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魔王「死ぬまで、お前を離さない」 天使「やめ、て」
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1 :
◆IiD8t.HTzVRy
[sage]:2015/09/18(金) 13:48:29.12 ID:oC/slA/z0
+++++++
本殿・最奥の間――
カタ。
木組みの格子窓が音を立てる。
ひたり、ギシ と 冷たい床を踏みしめる足音。
がらんどうとした広い奥座の前で、それは止まった。
部屋を分け隔てるのは、大きく鮮やかな赤い御簾――
宵闇の中でほんのりと薄紫がかったそれは、元が布なのか植物なのかもわからない。
かすかに室内に入り込む冷気にさえ、柔らかく揺れていた。
「……っ」
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1442551708
2 :
しょっぱなから酉間違えた
◆Z1sKHpgSzY
[sage]:2015/09/18(金) 13:49:30.91 ID:oC/slA/z0
御簾を挟んだ向こうで、息を呑む気配がする。
黒い人影はそれを感じ取りながら、またヒタリ、と歩を進める。
御簾の端にある 狐の尾のような房を引くと、ゆっくりと御簾が上がっていった。
伴って、格子から差し込む月灯りも 御簾の奥へと侵入していく。
静かに、隠されていたものが姿を現す。
魔王「…何を怯えている、天使? まだ俺を見慣れぬか?」
天使「……っ 魔王…!」
漆黒の角を生やし、見下ろして微笑む魔王。
純白の羽を震わせ、怯えて見上げる天使。
部屋の中で対峙したのは、両極の存在だった。
3 :
ごめん。本当ごめん。コレで→
◆OkIOr5cb.o
[sage]:2015/09/18(金) 13:51:37.59 ID:oC/slA/z0
+++++++
天使「っ! こ、こないで」
魔王「もう、数十と月が昇ったというのに……。どうすれば慣れるのか」
開かれた御簾の中には、薄い膜のような結界が未だ張られている。
シャボンの玉か、あるいは巨大な水滴。
けれどもそれは蜃気楼のように霞んで、実体を持つものではない。
その中に囚われているのもまた、実体とは思えぬほどに儚げな天使だった。
天使「もう、やめてください! お願いです、私を天に帰して!」
魔王「それは出来ない。言っているだろう? 俺はお前を愛しているよ」
天使「そんな…。そんな、こと…」
魔王「ああ。小刻みに揺れるその羽……。今にも純白の
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
を舞い散らせそうだ」
魔王が手を伸ばすと、伸ばした手の形に添って 結界は陥没する。
決して触れることは無い壁。だけれど限りなく“無い”に等しい障害物。
天使「っ」
魔王「怯えているのでなければ、なお美しいだろうに…」
4 :
sageてた。 もうなんだかグダグダだ
◆OkIOr5cb.o
:2015/09/18(金) 13:53:11.62 ID:oC/slA/z0
そんな“檻”の中に閉じ込められた天使が 決死の悲鳴を上げようとした時
格子窓の向こうから声が掛けられた。
「若君」
魔王が差し出していた手を引くと、結界もまた球状へと戻っていく。
ほっと息をつく気配には苦笑を禁じえない。
だが今は、邪魔者をどうにかするべきだろう。
魔王は格子窓へと近づき、階(きざはし)に跪く若者をつまらなそうに一瞥した。
魔王「ああ…… 近衛か。なんだ」
近衛「あまりその天使には、お近づきにならぬのが御身の為かと……」
魔王「ちっ。無粋な事を」
近衛と呼ばれた若者は、魔王に睨まれても臆することはなく進言を続ける。
近衛「差し出がましい事とは存じております。ですが、どうか」
魔王「問題ない、この御簾の中には結界が機能している。こいつは無力だ」
近衛「しかし、若君…」
5 :
◆OkIOr5cb.o
:2015/09/18(金) 13:54:01.93 ID:oC/slA/z0
魔王「ああ…、それよりも、見てみろ近衛。天使というのはなんと美しい生き物だろう」
近衛「……はい。まことに、仰るとおりで御座います」
魔王「くく。まさかこのような拾いものをするとはな」
近衛「……若君」
主君である魔王の瞳に愉悦の色を感じ、近衛は言葉をなくした。
魔王からこぼれる微かな嗤いの気配だけが空間を支配する。
それに耐え切れなくなった天使は、細い指で顔を覆い、譫言をくりかえす。
天使「どうして、どうして……。う、うぅ…」
魔王「ほう……? 泣いているのか」
天使「ひっく……。うぅ…神様…」
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 13:54:19.25 ID:+RkZUOFoO
読点の使い方が独特っすね
7 :
◆OkIOr5cb.o
:2015/09/18(金) 13:54:42.60 ID:oC/slA/z0
魔王「ははははは!! これは滑稽な」
天使「神様… 神様…っ」
魔王「この魔王殿で助けを請うた所で、俺以外に誰が助けられるというのか。……どれ、よく見せてみろ」
銀色の鈴のついた錫杖が突き出され、
薄い結界越しに 天使の顎を持ち上げた。
天使「んぅ!!」
魔王「……ああ。涙ですらも美しいものだな」
天使「いやっ、やめて!! 私に触れないで!!」バシッ!
近衛「っ天使!」
コロン、と鈴の鳴る音
強く振り払ったはずの錫杖は、軽やかに音を立てるのみだ。
振り払う衝撃も、転がり落ちるほどの勢いも すべてが結界に吸収されて力を失っている。
魔王「ああ、よい。近衛、よいのだ。この程度の無礼、赦さぬこともない」
近衛「……はっ」
8 :
◆OkIOr5cb.o
:2015/09/18(金) 13:55:09.54 ID:oC/slA/z0
魔王「泣き濡れる姿も良いが、やはりこれくらい気丈な娘のほうが扱いやすい…咎めは不要だ。クク」
近衛「……御意に。 ですが、若君。そろそろ御簾をお下げになってはいかがでしょう…」
魔王「ああ、そうだな。……まったく。この俺を魅せるとは、天使というのはたいしたものだな」
魔王に代わり、近衛が御簾へと歩み寄り 房を手にする。
天使「〜〜っ」ガクガク…
近衛「……」
魔王「どうかしたか」
近衛「……いえ」
近衛は 身体を縮めて怯える天使の姿を視線の端に捉えながら……
ゆっくりと御簾を下げ、その姿を覆い隠した。
9 :
◆OkIOr5cb.o
[sage]:2015/09/18(金) 13:56:14.65 ID:oC/slA/z0
プロローグのみですが、投下させていただきました。
10 :
◆OkIOr5cb.o
[sage]:2015/09/18(金) 14:00:25.63 ID:oC/slA/z0
もうやだ… 久しぶりすぎてまともに改行もできやしない…。
プロローグなので地の文を多めに説明描写を入れております
この後の本編は、会話文が多くなっていくと思います。
ゆっくりと週1くらいのスローペースで投下するつもりです
注意事項としては、多少過激な表現や性的な描写があるかもしれません。
よろしくおねがいします。
11 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2015/09/18(金) 14:03:29.57 ID:oC/slA/z0
sagaいれなかったから
>>3
で こなあああああああああゆきいいいいいいいいいいってなってて
12 :
◆OkIOr5cb.o
[sage]:2015/09/18(金) 14:04:02.30 ID:oC/slA/z0
もうやだ 俺死んでいいですか
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 14:28:58.04 ID:zij40BKvO
大丈夫か笑
期待してる
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 14:36:58.96 ID:KSjXjMn7o
死ぬな
読ませろ
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 14:46:05.40 ID:DLMGmjjDO
フィルターだとわかっちゃいたがそれでも
>>3
で笑いは抑えられなかったわww
期待してるぞ
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 15:02:22.09 ID:1x+sFx2KO
乙
死ぬのは書き終わってからでも遅くはないさ
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 15:20:41.38 ID:VCslQnQxo
逆にいきなり感情が爆発するようなキャラかと思ったw
期待
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 18:51:49.48 ID:63SCAuznO
突然脳内で
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
流れてワロタ
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 19:14:28.93 ID:LXxC0mScO
乙です
待ってるから死なないで
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 20:02:56.12 ID:NEXmejkno
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
ってわざとやないの?
元はなんて言いたかったの?
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 20:22:41.76 ID:KbGE8gza0
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
クソワロタ
ギャグなのかと錯覚したわ
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 20:46:30.46 ID:HV5miWeGO
粉、雪のフィルターで
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
になったのか
クッソワロタ
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/18(金) 23:12:33.71 ID:dRWSjBsRo
レスが
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
だらけでうける
続き期待してるぞ
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 00:24:15.14 ID:eZVLcEiGo
真面目に続き読みたいな
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 03:06:11.37 ID:F76yQYgaO
定番ものはともかく
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
はフィルター忘れて油断するよな
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 10:17:27.63 ID:XSBA5rZ+O
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
はNGWordに突っ込んでるんで、あぼ〜んだらけになって何事かと思った
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 13:09:13.67 ID:0Z5siMCKo
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[
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
]【
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
】
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 13:09:44.16 ID:33uT11p8O
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[sage]:2015/09/19(土) 13:12:04.84 ID:oM1wdwTwO
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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/19(土) 13:12:29.60 ID:tqG2IlXSO
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こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/20(日) 05:08:42.66 ID:E6HYhHRSO
最初からsaga入れてスレ立て直しした方がいいのかもな
とにかく話は真面目に読みたいので待っている
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/20(日) 12:40:26.49 ID:mTdLsehaO
これはひどい
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2015/09/20(日) 21:20:16.42 ID:ea1m6jub0
粉雪荒らし沸いててわらった
フィルターホント邪魔だよね、面白いんだけどさ
魔力とか唐揚とかが大変なことに
35 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2015/09/22(火) 01:06:48.71 ID:SFw0ZPMn0
>>1-2
×◆IiD8t.HTzVRy ,◆Z1sKHpgSzY
○◆OkIOr5cb.o
>>3
×こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
○粉雪
>>8
×視線の端に捉えながら
○視界の端に捉えながら
>>32
ありがとう。でも俺の失敗が招いたことだから、これも勉強と思って恥を残しておく。
読みづらくなってしまったことは申し訳ない。
>>all
皆様、「粉雪」のフィルターチェックはもうお済みになりましたでしょうか。
sage sagaの重要性についてご理解いただいたところで、↓から続けさせていただきます。
36 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:10:23.57 ID:SFw0ZPMn0
+++++++
翌朝
本殿・最奥の間――
魔王にとって、朝餉を済ませた後はこの奥間へ来るのが日課となっている。
朝の光に照らされた御簾は、紅葉のような艶を放っていた。
だが、魔王の視線は御簾の奥―― 御簾よりも、なお美しい物を見据えている。
天使「……ぃゃ… ぃゃ…」ブルブル
魔王「よくもまあ、飽きもせずに怯えていられるものだな…クク」
近衛「……」
本来であれば、御簾の中に座するべきが魔王。
一段低くなった床で、御簾越しに他者を見ることなどあってはならない。
だが、崩した胡坐で片膝を立てて、頬杖などをつきながらくつろいでいる魔王は
それすらも愉快に感じているように思えた。
37 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:11:18.65 ID:SFw0ZPMn0
近衛「……その、若君。そろそろ奥殿にお渡りになりませぬか」
魔王「ふむ、今日は謁見の儀であったか」
近衛「族長達は既に、対屋に控えております」
魔王「……いや、もう少しこいつを眺めていたい。遅らせろ」
戸口近くで控える近衛に視線を向けることもなく、魔王は告げる。
だが、そんな横柄で傲慢な主君の態度にも、近衛は眉一つしかめることは無い。
それこそが、魔王だからだ。
近衛が彼に忠誠を誓った時から、魔王は何一つ変わってはいない。
近衛「恐れながら若君、本日は…」
だからこそ、近衛はただ自らの役目をまっとうせんと、言葉を続けたのだが――
38 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:12:02.24 ID:SFw0ZPMn0
魔王「…おい」
気がつくと、頭の中までも覗き込みそうな鋭い視線が向けられていた。
僅かに早まる鼓動を抑え、冷静を努める。
近衛「はい。……いかがなされましたか」
魔王「いい加減に、俺を『若君』と呼ぶのを止めろ」
近衛「――ッ」
魔王「先秋の戴冠で、俺は魔王に正式に就任している。これ以上その名で呼ぶようなら、不敬とみなすぞ」
近衛「……大変な失礼を致しました。お許しください…… 『魔王陛下』」
改めて座を整え、深々と辞儀を述べる近衛を見て
魔王はまた視線を御簾の奥へと向ける。
39 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:12:45.91 ID:SFw0ZPMn0
魔王「ああ、許そうとも。俺は今、非常に機嫌がいいからな」
近衛「……改めて、魔王陛下。本日の謁見の儀には、竜王殿もお召しになっていた筈。あまり彼女の機嫌を損ねるのは、厄介かと」
魔王「ちっ、あの口煩い老婆も居たのか……。止むをえまい、出るとしよう」スクッ
天使「……」ホッ
近衛は戸口を大きく開き、深く頭を下げて待った
だが、魔王が近づく気配はない。
視線をあげると、魔王は扇を口元に当て、なにやら思案する様子で立ち止まっていた。
魔王「………」
近衛「いかがなさいましたか」
魔王「……いや。やはり眺めていたいと思ってな」
近衛「魔王陛下、ですからそれは……」
言いながら、今日の謁見の儀で呼び出された者たちを脳内で確認する。
どの者も重要な部族や種族、その筆頭ばかり。いくら魔王とはいえ、あまり待たせておくのは得策ではない。
あとはどのような切り口でそれを言い出すかだが――
魔王「何、天使を連れて行けばいいのだ。問題あるまい」ニャ
天使「!?」ビクッ
40 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:13:43.97 ID:SFw0ZPMn0
近衛「魔王陛下!? そのような事をなさっては、大混乱になります!」
魔王「何、余興よ。ここまで天使を運んだ御車があったろう。あれから馬を放して、誰かに担がせればよい」
近衛「しかし!!!」
魔王「近衛、これは俺の勅令だ。まさか従わぬだなどと……?」
近衛「……っ!」
魔王「……」
いっそ強く睨み付けられでもしていたのなら、一言くらいは反論も出たかもしれない。
だが魔王の瞳は、無感情とも思えるほど冷静に近衛を捉えている。
逆らい間違うものならば、その場で確実に
『正しく冷酷な断罪をする』と、告げているのだ。
近衛「……かしこまり、ました…」
魔王「ふふ…我ながら良策だな。これで、いかなるときも… 傍においておけるだろう」
くつくつと嗤いながら、部屋を出て行く魔王。
足音の遠のくのを聞いた近衛の耳に、今度はしゃらしゃらと翼の揺れる音が聞こえてくる
天使「い、いや…… 行きたくない… 行きたく、ない…!!」
近衛「…………っ」
怯えて震え泣く天使。
無情にも、その姿はどこを取っても 美しく幻想的な姿に見えてしまっていた。
41 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:14:33.69 ID:SFw0ZPMn0
――――――――――――――――
正殿―
ザワザワ…
ザワザワ…
魔王「皆の者、待たせたな。ちと身支度に手間取った」
正殿の中央に設えられた御帳台へと歩み寄り、簾中へと入る魔王。
既に伺候に上がった者たちはそれぞれの居場所を定めてはいるが、落ち着きは無い。
それもそうだろう――
魔王よりも少しばかり先に運ばれてきた物は、彼らにとって不吉そのものだったのだから。
42 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:15:17.36 ID:SFw0ZPMn0
獣王「魔王サマ… 先ほド運ばれてきタ、こノ 御簾車ハ…」
魔王「うむ、これか。俺が寵愛している者だよ、皆にも紹介しようと思ってな…」ニヤ
天使「―――っ」ガクガク…ブルブル…
獣王「クンクン… 匂イ、しなイ」
魔王「ほう? 獣王の鼻にも届かないか。急造した結界だが、上手く機能しているようだ」
体躯だけならば魔王よりも数倍も大きい獅子の姿をした獣王。
彼は魔王のその愛しそうな口調を怪訝に思いながらも、御簾車の傍へと近づき嗅ぎ始めていた。
天使「―――ひっ」
獣王「……?」
嗅覚を頼りに敵を判断する獣王にとって、完全に無臭であるそれは「モノ」と代わらない。
従って、なんの危機感も恐れも持つことも無い。
だが、その他の者にとっては――
43 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:16:59.13 ID:SFw0ZPMn0
竜王「魔王殿!」ビタン!
魔王「……ちっ。犬猫を見習って、尾を振るのは機嫌のよい時だけにしてはどうだ。さすれば多少の可愛げもあろう」
竜王「ならば冗句を言うのも、機嫌のよい時だけにするのじゃな!」
魔王「鱗を立てるな。竜王ともあろう者が、何をそんなに荒らぶるのか」
竜王「〜〜〜〜っ」ワナワナ
亀姫「うふふ。大婆様、どうぞ御鎮まりくださいませな。それに、ほら。私達はまだ、魔王陛下にご挨拶もしておりませぬ」
牙を剝いて噛み付きそうな竜王をたしなめたのは、扇で顔を隠した一人の女性だった。
青漆に染め上げられた打ち掛けを引き着にしており、艶やかな印象は顔を覆っても隠しきれないほど。
だが、その声もまた、心なしか怒気を含んでいる。
44 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:42:41.94 ID:SFw0ZPMn0
魔王「亀姫」
亀姫「ご機嫌麗しゅう、魔王陛下。お召しによりまして参上仕りましてございまする」
亀姫と呼ばれた女性は悠然とした仕草で裾を払い、床に付して長々と訪問の挨拶を述べあげていく。
その背に負った亀甲のせいか、大きく広がった大振袖もまるで亀の手のように見えた。
魔王「相変わらずだな。慇懃無礼という言葉を知っているか」
亀姫「はい。それは“私”を意味する言葉で御座います」クス
魔王「クク… まこと、恐れ知らずな娘であることよ」
亀姫「ありあまる寿命をもてあましているが故の、サガですわ」
魔王「お前の寿命が長いのではなく、お前が周りの寿命を縮めているのではないだろうか」
亀姫「あら…。ならば魔王陛下が私の次に長命なのも頷けますわね。気位こそ同じなれば、女の身では殿方の豪胆さには敵いませんもの」クスクス
魔王「ああ。俺も、お前のおしゃべりには敵う気がしない」
亀姫「ふふ…。ですが今ばかりは、饒舌になっていただかなければ困りますわ」
45 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:43:14.46 ID:SFw0ZPMn0
亀姫はそう言うと、ゆたりとした仕草で扇を広げなおし顔を覆った。
それはいかにも淑女の貞節といった風情で、普通であれば見惚れる者すらいただろう。
だが、続けられた言葉はあまりにもはっきりとした抑揚と嫌悪感を持っていた。
亀姫「……その御簾の中の者…。“天使”、ですわね?」
扇は、忌々しきものから目を背けるためだったのだ。
獣王「天使!!」グルルル…
竜王「なんと!! 天使じゃと!? 道理で忌々しい筈じゃ!!」ビタン!!
亀姫「お聞かせくださいませ、魔王陛下……」
魔王「ふむ。年の功とは伊達ではないな、その通りだ」クク
46 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:43:47.85 ID:SFw0ZPMn0
亀姫「やはり…。何故このような事を」
魔王「先程言ったとおり、皆に紹介しようとおもってな」
竜王「なんということじゃ! 魔の領地、それも正殿に天使を運び込むですと!? 前代未聞ですぞ!」
魔王「結界によって聖気は封じ込めてある。この者、今は普通の魔物の女子供よりも弱く儚い。ただの愛玩動物と変わらぬよ」
獣王「魔王サマ。御簾車の中、見せていただきたイ。匂いしないト、よくわからなイ」
魔王「ああ、いいだろう。 ……近衛」
近衛「……は」
近衛が御簾へと歩み寄ると、獣王は静かにその場を退いた。
魔王の居る御帳台の傍へ寄り、警戒の姿勢で御簾車を見つめる。
近衛の挙動を誰しもが見つめていた。
張り詰めた空気のせいだろうか、近衛の手元は僅かに躊躇した後…ゆっくりと、御簾を上げた。
47 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:45:04.84 ID:SFw0ZPMn0
御簾が開かれたとき、天使の瞳には何がどう写ったのだろう。
それぞれの臣下たちの付き添いも含めれば、その数は数十にもなるであろう。
“人ならざらぬ者達”の特徴的な瞳。その視線のすべてが、一斉に天使を貫いていたのだから。
天使「や、いや… ま、魔物がこんなに・・・!」
近衛「……」
天使「いや、いやあああ!!!」
近衛「天使――」
天使「いや! いや!!! やめて、お願い! 私を出して! もう逃がしてくださいっっ!!」
近衛「――…っ」
48 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 01:58:35.11 ID:SFw0ZPMn0
半狂乱の様子で、結界の中で羽を散らせる天使。
魔王はスノーボールのようなそれに見惚れながらも、天使の声に耳を傾けていた。
魔王「ふふ。愛玩動物……というよりも。いまとなっては“哀願”動物にまで堕ちたようだ」
亀姫「その者を…… 一体、どうなさるおつもりなのです?」
獣王「危ないものなラ、見せしめテ、殺ス。命乞いハ、関係なイ」
魔王「この結界の中に閉じ込めておく限り、お前たちに危険は無い。そしてお前らも、こいつに手を出すことは出来まい…クク」
竜王「ええい、埒が明かぬ!! ならば魔王殿は、この天使をどうするおつもりなのじゃ!!!」
魔王「取り立てて、どうするつもりもない。愛でるほかは、そうだな――」
魔王「こいつが死ぬまでは、放さぬつもり… というくらいだな」ニヤリ
ゾクリ、と。
舐められたかのように走った寒気は、誰のものだったのか。
49 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 02:00:05.66 ID:SFw0ZPMn0
ザワザワ……
ザワザワ……
魔王「く、くくく。魔王直轄の族長ともあろう者たちが、雁首そろえてこんな小娘一人を恐れるとは」
竜王「魔王陛下は、天使の… 神族のイヤらしさをご存じないのじゃ…」
魔王「ほう。俺を無知と申すか」
魔王が眉をしかめたとき、それまで静観していた族長の一人が前に進み出た。
精霊王「恐れながら、陛下……」
魔王「おまえは… 精霊王……?」
50 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 02:03:00.06 ID:SFw0ZPMn0
精霊王と呼ばれたのは、エルフのような容姿をした中性的な人物だった。
否。実際に性別を持たないかもしれない。彼らの存在の詳細は、彼らにしか知りえない。
非常に閉鎖的な文化の中でのみ生きる部族なのだ。
そんな人物が公然の場で発言するのは、歴史上でも珍しいことだった。
魔王も思わず、彼が次に発する言葉を待つ。
精霊王「我々、精霊の一族は古来より 神と魔の狭間で生きる者」
精霊「万物を眺め、万物を汲み、万物を記しあげることを至上の役割とし、今代まで繋げて参りました」
精霊王「そしてその記録が、確かに語っていることが ひとつ御座います」
精霊王「歴史に名を残す大きな戦禍、災い、国や文化の崩御―― そのほぼ全ての原因が…」
精霊王「神族と魔族の 接触である、と」
シン……
51 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 02:03:57.20 ID:SFw0ZPMn0
魔王「……ふん。確かな記録などなくとも、それくらいは予想できる」
精霊王「………」ペコリ
竜王「魔王殿! ただ知ることと、その意味を理解することはわけが違うのですぞ!」
亀姫「魔王陛下。私も、これはあまりに無体な仕打ちに思えますわ。神族との接触など、あまりにも不用意で軽率…」
獣王「何か、起こるかも知れなイ…。何が起こるカ、わからなイ…?」
皆一様に、魔王を諌めるべく視線や言葉を投げかける。
そんな皆の様子をじっと見て、魔王は可笑しそうに嗤う。
そして、はっきりと告げた。
52 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 02:04:57.31 ID:SFw0ZPMn0
魔王「よいではないか…」
魔王「歴史に名を残す、戦禍とやらも」ニヤリ
亀姫「ま、魔王陛下はまさか… 神族に、戦争を…!?」
竜王「おお、おおおお…! なんと。なんということじゃ…」
獣王「魔王サマ、本気なのですカ?!」グルルル
魔王「ククク。本気も何も… 精霊王の言葉を聴いて、おもいつきで言っただけだ」
魔王「だが、悪くない…」
魔王「俺はこの娘のその儚さ、美貌、声音…… 多くをすっかり愛してしまってな」
魔王「日々、天に帰りたいと泣かれるのにも辟易していたところよ」
53 :
今日はここまで。あれ、あんま地文が減ってない…
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/22(火) 02:07:18.30 ID:SFw0ZPMn0
魔王はスクと立ち上がり、簾中から出て御簾車へと近づく。
青褪め言葉を失って、オロオロと戸惑う魔物達には目もくれない。
魔王「天使」
天使「…っ!」ビクッ
魔王「……お前の帰る場所。俺以外にはないと思え。そして近いうちにそれは…事実となる」
天使「あ… あ、ああ…」ガクン
天使「…そんな… そんな、私が…私が捕まったばかりに…っ」ブルブル…
魔王「ふふ… ははは、ははははははははははははは!!」
近衛「………」
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/23(水) 05:02:30.22 ID:uXBkoPRSO
続いていたんだ、乙
この先どうなるのかめっちゃ気になる
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/23(水) 07:00:36.26 ID:+ZZkk6D5o
見世物にされてしまったのか
更新乙、続き期待
56 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:12:11.44 ID:pVQvFyFt0
――――――――――――――――
深夜
本殿・最奥の間−
―――シュ。
暗闇の中、格子窓の滑らかに滑る気配。
僅かに戸が開けられたと気づいたのは、ほのかに入り込んだ月灯りの為だった。
天使「っ、だ、誰…!」
「シッ」
ゆっくりと近づく影の塊。
御簾越しに見えるそれに、天使は怯えながらも視線を離せない。
影は足音も立てず、部屋の隅に置かれた几帳の裏に入り込む。
そこでようやく一息ついたように、蜀台の灯心に火を点した。
57 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:13:12.47 ID:pVQvFyFt0
天使「あ… 近衛、様…」
近衛「天使殿…ご無事であらせられるか」
穏やかに微笑む近衛を見て、天使もまた安堵する。
御簾の傍まで近づき、嬉しそうに翼を一振りしてそれに応える。
天使「近衛様のお気遣い、有難く思っております」
近衛「……ですが今日は、申し訳ありませんでした」
天使「何を……?」
近衛「若君を……魔王陛下を、止められなかった」
俯き、硬く握り締めた拳が目に入る。
不甲斐なさを悔やむその姿は見ているだけで痛ましい。
58 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:13:42.42 ID:pVQvFyFt0
天使「近衛様の責ではありません…。どうかご自分をお責めにならないで」
近衛「いいえ…。いいえ、天使殿。こうなったのは全て、自分のせいです」
天使「……」
―――回想―――
一月ほど前
本殿中央・奥殿(魔王の社殿)
魔王「領内視察、だと?」
私室でくつろいでいた魔王は、不機嫌そうに問い返した。
近衛「は。若君におかれましては、戴冠の覚えも目出度き時期。自国の領地と民をしっかりと把握せよと、院よりお言葉を預かっております」
院。
それが表すものは先代魔王のことであり、魔王の実父でもある。
59 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:14:12.10 ID:pVQvFyFt0
魔王「ちっ。つまらぬ。下賎の弱き民を見て何を学ぶというのだ」
近衛「弱き者の、その弱さを。貧しき者の、その貧しさを」
魔王「ふん。お前はいつの間に父君に躾けられたのだ、近衛」
近衛「……そのような事は御座いません」
魔王「それで。お前は俺に、何処へいって何を見よと申すのだ」
近衛「若君がご覧になりたいものがあるならば、まずはそちらから」
魔王「無いな」
近衛「それでしたら、まずは清浄の森へ行かれてはいかがでしょう」
魔王「清浄の森だと?」
近衛「はい。魔国領内において、もっとも魔素の少ない土地。それゆえに問題者が逃げ込む事も非常に多い場所で御座います」
60 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:15:11.18 ID:pVQvFyFt0
魔王「なるほど、魔の世界に溶け込めぬ者共が隠れ住むには、うってつけというわけだな?」
近衛「はい。今後、どのような事があるかわかりませぬ故、是非一度ご視察を…」
魔王「成程、記憶には留めおこう。だが見に行く程に興味は無い」
近衛「ご興味、ですか」
魔王「くくく、いっそ色町のほうが余程面白そうではないか。それに…」
近衛「……?」
魔王「それに、そこはつまり 魔国におけるスラムのような場所。魔素を正とし、浄気を誤とするこの魔国において、そこほど穢れた場所はあるまい」
近衛「その通りでございます。ですが――」
魔王「俺が何故、そんな場所へ出向かねばならぬ」
魔王にとって、それは断るに充分すぎる理由であった。
高貴であることも魔王として必要な資質。穢れに触れるなど、もってのほか。
61 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:15:58.52 ID:pVQvFyFt0
しかしながら、近衛は説得を諦めるわけにはいかなかった。
院より賜った、良き近衛としての在り方。
魔王を魔王として育てるのもまた、その任なのだと忠言を授かったばかりなのだ。
近衛「―――……」
院『“王に穢れあるべからず”。邸内に出入りするものならば誰しもが一番に聴く言葉だろう』
近衛『はい。自分も一番に習いました』
院『穢す者などあってはならない。穢す物など近づけてはならない。臣下ならばこれを心がけよ』
近衛『は。正しく努めさせて頂きたく…』
院『だがお前は、臣下であって臣下ではないのだろう?』
近衛『……?』
62 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:16:30.86 ID:pVQvFyFt0
院『東の近衛。お前の仕事は側近えであり、教育係でもある』
近衛『畏れ多くも、自分に若君の教育などは役者不足も極まれし事…』
院『なに、教え諭すばかりが教育ではない。私は未だお前を好いてはおらぬが、適任だとは思っている』
近衛『……自分が… 適任…?』
院『うむ』
院『あの魔王は自尊心と我儘ばかりが強い。平穏の中で育ち、飢餓を知らぬ。穢されないがゆえに穢れないなど、どこぞの姫君と代わらぬよ』
院『王に必要なのは、“穢れに触れても穢れない強さ”である』
近衛『王に穢れあるべからず…。王自身の為の戒言であらせられましたか…』
63 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:16:58.82 ID:pVQvFyFt0
院『東の近衛。お前は魔王に歯向かい、逆らい、乱し、穢すべき者だ』
近衛『!!! 何をおっしゃるのです、院! 自分は若君にそのような事…!」
院『お前などに穢されぬ強さこそが、魔王に必要なのだ。それとも、お前ならば本当にあれを穢し殺せてしまうか?』
近衛『っ! そのような事…!』
院『やはりお前に適任だよ、東の近衛――……』
近衛「………」
魔王「おい」
近衛「!」ハッ
64 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:17:39.37 ID:pVQvFyFt0
魔王「なにを呆けている? 用が済んだなら下がれ、近衛」
近衛「これは申し訳ありません、魔王陛下。少々思い出した事がありまして…」
魔王「思い出したことだと?」
院からの忠言をそのまま伝えるわけにはいかず
姿勢を正すふりをして時間を稼ぐ。
思い出した言葉のおかげで、今の自分のなすべき事が間違いではないと確信できた。
清浄の森への視察。
そんなものを勧められるのは、確かに自分しかいない。
胸に引っかかるものもあったが、それが魔王の為に必要だというのならば厭わない。
近衛(清浄の森か…。何か若君の興味をそそるようなものがあれば。あそこは、確か…)
ふと下男たちの間で騒がれていた噂話を思い出し、利用する手を思いついた。
近衛は軽く咳払いして、焦れた様子の魔王に進言する。
65 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:18:10.40 ID:pVQvFyFt0
近衛「清浄の森といえば、先日『天空より梯子の降りたるを見た』という報告があがっております」
魔王「梯子だと? 何のことだ」
近衛「おそらく、光の射さぬこの領地で、なんらかの天候異常により光が射したものかと」
魔王「ふん。たかだか光が射し込んだくらいで、大げさな」
近衛「ですが、その光の射した位置というのが清浄の森の方角。天よりの光は、森の植物に影響を与えると…まことしやかに囁かれておるのです」
魔王「ほう? 影響とはどのようなものだ」
近衛「光を浴びた植物は、魔素ではなく浄気を吐くようになる、と…。そして浄気を吸った植物もまた、浄気を…」
魔王「俺の領地内で、浄気を吐く植物が大量に発生すると?」
近衛「はい。もしもこれが真実なれば、重大な汚染の可能性が。確認の必要があるかと思われます」
魔王「…ちっ。そんなものがあってたまるか。仕方あるまい、仕度を整えろ」
近衛「ははっ」
66 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:19:25.99 ID:pVQvFyFt0
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
―――清浄の森
元はといえば魔王が面倒くさがったのが大きな理由ではあるが、
それでも仰々しい隊列は組まずに視察へ来たのは正解だった。
騎馬で草木を踏み分けて進んではいるが、苔生した土のあちらこちらに倒木が転がっている。荷運びの従者ですら邪魔になるからと、森を少し入ったところで待たせている。
魔王「“清浄の森”とはよく言ったものだな。鬱蒼としていて、まるきり迷い路だ」
近衛「ですが本当に、魔素が薄い場所です。っと……」
67 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:20:00.36 ID:pVQvFyFt0
近衛「若君、あちらに開けた場所がありそうです。少し、馬を休めましょう」
魔王「開けた場所……? ほう。これは、不自然な」
近衛「不自然でしょうか?」
魔王「相変わらず愚鈍だな、近衛。…太刀を抜け、そちらは妙な気配があるぞ」
近衛「!?」
魔王はそういうやいなや、するりと馬を降りた。
近衛もそれに倣い、腰元の太刀を引き抜きながら奥へと歩んでいく。
敵襲に備えて警戒した近衛だったが――
天使「……」グッタリ
魔王「……これ、は…?」
近衛「なっ!? まさか…!?」
そこに居たのは、天使だった。
68 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:20:36.43 ID:pVQvFyFt0
魔王「は、はは…… なんてことだ。魔王の領地で、天使がうたたねをしておる」
近衛「まさか…! 天空からの梯子は、本当に『天使の梯子』だったとでも…!?」
天使「ん……う」グタリ…
魔王「ほう? 生きているか」
近衛「! 若君、危険です! 天使の持つ浄気は、魔素を源とするその御身には強すぎます! これでは自分も……」
魔王「ふん…。では、こうしてしまえばよいだろう」
チャキッ、シュパ。
刀を指先に滑らせ、その刀身に僅かな血を乗せる。
魔王がその刀を真一文字に振り切ると、血は意思を持ったかのように五角を描き飛散した。
僅かに光ったその瞬間、天使の周囲に“薄い膜”が張られるのを視認する。
69 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:21:35.93 ID:pVQvFyFt0
魔王「簡易結界だ。術法の類を忌避するものだが、浄気のそれも防ぐだろう。……お前も少しは楽になっただろう?」
近衛「あ、ありがとうござい…
天使「ん。あ……」ユラ… パサッ
近衛「! 目覚めた!?」
魔王「ふむ。結界によって、こいつも魔素の苦しみから解放されたか」
天使「……? あれ… 私…?」シャラン
70 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:22:22.67 ID:pVQvFyFt0
近衛「……真白の…翼…」
魔王「ほう! これは…」
天使「………ここは…?」キョロ
魔王「なんと美しく…稀有な生き物よ」
魔王「気に入った。俺が、飼おう」
――回想終了――
71 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:22:59.11 ID:pVQvFyFt0
天使「……近衛様?」
近衛「あの時…どうしてもっと必死に、若君を止められなかったのか」
天使「近衛様は… 近衛として、その任を全うしたまでですから」
あの後、結界内に閉じ込められた天使は暴れに暴れた。
当初に急造した結界は“触れると痛みを伴う”形のもので、
悲鳴を上げながら暴れもがく天使を、魔王は愉快そうに見ていた。
だがしばらくすると、結界に罅が入ってしまった。
結界内の浄気と、結界自体の魔素が拮抗したところに物理的に強く触れたせいだろう。
急激に漏れ出した浄気に、近衛は意識が朦朧とするのを感じ、直感的に駆けだした。
そして結界が割れると同時に――
鞘で天使を打ち付け、昏倒させたのだった。
72 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:23:29.77 ID:pVQvFyFt0
近衛「あの時、漏れ出した浄気に焦り、自分は冷静さを失ったのだと思います」
天使「…主君を守るために、身を挺して前に立ったのです。それのどこに落ち度がございましょう」
近衛「天使殿は、悪意も害意も持ちあわせていなかった。それなのに、一方的に手を上げたのは代わりません」
天使「……私も、暴れすぎましたから。ああなっては、もう既に仕方なかったのでしょう…」
天使を打ち倒した後、近衛もまた失神していた。
気がつけば自室で寝ており、あの後、魔王がどのようにして自分たちを魔王殿まで運び入れたのかさえ定かではない。
目が覚めた近衛に知ることが出来たものは
新調された大きな御簾に覆われた、天使の『檻』の存在だけだったのだ。
近衛「……」
天使「……? 近衛様…?」
73 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:25:19.97 ID:pVQvFyFt0
近衛「必ず、若君を説得してみせる。天使殿を解放するよう説得してみせまするゆえ… もうしばしのご辛抱を…!」
天使「………」
天使「はい、近衛様…… ありがとうございます…!」ニコ
御簾をあげることは叶わない。
この御簾にも結界がかけられており、二重に天使を封じているのだ。
それにこれは、夜間に濃さを増す魔素から天使を守るためにも必要な物だったから――
近衛「天使殿…」
天使「…はい」
御簾越しに交わされる、言葉
薄いシルエットのような、天使の姿
影だけでも分かる、大きな白い翼……
森の中で見たあの美しいものは、確かにこの中にしまわれている。
皮膜のような結界ですら、彼女の本来の美しさを濁しているように思えてならなかった。
74 :
◆OkIOr5cb.o
[saga]:2015/09/26(土) 03:25:47.30 ID:pVQvFyFt0
愛らしい声音
庇護欲を誘う、儚げな生命
近衛(……自分以外に…彼女を助けてくれる者はいない)
美しい正義感が、無謀なまでに 近衛を後押ししていた。
自室に戻っても冷めることのない、高揚にも似た強い想い。
近衛「この身は、若君に忠誠を誓った身。だが、やはり……自分は…!! クソッ!!!」
目を閉じると、暗闇の中に天使の泣き濡れた姿が浮かんでしまい
その晩は、眠ることもままならなかった。
75 :
◆OkIOr5cb.o
[sage saga]:2015/09/26(土) 03:28:30.80 ID:pVQvFyFt0
今日はここまでにしておきます。
和製魔王って、知識的に書いててキツイものがありました。ご容赦ください。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/26(土) 04:17:26.15 ID:UvuU/XwSO
乙。魔王のとーちゃん生きてるのか
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/09/26(土) 09:32:31.10 ID:HX5lxOPWo
良きに計らえ
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