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風俗嬢と僕

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695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 20:05:35.86 ID:5vA409IiO
「友達……」

聞き慣れた言葉のはずなのに、彼女から聞こえたそれは不思議な響きがした。

私の彼氏と寝た女。私がビンタした女。

でも、カズくんの彼女。私の大切な友達の、とても大切な彼女。

「……私でよければ」

悩むことなんてなかった。カズくんからの話を聞いても、ヒロ兄からの話を聞いても、彼女が悪い人とは思えないから。

ううん、むしろあの二人と似ているのかもしれない。人間らしくて、でも眩しくて。

「えっと……お名前……」

彼女から問われて、私はつい笑っちゃった。名前も知らないまま、何を話していたんだろう。

「ミユ、です。えっと……」

「エリカ、でお願いします。あっちの名前は、もう捨てちゃったから」

はい、と返事をすると、エリカさんはそれを嗜めた。

「友達なんだから、敬語もさんもい要らないから。……良いよね?」

上目使いで見られて、つい女の私でもドキッとしてしまった。やっぱりカズくんは面食いだ。

「う、うん、分かった」

「やった、嬉しい。私、そういう仕事してたから友達少なくて。仲良くしてくれたら嬉しいな」

きゃっきゃとはしゃぐ彼女を見て、ふと疑問が頭に浮かんできた。

「でも、どうやってカズくんと知り合ったの? 友達の紹介とかなのかな、って思ったんだけど……」

さっきの言い分だと、そんなわけでも無さそう?

「うーん……えっとね」

他の人たちには内緒だよ、ってお決まりの台詞を枕詞に、彼女は口を開いた。

彼と彼女の話もやっぱり不思議な、それでも素敵な物語。幸せな物語を聞きながら、彼女と私の微妙な距離感も近づいていく。

夜風に吹かれながら、綺麗な月の下で過ごす時間は、とても良い夜だった。
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 20:37:15.13 ID:5vA409IiO
二回戦から三回戦までは二週空く。

間の週末で、エリカと二人でうちの大学を散歩することにした。大学に通ったことがないから、どんなところなのか来てみたかったらしい。

「わー、こんな感じなんだ。広いね、すごい。ちっちゃい町みたい」

「それは言い過ぎだって」

苦笑しつつ、気持ちは分からないこともない。棟移動の授業の時は、もう少し狭くしてくれと呪いたくもなる。

「ね、学食とか、私も入れるのかな?」

「あー、うん、大丈夫……と思う」

ちょうど近くにカフェ風に造られた、落ち着いた雰囲気の学食があったから、そこに入ってお茶をすることにした。

休講日の昼過ぎということもあって、部活やサークル終わりの学生で少し混雑していたけど、座れなくもない。

僕の手帳を二人掛けのテーブルに置いて、二人でレジに向かう。

「色々あるんだねぇ」

何を食べるか決めかねて、彼女はメニューとにらめっこしている。

「お勧めはオムライスかな」

「どこにいってもそればっかりじゃんかー」

そんな夫婦漫才を挟みつつ、僕はオムライス、彼女はメンチカツを頼んでシェアしようってことで落ち着いた。

「メンチカツ、今のお店に無いから。あったら良いな、とは思うんだけど」

そんなことを考えて注文を決めるあたり、仕事意識高いなぁ、なんて。

二人まとめて支払うとレジのパートさんに告げると、表示された金額を見て「安い……!」と驚く姿も何とも新鮮で。

「ごめんね、支払、ありがとう。頂きます」

「いやいや、今日は僕のホームだからさすがにね。安かったでしょ?」

「うん、驚いた! 凄いね、学食って」

話しながらテーブルに向かうと、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「あれ、エリカ?! 何で? あ、カズくん!」
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 13:21:31.12 ID:rPwqEQNR0
おつおつ
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:18:25.29 ID:DjAdNFrj0
確保してたテーブルの二つ手前の女子グループの中に、よく知った顔が混ざっていた。

「えっ、何で二人で?」

問われて、事情を説明すると「あー、そういう……なるほどね」と頷き始めた。

一体何があったのか分からないけど、あの食事会以降、二人は連絡を取りあったり仲良くなってるようだ。

とてもそんな仲になれるような関係とは思わなかったけど、女って不思議だ。

二人して消えたと思ったら、いつの間にか楽しそうに話しながら戻ってきて、『カズくんがエッチだってことを教えてもらったよ』なんて。

まあ、いいや。僕も好きな二人が仲良くしてくれるのは嬉しい。

「今日の練習一緒に行こうよ〜」

「え、私も行って良いの?」

本当に、仲がよろしいことで。

少し離れたところで二人を見ていると、女子グループのうちの一人から「あれ、もしかして……」と声をかけられた。
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:26:31.42 ID:DjAdNFrj0
「ミユのいるチームの……カズヤくん? だよね?」

「あぁ、はぁ……」

今週に入って、何度かこういうことがあった。

ローカルニュースとか、友達づてとか。サッカー部ではないやつが、天皇杯でプロに勝ったらしいっていうのは、体育会系の部活があまり活発でないうちの大学では面白い話題の一つみたいで。

体育会系サッカー部のやつには入部しなよと勧誘されるし、ちょっと面識がある、くらいのやつには今みたいに興味本意で話しかけられたり。

そういうのに慣れてない僕は、ただ焦るだけなんだけど。

「すごいね、がんばって!」

でも、こんな風に応援してくれるのは素直に嬉しい。今までは『部活にもサークルにも入ってない、ちょっと変なやつ』みたいに見られてたしね。

「うん、ありがと」

チラッとエリカとミユに視線を向けると、その子は「ほら、デートの邪魔しちゃ悪いでしょ」と声をかけてくれた。

「あ、ごめんごめん。それじゃ、またあとでね」

エリカもそれに頷いて、僕たちはやっと席に着いた。
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:32:07.50 ID:DjAdNFrj0
頂きます、と二人して呟くと、続けて尋ねられた。

「さっきの子、知り合い?」

「ううん、知らない。ミユとも大学の中で話すことって、あんまりないし」

ミユはうちのマネージャーだけじゃなくて、インカレのテニサーにも入ってるらしく、学内の顔は広い。社交性って、そういうところに出てくるよね。

「へぇ……そっか。さっきみたいなことってよくあるの?」

「さっきみたいな?」

「知らない子に話しかけられたり?」

「先週の試合のこと知ってる人からはたまに、かな?」

「そっか……」と呟く彼女を見て、「どうした?」と問いかけると、モジモジと返事を聞かせてくれた。

「何て言うか、遠い人だなって。すごいなって。知らない人がそんな風にカズヤのこと知ってるって、凄いよね。」

「いや、全然……」

この間の試合だって、ヒーローだったのはフリーキックを叩き込んだヒロさんだし。
701 :1 [sage]:2017/06/27(火) 02:34:50.06 ID:DjAdNFrj0
だらだらと二年以上書き続けてしまってますが、今もお付き合いくださってる皆様には感謝しかないです。
励ましのコメント等々、いつもありがとうございます。

今回の天皇杯はいわきFC以外にも番狂わせが多くて個人的には嬉しい限りです。

今後も書けるときには書き進めていくので、どうか最後までお付き合い頂けますと幸甚です。

という、700区切りの挨拶でした。
ではではまた本編で。
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 11:29:51.98 ID:R9wWweFoO
おつ
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 20:00:31.35 ID:qml94SgA0

ここまで付き合ったんだから最後まで付き合うさ
しかしジャイキリ多いな今大会
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 18:22:44.48 ID:WNEfc9Vlo
乙乙 いつまでだって付き合うぜ
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/28(水) 21:13:05.48 ID:Al3/FdnyO
「凄いよ!」

ちょっと語気を強めて、彼女は続けた。

「この間の試合だけじゃないよ。ずっと前から、凄いなって……うまく言葉にできないけど、嘘じゃなくて」

何て言って良いのか言葉を探すように、一瞬の間が出来て。

「パワーを貰えるっていうか……見てて『すごいな』で終わらない感じ? 私もやらなきゃって。だから私は、今ここにいるの」

ニコッと、彼女は笑った。そんな風に誉められることなんてないから、ぎこちなく笑い返してしまったよ。

「本当だよ?」

付け足して、彼女はお箸を手に取った。

「ここで話すの、恥ずかしいね。食べよ食べよ」

二人して頂きますと呟き、僕もスプーンでオムライスを削った。

「……うん、美味しい」

そう言って笑う彼女の目に映る僕も、今度は上手く笑えているみたいだ。

食事を進めて、お互いの注文をシェアしてみたり。うん、メンチカツも美味しいね。

「何か、夢みたい」

呟いた彼女に「何が?」問うと、ニコニコしながら答えてくれた。

「こんな風に、カズヤとデートが出来て。ミユって友達が出来て。遊びにだけど、大学にも来れて」
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/10(月) 01:41:42.75 ID:yogUl4Q30
「夢じゃないよ……うん、夢じゃない」

僕からしても、夢みたいなんだけど。

あんな形で知り合って、こういう風に付き合って、天皇杯も勝ち上がって、出会ってから今日までのことが本当に夢みたいで。

「……うん、そうだよね」

噛み締めるように、彼女も言葉を繰り返した。頷いて見せると、頬を緩めて頷き返してくれた。

ああ、何かこう、幸せだね。これで良し。

そう思ってた。

一瞬、エリカの顔が曇ったのが分かった。僕がそれに気づくが早いか、俯いて顔を隠す。

「……どうかした?」

「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけ待って」

小声で返されて、無言で頷くと沈黙が続いた。

何があったのか分からないけど、数十秒が過ぎて、恐る恐るエリカは顔をあげた。
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/10(月) 01:51:56.76 ID:yogUl4Q30
「……アキラ……あの、ホスト……が、いたから……」

ああ、そうか。今の幸せにボケていたから、忘れてしまっていた。その男、つまりミユの彼氏になるんだろうけど、そいつも同じ大学だったんだ。

「……行こっか」

「ううん、ちょっと待って」

あれ、なんで。

「ミユの席に向かってる……ちょっと様子見してもいい?」

問いかけには、頷いて返す。何もなければ良いんだけど、何かあるなら備えておいた方が良いだろうし。

二人して無言で向かい合い、交互にちらちらと視線をミユの方に向ける。

そんなミユはというと、向かい合って座っていた友達と一緒に立ち上がり、外に出る準備をしている。

「……もしかして、今から別れ話?」

エリカがぽつりと呟いた。

「別れようと思ってるとは、聞いてたから」
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/29(土) 10:44:21.27 ID:obttIvsFO
別れ話って、こんなにドキドキするものなんだ。

今までフラれたことはあっても、自分から別れを切り出したことはなくて。ずるいのかもしれないけど、友達についてきて貰ってて良かった。

呼び出した場所に、まさかエリカとカズくんがいるなんて思いはしなかったけど。

慌てて移動しようって言っちゃった。

席を立って、三人で敷地内の別のカフェへ歩いて向かう。

……うん、良かった。エリカのことには気がついてないみたい。もうこれ以上、あの二人に迷惑をかけるわけにはいかない。

外に出ると、残暑の陽射しが私たちを襲ってきた。

「あっちぃなぁ……」

ぼやく彼の気持ちも分からなくもない。

足早に移動して、三人分のアイスコーヒーを注文すると奥の方の席に座った。

「……で、何? 話って」
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/29(土) 13:32:32.94 ID:WkhTzJWk0
久しぶりだ
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/29(土) 22:47:30.96 ID:BxlM7D7A0
おつん
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 10:56:59.93 ID:Q66i7EaIO
「あの、ね。うん、あの、別れて、ほしいの」

言葉が途切れ途切れになったのは未練ではなくて。

かつて抱いていた好意を、もう持っていないということを告げるのは、相手を傷つける言葉の気がして。

今までに言われたことはあっても、自分からそれを口にしたことはなかったから。慣れてなくて、戸惑っちゃって。

私のそんな戸惑いを意に介せず、彼の反応はあっさりしたものだった。

「あーー……そう。そっか、分かった」

その言葉に、何だかほっとしたような、拍子抜けのような。

特に引き留められたり理由を聞かれたりもないあたり、やっぱり私は都合の良い女だったんだろう。

情けないような、気がつけて良かったような。
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 11:07:54.75 ID:Q66i7EaIO
「話って、それだけ?」

尋ねられて、一瞬止まってしまった。

聞きたいことは、色々とある。

何で私と付き合おうと思ったのか。都合の良い女なら、彼にはきっと他にいる。

それならなぜ、彼は私を選んだのか。

ただ、それよりも先に口から出てきたのは。

「私のこと、好きだった?」

聞くべきではないことなんだろうね、きっと。

それでも、口から滑り出てしまった。一番気になってしまった。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 11:37:53.05 ID:Q66i7EaIO
私がもう持っていない好意を、彼に求めるのはきっとお門違いな話。

「好きだったよ」

その言葉で、残念そうな作り笑いを見せる彼。

私たちは嘘をついてサヨナラをする。

「ごめんね……」

思ってないけど。

本当に妥協も打算もなく、お互いが純粋に、ただ好きなだけな人と付き合うことって、難しいことなんだろう。

だから恋愛小説や映画の中の恋愛に憧れてしまう。あれも一種のファンタジーなのかな、たぶん。

立ち上がって、彼は言った。

「それじゃ、また」

またね、を返す前に、彼は渡しに背を向けた。

あまりにもあっさり、私たちは終わってしまった。友達に「お疲れさま」と声をかけられても、何だか実感がわかないくらいに。
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 22:15:56.12 ID:ou2lTVEyO
執着されるほどの魅力もなくて、やっぱり私はたまたま選ばれた、都合の良い女の一人だったのだろう。

付き合ってて疲れるとか苛立つとか、そういう歪んでいる関係性。不健康な付き合い。

それを断ち切る勇気を得られたのは、きっとあの二人のおかげだよね。

ファンタジーな、映画やドラマのような恋をしていた二人。ある意味私も出演者なんだろうけど。

憧れているだけじゃなくて、私もその舞台の主演になりたくなってしまった。だから、悲劇のヒロインをいつまでも続けているわけにはいかなかった。

今日の練習、エリカも見に来てくれるらしいし、みんなカズくんを冷やかすんだろうな。私もそこに混ざってやろう。

今はそんなモブキャラだけど、いつきっと。
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 23:19:55.21 ID:JqtyxxTA0
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/12(土) 15:47:47.72 ID:53aqxMJeO
彼女と付き合い始めたのは、気まぐれのはずだった。

子供の頃から容姿に恵まれていたおかげで、女に不自由したことはない。小中高、恋愛というものに関心を持つような年頃になってから、頭が悪そうな表現になるけど、とにかく俺はモテ続けてきた。

女に一方的に好かれるということは、言い換えれば男からの顰蹙を買うということでもあり。

ヤンキーのボス的存在の女に好かれたという理由で呼び出された……のは中学の時か。高校だと、友達の彼女に手を出したと噂されて、弁解も通じずに縁が切れたり。

いいんだけど。結局嫉妬だし。

ただ、その開き直りのなかに、空しさも混在していた。気がついたのは、高校生の時だった。

顔が良いからという理由で釣れているのであれば、例えば大事故に遭うとか、野球のライナーがぶつかったとか、何かのせいでこの顔を無くしてしまうと、俺には何も残らない。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/12(土) 18:02:10.21 ID:X9gCjw1NO
それを解消する方法が何なのか分からなくて、とりあえず勉強をした。

勉強ができればそこそこの大学に行けるだろうし、そうなれば就職だって上を目指せる。特に目標もやりたいこともなかった俺は、漠然としたゴール、空虚感の解消を目指して勉強して、その甲斐か運良くか、今の大学に合格できた。

そしたらまぁ、今まで以上にモテたね。

今まで勉強ばかりしていて、大学デビューしたての女。学外だと、学歴でも釣れるし。

社会的地位と容姿……社会人になれば金もなんだろうけど。それがあれば、女は一方的に寄ってきた。

俺はそれを選ぶ側、遊んであげる側だった。

ある時、悪友に合コンに誘われた。誘われたというより、女を呼ぶエサになってくれってことなんだけど。

それを俺本人に言ってくるあたり憎めないやつで、了承したんだよね。

そこに彼女はいた。

名前は、サキといった。
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 12:50:50.97 ID:yaieLSd/O
おつ
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/10(日) 15:03:14.82 ID:cMFSB1fiO
一目見て、彼女がこちら側の人間だってことは分かった。

そして、同族嫌悪のような、親近感のような、不思議な気持ちを抱いた。

近づいてはダメな気もしたし、もっと彼女を知りたいとも思った。

合コンが進んでいくと、彼女から誘われた。

危ない臭いを感じながらも、やっぱり俺は逃げられない。

事を終えて部屋を明るくすると、彼女がどことなく今流行りの女優に似ていることに気がついた。

「よく似てるって言われない?」

何気なく、投げ掛けた一言だった。

「あはは、分かる? また言われちゃった」

さも慣れてる、という様子で、サキは笑った。空しい笑顔だった。

「何か、ごめん?」

誉めたつもりだったんだけどな。でも、あの女優を好きじゃない可能性だってあるわけで。軽率だったかな。

「ううん、嬉しいよ?」

そう言って、今度は彼女が問い掛けてきた。

「……どっちが可愛いと思う?」

真っ直ぐな目だった。合コン中はもちろん、事の最中だって見せなかった、鋭い視線だ。怖ささえ感じるくらい。
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/10(日) 15:16:08.46 ID:cMFSB1fiO
「そりゃ、サキちゃんだよ」

そう返す以外に、何と言葉にできようか。

「女優さん、テレビでしか見たことないし。サキちゃんの方が、いい女だよ」

普通だったら半笑いでしか言えないような言葉が、すらすらと出てきた。

「……嘘ばっかり」

その言葉を残して、彼女はうっすらと涙を浮かべた。そこから先の言葉は、なかなか出てこなかった。

俺はただ彼女を見つめるだけで、彼女も俺を見つめるだけだった。

数十秒か、数分か、数十分か、沈黙が無くなるまでの時間は長かった。

そして、それを壊したのは。

「……優しいね」

その一言だった。その一言だけ残して、彼女はシャワーを浴びるべく、俺に背を向けた。

どうしたんだろう。何の涙なんだろう。

頭のなかで考えても勿論答えは出ないけど、代わりに彼女はさっさとシャワーから出てきた。今度はちゃんと、悲しくない笑顔だった。

ホテルを出る前に、連絡先だけ交換した。

きっと連絡を取ることはないんだろうけど。

またね、と言い合って、俺たちは分かれた。
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/27(水) 00:05:05.52 ID:5ALVQ5b10
待ってる。
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 22:27:17.20 ID:Pkprf/yC0
それからほどなく、俺はホストを始めた。

楽して……ってわけではないけど、他のバイトより稼げたし、長所も活かせた。向いてるなって、自分でも思ったよ。

そこにいるのが楽しくて、朝まで働いて昼から寝ぼけ眼で大学に向かう。

そんな日々を過ごしていたら、必修単位を落としてしまった。

進級後、再履すれば良い授業だったから助かったけど、留年なんかしてしまったらたまったもんじゃない。

新入生の女にチヤホヤされながら、年下に混ざって講義を受けた。それを受けている時点で、チヤホヤされるべき先輩じゃないのにね。

あまり大人数の講義じゃないから、ほぼほぼ仲良くなった時だった。そこに群れない数少ない女に、ミユがいた。

大学デビューした女、元々ヒエラルキー上位にいた女は、少なからず俺に友好的な態度をとっていたし、そうじゃない奴は僻んでいるような奴ばかり。

そうじゃない例外だったミユに、俺は興味を持ったんだ。

話を聞けば、兄貴のいるサッカーチームの手伝いをしているとか。マネージャーをしたいなら大学でやればいいのになんて思ったりもしたけど、そういうところを含めて気を惹かれてしまった。
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:27:07.35 ID:jn0x98rP0
プライドもあったのかな。いままで女に無関心な態度をとられたことがあまりなかったから。

被ってる授業でこっちから話しかけたり、ちょっかいを出したり。

向こうも嫌ってるわけではないみたいだから、普通に仲良くなれはした。でもそれ以上、踏み込んでくる感じでもなくて。

ミユのその態度が、何となく懐かしい気持ちを呼び起こした。初恋っていうか、初心っていうか。

こう……言葉にできないもどかしさ、みたいな? もっと近づきたい、でも何だか恥ずかしい、みたいな?

付き合った後にわかったけど、俺と付き合うまで彼氏がいたこともなかったらしいし。

そんなミユのもどかしい態度に焦らされて、俺もつい本気になってしまったよね。
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:28:02.97 ID:jn0x98rP0
付き合い始めて最初の頃は、その新鮮さに俺もドキドキした。本気だった。

でもそれって、やっぱり新鮮で久しぶりだったから美味しく感じただけであって、俺の根本的な人間性は変わってなくて。

やっぱりミユより気軽にあそべるような、遊び慣れた女だったり、弁えてる女の方が性に合っていたんだ。

基本的には貢いでくれる客へのサービスだったんだけど、一回だけ、サキちゃんに呼ばれたこともあったな。

「彼氏と別れちゃったから」

フラれちゃった、じゃないあたりがやっぱり俺と同じ人種だなって思う。

「君と一緒の大学なんだけど。真面目すぎるっていうか、飽きたっていうか……」

聞いてもいないのにそういう事情まで話してくるのは、何度も会ったわけではないけどらしくない気がした。
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:31:18.07 ID:jn0x98rP0
「悪い子じゃなかったんだけど……」

「けど?」

「私が悪いから……悪い女だから、っていう開き直りのために、抱かれたかったの」

分かるような、分からないような。

「俺じゃなくても良かったんじゃん?」

「そうね、でも君が、一番後腐れなく抱いてくれそうだから」

だって何か、私と似てる気がするし?

そう笑う彼女には、敵わないなと思ったよ。心から。
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:32:03.74 ID:jn0x98rP0
私と似てる気がする。

その言葉が、それからも頭に残ってはいた。

ミユのことは、嫌いじゃない。それどころか、今まで知り合った女の中では一番惹かれているとすら思う。

それを自認しているのに、俺は他の女と遊んだり抱いたりするあたり、間違いなく褒められた人間性ではないだろう。少なくとも、マジョリティな倫理観では。

とはいえ、それをやめることも俺にはできなかった。言ってしまえば、それが俺の人間性だから。

サキちゃんが言っていた「自分が悪いことを開き直る」って、たぶんそういうことだ。自分がそういう人間だから仕方ないと、それを悪だと認識していると自分に言い聞かせている。

いつか罰があたるとは思っていた。思っていたけど、それがこんなに唐突だとは思っていなかった。
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/26(木) 23:11:32.03 ID:Nt2KdQnA0
おつん
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 17:17:22.27 ID:g59PQsgnO
平静を装ってその場を去ったけど、無性にムシャクシャした。

悪いのは俺だし、それは元々分かってたし、それでも何だか落ち着かない。誰かにこの苛立ちをぶつけたかった。

そうだ、あいつを呼ぼう。別にミユじゃなくても、俺には女がいる。

俺に貢いでくれる女。最近はあんまり会ってなかったけど、俺から連絡したらきっと拒みはしないだろう。

メッセージを飛ばしてみたけど、既読はすぐにはつかなかった。以前なら即レスで来てたのに。

大学にいてもやることはないし、一旦家に帰ろう。夜は仕事だし、あいつから返事もあるかもしれない。

裏口に抜ける坂を下っていると、楽しそうに歩くカップルを見かけた。

休校期間まで、学校でいちゃついてんじゃねーよ。どうせブスだろ?

馬鹿にするつもりでそいつらの顔を横目に眺めた。
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 17:35:47.31 ID:g59PQsgnO
「あれ、何で?」

聞き慣れた……いや、慣れていた声で呼びかけられた。

おずおずと視線をそちらに向けると、予想通りの顔があった。タイミングが悪いというより、持ってないというか、何ていうか。

「いや、彼と会いに……」

そう言って、カズヤを紹介すると、一歩前に出て「ども」って挨拶をした。気まずそうに。

「何、彼氏? こいつの?」

その言葉には、強い苛立ちが込められているようで。フラれた直後なわけだろうから、そりゃそうか。

プライドが高いのは薄い付き合いだった私でも十分に分かったし。

「そうですね、彼氏です」
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/31(火) 08:32:02.91 ID:qsJXtJHg0
動き出したか……
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 17:46:32.49 ID:mHnjUuUA0
おつ
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/18(土) 14:38:39.28 ID:HAf/Zh9XO
「へー、カレシ、カレシね……」

値踏みするような目で、カズヤを見る。隣にいて不快になる、攻撃的な視線。

やめてと叫びたくなる気持ちをグッと堪えて、時間が過ぎるのを待つ。

「それじゃ、こいつのこと知ってんの?」

何を、とは言わなかったし聞かなかった。

私たちの関係を。私たちの過去を。

「聞いてます、全部」

その言葉を聞いたアキラに、同様の色が見えた。そうだよね、眩しいよね。昔の私と同じ貴方には、彼は眩しすぎる。

「へぇ、物好きもいるもんだ」

吐き捨てるように呟いた言葉は、暗い何かを孕んでいた。私たちのことを羨んでいるのに、それを認めたくないから。
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 01:03:53.97 ID:uJGfHq7A0
まだか?
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/21(木) 00:05:13.22 ID:L/hcpsm50
「話ってそれだけ? もう私たち、行かなきゃ」

それに気が付いた私は、ここを離れたくて。

過去の自分を思い出して嫌な気持ちになったのもあるけど、カズヤと彼をこれ以上向き合わせるのは辛いから。カズヤに申し訳ないから。

でも、カズヤは言葉を紡いだ。

「物好き? いや、最高の彼女なんで」

惚気だ。これはどういうシチュエーションで聞いても惚気だ。

こんな状況でも、つい赤面してしまうくらいには、まっすぐな惚気。

つい周りに他の人がいないか見てしまうくらいには、私は動揺してしまった。よかった、誰もいない。

安堵したのも束の間で、今度はアキラの顔色を窺うように視線を向けた。

「何、お前、こーいう奴が好きなの? 俺とヤレるって分かると、尻尾振ってついてくるビッチだよ?」

挑発するように、わざと汚い言葉を使っているのは分かるけど。それが事実なのも認めるけど。

それでもやっぱり、傷ついてしまうのはわがままなのだろうか。
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/21(木) 07:09:04.55 ID:8EW5Zq/IO
更新キター!
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/23(土) 15:12:18.15 ID:SMEqCXAx0
私がそういう人間だということは自覚している。それでも、それを他人に改めて言われるのは辛い。

「いや、それは昔の話でしょ?」

苛立ちを懸命に隠した声色で、カズヤが返した。ごめんね、私のせいで、私がそういう人間だったせいで、カズヤに辛い思いをさせてしまって。

「昔って、つい最近じゃん。何、こいつがそんな簡単に変われるような女だって思ってんの?」

「信じてるんで」

「安い言葉だな」

鼻で笑って、アキラはカズヤを睨んだ。ああ、もう、やめて。カズヤは何も悪くないのに。

「安いかどうかは、あんたが決めることじゃないですから」

「そういうのが、安いって言ってんだよ。『信じてる』なんて言って、裏切られたらどうすんだよ」

カズヤに出会ったばかりの頃の話を思い出した。

彼は元カノに、『今は誰とも付き合う気がない』という理由でフラれて、でもその子はヒロさんと合コンで出会ってて。

それを裏切りというか、嘘というかは分からないけど、信じていた人に嘘をつかれるということを、カズヤは経験してしまっていて。

それで落ち込んだからこそ私は彼と知り合えたんだけど、その出来事を掘り返されたような気がした。いや、アキラはそんなこと知らないんだろうけど。

「その時はその時でしょ。信じた俺が悪かったなって思うだけ。最初から裏切られるのを怖がって、人を信じられないよりはよっぽどマシだと思うんで」
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/23(土) 16:49:04.75 ID:KkbtmANuO
ヒュー!かっこいい!
738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/23(土) 23:28:50.94 ID:uha+DD0A0
現実の天皇杯は残すは決勝のみだな
739 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 01:21:15.14 ID:MIlDp86M0
まるで子供の夢物語みたいな言葉。それなのに、アキラはさっきまでの嘲笑が出てこなかった。

綺麗な言葉でお茶を濁しているわけではないから。カズヤが本気だから、本気でそう思っているから、アキラは返せない。

本気で生きている人の、本気の言葉って、本当に重い。

軽薄に生きて、何となくで生きて。気づかないうちに、それが普通になってしまう。かつての私みたいに。

子供の頃に持っていた夢とか、信条とか。現実を見ているっていう言葉に負けて、いつの間にかそれを口にするのも恥ずかしくなってきて。

まっすぐに生きることって、本当に難しくて、だから私たちは、弱い人たちは、それを笑うことで憧れを隠そうとする。

そうはなれなかったから。そうなりたくて、逃げてしまったから。

私がそこから逃げてしまっていることに気が付けたのは、カズヤのおかげで、それは本当に幸運なことだと思う。

カズヤはカズヤで、辛いことがあって、もしかしたら逃げた先の道で、私と会えたのかもしれない。

でもそういう偶然を運命だとするのなら、やっぱり彼は強い人だったんだ。そして、私もそうなりたい。強くなりたい。憧れていた世界に行きたい。

「騙されても良いとは言わないけど。でも、騙されてたとしても、俺が好きで付き合ってるんで、信じてるんで」

それだけ言って、カズヤは私の手を引いた。行こう、って。

アキラは何かを言い返したそうな顔をして、でも言葉は出てこなかったみたいで、ただ私たちの背中に視線を向けていた。振り返ることはしなかったけど、それははっきり分かっていて。

「あの……ごめんね」

申し訳なくて、手をひかれながらカズヤに謝ったら、何が? って返されちゃった。

「いや、あの、私のせいで……」

「何が?」

「いや、さっきの……」

ああ、と合点がいったように声を出して、彼は首を横に振った。

「全然、悪くないじゃん」

「……ありがと」

不思議そうに彼は首をかしげたけど、分からないままで良い。あなたは、分からないままで良い。

それでも私は救われたんだ。貴方の言葉に。救われたの。
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 01:35:17.97 ID:MIlDp86M0
いよいよ、シンヤとの試合までたどり着いた。何となく、不思議な感じがする。夢みたいな、来ると信じていたような。

本戦出場が決まった時から、意識してなかったと言えば嘘じゃない。ただ、何となく現実的にも思えなかった。

あいつは日本代表。俺はアマチュアの中でも大したことがないレベルの王様気どり。

相手にならないのは分かったうえで、それでも負けたくない気持ちがわいてくるのは欲張りなんだろうか。

予選が始まった時から、何だか色んな事があった気がする。サッカーのことだけじゃなくて。

彼女にフラれて、サキちゃんに会って、上手くいかなくて……っていうのは置くとして。

カズがやたら成長したり、ミユがサボったり、カズと気まずくなったり、色々も色々。

そんな濃い一年だったからこそ、ここまで来るのもあっという間だった気もすれば、紆余曲折あったような気もする。

「明日、絶対勝ちましょうね」

軽いコンディション調整とミーティングのみの練習を終えて、帰り道の別れ際にカズヤが言った。

「当然だろ」

軽口のように返してみたけど、やっぱり気持ちは落ち着かない。
741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 01:41:49.45 ID:MIlDp86M0
「俺、シンヤ抑えるんで。ヒロさんがゴール決めて、勝ちましょうよ」

熱くなる言葉を投げてきた。それが出来れば、どんなに痛快なことだろうか。

相手はプロチームの強豪。エースは日本代表。

ターンオーバーで主力がどれくらい出てくるかは分からないけど、ベンチに入りくらいはするだろう。うちが善戦すれば、あるいはあいつも出てくるかもしれない。

「言ったな? じゃあお前、完封しろよ?」

「うっ……善処します」

「バカ、そこは任せてくださいって言うんだよ」

本当に、試合中の頼もしさとは違って、こういうところは治んないんだよな。

でも何か、少し気楽になったよ。

俺はもう、プロじゃない。こいつもまだ、プロじゃない。負けてもどうなることはない。取って食われることも無ければ、クビになることもない。

「が、頑張ります……」

「おう、頼むぜ。俺も頑張って一点、決めるから」

「はいっ」

威勢よく返事をして、カズは背中を向けた。明日の試合は、たぶんアイツ次第だ。いや、今までの試合もそうだったけど。

今はまだ頼りない背中だけど、明日の試合中には、きっと、もっと。

頼むぜ、エース。
742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 01:50:09.93 ID:MIlDp86M0
熱すぎる夏を通り過ぎて、涼しい風が吹き始めた。良い天気だ。

格下の僕たちからしてみると、大雨で強風みたいな日の方が或いは都合が良いのかもしれないけど。絶好のサッカー日和だ。

前回の試合以上に、スタジアムの規模は大きい。リーグ戦ほどではないんだろうけど、相手のサポーターの数も多い。

このスタジアムで日本代表が試合をしていたのを、何度も見ていた。勿論僕が憧れていたあの選手も、ここでボールを蹴っていた。

感動を抑えて、これからも試合に気持ちを向ける。

昨晩はタカギからメッセージも届いていて、『勝てよ』っていう一言だけだったんだけど、それが何だか認められている気がして嬉しかった。

下手な励ましとかじゃなくて、勝てる相手だと思ってくれている気がして。

相手チームのスタメンは、やはりというかなんというか、ターンオーバーで若手が主体だった。複数人いる日本代表も大半がベンチスタートで、シンヤも当然温存されていた。

「後悔させてやろうぜ」

ドレッシングルームで組んだ円陣で、ヒロさんが言った。

「良い試合じゃない。前回だって、俺たちはプロに勝てた。一部も二部も俺たちも変わらない。同じサッカー選手だ。やってやろうぜ!」

おお! と声をあげて、僕たちは入場口に向かった。ベンチに先に向かうシンヤと目が合って、すぐに逸らされた。

そりゃそうだ、僕は彼を知っているけど、その逆はそうではない。

今日で覚えさせてやる。

心の中でそう誓って、主審に促されて緑輝く戦場へ歩みを進めた。
743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/24(日) 09:51:58.66 ID:CcE+1TLBo
おつ
待ってた
744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 18:21:26.18 ID:MIlDp86M0
陸上トラックのない、サッカー専用スタジアム。

キックオフ前に相手選手たちと握手を交わしていると、声をかけられた。

「タカギから話は聞いてるよ、舐めてるとやられるぜって」

すれ違いざまの言葉だったので返すことはできなかったけど、タカギと同じアンダー代表のマツバラだった。

そうか、こいつはスタメンなんだ。テレビで試合を見ていて、同じサイドバックとしてリスペクトを覚えた。絶妙なタイミングのオーバーラップに、粘り強いディフェンス。今日は対面のマッチアップだ。

若手主体ではあれど、相手チームのスタメンにも知ってるやつは何人もいる。もう一人のアンダー代表であるオカモトにも、同じように声をかけられた。

そして一番後ろには、フル代表にも選出されているイトウが、代表勢では唯一のスタメンとして待ち構えていた。

すげぇ、こいつらと試合するんだ。

日本代表を多数要するマリッズは、今年もリーグ戦でダントツの首位をキープしている。シーズン中ではあるけれど、彼らが実質日本一であることに疑いは無い。

きっとこのスタジアムにいる人たちは、誰もがマリッズの勝利を疑っていないだろう。

僕たち以外は、きっと誰もそれを望んでいない。テレビで見ている人たちですら、殆どが。

それでも僕たちは今日も走る。追いかける。蹴る。勝ち目がなくても、それを望む人が少なくても、それでも僕らは止められない。

プロじゃない僕たちがサッカーをすることが、何に繋がるか分かっていなくても、それが何かに繋がっていると信じているから。

いや、繋がっていなくても良い。僕らはただ、それだけで良い。
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 18:22:04.53 ID:MIlDp86M0
審判が時計を一瞥して、笛を鳴らした。長い90分の始まりだ。

センターサークルから下げられたボールを、アンカーのオカモトがいきなりロングボールでこちらサイドめがけて放り込んできた。

マリッズ伝統である4-3-3のフォーメーション。左ウイングのサイトウと競り合うと、まるで岩に当たったような衝撃で弾き飛ばされた。当たりの強さに定評がある選手だと知っていたけど、まさかこれほどとは。

競ったボールを、いきなりオーバーラップを仕掛けてきたマツバラが拾った。やばい、誰もついていない!

立ち上がってすぐに追いかける。くそっ、身体能力も高い。ドリブルをしているマツバラの方が、僕より早いって何なんだ。

センターバックが釣り出され始めたところで、ハイボールのクロスを上げられる。

プルアウェイの動きでマークを外したイトウが、そのままヘディングでボールを叩いた。

勢いのあるボールがゴールに向かって……バーを叩いてゴールラインを割った。

「挨拶代わり、ってやつ」

ゴールキックに備えて自陣に戻るマツバラが、すれ違いざまに僕の肩を叩きながら呟いた。

「こいつ……」

面白い。やられたら、やり返すまでだ。
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/24(日) 18:22:56.59 ID:MIlDp86M0
ロングボールで相手陣地に飛んだボールは、当然のように競り負けて再びオカモトの足元に落ち着いた。

先ほどとは違い、ショートパスで組み立てながらうちの陣地に入り込んでくる。テレビで見てると何気なく見えるそのパスすら、同じピッチに立つと洗練されたものに見えてしまう。

逆サイドに展開されたボールは、お手本通りのワンツーでうちのディフェンスを避けるように運ばれていく。

クロスに備えてエリアに入り、マークを確認。こいつとの競り合いに勝てる自信はあまりないけど、流れの中で渡すこともできなくて。

「ファー!」

そいつが叫んで、ボールを呼び込んだ。やばいっ。

焦ったのも束の間、そのクロスはキーパーがしっかり処理をした。ナイス。

「出せ!」

守備に戻ってきていたヒロさんが、そのままボールを要求した。ワンハンドスローで、キーパーがボールを供給する。

今だ!

守備の意識が緩慢になっているサイトウから逃げ出すように、僕は右サイドを駆け上がった。ドリブルで運ぶヒロさんに要求して、ボールを受ける。

ハーフウェーラインを超えたあたりで、マツバラが緩やかにプレッシャーをかけてきた。

さっきまでの軽薄なキャラクターとは違って、こいつの守備は粘り強い。ディレイで間合いを詰めて、ルーズになった瞬間奪いに来るディフェンスを何度も見てきた。
747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 01:46:02.98 ID:0eJ9YGBlO
追いついた
面白いし、更新ゆっくりでもエタらないように頑張ってほしい
748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/27(水) 01:15:16.31 ID:8YOLogdS0
単独での突破を諦めて味方の押し上げを待とうとしたけど、どうやらそうもいかないらしい。

すぐにオカモトがピッチ中央からこちらに寄せてきた。さすがに1対2でキープすることは難しい。

オカモトがそれまでにいたスペースに入り込んだヒロさんにボールを返して、そのまま右サイドをもう一度フリーランニング。マツバラも僕を視界に入れながら下がっていく。

ヒロさんはボールを受けるとそのまま中央突破を試みる。戻って来た相手のインサイドハーフが体を当てにいくけど、足裏でボールを止めて旧ストップ。

ダッシュで戻って来た相手はそのブレーキについてこれず、ヒロさんは再び自由になった。

ペナルティアーク付近から徐々にプレスをかけにきた相手センターバックを確認して、徐々にこちらサイドに流れるよう進路を変更してきた。

それを確認すると、僕もヒロさんに近づいていってボールを呼び込む。

ペナルティの右あたりで、右アウトでスイッチのような優しいパスを受けた。

「あまい!」

マンマーク気味に流れた僕についてきたマツバラがそれを受けた僕についてきた。大丈夫、それは分かってる。

ヒロさんについていたセンターバックとマツバラがすれ違うタイミングで、その二人の間を狙ってスルーパスを通した。

僕にボールを預けたまま流れていったヒロさんに、それは自分でも絶妙だとわかるタイミングで渡った。
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/27(水) 01:20:36.06 ID:8YOLogdS0
間を通すボールに意識を取られた相手二人は一瞬止まってしまい、結果としてヒロさんも僕もフリーになった。

一瞬の躊躇の後、マークにつくは人員はそのままに相手二人は追いすがって来た。

もう遅い。

そのまま右サイドからゴールに向かって抉っていくようなドリブルを仕掛けるヒロさん。

スイッチの勢いのままにペナルティアークからゴール前に入っていく僕。

もう一人のセンターバックが我慢ならんとヒロさんに寄せたタイミングで、やっぱり絶妙なパスが返って来た。

完璧なパスを出せて、完璧なパスで返って来た。

ただそれだけのことが嬉しくて、気持ちよくて。気づいた時には右足に何の感覚も残らない、でも確実にそこにボールが当たった感触が残っていた。

一瞬の静寂の後、今までのサッカー人生で一番の喝采が耳に入って来た。
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/27(水) 03:18:49.40 ID:vWCmbw7A0
ここまでジャイキリ繰り返してたら取材あるだろうな
できたらnumberあたりにね
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/27(水) 20:24:50.93 ID:OHtyQNzZ0
カズヤくんの株が止まらない
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/30(土) 15:21:19.37 ID:tFoSownpO
前半幾分も経つ前の先制点。誰も予想してなかった展開。

ジャイアントキリングのお膳立ては十分に揃っているように思えた。

でも、再開された試合展開はそれを感じさせすらしない、一方的な蹂躙だった。

アーリークロスで相手フォワードが競り勝つ。中盤を崩されてスルーパス。ミドルシュートでこじ開けられる。

自力の差がはっきりと出た展開で、スコアが間違っているのではと勘違いしてしまいそうな程疲弊してしまっている。

「伸ばせ!」

「プレーを切れ!」

とにかく少しでも相手陣地に近づけようと縦に縦に蹴って、跳ね返され続けて。戻ってきたボールをまた蹴って。

肉体的な疲労と精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 22:29:34.00 ID:WjivTc3A0
良いお年を
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/04(木) 23:59:23.60 ID:pM26+xSv0
あけましておめでとうございます。

新卒で就職したての頃に、このまま現職に流されたくないという思いで書き始めて、
2年半以上が経過してしまいました。
今でも読んでくださってる皆様には感謝の念しかありません。

私事なのですが、今春に転職を控えております。
現職に就いてすぐに書き始めた作品はそれまでに書き上げたく、
三年近い月日をかけてしまいますが、必ず完結させるつもりです。

どうか皆様、最後までお目通し下さいますと幸いです。

それでは新年も、よろしくお願いいたします。
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/05(金) 00:05:58.89 ID:5eD9KbgM0
いつも楽しみにしてます。
公私ともにがんばってください。
756 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/05(金) 00:34:58.53 ID:nfPw+frA0
あけおめ
3月までに終わらないに五ペソww
757 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/05(金) 16:41:22.89 ID:EQnLYQ2jo
まー自分のペースで頑張ってね ずっと楽しみにしてる
758 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/12(金) 02:04:47.33 ID:w4CsYyVg0
終わりのない波状攻撃に、ついファールでプレーを切ってしまった仲間に向かって大声で叫ぶ。

「そこで止めんな!」

左サイドの端の方、ゴールまで35メートルほど。プレー中ならアーリークロスの距離ではあるけれど、セットプレーではきっと恐ろしいボールが入ってくるだろう。

精度の高いセットプレーこそ、相手とのフィジカル差が出るものだ。それを分かっているから、つい苛立ちの声色になってしまう。

アマとプロとの違いは数えるとキリがないくらいだけど、その根底にあるのは身体能力であり、生まれつきのもの。

もちろんそれが全てではないし、ポジションによって求められる資質も違う。それでも、やはり物理的な高さ、強さ、速さの差はちょっとやそっとのことでは埋められない。

戦術って言葉があるのも、弱者がその差を埋めるために頭を使っているからこそだ。

「マーク確認しろ!」

「9! 9番のマーク外れてる!」

「ショートあるぞ!」

確認に確認を重ねて、少しでもその差を埋めようとしている。

流れの中では僕がマッチアップをしているサイトウのマークは、当たりに強いセンターバックに任せているが、それでもやはり不安は不安だ。

僕は少し下がり目でセカンドボールを待つオカモトを視界に入れつつ、こぼれ球に備える。
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/12(金) 20:37:18.45 ID:YkehifJA0
おつ
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/13(土) 11:53:09.29 ID:TAt8mtlmo
761 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/16(火) 02:27:06.64 ID:/ij3YJCu0
ファーサイドのサイトウにピンポイントで合わせられたボールに、どうにかうちのディフェンダーが追いすがる。

腕をうまく体の前に入れられて、ガードされてはいるものの、体を当てて自由には動かさせない。

叩きつけられたボールはゴール前に固まっていたうちの選手に当たって、こぼれ球がペナルティーアークのオカモト、そして僕の近くに転がってくる。

二人とも並走してボールに向かってダッシュ。幸いにも彼はそこまでスピードがあるタイプではない。

どうにか足を伸ばして先にボールに触れると、そのまま前方のタッチラインに向かってクリアをする。

「集中だ! もう一回!」

一旦プレーを切って、守備を仕切りなおす。スクランブルな状況での失点はできるだけ避けたい。

相手の波状攻撃を耐えるだけにしては長すぎる時間がまだ残っているのに、力押しで負けたとなるとこの試合に未来はない。

最悪、失点するにしてもパワープレーじゃなくて崩された方が、試合後半に希望が持てる。

パワープレーが有効だと分かれば相手もそれをさらに多様してくるし、そのサンドバック状態が続く方が、メンタルとしては痛い。

綺麗に崩されての失点はある程度織り込み済みだ。どのみち、実力の面ではこちらがはっきりと負けている。

僕らが起こすべきは順当な勝利じゃない。奇跡だ。

「マーク確認しろ! 11オッケー!」

サイトウの番号を叫んで、受け渡し返されたサイトウに自分がつくことをチームメイトにアピールする。

チラッと視界に入った時計は、まだ前半20分を過ぎたところだった。

長すぎる波状攻撃に、終わりの予感はまだない。
762 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/16(火) 23:46:49.76 ID:YM4lBZtA0
おつ
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/27(土) 10:45:22.48 ID:CxkCZ0PX0
「本当は、プロどうしの試合になるかと思ってたんだけど」

タイシくんがそう言い訳をしながら連れてきてくれたのは、大きなスタジアムだった。

歌手がコンサートをするのに使うこともあるような、立派な会場。それなのに、プロじゃない人たちも試合をできるんだろうか。

中に入ってみると、ウォーミングアップをしている選手たちが芝生の上で走っていた。

米粒みたいな大きさにしか見えないけど、存在感が光っているのは何となくわかる。お姉ちゃんみたいなオーラだ。

適当な席に座ってぼーっと眺めていると、スピーカーから選手紹介の声が響いた。

「背番号10、シンヤ スガ!」

「あ、この人知ってる」

お姉ちゃんの彼氏だ。いや知らないけど、彼氏って言われてる人だ。

「あ、良かった。知らない選手ばっかりじゃ申し訳なくて……」

本当は相手チームにもオリンピック代表候補の選手とかいる予定だったんだけど、負けちゃって。と、彼は言い足した。

他にもちらほら聞いたことのある名前の選手がコールされた。オカモトって、最近のニュースで聞いたことあるし。

「相手チームは、どんな選手がいるの?」

興味があるふりをしておかなきゃ、と私は彼に問うた。たぶん、いや間違いなく、分からないんだろうけど。

ばつが悪そうな表情で、彼は返した。

「元プロの選手がいるらしいけど……ごめん、アマチュアチームまでは俺も分かんないや」

直後、スタジアムDJから続けて呼ばれたチーム名は、私がよく知るものだった。
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/27(土) 10:55:46.24 ID:CxkCZ0PX0
「えっ……」

動揺を隠せなくて、つい声を漏らした。

「どうしたの?」

まさかそこに、私の知り合いが何人もいるとは思いもしないだろう。私は首を横に振って動揺を隠した。

口にしなければいいことだ。後ろめたい気持ちがあるわけではない。悪いことをした自覚はあるけど、それも私が言わなければ彼の知るところではない。

「そっか。それにしても、このチーム凄いよ。県リーグからここまで来るのって、奇跡みたいなものだもん」

そう言って、彼は入場口で配られたプログラムに目を通した。

『王者のプライド対下剋上軍団』という煽り文句が書かれたそれには、選手紹介の写真が載っていて。

下剋上して、ヒロくんやカズヤはここまで来たのだろうか。この大きな舞台に。

「奇跡って、どれくらい?」

奇跡に程度なんて無いんだろうけど。それでも奇跡と評されるような偉業を、彼らは為しているのだろうか。

難しそうに考えながら、彼は教えてくれた。

「うーん……県リーグの上に地域リーグ二部があって、その上にJFLがあって、その上にプロリーグが三部……段階で言ったら、6段階上まで一気に上ってるからね」

それを何と比較していいのかわからないけど、とにかくすごいことなんだろう。

「ごめん、うまく言えないや。でも、全国区のスポーツニュースになったりはするレベルかな」

「そっか。そうなんだ。ありがと」

芝生の上では、ヒロくんらしき人と、シンヤらしき人が口を交わしている。

何だか、遠い人になってしまったように感じる。私から離れていったはずなのに。私が切ったはずなのに。

なのに今は、私じゃ手が届かない人のように感じる。
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/28(日) 15:41:08.77 ID:w2nIJ/n40
カズとロングボールを蹴りながら芝のコンディションを確認する。畜生、フォルツァにいた時でもこんなに気持ちのいいピッチは無かったぜ。

少し水をまかれているから、バウンドしてからの伸びがある。低い弾道のスルーパスは球足に気を付けよう。

同じことを思っていたのか、向かってきたのはそんな弾道のボールだった。

「ナイスボール!」

叫んでカズにサムズアップしてみせる。嬉しそうに、あいつは手をあげて返してきた。

よし、変にリキんだり緊張してる感じもない。プロなら一部も二部も変わらないな、くらいに開き直ってくれてるんならいいけど。

ボールを蹴り返そうと助走にはいったところで、後ろから名前を呼ばれた。

「よぉ、久しぶり」

片手をあげて近づいてきたのは他の誰でもない、俺のライバルだった男。今となっては、手が届かない存在だけど。

「おう、よろしくな」

握手して、いくつか簡単な言葉を交わした。良い試合をしよう、お前の彼女があの女優って本当かよ? 内緒に決まってんだろ。

嫉妬とか、罪悪感だとか、そういうのはもうお互いに関係がない。

目の前にいるトッププレイヤーに、今の俺がどこまでやれるのか。あの日から、どれだけ差をつけられて、どれだけ近づけられたのか。

全ては試合が終わればわかることだ。

「俺、今日ベンチだから。楽しませてくれよ」

暗に、『引っ張り出すような展開にしてくれよ』と言っているのだろうか。挑発されているのなら、こっちだって。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

そういって、俺はカズに視線を向けた。気を使ってんのか、頭を下げただけでこっちに近寄る気配はなかったけど。

「そっか。そんじゃ、楽しみにしてる」

背中を向けたアイツからは、オーラを感じた。俺の知っているあいつにはなかったものだ。

「早めに出番をくれてやるよ!」

最後に大声で叫んだら、片手をあげて返された。くそぉ、余裕だね。
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/26(月) 01:12:06.07 ID:nbWf0v/gO
はよ
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/01(木) 14:39:44.11 ID:fJDgfH9A0
おつ
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:33:23.39 ID:F4XHjj9l0
整列して試合前の握手を交わすと、いよいよ緊張感が増してきた。

そうだ、俺はこのピッチに立ちたかったんだ。プロにいた時には立てなかった場所に、俺は今立っている。

フォルツァをクビになった時、俺のサッカー人生は終わったと思っていた。ここから先は落ちるだけなんだと。

そうじゃなかった。カズがいた。信頼できるチームメイトがいた。だから俺は今、ここにいる。

試合開始の笛が鳴ると、早い展開でマリッズが攻めてきた。全員が全員代表クラスの選手だ。この展開は想定していた。

耐える時間が長くても、ワンチャンスをものに出来たらわからない。前半は失点をしないことが最優先タスクだ。

とりあえずの俺のマッチアップはオカモトだ。カズやタカギと同世代の世代別代表でキャプテンをしていた。年下ながらに、プレーを参考にしていたこともある。

ロングボールにショートパス。足元の技術以上に、そのキックの精度がうちとしても妬ましい。

ボールポゼッションされてしまうと、ディフェンダーは警戒心を解くことができない。たとえ『持たされている』という状況であっても、マイボールかそうじゃないかでディフェンダーにかかる圧は全然違う。

長短のパスを織り交ぜながら、オカモト、マツバラ、イトウのトライアングルを中心に常にゴールを脅かしてくる。

キーパーがキャッチしたボールを、カズが要求した。前がかりになっていた相手を出し抜くにはこのタイミングしかない。逃すと、守備の意識を高められてしまうだろう。

即座に意識を攻撃に切り替えて、ピッチ全体を意識する。俯瞰の視野は持っていないけれど、首を振って極力多くの情報を仕入れる。

サイトウはプレスを諦めて緩くジョグ、マツバラと……オカモトが二枚で挟みに行っている。それなら俺はフリーだ。

オカモトの離れたスペースに入り込み、ボールを呼び込む。そのままドリブルで仕掛けて、カバーに入って来た相手をいなすとそのまま右サイドに流れていく。

釣られてセンターバックが流れていくのを確認すると、そのまま中央に割って入ってきたカズにボールを預けるする。

カズを追うことに必死になっていたマツバラに、俺を追いかけるセンターバック。スイッチした瞬間の一瞬のフリーズを見逃さず、リターンのボールが返って来た。
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:33:50.54 ID:F4XHjj9l0
ボールを受けた瞬間、今までにない絶頂感が脳裏に走った。イメージ通りだ。カズがボールを要求してからここまで、全部。

俯瞰は持っていないと思っていたけれど、ここまで思い通りの絵を描けたのは初めてだ。サッカーゲームをしているように、俺は最初からこれを狙っていた。見えていた。

ドリブルでボールを運び、もう一人のセンターバックがどうしようもなく半端にプレスをかけてきた。でも、もう手遅れだ。

俺の描いた絵は、完成した。最後のパスを、しっかりとカズはゴールに流し込んだ。最後の一筆を入れ切った。

今までに感じたことのない感動だ。初めてのキスとも、何度あったか分からないゴールよりも、どんな歓びとも比べられないくらい今の俺は高ぶっている。

このプレーのために俺はサッカーをしていたのだとしか思えない。その絵を共に作った仲間は、顔をくしゃくしゃにして走り寄って来た。

こいつとなら、どこまででも行ける気がする。こいつとなら、さっき以上のプレーができる気がする。

「ヒロさん!」

「バカ、お前、すげぇよ! 勝つぜ!」

言葉にならないんだよ、お前。すげぇよ。シンヤとプレーしていた時だって、今ほど気持ちいいプレーはできなかった。

仲間たちが集まって来たところで、檄を飛ばす。

「集中しろよ!ここからだ!」
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:34:17.33 ID:F4XHjj9l0

再開した試合では、マリッズが先ほど以上の猛攻を仕掛けてきた。

今季四冠の可能性を秘めたこのチームが、アマチュアに負けるなんてあってはならないことなのだろう。相手の外国人監督もピッチサイドに立って、怒鳴り声をあげ続けている。

オフェンシブハーフの俺はほとんどボランチ状態だし、アンカーのはずのオカモトはハーフウェーラインから下がることは無い。

クリアしたボールは敵ディフェンダーがあっさりと拾ってしまい、オカモトから組み立てられていく。そしてそれをどうにか跳ね返し続ける。ただその繰り返しだ。

この展開だと、いつか必ず失点してしまう。

そう思っていたのに、思いの外うちのチームはよく耐えている。そこには「カズばかりに良いかっこをさせてられない」っていう先輩の意地もあるんだろうけど。

ディフェンダー陣をはじめ、全員で攻撃を跳ね返す。昔のイタリアみたいに、ゴール前にとにかく人数をかけて鍵をかける。

見ていて面白いサッカーではないだろう。マリッズのサポーターからは延々とブーイングが鳴り響いている。好きにしてくれ、それで勝たせてくれるならいくらでも文句を聞いてやるよ。

前半30分を過ぎて、相手の監督の叫び声が一瞬止んだ。そしてサポーターもブーイングから一転、歓声が上がる。

ああ、分かってしまった。もう出番か。

苦しくなるなと現実を理解しつつも、誇らしい気持ちもでてきた。

どうだ、言った通り出番は思ったより早かっただろ?

プレーが切れると、主審の笛と同時にスタジアムDJが大声で叫んだ。

「背番号10、シンヤァ ミズノがピッチに入ります!」
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/07(水) 21:21:59.75 ID:Lp7rrf1A0
盛り上がってきたな
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 01:39:23.75 ID:hWVgtWwh0
>>770
普通に苗字間違えてますが『シンヤ スガ』です。。。。
大変失礼しました。。。
773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 01:58:32.85 ID:hWVgtWwh0
あの日から、ずっとこの日を待っていた気がする。

今でも足裏に感覚が残っていて、それが俺の苦悩の原因だった。

タックルにいったのはサッカー選手としての本能だったし、あれがあの時の俺に出来る精一杯のプレーだった。ただ、そのプレーが必要な状況だったのか、本当にそこに嫉妬や羨望はなかったのかと問われると、否定もできない。

たかが紅白戦で、そんな削り合いをする必要があっただろうか。

同い年で、俺より前にいたヒロの未来を消してしまったのは、他でもない俺なのではないだろうか。

そんな悩みを打ち消すように、俺はサッカーにのめりこんだ。サッカーをすることでしか、その悩みからは逃れられなかった。

フォルツァのスタメンに定着した俺は、シーズン終了後に一部の名門クラブに声をかけられた。ちょうど、若い中盤の選手を探していたらしい。

その頃からかな。ヒロのことは気にしないように努めた。俺がここに来るのに必要な過程だったのだと、割り切ろうとした。

時間が解決してくれたと言えば聞こえは良いけど、要は事実から目を逸らしたんだ。

だって、何も気にしなければ俺には輝かしい未来がある。このチームでスタメンを確保出来たら、代表にだって入れるだろう。海外だって視野に入る。

それなのに、一々過去のチームメイトの負傷を気にしてられるかっていうんだ。ヒロは不運で持ってなかった。俺は持っていた。それだけの差だ。

言い聞かせて、サッカーに没入していた頃に、先輩の声かけの下で合コンが開かれた。

フォルツァにいた時には見向きもされなかったようなモデルやアイドルに囲まれて、何だか居心地が悪かった。

やっぱりだめだ、俺はこういう場には向いてない。サッカーでいくら上にいけても、女性関係をうまく築ける自信はなかった。

プロになってから、ずっとサッカーばかりしてきたから。そりゃ、一般の女性だったら付き合ったことくらいある。

とはいえ、野心と魅力と美貌を持った女たちを真っ向から相手に出来るほど、経験があるわけでもない。

幸い、先輩たちは良い感じに酒が回っているようで、俺はそっと立ち上がった。

本当はそんなに飲んでもいないけど、飲み過ぎて気分が悪くなったとでもメールすれば、きっと彼らも責めることはないだろう。

店を出る前にお手洗いに立ち寄って用を足し、ハンカチで手を拭きながら外に出ると、そこに彼女がいた。

「シンヤくん、もう帰るんですか? よかったら、ご一緒しても?」

名前を思い出そうとしても、大勢の女性を一気に覚えられてはいなかった。

ただ、第一印象が瞳が綺麗な女性だったということだけは、しっかり記憶に残っていた。

「サエです。三度目は、無いですよ?」

そう言って悪戯気に笑う彼女は、とても魅力的に見えた。
774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 02:05:58.01 ID:hWVgtWwh0
ご一緒しても、なんて言っても大したことはしていない。

その頃はまだ、今ほどサエも売れている女優ではなかった。モデルとしては有名だったけれど、俺みたいにその世界に疎い人間は知らないような存在で。

ちょっと有望なモデルと、ちょっと有望な若手プロサッカー選手。パパラッチなんてついているはずもない。

店を出るとタクシーを捕まえることもなく、どことなく歩き始めた。

こういう時、何を話せばいいんだろう。「何でモデルに?」とかかな。それって合コンで言ってたっけ。席が離れてたから分からない。

というか、そもそも何で俺に声をかけたんだろう。それこそイトウさんだって、他にも元代表選手だっていたんだ。

プロ全体で見れば有望株かもしれないけど、あの場にいる中では、俺は一番の外れくじだという自覚はあった。

「今、何で私がシンヤくんに声をかけたか考えてるでしょ?」

図星を射抜かれて、うっと声を漏らしてしまった。どうやら俺はポーカーフェイスにはなれないらしい。

嬉しそうに彼女は笑って、答えをくれた。

「私もあそこが息苦しかったから、仲間が欲しくて」
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/15(木) 10:47:51.77 ID:I/uapy+A0
おつん
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 23:58:26.37 ID:hWVgtWwh0
「仲間って?」

そこまでつまらなさそうにしていたつもりもないんだけど。まるで同類のように言われて、何だか不思議な気持ちになった。失礼な言い方をされた気もするけど、不快な気持ちになることもない。

「あそこにいて、何か得るものあった?」

その本質的な問いかけに、イエスと答えることはできなかった。

確かに綺麗な女性と一緒にいて、楽しい時間を過ごすことはできたのかもしれない。でも、それが何だというのだろう。

それでサッカーが上手くなるわけでもなければ、刹那的な快楽以外に得られるものは何もない。

「私だって、事務所の先輩に声を掛けられなければ絶対に行かなかったから。君も似たようなものでしょ?」

その問いかけには、首肯で返事をしよう。図星だし。

トイレから出た時とは、何だか彼女の印象が変わってしまった。もっと純粋で綺麗な人のような印象だったのは、瞳の強さに引っ張られたからなのかもしれない。

夜の街を歩きながら、俺たちは会話を続けた。とりとめもない内容だった。どんなサッカー選手になりたい、どんな女優になりたい、理想の人はどんな人だ、逆にこういう人は嫌だ。

「気が合うね」

その言葉通り、彼女の選択で俺が不快に感じるものは一つもなかった。

きつい言い方をするところもあったし、優しいだけの女でないことはすぐに分かった。それでも、彼女に対して嫌悪感を抱くことは無かった。
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 11:05:33.42 ID:SP7/fRzW0
「私の夢はね、妹に誇られる人になることなの」

「妹さん、いるんだ?」

「ええ、大好きなの。でも、あの子はそうでもないみたい」

わざとらしくついたため息では、悲しみの色は隠しきれていなかった。

なれるよ、なんて軽々しく言うこともできなくて、俺は彼女の横顔を見つめる。容姿に特別なコンプレックスを持っているわけではない俺でも、妬ましく思うほど整っている。

そりゃ、こんなに可愛い姉妹がいたら比べられる方はたまったもんじゃないだろう。

「貴方の夢は?」

即答できずに、思案する。

世界一のサッカー選手になる、なんて漠然とした夢を大声で話すには恥ずかしい歳になってしまった。

今の歳で今の立ち位置で、それに値するといわれる賞を受賞するのは現実的ではない。ワールドカップ優勝なんて以ての外だ。

自分が本当になりたいものになれないことを自覚した上で、それで俺の夢って何なんだろう。

「……ワールドカップに出て、海外のクラブに移籍することかな」

それくらいは、叶えられる夢だ。今のチームで頑張れば代表選手には手が届くだろうし、それが達成できるなら海外への移籍も開かれてくる。
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 23:09:21.07 ID:SP7/fRzW0
「大きい夢だね。私の夢なんて、ちっぽけだよ」

「そんなことないよ」

そう言うしかないけれど、少し意外でもあった。日本一の女優になりたい、というタイプだとも思わなかったけど、そんなすぐに叶えられそうな夢を抱くようなタイプにも見えなかったからだ。

少し沈黙が続いて、彼女をタクシーに乗せて返すことにした。

連絡先を交換して見送ると、すぐにメッセージが飛んできた。

「お互い、夢を目指して頑張ろうね」だって。何だか高校生のメールみたいで何だか気恥ずかしい。

適当なスタンプを送ると、既読がついてやり取りは止まった。

今シーズンは頑張らないとな。20代前半で海外に出ないと、ステップアップはかなり難しいものとなる。最低限はスタメンを隠して代表に入る。遅くとも来シーズンには移籍する。

それが俺の最低ラインだ。ヒロの分まで俺が上に行くことが、恩返しでもあり贖罪でもあるだろう。

見てろよ、ヒロ。お前の分までやってやるからな。
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 23:20:52.57 ID:SP7/fRzW0
その誓い通り、俺はブレイクを果たした。

スタメンを確保して、代表入り。描いた通りの未来だ。

そのうちに、サエちゃんともちょくちょく遊びに行くようになった。何となく、他の人たちと違う雰囲気を感じたというか、何というか。

彼女は一生懸命だった。目標に、夢に。「妹に誇られるために、私は妥協したくない」と平気で言うような女だった。その一生懸命さに惹かれて、俺も前に進むことができた。

いつしか彼女は新進気鋭の女優となり、俺は海外移籍を噂される日本代表選手になっていた。

「日本代表になれば、世界が変わると思ってたんだけどな」

ある日、デート中に俺がそう言ったことがある。

周りはおだて、評価し、持て囃してくれるけれど、俺自身が大きく変わったわけではない。

「それはシンヤがまだ夢を叶えてないからだよ。私だって、世界は変わってない」
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:14:45.08 ID:rfjc5LOO0
「本当に?」

ゴールデン帯のドラマでヒロインを演じ、今や日本で彼女のことを知らない人はほとんどいなくなっている。

知名度も、美貌も、ついでにお金も。普通の人が求めるものは既に得てしまった彼女でも、世界は変わってないとは信じがたい。でも、日本代表になった俺だってそれは同じか。

「私の夢が叶ったわけじゃないから」

そう言って、彼女が「シンヤもでしょ?」と問い返してきた。

あの時言った夢。日本代表になりたい。海外移籍をしたい。その夢が叶えば、俺の世界は本当に変わるのだろうか。とりあえず日本代表だけでは、変わらなかったわけだけど。

「妹さんとは、最近は?」

「何も。ドラマの感想すら無いわ」

盆正月などで顔を合わせると普通に話すらしいけど、それ以外はやり取りをすることもないとは聞いていた。それでも、自分の姉が活躍するのは嬉しいものではないのだろうか。姉妹って分からないもんだ。

世間からは俺たち二人は成功している、不自由無い生活をしていると思われているだろう。いや、実際そうなんだけど。

それでも何か足りない気がしてしまうのは、贅沢なんだろうか。それとも、大事な何かが欠けてしまったんだろうか。分からないけど、俺に出来ることはサッカーしかない。

リーグは独走状態だし、カップ戦も勝ち進んでいる。今シーズン4冠を置き土産に、俺は海外へ行く。もっと大きな選手になる。

そうすることで、この言いようのない苦しみから抜け出せると思っていたから。ヒロに対する罪悪感は、見ないふりはできても消えることはなかった。それならもう、遠くに行くしかない。アイツがどこまで頑張ってもいけなかった世界にたどり着いて、俺がここにいることを正当化したかった。

サッカーをするのが苦しくて、それでも俺にはサッカーしか残っていなかった。

苦しみから抜ける方法もサッカーをすることでしかなくて、麻薬のようにそれを繰り返す。サッカーをすることで苦しんで、サッカーをすることで救われる。

そんな時、あるスポーツニュースが目に入った。
781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:26:45.16 ID:rfjc5LOO0
アマチュアチームのジャイアントキリング特集だった。

天皇杯では、毎年何チームはプロチームを倒して上がっていく。そのたびに取沙汰されるのが常である。

今年のそれを起こしているのは、どうやら都道県リーグレベルのチームらしい。そんなところがJFLだったり二部を倒したりしてるんだから、そりゃ見ている方は痛快だろう。

うちのチームが次に当たるのが確かそこだったと思い出して、そのまま何の気なしにニュースを見続けた。俺が出るとは限らないんだけど。

本戦一回戦、二回戦の映像でゴールシーンが映される中で、最後にフリーキックを決めた背中にやけに見覚えがあった。

固有の選手名は上がらなかったが、何となく懐かしい感じ。でも、俺が知っている彼とは似ているようで違う雰囲気の選手だった。

まさか。その時はそう思っていた。

しかし、試合に向けてのミーティングでその名前を耳にすると、やはりそうだったとも思えてしまった。

ヒロはあんなところで終わる選手じゃなかったと思い安堵する一方で、俺のせいでアイツのサッカー生命を壊してしまったのではないかとも思った。

次に会うと、酷く罵られてしまうのではないだろうか。お前のせいだと謗られるのではないだろうか。

そんな心配をしても意味がないことだと分かったうえで、そういうことを考えてしまうのが人間ではなかろうか。

「なぁ、次の試合、見に来てもらえないかな?」

サエにそう言ったのは、不安な気持ちを少しでも和らげたかったからだった。

「珍しいね。いつ?」

日程を伝えると、彼女は「うーん、仕事が入ってる……行けたらね」という素っ気ない返事だった。

とはいえ、誘った理由も情けないものなんだから、強く来てくれというのも恥ずかしくて。結局それで話は終わり、運命の日を迎えた。
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:38:52.34 ID:rfjc5LOO0
ピッチ上に立つヒロは、俺の知っているヒロのままだった。テレビの液晶越しに見たヒロとは何だか違う。

良かった、俺の知ってるアイツだった。

チームメイトとパス交換するアイツに挨拶に行くと、やっぱりアイツは良いやつだ、今まで通りに接してくれた。

空白の期間に俺が勝手に作ってしまっていたしこりは、現実にはなかった。

それならば、その期間に俺が上り詰めて積み上げてきたものをヒロに見せてやるのが、唯一できることだろう。

ターンオーバーでベンチスタートを言い聞かされていた俺は、勝っている展開だと出番はないだろう。

楽しませてくれよ、と口にすると、ヒロはやや不服そうにこう言った。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

エースと指した彼は、ヒロとパス交換をしていた男だった。俺たちよりまだ若そうだ。たぶん、二十歳かそこら。

へぇ、そんな奴もいるんだな。負けず嫌いのヒロにそう言わせるなんて、よっぽどのもんなんだろう。

「早めに出番をくれてやるよ!」

そう叫ぶヒロに手をあげる。悪いけど、お前らがどんなに頑張っても、俺たちは負けない。そこにある力の差を見せつけることだけが、俺に出来ることだから。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 18:08:02.72 ID:rfjc5LOO0
しかし意外や意外、いざ始まってみると試合はうちのチームが劣勢を強いられている。

いや、展開自体はうちが押しているのに、スコア上ではうちが負けてしまっている。ヒロと、エースくん……カズヤって言うらしい、二人の見事な連携で失点をしてしまった。

あの崩しは確かに見事で、ヒロがエースと呼んだのも頷ける出来だった。

とはいえ、そこからの展開はうちのシュート練習になっているわけだけど。それでも一点が遠いのはうちの苦しいところだ。

それをどうにかするために、俺みたいな主力がベンチに控えているわけだけど。

案の定、早い時間にアップの指示が飛んできた。ブラジル人のうちの監督は、負けている展開だとすぐに手を打ちたがる。熱い性格がプラスに働くこともあれば、今日みたいな展開だと短気に交代枠を使っていく。

「スガ! 出番だ!」

ヒロの言葉通り、前半から出番を与えられるとは想像もしていなかったけど。まあ良い、俺の実力を見せるのに十分な時間を与えられたと思うことにしよう。

ベンチからの指示に細かいものは無い。「とにかく早めに同点にしろ」なんて、小学生にも言わないだろう。とはいえ、同点にさえできれば好きにプレーをしていいというのなら、望むところだ。

タッチライン際に立つと、スタジアムから声が上がって来た。いつものリーグ戦よりは少ない声だけれど、それは確かに俺の背中を押してくれる。

プレーが切れるとスタジアムから一層大きな歓声が上がり、スタジアムDJが俺の名前を叫んだ。

ピッチに入るや否や、オカモトが近づいて監督の指示を確認しに来た。とにかく早く追いつけってさ、と伝えると、呆れたように苦笑いを返された。

「ボール、俺に預けてくれ。ロングだけじゃ相手固いから下から崩す」

「はいっ」

サイトウを使って、サイドから崩しにかかる。ボールを預けると、そのままバイタルエリアに向かって走る。そのままワンツーを要求しようとしたところで、相手の10番、ヒロの右手が俺の背中に触れた。マークしているぞ、という意思表示だ。
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 18:22:51.45 ID:rfjc5LOO0
「出せ!」

全力で前進して、その手の感触がなくなったところで要求通りのボールが戻ってくる図が見えた。

そこでカズヤの足が伸びた。

お手本通りのようなインターセプト。わざとルーズに守っていたのか、俺にボールが入ることを最初からイメージしていたかのようにそれは奪われてしまった。

俺のマークについていたはずのヒロは、カズヤからのボールを受けるとそのまま前に進む。

そうか、ヒロは俺のマークを外してしまったんじゃない。こいつがインターセプトすると読んで、敢えて残っていたんだ。

アマチュア相手に出し抜かれた恥ずかしさと、不甲斐なさと、失望。それらを感じる前に、今はボールを奪い返さなくてはならない。

「ディレイ!」

ヒロをチェックするオカモトに大声で遅らせろと指示を出す。マークを外されたとはいえ、すぐそこだ。挟み込めばなんてことは無い。それに、この二人以外は守り疲れでろくに押し上げることもできていない。

オカモトも簡単には抜かれないように適切な間合いを取って、時間をかけて対応する。前線に一人残っていた敵フォワードが下がってボールを受けに来て、ヒロが一旦そこにボールを出す。

しかし、うちのセンターバックのプレッシャーに耐えられず、ボールはダイレクトでヒロの足元へ。今だ!

オカモトがヒロに体を当てて、ボールを奪い返す。テクニック面は現役時代の財産が有れど、フィジカルは一朝一夕でプロには太刀打ちできないだろう。

奪い返したボールを再度要求し、トラップする前にルックアップで状況を確認する。前線は二人、サイトウはフリー。……フリー?

「後ろ!」
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/18(日) 21:45:48.06 ID:YnFJ+cB5o
1乙

なんて良いところで・・・
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:17:47.05 ID:ygMMfaCy0
言葉の方向へ意識を向けると、直後に足が伸びてきた。このスパイク、さっきと同じ足だ。

ここまで読んでるのか? さっきヒロにボールを預けた時は、右サイドを駆け上ろうとしていただろう?

こんな芸当が出来る選手は、代表のチームメイトのサイドバックくらいしか知らない。それに二人とも、海外のトップクラブで活躍する一流選手だ。

たかがアマチュアの若造が、なぜをそれをできるのか。こんな選手が今まで埋もれていたとは考え難い。

疑問はあれど、そんなことを考えていられる局面ではない。

身体をボールとカズヤの間に入れて、キープを試みる。よし、この体制になればファール以外で取られることは無い。

ヒロはまだ倒れたままで、オカモトはフリー。一旦預けて作り直す。

「左使え!」

サイトウを再び使うように指示し、その通りのボールが通った。よし、今ならうざったいこいつもここにいる。チャンスだ。

すぐに動きなおし、ペナルティーアークを目指してダッシュする。カズヤもそれを追いかけてくる。正解だ、今更サイドに流れるよりは俺のマークを続けた方がいい。

間違ってない、間違ってないけど、それでもどうしようもないことを教えてやる。

カットインの動きの前に中の状況を確認すべくルックアップしたサイトウに、手でグラウンダーを示してパスを求める。ゴール前のディフェンダーの動きは重い。これならイケる。

縦に行く動きを一瞬見せ、ふらついたディフェンダーをサイトウが右アウトサイドでかわす。そのまま低くて速い球筋のボールが、ペナルティアークに届いた。
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:28:58.41 ID:ygMMfaCy0
トラップする前にゴールを確認すると、相手ディフェンダーが一人突っ込んでくるのが見えた。

右足のインサイドで少し大きめにトラップし、トップスピードでプレスをかけてきた敵をかわす。よし、打てる!

そのまま左インフロントで擦って蹴る、左ポストギリギリを抜けるイメージのシュートの絵。それを完成させようと左足を振り抜いた。

ボールは寸分も違わずに綺麗な弧を描き、ネットを波打たせた。ヒロがゴールを決めた時とは違い種類の歓声が響く。

オカモトやマツバラが近づいてくるのを、当然だと言わんばかりに軽いハイタッチで迎える。

すれ違いざまのカズヤの顔は、暗い色が映っていた。当然だろう、あれだけスプリントを繰り返していたにも関わらず、結果としてそのプレーで失点をしてしまった。

これが実力の違いだ。ヒロには悪いけど、この現実を見せてやるのが俺の今日の仕事でもある。
788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:45:01.57 ID:ygMMfaCy0
「一本返すぞ!」

ヒロが飛ばした檄にも、返事は小さい。

善戦していた格下チームが、失点を機にメンタルを折られることは少なくない。このまま一気に畳みかければ、前半のうちに試合を決めることだって難しくはないだろう。

「カズ、切り替えろ!」

個人名をあげてそう言ったのは、期待なのか何なのか。しかしそれは酷だろう。さっきのプレーで俺が見せたのは、格の違いだ。

確かにカズヤの判断は間違っていなかった。プレッシャーのかけ方も、奪いに行く位置も、攻守の切り替えも。

ミスが無いのに失点をしてしまったというのは、純然たる実力差以外の何物でもない。

これが現実だ。ヒロ、お前たちのチームは俺たちより弱い。お前の言うエースは、俺には通用しない。

光るものがないわけではない。もしかしたら、数年後にはプロのピッチに立つ可能性だってあるだろう。

それでも俺には自信があった。ヒロには負けない。ヒロがエースだと言うのなら、カズヤにだって負けない。

日本を出る前に、その結果だけは残しておきたかった。サッカーの苦しみから逃れるために。今の一点はその第一歩だ。このまま、俺は抜け出してみせる。
789 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 03:53:54.74 ID:jzdiq1gG0
一気に読んでしまった
次の更新も楽しみにしてるぞ
790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 09:15:12.57 ID:+xu40TKw0
シンヤが嫌な奴じゃなくて良かった。
素直にどっちも頑張って欲しい!
791 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 13:19:35.12 ID:yInQQ4e5O
「うわー、やっぱうまい。すげぇっ」

興奮しているタイシくんを横目に、私は少しだけ、残念な気持ちになった。

心のどこかで、ヒロくんが、カズヤが、奇跡を起こすことを期待していたんだ。

誰も予想していない勝利が見られたら、それは私の希望にもなり得るから。お姉ちゃんに対するコンプレックスに対しての、向き合い方になるかもしれない。

それでも、やっぱり現実って甘くはない。本物がそこに出て来ると、あっという間にやららちゃった。

「今の、スガが上手く相手を振りほどいたんだよ。あの相手も悪くなかったけど、さすが代表って感じ」

簡単に解説をしてくれたその言葉から読み取れたのは、単純な実力差だった。つまり、カズヤも良くやったけど失点したってことでしょう?

お姉ちゃんの彼氏と、私の元カレ。その差を見せつけられたような気がして、勝手に落ち込みそうになる。

「うん、上手かった。すごーい」

努めて棒読みにならぬよう意識して、そう返した。心にも思ってないことなんだけど。

やっぱり、今日来たのは間違いだったのかもしれない。
792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/20(火) 01:38:16.05 ID:t2akC/Q70
同点になったのをきっかけに、ヒロくんたちは前半が終わるまでの10分で更に二点を追加されてしまった。

二点目は、遠くからのシュートのこぼれ球に詰められて。三点目は、ヘディングゴール。

前半が終わる笛が鳴る頃には、隣にいたタイシくんの興奮も冷め気味だった。当然だと言わんばかりのその反応に少し腹が立ってしまうのは、判官贔屓をしてしまっているからなのかな。

「お手洗い、行ってくるね」

立ち上がって階段を上りながら、良からぬことを考える。もう帰っちゃおうかな、なんて。

これ以上見ても辛いだけだから。サッカーなんて見に来なければよかったかな。

彼らに私の姿を重ねることは間違っているのだろう。いつかのニュースで見た、どこかの議員が「サッカーの応援をしてるだけで他人に自分の人生を乗せるんじゃない」SNSに投降して、炎上したことが急に脳裏を過った。

今日の組み合わせを知ってから、知らず知らずのうちに、彼らが勝てば何かが変わると思っていた。自分で何もしてないくせに、それでも私は救われたかった。

そのためには、人に任せるしかなくて。誰かが奇跡を起こせるなら、私だって起こせるかもしれない。でも私がその「誰か」になれるかなんて分からなくて、自信も無くて、だからその奇跡のために頑張るなんてことはできない。

私が弱いから。ううん、私だけじゃない。世の中のほとんどの人は、たぶんそうだ。誰かの起こす奇跡を自分に重ねたくて、自分自身は頑張ることが出来なくて。

入場口をくぐって、スタジアムの外に出た。

物語の主役になり損ね、やられ役のピエロになった彼らをこれ以上見ることは無理だった。

タイシくんには「ごめん、体調悪くなっちゃって」とでもメッセージを送れば許されるだろうか。

送信ボタンを押してスマホをバッグに仕舞うと、済んだ声で名前を呼ばれた。

聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、私が出演している物語の主人公が、そこにはいた。
793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/22(木) 02:10:40.90 ID:lUx132lu0
妹と気まずくなり始めたのはいつからだったか、はっきりとは覚えていない。

大体で言えば、あの子が中学に入ったくらいの頃だったかな。その頃は私も「ああ、家族仲がいいっていじられるのが嫌なんだろうな」くらいにしか思っていなかった。

良く似た容姿で、同じ環境で育ち、自慢の妹のことを、私は好きだった。世間で言えばシスコンと呼ばれるのかもしれないけど、私は彼女に対して並々ならぬ愛情を抱いていることを自覚していた。

思春期が終われば、また妹と仲良くしたいと思っていた。

たまたま街で声をかけられてモデルを始めたのも、妹に憧れられる姉でいたいと思ったからだった。お金も貰えるし、オシャレの勉強もできる。

長い思春期を終えれば昔みたいに仲良し姉妹になれると信じていたのは、私だけだったみたいだ。

私がどんな仕事をしても、妹がもう思春期と呼ばれるような歳を過ぎてしまっても、私たちの仲は気まずいままだった。

「お姉ちゃん、凄いね。自慢のお姉ちゃんだよ」

その一言を聞きたいがために、私は少しでも大きな晴れ舞台に出られるように働いた。

モデルでダメなら女優。これがだめなら歌手にでもなろうか、歌の練習しなくちゃ。
794 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/23(金) 01:20:06.04 ID:K3YoGRuX0
そうやって少しでも前に進もうとして、私は今の立ち位置を掴んだ。色んな人がキレイだねと声をかけてくれる。色んな人がチヤホヤしてくれる。

それでも心は満たされない。

お金とか、名誉とか、そんなものが欲しいわけじゃない。ただ妹に認めてほしいというだけの願いが、どうしても叶わないの。

他人からしてみたら理解されない望みだとしても、私は心の底からそれが欲しかった。世のどんな男から甘い言葉を囁かれるよりも、妹からの賛辞を望んでいた。

この世界を選んだことが間違っていたとするならば、私は迷わず芸能界を引退するつもりなのに。

それなのに、誰もそんなことを教えてはくれないから、今日も私は仕事をこなす。

ドラマの撮影が思ったよりも巻いて、思ったよりも早くフリーの時間が出来た。そういえば、シンヤが試合をすると話していたのは今日だった。

行けると話してはいないから関係者席は用意されていないけど、せっかくだし見に行ってあげても良いかな。誘ってくれたってことは、迷惑ではないよね。

タクシーに乗って行先を伝えると、運転手さんに「お姉さん、だいぶコアなサポーターだね」と話しかけられた。決勝でもない天皇杯を見に行く女性サポーターは、そう多くはないんだろうね。

スタジアムについてお金を払うと、当日券売り場の看板を探してきょろきょろ辺りを見渡した。試合は既にハーフタイムを迎えているらしく、スタジアム外に人影はない。

うーん、初めて来るからよくわからないな。サッカー自体はシンヤの影響もあって見るようにはなったけど、生で見るのは初めてだから。

こっちかな、と勘で進んだ方向に、一人女性が歩いていた。うん、あの人に聞いてみよう。

少し早足で近づくと、だんだんと近づいてくるその表情には見覚えがあった。ううん、そんなもんじゃない、私はこの子を知っている。

「サキ?」

確信しながら名前を呼んだ。どうしてここにいるんだろう。試合を見に来たなら帰るには早すぎるし、そもそも何でサッカーの試合なんかを見に。サキの元カレがサッカーを好きだというのは母から聞いたことがあったけど、それなら彼氏も一緒じゃないのかな。

「お姉ちゃん……」
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