【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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52 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:28:50.17 ID:ibyFM1MOo
―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。
53 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:29:31.72 ID:ibyFM1MOo
茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。
54 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:06.20 ID:ibyFM1MOo
茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。
55 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:30:46.27 ID:ibyFM1MOo
 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。
56 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:32:30.07 ID:ibyFM1MOo
 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。
57 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:33:07.21 ID:ibyFM1MOo
茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。
58 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:09.39 ID:ibyFM1MOo
―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。
59 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:34:58.02 ID:ibyFM1MOo
 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え〜……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ〜、しっぽぉ〜」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う〜ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。
60 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:35:49.13 ID:ibyFM1MOo
茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。
61 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:36:36.36 ID:ibyFM1MOo
茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。
62 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:22.03 ID:ibyFM1MOo
空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。
63 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:37:59.87 ID:ibyFM1MOo
茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん〜……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。
64 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:38:47.07 ID:ibyFM1MOo
 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ〜」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ〜」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。
65 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:39:25.72 ID:ibyFM1MOo
フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。
66 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:20.59 ID:ibyFM1MOo
 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。
67 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:40:51.13 ID:ibyFM1MOo
 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。
68 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:41:29.47 ID:ibyFM1MOo
 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。
69 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:11.92 ID:ibyFM1MOo
茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。
70 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:42:57.01 ID:ibyFM1MOo
空(……不謹慎過ぎるかな……)

 空は高鳴る胸の鼓動を押し留めるように、脳裏にそんな考えを巡らせる。

 まあ、議論の余地も無く不謹慎だろう。

 しかし、空は自責から必要以上に落ち込まぬようにと、前を見据えて走る速度を上げた。

 通路の終端に置かれたロッカーに脱いだ制服を放り込み、各々の愛機に向かって走る。

 先にハンガーにいたレオン達も早々にパイロットスーツに着替え、
 それぞれの乗機に乗り込もうとしている最中だ。

 そんな光景を横目に、空もエールに乗り込む。

サクラ『01、11、12、261、262、263、264。各機搭乗確認。
    戦況確認に入りますが宜しいですか、朝霧副隊長?』

 空がコントロールスフィアに入った途端、そんな風に堅苦しい口調で聞いて来たのは、
 ほのかがオペレーターチーフを務める中、代役でタクティカルオペレーターチーフを務める事となったサクラだ。

 先日の出撃の際には、緊急でそのままほのかがチーフだったので、今回が初のチーフ業務と言う事になる。

 訓練はしていたが、初のチーフ業務で緊張しているのと、彼女らしい生真面目さ故だろう。

空「お願いします、マクフィールドオペレーター」

 空も彼女に習って返すと、サクラは一呼吸置いてから説明を始めた。

サクラ『確認されたイマジンはクモ型……虫の方のクモね。
    前に現れたアルマジロ型とは丁度反対側に当たる外郭自然エリアと
    居住区の間にある運河で巣を展開しつつ、軍のギガンティック部隊と交戦中よ』

 一呼吸置いた事で緊張が解れたのか、サクラは普段通りの口調で戦況を説明する。

空「巣、ですか?」

??『はい、クモの巣です。

   戦闘フィールドを形成しているのか、それとも本来のクモと同様、餌を捕獲するためのネットなのかは、
   ライブラリに照合して似たような行動を取ったイマジンがいないか検索中です』

 怪訝そうに尋ねた空に、サクラの補佐で司令室入りしたタクティカルオペレーターの加賀彩花【かが あやか】が、
 少しだけ強張った声で返した。

 ロイヤルガードからの出向組である彩花は、サクラ以上に緊張しているようだ。

 そうこうしている間に、リニアキャリアは戦場に向けて走り出していた。
71 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:43:37.83 ID:ibyFM1MOo
―4―

 メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 軍のギガンティック部隊が展開している干渉地帯の後方に到着した機関のリニアキャリアから、
 空達は愛機を発進させた。

サクラ『01、12はモードDに合体後、上空からイマジンへ攻撃を。
    11は地上で撹乱、及び01の支援を』

空「了解です。フェイさん!」

 サクラの指示を受けた空はフェイに合図を送る。

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

 フェイの返答と共にシステムを切り替えてモードDへと合体すると、運河を見渡せる高度まで上昇した。

 軍のギガンティック部隊は、外郭自然エリアと運河を半円を描くような陣形で取り囲んでいるようだ。

 その半円の中心には、サクラから説明を受けたクモの巣が見える。

 どうやらクモ型イマジンは今も巣を拡大中らしい。

 軍のギガンティック部隊も威嚇射撃を続けているが、
 低火力の魔力弾による射撃は脅威でも無いと言いたげに、クモ型イマジンは悠然と巣作りに集中していた。

 しかし、それ以上に空の目を引いたのは、イマジンのサイズだ。

空「かなり、大きいですね……」

フェイ「以前に戦闘したバッタ型と同等のサイズでしょうか」

 愕然と漏らした空に、フェイが淡々と応える。

 市民街区と外郭自然エリアを隔てる運河は、決して狭くはない。

 大型の貨物船が最大で三隻まで余裕を持ってすれ違えるように、三百メートルの広さがある。

 イマジンの全長は目測でも運河の幅の二割強……七十メートルはあるようだ。

空「こんな大型イマジンにここまで侵入されるまで気付かないなんて……」

 空はそんな当然の疑問を口にする。

 これだけ大型のイマジンだ。

 メガフロート内に侵入できるルートはかなり少ない。

 四十年以上前に閉ざされたままの空港の大型隔壁か、
 こちらも閉ざされたままになっている外部の港湾施設の隔壁を破壊しなければならないだろう。

 だが、そんな情報は入って来ていない。

フェイ「排水口や排気口から出入り出来るサイズではありませんね。
    以前の軟体生物型のように隠密性の高いイマジンか、或いは……」

空「それって……」

 どこか思案気味な様子で漏らしたフェイに、空も思い当たる節があるのか何かに気付いたように口を開く。

 だが、その瞬間――

レミィ『イマジンが動くぞ!』

 地上で河岸に達しようとしていたレミィが、その気配を察して叫んだ。

空「ッ!?」

 空は息を飲んで驚きながらも長杖を構え、両腰の魔導ランチャーを展開する。
72 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:44:21.76 ID:ibyFM1MOo
 それとほぼ同時に、巨大なクモ型イマジンの頭部が飛んだ。

 胴体と泣き別れになった頭部は、そのまま溶けるように変態して十五メートルほどのクモ型となる。

空「分離した!? それならっ!」

 しかし、空はそれに一瞬だけ驚きながらも、すぐに立て直し、長杖から魔力砲を放つ。

 狙ったのは分離した頭部ではなく、そのまま残っていた胴体……中でも一際大きな腹だ。

 空の魔力砲は呆気なくイマジンの腹を貫通し、川面に当たって乱拡散して巣を一気に散り散りにした。

フェイ「初弾命中確認」

 フェイが冷静に状況を伝えるが、その声音には僅かな歓喜すらない。

 まだ状況が好転していない事を、彼女は察知していたのだ。

 その証拠に、腹に巨大な貫通痕を穿たれたクモ型イマジンは、
 僅かに貫通痕の周辺が霧散を始めたものの、残る部位は健在だ。

 だが、すぐに変化が訪れる。

 残った身体の部位が細かく千切れ飛び、
 頭よりも小さな十メートル程度のクモ型となって外郭自然エリアへと散って行く。

空「やっぱり! 該当イマジンは集合型です!」

 空は予感的中と言わんばかりに、通信機越しに司令室に向けて叫んだ。

 集合型イマジン。

 ごく稀に出現するイマジンで、その構造は見ての通り、
 無数の同型イマジンの群が寄り集まって出来た大型イマジンだ。

 司令塔となるイマジンが頭部や心臓部などに位置し、
 身体を形成した群の他個体を先導する形で行動する。

 個体としては弱いが集合体となった場合は、
 個体全ての魔力が積算されるため相応に強力なイマジンとなるのが特徴だ。

 集合型がこのような行動を取るのは、自分達がより大型のイマジンに捕食されないためとも、
 小型イマジンへの威嚇行動とも言われているが、本当の理由は定かではない。

 今回の場合、一回り大きな頭部が司令塔で、それ意外が群と言う事だろう。

 集合型ならば、分離してしまえば排水口や小さな隔壁を破って侵入する事も可能だ。

 膨大な魔力を放つオリジナルギガンティックの接近を察知して、
 いち早く司令塔が分離した事と、的が大き過ぎた事もあって大した被害は与えられていない。

 だが、それなりの数を減らす事が出来た。

 また、司令塔が残っているためか、群の統率も失われていないようだ。

 そのお陰で、てんでバラバラに動かれて包囲網を突破される事も無くなった。
73 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:14.72 ID:ibyFM1MOo
 そして、その戦況は司令室にも伝わっていた。

彩花「集合型イマジン、全体総数の約八十パーセントまで減少。
   魔力平均十二万。最大は司令塔と思われる個体の四十五万です!」

 リズ達からの観測情報を受けた彩花が、まくし立てるように情報を読み上げる。

 その報告を受けて、明日美は僅かに考え込んでから口を開く。

明日美「第二十六小隊は現場に急行。

    朝霧班は第二十六小隊到着までイマジンを牽制、再集合を防ぎなさい。
    増援が到着次第、司令塔を撃破してから各個撃破へ!」

ほのか「司令、副司令。
    01用に追加の大推力ブースターと予備のシールドスタビライザーの使用を進言します」

 明日美の指示で各オペレーターが動き出す中、
 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかがそんな案を持ち掛ける。

 その提案にに応えたのはアーネストだった。

アーネスト「許可する。

      柊チーフ代行、整備班に指示を。
      リニアキャリアは予備の四号を使いたまえ」

雪菜「了解です。
   リニアキャリア四号に整備用パワーローダー、
   及び、01用高機動空戦コンテナを積載開始。
   積載完了次第、発進体勢へ!」

 アーネストの指示を受けて、雪菜が整備班に通達を行う。

 その状況を見ながら、明日美は深く息を吐く。

明日美「ハァ……まさか、この状況で九年ぶりの集合型とは……」

アーネスト「例の軟体生物型の時ほど危急ではありませんが、あまり歓迎したくは無い状況ですね……」

 溜息混じりの明日美の言に、アーネストも小声で応えてから肩を竦めた。

 ドライバー達には十分にシミュレーターで訓練させているが、
 現在のドライバーの中で集合型イマジンとの実戦を行った者はいない。

 加えて、件の卵嚢騒ぎで頭数も少ないと言う苦境である。

明日美「これ以上の面同事は………あ、いえ、言うべきでは無いわね」

アーネスト「噂をすると、ですからね」

 言いかけて口を噤んだ明日美に、アーネストも微かな苦笑いを浮かべて呟く。

 そうこうしている間に、リニアキャリアへの積載が完了したようだ。

クララ「第二十六小隊専用リニアキャリア発進に続けて、四号発進どうぞ!」

 クララが指示を出すと、司令室側面のモニターに二編成のリニアキャリアが発進して行く様が見えた。
74 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:45:54.02 ID:ibyFM1MOo
 リニアキャリア発進から五分ほど経過した頃。
 再び、メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 空達は三機が分離状態で三方向から魔力弾を放ちつつ、
 集合型イマジンを一つ所に留まらせないように牽制を続けていた。

 隙を見せればまた合体されるので、それを避けるためだ。

レミィ『まったく……ちょこまかと跳ね回るな!』

 レミィが苛ついたように叫び、ヴィクセンの口腔部から魔力弾を放つ。

 胴体に魔力弾を掠めた兵隊クモは、のたうち回りながら霧散して行く。

イマジン『KaTiッ! KaTiKaTiッ!!』

 だが、司令塔イマジンは牙を鳴らして部下達に指示を送り、すぐに隊列を整えさせる。

 その指示の下、兵隊クモ達は仲間を失った事に動揺する素振りも見せず、
 整然と機械のように動き続けるのだ。

 空達が隙を窺いつつ兵隊の数を減らしても、正に“焼け石に水”と言うレベルだった。

茜『待たせたな!』

 背後から茜の声が響き、長杖を構えて砲撃を続けるエール……空の隣に、クレーストが降り立つ。

 さらに、レミィの元にはレオン、フェイの元には紗樹と遼の機体が後方支援に付いている。

空「茜さん! レオンさん達も!」

 予想以上に素早い仲間達の到着に空は驚きの声を上げつつ、
 不謹慎とは思ったものの、早くも叶ってしまった茜との共闘に、内心で歓喜する。

茜『空、君は後方に下がって装備の換装を!』

空「ハイッ!」

 空は声を弾ませ、茜の言葉通りに後方に下がる。

 止まって砲台になっている分にはあまり不便を感じる事は無いが、
 こうやって動くと相変わらず挙動が重い機体だ。

 空は十分な距離を取ってから機体を反転させると、
 ブースターを噴かしてリニアキャリアとの合流地点へと向かう。

 空が合流地点へとたどり着いた時には換装準備は既に始まっており、
 リニアキャリアから発進した三台の大型作業用パワーローダーが、
 展開したコンテナから装備を取り出している途中だった。

 整備班も気付いたのか、誘導灯を装備した小型パワーローダーが
 空の到着に合わせて着地地点へと誘導を開始する。

 空が誘導通りに広い交差点へと降り立つと、
 背後と左右から装備を保持したパワーローダーが滑り込むように進み出た。

空「お願いします!」

整備班1『あいよ、副隊長さん! 超特急で済ませまさぁ!』

 空の声に景気よく応えたパワーローダーのドライバーは、
 手早く背面の小型ブースターを取り外し、大型の大推力ブースターへと換装させる。

 左右のパワーローダーも、既に取り外されている肩のドッキングコネクターに合わせ、
 シールドスタビライザーを装着させた。

空「システムリンク確認……簡易OSS接続……完了!
  換装作業、ありがとうございます!」

 空はディスプレイを見ながら換装が完了した事を確認すると、感謝の言葉を残して飛び立つ。

整備班2『どう致しまして!』

整備班3『大暴れしておいでよ!』

 先程とは別の整備班達の言葉に背を押されるようにして、空は戦場へと舞い戻る。
75 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:46:42.50 ID:ibyFM1MOo
空(ブースターの推力もさっきよりは高いし、
  シールドスタビライザーの浮遊魔法のお陰で機体も軽い……。

  シミュレーション通りモードDほどじゃないけど、
  これなら合体しなくても、いつもぐらいには戦える!)

 空がそんな感想を抱いた頃には、彼女は戦闘空域に到達していた。

空「お待たせしました!」

 空は上空で静止すると、長杖をカノンモードに切り替えて牽制弾を敵のただ中へと向けて放つ。

イマジン『Kaッ! TiTiTiTiTiッ!』

 対する司令塔イマジンは兵隊クモに指示を飛ばし、十数体で防壁を作り上げた。

 砲撃の射線上に合わせてみっちりと敷き詰められたタイルのようになったイマジン達は、
 空の放った砲撃を相殺するのと引き換えに霧散して消えて行く。

 これで二割方の兵隊を消し飛ばしたが、まだ司令塔は無傷だ。

 最初に兵隊から自身を切り離して逃げる算段を立てたり、
 今のように防壁を作り出したりと、かなり慎重な動きを見せる司令塔だった。

 だが――

?『そこぉっ!』

 空の砲撃が掻き消され、防壁となった兵隊イマジンが消え去ろうとする瞬間、
 濃霧のようなマギアリヒトの空間を切り裂いて、茜色の魔力を纏った黒騎士が突進する。

 茜とクレーストだ。

 右手に構えた大太刀に、身に纏う魔力と同じ茜色をした電撃が走る。

茜『天ノ型が参・改! 破天・雷刃ッ!!』

 雷電変換された魔力を纏った、全体重をかけた超高速の突き。

 本来ならば左の小太刀による陣舞と合わせた、高速二段突きの天舞・破陣がその真骨頂だが、
 敵の防御を突き崩す陣舞の役割は空の砲撃が果たしてくれた。

 部下の犠牲で自身の身を守れたと思い、次なる指示のために動き出そうとしていた司令塔イマジンは、
 目隠しのマギアリヒトの霧の向こうから突進して来るクレーストの姿に驚愕する。

イマジン『Kaッ――』

 慌てて指示を出そうと顎を鳴らした瞬間には、クレーストの突きは口から腹までを正確に刺し貫いていた。

茜『空、止めだっ!』

 茜は振り返る事なく、太刀の切っ先を後方上空に振り払うようにして放り投げる。

 一方、空も油断無く次弾を放つ手筈を整えていた事もあり、驚きながらも茜とのコンビネーションに応える事が出来た。

空「了解ッ! 出力ハーフマキシマム……ファイヤッ!!」

 カノンモードのままの長杖から、巨大な魔力砲弾が放たれる。

 フルチャージでは無いが、魔力の弱い個体相手ならばこれで十二分だ。

 空の放った一撃は、上空高くで藻掻く司令塔イマジンを瞬く間に消し飛ばした。

レオン『おっ、急拵えの割にいい感じに合わせて来るな』

 後方で間断なく牽制射撃を続けていたレオンが、その様子に歓声を上げる。

 シミュレーターや組み手で少しはお互いの呼吸を掴んではいたが、
 レオンの言葉通り、急造とは思えないほど整ったコンビネーションだ。
76 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:47:36.25 ID:ibyFM1MOo
空(凄い……レミィちゃんやフェイさんとのコンビネーションとも違う……。
  身体に馴染むような、不思議な感覚だ……!)

 急造コンビネーションの成功には、空自身も驚いていた。

 打ち合わせなど一切無く、茜が自分に合わせ、その茜に自分が合わせると言う、
 実に行き当たりばったりのコンビネーションだったにも拘わらず、この結果だ。

 オリジナルドライバー同士が幼馴染みであり親友同士でもあり、連携能力も高かったが故に、
 二機に選ばれた現在のドライバー同士でも通じ合う部分があるのだろう。

 阿吽の呼吸と言っても過言では無い能力だ。

空(これで……エールが完全だったら……)

 空は昂奮と同時に、そんな思いを抱く。

 もしも、エールが完璧な状態だったら……。

 せめて、AIが完全に起動していたら……。

 自分と茜は、どこまでのコンビネーションを見せる事が出来るのだろうか?

 そんな思いを抱かずにはいられなかった。

フェイ『隊列の瓦解を確認。各個撃破に移行します』

 だが、そんな空の思考の翳りを、フェイの冷静な声が振り払う。

空(戦闘中に何を考えてるんだろう、私……!)

 空は慌てて頭を振ると、副隊長としての任を果たすべく、仲間達に向けて回線を開く。

空「レミィちゃん、フェイさん!
  二十六小隊の皆さんと連携して一体一体、確実に倒して下さい!
  前衛は私と本條小隊長が務めます!」

サクラ『朝霧副隊長の現場判断に任せます。

    敵を残したら、その個体が司令塔になって増殖する危険があるわ。
    一体でも逃がさないように十分注意して!』

 空が指示を出すと、司令室のサクラからも注意の声が飛ぶ。

 集合型イマジンの一番厄介な所は、サクラの注意の通りである。

 一体でも残しておくと、周囲のマギアリヒトを吸収して司令塔と化し、新たな兵隊を作り出す。

 これまたサクラの言葉通り、一体残らず倒さなければならないのだ。

 そして、サクラの言葉を皮切りに、空の指示で全員が一斉に動き出す。
77 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:48:14.18 ID:ibyFM1MOo
茜『アルベルト、私と01の援護に着け!
  東雲、徳倉はそれぞれ12、11の後方支援だ!』

レオン『ウィっす、お嬢!』

紗樹『……東雲、了解しました』

遼『徳倉、了解』

 茜が指示を出すと、第二十六小隊の面々は返答と共にそれぞれの配置に回った。

 紗樹の返答が僅かに鈍かったのは、おそらくレミィの援護に付けなかったためだろう。

 そんな部下の様子に、茜は情けないやら微笑ましいやらで複雑な表情を浮かべて肩を竦めた。

 一方、イマジンにも動きがあった。

 いや、それは“動き”などと言える整然とした物ではなかった。

 司令塔を失ってバラバラに逃げ惑う、正に潰走だ。

 空達はそれらを追い掛け、一体一体、確実に処理して行く。

 中には錯乱して向かって来る者もいたが、それらも慌てずに撃破する。

 こうなってしまえば、後は作業だ。

 逃げ惑う兵隊イマジン達を追い掛けて、徐々に戦域も拡大しつつあるが、
 軍のギガンティック部隊が作る防衛ラインからの牽制射撃で追い返される。

空「何て言うか……こうなって来ると害虫駆除みたいだね……」

レミィ『相手も蜘蛛だしな……っと、少し離れた場所に動いたヤツがいる。
    私は徳倉さんとそっちを叩きに行く』

 苦笑い気味に漏らした空の言葉に応えたレミィは、そう言って戦列を離れて行く。

 空は横目でレミィのヴィクセンを見送りながら、
 正面から向かって来た兵隊イマジンを長杖のエッジで大上段から叩き斬る。

 確かに、戦況は空の言葉通り、害虫駆除の様相を呈していた。

空(嫌なタイミングで出現されたけれど、これなら何とかなりそう……)

 戦闘を続けながら、空は胸を撫で下ろす。

 この調子ならば、あと数分で全てのカタが付くだろう。
78 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:49:06.73 ID:ibyFM1MOo
 そんな戦場の雰囲気は司令室にも伝わっていた。

ほのか「今回は無事に終わりそうですね……。
    発見が早かった事と、イマジンが巣作りに注力していたお陰で、
    現状、人的被害も伝えられていませんし……」

 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかは、
 ディスプレイに次々と映し出されるデータを確認しながら呟いた。

明日美「ええ……。
    朝霧副隊長と本條小隊長の連携の練度も確認できたし、戦果としても十分ね」

 明日美も頷いてから、感慨深げに返す。

 実際、明日美の目から見ても空と茜の連携は見事だった。

明日美(流石に母さんと奏さん程ではないけれど……、
    それでもここまでの連携を見せてくれるとは思わなかったわ……)

 砲撃直後の突撃、ほぼ間隔を開けず上空への投擲に砲撃を合わせる。

 急造でここまでのコンビネーションを見せられたら、納得せざるを得ない。

明日美(派遣期間が終わってロイヤルガードに返すのが惜しいくらいね……)

 明日美は不意にそんな事を思う。

 あの二人を同じチームに所属させる事が出来たら……。

明日美(………出来れば、クライノートの適格者がいてくれたら、
    さらに良かったのだけれど……。まあ、無理ね……どちらも)

 と、そこまで考えて、明日美は溜息と共にその考えを否定した。

 これでも一組織の長だ。

 無茶を承知で通さなければならない事もあるが、コレはさすがに無茶をしてまで通すべき事ではない。

 ロイヤルガード上層部が納得し、軍部が黙認しようとも、茜自身が異動に納得しないだろう。

 彼女の目的は、あくまで警察の構成員としてオリジナルギガンティックのドライバーを務める事だ。

 ギガンティック機関に所属していてもテロと戦う事は出来るが、優先度は低くなってしまう。

 それは彼女にとって都合の良い事ではない。

明日美(あの子の頑なさは、どう考えても母さん譲りね……隔世遺伝かしら?)

 明日美がそんな事を考えていると、不意に傍らのアーネストが口を開く。

アーネスト「何かお悩みですか?」

明日美「ええ……あの子達の連携を見ていて、ふと、ね」

 小声で話しかけて来たアーネストに、明日美はどこか自嘲気味に呟く。

アーネスト「ああ……それは確かに」

 明日美の口調から察したのか、アーネストも納得したように頷き、さらに続ける。

アーネスト「……茜君が、納得しないでしょうね」

明日美「ええ……」

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて、明日美は溜息混じりに頷いた。

 どうやら、彼の考えも行き着く先は同じようだ。

明日美「それに、仮に逆の場合は朝霧君も……。理由は茜君とは正反対でしょうが」

明日美「ああ……そう言うパターンもあり得るのね」

 アーネストの意見に、明日美は思い出したように漏らす。

 空がロイヤルガードに出向すると言う選択肢も、有るには有った。

 空は副隊長として部隊に欠かす事の出来ない人材になりつつあるので、
 無意識の内にその選択肢を除外していたようだ。
79 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:50:01.46 ID:ibyFM1MOo
明日美「まあ、しばらくはこの編成でしょうし、束の間の夢みたいな物よ……」

 明日美は小さく頷いてから、感慨深く漏らす。

明日美「………」

 無言のまま軽く握った拳を、胸元に翳す。

 四十四年前、人類がイマジンに敗北し、
 地球外に脱出した人々の護衛として師や師の母達が去って行ったその日以来、
 あの二機が連携して戦う様を再び見られるようになるとは明日美自身も思っていなかった。

 ほんの数ヶ月の間とは言え、甦ったその姿は、
 明日美にとっては正に束の間の夢のような光景なのだろう。

 若かりし日に、その背を追って強くなろうと邁進し続けた、
 瞼の裏に焼き付いた残光のような記憶が、目を見開いた先で繰り広げられている。

 これ程、嬉しい事は無い。

アーネスト「明日美さん?」

 一方、黙り込んでしまった明日美を心配してか、アーネストが不安げに呼ぶ。

明日美「ん、ああ……ごめんなさい。
    年甲斐も無くドキドキしてしまったわ……」

 明日美は照れ隠しに笑みを浮かべて、しっかりとメインスクリーンを見据えた。

 戦闘も佳境で、残りの兵隊イマジンも十数体と言った所だ。

 しかし、その時である。

リズ「? ……戦闘区域のセンサーが魔力異常増大を察知!
   該当識別コードありません!」

 不意に入って来た情報に、リズが驚いたような声で報告する。

ほのか「サクラ、リズと連携して状況確認、戦況マップ構築急いで!
    加賀さんはそれを各ドライバーに逐次転送!」

 ほのかは慌てた様子で指示を出し、背後の明日美とアーネストに視線で確認を取る。

アーネスト「コンタクトペレーター各員、魔力の異常増大が起きているポイントの特定を急げ」

 アーネストは足りない部分の指示を出し、明日美と目を合わせる。

アーネスト「状況は、また芳しいとは言い切れなくなって来ましたね……」

明日美「ええ……。ただ、第三フロートと正反対だったのが不幸中の幸いかしら……」

 苦々しげなアーネストの言に、明日美は思案気味に呟く。

 第三フロートにはまだ四十個近い卵嚢が未処理のまま残っている。

 魔力の異常増大のような刺激が卵嚢群の付近で起きたとしたら、それこそ大惨事に直結しかねない。

 そして、こちらは丁度、正反対の第七フロート側だ。

 状況の確認は未だ正確ではないが、現時点では不幸中の幸いであった。

 そう、“現時点”では。
80 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/14(木) 20:51:15.99 ID:ibyFM1MOo
エミリー「メイン・第七フロート連絡通路隔壁が異常を検知しました!
     周辺カメラの映像から大量の魔力による爆発と思われます!」

ルーシィ「兵隊イマジン、魔力反応に向けて移動開始!」

 エミリーとルーシィの報告を聞きながら、明日美は沈思する。

 イマジンが引き寄せられていると言う事は、純粋な魔力による爆発の可能性が高い。

明日美(つまり……魔導弾のような魔力爆弾による爆発?
    イマジンでは無いと言う事……第七フロートとの連絡通路で?

    …………まさか!?)

 頭の中で情報を整理しながら、明日美はある推測に行き当たり、驚きで目を見開いた。

明日美「至急、隔壁付近の映像をメインスクリーンに!」

 明日美が慌てた様子で指示を出すと、すぐにメインスクリーンに現場の映像が映る。

 どうやら、情報収集の間に準備がされていたようだ。

 確かに、エミリーの報告通りに魔力爆発が起きたようで、隔壁周辺が円形に消し飛んでいる。

 砕け散ったマギアリヒトが粉塵のように舞って輝いている様は、通常の爆発や火災とは違う事を現していた。

 しかし、事態はそれだけでは終わらない。

 マギアリヒトの粉塵の向こうから、巨大な影が幾つも姿を現す。

 ギガンティックだ。

ほのか「機種と所属の特定急いで! 警察庁と行政庁に緊急通達!」

 ほのかは愕然としながらも仲間達に指示を飛ばす。

 機種はともかく、状況証拠だけでも所属は一目瞭然だ。

 そう、第七フロートから現れる所属不明の機体など、60年事件の実行犯達以外にあり得ない。

アーネスト「………こんなタイミングで、連中が動くとは」

 アーネストは自分たちの見通しが甘かった事を思い知らされ、歯噛みするように呟く。

明日美「っ………!」

 明日美も両手を額の前で組み、顔を俯けさせて苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、いつまでも俯いていられない。

 同じ戦闘区域にイマジンとテロリストが現れるなど、前代未聞の状況だ。

 早急に対処出来る者が、これに対処しなければならない。

明日美「各機に伝達! これよりイマジン、テロリストの両面殲滅作戦に移行します!」

 明日美は決断と共に顔を上げ、そう宣言する。

 明日美からの指示に、司令室にかつてない緊張が走った。


 西暦2075年7月8日。
 十五年前に閉ざされた第七フロート第三層と繋がる扉の一つが、今、再び開かれたのだった。


第15話〜それは、開かれる『災厄の扉』〜・了
81 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/08/14(木) 20:53:13.15 ID:ibyFM1MOo
今回はここまでとなります。
次回からはようやくテロリスト編本番……
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/16(土) 21:15:46.63 ID:1bxLXynQ0
蒸し暑さの中、乙ですた!
テロに対するそれぞれの考え、読むうちに自然に背筋が伸びる思いでした。
中でもフェイさんのそれは、今の色々な状況を踏まえて読むと考えさせられます。
ここ数日の間にも、色々とありすぎましたからねぇ……
そのテロリスト……うん、名前と言い、警備から垣間見える性質といい、多くは口にしませんが”アレ”ですなww
ユエさん謹製の新型専用ギガンティックは、きっとマンホールが弱点ではないかとゲスパーしてしまいましたww
そしてクモ型イマジン。
いやぁ……クモではありませんが、卵からワラワラと……は一度体験していまして……カマキリでしたけどね。
アレは、別段昆虫もクモも嫌いではない身からしても、キモいですわぁ……反面、クモイマジンが司令塔を潰されてからの
群体が逃げ惑う様は正に「クモの子を散らす」で、ちょっと笑いと共に可哀相、という気もしましたがww
そんな騒然とした場へのテロ襲来。確実に狙ってた動きですね……いかにも、と言う動きではありますが、どうなる事か……
次回も楽しみにさせて頂きます!
83 :暑さにかわりまして蒸し暑さがお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/08/17(日) 16:47:00.62 ID:zeDB7eqXo
お読み下さり、ありがとうございます。

>蒸し暑さ
37〜9℃の酷暑を味わうよりマシと思っていますが、それで耐えられたらクーラーとかいらないですorz

>テロに対するそれぞれの考え
一人、“テロは死すべし、慈悲はない”の極右ッ娘がいますが、
概ね、みんな中道右派から中道左派です。
ただ、フェイの場合は理想論より過ぎるきらいもあるのですが……。
それでも、単なるお花畑にならないよう、中道左派程度に収められるよう、
ならどうすべきか、と言う、改革的よりも改善的な流れにしてみました。
余談ですが、個人的な意見はレミィが一番近いです。

>“アレ”
結編のヨハンといい、今回のホンといい、イメージを一定方向に煮詰めるとこんな感じですよね(目逸らし
ちなみに、ホン・チョンスの漢字表記は洪・天守となります。
この偽名臭さと中二臭さが漂う名前ですが……天守【チョンス】氏は普通に実在します。
何の事件かは忘れましたが、国内の事件で捕まった人の“本名”がコレだったかと。

>マンホールが弱点
あと、湾内に漂流している木材や急な雨天、
兵士に聞かせるBGMに「ジングルベル」を選ばない辺りにも注意すべきかと思いますw

冗談はさておき、その発想はありませんでしたw

>卵からワラワラ
なんで一個の卵からあんな数がうじゃうじゃとわいて来るのかと……TKG信者がしばらく卵食えませんでしたよ。
それでも、貴重な体験をしたと思えば、多少は良い記憶に………………………………………なりませんなorz

この展開を考えた途端に自宅の庭にクモの卵嚢(孵化済み)を十数年ぶり見付けました。
卵嚢と無関係に出現したイマジンがクモ型になったのはこのせいですw

>クモの子を散らす
“わ〜おやびんやられた〜”“にげろ〜”ですからねぇw
空がPTSDの完治に向かっている事に合わせて、前回のアルマジロも含め、
多少、イマジンの行動パターンが可愛くなっているかもしれませんw

>テロ襲来
騒ぎに便乗 さっさと登場 そしたら早くも惨状(日本語ラップ
はい、センスの欠片もありませんねorz
やはり騒ぎに託けて暴れるのが一番楽で、一番目立ちますからねぇ……。
ただ、犯行声明はもうちょっと後になるかと思います。

>次回
現状、決まっているサブタイトルは、変更が無ければ、
“それは、守るべき『正義の在処』”
となっております。
どんな展開になるかは、ご想像にお任せします。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/08(月) 22:59:12.16 ID:fhz9RO/P0
保守るよ
85 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/09/16(火) 19:40:14.65 ID:PlNK1o9mo
>>84
保守ありがとうございます。

では、最新話を投下します。
86 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:09.47 ID:PlNK1o9mo
第16話〜それは、守るべき『正義の在処』〜

―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、夕刻前。
 第三フロート第一層、外郭通路――


 内壁と外壁の間に存在する無数の作業溝の中でも一際広い空間は、
 かつては航空機の格納庫に使われていた場所……駐機場だった。

 近隣にはかつて空港として使われていた施設もあり、三十機以上の大型航空機を格納できる広さを誇るその場所。

 かつての人類の繁栄を思わせるその空間は、イマジンの卵嚢が群生する魔境と化していた。

 駐機場から三方向に伸びる出入り口の内、
 内部に通じる二つは巨大なシールドを構えた軍のギガンティック部隊が封鎖しており、
 卵嚢の除去作業はその半ば閉鎖された空間の内側で行われていた。

 マギアリヒトで構成されていない旧世代の重機を用い、
 そのクレーンで直径二十メートルほどの卵嚢を引っかけ、解体作業場まで牽引した後、
 オリジナルギガンティックが卵嚢の外郭を解体、内部にある十個前後の卵を一つずつ破壊すると言う地道な作業だ。

 今も丁度、ゆっくりとした動きで一つの卵嚢が、
 膝立ちの姿勢で待つプレリー……マリアの元へと運ばれて来た所だ。

マリア「これで、えっと……丁度、八十個目か。
    残り三十個を切ったって言っても、先は長いわ……」

 目の前に運ばれて来た卵嚢を見下ろしながら、マリアは辟易とした様子で漏らす。

 口を動かしながらも、彼女の手は休むことなく動き続けていた。

 固定された卵嚢をオプション装備のナイフで切り裂き、内部から卵を一つ一つ取りだしては、
 掌にだけ魔力を込めて押し潰し、ゆっくりと霧散させる。

 最早、手慣れた物だ。

 但し――

マリア「………っふぅぅぁぁ………」

 十個の卵を潰し終えたマリアは、長く深いため息を漏らす。

 ――その十分足らずの作業で、マリアは神経をかなりすり減らしていた。

 それもその筈。

 動かぬ卵嚢とは言え、イマジン十体を同時に相手にしているような物なのだ。

 しかも、魔力を込めて結界装甲を展開せねばならないのに、
 卵嚢には強い魔力的な影響を及ぼす事は厳禁と来ている。

 最小限度の魔力と結界装甲で卵嚢を切り裂き、掌にだけ集中した魔力で卵を握りつぶす。

 他に影響を及ぼさないようにするだけでも大変だと言うのに、
 そんな細かな作業を要求されるのでは神経がすり減るのも無理は無い。

マリア「っと……お……!?」

 膝立ちの体勢から立ち上がろうとしたマリアは、
 立ちくらみを起こしたかのようにその場でフラついてしまう。

クァン『お疲れ、マリア……』

 だが、そのマリア……プレリーの背を、カーネル……クァンが支えた。

マリア「ん……サンキュ……悪いね」

クァン『気にするな。
    ………今日はお前の分も終わったし、先に上がって休むといい』

 照れくささ半分と言った風な感謝の言葉を述べるマリアに、
 クァンはそう言って入れ替わるように、先程までマリアの使っていた解体作業場に入った。

マリア「ったく……心配性なんだからさ……。
    警戒態勢は続けておくよ」

 そんなクァン……カーネルの背中を見送りながら、
 マリアは少しだけ不満そうに言い残して後方へと下がる。
87 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:45.66 ID:PlNK1o9mo
 マリアがプレリーと共に作業場から離れると、
 軍のギガンティックによって閉ざされていた巨大シールドのバリケードが開かれた。

風華『お疲れ様、マリアちゃん』

マリア「ただいま、隊長」

 そこで、ローテーションの休憩を終えた風華と入れ替わる。

 先に休んでいたメンバーが、現在作業中のメンバーのサポート――
 要は、万が一に孵化した際の援護要員だ――に就く。

 作業を終了したばかりのメンバーは休息と機体のメンテを行い、次の作業に備えるのだ。

 ちなみに、ローテーションは風華、瑠璃華、マリア、クァンの順となっていた。

 つまり現在は、解体作業中のクァンの援護を風華が務める番、と言うワケだ。

 マリアは愛機を専用ハンガー車輌まで移動させて固定すると、ハッチを開いて外に出た。

プレリー「お疲れ様でした、お嬢様」

 すると、ハッチ近くのコンソールの上に待機していたプレリー型ドローンが、そんな彼女を迎える。

マリア「おう、プレリーもお疲れ!」

 マリアはプレリーを抱えながらそう応えると、ハンガーの下に降りて、横付けされている宿舎車輌に向かう。

 早速整備を始めてくれた整備員達に礼を言いながら、途中で受け取ったジャケットに袖を通す。

 ふと目を向けると、既にチェーロの整備は終わっているのか、ハンガーは倒されている。

マリア(そっか……今の時間じゃ瑠璃華も上がりか……)

 その様子を見て、ふとそんな事を思う。

プレリー「今は五時を回った所ですから、風華さんと突風さんの番は回って来ませんね」

マリア「みたいだね……」

 自分の考えを察してくれたようなプレリーの言に、マリアも思案気味に返す。

 一日も早く処理したいのは山々だが、文字通りの二十四時間作業と言うワケにもいかない。

 作業の時間帯は早朝の四時から夕刻の十八時まで。

 クァンの作業が終わるのは、どんなに短く見積もっても四十分程度。

 卵嚢の処理自体は個体差はあっても十分前後だが、
 解体作業場まで牽引して来るクレーンの性能に問題があるのだ。

 クレーン自体が旧式で卵嚢をアームに固定するのに手間が掛かってしまう事と、
 卵嚢を刺激しないよう慎重に移動させるには長時間を要するため、
 どうしても準備の時間が長くなってしまうのである。

 そんな理由もあって、これからクァンの行う卵嚢の解体作業が終われば、今日の所は作業終了が妥当だ。

 おそらく、指揮車輌にいるタチアナも同じ判断を下すだろう。

 初日の頃よりは作業スピードも上がり、想定していた日程よりも早く作業が終わりそうな事も手伝っての事だ。

 事実、これまでに解体した卵嚢群は八十個……クァンがこれから解体する物を含めれば八十一個。

 最初の三日間は日に十五個が限界だったが、この二日間は十八個は解体できている。

 そして、残る卵嚢は二十五個。

 この調子ならば明後日の午前中には全て解体できるだろう。 

 マリアがそんな事を考えながらレストスペースに入ると、その片隅で瑠璃華が何事か作業をしているようだった。
88 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:42:25.97 ID:PlNK1o9mo
マリア「瑠璃華、休まなくていいのか?」

瑠璃華「ん? マリアか……。

    もう少しで213の細かい詰めが終わるからな、
    今日中に最後の設計データを山路の技研に送っておきたいんだ」

 驚いたように尋ねたマリアに、瑠璃華は作業を続けながら応えた。

マリア「213……新型のレミィ用の方か」

瑠璃華「ああ、ただまあ、仮称213と言う所だな」

 思い出すように呟いたマリアの言に小さく頷いて応えてから、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「……結局は211に使ってるヴィクセンの試作型ハートビートエンジンを使うからな。
    あくまでフレームの開発コードが213ってだけで、扱いは211のままだぞ。

    ついでにアルバトロスもフレームは214だが、基本的に212のままだな」

マリア「……何だか面倒だな」

瑠璃華「曲がりなりにも区分はオリジナルギガンティックだからな。
    誤解を生まないようにエンジンの数以上に増えるのはアウトなんだ」

 自分の説明にガックリと肩を落としたマリアに、
 瑠璃華は苦笑い混じりに応えて、作業を続けながら再び口を開く。

瑠璃華「正直、所在不明の5号エンジンの204と6号エンジンの205の番号を使わせて貰いたいぞ……」

マリア「204と205か……。
    アレってどうなってるんだっけか?」

 瑠璃華が愚痴っぽく漏らすと、マリアは不意に思い浮かんだ疑問に首を傾げた。

瑠璃華「205は改装開始以前……イマジン事変の初期にドライバー死亡と一緒に機体が大破して欠番だ。

    204はばーちゃん本来の機体を改装する予定だったが、
    ばーちゃんが改装試作前から改装試作機の200を使えたから他を優先してお蔵入り。

    資材的には十一個作った形跡があるが、ばーちゃんのお父さん……
    フィッツジェラルド・譲羽博士が亡くなった38年当時に確認できたのは、
    200から210までの内、204と205を除いた九つだけだったそうだ」

マリア「ああ、そうだ、そうそう」

 淡々と語る瑠璃華に、マリアはアルフの訓練所で教えて貰った事を思い出しながら頷く。

 だが、不意に納得がいかない、と言いたげな表情を浮かべる。

マリア「って言うか、十一個分の資材使ったなら十一個無けりゃおかしいだろう?
    どうなってんだ?」

瑠璃華「私に言うな。

    ……まあ、設計製作全部一人で、作った本人の頭の中にしか
    設計図が存在しないんじゃないかってオーパーツだからな。
    ………それで、どうしても見付からない204と205のエンジンが、
    今も所在不明扱いと言うワケだ」

 マリアの言に、瑠璃華は溜息がちに応えてから作業を終えた。
89 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:43:18.15 ID:PlNK1o9mo
マリア「もう終わったのか?」

瑠璃華「基本設計は他の機体を叩き台にして七割型は完成していたし、
    さっきも言ったが細かい詰めだけだったからな。

    空達が本部でやってくれていたシミュレーターのデータに合わせて微調整しただけだぞ」

 驚いた様子のマリアに、瑠璃華は広げていた各種の端末や資料を整頓しつつ応える。

瑠璃華「あとはコレを山路の技研に転送すれば、まあ遅くとも二週間程度で完成品が届くな」

マリア「そんなに早く作れる物なのか?」

 思案気味に漏らした瑠璃華に、マリアはさらに驚く。

 ギガンティックを一から作るのにどれだけの時間がかかるかは知らないが、
 それでもそんなに短い時間で作れる物なのだろうか?

瑠璃華「ん? ああ、ヴィクセンのエンジンも乗せ換える必要があるから、
    最終的な組み立てや微調整はウチの技術開発部でやるんだ。

    それに、パーツの作成に関しては技研にも高速成型システムがあるからな」

 マリアの疑問に応えた瑠璃華は、どこか得意げである。

 それもその筈、山路技研――
 無論、テロリストが根城にしいている旧技研ではなく、メインフロートに存在する新たな技研だ
 ――にある高速成型システムとは、瑠璃華の発明品だからだ。

 ちなみに、その高速成型システムと言うのが、瑠璃華が春樹の実家である
 現M.J.CRAFTに譲渡した特許を使用した発明品でもある。

 簡単に言えば、マギアリヒトを設計図通りに分子単位から固着・成型する装置で、
 その気になれば複雑な構造物や機構すらシステム内部で組み上げてしまえる程だ。

瑠璃華「やる気になれば半日で組み上げられるだろうが、
    向こうも390シリーズの量産中だからな。

    空いたラインを間借りしてボチボチとなると、やっぱり一週間から二週間だぞ」

マリア「へぇ……ギガンティックって、そんな早く作れる物だったんだ」

 瑠璃華の説明が終わると、マリアは感心しきりと言った風に漏らす。

瑠璃華「まあ、私の発明のお陰だな」

 マリアの様子を受け、瑠璃華はさらに得意げに胸を張る。

 実際、瑠璃華の高速成型システムが開発される以前は、どれだけ急いで製作しても、
 パーツから製作した場合の工期は半月から一ヶ月ほどかかるのが常だった。

 それだけマギアリヒトをギガンティック用に成型するのは時間と人手、
 そして高い技術を要する分野だったのだ。

 工程の簡略化に加えて、精度とコストパフォーマンスの向上を同時に成し遂げた瑠璃華の発明は、
 正に革新的な物だった、と言う事である。

 瑠璃華が鼻高々なのも無理からぬ事だ。
90 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:09.99 ID:PlNK1o9mo
 だが――

マリア「けど、一から作るのがそんなに早いのに、何でプレリー達の修理は時間がかかるんだ?」

瑠璃華「ああ……」

 マリアのふとした疑問に、先程まで胸を張っていた瑠璃華も、
 何処からか“ずぅん”と言う音が聞こえて来そうなほど気落ちして肩を落とす。

瑠璃華「成型システムで一気に直せないのは、エンジンの解析が不完全なせいだぞ……。

    解析困難なエンジンと密接に絡むパーツがどこに使われているか分からないから、
    とりあえず、破損したり滑落した部位からまだ使えそうな純正パーツを回収して、
    それに合わせて必要なパーツを成型し直すんだ……」

マリア「うわぁ……」

 半ばどころか完全に愚痴気味な瑠璃華の様子に、
 マリアは“やべぇ、地雷踏み抜いた!?”と言いたげな表情で漏らした。

 そして、瑠璃華の愚痴はさらに続く。

瑠璃華「いつぞ、チェーロの手足やカーネルの下半身が丸々ダメになった時は、
    三日三晩かけて無事なパーツを探り当てて、残ったフレームに歪みが無いか確認して、
    それからようやく山路の本社にパーツを発注してな……」

 朗々と愚痴を呟き続ける瑠璃華の瞳は、次第に遥か彼方を見るように遠くなって行った。

 瑠璃華が言っているのは、半年ほど前のイマジン連続出現事件の最後、
 エール型イマジンから受けた損傷を修理した時の事だろう。

 カーネルは合体状態で両腕……下半身を斬り飛ばされ、
 チェーロも合体状態で背面を吹き飛ばされて、本体の手足を失う事となった。

 カーネルの場合は斬り飛ばされた下半身そのものがある程度原型を留めていたが、
 手足を吹き飛ばされて黒こげになったチェーロは大破同然の状態。

 それこそ、燃えた立体ジグソーパズルから無事なピースを探すような不毛な作業を強いられたのだ。

 凄まじいダメージを受けた事もあって、最早、トラウマである。

マリア「む、無理するな? な?」

 さすがに自分の失言が原因で始まった発作と言う事もあって、マリアは慌てた様子でフォローした。

 そのフォローが効いたのか、瑠璃華はすぐに立ち直る。

瑠璃華「だが、213と214が完成したら、そんな悩みとも縁を切れるかもしれんぞ」

 そう言って、瑠璃華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

瑠璃華「211や212のフレームはオプションを寄せ集めて作った物だったが、
    213と214は私の完全オリジナルだ。

    フレームを換えても性能が落ちない、或いは性能が以前よりも上がるようならば、
    これまでのような修理方法ではなくパーツを一から作り直したり、
    或いは機体の一部を改修する事だって出来るようになるぞ!」

 遥か彼方を望んでいた瑠璃華の瞳には、次第に覇気と輝きが宿る。

マリア「お、おぅ」

 一方、マイナスからプラスに振り切れた瑠璃華のテンションに置き去りにされたマリアは、
 何と言って良いか分からずに適当な相槌を返す。
91 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:57.22 ID:PlNK1o9mo
 その相槌で、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「手始めにOSSの改良と強化だぞ。
    ギガンティック本体は手を付けにくい部分が多いからな、外付けの外装から強化だ。

    いや、それならいっそ長期プランで新型OSSを開発するのも良いな……。

    現ドライバーの特性に合わせて作った新OSSが機能するなら、
    戦力と一緒に運用性強化も見込めて一石二鳥だ」

マリア(それだと、プレリーとカーネルの強化はどうなるんだ?)

 瑠璃華の独白を聞きながら、ふと生まれた疑問をマリアは飲み込んだ。

 そんな事を言ったら最後、この場で新しい図面を引きながら長時間の説明をされかねない。

 まあ、互いをOSSの代わりとして上下を入れ替えて合体する自分とクァンの愛機がどのように強化されるのかは、
 少々ならずとも気になる物だが……。

 ともあれ、マリアのそんな複雑な心の内を知ってか知らずか、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「そうだな……飛行出来ない機体を飛行可能にするのも面白そうだぞ。
    ついでに――」

 興奮しきりの瑠璃華がそこまで言いかけた時だった。

オペレーター『待機中のドライバー各員に緊急通達します!
       直ちに機体に搭乗後、別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!

       繰り返します、待機中のドライバー各員は直ちに機体へ搭乗、
       別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!』

 どこか慌てた様子の緊急放送が辺りに響き渡る。

 アナウンスを行っているのはナイトシフトのコンタクトオペレーターだ。

瑠璃華「ん? またぞろ新しいイマジンか?」

 乗っていた興を削がれた瑠璃華が怪訝そうに首を傾げた。

 イマジン――空達が戦っている集合型イマジンだ――出現の報せは聞いていたが、
 新たなイマジンが出現したのだろうか?

マリア「それにしてはウチの警報が鳴らなかったな」

 マリアも疑問半分呆れ半分と言った風に呟く。

 慌て過ぎて警報を鳴らし忘れたのだろうか?

瑠璃華「まあ、とにかく向こうに戻るか」

 瑠璃華はそう言って立ち上がる。

 白衣を纏っていて気付かなかったが、彼女もまだインナースーツのままだったようだ。

マリア「ったく、シャワー浴びる前で助かったよ……」

 マリアは厭味混じりに呟くが、自分たちの仕事の重要性は理解している。

 口ではそう言いながらも、瑠璃華と共にハンガーへと向かった。
92 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:45:49.10 ID:PlNK1o9mo
 駆け足気味にハンガーに戻ると、チェーロもプレリーも寝かされたまま、まだ整備は続いていた。

 どうやら、今すぐに出撃と言うワケでも無いようだ。

 マリアは手近なコンソールの上にプレリー型ドローンを置くと愛機へと乗り込む。

 すると、すぐに指揮車輌との通信回線が開いた。

マリア「警報無しで呼び出しとか、何があったの、アリスさん?」

 マリアは早速、通信相手であるアリスに尋ねる。

アリス『マリアちゃん、それに天童主任も揃ってますね。
    クァン君と風華さんも作業を一旦中断して下さい。
    パブロヴァチーフから通達があります』

クァン『ふぅぅぅ……大丈夫です、作業開始直前でした』

 アリスからの指示に、クァンは長い溜息を漏らしながら呟く。

 どうやら、今からナイフで卵嚢の解体をしようとしていたのだろう。

 一旦集中してしまった意識と身体を、溜息で緊張ごと解きほぐしたのだ。

タチアナ『では、作業中の二人は警戒を続けながら聞いて下さい』

 と、そこでタチアナとの通信回線が開いた。

 マリアが姿勢を正すと、他の三人も通信に意識を集中させる。

 その気配を察し、タチアナはごく短い深呼吸の後で口を開く。

タチアナ『本日一七〇五、メインフロート第二層と第七フロート第三層を繋ぐ
     連絡通路の隔壁が爆破されたとの情報が、本部からもたらされました』

 緊張した様子のタチアナの言葉に、ドライバー達の間にも彼女と同等以上の緊張と、そして動揺が走る。

風華『隔壁の爆破……つまり、テロリストに占拠された階層と繋がったって言う事ですか!?』

 風華が慌てた様子で叫ぶ。

タチアナ『今は本部からの情報を待っている状態ですが、
     状況証拠だけで十中八九間違いなく、爆破もテロリストによる物と推測されます』

 タチアナの言葉は、風華の質問に対して暗に肯定の意を含んでいた。

 つまり、十五年も小競り合いだけで長い沈黙を保って来たテロリスト達が、
 何の因果か十五年目の節目を明日に控えた今日、ついに攻勢に出たと言う事だ。

タチアナ『現在、朝霧副隊長達とロイヤルガードの第二十六小隊が、
     イマジンとテロリストの二面殲滅作戦に当たっています。

     我々は緊急時に備えて現場に急行できるよう、待機に移ります。

     作業場にいる06と08はすぐに作業を切り上げ、
     機体をハンガーに固定後、待機任務に移行して下さい』

 タチアナからの指示はそこで終わった。

 全員が短い溜息と共に、全身の力を抜く。

クァン『……嫌な風向きになって来たな』

 不意に、クァンがぽつりと、そんな事を漏らす。

マリア「十五年ぶりってのがまた嫌な感じだね……」

 マリアも同意するように呟く。

 イマジンの出現と同時なのはともかく、自分たちが派遣任務で遠征に出払っている時期を見計らった攻勢。

 これは、ギガンティック機関が手薄なタイミングを狙っていたと考えて間違いないだろう。

 加えて、何らかの準備を調えているとも考えられる。

 クァンの言葉通り、確かに嫌な風向きだ。
93 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:46:33.22 ID:PlNK1o9mo
風華『空ちゃん達に茜ちゃん達もいるからもしもの事態は無いでしょうけれど、
   万が一に備えて、いつでも動けるよう身体を休めておきましょう』

 話を聞かされた時は慌てた様子だった風華も、落ち着きを取り戻したのか冷静にそう言った。

瑠璃華『そうだな……作業を中断してまでの待機命令だ。
    今は出来る限り身体を休める事に集中するべきだぞ』

 瑠璃華も風華に同意して続ける。

 そう言うと、瑠璃華は早々に回線を切ってしまった。

 言葉通りに身体を休める事に集中するのだろう。

 彼女の場合、休憩中もヴィクセンとアルバトロスの新フレームの設計をしていた事もあって、
 疲労も限界だったのだ。

マリア「んじゃ、アタシも仮眠取りますかね」

 マリアはそう呟いて、回線を切る。

 そうは言ったものの、妙な胸騒ぎがして気は休まらない。

マリア「…………」

 無言のまま薄暗いコントロールスフィアの内壁を眺めていると、
 不意に小さな電子音が“Piッ”と鳴り響き、プライベート回線が開く。

クァン『……大丈夫か?』

 相手はクァンだった。

マリア「何だよ……?」

 マリアは驚き半分と言った風に応える。

クァン『いや……回線を切る直前、普段と声の調子が違ったのが気になったんだ。
    ………俺の思い過ごしだったら、すまなかった』

 微かな憂いと申し訳なさの入り交じった声で呟くクァンに、
 マリアは“ったく、だから過保護過ぎだっての”と消え入りそうな声で漏らす。

 だが、すぐに気を取り直し、安心したような笑みを浮かべて続ける。

マリア「……ああ、お前の思い過ごしだよ、安心しろ」

 マリアは笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに応えた。

 別に無理をしていたワケではなく、自然とこうなってしまっただけだ。

クァン『いや、そこまで急にテンションを上げられると、逆に心配になるんだが……』

マリア「てっ、テンションとか上がってないからな!」

 今度は呆れ半分心配半分と言った様子のクァンに、マリアは慌てた様子で返す。

 殆ど無意識の事だったので、指摘されたマリアは頬を紅潮させてしまう。

 早い話、クァンが声音だけで自分の不安を察してくれた事が、嬉しくて堪らないのである。

 しかも、声音など疲れで元から違っていたにも拘わらず、だ。

マリア「お前こそ、さっきまで作業まっただ中で緊張してたんだから、さっさと休め!」

 マリアは照れ隠しに早口に言うと、乱暴に回線を切り、プライベート回線を閉鎖する。

 一応、通常回線は受け付けているから問題は無いだろう。

マリア「ったく……アイツは……。
    ストーカーか何かかよ……」

 マリアは唇を尖らせて不満を漏らすが、
 頬を紅潮させて唇を嬉しそうに緩めていては説得の欠片もあった物ではない。

 だが、しばらくする内に落ち着きを取り戻すと、それと同時に件の胸騒ぎも鎌首をもたげる。

マリア「………何も無けりゃいいけど……」

 胸の奥で次第に膨らむ胸騒ぎに押し出されるように、マリアはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
94 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:47:20.46 ID:PlNK1o9mo
―2―

 その頃、メインフロート第二層、第七フロート連絡通路隔壁前――

 テロリストの仕業と思われる……いや、間違いなくテロリストの仕業で破壊された隔壁の周辺では、
 ロイヤルガードの支援を受けたギガンティック機関、潰走中の集合型イマジン、
 そして、その二勢力と鉢合わせしたテロリストが入り交じり、混沌としていた。


テロリストA『何でイマジンがこんなにいるんだよ!?』

テロリストB『ぎ、ギガンティック機関やロイヤルガードもいるぞ!?
       な、何だ、これ……何だってんだ!?』

テロリストC『聞いてない、聞いてないぞ、こんなの!?』

 テロリスト達は外部スピーカーを起動しているのか、口々に悲鳴じみた声で叫ぶ。

 おそらく、隔壁破壊後に犯行声明でも出そうとしていたのだろう。

空「……テロリストの人達、混乱しているみたい」

 その様子を観察しながら、空はふと思案げに呟いた。

 見紛う事もなく、テロリスト達は混乱している。

 テロリスト達の編成は七機。

 377改大型エクスカリバーが二機、352改バルムンクが四機、
 残る一機は特殊装備が可能な338改デュランダルだ。

 338改は数十年前に作られた、
 戦術魔導弾を装填できるバズーカを装備可能な特化型ギガンティックウィザードである。

 対イマジンを想定して開発されたものの、
 やはり結界装甲以上の効果は望めずに少数生産に留まったカスタム機だ。

 バズーカは発射後らしく、足もとにうち捨てられていた。

 どうやら、この338改が放った魔導弾で隔壁は破壊されたようだ。

茜『混乱しているなら丁度いい!
  イマジンもテロリストも、一気に押し潰すぞ!』

 茜はそう言うと、両手に太刀と小太刀を構えて突進する。

 茜色の電撃を伴った太刀が、真っ向からイマジンごと一機の352改を両断した。

 イマジンは真っ二つに叩き斬られて霧散し、
 352改は頭部の左付け根から右脇までを切り裂かれて沈黙し、その場に崩れ落ちる。

空「す、凄い……イマジンごとギガンティックを切り裂くなんて……!?」

 空も、自分達とテロリスト達に挟まれて困惑しているイマジンの一体をエッジで切り倒しながら、
 茜の神業的太刀筋に愕然と呟く。

 イマジンを切り裂きながらも、コックピットへの直撃を避けてギガンティックを無力化する。

 空も二つの目標を同時に撃破しろと言われたら、長杖のエッジを使って何とかする事は出来るだろう。

 だが、茜のように意図的に一方だけを倒し、もう一方を無力化までに止めると言うのは難しい。

テロリストD『戻るぞ! 後退しろ!』

テロリストE『も、戻ったら処刑されるんだぞ!?』

テロリストF『投降した方が……』

テロリストC『イマジンがいる中で暢気に投降なんて出来るかよ!
       どっかに隠れちまえばいいんだよ! もう、あんなクズ野郎にこき使われて堪るか!』

テロリストG『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』

 混乱しながら口々に叫ぶ中で、338改が数匹のイマジンに群がられて全身を食い破られて行く。

 イマジン達は338改のパイロットの絶叫をBGMに、
 338改を構成していたマギアリヒトを吸収して一回りも大きくなる。
95 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:12.68 ID:PlNK1o9mo
テロリストC『うわあぁぁっ!?』

 テロリスト達の中では最大戦力だった377改の一機――最も消極的だったパイロットの乗機だ――が、
 悲鳴と共にシールドとライフルをイマジンに投げつけ、背を向けて逃げ出した。

 仲間がイマジンに機体ごと食われている様を見せつけられては、さすがに平静ではいられない。

テロリストB『し、死にたくねぇよぉっ!?』

テロリストE『逃げろ……逃げろぉぉ!?』

 他のパイロット達もイマジンに向けて武器を投げ捨て、潰走を始める。

 連絡通路を引き返し、第七フロート第三層へと逃げ帰るつもりなのだろう。

 クモ型の集合型イマジン達も武器に含まれるマギアリヒトや魔力を吸収し、
 僅かに大型化すると、さらなる餌を求め、テロリスト達の後を追って駆け出した。

レミィ『あのまま放っておけば、連中を食って新しい司令塔が生まれるぞ!?』

 レミィが驚きを込めて叫ぶ。

 フロートの壁は力任せに破壊する事は出来たり、同化して内部を進む事が出来るイマジンはいても、
 結界の施術によって吸収する事は難しいのだ。

 だが、結界施術が出来ていないギガンティックならば、
 イマジンは先程の338改やテロリスト達の武装のように吸収する事が出来る。

 高密度のマギアリヒトを取り込めば、イマジンはさらに大型になって行く。

 そうなれば、先程は圧勝できた集合型イマジンも、より強力なイマジンとなってしまう可能性があった。

茜『空、この場は任せる! 我々はテロリストとイマジンを追撃する!』

 言うが早いか、茜はそう言い残すと前方のイマジンを切り捨て、開いた隔壁から連絡通路へと飛び込んで行く。

レオン『ちょ、お嬢!? ったく、支援する身にもなれっての……!』

 我先に駆け出した隊長に、レオンは苛立ちと呆れに心配の入り交じった複雑な声音で漏らし、その後を追った。

レオン『紗樹、遼! お前らは後方警戒しながら俺の後から着いて来い!
    朝霧の嬢ちゃん、悪いがこっちに残ったイマジンは任せたぜ!』

空「はい! 皆さんも気を付けて下さい!」

 紗樹と遼を引き連れて行くレオンに返事をしながら、
 空は残ったイマジン達と連絡通路の間に入り、足止めをしながら殲滅を続ける。

 レミィとフェイも空の左右前方に陣取り、
 三方向から挟み撃ちするようにしてイマジンをその場に釘付けにした。

明日美『第七フロートに向かったイマジンの数は少なくとも、彼方はテロリストの本拠地です。
    その場のイマジンの殲滅を確認次第、すぐに増援に向かいなさい』

空「了解です!」

 通信機越しの明日美の指示に応え、空は深々と頷く。

 残るイマジンは八体。

 どれも先程の騒ぎで獲物を食いっぱぐれた小物ばかりだ。

空「みんな、油断せずに一気に片付けよう!」

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

レミィ『一体一体、確実にな!』

 フェイとレミィは空の指示に深く頷くと言葉通りに一体一体、砲撃や格闘で確実にイマジンを倒し、霧散させて行く。
96 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:53.87 ID:PlNK1o9mo
 それから五分と掛からずに残ったイマジンの掃討を終えた空達は、すぐに周辺の警戒を行う。

フェイ『イマジン、反応ゼロ……。このエリアの掃討完了です』

 フェイの淡々とした声が、掃討が完了した事を告げる。

クララ『はいはい、機体コンディションのチェックも完了しましたよ、っと。

    ブラッドの損耗率はエールが十八パーセント、
    ヴィクセンが四十二パーセント、アルバトロスが四十四パーセントね。

    機体ダメージはほぼ無し、全機ハーフグリーンって所ね。

    戦闘が長時間になるなら、レミィちゃんとフェイはブラッドを半分だけでも交換をしたいけれど……』

 直後、クララは機体コンディションを伝えた後に、そんな提案をして来た。

 確かに、あちらの状況が判然としない以上、万全な準備を整えるべきだ。

 だが、茜を始めとする第二十六小隊の面々が先行している以上、早急に援護に向かうべきでもある。

空「………私が先行します! 二人は後方でブラッドを交換してから合流して!」

 空は短い思案の後にそんな指示を出す。

レミィ『一人で大丈夫か?』

空「うん、ハイペリオンほどじゃないけれど、この状態なら少しは戦えるから」

 心配そうに尋ねるレミィに空はそう返して、視線だけを背中に回す。

 自分自身の背中には無いが、今のエールの背と肩には大型ブースターとシールドスタビライザーがある。

 モードS、D、Hのどれにも敵わないかもしれないが、それでも鈍重なエールを必要な分だけ動かせる装備だ。

 不安は無いと言えば嘘になるが、それでも第二十六小隊の面々と合流できれば、
 何が起こってもレミィ達が合流するまでは耐え切れるだろう。

明日美『その作戦を許可します。
    整備班は予備ブラッドと通信アンテナの準備を!』

 すぐに納得した様子の明日美の指示が聞こえて来る。

 通信アンテナは、おそらく現状、内部の様子が判然としない第七フロート内での用心だ。

 彼方に出た途端に通信途絶では堪った物ではない。

雪菜『11、12の予備ブラッド交換作業に入ります。回収地点にまで移動して下さい』

レミィ『了解です。……空、少しの間、待っていてくれ!』

フェイ『ブラッド交換が終了次第、早急に合流します』

 雪菜の指示に応え、レミィとフェイは愛機を後退させた。

 先程、空がエールの装備を交換した地点まで戻るためだ。

 空は仲間達の後ろ姿を見送ると、破壊されて開かれたままの隔壁に向き直る。

クララ『さっきも言ったけど、機体コンディションに問題は無いよ。
    空ちゃんの平均戦闘時間なら、全力でもあと五十分は戦える計算だよ』

空「なら、上手にセーブしながら戦えば二時間は行けますね」

 クララからの通信に、空は思案げに返した。

 最悪、撤退戦になった場合の殿は十分に務められるだろう。

リズ『第二十六小隊はまだ第七フロートに突入していないけれど、
   一時的に通信精度が格段に下がるか、最悪、通信が途絶する可能性もあり得るわ。
   十分に注意して』

空「了解です、ブランシェチーフ」

 リズからのアドバイスに空は頷いて応えると、ブースターを噴かして連絡通路内部へと突入する。
97 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:49:25.59 ID:PlNK1o9mo
 元より主幹道路として機能していた連絡通路は広く、
 シールドスタビライザーを広げたままでも十分に飛行する事が出来た。

 古い瓦礫に交じって真新しい戦闘痕があるのは、
 おそらく、追撃して行った茜達とイマジンの戦闘の影響だろう。

 幸いにも構内リニア用のレールは生きているようで、リニアキャリアで乗り入れる事も可能なようだ。

 途中でイマジンに捕まったのか、ボロボロの穴だらけにされた377改の残骸も転がっている。

 これで鉢合わせしたテロリスト達の機体も、残すところ377改が一機と352改が三機だ。

 と、そんな事を考えていると、352改の残骸が見えた。

空「……?」

 だが、先程の377改と違う残骸の状態に、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 転がっている352改は、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。

 右脚と右腕が離れた場所に転がり、残る本体は胴体で上下真っ二つに両断されている。

 こんな芸当が出来るのは茜に他ならないと、空は直感した。

空(やっぱり、イマジンごと斬ったのかな?)

 先程の光景を思い出し、ごく自然にそんな事を考えた空だったが、
 不意に奇妙な違和感を覚え、思わず頭を振る。

空(何だろう……胸が、ざわざわする……)

 妙な感覚だ。

 不安とも不快感とも取れない、胸騒ぎにも似た何か。


――私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……――


 その胸騒ぎにも似た何かと共に、出撃前、待機室で茜から聞かされた言葉が脳裏を過ぎった。

空「茜さん……!」

 空は不安と、僅かな恐れにも似た声音で、彼女の名を呼んだ。

 そして、五分ほどかけて、長い長い連絡通路を抜け、上空へと舞い上がる。
98 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:09.85 ID:PlNK1o9mo
 するとそこは、真っ暗な夜の世界だった。

 現在時刻は十七時四十分。

 夏の予定時間では、天蓋の照明が落とされるまでにはまだ一時間近い猶予がある筈だ。

 そろそろ段階的に照明が暗くなる頃ではあるが、こんな急激に暗くなる筈がない。

空(照明が落とされている?
  でも、照明は中央で管理されている各フロートから独立したシステムの筈だから……)

 空は困惑しながらも、学生時代の頃に教わった照明の仕組みについて思い出す。

 制御系は中央――メインフロートの管理センター――に集中しているが、
 エネルギーの供給元は各フロートに蓄えられた魔力だ。

 つまり、この第七フロート第三層の照明にはエネルギーが供給されていない事になる。

空(魔力切れ? それとも……)

サクラ『…らちゃん、照明だ…を使…て!』

 空が思案を続けていると、ノイズ混じりの通信が聞こえた。

 サクラの声だ。

空「サクラさん? 照明弾ですね?」

 微かなノイズだったが、空は念のため指示を復唱してから長杖を構え、
 その先端から閃光変換された魔力弾を放つ。

 天蓋近くまで打ち上げられた魔力弾は、天蓋に衝突する瞬間に拡散して発光体へと転じた。

 拡散魔力弾を応用した照明魔力弾である。

 広大なメガフロート内では照らし出される範囲も微々たる物だったが、
 それでも周囲一キロほどは問題なく見渡せる程度になった。

 待ち伏せの敵もイマジンの姿も無かったが、空は周囲の光景に思わず息を飲む。

 第七フロートは、古くは山路重工が所有していた実験場をフロートとした物であるため、
 他のフロートと構造上、異なる点も多い。

 それ故に外郭エリアに自然エリアは存在せず、
 内壁の内側はすぐに街や実験場となっている場合が殆どだった。

 だが、今、目の前に広がっているのは、見渡す限りの廃墟と瓦礫の山だ。

 市民街区のある階層は、基本的に外郭に行くほど田舎になるのが常だが、
 連絡通路周辺は流通や交通の拠点としてそれなりに栄えている。

 だが、照らし出された一帯は殆どの建造物が崩れ落ち、完全な廃墟と化していた。

空「ひ、酷い……」

 イマジンの襲撃があった様子は無い。

 公式で、この第七フロート第三層にイマジンが出現した記録も無かったが、その理由はすぐに分かった。

空(空気中のマギアリヒトの濃度が低い……これじゃあ、イマジンは近寄らない……)

 センサーの感知した情報を確認し、空は心中で独りごちる。

 魔法文明全盛の現代において、マギアリヒトと生活は切っても切れない関係だ。

 外部に魔力を作用させるためにはマギアリヒトを媒介にしなければならず、
 現代文明はその利便性と万能性故にマギアリヒトを捨てる事が出来ない。

 だが、同時にイマジンの身体を構成している物質もマギアリヒトなのだ。

 生物化した魔法現象がイマジンは、マギアリヒトの濃い空間や豊富な魔力を好む傾向にある。

 だからこそ、イマジンの活動圏は大量の魔力によって汚染されたメガフロート外部だが、
 マギアリヒトで構成される物質や人間の発する魔力に溢れるメガフロート内にも及ぶのだ。

 だが、この周辺のマギアリヒト濃度はグンナーショック以前――七十年近く前の濃度を下回っている。

 これではイマジンも寄りつくまい。
99 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:50.81 ID:PlNK1o9mo
 だが、それ以前の問題として、
 こんな低濃度マギアリヒトでは、人々は十全に魔法を扱う事も出来ないだろう。

 照明に回す魔力どころか、
 階層内のマギアリヒト濃度を保つための魔力も供給されていない事は一目瞭然だ。

 通信に乱れが生じるのも、回線の中継地点が無い事に加えて、
 魔力的通信網を媒介するマギアリヒトが薄いためだろう。

 荒れ果てた市街地と不便な環境、そして、真っ暗な空間。

 視認範囲は、エールのセンサーと合わせても十五キロほどだろうか?

 そこまで見渡しても街の灯りは見えない。

 天蓋の照明さえ点かない程の魔力不足では、街灯さえ点ける余裕も無いハズだ。

空(いつから、こんな状態だったんだろう……?)

 空はふと湧いた自らの疑問に、ぞくり、と背筋が震えるのを感じた。

 しかし、すぐに頭を振って、その考えを意識の隅に追い遣る。

 自分が交戦中でなくとも今は作戦中だ。

 先行して敵を追っていた茜達と早く合流すべきだろう。

 空はそう思い直し、辺りを見渡し直す。

空(近くに戦闘の反応は無い……離れた位置で戦ってるのかな?)

 空は反応の乱れたセンサーを確認しながら思案する。

 出来れば当てずっぽうで動きたくは無い。

 そんな事を考えた瞬間、前方に茜色の光が立ち上り、直後に轟音が轟いた。

空「あれは……茜さん!?」

 間違いない。

 電撃を……雷電変換された魔力を帯びた茜の攻撃だ。

 照明弾の範囲外だったが、電撃の放つ光量と大音響のお陰で気付く事が出来た。

空「261の物と思われる攻撃を視認しました。確認のため該当地点まで移動します!」

彩花『了か…! ちゅ…いしながら、低空…行で進んで下さい!』

 応えてくれたのは彩花だろうか?

空(多分、“注意しながら、低空飛行で進んで下さい”、だよね?)

 まだノイズ混じりの彩花の指示の内容を僅かに考えた後、
 空は高度を落として戦場と思しき地点へと向かった。
100 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:51:31.91 ID:PlNK1o9mo
―3―

 空が茜達のいると思われる地点まで近付くと、確かにそこには茜達第二十六小隊の姿があった。

 レオン達の駆る三機のアメノハバキリの援護射撃を受けながら、
 茜のクレーストがテロリスト達の駆る352改を切り捨てる。

 残るテロリストのギガンティックは477改が一機だけだ。

 テロリスト達よりも先に撃破したのか、イマジンの反応はもう何処にも無い。

空(あれ……あの人達、確か、武器なんか持って無いんじゃあ……?)

 空は違和感にも似た感覚に胸をザワつかせながら、先程の光景を思い出す。

 そう、テロリスト達は武器を投げ捨て、我先へと逃げ出したハズだ。

空(テロリストは残す事になっちゃうけど、これだけ優勢なら一旦、
  フロートの外郭まで後退してから体勢を立て直した方がいいかな?

  あのテロリストも逃げようとしているみたいだし……)

 空がそんな事を考えている内に、レオン達の援護射撃も止む。

 残り一機ならば必要無いと言う事だろう。

空「茜さん! 一旦、後方に下がってレミィちゃん達と合流しましょう!
  レオンさん達も……」

 射撃が止んだ間隙を縫って、空は茜達に呼び掛けた。

レオン『わりぃ、朝霧の嬢ちゃん。もうちょっと待ってくれや』

 さすがに近距離通信ではノイズも入らないのか、そう返すレオンの声はクリアだ。

 だが、彼の声音はクリアな通信音声に比べて、どこか曇っているように感じられた。

 直後――

茜『貴様で最後だっ!』

 まるで激昂したかのような怒りの籠もった茜の一声と共に、
 クレーストは二振りの太刀で477改の手足を斬り裂く。

 雷撃を纏った太刀で切り裂かれた左手足の付け根は高熱で溶け落ち、
 凍気を纏った小太刀で切り裂かれた右手足の付け根は凍り付いて砕け散る。

 そして、手足を失った477改はその場に崩れ落ち、クレーストの足もとへ轟音と共に転がった。

 最後の一機だったのだ。

 茜は、後退するにも後顧の憂いを断った方が良いと判断したのだろう。

 空もそう思っていた――

空「茜さん、後退を……」

 空がそう言いかけた瞬間、ガンッと言う大きな音と共に、クレーストが477改の胴体を踏み付けにした。

 ――その瞬間までは……。

空「茜……さん?」

 空は愕然としながらも、再度、茜に呼び掛ける。
101 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:07.96 ID:PlNK1o9mo
 だが、茜の耳には空の声は届いていないようだ。

茜『分かるか……踏みにじられる恐怖が……?
  貴様らが十五年前にやった事がどれだけの物か!』

 絞り出すような怨嗟の声に合わせて、茜は何度も何度も477改の胴体を踏み付けた。

 そして、最後はぞんざいに蹴り飛ばし、廃墟の中に叩き付ける。

 だが、茜の動きは止まらない。

 同じように手足を切り裂かれて動きを封じた352改に歩み寄ると、渾身の力を込めて蹴り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音と立てて蹴り上げられた352改は、
 そのまま弧を描いて遠くの廃墟の中に没した。

 悲鳴は一言も上がらない。

 既に外部スピーカーのスイッチが切られているのか、それとも中のパイロットが気絶しているのか。

 どちらにせよ――

空(あんな状態で、衝撃吸収装置って働くのかな……?)

 ――そんな想像を抱いた空は、結論を思い浮かべると、さあっ、と血の気が引くのを感じた。

空「茜さ――」

茜『恐ろしいか!? 恐ろしいだろうな……!
  それが、貴様らが奪った数多の命が感じながら死んでいった……恐怖だっ!』

 呼び止めようとする空の声を遮って、茜は残る一機の352改の頭を踏み潰す。

 すると、軽い爆発が起こり、コックピットハッチ周辺からも煙が上がる。

空「あ、茜さん、止めて下さいっ!」

 空は慌てた様子で地上に降り立ち、エールでクレーストを押しやるようにしてその機体から遠ざけた。

 そして、その場で片膝立ちになって352改のコックピットハッチを引き剥がす。

 そのまま内部の様子を確認しようとすると、
 途端に内部から這々の体でテロリストらしき中年の男性が飛び出して来る。

テロリストB「ひ、ひぇ、ひゃぁ……!?」

 幸いにも防護服を纏っていたらしく、声ならぬ悲鳴を上げながら、
 転がるように足をもつれさせて廃墟の中に消えて行った。

 どうやら、頭部を破壊された衝撃でハッチ周辺のシステムに負荷が生じ、
 それによって煙を噴いていただけのようだ。

空「良かった……コックピットの中が火事になっていなくて……」

 空は一瞬だけ過ぎった最悪の事態を呟きながら、胸を撫で下ろす。

 結果的にテロリストを逃がしてしまったが、さすがにあのまま放置してはいられなかった。

 他の機体の搭乗者の安否も確認したいが、あんな状態になった茜も放ってはおけない。

 空は僅かに逡巡した後、意を決して立ち上がり、先程、自分が押しやったクレースト――茜に向き直る。

空「……テロリストに対しても殲滅指示は出てしましたけど、さすがにアレはやり過ぎです……!」

 空は努めて平静に言おうとしたが、その声音には僅かばかりの険が交じっていた。

 いくら犯罪者が相手とは言え、無抵抗の相手にあれだけ執拗な攻撃は褒められた物ではない。

 だが――
102 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:55.93 ID:PlNK1o9mo
茜『君は……邪魔するのか……?』

 通信機から、消え入りそうな茜の声が響き、彼女はさらに続ける。

茜『分かるだろう……?
  アイツらは……仇なんだ……お父様の……大勢の人の命を奪った……!
  君のお姉さんの家族も殺した、憎い仇なんだよ!』

 次第に大きく、怒りで震えて行く茜の声に、空は息を飲む。

 そして、連絡通路から感じていた胸騒ぎのような物に、空はようやく合点が行った。

 無抵抗な相手を背中からであろうと、戦う力が無かろうと斬る。

 それは、正に復讐者の所行だと。

 そして、気付く。

空(嗚呼……そう、だったんだ……)

 空は胸中で独りごちながら、奇妙な眩暈を覚える。

 久しく忘れていた……忘れようと努めていた、あの感覚。


――コロシテヤル………オマエエェェェェェッ!!――


 憤怒と憎悪に身を任せ、怨嗟の叫びを上げながら凶行に走った自分。

 今、目の前にいるのはかつての自分自身だった。

 似ているのだ、自分達は。

 空は直感でそれを感じた。

 目の前で憎い仇に大切な家族の命を奪われ、それに蓋をして澄ましたフリをして過ごし、
 いざ仇を目の前にすれば怒りと憎しみを抑える事が出来ない。

 自分は義憤と、仲間達を思う心でそれを乗り越えた。

 だが、目の前の年上の少女は……茜は、まだそれを乗り越えられていないのだ。

 十五年かけてドロドロに煮詰められた暗い感情が、心の底にべったりと張り付き、
 今も怨嗟の炎を伴って真っ黒に心を焦がしている。

茜『君なら分かってくれるだろう……?
  殺したいほど憎い相手が目の前にいたら、正気でなんていられる筈がない!』

空「………それは……!」

 言葉通りに正気を失ったような茜の声に、空は僅かな間を置いてから答えようとした。

 それは、自らの思いを再確認するための時間だった。

 だが、その僅かな間は、茜には迷いと取られたようで、彼女は空の声を遮って続ける。

茜『こんな光景を作り出しておきながら、
  あんな破廉恥な要求をいけしゃあしゃあと宣い続ける連中を……、
  自らを正義と騙る悪を野放しにして良い筈がない!』

 それだけを聞けば憎しみを正当化する建前にも思える言葉は、
 だが、茜の怨嗟に火を点けた物の正体だった。

 一面に広がる廃墟。

 それは正に、彼女の憎しみの原風景……目の前で殺された父を思い出さずにはいられない光景だ。

空「……気持ちは分かります……分かるつもりです」

 その事を理解した上で、空は遮られた言葉を改めて紡ぐ。

 同じ思いを味わった者同士、気持ちは理解できる。

 だが――

空「でも……それだからって、
  茜さんがそんな事をしている所を見過ごすワケにはいきません!」

 空は毅然とした態度で言い切った。
103 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:53:35.63 ID:PlNK1o9mo
レオン「こりゃ、まぁ……耳の痛いこって……」

 一方、アメノハバキリ一番機のコックピットでは、
 レオンが苦虫を噛み潰したような表情で、軽口のように漏らしていた。

 レオンの本音は、言葉よりも表情の方から窺った方が良いだろう。

 実際、空が言った事を茜に言うべきは自分であった。

 だが、四つ年下の妹分でもあり、また自分の直属の上司でもある少女の気持ちを、
 レオンは慮ろうとしていた。

 彼女の気が済むなら、一時の激情に身を任せてでも、
 彼女が彼女らしくあれるなら、彼女の思うとおりにさせるべき。

 そう、レオン・アルベルトと言う男は考えていたのだ。

 両親が健在で、誰かを激しく憎悪をすると言う事を知らないレオンには、
 所詮、茜の本当の気持ちなど理解できる筈もなく、
 また、彼女の兄がそう言った素振りを見せない事もあり、
 その問題を無意識の内に先送りにしていた。

 それは紗樹や遼も似たような物で、二人も心苦しそうな表情を浮かべている。

茜『正論だな……けれど正論だけで……耳障りの良い言葉だけで、
  感情まで納得できるワケが無いだろう!』

空「……っ!」

 怒声にも似た茜の言葉を、空は真っ向から受け止めていた。

 息を飲んだのは、茜の迫力に対してであり、彼女の言葉に驚きは無かった。

 当たり前だ。

 逆の立場なら、自分もそう返していた。

 そんな思いがあった。

茜『……そうだな……君は相手がイマジンだからな!
  どんなに残虐な手段を使おうとも、どれだけ残酷な仕返しをしようとも、
  褒められこそすれ、誰も止めはしないだろうさ……!

  だがな、私が憎んでいるのはテロリストだ、同じ人間だ!
  バケモノ相手の君とは違うんだ!』

 だからこそ、そう続いた茜の言葉は、空の胸に刺さる。

 これも、まあ多少は予想していた。

 正気を失えば、自分がどんな事を言ってしまっていたか、
 自分が言った事と同じ言葉を叩き付けられたら、どう相手を罵っていたか……。

 実際に突き付けられた言葉は想像以上の痛みを伴う、
 切れ味の鋭さに比べて錆びたノコギリに斬られたようだった。
104 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:54:19.10 ID:PlNK1o9mo
 だが――

空「ええ……そうですね……」

 空は必死に、その言葉を受け止める。

 そして、本音を絞り出す。

空「でも……だからなんです!
  バケモノ相手でも……そんな暗い物に身も心も任せたら、後が苦しいんです!

  自分が悪人みたいで……悪人になってでも復讐してしまいたいなんて、
  苦しくて、苦しくて、どうしようもない事なんです!」

 それは、とても直感的な言葉で、理路整然と正論を述べているのとは違った。

 有り体に言えば、考えた事を整理もせずに口から吐いているだけの感情論だ。

 実際、空は感情論をぶつけていた。

 自分が憎しみと恐れに塗れていた頃を思い出してしまう。

 それだけで頭の中をグチャグチャに掻き回されてしまったようだ。

 だが、想いを告げなければ、茜を止める事は出来ない。

空「そんな事をすれば、自分の心が傷付くんですよ!?
  そんな事を続けていたら、バケモノと同じになっちゃうんですよ!?」

 復讐心だけの戦いは、いつか自分の身を滅ぼす事を、空は痛いほど分かっていた。

空「無抵抗の人間をいたぶるなんて、
  それじゃあ、茜さんが一番憎んでいるテロリストと一緒じゃないですか!」

 そして、ようやく、一番言いたかった言葉を……一番言わなければならなかった言葉を吐き出す。

 一方、その言葉を聞かされた茜は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。

茜「私が……テロリスト共と……同……じ……?」

 目を見開き、絶え絶えに絞り出すように空の言葉を反芻する茜。

 ワナワナと震える手を、焦点の定まらない目で見遣る。

 先程、テロリストの機体を蹴り上げた、踏み付けた足を見遣る。

茜(私は……無抵抗の……抵抗できなくなった相手を……)

 そして、先程の行為が……その時に胸の奥から沸き立った感情が、脳裏を過ぎった。

 どろりとした質感を伴う、そんな快楽を、自分は感じていたのではないか?

 憎い相手を粉砕し、嬲る快感に、身も心も任せていたのではないか?

茜「違う……私は……!」

 必死に頭を振って、その感情を……抱いてしまった快楽と快感を否定する。

 だが、いくら茜が否定しても、空にはお見通しだった。

空『一緒なんですよ! あんな暗くて恐ろしい物に身も心も任せてしまったら!』

茜「っ……!?」

 空の言葉が、茜を押し黙らせる。

 目の前で姉を食い散らかすように貪った軟体生物型イマジン。

 あの仇敵を、憎悪と憤怒に任せるままにいたぶった。

 あの時の自分とイマジンに、どれだけの差があっただろうか?

 強いから弱い者をいたぶるのでは、復讐心に任せて獣のように振る舞うのでは、バケモノを一緒なのだ。

空「自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!」

 空は目の端に涙を浮かべながら必死に語りかける。
105 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:55:15.06 ID:PlNK1o9mo
 経験者は語る、と言うが、正にその通りだった。

 道を誤った者にしか分からない事がある。
 道を誤った者にしか伝えられない言葉がある。

 空の言葉でしか、茜を止められない。

 そのために、空は苦しい記憶を掘り起こし、茜にぶつける。

 茜を……まだ知り合って日も浅い、新たな仲間を救うために。

 誰かを守りたいと願う人の盾。
 誰かのために戦いたいと願う人の矛。
 力なき誰かの力。

 言い聞かせるように胸中で繰り返す、己が信念。

 なればこそ、今は新たな仲間のために己が心を削ろう。

 茜が思い描く正義を、これ以上、彼女自身の手で汚させぬために。

 茜が守らんとする正義のために、彼女の中心にある物を守るために。

空「冷静になれ、なんて無責任な事は言いません……。

  ただ、思い出して下さい……!
  茜さんが、何でテロリストを憎むのか!」

 それはもう、説得などでは無かった。

 感情に走った時点で、既に説得と呼べる物では無かったかもしれない。

 だが、何も飾らない言葉ほど……相手を思って真摯に語りかける言葉ほど、相手の心に届く物だ。

茜「………何で、テロを憎むのか……お父様を殺した……彼奴らが憎くて……」

 茜はワナワナと震える両掌を見つめながら、自らの原点を口にする。

 そうだ。

 憎かった。

 父を殺したテロリストが、尊敬する父を目の前で殺したテロリストが。

 幼心に、連中を一人残らず皆殺しにしてやりたいと思った。

 だが、それでは空の言う通り、憎いテロリストと変わらない。

茜「っ、ぅぅ……ぁ……っ!」

 その事を思い知らされ、茜は声を押し殺して泣く。

 クレーストが直前に回線をカットしたのか、その泣き声は誰の耳にも届かなかった。

クレースト『ありがとうございます、朝霧空……』

 しかし、そのクレースト自身が空だけに回線を開き、感謝の言葉を贈って来る。

 だが、茜の嗚咽は聞こえない。

 おそらく、クレーストのAIとの直接回線なのだろう。
106 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:55:50.24 ID:PlNK1o9mo
空「クレースト……ごめんなさい、茜さんに酷い事ばかり言っちゃって……」

 空は恐縮した様子で返し、項垂れる。

 茜を止めるためとは言え、随分とズケズケと物を言ってしまった。

 彼女を傷つける言葉を選んでしまった部分も少なからずある。

クレースト『いえ、それでも感謝します。
      ……私では、あのようには言えませんでした』

 クレーストは頭を振る様が見えるような声音で返す。

 彼女の言う“あのように”とは、経験則を踏まえた言葉だ。

 如何に人間的な要素を含んでいても、クレーストもAIに過ぎず、
 また彼女自身が茜の臣下として接しているため一線を引いている所があった。

 つまり、“言えない”とは言葉通りで、窘める事が出来なかったのだ。

 幼い奏に仕えていた頃から、彼女が主のためにして来た事は、主の為さんとしている事を支える事。

 譬え、それが間違いだとしても、だ。

 主自身が気付かぬ限り、それは道を曲げただけに他ならない。

 主の選んだ道が茨の道であろうが、修羅の道であろうが主の望むままに切り開く、祈りの十字架。

 そして、道を違えた主を止めるべきは、主が友と認め主を友として認めてくれた者に任せる。

 だからこそ、主に正しい道を示すキッカケを与えてくれた主の友には、最大限の礼を払う。

 それがクレーストのかつての主と友……奏と結がそうであった頃からの、今も変わらぬ在り方なのだ。

空「そんなに大層な事じゃないと思うんですけど……」

 しかし、その事を知らない空は恐縮するばかりである。

 と、そこへ今度はレオンからの回線が開いた。

レオン『お嬢の事で手間かけさせちまったな、朝霧の嬢ちゃん』

空「いえ……そんな」

 申し訳なさそうなレオンの言葉に、既に恐縮し切っている空は、最早、苦笑いを浮かべる他無かった。

 ともあれ、茜の凶行が止まった事を確認すると、空達は周囲のギガンティックの残骸を調べ、
 テロリスト達が既に逃げ出している事を確認してから、まだ落ち着かない様子の茜を守るように陣形を組み直す。
107 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:56:20.98 ID:PlNK1o9mo
サクラ『空ちゃん、大丈夫?』

空「あ、はい……大丈夫です、サクラさん」

 司令室のサクラからの通信に、空は頷いて応えた。

 通信はクリアだ。

 おそらく、連絡通路の出入り口周辺に通信を中継するアンテナが設置されたのだろう。

 となれば、そろそろレミィとフェイも合流する頃合いだ。

サクラ『十五年前のマップだと、その辺りは第二十五街区の外れね……。

    そこから一キロ東に行くと、連絡通路と第一街区……
    旧山路技研とを繋ぐ大きな幹線道路があるわ。

    そこでレミィちゃん達と合流して』

空「了解です」

 サクラの指示に応え、空は茜達と連れ立って件の幹線道路へと向かう。

 辺り一面廃墟には変わらないが、空達の進む道も幹線道路と
 街区の中心部を結ぶ主幹道路の一つなのか、比較的、瓦礫は少ない。

紗樹『それにしても、本当に瓦礫だらけ……よくもまぁ、これだけ壊したわねぇ』

 通信機を介して、呆れ返ったような紗樹の声が聞こえる。

遼『焼け焦げた痕がある……。
  イマジンの襲撃と言うよりも、空襲のようなやり方で破壊された感じだ』

 そこに遼が続けた。

 確かに、執拗なまでに破壊し尽くされた街区は、まるで空襲にでも遭ったかのようだ。

レオン『第七フロート第三層の人口は、十五年前当時で五千八百万人。

    その内、四千万人が軍と警察の合同作戦で救出されたが、
    その際に起きた戦闘での死者は推定二万人……推定なんで、詳しい数字は出ちゃいないが、
    まあ五倍の十万が死んだとしてもおかしくない激戦だったって話だがな』

 レオンは軽口混じりに呟いているが、その声音は真剣そのものだ。

 ともあれ、無事ならば今も千八百万人もの人々が、この階層では生活していると言う事になる。

 人口増加を踏まえれば二千万人以上だろうか?

レオン『まあ、階層のど真ん中の五個程度の街区にギリギリ収まる数だな……。
    田舎がこの調子じゃ、街の連中は逃げるのも覚束ないだろうな』

 レオンの付け加えた言葉に、全員が息を飲む。

 つまり、そこ以外は焼き払ったと言う事だろう。

 中央から外郭までは二五〇キロ。

 レオンの予想通り、五つの街区を占拠する形でも、それらの街区の端から外郭まで二〇〇キロは下らない。

 子供であっても十日ほどあれば歩いて踏破できる距離だが、それも休める場所があれば、だ。

 瓦礫だらけの道を二〇〇キロも進むのは、決して楽な道のりではない。

 十分な食料と休める手立てがあって、初めて踏破できる苦難の道だろう。

 つまり、この廃墟と瓦礫の町並みそのものが、取り残された人々を閉じ込める牢獄なのだ。

空「本当に……酷い……」

 レオンの言葉を聞きながらその事に思い至った空は、消え入りそうな声で呟いた。

 茜もその事には思い至ったのだろう。

 そう考えれば、普段からテロリストを憎んでいる彼女が冷静でいられなかったのも、
 無理からぬ事だったのだ。

 姉の両親の事もあって、テロリスト達を好ましく思っていない空も、
 ふつふつと怒りがこみ上げて来るのを感じた。
108 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:57:02.19 ID:PlNK1o9mo
 と、その時だ。

茜『すまなかった……空……』

 消え入りそうな声が、通信機から聞こえて来る。

 茜の声だ。

 どうやらプライベート回線を用いた限定通信のようだった。

空「茜さん……いえ、私の方こそ、偉そうに酷い事ばかり……」

 空もその回線に向けて申し訳なそうに返す。

茜『いや……お陰で少し頭が冷えた……。
  礼を言わせて欲しい……』

空「そんな……いいですよ」

 感極まった様子の茜に、空は再び恐縮してしまう。

 これでは逆に針の筵だ。

 早々に話題を変えるべきだろう。

空「それよりも、機体コンディションは大丈夫ですか?」

茜『ん? ああ……、ブラッド損耗率は四十八パーセント。
  万が一に戦闘になっても、あと二十分はフル稼働で行ける』

 唐突に話題を変えられて面食らったのか、茜は戸惑いながら空の質問に答えた。

 結の血を引いているだけあって、茜の魔力は五万六千超。

 無限の魔力を持つワケではないが、それでも並外れた大魔力の持ち主だ。

 それだけの魔力があれば、ブラッドの劣化も低く抑える事が出来る。

 二十分もフル可動できるなら、テロリストの扱うギガンティックくらいは軽く撃退できるだろう。

空「でも、レミィちゃん達と合流したら、
  補給のためにメインフロートまで一時後退した方が良いかもしれませんね」

茜『……ああ、私も、少し考えを整理する時間が欲しい……』

 空の提案に、茜は少し思い詰めた様子で応えた。

 と、そこで幹線道路に到着したらしく、左右の見通しが一気に開ける。

???『空!』

 名前を呼ばれた空が連絡通路のある右手方向を見遣ると、
 そこには低空を飛ぶアルバトロスと、瓦礫を避けて走って来るヴィクセンの姿が見えた。

 どうやら、レミィに名前を呼ばれたらしい。

空『レミィちゃん、フェイさん!』

フェイ『補給完了しました、朝霧副隊長』

 驚きの入り交じった歓喜の声を上げた空に、フェイが淡々とした様子で返す。

 空達はようやく合流を果たした。

 ……そう、正にその瞬間、事態は起きたのだ。
109 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:57:33.85 ID:PlNK1o9mo
―4―

アルバトロス『上方から高密度魔力反応、急速接近です!』

 不意に検知した魔力反応に、アルバトロスが悲鳴じみた声を上げた。

空「え!?」

 空は驚きながらも、シールドスタビライザーをシールドモードに変形させ、結界を展開する。

 咄嗟の行動だった。

 直後、無数の魔力砲撃が空達の元に降り注ぐ。

空「っ、ぐっ!?」

 連続して降り注ぐ魔力砲撃を受けて、空は苦悶の声を漏らす。

 慌てたために広範囲に展開してしまった結界は、
 かなりの量のブラッドを劣化させながらも、何とか空の大魔力で以て防ぎ切る事が出来た。

空「じゅ、十六発……かな……?」

 律儀に受けた砲撃の回数を数えていた空は、苦しそうな声で呟く。

 大威力砲撃四発と、それよりやや劣るものの強力な砲撃が十二発の、計十六発だ。

 フェイやアルバトロスが調整してくれた集束結界なら、もう少しスマートに受け切れたかもしれないが、
 集束する余裕も無い広範囲結界を展開した事で、逆にそれが功を奏し、仲間達も守る事が出来た。

茜『このタイミングで強襲……テロリスト共か!?』

 茜は空の作ってくれた結界の傘から飛び出し、二振りの太刀を構え、
 砲撃の降り注いで来た上空を見上げる。

 すると、微かな光点が見えた。

 それが上空から砲撃を行ったギガンティックが放つ、魔力の余剰光だと言うのは明らかだった。

空(薄桃色の光……?)

 空も上空を見上げ、胸中で怪訝そうに独りごちる。

 余剰光を発するほどの魔力量となるとかなりの物だが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。

 空はシールドモードを解除し、長杖をカノンモードに切り替えて迎撃体勢を……取ろうとした。

空「あ、あれ……? エールが動かない!?」

 一瞬、キョトンとしかけた空は、その事実に気付いて愕然とする。

 本来ならば魔力リンクによって感覚をギガンティックと共有している筈なのに、
 空の感覚は完全に自分自身だけの物に戻ってしまっていた。
110 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:58:16.75 ID:PlNK1o9mo
 その状況は司令室でも観測できていた。

雪菜「201、魔力リンク強制切断!?」

ほのか「こんな時にエラー!? 復旧は!?」

 愕然とする雪菜に、ほのかは驚きの声を上げながら確認する。

雪菜「それが、切断は機体側で行われたらしく、
   本体との間に噛ませてある補助ギアも本体とのリンクが切断されているみたいです!」

 雪菜は自身のコンソールを確認しながら報告した。

 確かに、彼女のコンソール上のディスプレイには、
 201――エール――のコンディションを示す箇所に“LinkError”と表示されている。

リズ「そ、そんな……先程の砲撃の魔力反応、ライブラリ上のドライバーと一件該当!?」

 他のオペレーターから送られて来る情報を確認していたリズが、驚きの声を上げた。

アーネスト「っ!? 報告を!」

 アーネストは驚きながらも、リズに報告を促す。

 敵……テロリスト側に、ギガンティック機関のライブラリで
 ドライバーとして登録されている魔力と一致する者がいるのは驚きである。

 だが、それだけだ。

 それだけの筈なのに、何故、リズはあれ程までに驚いたのか?

 その理由は、すぐに彼女の口から語られる事となる。

リズ「一致率百パーセント……登録ナンバー001!」

 リズは躊躇いがちに、だが意を決してその結果を報告した。

 その瞬間、司令室に……いや、明日美に戦慄が走る。

明日美「登録ナンバー……001!?」

 明日美は目を見開き、驚愕の声で反芻する。

 登録ナンバー……即ち、コールサイン001は、
 第二世代へと改修される前のオリジナルギガンティックの型式番号そのまま。

 001とはつまり、エールのオリジナルドライバー、
 結・フィッツジェラルド・譲羽……明日美の母の物だ。

明日美「っ、朝霧副隊長を下がらせなさい! 早く!」

 愕然としていた明日美だったが、すぐに気を取り直し、慌てて指示を飛ばす。

サクラ「空ちゃん、連絡通路出入り口付近にキャリアが来ているわ!
    何とかそこまで後退して!」

 指示を受けるなり、サクラも通信機越しに空に向けて叫んだ。
111 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:59:03.97 ID:PlNK1o9mo
 そのサクラの指示は、確かに空の耳にも届いていた。

空「何とかって、言っても……!」

 指示に従い、空はエールを歩かせようと足踏みを続けるが、エールの足は微動だにしない。

 それどころか、外付けのOSSの数々も反応せず、
 シールドスタビライザーも大型ブースターも沈黙してしまっている。

 せめてこの二つが動けば、無理矢理に方向転換して撤退する事も出来たのだが……。

空「エール、動いて! どうしたの!? エール!」

 空は仮想ディスプレイだけでも展開しようと操作を続けるが、それすらも応答しない。

 やはり雪菜の言う通り、本体と補助用ギアのリンクも途絶えているようだ。

???『……い……』

 焦る空の耳に聞こえる、聞き慣れぬ声。

 絞り出すような、掠れた声。

 そして、その声と共に、微動だにしなかった愛機の腕が、上に向けてゆっくりと伸ばされる。

 伸びた先は上空……先程の砲撃の主と思われる、薄桃色の魔力を放つギガンティック。

空「え、エール……! どうしたの、エール!?」

 空は愛機の腕を下ろさせようとするが、やはりそれも徒労に終わる。

 それどころか、事態はさらに悪化して行く。

レオン『おいおい!? 回り囲まれてるぞ!?』

 レオンの慌てた声が通信機越しに聞こえた。

 辺りを見渡すと、瓦礫の山の中から十体以上のギガンティックが姿を現す。

 どれも同じ形状の、だが、全身各部に色とりどりの輝くラインを纏ったその姿は――

紗樹『嘘!? オリジナルギガンティック!?』

 ――愕然とする紗樹の言葉通り、オリジナルギガンティックを思わせた。

 空達は知る由も無かったが、これこそが反皇族派テロリストが誇る最新型ギガンティック。

 旧山路技研の格納庫を埋め尽くす400シリーズの一部……GWF401・ダインスレフである。

 それらが四方八方から空達を取り囲み、包囲網を形成していた。

茜『各員! 01の周囲を固めろ! 応戦しつつ後退だ!』

 茜は愛機に二刀の太刀を構え直させながら、全員に指示を飛ばす。

 上空の一機と合わせて、敵との戦力差は倍以上だ。

 性能の程はまだ分からないが、ブラッドラインを持つ以上、
 多少なりとも結界装甲を持つ可能性もあり得る。

 自由に動けない空とエールを守りながら応戦するのは難しいだろう。

レミィ『フェイ! エールを運べ! アルバトロスなら行けるだろう!』

フェイ『了解しました、ヴォルピ隊員』

 レミィの咄嗟の指示で、フェイはアルバトロスにエールの肩を掴ませた。

 アルバトロスの翼はシールドスタビライザーだ。

 出力はエールとの合体時よりは落ちるかもしれないが、
 それでもギガンティック二機分の重量を支えて飛ぶ事は出来る。

 茜達に護衛されながら、エールを掴んだアルバトロスが移動を始めると、
 それを合図に周囲のギガンティックからの一斉攻撃が始まった。

 四方八方からの銃撃が、取り囲まれた茜達に殺到する。

 レオン達のアメノハバキリはシールドを使ってそれを防ぎ、
 茜も太刀に大量の魔力を込めて障壁を展開した。
112 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:59:40.34 ID:PlNK1o9mo
 だが――

遼『シールドが……保たない!?』

 敵の攻撃開始から数秒と経たずに鳴り響き始めた警報音に、遼は驚愕の声を上げる。

 高密度マギアリヒトと金属のコンポジット構造で出来たシールドは、見る見る内にひび割れて行く。

 敵の火力が圧倒的にコチラの防御を上回っているのだ。

レオン『守りに入るな! 応戦するんだよ!』

 レオンはそう叫びながら、魔導ライフルを構えて敵ギガンティックを狙い撃つ。

 頭部や関節、武装などの脆い部分を狙った正確な射撃は全弾命中するも、
 多少のバランスを崩したり後ずさりさせるのが精一杯で、大したダメージは与えられていない。

紗樹『た、隊長! こいつら通常魔導兵器じゃ効きませんよ!?』

 そう叫ぶ紗樹も連射式魔導ライフルで応戦を続けるが、
 数をばらまくだけのソレが最も効果を削がれていた。

 よく見れば、連射式ライフルから放たれる小型魔力弾は、
 敵ギガンティックの表面で霧散して消えてしまっている。

 紗樹の機体と同じ装備の遼の機体も同様だ。

レオン『クソッ、これが結界装甲かよ……敵に回すとイマジン相手と変わりやしねぇ!?』

 何年も茜の支援役としてイマジンと相対して来たレオンは愕然としつつ叫ぶ。

 部下達の悲鳴じみた声を聞きながら、茜は思案する。

 敵のギガンティックが持つブラッドラインは、どうやら虚仮威しの類では無いらしい。

 同じ結界装甲を持つクレーストや他のオリジナルギガンティックは敵の攻撃に耐える事が出来ているが、
 最新鋭とは言え結界装甲を持たないアメノハバキリでは劣勢を強いられるばかりだ。

茜『……撤退を優先する! 総員、全力で退避だ!

  アルベルト、東雲、徳倉は01の周囲を固めろ!
  レミィ、フェイ! お前達は部下達の面倒を頼む!

  殿は……私が務める!』

 思案の末に茜の出した指示に、全員が驚き、息を飲む。

レオン『お嬢、いくら何でもそりゃ無茶ってモンだぜ!?』

茜『無茶でもやらなければ全員死ぬぞ!
  動けない空やお前達を庇って戦う方が不利になる!』

 レオンの抗議を、茜は敢えて辛辣な言葉で切り捨てた。

 確かに、十機を超える敵ギガンティックが結界装甲を備えている以上、
 動けない寮機を庇って戦うのは至難の業だ。

 しかも、動ける寮機も内三機は結界装甲に対抗する手段が無く、
 さらに他の一機が動けない寮機を輸送中と言う状況である。

 自身の撤退も念頭に置いた殿であるなら、身軽に動けるクレーストには単機の方が生存率は高い。
113 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:00:15.75 ID:PlNK1o9mo
空「茜さん……すいません」

 空は悔しそうに声を吐き出す。

 現状、一番のお荷物は、文字通り自分だ。

茜『さっきの借りを返すだけだ……気にするな』

 一方の茜は少しぶっきらぼうに返す。

空「いえ、恩に着ます」

 空はそう返しながらも、床面のコンソールを開き、何とかエールの操作を取り戻そうとするが、
 一切の操作を受け付けようとしない。

 通信などのコントロールスフィアに依存した基本システムは生きているが、
 AIや魔力リンクに依存する類のシステムは全てダウンしてしまっていた。

空「どうしたって言うの……エール……?」

 空は不安げな声を上げながら、原因を探る。

 いや、何とか“別の原因”を探ろうとしていた。

 原因は分かっている。

 司令室のやり取りは全て聞こえていたのだ。

空(司令のお母さん……結・フィッツジェラルド・譲羽さんの魔力……)

 心中で独りごちた、それが答え。

エール『ゆ、い……ゆ、い……』

 あれだけ呼び掛けても、一度も声を発しなかったエールが、
 上空のギガンティックに向けて手を伸ばしながら、声を絞り出す。

 結、結、と……。

空(私じゃ……私じゃダメなの……エール!?)

 その疑問を、叫びを、空は飲み込む。

 答えが返って来るのが怖かったのだ。

 そして、空が苦悩し、足掻き続けている間にも撤退は始まる。

レミィ『敵の一角を切り崩す!』

 レミィはヴィクセンを後方に向けると、敵の射撃の合間を縫って肉迫し、
 狼狽える一機のダインスレフに飛び掛かって押し倒した。

 如何に相手が結界装甲を備えたギガンティックでも、
 支援型とは言えオリジナルギガンティックの方が性能は上のようだ。

フェイ『突破します!』

 フェイはレミィが作り出してくれた包囲網の死角から、
 アルバトロスにエールを掴ませたまま飛び出した。

 さらに、その後をレオン達のアメノハバキリが続く。
114 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:00:55.56 ID:PlNK1o9mo
 茜も一旦、包囲網の外に飛び出すとすぐに方向転換し、
 撤退する仲間達と追いすがろうとする敵との間に立ち塞がる。

 敵の数は十二機。

 ロイヤルガードなら四小隊……一中隊分に匹敵する数だ。

クレースト『茜様、ブラッド損耗率が六割を超えました。
      残り戦闘時間は二十分程度とお考え下さい』

茜「防御に魔力を割き過ぎたか……」

 クレーストの声を聞きながら、茜は苦々しく呟く。

 回避に専念しつつ一撃離脱を繰り返すしか、この場を切り抜ける術は無いだろう。

 だが、十二機ものギガンティックを相手にその戦法を続けるのは難しい。

 と、そんな茜の悩みを知ってか知らずか、
 上空に留まっていた件のギガンティックが空達を後を追い始めた。

 どうやら、上空の機体の狙いは最初からエールのようだ。

茜「ッ、さすがに上まで相手をしている余裕は無いか!?」

 茜は舌打ち混じりに言いながら、敵の攻撃を回避する。

 何機かのギガンティックも、その寮機を追い掛けようとするが、
 茜は素早くその前に先回りすると、電撃と凍気を込めた刃でその手足を切り裂く。

茜「これ以上、この先に行かせてなる物か!」

 回避の一瞬の隙を突いて空達を追撃しようとするダインスレフの背中を狙い、
 茜は凍気の刃を叩き込む。

 凍気の刃は敵の背中を抉る。

 すると、抉られた背面から大量のエーテルブラッドが噴き出した。

 数秒は藻掻くように動いていた機体は、だがすぐに停止してしまう。

茜「背中にブラッドのタンクがあるのか!?」

クレースト『どうやらそのようです。優先目標を背部のタンクに絞りますか?』

茜「頼む!」

 驚きの声を上げた茜は、クレーストの提案に頷きながら、再び回避と追撃の警戒に入った。

 茜自身は回避に専念し、攻撃目標の選択と警戒をクレーストに委ね、
 可能なタイミングで攻撃、或いは迎撃するだけと言う命がけの単純作業だ。

茜(機体の性能に比べてドライバーの練度は高くないが、数が厄介だな……!)

 そんな事を思いつつ、茜は心中で舌打ちした。

 敵の機体は基本性能の時点で370シリーズに匹敵する上、
 結界装甲と言う破格の攻防一体魔法を常時発動している。

 ドライバー達の操縦技術や連携と言った練度がおしなべて低いのが幸いし、
 何とか戦闘を継続する事が出来たが、それも時間の問題だ。

 敵の数が多いため、どうしても残り制限時間内に全てを倒すのは難しい。

茜(ギリギリで切り上げるしかないか……?
  向こうは今、どうなってる……!?)

 茜はただ一機だけ逃した上空のギガンティックの事を思い出し、
 焦燥感に駆られながらも、また一機、敵を撃破していた。
115 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:01:40.58 ID:PlNK1o9mo
 一方、全速力で撤退を続ける空達は、連絡通路の出入り口まで
 ようやく半分の所――十キロの距離――まで来ていた。

レミィ『一機だけだが、例のピンク色が追って来ているな……!
    フェイ、もっと速度を上げられないか!?』

 後方を警戒していたレミィが、前方を飛ぶフェイに呼び掛ける。

フェイ『現状、このスピードが精一杯です。
    合体できればもう少し速度を上げられるのですが』

 フェイは淡々とした中に、僅かばかりの悔しさを滲ませて返す。

 エールを掴んだ状態での移動は、やはりアルバトロスには負担が大きいようだ。

 直前の戦闘のダメージもあって、速度は通常時の五割強と言った所だろうか?

紗樹『機影見えた! ベースは378! 背中に大きな背負い物!』

 遼と共に上空に向けて牽制弾を撃っていた紗樹が、上空のギガンティックを確認しつつ叫ぶ。

 378……つまり、大型エクスカリバータイプだ。

レオン『東雲、マジで378なんだな?』

紗樹『はい!』

レオン『ならさっ!』

 紗樹が自分の質問に答えるが早いか、レオンは機体を反転させ、
 スナイパーライフルを構えると、上空の機体に向けて狙いを付ける。

 移動速度をギリギリまで落とす事なく、スナイパーライフルから集束魔導弾を放つ。

レオン『よし、ドンピシャ! 風穴空きやがれっ!』

 レオンは直撃を確信して歓喜の声を上げた。

 あの機体がエールに影響を及ぼしているなら、撃墜してしまえばエールは自由になる。

 そうなれば、空達は引き返して茜の援護に回れる筈だ。

 だが、そんなレオンの目論見は直後に砕かれた。

 378の背面から幾つかのパーツが分離し、機体の正面に分厚い魔力障壁を展開する。

 対イマジン用に開発された強化型集束魔導ライフルの集束魔導弾は、
 その障壁によって阻まれてしまったのだ。

レオン『なっ!? フローティングウェポンかよ!?』

 レオンは愕然としつつも、二度、三度と集束魔導弾を放つが、
 全て障壁に阻まれ、掻き消されてしまう。

 それどころか、別のパーツから放たれた砲撃がレオンの機体を掠め、弾き飛ばす。

レオン『うおぁっ!?』

空「レオンさん!?」

 レオンの短い悲鳴と共に倒れ込んだ彼のアメノハバキリの姿に、空は悲鳴じみた声で彼の名を叫ぶ。

 一行の移動速度が急激に低下した、その瞬間。
116 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:02:33.51 ID:PlNK1o9mo
???『Grrrrrrッ!!』

 廃墟の物陰から、低いうなり声を上げて巨大な影が飛び出した。

遼『な、何だコイ……うわあぁっ!?』

 巨大な影は驚愕する遼のアメノハバキリに飛び掛かり、
 連射式魔導ライフルを構えていた右腕をもぎ取る。

 遼の悲鳴と共にアメノハバキリはその場に倒れ込み、巨大な影はすぐさま跳躍した。

紗樹『徳倉君!? このぉっ!』

 小刻みに素早い跳躍を続ける巨大な影に向けて、紗樹は魔導ライフルの弾丸をばら撒く。

 凄まじい弾幕にさすがに“敵”も避ける事もままならないのか、数発の魔力弾が命中する。

 だがしかし、命中した魔力弾は一瞬で掻き消されてしまう。

紗樹『コイツも結界装甲!?』

 その事実に気付き、紗樹は愕然と叫ぶ。

 巨大な影の速度にもようやく目が慣れて来ると、その全身に若草色のラインが走っているのが見えた。

 間違いなく、オリジナルギガンティックと同じブラッドラインだ。

 その姿は巨大な狼を思わせる、ヴィクセンと同じく獣型で、
 彼女よりも一回りは大きなギガンティックであった。

レミィ『二人とも退いていて下さい! ここは私がっ!』

 その姿を確認したレミィは、倒れた遼の機体を庇うように躍り出る。

 既に空を守れるのはレミィ、フェイ、紗樹の三人だけ。

 その内、フェイは満足に動けず、
 新たな獣型ギガンティックにはアメノハバキリの武装は通用しない。

 必然的に陸戦をレミィが引き受けるしか無かったのだ。

レミィ「フェイ! 徳倉さん達と一緒にヤツから逃げろ!」

フェイ『了解です、ヴォルピ隊員!』

 レミィはフェイに指示を出すと、彼女の返事を聞く間も無く新たな狼型ギガンティックに飛び掛かる。

 補助兵装として前脚に取り付けられた小型スラッシュクローに魔力を込めた一撃だ。

 如何に結界装甲で守られていても、同じ結界装甲ならば貫く事が出来る。

 それを分かっているのだろう、狼型ギガンティックは横に跳んでヴィクセンの一撃を避けた。

 だが、レミィも回避される事を予測していたのか、
 着地と同時に横に跳んで、まだ着地前の敵に向けて追撃を加える。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 結界装甲同士が干渉して相殺されると、狼型ギガンティックはうなり声を上げて弾き飛ばされた。

ヴィクセン『キツネとオオカミ……、
      体格は向こうの方が上だけど、小回りはこっちが上みたいね』

 瓦礫に叩き付けられた狼型ギガンティックの様子に、ヴィクセンは確かな手応えを感じる。

 人型ギガンティックに比べれば凄まじい機動性と俊敏性を誇った狼型も、
 さらに機動性と俊敏性に特化して設計されたヴィクセンよりは劣るようだ。

 問題は体格差だが、当たらなければ問題は無い。

 そして、フェイ達もこの場を離れたようだ。

 まだ改造エクスカリバーの追撃は続いているようだが、レオンも攻撃のショックから立ち直ったのか、
 紗樹の機体と共に遼の機体を支えながら、後方に向けて牽制射撃を続けている。
117 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:03:15.19 ID:PlNK1o9mo
レミィ「よしっ! こっちを片付けて後を追うぞ!」

ヴィクセン『了解よ、レミィ!』

 レミィの声にヴィクセンが応えた。

狼型G『Grrr……ッ』

 すると、ようやく衝撃から立ち直ったのか、
 狼型ギガンティックは瓦礫のベッドからヨロヨロと立ち上がる。

 レミィはすぐさまその真上を跳び越し、狼型の後方に回った。

 狼型は狼狽えながらも方向転換し、ヴィクセンに向けて低いうなり声を上げて威嚇して来る。

 その時だ――

????<痛い……怖い……痛い……怖い……>

レミィ「ッ!?」

 脳裏に響いた声に、レミィは息を飲む。

レミィ(脳に直接……思念通話? この距離だと、コイツのパイロットか!?)

 レミィは驚きながらも、撹乱するように左右に跳び回る。

 敵からの思念通話など考えもしなかった。

 大昔は通信や秘匿回線の代わりに使われた事もあったらしいが、
 まさかコレは敵からの呼び掛けなのだろうか?

????<怖いよぉ……痛いよぉ……>

 しかし、思念通話の主は恐れと痛みを訴えるばかりで、会話が成立する様子は無い。

 だが、レミィはその声に不思議と懐かしさを感じていた。

レミィ(誰だ……この声……聞き覚えがある……?)

 レミィは敵を険しく睨め付けながらも、自らの記憶に思いを馳せる。

 声の主は少女のようだ。

 ドライバーの仲間達ではない。

 ギガンティック機関の職員でもない。

 いや、もっと以前……アルフの元にいた保護官の誰かだろうか?

 いや、それよりももっと昔の――

レミィ「うおぉっ!」

 思考が纏まりきらない内に、レミィは自ら攻撃を仕掛ける。

 さすがに呆けている場合では無い。

 真後ろから跳び上がり、死角から狼型の首もとを狙っての攻撃だ。

 余程大きく避けられない限り、外すことの無い一撃だ。

 背中に乗り上げ、渾身の力を込めた前脚の一撃を叩き込む。
118 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:03:57.82 ID:PlNK1o9mo
 だが――

????<怖いよ……お姉ぇちゃぁん!?>

 命中まで、あとほんの数メートルと言う距離でその声を聞いた瞬間、
 レミィの……ヴィクセンの動きが止まった。

レミィ「おねえ……ちゃん?」

 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。

 その二つが合わさった時、探り当てようとしていた記憶が一気に甦った。

レミィ「弐拾……参号!?」

 レミィは目を見開き、愕然として、その名を漏らす。

 自分が明日美と海晴に助けられる四年も前に、最後の姉と共に死んだ筈の、最後の妹。

レミィ(生きていた!? 何でここに!? いや、どうして、そんな所に!?)

 レミィは困惑しながらも、理由を探る。

 月島レポートの存在は、レミィも知っていた。

 無論、その内容に目を通した事もある。

 月島とテロリストの関係が発覚する四年も前ならば、
 死亡と偽って彼女を移送する事も出来たかもしれない。

 その可能性に辿り着いた後のレミィの判断は速かった。

レミィ「無理矢理に戦わされているのか、弐拾参号!?」

 レミィは驚きと怒りの入り交じった声を上げる。

 統合労働力生産計画で作り出された人工生命は、一万以上の魔力量を誇る者ばかりだ。

 戦う意志がなくても、自動操縦の機体に魔力を供給する“電池”として扱われている事だってあり得る。

弐拾参号?<助けて……助けて……お姉ちゃん!>

狼型G『Grrrrッ!!』

 必死に助けを呼ぶ少女……弐拾参号の声に応えるかのように、
 狼型ギガンティックは背中のヴィクセンを振り落とそうと全身を大きく振った。

レミィ「ッ!? 弐拾参号! 私だ! 拾弐号だ!」

 振り落とされた体勢から、何とか着地しながら、
 レミィは狼型ギガンティックに……その中にいる妹に語りかける。
119 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:04:30.34 ID:PlNK1o9mo
ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ!? 今、戦闘中よ!?』

 主の突然の行動に、ヴィクセンは驚きの声を上げた。

 この戦闘で如何に有利な状況にあるとは言え、全体の戦況は著しく不利である。

 今も、この敵にばかり関わっているヒマすら無い状況なのだ。

 それはレミィにも分かっていた。

 だが――

レミィ「お願いだ……ヴィクセン! ほんの……ほんの少しだけ、私に時間をくれ!
    妹がいるんだ……私の妹なんだ! あの機体に乗っているのは!」

 レミィは涙混じりの声で懇願する。

 ――諦められない。

 妹が、いるのだ。

 死んだと思っていた。

 そうとばかり思って十年以上過ごしていた、離れ離れに過ごした妹が、今、目の前にいるのだ。

ヴィクセン『時間をくれ、とか……あんまり遠慮するんじゃないわよ!
      助けるなら助けるで、速攻で片付けろって話よ!』

レミィ「ヴィクセン!」

 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言い放ったヴィクセンに、レミィは歓声を上げる。

 思念通話は、最初からヴィクセンにも届いていた。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

ヴィクセン『こんな寂しそうな声聞かされて、黙ってられるかって言う話よ……!』

 泣き声と言っても過言でも無い声で訴えかけて来る弐拾参号の声に、
 ヴィクセンも震える声で漏らす。

 その震えは、主の妹にこんな仕打ちをしたテロリストへの怒りに満ちていた。

 作戦や仲間達の事も重要だが、ここで主を窘めて任務に集中させるのは、
 彼女の矜持が許さなかったのだ。

ヴィクセン『速攻で助けて、速攻で空達に追い付くわよ!』

レミィ「おうっ!」

 義憤に震えるヴィクセンの声に応えて、レミィは滲み始めた涙を拭って力強く応えた。
120 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:05:15.27 ID:PlNK1o9mo
 レミィ達が決意を新たにしている間も、378改による追撃は続いていた。

サクラ『残り九キロ! 急いで!』

 通信機からは慌てた様子のサクラの声が聞こえているが、
 そう簡単には逃げられないのが現状だ。

 あと一分足らずでゴールできる距離が、遥かに遠く感じる。

 378改のパイロットはかなりの手練れのようで、
 こちらの牽制射撃を防ぎながら、砲撃でこちらの退路を巧みに変えて来るのだ。

レオン『完全に手玉に取ってやがるぜ……チクショウめっ!』

 レオンは悪態を吐きながらもライフルの連射を止めない。

 が、全て魔力障壁に防がれている。

 その魔力障壁も全体に張り巡らせるのではなく、
 着弾点を見極めて最小限の障壁だけで防いでいるのだ。

 それもレオンの放つライフルの弾丸だけでなく、
 ほぼランダムにばら撒かれている紗樹の放つ弾丸も、
 自身への直撃弾を見抜いてそれだけを無力化している。

 加えて、こちらの進路を変えさせるような砲撃を間断なく撃ち続けているのだ。

 針に糸を通し続けるような正確さを要求されるだろう操作を、休むことなく続ける。

 378改のドライバーは正に手練れと呼ぶべきドライバーだった。

空「どんどん出入り口から離されちゃう……」

 空は焦燥感に煽られるようにして呟く。

 空達が第七フロート第三層に突入したのは、逃亡したイマジンを追撃する事情があったからだ。

 だが、突入後は完全にテロリストの掌で踊らされている気分である。

 合流地点で強襲され、敵に取り囲まれ、撤退中に新手の妨害を受け、今やこの有様だ。

空(ダメ……パスワードも全パターン試したけど、操作を奪い返せない)

 そんな焦りの中、空の焦りもさらに加速する。

 システムの再起動、AIとシステムの切り離し、
 全てを試したがエールの操作を奪い返す事が出来ない。

 そして――

遼『左右から来ます!?』

 悲鳴じみた遼の声に、空は視線を走らせる。

 すると401・ダインスレフが二機、
 左右からエールとアルバトロスを挟撃して来る光景が目に入った。

 また新たな伏兵だ。

空(誘い込まれた!?)

 左右から迫るダインスレフは、咄嗟の紗樹の牽制射撃を物ともせずにアルバトロスに斬り掛かり、
 その巨大な翼を叩き斬る。

フェイ『ッ………ァァッ……!?』

 フェイの口から押し殺した悲鳴が漏れた。

 鳥型とは言え、魔力リンクでフェイとアルバトロスの感覚は繋がっている。

 両の翼を斬られる痛みは、それこそ両腕を切り裂かれるに等しい痛みだろう。

空「フェイさ……っ、きゃあぁっ!?」

 空はフェイの名を叫ぶが、直後に愛機ごと振り落とされ、
 地上に叩き付けられる衝撃に悲鳴を上げる。

 どうやら、コントロールスフィアの慣性制御も満足に働いていないようだ。
121 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:05:51.65 ID:PlNK1o9mo
レオン『嬢ちゃん!? フェイ!? っ、うぉっ!?』

 レオンがフォローに入ろうとするが、彼のアメノハバキリはダインスレフの体当たりを受け、
 大きく弾き飛ばされて、瓦礫の山に叩き付けられてしまう。

紗樹「副隊長!? それ以上、空ちゃん達に近付くんじゃないわよ!」

 紗樹も遼の機体を支えながら、必死に二機のダインスレフに攻撃を続けるが、
 やはり結界装甲の前には通常の魔力弾では牽制にすらならない。

 二機のダインスレフは紗樹の攻撃を平然と受けながら、
 悠々と地上に降り立った378改への攻撃を遮る。

紗樹「ッ、ちょっとは堪えなさいよ、このぉぉっ!」

 その様は、完全なる侮辱のカタチ。

 紗樹が憤りの叫びを上げるのも無理からぬ光景だった。

 一方、空の焦りも限界に達していた。

空(フェイさんにレオンさんも……! このままじゃ、どうして、エール……!?)

 胸中で独りごちながら、とにかくコンソールを遮二無二操作する。

 主導権を取り返せるなら、いっそ誤作動でもいい。

 だが、そんな空の思いを無視し、エールはゆらりと立ち上がる。

エール『ゆい……ゆい……結……』

 地上に降り立った378改に向けて向き直り、
 譫言のように結の名を呼びながら、その手を必死に伸ばしている。

 その光景に空は我知らず、涙を流す。

 応えてくれていたと、自分の志に、想いに応えてくれていたと、信じていた。

 それは、自分の思い込みだったのか?

 彼は、自分にかつての主の幻影を抱いていただけなのか?

 そんなネガティブな想像に、次第に空は項垂れてしまう。

 そして――

空「エールッ! 止まって! お願ぁいっ!」

 ――空は泣き叫ぶように呼び掛けた。

エール『ッ!?』

 その瞬間、息を飲むような音と共に、エールの動きが止まった。

空「エール!?」

 応えてくれた愛器に、空は歓喜の声を上げる。

 だが――

??『捕まえた……』

 ――エールは378改に掴まれ、その動きを封じられただけだった。

 接触回線を通じて、378改のドライバーと思しき声が聞こえる。

 それは、幼い少女の声。

 378改のコックピットハッチが開かれ、コックピットから姿を現したのは、
 幼い……瑠璃華よりも幼い、一人の少女だった。

少女「エール……貰って行く……」

 短く切り揃えられた黒い髪と、黒く沈んだ瞳をした少女は、淡々と呟く。

 その姿はどこか、エールと出会った頃の結に似ていた。


第16話〜それは、守るべき『正義の在処』〜・了
122 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:12:01.08 ID:PlNK1o9mo
今回はここまでとなります。
エールシャベッタァァァァァッ

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/17(水) 21:58:19.78 ID:BHy7oszK0
生卵多杉問題!!!
卵かけごはんには、納豆が必需品と力説します。

と言うわけで乙ですた!
ちまちました、しかし緊張を強いられる任務からの乱戦、そして怒涛の展開でしたね。
まずは右往左往するテロリストの皆さん……うん、完全に捨て駒としてかき集められてブン投げられた人達ですな。
しかし、中には家族を人質にされている人もいたようで……兵隊に雇われた人には高給が付いて、家族にも保障があるギャラクター@ガッチャマン1作目の方が親切じゃないですかーっ!
そして茜さん……気持ちが分かるだけに、辛い物があります。肉親を奪われる、と言うほどの経験は無くとも、どうしても許せない、譲れない、という怒りは誰にでもあるものですから。
仕事だから、任務だから、はたまた目の前の事ではないから、と割り切るだけでは処理できない感情は、誰にでもあるんですよね。
空の言葉はあかねさんの言うとおり莉総論かもしれませんが、一度は自身の感情と向かい合った末の言葉と思うと、重みも苦味も違ってきます。
あれですよ、「本当は綺麗事が一番いいんだもの」ってヤツです。
そして、エール……!しゃべったーっ!!ら、もってかれたーっっ!?いや、もってかれちゃう!?!?
次回も楽しみにさせて頂きます。
124 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/18(木) 20:14:20.31 ID:2ZFxYIyFo
お読み下さり、ありがとうございます。

>生卵多杉問題!!!
卵太郎の卵が旨いのがいかんのですヽ(^p^)ノ
黄身が濃厚でめんつゆ多めに入れないとめんつゆの味が負けるほど卵卵している絶品濃厚卵がいかんのです(ステマ感)

ちなみに自分のTKGのお供は、醤油やめんつゆなどのタレを少なめにした際の塩鮭か煮物です。

>緊張を強いられる任務
失敗したら真っ先に死にますからね、あの作業場。
多分、あの四人の中で一番楽してるのは魔力も多くて運用もそこそこ高い瑠璃華か風華のどちらかで、
一番苦労しているのは、あの繊細な作業中もマリアの波長に合わせなければならないクァンです。
不幸具合で言うと空、レミィ、茜の三強かもしれませんが、苦労人度はクァンが常にトップです。
ただでさえ小学生なら「女の中に男が一人」と囃し立てられ兼ねない裏山環境ですが、
クァンといいアルフといい、カーネルのドライバーが苦労人なのはザックからの伝統ですねw

>ブン投げられた人達
チート量産機のダインスレフがいるにも関わらず、従来機のみの編成ですからねぇ……。
338一機で隔壁ブチ破ればいいだけなので、残りの六機は完全なお飾りです。
しかも、ブチ破る場所が機関とロイヤルガードの本拠地があるメインフロートって時点で詰んでいる気もします。
空達とイマジンが戦闘をしていたのはまるっきりの偶然です。

>家族を人質にされている人
G氏は『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』としか言っていませんから、
きっと、任務を失敗して戻ったら家族に「パパ、かっこわる〜い」と言われてしまうんですよ、
父としての威厳がかかっているので負けられません勝つまではw

冗談はともかく、自分の主義を掲げた結果、同じ主義の旗を掲げたのが行き過ぎた人間と知らずに集まってしまっただけで、
どんな組織も思想的に完全な一枚岩と言うワケではありませんからね。
完全なトップダウンの組織でトップの不興を買えばどうなるか、と考えたら当然の成り行きかもしれません。
ただ、彼もテロ側の兵士である以上、あの城で十五年も裕福な暮らしをしていたと考えると……。

>茜の気持ち
茜はまだ十七歳の女の子ですからね。
十五年前で止まったまま割り切れない感情の方が多いと思います。
今回は空に説得される形で矛を収めましたが、最終的に彼女なりの決着を彼女本人に着けさせようと考えています。

>空の言葉は茜の言う通り理想論
仰る通り、綺麗事だけで済む世界が一番良い世界ですね。
そうならない所が社会の悪い所であり、そうでなくても回る所が社会の良い所かもしれませんが。
加えて、理想論は一度でも間違った結果があるから生まれる物だと思っています。
愚者は行動に、賢者は歴史に学ぶと言いますが、賢者が学ぶ歴史は愚者が作り上げた物ですからね……。
十代の若者にとって二歳の年齢差は大きい物ですが、一度大きな過ちを犯して答を得た空の経験は茜に勝る物だと思います。

半ば、Gレコ放送前に富野風舌戦がしたかっただけですが、
もうちょっと感情に走った理性的でワケの分からん言い回しで良かったかもしれません。
初見では言ってる事がワケ分からんのに耳と心にこびり付く、あの絶妙な感じが御禿の凄い所だと思います。

>エール
ヒキコモリの息子が久しぶりに喋ったと思ったら悪い人の仲間(幼女)に誑かされる……きっと草場の陰でおかーさん(結)も泣いていますw

次回は遂にあの機体が! ………出せるといいなぁ(何
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/12(日) 09:39:06.25 ID:m0D8KE1Z0
保酒
126 :VIPを生け贄にNIPPERを召喚します ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/10/16(木) 08:37:14.40 ID:Y5ns+IJ+o
保守ありがとうございます

明日の投下を予定していたのですが、昨晩、腰に魔女の一撃を食らってしまったので少し遅れるかもしれません……今から病院行って来ます
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/16(木) 21:52:29.33 ID:zZMEr2p70
>>126

つ膏薬
128 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:14:32.90 ID:zL0Am2Zjo
掛かり付けの鍼灸師さんに電気鍼で治療してもらって軟膏塗って湿布貼って寝たら一晩で動ける所まで治りましたw
先生曰く「軽めで良かったね」との事……いや、ホントです。

では、予告通り、最新話を投下します。
129 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:15:28.17 ID:zL0Am2Zjo
第17話〜それは、正義を騙る『悪意の在処』〜


―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、午後6時過ぎ。
 第七フロート第三層、連絡通路から九キロ地点――


紗樹『このっ! このぉっ!』

 紗樹のアメノハバキリが遮二無二、撃ち続ける連射式魔導ライフルの魔導弾を、
 二機の401・ダインスレフが事も無げに受け続ける。

 結界装甲によって守られたテロリストのギガンティックは、その背に寮機――378・エクスカリバー改――と、
 空の操作を受け付けなくなってしまったエールを庇っていた。

 そして、コントロールスフィアの中で愕然とする空の目の前で、
 エクスカリバー改のコックピットハッチが開かれ、一人の幼い少女が顔を出す。

少女「エール……貰って行く……」

 少女はぽつり、と呟くような声で漏らす。

 すると、自機のコックピットハッチから、エールのコックピットハッチへと飛び移った。

 そして、ハッチ横の操作パネルを開き、素早くパスワードを入力する。

 それが当てずっぽうでは無いのは、開いて行くエールのコックピットハッチが証明していた。

 そして、開かれたハッチからゆっくりと侵入して来る。

空「う、うそ……!?」

 空は愕然としながらも、緊急コードで少女の侵入を阻止しようした。

 ハッチはエール側のシステムが優先されるが、
 その奥にある緊急シャッターはコントロールスフィア側が優先される構造だ。

 だが、シャッターは閉じる事なく、コンソールにはエラー表示が浮かぶだけだった。

空「な、何で!? 何で閉じないの!?」

 空は困惑しながらも、再度、パスワードを入力するが受け付けられない。

 それは、少女の入力したパスワードが緊急コードを無視できるレベル……
 正ドライバーである筈の空よりも遥か上位の権限を持っている事を現していた。

 コントロールスフィアの床にへたり込んでいた空は、無言のまま侵入して来た少女を見上げる。

空(お、応戦……応戦しないと!?)

 空はようやく、そこに考えが至った。

 如何に幼い少女とは言え、相手はテロリストだ。

 このままエールを奪われるワケにはいかない。

 これでも茜を唸らせるほどには腕を上げているのだ。

 そんな自信が空にはあった。

 だが――

少女「エール……魔導装甲、起動」

 少女がそう呟くと、空の指にあった筈のエールのギア本体が、薄桃色の輝きと共に少女の指に収まる。

 そして、空の目の前で少女は白い魔導装甲を纏う。

空「………え?」

 一瞬、何が起きたのか、空には理解できなかった。

 あの日、姉から託されたギアが……指輪が手から消え、それを付けた少女が、自分の魔導装甲を纏っている。

空「それ……私の、だよ……? 何で……?」

 その事実を受け入れるのが遅れ、それはそのまま対応の遅れへと繋がった。
130 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:16:21.30 ID:zL0Am2Zjo
少女「……退いて」

 故に、少女がそう言って自分を掴んで外に放り出されるまで、現状を把握できなかった。

空「っ!? し、身体強化!?」

 エールのコックピットハッチから地上までは二十八メートル。

 一応、魔導防護服となるインナースーツは着ているが、受け身も取れずに落ちれば軽傷では済まない高さ。

 我に返った空は、普通に受け身を取っても間に合わないと判断し、咄嗟に身体強化魔法を発動したのだ。

空「ッ、ぃたぁぁ……」

 何とか身体強化が間に合い、瓦礫の上で最低限の受け身を取る事に成功した空は、
 それでも相殺しきれなかった衝撃に目を白黒させながらも、奪われた愛機を見上げる。

 背中を強かに打ったせいか、呼吸の度に背中に鈍い痛みが走った。

 だが、空はすぐに体勢を立て直し、愛機を見上げる。

空「え、エール……!」

 空は愛機に呼び掛けるが、ギアも奪われた今、何の反応も示さない。

 いや、そうではない。

 ギアを奪われる前から、彼は何の反応も示さなかった。

 だが、それだけで事は終わらない。

 エールの肩と背から、シールドスタビライザーと大型スラスターが外れ、
 轟音と共に空の間近に落ちて濛々とした土煙を上げた。

空「キャ……ッ、ごほっごほっ!?」

 痛みに喘いでいた空は、短い悲鳴と共に思わず土煙を吸ってしまい咳き込む。

 そんな彼女を無視し、事態はさらに進行する。

 378改の背中に取り付けられていたパーツ――フローティングウェポン――が外れ、エールの背中に装着された。

 よく見ればソレは、大きな物が三日月を、小さな物が五芒星を摸したようなデザインをしている。

 それらが一塊となって光背のような形状になり、彼の背を飾った。

 そう、これこそが長らく失われていた……テロリスト達の手に落ちていた、エール本来の武装。

 GXI−002・プティエトワールととGXI−003・グランリュヌであった。

 加えて、エッジワンド型魔導砲であるGXI−001・ブランソレイユを加えた、
 これこそが真なるエールの姿だ。

 そして、本来の武装を取り戻した直後、空色に輝いていたエールのブラッドラインが、薄桃色に輝き出す。

空「え……エール……? そんな……嘘……だよね?」

 その光景を見遣りながら、空は愕然と呟く。

 愛機の色が、自分以外の誰かの色に染まって行く様は、大切な物を奪われる以上に、
 胸に、心に、大穴を穿たれるような感覚を覚えさせられた。

 だが、これこそが本来のあるべき……多くの人々が待ち望み、もう決して宿らないと思われた色。

 白亜の騎士が、薄桃色の輝きを宿す。

 その事実が、より深く、空の魂を抉った。

空「エール……エール……エール!」

 空は必死に手を伸ばし、譫言のように愛機の名を呼ぶ。

 それは先程、彼がかつての主を求めていたのと同じ姿。

 だが、無情にもその呼び掛けは彼には届かなかった。
131 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:17:01.87 ID:zL0Am2Zjo
 エールはプティエトワールとグランリュヌの光背から魔力を放出し、ゆっくりと浮かび上がる。

 ブースターの推力で無理矢理に飛ぶでなく、
 シールドスタビライザーで浮かび上がらせるでなく、文字通りの自然な浮遊魔法だ。

 ある程度の高さまで浮かび上がったエールは、
 薄桃色の光跡を残して、第一街区方面へと飛び去って行く。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は目を見開き、愛機の名を叫んだ。

 声は瓦礫だらけの廃墟に響き渡るが、その声に応える者は、もう視界の果て……、
 暗闇の向こうまで飛び去った後だった。

 その直後――

紗樹『空ちゃん! そこから今すぐ逃げて! 早く!』

 悲鳴じみた紗樹の声が響く。

空「……?」

 エールを失った空は、茫然自失のまま紗樹の声がした方向を振り返る。

 すると、そこには、足もとにいる自分に向き直った二機のダインスレフの姿があった。

 その手に構えられた魔導ライフルの銃口は、自分に向けられていた。

 自分の身体がすっぽりと収まってしまうほど巨大な銃口を向けられている現実に、空は戦慄を覚える。

空(逃げなきゃ……!?)

 逃げる、などと考えたのは、実に半年ぶりの事だ。

 流石に生身とギガンティック――それも結界装甲を持つ――では、そもそも戦闘にすらならない。

 それは当然の選択だった。

 だが、恐怖が足を……全身を竦ませる。

空(動け……ない!?)

 空は微動だにしない身体に愕然としつつ、恐怖で見開いたままの目を敵に向けた。

 銃口に集束する魔力が増えるほど、銃口に圧縮された魔力の輝きと、放たれる甲高い音が強くなる。

 防げない。

 如何に無限の魔力を持つ自分でも、この薄いマギアリヒトの中では魔力供給もままならない。

 いや、それ以前に、結界装甲によって攻防共に強化されたギガンティックの射砲撃を受け止める術など……。

 そんな思考が空の脳裏に過ぎる。
132 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:17:38.78 ID:zL0Am2Zjo
空(ああ、そっか……死ぬんだ……私……)

 恐怖の向こう側から、そんな絶望とも諦めとも取れない感情が首をもたげた。

 思い出したのは一年と三ヶ月前、振り下ろされるイマジンの触手で背中を抉られた姉の姿。

 その光景。

 ゆっくりだ。
 全てが、驚くほど、ゆっくりだ。

 敵の気を引こうと懸命に威嚇射撃を続けてくれる紗樹のアメノハバキリの、耳を割るような大音響も。

 集束される魔力が放つ、甲高い音と発光現象も。

 視界の外から飛び込んで来る、主翼を失ったアルバトロスの姿も。

空(あ、れ……?)

 最後に気付いた違和感に、空は不意に焦点をソレに合わせた。

 アルバトロスだ。

 主翼であるシールドスタビライザーを叩き斬られ、もう満足に飛べない筈のアルバトロスが、
 飛行魔法で無理矢理に空とダインスレフの銃口の間に割って入った。

空「……ふぇ、フェイさん!?」

 臨死の恐怖で茫然としていた空は、その光景で我に返る。

フェイ『この身で、最後にお役に立てて、光栄でした……朝霧副隊長』

 外部スピーカーを通したと思しきフェイの声が空の耳に届いた直後、
 翼を失った鳥の向こうで、眩しい閃光が煌めいた。

空「ッ!?」

 その光景に、空は目を見開き、息を飲む。

 射撃の直前にアルバトロスが割り込んだ事で、彼女の背にほぼゼロ距離でその一撃が見舞われたのだ。

 頭ではそれを理解はした。

 だが、心が受け入れる事を拒む。

 しかし、そんな空の目前で、事態はさらに悪化の一途を辿った。

 アルバトロスは飛行の勢いのまま通り過ぎ、離れた場所に墜落する。

 その背には、ゼロ距離射撃で受けた大穴が穿たれていた。

 深く、深く穿たれた大穴。

 それは胴体の、コントロールスフィア付近。

空「フェイさ――ッ!?」

 悲鳴のような声でフェイの名を呼ばんとした空の声は、直後のアルバトロスの大爆発に遮られた。

 コントロールスフィア付近と言う事は、そもそもエンジン直撃だ。

 溜め込まれていた魔力とエーテルブラッドが誘爆し、アルバトロスは爆発四散する。

 そして、その爆発が巻き起こした爆風が、空を大きく吹き飛ばす。

 不幸中の幸いか、空は遼の機体を支えたままの紗樹の機体の元へと飛ばされた。

紗樹『空ちゃん!?』

 片腕にライフル、片腕に寮機で両腕の塞がっていた紗樹は、咄嗟にライフルを放り捨てて空の身体を受け止める。

 紗樹の腕の良さか、それとも最新鋭機らしい機体性能のお陰か、 空は然したる衝撃も無く緩やかに受け止められた。
133 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:18:22.92 ID:zL0Am2Zjo
紗樹『空ちゃん、しっかりして!?』

 紗樹は必死に空に呼び掛ける。

 だが、爆風に煽られたショックか、それとも目の前でアルバトロスが……フェイが爆散したショックからか、
 空は気を失っており、アメノハバキリの手の中で仰向けのままグッタリと倒れ、返事は無い。

 空はエールを奪われ、彼女を庇ったフェイは愛機と諸共に爆散。

 だが、最悪な状況はより最悪な方にばかり転がり、一つとして好転する兆しを見せない。

紗樹(ヤバイ……判断間違った!?)

 空の気絶を確認した紗樹は、コックピットの中で顔面蒼白になっていた。

 そう、紗樹は放すべき手を間違えたのだ。

 いくら機能停止中と言えど、遼は機体の中にいる限りは多少なりとも安全だった。

 対して、結界装甲相手に役に多立たないとは言え、ライフルは最後の威嚇手段。

 ここは遼の機体を手放してでも、ライフルを堅持すべき状況だったのだ。

 即座にライフルを拾おうと周辺状況をモニターで確認するが、
 咄嗟の事でかなり離れた位置まで投げ捨てており、すぐさま拾いには行けない。

 必死に動揺を押し殺していた紗樹だったが、知り合って日も浅いとは言え、
 目の前で仲間を殺された事にかなり動揺していたようだ。

 紗樹は状況を好転させる何かが無いかと、モニター越しに必死に辺りを見渡す。

 武装と片腕を失って倒れたレオンの機体と、先程の爆風で倒れたのか、主を失った478改が一機。

 レオンの機体はすぐには動けないだろうし、478改は背負い物以外の武装は無く、
 どちらも状況を好転させる術には成り得ない。

 機体に睨み合いを続けさせながら、紗樹はゆっくりと後ずさる。

 しかし、二機のダインスレフは紗樹達を挟み込むようにゆっくりと移動を始めた。

紗樹「挟み撃ちにしようっての……!? どこまで……!」

 紗樹は愕然としつつもその場から逃げようとするが、空を庇い、寮機を担いだままでは満足に動く事は出来ない。

 そして、挟み撃ちの陣形を完成させた二機のダインスレフは、先程、フェイに止めを刺したライフルを構えた。

紗樹「この……畜生……!」

 絶体絶命の中、紗樹は項垂れながら悔しそうに漏らす。

 直後、爆音が辺りに轟いた。

 それは、砲撃音。

 紗樹は直撃を覚悟し、身を強張らせたが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

紗樹「な、何……?」

 紗樹は呆然としつつ、顔を上げて状況を確認する。

 すると、一機のダインスレフが吹き飛び、瑠璃色に輝く魔力の爆発に包まれていた。

???『スマン、遅れた!』

 通信機から聞こえる、どこか可愛らしい少女の声は、
 先程から続く絶体絶命の恐怖の中で、酷く現実離れした物に聞こえる。

 紗樹が後方のカメラを確認すると、そこには紅の巨躯に瑠璃色の輝きを宿したギガンティックの姿があった。

 腰に携えた二門の巨大砲身を残ったもう一機のダインスレフに向け、紗樹達との間に割り込む。

 そう、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノだ。
134 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:19:03.61 ID:zL0Am2Zjo
紗樹「援軍!?」

瑠璃華『挨拶は後だぞ! すぐに連絡通路まで退避するんだ!』

 瑠璃華は驚く紗樹にそう告げると、両腰のジガンテジャベロットの砲身を展開し、
 そこから発生する結界装甲で分厚い魔力の障壁を作り出す。

 残る一機のダインスレフはライフルを連射して来るが、
 より高密度・高出力の結界装甲の障壁を前には、その攻撃も無力であった。

紗樹「連中の強さを見た後でも、やっぱりオリジナルは凄いわね……」

 その光景に紗樹は身震いしながら呟く。

 機体そのものの性能にそう大きな差は無い筈だが、結界装甲と言う要素が加わるだけで、
 まるで別次元の戦いを目の当たりにしているようにさえ感じる。

 チェーロ・アルコバレーノが重装甲と言う事もあるが、
 ダインスレフの攻撃に晒されてもまるでビクともしていない様子だ。

 ワンオフモデルの専用機と、量産前提のマスプロダクトモデルの差は大きいのだろう。

 だが、紗樹はすぐに頭を振って、そんな暢気な考察を思考から追い出す。

 今は撤退を最優先しなければならない。

紗樹「空ちゃん!」

 紗樹は空をコックピット内に迎え入れようと、ハッチを開く。

 シートから立ち上がり、気絶している様子の空をコックピット内に運び入れると、
 緊急用のサブシートを引っ張り出し、ぐったりとしている空の身体をシートベルトで固定する。

 さらに遼の機体をしっかりと抱え直すと、倒れ伏したままのレオンの機体の元へと急ぐ。

 瑠璃華の援護のお陰で、敵の攻撃に晒される危険を最小限に抑えたまま、
 空いたもう一方の腕でレオンの機体を抱える事が出来た。

紗樹「って、うわ……一発で膝にレッドアラートって!? 副長、すぐに動けます?」

レオン『ワリィ……システムが殆どダウンしちまって、動けやしねぇ……』

 驚きで目を見開いた紗樹の質問に、レオンは接触回線を通して申し訳なさそうに返す。

 さすがに二機を抱えたままの移動は膝への負荷が大き過ぎる。

紗樹「リミッターカットして、膝と脚部ダンパーの出力を大きめに調整して……
   えっと、うぁ、腰までレッドアラート出てる!?

   えっと……出力配分をもうちょっと変えないと!」

 紗樹はぶつぶつと呟きつつ、手元のパネルで出力調整を始めた。

 関節や構造の簡略化されている運搬用パワーローダーならば、これほどの手間は要らないが、
 さすがに汎用型の戦闘用ギガンティックに寮機を二機も抱えて移動する能力は無い。

 乗機の出力調整を終えてようやく動けるようになった紗樹は、
 それでも未だにフラフラとした機動の愛機に振り回されながらも、その場を何とか離脱する。

瑠璃華「よし、離脱したな!」

 その様子を確認した瑠璃華は砲撃で目の前の機体の手足を破壊し、殆ど一瞬で行動不能に追い遣った。

 こんな一息で片付けられるなら、早く撃破してしまった方が紗樹の退避も楽だったろうが、
 背後からの狙撃で不意打ちできた一機目はともかく、速射に向かないチェーロ・アルコバレーノでは、
 捨て身になられた敵に紗樹を攻撃される事の無いよう、二機目の注意を引きつけ続けるしかやりようが無かったのだ。
135 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:19:44.02 ID:zL0Am2Zjo
 ともあれ、敵を撃退した瑠璃華は足もとに転がる敵ギガンティックの残骸を見下ろすが、
 すぐに現状を思い返して頭を振った。

瑠璃華「サンプルとして回収したいが、それどころじゃないな……!
    他の連中の反応は何処だ!?」

サクラ『11はここから一キロ離れた幹線道路沿いでオオカミ型と思われる敵ギガンティックと戦闘中、
    261はさらに十キロ離れた地点で量産型ギガンティック部隊と戦闘中です』

 焦ったような瑠璃華の声に、サクラが努めて平静を装った風に返す。

 そこで、瑠璃華も気付く。

瑠璃華「レミィと茜だけか……?
    空はさっきロイヤルガードが連れて逃げたが……、フェイはどうしたんだ?」

 そう、フェイは何処で戦っているのか?

雪菜『12……フェイは……撃墜されました』

 そんな瑠璃華の疑問に答えたのは、雪菜だった。

雪菜『アルバトロスのコアごと、反応ロスト……。
   サーチは継続していますが、現状、見付かっていません』

 気丈に状況説明する雪菜だが、その声は震えている。

 その報告を聞いた瑠璃華は、息を飲んで目を見開く。

 数秒、瑠璃華は俯き、下唇を噛んで、何かに耐えるように肩をぷるぷると震わせた。

 だが――

瑠璃華「………………………そうか……」

 ――数秒後、何かを悟ったような声音で、短く、そんな言葉を吐き出した。

チェーロ『マスター……』

 そんな主を心配したかのように、チェーロがぽつりと漏らす。

瑠璃華「……心配するな……すぐにレミィの援護に入って、それから茜の救援だぞ」

 瑠璃華は消沈した声音で、だが努めて冷静に返した。

 膝から崩れ落ちて泣きじゃくりたいが、今は感傷に浸っていられる状況ではない。

 半年前に海晴を騙ったエール型イマジンに翻弄された時のように、
 感情に流されてやるべき事を見失っている場合ではないのだ。

 瑠璃華は自分にそう言い聞かせて、顔を上げた。

 滲んだ涙を無意識に拭って、レミィの戦っている地点に向けて愛機を走らせる。
136 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:20:22.60 ID:zL0Am2Zjo
 時間は僅かに前後するが、空がエールを奪われる直前――
 幹線道路沿いの廃墟では、レミィとオオカミ型ギガンティックの戦いが続いていた。


レミィ「うぉっ!?」

 レミィは驚きの声を上げながら、突進して来るオオカミ型ギガンティックの体当たりをすんでの所で回避する。

狼型G『Grrrrrッ!』

 一方、ヴィクセンを見失ったオオカミ型ギガンティックは、廃墟のビル群に突っ込む。

 脆くなった廃墟を打ち壊しながらの突進は、オオカミ型と言うより、むしろイノシシ型と言った方がしっくりと来る。

 瓦礫の山から抜け出したオオカミ型ギガンティックは、低いうなり声を上げながら、再びヴィクセンへと向き直った。

ヴィクセン『分かっちゃいたけど、パワーも装甲も、明らかに向こうの方が上ね……。
      あんなの食らったら吹っ飛ばされる程度じゃ済まないわよ』

 瓦礫の中から無傷で現れた敵に、ヴィクセンは焦ったように呟く。

レミィ「避けながら相手が弱るを待つのは得策じゃないな……」

 速攻で倒す約束をしてしまった手前、レミィも悔しそうに漏らす。

 最初に虚を突いた時のように下に叩き付ければそれなりのダメージは見込めるが、
 結界装甲とマギアリヒトの結合が弱まった瓦礫とでは、その頑丈さは比べるべくも無い。

 その分を差し引いてもあそこまで被害が少ないのは、やはりヴィクセンの言葉通り、
 パワーや装甲の面でこちらよりも優れている証拠だろう。

 だが、問題なのはそれだけではない。

弐拾参号?<痛い……痛いよぅ……ひっく……ぅぅ……>

 しゃくり上げるような少女の声。

 レミィの妹……弐拾参号と思しき少女からの思念通話だ。

レミィ(弐拾参号……!)

 苦しそうな声を上げる妹の声を聞く度、レミィは胸中で妹の名を呼びながら悔しさで歯噛みする。

 既に何度か思念通話を送ってみたが、結果は応答無し。

 こちらの思念通話に気付いていないのか、
 そうでなければ一方的な思念通話ジャミングを受けているかのどちらだろう。

 恐らくは……いや、確実に後者だ。

 そのせいか、仲間達と離れてからは通信ノイズが酷く、まともに連絡も取れていなかった。

 ともあれ、弐拾参号の声はこちらの戦意を挫く目的なのか、
 それとも単に人質がいる事をアピールしてるのかは分からない。

 だが、レミィの攻撃の手が鈍っているのは事実だった。

 弐拾参号は魔力リンクによってエンジンに魔力を供給している。

 つまり、あのオオカミ型ギガンティックに攻撃を仕掛ければ、弐拾参号にまで痛み与える事になるのだ。

 それがレミィの攻撃を鈍らせている理由だった。

 助けてはやりたいが、そのためにはオオカミ型ギガンティックを行動不能にしなければならない。

 だが、そうすれば妹に激しい苦痛を強いる事になる。

 ジレンマだ。
137 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:21:06.34 ID:zL0Am2Zjo
ヴィクセン『コントロールスフィアを丸ごと抉り出せればすぐに終わると思ったけど、
      それらしいハッチも見当たらないわね……。

      私と近いカタチだから首辺りだと思ったけど……』

 ヴィクセンは思案げに呟く。

 確かに、痛みを最小限にするのはそれが手っ取り早い。

 余談だが、ヴィクセンのコントロールスフィアはのど元に埋め込まれている。

レミィ「見えないハッチ……腹か!?」

ヴィクセン『多分ね……』

 自分の言葉からハッチの在処に気付いたレミィに、
 ヴィクセンも同じ推測を立てていたのか、頷くような声音で返した。

 回避する度に背面や側面はよく見えるが、そこにハッチらしき物は存在していない。

 となれば、中々見せない腹にあると考えるのは妥当だった。

ヴィクセン『ただ、一度しっかりと確認してみないと何とも言えないわね……』

レミィ「……それならっ!」

 困った様子の相棒の声に、数瞬、思案したレミィは何事かを思いついたように愛機を走らせる。

 廃墟の隙間に潜り込み、身を隠すように走り回って敵の撹乱を始めた。

狼型G『Grrrrrッ!!』

 すると、そのヴィクセンの動きを挑発と取ったのか、
 オオカミ型ギガンティックは大きく跳躍してヴィクセンに向かって飛び掛かる。

レミィ「見えた……ッ!」

 その時、レミィは歓喜の声を上げた。

 跳び上がった瞬間にオオカミ型ギガンティックの腹……そこにあるハッチらしき物がさらけ出されたのだ。

ヴィクセン『前に飛び掛かられた瞬間の画像と合わせて解析……胴体部中央ね!』

 ヴィクセンの解析が終わると、レミィはすぐにその場から退避し、
 オオカミ型ギガンティックと距離を取るため、大きく飛び退いた。

狼型G『Grrr……!』

 攻撃を避けられたオオカミ型ギガンティックは不機嫌そうな唸り声を上げ、
 距離を取ったヴィクセンを睨め付けて来る。

レミィ「同じ手……通じると思うか?」

ヴィクセン『良いところ、フィフティフィフティって所かしら……?
      思いの外、単調な攻撃しかして来ないし』

 レミィの質問にヴィクセンは思案気味に答えた。

 回避に関しては数パターンあったようだが、攻撃は単調だ。

 オオカミ型ギガンティックの攻撃は突進か跳躍の二択で、基本“突撃あるのみ”の単純思考。

 裏をかくのは決して難しくは無いだろう。

レミィ「次に跳んだ時に、腹の下に潜り込むぞ!」

ヴィクセン『了解!』

 自分の言葉に相棒が応えると同時に、レミィは愛機を走らせようとする。

 その時だった。
138 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:21:59.25 ID:zL0Am2Zjo
 視界にエールの機影が映り込んだ。

レミィ「空…………いや、違う!?」

 仲間が戻って来たのかと思い、歓喜の声を上げかけたレミィは、
 だが、白亜の機体に走る薄桃色の輝きに気付き、愕然とする。

 ブラッドラインの色が違うとなれば、奪われたと見て間違いない。

 エールは……いや、もしかしたらエールだけでなく、空も敵に捕らわれた?

レミィ(エールを奪い返す!? いや、だけどまだ……!?)

 レミィは一瞬、判断を迷う。

 空と弐拾参号……仲間と妹。

 救うべきは……、優先すべきは……。

ヴィクセン『レミィ、戦闘に集中して!』

 ヴィクセンは迷う主に激を飛ばす。

 その迷いは、レミィの思考とほぼ直結した動作しか出来ないヴィクセンの動きを、
 僅か二秒足らずの短い時間、完全に止めさせる。

 そして、その迷いの最中――

狼型G『Ggaaaaaaaッ!!』

 ――オオカミ型ギガンティックが砲声を上げた。

 直後、オオカミ型ギガンティックに変化が現れる。

 巨大な身体の各部が展開し、無数のブースターが口を開けたのだ。

狼型G『Grrrrraaaaッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは今までに無い程、大きな唸り声を響かせ、
 後方に向けられたブースターから魔力を噴射して、真っ直ぐに走り出す。

レミィ「ッ!? いくら早くても、そんな直線的な攻撃なんかで!」

 その頃にはレミィも何とか気を取り直す事が出来ていた。

 スピードは確かに目を見張る程の物がある。

 機体も向こうが一回り近く大きいため、巨体が猛スピードで迫って来る様には異様な圧迫感も感じた。

 だが、これだけ直線的な動きなら避けられない事は無い。

 レミィは激突の寸前に軽やかに愛機をオオカミ型ギガンティックの右横に向かって跳躍させた。

 だが――

狼型G『Ggaaaッ!!』

 回避の瞬間にオオカミ型ギガンティックが吠えると、後方に向けられたブースターが魔力の噴射を止め、
 それとは逆に今度は左側のブースターが魔力を噴射する。

 すると、オオカミ型ギガンティックはほぼ直角に右横へ跳んだ。

レミィ「なっ!?」

 突然の軌道変更にレミィは愕然と叫び、回避行動に移ろうとするが、愛機は着地前で回避もままならない。

 必然的に、ヴィクセンは空中でオオカミ型ギガンティックの巨体が繰り出す体当たりを横っ腹で受ける事となった。

レミィ「うわあぁぁぁっ!?」

ヴィクセン『れ、レミィ!?』

 レミィの悲鳴と共に大きく弾き飛ばされ、ヴィクセンは空中を舞う。

 しかし、それだけでは終わらない。
139 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:22:45.65 ID:zL0Am2Zjo
狼型G『Grraaaaッ!!』

 素早く方向転換したオオカミ型ギガンティックは砲声を張り上げ、
 落下寸前のヴィクセンに向かって突進して来る。

 無論、ブースターは最大出力だ。

 若草色の軌跡を描きながら、黒い弾丸と化した狼が、同じく若草色の輝きを放つ白狐に襲い掛かった。

 ガギンッ、と金属同士がぶつかり合って引きちぎれるような音と共に、
 オオカミ型ギガンティックはヴィクセンの腹に噛み付く。

レミィ「っく、ぁああぁぁっ!?」

 腹を噛み潰され、レミィは苦悶の叫びを上げる。

 だが、それでもオオカミ型ギガンティックは止まらず、
 ヴィクセンに食らいついたまま廃墟の中を疾走した。

ヴィクセン『ジョイントに噛み付かれた!? パージ出来ない!?』

 ヴィクセンは愕然と叫びながらも、打開策を見付けるべく状況を確認していた。

 オオカミ型ギガンティックが噛み付いているのは、ヴィクセンの前半身を構成するフレキシブルブースターと、
 後半身を構成する二つフットブースター、その二つのOSSの接続部だった。

 後半身に噛み付かれたのなら、後半身をパージして逃げる事も出来たが、
 両方を同時に噛み付かれていては、それも叶わない。

レミィ「っ、ぐぅぅ!?」

 レミィも痛みを堪えながら必死に足掻くが、どれだけ暴れても引き剥がす事は出来なかった。

 それどころか、オオカミ型ギガンティックはヴィクセンを地面に幾度も叩き付けながら廃墟に向かって突進する。

 強かに打ち付けられたヴィクセンの足が、一本、また一本と衝撃で砕け散って行く。

レミィ「っぐぁッ!? うあぁっ!?」

 その都度、手足に走る激痛にレミィは悲鳴を上げ、ついにシートから転げ落ちてしまう。

弐拾参号?<お姉ちゃん……痛いよ……痛いよ……おねぇちゃぁん!?>

 廃墟の中を無茶苦茶に突進するオオカミ型ギガンティックの軋みや痛みを感じているのか、
 弐拾参号も姉に……レミィに痛みを訴える。

 そして、ヴィクセンが全ての足を失い、頭部すらひしゃげて原型を留めなくなった頃になって、
 ようやくオオカミ型ギガンティックの突進は終わった。

 飽きた玩具を放り出すように地面に叩き付けられたヴィクセンは、
 全身のブラッドラインがひび割れ、四肢の断面や全身から若草色のエーテルブラッドを垂れ流していた。

 もう既に結界装甲は無効化されており、叩き付けられた衝撃だけでひび割れたパーツが幾つも滑落して行く。

レミィ「ぐぅ……あ、ぁ、ぁ……」

 全身をズタズタに引き裂かれるような激痛の中、レミィは必死に意識を保ちながら切れ切れに喘ぐ。

 メインカメラやサブカメラの殆どが破壊され、ノイズだらけになってしまった壁面スクリーンの中、
 まだ辛うじて生きている一部に映る、凶悪なオオカミ型ギガンティックの顔を見上げる。

弐拾参号?<お姉ちゃん……どこなの……怖いよぉ……おねぇちゃん……>

レミィ「に、じゅぅ……さん、ごぅ……」

 心細そうに啜り泣く妹に、レミィは必死に呼び掛けようと、絶え絶えにその名を呼ぶ。

 だが、声は届かず、それを嘲笑うかのようにオオカミ型ギガンティックは大きく口を開く。

 すると、上下の顎の内側から二本ずつ、計四本の新たな牙が現れた。

 他の牙よりも鋭く、長く、禍々しい様相の牙からは、濃紫色の鈍い輝きを放つ液体らしき物が滴っている。

狼型G『Ggaaッ!』

 そして、オオカミ型ギガンティックはその新たな牙を、ヴィクセンに突き立てた。
140 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:23:33.07 ID:zL0Am2Zjo
レミィ「っ、うぁぁぁああああっ!?」

 腹を貫通する四本の牙が与える激痛に、レミィは悲鳴を上げて悶絶する。

 だが、痛みだけではない。

レミィ(何かが……入って来る……あの、液体か……!?)

 激痛で朦朧とする意識の中、先程、垣間見えた濃紫色の液体を思い出す。

 すると、ヴィクセンの全身から垂れ流しになっていたエーテルブラッドの一部が、
 若草色から濃紫色に変わってゆく。

 変化は次第に広がり、ついに全てのエーテルブラッドが濃紫色に染まってしまった。

レミィ(全身が……灼ける……痛みが……身体の中をぉ……!?)

 エーテルブラッドが濃紫色に染まりきってから、体内に液体を注がれる違和感は、
 体内を蠢く痛みへと変わる。

 レミィは目を見開き、口を悲鳴のカタチにしたまま、声ならぬ悲鳴を上げた。

狼型G『Gaッ! ………Guoooooo……ッ!!』

 再びヴィクセンを放り出したオオカミ型ギガンティックは、遠吠えのような勝利の雄叫びを上げる。

弐拾参号?<おねぇちゃん……おねぇちゃん……ひっく、ぐす……>

 その雄叫びの向こうから、すすり泣き続ける弐拾参号の声が聞こえた。

レミィ「っ、ぁぁぁ………ぅぁぁぁ………ッ!?」

ヴィクセン『れ…み…ぃ…』

 痛みに藻掻き苦しむレミィに、ヴィクセンが途切れ途切れの音で呼び掛ける。

 どうやら、この液体はヴィクセンのシステムにまで異常を来しているようだった。

 魔力リンクはまだ途切れていなかったが、全ての機器がエラーと緊急事態を告げている。

弐拾参号?<助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 啜り泣く弐拾参号の声と共に、オオカミ型ギガンティックがゆっくりと歩み寄って来た。

 どうやら止めを刺すつもりらしい。

 鋭い爪を纏った前脚を振り上げる。

 狙いは、コントロールスフィアのあるのど元。

狼型G『Gaaっ!!』

 短い唸り声と共に、前脚が振り下ろされる。

 その時だ。

???『レミィから離れろぉぉっ!!』

 オオカミ型ギガンティックの前脚がヴィクセンののど元を抉ろうとした瞬間、
 真横から躍り出た真紅の機体がオオカミ型ギガンティックを弾き飛ばした。

 チェーロ・アルコバレーノ……瑠璃華だ。

狼型G『Ggaaッ!?』

 弾き飛ばされたオオカミ型ギガンティックは、以前のように廃墟や地面に叩き付けられる事なく、
 全身のブースターで姿勢を整えて軟着陸を果たす。

狼型G『Grrr……ッ!』

 そして、新たに現れた敵を警戒し、オオカミ型ギガンティックは威嚇するような唸り声を上げた。

弐拾参号?<痛いよぉ……痛いよぉ……>

 弐拾参号の啜り泣きは、尚もレミィの脳裏に響く。

レミィ「…………ッ……!」

 だが、痛みに耐えるばかりのレミィには、もうその啜り泣きに応える余裕も無かった。
141 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:24:13.83 ID:zL0Am2Zjo
瑠璃華『よくもレミィまで……! お前らぁ……ッ!』

 瑠璃華は珍しく怒りに声を震わせ、両腰のジガンテジャベロットを構えた。

 だが――

狼型G『Grr………Gaaッ!』

 何を思ったのか、オオカミ型ギガンティックはすぐにそっぽを向き、
 ブースターから魔力を噴射し、足早に何処かへと立ち去ってしまった。

 進行方向からして、恐らくはテロリスト達の根城になっている旧技研だろう。

瑠璃華「逃げた……いや、逃げてくれたのか?」

 瑠璃華は呆然としつつ、訝しげに呟く。

 声を震わせるほど怒ってはいたが、瑠璃華の思考はクリアだった。

 ヴィクセンを圧倒するほどのスピードを誇る機体を相手に、
 鈍重な狙撃型のチェーロ・アルコバレーノでは分が悪い。

 おそらく、あのまま戦っていれば無傷では済まなかっただろう。

 瑠璃華は気を取り直し、足もとのヴィクセンを見下ろす。

瑠璃華「何だ……エーテルブラッドの色が変わっている?」

チェーロ『マスター、システム障害のため、ヴィクセンと交信不可能です。
     コントロールスフィア内部の状況、確認できません』

 怪訝そうに漏らす瑠璃華に、チェーロが状況を伝えて来る。

瑠璃華「……少し荒っぽいが、手を拱いていられる状況じゃないな……。
    レミィ、我慢しろ!」

 瑠璃華はそう言って一言、レミィに断ると――通信不可能なため通じてはいないだろうが――、
 コックピットハッチ周辺の装甲を引き剥がし、コントロールスフィアのあるブロックを機体から引き剥がす。

 元々後付けでエンジンとコントロールスフィアを取り付けた事もあって、作業は一分と掛からずに終わった。

レミィ『る、るり、か……来てくれたのか……?
    空は……フェイは……茜は……みんなは……どうなった……?』

 コントロールスフィアとの接触回線が開いたのか、レミィは弱々しく絶え絶えに尋ねてくる。

瑠璃華「………空とレオン達は……無事だ」

レミィ『そう、か……うっ……』

 吐き出すように言った瑠璃華の言葉に、レミィは小さく呻き、静かになった。

 激痛から解放されて、気を失ってしまったのだろう。

 だが、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「茜は……もう……間に合わん……」

 瑠璃華は涙で震える声で悔しそうに、切れ切れにその言葉を吐き出した。

 ほんの十数秒前まで遠くで煌めいていた茜色の輝きは、唐突に消えていた。
142 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:24:52.65 ID:zL0Am2Zjo
 同じ頃、連絡通路出入り口から二十キロ地点――


茜「ッ……くぅ……」

クレースト『申し訳ありません……茜様……』

 悔しそうに歯噛みする茜に、クレーストも主同様、悔しそうに呟く。

 既に茜達の戦闘は終わっていた。

 敵の弱点を見抜き、劣勢ながらも次々に敵機を戦闘不能に追い込み、
 あと二機と言う所まで敵を追い詰めた茜だったが、戦況は一瞬で覆ってしまったのだ。

少女『……GWF202X−クレースト、捕獲完了』

 突如として戦場に舞い降りた、薄桃色の輝きを放つエールを駆った少女の参戦で……。

 一瞬の動揺の隙を突いてプティエトワールの作り出す拘束魔法によって捕縛されてしまったクレーストは、
 結界装甲同士の干渉ですぐにブラッド損耗率の限界点を突破し、
 全身から茜色の輝きを失い、その動きを完全に止められてしまっていた。

 通信が妨害されているのか、既に機関本部や仲間達との連絡も取れない。

狼型G『Grrr……ッ!』

 さらにそこへ、オオカミ型ギガンティックが颯爽と現れる。

 退避する途中で拾ったのか、戦利品を飼い主の元へ持ち帰る飼い犬の如く、
 その口にはヴィクセンの足が一本、咥えられていた。

茜「ッ……おのれぇぇ……!」

 茜は俯き、悔しそうに声を吐き出す。

 奪われたエール、そして、破壊されたヴィクセンの足は、
 仲間達の身に恐ろしい事が降り掛かった事を、如実に告げていた。

 全ての動きを止められたクレーストは拘束魔法から解放され、その場に前のめりに崩れ落ちる。

茜「うぁっ!?」

クレースト『茜様!?』

 愛機が倒れ込む衝撃に茜は短い悲鳴を上げ、クレーストも心配そうな声を上げた。

少女『損傷軽微……これよりGWF202を城まで運搬する』

 幼い少女がそう言うと、廃墟の影から一両のリニアキャリアが姿を現す。

 それは、テロリスト達のマークが描かれた、山路重工製の旧式リニアキャリアだった。

 どうやら、少女の言葉通り、このまま戦利品と持ち替えられてしまうらしい。

茜(すまん……みんな……どうか……せめて無事でいてくれ……!)

 虜囚の身となる屈辱と恐怖の中、茜はせめて仲間達の無事を懸命に祈った。


 十八時四十五分。
 テロリスト達との開戦からおよそ二時間。

 初戦は、ギガンティック機関とロイヤルガードの惨敗で幕を閉じた。
143 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:25:46.40 ID:zL0Am2Zjo
―2―

 ギガンティック機関、格納庫――


 三両のリニアキャリアが到着するなり、待機していた整備班が一斉にハンガーへと群がった。

瑠璃華「チェーロ・アルコバレーノの腕をパージするぞ!
    ハンガーから離れろ! 11班は機体洗浄を優先!
    変色したブラッドには生身、防護服越しでも絶対に触れるな!」

 コントロールスフィアから飛び出した瑠璃華は、通信機を通して整備員達に指示を飛ばす。

雄嗣「救護班急げ! 各ドライバー、パイロットを医務室へ搬送!
   最優先はレミット・ヴォルピだ!」

 さらに、その奥で待機していた医療班が、主任の雄嗣と共に駆け出して来た。

 既にストレッチャーに乗せられていたレミィ達を、上階の医療部局に向けて運んで行く。

紗樹「私は大丈夫です……一人で歩けます」

 仲間達が運ばれて行く様を横目に、紗樹は疲れた足取りで格納庫の隅へと向かう。

 レオンも何か遠慮したいような事を言っている様子だったが、
 屈強そうな男性職員に押さえつけられて運ばれて行く。

紗樹「まったく、あの人は……」

 呆れた、と言うよりは疲れ切った様子でレオンを見送った紗樹は、近くにあったベンチに腰を降ろした。

 そして、辺りを見渡す。

 運ばれて行った仲間達は、空、レミィ、レオン、遼の四人。

 信じたくないが、今、この場に茜とフェイの二人はいない。

 茜の安否は不明だが、フェイの最期はこの目で見た。

 敵の勢力圏内と言う理由から機体の残骸すら満足に回収できない状況だったが、
 コントロールスフィアの間近を撃ち抜かれ、エンジンとブラッドに誘爆しての大爆発だ。

 残骸を回収して確かめるまでも無い。

紗樹「……隊長」

 その事実に次第に俯きながら、紗樹は無事かどうかすら分からない茜の事を思って、
 祈るような声を吐き出した。
144 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:26:33.97 ID:zL0Am2Zjo
 一方、愛機から離れ、作業の陣頭指揮を執る瑠璃華の元には、
 司令室にいた明日美に加え、雪菜とクララがやって来ていた。

 雪菜とクララは作業着風の魔導防護服に着替えており、いつでも整備作業に移れる状態だった。

雪菜「主任、お待たせしました。指示をお願いします」

 駆け足気味に駆け寄った雪菜が、瑠璃華に指示を求める。

 その隣では“何でも来い”と言いたげなクララも控えていた。

瑠璃華「おう、雪菜はアルコバレーノの修理の陣頭指揮を頼む。
    パージした腕はパワーローダーで運ばせろ。
    但し、変色ブラッドの周辺には絶対に触れさせるな!」

雪菜「了解しました」

 雪菜は瑠璃華の指示に頷くと、07ハンガーに向けて走り出す。

瑠璃華「クララはヴィクセンに付着した変色ブラッドの解析だ。
    ばーちゃんの用事が終わり次第、私もすぐにそっちに行く」

クララ「オッケーです、主任!」

 フェイの事が堪えているのか、普段通りとは言えないテンションで返したクララも、
 指示通りに11ハンガーに向かった。

 そして、部下への指示を出し終えた瑠璃華の元に、後ろに控えていた明日美が歩み寄る。

明日美「天童主任、例のテロリストの機体と交戦してみて、何か分かった事は?」

瑠璃華「………間違いなく結界装甲だぞ、司令」

 自分の事を“天童主任”と改まった様子で呼んだ明日美の質問に、瑠璃華も真面目な様子で返す。

 手元の大型タブレット端末から立体映像を起動し、
 テロリストの機体――まだ名も知らぬGWF401・ダインスレフ――を投影した。

瑠璃華「表面に露出しているブラッドラインは胴体周辺や上腕、大腿、関節周辺に限っているが、
    構造の単純化と機体そのもののサバイバビリティ向上に重点を置いた量産型だな」

明日美「量産型の、エーテルブラッドを使用した、ギガンティック……」

 瑠璃華の説明を聞きながら、明日美は一つ一つ区切りながら呟く。

 敢えてオリジナルギガンティックと呼ばないのは、父や瑠璃華の作った物に対する敬意や愛着も有っての事だろう。

瑠璃華「結界装甲の出力はこちらの二割強程度だが、結界装甲を一点に集中すれば
    シールドスタビライザーのような強固な装甲も切り裂けるようだ。

    量産型とは言え侮れない性能だぞ」

 瑠璃華は呆れとも感嘆ともつかない声音で言うと、さらに続ける。

瑠璃華「レミィの戦ったらしい獣型に関しては、状況程度しかデータが無いないが……
    こちらは明らかにヴィクセンを上回っているな。
    結界装甲の出力もこちらと同等と思った方が良いぞ。

    これがワンオフならまだやりようがあるが、万が一にも量産型だとしたら……」

 瑠璃華はそこまで言って、微かに身震いした。

 奇襲などの特殊な状況とは言え、量産型でさえアルバトロスを破壊し、
 オオカミ型はヴィクセンを大破せしめたのだ。

 生産されている数次第では、
 今も第三フロートで風華達が対処中のイマジンの卵嚢なみの脅威になりかねない。

明日美「対処方法はある?」

瑠璃華「………あるにはあった」

 神妙な様子で問うて来た明日美に、瑠璃華はそう答えて肩を竦めた。

瑠璃華「出力や防御面から言えばカーネルとプレリーでも何とかなるが、
    相手が高速・高機動型となればハイペリオンくらいしか思いつかないぞ……」

明日美「そう……」

 続く瑠璃華の言葉に、明日美も何事かを考えるように目を伏せる。
145 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:27:26.77 ID:zL0Am2Zjo
 ハイペリオン……エール・ハイペリオンは、
 エールにヴィクセンとアルバトロスをOSSとして接続した形態だ。

 総重量はカーネル・デストラクターやプレリー・パラディ以上だが、
 シールドスタビライザーとフレキシブルブースターによって外見以上の高機動性能を誇る。

 加えて、オリジナルのハートビートエンジンと試作型ハートビートエンジンを用いた
 セミトリプルハートビートエンジンは、ダブルハートビートエンジンに匹敵する出力を誇った。

 だが、エールは奪われ、アルバトロスは破壊され、ヴィクセンもフレームの大半が大破してしまっている。

 これではモードHどころか、エールと共に奪われたクレーストと合わせて、
 本部の戦力は半減以上の大打撃だ。

瑠璃華「向こうもすぐには動けないんだろう?」

明日美「ええ……」

 瑠璃華の質問に、明日美は小さく肩を竦めながら応えた。

 向こう、とは第三フロートで卵嚢の処理をしている風華達の事だ。

 瑠璃華は本部作業のために動けず、風華達もローテーションを維持のため、
 これ以上人数を減らすワケにも行かない。

 実際、その辺りの事情は瑠璃華にもよく分かっていた。

瑠璃華「山路の方には、213フレームを大至急仕上げるように連絡済みだから、
    必要なパーツは明日の明け方までには届くと思うが……。

    問題はエンジンだぞ……」

 八方塞がりの状況を思い、片手で頭を掻きむしりながら、瑠璃華は愚痴っぽく呟く。

明日美「……ハートビートエンジンに、何か問題が?」

瑠璃華「……事と次第によると、今回の件でエンジンを四つ失った事になる……」

 恐る恐ると言った風に尋ねた明日美に、瑠璃華は重苦しそうな口調で返す。

 その時だ――

クララ「しゅ、主任! 大至急お願いします!」

 いつもの戯けた調子などかなぐり捨てた雰囲気のクララの声が、ヴィクセンのハンガーから聞こえて来た。

瑠璃華「……ッ、覚悟はしておいてくれ、ばーちゃん……」

 瑠璃華はそれだけ言い残すと、踵を返してクララの元に駆けて行く。

明日美「……瑠璃華!」

瑠璃華「何だ!?」

 だが、すぐに明日美に呼び止められ、どこか苛立ったように振り返る。

明日美「………211の作業が一段落次第、203ハンガーの解放の準備を。
   それと、最下層階にある第五一六号コンテナを上に持って来るように指示を出しておきなさい」

明日美「203?
    そっちは分かるが……最下層階にあるコンテナなんて、全部ガラクタばかりで……」

 明日美の指示に瑠璃華は怪訝そうに首を傾げた。

 203ハンガーとは、現在も適格者無しで眠り続けるオリジナルギガンティック最後の一機、
 GWF203X−クライノートが安置されているハンガーの事だ。

 だが、最下層階にある第五一六号コンテナなど、万が一ために保管されている
 オリジナルギガンティックのジャンクパーツ入れの一つ……要はゴミ箱である。

 一方のオリジナルギガンティックはともかく、もう一方は無用のゴミ箱。

 それがこの緊急事態に入り用だとでも言うのだろうか?

瑠璃華「……分かった!」

 だが、半年前も空の件では上手く立ち回っていた明日美の事、何か考えがあっての事だろうと、
 瑠璃華は大きく頷いて返事をすると、再び踵を返し、今度こそクララの元へと駆け出した。
146 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:28:03.55 ID:zL0Am2Zjo
 すぐにクララの元に辿り着くと、
 彼女は殆ど半泣きになりながら作業の陣頭指揮を執っている最中だった。

瑠璃華「何があったんだ?」

クララ「主任! それが……表層の変色ブラッドは除去したんですが、
    機体フレームへの侵食が止まらないんです。

    変色部分が既に残存パーツの三割を侵食していて……」

瑠璃華「洗浄開始が遅かったか……! くそぉ……!」

 困惑した様子で答えたクララの報告に、瑠璃華は悔しそうに漏らす。

 ヴィクセンの躯体をリニアキャリアまで運搬しただけでも、
 腐食によってチェーロ・アルコバレーノも腕を失ったのだ。

 戻るまで洗浄作業を開始しなかったのは、完全な判断ミスだったと言っていいだろう。

瑠璃華「エンジン本体の弁は閉まってるんだな?」

クララ「はい、ヴィクセンが機能不全になる直前に緊急作動させたようで、
    スキャン結果ではエンジン内部に変色ブラッドは侵食した様子はありません」

瑠璃華「なら、エンジン本体の確保を最優先だ!

    洗浄中にパワーローダー用のチェーンソーと、
    ギガンティック用のブレードをありたっけ準備させろ!
    洗浄が終了次第、エンジン周辺のパーツの緊急切除作業を行う!」

 瑠璃華は慌てた様子でそう言うと、端末で雪菜に連絡を取る。

瑠璃華「雪菜、チェーロの分離作業を急いで行ってくれ。
    ヴィクセンの変色ブラッドに侵食された部位を切り離した後、
    ジャベロットを使って直接熱処理する」

雪菜『了解しました、主任』

 雪菜の返事を聞いた瑠璃華は、回線を切ると小さく深呼吸した。

 そして、気を取り直すなり、整備員達に向かって口を開く。

瑠璃華「作業を続行しながら聞け!

    一分一秒を争う緊急事態だ!
    人類防衛の最前線を支えるお前達の技術の見せ所だぞ!」

 瑠璃華の飛ばした檄に、格納庫のそこかしこから歓声のような返事が上がる。

瑠璃華「よぉし! 総員、いつも通り、慌てず、慎重に、
    だが急いで作業を続けるんだぞっ!」

 そう言って、自らも愛機の元に向かった瑠璃華は、
 部下達の気合の入った声を聞きながら、再び気を引き締め直した。
147 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:28:43.39 ID:zL0Am2Zjo
 一方、瑠璃華に指示を出した後、格納庫を離れた明日美は、医療部の病室へと顔を出していた。

 そして、診察室の前に辿り着くと、廊下に据え付けられたベンチに腰掛けている空の姿があった。

 爆風に煽られたものの、軽い背中の打ち身の他は気を失っただけだった空の治療は既に終わっていたが、
 医療部からの連絡事項やニュース番組の表示されているインフォメーションボードを、
 どこか茫然自失と言った風に視線だけで眺めている様子は、やはり精神的に参っているようだ。

明日美「治療はもういいの、朝霧副隊長?」

空「あ……司令……?」

 明日美が声をかけると、空は疲れ切った様子で顔を上げ、
 だがすぐに正気に立ち返り、立ち上がって深々と頭を下げる。

空「申し訳ありません、譲羽司令!
  エールを……GWF201Xとギアを奪われ、
  判断ミスから張・飛麗隊員とGWF212Xとギアを、失いました……!」

 空の口から努めて事務的に発せられた報告は、だが空自身を深く傷つけていた。

 最後は悔しさと哀しさで押し潰され、震え、吐き出すようですらあった。

明日美(重傷ね……)

 痛々しく見える少女の姿に、明日美は内心で小さな溜息を漏らす。

 目の前で抵抗虚しく愛機を奪われ、仲間すら失った少女。

 去年の春に姉を喪い、その感情をどう処理して良いか分からずに抜け殻のようになっていた姿に重なる。

 頭を下げたまま、肩を震わせる空に、明日美は意を決して話しかけようと、口を開く。

明日美「………フェイの事は残念だったわ。だけど、その事は――」

 と、明日美がそこまで言いかけた、その時だった。

 傍らのインフォメーションボードのニュースの画面に、激しいノイズが走る。

 インフォメーションボード自体は本部施設内のローカルネットワーク端末だが、
 ニュースは外部から受信した番組を映している物だ。

 メガフロート内のニュース番組はネットワークや電波、種々の魔力的通信手段によって配信されているが、
 メガフロート内である限りノイズが交じるような事はあり得ない。

 あり得るとしたら、それは……。

明日美「電波ジャック……!」

 明日美は顔をしかめ、ノイズが治まり始めたニュース画面を見遣る。

 空もつられて、そちらを向いた。

 ノイズが消えると、そこに映ったのは、豪奢な雰囲気の部屋だ。

 それは、そう……テロリスト達の根城、旧山路技研の最奥に位置する謁見の間と呼ばれる部屋だった。

 悪趣味な煌びやかさを放つ服に身を包んだ男が、十人以上の女性を傅かせて、
 玉座で尊大に胡座をかき、これまた尊大にふんぞり返っている。

??『偽王に統べられし、不幸なる我が臣民どもよ。
   貴様らの真なる唯一皇帝、ホン・チョンスである』

空「…………?」

 玉座でふんぞり返る、ホン・チョンスを名乗る男の言葉に、空は思わず首を傾げてしまった。

 彼は、一体、何を言っているのだろうか?

ホン『偽王どもとそれに付き従う野蛮なる者共と、我に付き従う勇ましき戦士達との戦は終わらず、
   我もこのような僻地での籠城を強いられ、貴様らに我が威光が届かぬ事に、我も心を痛めていた』

 彼は……ホン・チョンスは、自分の発している言葉がさも当然と言うように、
 何の迷いも戸惑いもなく、奇天烈な言葉を並び立て続ける。
148 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:29:23.40 ID:zL0Am2Zjo
ホン『だが、臣民どもよ、時は来た!
   数だけに頼る蛮族に勝る剣を、我が戦士達は手に入れた!』

 男が万感の想いを込めて叫ぶと、途端に壁面にかけられていた豪奢なカーテンが外れ、
 壁一面に別の部屋の光景が映し出された。

 そこに映っていたのは、百機はあろうかと言うギガンティックの大群だ。

 それらが次々に様々な輝きを宿して行く。

ホン『これこそが真なるオリジナルギガンティック!
   我らが戦士達が掲げる輝かしき剣、ダインスレフである!』

明日美「ダインスレフ………ダーインスレイブね……!」

 ホンの言葉に、明日美は唖然としながらもその名に思い至り、驚いたように呟く。

 ダーインスレイブとは、数多くの北欧神話の物語を収めたエッダにも記された、
 小人が作った呪いの剣の名だ。

 一度、鞘から抜けば、持ち主が血見るまで収まらぬとされた、血塗られた呪いの剣だ。

 ダインスレフは、その異名である。

 そんな呪われた剣の名を付けられたギガンティックを“輝かしき剣”とは、
 笑いを通り越して呆れすら覚える。

 だが、呪われた剣の名を持つギガンティックの力は確かな物だ。

 一対一なら機関のオリジナルギガンティックに圧倒的な分があるが、
 軍や警察の持つ量産機との勝負ならば圧勝だ。

 それが百機以上。

ホン『そして、我らが戦士達が、偽王に付き従う蛮族どもから奪還せし、
   選ばれし者の元に集う二機のギガンティックである!』

 ダインスレフ達を映すカメラが、それらの傍らを通り過ぎ、ぐっと奥に寄って行く。

 すると、その最奥に並べられていたのは――

空「エールッ!? それに、茜さんのクレーストも……!?」

 壁際に立つ二機のギガンティックの姿に、空は目を見開く。

 エールには煌めく薄桃色の、クレーストには微かな茜色の輝きが灯っている。
149 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:29:57.60 ID:zL0Am2Zjo
ホン『皇帝に相応しき力は、我が元へと集う!
   何故ならば、我こそが真なる皇帝だからだ!』

 画面には再びホンが映し出され、彼は立ち上がると、雄々しく拳を掲げた。

 彼の独白めいた言葉はさらに続く。

ホン『我が祖父から王位を簒奪した偽王どもは一族郎党に至るまで、
   即刻、我が前に馳せ参じ、我に頭を垂れよ!

   我が臣民を騙した事を、ホン王朝第四代皇帝……
   このホン・チョンスに詫び、臣民どもが崇め、見守る我が目の前で自害せよ!』

 そろそろ、頭痛を禁じ得ない。

明日美(予想の斜め上をジグザグに駆け上がって行くわね……相変わらず……)

 明日美は頭を抱えたい衝動に駆られながらも、画面からは目を離さなかった。

 どこに事件解決の糸口があるとも限らない。

 事実、六十八年前のグンナーショックの際、魔法倫理研究院のエージェント達は、
 僅かに映った地形をヒントにグンナーの居所を掴んだのだ。

 どこに逆転の秘策があるかも分からない以上、目を逸らすワケにはいかない。

ホン『我が提示する条件は三つ、一つは先に述べた偽王どもの謝罪と死。
   二つ目は皇居を本来の持ち主である我に返上する事。
   三つ目は偽王どもの威を借る政府の解体と、正当なる我への政権返上である!』

 ホンは高らかに、脳内幻想に満ちた自己像に基づく条件を提示した。

 そもそも、四代――どんなに長く見積もっても百年五十年程度だろうか?――の王朝となれば、
 二十世紀末でも七十年程度の歴史。

 アジア地域に限定しても、その時点ですら数百、数千年前から続く数々の朝廷や王朝が存在し、
 それらの皇族・王族が集まっているのがNASEANメガフロートの皇居だと言うのに、
 高々半世紀程度の王朝から王位を簒奪した歴史が存在するなど、時間がねじ曲がっている。

 要は正気ではない。

 ショックで冷静さを欠いていた空にも、その程度の判断は出来た。

 電波ジャックは終わり、慌てた様子のニュースキャスター達が映る。

 どうやら、何の事前通告も予兆も無い、文字通りの電波ジャックだったようで、
 時間も短かった事もあって報道の混乱は続いているようだ。
150 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:30:40.68 ID:zL0Am2Zjo
明日美「………朝霧副隊長……いえ、空」

空「は、はい!」

 唖然呆然としていた空は、改まった様子の明日美の呼び掛けに、緊張した様子で向き直った。

 あのエキセントリックと言うかサイコな話を聞かされたせいか、
 元からのショックや精神的な疲れは、一時的にではあったが吹き飛ばされていた。

 だが、続く明日美の言葉は、そのサイコなショックを吹き飛ばし、
 元からあったショックを呼び戻してしまう。

明日美「……エールを取り戻すつもりは、ある?」

空「……ッ!」

 明日美の言葉に、空は身を強張らせ、肩を震わせる。

 何の抵抗も出来ずに敵に奪われ、ああしてテロリストの示威のために晒し者にされた愛機。

 彼は……エールは結・フィッツジェラルド・譲羽の愛機だった。

 テロのような暴力に怒り、それに晒される人々を救いたいと願った女性の愛機。

 そんな彼が、テロリストの元にいるのは彼の本意では無い筈だ。

 取り戻す……いや、救い出したい。

空「……助けたい……です。エールを……茜さんと、クレーストも……!」

明日美「助けたい、……ね」

 空の言葉を、明日美は反芻する。

 だが――

空「でも……戦えません……今の私に、みんなを助ける力なんて……」

 空はそう言って悔しそうに唇を噛み、顔を俯ける。

 身も竦むほどの恐怖を覚える力の差。

 生身と結界装甲を持つギガンティックにの間には、そんな言葉でも生易しいほどの圧倒的な差がある。

 仮に量産型ギガンティックを預けられても、空にはそれを駆る技術も無ければ、
 結界装甲を持つダインスレフや、敵が……あの幼い少女が駆って来るであろうエールには抗しきれない。

 同じ結界装甲を持つオリジナルギガンティックでなければ、組み合う事すら出来ないだろう。

 だが、風華達は卵嚢群の処理で足止めされ、
 一人戻った瑠璃華はヴィクセンの修理に掛かりきりになり、自分を庇ってフェイは命を落とした。

 レミィも、まだ目を覚まさない。

 今、自分に力を貸してくれる仲間は……その余裕のある仲間は、一人もいない。

 力があるならば、助けたい。

 苦境にある仲間達を、支えたい。

 悔しかった。

 悔しさで拳を握り締め、ブルブルと肩と腕を震わせる。

 明日美はそんな空を一瞥し、不意に腕時計に目を向けた。

 格納庫を離れてから、そろそろ三十分が過ぎようとしていた。

明日美(今から格納庫に戻れば、丁度良いタイミングかしら……)

 明日美は心中で独りごちると、スッと踵を返す。

明日美「朝霧副隊長、着いて来なさい……」

 そして、背中越しに空を呼ぶ。

空「あ……は、はい!」

 一瞬、置いて行かれたかと錯覚しかけた空は、
 いつの間にか滲んでいた悔し涙を拭い、明日美を追って駆け出した。
151 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:31:24.71 ID:zL0Am2Zjo
 二人は正面ロビーを抜け、格納庫を見下ろす作業通路に辿り着く。

 そこは以前、空が着任初日にマリアと共にギガンティックを見下ろした場所だった。

 見渡せば、そこには全身が濃紫色に変色したヴィクセンのフレームを切除し、
 エンジンを取り出す作業をしている様が見えた。

 その傍では瑠璃華の駆るチェーロが、炎熱変換した魔力で切除された部位を焼却処分している。

瑠璃華『切除急げ! 内部の腐食がさっきよりも進んでいるぞ!』

 通信機越しで叫ぶように指示を出す瑠璃華の声は、いつになく焦りに満ちていた。

 元々、手足も頭も失っていたヴィクセンだが、胴体も既に原型を留めておらず、
 それでも尚、数台の大型パワーローダーが代わる代わる、ヴィクセンの胴体を切り刻んでいる最中だ。

空「………」

 空はその痛々しい光景を見遣り、悲しそうに目を伏せる。

 瑠璃華がああしている以上、せざるを得ない状況なのだろうが、理解と納得は別問題だ。

 明日美もそちらを見ていたようだが、すぐに視線を別の方向に向けた。

明日美「こっちを見なさい、朝霧副隊長」

空「……はい」

 明日美に促され、空は明日美の視線が向けられていた方向を見遣る。

 視線の先にあったのは格納庫の最奥、壁のような厳重なシャッターで閉ざされた場所だ。

 その壁が左右に滑るように開かれ、その奥から巨大な何かが迫り出して来る。

 ギガンティック用のハンガーだ。

 埃避けのシートを被せられたハンガーが、牽引用の巨大トラックに引かれて、格納庫内に入って来た。

 だが、それだけではない。

 ハンガーに連結された状態で、もう一両の車輌が姿を現した。

 こちらも埃避けのシートが被せられていたが、
 ギガンティック用のハンガー車輌よりも大きな車体はシート越しにも分かった。

 アルコバレーノの修理やヴィクセンのフレーム切除作業、
 アメノハバキリの修理以外にも整備員の手は余っているのか、
 数台の中型パワーローダーが二両からシートを取り去って行く。

 シートを取られたハンガーから現れたのは、白を基調とした躯体にエメラルドグリーンのアクセントが映える、
 全身に鈍色の輝きを纏わせたオリジナルギガンティックだ。

 そして、後方の車両には同じく白地に、所々に赤や青と言った七色のラインが走る、
 こちらも鈍色の輝きを持った巨大な重戦車が乗せられていた。

明日美「オリジナルギガンティック、GWF203X……クライノートと
    その専用OSS、OSS203X−ヴァッフェントレーガーよ」

空「クライノート……それに、ヴァッフェントレーガー……」

 明日美の言葉を、空は反芻する。

 確かに、その機体の姿には空も見覚えがあった。

 以前、アルフの訓練所で座学の際に見せられたクライノートそのものである。

 これが現存するオリジナルギガンティック、最後の一機。

 明日美の師である、二代目閃光、クリスティーナ・ユーリエフの愛機であったソレだ。

明日美「朝霧副隊長、あなたにはエール奪還までの間、
    クライノートのドライバーを務めて貰います」

空「わ、私がですか!?」

 淡々とした明日美の言葉に、空は驚愕する。
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