【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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425 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:53.29 ID:td6LGtrLo
 だが、それだけで明日美の反撃は終わらない。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 明日美はさらに両手に魔力を集束し、集束魔力爆発の力を加えてイマジンの刃を叩き折った。

イマジン『RRRRRRrrrrrッ!?』

 刃にまで痛覚でも通っていたのか、イマジンは悲鳴を上げながら全身を振り乱し、
 折れた右腕を庇うようにヴェステージから大きく距離を取る。

 ありとあらゆる魔力とマギアリヒトの構造体を切り裂き、防御不可能と思われた刃。

 それがどうしてこうも単純に叩き折る事が出来たのか、その答えはイマジンの刃自身にあった。

 今までも明日美は防御のために結界や爆発を駆使してみたものの、それらは全て失敗に終わっていた。

 それはイマジンの刃に対して真っ向から挑んだためである。

 そこで解析結果を得た明日美は、確信を持って、刃に対して側面からの魔力を加えたのだ。

 要は“切り裂く”事だけに特化した単一作用の呪具だったため、
 正面からの攻撃や防御に対して無類の強さを発揮する反面、
 単一のマギアリヒトを縦に連ねただけの集束魔力刃は、側面から攻撃に対して非常に脆かったのである。

 だが、側面と言っても斜めからの攻撃はいなされてしまう可能性が高く、それほど効果的ではない。

 そこで明日美が考えたのが先ほどの設置型魔力爆弾だ。

 これならば正確に、かつある程度まで広範囲に側面からの攻撃が加える事が出来る。

 そうして集束魔力刃を相殺、無効化した後に真剣白刃取りで刃を受け止め、
 集束魔力刃が再生する前に叩き折ったのだ。

イマジン『Rrrr………rrrrrRRRRRッ!!』

 だが、人型イマジンが痛みを振り払うように嘶くと、瞬時に刃は再生してしまう。

明日美「さすがに……単純に起死回生の一手、とは行かないわね」

 その光景に目を見開きながら、明日美は悔しそうに漏らす。

 再生は一瞬、それも任意のタイミングで可能と見て間違いない。

 再生にどれだけの魔力を消費するか分からないが、自在に再生されるとなると恐ろしい物がある。

ヴェステージ『再度、後退しての合流と体勢の立て直しを進言するのである……』

ユニコルノ『明日美、さすがにこれは我々だけでは手に余ります』

 ヴェステージとユニコルノも、あまりの状況の悪さに再度の撤退を促す。

 だが、明日美は譲らない。

明日美「下の状況はまだ芳しくない……こんな状態でコレをあの子達の所に連れては行けないわ」

 明日美は下の戦況を見ながら呟く。

 戦線に明日華が加わった事で僅かずつだがカメ型の誘導が出来ているようだが、
 それでも未だに思うとおりに誘導できているワケではなかった。

 そんな状態で敵を増やせば、また元の木阿弥だ。

明日美「……相手のやり口が分かった以上、これからは時間稼ぎに専念よ」

 そう落ち着いた口調で言った明日美だが、
 その声音には時間稼ぎでは終わらせないと言う“熱”のような物が感じられた。

 可能ならば積極的に殲滅する。

 そう言った戦う意志のような“熱”だ。

 左足を失い、全身に浅くはない傷を負い、追い詰められ、激痛に苛まれながらも、
 明日美の戦う意志は挫けていない。
426 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:30:53.80 ID:td6LGtrLo
 そして、そこからは正に激闘であった。

 片手ではまた折られると悟った人型イマジンは両手での乱雑な攻撃に戦術を切り替え、
 明日美達に襲い掛かって来た。

 明日美はその攻撃に対して、ピンポイントでの魔力爆発によって集束魔力刃を無効化し、
 魔力刃を失ったイマジンの刃を魔力障壁で受け流し、隙あらば叩き折る。

 絶対不利の詰め将棋か針穴の糸通しをミス無く延々と続けているような感覚。

 与えられるインターバルは、敵の刃を叩き折った直後、
 イマジンが痛みを堪えてその刃を再生させるまでの僅かな時間。

 神経をすり減らし続ける戦局に於いて、それは十分な休息とは到底言えなかった。

 だが、明日美は耐え、千日手のような戦いを続ける。

 明日美も全ての攻撃を完全に無効化できているワケではない。

 極限まで集束された魔力刃を微かにでも無効化し損ねれば、
 想像以上の切れ味で防御した箇所を障壁ごと切り刻まれる。

 以前より深くはないが、それでも鋭く、激しい痛みを伴う。

 だが、明日美はその痛みを気力でねじ伏せ、戦いを続けた。

 そして、ついにその時が訪れる。

イマジン『RRRRRR――――ッ!?』

 もう何度目か、それとも十何度目かも分からないほどイマジンの刃を叩き折った時、
 いつものように痛みに悶えながら距離を取ったイマジンは、だがいつものように腕を即座に再生する事は無かった。

 痛みに悶えながらも叩き折られた腕を庇い、警戒するようにこちらを睨め付けて来るだけ……。

ヴェステージ『これは……遂に再生も弾切れであるか!?』

 長く続いた激戦に差した僅かな光明に、ヴェステージが歓喜の声を上る。

ユニコルノ『明日美、今です!』

 ユニコルノも冷静さをかなぐり捨てて叫ぶが、それよりも早く、明日美も動いていた。

 突き出した両手の間に無数の術式を展開する。

 拡散・集束・増殖の術式を編み込んだ多重術式の魔力弾を、動きを止めたイマジンに向けて放つ。

 亡き母の使う最強儀式魔法と、亡き父の魔力の特性を併せ持ち、亡き師によって高められた才能と、
 去って行った師の元で極限まで磨き上げた、明日美・フィッツジェラルド・譲羽最強の儀式魔法。

明日美「その片腕だけの刃で防ぎ切れるものなら防いでみなさいっ!」

 イマジンの激突した多重術式の魔力弾は、明日美の声と共に散らばり、
 術式の作り出した結界がイマジンの全身を覆い尽くす。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 そこに起爆のための魔力爆発を叩き込むと、一斉に術式が反応を始めた。

明日美「インフィニート・エスプロジオーネッ!!」

 伊語で“無限大の爆発”を示すその名の通り、
 イマジンの全身を覆い尽くした術式から無数の指向性魔力爆発が、内部のイマジン目掛けて襲う。

 指向性爆発も一撃では終わらない、全ての術式が何十、何百と爆発を繰り返す。

 結のユニヴェール・リュミエールが魔力による魔力的対象完全相殺を目的とした魔法ならば、
 明日美のインフィニート・エスプロジオーネは魔力と爆発による魔力・物理を問わぬ対象完全消滅を目的とした破壊魔法だ。

明日美「ッ……ぐぅ……ぁ」

 無数の爆発に包まれ、術式結界の中で跳ね続けるイマジンの姿を見ながら、明日美は痛みの吐息を漏らす。

 内部の対象物が完全消滅を迎えるか、注ぎ込んだ魔力が切れるまで爆発は終わらない。

 如何に魔力を切り裂く事に特化したイマジンであっても、
 全周囲の至る方向から襲い掛かる指向性爆発を片腕だけで切り裂き続ける事は出来ない筈だ。

 もう、既に勝ちは揺るがない。
427 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:31:40.76 ID:td6LGtrLo
オペレーターB『ブラッド損耗率98.4パーセント、残魔力量1.3パーセント……
        セーフティ発動限界ギリギリです』

オペレーターC『安全地帯に降下次第、魔力リンクを切断します。
        譲羽隊長、そのまま回収可能地点まで降下して下さい』

 オペレーター達も微かな安堵混じりの声音で明日美に指示を出す。

明日美「……了解、このまま戦闘区域外に降下します」

 痛みを堪えながら答えた明日美は、再び地上に視線を向けた。

 どうやら地上でも決着は着いたようで、
 あの巨大なカメ型イマジンが崩れ去ってゆく光景が見える。

 まだ爆発を続ける最大の儀式魔法を警戒しつつも勝利を確信し、
 痛みの中で安堵の溜息を洩らそうとした明日美は、
 だがすぐに全身が総毛立つような殺意を感じて、身構えた。

 油断していたワケではない、慢心していたワケでもない。

 ただ――

イマジン『RRRRRRRRRrrrrrrrrrrrッ!!!』

 無数の指向性爆発を全方向から浴びせかけられながら、
 降下を始めたヴェステージに向けて、人型イマジンが襲い掛かって来た。

 ――イマジンの生命力が、それら全てを上回ったのだ。

 無数の爆発に包まれ、原型も留めぬほどボロボロになりながらも、
 その痛みを与えて来た明日美に……ヴェステージに復讐すべく、残った片腕を伸ばす。

明日美「ッ!?」

 愕然としながらも、明日美は防御の態勢を取った。

 先ほどまでと同じように設置型の魔力爆弾でイマジンの刃を覆う集束魔力刃を消し飛ばし、
 イマジンの刃を叩き折る。

明日美(よしっ!)

 敵の最後の攻撃を防いだ明日美は、会心の笑みを浮かべて心中で独りごちた。

 だが、それこそが真の油断と慢心であった。

 いや、それを果たして油断や慢心などと呼んで良かったのか、今となっても分からない。

 それでも、明日美がイマジンの最後の一撃を見誤ったのは確かだった。

 ザクリ、などと言う音などもなく、
 刃はヴェステージの胸と腹の間……コントロールスフィアがある位置を貫いていた。

明日美「ッ………………ゥァァァァァァァァッ!?」

 明日美が声ならぬ悲鳴を上げたのは、自らの腰を半分ほど切断している刃の存在に気付いた直後、
 切り裂かれてからたっぷりと二秒以上の時が過ぎてからの事だった。

 そう、切れ味抜群のイマジンの刃が……集束魔力刃を伴った刃がヴェステージと明日美の身体を貫いたのだ。

 だが、残る一本の刃は先ほど、明日美自身の手によって叩き折られた筈である。

 では、この身体を切り裂き、愛機を貫いている刃の正体は?

 それは、必殺の一撃の直前に叩き折った筈の刃だった。

 イマジンはあの連続魔力爆発の中、叩き折っていた筈のもう一方の刃を再生させていたのだ。

 錯乱の末の行動か、明日美達への復讐に専心した執念故の行動かは分からない。

 だが、既に存在していなかった筈の刃にヴェステージは貫かれ、明日美の身体が切り裂かれたのは事実である。

 その刃もすぐに霧のようなマギアリヒトの粒子に変わって消え去ってしまう。

 ヴェステージのエーテルブラッドも損耗限界を超え、機体内に残る全ての魔力を使い果たし、
 自身も魔力ノックダウン状態に陥った明日美は愛機諸共に、瓦礫だらけの街へと墜ちて行く。

イマジン『……R……R、rr……』

 その様を見届けながら、イマジンは最後の爆発と共に霧散して行った。

 直後、大音響と共に瓦礫の中に落ちた明日美は、遠のいて行く意識の中で自分の名を叫び続ける愛器と、
 必死に呼び掛けて来る妹の声を聞きながら、気を失った。

 そして――
428 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:32:20.34 ID:td6LGtrLo
 ――現在、明日美は見開くように目を覚ます。

明日美「ぅ、ぅ……」

 低い呻き声を漏らし、横たえていた身体を起こした明日美は、辺りを見渡す。

 ここは自宅……自身の経営するひだまりの家に併設されたログハウスにある寝室だ。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。

 今は2075年の八月。

 実に二十七年以上も昔、実際に体験した出来事だ。

明日美「………久しぶりに、嫌な夢を見たわね……」

 明日美は自嘲気味に独りごちて、深いため息を漏らした。

 時刻は夜中の三時。

 出勤まではまだ三時間以上もある。

 比較的大きな仕事を片付け、執務に余裕が出た事で久しぶりに帰って
 自宅のベッドで眠れると思った矢先にコレでは堪った物ではない。

 よく見れば全身汗まみれだ。

明日美「本当に……嫌な夢……」

 明日美は先ほどまで見ていた夢を……その時の体験を思い出して、吐き捨てるように呟いた。

 アルフが右腕と右脚の自由を失ったあの日の激戦で、自分も愛機と子宮を失った。

 苦し紛れ――かどうかは分からないが、明日美はそう思っている
 ――にイマジンが再生させた刃は、コントロールスフィアを貫いて
 ヴェステージのハートビートエンジンを破壊し、明日美は片側の卵巣と子宮を大きく損傷した。

 アルフが元の身体を残してサイバネティクス手術を受けたように、
 自分にも人工子宮と置き換える手術を薦められたが辞退し、逆に残るもう一方の卵巣の摘出手術を受けた。

 少々、短絡的に思えたかもしれない判断だったが、三十を過ぎ、
 かつての月島勇悟以外で愛おしいと思える男性と出逢える事が無く、
 その機会ももう無いだろうと判断しての事である。

 その判断は結果として当たってしまい、結局、伴侶と呼べるような人間と出逢う事もなく今に至っていた。
429 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:05.29 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、あの後、愛機を失った明日美は、戦線に復帰できるまで回復した後、
 当時の司令の要望と自らの意志もあって前線部隊の教官職に就く事となった。

 まだ若い妹や仲間達が、自分とアルフを失って三人だけになってしまった事への不安や、
 新たに配属される可能性もあったドライバー達に自分と同じ過ちを繰り返させたくない、そんな思いもあってだ。

 そして、その司令が数年して定年を迎えた後、優秀だが繰り上がりで副司令となるには
 まだ若いと判断されたアーネストに代わって副司令となり、十七年前に司令となって今に至る。

明日美「……色々と、あったわね……」

 明日美はかつてを思い返し、溜息がちに感慨深く呟く。

 最初の教え子であり、
 二代目のチェーロのドライバーであったアルバート・コネリーを失った十三年前の戦い。

 先代のエールのドライバーであり、
 アルフの元を卒業した後も自分の元で鍛え続けた朝霧海晴を失った一年前の戦い。

 妹や妹の幼馴染み達の訓練の相手もしてきたが、本当に教え子と言える者は三人だけ、
 その内で今も息災なのはマリアの先代であるプレリーのドライバーで、
 このひだまりの家から巣立って行ったリーザ・サンドマン……
 現タクティカルオペレーターの一人、アリシア・サンドマンの母だけだ。

 恩師、母、父、愛した男、可愛い教え子達。

 大切な人を喪ってばかりの苦しい人生だった。

 だが――

明日美「………」

 明日美はふと、ベッドサイドに置かれた大きな写真立てに目を向ける。

 古い写真は全てフォトデータに直し、妹の明日華に譲った明日美だったが、
 そこにはたった二枚だけ、古めかしくやや色褪せた写真があった。

 幼い自分とまだ若い両親の写った家族写真、生まれたばかりの妹を加えた家族写真の二枚。

 ――それでも、揺るがぬ決意を支えてくれる大切な思い出は胸の内にある。

 写真を眺めながら、不意に笑みを浮かべた明日美はベッドから起き上がる。

明日美(少し早いけれど……もう眠れそうにないわね……)

 汗まみれの身体と濡れたシーツではあと数時間を眠るのは難しい。

 シャワーで汗を流し、パジャマとシーツも洗濯しよう。

 明日美はそう決めると、少し早い出勤に向けて準備を始めた。
430 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:57.57 ID:td6LGtrLo
―2―

 ミッドナイト1が美月・F・譲羽に名を改めてから僅かに時は過ぎ、8月5日、月曜日。
 皇居正門前――


 二十七年も前に人類の命運をかけた大激戦の地となったその場所に今、
 巨大な正門を背に仁王立ちするクルセイダーと、その左右に並ぶ突風・竜巻、
 チェーロ・アルコバレーノ、そして、カーネル・デストラクター。

 そこから五キロほど離れた位置、広い交差点に立ち並ぶのは
 エール、クレースト、クライノート、ヴィクセン、アルバトロスの五機。

 全十機のオリジナルギガンティックが、その戦力を半々に分けて相まみえる光景は圧巻の一言だ。

 お互いの間に走る緊張感が伝わり、肌が引き攣るように感じる。

 それは、ギガンティックを駆るドライバー達も同じで、ある者は微かな不安を目に宿し、
 ある者は冷静に視線を走らせ、ある者はいつの間にか額に浮かんでいた汗を手の甲で手早く拭う。

 触れれば切れそうな緊張感が最高潮に達しようとした瞬間、エール……空が動く。

空「各機散会! 茜さんは左翼から風華さん、フェイさんは上空から瑠璃華ちゃん、
  美月ちゃん右翼からクァンさんとマリアさんにそれぞれマッチアップ!
  レミィちゃんは私と一緒に臣一郎さんを正面突破で!」

 空は仲間達に指示を飛ばすと、その場で即座にプティエトワールとグランリュヌを切り離し、
 レミィのアルバトロスMk−Uと愛機を合体させた。

レミィ「空、最初から全速力で行くぞ!」

空「お願いっ!」

 レミィの声に応え、空はクアドラプルブースターを噴かし、クルセイダーに向けて一気に肉迫する。

風華『させないわよ、空ちゃん、レミィちゃん!』

 だが、そこに風華と突風・竜巻が割り込む。

空(風華さん……やっぱりこっちの突進にタイミングを合わせて来た!?)

 お互いに加速力に優れる機体とは言え、後出しでタイミングを合わせられる所は、流石の一言に尽きる。

 だが――

茜『それはこっちの台詞だ!』

 二機の隙間を縫うように、茜とクレーストが飛び込んで来た。

 衝突を考慮してギガンティック一機分の隙間は確かにあったが、
 そこに迷うことなく飛び込んだ茜の胆力も流石と言えよう。

 クレーストの振りかざした槍の切っ先と、突風・竜巻の蹴り上げたブレードエッジがぶつかり合い、
 耳障りな金属音がけたたましく鳴り響く。

 そこで二機の動きは止まり、空達はその傍らを駆け抜ける。

瑠璃華『馬鹿正直な正面突破を許すワケないぞ!』

 しかし、いつの間にか左手側に展開していたチェーロ・アルコバレーノが、
 瑠璃華の声と共に拡散魔力弾を放ってきた。

 拡散範囲こそ狭いが、完全にエールの進行方向に的を絞った攻撃は、動きを止めなければ回避不可能だ。

 だが、空は構わず魔力弾のまっただ中に向けて突っ込む。

 半数以上が直撃する。

 そう思われた瞬間、エールの周囲を山吹色の輝きが覆った。

瑠璃華『フローティングフェザー!? フェイか!?』

フェイ『申し訳ありません、天童隊員。
    支援砲撃は全て封じさせていただきます』

 愕然として上空を見上げた瑠璃華の視界に、悠然と滞空するアルバトロスMk−Uの姿。

 そう、フェイが上空から支援してくれる事を見越して、空は敢えてスピードを緩めなかったのだ。

 さらに、フェイは愛機の腕を魔導カノンへと変形させ、
 地上のチェーロ・アルコバレーノに向けて無数の砲弾を放つ。

 瑠璃華も対空戦を始めざるを得ず、支援砲撃を任せられていたらしい瑠璃華と
 チェーロ・アルコバレーノはそこに釘付けにされてしまう。
431 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:34:39.90 ID:td6LGtrLo
 風華、瑠璃華の立て続けの邀撃を仲間の援護で退けた空達は、臣一郎に続く最後の関門、
 正門前広場の入口に立つカーネル・デストラクター……クァンとマリアの二人と対峙する。

クァン『スピードならそっちに分があるだろうが……!』

マリア『真っ向勝負の力比べなら、アタシらの方が上だよ!』

 待ちかまえるカーネル・デストラクターから、クァンとマリアの声が響く。

 マリアの言う通り、同じダブルエンジンの出力を速力と武装に回したハイパーソニックでは、
 その殆どを関節部の出力向上に割いたカーネル・デストラクターが相手となれば、力比べでは分が悪い。

 だが、それは空も想定済みだ。

空「美月ちゃん、お願いっ!」

 空は僅かにクアドラプルブースターの出力を下げて貰い、一瞬だけ減速する。

 すると、その頭上を跳び越え、背後からフル装備のクライノートが姿を現した。

 最大戦速のヴァッフェントレーガーに運ばれつつ、エールHSの背後に付いていたのだ。

美月『02、イグニション……!』

 美月はエールの頭上を跳び越えるなり、両腕に装着したロートシェーネスを起動し、
 巨腕後部のスラスターを噴かしてカーネル・デストラクターに飛び掛かる。

 巨大な拳同士がぶつかり合い、魔力の衝撃波が広場の立木を大きく震わせた。

 数々の武装のお陰でオールラウンダーに見えるクライノートだが、
 本体はそれらの武装に振り回されぬよう、高い安定性と強度を誇る。

 カーネル・デストラクターのマッチアップの相手として、これ以上の適役はいないだろう。

美月『ソラ、レミィ……行って下さい』

 美月は静かに言い放つと、腰部のドゥンケルブラウナハトから魔力砲弾を放つ。

 しかし、そこはオリジナルギガンティックでも最高硬度を誇るカーネル・デストラクターだ。

 ゼロ距離射撃とは言え、たじろがせるので精一杯だった。

 だが、それで十分である。

空「ありがとう、美月ちゃん!」

 空は美月に礼を言いながら、組み合う二機の傍らをすり抜け、
 遂に本丸とも言えるクルセイダーの正面に躍り出た。

 一方、クルセイダーは既に迎撃準備を整えており、
 青藍のエーテルブラッドがその手足を覆い、眩い輝きを放っている。

 いつでもエクステンド・ブラッド・グラップル・システム――
 E.B.G.S――を発動させる事が出来るだろう。

 ブラッドを機体外に放出、硬化、属性変換する事で生み出される、
 結界装甲そのものとも言える伸長する手足。

 クルセイダーは格闘戦専用で俊敏とは言い切れない大型機だが、
 その一点でただの格闘戦用ギガンティックと言い切れない性能を発揮する。

レミィ「ッ、時間をかけ過ぎたか!?」

 レミィもソレを警戒し、クアドラプルブースターを旋回させて強制減速させ、
 再度、距離を取ろうとした。

 だが――

空「レミィちゃん! このまま全速力! 皇居正門を落とせば私達の勝ちだよ!」

レミィ「そう言う戦略的な物言いは目をキラキラ輝かせて言う物じゃないだろっ!?」

 空の言葉で急制動を踏み留まったレミィだが、それを言った空の顔を覗き込んで思わず声を荒げる。

 空は臣一郎との真っ向勝負を楽しんでいるようだ。

レミィ「どうなっても知らないからな!」

 レミィは自棄気味に叫ぶと、落ちかけていたブースターの出力を最大にまで引き上げた。
432 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:35:31.45 ID:td6LGtrLo
臣一郎『勝負だ……朝霧君!』

空「はいっ! 本條隊長!」

 低い声で言い放つ臣一郎に応え、空は姿勢を低くして走り出す。

 対して、臣一郎……クルセイダーも腰を落として重心を低くし、両腕を大きく腰だめに引き絞る。

臣一郎『本條流格闘術奥義……! 轟ノ型参・改! 流水……!』

 込められて行く魔力に呼応して、腕を覆うエーテルブラッドの装甲が水へと変化し、激しく波立つ。

臣一郎『轟砕双打掌ッ!!』

 そして、突き出された一対の掌底打ちから激流が放たれ、真っ向から迫るエール・HSに襲い掛かった。

 掌底・掌打・手刀による目標の粉砕を目的とした轟ノ型。

 その奥義が第三、轟砕双打掌【ごうさいそうだしょう】。

 引き絞った腕から放たれる掌底打ちと言うシンプルだが、
 破壊力抜群の一撃に加えて、流水変換による激流の如き破壊力。

 生身のソレですら身の丈を上回る巨岩すら粉砕する一撃だ。

 イマジンやギガンティックは勿論、直撃すればオリジナルギガンティックですらひとたまりもない。

 だが、当たれば必殺のその一撃を、空は身体を大きく左側に傾けて避けた。

 突出した肩の装甲とアスファルトが接触し、火花と共にアスファルトが砕け散る。

 クアドラプルブースターの推進力と加速性能に任せた強引な回避だ。

 エール・HSの斜め上を、目標を見失った二筋の激流が駆け抜けて行く。

臣一郎『その程度で!』

 しかし、臣一郎もただでは引き下がらず、
 激流を放ちながら右腕は横薙ぎに、左腕は下に振り下ろして空達の逃げ道を制限する。

 空達から見れば足もとを左腕から放たれた激流が塞ぎ、右腕が頭上を塞いだため、逃げ道は一つ、
 このままさらに左側に跳ぶしかない。

 だが、いくら皇居前の広場に出たとは言え、左に大きく跳べば高層ビルの建ち並ぶ官庁街に飛び込んでしまう。

 頭から突っ込めば突進の勢いを殺されるどころか、さらに逃げ道を塞がれる事になるのだ。

空「……レミィちゃん! このままっ!」

レミィ「言うと思ったよ!」

 空は瞬時に判断し、抗議めいた声を上げるレミィの声と共に真っ直ぐに突っ込む。

臣一郎『ふんっ!』

 直後、臣一郎は一旦軽く振り上げた右腕を斜め下に向けて振り下ろし、
 殆ど倒れる寸前の体勢で駆けるエール・HSの脳天に向けて激流を叩き込まんとする。

空「ここ……だぁっ!」

 だが、空はクルセイダーの右腕が振り下ろされ始めた瞬間、最も速度の低い一瞬を見極め、
 左腕の裏拳でアスファルトを叩いて上体を無理矢理起こすと、クアドラプルブースターを噴かしてさらに肉迫する。

 しかし、その無理矢理な回避運動では臣一郎の追撃を回避するのは難しく、
 四基あるブースターの内、右上の一基が激流の直撃を受けて砕けた。

空「ッ!? れ、レミィちゃん!」

 魔力でリンクしている右肩胛骨に走った激痛を気合で押さえ込み、空はレミィの名を叫ぶ。

レミィ「レフト1、パージッ! ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『オートバランス補正開始! まだ行けるわ!』

 レミィは即座に左上側のブースターを切り離し、ヴィクセンに姿勢制御を預けた。

 ヴィクセンは残った下側二基のブースターを最大まで広げてバランスを立て直させる。

 一瞬、大きく姿勢を崩された空とエール・HSだが、判断と立て直しが早かった事で大きな時間的ロスは無かった。

 ブースター破壊から体勢を立て直し切るまで四秒足らず。

 だが、その四秒足らずで臣一郎とクルセイダーもまた、完全に体勢を立て直し切っていた。
433 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:36:27.35 ID:td6LGtrLo
臣一郎『本條流格闘術、奥義! 轟ノ型壱・改! 炎熱……轟烈掌ッ!!』

 さらに、袈裟懸けに薙ぐような炎の手刀が振り下ろされる。

 だが、空は怯まずに突進を続けた。

空「うわあぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を一声、クルセイダーの腰に向けて体当たりを見舞う。

臣一郎『ぬぅぁっ!?』

 推力が半分になったと言っても、それでも重量級のエールの体当たりに、
 さしものクルセイダーも僅かにぐらつく。

 だが、臣一郎も振り下ろす手刀の勢いを緩めてはいなかった。

 超高温の炎の剣と化した手刀が、エール・HSの背面を捉えんとした、その瞬間――

レミィ「空、後は任せた!」

 レミィはそう叫ぶと、自身の愛機とエールのOSS接続を解除する。

空「れ、レミィちゃん!?」

 振り返って目を見開き、愕然と叫ぶ空の目の前でレミィの姿がスフィア内から消え、
 突如として背面に巨大な物体――ヴィクセンMk−U本体――が出現した。

 接続が解除された事で異物として認識されたためだ。

 直後、ヴィクセンMk−Uは真っ二つに切り裂かれ、エールの背後で大爆発が起きる。

エール『204ロスト! 背面部ダメージ軽微……空!』

空「ッ……うぅぅあぁぁぁぁぁっ!!」

 エールの報告を聞きながら、背中を焼かれる痛みを気合でねじ伏せた空は、
 まだ腕に残る……レミィの遺してくれたツインスラッシュセイバーに魔力を集中した。

 鋭い魔力の刃が伸び、体当たりの体勢から掴んだままのクルセイダーの腰に刃を突き立てる。

臣一郎『ッぐぅぅぁ……!?』

 深々と腰に突き立てられた刃の感触と激痛に、臣一郎も苦しそうに呻く。

 だが、まだ終わってはいない。

空「エール、結界装甲出力最大!
  プティエトワール、グランリュヌ、フォーメーション・デュオ! モデル・クロワッ!」

 空は残る全魔力と出力を結界装甲に集中し、
 合体直後から切り離したままのプティエトワールとグランリュヌに指示を出す。

 すると、二機の上空に全十六基の浮遊砲台が十字を描くようにして陣形を組み、
 その全ての砲門を直下のギガンティック達に向けた。

臣一郎『お、おぉっ!?』

 上空を見上げながら、臣一郎は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

 エールのツインスラッシュセイバーは、腰を切断するほど深くは突き刺さってはいないが、
 すぐに振り払えるほど生易しくはない。

 さらに、エールの身体は一回り大きいクルセイダーの下に回っている。

 加えて最大まで出力を高めた結界装甲。

 十六基の浮遊砲台からの一斉射の大ダメージも、ほぼ七割から八割をクルセイダーが受ける事になり、
 ダメージも最小限に抑えられる。

 射角を調整する余裕があれば、エールが受けるダメージは、ひょっとすれば一割を切るかもしれない。

 これは回避不可能な上、防御にも最大級の出力を割かなければならないだろう。

 その上――

空「アルク・アン・シエル……フル・ファイアッ!!」

 ――通常防御を無効化する虹の輝き!
434 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:21.47 ID:td6LGtrLo
臣一郎『ッ! デザイアッ! ブラッド・プリズンだ、急げっ!』

デザイア『イエス、ボスッ!』

 慌てて叫ぶ臣一郎に、クルセイダー……デザイアもどこか焦ったように応えた。

 直後、二機のオリジナルギガンティックを虹の輝きが包んだ。

空「ッ!? ………あ、あれ?」

 直後に来るであろう衝撃を想定し、身構えたいた空だったが、
 拍子抜けする程に少ない衝撃に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そう、自らにも僅かとは言え降り注ぐ筈だった虹の輝きは、空とエールにまで届いてはいなかった。

 いや、エールだけではない。

 クルセイダーにすら、虹の輝きは届いていなかった。

 虹の輝きを阻んでいたのは、青藍に輝く分厚い結晶の檻。

 機体外に排出されたエーテルブラッドで作り上げた、巨大な防壁である。

 虹の輝きはその分厚い結晶の中を屈折、乱反射して足もとにまで逃がされていたのだ。

空「そ、そんな……!?」

臣一郎『君のように撃てはしないが祖母の使っていた魔法だ……対策くらいは幾つか考えていたよ!』

 愕然とする空に、臣一郎は力強く言い切った。

 数秒後、虹の輝きがその勢いを失うと、役目を終えた結晶の檻――ブラッド・プリズン――は砕け散り、
 相手の腰を掴んだまま茫然と立ち尽くすエールと悠然と立つクルセイダーが残る。

空(ま、魔力の回復が遅い……!?)

 直後、空は急激な脱力感に襲われた。

 無限の魔力を持つ空は、一度の魔法や防御に全魔力を注ぎ込んでも、
 僅かな時間があれば最大まで回復してしまえる。

 だが、他者の魔力の影響下にいる場合はその回復も遅れてしまう。

 ブラッド・プリズン本体は砕けたとは言え、臣一郎の魔力の余波はまだ周囲に残っている。

 自身のエーテルブラッドの劣化こそ最小限に抑える事が出来たが、
 肝心の魔力がなければ結界装甲はその強度を著しく減じてしまう。

臣一郎『今度こそ終わりだ、朝霧君!』

 そして、臣一郎はその言葉と共に、燃える刃と化した手刀をエールの背面へと突き立てる。

 空は息を飲む間もなく手刀によって胴体を貫かれ、深々と突き立てられた手刀は、遂にエールの胸まで貫いた。

 背面からエンジンと、そして、コントロールスフィアを貫通する一撃だ。

 主と動力を失ったギガンティックは、その腕から伸びた魔力の刃も消え去り、膝から崩れ落ちた。

 そして――
435 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:59.23 ID:td6LGtrLo
 ――朝霧空は目を覚ます。

空「ッ!? ハァハァ……!?」

 飛び跳ねるようにして起き上がった空は、肩で息をする。

 呼吸は乱れ、バケツで水を被ったかのように全身が汗でびっしょりだ。

レミィ「お疲れ……空」

 そして、その傍らには、先ほど乗機諸共に爆発四散した筈のレミィ。

 肩を竦めたレミィは悔しさの滲む苦笑いを浮かべ、慰めるように空の肩を叩いた。

 そこでようやく正気に返った空は、深呼吸を繰り返して呼吸を徐々に整えてゆく。

空「……ごめんなさい、レミィちゃん……また負けちゃった」

 ようやく呼吸が整ってきた空は、悔しさ半分申し訳なさ半分と言った風に気落ち気味に呟いた。

 そして、ベッドからゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 仲間達もベッドから起き上がり、身体を解す者もいれば、先ほどの戦闘を振り返って反省している者もいる。

 そう、ここはシミュレータールーム。

 もうお気付きだろう。

 先ほどの戦闘はシミュレーターを利用した模擬戦である。

 そうでなければオリジナルギガンティック同士……仲間同士での全力での戦闘、
 ましてや皇居護衛が本分であり、その仕事を誇りに思っている茜が皇居を防衛している側に攻撃を仕掛ける筈がない。

 とは言え――

茜「模擬戦でも皇居に向かって攻撃を仕掛けるのは、あまり精神衛生上良くないな」

 ――気持ちはやはり複雑なようで、茜はどこか納得がいかないと言った様子で肩を竦めて嘆息を漏らしている。

???「はーい、みんなー、ちゅーもーくっ!」

 空達がそんな話をしていると、不意に離れた位置から声が上がった。

 全員がそちら……コントロールパネル側に視線を向けると、そこにはほのかとサクラ、クララの三人に加え、明日美が座っている。

 声を上げたのはほのかのようで、彼女は掲げた手を軽く振って注目するように促していた。

ほのか「じゃあ、先ずはさっきの防衛戦を想定した紅白戦の戦闘結果の報告からね。

    攻撃側の白組、隊長機、および随伴一機が撃墜。二機小破、一機無傷。
    防衛側の紅組、隊長機、随伴二機が中破、二機小破。
    防衛拠点の皇居正門は無傷、よって紅組の勝利」

 ほのかが模擬戦の結果を告げると、彼女達の背後の大型モニターにその戦績が映し出されてゆく。

空「あ、アハハハ……」

 紅白戦で白組の隊長を務めていた空は、殆ど惨敗を言って良いほどの評価に乾いた笑いを漏らす。

レミィ「やっぱり撃墜は私達だけか……ハァ」

 レミィも情けないやら悔しいやらと言った風に肩を竦め、盛大な溜息を交えて呟く。

 201と204の横についた“LOST”の文字の点滅が目に痛い。
436 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:38:40.70 ID:td6LGtrLo
サクラ「それでも、白組は唯一無傷で役目を果たし続けたフェイとアルバトロスは凄いですね」

クララ「うん、あと美月ちゃんとクライノートもね。
    クァン君達とカーネルを短時間で中破まで追い込んでるもの」

 サクラとクララは映像で戦況を再確認しながら、そう言って顔を見合わせた。

 フェイとアルバトロスは終始優勢で瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノを足止めし続け、
 美月とクライノートもクァンとマリア、それにカーネル・デストラクターを休むことのない連続攻撃で押し留めたのだ。

フェイ「私の場合、機体特性もありましたが、
    マッチアップしていた天童隊員の頭上と言う有利な位置を取れた事が大きな要因でした」

瑠璃華「正直、一対一での対空戦は私とチェーロ・アルコバレーノの課題だな……。
    改良案もさっさと考えないと」

 淡々と呟くフェイに、瑠璃華も思案気味に呟く。

クァン「まさか、片腕を持っていかれると思わなかったよ」

マリア「この模擬戦でどんどん腕あげてるじゃん、美月」

美月「………恐縮です」

 クァンとマリアからの賞賛に、美月は褒められ慣れていない事もあって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

明日美「最終的な勝利は紅組だったけれど、全体的な戦況では白組有利だった、と言えない事も無いわね」

 明日美はそんな様子を見渡しながら、どこか感慨深げに呟いた。

ほのか「確かに……エールとヴィクセンが撃墜された事で最終的な被害は白組が上回ってますけど、
    隊長機を除いた各メンバーの被害量の比較だと紅組の方が被害は上と言う事になりますね」

サクラ「戦況が五分で推移していたのは本條小隊長と藤枝隊長の戦闘くらいで、
    他は基本的に紅組側が優勢でしたからね」

 ほのかがそう思案げに漏らすと、サクラがその後を引き継いで言った。

 小破、中破、大破、撃墜の順に一から四の段階で数字を当て嵌めれば、
 白組は撃墜二と小破二で十、紅組は中破三と小破二で八となって被害は少なく見える。

 だが、隊長機同士の戦闘結果を除外した場合は白組は二、紅組は六と、実に三倍もの差となるのだ。

 ヴィクセンの撃墜の被害……被害度四を追加しても六対六と互角である。

クララ「けど、それって本條隊長とクルセイダーが圧倒的って事になるんじゃないかな?」

 しかし、サクラの隣で考え込んでいたクララがあっけらかんと言い放ち、空とレミィはがっくりと肩を竦めた。

 そう、三倍もの被害を一機でひっくり返したのは、他ならぬ臣一郎とクルセイダーだ。

 仲間達の十全な援護を最後まで活かし切れなかった事、
 しかも殆ど捨て身の戦法まで使ったと言うのに攻め切れなかった事は大きい。

 ちなみに、作戦が成功していれば発射直前にヴィクセンを切り離し、
 レミィ達には射撃有効範囲から離れてもらうつもりでいた。

 だが、予想以上に動く臣一郎とクルセイダーに翻弄されて、
 最後の切り離し前にヴィクセンが撃墜されてしまったのである。

臣一郎「だけど、本当にギリギリまで追い込まれたのは今回が初めてだ。
    朝霧副隊長もヴォルピ君もそんなに気を落とさないでくれ」

 気落ちした様子の空とレミィに、臣一郎は宥めるように言った。

 臣一郎の言葉は本心だ。

 クルセイダー……デザイアがアレックスの晩年に第二世代オリジナルギガンティックとして完成してから大凡四十年。

 いかなるイマジンもギガンティックも、起動中のクルセイダーに中破以上の手傷を負わせた事は無い。

 それは先々代の一征、先代の勇一郎から一貫してだ。

 クルセイダーが大きな損傷を負ったのは、
 60年事件のパレード中、起動前に集中攻撃と絨毯爆撃を受けたただ一回だけである。

 正に“無敵の衛士”だ。

 そのクルセイダーを相手にほぼ一対一で肉迫し、中破まで追い込んだ上、
 奥の手のブラッド・プリズンまで発動させたとなれば大金星と言って差し支えない。
437 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:39:23.85 ID:td6LGtrLo
美月「ソラ、レミィ、どんまい、です」

 美月も落ち込む二人を励まそうと両手に握り拳を作って、大人しい彼女なりに精一杯力強く言った。

 こちらは特に根拠無く、単に励ましたいだけだろう。

明日美「二人の言う通り、そこまで落ち込む事もないわ」

 明日美は不意に立ち上がってそう言うと、さらに続ける。

明日美「今回の合同訓練に於いて、あなた自身の総合戦績は決して恥じるようなモノではないわ」

クララ「実際、三日間の行程で空ちゃんの戦績は茜ちゃんと並んで個人三位だしねぇ」

 落ち着いた様子で言った明日美の言葉を補足するように、クララがあっけらかんと言った。

 一対一の個人戦リーグに於いて、上位は臣一郎、風華、そして空と茜の四人だ。

 そこから下にクァン、レミィ、美月、フェイ、瑠璃華、マリアと続く。

 他のメンバーの中では、個人成績で振るわなかったとしても紅白戦では大きく貢献している者もいる。

 空は基本的に臣一郎とは違うチームなるよう、明日美が意図的に振り分けていたため、
 団体戦での戦績が振るわなかった事もあって、そこが気になっているのだろう。

 個人・団体の総合で言えば、空の順位は九位と言った所だが、
 これも基本的に臣一郎が意図してマッチアップしていたためだ。

 団体戦の度に撃墜、或いは大破していれば総合成績が振るわないのも無理は無い。

 だが、副隊長……指揮官としての責任感がその低い成績に納得できないのは、また別の話である。

 先ほどの紅白戦も、レミィ自身が庇ってくれた事とは言え、
 結果的に彼女を犠牲にしてしまったのも悔やまれる一因だ。

臣一郎「副隊長としての責任感があるのは良い事だ。
    けれどそれだけに囚われるのも良くない事だよ」

 空のその辺りの気持ちを察してか、臣一郎は窘めるように言った。

 実際、自分が空の立場ならば落ち込まずにいるのも難しい。

空「本條隊長……」

臣一郎「僕も今の役職について数年だが、それでも色々と見えて来た事もある」

 怪訝そうな空に、臣一郎は言い聞かせるように語りかけ、さらに続ける。

臣一郎「隊長と言うのは大きく分けて二つのタイプに分類される。
    一方は君のお姉さんのように仲間達を引っ張って行くタイプ、
    もう一方は仲間にもり立ててもらうタイプだ」

空「引っ張って行くタイプと、もり立ててもらうタイプ……」

 臣一郎の言葉を反芻しながら、空は考え込む。

 確かに、仲間達の様子や生前の姉の様子を見聞きする限り、亡き姉は仲間達を引っ張って行くタイプだったに違いない。

 自分も、確かな実力と統率力に裏打ちされるかのような、そのタイプに憧れがある。

 臣一郎も恐らくはそのタイプであろう。

 だが――

臣一郎「僕は典型的な後者のタイプでね……」

空「えっ!?」

 ――臣一郎からの思わぬ一言に、空は素っ頓狂な声を上げてしまった。
438 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:06.31 ID:td6LGtrLo
 空の反応が予想通りだったのか、臣一郎は苦笑いを浮かべてさらに続ける。

臣一郎「考えてもみてくれ。
    機体は確かに強いが、その性能を十分に発揮するためには、
    ブラッド貯蔵施設を埋設している皇居正門から離れられないんだ」

 臣一郎はそう言って肩を竦めた。

 無敵に見えるE.B.G.Sも、絶えずブラッドを供給できなければ機体が動作不能に陥ってしまう。

 その上、貯蔵施設は規模が大きければ維持費も膨大で、幾つも増設するワケにはいかない。

 結果的にクルセイダーは正門前から動けないギガンティックとなってしまっているのだ。

臣一郎「まあ、普段から置物同然だからね……。
    だからこそ部下達や妹達に頑張って貰っているワケで、
    回りにもり立てて貰わないと僕は隊長としてはやっていけないんだよ」

風華「私も、みんなにもり立てて貰わないと駄目な方かなぁ」

 苦笑いを浮かべた臣一郎に続いて、風華が肩を竦めて呟く。

 確かに、ギガンティック機関の前線部隊は風華と空を中心に纏まっているが、
 どちらかと言うと仲間達が風華と空を隊長・副隊長としてもり立ててくれている部分が大きい。

臣一郎「僕も仲間を引っ張るタイプの隊長には憧れるが、
    そうやって自分に合わない事を目指すのは努力とは違うんだ」

空「努力とは違う……?」

 窘めるような臣一郎に、空は訝しげに訪ねる。

臣一郎「なりたい物を目指すのは努力ではあるんだ。
    だけど……自分に出来ない、自分だけでは出来ない事に自分の力だけで立ち向かうのは違うんだよ」

茜(耳が痛いな……)

 兄の言葉を聞き、一人で抱え込んで憎しみに囚われていたかつての自分を思い出し、
 茜は肩を竦めた。

 そして、それは空も同じだ。

空「自分だけでは出来ない事……」

 空はその言葉を反芻しながら、確かに、と納得する。

 一人で抱え込んでは耐えきれなくなり、親友達や仲間達に幾度も迷惑をかけた。

 だが、今は少しづつでも成長しているつもりだ。

 それでもまだ、他人から見れば自分は背負い込み過ぎなのだろう。

 となれば、これは自分の性分だ。

 三つ子の魂百迄と言うが、持って生まれた、物心つくまでに培った性分と言う物は早々治るものでもない。

 難しい物だ、と空が唸っていると臣一郎が苦笑いを浮かべた。

臣一郎「あまり難しく考え込む事でもないよ……。
    答はいつだって見えていないだけで、案外、既に自分の中にあるものだ」

空「見えていないだけで、自分の中に……」

 空は三度、臣一郎の言葉を反芻すると、自らの胸に手を当てる。

 答は自分の中にある、と言う感覚は分からないでもない。

 事実、昨年末に荒れていた時も、自分の中にある答を見出せたからこそ、今もこうしてここにいられるのだ。

 今回も、そうやって自分の中にある物で見出して行くべき、と言う事だろうか?

臣一郎「自分自身や仲間達と向き合って行く内に、自然と分かる物さ」

 まだ悩んでいる様子の空に、臣一郎はそう言って爽やかな笑みを浮かべた。

 風華も穏やかに微笑んでいる所を見ると、どうやら彼女は自分自身の答えは既に見付かっているようだ。
439 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:53.24 ID:td6LGtrLo
風華「明後日からしばらくは派遣任務もあるし……改めて自分自身と向き合うチャンスなんじゃないかしら?」

 風華は柔らかな笑顔のまま、そんな提案を持ち掛けた。

 派遣任務……件の軟体生物型イマジンがメガフロート各地に産み落として行った卵の探索と処分の事だ。

 もう一ヶ月も前になる卵嚢群発見など記憶に新しい所だろう。

 美月が加わった事で班編制も改められ、本来ならばクァンとマリアが二回連続で遠征に行く予定だったが、
 今回は空と美月の班とレミィとフェイの班が遠征に行く事になっていた。

 本部に五人のドライバーが残る事で即応力も以前とは段違いだし、
 何より、ヴィクセンとアルバトロスの性能が向上した事によって前述のような新編成も可能だ。

美月「ソラと一緒に頑張ります」

 美月は、派遣任務とは言え初めての出撃と言う事もあり、どこか熱の篭もった様子で言う。

 ふんす、と言う鼻息まで聞こえて来そうな気合の入れ様だ。

茜「そうか……しばらくは離れ離れになるんだな」

 だが、そんな気合十分と言った美月とは逆に、茜は少し寂しげな表情を浮かべた。

美月「あ……」

 美月もその事に気付くと、空と茜を交互に見遣る。

 その動きは次第に早くなり、表情もみるみる内に曇って行く。

 道具としての扱いばかりを受けて来た生活から、改めて人間らしい扱いをされる生活と環境の中で、
 急速にあるべき表情と感情を取り戻しつつある美月は、それまでの反動もあってか、
 とても繊細で寂しがりの甘えたがりな本性が表れつつあった。

 泣き出しそうな表情で空と茜を交互に見遣っているのは、どちらか一方と離される寂しさもあるが、
 だからと言ってどちらか一方を選ぶ事も出来ないジレンマに苛まれているのだ。

 難儀な物である。

瑠璃華「美月、美月〜」

 そんな美月の様子を見かねてか、瑠璃華が手招きで彼女を呼ぶ。

美月「?」

 困った表情のまま首を傾げた美月は、トボトボと瑠璃華の元に歩み寄る。

 だが、瑠璃華は少し悪戯っ子のような表情を浮かべると、そんな美月の耳元で何事かを囁く。

瑠璃華「………? 成分? 補給? それは何ですか、ルリカお姉さん?」

 瑠璃華の言葉に美月は、キョトンとした様子で首を傾げた。

 ルリカお姉さん……美月は同計画で生まれた直接の姉である瑠璃華をそう呼んでいた。

 と言うより、瑠璃華が胸を張って姉として名乗り出たため、そう呼ばされていたとも言うが……。

 まあ、同じ人物同士から提供された卵子と精子をベースに使っているのだから、
 美月にだけ著しい遺伝子調整が為されていても、二人は間違いなく姉妹である。

 閑話休題。

瑠璃華「細かい事は気にしなくていいから、言われた通りにやってみるといいぞ」

 キョトンとした様子の妹に、瑠璃華は悪戯っ子の笑みを浮かべたまま、美月を茜の方に向けて歩かせた。

マリア「………ああ、そう言う事」

 途中、瑠璃華の企みに気付いたらしいマリアが、一瞬噴き出しそうな表情を浮かべた後、
 瑠璃華と同じくニンマリとした笑みを浮かべる。

 そして――
440 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:41:39.12 ID:td6LGtrLo
美月「アカネ……」

茜「ん? ど、どうした?」

 改まった様子の美月に、茜はどこか緊張した様子で返す。

 すると、不意に美月は茜の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

茜「み、み、美月!?」

 突然の美月からの抱擁に、茜は驚きの声を上げる。

 だが、美月は構わず、頬ずりを始めた。

茜「ふおぉぁぁぁぁ………!?」

 友人の突如の大胆な行動に、その原因が瑠璃華にある事も忘れて茜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ドライバーの正式な装備とは言え、身体のラインがはっきりと出るインナースーツを着た
 少女と幼い少女が密着している様と言うのは、なかなかどうして目のやり場に困る物だ。

 臣一郎は妹とその友人の様を微笑ましそうに見ているが、クァンなどは慌てて目を逸らしている。

美月「えっと……一ヶ月分のアカネ成分を補給しますから、
   アカネも一ヶ月分の私成分を補給してください?」

 美月は思い出すようにそう言って、どこか恥ずかしそうな上目遣いで言った。

レミィ「純粋な子供に何を吹き込んでいるんだ、お前は?」

 レミィは心底呆れた様子で言って、ジト目で瑠璃華を見遣る。

 当の瑠璃華はどこか自慢げな様子で胸を張っており、レミィの呆れの視線など何処吹く風と言った様子だ。

茜「る、瑠璃華ぁっ! 美月に妙な事を教えると怒るからなぁっ!」

フェイ「本條小隊長、譲羽隊員を抱き締めながら仰っても説得力がありません」

 怒声を張り上げた茜だが、フェイの言葉通り、
 頬ずりを続ける美月を抱き締めながらでは説得力など皆無である。

臣一郎「いや……本当に妹が明るくなってくれて僕も嬉しいよ」

空「あ、あの、本條隊長? 茜さん、あっちですよ?」

 凍り付いたように微動だにしない笑顔を向けてしみじみと語る臣一郎に、
 空はたじろぐように返す他なかった。

 その臣一郎の傍らでは、どうしたらいいものかと風華が慌てふためいている。

 最早、どんちゃん騒ぎの様相を呈して来た。

クララ「途中まではいい話っぽい感じだったんだけどなぁ……」

サクラ「何だか、もう収集がつかない雰囲気ですね」

 空達の様子を傍目に見ていたクララとサクラは、顔を見合わせて肩を竦める。
441 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:42:17.83 ID:td6LGtrLo
 一方、明日美はと言えば、この収集のつきそうにないどんちゃん騒ぎを、
 どこか目を細めるようにして眺めていた。

ほのか「司令、注意しなくても宜しいんですか?」

明日美「一通りの演習が終わったのだから……今は殆どオフのような物よ。
    羽目を外しすぎないならメリハリも必要でしょう」

 ほのかが怪訝そうに尋ねると、明日美は穏やかな様子でそう答えた。

 そして、さらに続ける。

明日美「……それにしても十人も揃うと賑やかね」

クララ「それは……まあ若い子が多いですからねぇ」

 感慨深く呟く明日美に、クララは空達を見渡しながら返した。

 クララも今年でまだ二十四と若いが、年上なのは今年で二十五の臣一郎だけで、
 他はみな年下ばかり……大半は十代だ。

 自分よりも長く機関に所属しているドライバーもいるので忘れがちだが、
 十代半ばの少年少女が命がけで戦っていると思えば、こうしてオンオフの切り替えるのも重要なのだろう。

 だが、明日美の言葉の真意は別にあった。

 彼女が現役のドライバーだった頃は、自分を含めてたったの五人しかドライバーがいなかったのだ。

 それも、常にロイヤルガードの責務として皇居正門にいなければならない勇一郎を除けば四人だけ。

 たった四人で残った人類を守らなければならなかった緊張の度合いを思い返せば、
 多くの仲間達と支え合い、笑顔まで見せてくれる今の若い世代が、羨ましくも眩しく写るのである。

 そして、それは幼き頃に憧れた亡き母達……旧対テロ特務部隊への憧憬に似た感覚でもあっただろう。

ほのか「さて、と……じゃあ私達はみんなが骨休めをしている間に、気合を入れて今回の模擬戦データを纏めましょう。
    クララも今回分のフィードバックお願いね」

サクラ「はい、主任」

クララ「は〜い、チャチャッと終わらせちゃいましょ」

 ほのかの提案にサクラとクララは笑みを交えて頷き、三人は今回の模擬戦で得られたデータの分析を始めた。

明日美(そろそろ、次のチーフ候補の選定かしら、ね……)

 明日美は横目で三人の様子を頼もしげに見遣ると、そう胸中で独りごちる。

 そして、再び空達に視線を向けると、ようやく落ち着きを取り戻して来たのか、
 談笑混じりの模擬戦の講評に戻りつつあった。


 このロイヤルガードとの合同演習が終わった二日後、空達はそれぞれの派遣先へと出発して行った。
442 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:03.40 ID:td6LGtrLo
―3―

 合同演習から十日後、8月17日、土曜日。
 第四フロート第二層第五街区、中東・中央アジア文化保全エリア――


 中東や中央アジア各国の文化遺産、遺跡などを移築、
 模造した数々の建造物が建ち並ぶ観光地に空と美月は訪れていた。

 派遣任務の日程のおよそ三分の一が終わり、既に都合三度ほど卵嚢や卵の処理を終えた空達は、
 エール達の長期整備に入る二日間を利用した短い休暇を与えられたのだ。

 無論、単なる観光目的だけではなく、人と会う約束をしての事だった。

美月「………」

空「もうちょっとで待ち合わせの場所だから」

 多くの観光客で溢れかえる街中で手を繋ぎ、
 無言ながらもワクワクした様子で着いて来る美月に、空はそう言って笑顔を向ける。

 美月は嬉しそうに“はい”と頷く。

 空が待ち合わせをしている相手とは、真実達三人だ。

 真実達は夏期集中講習を終え、
 受験への追い込み前の気晴らしと卒業前の思い出作り第一弾として観光に来ているのである。

 美月も、ギガンティック機関入隊前からの空の友人達と会えるのが楽しみなのだろう。

クライノート『美月、はしゃぐ気持ちも分かりますが、足もともしっかりと見ないと転びますよ?』

美月「分かりました、クライノート」

 諫めるクライノートの言葉に応える声も、口調こそいつも通りに丁寧で落ち着いているが、
 その声音はどことなく弾んでいように聞こえる。

 空は傍らの美月を微笑ましそうに見遣った後、軽く辺りを見渡した。

空(えっとE2−005の14−01−06ってこの辺りだよね……カフェは……?)

 空は事前に待ち合わせ場所に指定されていた住所を思い出しつつ、
 携帯端末で地図情報と位置情報を確認しながら目当てのカフェを探す。

 歩きながらカフェを探していると、すぐにそれらしき建物が見えて来た。

 寺院に面した目抜き通りの目立つ位置にある、洒落た雰囲気のオープンカフェだ。

 しかし、聞かされていた特徴よりも空がそこを待ち合わせの場所だと一目で理解できたのは、
 店にほど近い席に座る親友達の姿を見付けたからだった。

 どうやら真実達もこちらに気付いたらしく、佳乃などは大きく両手で手を振っている。

空「うん、美月ちゃん、ここだよ」

美月「は、はい」

 空は佳乃に軽く手を振り返しながら美月に語りかけるが、
 対する美月はいざ目の前にした途端、緊張した様子で声を上擦らせた。

 空の友人に会える事には期待していたが、いざ初対面の人間と会うとなると緊張してしまうのだろう。

 空や茜とは物怖じなど感じられない頃から何度も会っていた事があったのと、
 他のドライバーやオペレーター達はひっきりなしの自己紹介で驚く間も無かったので上手くいったが、
 今回のように自らの足で会いに行くのは美月にとっても初めての経験で、いざとなって緊張が勝ってしまったのだ。

エール『大丈夫……みんな優しい子だよ』

 言葉を失っていたとは言え、幾度も空と真実達のいる場に付き添っていたエールは、
 美月を安心させようとしてそう言った。

美月「……はい、が、頑張ります」

空「うん、頑張ろうね」

 エールの言葉を受けて気を取り直した美月に、空も優しく微笑む。

 どこをどう頑張るかはともかく、
 最近ではお決まりになって来た美月の“頑張ります”の――
 要はいつもの調子に戻ったのだ――一言に、空も安堵する。
443 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:43.74 ID:td6LGtrLo
 二人がテーブル近くまで行くと、いの一番に飛び出して来たのは佳乃だ。

佳乃「おっす、空!」

空「佳乃ちゃん、久しぶり! 雅美ちゃんも真実ちゃんも」

 声を弾ませる佳乃に空も嬉しそうに応え、雅美と真実にも視線を向ける。

雅美「お久しぶりです、空さん」

真実「お久しぶり……と言っても、前に会ってから二ヶ月も過ぎていないのだけれどね」

 にこやかに返す雅美と、どこか皮肉っぽく返す真実。

 確かに、以前に直接会ったのは先々月の下旬……風華達が派遣任務に出発し、
 茜達が出向して来る前日の事だ。

 だが、短い期間にあまりにも多くの事が起こり過ぎたので、
 もう一年以上前のような気がしないでもない。

佳乃「まあ、細かい事はいいじゃん。
   ……んで、その子が連れて来るって言ってた子か?」

 佳乃はあっけらかんと言い切ると、空から半歩下がった位置にいる美月を、
 空の肩越しに覗き込むように見て尋ねた。

空「うん。……ほら、美月ちゃん、ご挨拶」

美月「は、はい……。

   み、美月・フィッツジェラルド・譲羽……です。
   よろしくお願いします」

 空に促され、美月は照れたような戸惑いと緊張の入り交じった様子で自己紹介をすると、
 深々とお辞儀する。

佳乃「ふぃ、フィッツジェラルド・譲羽!?」

 対して、佳乃は驚愕の声と共に仰け反った。

 雅美も真実も驚いたように目を丸くしている。

美月「? ???」

空「ああ、やっぱりそうなるよね」

 三人の反応に同じように目を丸くする美月と、親友達を交互に見遣りながら、空は苦笑いを浮かべた。

 現代社会に於いてフィッツジェラルド・譲羽のネームバリューは絶大である。

 かく言う空も、姉の死から間もない時に訪れた明日美に仰天した程だ。

 空は美月の出自の詳細は伏せながらも、司令である明日美が後見人として預かっている少女だと説明する。

 すると、三人もようやく落ち着きを取り戻した。

佳乃「しっかし驚いたなぁ……。
   小さい子が来るとは聞いていたけど、まさかこんな小さな子供だったなんてな」

 佳乃は美月の姿に感慨深げに呟きながら、飲み頃の温度になったチャイを一口飲み干す。

雅美「ただ……見た目より幼く感じますね」

真実「ええ、何となくですけど、歩実と同じくらいに感じられますわ」

 雅美に同意するように真実も頷く。

空「うん……まあ、色々あったから」

 空は傍らに座る美月に横目で視線を向けながら、どことなく言葉を濁し気味に呟いた。

 流石に、元々はテロリストの尖兵として使い潰される所まで働かされていた、
 などと街中でストレートに語るワケにもいくまい。
444 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:44:27.47 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、当の美月は、チャムチャムと呼ばれるインドのお菓子を頬張りながら、
 心の底から幸せそうな笑みを浮かべている。

 チャムチャムとは煮詰めた牛乳をシロップで漬け込んだ生菓子の“ラスグーラ”を、
 牛乳と砂糖をベースにカルダモンとピスタチオで風味と食感を整えた“バルフィ”の生地で包んだ甘いお菓子だ。

 これに限らず、インドのお菓子は甘味の強い物が多いのだが、菓子類とは無縁な時期が長かった美月には、
 ともすれば辟易しかねない強い甘味も、幸せの味に感じられるのだろう。

美月「ソラ。これはソラも作れますか?」

空「う〜ん……クッキーならともかく、こう言うお菓子はちょっと難しいかな?」

 期待の眼差しを向けて来る美月に、空は申し訳なさそうに言って“ごめんね”と付け加えた。

 料理が得意と言っても、空の場合はあくまで自炊の範囲だ。

 今日、初めて見たお菓子を作るのは難しい。

佳乃「ん? チャムチャムなら作れるぞ?」

美月「本当ですかヨシノ!?」

 やや首を傾げ気味に言った佳乃に、美月は驚きの声を上げる。

佳乃「ん、さすがにこの店と同じ味、ってワケにはいかないが、
   ちょいと甘さ控え目にしてラッシーにも合う感じで作れるぞ」

 佳乃は自信ありげに言って、空も飲んでいるヨーグルトドリンクに視線を向けた。

 さらに“お望みなら甘さマシマシ、ってのも行けるぞ”と付け加える。

美月「マシマシマシでお願いします」

 佳乃の言葉を聞きながら目を輝かせた美月は、そう言って僅かに身を乗り出した。

 関係無いかもしれないが、マシが一つ多いのは興奮の余りなのか何なのか……。

真実「何だか、もっと小さな頃の歩実を見ているみたい……」

 子供然とした純粋な振る舞いをする美月に、
 真実はふと、家で留守番しているであろう妹の事を思い出して目を細めた。

 その視線にはどこか妹にも向ける慈しみのような物が見て取れて、空は不意に違和感にも似た物を覚える。

空「真実ちゃん、何かあった?」

 空は思わず、その疑問を口にしていた。

雅美「そう言えば、ここ数日、どことなく憑き物が落ちたような雰囲気でしたね……」

 雅美も気になっていたのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

 佳乃も美月とお菓子の話題で盛り上がりながらも、意識はこちらの話題にも向けているようだ。

 そして、普段なら“何もありませんわ”とだけ言ってそっぽを向いてしまう真実も、
 今日はいつもとは違う様子で、どこか神妙な……だが優しそうな面持ちで笑みまで浮かべている。

真実「先月からずっと仕事で家を空けていた父が、十日前に久しぶりに帰って来まして……。
   それで……色々とあった、と言う事ですわ」

 真実はどこか遠くを見るような眼差しで、思い出すように語り出した。
445 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:13.64 ID:td6LGtrLo
 十日前の夜。
 メインフロート第七層第一街区、瀧川家――


 長く対テロリスト戦における工作部隊責任者の任を勤め上げた真実の父は、
 事後処理を後続の部隊に引き継ぎ、殆ど一ヶ月ぶりに自宅へと戻っていた。

母「ごめんなさいね、真実。受験勉強で忙しいでしょうに……」

真実「構いませんわ。
   久しぶりに父様が帰ってきたんですもの、たまには家の事も手伝わないと」

 最初は母を手伝い、にこやかに夕飯の準備をしていた真実だったが、
 夕飯の時間が間近に迫った所で現れた祖父の姿に、僅かに身を強張らせる。

 真実の家……瀧川家は古くから続く軍人の家系であり、二次大戦後も一族から多くの自衛官を輩出し、
 三次大戦の終戦前後も再編されたNASEANの軍人としてイマジン事変の対処にも当たっていた。

 前当主である真実の祖父は正一級市民で魔力も高く、
 イマジン事変の際してはパワーローダーやギガンティックを駆って前線で戦い続けた猛者である。

 退役したとは言え、激動の時代を全力で生き抜いた彼は軍人としてのプライドが高く、
 準二級市民……実質三級市民から妻を迎えた息子――真実の父――や、
 そのその妻である真実の母とは折り合いが悪い。

 また、真実にとっては魔力覚醒を迎える四歳の頃までは好々爺然とした祖父であったが、
 魔力覚醒後はあまりに低い魔力に見切りを付けたかのように冷たくあしらわれるようになっていた。

 そんな祖父に対して、早くに祖母を亡くし、祖父に男で一つで育てられた父だったが、
 祖父の薦めるお見合いを蹴ってまで母と添い遂げた事もあって強く言い返せず、
 瀧川家は祖父を中心とした悪循環に陥っていた。

母「………真実、歩実とお父様を呼んで来てくれるかしら?」

 祖父に対して複雑な思いのある娘を慮ってか、
 母は真実に笑顔でそう言ってこの場を一時的にでも離れるように促す。

真実「……はい」

 真実も母の気遣いは嬉しかったが、仲の悪い……と言うよりも、
 一方的に祖父から嫌われている母をその場に残すのが心苦しく感じながら、
 どこか申し訳なさそうに頷いて父と妹を呼びに出た。

 そして、それから半刻もしない内に夕飯となった。

 瀧川家の夕食は静かだ。

 少し大きめの円卓に、時計回りに祖父、父、母、真実、歩実の順で座る。

 不機嫌そうな表情を浮かべた祖父に畏怖するような食事風景。

 真実も十年近く続いた光景に慣れた、と言うより、最早、麻痺していたと言ってもいい。

 それでも、歩実が物心ついてから数年の間は、僅かにその雰囲気も和らいでいた。

 だが、それもやはり、歩実が魔力覚醒を迎え、彼女の資質が二級市民程度であると分かった時点で、
 やはりそれ以前の……今も続くこの重苦しい雰囲気へと戻ってしまったのである。

歩実「あ、あの、お祖父様……」

 不機嫌そうな祖父の気持ちを和らげようと声をかけた歩実だったが、
 無視を決め込む祖父にすぐに顔を俯けてしまう。

真実「歩実、お祖父様は静かにお食事をしたいの……邪魔をしてはいけませんわ」

 真実は気落ちする妹に目配せしながら、そう注意した。

 歩実も真実の言いたい事は分かっているのだろう。

 気落ちした様子ながらも“はい”とだけ応えて、食事を続けた。

 久しぶりに父のいる食卓だと言うのに、雰囲気は暗い。
446 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:58.58 ID:td6LGtrLo
 だが――

父「そう言えば……仕事先で、真実、お前のお友達の朝霧さんに会ったよ」

真実「空……朝霧さんに?」

 少しでも雰囲気を明るくしようと不意に口を開いた父の言葉に、
 真実は驚いたように返した。

 呼び捨てにしようとして苗字にさん付けで言い直したのは、
 祖父に妙な揚げ足を取られないようにするためだ。

父「たまに泊まりに来ていたのは知っていたが、
  ああやって面と向かって話したのは初めてだったな。
  礼儀正しい……いや、違うな……うん、気持ちの強い、良い子だね」

 父は以前、空と会って話し込んだ時の事を思い出しながら、どこか感慨深げに言った。

真実「はい……」

 真実も父に友人が褒められて満更でも無いのか、どこか嬉しそうに頷く。

 だが、その後がいけなかった。

歩実「空お姉ちゃん、ギガンティック機関のドライバーさんで、すごく強いんだよ」

 何度も良くして貰い、八ヶ月ほど前には命も救ってくれた空の事を、
 歩実はこの年頃の子供らしい自慢げな口調で讃える。

 その瞬間、無言で食事を続けていた祖父が、ピクリと眉根を震わせた。

祖父「ふん……機関のドライバーなんぞに媚を売りおって」

 そして、忌々しげに声を吐き出す。

真実「ッ!?」

 小声で呟いた祖父の言葉だったが、静かな食卓では十分に聞き取れる大きさで、
 真実はその言葉に息を飲んだ。

 祖父に軍人として譲れない誇りがあり、ただ選ばれたと言うだけで最前線に立つ事が出来る――
 “最前線に立たなければいけない”と言う義務は除いた上で、だ――彼女達は、
 祖父にとってはちやほやされているアイドル程度の認識なのだろうし、
 同じような見方をする人間も少なくはない。

 真実自身、確かに空とはかつて、険悪な時期があった。

 それも、こちらが一方的な嫌悪感で彼女に突っ掛かって行っていたのだ。

 だが、去年の四月、空が海晴を失う事となったあの日、
 紆余曲折あってお互いの胸の内を打ち明け合って、自分と空は友人になれた。

 互いに友人として認め合い、今では親友であると胸を張って言える、
 自分と歩実の命の恩人でもある少女。

 そんな彼女との関係を穢されたような気がして、真実は思わず立ち上がっていた。

 だが、すぐに気を鎮めて椅子に座り直す。

 抗議すれば、折角、一ヶ月ぶりに帰って来た父のいる食事が、
 自分と祖父との口論でメチャクチャになってしまう。

 そうしないためには、祖父が間違っていようと自分が折れる他ない。

 それが十年以上の経験で真実が学んだ、我が家での処世術だった。

 だが、その日の祖父は虫の居所が悪かったのだろう。

 真実が折れたにも拘わらず、さらなる暴言を吐き出した。

祖父「出来損ないしか産まない女に似て、自分より能力の高い者に媚を売るのは上手いようだな……」

 聞こえるような声で呟いた祖父の声は、和気藹々とはしていなかったが、
 それでも久しぶりの一家揃っての食卓を凍り付かせるには十二分だった。

 母は泣き出しそうな顔を手で覆い、母を侮辱され、
 命の恩人まで悪く言われた歩実も今にも泣き出しそうだ。

 こう言う事が、稀によくあるのだ。

 虫の居所が悪いと、最悪の言葉を口にして場をメチャクチャにして、
 祖父はそのまま中座し、真実はむせび泣く母を慰め、泣き出した妹を宥め、
 父は無力感に苛まれるように項垂れ続ける。
447 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:06.57 ID:td6LGtrLo
 それでも、今日の祖父の暴言はいつになく酷いものだった。

父「……いい加減にしてくれないか、親父っ!」

 普段ならば項垂れていた筈の父が、仕事から帰ったばかりの疲労を押し、
 立ち上がって声を荒げるのも無理も無いほどに……。

 温厚で、家では声を荒げた事すらない父が上げた怒鳴り声に、真実は思わず驚いて目を見開く。

 泣き出しそうだった歩実も、茫然と父を見つめている。

母「や、やめて下さい、あなた」

父「止めないでくれ……。もう、もうたくさんだっ!」

 必死に宥めようとする母の静止を努めて優しく振り切り、父は祖父に向き直った。

父「親父の薦める見合いを蹴って彼女と籍を入れたのは俺が悪かった……。
  だけど、親父の言い方は酷い……いや、酷いなんてものじゃない!

  真実と歩実は……親父の孫だろう!?
  何でそうやって選んだように酷い言葉ばかり言えるんだ!?」

真実「お父様……」

 まくし立てるように祖父に詰め寄る父の姿に、真実も吃驚して呆けたような表情を浮かべてしまう。

祖父「む、ぅ……」

 対する祖父は多少でも悪気はあるのか、押し黙り、小さく唸っている。

父「見合いの件だってそうだ!
  親父が相手の都合も無視して手前勝手に話を進めて、最初から破談同然だったじゃないか!?
  それでも、本当に破談にしたのは俺達だ……だから俺達の事は我慢する事にした!
  真実や歩実にも申し訳ないが……親父の態度がいつか和らぐかもしれないと信じていた」

 父は自分と歩実に申し訳なさそうな視線を向けると、再び祖父に向き直って続けた。

父「小学校に上がってからは一度も友達を連れて来なかった真実が、
  ようやく家に招待するようになった友達に、媚びているだって!?

  魔力と市民階級でしか孫の……人間の価値を計れなくなって、
  真実と歩実自身を見ていないんじゃないのか!?」

祖父「………」

 罵声ではなく正論を浴びせ続ける父に、祖父はもう唸る事すらしない。

父「親父は真実がどれだけ努力しているかも知らないだろう!?

  今、真実は二級以上の子しか通えない小中学校に通っているんだぞ!?
  三級から頑張って準二級になって、二年になる頃には常に上位、今じゃ学年トップだ!

  魔導実技で十分な成績を残せない真実が、
  どれだけ努力すれば学年トップをキープ出来るか分かってるのか!?」

 祖父は本当に知らなかったのだろう、驚いたように真実を見遣る。

 真実も思わず、祖父と目が合う。

 祖父と目が合ったのなど、もう十年ぶりだろうか?

 久しぶりに見た祖父の目は、驚きと戸惑いの色だけが浮かんでいた。
448 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:44.53 ID:td6LGtrLo
祖父「……本当なのか、真実?」

真実「………はい、既に友人達共々、第一女子への学力特待推薦も戴いていますが、
   正々堂々、編入試験を受けようと思っています」

 困惑気味に尋ねた祖父に、真実は視線を外すつもりで目を伏せ淡々と返す。

 学習塾にも行かせてはもらえなかったし、家庭教師を付けてももらえなかった。

 学校側が主催してくれた集中講習などは受けたが、それでも、真実が独力でここまで来たのは事実だ。

 少しでも魔力が上がるように、少しでも魔力の扱いが上手くなるように、
 その努力は学力を上げる以上に辛く、文字通りに血を吐くような努力を要したのだから、
 最後までこの意地と努力を突き通したい。

 既に真実には、編入試験を余裕でパスできるだけの実力がある。

 雅美と試験で競い合う約束もしたが、それ以上に、編入試験に拘るのは真実の意志だった。

祖父「お……ぉ……お……」

 祖父はどう反応して良いか分からず、奇妙な声を途切れ途切れに吐き出すだけだ。

 十年以上、まともに話した事どころか冷たくあしらい続けた孫に、どう接して良いのか分からないのだろう。

 だが、それは逆に“真実が準一級確実”だから関係を修復しようとしているようにしか見えない。

 事実、祖父自身も真実を階級で評価しているに過ぎなかった。

 それを自分で認識しているからこそ、祖父は言葉を発する事が出来なかったのだ。

父「俺も親父に男手一つで育てて貰ったんだ……出て行ってくれとは言わない。
  だけど……もう少し、家族との向き合い方は考えてみてくれ……」

 父はようやく落ち着きを取り戻したのか、そう言うとゆっくりと椅子に腰掛け直した。

 僅かな沈黙の後、祖父は無言で席を断つと部屋へと戻って行った。

 その背中には、普段は隠そうともしない苛立ちは感じられず、どこか居たたまれない様子が見て取れる。

歩実「……お祖父様!」

真実「歩実……待ちなさい」

 追い掛けようと席を立ちかけた歩実を、真実は手を引いて止めた。

真実「……少しだけ、お祖父様を一人にして差し上げましょう」

 真実はそう言って妹を座らせると、“一人きりでないと出来ない考え事もあるから”と付け加える。

 そうして、落ち着きを取り戻して行き、食事は再開された。

 再開した食事は決して楽しい雰囲気ではなかったが、落ち着いた、穏やかな物だった。
449 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:48:31.17 ID:td6LGtrLo
 再び、現在――


真実「……と言う事ですわ」

 思い出すように十日前の夕食の出来事を語り終えた真実は、一息付けるようにマサラチャイを一口啜った。

空「……それで、どうなったの?」

 固唾を飲んで聞き入っていた空は、躊躇いがちに、だが促すように尋ねる。

真実「……三日三晩、部屋に引きこもっていたお祖父様でしたが、
   父の長期休暇が終わる四日目の昼に顔を出して、それまでの事を謝って下さいました」

 真実は肩を竦めて言ったが、口ぶりや仕草とは裏腹に、その表情は穏やかだ。

真実「緊急家族会議まで開いて、あとは、まあ……
   これからは仲良くやっていこう、とお約束の流れですわね」

 続けて言った事の顛末も、やはり口ぶりとは真逆の穏やかな笑みから、彼女の真意が窺える。

 空は真実の様子と、そして何とか収まったらしい瀧川家の騒動の顛末に胸を撫で下ろした。

雅美「何にせよ、無事に……と言うか収まるべき所に収まったんですね」

 雅美も安堵の溜息と共に、安心したような笑みを浮かべる。

佳乃「うん……まあ、良かったんじゃねぇの?」

 佳乃も美月との会話を中断してそうぶっきらぼうに言うが、その声音は僅かに湿っているように感じた。

空「お祖父さんとはその後、どうしたの?」

真実「……まだあまり話はしていませんが、一昨日の朝、お祖父様にもこの旅行に行く事を告げたら、
   “これからも頑張る分、しっかり息抜きして来るように”と仰っていましたわ」

 空の質問に、真実はどこか感慨深げに答える。

 言葉だけを聞けば堅苦しい、義務感めいた物を感じる口ぶりだが、
 十年以上も辛く当たられていた祖父からの言葉としてはそれなりに良い部類なのだろう。

 まだ始まったばかりなのかもしれないが、瀧川家に長年横たわり続けた氷は溶け出しているようだ。

真実「……何と言うか……いいものですのね、誰かから認められると言うのは」

 真実は嬉しそうに目を細め、満ち足りた溜息を洩らす。

 二年生になってからは気の置けない友人達に恵まれ、妹や両親との関係も概ね良好で成績も優秀。

 恵まれた環境に見えて、いや、だからこそ、幼い頃は優しかった祖父の変貌は辛かったのだろう。

 その祖父の態度の軟化が、真実にとってどれだけ大きな比重を占めるのかは想像に容易い。
450 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:49:12.58 ID:td6LGtrLo
美月「誰かから認められる……」

 いつの間にかコチラの話に聞き入っていた美月も、真実の言葉を感慨深く反芻している。

雅美「美月さんには、まだ少し難しい話かもしれませんね」

 雅美はそう言って微笑んだが、美月はふるふると小さく頭を振って否定すると口を開く。

美月「私にも何となく分かります……。
   誰かから認められると……誰かから愛して貰うと、胸が温かくなって凄く幸せです」

 裏切り、利用、暴力、そんなものばかりが蔓延る場所にしか自分の存在意義を見出せず、
 道具として以外の存在意義を許されず、それすらも砕かれた。

 そんな自分の心を救い出して、道具に過ぎないミッドナイト1ではなく、
 一人の人間……美月・フィッツジェラルド・譲羽としての人生をくれたのは、
 空や茜、そしてギガンティック機関の人々だ。

 その事が心から有り難いと思うと同時に、胸の奥から温かな物が溢れそうになる。

 きっと、真実も祖父と仲直りできた時は同じ……胸の奥から温かくなったのだろう。

佳乃「意外と大人っぽいって言うか……しっかりしてんだな、美月」

雅美「そうですね……先ほどの失礼な発言、訂正させていただきます、美月さん」

 驚いたような佳乃の言に続いて、雅美はそう言って頭を下げた。

美月「ありがとうございます、ヨシノ。
   それに、ミヤビも謝らないで下さい」

 褒められている事が分かってか、美月は少し照れた様子で佳乃に感謝し、
 頭を下げた雅美にも恐縮気味に返す。

 そんな友人達の様子を見渡しながら、空は目を細める。

真実「どうしましたの、空?」

空「うん……美月ちゃんを連れてみんなに会いに来て、良かったな、って」

 怪訝そうに尋ねる真実に、空は嬉しそうに目を細めたまま答えた。

 美月を連れて来た事は……真実達に会わせたのは、間違いではなかったようだ。

 美月自身、ギガンティック機関内の限られた人間関係だけでなく、
 もっと広い視点や交友関係を持ってくれるかもしれない。

真実「……機会があれば歩実と会わせてみるのも面白いかもいしれませんわね」

空「うん、その時はよろしくね、真実ちゃん」

 思案げに漏らした真実に、空は満面の笑みで頷いた。


 その日、空と美月は夕刻ギリギリまで真実達と観光して回り、夕食を共に済ませてから部隊へと戻って行った。
451 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:12.34 ID:td6LGtrLo
―4―

 空と美月が真実達と会ってから四日後、8月21日水曜日の夜。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 三週間以上前よりも乱雑さを増したその場所で、
 唯一整然とした一角に黒と灰色を基調とした色で塗られた八輌編成のリニアキャリアが鎮座していた。

 八輌の内、後方の二輌は大型ギガンティック輸送用のキャリアなのか、
 拡張ユニットである展開式の大型コンテナが積載されている。

 あとの六輌はやや変わったフォルムを持っているが通常のリニアキャリアのようだ。

 規格的にもそれぞれ全長六〇メートル、全幅一五メートル、全高一〇メートルの大型貨物キャリアの規格だ。

 貨客用規格の構内リニアでないため街中を走る際には制限があるが、地下や外殻の貨物路線なら、
 ギガンティック機関で使われているリニアキャリア同様、問題なく運行する事が出来る。

 そして、そんなリニアキャリアの前に集まる人だかり。

 その中心にいるのは、研究者の一人に“月島”と呼ばれた、あの人物だ。

 月島は前から三輌目にあるリニアキャリアの操縦席と思しき場所への入口へと登ると、
 眼下の研究者や作業員達に振り返る。

月島「諸君……計画発動から二十余年。これまでよく尽くしてくれた」

 月島は感慨深く呟きながら、一人一人の顔を見渡す。

 若い者……二十代、三十代の者など一人もいない。

 どんなに年若くとも四十代、中には老齢とも言うべき者もいる。

 そんな彼ら、彼女らに向ける言葉は衷心からの労いの言葉だ。

月島「諸君らの尽力によって、遂に405……カレドブルッフは完成した。
   しかし、決して私の知識と力だけでは完成しなかっただろう。

   だからこそ敢えてこう言おう、このカレドブルッフは諸君らの尽力によって完成した!」

 月島が高らかに言い放つと、そこかしこから歓声と感嘆の声が上がる。

 カレドブルッフ。

 ウェールズ地方の物語である“キルッフとオルフェン”に登場するアルスル王の剣の名で、
 勇者が持てば一軍すら屠るとされる伝説の剣だ。

 アルスル王はアーサー王物語の原典の一つで、
 その愛剣であるカレドブルッフも聖剣エクスカリバーの原典の一つである。

 月島の演説はさらに続く。

月島「イマジンを討ち破る事が出来たのはアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の生み出した
   ハートビートエンジンを搭載したオリジナルギガンティックのみだった。

   だが、我々は一人の男が作り上げたその常識に……いや、伝説に、遂に風穴を開けた!」

 歓声が高まる中、月島はさらに続ける。

月島「我々が開けた風穴はまだまだ小さな物だ!
   だが、遂に我々は希代の天才の領域にまで手をかけた!

   そして、諸君らの力でこじ開けた風穴は、いつか淀んだ伝説を吹き飛ばす新風を呼ぶだろう!」

 月島が力強く拳を掲げ、高らかに宣言すると、歓声は最高潮に達した。

 止まぬ歓声の中、月島は掲げた拳をゆっくりと下げる。

 それがまるで指揮棒であったかのように、歓声も次第に収まって行く。

 その中で、月島は再び口を開いた。

月島「これはコンペディション……我々が伝説に風穴を開けた事を世界に示す、偉大なる祭典だ!」

 コンペティションとレンディション、競技と演出を合わせた造語がコンペディションである。

 要は第三者に見せる事を前提とした品評会のような物だ。
452 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:49.24 ID:td6LGtrLo
 ユエも多様していたその単語を言い放つ月島は、さらに続ける。

月島「私は405で出発する。
   それを確認したら諸君らは即時に政府に投降したまえ。

   諸君らにはそれぞれ、諸君らの魔力波長によってのみ解除可能なコードを仕込んだ研究資料を予め配布してある。
   それを使って政府と司法取引を行うも良し、企業に売り込むも良し、新たに地下組織を結成するも良し……。
   もし犯して来た罪の重さに耐えきれないならば処分して自害するのも……これからは諸君らの自由だ……!」

 僅かに言い淀みながらも、そう言い切った。

 ある者は戸惑い、ある者は感涙し、ある者は達成感を顔に浮かべ、一人、また一人とその場から去って行く。

研究者「この事を先んじて通報する人間がいませんかね……」

 ただ一人、去るのではなく敢えて月島の元に歩み寄って、小声でそんな事を呟いたのは、
 彼を月島と呼んだ例の中年の研究者だ。

月島「仮に通報した所で、今からでは対処も間に合わんよ……そう言う計画なのだから」

 月島も去って行く研究者や作業員の姿から視線を外す事なく、小声で返す。

月島「君はどうするね?」

研究者「古巣の山路に戻るのも良いかもしれませんが……。
    まあ、この情報を政府に売って、名前と顔を変えて生きて行く事にします。
    どうせ、私は十五年前の時点で死んだ事になっていますし」

 月島の問い掛けに、中年の男はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 古巣の山路、そして、十五年前の時点で死んだ事になっている。

 そう、彼は十五年前に起きた60年事件で占拠された旧技研に取り残され、
 テロリストの手で殺害された事になっていた。

 表向きは、だが。

 茜が閲覧していた古いデータベース上からも抹消され、
 茜の前にも姿を現していないため、今も歴とした“死んだ人間”なのだ。

 美月……ミッドナイト1とは多少の面識があるので、彼女の証言に有用性が認められた場合はその限りではないが、
 それでも今、この世界に彼の居場所は存在しない。

研究者「新人の頃から目をかけていただいた事、
    どれだけ感謝しても足りないほど感謝しています」

月島「君のような才能の持ち主が埋もれてしまう事が、不合理だと感じただけに過ぎないよ、私は」

 感慨深く目を細めた男に、月島はそう淡々と言って肩を竦めた。

月島「大勢の手前、ああは言ったが、この計画がここまで来れた一番の要因は君のお陰だよ。

   君の協力がなければ、“月島勇悟”は七年前の時点で終わっていたんだ。
   “ユエ・ハクチャ”も三十五日前に終わっていた。

   そうなれば私も存在していない……。最大の功労者は間違いなく君だ」

 月島は研究者達から視線を外すと、足もとでリニアキャリアに背を預けた研究者に視線を向ける。

研究者「そんな大層な物ではありませんよ。
    ヒューマノイドウィザードギア……機人魔導兵への意識転写なんて物は、
    グンナー・フォーゲルクロウの時代からあった物です。

    私がやったのは転送されて来る意識がメモリに転写される際、
    誤差が出ないように微調整しただけに過ぎません」

 彼は月島の視線に自らの視線を重ねてそう言うと、どこか照れ臭そうに笑った。

 だが月島は頭を振って、彼の謙遜を否定する。

 ヒューマノイドウィザードギアへの意識転写。

 それこそが月島の……いや、月島勇悟とユエ・ハクチャ、そして、今、この場にいる“月島”の秘密であった。
453 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:51:36.30 ID:td6LGtrLo
 かつて、もう百年以上前にグンナー・フォーゲルクロウは、世界初の機人魔導兵に自身の意識を転写を行い、
 さらに防腐処理を施した自らの皮膚を着せ、機人魔導兵を自分の影武者として魔導研究機関の表舞台に立たせた。

 八十年前の魔導巨神事件の折、影武者のグンナーが死亡した事で、
 七十年前のグンナーショックが起きる時まで本人は地下に潜み続ける事が可能になったのだ。

 月島が行ったのはグンナーの逆。

 本物の月島勇悟が死ぬ事で、
 意識転写を行ったヒューマノイドウィザードギアのユエ・ハクチャを後継としたのだ。

 そして、三十五日前、旧技研での決戦でユエが死亡……いや、消滅する直前に意識を彼の元へと転送し、
 新たなヒューマノイドウィザードギアを肉体として再び月島として甦ったのである。

 自らの肉体、魂すら犠牲にして意識だけで生き延びて来た、おぞましい精神の怪物と言えよう。

月島「長い時間をこのためだけに専心しなければ、
   エナジーブラッドエンジンもカレドブルッフも完成しなかった。

   そう出来たのは君のお陰だと言っているんだ……素直に賞賛を受けてくれ」

研究者「……そうだとしても、あなたの一助手に過ぎませんよ……。
    あなたの偉業に携われた、その事実を賞賛の代わりにしても十分なお釣りが来ますよ」

 言い聞かせるような月島の言に、男は感慨深く返した。

 僅かな沈黙の帳が、二人の間に落ちる。

月島「……そうか」

 だが、その沈黙は自嘲気味な月島の言葉によって破られた。

 そして、月島はさらに続ける。

月島「君にはこの事件の真相、その全て情報を託してある。
   それだけは必ず、然るべき人物に届けてくれたまえ」

研究者「承りました。……では、御武運を」

 男がそう言ってその場を離れると、月島は無言で頷いてリニアキャリアのハッチを閉じた。

 半球状になったコックピットはコントロールスフィアであり、
 その中央には操縦席とコントロールパネルが据え付けられている。

 ギガンティックが積載されているのは後方の二車輌のみ、
 コントロールスフィアが三輌目に存在すると言う事は、
 おそらくは遠隔操縦をするための座席なのだろう。

 しかし、二機の大型ギガンティックが存在すると言う事は、
 405・カレドブルッフとは量産を前提にしたギガンティックか、
 或いは分離状態の二機を合体して運用可能な可変合体型ギガンティックと言う事だろうか?

月島「トリプル・バイ・トリプルエンジン、出力安定域……
   各種関節問題無し……ブラッド損耗率は0.01%未満……最終確認終了」

 月島は外部モニターを通して、周囲に人影が無い事を確認する。

 最後まで言葉を交わしていた助手も安全域まで対比しており、問題ない。

月島「微速前進開始……」

 月島がそう指示を出すと、その音声入力に従って八輌編成のリニアキャリアがゆっくりと、
 その巨体を滑らせるように動き出した。

 照明の無くなった暗い貨物路線の暗闇に、黒いリニアキャリアが溶け込んで行く様は、
 不吉な物を暗示しているかのように見える。

月島「………さて、お誂え向きに近くに201と203が来ているワケか……。
   時間稼ぎと挨拶代わりに立ち寄って行くとするか」

 月島は思案げに呟くとコントロールパネルを操作し、
 路線の分岐を操作しながら目当ての方角へと進路を変えて行く。

月島「さて、長らく世話になっていたステルス機能も解除と行くか……」

 月島はどこか嬉しそうに呟くと、リニアキャリアの速度を上げた。
454 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:52:39.74 ID:td6LGtrLo
 同じ頃。
 第四フロート第五層、ギガンティック機関リニアキャリア――


 その日の探索と明日の準備を終えて食事を摂ろうとしていた空と美月は、
 けたたましく鳴り響く警報と共に、自らの愛機に向かって走っていた。

 制服を脱ぎ去ってインナースーツ姿になると、愛機のハッチを開いてコントロールスフィアに飛び込む。

 食堂から飛び出す寸前に持たされた栄養ゼリーを飲み込みながら、
 エールの起動準備を整えた空は、指揮車輌と回線が繋がるのを待つ。

アリス『空ちゃん、美月ちゃん、お待たせしました』

 しばらくすると、通信機越しにアリスの声が聞こえた。

空「アリスさん、状況はどうなってるんですか?」

ルーシー『今、こっちまで情報が上がって来た所!』

 空の質問に応えたのはコンタクトオペレーターのルーシーだ。

ルーシー『先月、壊滅したテロ集団と同じ識別信号を発してるリニアキャリアが、
     この駐屯地点と思われる場所に向けて毎時二百キロで接近中!
     随伴に一機の大型ギガンティックを確認、機種は403・スクレップと断定。

     ……だそうです、新堂主任』

 ルーシーは空達への説明と合わせて、現場責任者であるほのかに向けて情報を読み上げる。

空「スクレップ……」

 空はつい一ヶ月ほど前に戦った強敵の名に、思わず身を強張らせた。

 あんな物がもう一機も存在していたとは、驚きと同時に恐怖を禁じ得ない。

ほのか『403、か……』

ルーシー『既に第五フロートで巡回中の二班が司令の指示でこちらとの合流に向けて移動開始していますが、
     合流まで最速で四十分かかるそうです』

 思案気味に声を絞り出したほのかに、ルーシーがさらに続けた。

 その後も通信機越しに指揮車輌でのオペレーター達の会話が聞こえて来る。

アリス『敵性リニアキャリアの現在地、判明しました。
    正面モニターと各ギガンティックに転送します』

 アリスの報告と同時に小さなディスプレイが浮かび上がり、
 現在、空達のいる第四フロート第五層の簡易マップが展開された。

 自分達がいる場所――外殻自然エリア――は把握している。

 工業区を高速で移動している反応が、件の敵性リニアキャリアのようだ。

アリス『現在、第四フロート方面軍のギガンティック部隊が交戦中ですが、
    護衛の403が防衛に徹しているようで、有効的な打撃を与えられないようです』

ほのか『……敵がこちらと接触するまでの予想時間は?』

アリス『二千百秒、プラスマイナス七十秒です』

ほのか『最短三十四分足らず……ね』

 ほのかはアリスの報告を聞きながら目まぐるしく思考を巡らせていた。

 テロリストは防衛に徹しつつ真っ直ぐコチラに向かって来ている。

 恐らく、ここにギガンティック機関のギガンティックがいる事を承知で向かって来ているのだろう。

 それは二人の会話を聞き、状況を見ている空にも予想できた。

 敵の目的がコチラで軍のギガンティック部隊に対して防戦状態を保ったまま移動中、と言う事は、
 リニアキャリアに重要な物が積まれているか、軍、或いは警察組織に用が無いかのどちらかである。

 そして、後者である場合は“いつでも反撃に転じる事が出来る”と言う事になり、
 ギガンティック機関ですら苦戦したスクレップが相手では量産型のレプリギガンティックなどひとたまりもない。

 要は軍のギガンティック部隊も第五層の工業区も人質と言うワケだ。

 毎時二百キロと言うリニアキャリアにしては鈍足の移動も、それをアピールするためのパフォーマンスだろう。
455 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:53:21.82 ID:td6LGtrLo
ほのか『……201、203は二十五分後に起動、この地点で敵を迎え撃ちます。
    起動後、リニアキャリアは安全圏まで後退しバックアップ体制に入ります』

 思案を終えたほのかは、各員に指示を飛ばす。

 起動時間は敵の到着のおよそ十分前。

 リニアキャリアを後方に下げるまでの時間を勘定に入れた場合、ギリギリのラインだろう。

 戦闘開始からレミィ達との合流まで五分前後。

 最悪、外殻に近い事を利用し、
 隔壁を開いてフロートのドーム外に誘き出せばさらに時間を稼ぐ事も可能になる筈だ。

ほのか『空ちゃん、美月ちゃん、ちょっとキツいかもしれないけど、
    五分だけ二人で敵の相手をお願いする事になるわ』

 ほのかはどこか申し訳なさそうな声音で二人に指示を出す。

 五分。

 決して長い時間ではないが、相手が403・スクレップである事を思えば絶望的な時間にも思えて来る。

 だが――

美月『ソラとエール、それにクライノートがいるから大丈夫、です』

 通信機から聞こえて来る美月の力強い“ふんす”と言う息遣いまで聞こえて来そうな声に、
 空も肩の力を抜いて小さく息を吐き出す。

空「今回も前回と一緒で、最初は四対一ですから……五分ぐらいなら、
  美月ちゃんとクライノート、それにエールとで何とでもやって見せます」

 空は努めて明るい声でそう言い切った。

 後輩で妹分のような美月が大丈夫と言ってのけたのだ。

 曲がりなりにも副隊長を任せられている自分が弱音を吐くワケにはいかない。

ほのか『………ありがとう、空ちゃん、美月ちゃん。
    ……ハンガー直立、およびヴァッフェントレーガー連結解除開始!』

 ほのかは言外の空の決意を感じ取ったのか、ややあってから指示を出した。

 すると、スフィア内壁に映し出された外の光景が徐々に傾きを正して行く。

 寝かされていた機体がハンガーの直立に合わせて起き上がっている証拠だ。

エール『……空、あまり強がらなくてもいいんだよ?』

 起動準備の最終段階に入った空に、エールが心配そうに声を掛けて来る。

 エールと空は魔力的にリンクする事で強く結びついているため、エールには空の心情は理解できていた。

 強がらなくてもいい、と言うよりは、怖いなら怖くてもいいと、彼女の重責を受け止めるつもりの言葉だ。

空「エール……うん、半分……四割くらいは強がりだけど、残りはそうでもないよ」

 だが、対する空はどこか落ち着き払った様子で応え、さらに続ける。

空「さっきもほのかさんに言ったけど、美月ちゃんとクライノート、それにエールがいるもの……。
  403とは一度戦ってるし、多分、考えているほど怖くはないと思う」

 空はそう言うと笑顔を浮かべた。

 実際、403と戦った時のデータでシミュレーションも行ったが、
 それよりも強敵と思える相手と先日の合同演習で幾度も矛を交えた経験がある。

 正直、臣一郎の駆るクルセイダーとスクレップを比べた場合、クルセイダーにしか軍配は上がらない。

 臣一郎とクルセイダーに勝てた事こそ一度も無いが、
 それでもスクレップを相手に“五分以上、損害を抑えて立ち回れ”と言う条件ならばやりようはある。

 その五分間を仲間やかつて力を貸してくれた乗機、それに掛け替えのない愛機が支えてくれるのだ。

 その事を踏まえた上で、“考えているほど怖くはない”とは空の正直な感想だった。

 それだけに、“四割は強がり”と言うのもまた嘘ではない。

 前回とは違って合体も無しと言う状況だ。
456 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:07.20 ID:td6LGtrLo
 念のためと言う事だろうが、整備用パワーローダー達の手で
 肩部ジョイントにシールドスタビライザーと背面にエーテルブラッドの増槽が接続されて行く。

空「アルバトロス以外のシールドスタビライザーを使ってる時って、
  あんまりいい事があった記憶がないんだよね……」

 空は少し戯けた調子で苦笑いを浮かべる。

 今までに二度しか使った事が無いが、一度目の時はサイ型イマジンにハッチを抉られ、
 二度目の時はつい先月、テロリストに大敗を喫したばかりだ。

 装備としては動きやすく、防御能力も著しく向上するので非常に有り難い物なのだが、
 験を担ぐにはどことなく心許ないのが正直な所である。

エール『……大丈夫だよ、空。
    このシールドもプティエトワールとグランリュヌも、僕が最大限まで動かしてみせるから』

 苦笑いを浮かべた主に、エールは穏やかな声音で、だが力強く言い切った。

空「エール……うん、お願いね!」

 空は一瞬、キョトンとしかけたが、エールの言外の思いを感じて笑顔で返した。

 と、不意に通信回線が開かれる。

美月『ソラ、作戦はどうしますか?』

 美月だ。

 考えてみれば、美月もシミュレーションや卵嚢の処理などは行って来たが、
 本格的な実戦に参加するのはコレが初めてだ。

 それも、相手はイマジンではなく古巣のテロ集団。

 複雑な思いもあるかもしれない。

 だが、美月の声からはそんな気負いは感じられない。

 心底から“空達が側にいるから大丈夫”と、そう思ってくれているのだろう。

空「うん……美月ちゃんはヴァッフェントレーガーで敵の側面に回り込んで遠距離から援護射撃をお願い。
  私は上から中距離を保って攻撃するから、立体的な十字砲火を仕掛けよう。

  それと街中ではヴァイオレットネーベルの使用は注意してね」

美月『分かりました、ソラ』

 空が思案気味に指示と注意事項を述べると、美月は頷くような声音で応えた。

 そして、そうこうしている間に時間が来る。

 まだ姿こそ見えていないが、遠くで強い魔力の反応を感じ始めたのと同時に砲撃音が聞こえた。

 どうやら一定間隔毎に軍か警察のギガンティックが陣取り、左右から交互に砲撃を仕掛けているらしい。

 だが、爆発音も煙も見えない所を見ると、スクレップによって完全に防がれてしまっているようだ。

ほのか『201、203、起動!』

空「了解です!」

美月『クライノート、起動します』

 ほのかの指示で、空と美月は各々の愛機を起動し、ハンガーから舗装された道路に降り立つ。

 すると、即座にハンガーは水平に倒され、リニアキャリアは後方へと下がって行く。

ほのか『………よし、たった今、隔壁制御の許可が下りたわ。

    空ちゃん、美月ちゃん、万が一の場合はそこから東に二キロ離れた場所にある隔壁を開くから、
    そこからドーム外に脱出して』

アリス『周辺住民や工員の避難も完了しています。
    ……被害を最小限に留める事は必要だけど、難しいと思ったら戦闘に専念してね』

 ほのかの指示に続いて、どこか心配した様子でアリスも周辺状況を伝えて来る。

 空自身、美月にはあのような指示は出したものの、
 スクレップを相手にどこまで周辺被害を気にしながら戦えるかは分からない。

空「……ギリギリまで踏ん張ってみせます」

 故に、そう答える他無かった。
457 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:50.85 ID:td6LGtrLo
 空と美月はそれぞれの愛機を外殻自然エリアのなだらかな丘の麓……
 構内リニアのレール付近に移動させ、会敵のタイミングを待つ。

 そして、時間にして四分後――起動から六分後――と、予想よりも一分遅く会敵する事となった。

空(……間違いない、403……スクレップだ……!)

 こちらに猛然と迫るリニアキャリアの上空を護衛するように飛ぶギガンティックは、
 黒を基調としたカラーリングと両腕に装備された巨大な盾が特徴的な、
 見紛う筈も無い、一ヶ月前の最終決戦で戦った403・スクレップに相違なかった。

美月『ソラ、来ます!』

空「ギリギリまで引きつけて撃つよ、美月ちゃん!」

 美月の呼び掛けに応えると、空は愛機の翼を広げ、シールドスタビライザーを閉じ、
 さらにプティエトワールとグランリュヌを展開して迎撃の最終準備を整えた。

 傍らではクライノートがブラウレーゲンとドゥンケルブラウナハトを構え、
 さらにオレンジヴァンドを装着し、美月も迎撃の態勢を整え終えたようだ。

 そして、リニアキャリアを目と鼻の先に捉えた瞬間――

空「……今だよっ!」

 空は声を上げると同時に上空へと舞い上がり、
 美月もクライノートと共にヴァッフェントレーガーで十分な距離まで一気に離れる。

 そして、敵性リニアキャリアが二人の元いた場所を通過しようした瞬間、
 大小十六基の浮遊砲台からの一斉射と、スナイパーライフルと大口径砲の連続攻撃がリニアキャリアを襲った。

美月『やりました……!』

空「まだだよ、美月ちゃん! 連射限界まで撃ち続けて!」

 歓喜の声を上げようとする美月を諫め、空は自らも連射を続けつつ指示を飛ばす。

 さらにカノンモードに変形させたブライトソレイユを構え、だめ押しの一撃を放つ。

 美月も空の指示通りにライフルと砲の交互連射を続け、最後には最大出力の一斉射を放った。

 二人の十字砲撃の交点では濛々と煙のようなマギアリヒトが立ちこめ、直撃地点周辺の被害の大きさを物語る。

 さしものスクレップも、リニアキャリアを守りながら大出力砲撃の十字砲撃を長時間受けきる事は出来ない筈だ。

 だが――

空「……ッ!?」

 ――感じる。

 凄まじい魔力を愛機のセンサーが感じ取り、その感覚に空は全身が泡立つのを感じた。

空「美月ちゃん、防御に専念して! エール、多重障壁をお願い!」

 空は仲間と愛機に指示を飛ばすと、直後に訪れるかもしれない衝撃に身構える。

 攻撃が来る確信は無い。

 だが、403の恐ろしさは身を以て理解していた。

 アレを相手に持久戦に持ち込むなら、少し臆病なくらいで良い。

 空は警戒しつつ、姿の見えなくなった敵の反撃に備える。

 魔力反応から見てもスクレップとリニアキャリアは健在と見て良いだろう。

 土煙のようにマギアリヒトが立ちこめていると言う事は、敵の防御によって魔力弾や魔力砲が相殺されず、
 拡散反射か屈折されて周囲の構造物だけを破壊した可能性が高い。

 そして、空と美月が警戒を強めながら次の一手に備えていると、
 不意に敵性リニアキャリアの周囲に満ちていたマギアリヒトの土煙が風に吹かれたかのように散って行く。

 マギアリヒトの土煙が止むと、その奥から現れたのは、やはり予想通りに無傷のスクレップとリニアキャリアだった。
458 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:55:40.49 ID:td6LGtrLo
空「まさか、リニアキャリアまで無傷だなんて……」

 愕然と漏らす空の目の前で、リニアキャリアの甲板上に載っていたスクレップが悠然と地上に降り立つ。

エール『空……多分、アレは403による防御だけじゃない』

 同時に、状況を確認していたエールが重苦しそうに口を開いた。

クライノート『コチラでも解析しました。
       魔力弾の拡散範囲に比べてリニアキャリアへの被害が確認できません。
       おそらく障壁は403だけではなくリニアキャリアそのものからも発生していると思われます』

 クライノートもエールに同意して淡々と解析結果を告げる。

空「そんな!? ただのリニアキャリアが結界装甲の効果を無効化するなんて……」

 空は驚愕の声を漏らしつつ、リニアキャリアを見遣った。

 よく見れば、リニアキャリアには随所に赤黒い光の線のような物が走っている。

 ブラッドラインのように見えない事もない……いや、おそらくブラッドラインなのだろう。

 先ほどまでスクレップがリニアキャリアの甲板上にいたのは、
 リニアキャリアに循環しているエーテルブラッドを利用して結界装甲を延伸していた、と考えれば、
 リニアキャリアから障壁が発生しているのもそこまで無理のある理論でも無かった。

 だが、エールとクライノートの一斉射を無傷で耐えきるには相当の出力がなければならない。

 スクレップの結界装甲を延伸していた、
 と言うだけでは説明できない“何か”が、あのリニアキャリアにはあるようだ。

 空がそんな思案を巡らせている時だった。

??『……ふむ、テストもまだだったが、仕上がりは上々なようだ』

 不意に聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

空「この……声……ゆ、ユエ・ハクチャ!?」

 空は記憶の中にこびり付いた、あの他人を嘲るような人物を思い出して愕然とした。

 生きていた?
 あれだけ大出力の魔力の直撃を受けて?

 一ヶ月前の決戦で矛を交えたスクレップはリュミエール・リコルヌシャルジュの直撃を受け、
 その胴体ブロックの殆どが欠片も残さず消滅したのだ。

 人間が……いや、人間でなくても耐えきれる筈が無い。

 未だに月島とユエの秘密を知らない空は、ただただ困惑するばかりである。

??『ふむ、この魔力波長……203のドライバーはミッドナイト1か。
   ……また、随分と思い切った人選をしたものだ』

 ユエ……いや、月島は状況確認を終えたのか、感心半分呆れ半分と言った風に呟いた。

美月『……ッ』

 月島の声に……そのかつての名を呼ぶ声に、美月は全身を強張らせる。

空「っ、美月ちゃん!」

 空は通信機越しに感じた美月の息遣いに正気に立ち返ると、
 彼女とクライノートを守るようにスクレップとの間に躍り出た。

 美月はほんの一ヶ月ほど前まで、ミッドナイト1としてユエに道具のように扱われていた。

 自分や茜、そして仲間達との交流を経て、ようやく年頃の少女らしい人間らしさを取り戻して来たのだ。

 ユエ――月島――に、彼女を……彼女の心を傷つけさせるワケにはいかない。
459 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:56:20.16 ID:td6LGtrLo
月島『ふむ……ここで足止め用に一機を使うつもりでいたが、お前がいるなら丁度良い……』

 月島はどこか頷くような満足げな声音で漏らすと、さらに続ける。

月島『ミッドナイト1、最後の命令だ……201と交戦しろ。
   データは十分揃っているのでもう破壊しても構わないし、
   最悪、一定時間交戦さえすれば敗北しても構わない』

 月島の酷薄な言葉に、空と美月は驚愕で肩を震わせた。

 そして、空は怒りで歯を食いしばり、激昂した視線をスクレップに向ける。

空「あなたって人は……そうやって……またっ!」

 空は脳が沸騰しそうな程の怒りを、必死に宥め、手綱を引き絞った。

 ここであの時のように暴走するワケにはいかない。

 怒りは胸に留め、自らの意志で力に変えてぶつけるのだ。

 だが、許し難い怒りが空の全身を駈け巡る。

 また、この男は人を……美月を道具のように使い捨てようとしていた。

 仲間を……友人をそうのように扱われる哀しみが、空の怒りを倍増させる。

美月『ま……マスター……』

 美月は震える声で漏らす。

空「美月ちゃん、こんな人の言うことなんて聞いちゃ駄目!」

 空も必死で美月を宥める。

 人間らしさを取り戻して来たとは言え、彼女は十年もあんな人間の下で道具扱いをされて来たのだ。

 その習慣……いや、心と体に刻み込まれた条件反射は、美月を苦しめていた。

月島『その隙だらけの背中を狙え、ミッドナイト1』

空「私達の仲間を……友達を苦しめる人は許さない……!」

 空は防ぎきれない言葉からも美月を守ろうと、エールと共に両腕を大の字に広げる。

 直後――

美月『マスター……』

 開かれた美月の口から響いた声は、先ほどのように震えてはいなかった。

 そして、美月はさらに続ける。

美月『その命令には………いえ、あなたの命令には、もう従いません』

 美月は小さく頭を振って、月島の命令をはね除けた。

月島『ほぅ……だとすれば、どうだと言うのだ……ミッドナイト1?』

 月島は感心と驚きの入り交じった感嘆を漏らすと、美月の返答を促す。

 美月はコントロールスフィアの中で俯き、その胸に手を当てる。
460 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:57:26.08 ID:td6LGtrLo
美月「……私は……あの場所が……マスターの研究室が
   暗くて、冷たい場所だと言う事を知りませんでした……。

   仲間の筈の人達に殴られる事も当たり前だと思っていました……」

 思い出すだけも苦しい、旧技研での日々。

 腹を満たし、動くエネルギーだけを摂取するだけの食事。

 共に出撃して助ければ、手柄を横取りしたと一方的に殴り掛かって来る仲間。

 道具として扱われ、それこそが自分に与えられた存在意義だと教え込まれた日々。

 そこには“自分自身”と言う物は存在しなかった。

 その事を思い出すと、胸に当てた手が震える。

美月「だけど……アカネと出会いました、ソラとも出会いました……。
   二人と友達になって、ルリカお姉さん、アスミ……色んな人と出会いました」

 だが、美月は数々の出会いを思い出し、彼女達の顔を思い浮かべた。

 すると、手の震えが止まる。

美月「胸の奥が……温かくなりました……。
   喧嘩をすると寂しくて、苦しくなりました……。
   でも、仲直りをしたら、前よりもずっと胸の奥が……心が、温かくなりました」

 一ヶ月前の日々を思い出し、美月は涙で声を震わせた。

 それは痛みではなく、苦しみでもなく、ただただ温かい気持ちが溢れさせる涙そのもの……。

美月「ソラもアカネも、私に居場所をくれました……。
   私が……道具でなくなって、何者でもなくなった私が居ても良い理由を教えてくれました……」

 美月は涙を拭い、目を見開いて、前を見据える。

 エールの背の向こうに、守ってくれる人の空の背中が見えた気がした。

美月「みんなが……私を私にしてくれました……マスターがくれなかった全てを、私にくれました……」

 美月は朗々と呟きながら、その背を追い越し、傍らに立つ。

美月「……命をくれた事……この世界に生み出してくれた事は、感謝しています。だけど……」

 そして、ヴァッフェントレーガーから分離させた全ての武装を一斉に構えた。

美月「私の大切な人を傷つけるなら……私の大切な人達が守ろうとしている物を壊すなら……
   誰が相手でも、何が相手でも戦います……! それがたとえ……マスターでも!」

空『美月ちゃん……!』

 高らかに、とまでは行かないが、それでも力強く宣言した美月の言葉に、空も感極まった声を漏らす。

月島『ふむ……そうか』

 対して、月島は感情を読み取るにはやや抑揚の無い声音で短く呟く。

 興味が無い、と言うよりは“それならそれで致し方ない”と言った雰囲気だ。
461 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:58:21.82 ID:td6LGtrLo
月島『コチラに接近して来る反応を計算するに、あと三分ほどで新手が来るか……。

   情報通りならば204と205……あのハイペリオンイクスと203の足止めに
   403が一機では少々心許ないか……致し方有るまい』

 月島はそう言うと、後部に編成されているコンテナキャリアを展開する。

 既に一つは開かれており、その中にあったのが現在も空達と対峙しているスクレップである事は予想できた。

 となれば、こちらのコンテナから現れるのが件の新型ギガンティック……405・カレドブルッフだろうか?

月島『二機しか用意できなかった足止め用の機体を、こんな所で二機とも使う事になろうとは……』

 月島が嘆息混じりに呟くと、コンテナから姿を現したのは――

空「そ、そんな……二機目の、スクレップ!?」

 ――愕然と叫ぶ空の言葉通り、403・スクレップであった。

 起動したスクレップのブラッドラインには赤黒い輝きが灯り、
 既に起動していたもう一機のスクレップの傍らに並び立つ。

美月『………』

 美月も、幾度かシミュレーターで矛を交えた403に、緊張の色を濃くする。

 仲間と連携する事で何とか撃破して見せた事もあったが、さすがに多対多、
 しかも敵のどちらもがスクレップなどと言うシミュレーションはした事が無い。

 そして、それは空も同じだ。

 多少の会話があった事で、レミィ達との合流までの時間も稼ぐ事は出来たが、
 それすらも無に成るほどの絶望感が、空達を襲う。

月島『では、私はこのまま皇居に向かわせて貰う。
   せいぜい、私が私の目的を終えるまで、そこの人形達と楽しんでくれていたまえ』

 月島はそう言うと、後部に接続された二輌のコンテナ車輌を切り離し、
 残る六輌編成のリニアキャリアを走らせる。

 虎の子とも言える403を二機も置き去りにしてまで向かう理由。

 しかも、その場所はユエ――月島――も身を寄せていたテロリスト達が標的にしていた皇族・王族の住まう皇居。

 本物の虎の子は彼方の六輌編成のリニアキャリア。

 それも一機だけでもオリジナルギガンティック三機を相手に圧倒し、
 トリプルエンジンと互角の403を二機も差し出して、まだお釣りが来る程の決戦兵器の可能性がある。

空(早く追い掛けなくちゃ……!)

 空は即座にその思考へと帰結した。

 レミィ達と合流できるまで、あと三分足らず。

 絶望的な一八〇秒だが、いくら絶望的な状況だからと言って、”嗚呼、そうか”と諦めるワケにはいかない。

空「……美月ちゃん、長距離で私の援護と自分の防御に徹して。
  あと可能な限り、エールとクライノートの間でのデータリンクは密にお願い」

 空は顔面蒼白と言っても良いほど青ざめた表情で、努めて淡々と美月に指示を出す。

美月『わ、分かりました……』

 美月もシミュレーターとは違う実戦での苦境に、声を上擦らせながらも何とか答えた。

 そんな美月の様子に、空は小さく深呼吸してから口を開く。

空「……美月ちゃん、大丈夫だよ。
  さっき美月ちゃんが言ってくれた通り、私もエールも、クライノートもいるよ……。

  だから、レミィちゃん達が来るまで頑張ろう!」

美月『ソラ………はい、頑張ります』

 空が自身の不安や絶望を押し殺して元気づけてくれようとしているのが分かったのか、
 美月も深い深呼吸の後で力強く返した。

 状況は幾分も変わっていないが、それでも自分も美月も心持ちは多少、
 戦闘開始前に近い状態まで持ち直したと思える。
462 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:59:14.34 ID:td6LGtrLo
空(相手が一機でも二機でも、やる事は変わらない………。
  とにかく、レミィちゃんとフェイさんが来るまで全力で持ち堪えて、
  ハイペリオンイクスに合体して一気に決める!)

 空は心中で改めて、その事を確認すると敵機の頭上を目掛けて飛び上がった。

空「エール! 砲撃はブライトソレイユに限定するから、
  プティエトワールとグランリュヌは防御に集中させて!」

エール『了解、空!』

 空の指示でエールはプティエトワールとグランリュヌを自身の周辺に待機・浮遊させ、
 付かず離れずの位置をキープさせる。

 クライノートとのデータリンクも密に行っているようで、
 二点で観測された自身と敵機との位置関係に合わせて移動させていた。

 空は地上でコチラの出方を窺っているスクレップに向けて砲撃を放つ。

 しかし、そこは使い捨て扱いされているとは言え、あの403・スクレップだ。

 巨大シールド型の攻守機動複合装備、
 ハルベルトシルトの展開した障壁で空の砲撃を完璧に防いでしまう。

 さらに、もう一機のスクレップがハルベルトシルトの砲口を掲げ、
 上空のエールに向けて魔力砲を放とうする。

 だが――

美月『させません……!』

 空の指示通り、十分な距離にまで離れていたクライノートから、
 美月の声と共に砲撃が放たれ、その砲撃を牽制した。

 堅牢な装甲を誇るスクレップも、無防備な横合いからの攻撃には流石に体制を崩す。

空「そこっ!」

 空はその間隙を狙い、ブライトソレイユを構えているのとは逆の腕から数発の魔力弾を放った。

 魔力弾は大きく弧を描き、体制を崩したスクレップの足もとに向けて殺到する。

 僅かに体制を崩していたスクレップは、足もとへの攻撃に対処し切れず、その場に膝を突く。

空(人間が乗っていない……? AI制御?)

 スクレップの動きに不自然な物を感じた空は、不意にそんな疑問を思い浮かべた。

 一ヶ月以上前の決戦の際は、ユエの操縦で実に滑らかに動いていた403・スクレップだったが、
 今のスクレップの動きはどこか精彩さを欠いているように思える。

 あの決戦の際、ユエは機体の防衛に人脳や神経を素材としたAIを利用していると言っていた。

 実際、ユエの駆っていたスクレップの動きは凄まじく、風華達四人を相手を圧倒する程の戦力を見せた。

 だが、このスクレップの動きはあの時に比べてやや鈍い。

エール『多分、防衛だけに集中するべき簡易AIで機体の全てを制御させているから動きが鈍いんじゃないかな?』

クライノート『……ですが、AIが学習すれば徐々に動きも良くなって行く可能性もあります』

 思案気味に漏らしたエールに、クライノートがそんな推測を呟いた。
463 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:00:09.75 ID:td6LGtrLo
 事実、空と美月が連携で膝を突かせたのは、後発で起動したスクレップだ。

 こちらに到達するよりも以前から起動していたスクレップは、空の砲撃に素早く反応して見せたのだから、
 AIの出来に差があるのでなければ、真っ新な状態から学習している最中なのだろう。

空「美月ちゃん、時間をかけ過ぎるとどんどん不利になるかもしれない!
  先に起動していたスクレップを集中的に狙おう!」

美月『分かりました』

 美月が自分の指示に応えた直後、空は後発の仲間――二号機――を
 庇うような体制で防御を続ける先発のスクレップ――一号機――に砲撃を放つ。

 クライノートからもスナイパーライフルによる精密射撃が迫るが、
 スクレップ一号機は防御範囲を拡大する事でコレを凌ぐ。

 一号機はこの場に来るまで、
 リニアキャリアに迫る軍や警察のギガンティック部隊の攻撃を全て防御して来た。

 加えて、先ほどの立体十字砲火の一斉射だ。

 防御・防衛に関する経験値はかなり蓄積されてしまっているのだろう。

 まだ蓄積の甘い二号機を無視して、これ以上の時間を掛けずに速攻で一号機から潰したかったのだが、
 やはりそうは簡単にはいかないようだ。

アリス『04、05、現着まであと一二〇秒!』

 アリスからの通信でレミィ達の到着まで残り二分を切った事が分かったが、
 それで劣勢が覆ると言うワケでもない。

空「美月ちゃん! 私が一機目を引きつけるから、その間に二機目を狙撃して!」

美月『分かりました、ソラ』

 空は美月に指示を飛ばすと、自らはエールに任せていたプティエトワールの中から三機を借り受け、
 カノンモードのブライトソレイユと合わせ、一号機に対して四方向からの砲撃を試みる。

 だが、一号機は即座に二号機をも覆う広範囲障壁を展開し、
 時間差で放たれた美月からの狙撃すら防ぎきった。

空(戦術選択と対応が早い!? それに学習速度も……!)

 空は心中で驚愕しつつも、砲撃パターンを変えながら幾度も一斉攻撃を仕掛けるが、
 やはりその全てを読まれ、防がれてしまう。
464 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:01:03.48 ID:td6LGtrLo
 空の思った通り、一号機の学習速度は想像した以上に早かった。

 先ほど、一度だけ一号機の隙を突いて二号機を狙った事を学習し、
 二号機への被害軽減すら念頭に置いた防御方法を選択し、空達の攻撃に対応している。

 一号機の学習・成長速度でさえ恐ろしいと言うのに、
 加えて二号機の学習も次なる段階に入ったようだ。

 先ほどは一号機の障壁から飛び出して攻撃を仕掛けようとして来たが、
 今度は障壁の内側からの射撃に切り替えて来た。

 威力は絞られているが、それでもハルベルトシルトの遠距離兵器だ。

 並の魔力砲以上の火力がある。

空「エール、障壁展開っ!」

美月『クライノート、05、イグニション……!』

 空も美月も、それぞれの愛機の障壁やシールドで防ぐが、それで手一杯になってしまう。

 一方で二号機は、それが最適解だと分かると執拗に砲撃を続けて来る。

 この単調さと躊躇いの無さが、自動学習する単純型AIの恐ろしさだ。

 人間ならば経験の長さに関わらず、失敗すれば多少の戸惑いが生まれるが、
 単純な思考のAIは別の解を探す事に専念する。

 そして見つけ出した正解を繰り返しながら学習する。

 人間でも反復は行うが、AIの正確さは人間の非では無い。

 空と美月は少しでも位置取りを変える事で、一号機の障壁内から二号機を誘い出そうとするが、
 既にその失敗を学んでいる二号機は最適な射線を探すだけで、障壁内から動こうとはしないのだ。

 攻守のバランスを偏らせるのは戦術的に有りだが、完全に役割を分担するのは悪手である。

 だが、スクレップほどに攻守が高次元で纏められた高性能機がそれを行うと、
 恐ろしいまでの嵌り具合を見せた。

 むしろ、スクレップ最大の問題点である、“攻守を切り替える”隙が突けないのだ。

 中距離の装備に欠ける問題点も克服していないようだが、
 こうして絶えず攻撃を続けてられていると近寄る事も出来ない。

空(駄目だ……ハイペリオンイクスじゃないと、決定打が無い……!)

 改めて、その事実を完膚無きまでに突き付けられ、空は悔しそうに歯噛みした。
465 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:05:31.99 ID:td6LGtrLo
今回はここまでとなります。

大体予定の4割程度くらい消化しました。
これでも投下量はいつもより1〜2割増しなのですが、いやはや……orz
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/23(木) 22:28:30.62 ID:33oA7UHw0
乙っしたー!
美月タンの初めてのお出か・・・・・・もといお仕事、堪能させて頂きました。
甘いもの好きと言う事は、かつて皇室御用達だったと言う、二次大戦中輸送船の船底に長期間積まれて南方へ差し入れに送られても腐らなかったと言う伝説の最中を食べたら、どんな表情を見せてくれるやらとニヨニヨしてしまいましたよww
真実の家庭事情……こうした問題はどこにでもあるものですが、それだけに解決が難しいんですよね。実家の親族間の問題もそうでした。
詳しくは避けますが、忌み事無く解決できたのはよい事です。よきかな!
そしてユエ………なるほど、グンナーの逆パターンでしたか!
しかしコレ、転写すればするほど、所謂人間性が欠落していきそうで怖い方法ですね。もちろんそうした欠落を含むエラーやバグを除く意味でも”研究者”氏が手腕を発揮していたのでしょうが。
しかしこの世界、「はい閣下、光栄であります」程度の精巧なオートマータくらいなら簡単に出来てしまうのは、こうした事例があると良し悪しですね。やはりいつの時代、どこの世界も”良いも悪いもリモコン次第”は変わりないのだな、と。
さて、苦戦の中で空と美月タソの運命や如何に!?
次回も楽しみにさせて頂きます。
467 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/24(金) 19:19:47.65 ID:Xlnn43/vo
お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@初めてのお出かけ
真実達の出番が少なかった事にかこつけ、あと日常成分が不足し過ぎなので急遽ぶっ込みました。

>伝説の最中
1.一口、口に含んだ瞬間驚く
2.一〜二拍遅れて笑顔になる
3.この喜びを誰に伝えて良いか分からずオロオロしだす
4.とりあえず二口目
 以下、繰り返し
こんな感じかとw

>瀧川家の事情
今後も登場して貰う予定でしたので後で出す予定の話でしたが今回に繰り上げて解決しました。
しかし、まあ……親族間・家族間の諍いと言う物は始まるとそれまでに蓄積がある分、際限が無いと言うか……。
最悪、縁切り以外に解決策が無いのが頭の痛い所です。

>ユエ@グンナーの逆パターン
自分の生皮剥いで生命維持装置に入ったグンナーが相当アレだったので
さらに上に行くサイコぶりにしてみました。

>人間性の欠落
自分としては逆に意志と目的だけが先鋭化されて欲求と言う意味では人間性も純粋になって行くのでは、と考えております。
“オリジナル→ユエ”は転写先のユエの稼働期間が長いのでユエ本人からやや月島寄り程度でしたが、
“ユエ→月島”は稼働経験の無い躯体への転写なのでかなり月島に近い物として扱っています。

>オートマータ@こうした事例があると良し悪し
なので統合労働力生産計画に組み込まれ、政府の管理下に置かなければならないくらい倫理的にヤバい代物だったりします。
ヒューマノイドウィザードギアそのものは技術力誇示のために一部企業が少数のみ製造が許可されていますが、
無制限に作れるようになるとそれこそテロに荷担する企業が大量生産で売りつける事態になりかねませんし。

>空と美月の運命や如何に
早ければ来月、遅くとも七週間以内には何とか……


次回はようやく405とちょいちょい名前を出していたアレの出番が遂に……BGMに格好いい曲はお勧めしません。
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 23:23:17.02 ID:CS4TnMfj0
砲手
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/21(金) 19:47:57.81 ID:xblpTLOBO
470 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/09/05(土) 09:33:01.35 ID:zvYY4/XSo
保守ありがとうございます。
熱中症と言う名の生死の境から回復してシャバに戻って参りました………………もう少々お待ち下さいorz
471 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/10/04(日) 15:57:47.27 ID:I43HtkW2o
度々お待たせして申し訳ありません
あと少々お待ち下さいorz
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/28(水) 22:47:38.41 ID:s+FOhzDX0
よし、保守ろう!
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/16(月) 00:16:57.55 ID:6p0sdn5AO
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 18:32:11.90 ID:OrbthVgf0
ho-syu
475 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:54:29.61 ID:V0zga9kFo
保守ありがとうございます。

大変長らくお待たせしました。
24話後半を投下させていただきます。

>>420-464 前半はコチラでお楽しみ下さい。
476 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:55:05.62 ID:V0zga9kFo
―5―

 それから僅かに時は過ぎ、第四フロートでの戦闘開始から十五分後。
 メインフロート第一層外殻自然エリア――


 正面にリニアキャリア用路線に通じる内部隔壁が見える主幹道路の左右には
 高く育った針葉樹がずらり立ち並ぶ、いわゆる並木道の体を為していた。

 その並木道の出入り口に、四機のオリジナルギガンティックと、三機のギガンティックが立ち並んでいる。

 茜とクレースト、風華と突風・竜巻、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノ、
 クァンとマリアとプレリー・パラディ、そして、レオン達第二十六小隊の面々のアメノハバキリだ。

 空達遠征班からの連絡を受けたギガンティック機関他、政府側組織は即座に対策を開始。

 既にメインフロート内に入り込んでいた敵性リニアキャリアに奪われた路線操作システムを奪い返し、
 最速で最大戦力を第一層の外殻区画へと集結させ、こちらに誘導している最中だ。

茜「……ふぅ」

 茜はコントロールスフィアの内壁に背を預けて、小さな溜息を吐く。

 ホン一味との決戦以来の久々の実戦だが、問題はそこではない。

茜(生きていた……? 奴が?)

 茜はここに来るまでの戦況報告で聞かされたユエの名を思い出し、
 困惑したような視線を外に向けた。

 無論、まだ茜達の誰も……既に相対した空達でさえ知らぬ事だが、
 今からやって来るのはあのユエ・ハクチャではなく、新たな身体に意識をコピーした月島である。

 意識的には同一人物ではあるが、生命としては同一人物ではない。

 ややこしい話だが、ユエは生きていたワケではないが、やって来るのは当の本人でもある。

 だが、そんな事実を未だ知らぬ茜が困惑するのも、また無理の無い話だった。

クレースト『茜様……御気分が優れないようですが?』

茜「ああ……流石にな」

 心配そうに問い掛けるクレーストに、茜は苦笑いを浮かべて弱音を漏らす。

 だが、事ここに及んで悩んでいてもしょうがない。

茜「……現れた悪霊は叩き斬るしかない。そうだろ、クレースト?」

クレースト『……些か乱暴ですが、概ねその通りかと』

 吹っ切れたように言った茜に、クレーストは僅かな思案の後にそう返した。

 以前のクレーストならば単に“はい”か“その通りです”としか返さなかっただろう。

 空との口論や美月との出会いから変わった自分と同じように、彼女もまた変化が訪れたのだ。

 それが彼女と魔力的にリンクしている自分自身からの影響による物なのか、
 茜には良く分かっていなかったが、比較的好意的に茜も愛機の変化を受け入れていた。

 だが、気持ちを切り替えたとは言え、そう和やかに相棒の変化の余韻を楽しんでいる場合では無かった。

サクラ『敵性リニアキャリア、第一層外壁内路線に到達! 会敵予測時間まで残り二〇〇秒!』

 通信機から司令室にいるサクラの声が響く。

 外壁内部にあるリニアキャリア用線路を伝い、敵が最下層から登って来たらしい。

 残り二〇〇秒……三分強で遭遇と言う事だ。
477 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:56:00.46 ID:V0zga9kFo
風華『じゃあみんな、事前にブリーフィングで通達した通りよ。所定の配置について。
   マリアちゃんは植物操作魔法で拘束準備を』

マリア『了解、隊長! じゃあ、久々にデカいの行くよっ!』

 風華の指示と同時に仲間達が動き出し、マリアの駆るプレリー・パラディは並木道の入口正面に立つ。

 そして、左右の手首の付け根から無数のワイヤーを放ち、並木の根本へと突き刺した。

マリア『ジャルダン・デュ・パラディッ!!』

 火色に輝く機体から、同じく火色の魔力が流れ込み、並木道に立ち並ぶ針葉樹を活性化させて行く。

 一瞬、ざわつくように震えた針葉樹は、本来なら真っ直ぐに伸びる筈の幹を主幹道路に向かって伸ばし、
 網状の捕縛帯を作り上げた。

 植物を急活性化させるジャルダン・デュ・パラディは、
 プレリーの初代ドライバーであるロロット・ファルギエールが考案した植物操作魔法の奥義だ。

 本来は大規模な激甚災害に対応するための魔法だったが、植物そのものを魔力的に強化するため、
 結界装甲の延伸によりイマジンに対しても有効であり、それは同時に結界装甲に対しても有効となる。

 ユエ……月島の駆る敵性リニアキャリアに結界装甲が見られた以上、
 拘束にもこうして相応の準備が必要なのだ。

 そして、同じような針葉樹の捕縛帯が十重二十重と、内部隔壁まで続いて行く。

 これならば、最高速度のリニアキャリアが突っ込んで来ても止められるだろう。

茜「こちら261、配置に着いた」

 その様子を横目に見ていた茜が風華に向けてそう通信を送ると、仲間達も口々に配置完了を告げる。

 そして、ついにその時が来た。

『Pipiiiiii――――ッ!!』

 リニアキャリア接近を告げる警笛が鳴り響く。

 警報などではなく、あと十数秒でリニアキャリアが侵入して来ると言う合図だ。

茜(来るッ!)

 茜は咄嗟に身構え、その瞬間を待ち受ける。

 果たして、敵性リニアキャリアは予想よりも五秒早く、内部隔壁を抜けた。

 マリアが作り上げた針葉樹の捕縛帯を一つ、また一つと突き破り、木片を弾き飛ばしながら猛然と進む。

マリア『狙い通り!』

 負け惜しみなどではなく、マリアはそう歓喜の声を上げた。

 最初から、隔壁近くの数枚は敢えて脆く作ってあった。

 衝突の衝撃でリニアキャリアを減速させ、より手前に作り上げた頑強な捕縛帯で確実に足止めするためだ。

 敵が驚いて減速すればさらに狙い通りだったのだが、流石にそこまで上手くは行かなかったようで、
 真っ黒な車体のリニアキャリアは猛然と捕縛帯を押し退けて突き進む。

マリア『させるか、ってのっ!』

 マリアは再び魔力を針葉樹に注ぎ込み、突き破られた捕縛帯を再操作し、今度は後部車輌を絡め取る。

 急拵えの拘束は簡単に振り解かれてしまうが、それでもリニアキャリアをさらに減速させるにはそれで十分だった。

 最後の拘束帯を突き破られる寸前、遂にリニアキャリアはその動きを止めた。
478 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:56:29.99 ID:V0zga9kFo
レオン『撃ち方始めぇっ!』

 プレリーの左右後方に位置していた瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノとレオン達のアメノハバキリが、
 レオンの号令と共に一斉に魔力砲と魔力弾を放つ。

 狙うは一点、リニアキャリアの先頭車両だ。

 魔力弾と魔力砲が雨霰と降り注ぎ、辺りにマギアリヒトを撒き散らして行く。

瑠璃華『一点集中なら防御もそこまで効力を発揮しないだろう!』

 瑠璃華が自信ありげに叫ぶ。

 確かに、空と美月の行った十字砲火はスクレップと車輌全体を狙った攻撃だった。

 だが、今回は車輌の一点を狙っての集中砲火だ。

 どんな防御機構を搭載しているかは知らないが、結界装甲同士の真っ向勝負ならば多少の効果は望める筈である。

風華『近接攻撃部隊、準備して!』

 風華の指示と共に、茜は愛機と共にリニアキャリアの右側面……針葉樹林の中に飛び込んだ。

 同時に、プレリー・パラディからカーネル・デストラクターへの分離、再合体を行ったクァンも、左側面へと飛び込む。

 さらに、風華と突風・竜巻がリニアキャリアの頭上へと跳び上がった。

 狙うは上面と側面からのキャリア連結部への攻撃だ。

サクラ『拘束部の魔力相殺まで残り五秒!』

 司令室からサクラの声が響く。

 言ってみれば、今回の作戦は三段構えだ。

 マリアとプレリー・パラディによる拘束が第一段階。

 拘束完了までに圧壊させる事が出来なければ、瑠璃華達の一斉射撃による第二段階。

 これで破壊できない場合は、連結部を狙った同時攻撃による第三段階。

 第一段階の針葉樹による拘束にはマリアの魔力が流し込まれる事で結界装甲が延伸しており、
 相殺には数十秒近い時間が必要となる。

 この時点で既に敵の結界装甲に対して多少なりの負荷が掛けられ、
 先頭車両の一点を狙った一斉射撃の後押しにもなっているのだ。

 だが、これでも破壊できないのならば車輌を分断して各個撃破に持ち込む。

 その場合も、車輌全体への拘束と先頭車両への集中攻撃が結界装甲、
 或いは防衛機能に大きな負荷を掛け、連結部の破壊を有利にする事となる。

茜「本條流魔導剣術奥義! 天ノ型が参改! 破天・雷刃ッ!!」

風華『豪炎ッ! 飛翔ッ! 烈ッ風ッ脚ッ!!』

クァン『ギガントプレス……ッインッパクトッ!!』

 そして、残された僅かな間隙を突いて、茜達の一斉攻撃がリニアキャリアへと殺到した。

 渾身の一太刀で突き破り、重力すら利用して蹴り砕き、巨大な魔力の腕で叩き潰す。

 加えて――

瑠璃華『ジガンテスリンガーッ!!』

 チェーロ・アルコバレーノからも極大の魔力砲弾が放たれる。

 四点への必殺の一撃。

 エールとクライノートの一斉砲撃に耐えたリニアキャリアも、さすがにこの苛烈な攻撃にはひとたまりもあるまい。

 誰もがそう思った、その時――

『ふむ……』

 ――何かを値踏みするような、そんな吐息混じりの月島の声が聞こえるのと、
 赤黒い魔力がリニアキャリアの全周囲に満ちるのは同時だった。

 一瞬にしてリニアキャリアを拘束していた植物の魔力は掻き消され、
 雷撃を纏った突きも、豪火を纏った蹴りも、巨大な拳も、極大の砲弾も、
 その全てが赤黒い魔力の表面で押し留められてしまう。
479 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:57:02.77 ID:V0zga9kFo
風華『そ、そんな……っ!?』

 風華が驚愕の声を上げる。

 必殺の一撃を防がれる、弾かれる、避けられると言った防御のされようはあったが、
 魔力で空中に押し留められるなどと言う経験は生涯で二度目の経験だ。

 その一度目とは、先月の決戦……ティルフィングの結界装甲に阻まれた時の事である。

 しかも、今回の力はティルフィングの時の比では無い。

 あの時は瞬間的に押し留められただけだが、今回は完全に上空に押し留められてしまっている。

 いや上空に押し留められていると言うよりは、
 魔力の作り出す力場の上に降り立ったかのような、そんな感触だ。

 それは茜やクァンも同様だった。

 突き立てた槍は深々と魔力の壁にめり込み、
 押し潰さんと振り下ろした拳は硬い台を叩いたかのような感触しか伝えて来ない。

 瑠璃華の放った砲弾など、既に完全に相殺されて消え去ってしまってる。

月島『やはりこの形態では防御に全出力を傾けられるようにしておいて正解だったな。
   移動形態の防御も疎かにできないものだ』

 茜達が驚愕する中、ただ一人、納得するように呟いたのは月島だ。

 また一つ、機能の試験運用が終わったと言いたげな、余裕綽々と言った風な口調。

 そして、月島はさらに続ける。

月島『このまま突っ切っても良いのだが、足止め用の403も使い果たした……。
   後から妨害されるのも煩わしいので、ここで“四機”全て始末するとしよう』

 月島の言葉と共に、拘束を振り払ったリニアキャリアがゆっくりと走り出した。

 その衝撃で弾かれた茜達は各々が短い悲鳴を上げながら市街地や針葉樹林に落下する。

瑠璃華『ッ!? 後退だ、みんな、私の後ろに下がれ!』

 瑠璃華もレオン達と共に、主幹道路を市街地へと向けて大きく後退する。

 結界装甲の出力が違い過ぎ、いくらフィールドエクステンダーを使っていても、
 量産型のレプリギガンティックでは耐えきれないだろう。

 レオン達の乗機を自機の後方に庇いながら、
 瑠璃華は無数の砲弾をリニアキャリアに浴びせるが効果は無い。

茜「なんて魔力量だ……!?」

 体制を立て直した茜達も魔力弾などの遠距離攻撃を仕掛けるが、焼け石に水だ。

 無数の魔力弾や砲弾の雨霰の中、リニアキャリアにさらなる変化が訪れる。

 六輌編成の車輌は全ての連結を解除し、
 先頭の一号車と最後尾の六号車を先頭に再配置し四号車がその後に続き、
 最後尾を二号車、三号車、五号車が併走する二・一・三の変則走行を始めた。

 四号車がその車体を展開してY字状に変形すると、一号車と六号車にそれぞれの先端を連結する。

 さらに、三号車を中央に配置した二号車と五号車がそれぞれ内側面から迫り出した連結器で、
 三号車の両側面から迫り出した連結器と連結した。

 それぞれ三輌ずつ変形、合体した二編成のリニアキャリアはさらに三号車と四号車で連結し、
 急制動によって勢いよく立ち上がる。

 そう、立ち上がったのだ。

 直列に連結していた形態から複雑な配置で再編成されたその姿は、どこか人型を思わせる。

 急制動による火花を足もとで撒き散らしながら、細部を変形させて行く。

 巨大な肩が左右に展開し、拳を突き出し、頭部が迫り出す。

 六本の柱が組み合わさったようだった異形は、僅か数秒で無骨で、
 頑強なフォルムの黒い大巨人と化した。

 赤黒い輝きを全身に這わせた姿は、まるで全身に返り血を滴らせた鉄の巨人。

月島『ヴァーティカルモード起動、各部関節異常なし。
   エナジーブラッドエンジン、トリプル・バイ・トリプルエンジン正常。
   ブラッド損耗率8.27パーセント……正常許容値』

 その鉄の大巨人の中央に座した月島の声が、淡々と、朗々と辺りに響き渡る。
480 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:57:39.26 ID:V0zga9kFo
月島『驚いたかね、諸君?

   これが既存の全てを過去の物とする最強のギガンティックウィザード。
   GWF405……カレドブルッフだ!』

 月島は高らかに、自らの乗機の名を宣言した。

 エナジーブラッドエンジンのテスト。

 量産化によるコストパフォーマンス軽減テスト。

 脳波コントロールによるマンマシーンインターフェースの最適化。

 複合エンジンと武装のテスト。

 半身型大型機による駆動の最終チェック。

 400から404までの五段階の試作とテストを経て完成した、
 月島の、ユエ・ハクチャの、オリジナル月島勇悟の目指した最強のギガンティックウィザード。

 リニアキャリアと言うメガフロート内で最速での現場急行と走行しつつの変形合体を両立し、
 戦力の自力高速展開を可能とした機体。

 それこそがGWF−405・カレドブルッフであった。

茜「お、大きい……」

 その巨躯を見上げて、茜は茫然と漏らす。

 一両四〇メートルを超えるリニアキャリアが合体したその体躯は、実に九〇メートル。

 巨大な正面隔壁の天辺に迫るほどの超弩級の体躯だ。

 下半身まで完成したティルフィング、と言えば想像がつくだろう。

 味方の中でも大型の部類であるカーネル・デストラクターやチェーロ・アルコバレーノの、
 実に二倍以上の巨躯を誇る。

 その二機ですら大人と子供ほどの体格差だと言うのに、細身のクレーストや突風・竜巻では、
 ヘビー級のプロ格闘技選手と幼稚園児ほどの体格差だ。

月島『さて……では動きの鈍い連中から潰させてもらうとしよう』

 月島はそう言うと、眼前……いや眼下のチェーロ・アルコバレーノに手を伸ばす。

瑠璃華『ッ、このっ!』

 あまりの巨体に茫然とし、砲撃を途絶えさせていた瑠璃華は不意に正気を取り戻し、
 ジガンテジャベロットから魔力砲を乱射する。

 だが、魔力砲弾はカレドブルッフの体表で霧か何かのように消え去ってしまう。

チェーロ『マスター、後退を!』

瑠璃華『くそぉっ! レオン、お前達は避難しろ!』

 チェーロの声に悔しそうに叫んだ瑠璃華は、レオン達に退避を促すと、
 彼らが飛び退いたのを確認すると同時に脚部のキャタピラを展開し、
 後方へ高速移動しながら、牽制にすらなっていない砲撃を続ける。

茜「る、瑠璃華っ!」

風華『瑠璃華ちゃん!』

 ようやく体制を立て直した茜と風華が、瑠璃華の援護のために飛び出した。

 カレドブルッフは見た目の通り鈍重な動きで、高速移動形態とは言え
 オリジナルギガンティックの中でも鈍足に類するチェーロ・アルコバレーノに追い付けていない。

 機動性と速度に特化した二機ならば確実に追い付ける計算だ。

 だが――
481 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:58:12.21 ID:V0zga9kFo
月島『ふむ、ではグライドムーバーの実戦テストと行こう!』

 渡りに船とでも言いたげな月島の叫びと共に、脚部からリニアキャリアの車輪が迫り出すと、
 カレドブルッフはその巨体に似合わぬ速度で滑走を始めた。

茜「なっ!?」

 茜は愕然と声を上げる。

 速度だけを見れば、高機動の機体に慣れた茜の、そして風華の目にも、
 決して目を見張るほどの物ではなかった。

 だが、九〇メートルを超える巨体がチェーロ・アルコバレーノの倍以上の速度で走り出せば、
 それは驚愕の光景ともなろう。

瑠璃華『そ、そんな……っ!?』

 瑠璃華が驚愕の声を上げた瞬間には、
 チェーロ・アルコバレーノはカレドブルッフの巨大な腕で頭ごと動体を鷲掴みにされていた。

 さらにカレドブルッフはその場で百八十度転進し、来た道を戻って来る。

風華『瑠璃華ちゃ……きゃあっ!?』

 既にカレドブルッフの背後にまで迫っていた風華と突風・竜巻は、
 急速反転して戻って来るカレドブルッフの体当たりを正面から受けて弾かれてしまう。

茜「ふーちゃんっ!?」

 茜は何とか回避するのが精一杯で、風華も瑠璃華も助ける事が出来ない。

 人の形をした……いや、ギガンティックの体を為した重戦車の如き蹂躙ぶりだ。

 ティルフィングの時と同様、体格と出力が違い過ぎて、まるで話にならない。

 そして、思い知る。

 一ヶ月前の戦闘で絶望感すら覚えたティルフィング戦。

 アレはまだ序の口に過ぎなかった事を。

 上半身を地面から生やした案山子のティルフィングと、
 地面を高速で滑走し自由自在に動けるカレドブルッフでは脅威の度合いが段違いだ。

 転進し、針葉樹林帯へと飛び込んだカレドブルッフは、
 待ちかまえていたカーネル・デストラクターをも片腕で吊り上げてようやく止まる。

 クァンも決して無抵抗で捕まったワケではない。

 掴まれる直前に放ったカウンターブロウは何も無かったかのように相殺され、
 さらに自身を掴み上げた腕を遮二無二殴り続けているが、一切、効果が無いのだ。

クァン『ぐぅ……は、離せえっ!』

瑠璃華『このぉ……ッ!』

 苦悶の声を上げながらも抵抗するクァン同様、瑠璃華も必死の抵抗と砲弾を放ち続けるが、
 二機がかりでようやく動きを鈍らせる程度でしかない。

月島『さて次の作業に移らなければならないのでな、早々に片付けるとしよう』

 月島はどこか呆れた様子で漏らすと、掴み上げた二機の大型ギガンティックを、
 まるでドラムスティック同士を打ち鳴らすかのように叩き付けた。

クァン『ガハッ!?』

瑠璃華『ぎゃうっ!?』

マリア『うわっ!?』

 一度目の衝撃に、クァンと瑠璃華は濁ったような声音の悲鳴を上げ、
 マリアも相殺しきれない衝撃に微かな悲鳴を上げる。

 まるで遊び飽きたオモチャ同士を乱暴にぶつけ合う癇癪を起こした子供のような攻撃は、
 一度では終わらない。

 二度目、三度目とぶつけ合うと、遂に腕が一本、弾け飛んだ。

瑠璃華『ッ……ァァァァッ!?』

 先に声ならぬ悲鳴を上げたのは瑠璃華だった。

 しかし、カレドブルッフの……月島の攻撃はそれでも終わらず、
 また腕が一本、今度は脚が一本と弾け飛び、その度にクァンと瑠璃華の悲鳴が上がる。
482 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:58:45.09 ID:V0zga9kFo
明日美『魔力リンク切断、急ぎなさいっ!』

セリーヌ『は、はい!』

ジャン『全リンク、強制切断します!』

 通信機からは焦ったような明日美の声と、それに答えるセリーヌとジャンの声が響く。

 二機の魔力リンクが切断される頃には、二機のギガンティックは全ての手足を失い、
 残る胴体もズタボロになっていた。

 その間、決して茜やレオン達も茫然自失で見守っていたワケではない。

 茜は幾度となく雷撃や氷塊を纏った刃でカレドブルッフに斬撃を仕掛けていたし、
 紗樹は風華の救助に向かい、レオンと遼はカレドブルッフの足もとや関節を狙って攻撃を仕掛けていた。

 だが、その殆どが語るまでもなく徒労に終わったのだ。

 第二十六小隊の面々の攻撃を意に介した様子も無く、
 カレドブルッフは残骸となった二機をその場に放り捨てた。

マリア『く、クァン……瑠璃華……』

 辛うじて魔力リンクの影響を受けずに済んでいたマリアが絶え絶えの声で二人を呼ぶが、
 二人とも気絶してしまっているのか返事は無い。

月島『さて……次はどちらを潰すか』

 思案げな月島の声が、カレドブルッフから響く。

 そこでレオン達は初めて気付かされた。

レオン『俺らは最初から頭数にも入ってないって事かよ……!』

 レオンはその事実に歯噛みする。

 確かに、月島は“四機”と言った。

 合体した状態のカーネルとプレリーを一機として計上した場合、
 確かにオリジナルギガンティックは四機だ。

 三機のアメノハバキリは数に入っていない。

 だが、レオンが悔しいのは路傍の石程度にしか思われていない事ではなく、
 月島の認識が事実である事だった。

 オリジナルギガンティックの中でもパワーと火力に偏重した二機ですら、
 僅かにカレドブルッフをたじろがせるので精一杯でしかない。

 量産型に過ぎない……結界装甲を持たないレプリギガンティックでは、
 足止め役にすらならないだろう。

 そして、それは軽量級とは言えアメノハバキリ以上の体躯を誇る
 突風・竜巻が弾き飛ばされた瞬間から分かっていた。

 加えて、レプリギガンティックにとって対イマジン・結界装甲の頼みの綱――
 フィールドエクステンダー――も、母機であるチェーロ・アルコバレーノが機能停止した事でその効力を失っている。

茜「くぅ……ッ」

 茜も彼我の戦力差に戦慄しながらも、冷静に状況を見渡す。

 風華はようやく立ち直ったようで、構え直している。

 その姿を見る限り、機体の異常は許容範囲内のようだ。

 レオンが感じている無力感も、茜には分かっていた。

 敵は相手がオリジナルだろうがレプリだろうが、意に介さず蹂躙するだけの力がある。
483 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 19:59:32.86 ID:V0zga9kFo
茜「アルベルト! 東雲と徳倉を連れて後方へ下がれ!
  軍や他の隊と連携して防衛戦を形成しろ!」

 茜はクレーストに腰のホルスターに収めていたスニェークを構えさせると、
 レオンに指示を飛ばす。

 この場は逃げろ、と言っているようにも聞こえるが、茜の言葉は本心からの物だった。

 どのみち、自分と風華だけでも、そこにレオン達が加わっていようとも、
 明らかに数分後にはここを突破されている。

 ならば、少しでも後方の備えを万全にするため、自分達だけで少しでも長く時間を稼ぐ他ない。

レオン『………………了解だ。
    死ぬんじゃねぇぞ、お嬢、風華!

    紗樹、遼! 牽制射撃をしながら後退するぞ!』

 僅かな間を置いて悔しそうに応えたレオンは、
 部下達と共にライフルを乱射しつつその場から退いて行く。

 着弾の瞬間、カレドブルッフの周囲に赤黒い波紋のような物が浮かんでは消えて行くのは、
 おそらく、高密度結界装甲に魔力弾が消し去られているためだろう。

茜「……すまない、ふーちゃん……勝手に決めてしまって」

風華『大丈夫よ、茜ちゃん……。
   みんなにあんな事されて、逃げるなんて出来るワケないもの』

 プライベート回線で申し訳なさそうに言った茜に、風華は努めて落ち着き払った様子で返した。

 どうやら、風華の中では強大な敵に対する恐怖よりも、
 仲間達を傷つけられた怒りの方が勝っているらしい。

茜「……ふーちゃんは、強いな……」

 茜は恐怖に打ち負かされていた自分に気付かされ、どこか自嘲気味に呟くと、
 軽く頬を張って気を引き締め直す。

 戦いに於いて、怒りを忘れてはいけない。

 内に秘める怒りでも、燃え上がるような怒りでも、ふつふつと煮えたぎる怒りでも良い。

 怒りを蔑視し、拒絶する者もいるだろう。

 だが、恐れに打ち勝つのは、怒りだ。

 多くの人々が往々にして正しいと思える怒りを、人々は義憤と呼ぶ。

 仲間を傷つけ、平和を乱す者に対する義憤で、恐怖をねじ伏せる。
484 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:00:32.74 ID:V0zga9kFo
茜「ユエ・ハクチャ!
  貴様はホンを利用していると言っていたが、やはり最終的な目的は皇居か……!」

 茜は構え直しながらユエ――月島――に怒りの声を上げた。

 最早、何が嘘で何が真実か分からない男だ。

 茜は彼の意志を考えるよりも、その行動を糾弾する。

月島『ん? ……ああ、そうか……目的地は告げたが、名乗ってはいなかったのだったな』

 茜の言葉に一瞬、怪訝そうな声を漏らした月島は、すぐに合点が言ったかのように言うと、さらに続けた。

月島『ユエ・ハクチャは確かに死んだよ……朝霧空に殺されて、な。

   私は、かつてグンナー・フォーゲルクロウが行った
   ヒューマノイドウィザードギアへの意識と記憶の転写によって三度目の生を繋いだ一人の探求者だ』

 月島は両手を広げ、隙だらけの体勢で語り出す。

 無論、隙だらけでもカレドブルッフの防御が万全なのは分かり切っている。

 下手なタイミングで攻撃を仕掛ければ、逆に潰されてしまうのは明白だ。

 ならば、この演説もどきを静かに聴き終えて、少しでも後方の準備が整う時間を稼ぐしかない。

 茜達は月島の言葉に驚愕しながらも、その判断を優先する事にした。

クレースト『記憶と意識の転写……グンナーが行った、機人魔導兵による影武者ですね』

 クレーストが思い出すように呟く。

 かつての主を騙し通し、魔導巨神事件の主犯となったのは、
 グンナー本人ではなくグンナーの記憶をコピーされた第一世代機人魔導兵であった。

 本物のグンナーはアイスランドの地下に隠れ住み、
 グンナーショックと呼ばれた一大テロ事件の準備を虎視眈々と進めていたのだ。

月島『私の名前は月島……。

   オリジナルの月島勇悟、第二の月島たるユエ・ハクチャ、
   その全ての研究成果を持って生まれ出でた、三人目の月島勇悟だ』

茜「月島……勇悟……三人目、だと……!?」

 ただ、“月島”とだけ名乗る男の言葉に、茜は愕然とする。

 無理も無い。

 確かに死んだと殆ど断定していた月島勇悟が、コピーとは言え生き存えており、
 さらにユエを経て、今、目の前にいるのだから。
485 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:01:02.50 ID:V0zga9kFo
 無論、その驚きは司令室にいる面々にも波及していた。

明日美「月島……勇悟!?」

 明日美はシートから立ち上がり、目を見開いて驚愕の声を上げた。

アーネスト「単なるコピーを保険に、本当に自殺していたと言うのか……!?」

 自らも調査書類を確認し、遺体の確認にまで立ち会った男の、
 予想外の延命方法にアーネストも愕然とする。

 確かにヒューマノイドウィザードギアへの記憶と意識のコピーは、
 “本人の遺体”と“自身の生存”を両立可能な唯一の手段だ。

 生前……それも十五年以上前から動いていたヒューマノイドウィザードギアならば、
 その場に存在するが、未登録のまま稼働させても問題なく“存在しない人間”も用意できる。

 考えてみれば単純な事だ。

 未登録のヒューマノイドウィザードギア、ユエ・ハクチャを自身の助手として帯同させ、
 仲間となるテロリスト達にすら事実を誤認させつつ、表社会から隔離・潜伏させ、
 状況が不利になると自ら命を絶ってユエへと引き継ぐ。

 そして、テロリスト内部で未使用のエンジンを使って研究や試験運転を続けつつ、
 最悪の事態が訪れた場合は戦死しつつも次なる三人目へと引き継ぐ。

 縺れて断たれていた糸が全て、一本の線に整えられて行く。

 だが、途中の過程が余りにも狂っている。

 二度もの死を経なければ、三人目には辿り着かない。

 しかも、一度目は自殺だ。

 どこまで狂えば“コピーがいるから自殺する”などと言う狂った行動を実行できるのか。

 チェーロ・アルコバレーノとカーネル・デストラクターが撃破されたショックで浮き足立っていたオペレーター達も、
 そのおぞましい事実に気付いて静まりかえってしまっている。

 特にサクラなどは口元を押さえて嫌悪感を顕わにする程だ。

月島『そして、私の目的は皇居ではなく、
   その手前にいる君の兄……本條臣一郎の駆るGWF210X−クルセイダーだ。

   このカレドブルッフがアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の作り出した
   最強の第二世代ギガンティックと、どの程度の性能差があるかを実証したいだけだ』

 茜に向けて言い放つ月島は、どこか声を弾ませて言い切った。

 “大願、ここに成就を迎えん”とでも言いたげだ。

 皇居前のクルセイダーへの挑戦。

 それは事実上、“世界最強のギガンティック”の称号への挑戦だ。

 合同演習で幾度となく挑戦した空でさえ、捨て身で中破に追い込むのが精一杯だった臣一郎とクルセイダー。

 それに挑むと言う事は、置き換えれば研究者として
 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽への挑戦にも置き換える事が出来る。

 アーサー王叙事詩と言う物語を愛したアレックスへの挑戦として、
 アーサー王の聖剣エクスカリバーの原典とも言えるカレドブルッフの名を冠したのも、
 ある種の決意と自信、或いは敬意にも似た敵意の現れだっただろう。

月島『さあ、では後顧の憂いを断つために……そろそろ相手をして貰おう』

 その言葉とも共に、月島は……カレドブルッフは再び動き出した。
486 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:01:47.10 ID:V0zga9kFo
 戦場の茜と風華は、それぞれの愛機を走らせる。

 グライドムーバーと呼ばれた高機動機能は厄介だが、
 それでもクレーストや突風・竜巻ほどの速度が出せるワケではない。

 茜と風華は、それぞれがカレドブルッフを挟んで対照のポジションを取れるように注意しつつ、
 撹乱戦法に出ていた。

月島『ほう……流石にこの巨体ではそこまでの機動は出来ないと踏んだか……実にその通りだ』

 月島の感心したようなわざとらしい口ぶりが神経に障るが、茜と風華は構わずに動き続ける。

 グライドムーバーで素早く反転しながら迫るものの、
 フル装備のクレーストと突風・竜巻の機動性はカレドブルッフのソレを大きく上回っていた。

 本来はこのような状態を避けるため、随伴機として機動性の高いスクレップを用意していたのだが、
 空達の足止めに二機とも置いて来ている。

茜(直線機動も旋回性能も標準的な大型ギガンティックを上回っているが、
  あくまで巨体にしては動ける程度だ。

  上手く立ち回れば勝機が見えて来るかもしれない!)

 茜はすんでの所まで迫るカレドブルッフの拳を避けながら、不意にそんな事を思う。

 この愛機の胴体ほどもある恐ろしく巨大な拳を一撃でも受ければ、
 全身をバラバラにされてしまうのでは無いかと言う恐怖があったが、
 その確信めいた勝算への思いが僅かに上回った。

 回避の瞬間、突風・竜巻のアイセンサーと……その奥にある風華の目と、視線が絡み合う。

 風華もどうやら同じ事を考えているらしい。

 回避しながらの誘導で、何とか瑠璃華達のいる場所からは引き離した。

 如何に研究者として優れており、素人でもギガンティックをプロ並に動かせるインターフェースを開発し、
 戦略家としての視点を持っていても、月島自身は戦術家として素人だ。

月島『ふむ……意識はしていても徐々に引き離されるか、流石だな』

 それは月島自身も気付いているらしく、感嘆めいた言葉を漏らしている。

 視線と挙動を誘導し、一定方向への偏りを作り、徐々に徐々にその偏りを大きくして行く。

 すると、次第に対象は一定方向へと誘導されて行く事になる。

 それが今の結果だ。

 茜は対テロ戦で市街地への被害を避けるため、
 風華は瑠璃華のパートナーとして彼女の砲撃が効果的に使えるようにと、
 敵の誘導に関してはドライバーの中でも高いスキルを持っていた。

 幼い頃からの修練や最近でも合同演習のお陰でお互いの得意とする戦い方は熟知していた事もあり、
 二人がかりでの誘導は実にスムーズだった。

 月島の他人事のような口ぶりは気に障るが、こちらの術中通りなのは事実だ。

茜(奴の結界装甲は厚い……密度も強度もホンのティルフィングと同等クラス……なら!)

 茜は意を決し、十字槍と短剣にそれぞれ雷電変換した魔力の刃と氷結変換した魔力の刃を生み出す。

茜「ふーちゃん! トドメは任せた!」

 茜はそれだけ言うと、一気に攻勢へ転じた。
487 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:02:15.43 ID:V0zga9kFo
茜「クレースト! モールニヤ、全速全開!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 それまで僅かにセーブしていた速力も、クレーストへの指示で解放する。

 翼状のマントから溢れる茜色の光跡を残しながら、クレーストはカレドブルッフの周囲を舞った。

茜「本條流魔導剣術、奥義!
  壱之型が改! 天舞・崩昇ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 すれ違い様、二刀による上下二方向からの連撃が氷柱と雷撃となってカレドブルッフを襲う。

茜「続けてッ!
  弐之型が改! 天舞・轟旋ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 再びのすれ違い様、逆手に構えた二刀の袈裟斬りが電撃と氷塊を撒き散らす。

茜「再び続けてッ!
  参之型が改! 天舞・破陣ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 三度のすれ違い様、雷撃の突きと氷撃の突きが一点に向けて突き立てられた。

クレースト『茜様! 魔力残量、ブラッド共に十分、まだ行けます!』

 正中線を上下から切り裂く斬撃、左右からの袈裟懸け斬り、一点突破の二連突き、
 三種の奥義を放った茜にクレーストが叫ぶ。

 敵も健在だが、こちらの魔力も十分な余力がある。

茜(少しでも敵の結界装甲を反応させ、急所の結界装甲を手薄にする!)

 茜の作戦は、一ヶ月前の決戦の焼き直しだ。

 あの時は仲間達がしてくれた援護を、今度は茜自身が、目にも止まらぬ早さでもって一人で実行する。

 奥義連発の猛攻を物ともせずに手を伸ばすカレドブルッフの攻撃を避けながらでは、
 最大威力の終之型・龍凰天舞は隙が大きく、不向きだ。

 だからこそ、茜は囮に徹する事にした。

 幾つもの落雷と氷柱、雷撃と氷塊がカレドブルッフに襲い掛かる。

 最初こそ物ともせずに動いていたカレドブルッフだったが、
 徐々にその動きは緩慢さを増し、一撃にたじろぐ場面も少なくなくなってきた。

 遂に、一矢報いる時が来たようだ。

茜(ティルフィングへの攻撃の中、一番効果があったのは頭部だ……)

 茜は一ヶ月前の戦闘を思い出しつつ、心中で独りごちる。

 止めの一撃を見舞わんとした時、仲間達の援護で最大の効果を発揮した一撃は、
 マリアとクァンの頭部への丸太落としだった。

 ギガンティックにとって頭部は一部のセンサーやメインカメラが集合している部位である。

 積極的に守る必要はあるが、実の所、無ければ無いで胴体部のサブカメラや他センサーで併用可能な、
 レプリギガンティックにはある種のデッドウェイトでもあった。

 それでも頑なに頭部が存在するのは、魔力リンクをする場合に都合が良いのと、
 メインカメラの仰角調整が容易な点に他ならない。

 魔力リンクの接続度合いが高いオリジナルギガンティックの場合、頭部の重要性が段違いになる。

 カレドブルッフの場合、何処までの重要性を持つかは分からない。

 仮にレプリギガンティック程度の重要度しか持たないならば、
 メインカメラの破壊程度の被害にしかならないが、
 オリジナルギガンティック並に高い重要度を誇るなら大ダメージを与えられる可能性がある。

 引いては、この後に戦う事になるであろうギガンティック部隊や、
 最後の砦とも言える兄への最大の援護となるだろう。

 実際、茜は頭部への攻撃は極力避け、手足を中心に攻撃を続けていた。

 少しでも頭部の結界装甲を手薄にする作戦だ。

 そして――
488 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:02:51.23 ID:V0zga9kFo
風華『豪炎ッ! 飛翔ッ!』

 茜の連撃を合図に、いつの間にか攻撃から外れていた風華の声が、
 カレドブルッフの直上から響く。

 そう、風華と突風・竜巻は上空へと跳び、この瞬間を……一矢報いる瞬間を待っていた。

 どちらかが囮になった際に、もう一人が決め手となる一撃を放つかを、
 二人はアイコンタクトで決めていたのだ。

風華『烈ッ風ッ脚ッ!!』

 ――茜の凄まじい連撃で防御が疎かになった頭部に向けて、
 自然落下の勢いすら利用した、蒼い炎を纏った烈風脚が襲い掛かる。

 正に脳天、頭部のど真ん中を狙ったドンピシャリの一撃だ。

 茜もタイミングを合わせ、四巡目の天舞・破陣を放ってカレドブルッフを足止めし、
 万が一の回避を防ぐ。

 回避不能となった一撃は果たして――

風華『そ、そんなっ!?』

 愕然とする風華の声が、戦場に虚しく響き渡る。

 ――後数十センチでつま先が触れる所で、赤黒い輝きに足を絡め取られ、完璧に静止してしまっていた。

月島『ふむ、やはり頭部狙いか……狙いは悪くない』

 月島は感心したような口ぶりとは逆に、どこか冷めたような口調で漏らすと、さらに続ける。

月島『背部のメインブラッドタンクやエンジン、コックピット……頭部以外にも守るべき重要箇所は多い。

   だが、私も前線から引いて長らく経ち、先日が久方の実戦だったが、
   Bランクだった手前、そこまで素人ではないつもりだ。

   見るからに囮役の202が意図的に頭部への攻撃を避けていれば、
   何があるのでは、と勘繰るくらいの事はする』

 月島がそう言い終えると、不意にカレドブルッフの全身を覆う結界装甲が変移して行く。

 手に集まれば手の周囲が赤黒く輝き、胸に集めれば胸の周囲が赤黒く輝いた。

月島『このようにして、頭上に高密度の結界装甲を展開しておけば、不意の一撃など気にするまでもない』

 さも当然と言わんばかりに言い切った月島は、
 結界装甲に足を絡め取られて身動きの取れない突風・竜巻に向けて手を伸ばす。

風華『ッ!? ぬ、抜けない!?』

 風華も慌ててその場を脱しようとするが、足が強烈な魔力の力場に食い込んでしまい、引き抜く事が出来ない。

 伸ばされたカレドブルッフの手は容易く突風・竜巻を掴む。
489 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:03:19.53 ID:V0zga9kFo
茜「ふーちゃんっ!?」

 茜も風華を助け出すため、関節部を狙って斬撃を繰り出すが、結界装甲に阻まれて切っ先すら届かない。

 そして、思い知る。

 カレドブルッフがたじろいだのは、月島が危険を察知して結界装甲をの密度を変移させたためだ、と。

月島『さて、と……』

 まるで出掛ける直前に荷物を持ち上げるような気軽さで、
 月島は乗機の両手で突風・竜巻掴むと、ジワジワと圧力を加え始めた。

風華『ッぁぁぁあああああっ!?』

 巨大な万力で腕ごと胴体を締め上げられるような激痛に、風華は絶叫する。

月島『ふむ……脆い突風本体を守るアウターフレームだけあって頑丈なのは知っていたが、
   実際に手で強度を試すと言うのは新たな発見がある物だ……意外と硬いのだな』

茜「き、貴様っ! ふーちゃんを離せぇぇぇっ!!」

 感嘆気味に突風・竜巻を握り潰し続ける月島に、茜は激昂して斬り掛かる。

月島『そろそろ離すつもりだ、安心したま、えっ!』

 月島はそう言うと、真っ向から斬り掛かって来る茜のクレーストに向けて、
 突風・竜巻を投げつけた。

茜「なっ!? しま……っ!?」

 茜はその瞬間、自身の行動の間違いに気付いたが、時既に遅し。

 回避不可能なコースで投げつけられた突風・竜巻がクレーストに叩き付けられる。

 だが、それだけでは終わらない。

 カレドブルッフの巨腕で投げられた突風・竜巻の勢いは凄まじく、
 突進して来たクレーストごとドームの内壁に叩き付けられ、機体は粉々に砕け散る。

 外部スピーカーも破壊されたため、二人の悲鳴は聞こえない。

月島『多少やり過ぎたかもしれんが……まあ良い』

 バラバラになって崩れ落ちて行く二機を見遣りながら、
 月島はそれ以上気にした素振りも見せず、踵を返す。

月島『XXXにもなれない202など、用は無いのだからな……』

 そして、どこか虚しそうに言い残すと、グライドムーバーで機体を走らせた。

 崩れ去ったギガンティックの残骸の下で蠢く存在にも気付かずに……。
490 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:03:50.60 ID:V0zga9kFo
―6―

 茜達がカレドブルッフとの戦闘を開始した頃。
 第四フロート第五層、外郭自然エリア――


 数多の樹木が薙ぎ倒され、土が剥ぎ飛ばされ、下の構造が露わになった荒れ地に、
 ガックリと膝をついているのはエール・ハイペリオンイクスだった。

 全身の装甲に夥しいほどの亀裂が走り、
 各部からエーテルブラッドを溢れさせた満身創痍の機体は、今にも倒れてしまいそうだ。

空「な、何とか……二機、倒せた……ね」

 空は全身に走る痛みを堪えながら、絶え絶えに漏らす。

 空の言葉通り、胴体を失った二機分のスクレップの手足が、辺りに転がっていた。

 リュミエール・リコルヌシャルジュで、二機同時に胴体を貫き、消し去ったのだ。

 転がっている手足は、何とか消滅を免れた残骸である。

レミィ「ああ……けれど、これ以上の戦闘は難しいな」

 レミィは機体のコンディションをチェックしながら呟く。

ヴィクセン『クアドラプルブースター、一号、二号、四号機滑落、
      三号機も破損して動かないわ。
      ツインスラッシュセイバーもレフトは大破、ライトも出力異常で正常稼働は無理ね……』

アルバトロス『アクティブディフェンスアーマー、応答無し。
       エリアルディフェンダーも五割の装甲が破損しています。
       フローティングフェザー、残機十八パーセント。
       マルチランチャーも砲身が焼け付いて正常稼働不可能です』

エール『各部関節に高負荷がかかっている……機体外部のダメージよりも内部の方が深刻だよ』

 ヴィクセン、アルバトロス、エールは口々に機体の惨状を報告する。

フェイ「エール本体のダメージは二割程度ですが、
    ヴィクセンMk−UとアルバトロスMk−Uは大破同然です」

 フェイは淡々としつつも、どこか悔しげな表情を浮かべて呟く。

美月『ソラ、レミット、フェイルー、すいません……。
   私がもっと、上手に援護できれば……』

 通信機からは申し訳なさそうな美月の声が響き、それと共にヴァッフェントレーガーに乗ったクライノートが姿を現す。

 クライノートとヴァッフェントレーガーの周囲にはプティエトワールとグランリュヌが浮かんでおり、
 どちらも目立った損傷は見受けられない。

 レミィ達と合流してハイペリオンイクスへの合体に成功した後、高速で戦闘データを学習して行くスクレップの猛攻に、
 機動性を欠くクライノートでは耐えきれないと踏んだ空は、十六基の浮遊砲台の全てを彼女の直掩に着けたのだ。

 その頃には二機のスクレップの戦闘データは殆ど完成しており、
 空はエール・ハイペリオンイクスと共に捨て身同然の接近戦を敢行せざるを得なかった。

 空達が“そうせざるを得なかった”事を、美月は自身の力不足と捉えているようだ。

 だが――

空「そんな事ないよ、美月ちゃん……。
  美月ちゃんの援護が無かったら、今頃、墜とされていたのは私達だよ」

 空は痛みを堪えて笑顔を浮かべると、努めて明るい声で返す。

レミィ「まだ慣れない機体であんなバケモノ相手だ……気にするな」

フェイ「援護に感謝します、譲羽隊員」

 レミィは諭すように、フェイも落ち着いた様子で落ち込み気味の美月をフォローする。

美月『……ごめんなさい……ありがとうございます……三人とも……』

 美月は三人に対する申し訳なさと、三人の配慮に対する感謝で、声を震わせて返した。

 美月とクライノートの援護で生き残れたのは事実だし、
 仮にポジションを逆にしていた場合はどちらも撃破されていた可能性が高い。

 最大戦力のハイペリオンイクスがこの状態では絶望的かもしれないが、ベターな選択だった事は間違いない。
491 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:04:43.83 ID:V0zga9kFo
ほのか『みんな、反省会は後で!』

 そんな空達の元にほのかの声が響き、彼女はさらに続ける。

ほのか『メインフロートは苦戦中よ……チェーロとカーネル、それにプレリーが大破。
    幸い瑠璃華ちゃん達は無事らしいけど、戦闘はまだ継続中よ』

雪菜『機体の応急修理をしながらメインフロートに戻るから、急いでキャリアまで戻って!
   朝霧副隊長達は一班の二号キャリアへ、美月さんは二班の三号キャリアへ』

 ほのかに続き、雪菜が指示を出す。

 修理箇所の少ないクライノートは即座に三号キャリアで発進し、
 修理しなければならない箇所の多いハイペリオンイクスは二号キャリアで後から、と言う手順だろう。

 だが――

レミィ「柊オペレーター、それじゃあ間に合いません!」

 レミィが思わず声を上げる。

 間に合わない、とは、メインフロートに一刻も早く向かわなければならないと言う意味だ。

 美月だけを先に行かせるのが心配、と言うワケではない。

 急行可能な戦力は一機でも多く向かわせなければならないのだ。

フェイ「ヴィクセンMk−U、アルバトロスMk−U共に損傷度大……。
    戦線復帰できる状態まで応急修理するには時間が足りません」

 フェイもレミィの意図を察してか、彼女に続く。

ヴィクセン『幸い、エールのダメージが酷い部分は剥き出しだった足だけね……。
      この場で除装してキャリアで換装すれば済むわ』

アルバトロス『加えて、私達のパーツもこの場で排除していだだければ、
       キャリアに戻ってから切り離す手間も省けます』

 ヴィクセンとアルバトロスも主達に続いた。

 要は、この場に置き去りにしろ、と言いたいのだろう。

ほのか『それは……』

 通信機からほのかの躊躇うような声が聞こえた。

 戸惑う、のではなく、躊躇う。

 選択肢の一つとしてはあり得たのだろう。

 如何にして素早く向かうか、と言うベストの選択肢だ。

 それに、この状態で向かっても、クアドラプルブースターの修理が終わらなければ、
 ヴィクセンMk−Uのメインブロックは完全なデッドウェイトになってしまう。

 システム異常の復帰や諸々の作業をエールの補修と並行して行うのは些か手間が掛かりすぎる。

 だが、この不安ばかりが募る戦況で、仲間を置き去りにすると言う選択肢は選び難かったのだ。
492 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:05:15.81 ID:V0zga9kFo
空「レミィちゃん、フェイさん……」

 二人の決意に、空は哀しさと悔しさの入り交じった表情を浮かべる。

レミィ「行け、空。……その代わり、負けるな!」

 レミィはそう言うと、立体映像の手を伸ばし、空の背を叩くように振った。

 が、その手は空振りして空の身体を突き抜けてしまう。

 シミュレーター機能を応用した立体映像のリアルさとクリアな声に忘れがちだが、
 レミィはエールの背にあるヴィクセンMk−Uのコントロールスフィア内にいるのだ。

フェイ「譲羽隊員も、朝霧副隊長の補佐をお願いします」

 フェイは美月に向け、淡々としながらも穏やかさを感じる声音で語りかける。

美月『レミット……フェイルー……っ、はい!』

 まだ仲間になってから日も浅く、暫く離れ離れに過ごしたが、
 それでも自分に期待してくれている二人の思いを感じて、美月は涙を拭うような音の後に応えた。

空「……分かったよ、レミィちゃん、フェイさん……。

  ほのかさん、作戦変更をお願いします」

 空も溢れかけた涙を拭うと、決意の表情でほのかに進言する。

 ほのかは暫く考え込んだようだが、二秒ほどしてすぐに口を開いた。

ほのか『01は04、05と不要な装甲をパージ後、03と共に二号キャリアへ。
    整備班は移動しつつ応急修理を開始。

    二号キャリアはギガンティック積載中に三号キャリアと連結、
    応急修理が完了次第、動力車二輌編成の最高速で現場に向かうわ。

    04、05ハンガーとパワーローダーを二機をこの場に残して機体の回収作業に当たらせて』

 ほのかはそう指示を出すと、“みんな、急いで”と僅かに上擦った声で呟く。

 欠くべからざる冷静な判断力を、ここで発揮せずに何が現場責任者だろう。

 そんな意地のような物が、彼女の声音からは感じられた。

空「了解しました」

 空がいの一番に応えると、レミィ達やオペレーター達も口々に返す。

空「……それじゃあ、レミィちゃん、フェイさん……行って来ます!」

 空は一瞬躊躇った後、疑似ウィンドウに操作パネルを展開し、緊急用の強制除装スイッチを押した。

レミィ「おぅ、負けるな! 空、美月!」

フェイ「お二人の御武運をお祈りします……!」

 二人の立体映像はそう言い残しながら消え去り、
 機体の外では脚部の装甲と共に残骸じみたヴィクセンとアルバトロスのパーツが剥がれ落ちて行く。

 空は二機の残骸を押し退けないに注意深く飛び上がり、
 離れた位置で待機するヴァッフェントレーガー上、クライノートの後ろへと降り立つ。

美月『ソラ、振り落とされないように注意して下さい』

空「うん、お願い、美月ちゃん」

 空が美月の声に応えると同時に、ヴァッフェントレーガーはリニアキャリアの待つ隔壁付近に向けて走り出した。
493 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:05:46.69 ID:V0zga9kFo
―7―

 空達が第四フロート第五層から離れ、メインフロート第一層外郭自然エリアで茜達が敗北してから、三十分後。
 メインフロート第一層、第五街区――


 本来ならば既に照明の落とされている時間帯だが、緊急時と言う事もあって街は明るい。

 第一街区京都の目と鼻の先まで迫ったカレドブルッフは、悠然とメインストリートを闊歩していた。

 十五年前の2060年7月9日、
 60年事件でテロリストにハッキングされたギガンティックが、パレードの隊列を銃撃した広大な目抜き通りを、
 そのハッキングを行った本人の駆る超々弩級ギガンティックが緩歩の歩みで往く。

 十字路に差し掛かる度、軍や警察の混成ギガンティック部隊による一斉射撃が行われるが、
 カレドブルッフはそれらの銃撃を祝砲とばかりに大仰に両手を広げて受けた。

 全ての魔力砲や魔力で物理加速された銃弾が、カレドブルッフの機体に触れる寸前、
 赤黒い波紋の中に溶けるようにして消え去ってしまう。

 孤独な凱旋にも似た大巨人の歩みは止まらない。

遼『バケモノ……!』

紗樹『副長、このままだと突破されてしまいます!?』

レオン「畜生……!」

 遼と紗樹の声を聞きながら、レオンは悔しそうに吐き捨てる。

 ロイヤルガードの別部隊と合流したレオン達も、
 最終防衛戦となる正門前広場の両翼で一斉射を行っていたが、やはり効果は無い。

月島『いい加減に退きたまえ。これよりここは戦場となるからな』

 月島はオリジナルギガンティックを除いたロイヤルガード全七十五機の一斉射を物ともせず、
 ただ“相手にもならない小物は邪魔だから退け”と言い放つ。

 オリジナルギガンティック四機をものの数分で撃破する超々弩級ギガンティックを相手に、
 真正面からの迎撃では止められない……無駄死にを出すだけと分かり切っての両翼展開だ。

 最外周の第一〇六街区から、この第一街区の中ほどまでの大凡五百キロ。

 その全てを無駄と分かっていながらも迎撃を続けたのは、
 一重にギガンティックのドライバー達、そして、軍や警察の意地だった。

 だが、その意地を張れるのもここまででしかない。

一尋『皇居護衛警察各員に通達……現場を放棄する!』

 第一中隊を預かるギガンティック部隊の副隊長にして、風華の兄でもある藤枝一尋が悔しそうに漏らした。

レオン「おい、カズ!? お前……風華だってアイツにやられてるんだぞっ!?」

 レオンは上司と部下と言う関係を忘れ、思わず“幼馴染み”に対して声を荒げる。

 レオンにも一尋の気持ちは分からないでも無かった。

 自分も目付役として兄妹のように育った茜を見捨てて後方に下がざるを得なかったのだ。

 だが、ここでまた退けば、全てが無駄になってしまう。

一尋『アルベルト! 命令だ……! 本條隊長の邪魔になる前に退避しろ!』

 普段の飄々とした態度を隠した一尋は、
 重苦しそうな怒気を孕んだ声で、“上司”として“部下”に言い放つ。

 たった一人の妹を傷つけた敵に一矢報いる事すら出来ないのだ。
 悔しくない筈が無い。

 実の妹と妹分と言う違いはあれど、同じ気持ちである事を悟り、レオンは歯噛みする。

レオン「ッ……分かったよ、了解だ、了解ッ!」

 レオンは悔しさと情けなさで、苛立ちを隠せずに応えた。

 レオンや一尋以外にも戸惑いや悔しさを隠しきれない隊員達もいたのか、
 ギガンティック部隊は足並みを揃えられないまま、隊列を乱し、三々五々と言った風に退避して行く。

 月島はその様を確認すると、さらにゆっくりと歩を進める。
494 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:06:13.25 ID:V0zga9kFo
 すると、不意に前方でドームの天蓋まで届くほどの藍色の光の柱が立ち上った。

月島『おお……』

 その藍色の輝きに、月島は感嘆の溜息を洩らす。

 藍色……青藍に輝く柱の正体は、月島が目的とする物から立ち上った物だ。

 それまで悠然と歩を進めさせていた月島は、グライドムーバーを展開させ、カレドブルッフを急がせる。

 すると、見えて来たのは正門前に仁王立ちとなったGWF210X−クルセイダー……本條臣一郎の愛機であった。

 カレドブルッフは正門前広場の半ばほどで立ち止まる。

 彼我の距離は五百メートル未満……カレドブルッフを基準に人間換算すれば十メートルほどの距離。

 既にクルセイダーの間合いだ。

 そして、目を伏せていた臣一郎は、クルセイダーのコントロールスフィア内で目を開く。

臣一郎「さすがに、大きいか……」

 報告には聞いていたが、実際に目の当たりにするとその巨大さに臣一郎は息を飲む。

 自身の愛機も、オリジナルギガンティックの中でも一際巨大な四十メートルを超える大型だが、
 目の前の大巨人はその倍以上の巨躯を誇っていた。

 正に大人と子供の体格差だ。

デザイア『ボス……』

臣一郎「ああ心配するなデザイア……驚きはしたが、恐れてはいない」

 戸惑い気味に問い掛けた愛機に、臣一郎は落ち着いた様子で応える。

 イマジン以外では味わう事のない体格差に驚きはしたが、臣一郎は決して恐れてはいなかった。

 戦いに対する恐れが皆無とは言わないが、それでも妹や恋人、仲間達を傷つけられた怒りの方が、むしろ大きい。

 正門両脇に巨大なタワー型専用エーテルブラッドタンクが出現し、クルセイダーの背面から伸びたケーブルで接続される。

デザイア『タンク接続確認、エクステンド・ブラッド・グラップル・システム起動準備完了』

臣一郎「よし……!」

 デザイアが戦闘準備が完了した事を告げると、臣一郎は一歩進み出て、口を開く。

臣一郎「月島を名乗るテロリストに告げる!

    こちらは皇居護衛警察、ロイヤルガード所属第一小隊隊長、
    及びギガンティック部隊総隊長、本條臣一郎である!

    君は軍、警察、ギガンティック機関、
    その他あらゆる組織に属さないギガンティックウィザードを使用している。
    即刻、そのギガンティックウィザードの武装を解除し、投降せよ!」

 臣一郎はお決まりの投降文句を投げ掛けるが、元より聞き入れられるとは思っていなかった。

月島『言葉程度で敵が止まると思っているのかね、君は?』

臣一郎「………」

 そして、分かっているからこそ、嘲るような月島の問い掛けに無言で応える。

 臣一郎は別に抗戦主義者ではないし、かと言って降伏主義者でもない。

 そして、降伏に応じるような者がわざわざ皇居正門前までギガンティックで侵攻して来るワケがない。

 職務だからこそ、戦う前の口上として述べているに過ぎないのである。

月島『怒っていると無口になるのは祖父譲りか父親譲りか……まあ、いい。
   私も君と会話を楽しみたくて来たワケではないからね』

 月島も臣一郎の考えを知ってか知らずか、自ら会話を打ち切り、機体を走らせ出した。

 広場に植樹された木々を薙ぎ倒しながら蛇行するように迫る。
495 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:06:46.73 ID:V0zga9kFo
臣一郎「デザイア、ケーブルの最大長は?」

デザイア『タワー側からの最大延長で七百メートル』

 臣一郎もデザイアが答えるのと同時に走り出した。

 正門間近ではどれだけの影響が出るか分からない。

 二倍の体格差はあるが、接近戦を仕掛けるしかないだろう。

月島『ほう!? 真っ向から来るか!』

 一瞬だけ驚いたような声を上げた月島だが、すぐに喜色に満ちた声で叫ぶと、
 自らも真正面からクルセイダーに立ち向かう。

臣一郎「腕部ブラッド噴射! パターン、ガントレット!」

デザイア『イエス、ボス!』

 臣一郎が指示を出すと、腕部のハッチからエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーの腕よりも二回りほど巨大な腕が完成する。

臣一郎「脚部ブラッド噴射! パターン、パイルバンカー!」

デザイア『イエス!』

 さらに脚部側面から噴き出したエーテルブラッドが巨大な杭打ち機のような形を作り、
 アスファルトの地面に杭を打ち付けてクルセイダーの巨体を固定した。

 迎撃準備を終えたクルセイダーと、真っ向からぶつかって来るカレドブルッフの巨体がぶつかり合う。

月島『先ずは純粋な力比べと行こう!』

 月島の言葉通り、カレドブルッフは腕を振り上げたクルセイダーと手四つの体勢で組み合った。

 大型化したエーテルブラッドの腕はカレドブルッフの巨腕と遜色ない大きさで、二機ががっしりと組み合う。

月島『ほう……さすがは関節強度を無視可能な構造体を作り出す機能だ。
   唯一の一体型セミトリプルハートビートエンジンとは言え、
   トリプル・バイ・トリプルエンジンのカレドブルッフと真っ向から組み合えるとは!』

臣一郎「ッ、ぐぅ……っ!」

 余裕綽々で感嘆を漏らす月島とは対照的に、臣一郎は苦しそうに唸る。

 当たり前だ。

 出力はほぼ互角か、ややカレドブルッフが上回る程度だったが、
 体格差と質量差で完全に押さえ込まれてしまっている。

 組み合える、と言うより、実際は組み合うだけで精一杯だ。

デザイア『腰部、背部、肩部、全て負荷五〇パーセント超過』

臣一郎「残る全部位からブラッド、噴射……っ!
    パターン、アウターアーマー……ッ!」

 機体の過負荷を告げるデザイアに、臣一郎は指示を出す。

 すると、クルセイダーの各部から大量のブラッドが噴出し、
 クルセイダーを覆い尽くす無関節の外骨格を形作った。

 固形化したエーテルブラッドで関節負荷を和らげる算段だ。

 実際に効果は覿面で、臣一郎は一気に身体にかかる負担が和らぐのを感じた。
496 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:07:25.87 ID:V0zga9kFo
月島『苦し紛れだな』

 月島は一時凌ぎにしか見えない臣一郎の選択に、落胆混じりに呟く。

臣一郎「……違うな!」

 だが、臣一郎は僅かに頬を吊り上げて笑みを見せると、
 クルセイダーの全身を覆ったエーテルブラッド外骨格の背面から飛び出した。

 E.B.G.Sは臣一郎の指示と操作で自由自在に形を変える、不定形のOSSだ。

 今回のように手四つで組み合った状態で外骨格を作り出し、
 地面に固定して本体だけが離れれば、瞬間的に敵をその場に足止めする事も出来る。

月島『こんな使い方もあったか!?』

 流石の月島も、予想外の応用方法に驚きの声を上げた。

 驚く月島に、臣一郎は追撃の一手を放つ。

臣一郎「本條流格闘術奥義! 轟ノ型弐・改! 炎熱……轟斬掌ッ!」

 いつぞ、五体のギガンティックをまとめて切り裂いた巨大な手刀……轟烈掌。

 あちらは横薙ぎだが、こちらは真っ向から相手の脳天を叩き割る手刀による斬撃を放つ第二の型だ。

 しかも、あの時よりも手刀が纏う、炎と化したエーテルブラッドの塊も巨大な物となっている。

月島『ぬぅっ!?』

 咄嗟の事に防御の間に合わなかった月島は、カレドブルッフにスウェーバックさせて回避を試みた。

 だが、避けきれず、ガリガリと硬質の物体同士が削れ合う耳障りな音と共に、
 クルセイダーの炎を手刀が分厚い胸部の装甲を切り裂く。

 カレドブルッフは装甲を切り裂かれた衝撃でよろけそうになるが、自動制御で体勢を整えようと踏ん張る。

臣一郎「続けてッ!」

 まだ体勢を整え切れていないカレドブルッフを後目に、
 臣一郎は両腕を腰溜めに引き絞り、左足で大きく一歩を踏み出す。

 瞬間、カレドブルッフを足止めしていたエーテルブラッド塊が砕け散り、液状になって霧散する。

臣一郎「轟ノ型参! 轟砕双打掌ッ!!」

 そして、下からかち上げるようにして、体勢を整え始めたカレドブルッフの両腕に両の掌打を叩き込む。

 まだバランスすら整え切れていないカレドブルッフは、再び大きく体勢を崩した。

臣一郎「さらに続けてッ!」

 今度こそ仰向けに倒れようとするカレドブルッフに向かい、
 臣一郎はさらに一歩、深く踏み込んで懐へと入り込んだ。

 両の掌を重ね、双打掌のように大きく引き絞る。

臣一郎「本條流魔導格闘術奥義、轟ノ型終・改……!」

 そう、これこそが打撃破壊系格闘技である轟ノ型の最終奥義の構えだ。

臣一郎「流水……ッ!」

 エーテルブラッドが青藍に輝く水へと転じ、両手を覆う。

臣一郎「轟連……重撃掌ぉッ!!」

 ごく僅かにタイミングをずらした掌打の連撃が、切り裂かれた装甲へと叩き付けられる。

 左の掌打を後追いする右の掌打が押し込まれ、傷を押し広げ、
 内部に大量の流水変換された高水圧エーテルブラッドを流し込む。

 さしものカレドブルッフも内側に叩き付けられた高水圧は防ぎようも無いのか、
 上半身各部の装甲の隙間から青藍に輝く水を噴出しつつ、大きく後方へと弾き飛ばされた。
497 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:07:53.55 ID:V0zga9kFo
臣一郎「ふぅ………」

 大音響と共に正門前広場に倒れたカレドブルッフを見下ろしながら、臣一郎は大きく息を吐く。

 轟ノ型を弐、参、終と流れるような三段攻撃である。

 質量差を鑑みて、臣一郎は一気呵成に勝負を決める事にしたのだが、その目論見は成功したようだ。

 あそこまで大量の流水魔力を装甲の切れ目から流し込まれてしまえば、
 内部の回路がズタズタに引き裂かれて無事では済まないだろう。

 力比べでは敗北だったかもしれないが、駆け引きの胆力と技で勝った臣一郎の勝利であった。

 だが――

デザイア『ボス、魔力反応、低下確認できず!』

 デザイアがどこか慌てたように叫ぶ。

 臣一郎も即座にカレドブルッフを見下ろす。

 カレドブルッフの全身のブラッドラインは赤黒い輝きを放っていた。

 単にドライバーが降りただけならば暫くはエーテルブラッドもドライバーの魔力波長と同じ輝きを放つが、
 内部構造が破壊されてしまえばこうはならない。

 仮に残留魔力で輝いているのだとしても、それならば徐々に輝きは薄れて行く筈だ。

 輝きは薄れるどころか、むしろ僅かに増しているようにすら感じられる。

月島『やれやれ……』

臣一郎「ッ!?」

 カレドブルッフから月島の声が響いた瞬間、臣一郎は息を飲んで大きく後方へ跳んだ。

 ゆっくりとカレドブルッフが上体を持ち上げると、切り裂かれた胸部の装甲がガラガラと音を立てて崩れる。

 崩れた黒い装甲の中から現れたのは、真新しい白磁のように傷一つない純白の内装……いや、装甲だった。

月島『胸部だけとは言え、こんなにも早くスペースドアーマーを破壊されるとは思わなかったよ』

 月島がそう言い終える頃には胸部――と言うよりは胴体上部――の黒い装甲は全て剥がれ落ち、
 内部からは白い装甲に覆われた躯体が姿を現していた。

 スペースドアーマー……つまり中空装甲。

 機体外部に内部に空間が存在する外部装甲を貼り付け、
 破損する事で外部から加えられた衝撃を緩和するための装備である。

 機体重量の増加やワンオフ機への採用は生産性と取り回しの悪さから敬遠されがちな装備だ。

 つまり、臣一郎が送り込んだ高水圧エーテルブラッドは、
 スペースドアーマーの内部に浸透しただけに過ぎなかったのである。

月島『本体のお披露目は、君を撃破してから行いたかったが……致し方あるまい』

 月島がそう言うと、カレドブルッフを覆う黒い装甲が、頭部に至るまで剥がれ落ちて行く。

 無骨な黒い殻の中から現れたのは、やはり胸部と同じく白磁のような純白の装甲。

 中空装甲のブラッドラインと本体側が循環していたのか、中空装甲の接続部からは、
 本体とのリンクを失って鈍色に変わり始めたエーテルブラッドが僅かに流れ出している。

 そして、全容を現したカレドブルッフは、やはり九〇メートル級の体躯と、それに似合わぬやや細身で純白の装甲と、
 輝く幅広のブラッドラインを全身に走らせたどことなくヒロイックな外観をしていた。

 オリジナルギガンティック同様にヒロイックな外見を持ちながら、
 禍々さを感じさせる不釣り合いな赤黒い輝く躯体は、奇妙な不気味さを醸し出している。

月島『さあ、本邦初公開……これがGWF405−カレドブルッフの真の姿だ』

 尊大に両腕を広げながら高らかに宣言する月島は、だがすぐに構え直す。

月島『ふむ、やはり僅かでも可動部の妨げになる物が無いと動きもスムーズだ』

 確かに、何の淀みもなく滑らかに構える体運びは、黒い装甲に身を包んでいた頃とは違う。

臣一郎「……これは、骨が折れそうだな」

デザイア『………』

 冷や汗を垂らしながら呟く臣一郎に、デザイアも無言で返す。
498 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:08:42.56 ID:V0zga9kFo
月島『さて……前々から言いたかったのだが、
   ギガンティックウィザードはその名の通り巨大な魔術師……つまり魔導師の身体を拡張した物だ。

   それを量産機ならばまだしも、個々人の専用に作られた物をやれ武装の性能だ、やれ機体の機能だ、
   と余計な物ばかりに頼るのはいかがな物かと常々考えていたのだよ』

 月島は辟易したように呟きながら“まあ、それが個人専用ワンオフ機の特徴でもあるがね”と自嘲気味に呟いた。

 そして、気を取り直してさらに続ける。

月島『仮にも魔導師ならば、君の妹のように、
   ギア代わりの装備一つと魔導師本来の技で戦うべきだと思うのだよ……私は』

 月島の言葉と共に、カレドブルッフは背中から一対のショートロッドを取り出し、構え直す。

臣一郎「その構え……!?」

 カレドブルッフの構えに、臣一郎は愕然と漏らした。

 ショートロッドを二刀流のように構える姿には、臣一郎にも見覚えがある。

 無論、その構えをする人物自身を見た事はない。

 だが、教導映像で幾度も見た事があるその構えは、
 おそらく、十人に八人は“世界最強”と推すだろう人物の構えだった。

月島『カレドブルッフには君ら世代のデータに加え、
   父母、祖父母らの世代のデータも入力されている。

   中でも私は彼女の戦い方が最も“魔導師として美しい”と考えている……そう、フィリーネ・ウェルナーの戦い方がね』

 月島が恍惚とした声音で呟くと、瞬時にその周囲に無数の多重術式が展開される。

月島『さあ避けてみたまえ! 三世代前の最強を討ち破り、
   英雄すらも超えた最強の魔導師が最も得意とした儀式魔法、リヒトファルケンをっ!』

 カレドブルッフが多重術式の一つをショートロッドで叩くと、術式の表面から無数の光のハヤブサが舞った。

 カレドブルッフ……月島の指し示す通りに舞う光のハヤブサは、上空からクルセイダーに襲い掛かる。

臣一郎「デザイア! E.B.G.S、出力全開だっ!」

デザイア『イエス、ボスッ!』

 叫ぶような臣一郎の指示に応え、デザイアはブラッドの圧力を上昇させた。

臣一郎『本條流魔導格闘術奥義! 円ノ型壱・改! 流水・円舞掌ッ!』

 そして、臣一郎は本條流魔導格闘術奥義の中でも守りに優れる円ノ型の一つ、
 円舞掌【えんぶしょう】に水を纏い、振り払うような動作で閃光変換された魔力のハヤブサを防ぐ。

 閃光変換は通常の純粋魔力よりも威力が高い分、遮蔽物や水のように乱反射、屈折させる物に弱い。

 臣一郎の選択肢は的確と言えただろう。

 だが、リヒトファルケンを前にして、ベストな選択肢はベター以下に成り下がる。

臣一郎「ッ、ぐっ!?」

 防ぎきれぬほどに大量の光のハヤブサは、防御の隙を縫って確実にクルセイダーの全身に降り注ぐ。

 次々と襲い来るハヤブサの連撃に、臣一郎は苦悶の声を上げた。

月島『さあ、次はこのリヒトビルガーをどう防ぐ!』

 月島が次に三つの多重術式を連続で叩くと、その術式から一羽ずつ、光のモズが一直線に飛翔し、
 避ける間も無くクルセイダーの腹、胸、腿へと直撃する。

臣一郎「ぐぁ……ッ!?」

 臣一郎はたじろぎながらもすぐに体勢を立て直した。

 クルセイダーは大型だが、格闘戦を想定しているため、決して鈍重な機体ではない。

 リヒトビルガーは威力を引き換えに速度を高めた、回避の難しい超高速の鳥型魔力弾だ。

 同じく回避の難しい絨毯爆撃のような鳥型魔力弾のリヒトファルケンと組み合わせれば、
 タイミング次第では回避困難の魔法は回避不可能の魔法へと姿を変える。
499 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:09:10.57 ID:V0zga9kFo
月島『ギガンティックウィザードは素晴らしい……。

   私のような魔導戦の凡夫でさえ、本来ならば多量の魔力を要する
   多重術式の複数展開・待機すら意図も簡単にやってのけさせ、
   数々の魔法すらこうして思った通りに発動可能となる』

 月島は感慨深く呟きながら、次々と術式を起動させて行く。

 光のハヤブサが、光のモズが、次々とクルセイダーに襲い掛かる。

 上空から、正面から、右から、左から、時には回り込んで背後から……
 文字通り縦横無尽に蹂躙されてしまう。

 E.B.G.Sで防御――ブラッド・プリズンを展開しようにも、
 噴出させた瞬間にブラッドを相殺されてしまっては元も子もない。

 臣一郎も必死に円ノ型の防御を続けるが、次第に受ける攻撃の数が増えて行く。

 そして、実戦では負け無しを誇った210Xが、遂に膝を突く瞬間が訪れた。

 左膝への側面と背後からの同時攻撃に、左膝の関節が悲鳴を上げる。

臣一郎「ぬぅ、ぐぅぁ……!?」

 気合だけで痛みを堪える余裕もない波状攻撃に、臣一郎は食いしばった口元から苦悶の呻き声を漏らす。

 自重を支える事の出来なくなった左膝が下がり始めると、一気に防御に隙が生まれる。

 そこを逃さず、上空から一斉に飛来したリヒトファルケンと、正面から五連発のリヒトビルガーが襲い掛かった。

 片脚だけでは十分な踏み込みも移動も出来ず、その殆どがクルセイダーに直撃する。

 装甲やブラッドラインはひび割れ、全身から流血のように青藍に輝くエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーはその場に膝を突いた。

臣一郎「デザイア、ブラッドの入れ替えを、急いで……くれ」

デザイア『ブラッド損耗率九〇パーセントオーバー、ブラッドを排出しつつ新規ブラッド注入開始』

 絶え絶えの声で指示を受けたデザイアは即座にブラッドを入れ替えようとする。

 機体がボロボロでも結界装甲の出力を定常値まで復帰させ、
 ブラッド・プリズンを展開できればまだまだ耐える事は出来る筈だ。

 しかし、そんな臣一郎とデザイアを嘲笑うかのように、無傷のカレドブルッフが彼らの前に仁王立ちになる。

月島『その機体がそこまでボロボロになるのは、無人状態の所を攻撃されて以来か……。

   だが、第二世代型に改修後、起動状態でここまで傷だらけになったのは初めてではないか?
   ……正に、歴史的瞬間だな』

 月島は殊更に感慨深く言いながら、ショートロッドの先端に作り出した集束魔力刃で、
 クルセイダーの背から伸びる二本のケーブルを……タワー型タンクからブラッドを供給しているソレを切り裂いた。

 高圧でブラッドを送り込んでいたケーブルは、まるで大蛇がのたくるように暴れ回り、
 辺りに鈍色のブラッドを撒き散らし、二機の頭上から雨のように降り注ぐ。

 正門前で戦うクルセイダー最大のアドバンテージは、ほぼ無限に供給されるブラッドにある。

 それを失い、僅かな純度のブラッドしか持たないクルセイダーに勝ち目は無い。

 だが――

臣一郎「悪いが……シミュレーター訓練を勘定に入れるなら、
    この間、僕らを中破まで追い込んだ子がいたよ……」

 臣一郎は苦しそうに漏らし、全身を痛みで震わせながらも立ち上がろうとする。

月島『ほぅ……? 油断でもしていたかね? それか、相手はあのハイペリオンイクスか?』

 微かに驚いたような溜息を洩らすと、月島は怪訝そうに尋ねた。

臣一郎「性能でしか考えられないのか……。
    センチメンタルな持論を言う割に、意外とロジカルなんだな……あなたは」

 臣一郎はそう答えて、“ふっ”と鼻で笑う。

 それが、今できる精一杯の抵抗だった。

 戦いには負けたが、心は折れていない。

 拳を握る力は無くとも、抗う意志は砕けていない。
500 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:09:47.69 ID:V0zga9kFo
月島『何か、おかしいのかね?』

臣一郎「ああ……性能だけで考えている割に、半分は当たりだ……。
    僕らを追い込んだのは朝霧空君“たち”だ……」

 微かに不機嫌さを漂わせた月島の問いに、臣一郎は意味ありげに応える。

 “たち”と強調された言葉に、怪訝そうに短く唸り、月島は溜息混じりに口を開く。

月島『……何を言い出すかと思えば。

   ハイペリオンイクスは確かに高性能だが、スペックではその210と大差は無い。

   あちらの戦場はリアルタイムで観察していたが、
   204と205は大破同然、201も無視できないダメージがある。
   203は無事なようだが、たった二機のギガンティックで何が出来る?』

 月島は言葉通り、もう一つの戦場であった第四フロートでの戦闘を観察していた。

 生憎、スクレップは二機とも破壊されてしまったが、
 ハイペリオンイクスをギリギリまで追い込んでいたのは確かだ。

 事実、空達はレミィ達を置いて、こちらに向かっている。

 クルセイダーを討ち破り、ハイペリオンイクスが使用不可能になった今、
 五体満足で動けるギガンティックの中に、カレドブルッフと互角以上に戦える機体など存在しない。

月島『私はもう……目的のほぼ全てを果たしたよ。

   あとは君と210を生け贄にして、この世界に新たな守護者の誕生を高らかに宣言するだけだ。
   ……カビの生えた古い守護者は必要ない、とね』

 月島は感慨深く呟く。

 月島の目的は既に彼自身の口からも語られた通りだ。

 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う一人の科学者が作り上げた伝説に、巨大な風穴を開ける。

 開けた風穴から吹き込む新風で、伝説を薙ぎ倒す。

 もう、その目的は最後の一手を残す所まで来た。

 月島はコントロールスフィア内に据え付けられたシートに座り、
 数多のコントロールパネルに囲まれながら、自嘲とも感嘆とも取れる複雑な溜息を洩らす。

月島「私はね……君らの祖父であるアレクセイ氏に敬意を払っているよ……。
   生涯でただ一人、本気で愛した女性の父親だ……。
   無論、研究者や技術者としても尊敬している……」

 朗々と呟く月島は、どこか遠くを見るように自らの手を見遣った。

月島「だがね……彼の作り出した物だけでは、
   世界は……………全て守りきる事は出来ない。

   必要なのは誰でも扱える汎用性と、今以上の性能だ」

 そして、手を握り締める。

月島「それを誇示するために……君にだけは、その機体と共に死んで貰おう」

 月島の声に応えるかのように、スクレップは膝を突いたままのクルセイダーを右手で吊り上げた。
501 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:10:13.89 ID:V0zga9kFo
 全身から溢れる青藍のブラッドがしたたり落ち、次第に鈍色に変わる水たまりを広げて行く。

 既に幾らかの魔力リンクが切断されており、臣一郎とデザイアに抵抗する術は無かった。

 ただ、心だけは負けない。

 無駄な、だが、決して無意味ではない抵抗を続けるだけ。

 微かに動く身体を捩り、まだ辛うじて動く左腕で拘束を解除しようと試みる。

 しかし、その間にも刻一刻と死は迫っていた。

 カレドブルッフは左手で手刀の形を作ると、
 それをクルセイダーの胸……コントロールスフィアとハートビートエンジンのある位置に向ける。

 手首から先を覆う魔力刃は、停止寸前のクルセイダーを意図も貫くだろう。

 予行演習とばかりに、抵抗を続ける左腕を貫手で切り落とす。

臣一郎『っぐぁぁ………ッ!?』

 必死に堪えても堪え切れない苦悶が、臣一郎の口から零れる。

月島「ここまで来たのだ……一層、残酷に……行こう」

 月島は目を細め、感情を押し殺すようにしてそう酷薄に呟くと、両脚を切り落とした。

 その度に、臣一郎の口から短い苦悶が上がる。

 既に抵抗など出来ずにだらりと下がった右腕には目もくれない。

 切断された四肢の付け根から、大量のブラッドが溢れ、ブラッドの水たまりをさらに広げて行く。

 支え持っている頭部は潰さない。

 頭を潰すのは最後……ドライバーとエンジンを貫いてからだ。

月島「長かった……長い、四十年だった」

 最後の瞬間が近付き、月島は感涙寸前と言った表情で呟く。

 もう誰も、自分を赦す者はいないだろう。

 だが、それでいい。

 自分が生み出した結果にだけでも、価値を見出してくれる人間がいれば、それだけでいいのだ。

 純粋に研究者であり、技術者であり続けた男の、切なる願い。

 月島は左腕のリンクを接続すると、自らの手を引き絞った。

 最後の一撃だけは、自らの手で行いたい。

 それが贖罪なのか、感傷なのかは月島本人にも分からない。

月島「伝説よ……終われ」

 だが、突き出した手と共に不意に口をついた言葉で、それが感傷だったと理解した。

 突き出された貫手が、クルセイダーの胸を貫かんとする。
502 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:10:44.68 ID:V0zga9kFo
 その瞬間――

?『させないっ!!』

 鋭い叫びと共に、虹色の輝きがスクレップの貫手と激突した。

 エールだ。

 クルセイダーに貫手が接触する寸前、
 リコルヌシャルジュで突っ込んで来たエールが、カレドブルッフの貫手を受け止めたのである。

月島「むっ!?」

 突然の出来事に、さしもの月島も息を飲む。

 だが、それだけでは終わらない。

??『02、イグニションッ!』

 エールとは逆方向から走り込んで来たクライノートが、
 加速された二つ拳でカレドブルッフの手首を激しく強打した。

 当たり所が悪かったのか、それとも一方の腕だけリンクを接続していためか、
 衝撃で手首の関節がエラーを起こし、クルセイダーを放り出してしまう。

 片腕と両脚を失ったクルセイダーはそのまま叩き付けられるかと思われたが、
 飛び込んで来た一機のギガンティックがソレを受け止める。

 クレーストだ。

 突風・竜巻と共に粉々にされたと思われていたクレーストが、
 ボロボロになったクルセイダーを受け止めていた。

茜『兄さん、無事!?』

臣一郎『あ、茜……か……お前こそ、無事だったのか……?』

 慌てて問い掛ける茜に、臣一郎は絶え絶えの声で問い返す。

クレースト『激突の衝撃で短時間の機能停止はしましたが機体への影響は軽微です』

 それに答えたのはクレーストだ。

月島「なんとも……撃破を確認しなかったのは誤りだったか」

 周囲の状況を見遣りながら、月島は溜息がちに呟く。

 あの時、全身ヒビだらけの突風・竜巻をクレーストに投げつけたが、
 どうやらあの時に粉々になったのは突風・竜巻だけだったらしい。

 考えてみれば当然だ。

 ヒビだらけのガラスを同じ強度を持った無傷ガラスに叩き付けても、
 粉々になるのはヒビだらけの方で、もう一方には大きな被害は出ない。

 機体同士の激突と壁面に叩き付けられた衝撃で一時的に機能停止には陥ったが、
 月島は確認する事なくすぐに立ち去ってしまったため、追い討ちされる事は無かった。

 完全に無傷と言うワケではないが、それでも戦闘可能には違いない。

月島「……ええいっ!」

 自らの犯した凡ミスに苛立ち、月島はエールとクライノートを力任せに振り払う。

 二機は何とか空中で衝撃を受け流すと、クレーストとクルセイダーを守るように地上に降り立った。

 クレーストも離れた位置にクルセイダーを下ろすと、クライノートとは逆の位置でエールの隣に並び立つ。
503 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:11:24.35 ID:V0zga9kFo
 仲間達と並び立った空は、コントロールスフィアの中で冷や汗を拭っていた。

空(話には聞いていたけど、凄い……。
  リコルヌシャルジュを受け止めた上に、簡単に振り払われるなんて……)

 肌で感じ取った敵の強さに、空は心中で舌を巻く。

 あと一瞬でも遅ければ臣一郎を助ける事も出来なかったが、それだけに敵の恐ろしさが際だつ。

 防御不可能のアルク・アン・シエルの派生魔法が受け止められ、振り払われたと言う事は、
 魔力の上で敵がこちらを完璧に圧倒していると言う事だ。

 その上、ここに来るまでに茜から聞かされた話では、
 敵は風華達をオモチャを玩ぶかのように圧倒して見せたのだと言う。

 来る途中、残骸となってしまった仲間達の愛機は見て来た。

 性能的にはエール達も仲間達の機体と大差は無い。

 愛機が破壊されるのは目に見えている。

 だが――

空「……ごめんね、エール……ここは、引けないから」

エール『分かっているよ……空』

 決意を込めて呟く空に、エールは鷹揚に頷くように答えた。

 エールの返事を受けて、空は小さく頷いてから一歩踏み出す。

 ブライトソレイユを払うように構え直し、そびえ立つカレドブルッフを見上げる。

 白地に赤黒い輝きを纏う機体は、恐ろしい力を聞かされたせいか、見た目以上の恐ろしさを感じさせた。

 合同演習の際、幾度戦っても倒す事の出来なかったクルセイダーを、たった一機で呆気なく倒してしまった機体。

 それだけで彼我の戦力差が理解できると言う物だ。

 だが、それでも退くワケにはいかない。

 レミィとフェイが、自分達を信じて送り出してくれた。

 二人の信頼がこの背を押してくれている。

 だから退けない……いや、退かずにいられる。

 どんなに恐ろしい敵が相手でも、前に進む事が出来るのだ。

空「ユエ・ハクチャ……いえ、月島勇悟っ!」

 空は気合を入れ直すように月島の名を叫ぶと、さらに続けた。

空「あなたはこれまでに多くの人を傷つけ、今回もまた、私達の仲間を傷つけました。
  ……どんな理由があっても、それを赦す事は出来ません!」

 自らの目的のために多くの人間を貶め、傷つけて来た月島。

 人の思いを、命を玩び、踏みにじる彼は、やはり空が自分で斯くあるべきと願う信念の対極の存在だ。

月島『赦しなど最初から望んでいないよ……。

   私は私の目的のために為すべき事を為した、そのために必要な物は全て利用して来た。
   そうでなければ辿り着けない高みだからね』

 月島は空の断罪の言葉に淡々と返す。

 微かな後悔にも聞こえる言葉は、だが、決して赦しは望んでいなかった。

 そして、さらに続ける。

月島『……本当に赦しを乞わなければならないのは、
   たった一人の研究者の作り出した物に頼らなければならない、この世界そのものだ。

   この世界は歪んでいる……たった十人に頼らなければ生き延びる事が出来ない、
   たった十人にしか乗れないギガンティックなど、おぞましい歪みだ!』
504 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:11:52.66 ID:V0zga9kFo
空「ッ……」

 月島の言葉に、空は小さく息を飲む。

 その通りだ。

 そんな思いが空にも微かに存在していた。

 法をねじ曲げ、幼子すら戦場に駆り出す世界の構造。

 それは確かに歪んでおり、空にもその点は反論できない。

空「……だからと言って、あなたのやった事は正当化されません!
  そう思うなら、やるべき事が違ったでしょうっ!」

 空は怒りを吐き出す。

 世界が歪んでいるなら人の命を玩んでも良いワケがない。

 世界の歪みを正すためなら人の思いを踏みにじっても良いワケがない。

 自分が気に入らない歪みのために、多くの人を歪めて良いワケがない。

空「世界が歪んでいても、世界の歪みの中にいても……それでも必死に生きている人がいる!
  自分達で歪みを正しながら進もうとしている人達がいる……!」

 空は先日の真実の口から聞かされた、彼女の家族の事を思い出す。

 市民階級と言う制度で歪んでしまった真実の家族は、その歪みを正して家族の絆を取り戻した。

 世界全体の歪みに比べれば、小さな歪みだったかもしれない。

 だが、歪みを正して、親友の家族は共に歩み出したのだ。

 それは可能性であり、希望だ。

空「世界が歪んでいるなら、私は誰かと力を合わせてその歪みを正して行きます……!」

月島『大きな口を叩くのは構わないが、勝つ気でいるのか?』

 空が力強く言い切ると、月島は驚き半分呆れ半分と言った風に問い返した。

 繰り言だが、彼我の戦力差は圧倒的だ。

 そして、やはり繰り言だが退くワケにはいかない。

月島『私の目的は210とそのドライバーを殺す事……それ以外に用は無い。
   さあ、退いてくれないかね?』

 結果は決まったのだから面倒事はもう十分だと言いたげに、
 月島はカレドブルッフに手で人払いをするような仕草をさせた。

空「私達は、負けてなんかいないっ!」

 空は一喝する。

月島『ここに来て負け惜しみか……』

空「負け惜しみなんかじゃない! あなたは臣一郎さんとクルセイダーを殺せなかった!
  私達はみんなの力で間に合ったんだっ!」

 言いかけた月島の言葉を遮って叫ぶ。

月島『………何を言うと思えば、考えた方が飛躍し過ぎているな。

   カレドブルッフの足止めすら出来なかった者達の力で間に合った、とはね……。
   片腹痛いと言うんだ、そう言う屁理屈は』

空「レミィちゃんとフェイさんが送り出してくれた……!
  風華さん達はあなたを止めるために戦った………!
  誰が欠けても、私達は間に合わなかった!
  みんなが……みんなと一緒に繋いで来たんだ!」

 苦笑うかのような月島の言葉に、空は反論する。
505 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:13:13.15 ID:V0zga9kFo
 あの瞬間、あと一瞬でも遅れたら臣一郎は助けられなかった。

 あと一瞬、風華達が足止め出来ずにいたら?

 振り解かれたマリアの拘束は、だが確かにカレドブルッフの侵攻を押し留めた。

 苦し紛れの瑠璃華とクァンの攻撃は、それでもカレドブルッフを僅かに押し留めた。

 風華と茜は確実にカレドブルッフを遠ざけた。

 レミィとフェイが間に合い、美月の援護がなければ二機のスクレップは倒せなかった。

 二人が自分達を置いて行けと言ってくれなければ、
 クレーストの再起動をしようとする茜と合流し、この場に間に合う事は出来なかった。

 臣一郎が全力で抗わなければ、“あと一瞬”を後悔の言葉にしていただろう。

 自分達だけではない。

 軍や警察の多くのギガンティックドライバー達が、
 その“あと一瞬”を作るために全力を尽くしてくれた。

 戦場で戦った者達だけでなく、前線のドライバーを支援したオペレーターや、
 早急な戦力展開のために素早く避難した市民。

 おそらく、その誰か一人が欠けても間に合わなかった。

 最後の一撃を空が押し留める瞬間に間に合ったのは、
 多くの人々の意地や誇り、協力があったればこそだ。

 誰の行動も、誰かが通そうとした意地も、決して無駄などではなかった。

茜『……そうだな……全部が繋がっているんだ……』

 先ほどから押し黙っていた茜が、不意に口を開く。

茜『無駄な事なんて何も無かった……!
  どれ一つ欠けても、私達はここに揃ってはいない!』

 茜はそう言い切ると槍と短刀を構え直す。

美月『みんなが信じて戦ってくれた……。
   だから私もみんなの信頼に応えるため、全力を尽くします』

 美月も進み出て、全ての武装を起動する。

 無駄な抵抗かもしれない。

 だが、無意味ではないのだ。

 二人の言葉に後押しされて、空はまた一歩、進み出る。

空「あなたはオリジナルギガンティックを……エール達が歪んでいるとも言いましたね?」

月島『ああ、言った……言ったとも。
   自らが認める者しか乗せようとしない機体など……君はおぞましいとは思わんかね?』

 空の問いに、月島は頷くように答え、疑問を呈するかのように問い返した。

 空は、確かに世界の歪みには納得したし、同意もする。

 だが、コレだけは譲れない。
506 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:13:41.13 ID:V0zga9kFo
空「エール達は私達を選んでくれた……」

 空は朗々と言葉を紡ぎ始める。

 血の繋がり、意志の同調、魔力の同調。

 様々な理由で、彼らはドライバーを選んだ。

空「私達の思いを知って、一緒に戦ってくれている……!」

 居場所を守るため、大切な人のため、誇りのため……。

 彼らはその思いに応えてくれた。

空「エール達は……私達の大切な仲間だ!
  エール達は歪んでなんかいない!
  エール達と私達も繋がっている……!

  エール達を乗り継いで来た人達の思いと私達の思いも、エール達で……繋がっているんだ!」

 空は力強く、その思いの丈を叫ぶ。

 結・フィッツジェラルド・譲羽。

 姉である朝霧海晴。

 その二人が守ろうとした物を……大切な人達がいる世界を守りたいと願った思いは、空にも繋がっている。

 それは茜と美月も同じだ。

 初代ドライバーである奏・ユーリエフ、母である本條明日華。

 愛する人のために剣を取った二人の思いは、憎しみを振り切った茜の中にも確かに息づいている。

 クリスティーナ・ユーリエフの大切な人のためになら戦えると言う勇気は、
 仲間のために戦おうとする美月の思いにも通じる。

 みんなが、そうなのだ。

 風華と突風、瑠璃華とチェーロ、クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア。

 彼らの思いは、何処かで歴代のドライバー達と繋がっている。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロスの思いも、
 きっと未来へと……新たなドライバー達へと繋がって行く。

 空達とエール達にとって、それは決して歪みなどではない。
507 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:14:09.57 ID:V0zga9kFo
空「あなたが歪んでいると言うなら、あなたにとっては歪んでいるのかもしれない……。
  それでも、私達にとってそれは繋がりで、エール達との大切な絆なんだ!」

 選んだのでも、選ばれたのでもない。

 繋がるべくして、お互いの意志が繋がったのを、結果的に選び、選ばれたと言っているに過ぎない。

 そして、繋がって来た意志は、きっと未来へと繋がるのだ。

 この場でこの身が砕かれようとも、多くの人々との繋がりで紡いだ一瞬は無意味ではない。

 この繋がりは、いつかきっと意味のある物に変わる。

 その確信が、空にはあった。

エール『空……』

 その確信は、魔力と言う繋がりを通じてエールにも伝わる。

 エールに……いやエール達にあったのは喜びだった。

 特定の誰かしか選ぶ事の出来ない自分達。

 それを繋がりと……絆だと、言ってくれた。

エール『僕も……空に、空達に応えたい』

 真っ暗な闇の中から救い上げてくれた、再び温かい気持ちを与えてくれた新たな相棒に、応えたい。

クレースト『茜様の思いに、もう一度……』

 大切な人を思って涙し、諦めながらも絶望せずに手を伸ばし続けた思いに、応えたい。

クライノート『美月、私もあなたの力に……』

 苦しみすら乗り越えて、大切な人のために戦うと誓った誇りに、応えたい。

 特攻などさせない。

 彼女達の意志を、彼女達自身に、もっと先まで繋げさせたい。

 その思いがエール達の中で渦巻く。

 もっと彼女達のために……今の、主達のために。

 たった、それだけで良かった。

『Mode Release』

 その思いに応えるように、無機質な音声と共に三条の光の柱が立ち上った。
508 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:14:51.94 ID:V0zga9kFo
―8―

 ギガンティック機関、司令室――


アーネスト「状況は!? どうなっているんだ!?」

 突如の事態にアーネストは驚きの声を上げた。

春樹「わ、分かりません!?
   01、02、03、各機の機体コンディションがモニター不可能になっています!?」

 春樹は混乱しつつ応えながら、クララと共に異常の原因を探ろうとチェックを続けている。

メリッサ「各ドライバーのバイタルはモニター可能です!
     心拍数の上昇は確認できますが許容範囲内!」

 春樹の告げた異常に自らの担当区分にも異常が無いか確認していたメリッサは、
 先ほどまでと変わらないモニターを確認して報告した。

タチアナ「外部カメラで機体の異常は確認できる!?」

エミリー「外観の変化は確認できません!」

 タチアナの問い掛けに、正門前広場の各種監視モニターを確認していたエミリーが応える。

明日美「…………」

 クルセイダーすら討ち破る巨大ギガンティック、月島の出現、そして、エール達に訪れた変化と、
 立て続けの異常事態にざわめく司令室を視線だけで見渡しながら、明日美は沈思していた。

 一体、今度は何が起きたのか?

 考えていても埒の無い事だが、考えなければならない。

明日美(考えられる可能性は……一つだけ……)

 明日美はその考えに思いを巡らせる。

 だが、その考えが浮かんだ瞬間、微かに頭を振った。

 そんな事はない。

明日美(そうよ……あの機能は完全に失われていた。
    第二世代に改修された際に、構造として失われた筈……)

 明日美は自らの出した考えを、自ら否定した。

 月島勇悟も居合わせた、多くの技術者立ち会いの下で確認している。

明日美(XXXは……もう存在しない……)

 明日美はそう言い聞かせるように、自らを納得させた。

春樹「モニター異常回復! 各機コンディション確認可能です!」

 春樹はそう告げると同時に、各機のコンディションを再確認する。

クララ「嘘……何これ……!?」

 同時に確認作業を始めていたクララが、愕然と漏らす。

アーネスト「報告は明確に!」

クララ「!? は、はい! それが……三機の内部構造が大きく変化しています!
    主要部はそのままですが可動部の増加と一部構造の不明な強化が確認できます!」

 アーネストの言葉に気を取り直したクララだったが、
 自分で自分の言葉が信じられないと言いたげに報告した。

 機体の内部構造の変化。

 芋虫が蛹を経て蝶になるように、内部の構造が全く別の物に置き換わっているのだ。
509 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:15:55.65 ID:V0zga9kFo
リズ「何これ……01……いえ、エールから緊急回線での通信が入っています!」

 一瞬驚いた様子のリズだったが、すぐに落ち着きを取り戻してそんな報告を上げた。

アーネスト「エールから? エールからの直接通信と言う意味か?」

リズ「いえ……これはデータの送信?
   大容量のデータが司令室のメインフレームに転送されています!」

 状況確認を続けていたリズは、アーネストの問いに驚き混じりに応える。

 司令室のメインフレームとは、以前に茜が美波と共に入った、
 司令室の真下の部屋でアクセス可能なアレだ。

アーネスト「司令……」

明日美「……え、ええ」

 アーネストに促された明日美は、僅かに声を上擦らせて返す。

 諜報部員や各部門主任にはメインフレームに専用端末を介して間接アクセスが許可されているが、
 司令室からの直接アクセスが許されているのは司令である明日美だけだ。

 だが、明日美が声を上擦らせたのはそんな事に対する緊張などではなく、別の理由から来る緊張だった。

 エール……つまり、エールのAI本体から転送されたデータの正体に、明日美は気付いている。

 確実に“コレだ”と言えるワケではないが、それでも九分九厘は当たっているだろう。

 明日美は震える手で手元のパネルでメインフレームにアクセスすると、転送されて来たデータを展開した。

 展開されたデータは、即座に司令室正面のメインモニターに開かれたウインドウに表示される。

 真っ暗な画面にただ一文“虹の意志を継ぐ者達へ”とだけ、英文で書かれた簡素な画面。

 それが僅か数秒表示された直後、再び別な英文が浮かび上がった。

明日美「我が生涯の全てを、亡き最愛の妻の愛機の心を開き、彼らと心を通わせた者達に託す……。
    願わくば、悪魔の兵器を超越した彼らを託すに足る者が再びこの地に現れん事を……」

 明日美は朗々と、半ば茫然としつつ読み上げる。

 それは父、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の直筆と思われる文字をスキャンした文章だった。

 明日美がその文章を読み終えると、即座に無数のウインドウが同時に展開する。

 全て図面や論文の類だ。

春樹「コレは……改装時のオリジナルギガンティックの図面……それも完全版!?」

クララ「この図面……形は……は、ハートビートエンジンの詳細図面と開発データです!?
    オリジナル十一基、全て揃ってます!」

 それらを確認していた春樹とクララが驚愕の声を上げる。

 無理もない。

 解析不可能、分解不許可、ジャンク品同然になりながら整備を続ける他なかったオリジナルギガンティック、
 その全てのブラックボックスが一斉に開かれたのだ。

 情報はそれだけではなない。

 オリジナルギガンティックの改装図面、全OSSの設計図、それらに加えて不明な機体の設計図も存在している。

 ギガンティック機関にとっては宝の山だ。

アーネスト「司令……これは」

明日美「父の……四十年越しの置き土産、かしら……」

 愕然とするアーネストの問い掛けに、明日美は震える声で呟いた。
510 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:16:27.27 ID:V0zga9kFo
アーネスト「明日美さん……?」

明日美「え? ……ああ」

 戸惑うような声でアーネストに名前を呼ばれ、そこで明日美は初めて、自分が涙している事に気付く。

 思わず頬に手を当て、慌てて涙を拭った。

明日美(ああ……そうか……私は嬉しかったのか……)

 困惑の中、微かに胸の奥で息づく喜びに気付き、明日美は感慨深く溜息を洩らす。

 母の死で狂い、人類の生命線たるギガンティックを誰にも扱えぬ物に仕立て上げたと思っていた父。

 しかし、違った。

 そうではなかった。

 父は、本当に人類の生命線を……
 イマジンすら凌駕する兵器を預けるに足りる人物の再来を望み、未来に託したのだ。

 それはそれで身勝手だったかもしれない。

 だが、それでも復讐に取り付かれた若き日の自分と違い、
 父は人類の守護者に相応しい人物の再来を信じ、そのために最期まで尽くしたのだ。

 その事が、誇らしくもあり、嬉しくもあり、自分がその事に今の今まで気付けなかった事と、
 その対象となるに至れなかった心苦しさと悔しさもあった。

明日美(勇悟……あなただけでなく、私もまた、間違っていたようだわ……)

 涙を拭った明日美は、気を引き締め直し左側にいる春樹達メカニックオペレーターに向き直る。

明日美「現在の01達の状態と改修直後の01達の設計図に符合する点はありますか?」

春樹「現在確認中…………01、02確認!
   構造は第二世代改修直後の他、改修前の設計にも合致する点が存在します」

クララ「03も確認できました、誤差有りません!」

 春樹とクララの返答に、明日美は驚きの表情を浮かべながらも深く頷いた。

アーネスト「司令……では?」

明日美「ええ……朝霧副隊長、及び他二名に伝達! XXXへの合体を許可します!」

 明日美は促すようなアーネストの問い掛けに頷いて答えると、立ち上がって指示を飛ばす。

 すると、その指示の内容、特に“XXX”と言う単語に主任級のオペレーター達がざわつく。
511 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:16:55.90 ID:V0zga9kFo
 そのざわめきは、空達にも伝播していた。

空「とりぷる、えっくす……?」

 聞き慣れない単語に、空は怪訝そうに首を傾げる。

春樹『正式名称GWF001……いや、GWF201XXX−エール・ソヴァール。
   機能そのものが第二世代改修時に失われたと思われていた、エール本来の合体形態だ』

 空の疑問に答えたのは春樹だ。

 エール達に異変があった事で月島も警戒しているのか、睨み合いのような状態は今も続いている。

クララ『機体状態は問題無し、むしろ内部構造の変化で内装ダメージも回復しているから、
    今がチャンスだよ』

茜『確かに先ほどよりも動き易くはなってはいるが……』

 後押しするクララの言葉に茜は戸惑い気味に漏らす。

 内部構造の変化など、どんな技術を使えば良いのか分からない。

 おそらく、瑠璃華ならばマギアリヒトによる内部構造体の変化を分かり易く説明してくれただろうが、
 今はそれどころではない事態だ。

春樹『ただ、合体には最低でも二秒間、無防備になる時間が存在するみたいだ。
   その時間を上手く稼がないと……』

 春樹が申し訳なさそうに漏らす。

美月『二秒も無防備に……』

 美月は不安げにその言葉を反芻する。

 二秒あればカレドブルッフの手で完全にスクラップにされてしまう。

 だが、それ以外に反撃に転じる方法が無い。

 これでは状況は好転したとは言えなかった。

???『二秒で……いいん、だな?』

 しかし、不意に絶え絶えの声が空達の元に届いた。

 臣一郎だ。

 臣一郎は魔力リンクを幾分か遮断された事で、まだ意識を保っていたらしい。

臣一郎『僕とデザイアで時間を稼ぐ……その隙に合体するんだ!』

 臣一郎の声と同時に、足もとに撒き散らされた夥しい量の鈍色のエーテルブラッドが、
 一気に青藍の輝きに包まれた。

 臣一郎の魔力波長の輝き……
 そう、撒き散らされたエーテルブラッドがクルセイダーの制御下に置かれた証拠だ。

茜『に、兄さん!? そんなボロボロの機体で無理をすれば……』

 茜は愕然と叫び、臣一郎を止めようとする。

 だが――

臣一郎『……見せてやるんだ……アイツに……!
    多くの人の命を奪い、もっと多くの人を騙してまで作り上げた物よりも、
    アレックス御祖父様が僕らを信じて託してくれた物が……エールと君達の方が上だと……!』

 臣一郎は気合で痛みをねじ伏せ、叫んだ。

 その言葉に、茜は息を飲む。

 そう、証明しなければならない。

 月島に、世界に……エール達は歪んでなどいない、
 人との繋がりの果てに生まれる物こそが、人類を守る守護者だと。

臣一郎『朝霧君! 茜! 美月君! 頼むっ!』

 臣一郎が叫ぶと、青藍に輝いていた大量のエーテルブラッドが舞い上がり、
 空達と月島の間に、高く、分厚いエーテルブラッド結晶の壁が生まれた。

月島『ほう………まだこんな事をする余力があったか』

 驚き、感心するように漏らす月島だが、その声音は言葉よりも驚いてはいない。

 その証拠に、早くも壁を破壊しようと、何発もの殴打を繰り返す。
512 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:17:48.79 ID:V0zga9kFo
臣一郎『い、急いでくれ!』

 自らの作り出した障壁から伝わる重い一撃に、臣一郎は苦しげに叫んだ。

茜『……迷っている暇は無いな、急ごう!』

美月『はい……!』

 兄の悲鳴じみた声に不安を隠せない茜の言に、美月も頷いて応える。

 押し黙っていた空も大きく頷き、目を見開く。

空「エール……臣一郎さんが作ってくれたチャンス、無駄に出来ないよ!」

エール『……了解、空! 君が指示を……モードXXXの起動を!』

空「うん!」

 空はエールに促され、軽く深呼吸をすると前を見据える。

空「モードXXX、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の声にエールが応え、三機が変形を開始する。

 三機は高く跳び、エールは下半身を腰部の付け根から下部を九十度後方に折り曲げ、
 腕部は折り畳まれた肩部装甲によって覆われた。

 クレーストは頭部を含む胸部が分離し、残る全身が左右に分割され、
 腕部は肩部装甲内へと折り畳まれながら下方へとスライドし、足底部から拳が突きだす。

 クライノートは下半身が左右に展開し、膝を折り畳むようにしつつ、
 こちらも折り畳まれた腕部と接続され、上下を逆にした凹字型へと変形する。

 エールの背面にクレーストの胸部が接続され、折り畳まれたエールの足でカバーされ、
 クライノートはエールの腰部へと連結された。

 側面を向いたエールの左右肩部ジョイントに変形したクライノートの身体が接続され、
 クライノートの下部に前後で折り畳まれたヴァッフェントレーガーが接続される。

 三機と一機のOSSが集合し、五〇メートル近くなった巨体の各部に、
 クライノートの武装が装着されて行く。

 左右に分割されたドゥンケルブラウナハトは足となって脚部となったヴァッフェントレーガーの下部に、
 ロートシェーネスは上腕となったクレーストの脚部の先に前腕として、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルは肩部に連装砲として、
 左右が連結されたオレンジブリッツは胸部装甲となり、
 逆に左右に分割されたグリューンゲヴィッターは左右の腰側面に装着された。

 スニェークとゲルプヴォルケを連結器として繋がり、長大なツインランスとなった
 ブライトソレイユとドラコーンクルィークを握り締めると同時に、
 背面に光背状となったプティエトワールとグランリュヌが再接続され、
 エールの翼とモールニヤが大きく展開し、空色の魔力が翼のようになって噴き出す。

クレースト『各部、各システム接続確認、ブラッドライン正常』

クライノート『全兵装オンライン確認、トリプルハートビートエンジン接続確認』

エール『トリプルハートビートエンジン、起動!』

 クレースト、クライノート、そして、エールの言葉が響くと、
 エールの一角獣のような頭部ブレードアンテナがV字に展開し、全身のブラッドラインが空色に輝いた。

空「トリプルエックス……エール・ソヴァール、合体完了っ!」

 空の宣言と共に合体を終えた三機……いや、エール・ソヴァールが再び正門前広場に降り立つのと、
 カレドブルッフによって障壁が砕かれるのは同時だった。
513 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:18:18.85 ID:V0zga9kFo
月島『お、お……おおおぉぉ……!?』

 障壁の向こうから現れた姿に、月島は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

月島『XXX! ……そうか、先ほどの変化はコレだったのか!

   マギアリヒト構造体の変容性を活用し、構造そのものを機体内部に秘匿、
   特定条件によって本来の構造に戻る機能か……!

   素晴らしい!

   あなたは一体、どこまで人知を超えた物を遺したのだ!
   アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽ぁぁッ!』

 そして、歓喜と驚愕、羨望、憤怒、それら全てを含む複雑な感情を声に乗せ、
 躁状態になったかのように叫ぶ。

 今までと明らかに違う月島の変貌ぶりに、空達も微かにたじろぐ。

月島『………気が変わった。XXXがいるならば、ソレと戦わせて貰おう!
   いや、それを超えてこそ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の伝説を打ち破れると言う物だ!』

 微かに冷静さを取り戻しても、それでも興奮冷めやらぬ様子の月島は、
 トリプル・バイ・トリプルエンジンの出力を上げる。

 すると、周囲に赤黒い魔力が噴き出し、まだ足もとに残っていた微かなエーテルブラッドを消し飛ばす。

 おそらく、エンジンの安全制限を解除したのだろうが、凄まじい出力だ。

空「一気に押しやるよ、美月ちゃん!」

美月「分かりました、ソラ。各部スラスター最大出力です……!」

 しかし、空は怯える事もなく冷静に美月に指示を飛ばすと、
 夥しい量の魔力を噴き出すカレドブルッフに向けて、合体した愛機と共に跳ぶ。

 エール・ソヴァールの全高は五十二メートル。

 クルセイダー以上の巨体となっても、未だカレドブルッフの九〇メートルには届かない。

 圧倒的な体格差の二機がぶつかり合う。

 その瞬間、予想外の事態が起きる。

月島『なっ!?』

 月島の驚きの声と共に、カレドブルッフが一気に押しやられて行く。

 カレドブルッフの両肩に腕を突っぱるようにして、
 倍近い体格を誇る巨体をエール・ソヴァールは易々を押しやってしまっているのだ。

月島『と、トリプルハートビートエンジンだと!?
   これがあのハイペリオンイクスと同出力だと!?

   まるで別物……異次元の出力差じゃあないか!?』

 恍惚とも驚愕とも取れる月島の叫び声を残しながら、
 エール・ソヴァールはついにカレドブルッフの巨体を浮かび上がらせた。

空「上部隔壁を開けて下さい! 早く!」

 空は通信機に向け、司令室に指示を出す。

 決して、自らと愛機の生み出した現場に驚いてはいない。

 全てのブラックボックスが解放されたエールと繋がった事で、空は理解していた。

 エーテルブラッドは魔力となって自分の身体の中をも循環し、愛機の体内を巡っている。

 そして、自身と愛機の間を巡るブラッドが伝えてくれた。

 真の姿を取り戻したエール・ソヴァール【翼の救世主】は、この程度の事を造作もなくやってのける、と。

明日美『ギガンティック機関司令権限でメインフロート第一隔壁展開!』

リズ『は、はい! 隔壁展開を要請します!』

 明日美の声に続き、困惑気味のリズの声が聞こえる。
514 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:18:51.90 ID:V0zga9kFo
 しばらくすると、上昇しながらカレドブルッフを押し続ける空達の正面で、
 天蓋の一部が開き始めた。

 かつては第一層内部の空港に入る航空機の出入り口であった、
 四十四年前に閉じられた三百メートル四方の隔壁の一つだ。

 エール・ソヴァールはカレドブルッフを押しやりながらその隔壁から外部へと飛び出し、
 そのまま第一フロートを飛び越えてインド洋の凍り付いた大氷原の上空まで突き抜けた。

 グリニッジ標準時のドーム内ではまだ夕刻だが、インド洋上は既に真夜中だ。

 幸い吹雪は小康状態で、二機はそのまま真夜中の氷原へと着陸する。

月島『なんと……最早……これが結界装甲とハートビートエンジンを得たXXX……。
   旧世界で唯一、イマジンを撃破したギガンティックの第二世代改修型か……』

 体勢を崩しながらも着陸に成功したカレドブルッフから、畏怖するかのような月島の声が聞こえる。

 かつてイマジン事変に際して、世界に初めて現れたイマジンを撃破した唯一のギガンティック。

 圧倒的な魔力を誇るイマジンを、それを上回る魔力係数と出力で
 辛うじて撃退したギガンティック、その第二世代改修機。

 それこそが、このGWF201XXX−エール・ソヴァールであった。

 僅か十数分でメガフロート外へと飛び出し、大氷原にまで到達する。

 それも自らよりも巨大なギガンティックを押し出しながらだ。

 畏怖せざるを得ない性能差だった。

空「もう力の差は分かった筈です………降参して投降して下さい、月島勇悟」

 空は武器を構え、威嚇しながらも降参を促す。

 ここまで性能差が圧倒的なのだ。

 彼の挑戦はここで終わりだ。

 だが、月島も引き下がらない。

月島『なんの宗旨替えだね?
   私は生きていてはいけないとまで、傲慢に言い放った君が!』

 カレドブルッフは両腕に魔力刃を展開し、ショートロッドを構えながら無数の術式を展開した。

 月島の言葉はただの理由付けの一つと挑発に過ぎない。

 彼の真意は別にある。

 そう、これは挑戦なのだ。

 王者が強ければ挑戦を諦めるなど、最初からそんな殊勝な心構えならば、
 自らの計略で戦争状態を作り出し、それを利用してまでカレドブルッフを開発などしていない。

 クルセイダーと言う挑戦相手が、本来挑戦すべきだったエール・ソヴァールに戻ったに過ぎないのだ。

 まだ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う伝説に風穴を開ける月島の挑戦は、終わっていなかった。

空「………茜さん、氷結変換でお願いします」

茜「分かった……。魔力変換、セット!」

 諦めたように呟いた空に茜が答えると、
 空色に輝いていたエール・ソヴァールのブラッドラインが、一瞬だけ茜色に輝く。

月島『さあ、最期まで付き合ってくれ!
   君らの仲間が私を足止めしたように、私の無謀な挑戦にっ!』

 月島は自虐のような覚悟の声を放ち、それと同時に術式を叩いた。

 五条の光のモズがエール・ソヴァールに襲い掛かる。

空「セット・フリーズッ!
  フリージングスナイパー、ファイヤッ!!」

 空が右手の人差し指と中指を揃えて突き出して叫ぶと、
 右肩の付け根に装着されていたブラウレーゲンから氷結変換された魔力砲弾が放たれた。

 魔力砲弾は五発放たれ、その全てがカレドブルッフの放ったリヒトビルガーを凍てつかせて弾ける。
515 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:19:41.81 ID:V0zga9kFo
月島『属性変換機能か!? その機体で唯一にして最大の忌々しい機能だ!』

 月島は吐き捨てるように叫ぶ。

 エール・ソヴァールは三機のハートビートエンジンが完全同調接続されている。

 それがハイペリオンイクスすら凌ぐ出力を引き出しているのが、恩恵はそれだけではない。

 本来、エールを十全に使いこなす無限の魔力の持ち主は、閃光以外の属性変換が不可能となる。

 だが、クレーストとクライノートのドライバーに他の属性変換が可能なドライバーが登場していれば、
 装着された武装を媒介とする事に限定して、変換された魔力を射出可能となっているのだ。

 魔導師本来の能力を拡張したギガンティックウィザード、と言う思想の月島にとってみれば、
 彼の理想とするギガンティックの対極に位置する機能だろう。

 月島は怒りに任せ、一気に三発のリヒトファルケンを解き放った。

 クルセイダーに襲い掛かった倍以上の数の光のハヤブサが、エール・ソヴァールに襲い掛かる。

 しかし、空は慌てず、左手の人差し指と中指を揃えて突き出す。

空「セット・フラッシュッ!
  アルク・アン・シエル……イノンブラーブルッ!!」

 今度は左肩のヴァイオレットネーベルから、自らの魔力特性を活かした魔法を放つ。

 無数に拡散するアルク・アン・シエルが、同様の拡散弾であるリヒトファルケンを消し去り、
 さらにはカレドブルッフの周囲に浮かぶ術式すら消し去った。

月島『ッ………性能差がここまでとは……』

 月島は舌打ちと共に悔しそうに呟く。

空「まだ……降参してくれませんか?」

 空も苦しそうに呟く。

 圧倒的過ぎる力を持って、空は初めて気付いた。

 エール・ソヴァールが開発者であるアレックスによって封印されて来た理由だ。

 この機体は世界を滅ぼした魔導弾やイマジンを軽く凌駕する破壊力を持っている。

 人類を守るだけならば、十分とは言えないまでも、
 それまでのオリジナルギガンティックだけで何とか守れたのだ。

 だが、エール・ソヴァールの力は守るだけでは収まりきらない、相手を滅ぼす事すら出来る絶対の力だった。

 抑止力と言えば聞こえは良いが、大量破壊兵器に分類される、究極の魔導兵器なのである。

 それでも、その封印を解き、未来を願って託された人間として、
 この力を正しく使わねばならないと言う使命感が、月島への降参を促すのだ。

月島『君も言っただろう!? 私は生きていてはいけない人間だと!
   ああ、実にその通りだ!

   私は何十年、何百年かけてでも、何千人、何万人を犠牲にしたとしても、
   必ず、その機体を上回る機体を作り出す!

   最悪の事態に備えた保険もある!』

 しかし、月島は興奮した様子で叫び散らし、さらに続ける。

月島『フロート内に連れ帰られた瞬間、私は自爆して次の私に機会を託す!

   今、この場だ!
   この魔力の吹雪によって通信を阻害された外の世界でだけ、私は完全な死を迎える!

   こんなチャンスが二度もあると思うな!』

 月島はそう言い切ると、ショートロッドと拳の魔力刃を同調させ、
 長大な剣と化した魔力の刃で斬り掛かって来た。
516 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:20:10.00 ID:V0zga9kFo
空「この……分からず屋っ!
  美月ちゃん、腕部セーフティ解除! 茜さん、炎熱変換を!」

美月「はい、ソラ……腕部セーフティ解除します」

茜「……魔力変換セット」

 涙を滲ませる空の言葉に、美月と茜も静かに答えた。

 両前腕が空色の炎に包まれる。

空「セット・ファイヤッ!
  ファイヤーロケッター、ダブルッ!!」

 空はその炎に包まれた腕を、突き出すようにして放った。

 前腕となっていたロートシェーネスは切り離され、
 炎を纏った噴射拳となって魔力刃を掲げたカレドブルッフの腕を貫いた。

 空色に燃えさかる拳はカレドブルッフの腕を吹き飛ばし、
 バランスを失ったカレドブルッフは盛大に氷原へと突っ込み、深い溝のような大穴を穿つ。

空「……もういいでしょう! これで終わりです!」

 空は最早、泣いていた。

 涙は堪えていたが、今にも溢れ出しそうなほどだ。

 託された力……思いを、こんな暴力のように使わなければならない事実が、胸を締め付ける。

 繋がって来た思いは、人間同士で争うための力ではない。

 イマジンから人々を守り、未来を切り開く力なのだ。

月島『この力が……この力が最初から使えれば……!
   誰もが扱える万能の力であったならば!』

 月島は悔しそうに叫ぶ。

 だが、月島の願いような叫びが実現した世界は恐ろしい世界に他ならない。

 科学者としての月島の矜持は分からないでもない。

 誰もイマジンに怯えない世界、誰もがイマジンに抗える世界。

 そうであったならば世界は滅ばなかった。

 空も、姉との出会いがあったどうかを別にしても、姉を喪う事は無かっただろう。
517 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:20:44.21 ID:V0zga9kFo
 しかし、この過ぎたる力は人間には重すぎる。

 この力を扱う者、その全てが善人でも賢者でも無いのだ。

 争いは避けられない事も多く、怒りや憎しみを収めて生きる事は難しい。

 そんな世界に誰にでも扱える平等な滅びの力が与えられた日には、世界は最短で滅ぶ。

 しかし、それを望む声がある。

 世界を滅ぼしはしない。

 だから与えてくれ、と。

 誰もが怯えぬ世界のために……。

 両腕を失ったカレドブルッフは、赤黒いブラッドを撒き散らしながら立ち上がり、
 尚もエール・ソヴァールに迫る。

 たった一人の男の挑戦と言う名の祈り。

 この祈りは……この祈りで手に入れた力は、いつか世界を壊す。

 多くの人々の命を奪い、人生と心を歪めたように……。

 この祈りと、男の命と共に摘み取らねばならないのだ。

 この力は、誰かの祈りを未来に繋げる力だと言うのに……。

空「エール………ごめんね……こんな使い方は……もう、二度と、しないからっ!」

 空はついに涙を溢れさせ、愛機に……そして愛機にこの力を託した者に謝罪する。

 果たして、エールは優しい声で答えた。

エール『空……僕は君の翼だ……。
    君が望むなら、君が選ぶなら……僕はどこまでも君と飛ぶよ。
    君が迷わないよう、君がいつまでも飛べるように』

空「エールぅ……ッ!」

 穏やかに語りかけるエールに、空は涙も拭わずに返した。

 そして、刃を構える。

 長大なツインランスを切り離し、両手で前に突き出す。

 翼から空色の魔力が溢れ出し、
 光背からも多量の魔力がエンジンから放たれる炎のように伸び、暗い雪原を空の色で満たす。

 絶対の死を目前にしながら、両腕を失ったカレドブルッフは幽鬼のような歩みを止めない。

 そして――

空「リュミエール……リコルヌシャルジュ……ッ!!」

 虹の輝きを纏ったエール・ソヴァールが、幽鬼のように迫り来るカレドブルッフを、貫いた。
518 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:21:22.04 ID:V0zga9kFo
―9―

MC『それでは、月島と言う人物はギガンティック機関技術開発主任、
   山路重工の技術研究開発室の主任を歴任し、政府主導の特殊労働力生産計画に携わり、
   しかも60年事件の黒幕だった、と』

女性コメンテーター『頭の良い人の考える事はよく分かりませんねぇ……』

男性コメンテーター『僕はね、彼は政府転覆でも狙っていたんじゃないかと思いますよ』

MC『それは、どう言ったご意見で?』

男性コメンテーター『インテリの考えそうな事ですよ。
          ちょっと頭がいいから極端から極端にしか行かない。
          色々と後ろ暗い物でも見て来たんでしょう?

          特にこの間から騒がれている特殊労働力生産計画なんてその最たる物じゃないですか』

MC『つまり、60年事件の動機はそこにある、と?』

男性コメンテーター『断定はできませんがね、政府と皇族王族の関係は今や持ちつ持たれつだ。
          政府の顔に泥を塗るには丁度いいターゲットだったんじゃないですかね?』


MC『テロリスト側から亡命した一人の研究者が持っていた資料の中には、
   ホン・チャンスの手記があったそうですね?』

専門家A『今時珍しい手書きの手記だったそうです。
     ネットワーク上で誰かに読まれるのを危ぶんでの事でしょうか?』

専門家B『ただ、この手記によると息子……
     ホン・チョンス死刑囚の魔力の低さを常日頃から嘆いていたようですね』

MC『それが月島勇悟の誘いに乗った……政府転覆と支配権を欲した動機だったと?』

専門家A『子供の事を思う気持ちは分からないでもないですが、あまりにも極端過ぎますね……。
     連続強姦や殺人の罪がそれで軽くなるワケではありませんし』

専門家B『まあ、既に病死していた以上、改めて罪に問う事も難しいワケですが……』


アナウンサー『……をもちまして、明日美・フィッツジェラルド・譲羽氏がギガンティック機関総司令を辞任を発表、
       後任人事には現副司令のアーネスト・ベンパー氏の就任が最有力とされています』

アナウンサー『これと合わせまして本日、ギガンティック機関は201のドライバーを正式に公表。
       現在の201のドライバーは朝霧空さん、十五歳。

       昨年四月に亡くなられた朝霧海晴さんの血縁者と言う事で、専門家の間でも話題となっています』


MC『ギガンティック機関は発見された資料を山路重工他、
   関連企業への開示を決めたようですが、皆さんはどう思われますか?』

専門家C『今まで機関への負担は大きかったですし、
     去年末のイマジン大量出現は凄まじい有様だったじゃないですか?

     あれを考えれば資料公開は妥当だと思いますよ』

専門家D『ただ、ギガンティック機関は徐々に用済み、って形になるんじゃないですかね?
     ハートビートエンジンが軍や民間にまで行き渡る形になるでしょうし』

MC『そうなると政府がどこまで管理できるか、
   と言う責任問題にもシフトして行く形になるでしょうか?』

専門家D『将来的にはそうでしょうね』


 憶測、推測、邪推、事実……月島による皇居正門襲撃事件から一週間、
 メディアを通して様々な意見や言葉が飛び交った。

 的を射た言葉もあれば、下世話な自称専門家による誘導など、様々な言葉は多くの波紋を生み、
 世界は争い事の終わった平穏さに比して騒がしさを増していた。
519 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:22:24.02 ID:V0zga9kFo
 8月28日、水曜日の早朝。
 ギガンティック機関、司令執務室――


アーネスト「本当に、お辞めになるので?」

明日美「ええ……そろそろ引き継ぎも始めないとね」

 納得できないと言いたげに、自身の端末に届いた辞令と明日美を
 交互に見遣りながらアーネストが尋ねると、明日美は小さく肩を竦めながら呟いた。

 アーネストの元に届いた辞令と言うのは他でもない、
 ギガンティック機関司令への昇進を報せる辞令だ。

 日付はおよそ三ヶ月後の12月1日。

 それまでに明日美は全ての引き継ぎを終え、退職する予定となっている。

 アーネストが何処か納得いかない様子なのは、司令官と言う要職に対する重圧よりも、
 明日美が辞職すると言う件に関してだった。

アーネスト「考え直された方がよろしいのでは?」

明日美「……朝霧副隊長と月島の会話ログは、貴方も聞いたでしょう?」

 もう何度目になるか分からないアーネストの問いに、明日美は溜息勝ちに答え、さらに続ける。

明日美「月島……勇悟は、誰にでも扱えるギガンティックを求めていたわ……」

アーネスト「ですが、だからと言って貴女が責任を感じる問題ではないでしょう」

 どこか後悔を滲ませた様子の明日美をアーネストは宥めた。

 だが、明日美は聞き入れない。

明日美「私はね……自分の復讐に目が眩んで……彼の側を離れたの……。
    彼があそこまで追い詰められる前に、彼を止められる場所にいたにも拘わらず……」

 月島は確かに“誰にでも扱える万能の力ならば”と言った。

 “ならば”……そう、つまり、それを願う理由が……願いを抱く前の段階が確かにあったのだ。

 名誉欲か、研究者としての純粋な探求心か、それとももっと別の理由があったのか……。

 それは、もう本人以外には及び知らぬ事だ。

明日美「だから……一人で静かに考えてみたいの……。
    勇悟が力を求めた理由を……彼のためにも、ね」

 それが、明日美の思いつく、歪んで行く勇悟から離れた……
 彼を見捨てた自分に出来る、最大限の償いだった。

 無論、彼がその事を受け入れてくれるか、望んでくれているかは分からない。

 贖罪など言うのも自分勝手な物で、要は明日美は自身が納得できるだけの理由が欲しいのだ。

アーネスト「貴女はまだ……――」

 ――月島勇悟を、愛しているんですか?

 その言葉を、アーネストは飲み込んだ。

 その事を尋ねる女々しさと、その答えを聞く勇気を、アーネストは持ち合わせていない。

明日美「…………少し司令室の様子を見て来るわ」

 明日美にもアーネストが尋ねんとしている事は分かっていたが、
 彼女はそれに答える事なくその場から逃げるように去った。
520 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:22:50.34 ID:V0zga9kFo
 明日美が執務室から出ると、待機室方面から出て来たばかりの空と鉢合わせとなる。

空「司令……!」

 肩にドローンのエールを乗せた空は、慌てた様子で明日美に駆け寄った。

空「あの、司令……お辞めになるって、本当なんですか?」

 戸惑い気味に問い掛ける空に、明日美は“またか”と苦笑いを浮かべて肩を竦めてから口を開く。

明日美「情報が早いわね。誰から聞いたのかしら?」

空「その……瑠璃華ちゃんから」

 問い返した明日美の言葉を肯定と取ったのか、空は戸惑い気味に返した。

 既に各部署の主任には伝達済みだ。

 風華か瑠璃華、どちらかからドライバー達に情報が漏れるのは時間の問題だっただろう。

明日美「昼に全員に内部メールで伝達する予定でいたのだけれど……」

 明日美はそう言って僅かに考え込んだ後で“そうよ”と改めて肯定した。

 全オリジナルギガンティックの内半数以上の七機が大破同然と言う状況で、
 恒例の早朝ブリーフィングも開けない有様だ。

 多忙な時に人を集めて宣言するよりは、僅かでも混乱が少ないと考えての処置だった。

明日美「そんな事よりも……本当に良かったの?
    秘匿義務は無いとは言え、名前を公表して……」

空「……はい」

 明日美に問われ、空は僅かな間を置いて応えた。

 僅かな間は、戸惑いと言うよりは決意に近かったように明日美は感じていた。

空「託された物を、しっかりと背負うって決めましたから」

 そして明日美の感じた通り、空は真っ直ぐとこちらを向いてそう言い切った。

明日美「……そう」

 空の頼もしげな様子に、明日美は目を細めて満足そうに頷く。

 たった一人の家族であった姉を殺された復讐のために戦う事を選び、
 姉がくれた愛を知って人を守る事を誓い、先日は大きすぎる力を背負う事になった。

 まだ十五歳のあどけなさの残る少女とは思えない、壮絶な人生。

 まるで、そうなるために生まれて来たような人生を歩む少女に、
 明日美は何も応えてやれていない事に気付く。
521 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:23:22.18 ID:V0zga9kFo
明日美「……十一月末まではここに残っているわ。
    ……それに、辞めた後も、ひだまりの家まで来てくれれば、
    いつでも稽古をつけてあげましょう」

空「ほ、本当ですか!?」

 ささやかな応援の代わりだったが、
 想像以上に嬉しそうに驚いた空の様子に、明日美は微かに面食らう。

明日美「え、ええ……あなたが望むなら、ですけど」

空「是非、お願いします!」

 明日美が気を取り直してそう付け加えると、空は嬉しそうに頭を下げた。

 空は……確かに心は強くなったかもしれない。

 エール・ソヴァールと言う新たな、大きすぎる力も得た。

 だが、それに比して本人の力量は、
 臣一郎や茜、風華やクァンと言った達人達に比べればまだまだ凡庸の域だ。

 自身の非力さ故に、背負った物をそれ以上に重く考える事もあるのだろう。

 機関から離れ行く老骨の自分が、少しでもその重圧を和らげる事が出来るならおやすい御用である。

明日美「じゃあこの話は一旦ここまでにして……あなたも用があって出て来たのでしょう?」

空「あ、はい」

 明日美の言葉に、明日美も用があって出て来た事に気付いたのか、
 空は少し慌てた様子で応えると“失礼します”とだけ言って、その場を辞した。

 受付横の階段を下り、格納庫方面に向かう空を見送りながら、
 明日美は微笑ましそうな表情を浮かべる。

ユニコルノ<……心持ち、表情が穏やかになりましたね、明日美>

明日美<……そう? ………そうなのかも、しれないわね>

 思念通話とは言え、珍しく口を開いた愛器に、明日美はどことなく自嘲気味に返した。

 機関から離れる事に、まだ微かに不安はある。

 だが、若い世代は確実に育ち、その微かな不安よりも大きな期待を感じされてくれる程になっていた。

 その事が、何よりも彼女を安堵させたのだ。
522 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:23:52.60 ID:V0zga9kFo
 一方、明日美と別れた空は、そのまま格納庫を訪れていた。

 整備班の邪魔にならぬよう、内壁上部に据え付けられた広い通路の壁に寄りかかり、
 合体状態の愛機が整備されている様子を見遣る。

 天井ギリギリの位置まで届きそうな機体には、
 左右からクレーンで吊り上げるようにして固定されていた。

空「………」

 空はエールのドローンを胸の位置で抱き上げ、無言で愛機を見上げる。

エール<空……後悔、しているのかい……?>

空<ううん、そんな事ないよ……>

 思念通話で不安げに尋ねる愛器に、空は穏やかな調子で返す。

 二人の間で言い交わせた後悔とは、
 今、目の前にある力……エール・ソヴァールを引き継いだ事だ。

 人間には過ぎた力と言わざるを得ない。

 だからと言って放棄する事も出来ない。

 後悔していないと言えば嘘になるかもいしれないが、
 空はそれ以上の可能性をXXXに感じていた。

 おそらく、今までに戦った事のあるどのイマジンだろうと、
 一瞬で捻り潰せるだけの力がこのXXXにはある。

 それは、多くの人々を守る事に繋がる筈だ。

 そして、それは空の信念にも合致する。

 この力があれば、前以上に多くの人々を守れるだろう。

 きっと、世界を救える力。

 ソヴァール……仏語で救世主と名付けられたこの機体には、その願いと祈りが込められている。

 そして、その願いと祈りは、きっとずっと大昔から紡がれて来た普遍の思いだ。

 空が感慨深く愛機を眺めていると、不意に近付いて来る人影に気付いた。

 茜と美月だ。

 彼女らも肩に愛機のドローンを乗せたり、胸の位置で抱き締めている。

茜「やっぱりここにいたか……」

美月「中々戻って来ないから心配で来てしまいました」

空「茜さん、美月ちゃん……ごめんなさい」

 方や呆れたように、方や心配そうな二人に、空は振り返って苦笑いを浮かべた。

 二人は空の元まで歩み寄ると、空と同じようにエール・ソヴァールを見上げる。

 空も視線をエール・ソヴァールに戻す。

茜「まあ、無理も無いな……私も、色々と思う所はある」

 茜は溜息がちに呟き、肩に乗せたクレーストを見遣った。

美月「……私は、よく分からないです……」

 美月は腕の中のクライノートを見下ろし、彼女を抱く腕に少し力を込めた。

 何もエール・ソヴァールを託されたのは空だけではない。

 空、茜、美月。

 三人で引き継いだ力なのだ。

 祖父から託された力、まだ右も左も分からない内に託された力。

 それぞれに思う事は様々だが、少なからず重圧を感じているのは確かだ。

茜「……テロやら今回の事やら、色々と躓いて進まない今回の出向だが……
  終わったら、正式にこちらへの異動を申請しようと思っている」

 茜はエール・ソヴァールを見遣りながら、不意にそんな事を呟いた。
523 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:24:34.89 ID:V0zga9kFo
空「茜さん……ロイヤルガードを辞めるんですか?」

茜「……ああ」

 驚いたように問う空に、茜は感慨深く頷いて答え、さらに続ける。

茜「私達三人は、出来るだけ近くにいた方がいい……。

  それに、ギガンティック機関は権限の強い独立性の高い組織だからな、
  妙な思惑の連中絡みで政治利用される事も避けられる」

 茜が懸念しているのは、ロイヤルガードに戻った自分が
 エール・ソヴァールの力を持つ三人の内の一人として、政治利用される事だった。

 今でこそ人類存続のために協調し、国家の枠組みも殆ど失われて久しいが、
 古い議員の中には我が国こそはと言う意識を持つ者も少なくはない。

 ロイヤルガードのシンパの議員連にもそう言った者は存在している。

 彼らに利用される可能性を少しでも避けるため、ギガンティック機関に纏まっていた方が良いだろう。

 それに、エール・ソヴァールがあれば実力行使などと言う愚行を犯す者もいなくなる筈だ。

 それはそのままテロリストへの抑止力にも繋がる。

 だが、そんな茜の思惑とは無関係に喜んでいたのは美月だ。

美月「では……これからもずっと、アカネとソラと、一緒にいられるんですか?」

 美月は驚きながらも次第に目を輝かせ、興奮した様子で尋ねる。

 意外と落ち着いて見えるが、彼女なりに大興奮しているのは間違いない。

茜「ああ……一緒だ」

 珍しく興奮した様子の美月に、茜は微笑ましそうな笑みを浮かべて答える。

クライノート『良かったですね、美月』

 クライノートにも彼女の喜びようが伝わっているのか、
 顔を上げて主を見上げ、どことなく声を弾ませて言った。

クレースト『茜様の決断に、私も従います』

 クレーストは茜の肩の上で落ち着き払った様子で言っているが、
 言葉通りに彼女の選択を全面的に支持しているようだ。

空<……ねぇ、エール>

 仲間達の様子を見遣りながら、空はエールに語りかけた。

エール<何だい、空?>

空<……茜さんがいる、美月ちゃんがいる、クレーストがいる、クライノートがいる……
  それに、エールがいてくれる。だから、きっと大丈夫……>

 空はそう言うと、エールと共に愛機を見上げた。

 この場にいる者達だけではない。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロス、風華と突風、瑠璃華とチェーロ、
 クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア、それに自分たちを支えてくれる多くの仲間達。

 故郷にいる真実、佳乃、雅美……親友達。

 多くの仲間達がいてくれる。

 迷わずに進んでいける……そんな自信が湧いて来る気がした。

 それだけで、肩に……心にかかった重みが、少しだけ軽くなった気さえする。

空<これからも一緒に飛ぼう……>

エール<うん……空。
    ……僕は君の翼だ……>

空<私は……あなたの羽ばたく空だよ……>

 二人はそう言葉を交わし合い、空はエールを抱く腕に少しだけ力を込め、
 エールも空の腕を抱き返した。
524 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/11/25(水) 20:25:06.70 ID:V0zga9kFo
―10―

 同じ頃。
 旧オーストラリア大陸東岸、旧シドニー跡地――


 首都キャンベラを凌ぐ知名度で知られた大都市にかつての人類の栄華は欠片も無く、
 かつては国際スポーツの祭典すら開かれた大都市の姿は見る影も、いや、都市の残骸すら失われていた。

 変わって一面を覆い尽くすのは、凸凹の穴だらけになった黒く硬質な物体。

 おそらくはマギアリヒトが作り出した何らかの――恐らくはイマジンに関連した――構造体だろう。

 その構造体は一面、それこそ地平線の果てまで広がり、オーストラリア東岸を覆い尽くし、その範囲は海にまで及ぶ。

 構造体の発する微かな熱は積もる雪を徐々に溶かし、吹雪の中でさえその黒い異様を晒していた。

 黒い荒野……でなければ地獄のようにも思える殺風景な黒い大地の一角に、
 数十メートルは有りそうな巨大な物体がそびえ立っている。

 その物体は黒い大地の延長と思われる雰囲気を持ちながら、
 微かに薄く柔らかな構造をしており、内部を見る事が出来た。

 不意に、その物体が薄気味悪く蠢く。

 びくん、びくん、と繰り返す。

 まるで心臓の鼓動に同調するかのように、蠢く。

 と、そこに一羽の鳥……いや、鳥型の超大型イマジンが飛来する。

 狙いは、今も蠢くこの物体のようだった。

 イマジンは外界では基本的に弱肉強食。

 強いイマジンが弱いイマジンを食らい、その力を増す。

鳥型イマジン『GIIIIIIIiiiiiッ!!』

 身動きできないソレを弱者と見たのだろう、鳥型イマジンは嘶きながらソレに襲い掛かった。

 そう、つまりはこの物体もイマジンで間違いない。

 身動きの取れないソレは最早、鳥型に捕食されるだけの運命……かに思えた。

鳥型イマジン『ッ、GI,GIGIIIiiiッ!?』

 果たして鳥型イマジンがその物体に触れようとした瞬間、彼は何事かに怯え、その動きを止める。

鳥型イマジン『………Giiii……』

 しばらく滞空していた鳥型イマジンは、怯えきった様子でその場で旋回すると、東の空へと向かって逃げ出す。

 その様子を、黒い物体……いや、その中にいるイマジンはずっと“見て”いた。

 爛々と輝く鬼灯のような真紅の目と、額に生えた一本の角……外殻を覆う黒と同じく漆黒の鎧のような肌を持つイマジン。

 それはまさに、神話の中から現れたような鬼を思わせた。

 仮に名付けるなら黒鬼型とでも言うべきイマジンだ。

黒鬼型イマジン『……………』

 黒鬼型イマジンは無言のまま、逃げ去る弱者を見遣っていた。

 すると不意に、鳥型イマジンの下方から、黒い霧のような物が立ち上り、鳥型イマジンを覆い尽くした。

鳥型イマジン『GIGI!? GIGIGIIIIIiiiiッッ!?』

 何故だ!? 見逃したじゃないか!?

 そう言いたげに暴れ狂う鳥型イマジン。

 黒い霧の正体は、おそらくは黒鬼型に属する何かだ。

 翼長で百メートルはゆうにあった鳥型は一瞬にして黒い霧に飲み込まれ、霧散して行く。

 そして、霧は鳥型であったマギアリヒトを欠片も残らずに飲み込んで、また下へと消えて行った。

 直後、黒鬼型を包んだ物体が、再び、びくん、と蠢いたのだった……。


第24話〜それは、受け継がれる『虹の意志』〜・了

第二部 戦姫激闘編・了
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