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提督「劇をしたい」龍驤「あのさぁ、さっきからなんなの」
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136 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/11(日) 22:51:15.87 ID:2CgeDF200
>>135
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マイクどころか、零式聴音機ですら拾えない程小さな声だった。
その声が、機関部を水没させるかのごとく青葉を覆う。
青葉「……」
中破、そして大破の艦娘に何ができるのか。
しかも、それは駆逐艦で相手は超弩級戦艦だ。
万全の状態ですら、拮抗してはいない。
疑念と共に那珂を見据える。
137 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/11(日) 22:53:19.76 ID:2CgeDF200
那珂「……」
周囲の空間が歪む。
青葉が見た錯覚でしかないが、その気迫はあの武勲艦を想起させるものだった。
華の二水戦旗艦
艦体が真っ二つになろうとも、その戦意衰えることなし。
結果、皇国に勝利をもたらした、あの武勲艦を。
那珂「さぁ、まだまだ砲撃戦は続くよー!!」
138 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:40:29.15 ID:QTJQMTd80
――第六駆逐隊――
電「響ちゃん、諦めちゃだめなのです」
響「すまない。最後は全力で回避しなくちゃいけなかったね。電はかなり無茶をしたけど大丈夫かい?」
電「大丈夫なのです。雷撃を打ち込む機会まで耐えましょう」
響「了解!」
139 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:42:01.40 ID:QTJQMTd80
挺身により電は小破となった。
長門に打ち込むということは、電自身にもそれ相応の反動があるということだ。
響を庇う代償は決して安いものではなかった。
ただし、これは決して自棄になったわけではなく、勝つための最善策だ。
水雷戦隊の決戦兵器である酸素魚雷を長門に叩き込むため、少しでも命中確率を増やす必要があった。
下手な鉄砲の例えは正しく、数多く打てば実際に当たる。
問題は1盃の駆逐艦に載せることができる数に限界があるということ。
そして、1盃の駆逐艦が当てることができる魚雷の威力では戦艦を打倒することができないということだ。
140 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:43:00.21 ID:QTJQMTd80
3盃生き延びて酸素魚雷を当てることができればなんとかなる。
訓練前の北上の言葉だが、的を射ていた。
2盃なら可能性が残り、1盃ではわずかな希望も残らない。
鳳翔が着任するまでの長い期間、単騎で闘い続けた電は決して諦めることはなかった。
そんな彼女が手にした、姉妹で闘う初の機会。
電「皆で勝つのです!」
141 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:46:58.19 ID:QTJQMTd80
――長門――
長門「……巧いな」
駆逐艦の機動力により、長門はT字不利を取らされ続けた。
装甲の薄さを代償に、彼女達の速力は長門のそれを凌駕している。
力に対して決して力で対抗せずに、速さで対抗する。
同行戦に比べて、火力は4割といったところだろうか。
その状況下でも定石通り、練度が低い艦に狙いを定め砲撃を放つ。
この2盃が相手であれば響が標的艦となる。
142 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:48:17.90 ID:QTJQMTd80
それは向こうも承知の上だろう。
砲を放つその瞬間、電が砲塔めがけて射撃を放ってくる。
豊満な胸部装甲で受けたのであれば、駆逐艦の砲撃などものの数ではないが、砲塔であれば話は別だ。
的中してしまうとその砲が使えないばかりか、射撃妖精の士気まで低下してしまう。
実際、響が放った一撃が砲塔1つを再起不能に追いやり、見かけの被害以上に戦力は低下していた。
これは駆逐艦としては十分の戦果だった。
1つであれば大きな影響はないが、正確に当て続けられると話は変わってくる。
砲撃を放てない戦艦は大きな的でしかないからだ。
143 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:49:10.18 ID:QTJQMTd80
電は正確に、偶然に頼らず当てる技量がある。
必然、電に対しても砲を放つ必要があり、結果1盃に対しての火力と命中精度が低下してしまった。
響「くっ、まだやれる」
長門の砲撃を躱し続けることはできなかったが、何とか装甲を抜かれずに堪えていた。
互いに決定打を出せずに、腰を据えた砲撃が必要なことは明白だった。
機は熟した。
144 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:49:50.05 ID:QTJQMTd80
電「響ちゃん!」
響「雷撃!」
響が酸素魚雷を放ち、電は長門に向かって走り出す。
電が前衛で響が後衛の形となったが、電が響の射線に重なってしまっている。
長門「真正面は無駄だ! 当方に迎撃の用意あり!」
きっちりと向き直り、構える。
初回は不意打ちだったが、今回は違う。
電の挺身だけであれば一方的に迎撃可能、2段構えの雷撃も響だけであれば耐えられる。
長門は狙いを定めた。
145 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:51:11.67 ID:QTJQMTd80
電「右舷投錨、 最大戦速!」
停止と加速を同時に実行する矛盾。
電「面舵いっぱい!!」
投下した錨を起点に弧を描きながら海上を滑り、長門の背後をとった。
146 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:52:06.28 ID:QTJQMTd80
長門「なん……だと!?」
長門は電の狂気ともいえる操舵を予測できずに反応が遅れてしまった。
電「雷撃、なのです!」
長門は必死に舵を切る。
完璧な挟撃だったため、どちらかの魚雷は確実に長門に喰らいつく。
147 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:52:44.47 ID:QTJQMTd80
響「やった!」
先に発射した響の酸素魚雷が長門左舷に命中。
北上との訓練後、何度も何度もイメージトレーニングを重ねた成果が表れた。
長門を中破に追いる。
電「このまま夜戦に突入なのです!」
想像以上に損害を与えることができたため、電ですら高揚を隠せなかった。
148 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/21(水) 21:53:57.18 ID:QTJQMTd80
長門「まだだ!」
長門は電が放った魚雷に対応する。
速力を上げて、自らの右舷で魚雷を迎えに行った。
響「一体どういうこと?」
電「……やられました。注水復元です」
勝負の天秤はいまだ平衡を保っていた。
149 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:43:17.76 ID:OgAyCE7K0
――司会実況――
青葉「……青葉、あんな動き見たことがありません。那珂ちゃん、解説お願いします」
那珂「本当に驚きました。思わず私も参戦してしまいそうになるくらい……」
青葉「あのぉ、那珂ちゃん? 解説をおねがいします」
那珂「はっ!? 艦隊のアイドル那珂ちゃんだよ〜☆ まず、長門さんから説明するね」
青葉「響ちゃんの雷撃を受けたあと、なぜ電ちゃんの雷撃まで受けてしまったのでしょうか」
那珂「これは継戦力を確保するためだよ。もし、昼戦だけで勝敗判定をするならあんなことはしないよ。被害が単純増加しちゃうからね」
青葉「なるほど」
那珂「まだ夜戦が残っているからね。左舷側に傾斜したままだと速力はともかく回避が難しくなっちゃうんだ」
青葉「確かに。取舵※1はとれても、面舵はとれないです」 ※1:左折
那珂「でしょ? だから両舷のバランスを合わせるためにあえて右舷側にも雷撃を受けたんだよ」
青葉「ですが、注水弁を開けばいいのでは? わざわざ艦体に穴を開けてまで傾斜復元する利点がわかりません」
那珂「演習ならそうだよね、夜戦への移行は若干の準備時間を設けるから。けど実戦は違うんだよ、雷撃のあとにまた雷撃があったり、航空戦力だって控えているかもれない。間に合うかどうか、これが運命の5分になっちゃうかもしれないよ」
青葉「長門さんはそこまで考えて」
那珂「第六の皆の中で実戦経験があるのは電ちゃんだけだからね。そもそも、この演習は第六駆逐隊が出撃できるようにするための準備だから、長門さんは惜しみなく全力を見せてくれているね」
青葉「そうでした。今後、青葉が片舷に魚雷を受けたら、半舷にも魚雷を受けますね!」
那珂「そんなことしたら轟沈しちゃうよぉ。皆も長門さんの真似をしちゃダメだからね。真似しなきゃいけないのは最善を尽くすために常に全力を出すこと、だよ☆」
青葉「了解です!」
那珂「次は電ちゃんの説明をするね」
青葉「あれは訓練にない動きでした」
那珂「青葉ちゃんは皇国海軍防衛マニュアルを全部読んだかな?」
青葉「……いえ、全部は」
那珂「大丈夫、大丈夫☆ 提督が把握していたら大丈夫だから。那珂ちゃんたちはあくまでも運用される兵器だからね」
青葉「きょーしゅくです」
那珂「そこに書いてあるんだ、『対異星艦隊迎撃法』ってね。実戦で使ったのは妙高さんだけだけど」
青葉「アハハハ、那珂ちゃんジョークですね」
那珂は笑顔を返した。
青葉「……え?」
那珂「さて、そろそろ夜戦突入の是非を確認しよう!」
青葉「あ、はい。現在の戦果だと長門さんが勝利で終了です。第六駆逐隊に夜戦突入の意思を確認しますね」
応答を待つ。
青葉「4人全員が夜戦突入の意思を示しました! えっ? 4人全員ですか?」
それを聞いた那珂が見たことのない笑顔になった。
那珂「これが水雷魂なんだよ☆ さあ、青葉ちゃん。はやく夜にしてね」
青葉「取り扱い説明書にしたがって……、『使う時は柏手を2つ打つんやで』成る程。はい、それでは両儀式符にて昼夜反転! 夜戦開始です!!」
150 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:44:46.44 ID:OgAyCE7K0
――第六駆逐隊――
暁「……」
真っ暗闇のなか思案する。
長門の砲撃を受けたため、全く身動きが取れなかった。
旗艦の責務を果たさないまま、妹達に負担をかけている。
このまま演習が終わるとして、どうなるだろうか。
皆で頑張ったと讃え合えるだろうか。
長門はおそらく暁達を褒めるだろう。
初陣をよくよく頑張った、と。
北上は労うだろう。
まぁ、駆逐艦だしね。とりあえずおつかれさん、と。
第六駆逐隊はどうだろうか。
響と電が昼戦を耐えぬいてくれた。
中破して震えていた雷はその勇姿を見て缶を温めなおしてくれた。
なんと誇らしい妹達か。
暁自身はどうか。
何もできなかった自分自身を許せるだろうか。
否! 断じて否!
暁「……許さない。絶対許さないんだから!」
昼戦中、ずっと見るているだけだった。
当然、長門の位置は覚えてる。
暗闇になろうともはっきりと捉えている。
暁は長門に向けて探照灯を照射した。
151 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:45:36.62 ID:OgAyCE7K0
――長門――
長門「むっ!?」
暗闇に目を慣らしていたところに強烈な光を浴びせられた。
刹那、暁の姿が焼き付いた。
あまりの光量のため、夜戦中に視力が回復することはないだろう。
暁にとって探照灯を使うことはトラウマだったはず。
それを乗り越えて、本気で勝ちを目指している。
長門「くっ」
長門にとっても強烈な閃光はトラウマだったため、艦体が震えている。
乗り越えることは容易ではない。
それでも暁の勇気には応える必要があった。
長門「目標、暁。連装砲、斉射!」
目を閉じたまま、きっちりと弾着させた。
暁:大破(轟沈判定)
長門「ふんっ!」
海面を一定間隔で叩き続けた。
152 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:46:55.65 ID:OgAyCE7K0
――第六駆逐隊――
響「……」
長門の砲撃音に紛れて移動、速やかに缶の火を落とした。
機関部を停止させたためもう回避はできないが、暁がつかみとった機会をなんとしても活かしたかった。
視覚を封じたとはいえ、長門を無力化できたとは言いがたい。
響が発する音を見られてしまう可能性があり、悪い予感こそよく当たる。
響「……」
無言のまま、四連装酸素魚雷を放つ。
渾身の一撃だ、外れたとしても耐え切られたとしても後悔などない。
暁は成すべきことを成した。長門の位置は完全に捕捉できている。
電はわざわざ大きな音を出しながら長門に向かっている。少しでも酸素魚雷を悟らせないためだ。
雷もすでに移動を終えていた。艦体の震えは止まったようだ。
なんと誇らしい姉妹だろうか。
酸素魚雷の行方を眺め、水柱が上がることを確認した。
響「よし!」
長門「目標、響。連装砲、斉射!」
響「……そんな」
響:大破(轟沈判定)
153 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:47:25.50 ID:OgAyCE7K0
――長門――
海面を叩きながら電を待つ。
耳を済ませても、響と雷の音は見えなかった。
間違いなく、大音を立てて陽動している電の作戦だ。
響も雷も、おそらく暁が探照灯を放った時とは違う位置にいるだろう。
電「電の本気を見るのです!」
長門は声のする方を向き、迎撃の体勢をとる。
連撃だろうと一撃必殺狙いだろうと対応できるだけの鍛錬は積み上げていた。
直後、切札を切るような甲高い音が鳴り響く。
長門「一撃必殺か! いいだろう受けて立つ!!」
154 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:47:55.99 ID:OgAyCE7K0
『主錨』
『副錨』
『副錨』
155 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/10/25(日) 17:49:42.59 ID:OgAyCE7K0
長門「は?」
主砲や魚雷を想定していたが、電は鎖付きの錨を投げつけてきた。
電「捉えました」
長門を縛り付け、主砲を構えながら宣言する。
長門「あぁ、私がな」
ほんの少し艦体を揺さぶり、鎖を通して電を制した。
電「柔!? よくここまで鍛錬を積みました」
長門「お前に認めて貰えて光栄の至だ」
海面を叩きながら返答する。目は閉じたままだった。
電「……」
響の酸素魚雷到着まで、5秒前、4、3……
長門「せいやぁ!!」
裂帛の気合と共に海面に衝撃を与えた。
それも同時に2箇所。
直後、響と長門の間で水柱が立った。
電「信管過敏!? そんな、酸素魚雷の整備は十二分にしたのです」
長門「目標、響。連装砲、斉射!」
電「まさか……遠当て? それよりもどうやって酸素魚雷と響ちゃんの位置を……」
長門「終わったあと、ゆっくり間宮で話そうじゃないか」
電「……そうですね」
長門は連装砲を、電は酸素魚雷を構える。
長門「てぇー!!」
電「なのです!!」
長門の砲撃は全弾電に吸い込まれ、電の酸素魚雷は長門の下に向かい沈んでいった。
電:大破(轟沈判定)
長門「終わりだな」
電「えぇ。電達の、第六駆逐隊の勝利です」
BOB! という轟音と共に、海が長門を捉え上空へ吹き飛ばした。
長門「……馬鹿な」
長門:大破
これにて第六駆逐隊と長門の演習終了。
結果発表を待つ。
156 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/01(日) 22:54:34.38 ID:/77XVT0Q0
――司会実況――
青葉「演習終了です! 暁ちゃん達と長門さんが戻り次第、提督による結果発表です」
那珂「……川内ちゃん、今日の出撃代わってくれないかな。これを見た後だと、遠征じゃちょっと物足りないかも」
青葉「那珂ちゃん、落ち着いて。そのあたりの話は司令官と相談してください」
那珂「わかってるよぉ。結果発表の時に聞いてみるね」
青葉「ところで、最後まで司令官は顔を見せませんでした。どうやって採点するのでしょうか」
那珂「普通に採点するんじゃない? 見ていなくとも観ていただろうし、聞いていなくとも聴いていたんじゃないかな。それができなきゃ那珂ちゃん達の指揮(プロデュース)はできないからね☆」
青葉「そうですか? いえ、意味不明ですけども。では、青葉はインタビューの準備をしちゃいます」
川内「その前に、提督の結果発表を聞きなよ」
那珂「あ、川内ちゃんだ。ねぇ、今夜の出撃代わってよぉ」
川内「提督が良いって言ったらね。今回は私がお願いしたわけじゃなくて、提督の指令だから」
那珂「う〜、いいなぁ」
青葉「……いったい、どこから現れたんですか?」
川内「ん〜? 青葉の意識の隙間からかな。なんとなく那珂が暴走しそうな気がしてね、提督より一足先に来たんだよ」
那珂「那珂ちゃんはアイドルだから暴走なんてしないよ」
川内「電が長門さんの虚を突いたりして、那珂の戦意も高揚。思わず参戦しそうになったりは?」
那珂「……してないよ」
川内「……」
那珂「してないよ?」
川内「わかった、わかった。ほら、もうすぐ結果発表だから」
那珂「はーい」
157 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/01(日) 22:56:14.43 ID:/77XVT0Q0
執務室の方角から白い塊が飛んできた。
着地と同時に正体が明らかになる。
提督「間に合ったか? 間に合ったよな!」
青葉「ぜんぜん間に合ってません! もう終わっちゃいましたよ」
提督「何たること! 作戦会議を終わらせて、大本営との交渉まで終わらせたというのに!」
青葉「初めての演習なのに。これじゃ暁ちゃん達、泣いちゃいます」
提督「うぐっ。青葉よ、痛いところを突くじゃないか。成長したな」
青葉「ども、きょーしゅくです!」
提督「しかし、責務は果たさせてもらおう! ちょうど帰ってきたようだしな」
雷は暁を曳航して、長門は響と電を曳航して戻ってきた。
誰一人として五体満足ではない上に、第六駆逐隊は全員が涙していた。
負けてもいい程度の覚悟で臨戦していたのであれば決して流れない涙だと、見る者全員が感じ取った。
提督「皆、よく闘ってくれた。早速だが、結果発表をする」
那珂「全員、傾聴!」
提督「まず演習の勝利は、長門だ! また、単騎のためMVPも長門だ、おめでとう」
長門「あぁ、私にとって価値ある一戦だった。ありがたく貰っておこう」
提督「次に、第六駆逐隊のMVPは雷だ、おめでとう」
雷「……ぐすっ。ありがとう……えぐっ、ございます」
提督「講評に移る。まずは暁から」
暁「はい……ぐすっ」
提督「旗艦が随伴艦を庇うなど言語道断だ。結果として艦隊すべてを危険に晒すからだ。そんな艦娘は旗艦を務めるべきでない」
暁「……はい」
提督「ただし! 誰かを守ることこそ我々の存在意義だ! よく雷を庇った、暁ぃ!!」
暁「えっ? はい?」
提督「夜戦の照明灯もだ。あれがあったからこそ、お前たち4人が一斉に長門に挑むことができたんだ! お前にとってのトラウマだろうに、よく勇気を振り絞った」
暁「えーと、ありがとうございます。お礼はちゃんと言えるし」
提督「今回は花マルをやろう! よーしよしよしよしよし。いい子だ暁、よくできた!」
暁「はわわわ。頭をなでなでしないでよ! もう子供じゃないって言っているでしょ!」
提督の手は急に動きを止めた。
暁「ど、どうしたのよ? 急に止まっちゃったりして」
提督「すまない。そうだな、暁は一人前のレディだからな。つい、妙高や隼鷹と同じように褒めてしまった」
158 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/01(日) 22:57:53.07 ID:/77XVT0Q0
暁の脳内で中央演算装置がオーバークロックを起こす。
同時に、高度な数式が展開された。
妙高≒隼鷹≒一人前のレディ≒暁
暁「……」
無言のまま脱帽し、頭を差し出す。
提督「ん? 妙高や隼鷹と同じ扱いでいいのか?」
暁「と、当然よ!」
提督「暁、よくやった」
暁「♪」
暁はあまりにもあっさりと陥落してしまった。
ほんの少し前まで涙を流し、鼻水を垂らしていたとは感じさせないほどに。
泣いていた他の3人もその様子を見て自身を改めた。
悔しさはよりも、この機会を与えてくれた指令に報告をしたい気持ちが勝ったからだ。
提督「響ぃ、講評だ!」
響「ああ、わかったよ。けれど司令官、首だけでこっちに振り返るのはやめてくれないかい? 人間の可動域を超えているよ。はっきり言うと怖い」
提督「何をいまさら」
響「そうだね」
提督「響は……うむ、いい表情だ。何か納得できたか? だが講評はさせて貰おう」
響「お願いするよ」
提督「昼戦の主砲、雷撃を放つところ、長門の砲撃を回避するところ。夜戦の雷撃もよくやった。可能戦闘機会を余すところなく使っていたな。花マルだ!」
響「スパシーバ」
提督「……」
響「どうしたんだい、司令官? 何か気に触ることをしてしまったかな」
提督「お前の祖国はどこだ? お前が守りたい国は?」
響「あぁ、そうか。そうだね、不誠実だったよ。私は『響』。皇国で生まれ育った暁型の駆逐艦だ。祖国はこの国しかない」
提督「そうだな」
響「けれど、司令官。私は連邦だって同じように守りたいんだ。私はあの国でも闘っていたからね。彼らが深海棲艦の脅威に晒されたなら、その時は助けに行きたい。これは皇国に仇なす意志だろうか」
提督「そんなことはないさ、お前は暁型だからな。誰かを助けるときは、俺が止めたって押っ取り刀で駆けつけるだろう」
響「ふふっ。ありがとう、司令官。雷と電も待ってるから」
提督「ああ」
響「……」
159 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/01(日) 22:59:13.99 ID:/77XVT0Q0
提督「油断したな! よーしよしよしよしよし。いい子だ響、よく頑張った!」
響「はわわわわ」
提督「お前は暁型のお姉さんだからな。たまにはしっかりと子供扱いをしてやろう。仲間を置いて歩を進めるのは辛かったろう、単独で長門に対峙するのは怖かったろう。よくよく耐えたな!」
響「あり、ありがとう。はわわ」
提督「高角砲だったとはいえ、長門の砲撃は命中していただろう。なんで昼戦で中破にもならなかったんだ? 響の装甲はオリハルコンか何かでできているのか?」
響「ふ、不死鳥と言う通名もあるくらいだからね」
提督「説明不足だよっ! 恐怖で足が竦むところを奮起していたからだな。耐久力じゃなくて、回避で勝負したのがよかったな! これはお前の意思の強さと言っていいだろう。よしよし」
響「さすがにこれは恥ずかしいな」
提督「頑張ったら褒められるということだ。遠征帰りでもこんなんだったろう?」
響「言われてみればそうだね。どうもありがとう。今度こそ雷のところへ行ってあげて」
提督「うむ」
暁型三番艦へ向き直る。
提督「雷ぃ、講評だ!」
雷「はい! 司令官。雷はもう泣いてなんかいないわ」
提督「殊勝な心掛けだが、まずは初撃を回避せんかぁっ! 出撃したいと言い出したのはお前だろう。駆逐艦の薄い装甲では耐久戦はできないんだ!」
雷「はい。うぅ、……ぐすっ。りょうがいでず」
提督「つぎは夜戦だ! 怯え縮こまっていたのに、よく缶を温め直したな! なぜ戦意を取り戻せたんだ?」
雷「えぐっ……え? え〜と、暁と響が必死に闘ってたから、雷もなんとかしようとして……」
提督「そうだ! そうやって足りなくともなんとか絞りだそうとする心意気こそ大和魂だ! よくやった、雷!」
雷「うん? ありがとう、司令官! もーっと私に頼っていいのよ?」
提督「おうとも、頼りにしている。あとは戦闘技術の評価だ。酸素魚雷でバブルパルス攻撃とか、いったいどういう発想だよ!」
雷「北上さんに言われたの、『最終手段として長門さんの下の方に魚雷を走らせるんだよ〜。爆破のタイミングは電が合わせてね』って」
提督「……やはり北上か」
雷「けどその雷撃しか攻撃できなかったわ」
提督「それでいい。闇雲に主砲を打つよりもよほどお前の成長につながったよ。いい子だ、雷! よくできた。 ひゃっほーう!」
雷「あははは、目が回るわよ。ちょっと、本当に目が回るから。電、見てないで司令官を止めてよね!」
提督「これくらいにしておこう。当然、雷も花マルだ! 次は電だな」
電「はいなのです」
提督「その前に、あっちの対応を頼む」
160 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/12(木) 11:44:30.15 ID:jPUBvEHMO
>>95-96
ここは電じゃなくて雷じゃね?
161 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/14(土) 19:25:02.36 ID:LhWGe+c60
会長「お母さん。大丈夫ですか、お母さん」
泣きながら、会長が電の元へやってきた。
応援をしていたと比べてひどく弱々しく情けない顔をしていた。
電「ふぅ」
電はため息をつき、呆れた顔になりながらも暖かく応えた。
電「電はとても強いですから、このくらいへっちゃらなのです。坊はいつまでたっても泣き虫さんです」
子をあやすように会長の頭を撫でてやる。
電「それよりちゃんと演習を見てましたか? 電は坊達が安心して暮らせるように頑張っているのですよ?」
会長「はい、ちゃんと見てました。瞬きもせずに、僕はちゃんと見ていたのです」
電「そう、電の前では格好を付けずに普通に話せばいいのです。けれど、瞬きはちゃんとしてくださいね」
会長「はい。はいなのです」
電は会長が落ち着くまで頭を撫で、話しかけてやる。
電「そろそろ演習を終了させないといけません。また時間を作ってお話しましょう。いつでも鎮守府に遊びに来るのです」
会長「はい。ありがとう、お母さん」
目をこすり、深呼吸していつもの調子に戻る。
そして組員に向けて号を発した。
会長「皆! これが我が君だ、我らの守護者達だ!」
伝説は真実だった。
提督が連れてきた艦娘が、その日の内に近海を解放したという伝説だ。
会長が電を語る時、皆は話半分に聞くようにしている。
実際に闘っている姿を見たことはなく、遠征任務をする艦娘だと思っていたからだ。
鎮守府前海域の解放は、比叡や日向によるものだと判断していた。
それは間違いであったと、今日、完全に理解する。
会長「今晩の慰労会の準備に移れ!」
ヨーソローの応答とともに速やかに撤退を始める。
組員は提督へ挨拶を済ませ、保護者たちは子供達の相手をしてくれていた長門に礼を述べた。
子供達は満足気な顔になり、長門はそれ以上に満足していた。
162 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/14(土) 19:28:15.00 ID:LhWGe+c60
青葉「ふふふ、降りてきました! 青葉、取材を始めます!」
天啓を得た青葉が会長にインタビューするために駆け寄った。
青葉「会長! 取材させてください。電ちゃんとの出会いから今日に至るまでをお願いします!」
那珂「青葉ちゃんって、おバカさんだね☆」
青葉「えっ?」
会長「青葉殿、よくぞ聞いてくれました! 我が君との出会い、それは私がまだハナタレ小僧だった時分。 珍しく海が凪いだ日でした」
会長は嬉々として話を始める。
会長「提督、青葉殿をお借りしていきます。手短に話しますが、立ち話で済む話ではありませんので! 慰労会までには間に合わせます」
提督「青葉をよろしくお願いします」
提督は一礼する。
提督「あと慰労会ですが、ありがたくお受けします」
会長「なんのなんの、私こそお礼をさせてください。いつも我々を守ってくださりありがとう存じます!」
提督「お上より賜った、我々の存在意義ですから」
提督の表情は誇らしげだった。
提督「では、青葉の取材が入ったので明後日の夜ですね。慰労会楽しみにしております」
会長「精一杯もてなしますので!」
青葉「……え? 会長の取材は慰労会までじゃ」
提督「青葉、自分で口にしたことは必ずやり遂げろよ」
青葉の脳内で中央演算装置がフリーズを起こす。
キャッシュもメモリも真っさらにして現実から逃げたかったが、強制的にリカバリされる。
逃げることなど許されない。
会長への取材が決定した瞬間に慰労会開催時刻が48時間ほど延期された。
それについて誰も気にしていない。
それどころか青葉に憐憫の目を向けている。
電「青葉さん」
青葉「はい! ワレアオバ!」
混乱していることが容易に読み取れた。
電「明後日の慰労会で会いましょう」
青葉「いやーっ!!」
163 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/14(土) 19:30:22.94 ID:LhWGe+c60
青葉を見送り、電に提督式賞賛術をかけた後、長門の講評を始める。
提督「長門、不十分な兵装でよくぞここまで闘った」
長門「ああ、私はビッグ7だからな。どんな条件であろうと最善を尽くすさ」
提督「うむ、素晴らしい。戦闘技術の評価だが、まるで比叡を見ているようだったぞ」
長門「その評価はありがたい、少しでも早く追いつきたいからな」
提督「お前ならできるさ。正直、夜戦時1発目の雷撃で終了すると思っていた。それがどうだ? 昼戦の雷撃を両舷で受けてまで、継戦力を確保。探照灯で視覚を奪われても擬似アクティブソナーで対応。しかも通しで魚雷を迎撃だ。比叡でも今の長門くらいの時はここまではできなかったんだぞ?」
長門「指導者の差ではないか? 私には比叡と日向がいたが、比叡には提督しかいなかったろう?」
提督「なんだと! 泣くぞ、そんなことを言うなら俺は泣くぞ!」
長門「最後まで聞いてくれ、彼女達は自分たちが躓いた箇所とどう乗り越えたかを教えてくれたのだ。決して提督の指導が悪いと言っているわけではない」
提督「そうか、そう言ってくれて助かる。あと少しで俺は泣くところだった」
長門「……龍驤も大変だな」
提督「気にするな、このたぐいの苦労をするのは龍驤だけだ」
長門「そうだな。しかし、比叡の技術指導よりも言葉が重かった」
提督「ほう、琴線に触れるものがあったか」
長門「『敵を倒す必要はありません、しっかり防御してちゃんと帰りましょう!』、だそうだ」
提督「これだけではお前は反発するだろう。戦艦同士の殴り合いはどこに行ったんだ?」
長門「まだ続きがある。『私達を介錯する駆逐艦なんて、万が一にも作ってはいけません!』」
提督「……そうか。比叡は十分以上にわかってくれているんだな」
長門「あぁ、そうだ」
提督「精神面の話で言うか言うまいか迷ったが、今の長門であれば大丈夫だな」
長門「ほう、何かな」
提督「暁の探照灯、よく乗り越えてくれた」
長門「あれは乗り越えられてなどいない、無理やり動いただけだ。そう簡単には、乗り越えられない」
提督「それでいい。長門、よく頑張ったな」
長門「やめてくれ、提督。頭を撫でないでほしい。その、恥ずかしい」
提督「何を恥ずかしがってるんだ、頑張ったら褒められるんだ。ちゃんと褒められておけよ、ほらほら」
長門「むぅ」
第六駆逐隊ほど素直にはなれなかったが、それでも長門の頬は緩んだ。
北上「お〜、提督の可愛がりだ。最近どこかで見た気がするね」
164 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/14(土) 19:30:51.98 ID:LhWGe+c60
>>160
本当ですね。見つけてくれてありがとうございます。
>>95
差し替え
暁「……え? 長門さんってそんなに強いの? 全く勝てる要素がないんだけど」
北上「逆に長門型戦艦をなんだと思ってたの? まぁいいんだけどさ〜」
響「それで、今回の演習に勝てる確率はどれくらいなのかな?」
北上「そうね〜、7割くらいじゃない?」
暁「そんなに高いの!? なんだ北上さん、驚かせないでよね!」
北上「戦闘での頭数は重要だからそうなるね〜。今回の演習だと長門さんに装備縛りがあるしね」
雷「よかったよかった。これで安心して闘えるわ!」
>>96
差し替え
北上「どうしてそんなに余裕なの?」
雷「だって7割で勝てるんでしょ? 絶望的な差はないってことよね!」
北上「1人は轟沈確定だよ?」
暁「なんでそうなるの?」
北上「あくまでも出撃じゃなくて演習での勝利の話だからね〜。長門さんは正確に、確実に旗艦を狙ってくるよ」
北上「たとえ12.7cm連装高角砲でも、あの人は戦艦だからね。基本の火力が違うわけよ」
北上「それで確実に旗艦は轟沈、まぁ演習だから轟沈判定だね」
北上「開幕した瞬間に長門さんの戦術的勝利条件が確定するの」
北上「その上で、生き延びた3盃で雷撃を打ち込んで長門さんを轟沈に追い込む」
北上「ここまでしてようやく第六駆逐隊の勝利ってわけ」
165 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/14(土) 19:39:06.37 ID:LhWGe+c60
>>160
見つけてくださったお礼に、どうでもいい設定を。
鎮守府艦娘序列
1位
2位
3位
――提督の指令無しで戦闘が許可されている壁――
4位:重雷装巡洋艦 北上
5位
6位
――概念艤装を展開できる壁――
7位
8位
9位
10位
11位
12位:戦艦 長門
――主力艦娘の壁――
話の中では多分出てこないです。
166 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:08:12.16 ID:NoHVzsGH0
提督「来たか。準備はできたか、北上?」
北上「うん、バッチリだよ」
提督「よし。それでは第六駆逐隊と長門の演習を終了する。双方、今後もよくよく努めてほしい」
那珂「全員、礼!」
「「ありがとうございました!」」
提督「続いて水上部隊の出撃だ。お前たちも船渠に向かう前に見送りを頼む」
那珂「ねぇ、提督。那珂ちゃん、ちょっとお願いがあるんだぁ」
提督「奇遇だな、俺も那珂にお願いがある」
那珂「提督のお願い? 命令じゃなくて?」
提督「うむ。近日、劇をやることはもう伝わっているな?」
那珂「もちろんだよ。龍驤さんの晴舞台だからね、那珂ちゃんの役がないことには目を瞑ります」
提督「ははは、ありがとうな。その日は大元帥にも御台覧いただくことになっていてな。お迎えの際、艦隊式をしようと思っている」
那珂「……」
提督「僚艦はすでに決めていて、隼鷹、長門、祥鳳、潮、漣の5人だ。劇に参加しない艦娘ではあるが、開幕にふさわしい艦選だと確信している。当然、旗艦は那珂しかないと考えていた」
那珂「……」
提督「ところがな、今夜の作戦にも出てもらいたいんだよ。出撃先の海域が海域だからな、川内ではやや心配なんだ」
川内「ひどいなー。夜戦だからこそ私、でしょ?」
提督「お前が旗艦ならな。今夜は僚艦として出てもらうから、いつもとは勝手が違うだろう。どのみち悪い方に偏ったとしても大丈夫ではあるんだが」
川内「まぁそうだよね。慢心しているわけではないけどさ、私ならいけるよ」
提督「そこで那珂に選んで欲しい。今夜の出撃か、観艦式での旗艦か」
那珂「……」
提督「時期も迫っているから、今すぐにでも観艦式準備をしなければならない。ちなみに、川内も旗艦として観艦式に臨むのに十分な華を持っている。那珂は安心してどちらでも選んでほしい」
川内「やだなー。いいよ、そんなに褒めなくっても♪」
那珂「……」
北上「どっちでもいいから早く決めてよね。あんまり時間かけると、阿武隈が限界疲労になっちゃうんだけど」
北上が阿武隈の状況を伝え、提督がそちらを確認する。
妙高と島風が必死に阿武隈をなだめ、落ち着くように話しかけていた。
夜戦に対する不安からか、または僚艦の練度が自身を大きく超えているからか、阿武隈は呪文のように『こんなあたしでもやればできる』と唱え続けていた。あまり長い時間は耐えられそうにない。
提督「そのようだな。那珂、どうだ?」
改めて、意思を問う。
167 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:08:47.59 ID:NoHVzsGH0
那珂「ポゥ!」
168 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:09:18.73 ID:NoHVzsGH0
突然の発声、同時に海へ向かって跳躍。
僅かな滞空時間を利用して、艤装瞬着を果たす。
提督は川内を見る。彼女は首を横に振り、言外に那珂のような艤装展開はできないと伝えた。
北上「すげー」
着水と同時に転覆寸前まで傾斜。これ程激しく動いたにも関わらず、海面に波紋は疾走しなかった。
長門「……零・重力か」
那珂は不自然なほど自然に傾斜復元し、それを見た長門が驚愕した。
傾斜復元と同時に、その場で連続旋回を果たす。
那珂「アォ!」
海面上にも関わらず、発声と共に急停止した。
間を置かずに、自慢のダブルカーブド・バウが小さな波を立てながら、那珂は『後ろ』に推進する。
電「月面歩法なのです……か? いや、艤装展開した艦娘は後退できません!」
皆の目を釘付けにして、圧倒的な操舵術(パフォーマンス)を魅せつける。
那珂は、銀幕から抜けだした女王よりもさらに輝いて見えた。
169 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:09:52.16 ID:NoHVzsGH0
那珂「……」
呼吸を乱すことなく、那珂は戻ってきた。
ほんの数分だったが、演劇を観終わったような満足感に包まれる。
第六駆逐隊は感涙しながら、狂乱寸前だった阿武隈は驚愕しながら、また、あの北上ですら、ここにいた全員が那珂に拍手を送っていた。
提督「前言撤回だ。第四水雷戦隊、旗艦那珂に命ずる」
那珂「はい」
提督「艦隊式を必ず成功させてくれ。頼んだぞ」
那珂「那珂ちゃんにお任せ〜☆」
今日一番の笑顔だった。
川内「いやったぁあああ! 夜戦だ、夜戦ー!!」
こちらも一番の笑顔になった。
北上「まぁよかったね」
提督「さて、次は那珂のお願いだな。急遽、妙高と解説役を代わってもらったからな。オフの時にも関わらず助かった」
那珂「え〜とね……」
当初の目的とは代わってしまったが、よりよい物を手に入れることができた。
すでに満ち足りたので、この権利を誰かに譲歩しようと考える。
那珂「今日の演習なんだけどね、本当のMVPがあると思うんだ。その人のお願いを聞いて上げて欲しいかな」
提督「おぉ! 何と言う心根の優しさ。これが艦隊のアイドルだというのか!?」
那珂「そうだよ☆ 四水戦の四は幸せの『し』! 那珂ちゃんはね、皆に『し』を運ぶお仕事をしています!」
直視できない眩さだった。
深読みしすぎた阿武隈は気絶しそうになる。
提督「そうか、そうだな」
長門を見る、彼女は頷く。
六駆を見る、彼女たちは頷く。
提督「本日の演習、真MVPを発表する。北上! おめでとう」
北上は阿武隈の気付けをするため、前髪をいじっていた。いじってあげていた。
170 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:10:24.34 ID:NoHVzsGH0
北上「え? なに?」
川内「北上さんが今回の演習のMVPだってさ。何かお願いを聞いてもらえるって」
北上「ふーん」
提督「さあ、北上。第六駆逐隊をここまで導いたお前の教鞭こそがMVPだ。何でも1つ願いを叶えてあげます」
北上「いいよ、別に」
提督「何でもいいぞ。俺にできることならな」
北上「間宮のフリーパスって貰える?」
提督「それでよければ。それにするか?」
北上「待って、本気で言ってんの? じゃあ、ずっと有給休暇にして貰っていい?」
提督「それでよければ。それにするか?」
北上「おお! 待って待って。じゃあ世界征服しちゃおう!」
提督「あぁ、俺の艦娘が恐ろしいことを……。しかし、提督責任だ。どこまで行けるかわからんが、やろう。それにするか?」
北上「やんないよ、そんなのは興味ないし。言ってみただけ。じゃあ秘書艦になるとか! 秘書艦、北上。いいねぇ、しびれるねぇ」
提督「秘書艦は龍驤だから。それは無理だな」
北上「……」
川内「北上さん、わざと避けてるのかもしれないけどさ。ちゃんとお願いしてみたら?」
那珂「そうだよ。せっかくの機会なんだから言ってみようよ」
北上「何でもじゃなかったじゃん。言うだけ無駄でしょ」
那珂「さっきのは北上さんが悪いよ。それ意外のお願いは、かなり無茶なのが混じってたけどOKだったでしょ?」
北上「まぁ……そうねぇ……」
提督「さあ、北上。願いは決まったか?」
171 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:11:03.77 ID:NoHVzsGH0
北上「……大井っちに会いたい」
172 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:11:59.72 ID:NoHVzsGH0
提督「それでいいのか?」
北上は小さく頷いた。
自分では気がついていなかったが、気づかないようにしていたが、駆逐艦の面倒を見ていた時にはもう誤魔化すことはできなかった。
姉妹に会いたい。
鎮守府の保有制限や運営方針を盾にして、我慢をしていることすら忘れて過ごしていたが限界だった。
173 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:12:39.98 ID:NoHVzsGH0
提督「その願い叶えよう」
174 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:13:09.33 ID:NoHVzsGH0
その言葉に耳を疑った。
監視対象になっているこの鎮守府は保有数に制限をかけれている。
その上限、24盃。
そして、鎮守府に在籍している艦娘の数は24。
新しく艦娘を着任させる場合、必要な処置は明言されている。
決して発動してほしくない命令の1つだった。
提督「北上よ。お前が駆逐艦に訓練を付けてくれた日の夜に、嘆願書が4通届いた。どれも『大井』を着任させてほしいという内容だ。名前は伏せるが、提出者は軽空母が2人、駆逐が1人、そして軽巡が1人だ」
北上は電と阿武隈を睨みつけ、2人は目を逸らした。
提督「さっそく大本営との交渉を開始した。それが今日のさっきまでかかってしまったことは、まぁ、俺の力不足だ」
北上「何回か交渉してくれたの?」
提督「いや、ずっと交渉し続けた」
北上「は? 提督、馬鹿でしょ。何日たったと思っているの?」
提督「監視対象になっているが故に、この鎮守府はそう簡単に無視されない。無理を押すためには多少狂気を見せるしかなかった。向こうの担当は交代できるが、こっちは俺1人だったからはっきり言って大変だったがな」
北上「……うん」
提督「やはり条件を突きつけられた。雷巡は巨大な戦力だからな。新規着任させる場合、駆逐艦3盃と引き換えだとさ」
175 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:13:44.05 ID:NoHVzsGH0
北上「いらない」
176 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/23(月) 00:14:45.94 ID:NoHVzsGH0
即断だった。大井を着任させるために駆逐艦3盃を解体処分する。決して、許せる内容ではなかった。
北上「大井っちにそんな咎は背負わせない。……アンタたちも馬鹿なこと考えないで」
暁、響、雷が泣きながら北上の元へ寄ってきた。
駆逐艦が3盃やってきた。
泣きじゃくり過ぎて何を言っているかわからなかったが、言いたいことは伝わってきた。
北上「自己犠牲が美徳なわけじゃないから。暁は一人前のレディって言ってたじゃん。……鼻水つけないでよ」
暁は頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。
北上は怒らなかった。
北上「雷も、誰かを助けたいなら自分と引き換えにするのはありえないから。……鼻水つけないでってば」
電も頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。
北上は怒らなかった。
北上「響もわかってるの? 誰かのために死ぬなんてありえないから。誰かのために生きて、生きて、結果死ぬことはあるけど。生き延びたことは恥でも何でもないから」
響は泣いたまま北上の胸に顔を埋める。
北上「あー、駆逐艦はうざいなぁ」
本心からの一言だった。
北上「けどまぁ、ありがとね」
これも本心だった。駆逐艦の面倒を見るのもそう悪くないと思えた。
大井には会えないかもしれないが、駆逐艦への指導を通じて、それなりの充実感が生まれ始めていた。
提督「さらに、極めて高練度な雷巡を駆逐の指導教官にさせるなとも指摘された。そんなことに使うより出撃させろということらしい」
北上が抱いた小さな願いは摘み取られた。
177 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/29(日) 23:22:10.98 ID:Zan650g40
北上「はいはい、それでいいですよー。教育でもなんでもなく、予定通り夜戦をしてきますよ。ついでに旗艦の練度を上げてくるからさ。ほら、駆逐艦。アンタたちは入渠して補給して遠征の準備をしなさいな」
響「……司令官。さすがにあんまりじゃないかな」
雷「そうよ! 普段から北上さんに頼りっぱなしなんだから、もっとちゃんとしてよね」
暁「レディに対する態度じゃないわ!」
すぐさま抗議の声を上げた。上官に対する反抗とも取られかねないが、そんなことはどうでも良かった。
北上「止めてよね。別にアンタたちがどうこう言う必要はないから。条件付きだったけど、提督は本気だった。それ以上はどうしようもないよ。お上にゃ逆らえないからねぇ」
諦観せざるを得ない。いままでずっとそうだったのだ。この制限は簡単に変えられるようなものではなかった。
提督「おい、そっちでまとめるな! 最後まで聞いてくれ。まったく、誰の教育だ? なんでお前らは最後まで聞かずに泣きそうになるんだ。……長門よ、なぜそんな顔で俺を見る?」
長門は苦笑いせざるを得なかった。誰の教育かは一目瞭然だったからだ。
提督「まあいい、話を続ける。雷巡を教官に使うなという言葉こそ俺が引き出したかったものだったのだ! 雷巡を使わざるを得ないほど艦娘が足りていない、どんなに弱くてもいいから巡洋艦の艦娘を着任させて欲しいと烈火の如く訴え続けた」
北上「それで?」
提督「俺の粘り勝ちだ! 正規の手順で訴えた結果、駆逐艦並みの戦力に限って25盃目の着任が認められた。これで暁達の教育が捗る!」
北上「ふーん、よかったね。新しい教官が来るってさ」
響「たとえ新しい教官が来たとしても、北上さんに訓練を付けてもらえたことは絶対に忘れない」
北上「いいよ、忘れても」
雷「絶対忘れないから!」
北上「はいはい、ありがとね」
そっけない言葉をかけながらも、3人の頭を撫でてやる。
北上はこの小さな満足を小さな胸にしまいこんだ。
直後、声が響き、神妙な空気をいとも簡単に引き裂いた。
178 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/29(日) 23:22:46.84 ID:Zan650g40
龍驤「おおい、新しい船ができたみたいだよ!」
179 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/29(日) 23:23:33.88 ID:Zan650g40
提督「きたか! 見ろ、久しぶりに仲間が加わるぞ!」
暁「新人さんが来たのね? なら一人前のレディな暁が面倒を見てあげるわ!」
龍驤「あのさぁ、キミらの先生になるんやで? まぁ、ええか。自己紹介、いってみよう!」
「あら……ほほう……? なるほど。これは少し、厳しい躾が必要みたいですね」
180 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/29(日) 23:24:06.17 ID:Zan650g40
大井「練習巡洋艦、大井です。心配しないで……。色々と優しく、指導させて頂きますから」
181 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/11/29(日) 23:24:58.84 ID:Zan650g40
北上「大井っち?」
大井「えぇ、北上さん。あなたの大井ですよ。やっと会えましたね」
何度夢に見たか思い出せないほど、恋焦がれた艦娘がそこに立っていた。
艤装こそ夢見の姿と異なっていたが、間違いなく彼女だった。
北上「嘘、本当に? だって、あれ? なんでだろう。やっと会えたのに、すっごく嬉しいはずなのに。なんで涙が出るんだろう。あれ?」
182 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:06:48.92 ID:hT/G1Qws0
大井「きっと今までずっと我慢していたからですよ。さぁ、私の胸で泣いてください」
北上「……うん」
大井の大きな胸に顔を埋める。しばらく顔をあげることはできなさそうだった。
大井「北上さんをこんなになるまで放って置くなんて……。ちっ、なんて運用……」
提督「おい、龍驤」
龍驤「なんや?」
提督「大井の言葉に、俺はひどく傷ついた」
龍驤「甘んじて受けるしかないやろ。理由はどうあれ、事実は事実や」
提督「まぁ、な」
龍驤「あとで慰めたるから」
提督「わお!」
北上「大井っちの艤装はアタシとお揃いじゃないんだね。どして?」
大井「これですか? これは戦力削減のために練巡に艦種変更しているんですよ。本当なら北上さんとお揃いが良かったんですけども、提督がこんなんですから」
北上「そうなんだ。一緒に出撃したかったのにな」
大井「大丈夫ですよ、北上さん。一緒に出撃はできませんけど、これからの闘いはずっと一緒です」
北上「そだね、これからはずっと一緒だね」
大井「はい♪ ずっと一緒です」
龍驤「……ええ話やんか」
提督「うむ、全身全霊を持って交渉した甲斐があったな」
大井「提督!」
提督「なんだ?」
大井「私を着任させるのが遅すぎて、北上さんをここまで追い詰めたことは決して許しません!」
提督「あぁ、これに関しては完全に俺の実力不足だ」
大井「けれど、手段を選ばず私を着任させたことだけは認めてあげます。本当にありがとうございます!」
北上「提督、ありがとね」
提督「喜んでもらえて何よりだ。どうする、北上? 今日の出撃は誰か別の艦娘に替わってもらうか?」
北上「球磨型をナメないでよね。やることはちゃんとやるからさ」
大井「北上さん、素敵……。私も駆逐艦を遠洋練習航海に連れて行きますね。さあ、あなた達。航海の準備をしてきなさいな」
提督「素晴らしい」
183 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:07:14.79 ID:hT/G1Qws0
雷「ちょっと待って、新人さんがいきなり偉そうじゃない?」
暁「そうよ、私達のほうが先輩なんだからね!」
電「はわわっ、落ち着くのです!」
響「少し落ち着こう。あの人は北上さんと同格の……」
大井「はぁ?」
大井は教鞭を振りぬいた。
教鞭で打たれたとしても艦娘にはまったく効果はない。
戦闘での砲雷撃は革製品とは比べるまでもない程強力な代物だからだ。
艦体面では無傷が約束されている。しかし、精神面に与える影響はどうか?
大井の教鞭の握り方は日向が刀を執る時とまったく同じだった。
人差し指と中指で挟みこむように教鞭を執り、猫の手のまま振りぬいた。
日向と同じということは、熱量や速度という数値化できる尺度では測れないと言うことだった。
大井「いいですか? 北上さんが私との時間を割いてまで確保された貴重な時間です。1秒たりとも無駄にしないでください!」
「「了解!」」
全員で敬礼をして、内2盃は液漏れを起こした。演習で大破、中破だったため仕方がないことだった。
大井は船渠へ向かう第六駆逐隊に声をかけた。
184 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:08:00.61 ID:hT/G1Qws0
大井「電さんは遠征ではなく出撃ですので装備を整えてきてください」
電「そうなのですか?」
大井「はい、こちらへ向かう際に龍驤さんから聞いています。阿武隈が倒れそうなので早くしてあげてください」
電は姉達を見た。
暁「遠慮なんかしないで、電は阿武隈さんについてあげてね」
響「阿武隈さんは私達第一水雷戦隊の旗艦だからね。支えてあげないと」
雷「雷達もすぐに電に追いついちゃうんだから! 今はできることをするわ!」
電「はい! 皆で頑張るのです!」
遠征組はすぐに入渠しに行った。
電は船渠に向かう前に、今夜出撃するメンバーの方を見た。
島風「阿武隈さん、大丈夫ですよ。一緒に魚雷を打ち込んで、島ごと吹き飛ばしましょう!」
阿武隈「島風ちゃん、ありがと。うん、こんな私でもやればできる」
妙高「阿武隈さん、まずは呼吸を整えてください。それではできるものもできないですよ」
阿武隈「はい、妙高さん。ひっひっふー、ひっひっふー」
北上「ほら、阿武隈。前髪がくしゃくしゃじゃん、梳いたげる」
阿武隈「ありがと、北上さん。んぅぅ!? さっき北上さんがやったからじゃないですか!」
川内「そんなこと言ってないでさ、旗艦なんだからしっかりしなよ」
阿武隈「わかってるってば! 川内には負けないから!」
185 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:08:32.44 ID:hT/G1Qws0
島風「あっ、電ちゃん。話終わった? 早く夜戦に行こうよ!」
電「はいなのです。しかしすごいメンバーですね。阿武隈さんの練度では、今回の海域は時期尚早なのでは?」
島風「基礎鍛錬も大事だけど、戦闘で得られるものも大事って判断だって。ほら、北上さんと妙高さんも一緒に行くんだよ」
電「なるほどなのです。実戦であの2人を間近で見られる機会はめったにないのです。作戦名はなんですか? 高速艦でまとめ得られているから、『はやきこと島風の如し』ですか?」
島風「作戦名は聞いてないよ。『電撃作戦』なんてどうかな? これならすごく速いよね」
阿武隈「……作戦名は「阿武隈の練度を上げる作戦」です」
電「海上で電気なんて、四方八方に霧散しておしまいなのです。ここは島風の如しがいいのです」
島風「電ちゃんはもっと速さのお勉強をしたほうがいいよ。電圧と大気圧じゃ出せる速度の桁が違うもん。電撃がいいよ」
阿武隈「……電ちゃんは入渠して補給して準備をしてきてくださーい」
電「島風ちゃんももっと考えたほうがいいのです。電達は艦娘だから、物理現象の制約すら解き放つことができます。つまり、皇国最速を誇る島風の名を冠した作戦こそ、最速の概念を顕せるのです!」
島風「そんなの精神論だよ。本当に速さを表現するなら、光か電気しかないもん!」
阿武隈「……あたしの指示に従ってください。んぅぅ、従ってくださぁいぃ!」
駆逐艦同士が組手を始めてしまった。
片や地域の守護神にまで祀り上げられた艦娘。大破状態とはいえ、限界練度は伊達ではなかった。
片や皇国海軍最速の艦娘。その速さに関して余計な説明は不要であり、駆逐艦としてはこの鎮守府で第2位の練度を誇っている。
阿武隈では到底止めることはできなかった。
186 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:10:10.86 ID:hT/G1Qws0
島風「オウッ!?」
電「はぅっ!?」
妙高が旗艦の指示を聞かない駆逐艦の艦首を掴み上げた。
妙高「私、実は結構料理が得意なんですよ。カレーを調理するときはブランデーを使ってお肉をフランベするなんてこともします」
島風「はい! みょうこうカレー美味しいです!」
妙高「ふふ、ありがとうございます。あと、対基地の殲滅なんかも得意だったりするんです。誰が言ったのかわかりませんが、三式弾で飛行場をフランベする、なんて」
電「はいなのです! 主砲で大型爆撃機を落とせるのも妙高さんだからなのです」
妙高「ありがとうございます。さて、おふたりはどちらが好きですか? 今すぐに提督の命令に従い、阿武隈さんの指示に従って出撃し、作戦完了後に暁の水平線を眺めながら食べるカレー。それとも命令違反による処罰」
優しい声にも関わらず、ひどく冷たかった。
妙高「命令や指示に反するのは大変なことですよ。進路変更に失敗すれば互いにぶつかってしまうこともありますからね。電さんならわかるでしょう? たとえ仲間同士でさえ不用意にぶつかってしまえば轟沈してしまうということを」
電「わかるのです! ちゃんとわかるのです!」
艦首はなお掴まれたままだった。
妙高「島風さんはいかがですか? この『阿武隈の練度を上げる作戦』を最速で達成するために必要なことはなんですか?」
島風「電ちゃんに早く戦闘準備してもらって、すぐに出撃することです!」
妙高「そうです。さすが皇国最速の島風ですね」
艦首はなお掴まれたままだった。
妙高「命令違反の場合の処罰ですが、私は執行できます。微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く執行できます。なぜならこの私は妙高型重巡洋艦の一番艦だからです」
妙高は駆逐艦2盃をゆっくりと降ろした。
妙高「阿武隈さん、指示を」
阿武隈「ひぃ! 電ちゃんは入渠して補給して来てくださーい! 合流次第出撃します!」
電「はいなのです! 40秒で戻ってくるのです!」
電は紫電のような速度で船渠へ向かった。
北上「やっぱり電も駆逐艦だねぇ」
大井「えぇ、北上さん。勝手なことをしないように指導してあげないといけませんね。私達は巡洋艦ですから」
北上「そだね」
川内「阿武隈もさ、妙高さんに頼ってるんじゃなくて旗艦としてちゃんと決めないとね」
阿武隈「夜戦バカのくせに! まともなこと言わないでよ!」
提督「川内の言うことももっともだな。阿武隈、抱負を語っておけ」
阿武隈「ひぇ! やだ、提督?」
龍驤「旗艦の啖呵切りは大事やで、僚艦からの信頼が得られたり得られんかったりするからな」
阿武隈「龍驤さんまで」
187 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:10:50.39 ID:hT/G1Qws0
誰も責めているわけではないが、自然と追い詰められてしまう。
啖呵切り、なにか格好いい言葉を探す。
那珂に倣ってもっと書物を読むべきだったと後悔した。
アイドルは知性が伴ってないといけないというのは那珂の持論だった。
皇国の歴史で言えばそれは花魁の在り方だ。
花魁はアイドルだからあっているのか?
そもそもアイドルとはなにか?
阿武隈は提督からの問とはかけ離れた方向へどんどん進んでいく。
電「電、準備完了なのです!」
大井「何で先に行った他の3人は来ないのよ……」
北上「これでアタシは大井っちに見送ってもらえるね」
大井「も、もちろんですぅ」
川内「阿武隈、全員揃ったよ」
阿武隈「こっ……」
『皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』
これこそ海戦にふさわしい言葉だ。この言葉を啖呵にすべきだと判断した。
阿武隈「こっ……」
北上「こ?」
188 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:11:20.57 ID:hT/G1Qws0
阿武隈「今夜は夜戦です! 鎮守府(おうち)に帰るまでが夜戦です! 皆でちゃんと帰ってきましょう!!」
189 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/06(日) 23:12:07.82 ID:hT/G1Qws0
「「了解!!」
提督「やはり阿武隈は一水戦旗艦にふさわしいな」
龍驤「ほんまやな」
阿武隈「第一水雷戦隊、阿武隈。旗艦、先頭、出撃します!」
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/12(土) 03:03:02.09 ID:52pIJeOAO
阿武隈かわいいなおい
191 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:12:28.32 ID:1rjESQhY0
――正規空母寮――
定刻前に館内放送が流れた。
『本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする。繰り返す、本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする』
瑞鶴「あれ、翔鶴姉。今日お休みだって」
翔鶴「龍驤さんが体調不良だなんて。大丈夫かしら?」
瑞鶴「まぁ、あの人だから大丈夫でしょ。轟沈したって、『潜水空母、龍驤見参!』とか言って帰ってくるって絶対」
翔鶴「……そうかもしれないわね。折角の機会だから、少し外に出て見ようかしら。赤城さんに甘味処に連れてって貰って。祥鳳さんもお誘いして……。瑞鶴も行くわよね?」
瑞鶴「う〜ん、私はいいや。もう少しで何か掴めそうな気がするんだ。今から道場に行ってくる」
翔鶴「そう? 休める時は休むようにしてね」
瑞鶴「わかってるって」
192 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:13:20.61 ID:1rjESQhY0
――射撃訓練場――
瑞鶴「さて、道場についた瑞鶴です。さも当然という風に加賀が稽古していました。……何で休んでないのよ」
三立分の矢を取り射位に立っていた。
妨げにならないよう射終わるまで外で待つ。
軽やかな離れの弦音が耳に心地よい。
これは見るまでもなく的中だった。
瑞鶴「……よし!」
心の中で発声したつもりだったが、思わず口に出てしまう。
加賀の技量に疑いの余地はなかった。
一航戦を自負するだけのことはある。
瑞鶴「あれ? 何で戻るの?」
一本だけ射った後、残りの矢を取り退場してしまった。
加賀「こんな所で何をしているのかしら?」
瑞鶴「ひゃ! えっと、稽古をしに来たのよ」
加賀「……そう」
会話が続かない。まったく続かない。
矢を回収しに行くわけでもなく、道場に戻るわけでもない。
加賀は瑞鶴をじっと見ているだけだった。
沈黙に勝てなかった瑞鶴が口を開く。
瑞鶴「蜻蛉、回収してくるから私に稽古つけて」
加賀「別に、いいですけど」
意外な回答だった。快諾、とまでは言えないかもしれないが、加賀は瑞鶴の願いを聞き届けた。
瑞鶴「あれ? ちょっと待って! すぐ取ってくるから!」
瑞鶴は安土に向かって走る。
その姿を見て加賀は小さく笑みを浮かべた。
193 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:13:54.10 ID:1rjESQhY0
――――
瑞鶴は呼吸力で会を作る。
離れはその延長だ。然るべき時がやってくる。
小気味良い音を立てて、蜻蛉が的を貫いた。
残心ではまだ油断しない。
弓倒しを終え、加賀を見る。
加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」
瑞鶴「はい」
瑞鶴は得心した。
確かに引き分けから注意を払っていたが、胴造りは甘かった気がしたからだ。
二本目は胴造りに注意を払った。
竜骨を通して艦首から船尾まで一体となる感覚に包まれた。
一本目と同様に的中だった。
瑞鶴は加賀を見る。
加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」
瑞鶴「……はい」
指摘があったということは、まだ甘かったからだろう。
胴造りというより、足踏みをおろそかにしていたかもしれない。
素直に反省して三本目に臨む。
194 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:14:25.67 ID:1rjESQhY0
――四本目――
加賀「もっと胴造りを意識しなさい」
瑞鶴「……はい」
195 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:14:53.07 ID:1rjESQhY0
――八本目――
加賀「もっと胴造りを意識しなさい」
瑞鶴「……」
196 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:17:01.52 ID:1rjESQhY0
――十六本目――
加賀「もっと胴造りを……」
瑞鶴「もう! いい加減にしてよ!」
同じ言葉が繰り返されるばかりで、とうとう不満が爆発した。
瑞鶴「稽古付ける気がないなら最初っからそう言ってよ! 五航戦ごときとか思ってるんでしょ!!」
加賀「……」
何か言おうとしていたが、瑞鶴の言葉に遮られる。
瑞鶴「どうする? 私が出てく? 加賀が出てく? どっちみち一緒に稽古なんてできないわ!」
加賀「……そうね。私が出て行くわ」
加賀は一礼して道場を後にした。
瑞鶴「何なのよ、一体」
この不満は簡単には収まりそうにない。
期待していただけに、純粋に悲しかった。
197 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:17:43.04 ID:1rjESQhY0
鳳翔「失礼します」
198 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/13(日) 23:18:55.42 ID:1rjESQhY0
一礼と共に軽空母が道場に入ってきた。
瑞鶴「鳳翔さん?」
鳳翔「おはようございます、瑞鶴さん。と言ってもそんなに早い時刻ではありませんが」
鳳翔は何故か自虐的な言葉を吐きつつ、こめかみを押さえいた。
瑞鶴「鳳翔さん、加賀……さんに会いませんでしたか?」
鳳翔「いいえ、今朝はまだお会いしていませんね」
瑞鶴「……そうですか」
瑞鶴は自分から稽古を頼んでおいて、加賀に怒鳴り散らしたことを後悔していた。
沸点こそ低い瑞鶴だが、それは素直さの現れでもあった。
鳳翔が取り持ってくれれば謝罪もできると考えたが、そう簡単には行かないようだ。
鳳翔「お休みにも関わらず稽古ですか。褒めたい気持ちが半分で、叱りたい気持ちが半分ですね」
鳳翔は困った顔で笑っていた。
瑞鶴「そういう鳳翔さんも稽古ですか?」
鳳翔「いえ、私は個人的な贖罪に来ました」
今日の鳳翔は何かがおかしい。まるで酔いつぶれたことを後悔した隼鷹のようだった。
鳳翔「瑞鶴さん、私と稽古しましょう」
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/18(金) 04:35:40.58 ID:G+tcLlYi0
自分が使いたい言葉とかフレーズ、書きたいシチュエーションだけを羅列するだけならメモ帳にでも書いてた方がいいんじゃない?
場面が全く想像できないほど酷い文だよ
200 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/20(日) 23:13:43.57 ID:2edvc8Ln0
瑞鶴「えぇと、稽古を付けてくれるのは嬉しんですけど。個人的な贖罪は大丈夫ですか?」
鳳翔「大丈夫です。状況は刻一刻と変化するものですから。一手ずつやって指摘していく形でやりましょう」
瑞鶴「はい。お願いします」
瑞鶴は矢を一手とり、射位に立つ。
甲矢は小気味良い風切り音とともに的に吸い込まれた。
乙矢も同様に的中した。
弓倒しを終え鳳翔を見る。
鳳翔「とても良いですね。もう一手やりましょうか」
瑞鶴「はい」
一手、もう一手と発艦し続けた。
その度、鳳翔は瑞鶴を褒める。
瑞鶴としても褒められること自体は心地良かった。
ただ、同じ言葉ばかり続いたため不安になる。
瑞鶴「あの、鳳翔さん」
鳳翔「どうかしましたか」
瑞鶴「何か指摘はありませんか。さっきから褒められてばかりで、その」
鳳翔「ふふ、適当にあしらわれているように感じてしまいましたか」
瑞鶴「いえ、そういうわけじゃないんですが」
鳳翔「すべて及第点です。私の技量ではこれ以上指摘することはないですね」
瑞鶴「本当ですか?」
鳳翔「本当です、自信を持ってください。あなたは翔鶴型2番艦、皇国空母の到達点です。才覚は十分。その上、しっかりと鍛錬を積み上げていますから」
瑞鶴「あの、ありがとうございます!」
瑞鶴もさすがに高揚した。
これだけ褒められた経験は今までになかったからだ。
瑞鶴は、自身の指導者を思い浮かべる。
瑞鶴や翔鶴が頑張っていることは認めてくれた。
しかし、なぜだろうか。
彼女は褒めてくれなかった。
彼女は褒めてくれはしなかった。
彼女に褒めてもらいたかった。
201 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/20(日) 23:14:21.77 ID:2edvc8Ln0
瑞鶴「ふぅ、よし! 鳳翔さん、蜻蛉じゃなくてこれを使っていいですか?」
鳳翔「流星改ですか。えぇ、いいですよ。扱いは難しいかもしれませんが、実戦を想定することは良いことです」
瑞鶴「はい! これって空母の先輩方から着任祝いで貰ったものなんですよ。私用に調整してくれたのか、ものすごく使いやすいんです」
鳳翔「あの時はお祭り騒ぎでしたから。保有制限の問題で正規空母はもう着任できないと思っていましたからね」
瑞鶴「そうなんですか?」
鳳翔「えぇ、あなたが着任することわかった瞬間に『瑞鶴着任祝やー!』とか『祝い酒だぜ! ヒャッハー』なんて。ついこの前のようですね」
瑞鶴「あはは、あの時は緊張していたので気が付かなかったけど。そんなに歓迎されていたんですね」
鳳翔「そうですよ。瑞鶴さんは皆さんから期待されているんですよ。贈り物は気に入ってもらえましたか?」
瑞鶴「もちろんです。今着ている道着は祥鳳さんから貰ったものですし」
鳳翔「紬を使っていますからね、祥鳳さんも張り込んだんでしょう」
瑞鶴「これを着ているとなぜか肌脱ぎしたくなっちゃうのが不思議です」
鳳翔「ふふ、気合が入りすぎですよ。肩の力を抜いてください」
瑞鶴「さすがに胸当てを付けずに離れは怖いのでやらないですよ。龍驤さんと隼鷹さんは、間宮券とお酒でした。意外と私達と同じ名前のお酒ってあるんですね。実はまだ残ってるんですよ」
鳳翔「ご相伴預りに行きますね。肴は用意しますので」
瑞鶴「ほんとですか? やった! そろそろあの樽を開けちゃいたいです」
鳳翔「皆さんをお誘いしましょう。隼鷹さんらしい贈り物ですからね」
瑞鶴「瓶で貰えるのかと思ってましたよ。まさか神社に奉納するような樽が来るとは思っても見なかったです。
鳳翔「お祝いの気持ちですよ」
瑞鶴「そうですね。赤城さんからは彗星一二型甲と流星改を……。いえ、一航戦の先輩から艦爆と艦攻をいただきました」
『五航戦に譲るものなどありません』
記憶の底から浮上してきた、思い出したくもない言葉。
何か欲しかったわけではなかった。
強いて言うなら、認めて欲しかった。
頭を振って雑念をかき消す。
鳳翔「……」
瑞鶴「なるほど、私って実は期待されていたんですね! 期待していない相手にこんな贈り物なんてないですから」
鳳翔「そうですよ。全員が期待しています」
瑞鶴「鳳翔さん、稽古の続きをおねがいします。この流星改なら百発百中ですから!」
再び射位に立ち、発艦準備を整える。
瑞鶴「鳳翔さん。私ってどこを直せばもっと強い空母になれそうですか? 今日は何か掴めそうな気がするんです」
鳳翔「あえて言うなら。胴造りですね」
瑞鶴は驚き、取り掛けを外して鳳翔の方を見る。
瑞鶴「……胴造り、ですか?」
鳳翔「はい。発艦の作法が八節に近いので我々は弓を使っています。弓を使っていますが、的中の本質は艦載機の妖精さんです。彼らに聞けばわかりますよね。安定した艦体、安定した甲板が如何に飛び立ちやすいか」
瑞鶴「……私の胴造りはそんなに酷いですか?」
鳳翔「及第点を超えています。それでも今以上を目指すなら、やはり胴造りになるんですよ」
瑞鶴「……」
202 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2015/12/20(日) 23:14:54.44 ID:2edvc8Ln0
『艦妖一体』
これは艦娘が最大の戦力を発揮できる状態のことを指す言葉だ。
瑞鶴は搭乗員の妖精達にいつもお願いをしていたし、感謝もしていた。
彼らも無声劇の様な反応をしてくれていたので伝わっていると思っていた。
果たして意思疎通は十分だったのだろうか。
瑞鶴はこれまでにないほど感覚を研ぎ澄まし、艦攻の妖精に注目する。
彼らの言葉が聞きたかった。
艦攻妖精長「加賀姐さんたっての願いだ。あたしらが瑞鶴嬢を育てないとね」
艦攻妖精達「「よーそろー」」
瑞鶴「……鳳翔さん。何で私にとって一番使いやすい艦載機はこの流星改なんでしょうか?」
鳳翔「加賀さんがあなた用に調整したからです」
瑞鶴「……」
鳳翔「妖精さんたちに瑞鶴さんへの力添えもお願いしていました」
瑞鶴「……」
鳳翔「お礼、きちんと伝えなくてはいけませんよ」
瑞鶴「……はい」
鳳翔に返事をした後、取り掛けをし直す。
瑞鶴「皆、頼んだわよ」
妖精達に言葉を掛けると、彼らは笑い顔で敬礼を返してくれた。
瑞鶴はとうとう掴むことができたのだ。
目を閉じたまま打起こし、引き分け、会に至る。
勝手が自然に離れを出し、それは今までで一番鋭かった。
的を確認する必要はない、見なくとも心は揺らがなかった。
瑞鶴が知る最強の空母とその搭乗員が力を添えてくれているのだから。
瑞鶴「……言葉が足りなさすぎるのよ、加賀」
思わずこぼしてしまう。
瑞鶴「鳳翔さん、艦載機回収してきます!」
鳳翔「はい、いってらっしゃい」
瑞鶴は安土へ向かう。
鳳翔「さて」
鳳翔は目を凝らし、遥か彼方からこちらを見ていた空母を捉え言葉を伝える。
『稽古の続きをしてあげてくださいね』
彼方の空母は鳳翔の口の動きを読み取り、一礼する。
急いでこちらへ向かっているが、しばらく時間がかかるだろう。
鳳翔「しかし、どうしてこの鎮守府の空母は言葉足らずで不器用なのでしょうか。大事なことこそ言葉にしなければいけないというのに」
呆れながらも、その表情は優しかった。
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/12/21(月) 19:35:08.17 ID:nv6fV+nRo
乙
204 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/10(日) 22:33:40.47 ID:Vl0atwsQ0
――加賀――
瑞鶴に追い出されたが、遠くから射撃訓練場を見ていた。
加賀は追い出された理由を考えてみたが、おそらく瑞鶴にとって難度の高い指摘を続けてしまったためだと考えた。
これは仕方がないことだった。
瑞鶴は正規空母としてずば抜けた才覚を持っていた。
そんな後輩から稽古を付けて欲しいと言われ、さすがの加賀も気分も向上してしまう。
指導者はその時々の気分で態度を変えてはいけない。
これに関して加賀は十分に理解していたし、実行できていた。
むしろ、十分以上というより異常な程自分を律していた。
はっきりと思い出せるわけではない。
かつては皇国の空母機動部隊、その第一航空戦隊を支えてきた。
それは間違いなく世界最強であり、向かう所に敵はなかった。
輝かしい栄光。
そしてそれに匹敵する没落。
敗北、その一言で片付けられない程の惨敗だった。
英霊の神座についてからもその惨めさは忘れることはなかった。
どのような因果か再び常世に生を受けることができた。
あの時の後悔を繰り返さないために。
後輩にすべての負担を押し付けたことを繰り返さないために。
その一心で日々の鍛錬を積み上げてきた。
加賀「?」
瑞鶴は訓練機から本番用の機体に取り替えたようだった。
「流星改」
この鎮守府で加賀が愛用していた艦攻であり、熟練妖精揃いの飛行部隊だった。
加賀と苦楽を共にした飛行部隊と機体、これらは間違いなく彼女の宝だった。
そんな宝だからこそ、手放しがたい宝だからこそ、後輩の着任祝にふさわしかった。
赤城『加賀さんが渡してあげた方が、瑞鶴さんもきっと喜びますよ』
赤城に瑞鶴着任祝いを代わりに渡すよう依頼した時の返答だ。
それはむしろ逆だろう。
瑞鶴に訓練を付けることになるが、生半可なものになるはずがなかった。
嫌われることにもなるだろう。
しかし一航戦全部が嫌われる必要もない。
加賀『いえ、私は良い手本になれそうにないので』
この淡々とした言葉に、赤城は困った顔をしたことを思い出す。
その表情はいつか鳳翔が見せた表情と同じだった。
その時どんなことを指導されただろうか。
「言わなければ伝わらないこともある」だったろうか。
加賀「……よし」
瑞鶴は見事に的中させていた。
鳳翔の指導が的確だったためだろう。
205 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/10(日) 22:34:21.42 ID:Vl0atwsQ0
加賀「……あ」
瑞鶴が艦載機の回収に向かった後に、突然鳳翔が加賀の方を向いた。
この距離で気づかれると思っていなかった加賀は狼狽するがすぐに姿勢を正す。
鳳翔が何かを話しかけてきたが、音が聞こえる距離ではなく唇を読み取った。
『稽古の続きをしてあげてくださいね』
慌てて礼をし、射撃訓練場に向かう。
何も考えずに見ていたわけではない、より良い指導方法を考えながら見ていた。
鳳翔は何度も瑞鶴を褒めていた。
つまりそういうことだ。
褒めてやることでやる気が出る、やる気が出れば見える景色も変わってくる。
赤城『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。ふふっ、受け売りですけどね』
彼女は常日頃そう言っていた。
赤城は加賀が尊敬する一航戦の1人だ。そんな彼女の方針を加賀なりに真似て見たりもする。
昨日の稽古では五航戦の2人を褒めたばかりだった。
加賀『優秀な子達です! あなた達はよくやっている!』
確かこの様な言葉を掛けたはずだった
加賀「私にもできました」
わずかながら達成感が顔にでてしまうが、すぐに元の表情に戻し射撃訓練場に向かって走る。
足の遅い加賀にとって過度な速度だったが気にせず走り続けた。
道場には大事な後輩が待っている。
206 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/10(日) 22:41:01.34 ID:Vl0atwsQ0
――射撃訓練場――
加賀「失礼……げほっ。はぁ……はぁ。失礼……します」
瑞鶴「ちょっと、大丈夫!? どうしたのよ!」
加賀「なんでも、はぁ……はぁ。ないわ。けほっ。ただ走りこみを……していただけよ」
瑞鶴「……艤装付けたまま走りこみをする艦娘なんていないわよ。鳳翔さんだって長門さんだって、走りこみをするときは体操服に着替えているじゃない」
加賀「……私くらいになると行住坐臥よ。心配いらないわ」
瑞鶴「えぇ……。赤城さんだってちゃんと体操服に着替えているのに?」
加賀「……ところで稽古は終わったのかしら」
瑞鶴「まだ続けてるわ」
加賀「そう」
瑞鶴「……」
加賀「……」
瑞鶴「ねぇ、加賀」
加賀「何かしら」
瑞鶴「稽古、付けてくれない?」
加賀「別に、構いませんが」
瑞鶴「ん。ありがと」
流星改を一手取り、射位に立つ。
件の胴造りも素晴らしいの一言だった。
質実剛健。
容姿凛然たる姿。
言葉は何でもよいが、中身が伴ったものはかくも美しい。
甲矢は残念ながら上にそれたようだ。
2本目も同様に素晴らしい射だったが、残念ながら上にそれてしまった。
加賀は瑞鶴の成長を喜ぶ。わずかな時間であれ、艦娘というものは突然成長してしまうものだ。
成長のきっかけは鳳翔による指導であった。
できれば加賀自身が指導して気づかせてやりたかったが、それは慢心であると理解している。
自己満足の域をでることはなく、本当に大切なことは後輩の成長だからだ。
今回は的を外してしまった。これは実は良い外し方だった。
同じ狙いのまま艦体が振れることなく艦載機が発艦したため、勢いが落ちることなく的に到達したからだ。
小手先の的中とは一線を画するものだった。
及第点どころか、本質的な所で満点だった。
加賀は何も言わない。
弓倒しを終えた瑞鶴が加賀に話しかける。
瑞鶴「今もそうだけど、加賀は何も言ってくれないよね。たまに一言二言はあったけど」
加賀は怪訝な顔をする。指摘を出す必要がない素晴らしい射だったのだ、何を言う必要があるのだろうか。
瑞鶴「加賀は私のことを何も期待していないからだとずっと思っていた。だからさ、昨日よくやっているって言ってくれた時はすごく嬉しかった。少なくとも見てくれているってわかったから」
加賀は自身を振り返る。昨日の稽古では、五航戦の2人を手放しで賞賛したはずだった。
瑞鶴「今朝だって直接稽古を付けてもらえて嬉しかった。指導内容はよくわかんなかんなくて怒鳴り散らしちゃったけど本当は感謝してる。まぁ、鳳翔さんがあんたの意図を教えてくれてようやくわかったんだけど」
加賀は訝る、瑞鶴は素直に指導に従いより良くなっていた。他に指摘できる箇所が見当たらなかったので、しかたなく高難度の指摘を続けてしまった。流石に難度が高すぎたため瑞鶴は焦燥感を加賀にぶつけて来たが、当然の反応だと思い気にしていなかった。
瑞鶴「別に甘やかして欲しいわけじゃないんだ。ほんの少しでもいいから加賀に褒めて欲しかった。さっき四立分皆中したのも初めてだったんだよ?」
207 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/10(日) 22:48:14.59 ID:Vl0atwsQ0
加賀は俯き、自分自身が今の瑞鶴と同じ頃の時期を思い出していた。
『素晴らしいです。稽古を始めたばかりとは、とても思えませんね』
始まりの正規空母は時間を割いて稽古を付けてくれた。
稽古終わりの間宮アイスも楽しみのひとつだった。
『流石は加賀さんね』
かつての相棒で、いまもまた相棒の彼女。
切磋琢磨し合える関係はとても素敵なものだった。
的中率で負け、的中数で勝ち、その他にも競いあったものだ。
おひつを何杯おかわりできるかの勝負では辛くも勝利できた。
『加賀! 今日はよう頑張ったな。そろそろこれは加賀が使うべきやな。流星改、大事に使ってな。妖精さんも頼んだで?』
かつての同僚、いまの秘書艦はことある毎に頭を撫で、褒めてくれた。
当時、妖精の声はまだ聞こえていなかったが、秘書艦の声が大きいのであまり気にならなかった。
小さなことでも大きな声で褒められ、多少の恥ずかしさはあったことは疑いようがない。
しかし、気分が高揚したこともまた事実だった。
この鎮守府で先輩空母から受け取ったものはこんなにもあった。
後輩空母には何を与えられただろうか。
瑞鶴「けどもう大丈夫。加賀が気に掛けてくれていることだけは分かったから。あとは私が褒めてもらえるくらいになるだけだから」
加賀「……そう」
何も与えられてはなかった。褒めたつもりになって、指導できたつもりになっていた。
感情表現が苦手なことは自覚していた。
自覚していたが、矯正する努力を怠っていた。
その結果が今につながっている。
乗り越える時が来た。
『妾の子にでもできたんだから』
加賀は否定する、これは自分の言葉ではないと。
本当に否定したいのであれば行動で示す必要がある。
簡単なことだ、事実を伝えてやればよい。
頭を撫でて今の射は良かったというだけでよい。
加賀「……」
加賀はそのような自分を見なければいけない恥ずかしさで行動に移すことができなかった。
加賀「なんという無様でしょうか……」
瑞鶴「顔真っ赤だけど本当に大丈夫?」
加賀「えい」
顔を見られた事が引き金になった。
瑞鶴の顔を加賀の胸部装甲に押し付ける。これで瑞鶴は加賀の顔を見ることはできない。
加賀「いいですか、瑞鶴。今から話すことをよく聞きなさい」
今までの分を清算する時が来た。
208 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/10(日) 22:49:17.97 ID:Vl0atwsQ0
――半時間後――
加賀「そういうことよ。あなたは素晴らしい後輩です」
瑞鶴「……」
加賀「話を聞いていたのかしら?」
瑞鶴「次もちゃんと稽古つけてくれる?」
加賀「当然です。まだまだ練度を上げて貰います」
瑞鶴「また褒めてくれる?」
加賀「今以上を私に見せなさい。あなたならできます」
瑞鶴「……うん」
こんなにも簡単なことだった。もっと早くにするべきだった。
加賀はまだ理解できていなかったが、とうとう教え導く段階へと達したのだ。
今まではその領域に達していなかったからできていなかった。
教えるということはまさに教わるということだ。
ひとまず加賀は午前の稽古を締めくくる。
加賀『やりました」
209 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/01/17(日) 22:38:13.93 ID:aN6QjdXx0
――食堂――
瑞鶴「ねぇ、加賀。今度やる劇のことなんだけど」
加賀「あなたが主役でしたね。主役抜擢おめでとう」
瑞鶴「ありがとう。えっ? この前と反応が違うんじゃない?」
加賀「これだから五航戦は」
瑞鶴「待って! 今のは私悪くないわよ!」
加賀「まぁいいでしょう。それで何か気になることでも?」
瑞鶴「いや、私の恩人役? 師匠役? だったら龍驤……さんよりも加賀になるんじゃないかって思って」
加賀「ふん」
瑞鶴「その表情で頭なでないでよ。まぁいいんだけどさ」
加賀「基準を履き違えています。主役はあなたですがこの劇は龍驤さんを中心に用意されています」
瑞鶴「やっぱそうだよね」
加賀「龍驤さんはあなたと翔鶴と一緒に蟻を討伐しに行きます。道中の蟻は、いうなればエリート級の重巡や空母並の脅威でしょう」
瑞鶴「うん」
加賀「龍驤さんは当然として、あなた達も十分に渡り合えます」
瑞鶴「うん」
加賀「ところが、最奥にいた蟻は想像を絶するものです。いわば姫級の深海棲艦に相当するでしょう」
瑞鶴「姫級ってそんなにすごいの? 見たことがないから想像もつかないんだけど」
加賀「ある姫はただの一盃で連合艦隊を相手取る事ができます」
瑞鶴「は?」
加賀「ある姫は私達空母機動部隊の艦載機を壊滅に追いやることができます」
瑞鶴「それ勝てないじゃん」
加賀「だからあなた達は龍驤さんを囮にして逃げ帰ります。囮になった龍驤さんの戦闘場面が今回の山場でしょうか」
瑞鶴「今更だけど、台本ひどくない? 龍驤さん轟沈しちゃうし。私もなんというか、あんまり気分が良くないのよ」
加賀「劇だと割り切りなさい。真剣に考えることは良いですが、深淵まで飛び込んではいけません」
瑞鶴「わかったわよ。けど何でこんな演目にしたんだろうね。他にもっと楽しいやつがあるんじゃない」
加賀「青猫と射撃王なら子供も楽しめるかもしれないわね。しかし、慢心はいけません。短編はともかく長編になると当然のように戦争が発生しているわ」
瑞鶴「そうなの?」
加賀「なぜ知らないのかしら。座学であったでしょう」
瑞鶴「ちょっと、別に寝てなんかなかったんだからね!」
加賀「まだ何も言っていませんが」
瑞鶴「あう」
加賀「まぁいいでしょう。長編の一つに錻の星で人間が作ったからくりが反乱するというものがあります。身から出た錆、教訓としても十分な話です。龍驤さんが轟沈する際の台詞はこれから引用されています」
瑞鶴「なんであんな台詞を引用したのかしら。なくても何も変わらないわよ」
加賀「提督の我儘でしょう。最期の時に自分を思い出して欲しいといった類のものです」
瑞鶴「提督さんって龍驤さんのこと大好きだからね。もしかして、劇もその台詞を言わせたいだけなんじゃないの」
加賀「大いにありえます。2人とも阿呆ですから、それくらいのお膳立てをしなくてはいけないのでしょう」
瑞鶴「ちょっと、いいの? そんなこと言っちゃって」
加賀「構いません。いい加減先に進む必要があります。それは提督然り、龍驤さん然り。当然私達もです」
瑞鶴「わかってるって」
210 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/11(木) 22:29:41.33 ID:qKqc1knq0
――船渠――
加賀「まさかあなたが背中を流してくれるなんて、殊勝な心掛けです」
瑞鶴「なんでそんなに上からなのよ」
加賀「何を話せばいいかよくわからないのよ。まったく、五航戦はそんなことも察することができないのかしら」
瑞鶴「嘘でしょ? 私ぜんぜん悪くないじゃん。全部加賀の問題じゃん」
加賀「そういうことにしておきます。もういいわ、次は私が変わりましょう」
瑞鶴「うん」
加賀は大量に泡を立てて瑞鶴の背中を流す。
加賀「あなた、ずいぶんと細いですけれど。ちゃんと食べているのかしら」
瑞鶴「食べてるわよ!? 一航戦とおんなじ食事とってるじゃない」
加賀「それでは足りません。私と赤城さんはほぼ待機中です。いわばアイドリング状態の燃費です」
瑞鶴「うん」
加賀「あなたち五航戦は今まさに訓練をしている最中です。実戦に近い燃費でしょう」
瑞鶴「待って、昨日は出撃がなくて一航戦も五航戦も同じだけ訓練をしたんだけど? 今日も稽古つけてくれたじゃん」
加賀「そうです。それが何か?」
瑞鶴「何か? じゃないわよ、加賀も訓練してるじゃない」
加賀「私達にとっては待機と変わらないわ」
瑞鶴「マジ? 私、すっごく疲れたんだけど」
加賀「マジです。練度の差を嘆いてもしかたありません。今のあなたはより消費をしているので、より補給をする必要があります」
瑞鶴「ご飯、美味しいけど。あの量でも限界一杯食べているんだけど」
211 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/11(木) 22:30:46.93 ID:qKqc1knq0
加賀「足りていません。足りていないからあなたの体は細いままなのです」
瑞鶴「う〜ん」
加賀「それに、今は昔と違って食べることには困っていないでしょう」
瑞鶴「……うん。そうだね」
加賀「そうです」
瑞鶴「あれ、細いっていえば龍驤はどうなのよ。あの人もめっちゃ細いじゃん」
加賀「あの人の場合は、いえ、この話はもういいでしょう」
瑞鶴「なんでよ、中途半端に止めないでよ。駆逐艦並の容姿でしょ? 食べる量が少ないってこと? それとも訓練をしないから体躯が成長しないの?」
隼鷹「人それぞれってことでいいんじゃない? 加賀さんなんか着任した時から今くらいの容姿だったからねぇ、ひゃはは」
瑞鶴「あれ? 隼鷹さん? こんにちは。いつ入って来たんですか、全然気づきませんでした」
隼鷹「あー、ごめんごめん。ちょっと気配を殺しながら来ちゃったから」
瑞鶴「器用ですね。式神を操るとそんな感じになるんですか?」
隼鷹「式神は関係ないさ。中で加賀さんと瑞鶴さんが楽しそうにしているから邪魔したらあかんって言われてね」
瑞鶴「はぁ」
隼鷹「それより龍驤が細いのが気になるとはねぇ。なかなか目の付け所が違うね」
瑞鶴「練度の高い空母は体躯もしっかりしてるじゃないですか。加賀さんもそうだし隼鷹さんもだし。その理屈だと、龍驤さんはどうなのかなって」
隼鷹「なるほどねぇ。何でかなぁ? 本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
瑞鶴「いやよ。駆逐艦並の体躯で練度が高いんですか? なんて聞けるわけないじゃない」
隼鷹「聞きゃあ答えると思うけどねぇ」
瑞鶴「多分そうでしょうけど。ちょっと加賀! 自分から話を始めて置いて何で黙ってるのよ!」
隼鷹「うん? 加賀さんは湯船に浸かってるから仕方ないんじゃない?」
瑞鶴「へ? じゃあ背中を流してくれているのは誰なのよ」
龍驤「うちや」
212 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/27(土) 23:16:29.04 ID:JciRooOY0
龍驤「なーんか聞きたいことがあったみたいやな。言うてみ?」
瑞鶴「ふーっ。龍驤、体調大丈夫なの? 急に休みになったけど」
龍驤「あははー、ありがとな。皆にはごめんやけど、二日酔いやったんやわ」
瑞鶴「そうなんだ。大丈夫ならいいんだけど」
龍驤「瑞鶴、ちょっち見ん間にずいぶん雰囲気がかわったな。何があったん?」
瑞鶴「別に何もないわよ。それより、稽古つけてくれるって言ったのはいつになるのよ」
龍驤「あれは無しやわ」
瑞鶴「昨日あんだけ脅しておいて今さらなしってどういうこと」
龍驤「脅しとらんわ! なんや瑞鶴、えらい言うようになったなぁ?」
瑞鶴「いつもと同じよ。でもなんで稽古の話を撤回するの?」
龍驤「キミを纏う空気見たら一発や、もうウチの稽古はいらんわ。加賀がなんかしたんやろな。その調子やと妖精さんの声も聞こえるようになったんとちゃう?」
瑞鶴「なんで顔も背中越しでそこまでわかるのよ」
龍驤「だてに秘書艦やってないで? この鎮守府最強の艦娘はウチやからな!」
瑞鶴「はいはい、さすがにそれは無いわよ。同時に操れる艦載機の数は加賀に勝てないし、軍艦としての純粋な性能だったら長門さんに勝てないでしょ?」
龍驤「あっちゃー、龍驤さんジョークは通じんかったか。けどな、秘書艦やから結構な裁量を与えられとんのやで?」
瑞鶴「まさか! 龍驤だけいい物を食べているとかじゃないでしょうね? 私にも食べさせてよ」
龍驤「なぁ、加賀ぁ。キミは瑞鶴に何を教えたんや? こんなこと言う娘やなかったやろ」
加賀「来る日に備えたくさん食べて体を作りなさいとは言いましたが、そのような解釈になるとは思いませんでした」
加賀の横で隼鷹が声を上げて笑い、とてもよく揺れていた。
龍驤「そういうことか。ごめんな、瑞鶴。秘書艦に期待してたみたいやけど、食べとるもんはみんなと一緒やで」
瑞鶴「そう、それならいいのよ」
龍驤「けど今日はお土産あるからな。この地域の名物、寒天菓子。果物が入った奴が美味しかったで」
瑞鶴「やった、ごちそうさまです! ん? なんでお土産があるのよ。どこかに行っていたの?」
龍驤「今日、休みにしたやろ? それで海運も漁連も海に出られんようななったからなぁ。急に予定を変えてしまったことへの謝罪に行っとった」
瑞鶴「秘書艦ってそんなことまでするの?」
龍驤「そうやで。漁連の方は顔馴染みやから謝って終わりやったんやけど、海運のほうがなぁ」
瑞鶴「何かあった?」
龍驤「初めて見る管理職の人間が出てきて、急に予定が変わったことに憤慨しとったわ」
瑞鶴「まぁ、向こうも仕事があるだろうから仕方がないでしょ」
龍驤「仕方ないわな。それで、膝をついて謝罪しろ言うから、ウチが謝ったんや」
瑞鶴「よくもそんなことをしたわね。ムカつかなかったの?」
龍驤「さすがに休みの原因がウチやったからしゃあないやろ。けどそれに飽きたらず、提督にも同じこと言うたんはちょっちなぁ」
213 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/27(土) 23:16:56.48 ID:JciRooOY0
「「はぁ?」」
214 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/27(土) 23:18:08.80 ID:JciRooOY0
湯船の方から怒気が発せられた。
あまりに想定外の状況に瑞鶴は身を縮める。
隼鷹「なんだよ、龍驤? あたしそれ聞いてないんだけど」
龍驤「言うとらんからな。言うたらキミら怒るやろ」
加賀「当然です。まさか、その様な暴挙を許した訳ではないでしょうね」
龍驤「許したで」
隼鷹「まさかお前が横にいてその体たらくなんて。何やってんだよ、秘書艦様」
龍驤「あのさぁ、逆に聞くけど、この鎮守府で誰が提督を止められるんや」
隼鷹「そりゃ龍驤だけだろ」
加賀「その通りです」
龍驤「買いかぶり過ぎや。キミらの期待に応えられやんでごめんやけど、2人で謝ったわけや」
瑞鶴「ふぅん」
龍驤「あんまがっかりせんといてぇ。さすがにその後に起きかけた惨劇は未然に防いだで?」
加賀「それは何ですか?」
龍驤「海運の取締役が割腹しかけたのを止めた」
瑞鶴「え? カップクって何よ?」
加賀「切腹、腹切りです」
瑞鶴「ちょっと龍驤! なんでそんなに血生臭いことになるよの」
龍驤「なってない、なってない。ちゃーんと止めたで?」
瑞鶴「意味がわかんないんだけど。ねぇ、加賀。なんでこうなるの?」
加賀「恐喝、侮辱、公務執行妨害。ぱっと思いつく当たりでこれが該当するのかしら?」
瑞鶴「え?」
隼鷹「やっちまった内容を近辺の住人に知られたら、生きていけなくなるだろうしねぇ。当然、海運も解体せざる得ないだろうね。自分とこの人間がそんなことやったら、それくらいは頭をよぎんるんじゃない?」
瑞鶴「え? え?」
215 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/02/27(土) 23:19:47.94 ID:JciRooOY0
龍驤「瑞鶴、内におったら気づかんかもしれんけど、ウチらの提督は連合艦隊を預かっとるんやで?」
瑞鶴「わかってるわよ、そのくらい」
龍驤「わかとらんわ。キミが片手間で薙ぎ払えるイ級駆逐艦ですら通常兵力やと中破すら不可能な戦況なんや。そんな戦力をもっとる艦娘を一個人が指揮しとんのや。どう考えても恐怖やろ」
瑞鶴「別に提督さんは怖くないわよ」
龍驤「それは身内やからや。なんて言えばええんやろ、この地域で電を侮辱したようなもんって言えばわかるか?」
瑞鶴「何言ってんの。する人間なんていないしできるわけないわよ」
龍驤「それをしたんやって」
瑞鶴「はぁ? 龍驤はそんな暴挙を許したっていうの?」
龍驤「許したで、ってなんやこの天丼は。提督が是と言えば当然それは是なんやで? 提督が怒っとらんからなんも問題はないわ。言い訳させてもらうと止めさす間も無いくらい提督の謝罪は早かったからな?」
加賀「容易に想像できます」
隼鷹「だよなぁ」
龍驤「そのタイミングで向こうの上役が来たわけや。現場を見て開口一番、『彼の行動の責任は私にあります。声も漏らさずやりとげますゆえ、どうか』」
瑞鶴「ちょっとちょっと、なにそれ?」
龍驤「座して、匕首握って。腹に当てるまでまったく躊躇しとらんかったから本気やったな」
瑞鶴「死んじゃうわよ! なんで止めないのよ!」
龍驤「止めた言うたやんか。火克金! ってな感じで匕首を殺したわ」
瑞鶴「よかった、間に合ったんだ。けど龍驤が止めなきゃ死んじゃってたんじゃないの。提督さんは何してたのよ」
龍驤「うん? ウチが横におったからな、心配する必要はなんもないやろ。提督も言うとったしな、お前が横にいると安心だ、って」
加賀と隼鷹は小さく笑うが、よく揺れていた。
どうやら提督はやると決めたことをやり通しただけのようだった。
龍驤が原因であっても、休港を決定したのは提督だ。
その責任を果たすための謝罪を躊躇するような者ではない。
そして龍驤のこの話は、言わなくとも通じあっているという遠回りな惚気だったと判断した。
瑞鶴「人死がなくてよかった。その後はどうなったの?」
龍驤「依頼をひとつ受けてその場をあとにしたで」
隼鷹「もしかしてその依頼は、那珂ちゃん、島風、潮、漣が急に準備して出てったやつ?」
龍驤「ようわかったな。海運の彼らが本土に戻るため、海上護衛に出てもらったわ」
加賀「更迭、でしょうか。けれど、それだけで済んでよかったですね」
隼鷹「いやぁ、『那珂ちゃんにはオフはないんだね……。お仕事行ってきまーす!』って言ってたから、何事もなくはないんじゃない?」
龍驤「那珂にはまた有給とって貰わんとなぁ」
瑞鶴「秘書艦って大変だね」
龍驤「そうやで、けどそんな秘書艦をぼちぼち瑞鶴に引き継いでこう思っとる」
瑞鶴「どういうこと?」
216 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:39:23.19 ID:Ng8I11rZ0
龍驤「危機管理の一環やな。今日みたいなんが何回もあったらアカンやろ?」
瑞鶴「そう、かな」
龍驤「そうや。それにや、この立ち位置はそろそろキミに渡さんとなぁ」
瑞鶴「えっ?」
加賀「瑞鶴!」
瑞鶴「はいっ!!」
加賀「そろそろ上がります。龍驤さん、菓子いただきます」
龍驤「うん? おぉ! 食べて食べてぇ。第4保冷室の右から3番目の棚、中下段に置いといたで」
加賀「わかりました。瑞鶴、早くしなさい」
瑞鶴「まだ湯船に入ってないだけど……」
加賀「いいから来なさい」
瑞鶴「えぇ……。じゃあ、失礼します」
龍驤「またなー」
隼鷹「じゃあねー」
加賀と瑞鶴は一礼して船渠を後にする。
217 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:40:33.90 ID:Ng8I11rZ0
隼鷹「なぁ、龍驤よぉ」
龍驤「なんや」
隼鷹「秘書艦引き継ぎって提督の命令?」
龍驤「ちゃうで、命令が出た時に何も準備できとらんだら格好つかんやろ? できる龍驤さんはその時に備えとんのや」
隼鷹「うん、そうだよな。お前はそういう奴だよな」
龍驤「そうやで」
隼鷹「ふーん。あのさぁ、龍驤」
龍驤「なぁに?」
隼鷹「もう提督と既成事実作っちまえよ」
龍驤「……おもろいこと言うな。それやった所でどうなるんや? ウチら艦娘やで?」
隼鷹「そうだけどさ。行動できる間にしておかないと、後悔しか残らないからなぁ」
隼鷹は落胆していた。
持てる技能をつぎ込んで龍驤の髪を編みこみ、フレグランスも南西任務で手に入れたバンレイシの精油を惜しげもなく使った。それにも関わらず成果は無し。
提督に問題があることも考えたが、やはり最期の一歩を踏み出すべきなのは龍驤の方だろう。
隼鷹「まぁいいか。なんかイベントなかったの?」
龍驤「特になかったなぁ、一応謝罪に出てただけやからな。まぁ、甘味処でお土産選ぶのにいろいろ食べ比べて、酒保に補充するもの見繕って、服探して、珈琲飲んで……」
隼鷹「よーし、龍驤わかったわかった。特にイベントはなかったんだな」
龍驤「そうや。むしろ帰ってきてびっくり。高速修復剤がごっそり減っとった」
隼鷹「マジで? いや、いいだろう別に。大規模作戦にも参加しないような鎮守府だからさ」
龍驤「そうなんかな。けど、六駆の娘らが頑張った結果やからなぁ」
隼鷹「ふぃー、酒が呑みたい」
龍驤「突然やな。いやゴメン、昨日呑んどらんだな。あとで瑞鶴のところにたかりに行こか。まだ残っとるやろ」
隼鷹「行こうぜ〜。そうだ、鳳翔さんに生ハムメロンを作ってもらおう。洋食の作法を教えてやんよ」
龍驤「別にええよ。箸があるやん」
隼鷹「いつか、大本営に招集を掛けられた時、食事会で提督は冷たい目で見られるんだろうな。『キミのところではテーブルマナーも教えられていないのか』。もちろん龍驤は責められないから安心しろよ」
龍驤「どうか作法を教えてください」
隼鷹「ひゃはっは、もちろんいいぜ〜。けど船渠で土下座はやめろよ」
龍驤「ああ、危ないとこやった。これでウチも安心やわ。ん? 誰か来たみたいやな」
218 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:45:43.24 ID:Ng8I11rZ0
――執務室――
龍驤「ふんふーん、よっしゃできた。キミ、はいこれ」
提督「なんだこれは?」
龍驤「嘆願書や。巡洋艦をもう1人増やして欲しいんや」
提督「ふーむ、龍驤もか。これは本格的に交渉をする必要があるようだな」
龍驤「も?」
提督「うむ、電が突然やって来てな。お前と同じように嘆願書を持ってきた。しばらくしてから阿武隈と隼鷹がやって来た。何があったんだろうな」
龍驤「北上と話をしたんや。普段から達観しとるし、メチャクチャ安定した戦果を出しとるから気づけんだけど、あれは『同型艦に会いたい病』やわ」
提督は頭を抱え俯く。
また、気づくことができなかったからだった。
龍驤「自虐する暇はあげやんで。どうする? 電の時はわーわー喚いてくれたからわかりやすかったけど、今回は北上や」
提督「これは想定しておくべき問題だった。どんなに安定していても、どんなに練度が高くとも、もともとは軽巡だ。いや、違うな。高練度になって周囲を観る余裕ができたからこそか」
龍驤「そうや、今日なんか休みにしたのに六駆の訓練をしとったんや。それが引き金になったんかもしれん」
提督「あいつらは姉妹仲良しの見本を地で行くからな。どう考えてもそうなるな」
龍驤「どうすんの? もう保有枠はないで。もし大井を着任させるんやったら……」
提督「保有枠に最低1盃。しかも雷巡だよな、戦力制限でさらに軽巡1、もしくは駆逐2と引き換え、か?」
龍驤「それくらいになるやろ。決断の時や。先に言うとくけど、大井を着任させられんだとしても、北上は絶対に怒らんし、任務を放棄したりはしやんよ」
219 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:46:09.06 ID:Ng8I11rZ0
提督「大井を着任させる」
220 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:46:49.76 ID:Ng8I11rZ0
龍驤「りょーかい。通信式符を用意するわ。交渉に失敗したらどうしよか?」
提督「必ず要望を押し通す。武力を使わず交渉でだ。25盃目の保有枠を認めさせ、引き換えの艦はやらん」
龍驤「ほんま格好ええわ」
提督「もっと褒めてくれ」
龍驤「大井が着任できたらな。他には何を用意しとく?」
提督「ぬるめの珈琲とゼドリンを頼む」
龍驤「……本気でやるんやな」
提督「当然だ。俺はいつでも本気だ」
龍驤「じゃあ頑張ろか」
提督「あぁ」
221 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/06(日) 13:47:36.09 ID:Ng8I11rZ0
――母港――
提督「やはり阿武隈は一水戦旗艦にふさわしいな」
龍驤「ほんまやな」
夜戦に向かう水雷戦隊を見送る。そして、残ったそれぞれに入渠、練習航海、観艦式の振り付けを指示する。
提督「どうだ龍驤。俺はやりきったぞ!」
龍驤「そうやな、めっちゃ格好よかったで」
提督「そうだろう、そうだろう。……スマンが限界だ。後のことはよろしく頼む」
糸が切れたジョルリの人形を真似たかのようだった。
倒れ込む提督を龍驤が支える。
龍驤「こんなキミやからこそ、ウチは……」
音にならない程度の声で話しかける。
龍驤「明日からは劇の練習、しばらくしたら長門との演習、最期に大元帥を招いて劇本番や。これぞ龍驤を見せたるからな」
提督を抱え執務室に向かう。
劇当日まで数える程になった。
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/20(日) 20:27:50.09 ID:FDuQSpTP0
おつおつ
ごっつ面白い
223 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:14:27.76 ID:pWRMy71s0
――劇の練習――
龍驤「はい、もういっかいや」
瑞鶴「皆、ゴメン!」
暁「大丈夫ですよ、瑞鶴さん」
龍驤「じゃあ初めて出会う場面やるでー」
「「はい」」
再度練習を始める。
瑞鶴「『龍驤は今何をやってるの?』」
龍驤「『生物調査や。資源やら生態系の変遷を見とんのやで』」
翔鶴「『へぇ、そうなんですか』」
龍驤「『けど今はこいつらの対応や。隔離指定の蟻なんやけど、最近勢力を伸ばしてきとる』」
翔鶴「『龍驤さんはこの辺りで駆除作業をしようとしているんですか?』」
龍驤「『いや、今は仲間と行動しとるとこやから戦闘はせえへん。そろそろ合流することになっとんのやけど……』」
雷「『龍驤さん! その人たち誰ですか?』」
龍驤「『あぁ来たな。この娘らはウチの友達や、旅の途中で寄ってくれたんやで』」
雷「『わざわざこんなところまで来てくれてありがとう! 私は暁型3番艦、雷よ! かみなりじゃないわ! そこのとこもよろしく頼むわねっ!』」
瑞鶴「え? 知ってるけど、……あ!」
龍驤「はーい、もっかいやり直しや」
224 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:16:29.80 ID:pWRMy71s0
瑞鶴「皆、本っ当にゴメン!」
暁「まだ会ったことが無い設定なんだから!」
雷「もっとちゃんとしてよね!」
瑞鶴「ごめんってば!」
響「もっとだね」
電「もっとなのです」
同じ失敗をした瑞鶴を囃し立てる。
瑞鶴「んぐにいぃい!」
「「わー、瑞鶴さんが怒ったー」」
瑞鶴「待てー!」
龍驤「あー、もう。電まで一緒になって」
翔鶴「瑞鶴がご迷惑おかけします」
龍驤「ええって。子供に好かれて、仲間にも慕われる。これがええ艦娘の条件やからな」
翔鶴「ふふっ、そうですね。あ、彩雲が」
龍驤「こるぁー、瑞鶴!! 艦載機で遊んどんなぁっ!」
瑞鶴「やばっ、龍驤だ! 逃げろー」
「「おー」」
翔鶴「あぁ、龍驤さんまで……」
225 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:17:17.18 ID:pWRMy71s0
日向「追いかけっこは満足できたか? この後出撃が控えているから、終わってもいいか?」
龍驤「待ってぇ! ウチひとりやとあの数はさばけんのや!」
日向「なら先に緒戦の場面をやろう。私の艦載機に式付を貼り付けてくれ」
龍驤「うん、仮想ニ級elite符、ホ級eliteにおまけでリ級eliteも付けたで」
瑞鶴「ねぇ、龍驤」
龍驤「なんや」
瑞鶴「蟻なのになんで深海悽艦なの?」
龍驤「劇やからな。なんでもかんでもそのまま適用できるわけやないで。ほら、どこやったかの鎮守府の出し物で駆逐艦の娘らが惑星を模した戦士を上演しとったやろ?」
瑞鶴「やってたね、星の守護を受けた戦士? 睦月型の娘達が演じたんだっけ?」
龍驤「そうや、ビデオ見てどうやった? 魔法みたいなんはなしで砲雷撃で置き換えてたし、敵役も深海悽艦を模したものや」
瑞鶴「あれってなんでなんだろうね」
日向「皇国海軍の広報活動の一環だからだな。強大な敵、恐ろしい敵に立ち向かう姿を民間に伝える必要があるわけだ」
瑞鶴「なるほど」
龍驤「後は古典やからな、時代に合わせて表現を変えることもあるで」
瑞鶴「『睦月に代わって、お仕置きだよ!』 うん、確かに上手だったし面白かったね」
龍驤「やろ? それじゃ、敵に囲まれた所をやるで。キミらは見学しとってな」
第六駆逐隊は肩で息をして、震えながら頷く。
瑞鶴からは余裕で逃げ切っていた。
龍驤が瑞鶴を囚えた瞬間、第六駆逐隊は全員が最大戦速に切り替えてすぐさま龍驤の元へ戻った。
現在、瑞鶴が余裕な顔をしているのはその時の記憶が飛んでしまっているからか。
龍驤「じゃあ、よろしく頼むで」
日向「心得た」
都合47機の水上爆撃機が深海悽艦を演じる。
誰もが知っている、高性能な多用途機であり、この鎮守府では日向のみが取り扱うことができる。
それらは深海悽艦(仮)となり、連合艦隊を組み、さらに支援まで出していた。
226 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:20:00.83 ID:pWRMy71s0
龍驤「『願ってもない機会や。キミらの内で覚悟が決まった方からやるんや』」
翔鶴「『私が行きます』」
瑞鶴「『いや、私が!』」
順番を決めるため、羅針盤を回す。
瑞鶴「『よし! ラッキー』」
翔鶴は不満そうに羅針盤娘を睨めつけた。
日向がホ級(仮)を前に進める。
雰囲気や動きまでが精巧だった。
むしろ発する圧力だけは、本物を上回っている。
瑞鶴「『勝敗の付け方なんだけど……話しは通じなさそうね』」
瑞鶴が艦載機を発艦させるより早く、ホ級(仮)は砲を放つ。
こと戦闘において瑞鶴は冷静だった。
回避ができないのであれば、受け止めるまで。
甲板を避け胸部装甲に着弾。
赤城や加賀と比べ非常に薄くはあるが、覚悟を決めた状態であればそれは優秀な装甲である。
小破にも満たない被害からの反撃。
彗星一二型甲による爆撃だった。
艦攻ではなく、より疾い艦爆を選び、放つ。
227 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:21:21.68 ID:pWRMy71s0
ホ級(仮):轟沈
228 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:22:02.19 ID:pWRMy71s0
日向「ほぅ」
瑞鶴は艦攻を好んで使っているにも関わらず、今回は艦爆を放った。
不意打ちに近い攻撃に対して反射ではなく、有効な手段を選択し反撃する。
その選択は、ただ運が良いだけでは説明ができない。訓練の積み重ねを感じさせた。
翔鶴「『次は私ね』」
日向がリ級(仮)を前に進める。
翔鶴は先制の急降下爆撃を実行した。
リ級(仮)「……」
重巡のelite級は軽巡と比べて装甲が強固だった。
翔鶴「『へぇ、そうですか』」
教科書通りであれば、より火力が高い艦攻に切り替える。
翔鶴はさらに艦爆を投入し続けた。
その数、24機。
229 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:22:56.47 ID:pWRMy71s0
リ級(仮):中破
230 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:24:02.58 ID:pWRMy71s0
龍驤「『嬉しい誤算や。ふたりとも実戦でこそ力を発揮できるみたいやな』」
瑞鶴の成長もさることながら、翔鶴が素晴らしかった。
艦爆で装甲を貫けなかった場合、通常判断なら艦攻に切り替える。
爆弾より魚雷の方が攻撃力が高いからだ。
ただし、艦攻を使った雷撃はその成果にムラがある。
期待以上の成果を発揮すれば戦艦を撃沈することができる。
裏目を引いた場合、艦爆の爆撃以下の損傷しか与えられない。
瑞鶴が撃沈させたことにも触発されず、正確な爆撃で重巡を中破にする。
中破となった重巡は戦闘離脱時の雷撃を放つことができない。
随伴艦との連携を考えると、確実に無力化できることこそ肝要であった。
日向「まるで赤城のようだな。しかし……」
龍驤は首を振り、日向を制する。この場では話す必要は無いということだった。
龍驤「『瑞鶴、翔鶴。3秒後に離脱や』」
龍驤は羅針盤を回す。
翔鶴「『瑞鶴、あれはヤバイわね」
瑞鶴「『そうだね、翔鶴姉』」
龍驤「『あぁもう、ハズレや!』」
羅針盤娘「『ハズレとかいってんじゃねー』」
草を刈り取るための大鎌のようなものが見えた。
勅令の光を灯して振り抜き、46盃の深海悽艦(仮)を送還する。
龍驤「『回すまで進めやんし戻れやん。まったく役に立たんやっちゃな』」
羅針盤娘「『文句いってんじゃねー!』」
そう言い残し羅針盤ごと霧散する。
龍驤「『2人とも良かったで。これならやってけそうやな』」
翔鶴「『まだ練度を上げないといけませんが』」
龍驤「『こんな場所や、練度は嫌でも上がるで。瑞鶴は大丈夫か?』」
瑞鶴「『意思疎通ができない相手なんてどうにでもできるって』」
龍驤「『それが心配なんや。会話が成り立つ相手が出てきたらどうすんの』」
231 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:24:49.34 ID:pWRMy71s0
龍驤「はい、ここまでー。ご苦労さん」
雷「翔鶴さん、すごいわ!」
電「瑞鶴さんもいつの間にこんなになったのですか?」
雷、電は五航戦姉妹に駆け寄る。
駆逐隊にとって戦艦や空母は護衛対象であり、護衛対象が強く可憐であればより士気が上がるというものだ。
暁「なんで? 何で爆撃に耐えられたの?」
響「それはとても気になるね」
暁、響は日向に駆け寄る。
駆逐隊にとって日向は何故かはわからないが、戦艦や空母よりも信頼できる艦娘だった。
暁「日向さん! なんで艦載機が爆撃に耐えられるんですか? もしかして、それがあの有名な特別な瑞……」
日向「暁」
暁「はい!」
日向「その名をみだりに呼んではいけない。君は淑女だからわかるだろう?」
暁「と、当然よ。響も聞いちゃダメなんだからね!」
響「わかったよ、暁。でも日向さん。なぜ水上爆撃機を使うのかな。あなたは長門さんよりも序列が上の艦娘だよね。大型の主砲で闘うだけじゃだめなのかな」
日向「ふむ、なるほど。その質問も最もだな。逆に響。私が純粋な大艦巨砲主義で長門に挑んだ場合、果たして勝てるだろうか?」
響「その、申し訳ないけれど、多分長門さんが勝つと思うよ」
日向「的確な分析だ。まぁ、悪くないな」
日向は響の頭を撫でてやる。暁はそれを見て何かを考える。
日向「重ねて聞くが、我々は単艦で出撃するだろうか」
響「絶対にしないね。深海悽艦も艦隊を組んでいるし、戦略的に不利になるばかりだ」
日向「そうなるな。さて、長門との力比べで劣る私の序列が上な理由はわかったか?」
暁「はい! 艦の性能じゃなくて、戦果を上げたから!」
日向「ふむ、わるくない。やはり姉というものはよく見ているものだな」
日向は暁の頭を撫でてやる。暁はご満悦だった。
日向「私に求められた闘いは長門にはできないものだったわけだ。水雷戦隊と鳳翔や龍驤、そして私。徐々に君たちも参加することになっている。響とは先に行ったな」
響は頷く。
暁「長門さんができないのに暁にできるの?」
日向「まぁ、そうなるな。想像してみてくれ、長門を旗艦に、比叡、妙高、赤城、加賀、翔鶴で艦隊を組むとしよう」
暁「レディだわ! すっごくレディだわ!」
日向「今後君に求められる闘いは、彼女たちにはさせられない闘いだ。なぜかわかるか?」
暁「燃費が悪いとか? ひよーたいこーかってやつね」
日向「その通りだ。彼女たちではただの一撃も与えられないまま一方的にやられてしまう。出撃しても戦果は皆無だ」
暁「え? なにそれこわい」
日向「それだけこの仕事は重要なわけだ。暁よ、君には期待しているぞ」
暁「暁の出番ね! 頑張るわ!」
232 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/21(月) 23:26:55.35 ID:pWRMy71s0
龍驤「おーい、暁。出撃やから準備してー」
暁「わかったわ! 編成はどうなっていますか?」
龍驤「暁が旗艦で、ウチと漣と日向や。みんな待っとるからちょっち急いでな」
暁「え? 日向さんはここにいるんだけど」
日向「いや、これは私ではないな」
目の前から日向が消えた。
暁「きゃーっ! 響! 日向さんが!」
響「……これ対魚雷用デコイだ」
暁「じゃあ、日向さんのデコイが劇の練習をしていたっていうの?」
響「……まぁ、そうなるな」
暁「真似してるんじゃないわよ」
響「ごめん。ねぇ、暁。日向さんと長門さん、単騎で決戦して本当に日向さんは負けるのかな」
暁「暁に聞かないでよ。ところで響、日向さんが言ってた闘いって何のこと?」
響「私は潮と行ったんだけど、鎮守府近海の対潜哨戒のことだよ」
暁「潜水艦は怖いものね」
響「そうだね」
暁「それじゃあ、いってきます」
響「いってらっしゃい」
233 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/03/27(日) 23:14:16.79 ID:TIqwJd5t0
――劇の練習――
鳳翔「では交代して。私達の稽古を始めましょうか。場面は私達が翔鶴さん達に合流する所からです」
「「はい」」
雷「『翔鶴さんから入電だわ! ワレ・ズヰカクヲ・エイコウシ・キカン・リウジヤウハ・コウセンチウ ちょっと!? どう言うことなの! ねぇ、翔鶴さん何が起きたの!』」
響「『電話じゃないから話してもだめだよ。貸して』」
雷「『ちょっと、なにするのよ!』」
響「『キョテンニ・ゴウリウサレタシ・オウエンブタイヲツレテイク』」
暁は対潜哨戒に出てしまったが、つつがなく劇の練習に臨む。
調査隊役の彼女たちは応援部隊役の空母を拠点に案内する所を演じていた。
加賀「『なんですか? 五航戦ではないですか。物見遊山で首を突っ込むからやけどをするのよ。さっさと鎮守府に帰りなさい』」
赤城「『やめてあげてください、加賀さん。可哀想でしょう』」
加賀は赤城を見る。
赤城「『相手はただの五航戦なのですから』」
加賀「赤城さん、さすがにその言い方は……」
鳳翔「はい、やり直しです」
加賀「あ……、すみません」
駆逐隊は加賀と瑞鶴を見比べ、何か合点がいったようだった。
赤城「そういうこともありますよ。翔鶴さん、演技ですから泣かないでください」
翔鶴「あ、いえ。違うんです。この場面そのものが、何か胸の奥で引っかかると言いますか」
赤城「演技とはいえ仲間を置いて逃げ帰っていますからね。腑に落ちないこともあるでしょう。こちらへおいでなさい」
駆逐艦から翔鶴の顔が見えないように、赤城の胸で隠してやる。
赤城「大丈夫です。今は資源もまかなえています、訓練もできています、仲間も居ます。未だ終わりが見えない闘いでは有りますが……」
一呼吸置いてから澱みなく宣言する。
赤城「今度はあなた達を残して逝ったりはしません」
翔鶴「はい!」
航空母艦を眺める駆逐艦。
少し横で鳳翔が手招きをしていることに気が付き、我先にと駆けて行く。
手持ち無沙汰になった加賀は気絶する演技をしている瑞鶴を眺める。
演技ではなく本当に寝ているように見えた。
加賀「……」
呼吸音に乱れはないので寝ているようだ。
誰も加賀を見ていないことを確認した後、瑞鶴の頭を撫でてやる。
加賀「……」
瑞鶴「……」
瑞鶴の顔が赤くなった。
234 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/04/02(土) 23:46:26.57 ID:AITBL+Oo0
――劇の練習――
鳳翔「『派手にやられたようですね。敵はそんなにも手強かったですか』」
翔鶴「『今まで出会ったどんな敵よりも薄気味悪い空気を纏っていました。現界して、再び艦載機を操れるようになったからわかります』」
伏せていた顔を上げて、鳳翔達を見る。
翔鶴「『あなた達もすごく強い。それでも……アレに勝てる気はしません』」
赤城「『あはは、艦娘も人と同じで得体の知れないものに会ってしまうとそれを過大に評価してしまいますからね。あなたは今、一種の恐慌状態に陥っているのですよ。あとは私達に任せてゆっくり休んでください』」
加賀「『ふふ。結局私と同じことを言っているではないですか、赤城さん』」
笑った後に翔鶴に顔を向ける。
加賀「『五航戦。機動部隊同士の闘いに勝ち目の有り無しを問う事自体が間違っています。敵艦載機の種別、練度はわからなくて当たり前、ほんの一瞬の緩み、慢心が一発逆転の致命傷になります』」
加賀はさらに話を続ける。
加賀「『一見した艦載機数の多寡は気休めにもなりません。勝敗は揺蕩っていて当然です。しかし、それでも……』」
加賀「『完全勝利をおさめる気でやる、それが空母の気概と言うものです。相手の空気に気圧され、逃げ帰った時点であなたは失格。敗者以下です』」
赤城「『加賀さん、もういいです』」
鳳翔「『瑞鶴さんはどうなっていますか』」
翔鶴「『敵に攻撃を仕掛けようとしたから力づくで止めました。手加減をしなかったのでいつ目覚めるかはわかりません』」
加賀「『ふふっ、そっちの五航戦はまだ見込みがありますね』」
赤城「『加賀さん』」
鳳翔「『深海悽艦と艦娘の関係上、中途半端な戦力では敵に取り込まれる恐れがあります。わかりますね』」
翔鶴「『……はい』」
そのための少数精鋭の部隊だ。
鳳翔「『最寄りの泊地に2人、刺客を放ちました。やるかやらないかは自由です。しかし、倒してからおいでなさい』」
鳳翔の姿勢には芯が通っていた。その見た目以上に力強い声で伝える。
235 :
◆zqJl2dhSHw
[sage saga]:2016/04/02(土) 23:47:40.16 ID:AITBL+Oo0
「『艦娘として生きるのであれば』」
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