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風俗嬢と僕

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274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/16(火) 18:13:40.27 ID:JwF3voJBO
チームメイトが盛り上がっている祝勝会も、僕は浮かれない気持ちで参加していた。ヒロさんも理由は分からないけどテンション低くて、ミユも来てはいなかった。

そして決勝以降の練習に、ミユは来なくなっていた。

こう言っちゃ悪いけど、少しホッとした自分もいる。どんな顔をしてミユに会えば良いか分からないし、それはたぶん向こうもそうだと思う。

ヒロさんはチームメイトにミユが来ない理由を聞かれていたけど、「テスト勉強が忙しいらしいっすよ」って誤魔化してた。その度に僕は「カズー、お前も勉強ちゃんとしろよー」なんて茶化されるんだけど。

そして、ヒロさんも何となく僕との距離を置いている気がする。いや、距離を置いているって言うよりは気を使われてるのかな。

雰囲気が悪いわけでもないんだけど、何かちょっと今までとは違う感じ。本戦に向けていくなら、今のままじゃダメなんだろうけど。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/17(水) 00:30:33.68 ID:lzNQe1SWO
天皇杯本戦の一回戦、僕たちは幸運にもホームゲーム……というか、地元のスタジアムでの試合となった。

アウェーゲームだと遠征費とかも必要になってくるしね。結構助かる。

相手はそこ県リーグ一部に所属しているチームらしい。名前も聞いたことがないようなところだ。

そして、そこに勝てばシードされているJ2のクラブとの試合が待っている。二部とはいえ、輝かしい経歴を持ったエリートたちの集まりだ。

自分の力がどこまで通用するのか、試してみたい。

そんな気持ちがある一方で、もう一つ、僕には思うものがあった。そのクラブは、奇しくもカズさんがかつて所属していたクラブだった。

恩返しではないけど、カズさんがうちのチーム で頑張っているところを、勝利って形で証明したい。

それが、僕に色んなことを教えてくれたカズさんへの恩返しにもなる気がするから。

そんな願いも込めつつ、微妙な空気の中で今日も僕は汗を流す。梅雨はもう過ぎてしまって、夏が近づいている。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/17(水) 00:33:46.88 ID:O3fMuzeAO
最近更新多くて嬉しい
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/17(水) 07:24:30.87 ID:E26VcXkv0
>>275
これ誰視点なんだ?
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/17(水) 08:08:12.40 ID:lzNQe1SWO
>>277
寝ぼけながら打ってたから完全に呼称を間違えてました……

カズさん→ヒロさん

で修正していただけたら助かります。
というわけで、カズヤ視点です。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/18(木) 07:35:55.61 ID:/Y8w19Y9O
ゆうちゃんはもちろん、ミユとも決勝戦の日から全く顔を会わせていない。

お店に行こうかなって思わなかったわけじゃないけど、行ったところであの日みたいに何て言って良いか分からない時間を過ごすことになる気がしたし、それなら行かない方が懸命ってものではないだろうか。

ミユのことはカズさんがたまに他のチームメイトに話しているのが聞こえてくるけど、やっぱり元気がなさそうとか落ち込んでるとかそんな話ばかり。

何なんだろうね、本当に。

不運とか偶然とか、そんな言葉で片付けて良いものなんだろうか。

僕という人間が、そういう不幸を呼んでいるんじゃないだろうか。

被害妄想だってことくらい自分でもわかっているんだけど、そんな風に考えてしまうくらいにはどうすべきかの見当もつかない。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2015/06/18(木) 07:49:37.32 ID:VsEsYVhgO
完全にとばっちりなんだが、ここからさらに拗れそうなんだよなあ。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/18(木) 12:38:16.98 ID:eIGB7FBSO
こういう屑女が実際いるから困る
ミユもゆうも
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/18(木) 19:22:53.29 ID:lACKyoLgo
屑しかいねえ
…自分見てるようだな…
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/19(金) 23:40:50.54 ID:BxUpFuV0O
そうは言っても時は流れ、本戦はどんどん近づいてくる。

楽しみな気持ちはあるんだけど、それ以上に不安が強い。今の雰囲気で勝てるんだろうか、惨敗するんじゃないか、って。

こういうとき、後ろ向きな自分の性格が嫌になる。まぁ、好きな時なんてないんだけどね。

微妙な空気の練習を終えて、一人暮らしのマンションに真っ直ぐ帰るとすぐにシャワーを浴びる。

汗と一緒にこの負の感情も流せてしまえばいいんだけど、そんなことは全くなかった。

濡れた髪をタオルで拭っていると、携帯はメールの受信を知らせる通知ランプが光っていた。今どき、メッセンジャーアプリじゃなくてメールを受信することなんて、迷惑メール以外ではそうそうない。

どうせ迷惑メールだろうな、なんて思いながらも、僕は携帯を手に取ってその内容を確認する。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/20(土) 00:22:01.61 ID:bEdboWh/o
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/20(土) 19:09:03.57 ID:POU/10BvO
私は私のことが嫌いだ。

頭も要領も良くなければ、何か励めるものもあるわけではない。他の人より恵まれているところがあるとすれば、それは外見くらいだと思う。

可愛いね、美人だねって言われるのは気持ちが良いし、嬉しいよ。

でも、そんな唯一の長所であるはずの容姿ですら、私では敵わない相手が身近にいた。

お姉ちゃんは私よりちょっとスタイルが良くて、ちょっと目が大きくて。

こういうのを微差は大差って言うのかな、お姉ちゃんを見た人はみんなお姉ちゃんを好きになる。

今までの彼氏もそうだった。

お姉ちゃんが悪い訳じゃないって分かっていても、私にはそれがコンプレックスで。

美人で自慢の姉が、その一方で私の悩みの種でもあった。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/21(日) 03:38:33.18 ID:ufcCwGTgO
私が大学に入学する頃、モデルを始めたお姉ちゃんはどんどん有名になって、気がつけばドラマにも出たりする女優にもなっていた。

そんなお姉ちゃんと自分を比べると、私には何もない。

それを認めるのが寂しくて、悔しくて、お姉ちゃんより幸せになってやると私は誓った。

でも、そんなの私だけの力では無理だ。そう考えた私は、男に頼ることになる。

お姉ちゃんに会わせさえしなければ、男は私のことを好きでいてくれる。私に特別な魅力があるわけじゃないのにね。顔がちょっと綺麗で良かった。

条件の良い男、例えば有名会社に勤めているだとか、高学歴な男だとか。そんな男を捕まえては、より良い条件の男が出てきたらそっちに移る。

クズだね、私って。でもそうしないと、私はコンプレックスに押し潰されそうだった。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/21(日) 07:24:28.83 ID:t1NvZgBmO
これはカズの元カノ視点か
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/21(日) 15:41:28.00 ID:ufcCwGTgO
何回男を乗り換えていったか分からない頃、私はカズヤに出会った。

特別人気なわけではないバンドのライブに、カズヤは来ていた。私はボーカルの顔が好きでファンだったんだけど、彼はボーカルの歌声と作詞が好きだったらしい。

割とイケメン揃いのそのバンドには男のファンは珍しくて、興味本意で私から声をかけたのがきっかけだったかな。

そのライブの後にご飯に行って、連絡先を交換した。

当時の彼氏は結構歳の離れた働いている社会人で、羽振りは良くても話して楽しいとかそういう感情はあまりなくて。付き合いも長くなりかけてて、倦怠期ではないけど少し飽きみたいなものもあったのかな。

一方で、カズヤは大学も良いところだったし、歳も近くて話していても楽しくて、かなりの優良物件のように思えた。
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/22(月) 00:32:54.46 ID:Nti3HjU2O
乗り換えちゃおうかな。

そう考えてた矢先、私はカズヤに告白をされた。

付き合えなくても良いから自分の気持ちを知ってほしい、それって何てワガママな願いなんだろう。まあ、私もそれに乗っちゃったんだけどね。

カズヤと付き合うことになってから、しばらくは本当に楽しかった。

でも、物足りないのも事実で。

今までのデートは彼氏がお金を出してくれてたけど、お互いに学生となるとそうもいかない。ていうか、私の方が一歳上だからむしろ私が出さないといけない気すらするよね。

車もなければ大人の余裕もない。

無くなってから、それまであったもののありがたみに気づくって本当だよね。
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/24(水) 00:14:49.29 ID:t9shVdbOO
カズヤと付き合い始めてしばらく経つと、何だか彼も少し変化が出てきた。

言葉にするのは難しいんだけど、何か焦ってるっていうか追い込みすぎてるっていうか。

好きなことを夢中になって話してるときのカズヤの顔が私は好きだったんだけど、その顔を見る機会がどんどん減っていった気がする。

その代わり、勉強を頑張ってるとか資格をとろうと思ってるとかそういう話が増えてきて、カズヤといて楽しいと感じる理由がどんどん無くなっていった。

……っていうのは、まあ言い訳なんだけど。

要するに、私は失ったものが大きく思えてしまったんだ。やっぱり、私はカズヤみたいな優しさや楽しさより、お金とか容姿とかスペックとか、もっと世俗的で汚そうな魅力に惹かれてしまう人間だったみたい。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/25(木) 23:07:33.75 ID:fjIyQaXjO
そんな私が別れる理由として告げたのは、今は誰とも付き合う気がないという言葉だった。

私は私のクズさを自覚はできても、それを誰かにさらけ出せる強さは持っていなかったの。

だって、「お金無いじゃん」「大人の余裕無いじゃん」なんて汚いことを言う度胸は私にはなかったから。

カズヤとはライブで知り合っただけだから、今後会うことはもうないだろうし。

私がそのバンドのおっかけを止めさえすれば、もう二度と会うことはないはず。そんな軽い気持ちで言った言葉が、あんな風になるなんて思いもしなかったわけだけど。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/27(土) 11:07:09.12 ID:BYneMDdKo
マダー
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/29(月) 00:30:52.37 ID:9VyominDO
カズヤとは別れた私だけど、そんな付き合って別れての繰り返しに少し疲れつつもあった。

だってさ、上を見ればキリがないもの。

良い条件の男がいても、更に良い条件の男が現れたらそこに乗り換えてを繰り返すと、終わりはいつまで経ってもこない。

それは果たして、幸せと言えるんだろうか。

そもそも、良い男って何なんだろう。私が求めていたお姉ちゃん以上の幸せって何なんだろう。

玉の輿にのること? それとも、私を大事にしてくれる人を見つけること?

そんな疑問が頭の中を過ってしまって、私は恋愛休暇をとることにした。少し冷静になろうって。

でも、私は自分のことを認められたい、お姉ちゃんみたいにはなれなくても、私を魅力的だという証明がほしかった。そして、その証明をしてくれるのは、私は男という存在しか知らなかった。

ナンパしてくる男、大学の同級生、誘われるままに遊んで寝る私を見かねたのか、友達が私を合コンに誘ってきた。あんな生活をするくらいなら、誰か彼氏を作らせた方が安心だって思ったらしい。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/29(月) 00:55:08.64 ID:9VyominDO
そこで出会ったのがヒロくんだった。

歳は私と同い年で、地元の普通の企業に勤めているらしい。合コンに誘ってくれた友達の同級生みたい。

正直、スペックとしては普通なんだけど、彼の『元プロサッカー選手』っていう肩書きは、私には何だか魅力的だった。

仮に彼とは付き合わなかったとしても、ここでコネを作れば有名な選手と知り合えたりするかもしれないし。それに、ヒロくん自身だって嫌な人じゃなかった。

付き合う前のズヤに似てたのかな。私にはさっぱり分からないサッカーの話を、目を輝かせながら語って、途中で慌てて「ごめんね、興味ないことを話して」って謝るあたりとか。

恋愛感情としての好きなのか、人として嫌いじゃないの好きなのかは分からないけど、私はヒロくんとの距離を近づけていく。

休暇なんて言ってたけど、結局のところ私は中毒なんだと思う。

恋愛、もっといえば、男に囲まれてないと心配で不安。私の存在意義を証明してくれるのは、男という存在でしかないから。

私を取り巻く男がいないと、自分に優れたところがあるなんて思えない。生きている意義を見出だせない。数少ない『短所ではない』と思えているものが容姿である以上、それは仕方ないことなんだ。

だから、私を口説こうとするヒロくんからの「時間あるなら試合を応援しに来てよ」なんてめんどくさいお誘いにものってあげたの。

だって、応援に来てほしいって、つまり私を求めてくれてるってことだから。私の存在を求めてくれてる、認めてくれてるってことだから。
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/29(月) 17:39:45.69 ID:zO8X3oRoo
ズヤの不意討ちにやられたwwww
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/29(月) 17:43:21.68 ID:9VyominDO
>>295
全く気づいてませんでしたwww
気を付けます……!
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/29(月) 17:59:33.24 ID:9VyominDO
試合を見に行くって約束した日は、嫌ってほど太陽が輝いていた。

暑いなぁ、めんどくさいなぁ。

そもそも私、サッカーに興味なんてないし。サッカー選手で知ってるのは、最近結婚して世間を騒がせた日本代表のイケメンくらいだ。

とはいえ、約束した以上見に行かないわけにもいかない。

そんな私は、試合終了間際に会場に着けば良いんじゃないかと名案を思い付いた。

だってさ、どうせ会うのは試合が終わってからなんだし。ちょっと遅れちゃった、なんて言えばきっと彼も疑いはしないだろう。

カフェでランチを食べて、コーヒーを飲んで、それからゆっくり向かうことにしよ。

その後に起きることなんか考えず、私は呑気に予定を立てていた。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/06/30(火) 00:29:55.29 ID:2Bu88ZdUO
ゆっくりし過ぎて試合終了に間に合うか際どかったけど、どうにか試合中には会場に到着できた。

スタンドにはまばらにしか観客がいなくて、昔プロだった選手でもこんな環境で試合をしてるんだと思うと、勝手に寂しい気持ちになってしまう。

私のイメージには、テレビで見るような大観衆を前に試合をしてるものしかなかったから。

まあ、そんなことを言っていても仕方がない。

適当に席を探していると、私と同世代くらいの女の子が、集団から少し離れたところで熱心に試合を見ていた。

明らかに関係者とか身内とかばかりの中に、急に入るのも変な感じがして、私はその子の隣に陣取って携帯を触る。

サッカー、見てても分からないし。つまらないし。

スコアボードを見ると、ヒロくんのチームが勝ってることだけは分かった。それで十分。

私は液晶に向き合って、試合が終わるのをただ待った。日傘忘れちゃったな、早く終わらないかな、焼けちゃうよ。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/30(火) 00:48:48.43 ID:qhhQMH0Y0
赤ちゃんと僕スレかと
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/02(木) 00:52:07.43 ID:L2rcHbb+O
試合終了を告げる笛がなると、私は立ち上がって階段を下っていった。

何にせよ、勝って良かった。負けて落ち込んでるところを見るよりは、興味がないサッカーでも勝った試合の方がヒロくんもご機嫌だろうしね。

綺麗ではないお手洗いで化粧を直す前に、メールを入れてはみたけれど、携帯を見てないのか返事はない。

うーん、まぁ、試合を見に来るって義務? 約束は果たしたんだし、直接会わなくても彼に嫌われることはないだろう。

そのままお手洗いから出て、試合会場を出ようとすると見覚えのある後ろ姿があった。

その隣の背中にも何となく既視感を覚えつつも、私はヒロくんの名前を呼ぶ。

ヒロくんと、そして遅れてカズヤと視線がぶつかった。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2015/07/02(木) 01:21:02.97 ID:3MnLR8uTo
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/04(土) 07:58:30.81 ID:6Mw8CAQTO
予想外の事態に、私は戸惑いよりも先に逃げ道を見つけた。たぶん、今までの男からもそうやって逃げてきたみたいに、本能的に、反射的に。

「初めまして」

その言葉を聞いた彼は、落ち込んだような、何かを察したような、今までに見たことがないような顔で返事をくれた。

ヒロくんに一言残すと、カズヤは走ってその場を去る。

普通、罪悪感を覚えるべきなんだろうね、こういう時って。でも、私の感情は違った。

安心とか落ち着いたとか、そんなもの。

カズヤとの過去を暴露されなくて良かったとか、あの様子なら今後もカズヤからはバレないだろうな、とか。

クズだなぁって自分でも思うけど、私は自分のことしか考えられない人種なんだ。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/05(日) 08:02:32.17 ID:KQqCzdeL0
面白い
泉優二て生きてるのかな
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/08(水) 00:00:40.47 ID:7GNP2RSHO
ヒロくんも良いようにカズヤが気を使ったと勘違いしてくれたし、一難去ったと思えば試合の話になってしまった。当然って言えば当然なんだろうけど。

試合を全く見ていない私には、差し当たりの無さそうな返事しかできない。

サッカーについて素人だってことは彼も知ってるから、特に何も突っ込まれることはなかったけど、危ない危ない。

ほっとしたのも束の間、今度はヒロくんの妹さんが現れた。

私の顔を見て、見覚えがあると言った彼女に、ヒロくんは似ている有名人としてお姉ちゃんの名前をあげた。

そう、私はお姉ちゃんに似ている。言うなれば劣化版お姉ちゃん。

私の唯一の長所である外見は、お姉ちゃんに似てはいるけど、それは私にとっては決して誉め言葉ではない。

似ているっていうのは、敵わないっていうのにも同義語だから。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2015/07/10(金) 23:47:47.01 ID:GU2YsyCyo
更新止まってるぞ
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 17:35:46.74 ID:p9wdiOuPO
とはいえ、そんなことで落ち込んでいるわけにもいかなくて、私は何ともないフリをして相手を続ける。

妹さんが去った後も、今後の試合の予定とか、私の気なんて知らずに「あいつ、カズって言うんだけど、すげぇ良いやつだからさ。もしまた見に来てくれるなら仲良くしてやってよ」なんて言うヒロくんを見ると、果たして彼は私のどこに好意を持ってくれたのか疑問になる。

やっぱり、顔? 外見?

そんなことを考える自分が嫌になるのと同時に、不安にもなる。

私の存在を認めてくれる人は、そしてそれを証明する魅力って、結局お姉ちゃんよりは劣っている容姿なのかな。

答のでない疑問だってことは自分でも分かってるんだけど、それでもまた考え始めてしまう。こういうのをドツボっていうのかな。

ヒロくんの話は少しずつ、少しずつ、私の頭の中を通り抜けていった。
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 18:01:26.01 ID:p9wdiOuPO
あの日以降、私はヒロくんやカズヤたちの試合を見に行っていない。

カズヤにまた会うと気まずいって言うのが主な理由なんだけど、ヒロくんが何も言って来ないあたり、やっぱりカズヤは私たちの関係を黙っているのかな。

まあ、先輩にわざわざ話すようなことでもないだろうしね。

ヒロくんとはたまに遊んだり、連絡を取ったり。付き合ってはないけど、そろそろかなっていうのがずっと続いて、おあずけをくらってる感じ。

サッカーが楽しいのかな、彼から来る内容は試合の結果とか、デートのお誘いかのどっちかのことが多いし。

天皇杯? って言うんだったっけ? 大会で勝ち進んでるからそれで忙しいのかな。サッカーって、彼女とか恋愛とかより大事なんだろうか。私にはその感覚は分からないけど。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/14(火) 01:03:12.02 ID:cIinTDeEO
恋愛中毒の私には、私を魅力的だと証明してくれる男が欲しかった。

だから、結局ヒロくんと仲良くなっても恋人にはなってない以上、私を求めてくれる男と早く関係を持ち続けていた。

それはやっぱりナンパしてきた男とか、他の合コンで知り合った男とか。

世の中、好きな人としかヤりたくないって言う人もいるみたいだけど、私にしてみると、そんな精神的なことなんて何一つ関係がない。

事をする最大の理由は、どんな理由であれ私を求めていることがハッキリと分かるから。

だから、私を求めてくれないヒロくんに対してフラストレーションがたまる。そして、私を求めようとしないからこそ、ムキになって彼に自分を求めさせようとしてしまうんだ。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/14(火) 02:34:27.07 ID:te9ZadvCo
最近ペース落ちてるけど楽しみにしてるから是非完走してほしい
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/15(水) 02:06:38.67 ID:skdfcM0BO
そんな風に、どうやってヒロくんを最後まで追いつめるか悩んでいると、彼からメッセージが届いた。

内容は「試合に勝ったから、次は決勝戦。よかったら応援に来てね」というものだった。

彼からストレートに見に来てほしいって言われたのは、あの日以降では初めてだった。だからこそ、私も行かずに済んだっていうのもあるんだけど。

カズヤに会うリスクはあるけれど、ここで行くと言えば彼は私を求めてくれるのだろうか。

悩んでも答はでなくて、「考えておくね」と先延ばしにするだけの返事をしておいた。どうせ、そんな答なんて延ばしたところで決められないくせにね。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/15(水) 02:07:39.73 ID:skdfcM0BO
>>309
最近仕事やその他諸々忙しくて中々更新できなくてすみません……
必ず完結させます。ありがとうございます。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/15(水) 09:35:33.05 ID:oxSW0VnXO
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/16(木) 07:35:11.28 ID:O9r1VT7zO
楽しみにまってるよー
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/16(木) 10:31:47.11 ID:yBntAohYO
今日の朝に見つけて一気読みしちまったよ。完走まで頑張ってくれ
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/17(金) 07:38:38.41 ID:3kAPmpC8O
乙、これは久しぶりの名作になる予感…
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 20:44:07.42 ID:vgHRq+VQO
試合の日が近づいてきても、私は行くか行かないかを決めかねていた。考えておくって返事をした時点で、こうなることは分かっていたんだけどね。

繰り返すと、私はサッカーに興味はない。

でも、ヒロくんを落とさないことには、私の自尊心であったり欲であったりを満たすことは出来なくて。試合の応援にいくということが、その欲を満たすうえでマイナスになることは、きっとないはず。

うーん、どうしよう。

めんどくさいな、でも行ったらヒロくんも私のものになってくれるのかな。

悩んで悩んで、私は結論を出した。

晴れてたら、行かない。日焼けしちゃうから。でも、そうじゃなければ。

うん、そうしよう。
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 20:53:55.22 ID:vgHRq+VQO
雨の降るなか、私は新しく買った傘で雨を防ぎながらサッカー場に来た。

甲斐甲斐しいわね、私も。

正直かなり面倒だったけど、一度決めたことだったし、梅雨に備えて買った新しい傘がお気に入りだったっていう理由で私はここまで来た。

前回は試合を全く見ずにヒロくんと話して、試合についての会話でちぐはぐになってしまったのが自分でも分かったから、少しは真面目に試合を見ようと後半が始まるくらいには到着した。

スタンドに着いて、雨の当たらない一番後ろのベンチに座る。ないとは思うけど、カズヤに気づかれたくないし。

何列か前には、やたらし集中して見てる女の子がいた。前もいた子かな? この雨のなか、やたら可愛い帽子を被っている。

ちょうどハーフタイムが終わって、選手たちがグラウンドに散らばろうとするところだった。ヒロくんは……いた。カズヤと並んで入ってきてる。

この間も一緒にいたし、やっぱり仲は良いのかな。私としては複雑だけど。
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 21:05:19.91 ID:vgHRq+VQO
スコアボードを見て、現時点でヒロくんのチームが負けているのは分かった。

でも、素人の私が見ても、何となくヒロくんたちの方がボールを持っている時間が長かったり、相手陣地で試合を進めているように感じられた。でも、負けてるってことはやっぱりそういうわけでもない?

ただ、カズヤがボールを触る機会が多いのは、私が知り合いだからとかそんなのを抜いたもしても、はっきりと分かった。

知り合いが試合に関わる時間が長いからか、以前のように携帯を触ることもなく、試合を何となくぼーっと眺めている。

シュートを打ってもなかなかゴールとはならなくて、面白いとはあんまり感じないんだけどね。

素人には、サッカーの試合時間はあまりに長すぎる。カズヤはボールを持ってもすぐにパスだし、ヒロくんもあまり関わりはしない。

だんだ飽きそうになってきた頃、ヒロくんがびゅーんって擬音が聞こえてきそうな速いパスをカズヤに送った。

うわっ、すごい、何かちょっとかっこいい。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/17(金) 23:46:36.65 ID:DtV4R6DAO
乙!
完走を前提とするんじゃなくて、書きたいコトを全部書くというようにすれば、いいんじゃね?
何故ならば俺が読みたいからww
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/19(日) 01:56:51.03 ID:z30WjSjSO
走り抜けてそのパスを受けたカズヤは、仲間選手にぴったり合う浮き球を返した。

そして、それを止めることなく放たれたシュートはネットを揺らした。

何がとか技術的なこととか、具体的なことは分からないけど、凄いゴールだってことだけは私にも分かった。少ないとはいえ、観客も湧いてるしね。

グラウンドの上の選手たちは喜んで走り回っているんだけど、最後のパスを出したカズヤは少しゆっくりと顔をあげて、こちらを向いた。

何となく、見つけられたくなくて私は俯き気味になって彼の様子を見る。何を見てるんだろ、時計?

分からないけど、何だか遠目に見て満足気なのは雰囲気で分かった。動転に追い付いたから……なのかな。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 02:31:47.09 ID:/U0GFcCUO
試合が再開すると、それまで以上にヒロくんチームは相手チームを攻め立て始めた。

カズヤがその攻撃の中心となっていて、自然と私の目はそこに惹き付けられる。

全然近くからではない。遠くから、サッカーをしているカズヤをただ眺めているだけ。

それなのに、私には何となく確信を抱いていて。彼はきっと、輝いた目をしている。

付き合う前や、付き合い始めたばかりの頃、私が好きだったものだ。

懐かしくて、でも、それはもう私が近くで見ることができないとも分かっている寂しさもあって。

自分から手放した彼が、何だか惜しくも思えてしまう。
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 02:45:27.06 ID:/U0GFcCUO
カズヤがパスを受けると、急にドリブルを開始した。

相手を抜こうとして、見事にそれは現実のものとなって。

サッカーなんか全然わからないけど、カズヤのそれは私を……ううん、たぶん、カズヤのチームを応援する人たちみんなを魅了している。

応援したくなるって気持ちだけじゃなくて、何て言えばいいか分からないんだけど。ほら、アイドルは歌とダンスが上手くなくても人気な子がいるみたいっていうか。

スター性? それも違う気がするけど、とにかく目を離させてくれない。

初めて試合を見に来た日には全然試合を見てなかったから気づかなかったけど、誰もがカズヤに目を向けてしまうような。そんな雰囲気を、今のカズヤは持っている。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:18:29.00 ID:/U0GFcCUO
相手陣地に切り込んで行くその姿を、目で追いかける。

この間まで私のものだったはずのカズヤは、私の手から逃げていくように走っている。手放したのは、私からだったはずなのに。

彼が蹴った強いボールはそのまま相手選手にぶつかって、ゴールへ転がって入った。

前の席に座っている女の子は、立ち上がって声をあげた。応援団も、カズヤの名前を叫んでいる。

喜びを爆発させるカズヤとヒロくんは、何だか本当に血の繋がった兄弟みたいに見える。

……今日はヒロくんのために来たはずなのに、カズヤばかりを追いかけてた。

そんな現実に気づいて、少し呆然としてしまったり。ヒロくんを落とすために来たはずなのに、今、私はそれ以上にカズヤに魅力を感じてしまっている。

頭を軽く横に振って、その考えを消し飛ばそうとする。

私はヒロくんのために来た。カズヤのことなんか、惜しくも何とも無い、ただの元カレ。今までに捨てるように別れてきた男たちと同じで、私を幸せにしてくれる男ではなかった。

何度も何度も繰り返して言い聞かせていると、試合再開に向けてポジションに戻ろうとするカズヤがまたこちらに目を向けた。

見ちゃダメだって、また俯く。なのに、私の目はしっかりと彼を視界の端に捉えてしまっている。彼は自分の頭のあたりを指さして、ガッツポーズを見せてきた。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:31:00.98 ID:/U0GFcCUO
あっ、帽子?

他の人は分からなかったかもしれないけど、最後列に座っていた私には何となく彼が意味していることは分かった。

私のちょっと前に座っている女の子の帽子について、カズヤはアピールをしている。

何、あの子がカズヤの新しい女なの?

ヒロくんを目当てで来たはずなのに、昔の男のことで嫉妬みたいな……いや、みたいなじゃない。これは嫉妬だ。

私より前にいるから顔も見えないし、二人がどんな関係かも分からないけど。それでも、私は何だか二人が仲が良いってことが分かっただけでも、モヤモヤした気持ちになってしまう。

自分から離れていったはずなのにね。

そんな気持ちで心の中が埋まっていると、試合は終わってカズヤ、ヒロくんたちのチームは優勝していた。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:40:28.20 ID:/U0GFcCUO
試合が終わると、カズヤがスタンドに近づいてきた。

私の前に座っていた女の子は、スタンドの最前列まで小走りで向かっていった。その初々しさが、何だか私には眩しすぎる。

カズヤは、もう私なんか眼中に入りすらしないことは分かっていても、やっぱり気づかれるのも何だかなぁって気が少しはしていて、背中を向けて帰り支度をするフリをする。

スタンドの最前列とはいえ、グラウンドとは結構高さが違うから、カズヤの声も彼女の声も気持ち大きめになっていて、その会話は私にも筒抜けだった。

少女漫画でも無さそうな、思春期みたいな青春みたいな会話が私の耳に入ってくる。

被ってくれたんだ、って……あの帽子はやっぱりカズヤからのプレゼントなんだ。

かっこよかったなんて、言わなくても分かるでしょ?

一々そんな風に考える私もその度に何だかイライラしてしまって、もう耐えられない。

最初はヒロくんに声をかけて行こうと思っていたはずなのに、二人の会話を耳にしたくなくて、誰にも気づかれないように私は足早に会場から去っていった。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/20(月) 05:40:34.80 ID:D6gSV7Og0
面白い…!!
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/20(月) 07:33:50.22 ID:07gh4o/p0
同じく
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 16:57:32.73 ID:/U0GFcCUO
試合、実は見に行ってたんだ。おめでとう、かっこよかったよ!

そんなメールすら送れないまま、日々は過ぎていく。

私の頭の中を埋めているのは、ヒロくんじゃなくてカズヤになっていた。

私と付き合っているときには見せなかったような初々しさで、あんなに輝いていた。私が今、どんなにワガママな感情を抱いているかは、自分が一番理解できているつもりだ。

それでも、私はカズヤが私から離れて他の女に向かっていくのが何だか辛い。寂しい。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 17:09:31.36 ID:/U0GFcCUO
ある意味、否定を目の前で見せつけられたからなのかな。

私が良い女じゃないから、執着せずに次の女に向かわれてるっていうか。

少なくともカズヤの様子からは、私のことなんか微塵も引きずって無さそうに見えた。まるで、お姉ちゃんだけじゃなく、あの子の方が私よりずっと良い女だってみたいに。

ううん、そんなことはないはず。

自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。

あの子を好きになったのは、私と会ってないから。話してないから。私と会えば、カズヤはあの子より私を好きになるはず。間違いない。そうだ、そうだよ、会えば良いんだよ。そうすれば、カズヤだって昔みたいに私を求めてくれるんだ。

そんな名案に気がつくと、私は充電器に繋いでいた携帯電話を手に取った。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 17:25:10.03 ID:/U0GFcCUO
携帯電話に映った番号は、登録されてないものだった。

誰だろう……見覚えのある番号だから、今までに繋がりのあった誰かだとは思うんだけど。

僕は連絡を取らなくなった人とか、会わなくなった人のアドレスとか電話番号を時々整理している。だから、たまに誰か分からない人から電話がかかってくると困るんだよね。

消さない方がいいのかもしれないけど、それは何だか邪魔くさくて結局消してしまうのはやめられない。

とりあえず、電話を受けて声で確認しよう。

スマホの液晶をスライドさせて、電話を受ける。

「もしもし?」

『もしもし、カズヤ? 久しぶりね』
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 01:17:15.66 ID:sCqTtZOhO
「……サキ?」

まさかと思いながらも、僕はその声にはっきりと聞き覚えがあった。

「そうだよ。え、分からなかった? 番号変えてないんだけどなー」

フラレて体調を崩した後、僕は色んな未練を断ち切るためにサキの連絡先であったり、写真であったりを全部消してしまった。女々しいって言われたらそれまでだけど、あの頃の僕にはそうすることでしか諦める方法がないように思えたから。

それからはサキから連絡が来ることもなかったし、彼女からコンタクトをとってくるなんてことは考えもしなかった。

だから、何て反応して良いか分からなくて。

「この間、試合を見に行ったんだ」

この間……予選の初戦のこと? それならあまりに今更過ぎるし、それがどうしたというのだろう。

僕にはサキの意図が分からなくて、彼女の言葉と何の脈絡もないって分かっているけど、問いかけてみる。

「何? 今更何の用? 何で電話してきたの?」

言葉がキツくなってしまうのは、きっと僕がまだまだ子供だからなんだろうけど。
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/21(火) 04:03:22.14 ID:4OxuD0AD0

深夜に一気読みしてしまった
ゆっくりでいいから完結までしっかり書いてくれ
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 18:14:25.32 ID:sCqTtZOhO
「カズヤがさ、凄い勢いでドリブルしていって、ゴールが入ってっていうのを見て。かっこよかったよ」

「いや、だから、何? どうした?」

まさか、そんな感想を言うためにわざわざ電話をしてきたのだろうか。

「ああ、ありがとう。それだけ? 切るよ?」

僕からサキに話すことは、何一つない。

ヒロさんと付き合うなら、どうぞご自由にって感じだし。

「待って、違う、違うの」

「じゃあ何?」

違うって言ったって、僕からサキへ用事がないように、逆だって全く無いように思える。あの「初めまして」以外、僕たちは別れて以降何の関わりもなかったはずだ。
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/21(火) 19:05:11.27 ID:rFCjOo0u0
おお…おお…
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 21:17:43.17 ID:z/J1ilaz0
「あのね、相談したいことがあるの」

「そんなのヒロさんに聞いてもらいなよ」

「ダメなの、ヒロくんじゃ。カズヤじゃないとダメなの」

「何でだよ。それなら他の友達でも良いじゃん。悪いけど、他をあたってよ」

冷たいとかキツイとか思われても、それが当然ってものじゃないだろうか。僕だっていいように傷つけられたのに、何で僕がサキの相談なんかに乗ってあげないといけないんだろうか。僕は仏じゃなければ、今や都合の良い男でもない。

「ヒロくんのことなの」

小さく、彼女は呟いた。

「えっ」

「ヒロくんのことで、相談したい事があるの」

「だから、それなら 僕じゃなくて……」

「ううん、カズヤじゃないとダメなの。カズヤが一番、ヒロくんのことを分かってるでしょ?」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 21:34:19.87 ID:z/J1ilaz0
そんなことを言われると、すぐに否定の言葉が出てこない。

尊敬して憧れる先輩との仲をそんな風に言われると、あまり強く否定することもできなくて。

「カズヤ達にもそういう風なのか分からないけどね、ヒロくん最近元気がないの」

それには、僕にも思い当たる節があった。

元気がないっていうか、明らかに僕との距離を掴み損ねている感じ。それは、僕に限った話じゃないんだろうか。

「カズヤ、何か知らない?」

「……」

頭に浮かんできたのは、ミユとの一件だった。

練習にも来なくなったミユを心配しているのかもしれないし、もしかしたら決勝戦後、スタンドで起きた出来事を見かけていたのかもしれない。

「……分からない」

僕に返せる言葉はそれだけだった。

「そっか……」

「それだけ? 悪いけど、その件に関してなら力になれないから、もう切るよ」

ていうか、むしろ僕が聞きたいくらいだし。ヒロさんは、何があってあんなに変に気を使うようになってしまったんだろう。

「続きがあるの」

「はっ?」

まだあるの?

「私ね、ヒロくんに乱暴されてるの」
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/21(火) 23:02:34.75 ID:m8f2RZg0O
クズ揃いのこのSSの中でもサキは別格だな!
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/22(水) 01:14:06.27 ID:yJ/fp1eL0
「はっ?」

何を言ってるんだ、こいつは。

「ヒロくんさ、何でか分からないけどストレスがたまってるみたいで……。この間、遊んだ時にさ」

「いやいやいやいや、待てって。乱暴されたって、何、ヒロさんに?」

まさか、ヒロさんがそんなことをするはずが無い。

「そうだよ……って、言ってるじゃない」

「嘘はやめろよ」

「嘘じゃないの……本当に……ひっく……」

電話越しに聞こえてきたのは泣き声。いや、嘘泣きなんだろうけどさ。

「あのさ、何、騙して楽しい?」

苛立ちを募らせながら、僕は彼女を責め立てるように言葉を続ける。

「僕がヒロさんよりサキを信じると思う? 自分が何をしてきたか考えなよ」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/22(水) 01:38:56.58 ID:H0yYUxIMo
正論すぎる
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/22(水) 01:51:35.41 ID:GNzcOGtaO
「何で、信じて……ひっく、くれないのぉ……」

「信じられるような情報もないし、ヒロさんはそんなことする人じゃないから」

少なくとも、僕にとっては『ヒロさんがサキに乱暴をする』ことと、『サキが嘘をついていること』では、後者の方があり得ることに思える。

「何でよぉ……ひっく、私が、こんなことで嘘をついて、何の、得になるって……」

「知らないよ。でも、悪いけどそういうことだから」

これ以上話を聞くつもりにはなれなくて、僕は電話を切って、そのまま電源も落とした。

急に連絡を寄越してきたと思ったら、一体どうしたっていうんだろう。ただでさえ、ヒロさんとの間に微妙な空気が流れているし、試合も近いというのに、余計な茶々を入れないでほしい。

もしかして、以前受信したメールもサキからだったのだろうか。

添付されていた画像を見て、誰が送ってきたのか、何で送ってきたのかは分からないけど、悪意だけは明確に察知できた。

使い捨てのフリーアドレスだったから、誰からのものなのかは分からなくて、それが尚更不気味さを際立たせてもいた。

「最近、何かおかしいよなぁ」

まるで、呪われているみたいに。

とはいえ、呪われていようがそうでなかろうが日々は過ぎて、試合も近づいてくる。

勝とう。まずはそこからだ。ここまで他のことで呪われているなら、サッカーでくらいは良いことがあってほしい。
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 12:19:18.78 ID:qvQ3Sa2GO
おおお…
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/23(木) 01:55:50.09 ID:SpZY+tPzO
カズヤに失望されようと、人の彼氏と寝やがってと罵られても仕事は毎日やって来る。

ネオン街の風俗やらキャバクラやらが集まったビルに、いつもより浮かない顔で今日も向かう。

仕事、嫌だなぁ。

働きたくないっていうよりは、外に出たくないっていうか、人と顔を会わせたくないっていうか。

ビルの汚いエレベーターに乗って、自分のお店へと近づいていく。

カズヤは初めてここに来たとき、どんな気持ちでこのエレベーターに乗ったんだろう。

ふと、そんなことを気にしてしまった。「今から風俗で遊んでやるぜー」なのか、それとも「緊張するなぁ」なのか、それとも別のものなのか。
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/24(金) 00:44:52.06 ID:K184yFPx0
「おはようございまーす」

スタッフに挨拶をしながら開店前の店内に入っていく。

女の子の待合室の中には、うちのお店の中では数少ない、私より歴が長い先輩がすでに到着していた。珍しいなぁ、いつもは私が一番なのに。

「おはよう」

「あっ、おはようございます」

挨拶を返すと、彼女は私に問いかけてきた。

「珍しいわね、私の方が早いなんて。今日はゆっくりしてきたの?」

「ゆっくり、というか……」

スタンドでの出来事を考えると、夜に眠れなくなってしまったから寝坊しちゃったんだけどね。

それを言うのも何だか躊躇われて、私は言葉を濁す。

「いや、そうですね。ちょっとゆっくり……」

「そう。何だか目も充血してるし、大丈夫? 体調悪いなら休みなよ」 
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 13:52:26.31 ID:O+2Sx6myO
「……そんなにですか?」

「うん、めちゃくちゃ目が腫れてるし。何、辛いことあった?」

「辛いこと、なのかな……」

辛いこと。

あれを辛いことと言っていいのか、私には分からなかった。だって、あれは自業自得でしかないわけだし。

私がホストにはまっていなければ、あんなことは起きなかった。カズヤっていうお客さんとこそこそ会わなければ、競技場にも行ってなかった。

そういえば、と考えを巡らせる。

彼女も以前、お客さんと付き合っていたことがあったと噂で聞いたことがある。スタッフには秘密にしていたけど、女の子同士ではそういうことって何となく広がっていくものだ。

今日はまだ、スタッフもそんなに出勤していなくて店の前に立っていた一人だけのはずだ。

私は彼女に少し近づき、小声で問いかける。

「あの、ちょっと聞きたいんですけど……」

「私に? 何?」

「あの、昔お客さんとお付き合いしてたって、本当ですか?」
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 13:59:53.66 ID:O+2Sx6myO
「……私?」

彼女は目を大きくさせながら、問い返してきた。

「はい、噂で聞いて……」

「それは何、興味本意で聞いてるの? それとも、あなたがそういう状況だから?」

「付き合って、ではないんですけど……」

言葉を濁すことしか、私にはできなかった。

「お客さんのこと、好きになっちゃった?」

その質問には答えずに、答えられずに、私は彼女の目を見つめる。

彼女も何かを察したように私を見返し、小さく呟いた。

「野次馬根性、ってわけではないみたいね……」

「えっ?」

「ううん、その通りよ。そういう時も、私にはあったわ。噂で聞いた子によく尋ねられるけど、興味本意の子には話しても楽しい話じゃないからね」

「あっ……ごめんなさい」

失礼な質問を直球で投げ掛けた自覚はあるんだけど、彼女の場合はどうだったのか。

「ううん、いいわ。今落ち込んでるのは、それが原因?」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 14:09:33.06 ID:O+2Sx6myO
「何かされたとか、言われたとかじゃないんですけど……。ただ、ちょっと何て言うか……自分でもどうしたら良いか分からないんです」

「だから、私を参考に?」

それには、私は頷きで返す。

「変わってるのね。普通、そういうことって隠そうとするものじゃない? 一応、禁止されてるわけだし」

「どうせいつかは噂になるなら、変わらないじゃないですか」

本当は、彼女の今までの問いかけから、きっと他の女の子には話さないだろうって思ったのと、藁にもすがる気持ちだからっていうのがあるんだけど。

「あはは、確かにね。私もそうだったし」

ふぅ、と一息ついて、彼女は言った。

「良いわ、話してあげる。でもあくまでこれは、私の場合だからね」
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 14:20:53.51 ID:O+2Sx6myO
ちょうど一年前くらいかな、たまに来るお客さんがいたの。

顔も悪くないし、話も面白かったし、ある日こそっと連絡先を書いた紙を渡して、それからお店の外でも会うようになったのね。

『その時からもう好きだったんですか?』

うーん、どうなんだろうね。でも、嫌いじゃなかったし、もしかしたら好きだったのかも。

それで、一ヶ月くらい経ったときかな、彼に付き合って欲しいって言われて。

まあ、悪くないしいいやって軽い気持ちで始めたの。軽い気持ちでね。

『罪悪感とかは……』

何に対する?

あ、お店のルール? 無いわけじゃないけど、あんなのって形式だけみたいなものだから。

好きでもないお客さんから言い寄られたときの逃げ道っていうか……私だって嫌いじゃないんだから、いいやって思ったのね。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/02(日) 19:41:14.26 ID:jTN+rPO/O
なかなか進まない悲しい
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/03(月) 00:29:48.04 ID:fxFr4Mck0
で、付き合い始めたわけだけど。

噂で聞いてるかな、私を可愛がってくれていた彼が、彼氏彼女っていう立場になったら変わっちゃったのね。

浮気されたり、体ばかりを求められたり。

普通にデートすることなんて、すぐになくなちゃった。

でもね、それをやめてほしいって言っても、『お前だって仕事で他の男とヤッてんだろ』って言われたら、私は何も返せなかったの。

最後までヤッてるわけじゃなくても、もう同じことだって。

それで、衝突とか喧嘩とか増えちゃって、彼も元々遊び好きな人だったみたいだから、やめさせることもできなくて。

『お前に仕事を辞めろとは言わないけど、お前が他のやつとヤッてるんだから俺もヤる』ってね。

そういうのに疲れちゃって、別れちゃった。

……私の話は、こんなところ。知ってることばかりだったらごめんね。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/06(木) 22:58:12.49 ID:bFuumfSPo
とまってるぞ
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/06(木) 23:28:23.83 ID:8uj0gQGD0
彼女の締めの言葉に、私は首を横に振って返事をする。

「いえ……あの、ありがとうございます。話しづらいこと、話してくれて」

「良いのよ、別に。参考にならなさそうなことでごめんね」

ただ、と続けた言葉に耳を傾ける。

「やっぱり経験者からは、それは推奨はできないわね」

それ、つまりカズヤとのこと。

「こういうお店に来てる時点でさ、人への愛情とか純情さとか、そういうのが無くてもヤレる人だってことだしね」

少し哀しそうに、彼女は呟いた。

風俗は金銭と行為の交換で、つまりカズヤも好きな人じゃなくてもヤりたいからここに来たってこと。

いや、まぁ実際にするわけじゃないんだけど、それは大した問題じゃない。

「止めろとは言わないわ。どの口がって話だし。あとは、あなたが決めることだから」

そう言って、彼女は立ち上がって「お手洗い行ってくるね〜」と扉を開けた。

あとは私が決めること。決断力の無い、この私が。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/07(金) 01:08:48.81 ID:gl5YQxMj0
うむ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/07(金) 01:43:28.21 ID:SRvbt6Nd0
私が決めるべきことは、一体何なんだろう。

今は、それすら分からなくなりつつある。

カズヤとのことを決めるのか、今の自分を変えることなのか。

そもそも、私は彼のことを好きなのか、そうじゃないのか。

もちろん、人としては好き。そうじゃないと、わざわざ試合を見に行ったりなんかしない。

とはいえ、明らかに彼を「好き」だと認識しているにも関わらず、アキラに会ってしまう自分もいる。

アキラとは付き合っているわけではないから浮気とか二股ではないんだけど、じゃあ私は誰に対して愛情とか純粋さを抱いているんだろう。

私は何が好きで、誰を愛して、何に救いを求めているんだろう。カズヤとの関係性の終着点に、何を求めているんだろう。

疑問だけが頭の中をいったりきたりするうちに、私を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。

こんな状況でも、私は愛情もなく男と行為を行う。

それが私の、今のお仕事だから。
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/09(日) 09:12:37.62 ID:D3QQw07Ho
忙しいそうだが頑張れ
完結させてくれればそれでいい
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/09(日) 14:36:40.13 ID:T9mS6dSv0
決めるって何を?

その疑問に決着をつけられないまま、夏は通り過ぎていく。

天皇杯初戦は8月の終わりに決まった。会場は予選の決勝と同じ会場だから、見に行こうと思えば行ける場所だ。

とはいえ、行くかどうかは未定。私が行くことで、カズヤに迷惑をかけちゃいそうだし。

世間は夏休みに浮かれているけど、私はそんな気持ちにもなれなくて。

例えば、本当に、例えばの話。

カズヤが私のことを、女として好きでいてくれたとしよう。そして私も、カズヤのことを男として好きだとしよう。

だとしたら、私はどうすることが正解なんだろうか。

っていうか、正解なんてあるのかな。

現状のぬるま湯を抜け出したいとは前々から思っていたけど、だったらどうすれば抜けることができるのか。

色んな事が分からないまま、私は仕事と家の往復に日々を費やす。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/09(日) 14:49:33.77 ID:T9mS6dSv0
アキラにも、もう会いに行く気にはなれなかった。

少なくとも、彼に会うということが「正しいこと」ではないということくらいは、私にも分かったから。

アキラに貢がないとなると、手元にはお金が残っていく。

使い道、他に無かったしね。貢ぐ以外にもアキラに会いに行くために服とか買ってたけど、それももうないし。

家に帰ってテレビをつけると、アジアの大会に出ているサッカー日本代表がニュースに映っていた。

いつかカズヤとお店で話した選手、シンヤが負け試合で一人気を吐いてゴールを決めたところを繰り返し流している。

この冬、ヨーロッパのチームに移籍するのではないかと噂されているらしい。

やっぱり私には遠い世界の話なんだけど、今となっては彼と同じくらい、私にはカズヤも遠い存在に思えてきた。

日本代表のニュースが終わると、私は台所に向かって夜食を作り始める。

料理は嫌いじゃない。自炊すると好きな味付けにできるし、何となく、料理が得意な女って響きが可愛い気がするし。

まあ、それでモテたことなんて一度も無いんだけど。

自虐を心の中で入れながら、私はニュースを流し聞きして包丁を手にした。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/11(火) 00:57:19.64 ID:K4Rkc1Ey0
お盆を過ぎると、いよいよ天皇杯が間近に迫ってくる。

応援に行きたいという気持ちと、私が行ったらまた迷惑をかけるのではって気持ちと、まだ決着はつけられていない。

そもそも、カズヤは私に会いたくないんだろうし。

あれ以来、お店にも来てないし。

そこまで考えて、私は何だか申し訳ない気持ちになる。

カズヤは今までに体も行為もしていないのに、お金を払って私に会いに来てくれて、プレゼントの帽子まで買って来てくれていた。

それなのに、私は彼に何をしてあげたんだろう。

試合後の疲れた体に、トラブルに巻き込んじゃって。

やっぱり、行かない方が良いのかな。

そこまでは何度も考えるんだけど、だからって行かないという決断もできない。

誰かがどっちかに、背中を押してくれたら良いのに。

そんな都合のいいこと、ありえない話なのにね。

考えても仕方ないから、私は久しぶりに買い物に出かけることにした。

まだ暑いけど、秋物の服も並んでいるだろうし。
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:18:44.18 ID:pbswcPqb0
ショッピングモールをしばらくうろうろしてみても、欲しい服は見つからなかった。

前だったら、アキラが好きそうな女の子の服を買い漁っていたんだけど、今はそれをする気になれないし。

カズヤはどんな服の子が好きなんだろう、あの美人さんが着てたみたいな服?

そんなことを考えても、答を誰かが教えてくれるわけでもなく、空しい気持ちになるだけ。
  
結局、私は荷物を何も増やさずにショッピングモールから出ることになった。

はぁ、何しに来たんだろ、私。

そのまま帰るか悩んだけど、それも何だか寂しい気がする。

少し歩いてみようかな、まだ夕方だし。

蒸し暑さはあるけど、曇っているから日差しはあまりきつくない。家と仕事の往復ばかりで不健康な生活を過ごしていたし、たまにはそんなのも悪くないかもしれない。

一歩、踏み出してみる。

うん、何かちょっと良いかもしれない。

私はあてもなく、そのまま歩き続ける。どこまで行くかも決めてないけど、何かちょっと楽しくなってきた。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:27:25.42 ID:pbswcPqb0
気づくと私は、来たことも無いような場所まで来ていた。

周りも暗くなってきているし、そろそろ潮時かもしれない。

良い運動になった……って思うあたり、私もだいぶ変わってしまったのかな。たぶん、カズヤのせい……おかげ、なんだけど。

どうせだから、初めて来た場所で、初めて行くお店でご飯を食べてから帰ろうかな。 

適当にお店を探しながらうろついていると、何だか落ち着いていて雰囲気の良いお店を見つけた。

個人経営みたいな、小さいお店だけど、それがお洒落でちょっと可愛い。

うん、決めた、ここにしよう。

入口のドアを開けると、店員さんが私を席に案内してくれた。 
 
……あれ、この人、どこかで見た気がするんだけどな。どこだろ、思いだせないや。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:43:49.73 ID:pbswcPqb0
夕飯には微妙に早い時間だからか、今はお客さんは私しかいない。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

その声の響きも、聞いたことがあるような、ないような。

……ダメだ、思いだせない。

モヤモヤしながらも、それを考えるのを一旦止める。

混雑する時間になる前に注文して、迷惑にならないうちに帰ろう。

気持ちを切り替えてメニューを見てみると、洋食のセットが並んでいた。

うーん、どれにしようかな。悩む。

早く注文しようとは思っていたけど、こういう時、私は優柔不断なんだよね。

どうしよう。

そうやってメニューとにらめっこをしていると、ドアの開く音がした。

チラッとそちらに視線だけ向けると、私はその顔に思わず声を漏らす。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/12(水) 01:22:46.92 ID:mUiM90WAO
うん、どんどん続けて

ってかカズヤみんなが言うほど酷くは感じない
なんなら気持ちわかるまである
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 23:28:46.84 ID:acjohj4zO
「あっ」

その声に、彼はこちらを一瞥した。

「あれっ、カズの……」

「こんばんは」

ぺこり、と頭を下げた私に、彼は言葉を続ける。

「俺、分かる? カズのチームメイトなんだけど……」

「もちろん、オオタさん……ですよね?」

「あっ、分かるんだ、凄いね、あの一瞬で」

それはお互い様というものではないだろうか。私がカズヤの知り合い……なのかは分からないけど、そうだって分かるあたり、彼の記憶力も凄いと思う。

「いえ、あの、その前にも試合を見に行ったことがあって、上手いなぁと思って」

「そう? ありがとう。今日は一人?」

「あ、はい。散歩してたらお腹が空いちゃって。オオタさんも一人、ですか?」
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/16(日) 23:34:28.08 ID:9TKtd2wF0
「あー、うん。恥ずかしいんだけどね、練習が終わって誰も捕まえられなかったから、今日は一人」

そうなんだ。カズヤはオオタさんのことを慕っていたのに、都合が悪かったのかな。まあ、私が口出しすることじゃないか。

なるほど、と私が言葉を漏らすと、彼は私に問うてきた。

「えーと……ごめん、名前を聞いても?」

「あ、えっと……」

何て言えば良いんだろ、本名……は、カズヤも知らないのにオオタさんに先に教えるのも何か変な感じかな。

「ゆう、って呼んでください。そう呼ばれることが多いので」

源氏名なんですけどね、とはもちろん言えなくて。

「了解ですっ。えっと、俺はオオタで間違ってはないんだけど……ヒロって呼んでもらえたら。カズもそう呼んでるからさ」

「あっ、はい。ヒロさん、ですね」

「申し訳ないんだけどさ、俺、一人だからさ。もし嫌じゃなかったら、ご一緒させてもらっても良いかな? あっ、カズに申し訳ないとかなら全然断ってくれていいから!」

とは言われれても、私がオオタさん……ヒロさんとご飯を食べることには特に問題はない。むしろ、カズヤのことを聞いてみたいし。

もちろん、と返事をしようとしたところで、店員さんがやっとヒロさんの案内にやって来た。

店員さんは、ヒロさんの顔を見ると驚いたように目を大きくし、彼に声をかける。

「オオタくん?」

「えっ、あれっ、もしかして……」

どうしたんだろう、お知り合いなのかな。
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/17(月) 07:11:23.22 ID:1/YYbo2/0
面白いよ
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:36:17.64 ID:AcvpZ/Qz0
「キックスのキャプテンの……」

「こんばんは……というよりは、いらっしゃいませ、なのかな」

挨拶をする名札には、YAGISAWAと書かれていた。

キックスといえば、この間の試合でカズヤやオオタさんが試合をした相手のはずだよね。だから見覚えがあったんだ。

「ヤギサワさん……の、お店なんですか?」

ヒロさんが驚いたように問いかけると、彼は笑いながらそれを否定する。

「いやいや、奥さんの実家の店なんだけど、今日はちょっと手伝いにね。えっと、彼女は……お連れの方?」

「えっと……カズ、うちのサイドバックやってたあいつの……」

「彼女?」

いやらしさも無く、というか単純な疑問のように、ヤギサワさんは私に問いかけてきた。

「いえ、違うんですけど……はい」

歯切れ悪く返事をすると、彼はこれ以上この話題に触れないようにオオタさんに話を戻した。

「っと、それで、お一人様?」

「あー、そのはずだったんですけど。えっと、彼女と同じ席で」

「かしこまりました、どうぞ」

茶目っけありげに最後だけお堅い言葉を残して、ヤギサワさんは、ヒロさんのお水とメニューを取りに厨房に向かって行った。

「ごめんね、失礼します」

ヒロさんも席に座って、戻って来たヤギサワさんから手渡されたメニューに目を通している。

そうだ、私も注文を決めないと。
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:43:10.10 ID:AcvpZ/Qz0
「ヤギサワさんのお勧めは?」

「俺が頼むのはハンバーグかな。でも人気が一番あるのはデミグラスのオムライス」

「じゃ、俺はハンバーグのセットで。ゆうちゃんは決まった?」

「あ……じゃあ、オムライスで」

こういう時、勧められたもの以外を注文することって出来ないよね。何を頼むか決めてなかったから良いんだけど。

ヤギサワさんはオーダーを伝えに厨房に向かうと、そのまま中に残っているみたい。お客さんがまだ私たちしかいないとはいえ、他にもすることがあるのだろう。

「今日、練習だったんですか?」

とりあえず、同じ席に座った以上何かを話さないと気まずく感じてしまう。

共通の話題なんてカズヤしか見当たらないし、そこに近そうなことを聞いてみよう。

「あ、うん。天皇杯も近いしね」

「今月末? でしたっけ。そうそう、出場おめでとうございます」

今さらだけど、一応賛辞も贈っておこう。

「ありがとね。また応援に来てくれるの?」

「それはまだ……考え中です」

考えて、結論がでるのかはわからないけど。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:47:39.40 ID:AcvpZ/Qz0
「そっか。まぁ、来れそうならうちのホームだし是非来てもらえたら。カズも最近元気ないし、嬉しいんじゃないかな」

「そうなんですか?」

どうしたんだろ、夏バテ……とかじゃないかな。私のせい?

「最近、会ってないの?」

「あ、はい」

そもそも、会おうとしても会いようがないから。

カズヤがお店に来るか、私が試合を見に行くか。その二択以外、私には彼に会う手段も連絡をとる手段もない。

「じゃあ、そのせいなんじゃない?」

だってカズは明らかに君のこと好きそうだし。

そう、彼は笑いながら呟いた。

冗談なんだろうけど、私は顔が赤くなるのを止められない。冷房の利いた室内なのに、熱くなってきて仕方が無い。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/18(火) 21:30:20.77 ID:iT9hMq8Zo
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:21:57.87 ID:dm2IOORr0
「いや、そんな……」

「そう? 俺、あいつの浮いた話聞かないし、絶対そうだと思ってたんだけど」

あ、そっか、元カノのこと、ヒロさんは知らないのか。

「妹がカズのこと好きそうだったから、残念なんだけど」

「あ、妹さんがいるんですか?」

「そうそう、うちのチームのマネージャーみたいなことしてるんだけどね」

……あの子か。アキラの彼女。

でも、カズヤのことを好きそうって、一体どういうことなんだろう。

私には二人に色目を使うなと言って来て、彼女はカズヤも狙っている?

「そう、なんですね」

薄く相槌を返し、続きを促す。

「そうそう。まぁ、気のせいなのかもしれないけど。君とカズが仲よさそうなの見て、ちょっと落ち込んでたし」
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:28:26.60 ID:dm2IOORr0
「妹さんに、悪いことしちゃいましたかね」

そんなこと、全く思ってないんだけど。
 
でも、お兄さんであるヒロさんには何の罪もないし、とりあえずそう返しておくのが無難なのかな。

「いやいや、それはカズが選ぶことだし。まぁ、本当に、良かったら試合見に来てよ。俺も応援してくれる人は多い方が良いしさ」

「……はい、行けたら」

悩んでいたのが決まったわけではないけど、そう言われると行こうかなって気になってしまう。

元々、心の底では行きたい、カズヤを見たい、会いたいって気持ちがあったのは分かっていたことだし。

ちょうど話が落ち着いたところで、ヤギサワさんがオーダーした料理を持ってきてくれた。

「お待たせしました、ハンバーグと……こっちがオムライス。で、何、天皇杯の話?」

「あ、はい。よかったら応援に来てね、って」

「君、あのスタンドにいた子? 行ってあげなよ、次はともかく、勝ってプロと当たるようになったらサポーターに圧倒されちゃうよ、まいるぜ」

「あ、経験者は語る……ってやつですか?」

その言葉に、ヒロさんは笑って返すけど、私はわけがわからなくて問い返す。

「プロ……って、どういうことですか?」
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:36:20.42 ID:dm2IOORr0
「あれ、天皇杯のことはあんまり分かってない?」

大会の名前が天皇杯、次の試合が近くで開かれて、相手のチームは他の都道府県の代表。私に分かっているのはそれだけだった。

「えっと……日本一、を決める大会……なんですよね?」

私の曖昧な問いかけに、ヒロさんは答を教えてくれる。

「そうそう。そうなんだよ。でも、アマ日本一じゃなくて、プロもアマも合わせた大会なんだ。プロは予選免除だけどね」

「えっと……それって……」

「だから、勝てば勝つだけプロと試合が出来るってこと。正月に決勝のテレビ中継とか見たことない?」

「今は決勝も正月じゃないけど」

そんな些細なツッコミも耳から通り過ぎるように、私はショックを受けていた。

「プロってことは……あの、日本代表選手とかとも……」

「まぁそうだね、そういうチームと当たれば、だけど。次に勝っても、うちが当たるのはニ部だから」

「でも、オオタくんも所属してたチームだし、思うものはあるんじゃない?」

茶化すようにヤギサワさんが口を挟む。

所属していたチーム?

驚きを表情に映していたのか、ヒロさんは私に説明をしてくれる。

「あれ、カズから聞いてない? ……って、自意識過剰か。一応、ニ年前までプロだったんだ、ニ部チームのベンチメンバーだけど」

「えっ、」

頭の中でどんどん新しい情報が更新されていって、私はうまく処理をできずに声を漏らすだけだ。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/19(水) 07:16:51.94 ID:mWcD7LBCo

大変かもしれんが書き溜め方式に替えた方がいいかもね
一回の更新量があんまり多くないから少し読みにくい
まあ完結さけてくれれば嬉しいよ
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/19(水) 07:57:59.35 ID:uc7U3IbjO
乙!

俺は別に今のままでも良いというか、>>1のやりやすいペースで何も問題無いけどなぁ
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