 ID:8ojf0xtHo
今週が去っていく〜
絵がもう消えてるぅorz
317 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/20(土) 22:49:32.15 ID:+fKwbDSI0
(末妹「お兄ちゃーん、野獣様ー」)

(野獣「お、戻って来たな」)

(野獣「……またお前とゆっくり話ができる日を楽しみにしているぞ」フフッ)

(次兄「社交辞令でも嬉しっす……」ウヒヒ)

(野獣(本音なのだがまあ良い、あまり調子に乗せてもな、こいつに限っては))

(次兄「末妹、見たことないバラがあったって?」)

(末妹「あのね、今まで見たことのない色でね、すごく綺麗なの!」)

(王子「まるで朝焼けが青空に変わって行く途中のようで」)

(王子「しかも光の加減で微かに色合いの変わる、不思議な色だったよ」)

(末妹「……野獣様や菫花さんの、ひとみの色にも似ているの」)

(次兄「バラなのにスミレ色なんだ」)

(野獣「ははは、確かにそう言えない事もないか」)

(師匠「あれが本当にバラ園に咲いたら新種発見かな」)

(師匠「鳥が種を運んだとか、既存の品種が紛れ込んだ可能性も全く無いとは言えんが」)

(王子「どちらでも、僕らには初めての出会いには変わりありません……楽しみです」)

(野獣「本当に咲くと良いな、『正夢』になることを願うぞ」)

(末妹「ええ、私も願っています……」コクン)

……………………
318 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/20(土) 22:50:53.30 ID:+fKwbDSI0
(野獣「……というわけだ」)

(野獣「庭師よ、もし本物のバラ園に新しい芽が生えてきたら、大事に世話をしてやってくれ」)

(庭師「はい!!」)

(庭師「楽しみだなあ……今度の春だといいな、早く春が来ないかな!!」ワクワク)

(メイド「ご主人様、私、バラの造花を作ってみようかと思います!!」)

(野獣「ほう」)

(メイド「花びらがいっぱいで、作るのに手間暇がかかりそうで、出来上がりはえーと、ごおじゃす? ですから!!」)

(野獣「おお、やる気に満ちているな、頑張れよ」)

(執事「急いで仕上げるより、ていねいに仕上げるほうを心がけるのだぞメイド?」)

(メイド「はい、最初は自分の手で『お花』が作れることそのものが楽しかったけれど……」)

(メイド「今はどうしたらもっときれいにできるか、作りながらあれこれ考えるの楽しいです!!」)

(野獣「ふふ、本当に楽しくてたまらない様子だ」)

(料理長「沈み気味だったメイドちゃんが、こんなに元気になって……」)

(執事「我々も負けずに素晴らしい馬小屋を仕上げなければ、な」)

(野獣「ああ、師匠達も楽しみにしている、頼んだぞ……」)

……………………
319 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/20(土) 22:55:05.50 ID:+fKwbDSI0

※今週は急用が入ったりで進まなんだ、すみません……明日はもう来週になっちゃうけど少し更新します※

なお現実では薄紫(青系)のバラは品種改良を重ねてできた新しい品種……ですがフィクションなので……
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 01:20:03.73 ID:rWea6sm9O

青いバラなんて……素敵ですやん
321 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/21(日) 23:59:07.39 ID:VnwYYGWH0
翌日、商人の店。

長兄「次姉、そっちの棚にこれ並べて」

次姉「はい」

長兄「長姉は料理教室か、だけど次兄は今日は行かないって話していたな」

次姉「お客さんが来るからよ、次兄と末妹に」

長兄「ああ、あの子だね」

次姉「『あの子』って……兄さんと同い年よ?」

長兄「……言われてみればそうだった」

長兄「見た目だけじゃなく、あの二人の友達だと思うと」

長兄「どうも感覚的に『俺より3つくらいは年下』って認識から抜け出せないようだ」ハハ

次姉「同い年どころか、生まれ年で言えばとんでもない『年上』だけど」

次姉「兄さん、自分の常識と相容れない『事実』は敢えて素通りしないと自分が保てない人だものね」フフ

長兄「おいおい、お前まで次兄みたいな批評は勘弁してくれ」

次姉「あら、次兄ってこんな感じだった?」

長兄「……前から思っていたけど、お前と次兄って見た目以外が……どこか似ているよな」

次姉「」

…………
322 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/22(月) 00:52:18.70 ID:vyqKvtyE0
商人の家、応接間。

家政婦「お客様が席に着かれたら、すぐに紅茶とお菓子をお持ちしますね?」

末妹「ありがとう、家政婦さん」

家政婦「それでは、また後ほど……」パタン

次兄「10時ごろ来るって言ってたのに……8分過ぎたよ、無事に辿り着けるかなあ」

末妹「師匠様お気に入りのカフェまでは二人で来るって、だからそんなに長い距離じゃないし……大丈夫よ」

次兄「距離が短くても、途中で何かトラブルがあれば」

末妹「そんな物騒な場所じゃないわ、しかも昼間から」

次兄「いやいや菫花さんのこと、顔の怖い人と目が合っただけで容易に挫折、いや気絶しかねない」

末妹「お兄ちゃんたら、いくらなんでも……」

末妹「……さすがにそこまでは……ねぇ……うん……うーん……」ミケンニシワ

次兄「ほぉら、不安になってきたでしょ?」

末妹「で、でも菫花さん自分であれだけ『大丈夫』と力説していたし、頑張る時は頑張る人だもの、私、信じる!!」

(仮想の窓で見ている野獣「…………」)

(野獣「師匠と菫花が完全に南の港町を発つまではこうして様子も窺えるが」)

(野獣「カフェから商人の家まで1.5km……14の女の子にその距離の一人歩きを心配されるハタチの男…………」)

(野獣「…………『自分』を客観的に見るのは、なかなか辛いものがある……」ハァ)
 
323 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/22(月) 00:57:32.93 ID:vyqKvtyE0

※今夜はここまで……台風で天気図もすごいことになっていますが、皆様何事もなく済みますように……※
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/22(月) 02:05:54.84 ID:FTf6pwTgO

末妹ちゃんにこんな反応させる王子ェ…
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/26(金) 06:13:10.98 ID:A1rihvAWO
時期が過ぎてしまったけど、せっかくだから俺はお盆絵の続きも描くぜ!
次兄の瞳の色は想像なんだぜ!

http://s3.gazo.cc/up/60751.jpg
326 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/27(土) 00:27:13.36 ID:Vre1Itxi0

※日曜深夜から音沙汰なくてごめんなさい、土曜日の夜くらいに更新します……※

>>325
胡瓜と茄子を乗りこなす兄妹シリーズ(?)+野獣&王子、めっちゃ可愛くて嬉しいぜ!!
あと次兄の瞳は一応灰色という設定だが周囲の明暗で薄茶にも見えることに今なったので問題なしだぜ?
327 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/27(土) 23:50:56.77 ID:zlIPDL7j0
…………

そのころ、料理教室は休憩時間……

幼馴染男「へえ、それで次兄君は来ないのか」

幼馴染男「しかし……次兄君と末妹ちゃんの友達にしてはちょっと歳が離れているかな?」

長姉「でも違和感なかったわ、なんだか子供みたいな人でね、おまけに極端に内気だとかで」

長姉「うちの店に買い物に来たって話したでしょ?」

長姉「実はその時にね、マフラーで顔をぐるぐる巻きにして入って来たのよ」

幼馴染男「あれ……それって料理教室が休みで、うちの先生に外国のお客さんが来た日……だったよね?」

長姉「ええ、私と次姉で店番した日よ」

幼馴染男「その日なら……ほら、あのカフェオレが評判のカフェの近くで、それらしき人に道を聞かれたよ」

長姉「え」

幼馴染男「君んちの店に行きたいって、顔は隠れていたけど、体形と声からすると若い男性だなとは思ったよ」

幼馴染男「困っていたふうだったから、教えてあげたら礼儀正しいお礼を言われてね」

幼馴染男「顔は隠したままだったけれど」

長姉「……あんた、そんな怪しい風体の人物を、か弱い乙女である私のいる店に……」

幼馴染男「え」

長姉「たまたまあの子らの友達だったからいいものを、本当に悪漢だったらどうするのよ!?」

幼馴染男「……確かに顔を隠して怪しくはあったけど、悪い人には思えなかった」
328 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/27(土) 23:53:08.21 ID:zlIPDL7j0
幼馴染男「君んちの近所には憲兵隊の詰所もあるし」

幼馴染男「それに悪事を働こうって人間なら、あからさまに怪しい姿で通行人に道を聞くような真似はしないよ」

長姉「そ、それはそうかもしれないけど……」

幼馴染男「……それなりに財産持ちの父が亡くなったら、いろんな人が遺産目当てで現れて」

幼馴染男「借金が発覚したら、今度は別のいろんな人が現れて」

幼馴染男「先生に出会って何かと救われたけど、学者の世界も思っていた以上に……世知辛くてね」

幼馴染男「ぬくぬく育った子供のころとは違って、世の中にはいろんな人間がいるのを知ってからは」

幼馴染男「……なんというか、本当に勘ではあるけど」

幼馴染男「少なくとも『この人は悪い人じゃない』という印象は外れたことがないよ」

長姉「…………」

幼馴染男「……ってね、ごめん、君に責められて初めて君が怖い思いをしたと気付いた」

幼馴染男「言い訳だね、本当に……何事もなくてよかった、結果オーライに過ぎないよね、ごめん」

長姉「……じゃない」ボソ

幼馴染男「ん?」

長姉「バカね、真面目に謝ることないじゃない」

長姉「そうよ……あんたが桁違いのお人好しなんて前から知ってたもの」
 
329 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/27(土) 23:55:21.67 ID:zlIPDL7j0
長姉「そんなあんたじゃなきゃ私みたいな女と付き合ってくれないって、それも知ってるもの」

幼馴染男「……えーと……」

長姉「……それに次姉も言ってた、変だけど少なくとも危険なお客様ではないと、すぐにわかったって」

長姉「私も店に入って来た時はびっくりしたけど」

長姉「確かに顔を出す前から気が弱そうな中身は丸見えだったわ」

長姉「だから、あんたが悪い人じゃないと思ったのも間違ってない」

長姉「……さっきのは私が怖い思いをしたからと言うより、あんたのお人好しにちょっと呆れただけ」

幼馴染男「うん、確かに呆れられても仕方ないね……」トホホ

長姉「だからって鈍感で何も考えていない世間知らずなんかじゃないのよね、あんたは」ギュ

幼馴染男「っ、長姉!?」ボワッ

長姉「やだ、手を握られただけで真っ赤になって」クス

長姉「……もういいの、何事もなかった済んだ話は」

長姉「でもね、本当に悪い人が現れたら……私のこと、守ってくれる?」

幼馴染男「も」

幼馴染男「ももももももももももももも、もちろんだとも!?」

長姉「……ありがと、頼りにしているわ」フフ
 
330 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/28(日) 00:25:10.63 ID:DbElbTPu0
そうです、今は料理教室の休憩時間。

受講生1「……何の話をしているかわからないけど、あの二人の周囲の空気が甘ったるいのはわかるわ」

受講生2「やだ、まだあの彼に未練あったの?」

受講生1「そんなんじゃないけど……私も早く彼氏ほしいなって思っただけ」

受講生2「ねえ、このあいだ町で素敵な人見かけたじゃない、アッシュブロンドの美少年」

受講生1「ああ、旅行者ぽかったけど……すっごい可愛かった」

受講生2「あそこまでのレベルはさすがに求めていないけど、望みを捨てなければいつかきっと私達にも」

受講生1「そうね、そのためにも頑張らなくちゃ、料理の腕磨き!」

未亡人「……」

未亡人「何の話をしているかよくわからないけど、あの子達からやる気が伝わってくるのは間違いないわ」

未亡人「長姉さんと幼馴染男さんもいい雰囲気だし、若い皆さんから私まで元気を貰える気分よ」

未亡人「料理教室を開いて本当によかったわ……」

…………

いっぽう、自分が話題にされているとはつゆ知らずの王子……

王子「……カフェからここまで、何事もなかった……」ホッ

王子「えーと、個人的な客なのだからお店から入っては駄目、ちゃんとお住まいの玄関に回って、と……」

王子「深呼吸深呼吸……」スーハー

王子「呼び鈴、これだな、さあ……鳴らすぞ!!」
 
331 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/28(日) 00:27:39.78 ID:DbElbTPu0

※今回はここまで……呼び鈴は紐を引いて鳴らすタイプです※

ダレカラブシーンノカキカタヲオシエテクレェ
 
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/28(日) 02:31:02.76 ID:vVlelSpGO

大丈夫、良い雰囲気だ
幼馴染男マジ聖人
333 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/03(土) 23:41:41.82 ID:0CuJ3kkU0
商人の家、玄関の扉の外側……

王子の手:グイッ

呼び鈴の紐:ブツッ

王子「」

切れた紐:ダラーン

王子「…………あああああやってしまったあああああ!!」

商人の家、玄関が見える窓の内側……

次兄「……菫花さん、何やってんの?」

家政婦「真下に引いて耐え得る構造ではなかったようですね、そもそも引きながら前後か左右に振らなくては鳴らせませんが」

次兄「それくらい常識でしょーに、て言うかどれだけ力込めて引っ張ったんだろ?」

末妹「緊張しているのよ……」

家政婦「呼び鈴の日常点検も甘かったのです、私の役目ですのに……」

家政婦「丈夫な紐につけ替えるのは後にしても、とにかくお客様を招き入れなくては」

末妹「待って家政婦さん、私が行きます」

……

王子「どど、どうしよう、台や梯子なしにあそこ(呼び鈴の位置)まで届かないし……」ブツブツ

王子「いや、ここは家の人に素直に謝る一択……」ブツブツ

ドア:カチャ

末妹(……ドアが開いたのも気付かないみたい)

王子「あああ恥ずかしいいいいい歳して呼び鈴ひとつ満足に鳴らせないのかあああ」

末妹「菫花さん!」

王子「はっひゃっ!?」
 
334 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/03(土) 23:42:18.19 ID:0CuJ3kkU0

※前回以来音沙汰なしの上に短くてすみません、明日にでも続きを…※
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/04(日) 00:53:23.86 ID:QEPvJNi+O

冷静な家政婦さん素敵
336 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/04(日) 23:57:00.47 ID:KTgC0RT70
末妹「ようこそ、お待ちしておりました」

王子「あ、あの、実は僕」アワワワ

末妹「ええ、窓から見ていました……でも大丈夫です、今度は丈夫な紐につけ替えれば」

王子「見(られ)ていた……」

末妹「だから、何も心配いりません」

末妹「……菫花さん怒られるのが怖かったわけじゃないって、わかっていますよ私?」ニコ

王子「あ」

王子「……ご、ごめんなさいっ!!」

末妹「大丈夫ですから、本当に」

末妹「さあ、次兄(あに)も待っています、どうぞ」

……

商人の家、応接間。

次兄「こんちはー菫花さん」ウヘヘ

王子「次兄くん……こんにちは」

次兄「意外と力持ちっすね?」

王子「」

末妹「お兄ちゃんたら!」
337 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/05(月) 00:14:14.49 ID:Pbe4L40P0
家政婦「いらっしゃいませ、菫花様……」ペコリ

次兄(家政婦さん良いタイミングで登場)

王子「あ、家政婦さん……あの……すみません、僕さきほど」

家政婦「呼び鈴の紐は既につけ替えました、以前より丈夫なものに交換したのでご安心を」ニコ

王子「はう(素早い……いつの間に)」

家政婦(こちらの点検の不備を謝ったりしようものなら、余計に取り乱される……と、次兄様からは伺いましたが……)

王子「あ、ありがとう、ございます……」

家政婦(……これでよろしかったのでしょうか?)アイコンタクト

次兄(完璧です)グッ

末妹「ありがとう家政婦さん!」

家政婦「どういたしまして」フフ

家政婦「さて、今日はココアと軽い口当たりの焼き菓子を用意しました」カチャカチャ

次兄「おー、ココアは久しぶり、嬉しいなっと♪」

家政婦「ごゆっくりどうぞ……」ペコリ

王子「……」

末妹「菫花さん、南の港町を発ったら、次はどちらへ?」

王子「ぅはいっ」
 
338 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/05(月) 00:15:34.16 ID:Pbe4L40P0

※今夜ここまで、なかなか進まなくてすみません、おやすみなさい……※


339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/05(月) 02:05:51.56 ID:f2BfQFXKO

有能な家政婦さん素敵
340 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/06(火) 22:58:55.04 ID:255YKykH0

※予告のみ。早くても次の土曜日更新です。しばしお待ちを※
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/07(水) 12:16:09.61 ID:8Ju1TPk1O
サーイェッサー
342 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/10(土) 23:36:22.51 ID:w6ag8xGC0
次兄「菫花さん、リラックスリラックス」

王子「そ、そうだよね、もうこの場には君達しかいないのに」ココアゴクー

王子「……おいしい……」ホッ

王子「ええと、師匠のプランでは……このあとは東側の国境付近に紹介された牧場があるので、それが次の目的地です」

王子「ある程度北上したら、今度は国の西側に横断しつつ、騾馬の産地をいくつか巡って再び南下」

王子「南側の国境都市に入ったら、内陸を通って北上しながら森へ帰ります」

末妹「移動手段はどのように?」

王子「森からここまで内陸の道を来た時のように、乗合馬車を乗り継いで、時々は徒歩で」

次兄「優雅な旅ですなあ」

王子「うん、それはそうだけど……これから地道に暮らすための準備の旅でもある」

王子「……師匠の言葉だけどね」

末妹「この旅で騾馬さんを連れ帰って……そして、お屋敷に帰った菫花さんはどんなお仕事を?」

王子「しごと」

次兄「地道な暮らしは労働が前提だもんね」

王子「……………………」シーン

末妹「……き、聞いてはいけない質問だったかしら」オロオロ
 
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/11(日) 02:10:38.87 ID:+l0qUWfnO
王子だし働くって概念自体なかったんだろうなぁ
344 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/12(月) 00:06:13.19 ID:9oy2EtiR0
次兄「何もこの場で『具体的に』答えて欲しいわけじゃないんだろ、末妹?」

末妹「え、ええ」

末妹「……でも、菫花さんを悩ませてしまうなら、取り消しま」

王子「いいいいいえ、いいえ、答えるよ、答えられるよ!!」

王子「考えてはいるんだ……でも、今はまだはっきりとした道は見えない」

王子「と言うより『何を』『どう』『どこから』考えたらいいのかさえ、わからなくって、だから」

王子「この旅で、少しはヒントが見つかればいい、とは思っている」

王子「……今現在、答えられるのはここまで……」

末妹「……見つかればいいですね」

王子「あ」

末妹「菫花さんは……この世界で暮らし始めて日が浅い、今は考える時期で当たり前だって……思いますよ?」

王子「……うん……ありがとう、末妹さん」ヘヘ

王子「……」

王子「今さら取り繕っても意味ないよね、特に君達相手に」ポツ

末妹「取り繕う?」

王子「……君達より年上なのに、もう大人なのに、何かと情けないと、最近思うようになって……」
345 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/12(月) 00:08:13.60 ID:9oy2EtiR0
王子「でも末妹さんがさっき言ってくれたように、君達よりこの世界での経験は全然足りないし」

王子「……ううん、君達と同じ時代にこの年齢差で生まれても、きっと僕の方が世間知らず」

王子「二十年間の人生で、見て来たものがあまりにも少ない、触れて来たものがあまりにも少ない」

王子「……自分の力を使って何かをした経験があまりにも少ない」

王子「そして、どこかでそれを認めたくない自分もいる、だから取り繕ってみたり」

王子「……過剰に恥ずかしがったり落ち込んだりも、きっと認めたくないが故の……」

末妹「……」

王子「……と、自覚ができても、すぐに受け入れることはできないと思う」

王子「恐らく、行ったり来たりしないと前に進めないんだ、僕は」

次兄「三歩進むまでに二歩下がる動作が不可欠なのですな?」

王子「さ、下がる頻度は減らしたいとは思っているけど……」

末妹「……それ全部ひっくるめて、菫花さんですよ」

末妹「取り繕ってしまうのも、そうやって取り繕うのを意味がないと思ってしまうのも」

末妹「行ったり来たりしながら前に進むのも全部」

次兄「そうです、そして俺達そんな菫花さんが好きなのですっ!!」ババーン

王子「    」
 
346 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/12(月) 00:09:30.10 ID:9oy2EtiR0
末妹「……こ、今度こそ固まっちゃった……?」

次兄「……そんなにショック受けなくてもいいじゃん……」ヨヨヨ

王子「」ハッ

王子「だ、大丈夫、ちょっと意表を突かれて面食らっただけで、意識までは失っていないよ!!」

王子「……ありがとう、末妹さん、次兄君」

王子「君達の言葉はいつも……僕は無理をしなくて良いのだと、そんな安心を与えてくれて」

王子「同時に、僕はこのままではまだまだ駄目なんだ、変わらなきゃならない、そんな決意も新たにさせてくれる」

王子「……矛盾しているよね、おかしい……かな?」

末妹「……」フルフル

末妹「おかしくなんかないですよ」

末妹「これから少しずつ、無理をしないで、私達や菫花さん自身がまだ知らない菫花さんに変わって行く」

末妹「私や次兄(あに)も同じ、少しずつ、自分のできることを増やしながら大人に近づく」

末妹「……ね、何もおかしくなんかないでしょう?」ニコ

王子「末妹さん」

次兄「そうだよ、うちの二人の姉達だって昔より……」

次兄「……なんだろう、毒が抜けた? 牙と爪を引っ込めた?? 鬼そのものから普通に怖い女子にレベルダウンした???」
 
347 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/12(月) 00:11:27.61 ID:9oy2EtiR0
次兄「とにかく昔よりすごく丸く……体形がじゃないですよ? 態度が丸くなって、普通に俺達とも話してくれるようになった」

王子(野獣と話す時もだけど、どうして次兄君はリスクの高い言葉を選ぶんだろう?)

末妹(まかり間違っても一連のお兄ちゃんの言葉が二人の耳に入りませんように……)オイノリ

次兄「脳筋の堅物かと思われていた長兄だって最近は何かと柔軟になって」

次兄「たまに家政婦さんの甲斐甲斐しく働く姿を眺めている間の抜けた表情をうっかり見せたりもする」

末妹「……私それは知らなかった」

次兄「見せると言っても数日に数秒間くらいの頻度だから学校や店番の時間の長い末妹が気付かなくても当然」

次兄「……みんな生きている限り少しずつ変わって行くのです、我々若者ならば尚更、成長という名前の変化を」キリッ

王子「みんな……生きている限り……」

王子「……そうだね、明日のその先が見えないのも、それを恐れているのも、僕だけではない」

王子「でも……多くの人は縮こまったりも隠れたりしもしないで立ち向かっている……君達のように」

末妹「何度も言いますが、無理することはないのですよ?」

王子「うん、わかっている」ニコ

王子「……今なら……話せるかな」

末妹「え?」

王子「この旅の中で……本来の行程からは寄り道だけど、ひとつ……やってみたい事、いや、行ってみたい場所があってね」
 
348 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/12(月) 00:13:14.20 ID:9oy2EtiR0
王子「まだ師匠にも持ちかけていないけれど……」

王子「……小国の王と王妃と……そして王子の墓、に」

末妹「!」

次兄「って、確か地味ながら観光地になっている場所……だよね?」

王子「そうだよ、その場所……かつての小国の王の城が合った場所を、訪れたい」

次兄「あれ、歴史書では、お城と歴代王族の墓所は土地が離れていたような?」

王子「……暗殺された『彼等』は、先祖達の墓所には葬られなかったと、師匠が」

王子「だから、そこに眠っているのはその3人だけ、正確には王と王妃と骨格模型だけど」

末妹「模型?」

王子「魔術師ギルドに、教材用に置いてあった出来の良い骨格模型、それが王子の白骨死体の正体」

王子「師匠が言うには動物の骨すら使っていない『木と石膏と粘土と顔料と企業秘密』だそうで」

王子「……まあそれはいいとして、『僕の両親のお墓』に行ってみたい……」

次兄「……その、大丈夫、なの?」

末妹「……菫花さん……」

王子「たとえその前で気絶しても、と師匠には話すつもりだよ……とは言え」

王子「牧場を巡り終えた帰途の更に終盤になるはずだから、少し先の話で……それまでに僕の決心は鈍るかもしれないけど」
 
349 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/12(月) 00:14:17.94 ID:9oy2EtiR0

※昨夜はほぼ寝落ち状態ですみません、今夜はここまで※
 
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 02:06:04.70 ID:HoXxI+KKO

次兄が人間相手に好きなんて言うとはびっくりー
351 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/18(日) 23:03:11.31 ID:U3BHccjz0
……

(野獣「……やれやれ、師匠に旅程を教えてもらった時から、薄々こうなる予感はしていたのだが」)

(野獣「往路は小国の王都だった地域を遠巻きにするように南下し」)

(野獣「復路はその土地を通りながら屋敷のある森へ戻る……?」)

(野獣「……まさか、最初から狙っていたのだろうか、師匠……」)

……

師匠お気に入りのカフェ。

給仕1「あれ、あのお客さんさっきから手鏡を見つめている……そこそこ年配のおじさ……紳士なのに」

給仕2「自分大好き? それとも鼻毛が気になる?」

店長「そこ2人、くだらないお喋りはやめて働く!!」

師匠「……ふむ」

師匠「野獣もあっちの世界から仮想の窓で、この子らの様子を見ているのだろうが……」

師匠「あいつの事だ、儂が仕向けたくらいは思っていそうだなあ」

師匠「あの土地を通る時にさりげなく話題にしてみようか、程度には考えていたが……あくまでその程度だ」

師匠「正直、儂だってこれでも驚いているのだぞ?」

師匠「ま、菫花がどういう心境でどんな意図であろうとも」

師匠「あちらから切り出すまで、こちらからは振らないでおいてやろう」

……
352 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/18(日) 23:05:34.96 ID:U3BHccjz0
次兄「おっさんに話しをするのはまだ先……と」

王子「うん」

次兄「……詰めが甘い、菫花さん」キリッ

王子&末妹「「!?」」

次兄「あのおっさんの事です、鏡の魔法でこちらの様子を窺うくらいワケないですよ?」

王子「あ」

次兄「この旅行中、菫花さんに魔法の使用を禁じても、自分はヘーキで使うような御仁に決まっています」

次兄「あと、もしかしたら野獣様も見ている可能性あるけど」

末妹「……そうか、師匠様と菫花さんが私達の町にいる間は……」

次兄「まあ菫花さん的には野獣様に知られるのは良しとしても」

次兄「あのおっさんの事です、菫花さんがいつどこでどのように切りだすのか……」

次兄「心の中で、ワクワクしながらほくそ笑みながらニヤニヤしながら待ち構えることになるでしょうな」

王子「……」

王子「……でも僕は、君達にはあらかじめ話しておきたかったから」

王子「さっきは決心が鈍るかもとは言ったけど……本当は、話しておくことで自分の退路を断ちたかったんだと思う」

王子「いいや、断ちたかったんだ」

次兄「……菫花さんが『だ』と言い切った……」オオオ
353 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/18(日) 23:50:46.85 ID:U3BHccjz0

※時間開いちった…この続きは明日に…おやすみなさい※
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/19(月) 02:04:50.92 ID:j9RyIapJO

渋いおっさんが熱心に手鏡を覗き込んでいる光景というのはなんか…アレだな
355 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/19(月) 23:53:11.75 ID:TWXB0LOf0
王子「お墓に行きたい理由は……今は、まだ話せないけど」

次兄(おっさんも聞いてますしね)

王子「でも、決意だけは君達に」

王子「次兄君と末妹さんは、僕の友達だから」

王子「家族にまだ言えない話でも、先に打ち明けられる存在が、友達……だと」

王子「……そう思ったから、君達ふたりに話したんだ……」

末妹「……私……」

末妹「さっきまでは菫花さんに、無理はしないで、と言うつもりでいたのだけど」

末妹「今は、頑張って、と言いたくなりました」ニコ

王子「……ありがとう……」

次兄「俺も俺も俺も、応援しますよ?」ニュイ

次兄「内面の弱さにもおっさんによる趣味の試練にも負けまいと」

次兄「初心を貫こうとする意志をごく稀に垣間見せる菫花さんも、俺達は好き」

王子「    」ニドメ

末妹「……お兄ちゃん、今日はいったい……どうしたの……?」

次兄「末妹まで俺を今まで見たことない昆虫に遭遇したかのような目で見ないでください」
 
356 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/20(火) 00:55:33.51 ID:EzFefl9x0
次兄「最初に釘を刺しておくけど、野獣様が見ているかもだからエエカッコしいしているわけでは無くてよ?」

次兄「菫花さんは確かに、我々兄妹の愛する野獣様の原点にして素材にして表裏一体」

次兄「末妹はともかく、俺が菫花さんをなんとかどうにか助けねばと思った理由はそれのみ」

次兄「……だったんだけど」

次兄「野獣様とは別人格の菫花さんが、もしも、今とは違うタイプの人だったら、とある時ふと考えてみたら」

次兄「タイプによっちゃ今こうして一緒にお茶の席を囲んでいるかはわかんないし?」

次兄「菫花さんがこんな人だから俺も安心してツッコミ入れられるし?」

次兄「目の前で気絶されたら対処もしようと思うし?」

次兄「大事な末妹があれこれ世話を焼いている様子も安心して見ていられるし?」

末妹「お兄ちゃん……」

次兄「……で、結論としては」

次兄「やっぱり俺と末妹の大切な友達だから、それはやっぱり、この俺ですら、ほらあの」

次兄「菫花さん自身に好意を持ってんじゃないかなー? って、気付いちゃったわけですよって言わせんじゃないわよぉ!!」

王子「        」シロメ

末妹「菫花さん、今度は本当に意識が!?」

王子「……っ大丈夫、戻って来れたよ、辛うじて持ちこたえたよ!!」
 
357 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/20(火) 00:56:35.89 ID:EzFefl9x0

※今回これだけです、寝ますごめんなさい※
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 01:36:21.67 ID:pUGwhuPGO
おやす
王子も好きって言われるの慣れてないんだろうなぁ
359 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/23(金) 00:11:24.30 ID:p7ABdprZ0
……

(野獣「次兄が菫花自身を快く思ってくれているとわかって、私も安心したし嬉しいが」)

(野獣「その……もう少し伝え方を……こちらまで赤面してしまう、と言うか……」カァァ)

(野獣「いやわかっているぞ、次兄はあれでも優しいし、人間関係でおそろしく不器用なのも……わかってはいるがなあ……」)

……

王子「ぼ、僕は……こんなふうに好意を示されるのに慣れていなくて……ましてや今の時代に来る前の、人生の大半は……」

王子「……だからこういう時、どう返せばいいのかわからない、けど」

王子「僕も次兄くんのこと、好きだよ……!!」ダッ

次兄「菫花さんっ……!!」ダダッ

……

師匠「うわあ」

……

末妹「……私よくわからないけれど」

末妹「世に言う『男同士の友情』って、こんな感じ……なのかしら??」

……

師匠「……末妹嬢はまだ子供だから仕方ないが」

師匠「こいつらを男子の見本にしないでくれんかなあ……」

……

(野獣「……次兄と菫花がお互い駆け寄るあたりで、抱擁し合うと思ってハラハラしたが」)

(野獣「固い握手で済んだ……」ホッ)

……
360 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/23(金) 00:12:04.25 ID:p7ABdprZ0

※続きは土日かな。最近コマギレですみません※
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/23(金) 01:06:27.51 ID:UNWUyll9O
なんだこいつらww
362 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/26(月) 00:00:31.73 ID:pT1LTQpC0
商人の家、玄関。

家政婦「お帰りなさいませ、旦那様」

商人「ただいま……菫花君は来ているのかい?」

家政婦「ええ、次兄様と末妹様と応接間でご歓談されていますわ」

商人「ふむ、それでは少し顔を出して、ご挨拶させていただくかな?」

……

応接間……

扉:コンコン……

商人の声「私だよ、ちょっといいかな?」

末妹「お父さんね、どうぞ」

扉:ガチャ

商人「いらっしゃい、菫花く…………」

商人「…………次兄、何があったんだい?」

次兄「何って、固く握手を交わし男の友情を確認している最中ですが?」ギュー

王子「こんにちは商人さん、お邪魔しています」ギュー

商人「……そ、そうなんだ」

商人「……何か見たことも聞いたこともない異国の格闘技か何かと思ったよ」
 
363 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/26(月) 00:01:29.65 ID:pT1LTQpC0
次兄「普通に握手しているだけなんですがねえ」

商人「うん、友情を確かめ合うのは大いに結構だが」

商人「なんだか二人とも握り合う手の血が止まりそうな勢いで……ほら怪しい色になって来た、痛くないかい?」

次兄「言われてみれば手の感覚が……今日の所はこんなもんにしておきましょう」パッ

王子「そ、そうだね……」パッ

王子「……あ、血流が戻ってきた」

次兄「本当だ、手がじわーってするぅ」

商人「ははは……せっかく家政婦さんが用意してくれたココアが冷めてしまうぞ?」

商人「菫花君、これからもこの子達と仲良くしてあげてね」

王子「は、はい、僕の方こそ……」

商人「ではまた後でね、帰る時は見送らせておくれ」

王子「はい、あ、ありがとうございます」

末妹「お父さん、私達にご用があったんじゃないの?」

商人「いやいや、軽く挨拶したかっただけさ」

商人「それじゃ私はこれで、ごゆっくり……」

扉:パタン……

商人「……」
364 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/26(月) 00:02:38.64 ID:pT1LTQpC0
商人「……改めて思うが、次兄は我が子ながら風変わりで」

商人「その風変わりな所も受け入れてくれそうな友達ができるなんて、あの子には悪いけど少し前までは思ってもみなかった」

商人「親としては素直に嬉しい物だな」フフ

商人「……さっきの様子は勢い余って危険な方向へ行ってしまわないかちょっと心配になったけど」

……

(野獣「ないない、それだけは断じてないからな商人!!」ブンブン)

……

師匠「(息子の友人が)こいつでいのか、商人?」

……

少しのち。

商人「またおいで菫花君、師匠様……お父上にもよろしく」

王子「美味しいココアとお菓子ご馳走様でした、それと」

王子「あの……呼び鈴の事、本当にごめんなさい」

家政婦「本当に、お気になさらないでくださいませ」ニコリ

商人「旅の無事を祈っているよ」

王子「ありがとうございます」
365 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/09/26(月) 00:18:37.61 ID:pT1LTQpC0
次兄「おっさんにも負けないでね? まあ勝てないのはわかっているけど」

王子「あ、ありがとう」

末妹「……この先も、実りの多い旅になりますよ」

王子「うん、今日の事も含めてね」

王子「野獣もきっと、応援してくれると思う」

末妹「そうですね、きっと」ニコ

王子「また会おうね、次兄君、末妹さん」

末妹「ええ、次はお屋敷で」

次兄「お屋敷の皆様を交えての再会、楽しみにしています!」

……

(野獣「友達と友達の家族に笑顔で見送られる菫花……」)

(野獣「……よかったな、お前にそんな平凡で、平穏で、それゆえに尊いひとときが訪れるとは」)

(野獣「それをこうして見守れる私も幸せだ」)

(野獣「……両親の墓、か……」)

(野獣「もはやお前の真意は語ってもらわなくては理解できないが、おそらくは」)

(野獣「その先に待っているのは、間違いなく今より少し成長した菫花自身だろうな……」)

……
366 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/09/26(月) 00:19:22.64 ID:pT1LTQpC0

※ここまででした。この後はある程度まとまった量を書き溜めようと思うので、更新間隔すこし開くかもです※
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/26(月) 00:48:52.18 ID:QG5UBgoBO

それは待ち遠しくも楽しみ
368 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/10/12(水) 22:55:26.96 ID:SS3Kqd5J0

※お知らせのみ。来週をめどに、復帰予定です※
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/12(水) 23:16:56.02 ID:Qm9WiDzdO
了解っすー
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/18(火) 22:47:31.80 ID:tS4nFfrBO
そわそわ
371 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/10/20(木) 22:57:34.17 ID:pJUbkhON0

※予告。今週の土曜日の夜に更新します、遅くなりました…※
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/21(金) 00:53:22.93 ID:FejcRIzSO
ギリギリ今週中だからセフセフ
373 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:16:48.17 ID:KEUGA59S0
……………………

それからしばらく日が経った金曜日の夜、魔法の鏡を通してのおしゃべり……

末妹「……もうすぐ師匠様や菫花さんがお帰りになるから、楽しみですね皆さん」

執事『師匠様のことですから、きっちりとあらかじめ決めた日付でお戻りになるでしょう』

料理長『それに合わせて晩餐の準備も進めなくてはなりません、久しぶりに腕が鳴ります』

メイド『うふふ、お屋敷や騾馬さんの小屋があちこち華やかになりました、早くご覧になっていただきたいですー』

庭師『立派に完成した騾馬さんの小屋そのものも見てほしいです!!』

メイド「ええ、きっとお二人も楽しみにしていらっしゃるわ……」

次兄(おっさんと菫花さんがいようがいまいが、俺の熱い視線は執事さんに注がれ続けるのであった)ジー

執事『……ほんと、変わり映えしないお方で』ハァ

末妹「……」

末妹(師匠様と菫花さんがお屋敷に戻る前、かつての小国の王都)

末妹(予定では明日に通るはず……)

末妹(……頑張ってくださいね、菫花さん……)

…………
374 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:18:28.14 ID:KEUGA59S0
翌日正午の少し前、南の港町……

トコトコ……

末妹「あ、お兄ちゃん、図書館からの帰り?」

次兄「おお末妹、今日は土曜授業だったそうだが……もう終わったの?」

末妹「ええ、お昼で終わり。希望者だけの補習授業だから」

次兄「そっか……んじゃ一緒に帰ろ、今日の昼ごはんは長姉ねえさんが用意してくれるはずだから」

末妹「……『だから』とはどういう意味?」

次兄「長姉ねえさんの料理とドヤ顔を前に、俺がうっかり余計な発言をしそうになったら止めて欲しい」

末妹「余計だとわかっているなら、言わなければ良いのに」

次兄「それができるくらいなら今の俺はこんな俺じゃない、そう思いませんこと?」

次兄「……自助努力はするけど」

末妹「うん、『間に合えば』止めるからね?」

次兄「ありがとう、俺の理性の守護天使様……別名、社会的な意味での安全装置様」

トコトコ……

末妹「本を借りて来たの? 3冊も」

次兄「ああ、2冊は勉強用だけど……これだけは個人的に」スッ

末妹「どれどれ……『歴史の中の魔法』……?」

次兄「そうだよ」
375 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:19:50.63 ID:KEUGA59S0
次兄「末妹は、なぜ野獣様が、菫花さんが……『王子様』が魔法を使えるのか、考えたことある?」

末妹「なぜ……」

末妹「『王子様』は……私達くらいの年頃から師匠様達の魔術師ギルドで魔法を習って、だけど」

末妹「……元々魔法の素質がなくては習おうとは思わない、それに王子様は生まれつきの能力が高かったと」

末妹「でも当時は師匠様のような魔法使いの人も何人もいたのでしょう?」

末妹「師匠様と野獣様達は何かが違うのか、何が違っているのか……と」

末妹「少し不思議に思ったことならあるわ」

次兄「俺もだいたい同じように考えていたよ」

次兄「でね、俺はあの小国がなくなる辺りの歴史書ならたくさん読んだけど」

次兄「この本には今まで知らなかった小国が誕生したころの話が書いてあって……」

次兄「『王子様』が生まれた頃より更に何百年も昔、人間とも動物とも違う、本物の『魔物』があちこちにいて」

次兄「中には人間の脅威になる魔物もいて、人間との大きな争いも何度か起きた時代に」

次兄「『まっとうな方法』ではとても魔物達に対抗できないと考えた『英雄』のひとりが」

次兄「『強引な方法』で人間に敵対する魔物の力を敢えて我が身に取り込んで」

次兄「人間としては、同時代のどんな魔術師より強力な魔法の使い手になった」

次兄「で、結論を言うと、その魔力を使って戦った末に、自分達の土地を守り抜いた」
376 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:22:03.76 ID:KEUGA59S0
次兄「その英雄が、小国を建国した人物……小国の初代の王、野獣様達のご先祖」

末妹「……!」

次兄「この本によると、初代王が強引に身に付けた魔力は彼の子孫にも受け継がれた」

次兄「しかし代を重ねるごとに少しずつ血は薄れ、また初代より後の世代の魔力の現れ方は不規則でまちまちだった」

次兄「あと、魔術師ギルドは大陸各地にあったけれど、小国で特に発展したのもその影響だったそうだ」

次兄「……記述はこれだけ、簡単なものだったけれどね」

末妹「……野獣様達の、あの優しい魔法に使われる魔力が」

次兄「人畜無害な魔法とも言うよな」

末妹「元々は戦うための力で、しかも人間に敵対する魔物から取り込んだものだったなんて」

末妹「……なんだか複雑な気持ち」

次兄「なんでも使う人次第だよ」

次兄「初代の王様だって人々を守るために使ったし」

次兄「おっさんなんて、今でも物凄い危険な魔法も使えるはずだけど」

次兄「末妹はそんなおっさんが怖い?」

末妹「……ううん」フルフル

次兄「逆に、野獣様達の父王様は魔法を使えなかったみたいだけど」

次兄「話を聞く限りの性格と生き方じゃあ、使えなくてよかったなあってしみじみ思う」

末妹「……」
377 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:23:41.00 ID:KEUGA59S0
末妹「野獣様も、菫花さんも、自分は弱い人間だったと仰るけれど……」

末妹「実のご両親から役立たずと否定されても、そのために孤独になっても、もしかしたら」

末妹「自分を譲らなかった、譲らないものがあったのかも……」

次兄「?」

末妹「本当に弱かったら、きっと流されてしまう」

末妹「寂しさに耐えきれず、自分を曲げてでも父王様に認められるために魔法の力を使ったかもしれない」

末妹「でも、なんと言われようと、邪険に扱われようと」

末妹「王子様は人を傷つけない魔法だけを覚え、花や小鳥に心を寄せて、身分違いの図書館の娘さんを愛した……」

末妹「それって、本当に弱い人にはできないと思うの」

次兄「……そういう考え方もできるか」フム

次兄「確かに国民にとっての最大の脅威が他国でも魔物でもなく自分達の王様、なんて異常な状況で」

次兄「王子様がその王様に染まらないでいられるのも並大抵ではないのかもしれん」

次兄「……なんて話している間に家に着いたな」

末妹「ふふ、誰かとお話ししながら歩く道って一人で歩くより短いものね」

末妹「あ、郵便受けにお手紙が来ている」カタン
378 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/10/22(土) 23:24:40.40 ID:KEUGA59S0
次兄「ほとんど父さんの仕事関係だね、いつもの事だが」

末妹「そうね、えーと、これは領収書在中だって、こっちは見積書……これもお父さん宛だけど、普通のお手紙……」

末妹「あ」

次兄「この差出人……」

末妹「……親戚1さんと……」

次兄「……親戚2さんと親戚3さんの連名だ」

……………………

…………

とある国の北部、かつての小国、王都の跡地……

師匠「……ふむ、この近くだな」

王子「……」

師匠「ほれ、観光客がちらほらと」

王子「……地味ながらちょっとした名所化しているとは、本当だったのですね」

師匠「ま、お前から話を聞くのは後にして、まずは目的地に向かうぞ」

王子「はい」

…………
379 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/10/22(土) 23:25:58.65 ID:KEUGA59S0

※お待たせしました。今回ここまで。次回は来週のどこかで?※

「野獣様達」とは野獣&王子(菫花)のことですはい
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/23(日) 00:42:43.68 ID:XqexhDQJO
一日千秋でした、はい
割と平和な魔法ばかりだったから、危険な魔法を使う野獣達はちょっと想像つかないな
381 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/10/29(土) 22:47:59.95 ID:frUYjYPSo

※お知らせのみ。所用により更新少し延期します…ごめんなさい…※
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/30(日) 00:05:04.57 ID:SVBOf0V0O
いやん残念
でも待ってるよ
383 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/03(木) 23:18:49.71 ID:IQETRAQv0
……………………

商人の家。

商人「うん、親戚1さんが設けてくれる、彼等と私の話し合いの場についての件だよ」

商人「初めはあちらの3人が南の港町に来てくれるつもりでいたのだが」

商人「私の方に、仕事で西端都市を訪れる用事ができたのでね、彼等さえよければ……とこちらからお願いしたんだ」

長兄「今回はそれを承諾してもらえた返事なんだね」

次兄「敵陣に単騎で乗り込んで行くとは……父さんの戦法やいかに?」

次姉「何を言ってるのよ」ハァ

商人「敵陣も何も……別に戦いに行くわけじゃないし、勝った負けたって話でもないからね」

商人「彼らの自宅でもない、3人でゆっくり話せる部屋を予約してくれたそうだ」

商人「……まあとにかく、そんな不安げな顔をしないでおくれ、な、末妹?」ニコ

末妹「あ」

末妹「私、そんな顔していたのね……ごめんなさい」

次姉「……」

次姉「これはもう、あんたとおじさま達だけの問題じゃないのよ?」

次姉「自分ひとりのためにお父さんに労力を使わせているとか、そんな風に思っちゃ駄目」

長兄「そうだよ、これは家族みんなの問題なんだから」

次姉「そうよ、更に言うなら、私達家族とおじさま達の家族、みんなのね」

末妹「みんなの、問題……」
384 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/03(木) 23:20:25.85 ID:IQETRAQv0
……………………

商人の家。

商人「うん、親戚1さんが設けてくれる、彼等と私の話し合いの場についての件だよ」

商人「初めはあちらの3人が南の港町に来てくれるつもりでいたのだが」

商人「私の方に、仕事で西端都市を訪れる用事ができたのでね、彼等さえよければ……とこちらからお願いしたんだ」

長兄「今回はそれを承諾してもらえた返事なんだね」

次兄「敵陣に単騎で乗り込んで行くとは……父さんの戦法やいかに?」

次姉「何を言ってるのよ」ハァ

商人「敵陣も何も……別に戦いに行くわけじゃないし、勝った負けたって話でもないからね」

商人「彼らの自宅でもない、4人でゆっくり話せる部屋を予約してくれたそうだ」

商人「……まあとにかく、そんな不安げな顔をしないでおくれ、な、末妹?」ニコ

末妹「あ」

末妹「私、そんな顔していたのね……ごめんなさい」

次姉「……」

次姉「これはもう、あんたとおじさま達だけの問題じゃないのよ?」

次姉「自分ひとりのためにお父さんに労力を使わせているとか、そんな風に思っちゃ駄目」

長兄「そうだよ、これは家族みんなの問題なんだから」

次姉「そうよ、更に言うなら、私達家族とおじさま達の家族、みんなのね」

末妹「みんなの、問題……」
385 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/03(木) 23:21:38.01 ID:IQETRAQv0
次兄「そだね、考えようによっちゃ……あの3人……て言うか、(感じ悪い)あの2人も」

次姉「どこかですっぱり、けじめを付けなくちゃ……世の中で暮らして、それぞれ守るべき家族もいる限り、ね」

次兄「そんな感じのセリフ、俺が言おうと思っていたのに……」フシュン

末妹「けじめ……」

長姉「みんな、お話は終わった!?」ババン

末妹「長姉お姉ちゃん」

長姉「幸い私が手間取って、スープのパイ包み焼きが正午に間に合わなかったからいいけれど……」

長姉「さすがにこれだけ待たされたら冷めちゃうわ、待っていられない!!」プンスコ

商人「わかった悪かった、とりあえずお昼ご飯にしよう」

次兄「うん、実はさっきからはらぺこ」グー

長姉「じゃあ、すぐ用意するからね!!」

末妹「私、手伝うわ」ガタ

次姉「ふふ、私も」ガタ

長姉「ありがとう、ああ、これで家政婦さんも一緒に食卓についてくれたら完璧なのにぃ」

長兄「……」

商人「規則だからね、仕方ないよ……彼女はとくべつ職務熱心だし」

次兄「残念だったね兄さん」ニヤニヤ

長兄「な、なんの話だ」ヒヤヒヤ

末妹「……」

末妹(けじめ、か……)

……………………

…………
386 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/11/03(木) 23:24:06.61 ID:IQETRAQv0

※超短くてすみません、王子サイドまで行けなかった……今週末はちょっと厳しいので次回は来週です※

あと>>383はなかったことにしてください、作者は3超えた数がまともに数えられない模様……
(親戚達と商人の合計人数をミスりました)
387 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/03(木) 23:26:50.12 ID:IQETRAQv0

本編もsageてた_| ̄|○

ほんとごめんなさい、もう寝る、おやすみなさい…
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/04(金) 01:17:51.27 ID:pvy8NT/pO
どんまい乙
長兄まで可愛く思えてきた、いかんいかん
389 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/11(金) 22:34:01.67 ID:OqJ3DZoK0

※お知らせのみ。とりあえず、明日土曜日に少し更新。時間帯未定です…※
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/12(土) 23:22:25.74 ID:qI3J5XkNo
土曜が終わってしまう
391 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/13(日) 00:26:17.13 ID:qZtnwQwa0
師匠と王子……

師匠「ほれ、見てみるがいい」

王子「……本当だ、お墓に花が供えてある」

師匠「儂も実際にここに来たのは初めてだが」

師匠「聞いた話では、30年ほど前から、真冬を除いて花が絶えたことはないそうだ」

王子「30年前……」

師匠「小国がとある国に併合されて200周年の年、ちょっとした催し物があったとかで」

師匠「それがきっかけらしいな」

王子「……人々の生活に余裕ができ始めた時代に(小国の存在を)思い出してもらえた、そんな所でしょうね」

師匠「ははは、お前にしてはいい考察ではないか」

師匠「さて……どうする? 魔法でさりげなく人払いをしてやろうか? ん?」

王子「へ?」

師匠「半径50メートル以内に足を踏み入れた人間がふと他の場所に行きたくなるような、緩く且つ強固な結界をだな」

王子「い、いりませんよそんな、大きな声で師匠と話をしたいわけでもないし」

王子「……世間からただの観光客に見えるくらい、自然にこの場にいたいのです」

師匠「ふむ」
 
392 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/13(日) 00:35:58.57 ID:qZtnwQwa0

※遅れてごめんなさい。昨日(土曜)は色々ありまして……続きは今日中のどこかで……※

あれ、しかもまたsageていた…なにやってんだまじでorz
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/13(日) 01:28:12.07 ID:49b27KuyO
>>1のペースでやったらええんやで
394 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/13(日) 22:45:25.06 ID:sFEOF2nO0
王子「……城は跡形もありませんが、庭園の一部はそのまま公園の花壇として活かされているのですね」

師匠「ああ、今の時季さすがに咲いている花はないが」

王子「二人とも、城の彩りとして代々受け継いだ庭園の花を育てさせてはいましたが」

王子「花そのものはあまり好きではなかったから、自分達の身近には置かなかった」

師匠「王はともかく王妃も、というのは珍しいかな、女とは花を好むものではないかと」

王子「茶色く枯れたり、花粉や葉を落としたり、虫を呼んだり」

王子「花も生きていますから、当たり前なのに」

王子「……実用以外の動物を好まなかったのと同じ理由ですよ」

王子「なので、当時のものとは銘柄が違いますが……花の代わりにワインを」コト

師匠(そこそこの高級品、我々が立ち去れば速攻盗まれそうだな)

親子連れ:キャーキャー コラ、ハシッタラアブナイヨー ハハハ…

王子「……」

王子「血を分けた我が子であろうと、出来が悪かった故に愛さなかった」

師匠「菫花」

王子「二人に安らかに眠りに就いてほしいと、肖像画の部屋で話したのは嘘ではありません、今もその想いは持っています」

王子「それでも、知りたいという想いも拭えない……」

師匠「何を、知りたいのだ?」

王子「……僕が生まれる前の両親、二人はどんな人達だったのでしょう」

王子「師匠は、ご存じ……なのですよね……?」

師匠「……顔色がいつにも増して青白いぞ、大丈夫か?」

王子「平気です、少しばかり寒いだけです!!」

師匠「強がりおって」ゴソゴソ「儂のマフラーも巻いとけ」ポイ

師匠「耳を塞がず喋れるようにもしておけば、顔も隠して構わん……儂は寒ければ魔法で暖まるからな」

王子「……師匠……ありがとうございます」

師匠「さて……どのへんから聞きたい?」
395 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/13(日) 22:46:09.97 ID:sFEOF2nO0

※これっぽっちですみません、次回は今週の後半あたりで※

師匠の過去語り、あまり長くはしない予定です……
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/14(月) 01:22:33.42 ID:mJ2Sjg0HO

師匠やさしい
397 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/19(土) 23:48:29.31 ID:ho+19fBH0

※ごめんなさい週が変わっちゃう、でもこの日曜日中に更新あります※
398 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:51:07.60 ID:Ubs41WGA0
王子「……僕が習った『王家のはじまり』は、都合良く書き換えられたものだった、そうでしょう?」

王子「当然、国民達に知らされた歴史も」

師匠「お前どころか、お前の両親も儂も生まれる前の話ではないか」

師匠「……そこから知りたいならざっくりと話してやるがな、儂の知る範囲で」

王子「お願いします」

師匠「そうだな、まずは……もともと小国は、周辺の国とあまり変わらない大きさだったのは知っているか?」

王子「え、知りませんでした」

師匠「400年ほど前……いや『現在から』600年ほど前、王家の始祖の『英雄』が王になる前の話だ」

師匠「で、その英雄、彼が人間に害をなす魔物から土地や人々を守った……それは嘘ではない」

師匠「そもそも、なぜ魔物と人間の間に争いが起こったかというと……」

師匠「……菫花、今のこの時代の常識は全て、お前が育った230年前から常識だったと思うか?」

王子「はい?」

王子「……いいえ、その……この時代には当時存在しなかったものがたくさんありますし」

王子「人々の生活もずいぶん変わりましたから」

師匠「だよな」

師匠「逆に今は存在が失われたものもあるが、それはさておき」

師匠「魔物の中でも知性があり文化を持つ種族」

師匠「600年前の彼等の『常識』の中には、後の世で言う『迷信』と呼ばれる考え方があった、人間がそうであったのと同じだ」

師匠「簡単に言うと、地表の世界を一度全て滅ぼせば太陽も滅び夜の世界になると、そう思ったらしく」

師匠「……太陽が滅びようものならこの星は『夜になる』どころでは済まされないし」

師匠「魔物でさえ半分くらいの種族は死に絶えるだろう」

師匠「それ以前に、この星の地表、薄皮一枚の上で何が起ころうが太陽はお構いなしだがな」

師匠「ま、自分達が住みやすい土地をもっと増やしたいために、人間に攻撃を仕掛けてきたわけだ」

師匠「儂のような魔術師達は当時から存在してはいたが、上位の……知性を持ち魔法を駆使する種族にはとても敵わず」

師匠「そこで英雄はかなり無茶な方法を選んだわけさ」

王子「……魔物達を倒すためですね」
 
399 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:52:52.69 ID:Ubs41WGA0
師匠「どうあっても聞き分けのない奴らは、確かに力でねじ伏せ叩き潰さねばならなかったが」

師匠「英雄が魔物と渡り合える力を手に入れた主目的は、『話し合い』をするためだ」

師匠「何しろ魔物の代表という奴……お前も知っての通り、便宜上は人間達に魔王と呼ばれている奴だが」

王子「便宜上ですか」

師匠「そいつは自分が強いと認めた相手でなければ話すら聞かんという価値観だったとか」

師匠「裏を返せば強い奴なら話を聞いてやると……そして見事に魔王と英雄は話し合うことになり」

師匠「魔物と人間は完全に棲み分けることで落ち着いた」

師匠「詳細は省くが、魔物達は自分達が安定して暮らすには充分過ぎる場所で今も生活しているはずだ」

王子「え」

王子「……始祖が結局は魔王はじめ半数以上の魔物を滅ぼしたのではなかったのですか?」

師匠「それさえも都合よく作り変えられた歴史よ」

師匠「逆に魔物の世界では、人間に勝利はしたが地表は棲み辛い土地だとわかった、そんな感じで言い伝えられているだろう」

王子「魔物の世界が、今この時にも存在している……」

師匠「お互い行き来する方法を敢えて破棄したから、あちらからこちらに来ることもなければこちらからあちらへ行くこともない」

師匠「……未来永劫そうだとは誰も保障できんがな」ボソ

王子「」

師匠「独り言だから聞き流せ」

師匠「とにかく英雄の活躍で、彼の故郷含むこの大陸のみならず、世界中に平和は訪れた」

師匠「英雄は周囲から国ひとつ治める王となることを強く望まれ、彼もそれを承諾した」

王子「そのくだりは僕が教わった通りですね」

師匠「……しかし英雄は信心深かった」

師匠「この大陸でもっとも力を持つ教会の熱心な信者であったが故に、魔物の力を自分に取り込んだことを後悔していた」

王子「……で、でもそれはあくまで手段に過ぎないでしょう、人間の世界が壊されてしまえば教会も信仰も成り立たない」

師匠「と、皆も説得したが、それでも彼は自分が手に入れた力の恐ろしさを知るが故に……」

王子「手に入れた力の、恐ろしさ?」
400 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:54:00.12 ID:Ubs41WGA0
師匠「彼が魔物から得た魔力は、我々のような人間の魔術師の魔力とは異質なものだが」

師匠「英雄と呼ばれるほどの人間だ、本来は魔物のものであった力を使いこなし同時に制御する」

師匠「それは彼が持って生まれ、また鍛錬により研ぎ澄ませた、自身の実力」

師匠「……それでも人間には過ぎたものでもあった、本人がどこの誰より知っていた」

師匠「最初にしたことは持ち得る権力を最低限にするため」

師匠「名目上は自分への罰のため没収されたという形で、周辺国へ自分の領土の多くを分け与え」

師匠「もちろん該当する土地に住んでいた民に対しては最大限の配慮をした上でな」

師匠「あと、自分とまだ見ぬ自分の子孫達に監視役をつけさせた」

師匠「大陸中の魔術師ギルドの総本山をすぐ近くに置いたのだ」

王子「……魔術師ギルドが……王家の監視役……」

師匠「もちろん、常に掲げていた旗印『民のため』が存在理由の主たるものだが」

王子「……ええ、ですから……民が望んだから、ギルドはあの夜……」

師匠「……」

師匠(儂が許可したとは言えマフラーで隠した表情はわからんな)

師匠「……さて、そんなわけで小国とその王家の歴史は始まった」

師匠「英雄改め初代王にも子が生まれ……しかし逞しい肉体を持つ彼とは似ても似つかぬ虚弱な赤ん坊」

師匠「他の虚弱な子供達と違っていたのはその原因だ」

師匠「地表の水や空気や日の光、魔物のいくつかの種族には不快どころか生命を脅かすほどの毒となる」

師匠「初代王は魔物の力と同時に魔物の負の要素まで自分の肉体に取り入れてしまい」

師匠「どちらも彼の血に乗って子へと引き継がれてしまったのだ」

師匠「心身ともに強靭な彼自身にはともかく、生まれたての赤ん坊にはあまりに負担が大きすぎた」

王子「……」

師匠「初代王と魔術師ギルドは協力して対処方法を見つけた」

師匠「……王家の子供が生まれてから数年間、毎月行う『儀式』、お前も受けただろう?」

王子「……ええ、普通は物心つく前に必要無くなると聞きましたが、僕は極端に弱かったから5歳くらいまで」
401 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:56:22.24 ID:Ubs41WGA0
師匠「成長と共に体力がつき、地表の環境に体質が順応するまでの数年間」

師匠「定期的にある種の魔力を浴びせることで、悪影響を最低限に抑える」

師匠「本来はギルドの高位魔術師がちょちょっと呪文を唱えてやれば済むのだが」

師匠「何故か……我々の時代には、わざわざ勿体つけた動作も取り入れて『儀式』になってしまったらしいがな」

師匠「話を戻して……初代王と当時の魔術師達は代を重ねて血が薄まれば影響も薄れると考え」

師匠「そして初代王はそのまま薄れ行くことを願った」

師匠「……仮説は正しかったが、代を重ねて薄れるのは血だけではない」

師匠「外部の血を取り入れて魔物由来の魔力を薄めながらも、初代王の子孫となる家系が拡がった頃」

師匠「国を統べる王室とそれに近い王家の者は敢えて血縁者同士の婚姻を選ぶようになった」

師匠「教会が禁止している近すぎる血族は避けて、あくまで合法の範囲でだが」

師匠「それでも祖先を何代も辿れば、みな初代王に行き着く」

師匠「初代王の意図に反し、彼の血は、魔物の力を得た代償は、再び濃くなった」

師匠「民や王家の子供に伝えられる歴史が書き換えられたのも、その頃からと言われる」

王子「……代を重ねて薄れたのは、始祖の願い……」

師匠「うむ、その頃の王家には領土を広げたいとか他国への影響力を高めたいとか、とにかく欲が芽生えて来た」

師匠「そのため、かつての英雄の魔力を取り戻したいと考えたのだろう」

師匠「しかし戦闘に使えるほどの魔力を持つ子は殆ど生まれることなく」

師匠「自然な状態では乳児期を乗り越えられない虚弱さだけが引き継がれた」

師匠「しかたなく王家は、英雄の魔力以外の方法で武力を強化する方針に乗り換え」

師匠「一方では英雄の血を残すそのものを目的として、しきたりを作り、血縁同士の婚姻を結び続ける」

師匠「……お前の父と母が従わざるを得なかった『しきたり』だ」

王子「……」

師匠「……ようやくお前の両親の話になるかな」

師匠「儂がお前の父親に初めて会ったのは……」
402 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:56:48.85 ID:Ubs41WGA0

※ここまででした。次回は今週のどこかで……※
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/21(月) 01:11:43.27 ID:d6ERpmqUO

このお話の根底に、まさか勇者魔王のような歴史があったとはなぁ
404 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/11/27(日) 00:20:55.35 ID:fs0hX5wZ0

※明日、じゃなかった今日中に更新します…※
405 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:54:29.55 ID:euAQf+/I0
……………………

…………

商人の家。

長兄「……ごちそうさま。おいしかったよ、料理の腕が上がったなあ」

長姉「ふふ、ありがとう兄さん」カチャカチャ

長兄「お前が生まれて初めて作った『鱒のムニエル』なんて、油と混じった焦げ臭いほぐし身だったのに……」シミジミ

末妹「えっ?」

次兄「何何、それいつの話?」

長姉「ちょっ、兄さん、そんな昔の話を持ち出して!?」

次姉「……思い出した、兄さんが寄宿学校に行く前の年でしょ、私は今の今まですっかり忘れていたわ」

長姉「12年も前……7歳で作った料理と比べてどうするのよ!!」

次兄「そんな昔なら俺と末妹はほぼ記憶ないよな」

商人「そうだね、あれは夏だったから次兄は4歳になったばかり、末妹は2歳の誕生日も来ていなかった」

長姉「……ばあやに教えてもらいながら作ったけど、フライパンにくっついてどんどん焦げ臭くなってきて」

長姉「焦ってヘラで剥がそうとしたら崩れちゃったの……」

長姉「でも3枚だけよ、残りはばあやが焼いたからきれいにできたわ」

商人「ああ、私とばあやと長兄で、焦げ付いたムニエルを引き受けたんだよ」

商人「でも長兄にはやめておけと私もばあやも止めたのだが……お前ときたら聞かなくてね」

長兄「え? そうだったっけ?」

商人「そうだよ、それで私も根負けして、ばあやに『長兄の気の済むようにしてやってくれ』とね」

長兄「……なんか俺の記憶では、ベソかいてる長姉に無理矢理食べさせられたように……捻じ曲げられていたみたい」

長姉「ひどい!! 私、兄さんが食べると言ってくれたの」ベチーン「すごく嬉しかったのに!!」

長兄「」

末妹「 」
  
406 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:55:53.51 ID:euAQf+/I0
次兄「おお……兄さんのほっぺに手形がくっきり」

次姉「わ、私も止める暇がなかった……」

次姉「でもお父さんの言うとおりよ……兄さん『僕が食べるんだ!』と言い張って譲らなかったもの」

次姉「私は小さかったけどそれは覚えている」

長兄「……長姉がベソかいていたのは、間違いないはず」ヒリヒリ

長兄「色々と記憶が混じって、いつの間にか俺の中で無理矢理って……」

長兄「……ごめん、長姉!!」ドゲザ

長姉「……」

長姉「……私は引っ叩いたらスッキリしちゃったみたい」ケロリン

長姉「あのぐちゃぐちゃムニエル、私もばあやに一口だけ味見させてもらったの、ひっっっどい味だった」ベー

長姉「余りの味のひどさに兄さんの記憶が捻じ曲っても……おかしくないかも」

次兄「記憶が歪むレベルって、どれほどの不味さだったのでしょうか……」ゾゾー

末妹「でも長姉お姉ちゃん、本当は小さい時からお料理好きだったのね」

長姉「そうね……料理教室に通うまで、すっかり自分でも忘れていたけれど」

長姉「あの頃から……私、料理好きなお母様みたいになりたいって思っていたのね」

次姉「あら、じゃあ何年か空白があるけど、今もお母様みたいになりたいって思っているの?」

長姉「ええ、お母様のような……奥さんに、ね」

商人「……長姉……」フルフルフルフルカタカタカタカタ

次兄「と、父さんが小刻みに振動している」

商人「……うっうっうっ……長姉、幸せに……幸せになるんだよ……」ポロポロポトポトボタボタボタボタ

長兄「あああ、俺が余計なこと言ったばかりに父さんの変なスイッチが」オロオロ

次姉「ふふ、いいじゃない兄さん」
 
407 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:58:57.92 ID:euAQf+/I0
次姉「お父さんもこうやって場数を踏んで精神を鍛えないと、姉さんが本当にお嫁に行っちゃう時にはどうなるやら」

商人「本当に……お嫁に」

商人「……びにゃあああああああ!!」ジョバー

長姉「っちょ、お父さん、お父さんたら!!」アワワ

長姉「やだなあもう、まだ1年くらい? 先の話でしょ、そして同じ町に嫁ぐのよ?」

長姉「それにまだ次姉だって末妹だってお父さんのそばにいるんだから……ね?」ポンポン

長姉(ほら、あんた達も慰めて!!)

次姉「お、お父さん、もう……どんどん天文学者さんと結婚式のお話を進めているくせに、何やってるの」ヨシヨシ

末妹「ねえ、どこに行っても、誰といても、この先もお姉ちゃんはお父さんの娘だもの……そうでしょ?」ヨシヨシ

商人「うううう、お前達……」グスグス

商人「すまんな……悲しいとか寂しいとかじゃないんだ、嬉しいんだよ……」グス

商人「お母さんが天に召されてからも、いつか私に寿命が来ても……」ズル

次兄「あ、父さんこれハンカチっす!!」ササッ

商人「ありがとう」グシュ

長兄「正確には食卓の椅子のカバーでは?」ヒソヒソ

次兄「咄嗟でハンカチは用意できず、でも鼻水が垂れるよりマシです」ヒソヒソ

商人「……私や妻の思い出や教え、こちらが意識していなくてもお前達がこの両親から受け取ってくれた色々なもの」グシュ

商人「それらを確実にお前達が引き継いでくれている……そう思うと……私はなんて、幸福なのだろうと……」ズビー

長姉「お父さん……」

末妹「お父さんやお母様から、引き継いだもの……」

…………
……………………
408 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/27(日) 23:59:31.71 ID:euAQf+/I0

※ここまで。遅れがちですみません、12月前半は少しだけペースが上がる予定です……※

409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 02:09:38.57 ID:4qsoJ86wO
椅子カバーww
410 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/03(土) 22:36:19.04 ID:YX5mFSe40

※更新明日です。作者のカレンダーは月曜始まり、ということで…すみません※
411 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/04(日) 23:00:21.23 ID:HNZWbc4X0
師匠と王子。

師匠「……お前も知っての通り、小国の王族の子供らは」

師匠「王子や王女、王の弟妹あたりは、城から出ることなく多くの家庭教師から勉強を教わっていた」

師匠「お前の母親、そして若くして亡くなったその兄王子達も」

師匠「そして……もう少し王位継承権が下位の者は、多くが近隣国のいわゆる名門校へ留学させられていた」

師匠「お前の父親……お前の祖父の従弟の息子であった彼も、その一人だった」

師匠「現在、この国の王都で最も古い男子校となっている学校に」

王子「……もしかして」

師匠「そう、今の時代は庶民でもそこそこの金と実力があれば普通に入学できるからな」

師匠「あの商人と長兄の母校だよ」

師匠「当時と現在は学校の制度だの教える分野だのなんだの少し違うが」

師匠「とにかくお前の父は13歳でそこへ留学してきた」

師匠「……で、実は、当時から信用ある推薦人と入学試験で上位を取れる力があれば、金持の子供でなくとも入学は可能でな」

師匠「同じ時期に同じ年齢で同じ国から留学してきた少年がひとりだけいた」

師匠「それがこの儂だ」

王子「師匠が……師匠にも、少年時代が……」

師匠「突っ込みどころはそこか」

師匠「儂だって生まれた時から『おっさん』ではないわい間抜けめ!」

師匠「……話を戻す」

師匠「同い年で出身も同じとのことで、儂とお前の父は同じクラスに入れられた」

師匠「子供の頃は王族だの貴族だのとの面識も一切なく、もちろん彼とも初対面でな」

師匠「彼からかけられた最初の言葉はこうだ」

師匠「『授業以外で俺に話しかけるなよ貧乏人』」

王子「 」

師匠「……ま、当時から可愛げはなかったわなあ」

王子「た、確かに……父の言動を思い起こせば、違和感はありませんが……」
 

 
412 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/04(日) 23:01:22.85 ID:HNZWbc4X0

※これだけでごめんなさい…こんな感じで少し師匠の昔語りを…※
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/05(月) 00:51:55.24 ID:b/Ouj4LxO
違和感ないのかよ…
王子はほんと親に恵まれなかったなぁ
414 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/11(日) 23:57:26.22 ID:vWtBYHFZ0

※諸事情で思ってた以上に多忙でした、ごめんなさい※

※明日か明後日に少し更新します……※
415 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:06:10.20 ID:/vDZD4tL0
師匠「……当時は次代の王となる3人の王子達の『はとこ』」

師匠「将来、自分が王位を継ぐなどとは夢にも思っていなかった彼は、どちらかと言えば気ままで奔放な性格で」

師匠「……第一王子は3歳上、第二王子と第三王子は2歳上の双子、王女は3歳下」

師匠「割と年代が近いのもあり、幼い頃から彼等は交流もあったが」

師匠「とことん生真面目な兄王子達とも、対照的に周囲から甘やかされ我儘に育った末の王女とも合わなかったらしく」

師匠「親しくなった学友に漏らしていた愚痴や悪口は、巡り巡って儂の耳にも入ってきた」

王子「僕にとっての伯父上達や、母上の」

師匠「優秀と言われた王子達と事あるごと比較される愚痴、幼いながらも気位の高い王女に対する……こちらは子供らしい悪口」

師匠「とりあえず、彼は自分の家も王家とも離れた異国の生活で、ようやく羽を伸ばせたらしい」

師匠「……伸ばし過ぎて、色々あったが」

王子「」

師匠「聞きたいか?」

王子「は、はい、両親の過去を知りたいと言い出したのは僕ですから」

師匠「最初の2年くらいはそれこそ子供らしい悪戯を……悪童仲間と一緒になって」

王子「子供らしい」

師匠「礼拝の最中に開いていた窓から、ヒキガエルを20匹ばかり放り込む」

師匠「お前の父親は見張りを進んで引き受けたらしいが、後で思うにカエルに触らんで済む係だな」

師匠「他にはそいつら一同で昼休みに酒を飲んで午後の授業は丸々サボるなど、しょっちゅうだった」

王子「こ、子供らしい……?」

 
416 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:08:00.60 ID:/vDZD4tL0
師匠「とまあ、小さな悪戯は枚挙にいとまがなく」

師匠「やがて15、6歳にもなると、まあなんだ……主に女関係かな」

王子「お」

師匠「……お前も知っての通り、彼の右目は水色で左が赤のひとみ」

師匠「左右の色違いも血の透けて見える虹彩も、小国の王族には時々現れるが、留学先ではあまりに目立つと」

師匠「国を出る時、侍医達と当時の魔術師ギルドが彼の左目に魔法的処置を施した」

師匠「隠蔽魔法の応用でな、左目も右目と同じ水色に見えるというものだ」

師匠「しかし、銀髪と青い目、加えてあの容貌、十代にして今のお前より長身、それだけで十分に人目を惹き」

師匠「ものすごくわかり易く言うと、女にもてた」

王子「」

師匠「更に言うなら、彼も選り好みはしたが好みのタイプには、それなりに相手をしてやったそうで」

王子「 」

師匠「そんなこんなで、留学期間を終えて17歳で帰国した際には、彼の名を呼び泣きながら馬車を追う若い娘達が……」

師匠「…………」

師匠「……おい大丈夫か? 気絶してないか?」ユサユサ

王子「だ、大丈夫です、言葉が出ないだけです……」

王子「……しかし、そんなに派手な女性関係で、その……あの、大丈夫……だったのでしょうか……」

師匠「ん? 異国の地にお前の腹違いの兄や姉がいたかもという心配か?」

王子「そ、そんな露骨に」アワワ

 
417 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:11:42.10 ID:/vDZD4tL0
師匠「彼だけではなく、王族の長期留学の際には決まった魔法もかけるしきたりになっていてな」

師匠「帰国して魔法を解除するまで、もしも『そういうこと』になっても身籠らせることはできなかったのだ、安心しろ」

王子「……そんな魔法もあったのですか」

師匠「いわゆる尻軽な連中にしてみれば喉から手が出るほどの『便利な』魔法だろうが」

師匠「準備も魔力の消費も半端ではないし」

師匠「身体の構造を大きく変えてしまう魔法ゆえに、副作用もある」

師匠「十代の若者、一生に一度、数年間限りという条件が揃わんとな」

師匠「歴代の王族の男子が監視の緩い留学に出る年代が、だいたい決まっていたのはそのせいだ」

王子「でも、そこまでしなければならなかったのは」

王子「小国の英雄……初代王の血をひく子を、異国の民として産ませるわけには行かなかったからですね……」

師匠「ああ、魔法の補助なしではすぐに命を落とす子供、あるいは万が一、奇跡的に幼年期を乗り越えて成長する子供」

師匠「どちらであっても、な」

王子「……この先は、帰国してからの話ですね」

師匠「うむ」

王子「師匠も同じ時期に帰国を?」

師匠「そうだ、ほぼ同じだな」

王子「…………師匠はどんな少年だったのでしょう?」

師匠「儂はこう見えても真面目な優等生だった、成績上位の維持は後見人が儂に課した援助の条件だったからな」

師匠「……って、儂の話はさて置いて」

師匠「帰国の翌年、彼が18歳になった年だ……」

 
 
418 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/13(火) 23:12:25.83 ID:/vDZD4tL0

※次回は今週の後半で…近頃タイプミスが多くて時間かかります…※
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/14(水) 00:10:46.05 ID:SGBXmaD0O
420 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/18(日) 22:50:05.27 ID:LUcLd5Ud0

※作者です※

こまごました諸事情が重なって、予定よりも何かと余裕がなくなってしまい、ご覧の有様です……
次回更新はとりあえず年内です
少しの間、更新をお休みして書き溜めて来ます……お待ちの方がいましたら、本当に申し訳ありません
 
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 01:41:17.02 ID:fvwxYq1XO
年末は何かと忙しいからしゃーない
気長に待ってるからだいじょうV
422 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/12/30(金) 00:54:03.21 ID:Lvt3HdfQ0

※ごめんなさい、年内更新はけっきょく無理みたいです……嘘こきました※

本編はキリのいい部分までは一気に更新したいので(書き溜め中)年明けは閑話休題なエピソードで始める予定です。
それでは皆様、良いお年を……
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 01:21:45.44 ID:AbR7CWgnO
了解
良いお年を!
424 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/10(火) 23:55:38.59 ID:1ov93sgN0

※あけました。ことよろ。近日中に更新します、報告のみでした……※
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 03:08:51.94 ID:EuWjWZJbO
あけおめやったー!
426 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/12(木) 22:15:20.01 ID:fLh1mxgF0
閑話休題。執事とも出会う前、独り暮らしの野獣……

…………

野獣「『よくも大切なバラを折ってくれたな、この代償はどう払う!?』」

野獣「……ううむ、いまいち……かな?」

野獣「幸い、この前ここに迷い込んできた旅人はバラに手を出さなかったが」

野獣「いつかそんな人間が現れた時のために、準備はしておくに越したことはない……よな?」

野獣「しかし人を怖がらせるのは父の真似をすればなんとかなると思っていたが、意外とうまく行かないものだ」フゥ

野獣「……」

(師匠「そしてバラの花が折り取られた時…正確には、バラを欲した人間が花一輪でも手にした時」)

(師匠「代償としてその日のうちに相手に手を下さなければ、残りのバラも枯れ、枯れ切った時にお前も死ぬだろう」)

野獣「……お前の命で償え、と、告げるまではまあ……できたとしても」

野獣「問題は……私が、本当に、その人間に手を下すことはできるのか、と……」

野獣「この腕、この爪、私の背丈なら熊のように振り下ろせば……普通の人間ならばひとたまりもなかろうが」

野獣「できるのか? この手で人間の脳天を、首筋を、叩き潰す」

野獣「この爪で人間の喉を、腹を、引き裂けるのか?」
 
427 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/12(木) 22:16:55.66 ID:fLh1mxgF0
野獣「……銃でも手に入れようか、一思いに、苦しませず」

野獣「それとも……」

野獣「直接殺傷能力のある魔法は使えないが、眠らせることはできる」

野獣「いくつか魔法を組み合わせれば、眠らせたままでそっと心臓を止められないか?」

野獣「いや、それよりも眠らせてから毒薬を飲ませようか?」

野獣「苦しまずに逝ける毒……まず毒薬の調合の本が必要か」

野獣「うちにある調合の本は、美味しい薬草茶や治療薬ばかりだからな……」

野獣「……」

野獣「……相手と心が通じ合い、信頼が生まれたら、バラの呪縛は解けて相手を殺さずに済む」

野獣「が、私にとっては……そちらの方が容易だとも思えない……」

野獣「もしも『その日』が訪れたなら」

野獣「バラには申し訳ないけれど、共に枯れて朽ちるしか……私には選べないのかもな……」

…………

まだ、執事達という守るべき『家族』もいなかった野獣……

……………………

428 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/12(木) 22:17:33.64 ID:fLh1mxgF0

※お久しぶりです。本編も近いうちに※

気が向けば今回の「続き」、商人が屋敷に泊まった時の舞台裏を書くかも(書かないかも)※
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 22:54:37.24 ID:/YJmkw3TO

冒頭の舞台裏は気になるかも
みんなバタバタしてたんだろうなww
430 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/19(木) 00:10:57.67 ID:rAAmjg0o0
閑話休題。森で迷った商人が野獣の屋敷を訪れた夜……

…………

野獣「そうか、旅人は眠ったか」

メイド「ベッドに入るなり、ぐっすりでした」

野獣「ごくろうだった、メイド、庭師」

庭師「へへ、あの人間さん、僕らの存在にはまるで気付きませんでした」

庭師「家具に隠れながら忍び足で歩くのはちょっと楽しかったです」

メイド「私はちょっと大人の男性の人間さんは怖いから、部屋の外で庭師君を待っていましたけど……」

メイド「でもなんだか、お腹のプヨッとしたのんびりした顔の人間さんです、よく見たらそんなに怖くなかったですー」

野獣「はは、では朝の目覚めの茶はお前が枕元に運んでやれ」

野獣「さあ、こんな遅い時間までご苦労だった……もうお休み、メイド」

メイド「はい、おやすみなさいませ!」ペコリン

庭師「じゃあ僕、今度は馬車に地図を置いて来ますね!」

野獣「頼むぞ、終わったらそのまま部屋に戻って休んでいいからな」

庭師「はい!」ピュン

執事「……わたくしが行ってもよかったのですが、馬を怖がらせたくはないので」

野獣「仕方ない、森での様子を見ていた庭師の話では、狼の遠吠えに怯えていたらしいからな」

料理長「では……お客様に明日の朝はミルクで煮出した紅茶を振舞いましょうか」

野獣「そうだな、頼むぞ」

野獣「……」
 
431 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:12:08.38 ID:rAAmjg0o0
野獣(本当に、何事もなく……旅人を送り出してやれれば良いのだが)

執事「ご主人様、お疲れですか? 黙り込んだりして」

野獣「ん……ああすまん、考え事をしていた」

野獣「人間を屋敷の中まで招き入れ、一泊の宿を与えたのは今回が初めて、しかし」

野獣「付き合いの長いお前達には話したこともあると思うが」

野獣「執事もまだいなかった頃、森に迷い込んだ人間に、食事と一時の休息を提供したことは2回ばかりあってな」

執事「ええ、そのお話でしたら確かに」

料理長「最初はお祈りをする仕事の人、二度目は犬を連れた二人連れ、でしたよね?」

野獣「そうだ」

執事「……ご主人様は『そのあと』の話が気がかりなのでしょう?」

執事「わたくしは忘れてはいませんよ、ご主人様に従います」

料理長「わしも覚えていますよ」

執事「ただ、お話を伺った時点との違いは、庭師とメイドの存在ですが」

野獣「……」

野獣「そうだな、あの時私は……」

……

(野獣「……もし今後この屋敷を訪れた人間が裏庭のバラを折り取ったら」)

(野獣「その時には私はその人間を……罰さなくてはならない」)

(野獣「厳密に言うと、罰さなくてならない可能性ができる」)

(野獣「理由は明かせないが、いちど屋敷の門に入ることを許した人間に対して、裏庭を遮断するのは不可能で」)

(野獣「だから私が人間を罰するかどうかは」)

(野獣「バラ園に立ち入るのか、バラに手を出すのか、その人間の行動……意思次第というわけだ」)
432 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:13:21.53 ID:rAAmjg0o0
(執事「罰する」)

(野獣「……罰する場合は、その者の命を奪うことになるのだよ」)

(料理長「ご主人様が、人間を」)

(執事「……穏やかな話ではありませんが、それがご主人様にとって必要であるのなら」)

(執事「当然それを妨害はしませんし、お手伝いできることがあれば」)

(料理長「わしもです、ご主人様のためであれば、なんでもお申し付けください」)

(野獣「……ありがとう」)

……

野獣「……お前達はいつでも詳しい訳など聞かずとも、私に従ってくれる」

野獣(実際に罪を犯すのは、手を汚すのは私だけで良いが)

野獣「明日……万が一の際には、ほんの少し手を貸してもらいたい」

野獣「あくまでも万が一、残り九千九百九十九は何事もなく過ぎるとしても、だ」

野獣「料理長よ」

料理長「は、はいっ」

野獣「明日の朝、客人が寝室から出たら、庭師とメイド……あの子達を裏庭からできるだけ遠い部屋に連れて行ってほしい」

野獣「何か仕事を与えて、ふたりともお前の傍から離さないでくれ、執事か私が呼びに行くまでは」

料理長「……かしこまりました」

野獣「執事」

執事「はい、ご主人様」
433 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/19(木) 00:14:17.22 ID:rAAmjg0o0
野獣「お前には私の近くに控えていてもらいたいが」

野獣「もしも私が裏庭に出る必要が起きたならば、私が呼ぶまでは出入り口から顔を出さずに待機していてくれ」

執事「はい」

野獣「……お前には何を頼むかはその時になってみないとわからんが」

野獣「人間の亡骸を運び出しどこかに埋める……最悪の場合はそれを手伝ってくれ」

執事「仰せのままに」

野獣「まあ、万が一の話だからな? ふたりとも」

執事「ええ、今の心構えが無駄に終われば、それが一番よい結果に決まっています」

料理長「メイドちゃんが恐れないほど優しそうな人間ですよ」

料理長「人間の世の中できつく禁じられている盗みを働くようなお方とは思えません」

野獣「そう、あの実直そうな、しかもバラがそう珍しくもない程度には裕福そうなあの男が」

野獣「他人の庭のバラをもぎ取るなど、するはずもないと……信じたい」

野獣(……それでも、起きてしまったら?)

野獣(その状況で、彼を生かし且つ屋敷での暮らしを守れる道を探れるだろうか?)

野獣(……私はもう簡単には死ねない、執事達と出会ってしまったから)

野獣(なのに……森で迷う旅人を放ってもおけなかった)

野獣(どうか、九千九百九十九であってくれ)

野獣(今となっては願うしか、祈るしかできない)

野獣(何事も起きるな、無事に過ぎてくれ、と……)

…………

万に一つが起きる、その前夜の野獣たち……

……………………
434 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:14:46.01 ID:rAAmjg0o0

※結局書いてしまった、前回の続き。次回更新は本編です、たぶん※
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/19(木) 06:32:28.23 ID:kUGY5FqdO

今にして思えば、あの商人が花泥棒なんてなぁ
魔法の力で心も惑わす美しさだったのかな
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/22(日) 10:45:09.98 ID:z0n5eG5co
次兄(実際に を犯すのは、手を汚すのは私だけで良いが)
437 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/03(金) 00:03:59.61 ID:YGHk7Uwk0

※生存報告。こんどの金土日のどこかで、とりあえず更新あります※


>>435 >>436
登場人物の性格よく見ててくれて嬉しいです
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/03(金) 01:04:17.95 ID:Spqtyr/pO
楽しみ楽しみ
439 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/05(日) 00:49:47.27 ID:gWDZTuh80

※更新2月5日、とりあえず5レス以上は。時間帯未定…今夜は寝ます※
440 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:26:08.66 ID:51bwU4QR0
師匠「お前の母親,当時の王女」

師匠「彼女の15歳の誕生日を祝う祝宴が城で開かれた」

師匠「王族達……もちろんお前の父親も呼ばれ、あとは有力者連中」

師匠「魔術師ギルドの幹部もそこには含まれる」

師匠「……うち一人が儂の後見人でな、18歳の儂を自分の助手兼従者としてその場に連れてきた」

王子「師匠のそのまたお師匠様ですね」

師匠「幼いうちから魔法の修行は積んでいたとはいえ、庶民の生まれのまだまだ駆け出しの魔術師」

師匠「煌びやかな場所でお歴々に囲まれ、なんとも居心地の悪い思いの儂に向かって」

師匠「魔術師達を除けば、その場では数少ない顔見知りの『彼』が声をかけてきた」

師匠「居心地悪さにとどめを刺しにな」

王子「……ですよね」ハァ

師匠「とはいえ儂は少しばかり反骨心の強い若者だったから」

師匠「周囲の評価ではひねくれているとか天の邪鬼とか表現されたが」

師匠「彼の一言で逆に開き直ってどーんと構えて過ごす覚悟が出来たので、そこは少しだけ感謝しとるわ」

王子(そんなに若い時分からこんな感じだったのですね師匠)

師匠「……また脱線したな、それで……」

師匠「儂がお前の母親の姿を間近で見たのはその日が初めて」

王子「……」

師匠「確かに美人ではあった、お前とよく似た髪の色と目鼻立ち、違うのはくっきりと青いひとみの色と全体的な印象」

師匠「客観的に見ても、周囲がちやほやするのは理解できる」
 
441 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:28:05.22 ID:51bwU4QR0
師匠「……そんな彼女を見て、お前の父親がつぶやいた言葉、儂は自分の耳で聞いた」

師匠「『いい気なものだ、口ばかり達者で一人では何にも出来ないお人形さんが』」

王子「……」

師匠「お前の祖父の代、儂の師匠は王城によく出入りしていて」

師匠「子供の頃からの彼等のことも知っていたし、殊のほか仲が悪かったのがお前の両親だったことも知っていたので」

師匠「儂にはこっそり教えてくれていた」

師匠「尤も、その頃はさすがにどちらも露骨に態度に出すほど幼くはない」

師匠「彼も低い声で呟いた一言が、儂の耳に入っていたとはまさか思うまい」

王子「……まさか、何か魔法を使って父の呟きを……?」

師匠「阿呆、ギルドの幹部にも囲まれた公式のお堅い場で、助手身分の魔法使いが勝手に呪文の詠唱など出来るか」

師匠「通りすがりにたまたま聞いてしまっただけだわい」

師匠「彼は何かと神経質な男ではあったが、自分より下に見ている相手に対しては、だいたい油断していたからな」

王子「……」

師匠「そろそろ、そのふたりが結婚に至った話をしようか」

師匠「……お前がよければ、の話だが?」

王子「続けて……ください」

師匠「では歴史の授業の復習」

王子「は?」
 
442 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:31:11.81 ID:51bwU4QR0
師匠「第一問、今のこの『とある国』と、西の島国の戦はいつ始まったか?」

王子「え、えーと……僕が生まれた年の6年前だから……」

王子「今から256年前、です」

師匠「うむ、では第二問」

師匠「……当時、とある国の他に小国と国境を接していたのは?」

王子「……北の大国、いえ、後に北の大国の領土となる『山の王の国』です」

師匠「そうだ」

師匠「山の王の国は我らの小国よりは大きかったが、それでも周辺に比べれば小さく」

師匠「数百年ばかり周辺国と争いを繰り返した末に、山岳地帯のみが手元に残った……そんなところだな」

師匠「山の王には『とある国』の肥沃な大地は手が出るほど欲しいもの」

師匠「そこに件の戦の知らせが飛び込んできたものだから」

師匠「とある国が西の島国との戦に戦力を割いている状況を好機と見なし」

師匠「隣接するとある国の北半分を手に入れるべく」

師匠「二つの大きな国同士の戦が始まった翌年に」

師匠「まずは通過点にある小国を伸(の)して潰して魔術師ギルドの総本山も手に入れてから意気揚々と本命を攻め落とす!」

師匠「……山を越えて乗り込んで来た軍隊の総大将はそう宣言しおった」

王子「そ……そんな都合よく事が運ぶものでしょうか……」

師匠「お前ですらそう思うのだから」

師匠「そのような舐めた作戦を取った理由、山の王には山の王の事情とやらがあったのかもしれん」
 
443 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:34:08.10 ID:51bwU4QR0
師匠「しかし攻め込まれた側はそんなもの思い遣ってやる義理もない」

師匠「小国は全力で迎え撃つしかない」

王子「記録上、魔術師ギルドが関わった最後の戦争、ですよね?」

師匠「……などと呼ばれてはいるが」

師匠「お前が少年時代に本で読んだ、英雄と魔術師対魔王軍の時のような……派手な魔法戦はなかった」

王子「派手な魔法」

師匠「瞬時に町ひとつ焼き尽くす大火炎魔法、沖に見える島まで千人の兵士が渡れる氷の橋を作れる大氷結魔法……」

王子「『大』が重要なのですね?」

師匠「その他、あまりに強大な破壊の力を持つ攻撃魔法の数々だ」

王子「ということは、師匠もそのような魔法は使えないのですか?」

師匠「お前はお前の使った心を読む魔法がギルド最大の禁忌だと思っているだろうが、更に上の禁忌がある」

師匠「使えば罰せられるどころではない、もちろん習得からして禁じられてはいるが」

師匠「秘密裏に習得できたとて、いざ使うために詠唱を始めた瞬間にその者の心臓は止まる」

師匠「魔術師ギルドの正式な構成員になる際、そのための小さな魔方陣を心臓に刻まれるからな」

師匠「当然、儂にも刻みこまれているぞ」

王子「……使ったから罰を受ける、どころではないのですね」

師匠「お前の始祖、英雄王の時代は使われていたが、彼の在位中に破棄された」

師匠「英雄王いわく……これから後の時代の戦とは、人間同士のものだけになるだろう」

師匠「人間同士の戦いに、あまりにも強大な呪文は必要ない」

師匠「王や魔術師達に、それらを破棄する理性のある時代のうちに……と」
 
444 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:36:05.98 ID:51bwU4QR0
師匠「魔法に取って代わって、人間は武器をもっと発達させるだろう、とも」

王子「始祖達の、悩んだ末の決断でしょうね……」

師匠「それが本当に正しかったのかどうか、儂には正直わからんが」

師匠「また脱線してしまったな……要するに、我々の生まれた時代の魔術師達も」

師匠「攻撃魔法が得意と言っても……目に見える弓を持たぬ射手、目に見える銃を持たぬ銃士、に過ぎなかった」

師匠「しかも実際は補助魔法や治癒魔法のほうが重宝された」

師匠「要は最前線で戦う兵達の支援だわな」

師匠「……王が、魔術師達を戦場に駆り出しておきながら最前線に立たせ数を減らすのを惜しんだ、とも言われたし」

師匠「当時のギルド長がそのように王と約束を交わした、とも言われたが」

師匠「儂の師匠もそのへんは教えてはくれなんだ」

師匠「なんにせよ……儂にもあまり楽しい思い出ではない」

王子「……ですよね」

師匠「ので、手短に」

師匠「この戦には、お前の父親も、母親の三人の兄達も従軍していた」

師匠「戦の後半になるにつれ、小国は優勢に傾くという戦況だったが」

師匠「第三王子、彼は優秀なれどもやや短慮なところがあって……悪く言うなら『功を焦った』」

師匠「早い話、そのために命を落とし……双子の弟を助けようとした第二王子は深手を負う」

師匠「……ほどなく山の王の国を退ける形で一年間続いた戦は終わり」

師匠「お前の父親と第一王子はほぼ無傷で王都に戻れたが、ついでに儂も」
 
445 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:38:17.14 ID:51bwU4QR0
王子「……しかし第三王子は亡くなって、第二王子は……」

師匠「どうにか生きては戻ってきたが、起き上がることもできぬまま一ヶ月後には亡くなってしまった」

師匠「当時の王、お前の祖父の悲しみはどれほどの物であったか」

師匠「戦の後に国内が落ち着く頃には、病の床に就いてしまった」

師匠「その代行を務めたのは言うまでもなく第一王子」

師匠「病床の父、悲しみにくれる妹、戦の直前に結婚した妻、そして何より小国の民を」

師匠「それらが一気に彼の肩に」

王子「……」

師匠「元より、物心つくと同時に次代の王としての自覚と覚悟は持ち続けていたのだろうし」

師匠「陰では父親以上の立派な王になるだろうと、誰もが期待していただけはあった」

師匠「周囲の助けを借りつつ、少なくとも無難にはやるべき事柄をこなしていた」

師匠「一方で、王女には結婚の予定が前からあったが、戦と、二人の兄の喪に服すため、婚礼は延期され続けた」

師匠「……王族は異国人と、そうでなくても存在が認められない『隠し子』を持つことは許されなかったが」

師匠「正式な婚姻を結ぶのであれば、異国へ嫁ぐことは問題なかった」

師匠「お前の母は、『とある国』の第二王子……西の国との戦で成果を上げたその人物と、婚約していた」

王子「え……それって確か、南の港町にある、『英雄の像』の」

師匠「ああ、彼がのちに小国の民が安全に暮らせるよう尽力してくれたのは……果たして偶然かどうか」

王子「でも、母とは結ばれることはなかった……」

師匠「そうだ、王女の兄も妹のため手を尽くし、先方は何の問題もなく喪が明けるのを待ってくれるはずだったが」
 
446 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:40:10.83 ID:51bwU4QR0
師匠「その矢先、王女の兄さえも父親に先立ち逝ってしまった、理由は知っているか?」

王子「……一番上の伯父は事故で、とは聞きましたが、詳しくは」

師匠「彼は部下や下々の者にも思い遣りのある人物でな」

師匠「例えば国の大きな事業の現場に赴いて労いの言葉をかける、その行為が仇になった」

師匠「小国にあった『白い月の橋』を覚えているか?」

王子「ええ、僕が生まれる前からあって、今も残っている大きな橋でしょう?」

師匠「うむ、実は件の戦で一度は壊された橋でな、戦後に掛けられた仮設橋を本格的に掛け直す工事が始まったのだが」

師匠「嵐の日に現場に慰問に訪れ……土砂崩れに巻き込まれた」

王子「……」

師匠「お前の祖父が後を追うように亡くなったのは言うまでもなかろう」

師匠「そして、唯一の先王の実子となった王女は、異国へ嫁ぐことは叶わなくなり」

師匠「婚約は破棄された」

王子「その時の、『とある国』の王子様や王様は怒らなかったのですか?」

師匠「万一、王女が新しい小国の王妃となる場合はこの婚約は破棄される」

師匠「これは婚約当初からの条件だったので……国同士は『恨みっこ無し』」

師匠「当人の想いは置いといて、だがな」

王子「……」

師匠「あとはお前も知ってのとおりだ」

師匠「存命で、なるべく直系に近くありながらも王女の夫となれるほど離れた血筋の、男の王族」

王子「……父しかいなかったのですね」
 
447 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2017/02/05(日) 17:40:53.41 ID:51bwU4QR0

※小休止。続きは数時間後に※
448 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:09:17.68 ID:51bwU4QR0
王子「それもまた……当人達の想いは置き去りにして」

師匠「……」

師匠「正直……周囲も、人柄や適性の面で先王や第一王子には及ばないと充分理解はしていた」

師匠「当人達もお互い気の進まぬ婚姻ではあったが逆らえるはずもなく」

師匠「二人とも自尊心と義務感はあった、これからは国を支配する存在として生きなくてはならないとは決意したのだろう」

師匠「だから、世継ぎとなる子を成すのも必要だと理解していた」

王子「師匠」

師匠「ん?」

王子「……僕を身籠った頃の母は……父は……」

王子「何を、思った……でしょう……?」

師匠「ふむ……」

師匠「お前の母親が身籠った頃が、お前の父が王になって最も王宮の雰囲気は良かった頃かもしれん」

師匠「立て続きの兄や父の死、婚約破棄、それらからようやく王妃が立ち直ってきた時期でもあり」

師匠「亡くなった父や兄とも血の濃い世継ぎが生まれるのは喜ばしかったに違いない」

師匠「先王の直系ではなかった王も」

師匠「先王の孫である子の父となることで、その引け目を払拭できると思ったのだろう」

王子「……でも、期待されて生まれて来たのは……」

王子「今ならわかりますよ、比べられた義兄達に負けないほど優秀な王子が息子ならば、父はもっと僕を」

王子「自分の兄達の生まれ変わりのように優秀な息子ならば、母はもっと僕を……」

師匠「菫花……」
 
449 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:10:48.00 ID:51bwU4QR0
師匠「……儂が知る、お前の生まれる前の両親の話、は、これで終わりだ」

師匠「お前に接していた両親の様子は、お前が誰より知っている」

王子「ええ、そうです」

王子「二人とも、あの舞踏会の夜まで、最期まで……」

王子「……最期……まで……」

師匠(声が震えているな)

王子「……我儘に付き合ってくださって、ありがとうございました、師匠」

王子「想像していた両親と……だいたい同じでした」

王子「僕がそばにいるのも構わず、母が時々つぶやいてた独り言」

師匠「?」

王子「繋ぎ合せると、こんな感じでした」

王子「『上のお兄様の奥方、聡明なお義姉(ねえ)様、今は修道院に入っておられるけれど』」

王子「『お義姉様とお兄様との間にお子さえ生まれていたならば、今ごろ私は……』と」

師匠「お前……」

王子「…………父にはもっと面と向かって色々言われました」

王子「その中には、僕を結婚させて生まれた孫にこそ期待をかける、とも」

王子「全ては仕方がなかったのです、次々と周囲で悲劇が起きて、自分達にはどうすることもできなくて」
 
450 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:12:11.92 ID:51bwU4QR0
王子「望まずに国の頂点に立たされた二人の……期待をかけた王子が、期待外れと来ては」

王子「人間として、八つ当たりくらいしたくもなりますよね?」

師匠「おい、菫花」

王子「ええ、その八つ当たりの対象が何より大切な国民達なんて、それは決して許せません」

王子「王としても、人間としても……それは僕も充分わかっています、230年……いえもっと前から」

師匠「……親としてだけは、少しでもまともな面もあったとか、期待していたか?」

王子「そっそんなつもりでは!!」ブンブン

王子「そんなつもりでは……いいえ……だけど……」

王子「……もしかしたら両親の事が、少しは理解できるようになるかも、とは、期待したかもしれません……」

師匠「両親について、振り切れたわけではなかったのだな」

師匠「ま、それも当然か」

王子「……おかしいですよね、今の僕は」

王子「野獣の代わりに、どこにでも行ける自由を手に入れて」

王子「血は繋がらなくとも僕には勿体ないほどの家族ができて、素晴らしい友達もできて」

王子「今までにないほど幸せなのに……まだ、過去に囚われている……なんて」

師匠「……」フゥ

師匠「……今のお前は、ただ自分の過去と上手に折り合いをつけたい、それだけなのだ」

王子「……折り合いを……?」

師匠「過去の出来事は、忘れることはできても消せはしない」
 
451 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:14:19.90 ID:51bwU4QR0
師匠「しかしお前からは前向きにしか見えない人々だって、過去を綺麗さっぱり忘却したから前を向けるわけではない」

師匠「自分の過去とどうにか上手くやる方法を見つけたから、前を向けるようになっただけだ」

師匠「お前はそれを見つけるのがド下手なので、何度も行きつ戻りつしながら足掻いている、それだけさ」

王子「……」

師匠「……いずれ話すつもりではあったが」

師匠「お前の両親の最期がどうだったか、気にはならんか?」

王子「……!!」

王子「そ、それは……師匠があの夜、教えてくださった以上のことが……!?」

王子「師匠達は、ふたりの心臓が止まるまでの一瞬の間に『悪夢』を見せた」

王子「その夢の中での『数ヶ月間』で、国に革命が起き王と王妃は捕えられ裁判にかけられて」

王子「民衆の手によって『彼らの行いに見合った最期』を遂げた、と……」

師匠「嘘ではないが、あの状況では可能な限り端折って話さねばならなかった」

師匠「お前の……お前がどう捉えるかは、お前の勝手」

師匠「この話はお前にとって救いになるとは限らん、却って苦しむかも、それは儂には判断できん」

王子「……」

師匠「……どうする?」

王子「……教えて……ください」

師匠「……わかった」

…………
 
452 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2017/02/05(日) 21:15:36.72 ID:51bwU4QR0

※ここまで。次回は師匠の語りでなく回想シーン形式で……王と王妃の過去話だけに、内容暗くてすみません…※

453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/06(月) 00:56:39.27 ID:sW35PE7eO

悲劇だな
でも子供には何の罪もないのにね
454 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:22:55.49 ID:A6bjvzRP0
過去の出来事、王子20歳の誕生日、舞踏会の夜。

魔術師ギルド幹部…以下「幹部」

幹部2「……王と王妃はこのまま、『革命の悪夢』の中で死ぬ、もう後戻りはできん」

幹部1「王子はどうだ?」

幹部3「予定通り、両親の命が尽きるまでは目覚めない……我に返った時には過ぎた時間を一瞬にしか感じないだろう」

師匠(=幹部4)「本当に、心を読む魔法を使ってしまうとは、な……」

幹部3「幹部4……王子のほうも、もう後戻りはさせられない」

師匠「ああ、百も承知だ」

幹部3「……」

師匠「幹部1、そろそろ良いか?」

幹部1「そうだな、彼等の悪夢も終焉に近づいているだろう」

幹部2「既に記憶の中では数か月間の牢獄生活を送っているはずだ」

幹部1「いま王妃の暗示の『一部』を解いた、幹部4の言葉にだけは反応するようになっている」

師匠「わかった、では……」

師匠「……王妃様」

王妃「だから私は……止めたのよ、一のお兄様……あの嵐の日……」ブツブツ

王妃「なぜ世継ぎの王子自ら、橋を造る人足達を労いに行かなくてはならないの……」ブツブツ

師匠「王妃様?」

王妃「」ハッ

455 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:24:42.75 ID:A6bjvzRP0
王妃「……誰? 看守ではなさそうね……では処刑の執行人かしら?」

師匠「いいえ、以前にお会いしたことがありますよ」

王妃「ああ……魔法使いね、父王の代に王宮に出入りしていた老魔術師の弟子で、王の留学先での『学友』だとか」

師匠「よく覚えておいでで」

王妃「こんな監獄に足を運んで、惨めな囚人を見物に来たの?」

師匠「先ほど、何かつぶやいておられたようですが……?」

王妃「あら、魔法使いを相手に懺悔をしろ、と」

王妃「ふふふ……心底、惨めなものね……どんな重罪人も、処刑の前に教会の司祭を寄越して貰えるでしょうに」

師匠「……ええ、私は貴女のため祈ることはできません、ただ少しの間お話し相手になれるならば、と……」

王妃「なんのつもりか知らないけれど……よくよくの暇人なの?」

王妃「でも確かに、ひととき気を紛らわすのも悪くはないかも」

王妃「それに……地獄だって今の状況に比べれば……少しはマシでしょうね、ふふ……」

師匠(少なくとも、生き延びる可能性は諦めているようだな)

師匠(彼女の記憶では、どんな『数か月』を過ごしたのやら……)

王妃「暇人の魔法使いや、私の一番上の兄……先王の第一王子がなぜ亡くなったか、知っていて?」

師匠「はい、存じております」

王妃「私は止めたのよ、こんな嵐の日に、橋を造る現場へわざわざ慰問に行くことはない、と」

王妃「でもお兄様は『こんな日だからこそ、私が直に励ましの言葉を掛けなくてはならないのだ』と」

王妃「こうも言われたわ、『父上も我々三兄弟も、幼くして母を亡くしたお前を不憫だと甘やかしすぎた』」

王妃「『今さら私にはどうもしてやれそうにないが、隣国の第二王子に嫁げば色々とお前の世界も開けるだろう』」

王妃「『私よりずっと素晴らしい、自国の民の事をよく考えておられる王子だから』って……」
456 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:27:21.29 ID:A6bjvzRP0
王妃「それが、一のお兄様との最後の会話だった」

王妃「ねえ魔法使い」

王妃「お前は兄の……世継ぎの王子としての最後の行いを愚かだと思うかしら、それと立派だと思うかしら?」

師匠「国を背負う者として、実に立派な行いだと思っております」

師匠「……直後の出来事は非常に残念でしたが、それはどなたの落ち度でもありません」

王妃「やはり、お前もそう答えるのね」

王妃「……お兄様はあの日、行くべきではなかったと言っていたのは私を含め二人だけ、誰だと思う?」

師匠「……お兄上様の、奥方様ですか?」

王妃「ふふ、違うわ」フルフル

王妃「お義姉様は強くて聡明で立派な方よ、お兄様の選択を他の誰より正しかったと信じている」

王妃「私と子供の頃は会えば喧嘩ばかりしていた、相性最悪の、あの男……私の夫、国王よ」

師匠「王が」

王妃「『民は国のために在るのだから、国のために働くのは当然だ』と」

王妃「『国はすなわち王なのだから、危険を冒してまで次代の王から民のご機嫌伺いに出向く必要などなかったのに』と」

王妃「……後から考えたら」

王妃「一のお兄様が亡くなったせいで自分の人生を変えられてしまった腹いせとしか思えないけれど」

王妃「『兄上を誇れ』と言うばかりの周囲の慰めより、彼のその言葉に、私と同じ、愚かで身勝手で見識の狭い彼の存在に」

王妃「私は慰められたの……」

師匠「……」
457 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:28:37.18 ID:A6bjvzRP0
王妃「そんな王家が国を支配しているのですもの」

王妃「二人とも人生で何かひとつでも思い通りにしたくて、そんな二人がこの小さな国で『一番偉い人間』だった」

王妃「そうよ、民を、国を、玩具にしていたの」

師匠「王妃様……」

王妃「その通りでしょう? だから民の怒りが今の有様を引き起こしたのでしょう?」

王妃「この期に及んで言い逃れもしなければ誰に許しを斯うつもりもないわ、結末は同じですもの」

王妃「夫も……王も、この監獄のどこかにいるのでしょう? もうずっと会っていないけれど」

王妃「それとももう死んでしまった?」

師匠「いいえ……王妃様と同じような状況におられますよ」

王妃「お前は王とも話をしたの?」

師匠「……これから伺うつもりです」

王妃「そうなの、それではしっかりと話を聞いてあげてね」

王妃「あの人はお前の事が、本当は嫌いではなかったようだから」

師匠「……っ!?」

王妃「あ、その理由までは私はわからないから、質問なんか受け付けないわ。知りたかったら本人に聞くのね」

王妃「だからそろそろお行き、役人の許可を得てはいるのだろうけど、私もこれ以上話すことはないもの」

王妃「それに少し疲れた、一人になりたい」

師匠「……王子様のことはお聞きにならないのですね」

王妃「やめて」

王妃「せっかく王子の話題が出る前に会話を打ち切ったのに」

王妃「両親の所業の巻き添えで首を撥ねられるあの子のことなど考えたくもない、思い出したくもない!」
458 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:30:49.99 ID:A6bjvzRP0
師匠「母親としては当然の感情です、しかし」

王妃「違うの、王子を可愛がっていたお前に、最後だけは愛情深い母親だったとか思って欲しいのではない」

王妃「お兄様達にも流れていた父上の血を、その孫であるあの子で絶やしてしまうのが辛い」

王妃「あの子のそのまた子供は、もしかしたらお兄様達のように賢く強いかもしれない、それが潰えるのが悲しい」

王妃「ご先祖様達だって、無能な王の後に名君と呼ばれる王が出たことだってあったでしょう?」

王妃「あの子の、王子の罪は……罪があるとすれば、弱かったことだけ、親に逆らえなかっただけ」

王妃「民に対し処刑されるほどの事はしていないわ、できないわ、あっ、それに貧民の娘とも友人だったのよ!?」

王妃「そうだ魔法使い、庇ってあげられないの? お前はあの子を」

師匠「王妃様、王子……様は、民に対する罪を負わされてはおりません」

師匠「ただし残念なことに……魔法使いとして、我々に対する罪を犯してしまいました」

師匠「ですから、魔術師ギルドの掟によって罰せられます……が、『生きて償う義務』も課せられます」

師匠「王子様は生きて罪を雪ぐ、そして……」

師匠「私もまた王子様の魔法の師として、生涯かけて弟子が犯した罪の責任を取る所存でいます」

王妃「……あの子は、私達と一緒に死ぬことはないのね? 少なくとも生き延びられるのね? 神に誓える?」

師匠「誓いますとも」

王妃「そうなの、よかった……この監獄に来てからの数カ月、こんなに安堵できたのは初めて……」

師匠「王妃様、本当に貴女は、王子様のことを……?」

王妃「ふふ……自分でもよくわからないわ」

王妃「民への罪と同じよ、今さら言い逃れもしないし許しも請わない、あの子に対しても、ね」

459 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:32:47.08 ID:A6bjvzRP0
王妃「さあ……本当にもう王の所へ行って頂戴、あの人によろしくね」

師匠「王様にお伝えするお言葉はありませんか?」

王妃「よろしく伝えて、それだけよ、どうせまた地獄で出会うでしょう……その前に処刑場かもね」

師匠「……畏まりました」

師匠「王妃様は少しご休息をお取りください、本当にお疲れのようですから」

王妃「ええ、そうさせてもらうわ、なんだか眠い」

王妃「……ありがとうね、暇人の魔法使い……」

師匠「……おやすみなさいませ」

師匠「……」

師匠「幹部1……幹部2、幹部3……王妃との話は終わった」

幹部1「では、彼女への最期の呪術を施そう……苦痛無き眠るような死、それで良いな、皆?」

幹部2「ああ、異存はない」

幹部3「彼女の現実での表情を見るに、そうは思えないけれど、ね……」

幹部2「明日の朝には人々に知れ渡り、一夜で滅びた王家として歴史に刻まれなければならないのだ」

幹部1「安らかな死に顔をさせるわけにも行かないだろう?」

幹部3「……わかっている」

師匠「では、次は王だな?」

幹部1「ああ、王も君の言葉にだけ反応するようにした……頼む」

師匠「……」コクリ

(王妃「あの人はお前の事が、本当は嫌いではなかったようだから」)

師匠(王妃のあの言葉は真実なのか?)

師匠(王……)

…………
460 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/18(土) 23:33:26.80 ID:A6bjvzRP0

※ここまで。次回も王の最期をこんなふうに一気に、日時未定ですがなるべく早く投下できたら、と※
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/19(日) 01:21:41.46 ID:maz3H3t+O

根っからの悪人ではないだけに、居たたまれないな
462 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:50:13.81 ID:u5aqlIxc0
……………………

そして、その頃……

(野獣「……」)

(野獣(……夢だな、これは……この世界でも、肉体のない私にも、休息や睡眠は必要だし))

(野獣(眠れば『夢』を見ることもあるが……この夢は……私の記憶や知識から湧き出したものと言うより))

(野獣(実際に起きていること……そう、師匠の声で……過去の出来事が語られている、きっと実際に師匠は語っているのだ))

(野獣(その相手は、紛れもなく菫花))

(野獣(二人の旅も終盤、かつての小国の領土に入って、距離が近くなったせいなのか))

(野獣(師匠の言霊の力なのか、それとも菫花の、過去を知りたいという強い思いが私と共鳴したのか))

(野獣(それら全ての要素が合わさったせいか))

(野獣(始祖である英雄王とギルドの関係、若い頃の両親、そして……))

(野獣(母上の、最期……))

(野獣(見かけは苦悶を浮かべた死に顔だったが、苦痛と絶望の中で息絶えたのではなかったのだな))

(野獣(師匠達、魔術師ギルドの幹部達が掛けてくれたせめてもの情け……慈悲を))

(野獣(これから罰せられる王子には明かせる筈もない))

(野獣(……))

463 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:51:17.05 ID:u5aqlIxc0
(野獣(屋敷で獣の姿で目覚め、30年間暮らした中で))

(野獣(私も相当、身勝手な振る舞いをして来た……罪と呼んでいい))

(野獣(気まぐれで旅人を助け……何も知らない彼らがバラを折ったらどうなっていたかわからないのに))

(野獣(そして森の獣を使用人に作り変え))

(野獣(またもや私の気まぐれで招き入れた商人の命を、実際に奪う寸前まで行き))

(野獣(末妹を家族から引き離した))

(野獣(結果的に、使用人達も末妹とその家族も私を許してくれただけの違い))

(野獣(……私の両親は、民に許されなかっただけの違い))

(野獣(しかし菫花は、昔の私として禁忌の魔法を使った罪は負ったが))

(野獣(野獣の罪とは無縁))

(野獣(私が、数々の過ちを犯した前には戻れないように、あいつも今の私ではない))

(野獣(師匠の話に何を思うか……私には想像しかできない))

(野獣(……そして今度は、父の最期が語られるのか……))

……………………

…………

464 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:52:27.47 ID:u5aqlIxc0

※ここまで。一気に、と言いつつ後で出す予定のシーンをここで挟みたくなった…なのでsage更新です※
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 11:35:40.12 ID:uuiH64PZO
乙です
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/10(金) 23:39:51.02 ID:bjl/fpKvO
待ってる
467 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:36:24.05 ID:bgu+yfMr0
……

師匠「王様……国王陛下」

王「……なんだ、貴様か」

王「看守達もいなくなり、ようやく一人になれると思ったが……よりにもよって貴様とは」フン

師匠(記憶の中では彼もそれなりの獄中生活を送っているはずだが)

師匠(こういう所は相変わらず)

王「で……余に何の用だ?」

師匠「私ごときでも、しばし話し相手にでもなれれば、と」

王「ごとき、ね」

王「はん、学校でも成績優秀だった上に魔法の才能もあった貴様が何を言う」

王「どうせこの場に二人きりなのだ、『俺』を王とは思うな、昔の調子で口を聞いて構わん」

王「それとも、それもできないほどの臆病者だったか?」

師匠「……」フゥ

師匠「わかったよ、『君』はもう少し消沈していると思ったが……『学友』」

王「ははは、それで良い……」

王「……くだらんよな」

師匠「?」

王「俺の一生がだ、どうせ貴様もそう思っているのだろう?」

師匠「……くだらないかどうかはわからない、が……正直に言って、君は道を誤った、とは思う」

468 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:37:41.94 ID:bgu+yfMr0
王「俺を王にしたのが一番の間違いだ」

師匠「……」

王「ふん、わかっている、王になってからの振る舞いを言っているとは」

王「反発する者は処分し、忠告する物は追放し、逆らわぬが無力な者から枯れるまで搾り取り、役に立つ者へ与える」

王「先王ならばこんな愚かな事は……先王の王子が生きていれば……」

王「彼等が健在だった頃と同じようにまたも比べられた」

王「俺はこう思ったものだ、山の王の国から領土を分捕ってでも来れば文句を言ってた連中も黙るだろう、と」

王「山しかないと言いながら、あの国には近年発見された鉱物資源があり」

王「我が国に仕掛けた先の戦で消耗し、十年以上経ってもまだ立ち直れていなかった」

王「しかし失敗は許されん、俺なりに慎重に準備を進めた」

王「『あの屋敷』を手に入れたのもその一環だ、機械仕掛けを新しい戦術に活かせないか、とな……」

師匠(あの屋敷と言っても、我々は今まさにその屋敷にいるのだが)

師匠「……それが血も流さずあっさりと北の大国の領土になってしまったのは、今から2年ほど前だったな」

王「ああ、またも物事は俺の思い通りにはならなかった」

王「その上、高い魔力を持つくせに腰抜けで役立たずの王子は『戦がなくてよかった』と安堵している」

王「本格的に息子に期待するのを諦めたのはその頃だ」

師匠「……」

王「ふん……何故か貴様はあれをお気に入りだったよな」
469 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:39:25.02 ID:bgu+yfMr0
王「人一倍ひ弱な赤ん坊だと知った時から、新たな子供を成さねばと思ったが、妃には拒まれた」

王「あの女はもともと義務で世継ぎを産んだのだ、身籠り、産むという苦痛を、俺相手にこれ以上は味わいたくなかったのだろう」

王「だったら期待するのは孫しかないだろう?」

王「あれは始祖の血を濃く引いている」

王「従順で血統のよい嫁を取らせて三人も産ませれば一人くらいは当たるだろう」

師匠「王妃の発案した誕生祝いの舞踏会を承諾したのは、そのためか」

王「ああ、目を付けていた娘を何人か招いていた」

王「まさかあれ自身が貧民の小娘を招いていたとは思わなかったが」

師匠「そのことで王子を咎めたのか?」

王「妃は泊まらせずに追い返せと怒っていたが、俺は……こいつも男だったのかと見直したよ」

王「俺の選んだ娘を正式な妻に娶りさえすれば、あの小娘を寵姫にさせてやっても構わないとは考えたさ」

師匠「……君と言う男は……」

王「ははは……貴様が自分の娘のように目をかけて仕事まで世話してやったそうだな?」

王「なあに、俺と王妃がいなくなればお前の好きにしてやれば良いだろう、王子も小娘も」

師匠「……」

師匠「……それは、させてやりたくても……」ギリ

王「ん? あいつも反乱軍に捕まっているのか?」

師匠「……」

師匠(王妃にした話を、この男にもするか……)
470 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:40:31.41 ID:bgu+yfMr0
王「……ふむ、魔法使いとしての罪か」

王「くくくく……本当に馬鹿馬鹿しい、全てはくだらない……はーっはっは……」

師匠「何がそんなにおかしいのだ」

王「はは……もう恍けるはやめにしないか、ギルドの幹部よ」

師匠「どういう意味だ?」

王「……」

王「……山の王の国へ攻め入る準備を進めていた頃だ、俺は数代前から忘れ去られていた城の地下倉庫を探っていた」

王「固く封をされた一冊の書物」

王「150年、いやもっと前か、当時の先祖は本当に忘れたのか、敢えて封印したのか、そこまでは窺い知れなかったが」

王「……英雄王、我ら王族の始祖、人間でありながら魔物の力を取り入れた男」

王「子や孫の成長を見届けて亡くなったと言われているが……本当なのか?」

王「400年前の活躍を見るだけでも、既に人間の範疇を超えていたのは間違いない」

王「そんな男が、たった70年か80年しか生きなかった、と?」

師匠「……まさか」

王「貴様等の魔術師ギルドでも、幹部に選ばれた際に初めて知らされるらしいな」

王「……魔術師ギルド総本山の長とは、400歳を超えた英雄王『本人』であると」

師匠「……」

師匠「……ああ、儂も知った時には驚いた」
471 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:42:53.09 ID:bgu+yfMr0
師匠「我々でさえ直接顔を合わせることは滅多にないお方ではあるが」

王「そして小国王家の監視者の長でもある」

王「子子孫孫が自分の教えを忘れ去っても、自分の願いとは異なる振る舞いをしても、見守るだけで放置せよ、と」

王「他国との戦に勝とうが負けようが、民が反発しようが、流れに任せよ、と」

王「栄えようが滅ぼうが、子孫が選んだ道だと突き放す傍観者、そいつが我々の血の繋がった始祖だ」

師匠「……学友」

王「……その顔は、俺を哀れんでいるのか?」

王「はは、大概の先祖とは子孫のやる事なす事に干渉のしようがないのは当たり前」

王「始祖は過去の人間、つまり死人としての立場を貫いただけ」

王「最も悪いのは、次代への伝承を怠った150年前の王だ」

王「次に悪いのは、先祖を恐れ敬う心を失った俺自身だ」

王「貴様等の長を責める気はない」

王「ただ……ただ、くだらん、馬鹿らしい……王としての人生が」

王「俺は読み終えたそれら複数の書物を燃やした」

王「それまでの生き方を変える気も起きなかった」

王「自分の人生を気の済むように生きて、自分が死んだ後はどうなろうと知ったことではない」

王「そうでなければ不公平だと思った」

師匠「……」
472 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:43:49.21 ID:bgu+yfMr0
王「挙句の果て、今こうして民の反乱に屈し……死を待つ身になった」

王「王妃も、同じように死んで行くのだろう?」

師匠「……ああ」

王「ふ、今ごろ泣き喚いているだろうな」

師匠「……王妃様とは、先ほど少し話をしてきた」

王「ほう?」

師匠(この男が儂をどう思っているか云々は除いて、王妃との会話を教えてやるか……)

王「……は、妃なりに覚悟はできているのか」

王「まあ元から自尊心だけは高い女だ、取り乱さないだけ立派だと褒めてやろう」

師匠「王妃様は……君の事を気遣っていたぞ」

王「……」

王「共に過ごせば愛はなくとも情は沸く、女とは大なり小なりそういう生き物だ」

王「妃も夫が俺でさえなければこんな最期は迎えなかった、哀れだとは俺も思わないわけでもない」

王「王子も……」

王「……」

王「俺の望みを、王子に伝えてはもらえないか? 遺言だ」

師匠「?」

王「憎めと、お前を不幸にしたのは父だと、父を憎めと」

王「母を憎む時もあるかもしれない、しかしそれも元はと言えば父のせいだ、だから父だけを憎めと」
473 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:45:16.26 ID:bgu+yfMr0
王「……なんてな、俺の遺言をあれに伝える義務は貴様にはない、好きにしろ」

師匠「……」

王「またその顔か」

王「くく、本当に貴様は面白い、俺が嫌いなのではなかったか?」

王「貴様が本当のところ何を思っているかは知らん、しかし」

王「俺は……妙だな、貴様の前では己を取り繕う気が失せるのだ」

王「貴様は身分が低いのに、子供の頃から俺を恐れも媚もせず堂々と振舞っていた、他の人間を前にしたのと同じように」

王「羨ましかった、貴様は頭も良いし才能もある、しかし……それ以上に貴様の強さが羨ましかった」

師匠「な、何を言うんだ」

王「こいつは状況的に他人だの運命だのに振り回されていても、自分の今の全てを自分の責任にできるのだろう」

王「いつも……周囲の連中、親、先祖、立場、とにかく全てを他者のせいにしてきた俺とは違うのだ、と」

王「異国の学校で出会った時からそう思っていた」

王「貴様のような人間になりたかったと……牢獄に来てからはその想いが強くなって」

師匠「学友」

王「……時間があれば、時間をかければ、いつでも変われる」

王「しかし、もう俺に時間はない」

王「全ては遅い、遅かったのだ……」

師匠「学友、君は」

幹部3「幹部4!!」

474 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:46:23.93 ID:bgu+yfMr0
師匠「っ!?」

幹部1「……幹部4、あのままでは王の暗示も、偽りの記憶も解けるところだった」

幹部2「君の集中力が乱れて、この場の魔力に影響を与え始めていたのだ」

幹部3「強引ではあったが王との会話を打ち切らせてもらった、悪く思わないで欲しい」

師匠「彼……王は?」

幹部3「そこだよ」

師匠「……苦しんだのか?」

幹部1「表情はどうあってもこうする以外にないが」

幹部1「眠るような安らかな死を、とは行かなくとも……自分が死んだのにも気づいていまい、あっという間もなく心臓を止めた」

幹部2「自己を哀れむばかりで、王妃ほどの僅かな反省すらなかったけれどね」

師匠「……哀れ、か……」

幹部1「……王がギルド長の正体を知っていたとは」

幹部1「しかし、長がどれほど苦しんで暗殺の依頼を受けたかなぞ、想像もつかなかっただろうな」

幹部2「長は小国の民の今後のために、我々と共に働くと約束してくださった」

幹部2「……民の行く末を見届けてから、ようやく永遠の眠りにつかれるのだ」

幹部1「悲しいが、それが長の望みだからな」

師匠「……」

幹部3「……大丈夫か? 次は、王子に……」

師匠「心配いらん、すまんな、幹部3」
475 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:47:30.36 ID:bgu+yfMr0
幹部2「王子に……罰を宣告するのだな」

幹部1「やはり幹部4しか出来ない役目だ」

師匠(王子……菫花……)

師匠(いま我々が、いや、儂がお前にしてやれることは他にはない)

師匠(しかし……儂はお前の師匠として責任を取ろうと思う)

師匠(贖罪のさ中にいる間は見守るしかできないが)

師匠(子孫を見守る立場に徹した故に、長い年月を苦悩されたギルド長のようにな)

師匠(両親と違うのは、お前は贖罪を終えたら自由になれるのだ)

師匠(既に図書館の娘もいない世界だが……それでも、お前の幸せを……)

…………

……………………

…………

王子「…………」

師匠「……これが、お前の両親の最期だ」

師匠「ギルド長……かつての英雄王は、小国の民がどうにか無事に暮らして行く姿を見届けると、永遠の眠りにつかれた」

師匠「舞踏会の夜から5年後のことだ」

師匠「不老長寿の身ではあったが、いつでも死ぬ事は出来たのだ」

師匠「ただ、魔物の血を子孫に残した責任感から、監視役の立場を選ばれた……」

王子「…………」

師匠「……衝撃だろうな、まさか英雄王が、お前の生まれた時代まで生存していたとは」
476 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:48:43.70 ID:bgu+yfMr0
師匠「そして、我々がお前達親子に何をしたか、改めて知らされたのだ」

王子「……」グス

師匠(顔は覆ったままだが……泣いているな、当然だ)

師匠「……やはり人払いをしてやる、思う存分に泣くがいい」

師匠「半径50メートル以内に足を踏み入れた人間がふと他の場所に行きたくなるような、緩く且つ強固な結界を張ってやる」

師匠「ただし2時間だけだ、いろいろな意味でそれが限界だからな?」

師匠「……それから、少し……ゆっくり、儂とお前で話をしよう」

王子「……」グシュ

師匠(頷きもしないか)

師匠「儂は結界の外にいる、結界の中は見ないぞ、一人になりたいだろう?」

師匠「では、2時間後にな……」

結界:もよんもよん……

師匠「……結界の外からは、無人の墓しか見えん」

師匠「この結界に近付いても強制的に弾かれることはないが、通常の人間は、なんとなくそれ以上入って行く気が失せてしまう」

師匠「効果は実に地味だが実は非常に強い魔力が働いている」

師匠「周囲への思わぬ影響を考えても2時間が限度なのだ」

師匠「……」

師匠「結果的に、英雄王の子孫は、英雄王とその意思を受け継ぐ魔術師ギルドの掌の上にあった」

師匠「菫花も儂の掌の上にあった……」

477 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:49:26.56 ID:bgu+yfMr0
師匠「綺麗事を並べてもそれが真実だ」

師匠「菫花と再会して数カ月、儂は話せなかった、まだ早いと、機は熟していないと思っていた」

師匠「……本当は、話したくなかった」

師匠「お前と共に過ごす時間がもう少し長くなるまでは」

師匠「……恨むならば、王でもなく、王妃でもなく、民でもなく、ギルド長でもなく」

師匠「儂を恨め、今こうして生きている儂を……」

師匠「……そう、虫のよい話ではないか」

師匠「自由になったお前を引き続き見守る立場に徹すればよかった」

師匠「お前のためお前を受け入れるこの時代の人々ため関わる、それこそ綺麗事よ」

師匠「……使用人達と少年と少女、彼等彼女等がいる、あいつには」

師匠「夢の世界には、野獣もいる」

師匠「何が……儂の息子だ、あいつの父親だ、そんな虫のいい話があるか……」

師匠「考えたら、あの話をするまでもなく、あいつに好かれる理由があるものか」

師匠「いつも罵倒してばかりだったではないか……」ハァ

師匠「……儂も弱いぞ、学友よ、買い被り過ぎだ……」

…………

結界の内側。

王子「う……うう……」

王子「うわああああん」
478 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:50:33.35 ID:bgu+yfMr0
王子「……父上、母上」グシュ

王子「僕は……どうしたら」グスグス

王子「……僕は……どうしたいんだろう……?」グス

王子「う……うわあああああああああ……ん」

(野獣「……」)

(野獣「菫花、私もまさか始祖がギルドの長とは思わなかったが」)

(野獣「始祖の立場も師匠達の立場も……今の私は理解できる」)

(野獣「師匠が自分の全てを捨てて、私をお前を追いかけて来た決意のほども」)

(野獣「父と母は、改めて『ただの人間』であったと思い知らされて、悲しくなったか、哀れになったか?」)

(野獣「だが父と母の罪は罪なのだ、どれほどの人々が両親のために苦しんだか」)

(野獣「それに対し何もしなかった私も」)

(野獣「両親を哀れむ気持ちとは分けて考えなくては」)

(野獣「……私の声は、しかし、届かないのだな」)

(野獣「お前の嘆きは、まるで目の前にいるかのように感じるのに……」)



…………



   誰かが、泣いている、嘆く声が聞こえる



   不思議なことに、耳からではなく胸のあたりから、野獣様のかけらが溶け込んだあたりから……



…………

479 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/03/12(日) 01:52:33.20 ID:bgu+yfMr0
※ここまで。ごぶさたしてすみませんでした。余談ですが幹部1・2・3のうち、3だけは女性です。
師匠と同い年ですが見た目は凄く若いという誰が得をするんだ設定があったりする※
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/12(日) 02:22:45.84 ID:hD0AHnuUO

凄いな英雄王
481 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:52:57.08 ID:qgSk7P+h0
商人の家……末妹の自室。

末妹「明日は友3ちゃんの家で、友1ちゃんや友2ちゃんと一緒に、次の試験に向けての勉強会」

末妹「……半分くらいはお茶しながらのお喋り会になっちゃうかも?」

末妹「でも楽しみ」フフッ

末妹「さてと……宿題は済ませておかなくちゃ」パラ

末妹「……?」

末妹「人の泣き声?」

末妹「誰か……泣いているの?」

末妹「なんだか遠くから聞こえるような、微かな……でも、外からじゃないわ?」

末妹「かと言って、家の中というわけでもない……」

末妹「……」

末妹「あ」

末妹「……そうなのね、これは……わかった」

末妹「……どうすればいいの?」

末妹「……そうね、そうすればいいのね」

末妹「目を閉じて、心を落ち着けて……」

末妹「……」

……
 
482 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:54:40.26 ID:qgSk7P+h0
同じく、次兄の自室。

次兄「……あれ?」

次兄「地理の勉強用に借りて来た本の世界地図、なんかおかしい?」

次兄「うーん、このあたりは確か数年前に正確な測量が終わった地域と聞いたが……少し古い資料なんだな」

次兄「俺が家庭教師から習っていた時の地図帳は行方不明だし」

次兄「正直、発掘の手間を惜しんでいるだけですが」

次兄「最新の地図帳はやはり現役で学校に通っている末妹に借りましょう」スック

……

ドア:コンコン?

次兄「……返事はないがドアに隙間は空いている」

次兄「入るよ末妹……」カチャ

次兄「……ありゃ」

末妹「……すやすや」

次兄「シー」

次兄(勉強机に突っ伏して眠ってる、この子にしては珍しいなあ)ソロリ

次兄(フッ、優しいお兄様は毛布をかけてあげましょうね)ソロソロ

次兄(ベッドの上に綺麗に畳まれている毛布を持ち上げの)ソローリ

次兄(毛布を広げの)ファサ

次兄(末妹に近付きの)ソロソロ

次兄(そっとかけーの……)
 
483 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:55:24.93 ID:qgSk7P+h0
次兄(あ、あれ?)グラリ

次兄(なんだろう、末妹の肩に触れた途端、強烈な眠気)フラフラ

次兄(やばいやばい、いったい何が……)ヘナヘナ

次兄(あ、もうらめ……床と仲良くなっちゃう……)ズルズル

次兄「……ぐー」コテン

末妹「……すー、すー……」

…………

(末妹「……やっぱり、ここは……野獣様の夢の中……」)

(末妹「……に、よく似ているけど……なんとなく違うような気もする?」)

(次兄「……あれ、末妹」)

(末妹「あ、お兄ちゃんも来たのね」)

(次兄「いったいどうして……俺は末妹に地図帳を借りようとして部屋に入ったんだけど……」)カクカクシカジカ

(末妹「……そうだったんだ、私は……たぶんだけど、野獣様の欠片に導かれてここに来たの」)

(次兄「え、野獣様の欠片は、もう完全にお前に溶け込んだんじゃなかった?」)

(末妹「うん、その通りよ、だけど……だから、これはきっと」)

(末妹「野獣様から分けていただいて、今は私の力になった……私のたったひとつの魔法……かもしれない」)

(次兄「末妹の魔法????」)

(末妹「そんな気がするだけ、とにかく……私を呼んでいるの、だから行かなくちゃ」)

(次兄「な、なんかわからんけど俺も一緒に行くぞ?」)

(次兄(なんか一人じゃ帰れる自信ないし!!))

(末妹「もちろんよ、きっとお兄ちゃんがここに来たのにも意味があるはず……」)

…………
 
484 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/03/12(日) 21:55:55.03 ID:qgSk7P+h0

※ここまで。ちょっと今後の更新は期間も投下数も不定期になります※
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 01:08:15.21 ID:Cpq8MHSUO
末妹ちゃんの圧倒的ヒロイン力よ
486 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/19(日) 11:39:06.09 ID:4CgeVKsd0
(野獣「……ん?」)

(野獣「深い霧の向こうから誰かがやって来る……まさか」)

(末妹「あ……」)

(次兄「野獣しゃまああああ!?」)

(野獣「お、お前達、何故ここに!?」)

(末妹「野獣様からいただいた欠片に従ったら、ここにいたのです」)

(末妹「呼ばれていると思って……」)

(末妹「……やっぱりここは野獣様の夢の世界だったのですね」)

(末妹「なんだか違うような感じもしたけれど……」)

(次兄「野獣様! 野獣様!!」ヒシッ)

(野獣「……『違う』というのがわかるのか、いや何よりも、ここにお前達が来れたなんて」)

(次兄「愛の力!! 愛の力なのですうううう!!」スリスリスリスリ)

(野獣「あーはいはい」ウンザリ)

(野獣「少し不快だが次兄は放置しておくとして……末妹よ、実はお前が感じたとおり」)

(野獣「ここはいつもの私の夢の世界とは少しばかり違う世界なのだ……おそらくは」)

(末妹「どういうことでしょう……?」)

(野獣「私は師匠と菫花が墓所を訪れた時から、なぜか二人の声を聞けるようになった」)

(野獣「と同時に、いつも私がいる世界とは何かが違うと感じていた」)
 
487 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/19(日) 11:40:36.26 ID:4CgeVKsd0
(野獣「師匠と菫花の魔力、そして師匠と菫花が小国の領土に入り、屋敷に接近してきたこと」)

(野獣「私や菫花の両親の墓所に師匠と菫花がいること、そして」)

(野獣「菫花に、自分がまだ知らぬ過去の話を知りたいというとても強い思いがあること」)

(野獣「あの二人の行動や精神状態、魔力、それらに大きく影響されたのか」)

(野獣「いつもとは違って、私の力が及ばない現象がところどころ起きている」)

(野獣「まず風景、私がいくらバラ園や屋敷を思い浮かべても変わらず周囲は見ての通り白い霧に覆われたまま」)

(野獣「それに私の魔法……仮想の窓が使えない、そして全く予想外の……呼び出していないお前達が現れた」)

(末妹「では、呼んでいたのは野獣様ではないのですね」)

(野獣「師匠が現実世界で、墓所の周囲に強力な魔法による結界を張った」)

(野獣「菫花が誰にも邪魔されず泣けるようにな」)

(末妹「泣いていたのは菫花さん」)

(末妹「私、誰かの泣き声を聞いたのです、誰の声かわからないほど微かだけど、本当に悲しそうな……」)

(末妹「でも耳から聞こえたのではなくて……野獣様の欠片を受け取った胸のあたりから、『聞こえた』のです」)

(野獣「!?」)

(末妹「だから私、欠片にどうすればいいのか尋ねてみました、そしたら『わかった』のです」)

(末妹「心を落ち着けて、目を閉じて……そうすればきっと泣き声の主の元にたどり着ける、って」)

(次兄「俺が見た時は部屋で末妹は眠っていました、俺も肩に触れた途端に眠くなって」スリスリスリスリ)

(野獣「会話をしたいのならその高速頬擦りをやめい、暑苦しい」グイ)

(次兄「うむぎゅ」グエ)

(次兄「……しかし、現実世界で肉体が眠ったから俺達はここに来れた、やはり野獣様の夢の世界なのでは?」)

488 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/19(日) 11:41:46.72 ID:4CgeVKsd0
(野獣「うむ、夢の世界に、師匠の結界が重なってしまったのかもしれない」)

(野獣「師匠の結界は入れない者を弾く力は弱く緩やかだが、その代わり例外なく弾く、見た目以上に強力な魔法」)

(野獣「周囲と完全に遮断された結界の内側と、現実とは混じる事のない夢の世界が、二重になっているのだろう」)

(末妹「野獣様の夢の世界でもあり、師匠様の作った場所でもあるのですね」)

(野獣「そうだな、しかし師匠は我々がこうしているとは思いもよらないだろう」)

(野獣「私だって、今の時点で全てを理解できているとも思えんが、それより」)

(野獣「……さっきも言ったが、菫花が心置きなく泣けるように師匠が張った結界」)

(野獣「菫花自身は現実世界にいるわけだが……泣き声は聞こえるか、末妹」)

(末妹「……そう言えば、野獣様に近付くにつれはっきり聞こえるようになって来たけれど」)

(末妹「今は聞こえなくなってしまいました」)

(野獣「私も少し前から聞こえなくなってしまった……泣きやんだのだろうか?」)

(末妹「現実世界の様子を見ることはできないのですか?」)

(野獣「ああ、仮想の窓が使えなかったのだ、しかし……お前達が来る前と今とでは状況が違う」)

(野獣「駄目元で、もう一度試してみるか……」スッ)

(野獣「仮想の窓」シュパ)

(野獣「お、開いたぞ……ああ、かつての王城の庭園と、一部とは言え殆ど変っていないな」)

(末妹「あ、あれは菫花さん……?」)

(次兄「……なんかぶっ倒れていません?」)

(野獣「泣き伏しているのか、いや、あれは」)

489 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/19(日) 11:42:47.84 ID:4CgeVKsd0
(末妹「……お顔、マフラーか何かぐるぐる巻きですけど」)

(次兄「この状態で大泣きしたら涙やらなんやらでマフラーが湿って、呼吸できなく……?」)

(末妹「!? た、大変!!」)

(次兄「そうだ、菫花さんが死んじゃったら野獣様の存在も!?」)

(野獣「菫花、しっかりしろ!!」)

(王子「……み、皆さん……?」)

(末妹「菫花さんっ!」)

(野獣「菫花!?」)

(野獣「お前がここにいる……つまり、現実世界では意識がないという意味ではないか!!」)

(次兄「戻って帰って!! 自分の肉体なんとかして!!」ワタワタ)

(王子「え、し、しかし、どうすれば!?」アタフタ)

(野獣「ええい、手荒な方法を使うか……末妹、目をつぶっていろ」)

(末妹「え」)

(次兄「あ、こういうことですね?」メカクシ)

(末妹「え」ミエナイ)

(次兄「念のため耳も」ミミフサギ)

(末妹「え」キコエナイ)

(次兄「俺も目をつぶります、紳士同士の礼儀」)

490 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/19(日) 11:44:48.65 ID:4CgeVKsd0
(野獣「次兄、恩に着る!」ブン)

ドフッ

(王子「 」)

(次兄「……聞き覚えのある鈍い音、俺も次姉ねえさん相手に何度やられたか」)

(野獣「……こっちで意識を失って姿が消えた、あっちに戻ったか」フー)

(次兄「野獣様が暴力とか、と言っても腕力とガタイを生かして腕を振るだけでけっこうなダメージでしょうね」)

(次兄「しかも普通の男子ならともかく、菫花さんならどう考えても避けたりしないしできないし」)

(野獣「緊急事態でやむを得なかった」)

(野獣「腹を適当に殴ったので生身の体ならば危険だが……精神体だ、痛手は一瞬、引き摺らない」)

(野獣「……その手を離してもいいぞ次兄」)

(次兄「お、ごめん末妹、乙女になるべく見せたくないシーンだったので」パッ)

(末妹「お兄ちゃん、野獣様、菫花さんは……?」)

(次兄「現実世界に戻って倒れたままもぞもぞ動き出した」)

(野獣「……なんとか口と鼻を覆うマフラーをずらす事ができたようだ」)

(末妹「あ、息ができるようになった……よかった……」ホー)

(次兄「ああ一時はどうなるかと、ほんっと生きる力に乏しい人だなあ」フー)

(野獣「そのまま眠ってしまったようだ、つまり……」)

(王子「……」ボー)

(末妹「菫花さん!!」)

491 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/03/19(日) 11:45:18.62 ID:4CgeVKsd0

※ここまで。次回までちょっとお待たせするかもしれません……※
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/19(日) 16:25:22.79 ID:gBjR7ZXjO
王子ww
ほんと締まらないやつだよwwww
でもそんなとこ好きよ
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/26(日) 06:42:09.69 ID:dJbGbOZbO
次姉に怒られる→毛布
独り咽び泣く→死にかける
この予測不能のコンボこそ王子クオリティ
494 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/04/10(月) 19:02:28.75 ID:N9HBrCnm0

※ごぶさたです…諸事情あってとりあえず復帰は今月下旬になりそうです※
生存報告でした


495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/11(火) 01:23:11.58 ID:4a0SF7GOO
了解
待ってます
496 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/04/27(木) 23:28:28.43 ID:OWu1IZyd0
(王子「……末妹さん」)

(末妹「はい」)

(王子「次兄君……それに野獣……」)

(次兄「うぃーす」)

(王子「な、なぜ君達が……ここに……?」)

(野獣「その前に、お前は『ここ』をどこだと思っている?」)

(王子「え、ここは……両親の、小国の最期の王と王妃の墓……」)

(王子「……あれ?」キョロキョロ)

(王子「……どこ……だろう……ここは……」)

(野獣「まあ正直、私も理解し切れているとは思わないのだが」)

(野獣「まずは、我々が今に至るまでをな、3人それぞれから……」)

〜かくかくしかじか〜

(王子「……不思議なことが起きているんだね」)

(王子「ここはおそらく、師匠の結界と夢の世界が重なった……ような……場所」)

(王子「野獣はいつもの夢の世界にいた時から、墓所での僕と師匠の話を聞いていた」)

(王子「末妹さんは野獣の欠片に導かれるようにここへ」)

(王子「次兄君は……説明にいろいろ文学的な表現を付け加えていたけれど……眠くなったらここにいた」)

(次兄「端的に言えばそれだけですよーだ」)

(野獣「拗ねるな」)
 
497 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/04/27(木) 23:30:24.80 ID:OWu1IZyd0
(野獣「まあ、理由はわからんが我々が置かれている状況は、そういうことだ」)

(野獣「師匠ならばもっと正確に分析できると思うが」)

(末妹「師匠様……今、菫花さんと私達がこうなっていること、本当に気付いていないのでしょうか?」)

(次兄「いないよ、たぶん」)

(次兄「おっさんの事だもん、気付いていたら自分も乗り込んで来るでしょ?」)

(王子「……師匠」)

…………

師匠「……何故か、結界を構成する儂の魔力に何かが『重なって』いるように見えたので」

師匠「集中して結界に目を凝らしてみると、『こんなこと』になっていたとは」

師匠「……末妹と次兄、それに野獣」

師匠「菫花が無意識に彼等を求めて呼びかけたのかもしれん」

師匠「……ここからは会話までは聞こえん、儂ならばあの中に入り込む事もできるが」

師匠「今回ばかりは入らない方が良いな」

師匠「3人とも、どうか菫花の心を癒してやってくれ」

師匠「それは儂にはできないことだ……」

…………
 
498 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/04/27(木) 23:31:39.97 ID:OWu1IZyd0

※とりあえず、おひさしぶりです※

3月末からずっとバタバタしておりまして、書き溜めも進まず、すみませんでした
次回更新はGW明けの予定です……

499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/28(金) 00:12:22.38 ID:Nn4jYO0zO
待ってた
待ってたよ…
500 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/05/08(月) 23:25:05.44 ID:9Zg0LsFU0
(王子「師匠……」ポロッ)

(次兄「およ、涙」)

(末妹「菫花さん……」オロオロ)

(野獣「また泣くのか、末妹と次兄の前だぞ、いい加減にしろ」)

(王子「そ、そうだね……皆、ご、ごめんなさ……っ、えぐっ」グシグシ)

(末妹「……師匠様が語ったのは、辛いお話……だったのですか?」)

(王子「……」グス)

(王子「僕は……目を背けていた」)

(王子「父上も母上も……罪は犯したけれど、それでも『人間』だって事実……そして」)

(王子「師匠達、魔術師ギルドの幹部が暗殺したのは……その『人間』という事実……」)

(野獣「そんな話は……」)

(野獣「師匠達が民の依頼で何をしたのか、そんな話は……我々にはそれこそ『今さら』だろう?」

(王子「……他の、あのことに関わった人々は、200年以上過ぎた今はとうにいない……だけど……」)

(王子「一人だけこの時代に生きている師匠が、あのことを今も背負っている事実、そして……」)

(王子「一人だけ生き残った僕のために、師匠があのことを今も悲しんでいる事実……から……」)

(野獣「お前」)

(末妹「菫花さん……師匠様に申し訳なくて、泣いていたの……?」)

(次兄「……おっさんのメンタル、菫花さんに心配されるほどヤワかしらん?」)
501 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/05/08(月) 23:26:04.61 ID:9Zg0LsFU0

※とりあえずここまで。次回はもうちょっと書き溜めてから投下します※
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 23:55:27.32 ID:tMZhUz5pO

王子泣き虫だけど良いやつ
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 02:23:03.27 ID:HB5ZYiiEO
まってるまってる
504 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/05(月) 22:10:45.90 ID:V5amT/zX0

※今週中に再開します…一か月になる所だった、書き込み感謝です※
505 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/10(土) 23:50:25.20 ID:PmpdMSX70
(王子「……父も母も、許されない事をした」)

(王子「罪を引き起こしたのは、ふたりの人間性……弱さや我が儘から」)

(王子「弱くて我が儘になったのは理由がある」)

(王子「子供の頃から周囲がもっと違う接し方をしていたら……背負えないほどの重荷を背負わされずに済んだら……」)

(王子「それでも罪は罪、あんな形でしか償えないほどの重い罪」)

(王子「師匠は、それら全てを理解した上でふたりに手を下した、下さなくてはならなかった」)

(王子「ふたりの息子の僕よりも、ふたりがどんな人間かを理解した上で……」)

(野獣(師匠……))

(王子「……小国の王家が滅びて、師匠達、事情を知る魔術師の皆さんは暗殺しか引き受けていないと言いながら」)

(王子「小国の人々を守るために水面下であれこれ動いて、隣の国に受け入れられるように計らってくれた」)

(王子「230年前の……その時代にいれば、暗殺はどこから見ても正しかった」)

(王子「師匠達もそう思いながら、人々のために働いたことでしょう」)

(王子「そして、師匠以外の皆さんは……元小国の人々を行く末を見守って」)

(王子「次の世代に残すべき物は残し、残さずに消した物はその記憶を抱え、あの時代で天寿を全うした」)

(王子「でも……師匠は」)

(王子「王家の遺児である王子を追って、ずっと後の時代にやって来て、そしてそこでこれからも生きて行く」)

(王子「僕の近くで、僕を目の当たりにしながら……」グシュグシュポロポロ)

(末妹(また泣いちゃった……ハンカチ、確かポケットにあった筈)ゴソゴソ(あ、あった))

(末妹のハンカチ:スッ)

(王子「……あ、ありが、とぅ……」フキフキ)

(野獣「……」)

(次兄「……うーん、菫花さんは安易じゃなかった容易に泣く人ではあるけれど、今回は理由がかなり重い感じ?」)

(野獣「聞こえるように言うな、特に前半」)
506 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/11(日) 02:13:47.17 ID:4zPeEzMc0
(野獣「……まあ確かに重いというか、私も菫花と同じように、今まで知らなかった話も多くてな」)

(王子「……」グシュグシュ)

(野獣「菫花が泣きやむまでの間に、末妹と次兄にも(刺激の強い部分はなるべく省いて)かいつまんで話すか……」)

…………

(次兄「……おっさんと王様には、そんな繋がりがあったのか……」)

(次兄「それに、野獣様達のご先祖……初代王が正体を隠して何百年も生きていたなんて」)

(末妹「……王様と王妃様の……人知れない悲しみ……孤独……失ったもの、得られなかったもの……」)

(末妹「……私には、及びもつかないし計り知れない」)

(次兄「俺だってそうだよ」)

(次兄「そんな俺達から今の菫花さんには、どんな慰めの言葉をかけても上辺になっちゃう気がする」)

(野獣「……すまん、お前達に精神的重圧をかける意図はなかったのだが」)

(野獣「ただ、泣きやまないこいつに対し、次兄のような言い回しをするなら『どん退かないで』いてやって欲しいのだ」)

(次兄「今さら菫花さんに対してソレはないのでご心配なく、ほんと今さら」)

(末妹「……私も、とても慰めの言葉は持てません、でも……」)

(末妹「今の菫花さんには……本当は、他の誰よりも師匠様が……師匠様の言葉が、必要ではないでしょうか?」)

(王子「……!?」)

(末妹「菫花さんの悲しみは、遠く離れた私の……私の持つ野獣様の欠片に届くほどの、強い悲しみ」)

(末妹「それは……師匠様を大切に想ってこその、強い悲しみ」)

(末妹「師匠様も……菫花さんのために、心置きなく泣けるように、誰も入れない場所を作ってくださった」)

(末妹「きっと師匠様は『ここ』に野獣様や兄や私がいるのも、もう知っているはず」)

(末妹「知っているからこそ、いつでも師匠様の力があれば入って来れるのに、来ないのだと思います」)

(次兄「おっさんは敢えて入って来ない、ってわけ……?」)

(末妹「ええ、ですから……菫花さんと師匠様は、今、すれ違っている、と思うのです……」)
 
507 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/11(日) 02:15:41.27 ID:4zPeEzMc0

※ごめん、寝ます…「今日」中に続きを投下します。あとちゃんとあげます※
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/11(日) 02:47:56.55 ID:Kls9IremO

おやすみ
509 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/11(日) 21:39:29.85 ID:4PVVnJGr0
(野獣「すれ違っている」)

(野獣「なぜ……そう思うのだ、末妹よ?」)

(末妹「師匠様は……菫花さんをいつも見守って、何かあればすぐに側に来て」)

(次兄「うんうん、過保護と呼んでも過言ではないレベルで」)

(末妹「もうひとつ、師匠様ほどの魔法使いが、今こうなっていることに気付かないはずがない」)

(末妹「気付いているのなら、これが誰にとっても予想外の出来事なのもわかるでしょう」)

(末妹「だったら、きっと菫花さんや私達を安心させるため、助言をしに来てくださる」)

(末妹「優しいかたですから」)

(野獣「……」)

(末妹「菫花さんは……ご自分が師匠様を悲しませていると、さっき言いました」)

(末妹「だからひとりで泣いていたのですよね?」)

(王子「……」)

(王子「……う、うん……」)

(次兄「ああ、そっか」)

(次兄「おっさんは菫花さんを気遣うがゆえに放置プr……放置、菫花さんもおっさんを気遣うあまり放置に甘んじてるわけか」)

(野獣(何か言い直した気もするが追求したくない))

(野獣「ふむ……そうか、それがすれ違っている、か……」)

(野獣「なあ菫花……師匠が結界を解いたら、お前は師匠になんと言うつもりだ?」)

(王子「師匠に」)
510 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/11(日) 21:42:44.94 ID:4PVVnJGr0
(王子「……謝りたい、です」)

(野獣「何をだ?」)

(王子「……僕のために師匠の人生が……今も僕のために師匠は……」)

(野獣「師匠がどれ程の覚悟で我々を追ってきたか、お前はもう知っているだろう?」)

(王子「で、でも」)

(王子「僕はっ……君と違う、君には30年間の贖罪の日々があった、でも僕は!」)

(末妹「菫花さん」)

(野獣「そこが引っ掛かる、か……」フゥ)

(野獣「もう許してやれ菫花、お前自身を……両親を、師匠を」)

(王子「!?」)

(末妹「野獣様、菫花さんは、ご自分以外を責めたりしてはいないのでは……」)

(野獣「とうぜん自覚はあるまい、しかしな」)

(野獣「なあ、このあとお前が謝って、師匠が何も感じないと思うか?」)

(王子「……あ……」)

(野獣「父と母の罪は、両親自身が背負って逝った」)

(野獣「二人のため不幸になった人々がこれ以上苦しまないよう、師匠はじめ魔術師達も、始祖も……自分の役目を成し遂げた」)

(野獣「私の過ごした30年間に、内情はどうあれ、バラの呪縛は完遂された」)

(野獣「お前が師匠の覚悟に対して謝るのは、それらの否定、無意味だと言うようなものだ」)

(王子「……っ」ボロ)
 
511 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/11(日) 21:43:52.87 ID:4PVVnJGr0
(末妹「あ」)

(次兄「ありゃー、またまた泣いちゃった」)

(野獣「ここで涙を堪えられないのがお前であり、昔の私、だな」)

(野獣「泣きやんだら……その時もお前は、師匠に会ったら謝ると答えるか?」)

(王子「……っ」ブンブン)

(次兄「おお、菫花さんがこんなに勢いよく頭を振れるとは」)

(次兄「側にいる俺も末妹も背が低いから、頭同士ぶつかる危険はありません」)

(末妹「これ使ってください菫花さん」)

(王子「あ、また君に迷惑を……ごめん、ありがとう……」)

(次兄「あれ、既に菫花さんがぐっしょぐしょにしたハンカチでは?」)

(末妹「どういうわけか、ここでは私のハンカチだけは私が乾けと願えばすぐに乾くみたい……」)

(野獣「菫花も、願い事をしてみてはどうだ?」)

(王子「え……願い……?」グシ)

(野獣「師匠に、ここに来て欲しいと願い呼び掛けるのだ、お前が」)

(野獣「まさか、向こうから結界を解いてもらうのを待つつもりではあるまいな?」)

(末妹「野獣様」)

(王子「野獣……」)
 
512 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/11(日) 21:44:47.41 ID:4PVVnJGr0

※ここまで。続きは早くて週末、でなければ来週のどこかで…の予定※
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/12(月) 00:42:41.27 ID:9iB8I3kaO
乙乙
514 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/18(日) 23:22:02.56 ID:xEntoQOX0
(次兄「ちょ、ちょっとお待ちになって野獣様」)

(野獣「なんだ次兄、不服があるのか?」)

(次兄「おっさん召喚については異議なしです、が……準備が少し足りないのでは」)

(末妹「準備?」)

(次兄「今の段階ではきっと菫花さん、なーんも考え無しでおっさんを呼んでしまいますよ?」)

(野獣「な」)

(王子「え」)

(次兄「確かに謝罪は不適切だと菫花さんも気付いたはず、だからってそれに代わる言葉をすぐに発明発見できるでしょうか?」)

(次兄「菫花さんに豊かな感受性はあっても、言葉とは流れ動くもの、思考は追いついたためしがない」)

(次兄「その状態でおっさんに対峙しても菫花さんはへどもど、心配性の野獣様と末妹はおろおろ……」)

(次兄「事態がグダグダの渦中で菫花さんの精神はひとり飽和状態を迎えてその場で人事不省」)

(次兄「……それがいつもの菫花さんですよ?」)

(野獣「そ……それは、その……なんだ、あの……うむ……」)

(野獣「……すまない菫花」)

(王子「」)

(末妹(……『そんなことない』って言葉では簡単だけど、そこから先は、正直どうしたら……)ムム)
515 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/18(日) 23:23:08.80 ID:xEntoQOX0
(次兄「末妹のこの表情……」)

(次兄「ねっ、最後の味方の二人も庇いきれなくなっているでしょ?」)

(王子「…………」ドヨーン)

(次兄「あ、菫花さんが重い空気を背負ってしまった」)

(野獣「……魔力と精神力の影響が強い空間のせいか、鉛色の空気(?)がなんとなく目視できるのだが……」)

(末妹「菫花さん……」オロオロ)

(次兄「うーん、これって結果的に俺がいじめた感じ?」)

(野獣「ここまで自覚なかったのか?」)

(末妹「えーと、毛布……は、さすがに念じても出て来ない……私の羽織っているカーディガンじゃ小さすぎるし」)

(野獣「おお成程、では私のマントを」)

(師匠「……来るつもりはなかったのだが」フー)

(野獣「師匠!?」)

(次兄「おっさん!?」)

(末妹「菫花さ……反応がない……顔を上げて、聞いてください! 師匠様ですよ!?」)

(王子「…………え?」ハッ)

(王子「しっしししししししし師匠っ!?」)
516 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/06/18(日) 23:24:24.60 ID:xEntoQOX0
(師匠「会話は聞こえずとも、見ていれば場の雰囲気は何となく伝わったからな」)

(野獣「やはり我々の様子をご覧になっていたのですね」)

(師匠「……菫花」)

(王子「ははははっはい!?」)

(師匠「今まで……すまなかった。お前を叱咤激励するとか言いながら、専ら叱咤一辺倒で」)

(師匠「230年前から、儂はずっとお前にひどいことしかしていないのに、な……」)

(王子「……師匠?」)

(野獣「いつもと様子が違う……」)

(師匠「しかしそれも今日までだ、儂はお前を離れた場所から見守る事に決めた」)

(末妹「!?」)

(次兄「は?」)

(師匠「屋敷ごと、菫花、野獣、使用人達を一生かけて守るという、最低限の責任を放棄はしない……だが」)

(師匠「……お前の『父親』を名乗れる立場ではなかったのだ、それにようやく気付いた」)

(師匠「実に勝手な願いだが……君たち兄妹には、引き続き菫花たちの事をお願いしたい」)

(師匠「一番の理解者でいてやってくれ、君たちにしかできない……」)

(王子「……」)
517 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/18(日) 23:25:01.31 ID:xEntoQOX0

※ここまで。続きは今月中にはなんとか……※
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 00:42:31.21 ID:/mQysbVGO

頑張れ王子、ここはガツンと言うところ
519 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/06/30(金) 23:38:56.76 ID:1QcTHW5r0

※7/1〜2のどこかで更新します※
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 00:27:02.26 ID:gRAdWgcIO
ハイヨー
521 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/07/02(日) 22:48:25.39 ID:Xx+X21hG0
(野獣(私も師匠に言いたい事がないわけではないが……))

(野獣「……次兄、末妹……気になるだろうが、とりあえず口を挟まず見守ろう、いいな?」ヒソヒソ)

(末妹「は、はい」ヒソ)

(次兄「ええ、空気読みまっせ」ヒソソ)

(師匠「まずは君たち兄妹を体に……家に帰さねばならんが」)

(師匠「それはいつでも出来る、だからもう少しのあいだ菫花と話をしてやってくれないか?」)

(師匠「儂は終わるまで『外』にいる、すまんが野獣、頃合いを見て合図をしてくれ」)

(師匠「それでは……」クル)

(王子「……!!」ガッシ)

(師匠「なんだ」)

(王子「……」ギュー)

(師匠「なんだ菫花、儂のローブを雑巾でも絞るように握りしめて」)

(王子「…………師」)

(王子「……匠」)

(王子「師匠、は……」)

(王子「師匠は、勝手、です……」ギュウウ)

(師匠「菫花」)

(末妹「菫花さん……」)

(師匠「……勝手か、そうだな……お前の気持ちも考えず」)

(師匠「勝手に姿を現し、お前に全てを語るよりも前、言わば真実を隠したまま勝手に父親を名乗ったのだから」)

(王子「! ち、違、そっちではなくて……」ギュウウウ)
 
522 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/07/03(月) 00:23:42.55 ID:hYpbHSSX0
(王子「僕がどんなに嬉しかったか、幸せか、僕なんかを、貴方に息子と呼んでもらえて……!」)

(師匠「……『僕なんか』だと?」)

(師匠「自分を卑下するな菫花、お前はいい奴だぞ、第一お前の友人達にも失礼ではないか」)

(次兄「そこかなあ、おっさん?」ボソ)

(王子「それでも敢えて言います、僕は駄目な王子、いや、駄目な男です」)

(王子「王子として駄目なのは言うまでもなく、両親の息子としても出来損ない、好きになった女性を幸せにする力もなく」)

(王子「魔法使いとしても禁忌を犯し師匠を裏切り……」)

(野獣「……」)

(王子「それでも、それを承知で、何もかもひっくるめて、僕がこの時代(せかい)で生きる事を許してくれて」)

(王子「僕の『家』を作ってくれて、僕を教え導く『親』となってくれたのは、師匠です」)

(王子「この時代で出会った皆さんと、僕でも繋がりを持って良いと思えるのは、師匠がいてくれるからです」)

(王子「師匠の息子として外に出て、人と出会って、また帰って来れる」)

(王子「それがどんなに心強いか……」ギュウウウウウウ)

(師匠「……もう今のお前には、儂がいなくとも」)

(末妹(菫花さん、もっと簡単な言葉でいいのですよ……))

(王子「なんでもいいから側にいてほしいんです、それでは駄目ですか?」)

(王子「僕は師匠が好きなんです、それでは駄目ですか!?」)

(師匠「菫花」)

(師匠「……………………」)

(野獣「師匠」)

(野獣「我々に向かって『なぜ黙って見ているのだ』なんて顔をして見せても、駄目ですよ?」)
 
523 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/07/03(月) 00:28:47.35 ID:hYpbHSSX0

※毎回短くてごめんなさい、次回そろそろ解決編です…※
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 01:11:39.16 ID:1gmR+sCvO

師匠もちょっとズレてるよなw
みんなで補い合ってるから大丈夫だけどね
525 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/07/11(火) 21:34:01.14 ID:7TPYXqHM0

※お知らせのみ。重ね重ねのお待たせ申し訳ありません…次回更新は7/20以降になります…※
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 22:12:58.51 ID:JxKstyAnO
了解
暑さに負けず頑張れ
527 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/07/30(日) 23:49:49.97 ID:XN30S/Jm0
(野獣「逃げずに向き合ってあげてください、菫花の精一杯なのですから」)

(師匠「逃げ……儂が逃げているだと……」)

(末妹「師匠様……」)

(次兄「おっさん」)

(師匠「……」)

(野獣「今この二人が口を開くとすれば、菫花の後押しになる言葉だけでしょうね」)

(野獣「ここにいる誰も師匠を逃がしたりはしませんよ」)

(師匠「儂は……」)

(師匠「……このまま、お前の屋敷で暮らせるならば、菫花の側にいられるのならば……幸せになってしまうではないか」)

(師匠「『王子』を追い掛けて長き眠りに入る決意をしたのは……儂が幸せに暮らすためではなかった、考えもしなかった」)

(末妹「でも……でも、師匠様は……王子様に……野獣様に菫花さんに、幸せになって欲しかったのでしょう?」)

(師匠「末妹嬢」)

(末妹「ごめんなさい、口出しをしない約束だったのですが……」)

(野獣「続けて良いぞ、末妹」)

(末妹「……」コクリ)

(末妹「どうなっているかわからない200年後の世界で……王子様を守るため、それだけではなく」)

(末妹「王子様がこの世界で生きていける手助けをするために……何もかも置いて、追い掛けて来られたのでしょう?」)
 
528 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/07/30(日) 23:51:27.31 ID:XN30S/Jm0
(末妹「そして、菫花さんの幸せには……師匠様が必要……です……だから」)

(師匠「もうよい」)

(師匠「わかった、皆まで言うな、儂は……自分の間違いを、認めるしかなさそうだ……」)

(末妹「師匠様」)

(師匠「菫花」)

(王子「っはいっ!?」)

(師匠「改めて聞くが……良いのか、儂がお前の父親、いや、家族で?」)

(王子「……さっきも言いましたよ、良いとか悪いとかではなく」)

(王子「なんでもいいから……僕の家族でいてください、いいえ、家族でいて欲しいのです、『お父さん』に」)

(師匠「……」)

(次兄「貴重な菫花さんの意思表示」)

(末妹「お兄ちゃん」)

(次兄「あらうっかり口に出してた」テヘ)

(野獣「……確かに貴重だな」フフ)

(師匠「……」)

(王子「……」キュッ)

(師匠「また今にも泣きそうな顔をして、お前は本当に……」)
529 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/07/30(日) 23:53:29.58 ID:XN30S/Jm0
(師匠「……儂がいないと、まだまだ……だな」フゥ)

(王子「!!」)

(師匠「儂は逃げないから……そろそろローブから手を離してくれ、ねじ切れそうだ」)

(王子「! はははいっ、ごめんなさい!!」パッ)

(ローブ:ブロロロロン)

(次兄「おお、すごい勢いで元に戻って行く」)

(師匠「旅から帰ったら、もっとゆっくり話をしよう、時間はある……お前と儂が共に過ごす時間はな」)

(王子「……はいっ!!」グス)

(末妹「よかった……」ホッ)

(師匠「さて、そろそろ……物質世界に戻らねばな、だが」)

(師匠「その前に、君等を無事に戻さなくては」)

(末妹「私達を……?」)

(師匠「いつも通り普通に来たのでなければ、いつも通り普通に戻れる保証もないからな」)

(末妹「あ……」)

(次兄「確かに今回はイレギュラーだからなあ」)

(野獣「師匠にはなぜこうなったか、分析できますか?」)
530 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/07/30(日) 23:54:07.39 ID:XN30S/Jm0

※ご無沙汰していました。師匠と王子解決編でした……次回もなるべく近いうちに※
531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/31(月) 01:41:05.76 ID:w+NZcWvlO

二人とも真面目と言うか、義理堅いのかもね
532 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/08/21(月) 00:00:31.42 ID:+rEWvkH/0
(師匠「そうだな……お前が末妹嬢に与えた『かけら』があってこそ起きたのは間違いないだろう」)

(師匠「そして菫花が、儂の作った結界の中で無意識にこの子ら兄妹とお前に助けを求め」)

(師匠「条件が揃ったことで、お前の夢の世界と同じ現象が起きた」)

(野獣「私達の憶測はおおよそ当たっていたようですね」)

(師匠「……まあ、正直儂にも今のところそれ以上はわからんということだ」)

(師匠「屋敷に戻ったら、参考になる事例はないか文献を調べてみようとは思っているが……」)

(野獣「すっかりいつもの師匠ですねえ」)

(師匠「ふん、過去のことでクヨクヨしないと決めたからには、今後のことだけ考えるしかないわい」)

(師匠「話を戻す。原因は完全にはわからんが、対処方法はある」)

(師匠「まずは、我々が今立っておるこの世界の地面に、魔法陣を……ちょちょいっと」)

(次兄「すごい、本当にちょちょいっで描いちゃった」)

(末妹「見たことあるわ、この……」)

(野獣「ああ、私が以前、お前達を家に帰す時に使った魔法陣と同じだ」)

(王子「……物質世界で生身の人間を移動させるのと、同じ術を使うのですか」)

(次兄「ってことは、この魔法陣の内側で本体に戻りたいって願えば戻れるのか」)

(師匠「これでいつでもすぐ帰れるから……久し振りに会ったのだ、別れを惜しむ時間くらいは取れるかな」)

(末妹「……ありがとうございます、師匠様!」)

(師匠「ただし手短に頼む、そろそろ物質世界のあの場所を隠蔽し続けるのも限界だ」)



533 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/08/21(月) 00:01:15.56 ID:+rEWvkH/0

※お久しぶりでした。短いけれど、生存報告も兼ねて…※
 
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 00:54:26.96 ID:Gj3d+4DiO
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/14(木) 16:14:41.54 ID:d1kkE+W7O
エター?
536 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/09/19(火) 00:15:43.21 ID:zRzorvHC0
(末妹「もう……大丈夫ですね、菫花さん?」ニコリ)

(王子「ええ、もう大丈夫……」コクリ)

(王子「君達の、おかげだ……」)

(末妹「師匠様を引きとめたのは、他の誰でもなく菫花さんですよ」)

(王子「一人ではできなかった、末妹さんや次兄君や野獣がいたから」)

(次兄「ありゃ、俺もカウントされてんの?」)

(王子「うん、君が予防線を張ってくれなかったら、あんなふうに師匠に意思表示ができなかった……と思う」)

(野獣(予防線ね、本当に物は言いようだ))

(末妹「野獣様も……これで安心ですね」)

(野獣「ああそうだな、私からも礼を言う、何よりも末妹がここに」)

(次兄「……」ジーットギョウシ)

(野獣「……末妹が、次兄を連れて、ここに辿り着いてくれたお陰だ」)

(野獣「しかし末妹、お前が異変に気付いた時は、菫花や私に会える保証はなかったのに……恐くはなかったのか?」)

(末妹「……ええ、野獣様の欠片が導いてくださると、絶対それは間違いないと信じていました」)

(末妹「それと……私の意思の力で迷わず辿り着けると、兄も力を貸してくれると、自信もあったのです」)

(野獣「お前の意思の力で……」)

(師匠「ふむ、なるほど」)
 
537 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/09/19(火) 00:17:05.35 ID:zRzorvHC0
(野獣「師匠?」)

(師匠「儂の推測に、ひとつ抜けていた要素があった……末妹嬢自身の力、か」)

(師匠「……君は魔法を習った経験は?」)

(末妹「あ、ありません」)

(師匠「だろうな、百も承知で尋ねたが」)

(師匠「……呪文、または呪文を込めた魔法具がなければ魔法は発動しないのはもちろんだが」)

(師匠「術者本人にそれを習得した自信、自分の力として使えるという自信がなくては成功しないのだ」)

(師匠「もしかしたら、野獣の欠片が末妹嬢にたったひとつの魔法の力を与えたのかもしれん」)

(末妹「!」)

(師匠「今回のように条件が揃って、そこに次兄少年という支えがいなければ発動しなかった力、そして」)

(師匠「末妹嬢の強い意志があったから無事に菫花達の元へ辿り着けた」)

(師匠「……と、いまだに推測の域だが、末妹嬢が終始受け身で巻きこまれただけ、と考えるより腑に落ちる」)

(次兄「へえ……末妹も、これが自分のたったひとつの魔法かもしれない、って言ってたな?」)

(末妹「うん、そんな気がしただけ、だけれど……あの時はそう思ったわ」)

(師匠「ふむ、では儂の説に自信を持っていいわけだ」)

(野獣「……末妹、お前は本当にすごい娘だな」)

(末妹「え、いいえ、そんな」)

(末妹「私の持つ力だとしても、何もかもが、私ひとりの物ではありません」)

(野獣「それでも、末妹であればこそ、この魔法になったと思うぞ?」)

(野獣「お前の……私や菫花を、師匠を、執事やメイド達を想う心が、私の欠片をそのように作り変えた」)

(野獣「私はそう信じている」)

(末妹「野獣様……」)

(次兄「ふむぅ」)

(次兄「ということは、欠片をもらったのがこの俺だったら……?」)
 
538 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/09/19(火) 00:21:42.80 ID:zRzorvHC0
(野獣「……私の口からは言えないような魔法ができあがったかもな」)

(次兄「試してみる価値は!?」ズイッ)

(野獣「無いから」グイ)

(次兄「お約束」グエ) )

(師匠「……む?」)

(王子「師匠、どうしました?」)

(師匠「墓所の周囲の人々が、そろそろ『場の不自然さ』に気がつき始めた」)

(王子「『見て』いないのにわかるんですか?」)

(師匠「説明は省くが儂の張った結界の仕様だ」)

(師匠「それ以上に心配な事が……野獣よ、仮想の窓を開いて見てくれんか?」)

(野獣「は、はい」シュパ)

(師匠「今回の状況ならば……そいつを兄妹にかざしてみてくれ」)

(野獣「は、はい?」スッ)

(野獣「!? 師匠、どういうことでしょう、これは……商人の家の様子が見えますよ!?」)

(師匠「やはりか、お前の屋敷と取り巻く森を除けば」)

(師匠「兄妹と儂と菫花が同じ場所にいる限り、その近辺しかお前の仮想の鏡では見えないが」)

(師匠「兄妹と、儂と菫花、それぞれの肉体が離れた場所にいるこの状況……ここでも例外が起きても不思議ではない」)

(師匠「で、どうなっておる? 今現在この子達の肉体は」)

(野獣「あ……末妹の部屋で……家族が集まっています、二人の体を取り囲むように」)

(末妹「ええっ!?」)

(次兄「やべえっ!?」)
 
539 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/09/19(火) 00:22:37.94 ID:zRzorvHC0

※長らく音沙汰なしで本当に申し訳ありませんでした、再開です。最後まで終わらせますよ※
 
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 01:23:43.20 ID:YtMK3svvO

末妹と次兄、二人はプリキュ…おっとこれ以上はいけねぇ
541 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/10/17(火) 21:27:22.73 ID:HlOlDZ0F0

※すっかり月刊になってしまった…続きはもう少しお待ちください※
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/18(水) 18:30:36.33 ID:XOwdRcFPO
月1でも続いてくれるならありがたや
最後まで応援してる
543 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/10/23(月) 22:46:29.38 ID:ocWOCJlZ0
…………

商人の家、末妹の部屋……

商人「ああああ、どうしたんだいったいこの子達は、お医者の先生を呼ぼうか……」アタフタ

長姉「呼びかけても揺さぶってもさっぱり反応無しなんて……」

次姉「でも具合が悪そうな様子はないみたい、二人とも静かに眠っているだけに見えるわ」

長兄「とにかく、机に突っ伏したまま(末妹)、床に転がしたまま(次兄)にもしておけない」

長兄「ベッドに運ぼう、俺は次兄を」ウンショ

次姉「じゃあ私は末妹を」ヨイショ

長姉「次兄も末妹のベッドに寝かせるの?」

長兄「ベッドの大きさは十分余裕あるし、同じ場所にいれば目も届き易いじゃないか」

長兄「それに……『二人同時に』というのは意味があると思う、たぶん」

長兄「俺達の、いや、俺の常識では認めがたい現象が、今回も二人に起きている最中ではないかと……」

次姉「兄さんも頭が柔軟になったのね、私もそんな気がしていたの」

商人「ほ、本当に病気ではないのだろうか?」オロオロ

次姉「病気だとこんな短時間のうちに、家の中で二人同時は不自然でしょう?」

次姉「だいいち呼吸も規則正しいし、顔色もいつも通り」

次姉「それに次兄だけならともかく、末妹も一緒だったら何か悪いもの……毒キノコとか? 口にするのもあり得ないし」

長姉「なるほど、次兄だけなら何かの自業自得の可能性もあるけど、末妹も一緒だものね」

商人「……」ウーム

商人「……よし、お前達の言うとおり、暫くはこのまま見守ろう。もしも容態に変化があればすぐ先生を呼ぶことにして」

次姉「そろそろ夕食の準備に家政婦さんが来る頃ね、彼女にも説明しなくちゃ」

…………
544 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/10/23(月) 22:48:00.21 ID:ocWOCJlZ0
(師匠「……どうだ? 仮想の窓を儂の術で大きく拡げたら、この場の皆にもよく見えるだろう?」)

(王子「会話もはっきり聞こえますよ」)

(次兄「姉さん達……」)

(次兄「俺には一人にしておくと己の行動から自滅する機能が搭載されているとでも?」)

(野獣「改めて、日頃の言動とは重要だと思う」)

(末妹「お父さん、すごく心配している……」)

(野獣「うむ、これは一刻も早く戻らないと」)

(王子「そうだね、早くご家族を安心させて」)

(野獣(ちょっと残念だが……))

(王子(ちょっぴり残念だけど……))

(末妹「せっかく思いがけずお会いできたのに、少し残念ですけれど……」)

(末妹「野獣様、菫花さん、そして師匠様」)

(末妹「必ずまたお屋敷に兄妹(ふたり)で伺います、それまでお元気で」)

(末妹「お屋敷の皆さんにもよろしく」)

(野獣「あ、ああ、何より家の皆を安心させてやるがいい」)

(王子「う、うん、早くお家に戻ってあげて」)

(次兄「俺は少しと言わずひっじょおおおおおおおに残念ですが野獣様!!」)

(次兄「執事さんに次兄は変わりないから案ずるなとお伝えくださいませ!」)

(野獣「少しは変われ」)

(師匠「それでは……二人ともそろそろ魔法陣に入りたまえ」)

(末妹「はい、師匠様、よろしくお願いします……」)

(次兄「おっさんの魔法なら絶対ですわ」)
 
545 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/10/23(月) 22:48:57.47 ID:ocWOCJlZ0
(師匠「目を閉じて、気を鎮めて……と言っても、儂の魔法ならば君達がそんなに集中していなくても問題ないからな」)

(師匠「目を閉じたまま口も聞かずにおれば充分だ」)

(野獣(つられて目を閉じてしまうな私も……))

(王子(僕もつい目を閉じちゃった、でも場を静かにしておくのに越したことはないからね))

(師匠「……では詠唱を始める」ブツブツ……)

(末妹「……」)

(次兄「……」)

(王子「……」)

(野獣「………………?」)

(野獣(……師匠にしては、時間がかかり過ぎている?))

(師匠「……? おかしい、二人とも、一度目を開けていいぞ?」)

(次兄「へ?」)

(末妹「まだ……夢の世界?」)

(メイド「……え?」)

(料理長「こ、ここは……?」)

(庭師「あれ?? 僕どうしたんだろ??」)

(執事「ご、ご主人様!?」)

(野獣「お、お前達!?」)

(次兄「しししししちゅじしゃんんんんんん!?」)

(執事「」)

(末妹「メイドちゃん!?」)

(メイド「末妹さまっ!?」ピョーン)
 
546 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/10/23(月) 22:50:19.33 ID:ocWOCJlZ0
(メイド「お会いしたかったんですよおおぉ!!」ポフッ)

(末妹「私も……でも、どうして皆、ここにいるの?」ナデナデ)

(王子「目を開けたら、魔法陣の中に執事さん達が……?」)

(野獣「そうだな、まず……お前達は直前まで何をしていたのだ?」)

(師匠「執事、次兄は儂が魔法で捕縛しておくから安心して説明してくれ」)

(次兄(沈黙魔法もかかってますぅ)ジタバタ)

(執事「……助かります師匠様」フー)

(執事「ええと……我々使用人は、師匠様と菫花様がお帰りになる準備が一段落したので」)

(執事「皆で短時間の休憩を取り、それからまた仕事にかかろうと考えて」)

(メイド「ぱっと眠ってぱっと起きるの得意ですから、私達」)

(庭師「僕らだけでお留守番している間は四匹一緒に仕事することが多いですしね」)

(メイド「厨房のかまどや灯りの火に危険がないことを確認して、料理長さんと庭師君と私が横になって」)

(料理長「執事さんは、わしらが休むのを見届けてくれましたよ」)

(執事「そう、そしてわたくしも目を閉じ、次に目を開いたら、周囲に使用人たち皆と、ご主人様方が……」)

(師匠「ふむ……誘発となったのは、全員が仮眠に入った頃に、こちらで移動の魔法陣が発動した……そんなところか」)

(師匠「彼らの場合、おそらくは自分達の意志ではなく、この場に引っ張られたのだろう」)

(末妹「私達を家に帰すための師匠様の魔法が、お屋敷の皆さんを呼び出してしまったのですね」)

(料理長「とりあえずこの場所のこの感じは……ご主人様の夢の世界、ということで?」)

(野獣「うーん、厳密に言うと正解でもあり違ってもいるが……説明している余裕はなくてな」)

(王子「次兄君と末妹さんのお家では、二人の体が突然に眠ってしまって大変なことになっているのですよ」)

(庭師「えー、じゃあなんかよくわかりませんが、お会いできたと思ったらお別れぇ?」)
 
547 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/10/23(月) 22:51:07.83 ID:ocWOCJlZ0
(メイド「むー、寂しいけど、仕方ないですぅ……」スリスリ)

(末妹「私も残念、でもまた鏡でお話ししようね?」モフモフ)

(次兄(相変わらず羨ましくも眩しい末妹とメイドさんの触れ合い……)シクシク)

(執事「……」チラ)

(執事「……忘れ物をひとつ、思い出しました」スタスタ)

(次兄(!? 執事さんから俺に接近してきた!?))

(執事「貴方様が身動きもお話もできないのならば好都合です、手短に済ませましょう」コホン)

(執事「いつぞやは、お土産の絵、主人や皆だけではなくわたくしの姿絵までも、ありがとうございました」)

(次兄(!?))

(執事「正しくお礼を述べるべき機会を逃してしまいましたからね、たいへん失礼いたしました」)

(次兄(執事さんが俺に、俺だけに向かって謝意と謝罪だとおおおおおお!?)カタカタフルフル)

(執事「……ついでに。あの絵は皆それぞれ自分の部屋に飾っていますよ」)

(執事「わたくしも含めて」)

(次兄(ふしゅうううううう……)ショウテン)

(王子「な、なんか次兄君がいつもより全体的に白っぽく……?」)

(野獣「……魔力と精神力の影響が強い空間のせいで、そう見えるのだろうな」)

(執事「さあメイド、お二人がお帰りになる邪魔をしてはいけない、末妹様から離れて魔法陣から出るのだ」)

(メイド「……はーい……末妹様、ごきげんようです」ポテッ)

(末妹「ええ、お互い元気でまた会おうね……」)

(野獣「……とは言うものの」)

(野獣「魔法陣で確実に帰れるかどうか、わからなくなって来ましたね師匠」)

(師匠「ええい儂もわかっとる、今あれこれ考えている所だ」)
 
548 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/10/23(月) 22:51:39.05 ID:ocWOCJlZ0

※お久しぶりでした。とりあえずここまで※
>>538 師匠のセリフ ×仮想の鏡 → ○仮想の窓
※他にも色々間違えているかもしれませんが脳内保管お願いします……※
 
549 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/10/23(月) 22:56:33.26 ID:ocWOCJlZ0

あ、脳内補完だった……保管してどうする_| ̄|○
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/24(火) 00:42:08.49 ID:zoxYrA0vO

末妹ちゃんに飛びつくメイドちゃんとかいう癒ししかない光景
551 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/11/23(木) 23:31:41.87 ID:nOV0m+Kl0

※次の土日に更新予定です※
552 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/11/26(日) 23:54:36.30 ID:GY9UkbxK0
商人の家、末妹の部屋。

家政婦「……状況は理解致しました」

次姉「今までのことを考えると、さほど心配はいらないと思うけど……家政婦さんはどう思う?」

家政婦「私も、お二人とも自然にお目覚めになると思います」

家政婦「ただ、それがいつになるのか予想できないのは不安ですわ」

商人「だよねえ……このまま明日も明後日も眠り続けてはお腹も空いてしまう、可哀相に」オロオロ

長姉「寝言でもいいから『いつ戻る』って教えてくれないものかしら?」

長兄「う〜ん、耳元で呼びかけたら通じないかな……?」

次姉「兄さんがそんな発想をするなんて」

長兄「意識のない病人に耳元で呼びかけたら、その言葉だけは目覚めてからも覚えていたって話は何度か聞いた」

長兄「根拠はあるんだよ」

…………

(野獣「仮想の窓、皆見えるな?」

(次兄「やっぱり心配してる、当たり前だけど」)

(メイド「家政婦さん……」)

(師匠「儂だって今すぐにでも安心させてやりたいのだぞ」)

(王子「こちらの状況を伝えることはできませんからね……」)

(末妹「……仮想の窓……」)
 
553 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/11/26(日) 23:55:47.87 ID:GY9UkbxK0
(末妹「……この場所ではいつもと違うことが起きているのなら……もしかしたら?」)

(次兄「末妹?」)

(末妹「野獣様、師匠様、『仮想の窓』はお屋敷の銀板鏡のような魔法なのですよね?」)

(師匠「うむ、まあ……原理は変わらんのだが、物質としての鏡の存在と、物質のない世界との違いだけで」)

(末妹「私の部屋の鏡台に今の私達の様子を映し出すことはできませんか?」)

(野獣「え?」)

(師匠「なんと……」)

(師匠「……ふむ……なるほどなるほど……そうだな、試す価値はありそうだ」)

(師匠「家の者達はあの鏡台が何の目的で君の部屋にあるか知っているのだろう?」)

(師匠「それに家の者達は君の部屋にいる、きっと気付くはず」)

(王子「あれ……でも……」)

(末妹「……ただ」)

(師匠「ん?」)

(末妹「鏡台の覆いを開かなくてはなりませんが……」)

(師匠「……なんと」)

(次兄「ああ、末妹は几帳面だから、使い終わる度に鏡台の覆いを閉じているんだよなあ……」)

(執事「まあ普通はそうですよね」)

(メイド「次兄様ならいちいちそんなことなさいませんのに、ねえ」ハァ)
 
554 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/11/26(日) 23:56:37.15 ID:GY9UkbxK0

※短いけどここまで。次回は月間になる前に更新の予定です……※
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/27(月) 01:46:46.23 ID:7OGbHXbFO
おつー
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/29(水) 14:32:56.63 ID:vg/8mlyTO
ちゃんとしてる末妹ちゃんw
557 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/03(日) 23:33:09.03 ID:OvVARnDu0
またもや商人の家、末妹の部屋。

家政婦「……お二人ともただ眠っておられるのではない、と、皆さんもそう思っていらっしゃるのですよね?」

次姉「え、ええ、私は、この子たちの意識は別の場所にあると思っているわ」

次姉「夢の中で『実際に』野獣のお屋敷のお友達に会って来た、って話しているもの」

長姉「そうだとしても、今ごろ何をしているやらまるで知りようがないけれど、ねえ」

家政婦「……」

家政婦「お二人が旦那様のお許しを得て、野獣様のお屋敷に向かおうとした時に、移動の魔法が働かず」

家政婦「その理由もお屋敷で何が起きているかもわからず、不安や焦りが募る中……」

家政婦「メイドさんが現れて、野獣様達のお心やご様子を伝えてくださったおかげで」

家政婦「お二人は決意も新たに、ご家族の皆さんの支えを得て、旅立つことができました」

家政婦「また同じようにどなたかがこの場所に現れて有益な伝言をくださるとは……さすがに考えにくいですが」

家政婦「今回のことにもお屋敷の方々が関わっておられるとすれば」

家政婦「今は……まるで知りようがない、とも言い切れないのではないのでしょうか?」

次姉「……!!」

次姉「そうよ、鏡! 末妹が貰って来た鏡があるじゃない!!」

次姉「今頃あの子達も私達が心配しているのを知っているかも」

商人「なるほど、私達に伝えたいことがあってもできなくて、向こうでもやきもきしているのかもしれない」

長兄「確か、木枠の小さな鏡台だったはず……ああ、これだ」ヒョイ

長姉「落とさないでね兄さん!!」

長兄「大丈夫、ほら、次姉に渡すよ」

次姉「覆いを開けば使える、って言ってたわね……」

…………
558 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/03(日) 23:35:34.70 ID:OvVARnDu0
(メイド「さすがは家政婦さんですー!!」)

(野獣「よく気付いてくれた……」)

(王子「師匠師匠、早く末妹さん達の様子を魔法で!!」)

(師匠「お前に言われんでもわかっておるわ!!」)

(次兄「えーとえーと、まずは心配しないでって、あとはどう帰ったらいいかわからない、って話をしたらいいかな?」)

(庭師「後半はむしろ心配かけてしまうかと」)

(料理長「説明は必要……とはいえ、話しかた、ですよね」)

(執事「次兄様は口を開かないほうが宜しいでしょうな」)

(末妹……話しかた……か」)

(師匠「よし、仮想の窓と鏡台が繋がったようだ……どうやら成功したぞ」)

(師匠「引き続き、君達を家に帰す方法も考えねば」)

(次兄「あ、家の皆が『こっち』を見ている」)

(野獣「次兄は黙ろうな?」)

(末妹「お父……さん……?」)

商人「ああ、末妹と次兄だ!! 見えるかい、父さんだよ!!」

長兄「よかった、とにかく無事なんだな!!」

(末妹「ええ、私達は無事です……心配かけてごめんなさい」)

次姉「いいのよ、事前に私達に告げて行く手段や時間があれば、そうしたはずでしょ?」

次姉「できない理由があったのよね、それはいいから……」

長姉「ねえ、いつ戻って来るの?」

(末妹「……」)

(野獣「ううむ……」)

 
559 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/03(日) 23:37:12.17 ID:OvVARnDu0

※ここまで。できれば次回も週間で更新したい…※
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 00:18:05.01 ID:HBq4h1XNO

さすかせ
561 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/10(日) 23:35:52.37 ID:RI3P8AKl0

※今夜は更新なし、すみません。今週中に更新予定…※
562 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/16(土) 23:54:41.46 ID:MSWwKejq0
次姉「ちょ、姉さん割り込まないでくれる?」

長姉「でも一番重要な点でしょ?」

商人「……わ、私も心配だよ、お前たちの身体はこのままで大丈夫なのかい?」

(師匠「商人殿……出しゃばって申し訳ありませんが」ズイ)

商人「師匠様!? 貴方もご一緒でしたか……それは心強い」ホッ

(師匠「……むむ」タラリ)

(師匠「……とりあえずは、安心なさい。お子達の肉体は安らかに眠っているだけ」)

(師匠「必ず戻るので……もう少し、お待ちを」)

商人「ええ、どうかお願いします、師匠様……」

(師匠「……うむ」ヒヤアセ)

(メイド「家政婦さん! 鏡台に気付いてくださって、ありがとうございます!!」ピョン)

家政婦「まあ、メイドさん!」ホワワ

長兄(あ、家政婦さんの頬が緩んだ)

(執事「こらメイド、割り込むんじゃない!!」)

長兄「でっかい狼!?」ビクッ

次姉「兄さん、きっと『執事さん』よ……大きくて銀色の毛並みって言ってたもの」

長姉「後ろにアナグマと猫もいるわ、職業は料理長と庭師……だったかしら?」

(庭師「僕は山猫ですよ……」)

(料理長「さあメイドちゃん、嬉しいのはわかるが邪魔にならない場所に戻ろう、ほら」)

(野獣「料理長の言うとおりだ、お前達は少し離れて見守っていてくれ」)

商人「その声は、野獣」
 
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/17(日) 07:13:04.21 ID:12bE9gFnO
寝落ちかな?
おつー
564 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/18(月) 01:18:24.04 ID:I2n+L5dv0
(野獣「あ、ああ……私も仮想の窓に入らない位置に敢えて立っていたが……」)

商人「……少しでいいんだ、姿を見せてくれないか……?」

(野獣「…………では、顔だけ」ニュ)

商人「嬉しいよ、確かに今の状況は何かの変事なのかもしれないが、その中で君とまた出会えるなんて」

(末妹「お父さん……」)

(野獣「久しぶりだ、商人……貴さm……貴殿には感謝してもし切れない……それと……」)

次姉(これが、野獣の顔……話には聞いていたけど、あの菫花さんとはやはり似ても似つかない)

長姉(あら、確かに元王子様の面影は全くないけど、思っていたほど怖い顔じゃないかも)

長兄(……しっかりしろ俺、これは現実、現実現実……)

家政婦(優しい目をされています、末妹様やメイドさんの仰る通りですね)

(野獣「……末妹と次兄の兄と姉達……そして家政婦か、初対面になるのだな」)

(野獣「ゆっくり話をしている余裕もないのは残念だが,君達にも私はたくさん感謝している」)

(野獣「自分の口で使えることができてよかったよ」)

次姉「野獣……」

(次兄「あっ次姉ねえさん微笑んでる!? 野獣様の魅力に目覚めてくれるのは嬉しいが、惚れちゃ駄目だからねっ!?」ズズイッ)

(野獣「」)

次姉「はぁ!? あんた何言ってるのバカじゃないの!? 帰って来たら……覚えておきなさい!!」クワァッ
 
565 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/18(月) 01:19:59.21 ID:I2n+L5dv0
(野獣(……やはり怒らせると凄く怖い))

(王子「 」フラッシュバック中)

長姉「あら、目立たない場所にいたのね元王子様……何だか、また固まっていない?」

(末妹「帰って来たら……」)

(末妹「……」)

(野獣「末妹、どうした?」)

(末妹「お父さん聞いて、正直に言います」)

商人「な、何だい、末妹?」

(末妹「実は私たち……ここにいる皆さんも……私たちが家に戻れる方法を探っている最中なのです」)

(商人「え」)

(次兄「へ?」)

(野獣「末妹っ!?」)

次姉「っちょ、って事は、戻れなくなっているって意味!?」

(末妹「ええ、そして、おそらく……私とお兄ちゃんだけじゃなく……」)

(師匠「……君ら兄妹が戻らなければ、執事達も屋敷にある自分の身体に戻れない」)

商人「たたたた、大変な事態じゃないか!?」

(末妹「不安にさせてごめんなさい、でも……」)

(末妹「お父さん達の力も借りたいの、みんなで考えた方がきっと早く答えが出せる、私はそう思う……」)

(末妹「メイドちゃん達のためにも、助けが必要なんです……」)

(野獣「……」)
 
566 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/18(月) 01:20:30.21 ID:I2n+L5dv0

※はい、昨日の更新は寝落ちました…次回は近いうちに……※
567 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/18(月) 01:22:58.16 ID:I2n+L5dv0
あっ誤字発見

>>564
×(野獣「自分の口で使えることができてよかったよ」)
〇(野獣「自分の口で伝えることができてよかったよ」)

ごめんなさい
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/18(月) 01:48:18.07 ID:eHXECMZEO

みんなが野獣に会えて良かったなー
569 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/24(日) 23:50:29.48 ID:lPkqkoxH0
長兄「状況はなんとか理解できたし、末妹の気持ちもわかる、なんとかしなきゃならない……とは言うもの」

長兄「俺達にどんな助言ができるやら……」

次姉「うーん……そうねえ……」

次姉「……あんた達がそっちに行ってから今までに起きた出来事の中に……ヒントはないかしら?」

(末妹「これまでの出来事……」)

(末妹「野獣様のかけらを通じて、どこかに呼ばれているような気がして……」)

(次兄「俺が居眠りしていると思しき末妹の方に触れた途端、眠くなって……気がついたらここへ」)

(野獣「二人が最初に出会ったのが私、3人で現実世界にいる菫花の様子を覗いて見ると……」)

(野獣(このあたりは菫花の名誉に関わるから具体的なことは口に出さない方がいいな))

(野獣「ここに現れた菫花をある理由から一旦現実世界に戻して、また改めて来てもらって、色々あってやがて師匠も現れた」)

次姉「……現実世界に戻して……?」

商人「そ、そこだよ、どうやって戻したんだい!?」

(野獣「あ」)

(野獣(し、しまった……))

(師匠「ふむ……いや、現実世界の菫花と儂の肉体はすぐそばにあるのだ」)

(師匠「この場所は野獣の夢の世界に儂が張った結界が重なった世界、結界は我々が訪れた旧小国王城の庭に張られている」)

(師匠「だから儂と菫花だけは、いつもの夢の世界から戻るのと同じ方法で肉体に戻れる」)

長姉「なんだ、要するに参考にならないってことね」

次姉「……でも何かひかっかるのよね」

家政婦「次姉様、なぜ一旦戻す必要があったのでしょうね?」

次姉「ああ、それよ、どうせまた呼ぶなら、なぜ戻したの?」
 
570 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/24(日) 23:54:35.71 ID:lPkqkoxH0
(野獣「そ、それは……」チラ)

(王子「ぼ、僕が粗忽で迂闊で間抜けで不注意だったからです!」ダダッ)

商人「遠くにいた菫花君が駆け込んできた」

(次兄「……そうだった、菫花さんがまたもや自らのドジでピンチに陥って」)

(次兄「と、いうことは……つまり……?」)

(次兄「!!」ピコーン)

(末妹「何かわかったの?」)

(次兄「父さん、俺達に現実世界での危険が迫れば戻れるかもしれません!!」)

(次兄「現実世界での皆の力を借してほしいのは、むしろこれから!!」)

次姉「は?」

商人「ど、どういうことだい!?」

長姉「あんたの話はいつもぶっ飛びすぎてわかんないのよ」

(次兄「菫花さん、そのー、最初よくわからないまま俺達の前に現れて、一時的に強制退去となったわけですが」)

(次兄(末妹には具体的な退去方法は伏せておきたいので))

(次兄「現実世界に戻っている僅かな間、自分が何をしたか記憶はありますか?」)

(王子「え」)

(王子「ええと……一度現実世界に戻って、そしてまたここへ来た時には、戻っていた時の記憶はなかったんだ」

(王子「……でも直前には、僕の肉体が瀕死だと君達に教えてもらっていたので……」)

(王子「たぶん、僕の肉体は自覚のないまま動いて危機を回避したのかな、と……思う」)

商人「瀕死? 危機の回避?」

(野獣「……ここでは、窒息寸前まで口と鼻を塞いでいたマフラーを緩めて呼吸を再開させた行為を指す」)
 
571 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/24(日) 23:56:17.14 ID:lPkqkoxH0
長姉「わかるようなわからないような状況ね」

次姉「次兄が言いたいことは、要するに……」

次姉「あんた達の身体がこっちで死にそうになったら、回避するために強制的に戻れる、そういう意味?」

商人「!?」

商人「だだだだだっだだだ、駄目だよ、いくらなんでもお前達の身体を危険に晒すなんて!!」

(次兄「うん、俺も次姉ねえさんに俺の肉体だけをぶん殴ってもらう方法とか考えたけど」)

次姉「ちょ、死ぬほどぶん殴るって、さすがに私にもそれはできないわよ!!」

長兄(物理的にだろうか心情的にだろうか)

長姉「仮にその方法であんたが危なくなっても、末妹のほうはどうなるのよ?」

(次兄「俺が現実世界で末妹の肩に触れたために一緒に連れて来られたならば」)

(次兄「逆にこっちで手を繋いででもいれば、一緒に戻れるはず」)

次姉「だから私には無理だってば!」

(末妹「お姉ちゃんの言う通りよ、違う方法を考えよう!」)

(次兄「まあ聞け末妹、俺も瞬時に第一案は却下した」)

(次兄「それよりもっと……俺にとっての危機的状況を作り出す方法があるのです」)

(次兄「兄さん……と、やっぱり次姉ねえさん!!」)

長兄「な、なんだ!? 暴力には手を貸さないぞ!!」

次姉「私を何だと思っているのあんたは!!」

(次兄「暴力じゃない、単なる力仕事をお願いしたい」)

(次兄「そこにいるメンバーで腕力のツートップはその二人なので」)

商人「力仕事って何だい? とにかく話してごらん」

(次兄「俺の部屋から、俺の机をそこへ……俺達の肉体の傍ら、鏡台に映るように持ってきてほしい」)
 
572 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/24(日) 23:58:43.96 ID:lPkqkoxH0
次姉「……は?」

(次兄「机の上の物は全部て下ろし外せる引き出しは全て外せば本体と施錠された引き出しのみ、そこそこ軽くなるはず」)

長兄「それくらい持ってくるのは困難なさそうだが……なんの意味が?」

(次兄「とにかくお願いします、話はそれからです」キリッ)

(末妹「お兄ちゃん??」)

(野獣「とにかく我々は見守るしかないか」)

(王子「いったい何があると言うのだろう……」)

〜数分後〜

次兄の机:ドン!!

次姉「……ほんっと、なんであんな汚い部屋で生活できるのよ!?」プンスカ

長兄「あれでもこのあいだ俺が入った時よりマシになったんだ……どこが足の置き場かわかるようになっていた」

商人「次兄、二人が机を持って来てくれたよ……お前の言う通り、本体と、鍵のかかった引き出しだけになっている」

(次兄「ありがとう……さて次のステップ」)

(次兄「兄さん、眠っている俺のズボンの左ポケットを探ってみて」)

長兄「……わかった、えーと、左ポケット、と」ゴソゴソ

長兄「なんだこれ、ポケットが二重になって、中に何か固い小さな物?」ゴソゴソ

家政婦「確かに、次兄様のズボンの左ポケットはほとんど二重になっていました」

(次兄「ふふふ、自分で改造したのです家政婦さん」)

(野獣「そう言えば次兄は裁縫が一応できると以前に」)

家政婦「洗濯するたびに不思議には思っていましたが、ご家族の皆さんはご存じなかったのですね」

長兄「入っていたのは小さな鍵……か」

長兄「次兄、これが必要なのか?」チャラ
 
573 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/25(月) 00:00:12.49 ID:FcvUXxa+0
(次兄「そうです、では……しばしそのままで自宅組の皆様はお待ちくださいませ」)

(次兄「さて、これからが本番です末妹、そして野獣様をはじめとする皆様」)

(野獣「これから何が始まるのだ」)

(次兄「俺の人生にとって、一世一代の賭けです」)

(王子「何が何だかわからないよ」)

(次兄「念のため俺達はおっさんの魔法陣の中で待機します」)

(次兄「通常の方法とイレギュラーな方法の両方を併用することで成功率は高まるかと」)

(次兄「末妹、手を繋ごう」)

(末妹「う、うん」キュ)

(次兄「ここで、ご一同にお願いがあります」)

(次兄「この先どのような展開が現実世界の末妹の部屋で繰り広げられようとも、一切を不問に付すと、約束してほしいのです」)

(次兄「末妹も、鏡の向こうの父さん達も含めて」)

(末妹「わかったわ、何も聞いたりしない」コク)

(野獣「……ますますわからん」)

(王子「わかんないけど……約束したらいいんだね?」)

(師匠「……約束するしかない、な、これは」)

(師匠「そもそも今回は儂の力と知識が及ばぬためにこうなったのだ」)

(師匠「君達が無事にご家族のもとへ帰れるのなら、何があろうとも我々に口を挟む権利なぞありはしない」)

商人「私も約束する、皆にも約束させるよ!!」

次姉「お父さんが言うなら」

執事「本当にわかりませんが、我々もご主人様達に従う以外ありませんね」
 
574 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/25(月) 00:01:24.60 ID:FcvUXxa+0
(次兄「感謝します……さてあまり時間もない、皆さんまたお会いしましょう」キリリ)

(執事「次兄様がずっと神妙な表情で薄ら恐ろしい」)

(料理長「次兄様はわしらのためにも今回のご帰還を成功させたいのです」)

(庭師「大丈夫です、みんな無事に帰ってまた会えるって信じます!!」)

(メイド「家政婦さん、いつかまたお手紙書きますね、末妹様、お屋敷でお待ちしています!!」)

(末妹「ええメイドちゃん、執事さん、料理長さん、庭師君……またね」)

(野獣「私達とはさっきお別れをしたから、もう良いな?」)

(末妹「……ええ、またゆっくりお会いできた時に、たくさんお話しをしたいです」ニコ)

(王子「改めて、ありがとう……」)

(末妹「菫花さん、私は父の待つ家に帰ります……菫花さんもお父様と一緒に、ご無事にお屋敷に帰ってくださいね」)

(王子「うん、僕の大好きなお父さんとね」ニコ)

(師匠「えーと、あのな」オホン)

(師匠「次兄君、そろそろ先に進めてはどうだね?」)

(次兄「そうですね、兄さん!!」)

長兄「はいはい」

(次兄「その鍵はその机の鍵なのです」)

長兄「そんな気はしていたよ」

(次兄「合図をしたら、手にした鍵で固く封印された引き出しを長き眠りから開放してください!!」)

長姉「単に引き出し開けてって言えばいいのに」

次姉「なぜ合図が必要なの」

(次兄「物事にはタイミングというものがあります」)

(次兄「おっさん、兄が開錠するタイミングで帰還の魔法が成功するよう詠唱をお願いします」)
 
575 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/12/25(月) 00:02:47.27 ID:FcvUXxa+0
(師匠「ふむ……それならば、誰か、次兄君兄妹と儂と長兄君以外の者に数を数えてもらおう」)

(師匠「十、数えてくれるのに合わせ魔法を発動させ、あちらでは鍵を開く」)

(野獣「では、私が……練習してもいいですか?」)

(師匠「ああ」)

(野獣「いーち、にーい、さーん……こんな間隔で」

(師匠「うむ、それで大丈夫だ」)

長兄「こちらも大丈夫です」

(次兄「では皆さん、頼みましたよ!!」キリリリ)

(師匠「詠唱を……」ブツブツ)

(野獣「いーち」)

長兄「よし、鍵を鍵穴にあてがって、数え終わりを待つ、と……」

(末妹「お兄ちゃん……」ギュッ)

(次兄(さあ、俺だけの人生最大の危機が訪れようとしている)ゴクリ)

(野獣「にーい」)

(次兄(あれがある限り、俺はどこに行こうとも、何が何でも生きて再びあの部屋に帰らねばならぬ運命(さだめ))ググッ)

(メイド「次兄様、本当に真剣な表情です……」)

(庭師「すごい、銃を持った人間達がお屋敷に近付いてきた時のよう……いや、それ以上に張り詰めているかも」)

(料理長「何かを守ろうとする雄(おとこ)の顔ですな……」)

(執事「なんという緊迫した空気……何があの次兄様をあそこまで……」)

(次兄(開錠までは頼んだが、引き出しをどうするかは敢えて指示を出していない、つまり、あちら任せ……)ドキドキ)

(次兄(引き出しの内側は白日の下に晒されるのか、だとすれば俺の肉体はそれを阻止できるのか、間に合うのか)ドクンドクン)

(野獣「さーん」)
 
576 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/25(月) 00:03:34.21 ID:FcvUXxa+0

※カウントアップの途中ですが今回はここまで※
 
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 00:45:43.11 ID:elp5UnX4O
アカン次兄が(社会的に)死んでしまう!!
578 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/12/29(金) 23:23:28.38 ID:ncRpOxat0

※少し書き溜めて投下したいので次回は年明けです、ごめんなさい※

みなさま良いお年を……
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/30(土) 00:47:15.01 ID:t10XFxtEO
今年も一年お疲れ様です
来年も楽しみにしてます
580 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/01/21(日) 22:50:30.45 ID:aWgvRN+D0

※長々休んでしまってごめんなさい。次回の週末ぐらいに更新できると思います。予定。※
581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/22(月) 00:53:13.22 ID:2W/tlbRMO
了解
あけおめー(今さら)
582 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/01/29(月) 01:11:31.55 ID:ej98zEbh0
(師匠(よし、魔法の発動もこの分だと問題ない))

(野獣「……しーい」)

商人(とにかく、この子達が無事に戻ることを信じるしかない……)

(野獣「ごーお」)

長兄(半分か、長く感じるなあ)

(野獣「ろーく……」)

(末妹(繋いだ手から、お兄ちゃんの張り詰めた想いが伝わって来そう……))

(野獣「しーち」)

(次兄(……追い込まれてきました追い込まれてきました追い込まれてきました追い込まれてきました)ドキドキドキドキ)

(野獣「はーち」)

(次兄(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい)ドッドッドッドッ)

(野獣「きゅーう」)

(次兄(帰らねば破滅帰らねば破滅帰らねば破滅帰らねば破滅)ドドドド゙ドドドド)

(野獣「じゅーう……!!」)

長兄(今だ!!)カチャリ

鍵:カシィィィン

(王子「!?」)

(野獣「おお……!!」)

(師匠「……魔法陣が光に包まれた、成功だ……!!」)
 
583 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/01/29(月) 01:12:12.27 ID:ej98zEbh0
執事「……っ!?」ハッ

庭師「……帰って来た……?」

メイド「ここお屋敷です、私達帰って来ましたよぉ!!」ピョンピョン

料理長「いつぞやのように魔法陣が光ったと思ったら……ほんの一瞬、いや、それより短かったかも……」

執事「我々が無事に戻れたと言うことは……末妹様達も……」

メイド「きっとご無事で、ご家族にお会いできているはずです!!」

…………

商人「……」

次姉「…………」

長兄「……次兄、わかった、わかったから、俺から一旦離れてくれないか」

長兄「と言うか、俺の顔の正面にあるのはお前の股間としか思えないのだが……?」

次姉「……次兄が逆さまになって、兄さんの上半身にしがみ付いているのよ」

長姉「腕で兄さんの胴体に、足で兄さんの頭にね」

末妹「……」ポカーン

商人「末妹、無事に帰って来たんだね!!」ブワァァァ

末妹「お、お父さん……!!」

次姉「この子達の身体はベッドに横たわっていたのに、鏡が一瞬光ったと思ったら」

長姉「次の瞬間、次兄は兄さんにしがみ付いて、末妹は机の引き出しの前に座り込んでいるなんて」
 
584 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/01/29(月) 01:13:03.93 ID:ej98zEbh0
次兄「兄さん約束して引き出しをこれ以上開けないで兄さん約束して引き出しをこれ以上開けないで兄さん約束し」フェイスハガー

長兄「約束する、約束するから、今だって5ミリも開いていない、だから降りてくれ……」

次姉「ひっぺがすの手伝うわ、ほら、降りなさいよホントにこの子は……」ベリベリ

末妹「帰って来たのね、私達……」

家政婦「ええ、お帰りなさいませ」ニコ

末妹「家政婦さん……」

次兄「末妹まだそこ(引き出しの前)から動かないで!!」

末妹「え、ええ!?」ビクッ

次兄「そのままゆっくり、少しだけ後ろに体重掛けて?」

末妹「こ、こう?」ギシ

引き出し:コトン

次兄「兄さん、引き出しが閉まったところで、鍵穴に差し込まれたままの鍵を今度は逆に回して?」

長兄「今度は施錠すればいいんだな?」カチャリ

次兄「鍵は返してくださいな」

長兄「ああ、返すよ」ホラ

次兄「……ふー……」

次兄(読みどおり、切羽詰まった状況を敢えて創り出し、おっさんの魔法との相乗効果で最高の結果が生まれた)

次兄(引き出しの中身も見られずに済んだ……間に合った、間に合ったぞおおおおおお!!)

次兄「あ、もう動いていいよ末妹」

末妹「お兄ちゃん……」ヨイショ
 
585 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/01/29(月) 01:13:51.68 ID:ej98zEbh0
商人「改めて、無事でよかった、帰って来てくれてよかったああああああ!!」ガバッ

末妹「お父さんたら」ムキュ

次兄「無事に帰宅できたのも、家族のみんなの協力と祈りのおかげ……ありがとう、特に兄さん!!」キラキラ

長兄「次兄、鏡の向こうでは見たことないほど真剣な顔をしていたが」

長兄「今のその、晴天のように爽やかな表情も見たことないぞ……正直不気味だ」

次兄「いやぁ、俺は人生最大の危機を無事に回避できたことに安堵しているのです」

次姉「人生の危機とかなんなの」

次兄「おっと、何も尋ねない約束ですぞ?」チッチッ

次姉「そりゃそうだけど……」

末妹「心配かけてごめんなさい、本当にありがとう、皆のおかげで戻って来れたの」

末妹「お家の皆と、そして……」

末妹「……メイドちゃん達はちゃんと帰れたのかしら」

長姉「そう言えばこの鏡台、あんた達が戻って来てから『あちら側』を映さなくなっちゃったわね」

家政婦「そのことでしたら……」

家政婦「たった今、師匠様が瞬間移動の魔法で現れて……お屋敷の様子も同じように確認して来られたとのこと」

次姉「は? たった今?」

家政婦「数秒間のご滞在でした」

家政婦「でも、皆それぞれ家に戻れて安心した、と仰っていましたし」

家政婦「これから師匠様と菫花様は広場に戻り、野獣様もいつもの場所に戻られた……そうです」

次兄「全員無事なんだね、よかったー」

末妹「皆さんお屋敷に戻れたのね……」ホッ

末妹「野獣様、菫花さんも……師匠様も……よかった」

…………
586 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/01/29(月) 01:14:53.00 ID:ej98zEbh0
現実世界の、かつての王城の庭園……

師匠「菫花、そんなわけで執事達も末妹嬢達も無事だ、安心せい」

王子「ああよかった、本当によかった……」ウルウル

師匠「我々と野獣の三人だけになった途端、儂の魔力の一部を制御していたものが外れた……そんな感覚になった」

師匠「野獣もこんなことを言ってたな」

(野獣「どうやら、今の私は自分の意志でいつもの夢の世界に戻ることができそうです」)

(野獣「自力で戻れるという強い確信があります……屋敷の応接間から寝室に入るように容易く」)

師匠「そう言って、あいつは『帰った』……末妹嬢が持つ欠片の影響がなくなったせいだろう」

師匠「野獣から離れた欠片は、本体と影響しあう時はあっても、すでに別物として……成長もしている」

師匠「……ま、そのへんは後でいくらでも考える時間はあるな、それより……」

師匠「ほれ、いつまで感慨に浸っとる」

師匠「もう人払いの結界も解いた、大の男が涙ぐんでいては、人々が不審に思うではないか?」

王子「は、はいっ」

師匠「儂らはこれから、敢えて歩いて屋敷に帰らねばならんのだぞ?」

師匠「とは言え少し疲れた、魔力も使い果たした……宿に戻って休もう」

王子「ええ、そうですね……」

王子「……今夜はよく眠れそうです」

師匠「さあ、行くぞ……と、その前に、別れの挨拶をして行くか?」

王子「……ここにはまた来ることができます、来ようと思えばいつでも、そんな場所の一つになりました」

王子「ですから……今回は」スッ

王子「……また来ますね、父上、母上」

王子「今度は230年も間を開けませんから、必ず……」

王子「……終わりました。行きましょう、師匠」

師匠「ああ……また来よう、お前と儂でな……」

……
587 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/01/29(月) 01:15:23.23 ID:ej98zEbh0

※ここまでです。寝落ちます…※
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/29(月) 02:53:42.44 ID:RSsNbsH3O

次兄危機一髪
589 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/02/28(水) 22:26:49.90 ID:nGFFY93s0

※一か月過ぎてしまうので…近日中に更新するので少々お待ちを…※
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/28(水) 23:06:08.95 ID:MEHSYlb2O
待つともさー
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 13:36:48.69 ID:UVYSJKqTO
近日…近日?
592 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/04/01(日) 23:29:57.58 ID:rSQA9QWn0

>>1です、マジごめんなさい
 2〜3月ちょっと、いやかなり多忙というか余裕なくこの有様でした。必ず完結させますので……※
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/02(月) 01:06:28.13 ID:Z8Ei3vyqO
良かった
待ってます
594 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/04/28(土) 23:52:49.88 ID:JtVxUVrN0
商人の店。

長兄「……」

次姉「兄さん?」

長兄「……」

次姉「兄さん!! 何ボーッとしてるの?」

長兄「はっ……次姉」

次姉「もう、そんな調子じゃまたいつぞやみたいに手でもケガするわよ」

長兄「すまない」シュン

次姉「まあ……さっきまであの子達が無事に戻るかどうかって緊張した空気だったものね」

次姉「その中で文字通り『カギを握る』役目だったんだもの、疲れるのも無理ないか」

長兄「本当にすまん、もう大丈夫だ……次兄と末妹は?」

次姉「本人達は普通に元気そうだけど、お父さんが大事を取らせて、目の届く居間のソファで休ませてる」

次姉「家政婦さんは夕食の準備で忙しいけど、姉さんも同じ居間で編み物を始めたわ」

長兄「そうか、元気ならよか……長姉が編み物!?」

次姉「そこ?」

次姉「姉さんなりに料理だけじゃなく家事全般の腕を上げようと頑張っているの」

長兄「そうだな、長姉なら料理の腕もあっという間に上達したし、きっと編み物や裁縫もやる気になりさえすれば」

次姉「まあでも、今日は短い時間に色々考えたり力仕事したり気を揉んだりと」
 
595 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/04/28(土) 23:54:51.15 ID:JtVxUVrN0
次姉「私も正直疲れたわ、お父さんに確認して早めに店を閉めましょ」

長兄「ああ、先に上がっていいぞ」

長兄「午後から臨時休業にしていたところを、お客様のために少しの時間でもと開いたんだ」

長兄「通常の閉店時間まで俺一人このままやるよ」

次姉「……それなら私も」

次姉「兄さん一人にして、またさっきみたいにボーッとされても困るもの」

長兄「はは、本当に大丈夫……でもありがとな」

長兄「……」

長兄(本当は疲れてボーッとしていたとは微妙に違うんだよな)

長兄(鍵が開いたと同時に、引き出し自体の重みでほんの僅か……3ミリばかり……自然と、開いた)

長兄(あの重みが手にかかった瞬間、俺はその手で引き出しを押し戻すべきかそのままで維持するべきか)

長兄(それとも重さにまかせて更に引き出すべきか、迷った)

長兄(でも、それは本当の本当に一瞬だけの迷いだった)

長兄(次兄達がすぐに戻ってきたせいではない)

長兄(あの3ミリほどの隙間から……俺が感じた物は……)

長兄(我ながら滑稽だとか陳腐だとか思う)

長兄(……でも確かに感じたんだ、何か、例え難い……物理的な重さとはまた違う……圧迫感……)

長兄(……そして、寒気と恐怖感と……)
 
596 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/04/28(土) 23:56:04.48 ID:JtVxUVrN0
長兄(とにかく、何かわからんがこれ以上この引き出しを開いてはいけない)

長兄(この内にあるものに関わってはいけない、と頭の中で警鐘が鳴り立てた)

長兄(そこで次兄が戻って来て、ようやく俺も現実に引き戻され)

長兄(あの時感じた『何か』は……過ぎてしまえば気のせい、錯覚、あるいは)

長兄(実際になにかがあったとして、魔法の力が働いた作用……なのかもしれない)

長兄(……・)

(次兄「おっと、何も尋ねない約束ですぞ?」チッチッ)

長兄(次兄が言う通り、尋ねてはならない、問うてはならない……)

長兄(正体はわからずじまいだが、それが正解であり)

長兄(なんであれ、それで二人と二人の友人……友獣(?)達が無事に帰れたのなら、正しい使われ方をしたんだ)ウム

次姉「……」

次姉(兄さんまた何か考え事して一人で頷いているけど)

次姉(まあいいか、何であれそこまで真剣に考え込むほどでもない話だろうと真面目に考えるのが兄さんだもんね)フゥ

呼び鈴:チリリン…

次姉「! 兄さんお客様よ、いらっしゃいませ!」

長兄「はっ……いらっしゃいませっ!!」

……
 
597 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/04/28(土) 23:56:46.35 ID:JtVxUVrN0

※ごぶさたしてすみませんでした。読んでくれた方ありがとう※
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 00:47:44.92 ID:NsDrLDu7O
おひさし乙
引き出しの奥のラスボス感ww
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 07:53:41.23 ID:TAWosCSgo
乙です。ゆっくりで良いので。まったり更新待ってます〜
600 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/05/29(火) 22:36:05.37 ID:TLNxoXer0

※念のため。一か月早い…※
601 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/06/28(木) 00:08:50.87 ID:wCnuCsJK0

※お久しぶりです。来月頭までちょっとバタバタしてますが7月前半に更新します※
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/29(金) 00:49:34.26 ID:SYT844p5O
待ってるよー
603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 01:43:15.38 ID:B2G3C3AgO
上旬…過ぎたなぁ
604 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/07/17(火) 22:06:31.86 ID:7wOVzHIx0

※すみません、自分で「上旬」と書いておきながら「7月中」のつもりでいました…も少し待っててください…※
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 23:34:59.81 ID:pisHK4gTO
おー、>>1が元気なら良かった
606 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/07/26(木) 00:27:39.02 ID:yFeLJr7c0
商人の家、居間。

商人「そうか、菫花君にとっては本当に良い旅になったようだな」

末妹「ええ、本当に」

商人「それに……親が子供とわかり合えるのは簡単なようで難しいものだが」

商人「だからこそ、お互いの想いが通じたと実感できる瞬間はどんなに尊いか」

商人「師匠様にも、きっと良い旅になっただろう……」

長姉「お父さん……」ニコ

次兄(あの長姉ねえさんとは思えぬ穏やかな微笑)

次兄(これも元を辿れば幼馴染男さんの愛の影響力とやらなのか……)ムムム

商人「次兄、ややこしい顔して黙り込んでいるけど、体の具合が悪いのかい?」

次兄「はっ!? い、いいえ、なんともありません、何ひとつやましいことなどありませんよ!?」アセアセ

長姉「何をうろたえているんだか、変な子」

末妹「……」

末妹「あのね、お父さん」

商人「ん?何だい?」

末妹「今の学校を卒業してからのこと……そろそろ話をした方がいいと思うの…」

次兄(お、いよいよですな末妹)

商人「そうだな、お前も来年は15歳、町の学校に通うのもあと1年くらいか……早いものだ」

商人「で……お前はどうしたいのかな」

末妹「……私、将来は学校の先生になりたいんです」

商人「そ 長姉「いいじゃない!?末妹には向いてるわあ!!」

商人「あ 長姉「教員養成学校に行くのね、あんたなら大丈夫、絶対合格するから!!」

商人「え 長姉「ね、お父さん、素敵な話よね!!」

商人「……う、うむ……」
 
607 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/07/26(木) 00:29:30.18 ID:yFeLJr7c0
商人「が、頑張りなさい……応援するよ、末妹……」

末妹「お父さん……」

次兄「……えーっと……」

次兄「もうちょっと具体的な話をした方が、よくないですかねえ?」タスケブネ

商人「は」

商人「そ、それもそうだね……末妹、どのくらい考えているんだい?」

末妹「はい、あの……一番近い、隣町の養成学校に正式に入学するか、それとも」

末妹「市内の学校で代用教員として働きながら、養成学校の集中講義や資格試験を受けて、正式教員になるか」

末妹「今考えられるのは、これくらいだと思うの」

商人「……」

商人「うん、なかなか現実的な発想だね末妹……さすがはしっかり者だ」

商人「我が家には……お前を卒業後すぐに働きに出せねばならぬような理由はない」

商人「商売が最低でも現状維持であれば、の話だが」

商人「座学のみならず実践を積みたくば、養成学校から短期間の派遣を斡旋してもらう手もある」

商人「と言うわけで、まず初めの1〜2年だけでも、養成学校で学ぶことに集中してみてはどうかな?」

末妹「え」

末妹「正式入学になったら……隣の市で寮か下宿か、とにかく家を離れることになるけれど……」

商人「もちろん知ってるよ、住む場所は私も一緒に探すが、お前なら心配ない」ニコ

末妹「お、お父さん……!?」

次兄「」
608 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/07/26(木) 00:30:41.44 ID:yFeLJr7c0
次兄「父さんが……末妹までも家を離れることを承知したと……!?」

商人「離れると言っても隣の市じゃないか」ニッコリ

次兄「天変地i 長姉「やったじゃない、末妹!!がんばるのよ!!」

末妹「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」

末妹「ありがとう……ありがとうお父さん、私、頑張ります……!!」

商人「うん、うん……」ニコニコ

商人「……さて、そろそろ夕食ができた頃かな、ちょっと様子を見てこよう」

長姉「あ、私が行くわ」

商人「いいよいいよ、お前はこの子達と一緒にいてくれ」

ドア:ガチャ…パタン

商人「…………」スタスタ

商人「……これくらい離れたらいいかな」ピタ

商人「いつかこんな日は来ると思っていなかったわけではない……」

商人「うええええええんん頑張ったよ妻、私は頑張ったよおおおおおおん」

商人「お前がいたらきっと、必ず末妹を応援しただろう、そう思ったから私も……」グスングスン

商人「……そうだよ、隣の市、毎週とは言わなくても月に1回以上の週末は帰省するじゃないか……たぶん」スンスン

商人「長姉の言う通り、あの子には向いている、いい仕事だよ」

商人「……」ジワ

商人「……こ、今夜は長兄に、お酒に付き合ってもらおうかな……」グシュ

……
 
609 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/07/26(木) 00:31:11.44 ID:yFeLJr7c0

※短いけれど、お久しぶりです。次回更新は8月に※
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/26(木) 00:46:46.78 ID:pqSFvGQ3O

お父さん頑張った
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/26(木) 06:54:23.01 ID:7g/1TNAyO
蘭子「混沌電波第151幕!(ちゃおラジ第151回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516011054/
蘭子「混沌電波第152幕!(ちゃおラジ第152回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516615777/
蘭子「混沌電波第153幕!(ちゃおラジ第153回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517221252/
蘭子「混沌電波第154幕!(ちゃおラジ第154回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517828308/
蘭子「混沌電波第155幕!(ちゃおラジ第155回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518405378/
蘭子「混沌電波第156幕!(ちゃおラジ第156回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1519035694/
蘭子「混沌電波第157幕!(ちゃおラジ157回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1519642167/
蘭子「混沌電波第158幕!(ちゃおラジ第158回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1520244800/
蘭子「混沌電波第159幕!(ちゃおラジ第159回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1520849603/
蘭子「混沌電波第160幕!(ちゃおラジ第160回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521454455/
蘭子「混沌電波第161幕!(ちゃおラジ第161幕)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1522060111/
蘭子「混沌電波第162幕!(ちゃおラジ第162回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1522664288/
蘭子「混沌電波第163幕!(ちゃおラジ第163回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1523269257/
蘭子「混沌電波第164幕!(ちゃおラジ第164回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1523873642/
蘭子「混沌電波第165幕!(ちゃおラジ165回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524480376/
蘭子「混沌電波第166幕!(ちゃおラジ第166回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1525058301/
蘭子「混沌電波第167幕!(ちゃおラジ第167回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1525687791/
蘭子「混沌電波第168幕!(ちゃおラジ第168回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1526292766/
蘭子「混沌電波第169幕!(ちゃおラジ第169回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1526897877/
蘭子「混沌電波第170幕!(ちゃおラジ第170回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527503737/
蘭子「混沌電波第171幕!(ちゃおラジ171回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1528107596/
蘭子「混沌電波第172幕!(ちゃおラジ第172回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1528712430/
蘭子「混沌電波第173幕!(ちゃおラジ第173回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1529353171/
蘭子「混沌電波第174幕!(ちゃおラジ第174回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1529922839/
蘭子「混沌電波第175幕!(ちゃおラジ第175回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1530530280/
蘭子「混沌電波第176幕!(ちゃおラジ第176回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1531133134/
蘭子「混沌電波第177幕!(ちゃおラジ第177回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1532340969/
612 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/08/26(日) 23:30:02.40 ID:hagAf68X0

※一か月経ってしまう…健在報告のみしておきます、すみません※
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/27(月) 09:20:58.84 ID:cFlhxncGO
暑いのでお身体に気を付けてー
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/16(火) 00:26:59.99 ID:D84cTNVBO
復旧して良かった…保守。
615 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/10/21(日) 23:41:21.42 ID:oFV2Z1Hb0

※ごぶさた、すみません…※

復旧がずっと先なら移転して書くか、だとしたら修正しつつまたここの>>1から?とか…あれこれ考えていました。
復旧後もしばらく迷いましたが、やはりこちらで続けさせていただくことにしました。

というわけで近日中に再開…します
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2018/10/22(月) 06:22:00.92 ID:QjrfTbLQo
乙。待ってます
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 09:54:26.34 ID:rdXYhQmCO
乙です
また起こらないとは限らないし、移転するならどことか事前に知らせてくれるともしもの時助かるんだけど
ちなみに今回はしたらばの方の生存報告スレが結構役に立ってたみたい
618 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/10/29(月) 01:08:14.18 ID:RE0GXokB0

※今週中に更新します。待っててくださる皆さん本当にありがとうございます…※

>>617
>生存報告スレ
移転の際は↑そちらでアナウンスさせていただきますね。
完結するまでこちらの板が無事に使えるならば、このまま…
619 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/11/04(日) 00:30:22.30 ID:KsZuJ7po0
その翌日……

師匠「ほれ、屋敷が見えてきたぞ? あともう少しだ」

王子「帰って、来ましたね……皆さんには先に会ってしまいましたが」

師匠「森に一番近い村まで乗合馬車だったがそこからは歩き通しだ、少し休んで行こうか?」

王子「だ、大丈夫です、僕も今回の旅でだいぶ体力つきました、から……」

師匠「無理するな、屋敷は逃げはせん」

王子「……」

王子「そうですね、執事さん達に疲れた顔を見せては」

師匠「さっきの村でこれを買ったのだ、皆の土産に追加しようと思ってな」

師匠「一口ずつ味見をしよう、ほれ、手を出せ」

王子「?」

ポトリ

王子「え、これは……? 蜂蜜?」

師匠「あの村では、小規模ながら兼業で養蜂を営む農家が多くてな」

師匠「これは巣蜜だ、そのまま食べていいが蜜蝋はよく噛めよ?」

王子「は、はい……」パク

むっちゃむっちゃ

王子「……甘い……蜂蜜だから当たり前か」

師匠「うむ、美味いが、蜜を取る花の種類はひとつではなさそうだな」

師匠「料理長なら特定できるかもしれん」
 
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/04(日) 02:03:47.31 ID:KQV2Q1ggO
甘やかす師匠
621 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2018/11/04(日) 02:22:01.60 ID:KsZuJ7po0
王子「美味しいだけではなく上質なのでしょうね、料理長さんが喜びそうです」

王子「……彼の事ですから、自分で食べずに僕らに食べさせる料理に使っちゃうのでしょうけど」

師匠「穴熊は蜂蜜が大好物だからな」

師匠「安心しろ、料理用と料理長個人の土産用とは分けて渡すつもりだ」

師匠「土産用を料理に使ったら、儂は魔法で判定できるのだぞ……とでも言えば、絶対それを守るさ」

王子「さすがですね師匠……」

王子「……昨日夢の世界で精神体には会えたけど、早く実体の皆さんの顔を見たいし話もしたいです」

師匠「ああ、儂も楽しみだ」ニコ

王子「……師匠」

師匠「意外な物を見たような顔をするな」

師匠「儂の家でもあるし、儂の家族でもあるからな」

師匠「しばらく離れていた自分の家で寛ぎたいのは当然ではないか」

王子「……そうですよね、僕と野獣だけではなく、師匠の家でもあり師匠の家族でもあるんです」

王子「早く会いたいのは当然です」

師匠「そうだ当然だ、だからもう二度と口にはしないぞ、屋敷が儂の家で執事達が儂の家族だ、とは」

師匠「わかり切っているからな」

王子「はい、周知の事実ですから!!」

師匠「その笑顔なら疲れもすっかり取れただろう、行くぞ」

王子「ええ、早く帰りましょう!」

……
622 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/11/04(日) 02:22:47.50 ID:KsZuJ7po0

※おひさしぶりでした。眠いので今回はここまで…※
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/05(月) 00:56:49.29 ID:araSXQmZO

>>618
了解です、ありがとう
624 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2018/11/25(日) 23:25:52.64 ID:zAbu7Jxs0

※止まっててごめんなさい、必ず続き書きます※
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 15:54:25.35 ID:uVyeWyceO
待ち続けるぜ
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/02(水) 03:41:51.83 ID:ufr2lFbeO
あけおめ
627 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/01/02(水) 23:58:10.74 ID:nKmyBvpx0
野獣の屋敷。

タタタッ

庭師「師匠様と菫花様です! もうすぐ門までお着きになりますよ!」

執事「こら庭師、気持ちはわかるが『ただいま』も言わずに入って来るな」

メイド「窓から入るのは問題ないのですね執事様?」

料理長「それではシチューを温めて……おふたりが旅支度を解く頃に合わせて、食卓を整えましょう」

メイド「パンも軽く炙りましょうか? 外はカリカリ中はふんわり〜♪」

庭師「僕もお手伝いします!」

料理長「ありがとう、頼んだよ」

執事「わたくしもお出迎えの準備をしなくては」

執事「……今日から皆また忙しくなる……喜ばしいな」フフ

……

師匠「いよいよ門に辿り着くぞ」

菫花「執事さん、呼べば出て来てくれますよね」

師匠「ふふ、もう門を開くため今か今かと待ち構えているさ……」

菫花「はい?」

師匠「さっきの一休みの時に、周囲の一番高い木から庭師がこちらを窺っていたのだ」

菫花「ああ、それで」
 
628 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/01/02(水) 23:58:49.44 ID:nKmyBvpx0

※あけましておめでとうございます※
629 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/01/03(木) 00:01:42.46 ID:E1fqjb7r0

※…名前欄の 菫花 は 王子 に置換してください…正月ボケです…※
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/03(木) 01:47:32.65 ID:pWhFEhwZO
正月早々乙
使用人のみんなが可愛くて癒される
631 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/01/27(日) 23:54:06.92 ID:mSYYAmW80
屋敷の門:ガション……ギキィィ〜……

執事「……お帰りなさいませ、師匠様、菫花様」

王子「執事さん!!」

師匠「少しばかり門扉を開くのが早くないか? らしくもない、のう?」フフフ

執事「はっ!? ……わ、わたくしとしたことが」アワワ

師匠「泡食う姿もまた珍しい」

師匠「……・ありがとう、ただいま」ニッ

王子「ただいま、執事さん!!」ニコリ

執事「……!」

執事「さ、さあ、早くお入りください……暖かいお茶と軽食を用意しています」

師匠「楽しみにしていたぞ」

王子「楽しみと言えば馬小屋の出来も、何より料理長さんやメイドさんや庭師君に会えるのも、それに」バタバタ

師匠「ああこら慌てるな、こけるぞ、全く」

ドズシャア

王子「」

執事「菫花様!? ああ、荷物を抱えたまま脱ぎかけの外套にもつれて……しっかりしてください!」

師匠「……本当にこける奴がいるか」ハァ

師匠「それにあの歩調でどうしたらそこまで派手な音立てて転倒できるのだ?」

メイド「な、なんの音ですか!?」スッピョン
 
632 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/01/27(日) 23:55:43.81 ID:mSYYAmW80
執事「丁度良い、メイド、菫花様の外套を頼む」

メイド「ええ……どうしたらこんなごちゃごちゃに絡まるんですかあ……?」

執事「余計な言葉は慎め、とりあえず菫花様の足元から遠ざけてくれ……お怪我はありませんか?」

王子「あ、ありがとう……ごめんなさい、本当に」

メイド「ご無事そうですね、よかった……でも菫花様らしいですねえ」ウフフー

王子「 」

執事「だから余計な言葉は」

メイド「あっ失礼しました、何より、お帰りなさいませー!!」ペコン

王子「……た、ただいま、メイドさん……」

執事「もうここはいい、厨房に戻れ」

メイド「はいー」パタパタ

師匠「あっという間にいつもの日常だ」

師匠「……帰って来たのだな……二人で……」

……

庭師「お帰りなさい!!」

料理長「お帰りなさいませ、さあ、熱い紅茶を召し上がってください」

師匠「うむ、野獣のレシピで調合した茶葉だな」ズー

王子「野獣にももっと話したいことがある……もちろん皆さんにもです!」

師匠「だから落ち着け、誰もここから……お前から逃げないからな」
 
633 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/01/27(日) 23:57:42.21 ID:mSYYAmW80

※毎度ご無沙汰です…帰宅に何か月かけてる…※

今後、更新が短い場合は作者一言省略する場合もあるので、数十分続かなかったらその日はそういうことなのでよろしくです…
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/28(月) 00:04:21.91 ID:zjoUpj+70

王子の変わらないへっぽこさになんかホッとするw
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/01(金) 03:00:23.81 ID:Yn4FbGL3O
保守せんとす
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/02(火) 01:09:25.90 ID:pNAsUzi+O
>>1の生存報告を待つ
637 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/04/07(日) 23:47:08.33 ID:rTnzqCjk0

※ 1です。内容更新以外では当面は出ないつもりでしたが、さすがに…遅くとも5月上旬には更新します!※

多忙が主な要因でした。ごめんなさい…
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/07(日) 23:53:13.24 ID:xhqONoRL0
ヨカッタヨカッタ
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/23(木) 23:54:21.35 ID:lOxVMDMx0
コレはもう駄目かも分からんね
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/25(土) 01:05:34.58 ID:u5Bo/Z9BO
まだ5月は終わってないから…
641 : ◆54DIlPdu2E [saga ごめんなさい…]:2019/05/26(日) 22:22:34.69 ID:Vkcul4q20
その夜、野獣の夢の世界。

(王子「それで……馬小屋は本当に素敵で、早くあの可愛い騾馬を迎え入れたくて……」)

(野獣「うんうん、そしてメイドの作った造花も可愛らしかったんだな?」)

(野獣「同じ話を二度繰り返しているぞ」)

(王子「あ……そうだった、あんまり感激したので」)

(王子「それに、庭師君やメイドさんが中を案内しながら楽しそうに説明してくれたので……」)

(野獣「ふふ、お前の気持ちはよくわかる……私も楽しみだ」)

(野獣「ところで、師匠はまだ起きているのか?」)

(王子「うん、手紙を書いてから寝るって、お弟子さんのご子孫に」)

(野獣「魔法で瞬時に手紙を届けて構わない相手だな、帰着の報告か」)

(王子「本当に有意義な旅だった……君に話をしたいこともできたよ」)

(野獣「あの騒動と南の港町の滞在時、旅の途中で会えたではないか」)

(王子「こうして家に帰って来てこそ話したかった!」

(野獣「そこまで張り切って私にしたい話か、なんなんだ?」)

(王子「それは……ええと……どう話せば、いいのか……な」)

(野獣「あのな、まずは話を組み立てて、それから話があると切り出すものではないか?」)

(野獣「お前には不得手なのはよく知って(自覚して)いるが……」)

(王子「えーと……将来、の」)

(野獣「うん?」)
642 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/05/26(日) 22:23:21.57 ID:Vkcul4q20
(王子「将来の夢……将来やりたい仕事……とか……」ボソボソ)

(野獣「……お前のか?」)

(王子「え? 他に誰のことだと?」)

(野獣「おほん、そ、そうだな」)

(王子「次兄君には画家になる夢、そして末妹さんにも将来の夢がある、僕も負けてはいられない」

(野獣「……やはり知っているのか?」)

(王子「何を?」)

(野獣「う、ま、まあ……若者には夢があって当然だ、一般論としても」オホン)

(王子「末妹さんが将来何を目指しているのか僕は知らないけど、きっと」)

(王子「あの優しさと芯の強さを活かして、誰かを助けて励まし支えになれるような仕事が似合うと思う」)

(野獣「うむ」コク)

(野獣(その通り、きっと良い教師になれるだろう)フフ)

(王子「だから僕も……・同じように」)

(野獣「お前に教師は絶対無理だ!!」)

(王子「教師??」)

(野獣「あ、えーっと、なんでもないこちらの勘違い」ハハ)

(野獣「で、お前は何をやりたいのだ?」)

(王子「さっきから話そうとしてるのに、君が何度も話の腰を折るから……」)
 
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/27(月) 07:21:15.90 ID:223SiuuMO
令和でもよろしく

王子は頭良いんだろうけど、教えたり導いたりするのは苦手そうだな
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/30(木) 22:51:41.30 ID:uHi9Im2p0
645 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/07/21(日) 23:18:52.23 ID:KUneq7jp0

※すみませんでした。ちょっと色々余裕がない(なかった)…次回更新8月です※
646 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/08/20(火) 23:11:32.04 ID:pmyRdLHz0
(王子「美味しいものを食べたら、たいがいの人は元気になるよね?」)

(野獣「は?」)

(野獣「……う、うむ、まあ、そうだな?」)

(王子「……」)

(王子「考えながら話すから、まどろっこしいかもしれないけど」)

(王子「しばらく聞き役に徹してもらっていいかな?」)

(野獣「そ、そうか、了解した」)

(王子「……えーとね、どう言えば……」)

(王子「……君と分離されたばかりの僕はずいぶん弱ってて」)

(王子「何も食べられずに寝込んでいた」)

(王子「僕の存在が君を完全に消してしまったと思えば、ますます身も心も縮こまるばかり」)

(王子「でも、末妹さん達や屋敷のみんなに対して、最低限の責任を果たすまでは死ぬわけにもいかないから」

(王子「執事さんが用意してくれた水と蜂蜜を少しずつ摂って、命を繋いでいたんだ」)
 
647 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/08/20(火) 23:12:38.34 ID:pmyRdLHz0
(野獣(そうだった、当時のお前は、私がいるこの場所をまだ知らなかったものな))

(王子「そんな僕のために料理長さんが作ってくれたのが、林檎のコンポートのカスタード添えで」)

(王子「それを口に運ぶ僕を見守りながら、執事さんと料理長さんは」)

(王子「……僕に、生きてほしいと……それだけが願いだと」)

(野獣「……」)

(王子「そして、君から僕のことを託された、とも伝えてくれた」)

(王子「それで……ようやく僕は、簡単に生きるのをやめるわけには行かないと思えた」)

(王子「そのためにも、ひとまずはこれを食べて元気にならなくちゃって」)

(王子「……僕の生きる気力は、あのコンポートの味を甘くて美味しいと感じることで、湧き上がって来たわけで」

(王子「それから」)

(王子「僕らが昔生きていた時代は、お菓子は贅沢品で、王族や貴族の口にしか入らないものだったけど」)

(王子「師匠と各地の町や村を巡ると、街角の小さなお店で、子供もお小遣いで買えるような焼き菓子を売っていたり」)

(王子「僕らの訪れた農家で、奥さんが果物や木の実の入ったパイを焼いて、振る舞ってくれたり」)

(王子「もちろんその家の人達と一緒に」)
 
648 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/08/20(火) 23:13:19.91 ID:pmyRdLHz0
(王子「あと、商人さんの家でも、家政婦さんの作ってくれたお菓子をご馳走になった」)

(王子「どれも美味しくて、そしてそれぞれ作り手の個性もなんとなく感じられて」)

(王子「……そこで僕は、料理長さんの作る味も、どこかの誰かにも食べてもらえたら」)

(王子「……どこかの誰かにも食べて欲しいと思ったんだ」)

(野獣(ふむ……))

(王子「だから、料理長さんにお菓子の作り方を教わって」)

(王子「たくさん作ることは無理でも、その味を再現して、それを美味しいと思ってくれる人に食べてもらう」)

(王子「……それを自分の仕事にできたらいいなあと……今回の旅の中で考えていたんだ……」)

(野獣「……口を開いても良いか?」)

(王子「う、うん」)

(野獣「菓子作りを生業とする具体的な手立てまで考えているのか?」)

(王子「えっと、それは……」)

(王子「……これから考えるよ」)

(野獣「私もいわゆる世間知らずだからよくは知らんのだが」)
 
649 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/08/20(火) 23:14:16.16 ID:pmyRdLHz0
(野獣「たいがいは、正式に職人に弟子入りしないと、自分の店を出すことは認められないのが普通では?」)

(王子「そ、そういうものなのかな……」)

(野獣「……」)

(野獣「まあな、お前の場合は仕事としたい何かが見つかっただけでも進歩と言うか、収穫なのだから」)

(野獣「師匠とも相談して、もう少しじっくり考えても」)

(王子「そうだね……」)

(王子「聞いてくれてありがとう、君に否定されないでよかった」)

(野獣「否定はしないさ」)

(白バラの茂み(……))

(白バラの茂み(手紙を書いて送る作業が終わったので眠ってみたら))

(白バ(以下略)に隠れている師匠(菫花め、菓子職人になりたいとはなあ))

(師匠(儂も頭ごなしに否定するつもりはないが))

(師匠(あいつが職人の世界に飛び込んで、通用するとも思えん……)ハァ)

(師匠(……さて、どうしたものか))
 
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/21(水) 00:45:02.13 ID:uSt00QOAO

これは意外な夢
料理長と家政婦さんの料理食べてみたい
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/25(日) 23:56:07.27 ID:Z9IFg7x70
師匠いっつも茂みで盗み聞きしてんな
652 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/10/05(土) 23:21:47.47 ID:X+jsnDiZ0
(野獣「……」)

(野獣「師匠、近くにいるんですよね?」)

(師匠「」ギクッ)

(王子「え?」)

(師匠「……やれやれ、この世界でお前から隠れることは無理だと、頭ではわかっておるのだがな……」)ゴソゴソ

(野獣「いっつも同じ白バラの茂みというのも、工夫がないですよ」)

(師匠「自分では選べんのだ、強制的にこの白バラの近くに送り込まれる仕様らしい」)

(王子「僕の話を聞いていたのですか、師匠……」)
 
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 23:03:07.02 ID:ckbp2IeRO
654 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/12/01(日) 19:12:28.87 ID:C6t/czIb0
(師匠「うむ、聞かせてもらったぞ、だから手短に」)

(王子「あっ待ってください心の準備が」)

(師匠「儂にできることなら協力するぞ」)

(王子「ですよね……師匠ならそう答え……」)

(王子「……えっ!?」)

(師匠「」)

(師匠「『えっ』とはなんだ? 『えっ』とは?」)

(王子「あわわわごめんなさいなんだか意外でいえあのその」ヘドモド)

(野獣「私も正直びっくりしたが、落ち着け菫花」)

(師匠「お前もびっくりなのか……」)

(師匠「確かに今までが今までだったからな……だが……お前達、まずは儂の話を聞け」)

(王子「は、はい……」)

(師匠「菫花に積極性が出て来たのは儂だって喜ばしい、それをむざむざへし折りはせん」)

(師匠「しかし実現させるためには……先ほど野獣も言った通り、じっくり考えなければなるまい」)

(師匠「お前達ふたりは誰よりも世間知らずだが」)

(師匠「儂にだって、この時代のこの国のあらゆる職業の仕組みについての知識があるわけではない」)

(師匠「この屋敷の住人がいくら頭を突き合わせてみたとて、現実的な手立ては期待できまい」)

(野獣「……確かに」ハァ)

(王子「……や……やっぱり僕が仕事に就くなんて無理な話……なんですね……」ズーン)

(師匠「地面にめり込むのは早いぞ、最後まで聞かんか」)

(野獣「良い考えがあるので?」)

(師匠「うむ、この時代の現実的な事象に強そうで、尚且つを貸してくれそうな人物を思い出した」)

……
655 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/12/01(日) 19:13:40.72 ID:C6t/czIb0
商人の家、朝。

次姉「あ、おはよう、お父さん」

商人「おはよう……」

次姉「元気ないわね、顔がむくんで、特に……目が腫れぼったいような……体の調子が悪いの?」

商人「い、いや、体はいたって健康だよ……」

商人「あれだけ飲んだのに二日酔いにもならないほどには健康さ……」ハハハ

次姉「声に力がないんだけど」

次姉「昨夜お酒のんだの? 兄さんと、そうでしょ?」

長兄「おはよう次姉、そうだよ昨夜は二人で飲んだんだ」

商人「……私は馬の様子を見て来るよ」フラフラ〜

ドア:パタン……

次姉「……本当に大丈夫かしら、全身に力が入っていないような、心ここにあらずと言うか」

長兄「長姉から聞いてないか?」

次姉「末妹の話? でも、お父さんは養成学校での勉強に集中しなさい、って話していたんじゃないの?」

長兄「本人にはそうやって背中を押してやるのが父親の役目……なんだってさ」

次姉「……」

次姉「とは言うものの、本音ではやっぱり寂しい……ってわけね」

長兄「でも安心しろ、あの時のように……生きた屍みたいには絶対ならないぞ」

長兄「って、最後はそう宣言して笑顔になっていたから、きっと大丈夫」

次姉「……そうね」

次姉「お父さんも私達も……あの頃とは違うものね」フフ
 
656 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/12/01(日) 19:14:55.86 ID:C6t/czIb0
馬小屋……

商人「おはよう愛馬、今日のご機嫌は……」

馬「ひひひん(おはよう)!」

末妹「おはよう、お父さん!」

商人「」

商人(そそそそそそうだった、朝の馬小屋で末妹と鉢合わせるのはあまりにも当然だった)

末妹「……お父さん?」

商人「あ、ああ、おはよう末妹」ワハハハ

末妹「……ありがとうお父さん、私の夢を認めてくれて」

商人「ち、父親として当たり前じゃないか……きっとお母さんも、同じように言っただろう」

末妹「お母様も……」

商人「父親、いや、母親もだな、世の親の役目とはそういうものだよ……」

末妹「……」

末妹「養成学校に行っても、できるだけ家には帰るようにするからね、お父さん」ニコ

商人「え」

商人「……」

商人(……そうだよな……私がどんな心境かを、この子に悟られないはずがない……)

商人「ああ……その気持ちだけで充分……だけど、やっぱり顔を見られる時間は長いほうが」

商人「正直、お父さんは嬉しいよ……」ニコ

末妹「えへへ……うん、お父さん」キュ

商人「末妹……」ギュ

馬「ひん……」
 
657 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2019/12/01(日) 19:15:43.48 ID:C6t/czIb0
商人「もう馬の世話は済んだのかい?」

末妹「ええ、ブラシも掛けたし、ご飯も」

馬「ひひひひんぶるひひひん(どうですこの毛艶)」

商人「そうか、では私達もそろそろ朝ご飯の時間だな」

商人「さあ馬よ、今日は取引先のお宅に行くからな、また後で」

馬「ひーひひひん(まーかせて)」

末妹「……あら?」

商人「どうかしたのかい?」

末妹「お父さんの上着の懐に……さっきまではなかったと思うけど……」

商人「本当だ、なんだろう……封筒?」ピラ

商人「……驚いた、差出人は師匠様だよ」

末妹「それじゃあ……魔法でたったいま届いたのね!?」

商人「しかし、きのう話をしたばかりじゃないか……何か緊急で知らせたいことでも起きたのかな」ガサガサ

商人「……」

末妹「師匠様、なんて?」

商人「……悪い知らせではない、安心おし」

末妹「そうなんだ、よかった」ホッ

商人「内容については……少しこちらにも考える時間が必要みたいだな」

末妹「?」

商人「お前達にもいずれ話をするよ、今は私ひとりに預からせてくれ」

末妹「……わかったわ、大人と大人のお話、なのね……」

商人「ああ、大人同士の話だよ」

商人(どっちかと言えば、親同士の話……かな)

…………
 
658 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2019/12/01(日) 19:18:44.76 ID:C6t/czIb0

※さすがにご無沙汰しまくったので…すみませんでした※
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/02(月) 17:44:11.98 ID:lm6G66nF0

年内の更新があるとは思わなかったから嬉しい
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/03(火) 02:14:27.37 ID:n8V9wPdqO
出遅れた乙
師匠の手厚い進路指導
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/08(土) 20:02:15.71 ID:rnYB6Vfl0
ほんまに完結するんやろか
662 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/02/16(日) 20:59:18.25 ID:BgmEBtxm0
商人の自室。

商人「うーむ」

商人「菫花くんはいい子だし、次兄や末妹の友達だし」

商人「何より彼の生い立ちを考えると、これからは自分の心の赴くまま生きて欲しいし」

商人「……かと言って」

商人「私の伝手で菓子職人や料理人を紹介すると言うのもどうかなあと……」

商人「いや、できるよ、紹介だけならできるよ、普通に腕も人柄も信用できる人物を」

商人「でもね」

商人「人には向き不向きというものがあるんだ、努力で克服することは不可能な類の」

商人「菫花くんが修行について行けるかも心配だが」

商人「彼を教える側に求められる寛容と忍耐は菓子職人や料理人に求められる範疇を超えているだろうなあ、と……」

商人「……」

商人「師匠様は、返事は急がないと手紙に書いていた」

商人「短慮に結論は出さずに、もう少しゆっくり考えてみよう」

商人「いずれうちの子供達の知恵も借りる可能性もあるかもしれんが、今はまだ私の胸だけに」

商人「……さて、そろそろ出掛ける時間だ……帰る時間を考えると、昼は久しぶりに外食でもするか」

……
663 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/02/16(日) 21:01:29.24 ID:BgmEBtxm0
南の港町、安宿。

従業員「お茶っす」カチャ

商人「ありがとうございます」ニコ

主人「こら従業員、言葉遣い」

主人「……まさかこんなに早く良いお返事をいただけるとは思いませんでした」

主人「本当にありがとうございます、商人さん!!」

商人「いやあ、ありがとうはこちらのセリフですよ」

商人「新しい試みとして、小規模な正式契約を結んでくださる取引先を私も探していましたから」

商人「お宅の宿は、もう3年も前からあの石鹸を買ってくださっているのですからね」

商人「これからは私も確実に品物をお届けできるようなりますし」

商人「おまけに鍋の磨き粉もうちと契約してくださるとは」

主人「ははは……お恥ずかしい話、今までこの町でその時々で一番安い磨き粉を使っていたのですが」

主人「先月、ひどい粗悪品に当たりましてねえ……鍋の焦げは落ちもしないのに従業員の手ばかり荒れてしまって……」

従業員「痛かったっす……」ポツリ

主人「俺……私は皮膚が強いので平気だったから、一晩かけてそいつで磨いたのですが、少しも鍋はきれいにならず」

商人「ああ、奥様の手が……それはひどい話ですね」

従業員「……!! 奥様、奥様っすか!? あたし『奥様』なんて呼ばれたの初めてっすーーー!!!!」ピョンピョン

主人「こ、こら、はしゃぐな、お客様の前で……」

商人「若い方は元気なのが一番ですよ」

商人(こうして見てるとほんとに親子みたいだが、10歳くらいしか離れていない夫婦なんだよなあ)
 
664 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/02/16(日) 21:04:36.26 ID:BgmEBtxm0
主人「とにかく、平凡な家庭料理しか出せないとは言え、宿には食事も大切ですからね」

主人「大事な食事を作る大事な鍋は大事に使いたいわけですよ」

主人「安物買いの銭失いになるくらいなら、多少値は張っても信頼できる品質のものを使いたい」

主人「と、考え方を変えたわけです」

商人「ええ、ええ、わかります……」

商人「人間は守りたいものができると、常に目先の効率だけを考えるのは必ずしも得策ではない、と思うようになります」

主人「守りたいもの……」チラ

従業員「……」ポッ

主人「な、何を赤くなってる!?」

従業員「お、おやっさんこそ、なんでこっち見たんすか!?」

商人「」

商人「えー、コホン……」

主人「」ハッ

主人「す、すみませんでした、見苦しい所を……そ、そうだ、もうすぐお昼になりますが」

主人「商人さん、お昼ご飯はお家に戻られて摂られますか?」

商人「え? うちの者には外食して来ると伝えていますが、何か?」

主人「あの、もしもよろしかったらですが、うちで食べて行きませんか? もちろんお代はいただきません」

主人「さっき申し上げた通り、平凡な家庭料理なので、商人さんのお口には合わないかもしれませんが……」

商人「え、私には嬉しいお話しですが……宿のお客様は……」

 
665 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/02/16(日) 21:09:09.28 ID:BgmEBtxm0
主人「いやあ、実は連泊の3人連れのお客が昼はここで食べる予定だったのですが……」

従業員「商人さんがお見えになるちょっと前に、急用だとかで帰っちまったっす」

主人「船の時間に間に合わない、と、大慌てでした」

従業員「もう出来上がっていたのに……」ショボン

商人「そ、そういうことでしたら……ありがたく」

……

商人「これはうまい……ご主人は謙遜されていますけど、すばらしい料理の腕をお持ちで」

主人「そ、そんな、舌の肥えておられる商人さんに」

従業員「普通には美味しいっすけど……あたしはもうちょっと香辛料と酸味を効かせた方がいいと、いつも思ってるっす」

主人「いつも言ってるがお前の味覚を基準にするなと」

商人「いやいや、実に心安らぐ味です……ご主人はどこで料理の修行をされたのですか?」

主人「いやー、おr……私の料理は母親の直伝でして……」

商人「親御さん……確か、この宿を以前に経営されていたのはご主人と違う苗字でしたね?」

主人「ええ、この宿は父親の親友から譲り受けたものです、私ゃ農家の四男坊ですから、母親も普通の農民です」

商人「母親直伝……普通の農民……」

商人「…………」

商人「それです!! それですよ!! ありがとうご主人!!」

主人&従業員「「はい?」」

商人「そうだよ、『家庭料理を振る舞う職業』だって成り立つんだ……!!」

……
666 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/02/16(日) 21:09:36.73 ID:BgmEBtxm0

※本当ごめんなさい、あと兄妹達も野獣サイドも出て来ない地味回ですみません※
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/17(月) 01:04:08.31 ID:WTb8ZoMtO
乙ですいつまでも待ちますよ

宿屋夫婦も可愛くて好き
668 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/06/21(日) 22:31:03.01 ID:5S1oSgum0
その夜、商人の自室。

商人「しっかり封をしてと……師匠様の手紙に返信方法が書かれていたっけ」

商人「同封されていた、魔法陣だっけか、これが描かれた紙を広げて……」ガサガサ

商人「真ん中に返事の手紙を置く」カサ

商人「おっと、封筒の裏側……私の署名を魔法陣に触れさせるのだった」クル

商人「で、真上からは覗き込まないようにせよと……少し離れるか」スッ

商人「……」

魔法陣:チカッ

商人「お、光った」

商人「小さなランプ程度のまぶしさだな……しかし見慣れた炎の色ではなく青白く輝いている」

商人「……魔法陣が光と共に手紙を中心部に吸い込んで行く……魔法陣そのものも消えた、ただの白い紙に……」

商人「……」

商人「私は、大概の人が一生かかっても出会わないような体験をしてしまったのでは?」

商人「珍しい体験……」

商人「……今更か」

商人「野獣に出会った時から続く数々の不思議な出来事より、それをあっさり受け入れている自分に驚くよ」

商人「さて、師匠様と菫花君、そして野獣、私の意見をどう捉えてくれるかな」

……
669 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/06/21(日) 22:34:40.66 ID:5S1oSgum0
 
※話は進まなくて繋ぎの回です…このところ色々思うことあって書けませんでしたが、これから復帰します※
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/22(月) 02:29:20.31 ID:4JrRoX2gO

コロってたんじゃなくて良かった!!
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/14(月) 17:47:47.97 ID:gg7oyO++0
復帰とは……
672 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/09/22(火) 23:44:45.52 ID:EY908xQe0
野獣の屋敷、師匠の自室。

魔法陣:ぽわーん……

封筒:パサッ

師匠「おう、商人殿からの返事か」

師匠「ずいぶん早く書いてくれたのだな、どれどれ」ガサガサ

師匠「ふむ……」

師匠「……なるほどな」

師匠「儂もあの宿には世話になったし、いかにも家庭料理な食事は確かに美味かったが」

師匠「ここまでは考えが及ばなかった、さすがは商人殿」

師匠「『かと言って、南の港町の宿とは立地条件が違うので』……ふむふむ」

師匠「『都会から田舎へ避暑や保養に来る人々』を相手にした商売……か」

師匠「森に一番近い村は、国境にも近いせいもあり、意外と旅人が訪れる」

師匠「商人殿はそこに目を付けたようだな」

師匠「商人殿の直接の知人はいないが、伝手が全くないわけではない、店舗や協力者を探してくださる……と」

師匠「ありがたい申し出だ」
 
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/24(木) 02:29:10.16 ID:wBXCkvQxO
乙です
674 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2020/11/25(水) 00:10:51.30 ID:zLtAHv7w0
…………

数日後……

家政婦「旦那様、こちらは携行食です、あと防寒具はこちらに」

商人「ありがとう家政婦さん」

商人「では、留守を頼むぞ長兄」

長兄「ああ、父さんも気を付けて……馬を連れて来るよ」

次姉「向こうは寒いから、風邪ひかないようにね」

長姉「それにしても……末妹は学校に行く前に挨拶を済ませたから良いものを」

長姉「お父さんの久しぶりの長旅だってのに、次兄ってば寝坊なんかして」

商人「はは……昨日あいつは末妹の学校へ行って、特別にお願いしていた模擬試験を受けさせてもらったんだ」

商人「次兄には10年ぶり……いや、あの時は教室にも入れず終わったから……実質初めての通学」

商人「相当疲れてしまったんだろう、ゆっくり寝かせてやろう」

長姉「私達も教わった先生達もいるのよ、学校で恥ずかしい真似しなかったでしょうね」

商人「先生のお話しでは、試験は真面目に取り組んでいたそうだよ」

商人「同じ校舎で授業を受ける末妹に恥をかかせる真似はしないさ」

次姉「半日緊張しっぱなし……か、そりゃ次兄なら疲れるわ」

長姉「美術学校に合格したら毎日通わなきゃならないのに、先が思いやられるったら」

長姉「ま、それはともかく……本当に気を付けてねお父さん」
 
675 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2020/11/25(水) 00:11:45.81 ID:zLtAHv7w0
商人「ふう……大袈裟だな、長旅とか」

商人「西端都市の用事を済ませたら、北の国境近くの村へ立ち寄って、あとはまっすぐ帰るよ」

次姉「今回は西端都市の用事が大変なんでしょ?」

次姉「商談が済んだら、親戚おじさま達と……」

商人「彼等に戦いを挑むわけじゃない、敵陣とか言う次兄に呆れていたのは次姉だろう?」

商人「親戚1さんも上手に取り持ってくれるさ」

次兄「でもあの人、いまいち頼りないような……」

商人「いいや信用できる人だよ、お互い過去を清算し今後のために有意義な話し合いになる……してみせる」

商人「って、いたのかい次兄!?」

長姉「いつの間に起きて来たのよ!?」

次姉「心臓に悪いから気配消さないでくれる!?」

馬「ぶるるひん(おはよう)……」カッポカッポ

長兄「やあ、自力で起きたのか次兄……なんで長姉と次姉は恐い顔しているんだ?」ガシャ

家政婦「(馬車に馬を繋ぐ)お手伝いいたします」ササッ

長兄「あ、ありがとう家政婦さん」ガチャガチャ…

次兄(ほほう共同作業ですな)

商人「二人ともありがとう……よろしく頼むよ愛馬」ポン

馬「ぶひひひひん(こちらこそ)」
 
676 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2020/11/25(水) 00:12:31.73 ID:zLtAHv7w0
……

次姉「……行ったわね、とりあえずお天気が良くてよかった」

長姉「それにしても……北の国境近くの村での用事って、何なのかしら」

次姉「仕事と全く無関係でもないけど個人的な用って言ってたわ」

長兄「なんだお前も詳しくは知らないのか」

次姉「あら……兄さんも知らないの?」

次兄「俺も知らないよ」

長姉「あんたが知ってるとは誰も思わないわ」

次兄「ですよねえ」

……

町の学校……休み時間

わいわいがやがや……

末妹(お父さんもう出発したかな……)

末妹(北の国境近くの村って、野獣様のお屋敷……あの森に一番近い村よね)

末妹(お父さんが言うには、師匠様からのお手紙に関係した用事……だって)

末妹(いずれ私達みんなに話すから、師匠様のご意向もあるので、とりあえず手紙がきた事も黙っててくれ……とも)

末妹(師匠様のお考えなら、お屋敷の誰かに関係あることだろうなあ)

友2「末妹ちゃん、何ぼーっとしてるの?」

末妹「あ」ハッ

友1「考え事してたんでしょ?」

友3「えへ……さっきの問題の答え、どうしてこうなるのか教えてくれる?」コソコソ

末妹「さっきの問題ね、えーと……」

……
677 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2020/11/25(水) 00:13:55.39 ID:zLtAHv7w0

※忘れてはいません…すみません。間が空いてしまったので読み返し思い出しながら書いています…※
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/25(水) 02:49:44.91 ID:PN2zQ4FqO

久しぶりの次兄と末妹ちゃんウレシイ…
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/13(火) 18:43:28.84 ID:ZD8iegGRO
やっと復旧したか…とりあえず保守
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/25(木) 03:06:32.49 ID:JpTEDRvzO
ただただ悲しい
駆け足になるとしても1スレで終わってたら良かったのかな…
681 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2022/11/20(日) 22:37:31.54 ID:ma7kUVb00
2年も放置して本当にすみません
近いうちなんとかします
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/12/19(月) 17:37:43.17 ID:JUL2TufY0
はい
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/12/19(月) 18:11:58.23 ID:nV0VJ+tE0
はい
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/31(土) 21:36:32.31 ID:HOhWDrlh0
全然再開しなくて草
685 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2023/01/09(月) 18:02:12.20 ID:98/S2SPl0
…………

さらに数日後、北の国境近くの村……

商人「……というわけで、旅行者が旅先でお茶の時間を楽しむのも悪くないと思うのですよ」

商人「隣国や北辺都市への通過地点として一泊するだけではなく」

商人「この村やその周辺、そのものを目的にする旅行者が増えるかも」

村長「ふむ……しかし、この村の宿兼酒場の規模では、お茶の時間に飲食を提供できる余裕まではありません」

村長「商人さんもご覧になったでしょう?」

商人「はい、村長さんの妹さん夫婦が経営しておられる、村唯一の宿ですね」

村長「昨年、北部街道の整備が終わってから村を訪れる旅行者も急増し、忙しいと日々ぼやいております」

村長「まあ嬉しい悲鳴なので、贅沢な悩みですが……」

商人「ですから妹さん達のご負担を増やさないように」

商人「カフェの切り盛りはこちらの紳士とそのご家族が一切引き受け、売り上げから村へ建物と土地の借用代を支払う形になります」

師匠「ええ、この儂が経営者となります」

村長「酒場の裏の空き家……あのボロ家に家賃が発生するとは有り難い限りです」

村長「しかし、美しい店に改装したとて、提供する軽食、お菓子、お茶がどのようなものか……」

商人「百聞は一見に如かずです」

商人「こちらに試食を用意しております……師匠様」
 
686 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2023/01/09(月) 18:03:24.73 ID:98/S2SPl0
師匠「うむ、村長殿、こちらのクッキーとブリオッシュを……いずれも儂の『家族』が今朝焼き上げたものです」

村長「ほう、見た目は非常に美味しそうですな」

師匠「あと紅茶を……少々お待ちください」

師匠(商人殿、村長殿の意識を10秒ほど儂から逸らしていただけますかな?)ヒソヒソ

商人(え、10秒? や、やってみましょう)

村長「……」サクサク

村長「……これは美味い!?」

商人「でしょう、絶品ですよね!!」

商人(アナグマの料理長さんのクッキーはね)

村長「この軽やかな歯ざわり、ほどよい甘みと鼻に抜ける良質なバターの香り、そして表面にあしらわれたサクランボの砂糖漬けの甘酸っぱさがアクセントとなり……」

商人「村長さん?」

村長「芸術……クッキーの芸術品と呼んでも過言ではない、ブリオッシュはどうだ?」パク

村長「……お、おお、おお」モグモグ

商人「あ、あのー……」

村長「新鮮な牛乳と卵を練り込んでいるな、それに、この天使の羽根のようにふんわりとした焼き上がりの中にも、力強い生地の存在感を感じる……」

村長「発酵時間と焼き上がりの見極めが絶妙なのであろう、これぞ達人の仕事……」

商人「……えーと」
 
687 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2023/01/09(月) 18:04:02.45 ID:98/S2SPl0
師匠(商人が気を逸らさんでも見つかることなく瞬間移動で屋敷に行って戻って来れた)

師匠「さあ、淹れたての紅茶をどうぞ」カチャ

村長「む? 茶器セットや熱湯を持参していたようには見えなかったが……いい香りだ」ズー

村長「ほ、ほおおおおおおおおお……」カタカタカタカタ

商人(いかん、また別世界に飛び立ちかけている)

商人「ねっ村長さん、お茶も美味しいでしょ!?」

村長「ハッ」

村長「そ、そうですね……茶葉と水も良質だろうが、よほど上手に淹れなければここまでその良質さを引き出せないでしょう……」

師匠(ウサギのメイドが淹れたとは思いもよらんだろうがな)

村長「このすばらしいお茶やお菓子を提供し続けることができるとして……」

村長「こんな田舎の村に、昼下がりから夕方までの短時間限定の開店では勿体ないほどですよ」

村長「逆に、限定だからこそ品質を維持できるのかもしれませんが」

村長「よろしい、開店の許可を出しましょう」

商人「あ、ありがとうございます!!」

村長「むしろこちらからぜひにとお願いしたいくらいです」

村長「その……旅行者の少ない時は、村の者が立ち寄っても構わなければ」

商人「師匠様」

師匠「もちろんです、どなたにでも楽しんでいただける店を目指しますとも」

師匠(……さて、建物と売り物は準備万端)

師匠(あとは店員、か)

……
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/01/12(木) 22:29:01.75 ID:hcWTnrbW0

腹減る飯テロ
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/05/15(月) 21:24:17.29 ID:sruQ6Llc0
再開したのかい?してないのかい?
どっちなんだい!?
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