【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」

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500 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/10(水) 22:13:02.66 ID:fzbACKzZO

仮に、現在稼働している"神機兵"も同一の体制だとすると、なぜジュリウスは降りざるを得なかったのか。
"神機兵"が教導を必要としなくなること自体は、ジュリウスも望むところだっただろう。
それこそが無人制御式"神機兵"の到達点の一つであり、そのために彼も調整に心血を注いでいたのだから。

だけど実態は、理想からは程遠い代物だった。
動作自体はジュリウスを踏襲出来ていても、それを的確に使い分けられていたとは言い難い。
少なくとも、ジュリウス本人ならまず納得しない程度の習熟度だ。

それでもジュリウスが手を出せなくなった理由として考えられる要因は、やはり彼を蝕んでいる奇病だろう。
私と同じように重症化が進んでいるのだとすれば、教導さえままならなくなったとしてもおかしくはない。
一連の騒動の中、フライアとしての声明はあっても、ジュリウス自身は一切表に出てこないこの状況も、その裏付けのように思えた。

けれど、まだ不自然な点は残っている。
ジュリウスが動けない状況にあるのなら。
志半ばで、諦めなければならない程だというのなら。

"……察しが早くて助かる"

……あの声は、何?
501 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/10(水) 22:13:57.20 ID:fzbACKzZO
ここまで
過疎スレも折り返し
502 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/21(日) 23:27:49.63 ID:EIMMUKx9O


 今日何度目かわからない、大剣の横薙ぎを躱す。
風圧に戦ぎ、足元で擦れる雑草を尻目に、私は前方に踏み込んだ。
返す刀で放たれた突きとすれ違い、敵の股下を潜り抜けたところで、ブレーキ代わりに突き出した片脚が身体を跳躍させる。
捻った胴体から繰り出される、既に展開を終えていた槍型神機の穂先は、巨体が振り向く暇も与えず、その背部を貫いた。

『――反応の消失を確認。残り一体です』

広大な庭園を中心に形成された、都市の亡骸。
この付近に位置する"サテライト拠点"への侵入を防ぐため、私は暴走した"神機兵"の処理にあたっていた。

突き刺した神機を引き抜き、姿勢をぐらつかせた敵の背後に着地する。
圧し掛かる重圧に、立ち上がった後も身体が慣れない。

アラガミ化した"神機兵"の発生頻度は未だ小規模ながら、衰えを見せなかった。
そのために神機使いも連戦を強いられ、少しずつ疲労の色を見せ始めている。
ただでさえ万全な調子とは言えない私の身体は、早くも悲鳴を上げていた。

既に、接地の感覚も遠い。
それでも、まだ何とか平常を装える範囲だ。

「っ……」

不意に内臓を締め上げ、駆け登ってくるこれを除けば。
503 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/21(日) 23:30:24.97 ID:EIMMUKx9O

『先輩、そっち行ったよ!』

同行していたエリナから通信が入る。
視界の範囲にいる彼女の方へ視線をやれば、今回最後とされる標的が、猛然とこちらに迫ってきていた。
"神機兵"を追いかける形で、駆け寄ってくるエリナの姿も見える。
最悪だ。
気づけなかったことはともかく、こればかりは、誤魔化しようもない。

返答の言葉も出せないまま、私は敵の方へ駆け出した。
既に相手はこちらの射程に入っていたけど、あえて銃形態には移行しない。

逆に向こうの間合いにまで入り込んだ私は、神機の穂先を敵の脚部に叩きつけた。
掬われた足を素早く後ろに引き、地に張らせた"神機兵"は、黄色く濁った眼で私を睨み付ける。
その姿勢のまま、お返しとばかりに繰り出された強烈な斬り上げは、盾として構えられていた私の神機をいとも簡単に弾いてみせた。

もしくは、私がそう見せかけた。
上方に神機ごと放られた右腕はあえて引き戻さず、体勢を崩したまま、次の手を待ち構える。
直後の出来事を思うと、流石に気分も落ち込んだ。
504 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/21(日) 23:33:53.97 ID:EIMMUKx9O

隙を見逃さず、敵が前方に体重を乗せる。
自然と、眉間に皺が寄った。
こちらとしても、とうに我慢は難しくなっている。

だけど。
だけれど、これは、どうしたって。



「ぐぶ……ぅっ」

痛い。

飛び出た相手の爪先が、腹部に突き刺さる。
身体を一気に浮かせるほどの外圧に、私はあっさりと限界まで追い込まれた。

「うぐ、ぶぇっ……!」

たまらず振った神機が、空を切る。
爪先から離れ、少しの滞空時間を彷徨った私は、血を撒きながら地表に叩きつけられた。

『先輩!?このっ――』

一部始終を見たエリナの憤りが、不自然に止まる。
追撃のために一歩踏み出したはずの標的が、そこからぴたりと動かなくなった、その違和感からだろう。

背後に増えた痛みに呻きながら、薄目を開ける。
ちょうど、目の前の"神機兵"の身体と、首から上のズレが目に見えて大きくなってきたところだった。

どうせ打たれるならと、その直後に放った"ブラッドアーツ"のカウンターが上手く当たってくれたらしい。
505 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/21(日) 23:42:37.69 ID:EIMMUKx9O

完全な分離を果たし、双方倒れ伏した敵を追い越したエリナが、そのまま私の方へ駆け寄ってくる。

「大丈夫!?」

「……うん、何とか」

軽く咳き込みながらも、彼女が触れる前に自力で立ち上がってみせる。

「かっこ悪いとこ見せちゃったね……今の内に回収も済ませちゃおうか」

「でも、傷……」

差し出すつもりだった手を泳がせながら、エリナは尚も気遣ってくれていた。

「これぐらいならすぐ治るよ」

実際、"黒蜘蛛病"が体内のオラクル細胞を活性化させている影響で、私の治癒能力は飛躍的に高まっている。
内部はともかく、あくまで外傷を誤魔化す分にはありがたかった。

「……本当に?」

「本当に」

「ふーん……」

それでも彼女に生まれた疑念からは、しばらく逃げられそうにないけど。
506 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/21(日) 23:43:05.78 ID:EIMMUKx9O
ここまで
507 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/25(木) 02:08:44.06 ID:QU6yr3HsO
>>505
"くろくもびょう"とはいったい…
ちょっとした訂正だけしときます
508 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/25(木) 02:41:07.86 ID:QU6yr3HsO

意志の持ちようでは、こうして凝固させたオラクルエネルギーを、神機から切り離して扱う戦法も可能ということだ。
咄嗟に狙いも付け難いし、基本的には中距離程度しか維持できない代物だけど。

既に斃れた敵を追い越したエリナが、そのまま私の方へ駆け寄ってくる。

「大丈夫!?」

「……うん、何とか」

軽く咳き込みながらも、彼女が触れる事も見越して、事前に立ち上がっておく。

「かっこ悪いとこ見せちゃったね……今の内に回収も済ませちゃおうか」

「でも、傷……」

差し出すつもりだった手を泳がせながら、エリナは尚も気遣ってくれていた。

「これぐらいなら、すぐ治るよ」

笑みを見せつつ、コア回収に向かう体で彼女の側を通り過ぎる。

実際、"黒蛛病"が体内のオラクル細胞を活性化させている影響で、それに伴う治癒能力もまた、飛躍的に高められていた。
内の消耗はどうしようもないけど、あくまで外傷を誤魔化す分にはありがたい。

「……本当に?」

「本当に」

「ふーん……」

それでも彼女に生まれた疑念を振り払うには、しばらく時間がかかりそうだったけど。
509 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/04(日) 02:07:47.94 ID:jCDF+UIBO


「――本当にびっくりしたんだからね、こっちも」
「いくら疲れてるからって、ちょっと油断しすぎなんじゃない?」

「ごめん……今日は随分と手厳しいね、エリナ」

任務に参加していた他のメンバーとも別れ、"アナグラ"のロビーに戻った後も、エリナの追及は続いていた。
彼女は私の立ち回りがよほど気に食わなかったようで、

「だってさっきの先輩、それぐらいおかしかったんだもん!」
「いつもなら間合いもちゃんと測ってるし、あのまま何も考えずに突っ込むなんて……」

「買い被り過ぎ。今回は本当に、焦って飛び込んじゃっただけだから」

「それが怪しいのよ!」

「怪しいも何も、これ以外に言いようがないんだけどな……」

この手の問いを投げかけては、私にはぐらかされ続けている。

「それに比べると……エリナ、最近は任務中の被弾もかなり減ってきたよね」

「……見栄張る前に守りを固めなさいって、先輩に教えられてきたから」


510 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/04(日) 02:09:47.05 ID:jCDF+UIBO

「そんなきつい言い方はしてないと思うんだけど……まあ、最初からそこまで経験に差があったわけじゃないし」
「今日でエリナにも追い越されちゃったかな」

「本当にそう思ってるならもっと悔しがってよね、まったく……」

それも漸く半眼で睨みつける程度に収まってくれて、何とか話題を逸らすことに成功した。

「というか、話逸らさないでよ」

というわけもなく。

「大体さ、血を吐くような怪我して無事で済んでるわけないじゃない!」

「ちゃんと後で診てもらうから」

「そういうこと言ってるんじゃなくて……はぁ」
「もうそれでいいわ……こっちが疲れてきちゃう」

結局、不貞腐れたエリナが折れる形で、ひとまずは逃げ切れた。
……元々大したこともしていないとはいえ、ますます私の立場が無くなってきているような。


511 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/15(木) 00:26:22.78 ID:VHdU/oubO

こうして尾を引くような悪手を取ったのは、今回が初めてではなかった。
前提として、人前で血を吐いても怪しまれない状況なんてそうそう無い、というのもある。
だからと言って、掴まれるまで尻尾を振り続けているわけにもいかない。
この板挟みもまた、私を徐々に消耗させる一因になっていた。

「……それで、さっきの話なんだけど」

「……ああ、ナナさんだっけ」

ただ、私も終始猿芝居に興じていたわけではない。
エリナの本格的な詰問が始まる直前、私が彼女にそれとなく尋ねたのは、ここ最近のナナの動向についてだ。
それを早々に受け流された経緯もあるので、エリナに覚えられているかどうか、少し不安だったけど。

「私も任務以外はあんまり見かけてない。最近はラウンジにも顔出さなくなっちゃったしね」

暴走した"神機兵"が観測されるようになってから、私達がそれぞれの部隊で活動する機会は一気に減った。
"神機兵"だけならまだしも、それに呼応するかのように、極東地域のアラガミが積極性を増しているからだ。
512 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/15(木) 00:30:16.21 ID:VHdU/oubO

単に運が悪いだけなのか、意図的に引き起こされたものなのか、はっきりとはしていない。
いずれにせよ急激な攻勢に対し、私達は特に規則性もないまま駆り出され続けている。

フライアの事もあり、"ブラッド"には何度かメール連絡はとっているものの、その際の反応がいまいち芳しくないのがナナだった。
普段ならいの一番に返ってくる近況報告は3人中最下位にまで落ち込み、
やや脱線した話題で飾り立てられがちだった文面も、最低限の返事が載るのみの素っ気ないものになっている。

この類の無頓着さはギルもいい勝負だけど、問題はそれを手掛けたのがナナであるという点だ。
あからさまな変化を見逃せるわけもなく、直に顔を合わせようと動き始めてはみたものの、彼女は中々捕まらない。
会いたいと連絡しても返事はないし、任務で同行した神機使い達への聞き込みも、現時点で得られる成果は乏しかった。
それどころか、普段のナナが愛用していたラウンジですら、目撃報告が殆どないという不安要素まで増えている。

「ここで誰にも見つからない場所って、それこそ自分の部屋ぐらいじゃない?」
「まさかまだ見に行ってない……なんてことはないよね、流石に」

「……寝床には使ってるだろうけど、基本は空けっぱなしかな」

「……うーん」
513 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/23(金) 00:37:43.05 ID:QNuQC3ofO

居住区の方に通っている可能性もあるけど、いつここに呼び出されるかもわからない現況では、それも少し考えにくい。
特に手がかりもないまま、傍らで小首を傾げ、唸るエリナに視線を向ける。
既に幾戦か終え、何もなければそこそこ休めるはずの私とは違い、先の任務から参加した彼女には次が待っていた。

「まあ、今の時間なら戻ってるかもしれないし……もう少し探してみるよ」
「……エリナ、時間は大丈夫?」

「え?あー……まだちょっとは余裕あるかな」

「じゃあ、私はここで。ごめんね、引き止めちゃって」

「あ、うん……じゃあ……」

喋り終わった今になって疲労が回ったのか、少し気の抜けた様子のエリナを背に、まずは“ブラッド”の区画へ――

「ひっ!?」

――向かう前に、私に迫る気配の方へと振り向く。
焦燥の中で捉えたのは、つい先ほど別れたはずの、エリナの姿だった。
514 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/06/23(金) 00:39:44.54 ID:QNuQC3ofO

「……さ、さっきぶりだね、先輩」

辛うじて答えてみせた彼女は、私以上に動揺を表出させている。
気取られない内に警戒を解き、私はエリナを手助けすることにした。

「……ちょうど、エリナがまだ話し足りないんじゃないかって思ってたところ」

「そ、そう……」

まだ疎らながら、往来のあるような場所で話し込むのは避けたい。
相手も暇ではないことだし、すぐ近くの壁が私の背になるよう、彼女を誘う。

「……あの、さ」

その間にエリナも落ち着いたのか、少しの逡巡を経て、漸く話を切り出した。

「先輩、やっぱり何か隠してない?」

彼女は、私への追及を諦めてはいなかった。
予想通り、と言えば聞こえはいいけど、その実、特に対策は考えついていない。

「気にし過ぎなだけかもしれないけど、どうしても引っかかっちゃって」
「……人を避けてるの、ナナさんだけじゃないよね」

自分の時間も捧げてでも引き止めたからには、既に確信めいたものが、エリナの中で渦巻いているのだろう。
私の真贋を見定めようと、見上げる瞳が入り込んでくる。

「気のせいなら、それでもいいから……何か、言って」

耳障りのいい嘘で丸め込もうと楽観的に思えるほど、彼女とは浅い関係でもない。
纏わりつく懇願と不安に押されて、私は口を開いた。

「……あるよ、隠し事」
515 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/07/19(水) 23:51:57.42 ID:gYu/n8WbO

結ばれたエリナの口元が、引きを強める。
両拳は胸の前で握りしめられ、やや前傾の姿勢から放たれる眼光は鈍らない。

「そんなに身構えなくてもいいんじゃない……?」

どんな大物でも受け止めてやる、とでも言いたげな彼女の気概が妙に大袈裟なものに思えて、真顔が少し崩れた。
僅かにでも気の休まる状況に身を置けたせいか、頭も緩んでしまっているらしい。

「いいから……!」

戒めの如く、こめかみの奥がきりりと締めつけられる。
新しい症状だろうか。
ともかく、仕切り直しだ。
傷んだ喉を咳払いで和らげ、より鋭く私を見据えるエリナの方へと向き直る。

「私が隠しておきたかったのは、もっと単純な事でね」
「……不安、なんだ」

少し下がる彼女の両手が、視界に入った。

516 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/07/19(水) 23:53:47.76 ID:gYu/n8WbO

「身内のクーデター、山積みの問題、具体的な解決法もわからない」
「人を避けてる……というか、余裕はなくなっちゃってるかもね」

嘘で騙す必要はない。
シエルでさえ、あの段階では私の容態を予想もしていなかった。
伝えなければならないのは、エリナが知る私の秘め事だ。
全てではなくとも、これも私の本音には違いない。

「……そう、なんだ」

対する彼女は、すっかり肩の力が抜けてしまっていた。
身近な悩みに、かえって呆気に取られているといった風情だ。
もっと取り返しのつかないような規模を覚悟されていたのか、叱りつけられた前科があるだけに、少し複雑な気分だけど。
その実、かなり近いところではある。

「まあ、それはそれで……先輩の口からは聞きたくなかったかも」
「……だから言えなかった、とか?」

すぐに気を取り直したエリナへ、首肯を返した。

フライアを相手取る以上、それに通じていた"ブラッド"にも、当然視線は集まる。
純粋な期待ではなく、停滞と閉塞の色濃い現状を打破する委任先として、私達は徐々に足場を狭められつつあった。
誰しもがそんな感情を持っているわけではないし、それを悪と断じるつもりもない。
けれど、おいそれと弱音を吐けない立場にあるのは確かだった。
517 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/08/18(金) 23:39:55.39 ID:/vmRGLB1O

「……だよね、ごめん」
「何か力になれるかも……って、余計なお世話だった」

無力そうに俯く彼女の内心を大きく占めているのは、折り合いをつけられない自身の感情への憂慮だろうか。
私が口にした不安は、何も己のみが抱えている問題というわけではない。
現況に置かれた者ならば、影響の大小に関わらず、気を揉んでいる事柄であるはずだった。

「そんなことないよ、エリナ」

とはいえ、これは私が蒔いた種だ。
伝播させたままにはしておけない。

少し腰を落として、エリナに笑いかける。

「……こっちこそ、不安にさせてごめんね」

下りた目線は、顔を上げた彼女のそれに、ぴたりと一致した。

「でも、こうやって話を聞いてもらって、少しは楽になれたし……エリナがしてくれたことは間違いじゃないよ」
「少なくとも、私にとってはね」

"ブラッド"の一挙手一投足が、"アナグラ"に注視されている。
見方によれば、それは私達の行動次第で、今後の士気にある程度の影響を与えられる、ということだ。
518 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/08/22(火) 00:29:51.96 ID:wa85cL3gO

「それにね、私……迷ってはいないから」

私を見つめる失意に、動きがあった。

「自分のしたいこと、やらなきゃいけないことはわかってるつもりだし、それを諦めるつもりもない」

折れなければいい。
私達が、私が、それを守ってさえいれば。
晴らすことは出来なくとも、エリナ達をつなぎ止めておくぐらいは可能なはずだ。

「……それでも不安な時は不安だし、また零しちゃうかもしれないけどね」

完璧に振る舞う必要はない。
と、私が決めていい事でもないかもしれないけど。
既に無理を決めた身一つで持ち切れるほど器用でないことも、学習はしているつもりだった。

現に、この後エリナがどう応えるか、少し怖がっている自分がいる。

「……うん……まだ、ちょっと整理できてない、けど」

私が言い終わるまでの間に、視線を外していた彼女が、声を上げた。

「先輩がそう言うなら、こっちからはもう聞かない」
「……というか、ダメだよね。あれだけ偉そうに特別扱いが嫌って言っといて、いざって時は"ブラッド"頼りなんてさ」
519 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/08/22(火) 00:33:10.88 ID:wa85cL3gO

「……ううん、――」

「いや、ダメね!先輩に言われるまでもなく!!」

威圧で帰ってきた視線に、なけなしの援助が吹き飛ばされる。
けれど、これはこれで慣れたものだった。

「だから、力になりたい、じゃなくて、なる!」
「私はもう、最っ高にかっこ悪い先輩も見ちゃってるんだから、何でも言ってきて!」

「エリナ……」

……痛い所を突いてくるのも、まあ、いつも通りだ。

「ありがとう……時間は?」

「うん……えっ?あっ……!」

挨拶をする間もなく、駆けて行った彼女を見送る。
あの調子なら、もう心配はいらないだろう。
さてと次はと一歩踏み出せば、先ほどまで後回しにしていた痛みと嫌悪感が滑り込んできた。
520 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/08/22(火) 00:34:14.97 ID:wa85cL3gO

まだ、腰を落ち着けるには早い。
引っ掻き回された身体と意識を引き戻し、周囲に気取られないよう、歩を進めていく。

雪崩れ込む一瞬に呑まれなければ、思考もままならなくなるということはほぼない。
徐々に思案を広げて、頭に巣食った悪感情を追いやっていく。

結局、ナナがどこにいるのかわからず仕舞いだった。
しかしながら、彼女が調子を崩している理由をある程度察することはできる。
突けるとすれば、そこからだ。

キーワードを紐付けて、今一度回顧する。
聞き込みで多少は絞り込めたものから、取り留めのない話まで、並び立てて順繰りに――


"ここで誰にも見つからない場所って、それこそ自分の部屋ぐらいじゃない?"


――一周しかかったところで、網にかかるものがあった。
つくづく私は、自慢の後輩に助けられている。
521 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/08/22(火) 00:35:09.82 ID:wa85cL3gO
少しキリのいいところで
もう2年なんですね…
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/01(金) 08:10:05.54 ID:mECjIJ7X0
おつおつ
毎回更新楽しみにしてるから頑張ってくれ
523 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/09/08(金) 00:55:47.48 ID:MKc7Tba+O
>>522
こんな死に体スレにありがたい…
もうこの投下ペースはどうしようもないけど、オチまでは決めてあるので気長に待っていただきたい
524 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/09/08(金) 00:57:14.80 ID:MKc7Tba+O


 薄暗闇に潜む、影があった。
それは私の部屋から、さほど時間もかからない場所にいて。
開いた扉から挿し込まれる光にも、僅かに身じろぎするのみだった。

「……探したよ」

発した声と共に明りを点ければ、振り向いた影が形を持つ。

「えーっと……それはどうも?」

困り笑いで私を迎えたナナは、室内のベッドに腰掛けていた。
ここは本来、彼女どころか、誰のための空間でもない。
嘗てはジュリウスが暮らしていた、ブラッド区画の空き部屋だった。
525 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/10/10(火) 07:17:27.93 ID:IpBGZWjRO

「……別に、隠れてたわけじゃないんだ」

ナナが視線を落とし、呟くように言葉を漏らす。

そもそもの配置からして、よほどの理由がなければここまで立ち入る者はいない。
この区画を主に使っている私にとっても、盲点だった。

「でも、ここに来れば、何かわかるかもって……」

何もないからだ。
ジュリウスが"アナグラ"を去る時点で、彼はその痕跡を消しにかかっていた。
現にこの部屋だって、ベッドに衣装棚といった、備え付けのものしか残されてない。
クーデターが起こった際も、名目上の捜索はあったようだけど、これといった成果は聞かなかった。

「……ジュリウスのこと、まだ怒ってる?」

それでもナナは、ここにいる。
その真意までは把握できなくとも、彼女がジュリウスに纏わる何かを求めて訪れたことに違いはないだろう。
私がそう推測し、助力を得た上でナナの居場所を導き出せたのは、彼の行為に痛憤する彼女の姿を見ていたから。
526 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/10/26(木) 07:17:46.30 ID:Wq6n4tJTO

そう、思っていたんだけど。

「……逆に聞きたいんだけど、怒ってないと思う?」

どこか呆けていたナナの言葉に、意志が宿る。

「思わない」

「……じゃあ、そんなこと聞かないでよ」

ナナにしては、随分と冷めた調子の言葉。
ただ、そんな彼女の様子を目にしたことで、少し考えが変わった。
なるほど、確認を取るまでもない事柄なのは確かではある。

「でも、それだけじゃないよね」

その感情が、怒りに限ったものなのであれば、だけど。
少し間を開けた後、同じ調子で言葉が返ってきた。

「……例えば?」

「さあ……実際何を考えてるかなんて、本人にしかわからないし」
「ただ、怒っているだけなら……ここには来てないかな、と思って」

思い違いをしていた、らしい。
もしナナが憤りを維持し続けていたとして、この場所を気にかける必要はあるだろうか。
何もないとわかりきった部屋で当たり散らすこともなく、私が彼女の捜索を決意する程度の時間を、静かに過ごしただけで済むものだろうか。

「そういうもの、なのかな」

「……私が思う分には」

「じゃあ、そういうものなんだろうね」

あえて赴くことで、怒りを保つ方法もあるにあるだろうけど。
他人事のように私の問いをいなすナナを見る限りでは、それも考え難いように感じた。
527 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/11/24(金) 00:22:25.23 ID:ad+Cylr0O

「……質問を変えるね」
「ナナはこの部屋に来て、何がわかると思ったの?」

ジュリウスに纏わる事柄。
それは何も、彼本人に対するものだけじゃない。

「……色々あったはずだけど、なんだろ」
「わかんない。……うん、わかんないや」

得心がいったのか、ナナの声音が一段上がる。

「ジュリウスがここから出て行っちゃって、またここに来た時はちょっと冷たくなってて」
「でも、やっぱり根っこはジュリウスなんだって安心して、ラケル先生も協力してくれてるんだって、嬉しくて……」
「……そしたら、レア先生がフライアから逃げてきた」

上ずった音調を保てなくなるのも、すぐだった。

「"黒蛛病"患者の人達をあんなとこに押し込めて、ジュリウスは何も言ってくれなかった」
「ラケル先生が協力してるのもそういうことかもしれなくて、じゃあ今まで私が見てきた2人は……」

不意に語尾が緩み、勢いも止む。
これが理由だとばかりに、彼女の腿に雫が落ち、伝っていく。

「わかんないよ……」
「二人のやってる事も、それに我慢できないぐらい怒ってる自分も怖くて、信じられなくて、頭ん中ぐちゃぐちゃで……」
「わかんないよぉ……!」
528 : ◆6QfWz14LJM [sage]:2018/01/02(火) 01:49:09.05 ID:m52AqS8y0
わかんないまま年越しちゃった
すいません三が日中には何とか…
529 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2018/01/14(日) 22:36:33.10 ID:lzinQoP/O

ナナの抱える悩みは、シエルが打ち明けてくれたそれと似ていた。

けれども、彼女の戸惑いの多くは、制御しきれない自身の感情に割かれている。
アラガミのみにぶつけていた激情を、人に向ける経験もなければ、それを得る必要もなかったのだ。
初対面の頃より開放的になったといっても、無意識に抑え込んでしまっていた部分はあったかもしれない。

「頭では割り切らなきゃって……でも、みんなみたいにはなれないよ……!」

それも、限界だった。
嫌悪とも怒りとも取れる苦悶をその貌に象る彼女は、未発達な感情に振り回されている。

「……誰も、ジュリウスの事なんて気にしてないって?」

刺激しないように、ゆったりとした足取りでナナの真横に腰を下ろした。
一人の体重を新たに受けて変形したマットが、俯いた彼女の頭を揺らす。

「ナナは、本気でそう思ってるの?」

今度は意識的に、首が横に振られた。
私としても、彼女がそう考えているとは思わない。
ただ、今の段階で意思疎通が図れるか、確かめておきたかった。

「…シエルがね、ナナと同じような事言ってた」
「今の二人を見てたら、これまで自分が見てきたものにも自信が持てなくなったって」

何も言わず、鼻を啜ったナナが涙の痕を覗かせる。

「落ち着いてるように見えたかもしれないけど、ナナだけの悩みじゃないよ」
「だから――」
530 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2018/01/14(日) 22:44:30.74 ID:lzinQoP/O

――不意に、耳鳴りが広がった。
刺すように、押し込むように、染み渡るように。
瞬く間に言葉と意識を奪い取った音響は、ナナが異変を察知するのに十分な時間を与えてしまった。

「隊長……?」

視界に映った彼女の手が、私を現実に引き戻す。
反射的に身を引き、唖然としたナナを置き去りにしたところで、ようやく意識も覚醒した。

「っ……ごめん、ちょっと、疲れてて」

とはいえ、精神は十分にかき乱されている。
痛みではない。
そもそも、"黒蛛病"の症状なのかどうかも分からない。
疲弊した身体が隙を作っていることは疑いようもなかったけど、ただの耳鳴りとも思えない影響力が不可解だった。

「……ふぅん」

その一方で、ナナは丸まった目を細め、私の方に乗り出していた体を元の位置に戻す。

「そういうとこも、なんだよね」

「……何が?」

「そうやって色々隠そうとするところ。ジュリウスが"黒蛛病"だって聞かされてから、ずっとモヤモヤしてた」
531 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2018/01/14(日) 22:45:55.26 ID:lzinQoP/O
三が日とは何だったのか
言う事が大体覆ってる気もしますが、流石に年内には終わらせたいですね…
532 : ◆6QfWz14LJM [sagesaga]:2018/03/19(月) 00:56:06.22 ID:RlXjclRlO

「あの時は隠すことが皆の、……私のためだって、そう思ってた」

「……それで?今度は私のために嘘をついてたの?」

彼女が知っているはずはない。
この場で私の不調が結びつくこともないはずだ。
そう押し込めたつもりでいても。

「……疲れてるなら、来るところが違うじゃん」
「そんなことされたって、嬉しくないよ」

確かな安堵を覚えた自分に、嫌悪が募る。

「……ごめん」

「自分の気持ちを整理できなくて、辛いことは溜め込んで……」
「私達、変わんないね」
533 : ◆6QfWz14LJM [sagesaga]:2018/04/16(月) 01:00:02.80 ID:xihyqYjvO

それでも、その安堵に含まれていたのは保身だけじゃなかった。

「……そうかもしれないけど、そうじゃないかも」

追い詰められ、苛立って尚、ナナは自分本位ではいられない。
だからこそ、私は変わらない彼女を放ったまま引き下がれなかった。

「何が言いたいの?」

怪訝な様子を隠そうともせず、ナナは改めて私の顔面に視線を定める。

「……ナナ、今日は"血の力"、使った?」

募る苛立ちが彼女の眉根を寄せて、

「"神機兵"を引き寄せるのに何回か。それが……あ」

一気に引き戻した。

「確かに今の敵は多いけど、"アナグラ"に引き寄せられてるようには見えないかな」
「いきなり変われなくても、成長はしてるんじゃない?」
534 : ◆6QfWz14LJM [sagesaga]:2018/07/05(木) 00:47:02.35 ID:zmXq3hRDO

もう片方はどうだか知らないけれど。

「……でも、結局自分の気持ちに振り回されっぱなしで」

「振り回されてるって自覚はあるんでしょ?自分の気持ちに向き合う余裕があるんだよ、今は」

「わかったように言うね」

「わかるよ……とは言わないけど」

態度の割に、何だかんだ言葉は返してくれる。
躓きこそしたけど、経過は悪くない。
そう思えば、少し賭けに出てもいい気になった。

「辛いことがあって、取り乱して……それでも受け止めてもらえて、”ブラッド”をもっと大事に思うようになった」
「……その気持ちは、ナナと一緒だと思ってる」
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