【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」

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400 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:29:23.45 ID:BGzsMdD4o

潜入に備え、私も含めた部隊の構成メンバーは"黒蛛病"対策の防護スーツを着用していた。
接触感染を防ぐため、普段の衣服以上に幾重もの特殊繊維層が全身を覆っている。

しかしながら、私がまずここで果たすべき役割は、嘗ての拠点への突入ではない。
視線を戻し、私は目標に歩み寄る。

「あんまり、サツキさんを心配させない方がいいよ」

なるべく朗らかに務めた声に、フライアを見据えていた人影が振り返った。
ネープルスイエローの長髪を揺らし、安堵の表情を見せた彼女は、すぐに眉尻を下げ、以後の追及を逃れるように目を伏せる。

「……ごめんなさい……急に、サツキが行き先も言わずに取材に行く、なんて言うから気になって」
「……帰ってきたサツキが、君を連れて行くのを偶然見たから、それで……」

出撃前、既にサツキさんから報告は受けていた。
ユノは意図せずして、絶好の機会に彼女の車両を無断で使用し、私達よりも一足先にここに辿り着いていたのだ。
私の格好に後方の車両群を見て、私達がただ自分を連れ戻しに来たわけでもない事を察知したのだろうか、
ユノは顔を上げ、今度はむしろ私を逃がすまいと、瞳を合わせてくる。
401 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:37:04.04 ID:BGzsMdD4o

「……お願い!私も連れて行って!」

「今のフライアは、ユノが来ていい場所じゃない」

「足手まといなのはわかってる……今だって、助けに行こうとしてくれてる皆まで引きとめて……」
「……だけど、知ったからには放っておけない。一民間人として、同じ境遇で生きてきたアスナちゃんを……みんなを助けたいの!」

それは私を、というより、彼女自身を逃がさないための手段なのかもしれない。
ユノの脚は微かに震えていた。

「――気持ちはわかるが、我儘を聞いてる暇はねえんだ」

後ろから割って入ってきたのは、ギルだった。
私では厳しく言い含められないという判断からだろうか、その語調は若干刺々しい。

「さっさと戻れ。アンタに何かあれば、サテライトの住民にも影響が出る」

「……帰るつもりはありません」
「認めてくれるまで、ここに居続けます……!」

恐らく、ユノの発言は誇張でも何でもない。
以前の防衛作戦然り、今まで接してきた経験から鑑みれば、この強かさが彼女を彼女たらしめている。
402 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:42:27.09 ID:BGzsMdD4o

とはいえ、携帯しているであろう護身用のスタングレネードだけでは心許ない。
強引にユノを帰らせるにしても、救出対象の規模を考えると、今の部隊から人員を割くのは現実的じゃない。
そもそも、ここまでの行動を起こせる人物がこれ以上何をしでかすか、わかったものじゃない。

「……いい加減に――」

「いいよ」

ギルの前に立ち、故意に力を込めて、神機を地面に突き刺す。
存外大きな音が響いたけど、ユノは私から眼を逸らさなかった。

ギルが押し黙った隙に私はスーツのファスナー部に手をかけ、脱ぎ去った上着部分をユノに差し出す。

「加わる以上、指示は守ってね」

「おい……!」

「傍に置いておく方が安全でしょ?……大丈夫、責任は私が取るから――」

押さえつける方法は、他にいくらでもあるだろうけど。
結局行き着くところは、情に絆された自分への言い訳をしたかっただけなのかもしれない。
たけど、些事に取られるほどの時間がないのも事実だ。
そうやってまた、自分に言い聞かせておく。
403 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:45:01.03 ID:BGzsMdD4o
フライア周りの設定どうなってんのとかユノはどうやって入り込んだのとか考えてたら戦闘にすら入らなかった…だと…
結局力技でゴリ押したので考えなくてもよかったかもしれない
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 04:25:09.43 ID:Lc9LgGP9o
おつおつ
405 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:41:42.76 ID:GwOmwNNvo


 レア博士のアクセス権限がまだ生きていたおかげで、フライアへの入場自体はあっさりと成功した。
彼女がここを離脱してから、情報を修正できるだけの時間は経っているはずだ。
こちらの侵入も察知しているだろうに、周辺の警備も少数というより、もはやないに等しい。
おかげでこうして楽に歩を進めてはいるものの、この奇妙なほどの無警戒ぶりは、対照的に部隊の緊張を高めていた。

フライアの下層部に到り、人間には不釣り合いなほど大きな扉をこじ開けた私達は、ついに目的地に到着する。

"黒蛛病"専用病院。
レア博士から聞き出した情報によれば、この施設に"黒蛛病"患者が収容されている事自体は間違いないそうだった。
だけど、今目の当たりにしている光景は、とても病院や病室のそれとは思えない。
室内側面に張り巡らされ、奥の扉の、さらに奥まで伸びた、"オラクル細胞"由来のものと思われる有機素材のチューブ。
それらに繋がれた、カプセル状の装置が夥しく並べ立てられているのみの空間。

「ひどい……」

ナナが見たままの感想を漏らす。
カプセルの透明なハッチカバー部から覗くのは、ひどく衰弱した"黒蛛病"患者の姿だった。
406 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:47:08.69 ID:GwOmwNNvo

ここを病室とするなら、彼らはフライアに運び込まれてから今まで、少なくとも医療装置ではないそれに繋がれ続けていたことになる。
治療どころか、生活もない。
かろうじて生かされてはいるようだけど、ここから見渡せる範囲だけでも、みな無事とは言い難い状態だった。
憤然とした感情を抑え込み、カプセルの開閉装置と思われる箇所に指を伸ばした瞬間、

『待て。これ以上の勝手な行動は許さん』

平坦で、無機質な音声が制止をかける。

「……ジュリウスか」

「……この状況の説明を要求します」

『お前達に言う事はない』

それが人の、ジュリウスの声だと認識する間に、反応が遅れた。
彼はここまで、無感情に振る舞える人物だっただろうか。

407 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:48:56.52 ID:GwOmwNNvo

「……フライアで患者の人達を治療しようって、ラケル博士に掛けあってくれたのはジュリウスだよね」
「ここにいるユノちゃんだって信じてたのに……どうしてこんなことになってるの!?」
「答えてよ!また何も言わずに離れて行っちゃうつもりなの!?」

『二度は言わんぞ』

気色ばむナナの訴えにも、ジュリウスは応えない。
そのたった二言に、私はやはり違和感を拭い去ることが出来なかった。
確かにそれは肉声だけれど、極めて精巧なようでいて、どこか歪だ。
それに、この調子はどこか覚えがある。

408 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:53:10.43 ID:GwOmwNNvo

でも、こちらとしてもこれ以上、議論を差し挟む余地はなかった。
彼の説得は目的にない。

「……もう、準備はしてあるんじゃない?」

疑念を振り払い、部隊の先頭に歩み出る。
単純に考えればいい。

「やるなら、早く始めようよ」

少なくとも、今は。

『察しが早くて助かるな、"ブラッド"隊長』

私達が入ってきた場所とは反対側の、同形状の扉が開き始める。
隙間から漏れる光を遮るのは、一体の"神機兵"だった。
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 22:19:29.65 ID:B4TSXM+70
久々にRB引っ張り出したくなった
410 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:21:48.26 ID:e5rvTB2yo

「シエル、後はお願い」

「了解。……無理は禁物ですよ」

シエルとナナに、頷きを返す。
彼女らの表情から落胆の色は消えずにいるものの、優先すべき事柄に異議を唱えようとはしなかった。
傍に来たギルと視線を交わし、私達は二人、隊列から離れる。
神機使いとして部隊に組み込まれた、その役割を果たす時が来た。

扉が開き切らない内に駆け出した私は跳躍し、展開した神機の盾で呆けた"神機兵"の胸部を殴りつける。
よろめいた傀儡にギルが追撃を加えると同時に、私達はこれまた人が使うには広すぎる通路に押し入った。
411 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:27:01.03 ID:e5rvTB2yo

その直後、頭上で光が弾けた。
続く閃光は天井に穴を開け、崩れた瓦礫が私達の退路を塞ぐ。

手筈通り、シエルが分断を実行してくれたおかげだ。
あちらも動き始めた頃合いだろう。

意識を正面に向ける。
体勢を立て直した一体の後方では、既に複数の"神機兵"が列を成し、その赤い眼で私達の識別を終えていた。

ここから伸びる通路を抜ければ、あるのは"神機兵"の保管庫だ。
フライアがレア博士の知る頃と同じ体制を取っているのなら、出撃を待つ"神機兵"の大半はそこで眠っている。
"黒蛛病"との関連性は見えないけど、フライアの戦力を足止めする最適解は、まずここを抑えることだ。

412 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:29:48.32 ID:e5rvTB2yo

どのみち防護スーツ一式をユノに貸し与えている以上、私は救助側に参加できない。
不測の事態に備え、シエル達は護衛としてあちらに残してある。

つまり、当面の間はギルと二人きりだ。
銃形態に神機を変形させた彼を横目に、私も提げていた神機を構え直す。
普段なら、いちいち何気ないやりとりにどぎまぎしているところだけど。

「深追いは駄目だよ」

「わかってる」

生憎、ここには諦めと怒りしかない。

413 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:30:28.24 ID:e5rvTB2yo
ここまで
あれ、もう1年経ってる…
414 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/29(月) 01:15:31.99 ID:/vQFvLZIo
そもそも、今は任務中だ。

"神機兵"が、その身の丈以上の大剣を振るう。
元々人間の搭乗も可能な設計だけあって、持ち主からして巨大な剣の横薙ぎに、私達を生かして捕らえようという意思は感じられない。

腰を落とし、上体を倒して地を蹴る。
剣を潜り抜け、相手の懐に飛び込む形になった私は、携えた長剣型神機のオラクル流量を増加させた。
オラクルエネルギー刃で射程を伸ばした"ブラッドアーツ"の切り上げが、頭上を渡る"神機兵"の右腕に直撃する。

肘から先を失った"神機兵"の頭部に飛び乗り、私はこの通路を見渡せる視界を確保した。

415 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:21:44.45 ID:GCTcsMTAo

得物を携え、アラガミと対峙するという点で、神機使いと"神機兵"にさほど差はない。
後者には全身を覆う鉄装甲もあるけど、どちらにせよ、その大剣が戦力の大部分であることに変わりなかった。
"神機兵"の挙動がジュリウスを基にしているというのなら、尚更だ。

前方に跳躍し、次の標的に見当をつける。
刹那、傍らにいた別の"神機兵"が、先ほどまで私のいた足場を叩き潰した。

だから私達は、"神機兵"の行動パターンもそれに即したものだと仮定した。
いくら相手が高い実力を有していようと、それはアラガミに対してのものだ。
今のように、力をそのまま神機使いに向けるのであれば、まだやりようはある。

剣を引き抜く"神機兵"の右腕の関節部に、ギルの吸着弾が着弾する。
起爆を見届けることなく、私は数体の傀儡を飛び越え、壁面に足を貼りつけた。
次いで蹴り出し、その勢いのまま、反応の遅れた目標の得物を側面から叩き落とす。
416 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:23:00.06 ID:GCTcsMTAo

……けれど、こうした無力化は、あくまで策の一つだった。
ジュリウスが統率する神機兵団相手では、こうも簡単には御せないだろう。
"神機兵"の体躯が動き回るには狭所となる、この空間の存在もあるけど、
それを差し引いても、先の戦いに比べ、明らかに立ち回りが単調だ。

むしろこちらが足止めされている線も考えたけど、搬出が続けられている以上、黙って通すわけにもいかない。
懸念を抱きつつ、しばらく二人で“神機兵”を攪乱し続けていると、私の携帯端末に連絡が入った。

417 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:25:02.49 ID:GCTcsMTAo
とりあえずちょっとだけ
明日からちょっと忙しくなるので時間取れたらまたちょびちょびやっていきます
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 00:17:55.24 ID:tiEeZ9uYo
おつ
419 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/12(月) 05:06:47.94 ID:4XvaLmvho

『こちらブラッドβ。搬送作業、残り数名で完了します』

「こちらブラッドα、了解。撤収のタイミングは――」

剣を躱す。
奥の"神機兵"が大剣を折り畳み、内部に仕込まれた銃身を引き出す様を視認する。

『――それは、もう少し先になりそうですね』
『3機の"神機兵"が外壁を破壊、ルート上に侵入しました。応戦します』

前方に飛び込み、銃撃を回避する。
前転の起き上がり際に反撃を加え、弾丸が相手の頭部を直撃する。

「了解。敵が少数なら、ひとまず非戦闘員の安全を――」

『――っ!?』

「今度は何?」

『……ナナから、ユノさんが隊を離れたと』
420 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/12(月) 05:08:28.26 ID:4XvaLmvho

突き出された剣先が、私の頬を掠める。
伸びきった腕の関節部を、背後から奇襲をかけたギルの槍が貫通する。

「……わかった、こっちに任せて」

どうやら、アスナちゃんはまだ運び出されてはいないらしい。

「ギル、聞いてた?」

『おう、さっさと行け』

「そうする」

敵に背を向け、来た道を駆け戻る。
流れ弾や、あるいは直接こちらを狙う攻撃をすり抜け、私は正面を塞ぐ、瓦礫の山に辿り着いた。

銃撃が人間一人は通り抜けられる穴を作ったところで、轟音と地響きを感じ取る。
一拍遅れた悲鳴をも聞き届け、再度"病院"に躍り出た私の眼前には、立ち尽くすユノと、彼女を見下ろす"神機兵"の姿があった。
421 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:52:38.83 ID:ZdJOQ53Yo

ユノの背後には、カバーは開いているものの、いまだ装置に寝かされたままのアスナちゃんの姿が認められる。
"神機兵"は1体。
ユノの前方にあたる外壁は崩れ、空になった装置群の一部が破片の下敷きになっている。

"神機兵"が大剣を振り上げた。
ユノはまだ動けずにいる。
よしんば我に返ったとしても、彼女は真っ先にアスナちゃんを庇おうと動くだろう。
けれど、"神機兵"の狙いはあくまで侵入者のはずだ。
それでは、道連れと変わらない。

銃を使うには、ユノと敵の距離が近すぎる。
スタングレネードを使うにしても、"神機兵"が行動を中断するとは限らない。

剣が振り下ろされる。
ならば。
422 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:54:46.59 ID:ZdJOQ53Yo

"神機兵"の動きが止まる。
その隙に、私はひとまずユノの元に辿り着く事には成功した。
両手に持つものは何もない。
私の神機は、硬直した"神機兵"の脇腹に投げ込まれていた。

「ユノ!」

「……あ、隊長、さ――」

――金属同士の不協和音が、頭上に響く。
咄嗟の判断だった。
見上げることもせず、アスナちゃんとユノを両脇に抱え、その場を脱する。

煙の上がった方を見据えつつ、ユノを下ろす。
行動を終えた傀儡は微動だにせず、今度こそその機能を停止させていた。
ユノの方に視線を戻し、私は腰を下ろす。

「大丈夫?」

「……ごめんなさい、ごめんなさい。私……」

敵と直面した恐怖だろうか。
私はともかく、助けるはずのアスナちゃんまで巻き込んでしまった負い目だろうか。
弱り切ったユノの姿を見るのは、これが初めてだった。
423 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:57:08.57 ID:ZdJOQ53Yo

声と共に、震える彼女の肩を抱く。

「……まだ終わってないよ。アスナちゃん達を、助けに来たんでしょ?」

「あ……」

顔を上げたユノに、抱き直したアスナちゃんを差し出す。
少し苦しげだけど、確かに息はあった。

「シエル達も、もうすぐ戻って来る」
「私にはもう少しやる事があるから……後は頼むね」

「……うん」

アスナちゃんが、私の手から離れる。
彼女をしっかりと抱き止めたユノの瞳には、元の気丈さが戻りつつあった。

私が神機を拾い直した頃には、"神機兵"を退けたシエル達も合流を果たしていた。
残りの患者達の搬出も完了し、私達は神機兵団の追撃を躱しながらも、フライアを後にする。
車両が外に出れば、敵もそれ以上の攻撃を仕掛けることはなかった。
424 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 23:01:28.39 ID:ZdJOQ53Yo
ここまで
何か知らない間に隊長の故郷が壊滅してる件
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/19(月) 23:57:27.15 ID:5dGrR6JDo
おつ
426 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/23(金) 01:29:47.90 ID:sbL4yhKIo


 私達が"アナグラ"に戻って少しした頃には、フライアは次の行動に移っていた。
"神機兵"によるアラガミの根絶を題目とした、フェンリル各支部への"黒蛛病"患者の引き渡し要求。

これは救出した"黒蛛病"患者の再検査と、調査目的で一部を奪取した、彼らが収容されていた装置の解析で分かったことだけど、
"黒蛛病"患者からは、微量ながら偏食因子の反応が検出されている。
今まで医学的な見地から研究を進められてきた症例だけに、体よく発見を逃れてきたこの性質は、現行の"神機兵"にも利用されていた。
つまり、あの装置は収容した"黒蛛病"患者から偏食因子を抽出し、“神機兵”に投与するためのものだったのだ。

――"今は俺の血の力を用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ"

"統制"の"血の力"による制御と教導には、偏食因子の投与が必須だった。
……それらをより効率的に運用するためには、母体のものと同種であることが望ましい、というところだろうか。

そうなれば、ジュリウスの病状を榊博士に伝えないわけにはいかなかった。
知らせなくても辿り着きそうな答えではあるし、発表されたフライアの声明を額面通りにも受け取れなかったからだ。
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/25(日) 12:54:17.14 ID:l4fp0pLUO
少なくてもこまめに更新あると嬉しい

乙です
428 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:41:43.17 ID:Zi3/t7m8o
最近は大体週刊どころか隔週ヘアクリップだもんね……ごめんね……
それでも読んでくださる人がいてありがたい

またちょっとだけ投下
429 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:43:42.16 ID:Zi3/t7m8o

それはともかくとして、報道上のフライアでの事件は、ジュリウスが独断で起こしたクーデターという体になっている。
実際、現状で表に出ているのが彼のみである以上、そう取るのも不思議ではない。

ジュリウスと"神機兵"スタッフを除いたグレム局長以下、フライアの構成員は人質と見なされ、現在はその一部が解放、保護されている。
当然と言えばいいのか、その中にラケル博士の名前はない。
私達が集まるラウンジのテレビ画面では、グレム局長が自らの身の潔白を証明しようと躍起になっていた。
彼もレア博士と同じく、何も知らされていなかった側の人間らしい。

「……なんだか、腑に落ちないですね」
430 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:51:04.99 ID:Zi3/t7m8o

「シエルちゃん、何が?」

「同調するわけではありませんが、グレム局長が会見で言っていた通り……」
「“神機兵”の武力のみでアラガミを滅ぼすなんて、絵空事のようにしか思えなくて」

「現状、何か具体的な策を講じているわけもなさそうだしな」
「……となると、大仰に掲げてるのはブラフってことか」

「……確証はありませんが、レア先生の話もありますからね」

「……それが何でも、ジュリウスは間違ってるよ」

「ナナ」

「ジュリウスの病気の事、隊長が黙ってたのはショックだったけど……あの子も約束があったから、今まで秘密にしてたんだよ」
「そんな隊長や、心配してくれてるシエルちゃんの気持ちまで台無しにして……」
「こんな事やってるジュリウスを、私はやっぱり許せない……!」

「……そうだな、まずはあいつに目を覚ましてもらわないとな」
「……・殴る程度で、済めばいいが」
431 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:54:30.89 ID:Zi3/t7m8o
ここまで
漫画版GE2はいいぞ
432 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/03(月) 02:50:07.00 ID:4jVrThuTo

離れの席で、彼女達の声を聞く。
フライアへの潜入以降、私は一人でいる事が増えた。
正確には、こちらから遠ざけているんだけど。
今だって、本来ならここにいるべきではない。
それでも居座っているのは、情報が欲しいからだ。

――部屋に引き籠もっていたって、ニュース程度は見られるはずだけど。

……話を、戻す。
私としても、フライアの暴走が戦力拡大に止まるとは思えない。
推測の通りなら、ジュリウスによる"神機兵"の運用は、彼の"黒蛛病"への感染が前提だったということになる。
その点だけ見るなら、あくまでジュリウスの容態を見越し、効率を重視するために用意した手段と言えなくもないけど、問題はそこじゃない。

ラケル博士は当初から、"黒蛛病"の性質を知っていたということだ。
433 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:40:35.32 ID:HiGTCtqho

彼女か、あるいは本部の研究者か。
誰が解明したにせよ、どうしてそれを秘匿しておく必要があったのか。
私達の介入があったとはいえ、なぜ今になって明かそうと考えたのか。
それも、支部の乗っ取りという混乱を世界に与えた上でだ。

この状況そのものが、相手の狙いだとすれば。
クーデターを隠れ蓑に、次の段階へ駒を進めているとしたら。

どう頭を捻ったところで、単なる邪推に過ぎない。
現在、"アナグラ"では榊博士を筆頭に、新たな"黒蛛病"の研究が進められている。
こうしてフライアがヒントを提示してきた以上、畑違いの私が出来るのは彼らの成果を待つ事だけだ。
たとえフライアの真意に結びつくことがないとしても、治療には役立つ。

それに、本気でフライアが絵空事を信じている可能性だってある。
ジュリウスが本当に首謀者、だなんてことも。
そもそも私達がラケル博士を疑ってかかっているのだって、レア博士からの伝聞が根拠だ。
何とでも言える。
434 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:42:02.47 ID:HiGTCtqho

……だけど、フライアが手段として患者達を利用し、ジュリウスがそれに加担している事実は覆らない。

フライア収容時に記された"黒蛛病"患者の名簿と、救出した患者の人数は合わなかった。
"アナグラ"にいた頃から、容態の悪化している患者もいる。
フライアが市民とサテライト住民の敵となるのに、時間はかからなかった。

もちろん、容易くフライアの暴挙を許した極東支部への批判がないわけでもない。
ただ、怒りの矛先は、その多くがジュリウスに向けられている。

サテライトへの支援をフライアに取り付けたのは彼だ。
患者達の現状だって、私達が直接会った頃のジュリウスは知らなかった。
その彼が、なぜ自分の意志さえも踏みにじる行動をとったのか。
任務中は考えまいとしていた事柄が、頭をもたげる。
435 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:43:18.84 ID:HiGTCtqho

……私が、その原因だったとしたら。
朧月の夜。
無根拠に綺麗事を並べ立てて、中途半端に希望を持たせて。
フライアに戻ってみれば、治療なんてやってもいないことがわかって。

ジュリウスは、今度こそ諦めてしまったのかもしれない。
残された使命のために、手段を選ばなくなってしまったのかもしれない。

これも仮定だ。
だとしても、私はどうすればいい。
自身が歪めてしまった相手を、どうして止められる――

―――少し、眩暈がする。
思考が氾濫して、まともに頭が回らない。
436 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:47:43.82 ID:HiGTCtqho

「――よう、お一人かい」

声のした方に、咄嗟に振り向いた。
思索の渦が一旦止み、少し滲んでいた視界が、徐々に晴れていく。

「隣、いいか?」

一つ、席を空ける。

「つれないね」

声の主は小さく苦笑を浮かべ、空けた席の隣に腰を下ろした。

「……今は、そういう気分なだけです……ハルさん、何か?」

「ちょっと相談事があってな……ちょうど、後輩達も行っちまったことだし」

ハルさんの言葉に視線を向ければ、シエル達は既にラウンジを退室していたようだった。
437 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:49:44.59 ID:HiGTCtqho
ここまで
438 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/17(月) 01:24:17.43 ID:Ct73dGBso
「お節介焼くつもりはないんだが、ついて行かなくても――」

「――相談しに来たんじゃないんですか」

「おっと」

本心から突き放したいわけじゃない。
でも、距離を取らなければ彼や"ブラッド"にも危険が及ぶ。
必要があるから、やっている。

――本当に?
――必要なのは、みんなに全てを伝えることじゃないの?

……頬が、仄かに熱い。
少しだけ、気怠い感覚もある。

「まあ、ちょっと気になる事があってな」

「はい」

「お前さん、最近悩んでる事とかないか?」

「……はい?」

「だから、悩みだよ。ちょっとしたのでもいいから」

「あの、話が見えてこないんですけど」

「うん?あぁ、相談だよ、相談」
「潜入任務からこっち、ずっと浮かない顔してるもんだからさ」

一見して軽薄な笑みと、余裕を崩さないまま、ハルさんはそう言ってのける。
今の話題の方が、よほどお節介だと思うけど。
439 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:07:53.29 ID:mMb+xbdCo

「別に、気を遣ってもらわなくたって」

「……あんまり距離が近いと、言えない事もあるんじゃないか?例えば……」
「向こうのお友達の事とか、さ」

私を取り巻く状況を顧みれば、選択肢自体は多くない。
ただ、それを踏まえても、彼の声音は確信に満ちていた。

「……聞く必要もなかったんじゃないですか」

「この手の話に覚えがないわけじゃあない、ってだけだよ」

あくまで冗談めかすハルさんの瞳は、常に私の姿を捉えている。
このまま帰すつもりはない、ということらしい。
440 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:12:16.46 ID:mMb+xbdCo

短く、息を吐く。

彼の言う"悩み"だけなら、安易に言いふらしたくはないけど、意固地になって隠し通す必要もない。
それに、方向が定まりかけている"ブラッド"に、今更個人の迷いを持ち込みたくないのも事実だった。
どのみち、現状の私では整理しきれない課題だ。

だから私は、

「……もしかしたら、なんですけど」

ハルさんの相談に乗る事にした。
441 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:19:44.38 ID:mMb+xbdCo
ここまでというかこれだけ
環境が安定しない…
442 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/11/21(月) 01:26:19.39 ID:7YpmgUI6o

「……あの人が間違いを起こしたのは、私のせいかもしれない」
「私の言葉が彼を追い詰めたんだって、一度そう考えたら……私が彼を止められるのか、わからなくなって――」

少しずつ、確かめるように、経緯を語った。
全ては話せないまでも、断片を誰かと共有する分、気を紛らす助けにはなる。
それだけでもよかった。

語る間も、懊悩は続く。
このまま結論を出さずに、先送りにしてしまいたい。
だけど、逃避できる絶対的な時間がないと理解しているから、私はこうして人を頼っている。

もはや"ブラッド"のみに止まらず、ましてや私だけで思い悩めるような段階はとうに過ぎていた。
……それは恐らく、私が抱えるもう一つの問題にも直結している。
443 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:05:11.11 ID:u+Z2oVxzo

「――そうだな……」

相槌を打つわけでもなく、ただ私を見据えて黙するだけだったハルさんが、初めて言葉を返す。

「お前さんは、もうちょっとそいつを受け入れてやった方がいい」

口から出まかせを言った風でもなく、塾考の末、絞り出したというわけでもない。
言うなれば、予め備えた手札を切っているとさえ思えるような簡潔さで、彼は答えてみせた。

「……彼を拒絶しているつもりはありません」

それだけに、私はすぐさま、言葉に含まれた否定的な意味合いに目を光らせる。

「今ジュリウスのやっていることがわかっているから、その原因を作ってしまったかもしれない私が――」

「それだよ」

「――それ?」
444 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:06:23.22 ID:u+Z2oVxzo

「その"私のせいで"ってやつなんだ、俺が引っかかってるのは」

確かに、まだそうと決まったわけじゃないですけど。
反射的に飛び出しかけた言の葉を、寸前で飲み込んだ。
わかりきった文句で噛みつくより、先を待った方が結果は早い。
それをわかっていながら焦れているのは、ただ据わりが悪いから、というだけだろうか。

……多分、違う。
否定された姿勢を最善と信じる心驕りが、きっと私の中にもあった、ということだろう。

「……別に、その考え方が丸ごと悪いってわけじゃない。すぐ誰かのせいにするのもよくないしな」
「ただ、お前みたいな真面目な奴は……まあ、少し意地の悪い言い方になるんだが」
「……何でも自分の責任にしちまうことで、楽をしようとする節がある」
445 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:17:48.10 ID:u+Z2oVxzo
レス番が不吉になったところでここまで
年明けまでこの体たらくかもしれないし来年になってもこんなんかもしれない
あと去年の今頃の日付見直してたら投下量に眩暈がしました
446 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:48:27.27 ID:ocVP7Ngho

あくまで持論だけどな、と付け加えると、ハルさんはこちらの返答を待つ事もなく、話に戻った。

「そりゃあ、誰にも負担をかけさせないって姿勢は立派だぜ」
「……だが、それも見方を変えれば、自分の事だけ考えてりゃいい状況を作っているとも言える」
「そうなると、自然と視野も狭くなる……そんな経験、お前にもあるんじゃないか?」

今度は、自分を抑える必要もなかった。
確かに心当たりはあったし、否定する気にもなれなかったからだ。

「……今も、そうだと?」

問いで返した私に、ハルさんは首を横に振る。

「迷っている内はまだ、かな。厄介なのは、それすらも捨てて、何も見えなくなった後だ」
「なまじ気兼ねをしなくていいもんだから……壊れるまで歯止めが効かなくなっちまう」

単なる気まぐれか、彼の言う"覚え"への追想なのか。
心なしか、ハルさんの声の調子が落ちたように感じた。
447 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:50:21.97 ID:ocVP7Ngho

「……だから、まだ踏み止まれるうちに言っておく」
「自分におっ被せる前に、もう一度、そいつのやった事を受け止めてみろ」
「俺は"ブラッド"の元隊長と特別仲が良かったわけじゃないが……そいつは本当に、お前に何か言われただけで信念を曲げちまうような奴なのか?」

「……いいえ」

漸く、鈍っていた頭が回り始めた。

「私の知る彼は……それこそ、私達から離れてまで、自分の意志を貫こうとする人物でした」

その認識だけは、忘れてはならない。
だから私は、何故彼がこんな行動を取ったのか、不思議だった。
信じたくないから、受け入れたくないから、自分に責を求めて、無意識の内に押し込めようとしていた。

「……だったら、どうする?」

その在り方が、彼を遠ざけていると言うのなら。
受け止め、許容するために、今私がやれる事は一つしかない。

「まだ、正解はわかりません……けど、彼が道を踏み外している以上は」
「私が……"ブラッド"が、ジュリウスを止めます」

未だ引かない微熱と、泥の詰まったような意識が、私を弱気にさせていたらしい。
既に犠牲は出ている。
動機の是非を求めるのは、止めた後でだっていい。
私の言動が原因にあったとしても、尚更だ。

448 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:51:46.65 ID:ocVP7Ngho

「吹っ切れたな」

ハルさんの口元が緩む。
その瞳に、私は思い当たるものがあった。

「はい……あの、ありがとうございます」

「いいさ、こっちも世話になってるからな」
「……それじゃ、俺もそろそろ――」

「ケイトさん、ですか?」

傍から見れば不明瞭に尽きる一言で、退席しようとしたハルさんの動きが止まる。

ギルだけじゃない。
彼もそんな目をするのだと感じた頃には、既に言葉が飛び出していた。

よく考えなくたって、当然の話だ。
距離で言えば、ハルさんが最も彼女に近い位置にいた。
だというのに訝しみもしなかったのは、彼が私を捉えていたからだ。
その彼の瞳の中から私の姿が消えたからこそ、私は聞いてみたくなってしまった。

「私が彼女に似ているから……あなたも、こんなに良くしてくれるんですか……?」

449 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:53:44.67 ID:ocVP7Ngho
ここまで
年末のデスマーチには勝てなかったよ…
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/10(火) 12:34:25.99 ID:9J+4dKZgo
このSS誰に需用あるの
451 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:45:41.70 ID:rZAVV3Sxo
誰にもないから自分で書いてるんだよ!
452 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:47:19.86 ID:rZAVV3Sxo

私が安易に手を出していい問題じゃないから。
下手にかき乱して、今の関係を壊したくないから。
そう理解していながら、私はまだ未練を断ち切れずにいる。

「……どうして、そう思った?」

「私にも、覚えがあるんです」
「……そういう目で見られる事には、特に」

初めに違和感を持ったのは、父との仲が一方的に冷え込み始めた頃だった。
彼は確かに私を所有物として扱っていたけど、私を私として見たことはない。
見下ろす瞳は澱んでいて、常に私じゃない誰かを見つめている。
それはきっと、私と同じ髪の誰か、だと思う。
453 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:48:29.91 ID:rZAVV3Sxo

父と暮らす上で私が身につけたのは、湧き立つ嫌悪を抑えつける術だった。
誰に重ねられようと、私は私でしかないのに。
その視線に晒されると、まさに内面まで父の妄執に侵されていくようで、落ち着かなくなる。

自分がどこからもいなくなるような疎外感に耐え続けていると、私はいつしか人の目元を窺うようになっていた。
期待、失望、喜び、嘲り。
中でもギルの瞳は、とりわけ父のそれに近い。

「……こりゃあ、後でお説教かな」

大袈裟に溜め息を吐いた後のハルさんの呟きは、私にはよく聞き取れなかった。
454 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:47:18.99 ID:9gwLykoUo

「……その、一見怯えているようで、ただの一度も折れる気はないって顔……新人だった頃のあいつもよくしてたっけな」

立ち上がったハルさんが、私の方を見やる。

「確かにお前はケイトによく似てる。優しさも、頑固とも言える真っ直ぐさもな」

言葉を切った彼の眼は、未だ澱んでいた。
だけど、それもすぐ瞼に覆われて、清濁の判別がつかなくなる。

「……でも、結局は似ているだけ、なんだよなぁ」

再び現れた瞳には、侮蔑に染め上げられていた。
雰囲気の変化に戸惑う私の姿が、鏡のように映し出される。

「まず、見た目だな。あいつはそもそも金髪じゃないし、目の色も形も違う」

「えっ……いや、あの――」

「背丈も結構違うよな。後は……まあ、色々だ」

やや下方に伸びたハルさんの視線に対し、私も少しばかり、抗議の目で返す。
今の議題に、そういう外見的な部分は関係ないと思うんだけど。
そんな事は意に介さず、彼は尚も捲し立てる。
455 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:49:24.96 ID:9gwLykoUo

「うん?今度はそりゃ当然だろうって顔だが、実際そうだろう?」
「内面の性格や仕草だって、横で見ている分にも細かい差はわんさか出てくる。それこそキリがないぐらいにな」
「正直、お前じゃあケイトの代わりにもならないよ」

ハルさんの真意はわからない。
けれど、こうまで嘲笑混じりに言われてしまっては、流石にいい気はしない。

「……そんな事言われたって、どうしようもないじゃないですか」
「こっちはケイトさんに会ったこともないのに、やれ似てる、やれここがダメだって……!」

「俺は印象で語っているだけさ、よくある事だろう?」

まんまと乗せられている、と思わないでもなかった。
それでも、面と向かってぶつけられたからには、吐き出さずにはいられない。
……積もり積もったものも、あることだし。

「だからって、個人の基準を一方的に押しつけないでください!」
「あなた達にとっては大事な人かもしれないけど、私は私――」

立ち上がり、声を荒げた後で、私の行動がラウンジの注目を集めていることに気づいた。
削がれた勢いのまま座り直し、視線と囁き声が収まるまで、俯き続ける。
そっと横を向けば、笑いを噛み殺しているハルさんの姿が視界に入った。

456 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:51:37.01 ID:9gwLykoUo

「……笑わないで、ください」

「くく……いや、悪い悪い」
「……いいんじゃないか、"私は私"で」

「えっ……?」

気づけば彼の声色は穏やかで、毒気もすっかり顔から失せている。
この会話で何度驚かされたか知れない私の様子を察してか、ハルさんが口を開く。

「ごめんな、試すような真似して……当事者としては、そっちの本音も知りたくてさ」

「いえ、私の方こそ、自分勝手な事を……」

「でも、それが事実だ」
「似てると同じはイコールじゃない。どこまで行ってもケイトはケイトで、お前はお前のままなんだよ」
「……俺もそう割り切れているつもりだったんだが、本人から突っ込まれちゃあ、仕方ないよな」

自嘲気味な微笑みを向けた直後の彼は、今度こそ澱みのない瞳で、私の方を見据える。

「てなわけで、さっきの質問の答えとしては……まあ、お前自身を気に入ってる、ってことだ」

それじゃあな、と背を向けるハルさんの様子は、彼にしては珍しく、少し気恥ずかしげだった。
457 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:54:45.87 ID:9gwLykoUo

ハルさんを見送る中で、私の胸奥に宿る思いは変化しようとしていた。

私は私。
その言葉を伝えたくて、真に認められたいのは、やっぱりハルさんじゃなくて。

私自身が諦められるように、ずっと秘めたままにしておこうと思っていた。
時間が解決してくれるのなら、とも。
だけど、私にはもう、それを見届ける猶予は許されていない。
ならばいっそ、今みたいに。

……ぼやけた視界を、無理矢理引き絞る。

優先すべき事柄を、履き違えるわけにもいかない。
ジュリウスを止める、その覚悟はできた。
後は意地を通すための、味方が要る。
458 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:26:54.95 ID:cwapklYdO


「――し、失礼します」

「いらっしゃい。お茶淹れるから、そこに掛けてて」

緊張で、少し上擦った声を迎え入れる。
L字型の6人掛けソファーとテーブルが常備され、一人用の個室としては少し広いこの空間は、"アナグラ"における私の部屋だ。
元々"ブラッド"の使用している区画一帯が、迎賓用のものを一部改装しただけあって、
特に隊長でもある私の部屋の場合は、軽いミーティングや会合といった集まりに用いられる機会も多い。
もちろん、こうして個人的な用事に使うことも珍しくはないんだけど。

「お待たせ……シエル、もうちょっと楽にしてもらってもいいんだよ?」

「ありがとうございます……ここも何度か使わせてもらっていますけど、君と二人きりだと思うと、その……」

カップに注いだ紅茶を、シエルに振る舞う。
任務に付き合った礼として、以前にエミールから貰った品だ。
私の淹れ方がよほど不味くなければ、味は保証できる。

「二人きりだと……?」

「い、いえ!何でもありません!」
459 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:31:07.27 ID:cwapklYdO

尤も、相手にはまだ、味わう余裕もないようだけど。
私が部屋に誘うと、最初の数分のシエルは決まってこの調子だ。

私が彼女の部屋に行ってもこうなる辺り、どうやらシエルは私的な空間に踏み入れること、踏み込まれることを特別視しているらしい。
私の価値観に置き換えれば、学校で友達に会うのと、家に遊びに行ったり来てもらったりとの違い、というところだろうか。
そうした環境に身を置いていた頃の私に、気心の知れた友人はあまりいなかったけど、こうまで緊張していた気はしない。

今にしたって、シエルの部屋に行っても、最初こそ浮足立っていたものの、慣れるのはすぐだった。
ナナやエリナの場合でもそうだし、多分、ロミオやジュリウスでも。
ギルは……その、ええと。



……もしかして。
ソファーに腰を下ろした私は一抹の不安をもって、私から見て右向かいのシエルの方に首を回す。
緊張も少し解れたらしい彼女はこちらの視線に気づくと、何か言いたげな様子で眼を合わせてきた。
460 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:34:27.41 ID:cwapklYdO

……いやいや、まさか。
いくらなんでも自意識過剰が過ぎると反省しつつ、私もシエルに微笑み返す。

「どうしたの?」

「……あの、疲れていませんか?」

「えっ?」

ただ、それもすぐに、彼女の指摘に崩されてしまった。

「お茶を淹れる時の腕の角度や、ここに来るまでの足取り、体幹……ほんの少しですが、いつもよりもブレが大きく見えたので」
「……勘違いでしたら、すいません」

「……やっぱり、流石だね」

シエルは緊張の中で、私の不調を見抜いていた。
これは"直覚"による状態の視覚化ではなく、彼女自身が培ってきた洞察力だ。

「お気持ちはわかりますが、少し休んだ方がいいのでは?」
「フライアへの再突入まで時間を要する以上、君のような立場の人間なら、尚更ここで……」

どんな形であれ、シエルはこの瞬間を大事に考えてくれていて、友人としての私を想ってくれている。
その気持ちが私には少し面映ゆくて、それ以上に喜ばしい。
461 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:48:47.85 ID:cwapklYdO

「ううん、それは出来ないよ」

「ですが――」

だから、私は彼女を裏切らなければならない。
今は問題なくとも、このまま状態を継続させていく以上、シエルの追及は免れないだろう。
そうして彼女には適わないと確信していたからこそ、私は滲む決意を再び奮い立たせる。

「休みたくても、身体が休ませてくれないんだ」

首元のインナーに手をかけた。
元々は鎖骨辺りまで空いた形のものだったけど、フライアへの突入を機に新調している。
なるべく、全身が隠れるように。

「……こう、なっちゃったから」

微かに震えた指が、インナーをずり下げた。
形だけの笑顔を伴ったそれに、シエルが絶句する。
露わになった首には、今にも喉笛に喰らいつかんとする黒蛛が一匹。
私は、病に罹っていた。

462 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:49:45.93 ID:cwapklYdO
ここまで
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/25(水) 14:08:48.16 ID:SjOn0Md9O
464 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/06(月) 01:13:55.41 ID:bb/eYvHzO

「……え……なん、で」

「……あの時は、部隊の誰もいなかったからね――」

少し前から、気分が悪い。
不意に息苦しくなる瞬間があって、その度に不快感が増していく。

だけど、動揺の先走ったシエルをこれ以上悪化させないためにも、私はあくまで穏やかに応対する形で、彼女に経緯を説明し始めた。

原因としては単純で、倒れ込む"神機兵"からアスナちゃんを助け出した際の接触が全てだった。
"黒蛛病"の初期症状は、軽度の眩暈や微熱。
私もその例に漏れず、事態が明確になるまでは、任務外での接触の機会を出来るだけ遠ざけた。

当然ながら、部屋に引き籠もったままでも少なからず怪しまれる。
ぶつかる危険もない程度には空いている時間帯を狙ってラウンジに来ていたのは、私なりの回避策だった。

けれど、一人で取り繕えるのにも限りがある。
それを知らしめるかの如く、喉元に黒蛛の文様が浮かび上がったのは、今朝の事だった。
465 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/06(月) 01:18:11.83 ID:bb/eYvHzO

「――まあ、おかげで説明はしやすくなったかな」

「……これを」

「うん?」

「これを、知っているのは……?」

幾分か落ち着いたとはいえ、シエルの顔はまだ青褪めたままだ。

当然と言えば、当然だろう。
私達がフライアから帰ってきてからの時間は、既にそれなりのものになっている。
その間、通常任務をこなしながら、無治療のまま過ごしたともなれば、かかる負担も未知数だ。

「榊博士を通して、もう何人かには伝えてもらってる」
「……安心して、薬もいくつか貰ってあるから」

"黒蛛病"の発見以来、今なお未知のそれに対してフェンリルが進めてきたのは、対症療法としての治療法だった。
だけど、その結実をもってしても、確実と言えるほどの効果はない。
病の進行を遅らせることでさえ困難なのが、この時代の最先端医学の現状だった。
フライアが題目として掲げた根治の意味での"黒蛛病"への対処は、それだけ希望に満ちていて、懐疑的だったのだ。

466 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/06(月) 01:20:09.30 ID:bb/eYvHzO

「……それなら、何故君がここにいるんですか?」
「どうして、私達には何も知らされていないんですか……!」

「そうだな……まずは――」

そこまで言いかけて、声が途切れた。
唐突に喉を内側から絞られて、同時に何かがせり上がってくるかのような錯覚を受ける。
その何かを押し出そうと、私は衝動に促されるまま咳き込んだ。

「――っ」

鮮やかな赤が、口元を押さえていた掌を彩っていた。
それを血だと視認した途端に、口内に充満した鉄臭さに気づく。

「たいちょ――」

「来ないで!!」

張り上げた声が、立ち上がりかけたシエルの身を竦ませる。

「けほっ……大丈夫だよ、ちょっとむせただけだから」
「それに、こんな狭い所で急に動いたら危ないよ?」

誤魔化した声の掠れにも、彼女は気づいてしまうだろうか。
この喉と胸部の痛みは、叫んだだけで出来るものじゃない。
掌を隠すために包んだ指が、少し粘り気のある感触を伝えている。
そうなると、これは喀血ということになるのか。
467 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/06(月) 01:22:32.49 ID:bb/eYvHzO

「……落ち着いた?」
「じゃあ、続きを話すね」

……分析は後にしよう。
今は多少強引にでも、恐れと疑惑を強めたまま座り直したシエルに理解してもらう必要がある。
彼女も一旦は引き下がってくれたということは、まだそれに応じる気があるということだ。

「まず、一つ目の質問だけど……実は今、博士に協力していることがあるんだ」

「……協力?」

「うん……シエル、今の私とジュリウスの共通点って、何だと思う?」

「……隠し事が得意なところ、でしょうか」

「言い訳はしないけど、そこじゃないよ」

シエルの口から皮肉が出た事に内心たじろいだけど、表には出さなかった。
彼女も……いや、彼女達も、いい加減腹に据えかねていることは理解しているけれど、こちらもいちいち退いてはいられない。

468 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/06(月) 01:32:09.49 ID:bb/eYvHzO

「……えっと……"今"の君は、ジュリウスと同じ"黒蛛病"患者、です」

「そう……さらに言えば、"ブラッド"の偏食因子を保有した者同士でもある」
「置かれた条件の似た私の身体を調べれば、今のジュリウスの身に起こってる事も何かわかるかもしれない」

事実を再確認し、沈んだシエルの表情が見て取れる。
私はここから更に、彼女を傷つけなければならない。
胸を軋ませる、先ほどまでとは別種の痛みを振り切るように、私は言葉を紡ぐ。

「少し前にみんなにも話したけど、私は"黒蛛病"の性質が、ラケル博士の真意を知るヒントなんじゃないかと思ってる」
「だから私は、フライアから帰ってすぐ、博士に取引を持ちかけたんだ」
「この身体一つさえ差し出せば、ジュリウスか、彼を囲っているフライアの目的にもぐっと近づける可能性が出てくるわけだしね」

「そんな言い方……!」

「……それに、"黒蛛病"自体を治せる手だても、早く見つかるかもしれない」
「私だけじゃない、他の患者の人達だって助けられるんだ」
「流石に榊博士もいい顔はしなかったけど、最後は根負けしてくれたよ」

厳密には、彼が強く難色を示したのにも、別の理由があるんだけど。

「……それで?」
「取引という言葉を選んだからには、君も何か協力の見返りを求めたんですよね……?」
469 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/15(水) 01:19:59.37 ID:ymuPdvwEO
>>468
ちょっと訂正
シエルちゃんの受難は続く
470 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/15(水) 01:22:36.29 ID:ymuPdvwEO

「少し前にも話したけど、私は"黒蛛病"の性質が、ラケル博士の真意を知る鍵なんじゃないかと思ってる」
「だから私は、フライアから帰ってすぐ、博士に取引を持ちかけた」
「この身体一つさえ差し出せば、ジュリウスか、彼を囲っているフライアの目的にもぐっと近づける可能性が出てくるわけだしね」

少し、言い方が悪かったか。
黙ったままではあるものの、私を見るシエルの目つきが険しくなった。

「……それに、"黒蛛病"自体を治せる手だても、早く見つかるかもしれない」
「私だけじゃない、他の患者の人達だって助けられる」
「流石に榊博士もいい顔はしなかったけど、最後は根負けしてくれたよ」

厳密には、彼が強く難色を示したのにも、別の理由があるんだけど。

「……それで?」
「取引という言葉を選んだからには、君も何か、協力の見返りを求めたんですよね……?
471 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/15(水) 01:53:29.10 ID:ymuPdvwEO

待ちかねたようにシエルが口を挟むのも、無理はなかった。
ここまで語られてかつ、その問いをぶつけてきたということは、十中八九、彼女は答えに感づいている。
それにも関わらず、当の私は未だ核心を明かせずにいた。

「……実際には、その時は保留にしてもらってたんだけどね」
「本当にそれでいいのかなって、少し悩んでたから」

だからと言って、いつまでもそうしていていいはずはない。
とうに決断は下しただろう。
向き合わずに逃げることはしないと、誓ったばかりじゃないか。

「……多分、シエルの思ってる通りだよ」
「私がここにいるのは、このまま戦い続けることを選んだから」

472 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/15(水) 01:56:38.86 ID:ymuPdvwEO

「っ……そう、ですか」

シエルの落胆が、より色濃く容貌に映し出される。
彼女が予期していた最悪の答えは、僅かにすら変化を見せることはなかった、ということだ。
締め付けられるような身体の不快感と、胸奥の痛みが同期する。

「……理由は、二つあってね」

……話を、続けなきゃ。
今、俯いたシエルが抱いている思惑については、大体見当がつく。
それと向き合うためにも、こちらの意見を揃えておく必要があった。
473 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/15(水) 02:01:43.50 ID:ymuPdvwEO

「一つは、これもジュリウスに条件を近づけるため」
「彼も直接前線に出ていたわけじゃないけど、少なくとも以前までは、休みなく"神機兵"の指揮にあたってたみたいだからね」

投げかけた先の彼女は、俯いたまま動こうとしない。
仕方なく、私はそのまま次の話題に移る。

「二つ目……これはどちらかというと、かなり個人的なことなんだけど」
「……マルドゥークと決着をつけに行く前に、ジュリウスと話す機会があったんだ」

その時、シエルが僅かながら反応を見せた気がした。

「……そういえば、この時の話も詳しくは出来てなかったね」
「ともかく、そこで聞かれたんだ……もし私が彼と同じ立場だったら、どうしてたかって――」
474 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/02/27(月) 02:16:45.39 ID:t6wSokOEO

私の選んだ道は、仲間と共に戦い抜くことだった。
それが私の継ぐロミオの意志で、みんなに望みを叶えてもらったこの身にしか出来ない事だと思ったから。
少なくともその時点では、彼の選択を認めた上での答えだった。

「――だから私も……みんなと一緒に戦いたい」
「出来れば、私達の手でフライアと決着をつけたいんだよ……それが、理由」

返答は、少しの身じろぎだけ。
流石に気になって、

「シエル……?」

声をかけた時だった。

「……ふっ」

今度は、私の対処が追いつかなくなる。

「ふっ……ふふ、ふ……」

肩を震わせた笑い。
この挙動が場にそぐわないのは、当然の認識として。
それがシエルによって発せられたものということが、私には信じられなかった。

475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 22:15:17.23 ID:5Vc5Apm8O
豚切り&早漏ですまんが乙!

需要はここにあるぞ!
476 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/12(日) 08:50:44.39 ID:fQ6Rn10OO
半端なままどっか行ってるのはいつも通りだから気にすんな!
いつも通りな時点でよくないのはごめんなさい
477 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/12(日) 08:51:36.31 ID:fQ6Rn10OO

「ジュリウスに近づきたい、ジュリウスにそう応えたから……」
「……私達は、よほど信用がないんですね」

俯いたまま、ぽつりと言葉が落ちる。
その一言に射抜かれた実感は、確かにあったんだけど。
何となく、それは私にだけ向けられたものでもない気がした。

「……違う」

「いいえ……本当に信じているなら、そんな選択はしないはずです」
「研究への協力は別にしても、私達がフライアと決着をつけるまで、待つ事を選べたはず」
「こんなに報告が遅れることもなかったはずですよね?」

言葉は尚も、力なく零れ落ちていく。
声すら震わせて語るシエルは、一向にこちらを見ようとしない。

「そもそも……戦うだなんて考えが出てしまうこと自体、おかしいんですよ」
「前線に出ることだけが戦いじゃありません……それこそ、榊博士に協力を申し出るだけでも、十分な貢献じゃないですか」

言い聞かせるように、それが絶対だとでも言うように、シエルは語気を強めていく。
程なくして、私は先ほどの直感が正しい事を確信した。

「……副隊長の私が、頼りないからですか?」

シエルは己の身に、言葉を反響させている。
震えを笑いで誤魔化して。
決して口にしたくはないだろう恐れを吐露してまで、私を引き止めようとしてくれている。
478 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/12(日) 08:53:05.31 ID:fQ6Rn10OO

「未熟な私に任せられないから、君はいつも、こんな……っ」

押し潰されそうな彼女を、私は抱き寄せることも、手を握ることもできない。
届けられるのは、言葉だけだ。

「……違う。それだけは、絶対に認められない」
「私を信じられなくなるのは構わないけど、自分を疑っちゃ駄目」

それでも、シエルを見過ごせるだけの理由にはならない。
彼女達と改めて向き合うことも、残された時間の中で、私が果たす目的に含まれていた。

「ちょっとだけでいいから……顔、上げてほしいな」

口調を和らげ、リスクは承知の上で、シエルに身体を近づける。
警戒心を解かないまでも、要求通りに顔を上げた彼女は、すぐさま私から差し出された手に視線を向けた。
479 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/21(火) 01:21:13.75 ID:ysHzmTm8O

「……これ、色はシエルが選んでくれたの?」

掌を向けた私の手に乗せられているのは、シアンカラーのヘアクリップ。
空の解放感とどことない不安が同居したその色合いは、シエルの神機に配されたパーソナルカラーと共通している。

「……いえ。"隊長に一番似合いそうだから"と、ナナが……」

「そっか……ナナもよく見てるね」
「ほら……私、こんな頭してるから。緑が混じったもの同士、色も合ってて気に入ってるんだ」

「……そんな話、今更したって」

間の抜けた問いに毒づくシエルへ軽く笑いかけつつ、腕を引いた。
怪訝そうな表情はしているけど、先ほどの言葉にも効果はあったようだ。

「……私は、ずっとみんなに頼りっきりだよ」
「この髪留めだって、今も私が前を見るためには必要なものだから」

ヘアクリップを着け直した前髪に、ほんの少し重みを感じる。
480 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/21(火) 01:22:19.85 ID:ysHzmTm8O

「私のせいでみんなから信用を失うことはあっても……その逆はないよ」

言い切った私の見据える先には、苦々しく眉根を寄せるシエルがいた。
不快感というより、不安が強く出た表情。

「……私だって、君のことは信じていたいんです」

だから滅多な仮定を言うな、ということだろうか。
そう推察できる私も、結局は自身を疑っているのかもしれない。

「そうだよね……ごめん」
「……私も最初は、みんなに任せることも考えたよ」
「だけど、私にとっての戦いはやっぱりこっちなんだよ……私が応えた以上は、自分自身でジュリウスに示したい」

481 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/21(火) 01:26:41.95 ID:ysHzmTm8O

それでも、己の意志を変える気にはなれなかった。
ただ意固地になっているだけだったとしても、あくまで自身が主張する分は。

「……折れるつもりがないのなら、ひとまずは置いておきます」
「皆さんには、どう伝えるつもりなんですか?」

「その話なんだけどね……みんなには、いつも通りでいてほしいんだ」

「……黙っておけ、と?」

「言ってしまえば、どうしたって影響は出てしまうから」
「……今の、シエルみたいにね」
482 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/27(月) 02:33:09.44 ID:InYfLZS3O

実務上では理性的な判断に富むシエルも、人間関係、特に"ブラッド"に関する事ならば、こうも感情的になってしまう。
副隊長を任せられる実力はあるけど、彼女も隊の中では最年少なのだ。
こうして年相応な面も見せてくれるシエルだからこそ、私も出来れば伝えずにおきたかった。

「確実に成功させたいんだ。そのためには、みんなも万全の状態でいてもらう」
「……だから、こうしてシエルに打ち明けた」

だけど、彼女には早い段階で見抜かれてしまうという確信があった。
……私の意地を通すためには、シエルに辛い立場を押しつけるしか、ない。

「……今の私が、任務に支障をきたすほど動揺している事実は、否定できません」
「でも……それでも!今の君の行動を認めることも、私には……!」

到底彼女には納得されないであろうことも、わかっている。
483 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/27(月) 02:36:51.59 ID:InYfLZS3O

「……そうだね、私もシエルの言う通りだと思う」

「……え?」

「病気が病気だし……私一人のわがままで済むならともかく、"アナグラ"中に被害が出かねない」
「シエルに協力してもらったとしても、絶対に大丈夫とは言い切れないからね」

「!……な、なら――」

「だからこの先は、シエルが決めてほしい」

微かな期待に綻びかけたシエルの表情が、瞬時に強張った。
ここから先が、正念場だ。

「……な、何を……」

「私が今まで言ってきたのは、あくまで自身の希望……シエルが考えている通り、とても強制できるようなものじゃないってこと」
「そういうわけで、私の病状をみんなに伝えるか、このまま話に乗るかは……シエル次第だよ」
484 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/27(月) 02:44:55.81 ID:InYfLZS3O

あのまま協力させる体で話を続けたところで、彼女は首を縦に振らないだろう。
かといって、自分の状況を鑑みてか、否に傾き切っているわけでもない。
ならば、やり方を変える。
というより、元から無謀なものとして、賭けに出るしかなかった。

「……みんなに伝えるつもりなら、もちろん私も大人しく、病室に入るよ」

「だ……だからといって、私の一存で簡単に決められるものでは……!」

「簡単だよ。不安要素を排除してフライアに立ち向かうか、二人して辛い目に遭うか、それを決めるだけ」
「私はシエルに合意すると言っているんだから、この場で決定権を使えるのはあなただけだよ」

シエルの白い頬を、汗が伝う。
駆け引きをするつもりはない。
今はただ、彼女に預けるだけ。

「……君を相手に、こんな事を言いたくはありませんが」
「君は私を味方に付ける利があったからこそ、こうして話を持ちかけてきたはずです」
「それなのに、本気で……私に委ねるつもりなんですか?」
485 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/27(月) 02:45:42.81 ID:InYfLZS3O
ここまで
ノロノロしてたらついに漫画版に追い抜かされてしまった……
486 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:27:14.56 ID:RMLcSQ8bO

「……シエルの洞察力と、"直覚"が大きな障害になるって考えたことは、否定しない」
「でも、あなたが優秀なだけじゃ、きっと打ち明けられなかった」
「私が今みたいに包み隠さず話せるのは……シエルが友達だから、だよ」

少し、卑怯な言い回しだとは思う。
だけど、言葉自体に偽りはない。
彼女が利害を超えて信頼できる友人でなければ、この一連の思惑は生まれなかっただろうから。

「……私、は」

狭められたシエルの瞳が、情に揺れる。
せめぎ合いだ。
明白な現状維持か、不確かな抵抗か。
生じた迷いを情動として切り捨てる事に対しての躊躇が、彼女を苦しめている。

「すぐに決められないなら、今じゃなくてもいい」

顔を伏せ、逡巡する段階のシエルに、私が手を出せる謂れはない。
そもそも彼女を追い詰めているのは、他ならない私自身だ。
彼女に一任すると決断した以上、己の意思では動かせない。
487 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:29:39.59 ID:RMLcSQ8bO

「……一つ」

震えた唇が、決着を告げる。
……いや、まだ終わってはいないか。

「一つだけ、聞かせてください」

だからシエルは、その一押しを望んでいる。

「もし、ジュリウス以外の"ブラッド"が彼と同じ立場にいたとしたら」
「私が君と、敵対する事になったとしたら……君は、今と同じ行動を取れていましたか?」

それが理であれ、情であれ。
彼女が求めるなら、私は誠実さをもって応えるだけだ。

「たとえ相手がナナでも、ギルでも……あなたであっても、私の考えは変わらないよ」

488 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:32:59.02 ID:RMLcSQ8bO

シエルは、すぐには応じなかった。
たった少しであろう間を何倍にも長く感じながら、私は彼女の答えを待つ。

「……ずるいです、本当に」

如何様にも感情を読み取れるような、そんな呟き。
目元を拭い、面を上げたシエルの顔つきは一見して、いつもの無表情でいた。

「……君が戦力に数えられる内は、私も普段通りでいます」
「ですが……そうでないと判断した時、次はありません」

「足手まといにならないように、踏ん張らないとね」

「……無理もさせませんから」

勝利を収めたのは、情だった。
だけど、素直に喜べるはずもない。
それには、彼女を共犯者に仕立てた、という点も当然あるんだけど。
489 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:44:14.21 ID:RMLcSQ8bO

「……ありがとう」
「今日はこのまま部屋に籠るつもりだから、心配しないで」

「了解しました。では……」

普段通りというには少々過剰なほど淡白な反応を返して、シエルが立ち上がる。

たとえば私が、自身の行いを棚に上げ、この成果を嬉しがる図太さを持っていたとしてもだ。
一礼をし、踵を返した彼女の、その潤んだままの瞳を見てしまっては。
……そんな感情も、吹き飛んでしまうだろう。

「……ごめんね」

言葉を受けたシエルの背が、一瞬だけ緊張から解かれたような気がした。

「……失礼します」
490 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:45:30.99 ID:RMLcSQ8bO

閉まる扉が姿を隠すまで、彼女を見送る。
少しして、その奥で何かが崩れてしまった、音を聞いた。
すすり泣く声を、聴き続けた。



もう、戻れない。
491 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/03/31(金) 01:46:20.40 ID:RMLcSQ8bO
ここまで
492 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/05(水) 01:43:45.61 ID:goWqUgHoO



「――はい、依頼のブツ」

「手袋は薄くしたけど、基本的には私達整備班が使ってるのと同じ。性能は安心していいよ」
「服はまあ……お守り程度だね。長時間の接触はおすすめしない」

「……それにしても、"黒蛛病"患者に触れる装備……」
「それも通常の服装とほぼ変わらないデザインで……だなんて、ずいぶん無茶な頼みごとだね」

「……もしかして私、騙されてたりして」

「……なんてね。そんな怖い顔しないでよ」
「事情は博士から聞いてる。いつも隠し事される側だからさ、たまには意地悪しないとね」

「……経験上、君たち神機使いが止めても聞かないのも、よく知ってるつもり」
「君と同じぐらい、厄介な人を相手にしたこともあるからね」

「……だから、今回も死なない程度にはサポートさせてもらうよ」

493 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/05(水) 01:47:57.00 ID:goWqUgHoO

懸念が、3つあった。

一つは、私に巣食う病の経過について。
本来、首元の文様は、"黒蛛病"の最終段階として表れるはずのものだ。
身体機能の低下や喀血といった症状は、その前段階として認識されている。

私の場合は、それらが同時期に起こった。
しかも、感染からそれほど時間が経っていない状態で。

端的に言えば、病状の進行が異常なのだ。
一般人とは異なる神機使いの発症例も幾つかあるけど、ここまで極端な例はなかった。
その要因として有力なのは、やはりP66偏食因子の存在だろう。
既存と異なる部分として私に関わっているのは、それぐらいしか考えられない。

494 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/16(日) 07:18:49.96 ID:wAaxG1znO
「――"黒蛛病"、ひいては"赤い雨"に含まれるオラクル細胞の性質について、わかったことが二つある」

「このオラクル細胞は、あらゆる情報を記録し、蓄積させる。雨粒として触れたものなら、何をも問わずね」

「情報の獲得という意味では、アラガミの捕喰と何ら変わらないと思うかもしれない」
「だけど、この雨に偏向性はない。要は、最初に何を口にしようと好き嫌いが出ないんだ」

「さらに言えば、このオラクル細胞は捕喰すら必要とせず、ただ情報の取得に特化している」
「"赤い雨"が降った後、そこにある物体や地質に影響があったという話は聞いたことがないだろう?」
「もちろん、"黒蛛病"の例は除いてね」

「そしてもう一つ、その"黒蛛病"に感染した患者の体内に宿る偏食因子は、病の進行と共に成長する」

「言い換えれば、死に近づけば近づくほど、その力は強まるということなんだ」
「"黒蛛病"を、患者の肉体を自らの成長の糧とするため、オラクル細胞がその体組織を無理やり馴染ませる過程だと考えると……」
「一連の症状は、それに対する拒絶反応と見るのが自然だろうね」

495 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/16(日) 07:19:41.22 ID:wAaxG1znO

「……こうして成果を得られているのは、君から生じている"偏食場"を測定したおかげだよ」
「今までは観測も困難な程微弱だった反応数値を、君の身体は何倍にもして増幅させている」

「体内に入り込んだオラクル細胞が、急速に活性化しているんだ」
「それこそ既存の症例で言えば、とうに死に至っている程の領域にね」

「だけど、君はまだ生きている」
「重症化を促進させている要因と、君を生かす力が同じP66偏食因子であるのなら、まだ助かる見込みはあるはずだ」

「……情報の集積、無差別に与えられる偏食因子、そして……それらの"統制"」
「正直、当たって欲しくはない推測だけど……見えてきたものはある」
「……もう少しだけ、待っていてくれ」

特異な条件下にいるのは、私より以前に感染したジュリウスも同じだ。
気持ちだけ逸っても、仕方ないのはわかっている。
そのつもりであっても、芽生えた不安を完全に押し殺せる気概は持てなかった。
496 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/28(金) 01:45:21.12 ID:p2ihM7JsO

焦りに負けたとしても、立ち塞がってくるのが第二の懸念だ。
新種のアラガミと目されるそれは、主にフライアやサテライト居住区の近辺に出現し、人々を脅かし始めている。
ここ数日の主な相手となった奴らは、ただでさえ恒常的なアラガミ討伐に追われている極東の神機使い達にも、更なる負担を強いる存在となっていた。

その正体は、度重なる戦闘の結果,、方々の戦場に廃棄された"神機兵"のなれの果て。
黒鋼の装甲は赤く染まり、オラクル細胞の制御機構が積まれていたはずの背中からは、嘗てのマルドゥークを思わせるかのような触手が伸びている。
見た目以上に変化が顕著なのは、その挙動だ。

大剣を肩に掛け、背を折り曲げ、空いた片手を地に着けた姿勢は、どう見ても普段の"神機兵"のそれとかけ離れている。
あくまで模範的な神機使いに準じていた戦闘方式も、力任せに大剣を叩きつけたり、反動もろくに抑えずに銃弾を撃ち出したりするなど、
まるで抑えきれない力に振り回されるかの如く、極めて野蛮なものに変貌していた。

これらの変異を見せる"神機兵"は発生地点の関係から、サテライト住民にとっての新たな脅威となっている。
フライアへの物理的な介入を望む層にとってもそれは同様で、突如現れた赤い群れは、意図せずして防壁の役割をも果たしていた。
497 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/04/28(金) 01:50:31.10 ID:p2ihM7JsO

榊博士の見立てでは、これも"赤い雨"の影響による可能性が高いらしい。
既に何体か撃破された赤い"神機兵"の、まだアラガミ化を免れていた部品と偏食因子の形質を調査した結果、
それらは全て、ジュリウスが指揮を執った以降の世代のものであると断定されている。
つまりは、"黒蛛病"患者の偏食因子を注入された"神機兵"がその前身ということだ。

フライアの管理問題は置いておくとして。
"統制"によって何らかの影響を受けた"神機兵"の偏食因子が、制御を失った上で“赤い雨”と接触、活性化したと考えれば、
私の身に起こっている事も踏まえ、幾らか辻褄は合うかもしれない。

ただ、そう仮定すると気になるのは、"神機兵"が変異したタイミングだ。
原因が偏食因子の変化と"赤い雨"にあるなら、何故今になって同時多発的な変異が起こったんだろう。

ジュリウスが"神機兵"を率いてから、たったの一回も"赤い雨"が降らなかった、なんてことはもちろんない。
"神機兵"にしても、その時ごとの戦場に遺棄されている事実がある以上、全てがほぼ同じ時間に棄てられていた、と考えるにも無理がある。
残る線は、"神機兵"に変異の可能性を与えた"統制"の"血の力"だ。
498 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/05(金) 23:35:34.01 ID:xr42ErhWo

「――ジュリウスのことは、もちろん心配です」

「友達にはなれませんでしたけど、フライアに来る前から、私達なりの付き合いがありましたし……」
「少なくとも、彼がこんな行動に出るような人物でなかったことは、私も理解しているつもりです」
「それに、ラケル先生だって……」

「……こんな状況になってしまって、時々わからなくなることがあるんです」

「君に出会う前の私は、命令が絶対でした」
「両親のこともほとんど覚えていなくて、ただ言う事を聞いて認められるのが拠り所になっていって」
「いつの間にか私は、与えられた命令を第一に考えるようになっていました」

「拾われた恩はあります」
「ですが、当時の私から見たジュリウスやラケル先生の人物像が、果たして本当に正しいものだったのかどうか……」
「どうしても、自信が持てなくて」

「……そう、ですね」
「過去を思い悩んで立ち止まるよりかは、これから彼らを理解していこうと考えた方がいいのかもしれません」

「私を今のようにしてしまった君も、同じですよ」
「"これまで"だなんて、考えないでください」
「……そのために、私は自分の意志で君に協力しているんですから」
499 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/05/10(水) 22:10:47.22 ID:fzbACKzZO

そのジュリウス、というより、フライアの動向で気にかかっていたのが、現在の"神機兵"の運用だった。
フライアとのつながりが断たれた今、戦場にいる"神機兵"の姿は、報道映像等の断片的な情報で窺い知るのみだ。

だけど、フライアに直接乗り込んだ"ブラッド"は知っている。
少なくともその当時、私達と相対した"神機兵"の挙動は、明らかにジュリウスが指揮するそれとは質が異なっていた。
本来想定していない類の相手だったとしても、
アラガミの群れを退けられる実力を持ったはずの神機兵団が、たった4人の神機使いにああも容易く抑え込まれるものだろうか。
こちらとしても不意を突かれた場面はあったものの、"朧月の咆哮"と同一の指揮系統だとはとても思えない。

ジュリウスが手を抜いていた、という風には感じなかった。
フライアの所業を意図的に暴かせるのが目的なら、わざわざ一芝居打ってまで"黒蛛病"患者を逃がす必要はない。
善意があっての行動だとしても、神機使いですらないユノに刃を向けたという事実がある。
あの方式を採っている以上、ジュリウスの代わりに教導役を務められる人物も存在しないはずだ。
ここまで考えれば、何が彼の代わりに"神機兵"を動かしていたのか、自ずと答えは見えてくる。

"神機兵を自律モードで配備してある……眠らない歩哨だ"

"フライアのおかげで、無線制御の機体としては、ほぼ完成している"
"今は俺の血の力用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ"

あの神機兵団は、完全に自律した制御の下にある。
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