柔沢ジュウ「雨か」 堕花雨「お呼びですか?」

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317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/02(金) 16:03:50.99 ID:eIpL/GFfO
またギリギリになりそうな予感
いつ落ちても不思議では無いのはやだなぁ
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/10(土) 01:19:59.79 ID:CpGEUiFc0
保守ゥ!
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/10(土) 10:55:49.46 ID:olCwMgPno
おいおいまたギリギリだよ
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/15(木) 17:53:25.16 ID:ez1dv+P2O
ちょぉぉぉぉぉ!
落ちるぞ
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/18(日) 01:05:50.05 ID:Rj/mYV/0O
まだ来てない…だと…!?
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 13:33:52.01 ID:sChZhohpO
いつ落ちてもおかしくないからお礼を
>>1
あなたの書くジュウや、雨、光、紫、真九郎…
みんな好きだったよ
続きが見れないのは残念だけど、楽しい時間をありがとう
323 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2016/12/22(木) 19:30:02.49 ID:KTOjgENUO
お待たせしてすみません
絶賛スランプ中であります
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/22(木) 20:50:45.01 ID:Ini8YQkMO
スランプ解消を依頼しなければ…
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/23(金) 11:13:22.84 ID:H32BHl+wO
落ちなくて一安心
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/04(水) 07:59:38.41 ID:88NrbDm4O
あけおめ保守
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/06(金) 11:44:03.59 ID:JJ0flYUfO
新刊出ない分このSSに期待支援
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/15(日) 16:10:51.50 ID:NXiPwIYj0
しゅっほしゅっほ
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/17(火) 06:11:27.05 ID:r0Qta3amO
|д゚)チラッ
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/31(火) 22:25:15.61 ID:VpVRY3lc0
ほす
331 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/02(木) 18:14:59.03 ID:GXv9wLGAO
お待たせしております
2月中に投下予定です
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/04(土) 01:20:51.37 ID:eSUDW/rKO
おぉ
まってた
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/09(木) 23:53:53.92 ID:HxrLSt2ko
正直信じられない
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/20(月) 23:53:49.02 ID:sCLmiysM0
a
335 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:52:30.43 ID:V014Qou/O
投下します
336 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:52:57.23 ID:V014Qou/O
=====


光による原因不明の鉄拳制裁を受けた翌日。
昨日は光に連れまわされ雪姫に絡まれ、散々な一日だった。
光はまだ可愛いものだが、雪姫は何を考えているのかよくわからないし、雨は過保護だし、あいつらと一緒にいると、酷く疲れる。
今日は祝日で、学校も休みである。
ジュウはそんな休みの一日を昨日の分まで、一人で悠々自適に過ごすつもりでいた。
つもり、と言うのは、現実にはそうなっていないということである。

「どうした。食べないのか」

どんな聖人君子だろうと、誰もが人生の中で最も苦手とする人間と出会うだろう。
柔沢ジュウにとっては、目の前にいるこの人物こそがそれだった。
ウェーブのかかった長い茶髪と、ワインレッドのスーツ。
二十代と言われても納得できてしまう美貌とスタイル。
テーブルに肘をつきながら、ジュウを横目に紫煙をくゆらせているこの女の名前は、柔沢紅香。

「母の手料理を無駄にするつもりか?」

柔沢ジュウの、実の母親である。
目の前にはナポリタン、付け合わせのサラダとスープ、そしてどうやら手作りのプリンが用意されている。
無論、普段学校の弁当におにぎりを適当に握っていくだけのジュウがこんなに手の込んだ昼食を用意するはずもなく、これらは紅香が作ったものだった。
皿から立ち上る香りが鼻腔をくすぐり、胃袋は目の前の料理を受け入れる準備を整えている。
しかし、それらを前にして、ジュウは手を付けるのを躊躇していた。
別に、毒が入っているかもしれないとか、皿に蠅が集っているとかいうわけではない。
料理自体は盛り付けまで美しく、一般的な家庭と比較しても、豪華な昼食と言えるだろう。
ただ、自由な休日の出鼻を挫かれたような、そんな気分に勝手になっているだけである。
紅香はなかなか料理に手を付けないジュウに対する興味がさっそく失せたのか、テレビを眺めながら新しい煙草に火を点けている。
337 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:53:40.16 ID:V014Qou/O
ジュウが物心ついたころから、こういう母親なのだ、この女は。
物凄く優しい母親のようなことをしたかと思えば、次の瞬間には急に無関心になったり、唐突に暴力的になったりもする。
好きか嫌いかと聞かれれば、苦手と言うのが一番しっくりくる。
そもそも滅多にこの家には帰ってこないし、どこか他所で男と暮らしているらしい。
子どもの頃はこんな紅香にも母親らしさを期待していたジュウだったが、現在ではただの目の上のタンコブだ。
ジュウは紅香を睨み付けてみるが全く効果は無く、鼻で笑われる始末だった。
この程度で済むのだから、今日はまだ機嫌が良い方だ。
虫の居所が悪ければ、皿に手を付けようとしない時点で何をされていたか、長年この女と過ごしてきたジュウとって想像に難くない。
観念してフォークを手に取り、ナポリタンを巻き付ける。
トマトソースの程好い酸味と塩味が舌の上で解けていく。
美味い。
悔しいが、ナポリタンも、スープも、サラダも、全てが美味かった。
無言で食べ進めると、あっという間に食べ終わってしまった。
デザートのプリンに手を伸ばす。
白磁の耐熱容器に収められたプリンをスプーンで掬って口へ運ぶ。
これも美味い。
同年代の男子に比べて自炊はする方だが、流石にこんな菓子までは作ったことはない。
自分で作るものや、ましてやコンビニのものなどとは比べ物にならないであろう味だ。
腕力でも勝てない、知力でも勝てない、更に料理の腕でも全く敵わない。
そういった事実をできるだけ意識から外しつつ、最後の一口を口へ運ぶ。

338 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:54:22.66 ID:V014Qou/O

「そういえば、あのガールフレンドとはどこまでいったんだ?」

「げほぉっ!?」

予想外の問いかけに、思い切り噎せるジュウ。
口に入りかけていたプリンが吹き飛んで、テーブルと服の上に飛び散る。
紅香は、汚いな、と露骨に顔を顰めた。

「……あいつとは、そういう関係じゃねえ」

「なんだ、そうか」

大した興味も無かったのか、紅香はテレビを消して椅子から立ち上がり、コートを羽織る。

「片づけておけよ」

背を向けたまま面倒くさそうに言い放ち、さっさと玄関に向かっていく紅香。
ジュウはもはや何を言う気も起きず、皿を手に取りながら立ち上がる。
あの女の言うとおりに行動するのは癪だが、この皿をいつまでも残しておくと、逆に紅香の影が気になってしまうのも事実。
ここは早急に片づけて、適当にレンタルショップにでも繰り出すのが得策だ。
少し邪魔は入ったが、久々に一人を満喫しようじゃないか。
そんな決意とともにスポンジを泡立て、皿洗いに没頭する。
食べ終えてからそれほど時間も経っていないし、食器の数も少ないのですぐに洗い終えた。
後はテーブルの上を片付けて、服を着替えて、街へ繰り出すだけだ。
意気揚々と振り向いて、直後、ジュウは硬直した。
339 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:54:59.28 ID:V014Qou/O

悲鳴を上げそうになるのをどうにか堪えた、と言うのが本当のところだ。
なぜなら、そこに堕花雨がいたからである。

「お邪魔しております」

深々と丁寧に頭を下げる雨だが、ジュウにとってはそれどころではない。

「お、お前いつから……!?」

「ジュウ様が食器を洗い始めたあたりからです。テーブルの上が汚れていましたので、片づけておきました」

見れば、確かに先程ジュウが吹き飛ばしたプリンの残骸が無くなっている。
しかし、ジュウが問題にしているのはそこではない。

「いつの間に入って来たんだってことだ! まさか――」

「いえ、以前禁止されましたので窓からではありません。普通に玄関から入ってきました」

「玄関?」

「はい。と言うよりも、入れて頂いた、と言う方が正しいかもしれません」

そこまで聞いて、ジュウはようやく思い至った。

「あのババア……!」

雨を招き入れた張本人、それは紅香だ。
おそらく、玄関を出た際に雨と遭遇。顔も知らなかった以前と違い、先日の事故などでジュウは雨に借りがあるし、それを知っている紅香はそのまま通したのだろう。
悪戯のつもりか、それともただ面倒だったのかは知らないが、紅香から一声あってもよさそうなものだ。
声もかけずに背後で待機している雨にも問題があるが、こちらは心臓が飛び出る思いだ。
340 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:55:30.54 ID:V014Qou/O
大きく溜息を吐いてから、ジュウは雨に向き直る。

「それで、なんか用か?」

「正午を過ぎてもご連絡が無かったので、御身の無事の確認をと」

ジュウは再び溜息を吐いた。
寝起きに紅香が襲来していたために忘れていた。
学校にいる間だけではなく、休日も必ず安否の連絡をする決まりになっていたのだった。
正直言って、あまりにも過保護すぎる雨に対して、ジュウは辟易とした気持ちを隠せなくなってきていた。
それに昨日は雪姫と光に今日は紅香と、せっかくの休日だというのに一人で気を休める時間もない。

「そろそろ、止めにしないか」

これからもこんなことが続くのかということを考えれば、ジュウのこの提案は当然のものだった。
とはいえ、以前からこの提案は遠回しにしていた。
一人でも大丈夫だ、とか、なにかあったらすぐに呼ぶからいちいち確認はいらない、とか、わざわざ来てもらうのは申し訳ない、とか。
しかし雨は「ジュウ様のお命の為です」の一点張りで、頑として首を縦に振らなかった。
それは雨の妄想癖によるところでもあるし、同時に本気でジュウを心配してのことなのだろう。
それがわかっているからこそ、ジュウも明確な言葉は避けてきた。
雨とは長い付き合いとは言えないが、そのぶん濃い時間を共有しているし、何度も事件や勉強で世話になった。
もちろん感謝もしている。
だからこそ時間をかけて説得しようと思っていたのだが、ジュウは自分の短気さを忘れていたのだ。
341 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:56:14.96 ID:V014Qou/O
「もう限界だ。止めよう、こんなこと」

前髪を乱暴に掻きながら、ジュウは勢いよく椅子に座る。
顔を天井に向けて、自分の不満を溜息と同時に吐き出す。

「俺もいちいち家に来られたら面倒だし、お前も無事を確認するためだけに自分の家から来るんじゃ大変だろ、結構遠いしな」

言いながら雨を見遣る。
相変わらず前髪のせいで感情は読めないが、少し驚いているような感じがする。
ジュウが迷惑がっているとは思わなかったとでもいうのか。
しかし、妄想の世界に生きる雨ならあり得ないというほどでもないか。

「だからさ、安否の定時連絡はもうこれきりにして、前みたいに――」

そこまで口にして、ジュウは違和感に気が付いて言葉を止めた。
目の前の雨に対する違和感であり、それは雨の全身を眺めてみて、初めて気が付くことだった。

「そういえばお前、今日は制服じゃないんだな」

今度はあからさまに動揺を露わにする雨。
手に持っていたバッグを取り落としそうになって、さすがは堕花雨、見事にキャッチした。

「それに、少し化粧もしてるか?」

しかし、ジュウの追撃によって雨は今度こそバッグを落とした。
342 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:56:57.84 ID:V014Qou/O
全身を硬直させて、人形のように白い肌がどんどん赤く染まっていくのがわかる。
ジュウにとってそんな雨の反応は非常にレアだった。
そして、今日の雨の格好も。
少し丈の大きいニット地のセーターに、スキニージーンズを履いている。
セーターの白と黒い髪が対照的でよく映える。
いつも制服のスカート姿しか見ていないので、スキニーも印象的だ。
腕にはマフラーとグレーのコートを抱えている。
全体的に冬っぽい格好で、これから更に寒くなるのに合わせて揃えたのだろうか、あまり着古したようには見えなかった。
それに、雨が化粧というのも意外だった。
もともと綺麗な髪や透き通るような肌をしているし、今まで何度か出かけたときにはそんな様子はなかった。
今日も本当にうっすらとしているぐらいで、普段は色素の薄い唇が淡く染まっているせいでジュウも漸く気が付いたぐらいなのだが。
なんというか、雨であって雨でないような、云うなれば、気合が入っている、と評すればいいのか。
光もファッションに目覚めたようだし、姉妹揃って嵌っているのだろうか。
あるいは、光が雨に勧めでもしたのか。

「変、ではありませんか……?」

「え?」

「ぁ……」

雨は、しまった、というふうに所在無く手が動き、ジュウの視線から逃れるように顔を逸らした。
長い髪によってほとんど隠された顔のうち、ジュウには赤く染まった頬だけが見えた。

343 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:57:42.64 ID:V014Qou/O
「いいと思うぞ。そういう格好も」

ジュウは気まずい沈黙が嫌で、思ったことをそのまま口にしてみた。
しかし、口にしてからなんとなく気恥ずかしくなり、ジュウは照れ隠しに前髪を乱暴に掻いた。
雨は何かを堪えるように唇を引き締めて、何も言わない。
再び流れる沈黙。
なぜこんなことになっているのか、ジュウにももはやわからなかった。
自分はただ、面倒な定期連絡を止めたかっただけだというのに。
しかし、その話を再開するためには、一度仕切り直さなければならないだろう。
ジュウは雨に座るように促し、お茶を淹れることにした。


〜〜


「ありがとうございます」

わざと時間をかけてお湯を沸かし、出来立てのお茶と適当な茶菓子を用意してやった。
そうして時間をかけたおかげか、湯呑に入った分のお茶を飲み干して幾分か落ち着いたのか、雨の頬の赤みは既に引いていた。
いつものように真っすぐジュウを見据えて淡々と話す様子に、ジュウは胸を撫で下ろした。
先程のような沈黙がいつまでも続くのは非常に居心地が悪い。
それも自分の家でとなれば尚更だ。
他所であれば自分が出て行けば済む話だが、自宅では撤退のしようがない。
雨と出会ったばかりの頃、髪の色を変えてまで逃げ回っていた自分を思い出して、ジュウは無意識に口元が緩んでいた。
そういえば、後にも先にも無抵抗で逃げ出した相手は初めてだった。
サイコパスな殺人鬼とも殴り合った、同級生には殺されかけて、裏家業の人間ともわずかながら相対した。
ジュウは、まるで人形のようにいつも通り自分の目の前にいる雨を見遣る。
344 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:58:13.64 ID:V014Qou/O

白い肌。小柄で華奢な体躯。鼻の頭まで隠れるほど前髪の長い綺麗な黒髪。そしてその前髪の奥に隠されている美しい双眸。
あの瞳を前髪越しでない間近で見たのはいつ以来だろうか。

「ジュウ様?」

「――え?」

名前を呼ばれて、ジュウは湯呑を片手に立ったまま雨を眺めていたことに漸く気が付いた。
途端に顔が熱くなる。
ジュウはそのことを隠すように片手で顔を覆って椅子に座ると、何かを吐き出すように深呼吸をした。
……最近の自分は、本当にどうかしている。

「ジュウ様、大丈夫ですか?」

雨の心配気な声が聞こえる。
ジュウは、なんでもない、と短く応え、雨もそれ以上の追求はしてこなかった。
ジュウにはそれが心地よかった。
踏み込み過ぎず、かと言って突き放すわけでもない。
雨のその絶妙な距離の取り方は、ジュウにとって居心地のいいものだった。
まさに従者か侍女か、或いは――

「――さっきの話だが」

ジュウは咄嗟に思考を打ち切って、話を切り出した。
この思考は危ない、と本能的に察知して、鍵と鎖をがんじがらめにして心の奥底に押し込む。
なぜそうしたのかはわからない。
しかしジュウの中にある何かがそうさせた。
ともかくジュウはそれについて考えることの一切を放棄して、話を続ける。

345 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:58:39.55 ID:V014Qou/O
「定期連絡はもう必要ないんじゃないか。あれからもう暫く経つし、そんなに危険に晒されることもしょっちゅう起きるわけじゃない」

「私はジュウ様の騎士です。ジュウ様の安全を確認する義務があります」

当然のように電波を発信してくる雨。
騎士だったり従者だったり奴隷だったりは雨のその時の気分によって変わるが、その妄想癖は相変わらずだ。
その点を追求しても堂々巡りになるどころかその内容を延々と聞かされることになるのはわかり切っている。
テーブルに突っ伏しながら、ジュウは話を合わせつつ雨の意見を退けようと試みる。

「そんな義務を課した覚えはない」

「私が私に課した義務です」

「それにしたって学校ならまだしも、休日に家まで来るな」

「確認の為です」

「そんなに俺に会いたいのか、お前」

雨の妄想に基づく屁理屈に対する、冷やかしや軽口のつもりだった。
いつもなら「私にそのような願望を持つ権利などありません」とか「本来ならば二十四時間お傍に控えさせていただくのが当然です」といった返事が聞こえてくるはず。
それなのに、雨からの返答は無い。
不思議に思って顔を上げるジュウ。

346 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 20:59:09.70 ID:V014Qou/O
「――――」

そこには、再び顔を赤くしたまま立ち尽くす雨がいた。
耳どころか首まで真っ赤に染め上げて硬直している。
今日の雨は本当に変だ。
そして、そんなこいつの様子を見て落ち着かなくなってしまっている自分も。

「お前、今日はもう帰れ」

今はお互いに尋常な状態ではない。
一度インターバルをとって冷静になり、明日また会った時に話し合えばいい。
ジュウは立ち上がって、玄関へ向かう。
雨は一瞬、何かを訴えかけるような目をしていたが、そのまま何も言わずにジュウの後ろについてきた。
コートを羽織って靴を履き、振り返って深々と頭を下げる雨。

「お邪魔いたしました」

「おう、また明日な」

また明日、などという言葉が自然と口から出てくるあたり、自分も相当丸くなったものだ、とジュウは心の中で自嘲した。
或いは、それを望んでいるのだろうか。

「……あの、ジュウ様」

「ん?」

347 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 21:00:03.28 ID:V014Qou/O
雨の声で現実に引き戻される。
見遣れば、雨は顔を俯けたままバッグの持ち手を強く握りしめている。
思えば、このバッグも初めて見るものだ。
雨と言えば基本的にいつも制服姿で、バックも通学カバンぐらいしか見たことはなかった。
華美な装飾も無く落ち着いた色のバッグは、今日の服装も相まって雨によく似合っていた。
そんなバッグの中から、なにかの包みを取り出す雨。
それはまるで、弁当の包みのような。

「わ、私はやめた方が良いと言ったのですが、雪姫がどうしてもと無理矢理……その、す、捨ててしまっても構いませんので……」

「え」

「そ、それでは失礼します」

その包みを押し付けるようにしてジュウに渡すと、雨はそのまま顔を上げることなく足早に出て行ってしまった。
ジュウは呆然として、何かを言う暇も、言葉も無かった。
暫く閉まったドアの向こう側を見つめてから、包みに視線を移す。
広げてみると、タッパーに入れられたサンドウィッチが顔を出した。
そのうちの一つをつまんで口に運ぶ。

「……料理にも目覚めたのか?」

切れ目がデコボコのサンドウィッチは、意外にも美味かった。


〜〜〜〜〜
348 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/02/23(木) 21:01:47.10 ID:V014Qou/O
長らくお待たせして申し訳ありません。
今後はもう少し時間がとれるようになると思うので、できるだけ早めに投下します。
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/23(木) 21:21:48.62 ID:2r+hzSMGO
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
乙乙待ってて良かった
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/23(木) 21:40:35.17 ID:QbAlaX78o
乙です
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/24(金) 00:14:01.81 ID:TB6aLYY9O
おつおつおーつ
雨ってこんなに可愛いの!?
話は進まなかったけど満足した
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/24(金) 12:08:06.82 ID:jM5VJzHSo
おっつおっつ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/25(土) 09:51:01.46 ID:ruTOF/hpO
正直信じられないとか言ってすみませんでした
本当に楽しみにしています
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/25(土) 18:21:30.40 ID:WX0KcTBj0
あぁ^〜たまんねえぜ
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 02:18:53.22 ID:uAwep/tY0
できるだけはやく完結まで持ってってくれ
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/16(木) 15:50:11.46 ID:6rQiC7zRo
test
357 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2017/04/04(火) 06:50:49.33 ID:vizs/d1CO
今週中に投下予定です
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/04(火) 09:31:43.54 ID:MYv7zGwpO
全裸待機で待ってる
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/04(火) 18:54:34.78 ID:dNaQIQ96O
ええぞ!ええぞ!
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/14(金) 20:52:43.01 ID:Mn0q2sEYO
支援
361 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:19:06.60 ID:bASNl0Z+O
投下します
362 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:19:49.07 ID:bASNl0Z+O
=====


『猫を見ませんでしたか?』

『あぁ?』

『……でぃぢゅーしーあきゃっと?』

舌足らずな英語でガラの悪い若者達に質問を繰り返す少女が一人。
深夜の出来事である。
端から見れば危険極まりない行為であり、コンビニ店中から不良たちを鬱陶しそうに見ていた店員は顔を引きつらせている。
少女――斬島切彦の雇い主、紅真九郎も少女の行動を心配していた。
ただし、切彦が不良四人組を半殺しにしてしまわないか、という心配だが。

「切彦ちゃん、どんなにムカついても殺さないように。彼らは一般人だからね」

小型のインカムから聞こえる真九郎の声に、切彦は内心舌打ちをする。
夜中であたりが暗いこともあって不良たちには気づかれていないが、そのこめかみには青筋が浮かんでいた。
真九郎は今、少し離れたアパートの屋上からその様子を観察していた。
夜に紛れるため全身黒で固めた服装にインカムと双眼鏡。
近所の人に見つかれば真九郎が通報されかねないが、これも依頼の為である。
今回の依頼は事務所近くのコンビニ店主からのもので、最近店の前で夜中にたむろする不良どもを追い払ってほしいというありふれたもの。
前金代わりに張り込み用の牛乳とあんパンを押し付けられてしまったため、できれば今日中に片づけたいところだ。
363 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:20:16.19 ID:bASNl0Z+O
『なになに? お嬢ちゃん、猫ちゃんを探してるのかな?』

軽薄そうな男が立ち上がり、切彦の後ろに回り込む。
真九郎の作戦通り、か弱そうな女性に反応したようだ。
筋肉質な男が顔を上げる。

『お前ロリコンかよ? こんなのが好みか』

『いやいや、厚着してるからわかんねーかもしれねえけど、なかなかいいスタイルしてると見たね。それにロリでも女には変わりねえよ』

『ロリ……?』

「落ち着いて切彦ちゃん! 作戦通りに!」

真九郎の声でどうにか理性を保った切彦は、再び不良たちに話しかける。
革ジャンのポケットから一枚の写真を取り出した。

『こんな……感じのにゃんこ、です』

『あーそれならさっき見かけたよ! 近くで』

軽薄そうな男が馴れ馴れしく肩を組みながら写真をのぞき込んでくる。
切彦が身体を強張らせたのを察したのか、男は舌なめずりをすると。

『案内するよ〜。ホントさっき見かけたばっかだからさ、マジで!』

小柄な切彦に対して圧し掛かるように肩を抱き、有無を言わせないといった力加減で誘導しようとする。
364 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:20:42.63 ID:bASNl0Z+O
その手慣れた所作に真九郎は虫唾が走るが、ここは我慢だ。
切彦は男に肩を抱かれたまま動けずにいるが、怖がっているわけではなく自分の腕が革ジャンの内ポケット――カッターナイフに向かないように堪えているからだ。
切彦が我慢しているのに、自分が台無しにするわけにもいかない。

「今のところ順調だよ。そのまま連中に合わせて」

冷静に指示を出す真九郎。
切彦はぎこちない動きで男たちに誘導され、そのぎこちない動きが嗜虐欲をそそるのか男たちが下卑た笑いを浮かべているのが見える。
オフィス街にある少し古めのビルの一室を拠点にしているようで、この四人組は下っ端らしい。
この四人以外にも人の出入りがあり、合計で18人。
不良グループかどこかの暴力団の傘下組織かの二択で迷っていたが、前者で決まりのようだ。
暴力団であれば、根城に獲物を連れて行けば下っ端がおこぼれにあずかれるはずもない。
今夜、あのビルの中に全員がいることは既に分かっている。
報復を避けるためにも、全員を説得した方が幾分早いだろう。

「……っと、俺もそろそろ行かないと」

真九郎は身を起こして屋上から非常階段に飛び移る。
今回の作戦はこうだ。
まず切彦を不良たちのもとに向かわせて声をかける。
不良たちが釣れればそのまま連中の拠点へ向かわせる。
真九郎はそれが確認できれば拠点へ先回りしてグループを潰しておく。
そこへ切彦と不良たちが到着。後は切彦に拘束させて説得。
我ながら一網打尽の良い作戦だと思う。

「不良たちが釣れなかったらどうするんですか」
365 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:21:09.06 ID:bASNl0Z+O

という切彦の疑問に「確かに切彦ちゃんじゃ難しいかな。夕乃さんあたりに頼もうか」と返すと俄然やる気を出していたし。
麻理子には、確信犯ね、などと睨まれたが真九郎は気づかないふりで通している。
切彦も一応、紅相談事務所の一員であるし、給料を出しているからには多少は仕事にやる気を出してもらわなければ。
一年前の件で暗殺者も廃業すると宣言していたし、揉め事処理屋として育てるのも悪くない。
まだまだ未熟な自分がそんなことを考えるのは傲慢だろうか、などと考えているうちに目的地に到着した。
これまでの道中、インカムで切彦たちがこちらに向かっているのは確認済み。
夜中のオフィス街と言うこともあって周囲に人は疎らで、ビルの前には見張りもいない。
古いビルなのでオートロックというわけでもなく、ビルの入口にも鍵はかかっていなかった。
念のため階段で登るが、各階の階段前やエレベーターにも見張りは無し。やはり素人だ。
そのまま階段を昇ること6階。
何も書かれていないドアの前に立つ。
小さなビルなので各階に部屋は一つ。
ここにも見張りはおらず、警戒心が薄いのかそれともよほど腕に自信があるのか。
ここはさすがに鍵がかかっているようだが、真九郎はノックもせずにドアノブに手をかけた。

「お邪魔しまーす」

盛大に金属が弾ける音と同時に入室。
真九郎の鼻腔に嗅いだことのある煙の臭いが届く。
ドラッグの煙だ。

「こんばんは、夜分にすみません」
     
「な、なんらテメエは!?」
366 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:21:37.32 ID:bASNl0Z+O
滑舌悪く声をあげたのは部屋のど真ん中で今にもパンツを下ろそうとしている男。
目の前には全裸の女性が3人横たわっており、その視線は虚ろで半笑いを浮かべている。
周囲には全裸の男、ガラスパイプを咥えている男、そして女性たちと同じように転がっている男が合わせて14人。

「揉め事処理屋です」

真九郎は不良グループの一員であるその女性たちを哀れに思いながら、仕事にとりかかった。


〜〜


「クソ、クソッ! このクソアマ! ハメやがったな!」

「Shout up」

床に転がった筋肉質な男の頭を足で踏みつけながらドスのきいた声を出しているのは斬島切彦。
先程までとはまるで別人のような彼女のその手にはカッターナイフが握られている。
裏十三家《斬島》――その現当主である切彦は刃物を手にすると、普段のゆったりとした人格が一変し、荒い気性が顔を出す。
切彦曰く、二重人格ではない、とのことだが端から見れば同じである。

「まあまあ。それよりキミ、状況がわかってる?」

「うるせえっ! さっさとこの縄外せ!」

「喚くな。殺すぞ」

367 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:22:04.04 ID:bASNl0Z+O
大の男を意識のある状態で簀巻きにできるようなスキルを真九郎は持ち合わせていない。
とりあえず気絶してもらい、それから拘束したのだった。
男は興奮と怒りで目が血走り、唾を飛ばして汚い言葉を吐き出している。
自慢の筋肉が細身の切彦に通用しないのがよほど悔しいらしい。
対する切彦は涼しい顔で挑発を返している。

「俺たちはね、別にキミらを捕まえようとかバラバラにして内臓を売りさばこうとか、そういうことをするために来たんじゃないんだよ」

内臓、という単語に男が冷や汗を流す。
真九郎は努めて淡々とした口調で話しを続ける。

「ただ、お願いをしに来ただけなんだよ」

「なんだと――」

男の言葉は、後頭部から受けた衝撃と顔面の痛みで中断された。
切彦が思い切り踏みつけたせいだ。
痛みに呻く男の震える喉元に、冷たい刃があてられる。
無言でカッターの目盛りを伸ばす切彦に、男が初めて恐怖を顔に滲ませた。

「どういう、こと……ですか?」

「キミは察しが良いね。うん。キミと仲のいい三人ががよく屯してるコンビニにはもう二度と近づかないでほしい、ただそれだけだよ」

「…………え?」

368 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:22:30.10 ID:bASNl0Z+O
今度は驚愕と混乱に目を丸くする男。

「ま、待ってくれ……ください。そんなことの為に、俺たちをこんな目に……?」

「そうだよ。とは言っても、以前に何度か注意したんだけどね」

もちろん真九郎もたかが不良相手にこんなに最初から大掛かりな作戦など立てたりはしない。
依頼が来てから注意はしてみたが、一度目は鼻で笑われ、二度目は怒鳴られ、三度目は殴られた。
これ以上は店員や近隣の住民にも被害が出かねないため、今回の作戦に移したというわけだ。
真九郎は、それに、と続ける。

「キミたち四人を一生歩けない身体にして、物理的にあそこに近づけないようにするなんて簡単なことだ。でも、結構大きなグループみたいだったからね。先に潰してしまった方が早いだろ?」

真九郎が笑いかけると、男はいよいよ絶句した。
たかがそんなことの為――でも、依頼を解決するのが揉め事処理屋の仕事だ。
男は混乱のためか完全に脱力してしまったようで、拘束を解かれてももはや抵抗はしなかった。
切彦が目の前に放り投げた一枚のコピー用紙とボールペンも素直に受け取った。

「これは……?」

「誓約書。そこに名前を書いてくれればいいから、ここにいる全員分」

「……わかった」

その内容を理解したのか、それとも真九郎たちには逆らわない方が良いと判断したのか、言われるがままに署名し始める。
369 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:22:59.69 ID:bASNl0Z+O
誓約書には署名欄、件のコンビニには近づかない、もし近づけば下の罰則を履行するという誓約のみが書かれている。
罰則の欄には何も書かれておらず、つまりはいくらでも後付けできるということだ。

「……これで全員だ」

男が誓約書とボールペンを床に置き、書き終わったことを告げる。
真九郎は事前に調べ上げたメンバー全員の名前と比較するが、特にごまかしなどは無い。
どうやら男は本当に観念したようだった。

「ありがとう。それじゃあ最後に――」

真九郎は誓約書を懐に仕舞ってから座り込んでいる男と目線を合わせるように腰を屈め、無表情で問いかける。

「――これはどこの組織から卸されてるのかな」

真九郎が男の目の前につまみあげたのは、薄桃色の錠剤が入ったパッケージと、同色の粉末、液体のそれぞれが封入された袋。
もちろんただの医薬品であるはずもなく、ドラッグだ。
グループのほぼ全員がこのドラッグを使用しており、おかげで制圧も随分と楽だった。
真九郎の問いかけに男の顔からは完全に余裕が消え、どんどん血の気が失せていく。

「お、俺は」

「知らない? わけないよね。いつもキミがここに運び込んでるんだから」

男は再び絶句し、視線と身体を小刻みに震わせ始める。
これほどの動揺を示してしまうぐらい、やはり素人であることは明白だった。

370 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:23:25.31 ID:bASNl0Z+O
「(――だからこそ許せない)」

唆されたのか脅されたのか、ともかくこの若者を手足にドラッグをばら撒いている組織があるのは確実。
元はどこにでもある、社会に反骨心を抱いただけの若者のグループだったはずなのに。
それを裏世界に引きずり込んで食い物にしている連中がいる。
怒りに拳を固くする自分を横目で眺める切彦に、真九郎は気づいていない。

「俺は……」

「俺が調べた限り、キミと同じ様に使われてる人は複数人いて同じようになにかしらのグループに所属してる。今キミがここで何を話そうとも、他のところでも同じように聞き込みをするからキミだけが疑われることはない」

組織からの制裁の可能性は極力下げると言い聞かせるように話す真九郎。

「俺は……!」

身体を震わせる男の目からついに涙がこぼれ、そして。

「俺はぁぁぁぁあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」

二人に襲い掛かってきた。
およそただの不良とは思えないほどの跳躍と蹴り――そして踵と踝から噴出するバーナーのような炎。
常人であれば通常の何十倍もの威力を持った奇襲に対応できずに頭蓋を砕かれるか、防御しても耐え切れずに骨を砕かれてしまうだろう。

「――な」

371 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:23:51.66 ID:bASNl0Z+O
驚愕したのは、またもや男の方だった。
見開いた瞳に映る相手の姿が、あまりにも衝撃だったのだ。
真九郎は防御すらしていなかった。
先ほどまでと全く同じ姿勢で、微動だにしなかった。
空中でバランスを崩し、受け身も碌に取れずに床に落下する男。
無様にもしりもちをついた男は、ついに本当の意味での実力差を思い知る。

「その脚――」

呟くようにして腕を伸ばし、男の足首を掴んで立ち上がる。
いとも簡単に逆さ吊りにされた男は情けなく短い悲鳴を漏らす。

「――どこで手に入れた?」

鬼を思わせるその気迫に、男は気絶を堪えるので精一杯だった。


〜〜


「紅くんお帰り〜」

「話がある、星?絶奈」

いつも通り真九郎の部屋で消毒用アルコールを呷っている女に、真九郎は携帯電話を突き付けた。
画面に映っているのは先程の男の脚の写真だ。
372 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:24:18.80 ID:bASNl0Z+O

機械的な作りで、一目で義肢とわかる。
装着者自身の肌と同じ様にしか見えない星?製とは全く異なる作りだ。

「……何が言いたいの、紅くん?」

「持ち主の証言では、これは星?製らしい。心当たりはあるか?」

絶奈は真九郎を暫く見上げていたが、やがて無言で携帯をひったくるとアルコールを呷りながら眺める。
酔いが回っているのかわざとなのか、口の端からアルコールが零れて胸元に溜まっていく。
それが更に溢れるころになって、ようやく携帯を投げ返してきた。

「こんな粗悪品と星?製を一緒にしないでほしいわ」

ふん、と鼻を鳴らす絶奈。
家から離れてもなお、その身体を構成する戦闘用義肢はそれぞれが一級品――門外不出の《星?》製だ。
裏十三家に連なる《星?》は、代々義肢の技術を受け継いできた一族だ。
義手、義足に限らず人体のあらゆる臓器を機械化している。
もちろん絶奈も例外であるはずがなく、その全身が星?製。
それでいて生理もあるし、妊娠、出産までできるのだから、現代技術の何世紀先を進んでいるのか。
不良の男が震えながら白状した際、かつてその性能の前に倒れた真九郎も当然疑問を抱いた。
この程度の完成度で《星?》を名乗るわけがない、と。
しかし、問題の本質はそこではない。

「問題は……素人が《星?》の名前を知っているってこと、です」

373 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:24:45.01 ID:bASNl0Z+O
真九郎の背中越しに顔を覗かせた切彦が口をはさむ。
瞼が眠たそうに半開きになっており、真九郎の背中に圧し掛かるようにして立っている。
ちなみに本人は胸を押し付けているつもりだが、真九郎は全く気付いていない。

「……あんまり紅くんに近づかないでくれる? アンタが全身に仕込んでる刃物が刺さったら《九鳳院》と《崩月》が黙ってないわよ?」

「しゃらっぷ、ふぁっきんびっち」

絶奈の持つアレコール入りのビンが粉々に砕け散る。
アルコール集が鼻を刺し、部屋の中に不穏な空気が流れ始める。
真九郎は二人の意識を集めるため、わざとらしく溜息を吐いた。

「これは《星?》製じゃないと断言できるか?」

「その写真の奴がそう言うのならそうなんじゃないの? 実物を切り落として持ってきてくれれば鑑定もできるけどね」

そういうの得意でしょ、などと嘯きながら新しいアルコールビンの栓を開ける絶奈。
切彦はジト目で睨み付けるがどこ吹く風といった具合だ。
ビンを呷り、一息で三分の一ほどを飲み干す。

「それに、今の私には関係ないことだしね」

その笑みは嘲りか、それとも愉悦だったのか。
いずれにしろ真九郎には、星?絶奈が嘘を言っているようには見えなかった。


〜〜〜〜〜
374 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/17(月) 23:27:00.81 ID:bASNl0Z+O
今回はここまで。
ようやく前座が終わったので、ここから動き始めます。
長らくお待たせしてすみません。
もう少しペースあげていければと思います。
それと星?→星噛です
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:55:42.45 ID:uWT2M53No
乙です
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/17(月) 23:59:39.34 ID:SfwPMqH6O
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
乙乙です
377 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:51:17.94 ID:v4+DVNQXO
=====


「おはようございます、ジュウ様」

「おう」

昨日ぶりだな、という言葉は飲み込んで、ジュウは玄関のカギを掛ける。
当然のようにジュウの隣に立っているのは堕花雨。
昨日のことは夢だったのではないかと思ってしまうぐらいに、雨はいつも通りだった。
対するジュウはどんな顔をすればいいのか、朝起きてからしばらく憂鬱だったというのに。
エレベーターに二人で乗り込み、黙ったまま下降が終わるのを待つ。
雨は学校がある日は毎日ジュウの部屋の前まで迎えに来ては、特に会話も無く登校する。
話しかければ返事はするが、雨の方から話題を振ってくることはまず無い。
話題が無くて黙っているとかではなく、本当にただの護衛のつもりなのだろう。

「お前、飽きないのか」

「ジュウ様のお傍に控えていられるのは私の至上の喜びです。飽きたりなどしません」

雨の返答を聞いて、今日はどうやら平常運転だ、と安心するジュウ。
最近はずっと様子がおかしかったが、こうやって電波を全力で出し続けてくれている方がやりやすい。
なにせ、ジュウは雨が自分に飽きるまで待っていればそれでいい。
待つのは慣れているし、それに楽だ。
一匹狼を気取っていたくせに、二人でいることが前提となっている自身にジュウは気づいていない。

378 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:51:43.66 ID:v4+DVNQXO
「ジュウ様、円から伝言を与っています」

無言のままの通学路が続き、もうすぐ学校に着くというところで、雨が唐突に口を開いた。
電波ではなく伝言が飛び出してきたことに少し驚きつつ、ジュウは耳を傾ける。

「なんだ?」

「『放課後、光雲高校まで来い』とのことでした」

伝言というより命令だった。

「……わかった」

とりあえず了承しておくジュウ。
雨はジュウの返事に何を思ったのかわからないが、何か質問したいのを我慢しているようだった。

「なんだ?」

「……いえ、なんでもありません」

促してもそれが投げかけられないことはジュウにはわかっていた。
雨は意見するべきことは言うし、質問するべきことは言うのだ。
この半年以上でそれはわかりきったことだった。
ジュウも雨もそれきり黙ったまま、それぞれの教室へと歩いて行った。


〜〜
379 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:52:11.20 ID:v4+DVNQXO


放課後となり、ジュウはさっさと帰り支度を進めていた。
雨はいつも通りの補習授業であり、ジュウはもちろん部活動には所属していない。
基本的にジュウは暇を持て余しているが、ここ最近のように予定が次々に入ってくるのは自分のペースを崩されるようで疲れる。
ジュウは円の言いつけを守る気などさらさらない。
家に帰って、昨日借りてきたレンタルDVDを消化する順番を考えながら、ちょうど校門を出てすぐのところだった。

「やあ、柔沢。迎えに来たぞ」

爽やかな笑顔の好青年が、校門の影から顔を出した。
大柄なジュウとさほど変わらない背丈に、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉。
彼の名前は伊吹秀平。
円堂円や斬島雪姫と同じ光雲高校に通う二年生である。
その伊吹がなぜ違う高校の校門前に、しかも空手着で立っているのか。

「……円堂のパシリか?」

「円堂さんのパシリだよ」

「…………」

「いや、言わないでくれ。悲しくなる」

苦笑いする伊吹に対し、ジュウは憐みの視線を隠せない。
おそらく、円はジュウが光雲高校に来るつもりがないであろうことはわかっていたのだろう。
そしてこの伊吹が保険というわけである。
380 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:52:37.71 ID:v4+DVNQXO

「円堂さんからは『気絶させてでも連れて来い』と言われてるからね。頼むからおとなしく着いてきてくれ」

さすがにこの格好は寒いしね、と身を震わせる伊吹に対し、ジュウは早々に抵抗をあきらめた。
伊吹の強さはジュウ自身が誰よりも知っている。
せっかく傷が癒えたばかりなのに、また痣だらけになってたまるものか。
先日は伊吹の根負けだったが、理由がなければジュウだってあそこまで拳を撃ち込まれて耐えられるはずがない。
……それに、このまま逃げたら伊吹が哀れ過ぎる。
ジュウの溜息を返事と受け取ったのか、伊吹は背を向けて歩き出した。

「……伊吹、お前靴は?」

「言わないでくれ、悲しくなる」


〜〜


「思ったより早かったわね」

光雲高校空手部の道場に案内されたジュウに対して、制服姿の円堂円は開口一番そう言った。
円は雪姫と同じく光雲高校に通っており、女子空手部に所属している。
その蹴りは凄まじく、大の大人を余裕で吹き飛ばす姿をジュウも目の当たりにしたことがある。
雪姫や雨の友人ということもあってオタク趣味らしいが、そのようなそぶりはあまり見たことがない。
そんな円が、いったいどんな用件で自分を呼び出したのか。
少なくとも甘酸っぱい内容でないことは、顔を合わせる前からわかっていた。
381 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:53:03.75 ID:v4+DVNQXO
円は自他ともに認める男嫌いであり、円曰く、ブロッコリーと同列らしいからだ。

「それで、なんの用だ?」

その疑問を、ジュウは最後まで言い切ることができなかった。
ジュウは全力で上体を反らし、その上を鞭のように撓る脚が一瞬で通り過ぎた。
いきなり何を、という言葉を投げかける間もなく次々と飛んでくる脚と拳。
先日の伊吹との対峙が幸いしてか、ジュウには辛うじて円の攻撃が見えていた。
脚技に合わせて大きく距離をとり、息を整える。

「――伊吹! どういうことだ!」

おそらく円に何を問いかけても言葉が返ってくることはないだろう。
しかし、この場に立ち会っている伊吹なら何か知っているはず。
円と対話ができない以上、伊吹から答えを引き出すしかない。

「お、俺も何がなんだか……!」

などというジュウの小賢しい考えは、即座に打ち砕かれた。
同時に激しい衝撃。
円の回し蹴りが、ジュウの腰に鋭くめり込む。
ジュウは歯を食いしばり、体勢が崩れないように脚に力を籠める。
ガードし、捌き、避ける。
しかし、反撃の隙が見えない。
円の動きは伊吹のそれと違って完全な空手の型ではなく、独特の足運びをする。
離れたかと思えばすぐ近くから拳が、近づいたかと思えばテンポを外して蹴りが飛んでくる。
382 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:53:37.82 ID:v4+DVNQXO
打撃の一つ一つが重く、それ以上に鋭い。
ジュウほどの打たれ強さがなければ、とうに昏倒しているだろう。
ジュウは自分のスタミナに自信を持っていた。
そして、その時が来た。

「――っ!!」

ほんの少しだけ、円の攻撃が緩んだ。
ジュウは待ちかまえていたその隙を逃さず、円の死角から抱え込むように腕を伸ばす。
円はその腕に目もくれず、次の攻撃を打ち込もうと腰を引く。
しかし、気付いた時にはもう遅い。
指先が服に触れるその寸前、ジュウの視界から円が消えた。
直後、顎に鋭い痛み。
バク転のように回避した円が、そのまま膝でジュウの顎を撃ち抜いたのだ。
意識と視界が揺らぎ、隙だらけのジュウの腹に最後の蹴りがめり込む。
背中の鈍痛に、壁の冷たさを感じる。
瞼が落ちる寸前、落胆したような彼女の表情が焼き付いた。


〜〜


「――目が覚めたか?」

起き抜けに聞こえた声に、ジュウはゆっくりと振り向いた。

383 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:54:03.98 ID:v4+DVNQXO
「……今何時だ」

「それほど経ってないよ。10分ぐらいだ」

相変わらずタフだな、と冷やかす伊吹を無視してあたりを見渡す。
既に道場に円の姿は無く、結局ろくな会話も無かった。
言葉も無く暴力を振るわれるのは母親で慣れていたつもりだが、ジュウは落胆を隠せない自分を確かに感じていた。
円の性格からして憂さ晴らしということはないだろうが、それならそれで少しぐらい会話があっても良いだろうに。

「円堂さんから伝言を預かってる」

伊吹を見遣ると、どこか申し訳なさそうな、気まずそうな顔をしていた。
どうやら言いにくいこと、或いは言いたくないことを申しつかったらしい。

「ただの伝言だろ。言ってくれ」

「じゃあ言うけど――」

その言葉は、先ほど繰り出されたどんな攻撃よりもジュウの心に突き刺さった。
ジュウは咄嗟に返事ができずに黙り込む。

「俺自身としては、キミほど強い奴はなかなかいないと思うけどな」

「慰めはいらねえよ」

思わず吐き捨てるジュウに対して、伊吹は再び苦笑いで返す。
伊吹は立ち上がって、軽く伸びをする。

「用事も終わったし、帰るか」

「……部活は?」

「今日は休み」

「…………」

「……言うなよ、柔沢」

制服姿の伊吹とぼろぼろの自分を見比べて、ジュウはどちらの方がマシなのか考えたくも無かった。


〜〜〜〜〜
384 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/20(木) 17:55:15.92 ID:v4+DVNQXO
今回はここまで。
光ちゃんを追い込んだ伊吹の罪は重い
鏑木先輩?誰?豚?
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/20(木) 19:06:39.75 ID:EJ/Aq5beO
全裸待機の甲斐があった…乙
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/20(木) 20:27:15.51 ID:tRS0VMUZo
乙です
387 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:51:09.16 ID:gxCPCOG4O
=====


暖簾をくぐると、脂と出汁の匂いが熱気に乗って食欲を刺激する。
昼下がりということもあり胃が不満を漏らしそうになるが、優先するべきことがある。

「おう真ちゃん! いらっしゃい!」

店に入ってきた真九郎に気づいて景気よく声をあげたのは村上銀正。
銀子の父親である。

「こんばんは、銀子は部屋ですか?」

「今日はなんだか朝から機嫌が悪くてなあ。まあ、真ちゃんの顔見ればコロッと元気になるだろうよ」

悪戯っぽく笑う銀正に、真九郎も笑顔を返す。
ここ楓味亭は銀子の実家で、銀正が店主として切り盛りしているラーメン屋である。
真九郎は崩月家に世話になる前はここで暮らしており、銀子とはそれ以前からの幼馴染。
銀子の両親は真九郎を、真ちゃん、と呼んで今でも実親のように親しくしてくれている。
二、三言交わして店の奥、銀子の部屋へ向かう。
事前にメールしてあるので大丈夫だとは思うが、念のためにドアの前から声をかける。

「銀子? 俺だけど、入ってもいいか?」

『どうぞ』

388 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:51:35.35 ID:gxCPCOG4O
返事を聞いて安心した真九郎はドアノブに手をかける。
銀正の話では今日は機嫌が悪いということだったが、声の感じからするとそれほどでもなさそうだ。

「何の用?」

部屋に入ると、真九郎を一瞥もせずに言い放つ。
相変わらずパソコンに向かってキーを打ち込んでいて、おそらく仕事中だろう。
真九郎は単刀直入に切り出した。

「仕事を頼みたい」

「断るわ」

「実は――え?」

思わず聞き返す真九郎。
銀子は再び、顔も上げずに繰り返した。

「断るわ」

取り付く島もない、とはこのことだろうか。
しかし、真九郎には断られる理由が見当たらなかった。
前回の分は入金してあるし、借金もしていない。
最近はコンスタントに仕事をこなしているし、今回の報酬の分だって確保済みだ。
銀子の雰囲気から、冗談を言っているわけでも意地悪をしているわけでもない。
そもそも、仕事に関してそんなふざけたことを銀子がするはずがない。
389 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:52:01.08 ID:gxCPCOG4O
それに、

「まだ内容も聞かないうちからなんで――」

「見当はついてるわ。情報屋を舐めないで」

銀子は一度手を止めて、デスクの上に広がる書類を手に取った。

「昨夜、何があったか知らないとでも思った?」

そのうちの一枚を真九郎に向かって放る。
床から拾って目を通すと、ドラッグで検挙された不良グループについてだった。
ただし、そこに書かれた内容は新聞記事やテレビのニュースなどよりもよほど詳細で、メンバー全員の個人情報から証言まで網羅されていた。

「鬼のような男とカッターナイフの少女……警察には、薬物中毒者の妄言ととられたようだけどね」

証言の中には、確かにそう書かれていた。
包丁を持った鬼に皆殺しにされた、とか、カッターナイフが自分の陰部を切り裂いた、などなど。
事実と異なることが多数あるため、集団幻覚として処理されたようだった。
このグループはあちこちでクスリをさばいており、その元締めを探すので忙しいというのもあるだろう。

「あのビルには監視カメラとかも無かったし、別に問題ないだろ? 俺は依頼をこなしただけだ」

「別に悪いなんて言ってないでしょ。ただ、あんたの依頼は受けられないってだけ」

話は終わりとばかりに仕事を再開する銀子。
390 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:52:29.29 ID:gxCPCOG4O
しかし、真九郎だってここで引き下がるわけにはいかない。
あの義肢と、少年の口から出た《星噛》という単語。
それはドラッグに浸っている程度の連中が知っていていい名前ではないのだ。
裏社会の闇のさらにその奥。
そういうところに堕ちた連中のみが関わる名前だ。
そのためには、どこの誰が《星噛》の名前を使っているのか、或いはこの件に《星噛》が関与しているのか知る必要がある。
真九郎は銀子に歩み寄って、その肩に手を伸ばす。

「理由を……いやそんなことより俺が知りたいのは――」

「――左腕、まだ痛むんでしょ」

届く前に、左手が止まる。
銀子の言う痛みで止まったわけではない。
図星を突かれて動揺したわけでもない。
ただ恐怖が、真九郎の動きを止めた。
この左腕が彼女を壊してしまったら――そう考えるだけで、全身が竦む。

「ねえ、真九郎。いい加減揉め事処理屋なんか辞めて、ウチで働きなさい」

銀子の言葉で我に返る。
見遣ると、銀子はメガネを外して真九郎を見つめていた。

「もう、危ないことしなくていいじゃない。ウチに来て、一緒に暮らしてよ」

昔みたいに――という言葉は、憐れみと悲しみと懇願を含んでいた。
391 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:52:55.30 ID:gxCPCOG4O
銀子は腕を伸ばし、真九郎は無意識に後退った。
その悲痛な表情が見ていられなくて、咄嗟にまくしたてる。

「ま、まだ依頼が残ってるし、それに最近仕事も順調なんだ。ようやくきちんと稼げるようになって、ほら、今は銀子の借金も返し終わっただろ? 伝手も増えたしそれに――」

「もういい」

銀子は吐き捨てるようにして、真九郎の言葉を遮った。
立ち上がって、布団に潜り込む。
真九郎は軽く深呼吸をして、銀子を見遣る。
完全に丸まってしまって、表情も見えない。
仕方なく背を向けて、真九郎はドアノブを握った。

「銀子」

「…………」

「……また来るから」

返事は無く、そのままドアを閉めた。

『ばか』

ドア越しに聞こえた声は震えていた。
真九郎は左肘を抱えて、銀子抜きで問題をどう解決するべきか、溜息を吐いた。


〜〜〜〜〜
392 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/21(金) 19:54:05.20 ID:gxCPCOG4O
短めですが今回はここまで
銀子も大人になって丸くなったということで
それと左腕がどうのこうのは一年前の話ですのでそのうち書きます
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/21(金) 20:26:48.45 ID:4J7eQwPbO
無理せず更新乙乙
片山先生電波の続きはまだかい?
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/21(金) 20:27:57.76 ID:sxZBA95oo
乙です
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/22(土) 08:41:22.95 ID:5KHiLsg1o
おつ
396 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:34:53.43 ID:yEOjnOa9O
=====


予感はあった。
今日も何か面倒なことがあるのではないか、という予感。
しかし予感は予感であり、ジュウは珍しく前向きに今日こそは何もないことを期待して登校した、のだが。

「やっほー、柔沢くん」

「じゃあな」

「もーひーどーいー!」

放課後、校門でジュウを待ちかまえていたのは雪姫だった。
やだやだかまって、と喧しく腕にしがみつく雪姫を無視できるはずもなく、ジュウは苛立ちを隠さずに疑問をぶつける。

「何しに来た」

「何って……今日はデートの約束じゃない、ダーリン?」

殴り飛ばしたい衝動を堪え、ジュウは腕から雪姫を引きはがす。
鬱陶しいというのもあるが、昨日円に痛めつけられたせいか節々が痛むのだ。
傷や痣は一晩寝たらきれいさっぱり消えたため、幸い雨にはバレていない。

「そんな約束はないし、お前と恋人になった覚えもない」

「えー、そんなこと言って良いのかなー?」

「は?」

「昨日のこと、雨に教えちゃおうかな?」
397 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:35:29.61 ID:yEOjnOa9O

雪姫の両手がジュウの身体を這い、最初にクリーンヒットした脇腹と、最後の一撃を撃ち込まれた鳩尾のあたりでピタリと止まる。
服の上から的確に一番違和感の残っている箇所を抑えられ、思わず身体が強張った。
決して雨の名前に動揺したわけではない、とジュウは自分に言い聞かせる。

「……何でお前が知ってる?」

「女子の情報網を舐めちゃあかんぜよ、ワトソン君」

ふざける雪姫に苛立ちが募るが、考えてみれば当然のことだ。
友人同士の三人のことだ、毎日連絡を取り合っていても不思議ではない。
雪姫が言うには雨はこのことを知らないらしいが、円がわざわざ教えたということか。
それとも、雪姫もそういう目的でジュウを訪ねてきたのか。

「だから、デートしよ?」

だから、というのはつまり、雨には黙っておいてやるから、ということだろう。
別段、雨がこのことを知って困ることはない。
どちらかといえばジュウの騎士を気取っている雨が円に報復しかねないぐらいだ。
ただ、ジュウはこのことを雨に知られたくなかった。
理由はわからない。
ただ知られたくない、というだけで、ジュウが雪姫の脅しに屈するには十分だった。


〜〜


「ふんふふ〜ん♪」

数歩先を歩く上機嫌な雪姫とは対称に、ジュウは全身から負のオーラを漂わせていた。
学校を出てから電車で乗り継ぎ、辿り着いた繁華街のあちこちの店を眺めては出て、眺めては出てを繰り返している。
398 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:35:58.92 ID:yEOjnOa9O
洋服、宝石、アクセサリー、バッグ、靴、その他諸々の雑貨など指向性はなく、気の向くままにふらふらしているといった感じだ。
この前の光のときは洋服の店だけだったからまだゴールが見えそうなものだったが、今日の雪姫には目的が見えない。
自分を脅してまで連れてきたというのに、ただ引っ張りまわすだけというのはジュウには理解の範疇を超えていた。

「……必要か、俺?」

「デートは一人じゃできないでしょ?」

口の中で呟くように漏らした疑問と不満はあっさりと一蹴されてしまった。
しかし雪姫に連れまわされるのに疲れたジュウもこの程度では収まらず、続けて疑問を投げかける。

「そうじゃなくて、何か用事があってここまで連れてきたんじゃないのか」

その質問に対して雪姫は不満気に唇を尖らせて、ジュウの胸をつつく。

「デートのためって言ってるのに、わかんないかなあ」

そのままジュウの腕をとって抱きかかえるようにする雪姫。
二の腕に女性特有の柔らかさを感じつつも、ジュウはそれを極力無視しながら答えた。

「俺とお前はそういう関係じゃないだろ」

「光ちゃんとはしたのに?」

「あれは仕方なく……」

「それって本当かなあ」

「……何?」
399 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:36:27.27 ID:yEOjnOa9O

「光ちゃんの作り話じゃないの、って話」

雪姫の表情は冗談とも本気とも取れなかったが、拗ねているのは確かなようだった。
ジュウにはその理由もわからないが、もっとわからないのは雪姫の発言だ。
確かにこの前の偽デートの時、光はときどきおかしな言動をしていた。
違和感のある挙動もあったし、最後にはなぜか殴られたりもした。
しかし、全てが作り話だとして、そこにどんなメリットがあるというのか。
そんな作り話をでっちあげて、再びジュウと恋仲と思われてしまうようなリスクを冒して、一緒に買い物をして、そこにどんな目的があるというのか。
騙されるジュウを見て嘲笑っていたのかもしれないが、あの光がはたしてそんな陰湿な真似をするだろうか。
考えるほどに謎が湧き出てきて、ジュウは遂に考えることを放棄した。
自分で考えるよりも、本人に聞いた方が手っ取り早いに決まっている。
前髪をガシガシと掻いて、雪姫に向き直る。

「知るか、そんなこと」

雪姫はジュウの言葉に驚きの表情を見せたが、徐々に嬉しそうな笑みへと変わっていった。

「柔沢くんのそういうとこ、好き」

「……知るか」

直球を投げつけられて、ジュウはわずかにでも動揺してしまった自分を恥ずかしく思った。
この半年、自分はどこかおかしくなってしまったのだろうか。
常に変化する人間の心など、他人の好意など面倒だと、そんなものは期待していないと突っぱねていた自分はどこへ行ってしまったのか。
腕に頬ずりをしてくる雪姫に引きずられるまま、ぼんやりと繁華街を歩くジュウ。
相変わらず、むしろ先ほどまでよりも楽しそうに、雪姫は店を眺めては何も買わずに次の店へ向かうのを繰り返す。
ジュウはもはや諦め、雪姫が飽きるまで付き添うことにした。
そうしているうちに、時間帯のせいか少しずつ人が疎らになっていき、いつの間にか周りはカップルだらけになっていた。
そこでようやく、ジュウは自分がどこを歩いているのかに気が付いて足を止める。

400 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:37:07.62 ID:yEOjnOa9O
「あ、次はここに入ってみよっか?」

「断る」

雪姫の進行方向にそびえるのは白い壁にピンクの看板。
ご休憩いくら、おとまりいくらという料金表示の掲げられた、所謂ラブホテルだった。

「冗談冗談。そんなに怒んないでよ」

「勘弁してくれ」

ジュウはため息交じりに絡みつく雪姫の腕を軽く解いてから雪姫に向き直る。
雪姫はつまらなそうに唇を尖らせ、両手をポケットに手を突っ込みながらそっぽを向く。

「そろそろいい時間だし、帰るぞ」

「んー、まあ私は良いけど――」

瞬間、ジュウは自分の頬をカッターナイフが掠めるのを辛うじて避けた。
半身を開くように捻って、後退る。
そして同時に見た。
雪姫の右手から突き出されたカッターナイフが、ジュウの背後から凄まじい勢いをもった黒い物体を弾き返すのを。

「――アイツは、お前に用があるみたいだが?」

そのまま後ろに転がり、とにかく距離をとるジュウ。
雪姫は身軽に飛びずさり、ジュウの横に着地した。
そしてジュウが顔を上げると、そこに立っていたのはよく見知った顔だった。

「井原……?」

401 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:37:35.41 ID:yEOjnOa9O
井原はジュウの通う高校で、かつては不良グループをまとめていた男だ。
入学当時から何度も殴り合った仲でお互いによく知った相手。
ただし以前とは違い、右腕の肘から先が巨大化し、機械のように黒光りする腕が生えていた。
あまりの異形にジュウは驚愕する。
明らかに普通の肉体では考えられない腕。
生身の部分も巨大な腕を支えるためか筋肉が肥大化し、まるでSF映画でナノマシンに浸食された生物のように、肩のあたりまでチューブや外装がそこに食い込んでいる。
右の黒腕はその左腕と比べると三倍以上の太さになっており、長さも少しかがめば地面に着くほどだ。
当然、人間の肉体がそのような作りになっているわけがないが、じっくりと観察している時間は無かった。
無言で動き出した井原はその間に距離を詰め、拳を振りかぶる。
咄嗟に行動に移れなかったジュウは、一拍遅れて雪姫の腕を取った。
間一髪、井原の拳は飛びずさったジュウの足元を殴りつけた。

「なっ……!?」

その拳はアスファルトの道路を抉り、周囲に地割れを巻き起こした。
もしもあとコンマ一秒でも回避が遅れていれば、ただでは済まなかっただろう。
足場を確保するために再び後退る。
井原はゆらりと立ち上がり、黒腕の側面から排気ガスのように煙を吹いた。

「戦闘用の義腕だ」

後ろから聞こえた低い声に振り向くと、雪姫がカッターナイフを弄んでいた。
刃物を手にしたおかげでスイッチが入ったようだ。

「戦闘用?」

「前を見ろ。次が来る」

疑問に答えず、雪姫がジュウに掴まれたままの腕を軽く引く。
ジュウはそれに従うように跳び、再び井原の拳が地面に突き刺さる。
402 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:38:09.57 ID:yEOjnOa9O

凄まじい破壊力だが、避けられないほどの速度ではないことを確信する。
再び距離をとって、ジュウは大きく息を吐いた。

「柔沢ァ……」

呟きながら身体を起こす井原の血走った目が、ジュウを捉える。
よく見れば右目があらぬ方向を向いており、残る左目の焦点も合っていないようだ。
肉食動物が威嚇をするように、荒く呼吸を繰り返す井原。
どう見ても尋常な状態ではない。

「柔沢、知り合いか?」

「まあな……」

「柔沢ァアアァアァアアアァアァァァアアアアアアアアッ!!!!」

雪姫の問いに対するジュウの返答を遮るように井原が吠え、一歩、また一歩と少しずつ足を進めてくる。

「殺す……テメエは殺す……殺す、殺す! 殺す!」

怨嗟を漏らす井原が一気に距離を詰めてくる。
しかし、やはり遅い。
もとから素早くはなかったが、以前のスピードに比べれば半分以下。
ジュウは今度は後ろに跳ばず、凄まじい威力で撃ち抜かれる黒腕の横を滑るように身体を開いて拳を振りかぶる。
腕が巨大化したからといって、井原の攻撃は基本的にケンカスタイル。
大振りで避けるのは容易い――

「がっ……!?」

403 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:38:45.18 ID:yEOjnOa9O
――はずだった。
上から振り下ろされるはずの黒腕が突如として進路を変え、ジュウの身体を吹き飛ばす。
辛うじて視界の隅で捉えたのは、手首のあたりからジェットエンジンのように噴出する炎。
咄嗟に後ろに転がったものの、巨大な鉄球をぶつけられたかのような衝撃。
今の一撃だけで意識を失いかけた。
肋骨の数本は折れているかもしれない。
そのままジュウの身体は壁に叩きつけられ、前後の衝撃から内臓がひっくり返ったような感覚に陥る。
吐瀉物が湧きそうになるが、それは寸でのところで堪えた。

「ギィヒャハヒハハハハハア!!!!」

井原はジュウの様子を見て狂ったように笑っていた。
口の端から泡を吹き、黒腕を何度も地面に叩きつけて狂喜する。

「ギャハハハハハハハ!! どうだ柔沢! テメエを! テメエをぶっ殺すために手に入れたこの力!! 痛ぇか!? 苦しいか! 安心しろよ、今すぐ殺してやるからよぉ!!」

井原の言葉に、ジュウは絶句する。
自分を殺すためだけに、井原は自らの肉体を引き換えにしたというのか。
いや、それだけ井原の受けた精神的な傷が大きかったのか。

「テメエを殺したら、あん時の女も俺が可愛がってやるよ」

口の端から泡と涎を垂れ流しながら、下卑た笑みをジュウに向ける。
あの時の女、というのはおそらく雨のことだろう。
ジュウは一瞬で頭に血が上るが、先ほどの衝撃で平衡感覚が定まらず、思わず片膝を着く。
井原が嘲笑し、一歩、こちらに踏み出した。

「おい、ブサイク」

「……あぁ?」
404 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:39:12.74 ID:yEOjnOa9O

挑発に井原の意識が向く。
そこにいたのは当然、斬島雪姫。
カッターナイフの刃を鳴らしながら、雪姫は井原に対して挑発を続ける。

「ブサ男」

「は?」

「誰が誰を手籠めにするって?」

雪姫は自分より身長の高い井原を見下すように顎を上げ、鼻の頭を中指で上に持ち上げる。

「私は、豚に喰われる趣味はねえよ」

「このクソアマ――」

「――雪姫!」

どうにか走れるようになったジュウは、雪姫と井原の間に立ちふさがるように拳を構える。
否、構えようとしたが、次の瞬間には背中を地面に強打していた。
足が竦んだわけでも、井原の攻撃を受けたわけでもない。

「柔沢」

ジュウを地面に投げ転がしたのは、他でもない雪姫だった。
受け身をとる暇も与えられなかったジュウはほとんど絶息状態となって、井原の攻撃の痛みも併せて視界が眩む。
その中で、聴覚だけは辛うじて機能を保っていた。

「――――――」

雪姫のつまらなそうな言葉が、何よりもジュウには堪えた。
405 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:39:39.91 ID:yEOjnOa9O

「なんだあ? 先にお前が相手を」

井原の言葉は最後まで聞こえなかった。
いや、言うことができなかったのだ。
雪姫に向かって伸ばされた井原の掌が、人差し指の付け根から手首にかけて一直線に赤い線が引かれる。
容赦のない一振り。
その躊躇いの無さに、ジュウは戦慄する。

「な……ッんだぁテメエぇえ!!」

対して井原は右腕を振りかぶった。
それは勇敢か愚行か、或いは本能か。
雪姫は流れるように黒腕を避け、すれ違う瞬間に金属音が鳴り響く。
比べるまでもなくはるかに強固であろうその黒光りする金属を、カッターナイフが易々と切り裂いた。
外装の亀裂から蒸気が噴出し、井原が苦鳴を上げる。
その場に膝を着き、

「このクソアマァ……!」

「そろそろ、クスリ切れか?」

雪姫の言葉に顔色を変える井原。
よく見れば全身から脂汗を流しており、呼吸も更に荒くなっている。
あれほどの巨腕を簡単に振り回せるはずがない。
クスリ、つまりはドーピングによって筋力を増強し、痛みを誤魔化していたというわけか。
刃こぼれ一つないカッターナイフが真っ直ぐに向けられる。
雪姫は顔色一つ変えずに敵に立ち向かう。

「屠殺か豚箱か、選ばせてやる」

406 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:40:05.45 ID:yEOjnOa9O
「っ‥‥…ォォオオオオォォオオォァアアアァアアアァアアァアアアアッ!!!!」

井原が駆け出し、雪姫は跳んだ。
ジュウを吹き飛ばしたときと同じく噴出する炎。
先に撃ち出されたはずなのに、相手よりも後に打撃点を定める黒腕。
通常、一度跳躍した人間がいくら空中で身体を捻っても、その軌道や着地点を大きく変えることはできない。
黒腕は一直線に雪姫を目指し、井原は勝利の確信を得た。
それに対して雪姫は、左側のポケットから新たなナイフを投げ飛ばした。
折り畳み式の小さなナイフは井原の眉間を狙い、井原は辛うじてそれを避ける。
ナイフは頬を切り裂き、同時に井原の体勢を崩した。
雪姫の横を素通りする黒腕。
黒腕の勢いに引きずられるように肩から転倒する井原。
そしてその顔面に、雪姫は正面から膝を叩き込んだ。
全体重をかけた完璧なニードロップ。

「ふう」

雪姫が立ち上がると、井原は白目を剥いて気絶していた。
二つのナイフを回収した雪姫が、何事も無かったかのように駆け寄ってくる。

「柔沢くん、大丈夫?」

「……ああ」

差し出された手を無視して起き上がり、ジュウは井原を見遣った。
井原は前歯が粉々で、ピクリとも動かない。
黒腕は蒸気を途切れ途切れに吐き出しながら地面にめり込んでいた。
この状況で平然と携帯をいじっている雪姫は、傷一つどころか汚れ一つ無い。
警察に通報しているわけではなさそうなので、ジュウは自分の携帯を取り出したが、画面が粉々に割れていた。
試しに電源ボタンを押してみると、辛うじて画面が認識できた。
コール音を聞きながら先程の雪姫の言葉思い出して、ジュウはもはや溜息すら出なかった。


〜〜〜〜〜
407 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/04/28(金) 15:41:48.35 ID:yEOjnOa9O
今回はここまで。
僕の中で井原君と鏑木先輩のビジュアルがかぶってしまうんだけど、まあどっちもDQNだからいいよね
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/28(金) 20:27:40.30 ID:jMaXxTT7O
待ってたよ
ジュウ君マジヒロイン乙乙
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 21:30:57.79 ID:6qJZHnsiO
片山成分が不足してきたからこのSSで補充するんだ…
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/11(木) 08:09:26.59 ID:nEPM5iEAO
おぉぉぉぉぉぉ!
保守のつもりで久しぶりに来て見たら
怒涛の更新ラッシュ!
ありがてぇ…ありがてぇ
しかも、相変わらず素晴らしい
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/26(金) 08:47:15.66 ID:MWMnhd+6O
支援保守
412 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/05/27(土) 20:58:39.64 ID:iQ7XYMi0O
=====


銀子に依頼を断られてから一週間。
真九郎は他の情報屋をいくつか当たってみたが、成果は微々たるものだった。
《星?》製の義肢が売買されているという情報は得られず、そういった人物の目撃情報も無かった。
そもそも、《星?》の技術は門外不出。仮に市場に出回れば同じ重さの宝石で取引されるとまで言われていて、それだけの金が動けば当然、なにかしらの情報は得られるはずなのだ。
しかし、絶奈は知らないと言い、切彦は無関心。銀子には袖にされて、真九郎の頼る筋はほとんど残されていない。
信頼できて、かつ、裏世界の情報に詳しい人物。

「真九郎さん、動きが悪いです。無意識に左腕を使うのを躊躇っていては、いつまでたっても馴染みませんよ」

汗だくの真九郎とは違い、涼しい顔で稽古後の指南を欠かさない夕乃。
ようやく終わった稽古に、真九郎は内心で苦笑する。
とっくに高校も卒業した身としてはいつまでも厄介になるのは気が引けるのだが、崩月家の人々はそんなものお構いなしとばかりに真九郎を招きたがる。
特に夕乃は、月に一度は必ず顔を見せるように繰り返し約束させ、それを破るとかなり怒る。
もちろん怒鳴りつけたりはしないが、稽古と称して激しくしごかれるのだ。
真九郎も成長したとはいえ、姉弟子である夕乃には未だに敵わない。
ここは崩月家の道場。
真九郎は夕乃と向かい合って礼をし、汗を流すために井戸へ向かった。

「お兄ちゃん、お疲れ様」

「ん、ありがと、ちーちゃん」

413 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/05/27(土) 20:59:05.41 ID:iQ7XYMi0O
井戸水を浴びる真九郎の横に立って、手ぬぐいと着替えを差し出してくるのは崩月散鶴。
夕乃の妹であり、真九郎にとっても妹のような存在だ。
生まれる以前からこの家にいた真九郎に対して、散鶴も兄のように慕ってくれている。
散鶴は紫より二歳年下の小学四年生。
ただし、散鶴の方が身体の成長は著しく、身長は紫とさほど変わらない。

「ちーちゃん、また背が伸びたね」

「うん。いつか、お兄ちゃんを追い抜いちゃうかも」

それは他人に対してのみの話で、家族にはこんな冗談も言える。
はにかむような笑顔に心を癒されながら着替えを済ませて居間に向かうと、師匠であり夕乃と散鶴の祖父である法泉が出迎えてくれた。

「よお、真九郎。稽古はどうだった」

「今日も厳しくしごかれました」

真九郎の返事に豪快に笑う法泉。
見た目はただの好々爺だが、崩月法泉といえばいまだに裏の世界で恐れられる豪傑。
《崩月》は法泉の代で裏家業からは廃業したものの、あの柔沢紅香や九鳳院の近衛隊にも対立を敬遠されるほどだ。
それほどの実力者のもとで、真九郎は八年間修業に明け暮れた。
八歳のとき真九郎は血の繋がった家族を全て喪い、その後柔沢紅香に命を救われ、崩月家に引き取られて修行の日々を過ごし、そして九鳳院紫と出会った。
未だに死んでしまった父と母や姉のことを思い出すこともあるが、家族のように接してくれるこの崩月家の人たちとの出会いも、真九郎にとってはかけがえのないもの。
こうして今でも親しくしてくれることにも、厳しく稽古をつけてくれることにも、感謝の念に堪えない。

「どうぞ」
414 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/05/27(土) 20:59:37.78 ID:iQ7XYMi0O

「ありがとう、ちーちゃん」

お茶を淹れてくれた散鶴にお礼を言うと、お盆に口元を隠して恥ずかしそうに笑う。
夕乃の笑顔とは別の意味で癒される笑顔に、真九郎もつられて笑う。
髪の毛をショートカットに整えた散鶴は見た目は活発だが、相変わらずの引っ込み思案らしい。
学校でも一人であることが多い、と通知表で担任教師に心配されていたが、母親である冥理は特に気にしていないようだった。
散鶴は紫とも仲が良く、たまに五月雨荘の真九郎の部屋に二人で訪ねてくることもあるほどだ。
お互いの性格は正反対のようにも見えるが二人は馬が合うようで、仲良く真九郎の食事を作ってくれたりもする。
散鶴は料理上手の母と姉の姿を生まれたころから見ているし、最初の頃こそ酷かった紫の料理も、まさに日進月歩で上手くなっている。
真九郎が湯呑を空にすると、すかさず散鶴がおかわりを注いでくれる。
お礼の代わりに頭をなでてやると、散鶴は猫のように真九郎に身体を寄せてくる。
夕乃はかつて、料理は幸せを作っているのと同じこと、と教えてくれたが、ならば誰かの為に料理を作ることもまた幸せの一つなのだろう。
幸せそうに笑う散鶴の頬を軽くつまんだりしながらじゃれていると、反対側の肩に軽い重み。
振り向くと、着替え終わった夕乃がそこにいた。

「真九郎さん、ずるいです」

「え?」

「最近、いいえ何年もずっと、ずーっと、私にはそんなにかまってくれないくせに、散鶴ばっかり」

肩を密着させてぐいぐいと押してくる夕乃。

「そんなことないよ」
415 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/05/27(土) 21:00:03.80 ID:iQ7XYMi0O

「あります」

「ほら、さっきまで一緒に稽古してたし……」

「稽古は稽古、私は私です」

何が違うのか真九郎にはいまいちよくわからないが、これ以上は長引きそうなので取り敢えず謝っておく。
女性が不機嫌な時に取り敢えず謝ってしまうのは良いことなのか悪いことなのか判別できないが、真九郎にとってこれはもはや習慣のようなものだった

「真九郎さん、私、なんとなく八つ橋が食べたい気分なんです」

唐突な夕乃の意思表明に、そうなんだ、と適当に相槌を打つしかない真九郎。

「真九郎さんも、食べたくありませんか?」

質問を重ねながら、ずい、と顔を寄せる夕乃。
真九郎はまたもや唐突な質問に頭を捻る。
八つ橋といえば京都の土産物として有名だ。
京都には仕事で何度か足を運んで、そのお土産として崩月家や五月雨荘の住人たちに買ってきたこともある。
一度食べたものを唐突に食べたくなることはよくあることだし、夕乃の質問はそういうことだろうか。

「わかった。今度仕事で京都に行くことがあれば、また買ってくるよ」

「え、あ、はい……」

416 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2017/05/27(土) 21:00:29.48 ID:iQ7XYMi0O
笑顔で提案する真九郎に、夕乃は顔をひっこめる。
そのまま背を向けて、真九郎さんのニブチン、だの、私の意気地なし、だのとブツブツ言っている。

「おじいちゃん、今度、家族旅行でもしない?」

夕乃の反応に疑問符を浮かべる真九郎の反対側で、今度は散鶴が唐突な提案。
事態をニヤニヤと眺めていた法泉は、散鶴の言葉に大きく頷いて見せた。

「それも良いかもしんねえな。俺はしょっちゅう温泉やらどこやらに出かけてるが、久々に家族でってのも悪くない」

「お兄ちゃんも行くよね?」

即決された旅行話に戸惑う真九郎。
しかし、散鶴のねだるような視線に即陥落。

「うん、行こうか。ね、夕乃さん」

「もちろんです!!」

喰い気味に真九郎の手を握り、続いて散鶴の手を握る夕乃。

「私は本当に良い妹をもちました……散鶴、今度、何でも好きなものを作ってあげますからね」

「おっきいケーキが良い」

「腕によりをかけて作りますとも!」
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