柔沢ジュウ「雨か」 堕花雨「お呼びですか?」

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3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/25(火) 20:31:17.84 ID:7LGA85bro
12月新刊発売に期待
4 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:31:45.50 ID:tQslcSvIO
呼んでない、とジュウは思ったが、この手の問答はこの一年で嫌という程交わしており、それを口にすればどうなるかは明白なので、心の中に留めておいた。
再度ジュウは嘆息してから元の進路に向き直り、歩き始めた。
そうすると、一定の距離をあけて、まるで侍女か従者かのように着いてくる少女。
この少女の名前は堕花雨といい、先程の発言からもわかるように、筋金入りの電波である。
なんでも、前世のジュウは王、雨はその騎士として、剣や魔法が乱舞する世界を駆け回ったのだという。
ジュウにはそんな記憶など全く無いのだが、雨曰く、そのうち思い出すとのこと。
その暁には再び剣を取り、共に世界を巡る――という妄言を、雨は真剣な顔で語る。
尤もその真剣な表情は、鼻の頭あたりまで長く伸びた前髪のせいで、だいぶ読みにくくなっているのだが。
しかし、その見た目やジュウに対する言動からは想像もつかないほどの優等生であり、まさしく文武両道。
進学クラスに在籍し、その中でも成績はトップクラスである堕花雨は、身体能力に関してもずば抜けている。
例えば豪雨の中、校舎の壁の縁をつたって窓から隣の教室へ移動したり、工事現場の足場を利用してマンションの9階まで登ってきたりと(その破天荒ぶりを除けば)、誰もが感嘆することだろう。
対するジュウは身体能力に関しては喧嘩と母親による虐待――もとい手解きによって無類の打たれ強さだが、勉強の方はからっきしである。
やる気が無いだけで授業には律儀に出席してはいるものの、内容を聞いていなければわかるわけもない。
その髪は金色に染め上げられており、見た目は不良を絵に描いたような出で立ちをしている。
しかしジュウは、煙草も吸わないし薬もヤらない、喧嘩も自分からふっかけるようなことはしないなど、不良としては三流である。
そもそもが生きやすいからという理由で不良の真似事を始めたこともあり、ましてや最近は度々雨に勉強を教えてもらったりしているので、そのキャラは着々と崩壊しつつある。
雨と出会ってからの自分は、どこかおかしい。
しかもそれを悪くないと思う自分がいるのも確かで、ジュウは複雑な気分で前髪をガシガシと掻いた。
そうすると、ふとした疑問が湧いてきて、ジュウは再び足を止め、肩越しに雨に話しかける。

「そういえば、今日は進学クラスは居残りとか言ってなかったか?」
5 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:34:53.51 ID:tQslcSvIO
うちの学校は特に変わり映えのしない普通の高校だが、進学クラスに関して言えばこの辺でもトップレベルの学力であり、有名私立にも引けを取らない。
しかし、そういった学校よりも遅れている授業を補習という形で埋めているので、高2の冬ともなると、必然的にその回数も増える。
今朝、雨はわざわざ遠いジュウのクラスまでその旨を伝えにやって来たのだが、今こうしてここにいるというのはどういうことだろう。

「ジュウ様のお心に呼ばれましたので」

「あのな……」

いつも通りの返事に、ジュウはどこから諭せばいいものかと悩みかけたが、雨は少しだけ口元を綻ばせると、冗談です、と言った。
……こいつの場合、冗談に聞こえないのが笑えない。

「この後大雨が降るそうで、補習も予定より早く進んでいることから、今日は無しになりました」

「そうか」

もともとそこまで興味があったわけでもないので、ジュウはあっさりと引き下がり、再び歩き出す。
自分のような不良にかまけて、雨の将来が台無しになるようなことがなければ、それでいい、とジュウは思っている。
別に、雨のことを思いやってというわけではなく、そうなった場合、確実に皺寄せがこちらに来るのがわかっているからだ。
特に――――

「柔沢ジュウ!」



6 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:35:26.33 ID:tQslcSvIO
言っているそばからこれである。
ジュウは顔を顰めつつ、自分の名前を大声で怒鳴る人物を見遣る。
校門を出てすぐの所に、仁王立ちした少女の姿。
快活そうな瞳に、愛らしい顔立ち。
以前会ったときよりも少しだけ伸びた髪はポニーテールに結えられ、風に揺れている。
この少女の名前は堕花光。
苗字からもわかるとおり、雨の妹である。
身長は雨よりも高く、並ぶと光の方が姉のように見えるが、実際は雨の方が姉である。
光はシスコンも多めに入っているので、雨に付きまとうジュウのことを(実際には逆だが)、目の敵にしている。

「あんた、なにお姉ちゃんを連れ回してんのよ!」

「誤解だ」

「そんなわけないでしょ! お姉ちゃんが、あんたに連れ出される以外に補習をサボったりするわけない!」

確かに、端から見ればそうなのかもしれないが、この女には少しは人を信じるという選択肢は無いのだろうか?
ジュウが呆れつつも自分と雨が同伴している理由を説明しようとすると、いつの間にかジュウよりも半歩前に出てきていた雨が先に口を開いた。

「光ちゃん」
7 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:36:02.12 ID:tQslcSvIO
雨の眼光に貫かれ(前髪で見えないが)、光は身体を竦ませる。
電波な姉とは違ってしっかり者の妹だが、何かと雨には頭が上がらないらしい。
雨は、ジュウに対する言葉よりも幾分か柔らかく、言い含めるように喋り出す。

「言いがかりはダメよ、光ちゃん。今日は大雨になるから、補習は無くなったの」

「えっ」

「それに、まずは挨拶でしょう?」

ジュウを攻撃する明確な理由が消え、姉に諭された光は、しぶしぶといった様子で、唇を尖らせながら挨拶をしてくる。

「……こんにちは、柔沢、先輩」

「おう。久しぶりだな、光」

「き、気安く名前を呼ぶな、この女ったらし!」

さっきのやりとりが悔しかったのか、光は興奮に顔を赤くして再び罵声飛ばしてくる。
ジュウはそれを適当に躱しながら歩き出し、光が横から暴言を重ね、少し後ろを雨がついてくる。
何が楽しいのか、雨はジュウと光のやりとりを見て微笑み、ジュウと目が合うと、小首を傾げて見つめ返してくる。



対するジュウはなんだか気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
数か月前の光雲高校の騒動以来、ジュウは雨に対して、これまでに無い気恥ずかしさを覚えていた。
ジュウはその騒動で死にかけた(とはいっても結局は擦り傷程度だった)のだが、その際になんだかんだあって、泣きじゃくる雨の頭を暫くなで続けることになったのだ。
しかも、公衆の面前で。
それ以来、普段通り接することもできるのだが、あの眼で見つめられると、どうにも参ってしまうのだ。
原因をジュウなりに考えてみたのだが、考えるほどにモヤモヤとした煙が頭に充満するだけで、意味はなかった。
……やめだ、こんなことを考えてもしようがない。
ジュウは頭を切り替えて、大人しく光の罵声を浴びることにした。
そうしているうちに、いつもの別れ道までやってきた。
ジュウは手を挙げて、いつも通り、じゃあな、と声をかけようとしたが、それよりも早く、雨がこんなことを言い出した。

「光ちゃん、ジュウ様に用があったんじゃないの?」

光はその言葉にギョッとした顔をすると、慌てて否定した。

「な、な、なななんであたしがこいつに!?」

「今日は補習があるはずだったから、光ちゃんがあの時間に学校に来るなんておかしいもの。だから、ジュウ様に用があるんだと思って。違う?」

なるほど、言われてみれば確かにそうだ、とジュウは思う。
光は、補習があることを知っていた。
それなのにあんな時間から校門で待ち構えていたのはおかしい。
8 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2014/11/25(火) 20:36:32.53 ID:tQslcSvIO
今は冬であり、そんな中待ち惚けをして風邪を引いてしまえば、そんなことはなかったとしても、雨は自分に責任を感じてしまうだろう。
それを良しとするほど、光のシスコンは伊達ではない。
うちの高校において、まだ中学生である光の知り合いは限られてくる。
そうなると消去法的に、ジュウに用事があって来たのだと考えられる。

「うう、う、うぅーっ……!」

顔を真っ赤にした光は、全身をプルプルと震わせながら、ジュウと雨の顔を交互に見比べている。
どうやら、雨の前では言いづらい内容のようだ。
その葛藤を察したジュウは、雨に声をかける。

「おい」

「はい、ジュウ様」

「お前、先に帰ってろ」

「え?」

光の間抜けな驚きの声を無視して、ジュウは雨の返事を待った。



9 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:37:04.38 ID:tQslcSvIO
「………………御意」

雨はジュウの命令に少し動揺したようだったが、数瞬思考を巡らせると、大人しく頷いた。
そして、まだ若干混乱気味の光を一瞥し、それからジュウをじっと見上げる。
その姿はなんというか、まるで置き去りにされる子犬を見ているようで、ジュウの中で罪悪感が首をもたげてくる。
しかし、今更命令を取り下げることもできず、雨はジュウを見上げたまま、ジュウは雨を見下ろしたまま、二人はその場でほんの少しの間、見つめ合うことになった。

「……では、お気をつけてお帰りください、ジュウ様」

暫くそうしてから、雨は深々と頭を下げると、普段よりもややゆっくりとした動きでその場をあとにした。

「お、お姉ちゃ……」

光はその様子を見て、雨を引き止めようと一瞬腕を伸ばしかけるが、何かを躊躇うように瞳を伏せ、その場で力無く腕を下ろした。
そして、ジュウの方を振り向くと、普段よりも威力不足の眼光(普段から迫力不足ではある)を飛ばしてくる。

「……あんな言い方……」

「他にどうしろって言うんだよ」
10 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:37:36.20 ID:tQslcSvIO
遠回しな言い方をしても結局こういう結果になってしまうのは、この一年で嫌というほど身に沁みている。
光にとって敵であるジュウを頼らなければいけないというのなら、それは相当な悩みである筈だし、姉に言いづらいことだとしても、雨は妹の力になりたいと思うだろう。
だからこそ、こういう言い方をしなければ、雨はどこまでも食い下がる。
今回は光の頼った先がジュウであったこともあるので、ジュウが命令することで、雨も渋々、引き下がることができたのだ。
なにせ、騎士だの従者だの云々は、雨から言い出して来たことなのだ。
雨からすればジュウの命令は絶対だし、ジュウの意見がそのまま雨の意思になる。

「…………ばか」

光もおそらくそれをわかっている。
わかっていて、もっと他の言いようがあったのではないかとも思うが、それも考えつかないのか、搾り出した罵声は、短く、小さなものだった。

「…………」

ジュウは、その短い一言にどう答えるべきかわからず、口を閉じた。
軽口を言う雰囲気ではないし、開き直るべきでもない。
結果的に二人は沈黙を保ったまま、冬の屋外で冷たい風に曝されることになった。
身体を小さく震わせると、寒さに対してそこまで強くないジュウは辺りを見回し、取り敢えず暖を取ることを選択した。

「取り敢えず、そこのファミレスにでも入るか。寒いしな」
11 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/25(火) 20:38:35.47 ID:tQslcSvIO
「待って」

適当に目についた某全国チェーン店に向かって歩き出そうとしたジュウの制服の裾を摘まんで引き止めたのは、他でもない、光だった。
ジュウが足を止めて光を振り向くと、光は顔を俯かせ、唇をパクパクと開いたり閉じたりしていた。

「なんだ?」

何か言いた気な光に対し、促すように言葉を投げかける。
すると光は一度だけ唇をギュッと引き結び、何かを決意したように勢いよく顔を上げると、こう言った。

「あ、あんたの家に連れてって!」

その頬は、冬の冷たい風に嬲られたせいか、真っ赤に染まっていたのだった。

〜〜〜〜〜
12 : ◆yyODYISLaQDh [saga]:2014/11/25(火) 20:40:17.18 ID:tQslcSvIO
今日はここまで
新刊記念に勢いで立てた
後悔も反省もしていない
>>1に書き忘れたけど、更新は不定期です
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sagasage]:2014/11/25(火) 20:58:11.09 ID:i6xQALtLO
期待
頑張れ超頑張れ
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/25(火) 22:06:06.50 ID:3aw7i5Uf0
紅と電波的のSSか。期待
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/11/25(火) 22:17:24.50 ID:hv6F63RY0
乙、そして期待
紅に続いて電波的の新刊が出ることも期待してるんだがなぁ…
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/25(火) 22:57:08.71 ID:jAwJN6JpO
期待乙、だけど紅の何年後が電波だったと思ったけどクロスできるのか?
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/25(火) 23:39:53.92 ID:WivBTFqTo
期待
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/11/26(水) 00:05:58.87 ID:uKBP1nUhO
電波的書くのは精神的にきついのかね
あっち好きな人のほうが多いだろうに
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/26(水) 00:41:04.14 ID:2cGxgXQcO
このタイトルで反応できる人たちは結構いい年齢だろーなー
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/11/26(水) 00:44:52.61 ID:PlZYCHBSO
おつ
新刊出るとか驚いたわ
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/26(水) 08:20:54.63 ID:fM8EZ3XnO
>>18
目玉取る話は可愛そ過ぎて泣いたわ、
何の救いも無い、そんな結末が多いんだよね
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/26(水) 11:22:03.51 ID:Kb2vZStgO
>>21
電波も紅も後味悪い話が多いよな。
そして治安が悪すぎる。どんな修羅の国なんだよ・・・
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/26(水) 16:03:41.95 ID:QwW220Li0
>>16
確か電波的は紅の10年後の世界だから大丈夫じゃね?
24 : ◆yyODYISLaQDh :2014/11/26(水) 17:36:34.41 ID:6GLtC637O
>>23
あれ、10年後だっけ?
6〜7年後だと思ってた
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/26(水) 20:31:28.90 ID:QwW220Li0
>>24
醜悪祭の上巻で星噛さんが紅花の子が低学年くらいと発言してたはずだよ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/26(水) 21:28:36.99 ID:dadVG8dKO
昔に計算したら9年だと思ってたけど、間違えてたかな。
紅はまだ穏やかな感じだけど、それでも随所で皆狂ってるよね。
27 : ◆yyODYISLaQDh :2014/11/26(水) 21:31:58.96 ID:6GLtC637O
やっべー
原作確認したら確かに低学年って書いてあるな
なんか3〜4年生って記憶してたわ
まあめんどいからその辺テキトーでも良いよね
28 : ◆yyODYISLaQDh :2014/11/26(水) 21:34:15.72 ID:6GLtC637O
いややっぱ気になるから練り直すわ
もうちょい時間くれ
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/26(水) 21:48:27.95 ID:hzS9AyV4o
もうこんまま続けてもいいのよ。
待つのはもう嫌だ
30 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2014/11/26(水) 21:58:47.93 ID:6GLtC637O
まあ言っても展開には関係ないから、ちょいちょい切ったりはったりするだけなんで
珍譜堂でも読んで待ってて
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 15:24:01.03 ID:W77bMst6o

片山てんてー電波の新刊もお願いします
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 15:25:48.21 ID:B9ottkLmO
紅から読んだ俺は、それは紅香が子供守る為に流した偽情報だと思ってた
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/11/27(木) 17:29:23.97 ID:yt7ZbKg8O
SQの紅終わったら電波の漫画化もやってくれると思ったのに……
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/27(木) 22:18:59.89 ID:11dEd/U30
紅のアニメは大きく変わってたなー。正直驚いたわ
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/27(木) 22:22:06.00 ID:J4dFJmg+O
イヤだなあ、
紅はアニメ化されてませんよ
(ニッコリ)
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/27(木) 23:27:26.33 ID:11dEd/U30
>>35
紫「おかしいな。環はしていたと言ってたはずだぞ」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 00:10:10.03 ID:QyPPEJSqO
電波から読んでた身としては、アニメは紅香がイメージ違いすぎた
38 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:28:56.98 ID:TLlppmv/O
いくでー
39 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:30:10.36 ID:TLlppmv/O
=====

「で?」

村上銀子は、苛立ちを隠そうともせずにそう言い放った。
その視線は、椅子に腰掛けている彼女よりも更に下、無様にも床に正座させられている男に向けられている。

「……『で?』とは……?」

その視線を一身に受け止めている男、紅真九郎は、身体を強張らせながら鸚鵡返しのように聞き返す。
真九郎は、銀子がなにについて聞きたいのかはわかっていて、なぜ怒っているのかも当然わかっている。
しかし、後ろめたい気持ちがあるために、どうにか逃げ果せることができないものかと、大して良くもない頭を懸命に働かせているのだ。

「…………」

銀子はそれに対し、こめかみから青筋が立つ音が聞こえてきそうなほどに真九郎を睨む眼光を強める。
真九郎は恐ろしさのあまり、目を逸らすことはできても、その場から逃げ出することはできない。
真九郎の身体能力から言えば、運動音痴である銀子から逃げることは全くもって難しくはないのだが、もしそれを実行した場合の報復を思えば脚も竦んでしまう。
銀子は、ふぅ、と大きく溜息を吐くと、眼鏡を外してそれを自分の机の上に置き、瞼を閉じた。
この季節にしては若干短めのスタートから伸びる、タイツに包まれた脚を真九郎に見せつけるように組み直すと、銀子は再び喋り出す。
40 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:30:42.95 ID:TLlppmv/O
「真九郎、先週の月曜日は、何処で何をしていたのか、もう一度説明してくれる?」

質問の内容自体は、ひどく簡単だ。
当然、それに対する答えもひどく簡単であり、真九郎はそれに答える。

「だから、道に迷ったお婆ちゃんの案内をしてたらお茶に誘われて、まだ案内の途中だったから断われなくて……結局そのまま一日……」

「そう。じゃあ、火曜日は?」

銀子は、若干食い気味に質問を重ねる。

「仕事の依頼で猫探しを……」

「ふうん、それで、水曜日は?」

質問を重ねる。

「二日酔いで具合の悪い環さんを介抱してて……」

「へえ。木曜日は?」
41 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:31:49.22 ID:TLlppmv/O
質問を重ねる。

「夕乃さんが急に稽古をつけるとか言い出して……」

「なるほど。……で?」

「……『で?』とは……?」

こんなやり取りを、既に10回近く重ねている。
銀子は天井を仰ぐと、再度、ふーっ、と、大きく溜息を吐く。
人差し指の爪がコツ、コツ、と机に打ち付けられて、苛立たし気に音を鳴らす。
どうやら、我慢の限界らしい。
いや、既に限界など超えているのかもしない。
視線を真九郎に戻した銀子の眼光は、それほどに冷たく、鋭いものだった。

「私から言わせるのは酷だと思って、あんたが自主的に言い出すのを待っていたわけだけど、そんなに聞いて欲しいなら、そうするわ」

「…………」

勿論、真九郎もそんなことはわかっていた。
42 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:32:19.83 ID:TLlppmv/O
わかっていて恍けていたのだ。
しかし、その最後通告をもってしても、真九郎は口を噤む。
その顔色が真っ青でさえなければ、少しは格好もつくのかもしれないが、幼馴染の怒髪天を前にした真九郎には、それは無理が過ぎると言うものだった。

「金曜日、私との、幼馴染であるこの村上銀子との約束をすっぽかして、一体全体、何処で、誰と、何をしていたのかしら?」

「ごめんなさい!」

自分の人生で、一体これまでに何度土下座をしたことだろう。
その中でも今回は、まず間違いなくナンバーワンにエントリーされるぐらいに、美しい土下座だろう、と真九郎は思った。
当たり前なことに、土下座の美しさなど、された当人である銀子には関係あるはずもなく、真九郎の頭上から降り注ぐ威圧感はますます勢いを増していく。

「真九郎、紅真九郎くん、揉め事処理屋の紅真九郎くん、開業してから10年近く経つのに未だにペット探しが主な業務内容の紅
真九郎くん? 私はあんたの土下座なんか見たくないのよ。質問に答えてくれればそれでいいの。わかる?」

頭上から降り注ぐ精神攻撃は、傷口にグリグリと指を押し付けられている光景を真九郎に思わせる。
普段無口な銀子だが、幼馴染で親友である真九郎といるときはその例ではない。
しかし、その会話も淡々としたものであり、ここまで感情的に言葉をぶつけてくることはかなり稀である。
それほどまでに怒り心頭なのだ。
……もうこれは、正直に話すしかないか。
43 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:32:51.26 ID:TLlppmv/O
そう思った真九郎は顔を上げようとするが、ぎゅむ、と上から押さえつけられてしまう。

「誰が顔を上げて良いと言ったの?」

幼馴染の女の子に頭を足蹴にされる経験も、なかなか無いだろう。
真九郎も、そんなことはあり得ないと思っていた、ついさっきまで。
しかし、こんな状態でも屈辱より恐怖が心の大半を占めている真九郎に、もはや為す術は無い。
事実を言えば、既に怒髪天の銀子の怒りはそれを超え、どうなってしまうかわからない。
それでも真九郎は覚悟を決め、拳を握り、口を開いた。
その時。

「真九郎! 遊びに来たぞ!」

真九郎の部屋の古びたドアが勢いよく開かれ、同時に快活な声が飛び込んでくる。
肩甲骨の辺りで揃えられた黒髪が、扉から吹き込んでくる風に靡き、鮮やかに輝く。
可愛らしくも美しい顔立ちが、声音と同じく楽しさを全面に押し出すように綻び、その笑顔はどんな人間が相手でも心を和ませてしまうだろう。
この少女の名は九鳳院紫。
自称、紅真九郎の婚約者である。
そして、少女は扉を開け放ったまま、その笑顔のまま固まった。
44 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2014/11/28(金) 01:34:04.16 ID:TLlppmv/O

「「「…………」」」

その時、確かに時は止まっていた。
自室で土下座する男性に、椅子の上で見下ろしながらその頭を足蹴にする眼鏡の女性。
この構図を見て、瞬時に状況を理解できる人間はまずいないだろう。
三者三様にフリーズした、ある種の三つ巴のような状態から、一番早くに動いたのは土下座をしていた男、真九郎だった。

「むむ、む、むむ紫!? な、なんでこんなところに!?」

「あ、あ? あぁ……遊びに、来た……のだ、が……?」

真九郎の問いに、つっかえつつも答える紫。
その視線は未だに定まってはいないないが、真九郎と銀子の間を行ったり来たりしている。

「さ、さっきのは違うんだ紫。 えっと、えーっと……ぎ、銀子! 銀子もなんとか説明を……!」

テンパり過ぎて普段からも働かない頭が更に働かない真九郎は、幼馴染に助けを求めて振り返る。

「もう……おしまいだわ……」

「銀子ーーー!!」

そこには、変な場面を見られたせいで真っ白になって膝を抱える、幼馴染の姿しかなかった。

〜〜〜〜〜
45 : ◆yyODYISLaQDh :2014/11/28(金) 01:34:47.95 ID:TLlppmv/O
ここまで。
今日は紅パートでした。
説明不足が多いけどそこは追い追い。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 07:59:52.18 ID:AI6cwtwKO
「こういうプレイなんだよ、紫」キリッ
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 10:24:42.22 ID:w2N2N9/0O
乙!のんびり6年位掛けて書いていいのよ
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 12:07:26.42 ID:PQ22PUumO

10年後って事は、真九郎達ももうアラサーか……
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 12:10:04.23 ID:MzJwXupYo
>>48
26じゃないの?
確か紅の真九郎って16歳だった気が
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/28(金) 13:10:24.21 ID:e6rhNmTB0
>>49
夕乃さんはアラサーで環と紅化と闇絵さんはアラフォーってことか。・・・おっとこんな時間に誰か来たみたいだ
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/28(金) 13:37:31.87 ID:NgGvhe5Do
乙です
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/29(土) 00:47:40.73 ID:5Et+L7QYo
紫はJKなのかJCなのか
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/29(土) 00:49:31.66 ID:yrzvQB/Mo
>>52
17歳です
54 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2014/11/29(土) 02:38:23.39 ID:t/YdTk7HO
(10年近くって書いたけど実は9年のつもりだったなんて言えない…)
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/29(土) 13:27:01.15 ID:dECMRCMz0
それでもいいから書くのです
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/30(日) 17:52:29.81 ID:YA8eehNio
はよ
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/30(日) 19:22:44.27 ID:JD/Yetl1O
ちーちゃん参戦もあるのか(ゴクッ)
58 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2014/12/02(火) 18:33:00.49 ID:U6LtA2flO
つーかモノローグで「この一年」とか言ってるけどまだ出会って半年ちょっとぐらいじゃんね
脳内補完よろしく
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/16(火) 23:55:43.38 ID:TthW5QXMo
さっさとかけたろう
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/24(水) 08:14:33.51 ID:IUqDdnBFO
追いついた!
昨日電波のアニメ見返したばかりで
こんなスレがあったとは
超俺得
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2014/12/26(金) 00:16:54.88 ID:DySJEThBO
まだかなー
62 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/01/02(金) 21:40:30.84 ID:Wf2PHQphO
もう一ヶ月か
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/02(金) 21:55:46.55 ID:rH23IbaDo
そうなのか…
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/06(火) 11:50:37.86 ID:LjSrKTWWo
待ってるよー
65 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/01/08(木) 15:11:00.73 ID:Cwd3kG63O
新刊読んだら本気出す
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 16:03:39.19 ID:+PxJRIVmo
勝手にして
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/08(木) 21:27:04.36 ID:fdHZUxR2O
早く読め!
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/09(金) 20:48:53.64 ID:C4TMqRkDo
新刊って未だ出ぬ奴じゃないよね?歪空だよね?
早く読み終わってください
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/23(金) 07:55:08.41 ID:mMCghhJEO
待ってる
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/31(土) 08:20:33.73 ID:VCPIyndAO
おれも歪空見終わった
面白かった
電波の続刊出ないかなー
71 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/02/07(土) 10:42:52.37 ID:pOo9wVP8O
テイルズが忙しくて全然書けてない
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/07(土) 16:56:15.92 ID:imL6wj3Xo
そうですか…
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/10(火) 14:05:00.56 ID:aD+nt2j3O
まあ
待つよ
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/01(日) 00:37:15.48 ID:/1FhykmYO
待つ
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/04(水) 00:22:47.76 ID:/BmjvgX5O
マダー?
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 01:49:39.19 ID:jZgZVqFcO
>>71
テイルズと同時進行でもいいんで続きを…!
続きを早うオナシャス!
77 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/03/05(木) 23:36:27.98 ID:CTS/ljFaO
すまんな
一週間以内には投下する
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 23:51:31.78 ID:64I/KV4ho
待ってる…
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/06(金) 15:10:18.10 ID:uBWvqI5fO
待ってるぞ
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/11(水) 14:29:33.69 ID:25YECDZvo
今日か明日か
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/16(月) 16:34:50.19 ID:yPMi7ThZO
月曜日<続き、待ってる。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/19(木) 00:36:32.16 ID:tOd/0K/dO
長い一週間だぜ…
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/27(金) 01:14:08.68 ID:DZe6S6dlO
舞ってるよ。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/03(金) 11:26:05.30 ID:/FSKKjk1O
おいこら
早くこないと、一生完結させることができなくなる呪いをかけるぞ
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/08(水) 23:39:44.57 ID:l5ErbPO+o
時間かかっても完結だけはしてほしいなって
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [マダー?]:2015/04/18(土) 17:21:17.81 ID:suz/0hTOO
age
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [マダー?]:2015/04/29(水) 13:55:07.44 ID:kdeDkLyZO
GW中に>>1が来て投下する…はず!
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/04/29(水) 16:30:11.88 ID:Z+pI/KZNO
早く書くのです
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/04(月) 16:06:10.30 ID:32iz6k3UO
おいぃ
90 : ◆yyODYISLaQDh [sage saga]:2015/05/06(水) 05:30:32.11 ID:5SUkXYlxO
週末投下予定
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/06(水) 15:00:29.65 ID:GVa5RhHWO
>>90
キターーー!!!楽しみなんだぜ!
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/06(水) 16:24:17.81 ID:jLt+bmOf0
>>90
やったぜ。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/06(水) 20:35:58.58 ID:xUjc4a8GO
そうですか…
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/11(月) 06:41:50.91 ID:G6037G9HO
また来ないのか…?
95 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:33:15.50 ID:AekEfTjZO

=====

誰が言い出したのか知らないが、溜息をつくと幸せが逃げていくらしい。
しかし、柔沢ジュウは今の状況に溜息をつかずにはいられなかった。
場所は自宅のダイニング。
テーブルには湯呑みが2つ用意されており、一つは当然ジュウの物。
もう一つは、堕花光の物だ。
光は湯呑みに視線を落とし、くるくると回して弄んでいる。
その唇は拗ねるように少し尖っており、年齢相応の子供らしさを感じる。
その様子は微笑ましくもあるが、今のジュウにとっては面倒な相手でしかない。
ジュウは再度溜息をつくと、面倒臭そうに口を開く。

「で? なんで俺がお前とデートしなきゃならないんだ」

「で、デートじゃない! デートのフリ!」

間違えないでよ!、とジュウに向かって怒鳴る光だが、ジュウにとっては同じことだ。
なぜ、こんな面倒なことを光が言い出したのかといえば、そもそもの発端は光が同級生に告白されたことにあるらしい。
それに対し、光は丁寧に断ったのだが、相手はそう簡単に折れてはくれなかった。
何度も告白を繰り返されて参ってしまった光は、安易な発想から、彼氏がいると言ってしまった。
しかし、相手もそんなことで折れるぐらいならこんなことにはなっていない。
それを証明するように要求された光は、渋々、ジュウに助けを求めることにしたのだという。








96 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:34:05.93 ID:AekEfTjZO

「なんで俺なんだ。伊吹にでも頼めばいいだろう」

「それは……」

そう言って、再び俯いてしまう光。
先日の騒動のとき、光は最後に伊吹と和解したようだったが、やはり一度できた溝はそう簡単に埋まらないのかもしれない。
しかし、自分を頼るのは良くないだろう、とジュウは眉間に皺を寄せる。
光はジュウとの噂をばら撒かれ、酷い目に遭っているのだ。
それは全くの事実無根であり、写真なども合成の嘘っぱちだった。
しかし、本当にデートをしてしまえば話は別だ。
恋人同士であることが光の嘘だったとしても、そういうことが事実として一度でもあったのなら、光の立場は再び悪くなってしまうかもしれない。
幸福クラブのような連中がいないとも限らないし、実際その思考に毒された者にジュウは殺されかけたのだ。
それに、光は姉と同様、容姿端麗文武両道。
妬みや嫉みで、光を陥れようとする奴はゼロではないだろう。
総合的に考えて、良い判断ではない。
ジュウは湯呑みを煽ると、自分の答えを切り出した。

「断る。どう考えても、お互いのメリットよりもデメリットの方が大きい。諦めて、相手が飽きるまで我慢しろ」

助けられるなら助けてやりたい、という気持ちはある。
97 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:34:32.05 ID:AekEfTjZO

しかし、行動の結果が現状よりも悪い方向に傾くのなら、それを許容することはできない。
ジュウの答えに、光は納得していないようだった。
上目遣いにこちらを見上げ、何かを訴えるように見つめてくる。
こういうところは、雨に似ている。
姉妹揃って、たまに犬っぽい振る舞いをしてくるのだ。
雨が小型犬だとすれば、光は大型犬。
どちらも愛らしいことに変わりはないが、それに負けて、ここで折れてしまうわけにはいかない。

「……姉貴にでも相談してみろよ。何かいい案が出るかもしれないし……」

「そ、それはダメ!」

何の気なしに出した提案だったのだが、光は思った以上に突っぱねてきた。
テーブルから身を乗り出して、全力で拒否の姿勢を表してくる。
その拍子に湯呑みが揺れ、お茶が少し溢れる。
気づいた時には間に合わず、お茶が光の手に少しかかってしまっていた。

「熱っ……!?」
98 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:35:28.98 ID:AekEfTjZO

淹れたてではないにしても、火傷の心配はある。
ジュウが光の手を取って確認すると、指先が少し赤くなっていた。

「来い」

「えっ……」

光の手を引いて誘導すると、ジュウはシンクの蛇口をひねった。
水が十分冷たいのを確認して、そのまま光の指を流水にさらす。
暫くそうしてから光の指先を確認すると、さっきよりは赤みが引いたように見えた。
ジュウはいつだったか、ズブ濡れの雨の頭を拭いてやったことを思い出した。

「も、もういいからっ……」

「ん? ああ」

ジュウから逃げるように手を振り払う光。
光は顔を俯けて、悔しそうな表情でジュウに掴まれていた手を握りしめている。
咄嗟の判断とはいえ、勝手に手をとったのは軽率だったか。
その体勢のまま黙り込んでしまった光を見て、ジュウは怒鳴り声が飛んでくるまで、片付けをすることにした。
99 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:36:02.82 ID:AekEfTjZO

布巾を取って、テーブルに溢れたお茶を拭っていく。
幸い、床にまで被害は及んでいなかったので、簡単に処理できた。
湯呑みを綺麗にして、急須に残っていたお茶を注ぐ。
暫く放置していたので、急須の中身は既に冷めていた。
さっきよりも渋味の強くなったお茶をジュウが眺めていると、光が漸く口を開いた。

「あんたのせいよ……」

「は?」

「あんたがあんなになってまで助けてくれたから、今度も期待しちゃったのよ! 悪い!?」

「な……」

唐突な逆ギレに絶句するジュウ。
光はそんなジュウの様子もお構いなしに、怒声をぶつけてくる。

「もう! なんなのよ! しょうがないでしょ! 私はあんたにお願いしてるの! 伊吹さんは関係ないでしょ!」

「い、いや、でもな……」
100 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:36:59.61 ID:AekEfTjZO

光の勢いに気圧されて、思わずたじろぐジュウ。

「なんであんたはダメで伊吹さんなら良いのよ!」

「なんでって……あいつは優等生で空手部の主将だし、俺は不良だ」

「髪!」

「は?」

「黒くしなさい! そしたら不良に見えないでしょ!」

「いや髪の色一つで」

「今度の日曜日の正午に駅前で! それまでに黒くしておきなさいよね! 私はもう帰る!」

一方的に約束を押し付けてから湯呑みを煽り、バタバタと帰り支度を済ませる光。

「ごちそうさま! お邪魔しました! 馬鹿!」

律儀に挨拶をして、最後に罵声を投げつけてから荒々しく玄関のドアを閉める光。
断る時間すらも与えられなかったジュウは、その背中を見送ったまま、再び大きく溜息をついた。

〜〜〜〜〜
101 : ◆yyODYISLaQDh :2015/05/11(月) 11:39:17.43 ID:AekEfTjZO
待たせて遅れて申し訳ない
原作の文体を意識してみたけどゴチャゴチャになるんでやっぱり自分の書き方でやっていきます
他人の文体は難しい
102 : ◆yyODYISLaQDh [sage]:2015/05/11(月) 11:51:48.50 ID:AekEfTjZO
番外【堕花光01】

勢いに任せて、約束を取り付けてしまった。
困惑と、呆れが入り混じったあいつの顔を思い出す。
憎たらしいったら。
何が伊吹さんよ。関係ないじゃない。
私はあんたにお願いしに来たのに。
指先を見つめる。
まだ少し、火照っているような感じがする。
火傷のせいじゃない。
別に、最初から熱くはなかった。
条件反射的に、熱い、という言葉が出てきてしまったのだ。
あいつに握られた手首。
大きくて、硬くて、熱い、あの掌。
父親とは少し違う、優しい眼差し。
断られたのは、想定内。
でも、断られた理由は、想定外。
面倒っていうのは、やっぱりあると思う。多分。
でも、自分が不良である事を気にしていた。
つまり、外聞が悪いということ。
あいつの外聞。そして、私の……。
馬鹿、と毒づく。
こんなことで赤くなって、馬鹿みたい。
手首をさする。
まだ少し、あいつの熱が残っている気がした。











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