【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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420 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:03.34 ID:td6LGtrLo
第24話〜それは、受け継がれる『虹の意志』〜

―1―

 2048年1月9日。
 メインフロート第一層、第一街区――

 廃墟然としたビル街に、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が谺する。

 そんな中、一際大きな悲鳴が上がった。

???『っ……ぅぁぁぁぁぁぁっ!?』

 余りの激痛に、押し殺そうにも押し殺せない悲鳴を上げているのは208ドライバー、
 アルフレッド・サンダース。

 寮機を庇い、愛機であるカーネルの右腕と右脚を失った。

 それだけならば良かったが、右の腕と脚を失った愛機はダメージによるシステムダウンを起こし、
 外部操作による魔力リンク切断が不可能となってしまう。

 自らの意志でも、外部からの操作も受け付けないまま魔力リンクは続く。

 気絶する事が出来たら即座に魔力リンクは自動切断されていただろうが、
 余りにも酷い激痛が彼の意識が途切れる事を阻んでいたのだ。

明日華『アルフさん!? アルフさん……しっかりしてぇっ!?』

 仲間の身を呈した犠牲で、何とか巨鳥型イマジンを討ち破った202ドライバー、
 明日華・フィッツジェラルド・譲羽が悲鳴じみた声で呼び掛ける。

 だが、アルフも彼女の声に応える余裕などなく、呻き声と悲鳴を交互に上げ続けるだけだった。

 殆どパニックに陥った明日華は誰かに助けを求めようと辺りを見渡したが、状況はそれを許さない。

アーネスト『明日華君! 君はそのまま明日美さんの援護に向かうんだ!』

明日華『あ、アーネストさん……でも、でもぉ……!』

 オペレーターチーフのアーネスト・ベンパーに、半ば怒鳴るように促されるが、
 こんな状態のアルフを放り出すワケにもいかず、明日華は困惑の声を上げる。

 ドーム内への三体ものイマジンの同時侵入を許してしまった戦況は最悪と言っていい。
421 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:41.31 ID:td6LGtrLo
 僅かに離れた場所……皇居前の広場では、本條勇一郎の駆る210・クルセイダーと
 藤枝尋也の駆る206・突風が巨大なカメ型イマジンとの激戦を未だに続けていた。

 見かけ通りに足が遅く、防御力も高いカメ型イマジンを、
 何とかクルセイダーの有効射程距離にまで導こうと必死なのだが、
 軽量級の突風・竜巻の攻撃ではその作戦も上手くいかない。

 そして、皇居上空では、姉・明日美が今もたった一人で巨大な人型ギガンティックとの戦闘を続けている。

 この危機的状況で困惑などしていられる余裕など無いのだ。

 だが――

明日美『明日華! 勇一郎君と尋也君の援護に向かいなさい!』

 通信機越しに響く姉……明日美の声に、明日華はビクリと肩を震わせた。

明日華『で、でも……明日美お姉ちゃん……』

明日美『あのイマジンがあのまま真っ直ぐ行ったら何があるか、考えなさい!』

 困惑気味に反論しようとした妹を、明日美は鋭い声で叱りつける。

 カメ型イマジンは皇居正門前で構えなければならないクルセイダーと、
 誘導しようとする突風・竜巻を無視し、街を蹂躙しながら好き勝手な方角に歩みを進めていた。

 そして、今目指す先にあるのは住宅街と、小高い丘に建てられた……姉と自分の自宅に併設された孤児院だ。

明日華『……アリス……お姉ちゃん!?』

 明日華は愕然と漏らす。

 そうだ。
 あの場にはもう一人の姉とも言うべきアリスがいる。

 重量級のカメ型イマジンは、避難シェルターごと建造物を蹂躙していた。

 孤児院の地下にはこの周辺のシェルターよりも一際頑丈なシェルターが存在している。

 だがいくら一般用よりも頑丈なシェルターでも、
 このままカメ型イマジンの侵攻を許せば、被害は甚大な物となるだろう。

 そして、その被害の中には自分の大切な人々も含まれるのだ。

 その事に気付かされ、最悪の想像に明日華は思わず身を竦める。

明日美『動きなさいっ! 明日華っ!』

明日華『は……はいっ!』

 そして、姉に促され、明日華は何とか気を取り直して応えると、尋也と共にカメ型イマジンの誘導へと移った。
422 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:27:39.64 ID:td6LGtrLo
 一方、皇居上空での戦闘を続けていた明日美と彼女の駆る200・ヴェステージは、
 劣勢を強いられていた。

 両親の……母譲りの飛行魔法の才と父譲りの空間認識能力の高さを活かし、
 決して飛行を得意としないヴェステージであっても十全な空戦ポテンシャルを誇った明日美だが、
 敵の戦闘能力は彼女達のさらに上を行っていた。

 本来ならば白と紫の美しいコントラストが映える躯体に、藤色の輝きが宿る美しい機体のヴェステージだったが、
 今は全身に深浅を問わぬ細い傷が走っている。

 深い物はブラッドラインの表層を切り裂き、
 藤色のエーテルブラッドが血のように滲み、溢れ出している箇所もあった。

 対峙するのは人型をしたイマジン。

 長身痩躯の全身にのっぺりとしたボディスーツを思わせる赤黒い装甲を貼り付けた、
 どこか甲虫を思わせる特徴を併せ持ったイマジンだ。

 その腕は肘から先が鋭利なナイフのようになっており、
 空中を自在に飛翔してのすれ違い様の斬撃は恐ろしい切れ味を誇る。

 現に結界装甲すら突破するその攻撃は、既にヴェステージの戦力を半分以上もそぎ落としていた。

明日美「ヴェステージ……稼働状況は?」

ヴェステージ『腕部四一パーセント、脚部一八パーセント、左足に至っては滑落寸前なのである』

 息を上げながらも何とか問い掛けた明日美に、ヴェステージは尊大な口調ながらもどこか悔しげに返す。

 メガフロートでの籠城戦が始まってから十七年。

 百以上に及ぶ戦いで勝利を収め続けて来た無敗のオリジナルギガンティック、
 その中でも最優とされる明日美とヴェステージがここまで追い込まれたのは初めての事だ。

ユニコルノ『明日美、地上に降下して四対二の共同戦線を展開すべきです』

 明日美本来の愛器であるユニコルノも、主と相棒の身を案じてそんな提案をいつになく強い口調で言う。

 機動性はこちらを大きく上回り、腕の刃の切れ味は結界装甲すら切り裂く。

 普段通り、多対一の状況に持ち込めれば多少の苦戦で済んだろうが、
 三体のイマジンが同時にメガフロート内に侵入する異例の事態に加え、第一街区の被害も看過できないレベルだ。

明日美「このままコイツを下に下ろすワケにはいかないわ……」

 明日美は横目で眼下の状況を見遣ってそう言うと、歯を食いしばり、腕を動かす。

 全身を切り裂かれながらも最低限の魔力リンクを残しているため、思い通りに動きはするが、
 身体を動かすだけで激しい痛みが全身を駆け抜ける。

明日美「それに、下手に動いて皇居にでも降りられて被害が出たら、
    結界を失って人類はメガフロートにすらいられなくなるわよ……」

 明日美は痛みを堪えて、何とか言葉を吐き出す。

 メガフロートを守る最重要結界の施術と維持は、高い魔力と魔導資質を誇る皇族・王族に拠る物だ。

 無論、メガフロートの外殻を構成する超高密度のマギアリヒト装甲もイマジンを押し留めるのに一役買っているが、
 それらの同化・吸収を押さえ込んでいるのは外殻に施術された結界である。

 その結界を失えば、このNASEANメガフロートはイマジンによってあっという間に食い破られてしまう。

 仮に、上手く地上まで誘導できたとしても、地上はカメ型イマジンによる蹂躙の被害も止まず、
 甚大なダメージを負ったアルフとカーネルは今も動く事がままならない。

 そんな状況でこんな難物を下に連れて行けば被害は拡大する一方だ。

 今は敵を牽制して上空に引きつけ続けなければならない。
423 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:28:24.43 ID:td6LGtrLo
明日美「ッぅ、さあ……そろそろインターバルを切り上げて、また始めましょうか」

 明日美は気迫で痛みをねじ伏せると、そう言って苦悶混じりの不敵な笑みを浮かべた。

イマジン『Rrr?』

 外部スピーカーを通した声は人型イマジンにも通じたのか、珍妙な鳴き声と共に首を傾げて来る。

 こちらがイマジンの攻撃を待っていたのではない、あちらが明日美が動くのを待っていたのだ。

 目の前の紫色は自分が遊ぶに足る“オモチャ”か、それとも取るに足らない“ガラクタ”か……。

 明日美が激痛を堪えて動きを止めた時間を、単なる品定めの時間に費やしていたのである。

 そう、余裕綽々で。

 どうやらイマジンはコチラを“オモチャ”として認識してくれたらしく、楽しそうに腕をぶらぶらと振り始めた。

明日美「随分とナメてくれるわね……」

 格が違うとでも言いたげなイマジンの挑発を受けながらも、明日美は視線をイマジンの全身に走らせる。

 安い挑発に刺激されるようなちんけなプライドは、後悔を糧に二十二を手前にして全て捨てて来た。

 むしろ“そうやってナメてくれればコチラに勝機が巡って来る”と、冷静に相手を見られるまでになっていた。

 何処に活路があるか、何が活路となるか、それをしっかりと見極めなければならない。

 明日美はいつ相手の攻撃が来ても対処できるようにと身構えながら、活路を見出すその一瞬を待つ。

 そして、人型イマジンが踊るように両腕を振り始めてからきっかり十秒後、イマジンは動いた。

『Rrr……Rrrrrrッ!』

 前傾姿勢を取ったと思った瞬間、イマジンはヴェステージに向けて猛然と飛翔する。

 しかし、明日美は動じない。

明日美(モーションはやはり全て同じ……前傾姿勢から背面で魔力を爆発させるような高速移動!)

 明日美はそれまでに見て来たイマジンの動作を思い浮かべつつ、敵の動きを観察していた。

 攻撃は恐ろしく早いが動きは単調だ。

 それは既に見切っている。

 だからこそ、次は斬撃が命中する瞬間を見極めなければならない。

 明日美は最初の一撃で最も深く傷つけられ、滑落寸前となった左足を振り上げ、そこに攻撃を誘導した。

明日美「左足の全魔力リンクカット、急いで!」

 明日美は通信機に向け、オペレーターへの指示を叫んだ。

 直後、斬撃と左足が接触する瞬間、僅かに走った激痛と同時に魔力リンクが解除され、
 左足だけ痛みが消え去る。

明日美「ッ!?」

 一瞬の激痛に顔をしかめつつ、明日美は切り裂かれて行く左足に目を凝らした。

 こちらもある程度、推測の出来ていた事だが、間違いない。

明日美(刃は見かけだけで高密度集束された刃が纏っている……。
    斬撃系魔法に特化した魔導師のような戦術、と言うワケね)

 殆ど動かなくなっていた左足を犠牲に、今までの推測に確信を得た明日美は、
 左足の接続部をパージさせて大きく距離を取り直した。

 覚悟を決めて目を凝らせば、今まで見えなかった物が見えて来る物だ。
424 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:06.65 ID:td6LGtrLo
明日美「ヴェステージ、ユニコルノ! 解析は大丈夫!?」

ヴェステージ『うむ、しかと見届けたのである!』

ユニコルノ『こちらも解析完了です』

 問い掛けに応えた二人の声と共に、明日美の思考に解析結果が流れ込む。

 激痛で魔力が鈍るような事が無かったため、解析された情報は今までよりもずっと鮮明だ。

 そして、やはりと言うべきか、解析の結果も高密度集束された魔力の刃と言う回答を出していた。

オペレーター『解析結果、出ました!
       敵の武器は魔力を纏った鋭利な刃ではなく、
       刃周辺に発生している単分子並の薄さまで極限に集束された魔力刃です!』

 通信機を介して、戦術オペレーターからの詳しい解析結果も伝えられる。

明日美「極限まで集束された魔力刃……」

 その言葉を反芻しながら、明日美は思考を巡らせた。

 ナノ単位の微小機械であるマギアリヒトでも、さすがにそのサイズは単分子以下ではない。

 単分子並の薄さと言う事は、
 あの鋭い刃を構成しているマギアリヒトからさらに薄い刃が発生していると思っていいだろう。

 マギアリヒトそのものが刃を展開し、こちらのマギアリヒトや魔力の結合を断っている、と言った所だ。

 となると、スピード云々を抜きにしても防御は難しい。

 相手は魔力やマギアリヒトの構造体を切断する事に特化した、
 一種の呪具を両手に携えているような物なのだから……。

 だが――

明日美「どんな特殊な魔法も中身を知れば、いくらでも対処方法はあるわね……」

 明日美はその逆境の中にあって、不敵な笑みを浮かべた。

 そんな明日美から漂う雰囲気を感じてか、人型イマジンは右腕の刃を振り上げ、猛然と襲い掛かってくる。

 しかし、今度も明日美は動かない。

明日美「来たっ!」

 ただ、待っていましたとばかりに声を上げ、イマジンの振り下ろして来る右腕に注視した。

 大上段から脳天を叩き割る必殺の一撃だ。

 受け止める事も、防ぐ事も叶わないと分かったその一撃。

 頭部に受ければ先ず間違いなく一撃で終わってしまう。

 しかし、明日美は動じる事なくその一撃を見極め、両掌に魔力を集束して掲げた。

 そして、掲げた両掌の間をイマジンの刃が通り過ぎようとしたその瞬間、掌の間で魔力の爆発が巻き起こる。

 そう、明日美の魔力特性、特質型熱系変換特化の特性と魔力探知を活かした設置型の魔力爆弾だ。

 異質な魔力を検出した瞬間に両掌の間にある魔力が爆発するだけの単純な仕掛け。

明日美「今っ!」

 明日美はそう叫ぶと、爆煙の中でも魔力探知で捉え続けているイマジンの刃を両手で押し潰すようにして押さえ込んだ。

 もうお分かりだろう。

 真剣白刃取りである。

 受ける事も防ぐ事も出来ない筈の刃が、明日美の……ヴェステージの掌の間で完全にその動きを止めていた。

イマジン『RRッ!?』

 信じ難い光景にイマジンも驚愕の声を上げている。
425 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:53.29 ID:td6LGtrLo
 だが、それだけで明日美の反撃は終わらない。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 明日美はさらに両手に魔力を集束し、集束魔力爆発の力を加えてイマジンの刃を叩き折った。

イマジン『RRRRRRrrrrrッ!?』

 刃にまで痛覚でも通っていたのか、イマジンは悲鳴を上げながら全身を振り乱し、
 折れた右腕を庇うようにヴェステージから大きく距離を取る。

 ありとあらゆる魔力とマギアリヒトの構造体を切り裂き、防御不可能と思われた刃。

 それがどうしてこうも単純に叩き折る事が出来たのか、その答えはイマジンの刃自身にあった。

 今までも明日美は防御のために結界や爆発を駆使してみたものの、それらは全て失敗に終わっていた。

 それはイマジンの刃に対して真っ向から挑んだためである。

 そこで解析結果を得た明日美は、確信を持って、刃に対して側面からの魔力を加えたのだ。

 要は“切り裂く”事だけに特化した単一作用の呪具だったため、
 正面からの攻撃や防御に対して無類の強さを発揮する反面、
 単一のマギアリヒトを縦に連ねただけの集束魔力刃は、側面から攻撃に対して非常に脆かったのである。

 だが、側面と言っても斜めからの攻撃はいなされてしまう可能性が高く、それほど効果的ではない。

 そこで明日美が考えたのが先ほどの設置型魔力爆弾だ。

 これならば正確に、かつある程度まで広範囲に側面からの攻撃が加える事が出来る。

 そうして集束魔力刃を相殺、無効化した後に真剣白刃取りで刃を受け止め、
 集束魔力刃が再生する前に叩き折ったのだ。

イマジン『Rrrr………rrrrrRRRRRッ!!』

 だが、人型イマジンが痛みを振り払うように嘶くと、瞬時に刃は再生してしまう。

明日美「さすがに……単純に起死回生の一手、とは行かないわね」

 その光景に目を見開きながら、明日美は悔しそうに漏らす。

 再生は一瞬、それも任意のタイミングで可能と見て間違いない。

 再生にどれだけの魔力を消費するか分からないが、自在に再生されるとなると恐ろしい物がある。

ヴェステージ『再度、後退しての合流と体勢の立て直しを進言するのである……』

ユニコルノ『明日美、さすがにこれは我々だけでは手に余ります』

 ヴェステージとユニコルノも、あまりの状況の悪さに再度の撤退を促す。

 だが、明日美は譲らない。

明日美「下の状況はまだ芳しくない……こんな状態でコレをあの子達の所に連れては行けないわ」

 明日美は下の戦況を見ながら呟く。

 戦線に明日華が加わった事で僅かずつだがカメ型の誘導が出来ているようだが、
 それでも未だに思うとおりに誘導できているワケではなかった。

 そんな状態で敵を増やせば、また元の木阿弥だ。

明日美「……相手のやり口が分かった以上、これからは時間稼ぎに専念よ」

 そう落ち着いた口調で言った明日美だが、
 その声音には時間稼ぎでは終わらせないと言う“熱”のような物が感じられた。

 可能ならば積極的に殲滅する。

 そう言った戦う意志のような“熱”だ。

 左足を失い、全身に浅くはない傷を負い、追い詰められ、激痛に苛まれながらも、
 明日美の戦う意志は挫けていない。
426 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:30:53.80 ID:td6LGtrLo
 そして、そこからは正に激闘であった。

 片手ではまた折られると悟った人型イマジンは両手での乱雑な攻撃に戦術を切り替え、
 明日美達に襲い掛かって来た。

 明日美はその攻撃に対して、ピンポイントでの魔力爆発によって集束魔力刃を無効化し、
 魔力刃を失ったイマジンの刃を魔力障壁で受け流し、隙あらば叩き折る。

 絶対不利の詰め将棋か針穴の糸通しをミス無く延々と続けているような感覚。

 与えられるインターバルは、敵の刃を叩き折った直後、
 イマジンが痛みを堪えてその刃を再生させるまでの僅かな時間。

 神経をすり減らし続ける戦局に於いて、それは十分な休息とは到底言えなかった。

 だが、明日美は耐え、千日手のような戦いを続ける。

 明日美も全ての攻撃を完全に無効化できているワケではない。

 極限まで集束された魔力刃を微かにでも無効化し損ねれば、
 想像以上の切れ味で防御した箇所を障壁ごと切り刻まれる。

 以前より深くはないが、それでも鋭く、激しい痛みを伴う。

 だが、明日美はその痛みを気力でねじ伏せ、戦いを続けた。

 そして、ついにその時が訪れる。

イマジン『RRRRRR――――ッ!?』

 もう何度目か、それとも十何度目かも分からないほどイマジンの刃を叩き折った時、
 いつものように痛みに悶えながら距離を取ったイマジンは、だがいつものように腕を即座に再生する事は無かった。

 痛みに悶えながらも叩き折られた腕を庇い、警戒するようにこちらを睨め付けて来るだけ……。

ヴェステージ『これは……遂に再生も弾切れであるか!?』

 長く続いた激戦に差した僅かな光明に、ヴェステージが歓喜の声を上る。

ユニコルノ『明日美、今です!』

 ユニコルノも冷静さをかなぐり捨てて叫ぶが、それよりも早く、明日美も動いていた。

 突き出した両手の間に無数の術式を展開する。

 拡散・集束・増殖の術式を編み込んだ多重術式の魔力弾を、動きを止めたイマジンに向けて放つ。

 亡き母の使う最強儀式魔法と、亡き父の魔力の特性を併せ持ち、亡き師によって高められた才能と、
 去って行った師の元で極限まで磨き上げた、明日美・フィッツジェラルド・譲羽最強の儀式魔法。

明日美「その片腕だけの刃で防ぎ切れるものなら防いでみなさいっ!」

 イマジンの激突した多重術式の魔力弾は、明日美の声と共に散らばり、
 術式の作り出した結界がイマジンの全身を覆い尽くす。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 そこに起爆のための魔力爆発を叩き込むと、一斉に術式が反応を始めた。

明日美「インフィニート・エスプロジオーネッ!!」

 伊語で“無限大の爆発”を示すその名の通り、
 イマジンの全身を覆い尽くした術式から無数の指向性魔力爆発が、内部のイマジン目掛けて襲う。

 指向性爆発も一撃では終わらない、全ての術式が何十、何百と爆発を繰り返す。

 結のユニヴェール・リュミエールが魔力による魔力的対象完全相殺を目的とした魔法ならば、
 明日美のインフィニート・エスプロジオーネは魔力と爆発による魔力・物理を問わぬ対象完全消滅を目的とした破壊魔法だ。

明日美「ッ……ぐぅ……ぁ」

 無数の爆発に包まれ、術式結界の中で跳ね続けるイマジンの姿を見ながら、明日美は痛みの吐息を漏らす。

 内部の対象物が完全消滅を迎えるか、注ぎ込んだ魔力が切れるまで爆発は終わらない。

 如何に魔力を切り裂く事に特化したイマジンであっても、
 全周囲の至る方向から襲い掛かる指向性爆発を片腕だけで切り裂き続ける事は出来ない筈だ。

 もう、既に勝ちは揺るがない。
427 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:31:40.76 ID:td6LGtrLo
オペレーターB『ブラッド損耗率98.4パーセント、残魔力量1.3パーセント……
        セーフティ発動限界ギリギリです』

オペレーターC『安全地帯に降下次第、魔力リンクを切断します。
        譲羽隊長、そのまま回収可能地点まで降下して下さい』

 オペレーター達も微かな安堵混じりの声音で明日美に指示を出す。

明日美「……了解、このまま戦闘区域外に降下します」

 痛みを堪えながら答えた明日美は、再び地上に視線を向けた。

 どうやら地上でも決着は着いたようで、
 あの巨大なカメ型イマジンが崩れ去ってゆく光景が見える。

 まだ爆発を続ける最大の儀式魔法を警戒しつつも勝利を確信し、
 痛みの中で安堵の溜息を洩らそうとした明日美は、
 だがすぐに全身が総毛立つような殺意を感じて、身構えた。

 油断していたワケではない、慢心していたワケでもない。

 ただ――

イマジン『RRRRRRRRRrrrrrrrrrrrッ!!!』

 無数の指向性爆発を全方向から浴びせかけられながら、
 降下を始めたヴェステージに向けて、人型イマジンが襲い掛かって来た。

 ――イマジンの生命力が、それら全てを上回ったのだ。

 無数の爆発に包まれ、原型も留めぬほどボロボロになりながらも、
 その痛みを与えて来た明日美に……ヴェステージに復讐すべく、残った片腕を伸ばす。

明日美「ッ!?」

 愕然としながらも、明日美は防御の態勢を取った。

 先ほどまでと同じように設置型の魔力爆弾でイマジンの刃を覆う集束魔力刃を消し飛ばし、
 イマジンの刃を叩き折る。

明日美(よしっ!)

 敵の最後の攻撃を防いだ明日美は、会心の笑みを浮かべて心中で独りごちた。

 だが、それこそが真の油断と慢心であった。

 いや、それを果たして油断や慢心などと呼んで良かったのか、今となっても分からない。

 それでも、明日美がイマジンの最後の一撃を見誤ったのは確かだった。

 ザクリ、などと言う音などもなく、
 刃はヴェステージの胸と腹の間……コントロールスフィアがある位置を貫いていた。

明日美「ッ………………ゥァァァァァァァァッ!?」

 明日美が声ならぬ悲鳴を上げたのは、自らの腰を半分ほど切断している刃の存在に気付いた直後、
 切り裂かれてからたっぷりと二秒以上の時が過ぎてからの事だった。

 そう、切れ味抜群のイマジンの刃が……集束魔力刃を伴った刃がヴェステージと明日美の身体を貫いたのだ。

 だが、残る一本の刃は先ほど、明日美自身の手によって叩き折られた筈である。

 では、この身体を切り裂き、愛機を貫いている刃の正体は?

 それは、必殺の一撃の直前に叩き折った筈の刃だった。

 イマジンはあの連続魔力爆発の中、叩き折っていた筈のもう一方の刃を再生させていたのだ。

 錯乱の末の行動か、明日美達への復讐に専心した執念故の行動かは分からない。

 だが、既に存在していなかった筈の刃にヴェステージは貫かれ、明日美の身体が切り裂かれたのは事実である。

 その刃もすぐに霧のようなマギアリヒトの粒子に変わって消え去ってしまう。

 ヴェステージのエーテルブラッドも損耗限界を超え、機体内に残る全ての魔力を使い果たし、
 自身も魔力ノックダウン状態に陥った明日美は愛機諸共に、瓦礫だらけの街へと墜ちて行く。

イマジン『……R……R、rr……』

 その様を見届けながら、イマジンは最後の爆発と共に霧散して行った。

 直後、大音響と共に瓦礫の中に落ちた明日美は、遠のいて行く意識の中で自分の名を叫び続ける愛器と、
 必死に呼び掛けて来る妹の声を聞きながら、気を失った。

 そして――
428 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:32:20.34 ID:td6LGtrLo
 ――現在、明日美は見開くように目を覚ます。

明日美「ぅ、ぅ……」

 低い呻き声を漏らし、横たえていた身体を起こした明日美は、辺りを見渡す。

 ここは自宅……自身の経営するひだまりの家に併設されたログハウスにある寝室だ。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。

 今は2075年の八月。

 実に二十七年以上も昔、実際に体験した出来事だ。

明日美「………久しぶりに、嫌な夢を見たわね……」

 明日美は自嘲気味に独りごちて、深いため息を漏らした。

 時刻は夜中の三時。

 出勤まではまだ三時間以上もある。

 比較的大きな仕事を片付け、執務に余裕が出た事で久しぶりに帰って
 自宅のベッドで眠れると思った矢先にコレでは堪った物ではない。

 よく見れば全身汗まみれだ。

明日美「本当に……嫌な夢……」

 明日美は先ほどまで見ていた夢を……その時の体験を思い出して、吐き捨てるように呟いた。

 アルフが右腕と右脚の自由を失ったあの日の激戦で、自分も愛機と子宮を失った。

 苦し紛れ――かどうかは分からないが、明日美はそう思っている
 ――にイマジンが再生させた刃は、コントロールスフィアを貫いて
 ヴェステージのハートビートエンジンを破壊し、明日美は片側の卵巣と子宮を大きく損傷した。

 アルフが元の身体を残してサイバネティクス手術を受けたように、
 自分にも人工子宮と置き換える手術を薦められたが辞退し、逆に残るもう一方の卵巣の摘出手術を受けた。

 少々、短絡的に思えたかもしれない判断だったが、三十を過ぎ、
 かつての月島勇悟以外で愛おしいと思える男性と出逢える事が無く、
 その機会ももう無いだろうと判断しての事である。

 その判断は結果として当たってしまい、結局、伴侶と呼べるような人間と出逢う事もなく今に至っていた。
429 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:05.29 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、あの後、愛機を失った明日美は、戦線に復帰できるまで回復した後、
 当時の司令の要望と自らの意志もあって前線部隊の教官職に就く事となった。

 まだ若い妹や仲間達が、自分とアルフを失って三人だけになってしまった事への不安や、
 新たに配属される可能性もあったドライバー達に自分と同じ過ちを繰り返させたくない、そんな思いもあってだ。

 そして、その司令が数年して定年を迎えた後、優秀だが繰り上がりで副司令となるには
 まだ若いと判断されたアーネストに代わって副司令となり、十七年前に司令となって今に至る。

明日美「……色々と、あったわね……」

 明日美はかつてを思い返し、溜息がちに感慨深く呟く。

 最初の教え子であり、
 二代目のチェーロのドライバーであったアルバート・コネリーを失った十三年前の戦い。

 先代のエールのドライバーであり、
 アルフの元を卒業した後も自分の元で鍛え続けた朝霧海晴を失った一年前の戦い。

 妹や妹の幼馴染み達の訓練の相手もしてきたが、本当に教え子と言える者は三人だけ、
 その内で今も息災なのはマリアの先代であるプレリーのドライバーで、
 このひだまりの家から巣立って行ったリーザ・サンドマン……
 現タクティカルオペレーターの一人、アリシア・サンドマンの母だけだ。

 恩師、母、父、愛した男、可愛い教え子達。

 大切な人を喪ってばかりの苦しい人生だった。

 だが――

明日美「………」

 明日美はふと、ベッドサイドに置かれた大きな写真立てに目を向ける。

 古い写真は全てフォトデータに直し、妹の明日華に譲った明日美だったが、
 そこにはたった二枚だけ、古めかしくやや色褪せた写真があった。

 幼い自分とまだ若い両親の写った家族写真、生まれたばかりの妹を加えた家族写真の二枚。

 ――それでも、揺るがぬ決意を支えてくれる大切な思い出は胸の内にある。

 写真を眺めながら、不意に笑みを浮かべた明日美はベッドから起き上がる。

明日美(少し早いけれど……もう眠れそうにないわね……)

 汗まみれの身体と濡れたシーツではあと数時間を眠るのは難しい。

 シャワーで汗を流し、パジャマとシーツも洗濯しよう。

 明日美はそう決めると、少し早い出勤に向けて準備を始めた。
430 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:57.57 ID:td6LGtrLo
―2―

 ミッドナイト1が美月・F・譲羽に名を改めてから僅かに時は過ぎ、8月5日、月曜日。
 皇居正門前――


 二十七年も前に人類の命運をかけた大激戦の地となったその場所に今、
 巨大な正門を背に仁王立ちするクルセイダーと、その左右に並ぶ突風・竜巻、
 チェーロ・アルコバレーノ、そして、カーネル・デストラクター。

 そこから五キロほど離れた位置、広い交差点に立ち並ぶのは
 エール、クレースト、クライノート、ヴィクセン、アルバトロスの五機。

 全十機のオリジナルギガンティックが、その戦力を半々に分けて相まみえる光景は圧巻の一言だ。

 お互いの間に走る緊張感が伝わり、肌が引き攣るように感じる。

 それは、ギガンティックを駆るドライバー達も同じで、ある者は微かな不安を目に宿し、
 ある者は冷静に視線を走らせ、ある者はいつの間にか額に浮かんでいた汗を手の甲で手早く拭う。

 触れれば切れそうな緊張感が最高潮に達しようとした瞬間、エール……空が動く。

空「各機散会! 茜さんは左翼から風華さん、フェイさんは上空から瑠璃華ちゃん、
  美月ちゃん右翼からクァンさんとマリアさんにそれぞれマッチアップ!
  レミィちゃんは私と一緒に臣一郎さんを正面突破で!」

 空は仲間達に指示を飛ばすと、その場で即座にプティエトワールとグランリュヌを切り離し、
 レミィのアルバトロスMk−Uと愛機を合体させた。

レミィ「空、最初から全速力で行くぞ!」

空「お願いっ!」

 レミィの声に応え、空はクアドラプルブースターを噴かし、クルセイダーに向けて一気に肉迫する。

風華『させないわよ、空ちゃん、レミィちゃん!』

 だが、そこに風華と突風・竜巻が割り込む。

空(風華さん……やっぱりこっちの突進にタイミングを合わせて来た!?)

 お互いに加速力に優れる機体とは言え、後出しでタイミングを合わせられる所は、流石の一言に尽きる。

 だが――

茜『それはこっちの台詞だ!』

 二機の隙間を縫うように、茜とクレーストが飛び込んで来た。

 衝突を考慮してギガンティック一機分の隙間は確かにあったが、
 そこに迷うことなく飛び込んだ茜の胆力も流石と言えよう。

 クレーストの振りかざした槍の切っ先と、突風・竜巻の蹴り上げたブレードエッジがぶつかり合い、
 耳障りな金属音がけたたましく鳴り響く。

 そこで二機の動きは止まり、空達はその傍らを駆け抜ける。

瑠璃華『馬鹿正直な正面突破を許すワケないぞ!』

 しかし、いつの間にか左手側に展開していたチェーロ・アルコバレーノが、
 瑠璃華の声と共に拡散魔力弾を放ってきた。

 拡散範囲こそ狭いが、完全にエールの進行方向に的を絞った攻撃は、動きを止めなければ回避不可能だ。

 だが、空は構わず魔力弾のまっただ中に向けて突っ込む。

 半数以上が直撃する。

 そう思われた瞬間、エールの周囲を山吹色の輝きが覆った。

瑠璃華『フローティングフェザー!? フェイか!?』

フェイ『申し訳ありません、天童隊員。
    支援砲撃は全て封じさせていただきます』

 愕然として上空を見上げた瑠璃華の視界に、悠然と滞空するアルバトロスMk−Uの姿。

 そう、フェイが上空から支援してくれる事を見越して、空は敢えてスピードを緩めなかったのだ。

 さらに、フェイは愛機の腕を魔導カノンへと変形させ、
 地上のチェーロ・アルコバレーノに向けて無数の砲弾を放つ。

 瑠璃華も対空戦を始めざるを得ず、支援砲撃を任せられていたらしい瑠璃華と
 チェーロ・アルコバレーノはそこに釘付けにされてしまう。
431 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:34:39.90 ID:td6LGtrLo
 風華、瑠璃華の立て続けの邀撃を仲間の援護で退けた空達は、臣一郎に続く最後の関門、
 正門前広場の入口に立つカーネル・デストラクター……クァンとマリアの二人と対峙する。

クァン『スピードならそっちに分があるだろうが……!』

マリア『真っ向勝負の力比べなら、アタシらの方が上だよ!』

 待ちかまえるカーネル・デストラクターから、クァンとマリアの声が響く。

 マリアの言う通り、同じダブルエンジンの出力を速力と武装に回したハイパーソニックでは、
 その殆どを関節部の出力向上に割いたカーネル・デストラクターが相手となれば、力比べでは分が悪い。

 だが、それは空も想定済みだ。

空「美月ちゃん、お願いっ!」

 空は僅かにクアドラプルブースターの出力を下げて貰い、一瞬だけ減速する。

 すると、その頭上を跳び越え、背後からフル装備のクライノートが姿を現した。

 最大戦速のヴァッフェントレーガーに運ばれつつ、エールHSの背後に付いていたのだ。

美月『02、イグニション……!』

 美月はエールの頭上を跳び越えるなり、両腕に装着したロートシェーネスを起動し、
 巨腕後部のスラスターを噴かしてカーネル・デストラクターに飛び掛かる。

 巨大な拳同士がぶつかり合い、魔力の衝撃波が広場の立木を大きく震わせた。

 数々の武装のお陰でオールラウンダーに見えるクライノートだが、
 本体はそれらの武装に振り回されぬよう、高い安定性と強度を誇る。

 カーネル・デストラクターのマッチアップの相手として、これ以上の適役はいないだろう。

美月『ソラ、レミィ……行って下さい』

 美月は静かに言い放つと、腰部のドゥンケルブラウナハトから魔力砲弾を放つ。

 しかし、そこはオリジナルギガンティックでも最高硬度を誇るカーネル・デストラクターだ。

 ゼロ距離射撃とは言え、たじろがせるので精一杯だった。

 だが、それで十分である。

空「ありがとう、美月ちゃん!」

 空は美月に礼を言いながら、組み合う二機の傍らをすり抜け、
 遂に本丸とも言えるクルセイダーの正面に躍り出た。

 一方、クルセイダーは既に迎撃準備を整えており、
 青藍のエーテルブラッドがその手足を覆い、眩い輝きを放っている。

 いつでもエクステンド・ブラッド・グラップル・システム――
 E.B.G.S――を発動させる事が出来るだろう。

 ブラッドを機体外に放出、硬化、属性変換する事で生み出される、
 結界装甲そのものとも言える伸長する手足。

 クルセイダーは格闘戦専用で俊敏とは言い切れない大型機だが、
 その一点でただの格闘戦用ギガンティックと言い切れない性能を発揮する。

レミィ「ッ、時間をかけ過ぎたか!?」

 レミィもソレを警戒し、クアドラプルブースターを旋回させて強制減速させ、
 再度、距離を取ろうとした。

 だが――

空「レミィちゃん! このまま全速力! 皇居正門を落とせば私達の勝ちだよ!」

レミィ「そう言う戦略的な物言いは目をキラキラ輝かせて言う物じゃないだろっ!?」

 空の言葉で急制動を踏み留まったレミィだが、それを言った空の顔を覗き込んで思わず声を荒げる。

 空は臣一郎との真っ向勝負を楽しんでいるようだ。

レミィ「どうなっても知らないからな!」

 レミィは自棄気味に叫ぶと、落ちかけていたブースターの出力を最大にまで引き上げた。
432 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:35:31.45 ID:td6LGtrLo
臣一郎『勝負だ……朝霧君!』

空「はいっ! 本條隊長!」

 低い声で言い放つ臣一郎に応え、空は姿勢を低くして走り出す。

 対して、臣一郎……クルセイダーも腰を落として重心を低くし、両腕を大きく腰だめに引き絞る。

臣一郎『本條流格闘術奥義……! 轟ノ型参・改! 流水……!』

 込められて行く魔力に呼応して、腕を覆うエーテルブラッドの装甲が水へと変化し、激しく波立つ。

臣一郎『轟砕双打掌ッ!!』

 そして、突き出された一対の掌底打ちから激流が放たれ、真っ向から迫るエール・HSに襲い掛かった。

 掌底・掌打・手刀による目標の粉砕を目的とした轟ノ型。

 その奥義が第三、轟砕双打掌【ごうさいそうだしょう】。

 引き絞った腕から放たれる掌底打ちと言うシンプルだが、
 破壊力抜群の一撃に加えて、流水変換による激流の如き破壊力。

 生身のソレですら身の丈を上回る巨岩すら粉砕する一撃だ。

 イマジンやギガンティックは勿論、直撃すればオリジナルギガンティックですらひとたまりもない。

 だが、当たれば必殺のその一撃を、空は身体を大きく左側に傾けて避けた。

 突出した肩の装甲とアスファルトが接触し、火花と共にアスファルトが砕け散る。

 クアドラプルブースターの推進力と加速性能に任せた強引な回避だ。

 エール・HSの斜め上を、目標を見失った二筋の激流が駆け抜けて行く。

臣一郎『その程度で!』

 しかし、臣一郎もただでは引き下がらず、
 激流を放ちながら右腕は横薙ぎに、左腕は下に振り下ろして空達の逃げ道を制限する。

 空達から見れば足もとを左腕から放たれた激流が塞ぎ、右腕が頭上を塞いだため、逃げ道は一つ、
 このままさらに左側に跳ぶしかない。

 だが、いくら皇居前の広場に出たとは言え、左に大きく跳べば高層ビルの建ち並ぶ官庁街に飛び込んでしまう。

 頭から突っ込めば突進の勢いを殺されるどころか、さらに逃げ道を塞がれる事になるのだ。

空「……レミィちゃん! このままっ!」

レミィ「言うと思ったよ!」

 空は瞬時に判断し、抗議めいた声を上げるレミィの声と共に真っ直ぐに突っ込む。

臣一郎『ふんっ!』

 直後、臣一郎は一旦軽く振り上げた右腕を斜め下に向けて振り下ろし、
 殆ど倒れる寸前の体勢で駆けるエール・HSの脳天に向けて激流を叩き込まんとする。

空「ここ……だぁっ!」

 だが、空はクルセイダーの右腕が振り下ろされ始めた瞬間、最も速度の低い一瞬を見極め、
 左腕の裏拳でアスファルトを叩いて上体を無理矢理起こすと、クアドラプルブースターを噴かしてさらに肉迫する。

 しかし、その無理矢理な回避運動では臣一郎の追撃を回避するのは難しく、
 四基あるブースターの内、右上の一基が激流の直撃を受けて砕けた。

空「ッ!? れ、レミィちゃん!」

 魔力でリンクしている右肩胛骨に走った激痛を気合で押さえ込み、空はレミィの名を叫ぶ。

レミィ「レフト1、パージッ! ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『オートバランス補正開始! まだ行けるわ!』

 レミィは即座に左上側のブースターを切り離し、ヴィクセンに姿勢制御を預けた。

 ヴィクセンは残った下側二基のブースターを最大まで広げてバランスを立て直させる。

 一瞬、大きく姿勢を崩された空とエール・HSだが、判断と立て直しが早かった事で大きな時間的ロスは無かった。

 ブースター破壊から体勢を立て直し切るまで四秒足らず。

 だが、その四秒足らずで臣一郎とクルセイダーもまた、完全に体勢を立て直し切っていた。
433 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:36:27.35 ID:td6LGtrLo
臣一郎『本條流格闘術、奥義! 轟ノ型壱・改! 炎熱……轟烈掌ッ!!』

 さらに、袈裟懸けに薙ぐような炎の手刀が振り下ろされる。

 だが、空は怯まずに突進を続けた。

空「うわあぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を一声、クルセイダーの腰に向けて体当たりを見舞う。

臣一郎『ぬぅぁっ!?』

 推力が半分になったと言っても、それでも重量級のエールの体当たりに、
 さしものクルセイダーも僅かにぐらつく。

 だが、臣一郎も振り下ろす手刀の勢いを緩めてはいなかった。

 超高温の炎の剣と化した手刀が、エール・HSの背面を捉えんとした、その瞬間――

レミィ「空、後は任せた!」

 レミィはそう叫ぶと、自身の愛機とエールのOSS接続を解除する。

空「れ、レミィちゃん!?」

 振り返って目を見開き、愕然と叫ぶ空の目の前でレミィの姿がスフィア内から消え、
 突如として背面に巨大な物体――ヴィクセンMk−U本体――が出現した。

 接続が解除された事で異物として認識されたためだ。

 直後、ヴィクセンMk−Uは真っ二つに切り裂かれ、エールの背後で大爆発が起きる。

エール『204ロスト! 背面部ダメージ軽微……空!』

空「ッ……うぅぅあぁぁぁぁぁっ!!」

 エールの報告を聞きながら、背中を焼かれる痛みを気合でねじ伏せた空は、
 まだ腕に残る……レミィの遺してくれたツインスラッシュセイバーに魔力を集中した。

 鋭い魔力の刃が伸び、体当たりの体勢から掴んだままのクルセイダーの腰に刃を突き立てる。

臣一郎『ッぐぅぅぁ……!?』

 深々と腰に突き立てられた刃の感触と激痛に、臣一郎も苦しそうに呻く。

 だが、まだ終わってはいない。

空「エール、結界装甲出力最大!
  プティエトワール、グランリュヌ、フォーメーション・デュオ! モデル・クロワッ!」

 空は残る全魔力と出力を結界装甲に集中し、
 合体直後から切り離したままのプティエトワールとグランリュヌに指示を出す。

 すると、二機の上空に全十六基の浮遊砲台が十字を描くようにして陣形を組み、
 その全ての砲門を直下のギガンティック達に向けた。

臣一郎『お、おぉっ!?』

 上空を見上げながら、臣一郎は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

 エールのツインスラッシュセイバーは、腰を切断するほど深くは突き刺さってはいないが、
 すぐに振り払えるほど生易しくはない。

 さらに、エールの身体は一回り大きいクルセイダーの下に回っている。

 加えて最大まで出力を高めた結界装甲。

 十六基の浮遊砲台からの一斉射の大ダメージも、ほぼ七割から八割をクルセイダーが受ける事になり、
 ダメージも最小限に抑えられる。

 射角を調整する余裕があれば、エールが受けるダメージは、ひょっとすれば一割を切るかもしれない。

 これは回避不可能な上、防御にも最大級の出力を割かなければならないだろう。

 その上――

空「アルク・アン・シエル……フル・ファイアッ!!」

 ――通常防御を無効化する虹の輝き!
434 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:21.47 ID:td6LGtrLo
臣一郎『ッ! デザイアッ! ブラッド・プリズンだ、急げっ!』

デザイア『イエス、ボスッ!』

 慌てて叫ぶ臣一郎に、クルセイダー……デザイアもどこか焦ったように応えた。

 直後、二機のオリジナルギガンティックを虹の輝きが包んだ。

空「ッ!? ………あ、あれ?」

 直後に来るであろう衝撃を想定し、身構えたいた空だったが、
 拍子抜けする程に少ない衝撃に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そう、自らにも僅かとは言え降り注ぐ筈だった虹の輝きは、空とエールにまで届いてはいなかった。

 いや、エールだけではない。

 クルセイダーにすら、虹の輝きは届いていなかった。

 虹の輝きを阻んでいたのは、青藍に輝く分厚い結晶の檻。

 機体外に排出されたエーテルブラッドで作り上げた、巨大な防壁である。

 虹の輝きはその分厚い結晶の中を屈折、乱反射して足もとにまで逃がされていたのだ。

空「そ、そんな……!?」

臣一郎『君のように撃てはしないが祖母の使っていた魔法だ……対策くらいは幾つか考えていたよ!』

 愕然とする空に、臣一郎は力強く言い切った。

 数秒後、虹の輝きがその勢いを失うと、役目を終えた結晶の檻――ブラッド・プリズン――は砕け散り、
 相手の腰を掴んだまま茫然と立ち尽くすエールと悠然と立つクルセイダーが残る。

空(ま、魔力の回復が遅い……!?)

 直後、空は急激な脱力感に襲われた。

 無限の魔力を持つ空は、一度の魔法や防御に全魔力を注ぎ込んでも、
 僅かな時間があれば最大まで回復してしまえる。

 だが、他者の魔力の影響下にいる場合はその回復も遅れてしまう。

 ブラッド・プリズン本体は砕けたとは言え、臣一郎の魔力の余波はまだ周囲に残っている。

 自身のエーテルブラッドの劣化こそ最小限に抑える事が出来たが、
 肝心の魔力がなければ結界装甲はその強度を著しく減じてしまう。

臣一郎『今度こそ終わりだ、朝霧君!』

 そして、臣一郎はその言葉と共に、燃える刃と化した手刀をエールの背面へと突き立てる。

 空は息を飲む間もなく手刀によって胴体を貫かれ、深々と突き立てられた手刀は、遂にエールの胸まで貫いた。

 背面からエンジンと、そして、コントロールスフィアを貫通する一撃だ。

 主と動力を失ったギガンティックは、その腕から伸びた魔力の刃も消え去り、膝から崩れ落ちた。

 そして――
435 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:59.23 ID:td6LGtrLo
 ――朝霧空は目を覚ます。

空「ッ!? ハァハァ……!?」

 飛び跳ねるようにして起き上がった空は、肩で息をする。

 呼吸は乱れ、バケツで水を被ったかのように全身が汗でびっしょりだ。

レミィ「お疲れ……空」

 そして、その傍らには、先ほど乗機諸共に爆発四散した筈のレミィ。

 肩を竦めたレミィは悔しさの滲む苦笑いを浮かべ、慰めるように空の肩を叩いた。

 そこでようやく正気に返った空は、深呼吸を繰り返して呼吸を徐々に整えてゆく。

空「……ごめんなさい、レミィちゃん……また負けちゃった」

 ようやく呼吸が整ってきた空は、悔しさ半分申し訳なさ半分と言った風に気落ち気味に呟いた。

 そして、ベッドからゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 仲間達もベッドから起き上がり、身体を解す者もいれば、先ほどの戦闘を振り返って反省している者もいる。

 そう、ここはシミュレータールーム。

 もうお気付きだろう。

 先ほどの戦闘はシミュレーターを利用した模擬戦である。

 そうでなければオリジナルギガンティック同士……仲間同士での全力での戦闘、
 ましてや皇居護衛が本分であり、その仕事を誇りに思っている茜が皇居を防衛している側に攻撃を仕掛ける筈がない。

 とは言え――

茜「模擬戦でも皇居に向かって攻撃を仕掛けるのは、あまり精神衛生上良くないな」

 ――気持ちはやはり複雑なようで、茜はどこか納得がいかないと言った様子で肩を竦めて嘆息を漏らしている。

???「はーい、みんなー、ちゅーもーくっ!」

 空達がそんな話をしていると、不意に離れた位置から声が上がった。

 全員がそちら……コントロールパネル側に視線を向けると、そこにはほのかとサクラ、クララの三人に加え、明日美が座っている。

 声を上げたのはほのかのようで、彼女は掲げた手を軽く振って注目するように促していた。

ほのか「じゃあ、先ずはさっきの防衛戦を想定した紅白戦の戦闘結果の報告からね。

    攻撃側の白組、隊長機、および随伴一機が撃墜。二機小破、一機無傷。
    防衛側の紅組、隊長機、随伴二機が中破、二機小破。
    防衛拠点の皇居正門は無傷、よって紅組の勝利」

 ほのかが模擬戦の結果を告げると、彼女達の背後の大型モニターにその戦績が映し出されてゆく。

空「あ、アハハハ……」

 紅白戦で白組の隊長を務めていた空は、殆ど惨敗を言って良いほどの評価に乾いた笑いを漏らす。

レミィ「やっぱり撃墜は私達だけか……ハァ」

 レミィも情けないやら悔しいやらと言った風に肩を竦め、盛大な溜息を交えて呟く。

 201と204の横についた“LOST”の文字の点滅が目に痛い。
436 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:38:40.70 ID:td6LGtrLo
サクラ「それでも、白組は唯一無傷で役目を果たし続けたフェイとアルバトロスは凄いですね」

クララ「うん、あと美月ちゃんとクライノートもね。
    クァン君達とカーネルを短時間で中破まで追い込んでるもの」

 サクラとクララは映像で戦況を再確認しながら、そう言って顔を見合わせた。

 フェイとアルバトロスは終始優勢で瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノを足止めし続け、
 美月とクライノートもクァンとマリア、それにカーネル・デストラクターを休むことのない連続攻撃で押し留めたのだ。

フェイ「私の場合、機体特性もありましたが、
    マッチアップしていた天童隊員の頭上と言う有利な位置を取れた事が大きな要因でした」

瑠璃華「正直、一対一での対空戦は私とチェーロ・アルコバレーノの課題だな……。
    改良案もさっさと考えないと」

 淡々と呟くフェイに、瑠璃華も思案気味に呟く。

クァン「まさか、片腕を持っていかれると思わなかったよ」

マリア「この模擬戦でどんどん腕あげてるじゃん、美月」

美月「………恐縮です」

 クァンとマリアからの賞賛に、美月は褒められ慣れていない事もあって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

明日美「最終的な勝利は紅組だったけれど、全体的な戦況では白組有利だった、と言えない事も無いわね」

 明日美はそんな様子を見渡しながら、どこか感慨深げに呟いた。

ほのか「確かに……エールとヴィクセンが撃墜された事で最終的な被害は白組が上回ってますけど、
    隊長機を除いた各メンバーの被害量の比較だと紅組の方が被害は上と言う事になりますね」

サクラ「戦況が五分で推移していたのは本條小隊長と藤枝隊長の戦闘くらいで、
    他は基本的に紅組側が優勢でしたからね」

 ほのかがそう思案げに漏らすと、サクラがその後を引き継いで言った。

 小破、中破、大破、撃墜の順に一から四の段階で数字を当て嵌めれば、
 白組は撃墜二と小破二で十、紅組は中破三と小破二で八となって被害は少なく見える。

 だが、隊長機同士の戦闘結果を除外した場合は白組は二、紅組は六と、実に三倍もの差となるのだ。

 ヴィクセンの撃墜の被害……被害度四を追加しても六対六と互角である。

クララ「けど、それって本條隊長とクルセイダーが圧倒的って事になるんじゃないかな?」

 しかし、サクラの隣で考え込んでいたクララがあっけらかんと言い放ち、空とレミィはがっくりと肩を竦めた。

 そう、三倍もの被害を一機でひっくり返したのは、他ならぬ臣一郎とクルセイダーだ。

 仲間達の十全な援護を最後まで活かし切れなかった事、
 しかも殆ど捨て身の戦法まで使ったと言うのに攻め切れなかった事は大きい。

 ちなみに、作戦が成功していれば発射直前にヴィクセンを切り離し、
 レミィ達には射撃有効範囲から離れてもらうつもりでいた。

 だが、予想以上に動く臣一郎とクルセイダーに翻弄されて、
 最後の切り離し前にヴィクセンが撃墜されてしまったのである。

臣一郎「だけど、本当にギリギリまで追い込まれたのは今回が初めてだ。
    朝霧副隊長もヴォルピ君もそんなに気を落とさないでくれ」

 気落ちした様子の空とレミィに、臣一郎は宥めるように言った。

 臣一郎の言葉は本心だ。

 クルセイダー……デザイアがアレックスの晩年に第二世代オリジナルギガンティックとして完成してから大凡四十年。

 いかなるイマジンもギガンティックも、起動中のクルセイダーに中破以上の手傷を負わせた事は無い。

 それは先々代の一征、先代の勇一郎から一貫してだ。

 クルセイダーが大きな損傷を負ったのは、
 60年事件のパレード中、起動前に集中攻撃と絨毯爆撃を受けたただ一回だけである。

 正に“無敵の衛士”だ。

 そのクルセイダーを相手にほぼ一対一で肉迫し、中破まで追い込んだ上、
 奥の手のブラッド・プリズンまで発動させたとなれば大金星と言って差し支えない。
437 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:39:23.85 ID:td6LGtrLo
美月「ソラ、レミィ、どんまい、です」

 美月も落ち込む二人を励まそうと両手に握り拳を作って、大人しい彼女なりに精一杯力強く言った。

 こちらは特に根拠無く、単に励ましたいだけだろう。

明日美「二人の言う通り、そこまで落ち込む事もないわ」

 明日美は不意に立ち上がってそう言うと、さらに続ける。

明日美「今回の合同訓練に於いて、あなた自身の総合戦績は決して恥じるようなモノではないわ」

クララ「実際、三日間の行程で空ちゃんの戦績は茜ちゃんと並んで個人三位だしねぇ」

 落ち着いた様子で言った明日美の言葉を補足するように、クララがあっけらかんと言った。

 一対一の個人戦リーグに於いて、上位は臣一郎、風華、そして空と茜の四人だ。

 そこから下にクァン、レミィ、美月、フェイ、瑠璃華、マリアと続く。

 他のメンバーの中では、個人成績で振るわなかったとしても紅白戦では大きく貢献している者もいる。

 空は基本的に臣一郎とは違うチームなるよう、明日美が意図的に振り分けていたため、
 団体戦での戦績が振るわなかった事もあって、そこが気になっているのだろう。

 個人・団体の総合で言えば、空の順位は九位と言った所だが、
 これも基本的に臣一郎が意図してマッチアップしていたためだ。

 団体戦の度に撃墜、或いは大破していれば総合成績が振るわないのも無理は無い。

 だが、副隊長……指揮官としての責任感がその低い成績に納得できないのは、また別の話である。

 先ほどの紅白戦も、レミィ自身が庇ってくれた事とは言え、
 結果的に彼女を犠牲にしてしまったのも悔やまれる一因だ。

臣一郎「副隊長としての責任感があるのは良い事だ。
    けれどそれだけに囚われるのも良くない事だよ」

 空のその辺りの気持ちを察してか、臣一郎は窘めるように言った。

 実際、自分が空の立場ならば落ち込まずにいるのも難しい。

空「本條隊長……」

臣一郎「僕も今の役職について数年だが、それでも色々と見えて来た事もある」

 怪訝そうな空に、臣一郎は言い聞かせるように語りかけ、さらに続ける。

臣一郎「隊長と言うのは大きく分けて二つのタイプに分類される。
    一方は君のお姉さんのように仲間達を引っ張って行くタイプ、
    もう一方は仲間にもり立ててもらうタイプだ」

空「引っ張って行くタイプと、もり立ててもらうタイプ……」

 臣一郎の言葉を反芻しながら、空は考え込む。

 確かに、仲間達の様子や生前の姉の様子を見聞きする限り、亡き姉は仲間達を引っ張って行くタイプだったに違いない。

 自分も、確かな実力と統率力に裏打ちされるかのような、そのタイプに憧れがある。

 臣一郎も恐らくはそのタイプであろう。

 だが――

臣一郎「僕は典型的な後者のタイプでね……」

空「えっ!?」

 ――臣一郎からの思わぬ一言に、空は素っ頓狂な声を上げてしまった。
438 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:06.31 ID:td6LGtrLo
 空の反応が予想通りだったのか、臣一郎は苦笑いを浮かべてさらに続ける。

臣一郎「考えてもみてくれ。
    機体は確かに強いが、その性能を十分に発揮するためには、
    ブラッド貯蔵施設を埋設している皇居正門から離れられないんだ」

 臣一郎はそう言って肩を竦めた。

 無敵に見えるE.B.G.Sも、絶えずブラッドを供給できなければ機体が動作不能に陥ってしまう。

 その上、貯蔵施設は規模が大きければ維持費も膨大で、幾つも増設するワケにはいかない。

 結果的にクルセイダーは正門前から動けないギガンティックとなってしまっているのだ。

臣一郎「まあ、普段から置物同然だからね……。
    だからこそ部下達や妹達に頑張って貰っているワケで、
    回りにもり立てて貰わないと僕は隊長としてはやっていけないんだよ」

風華「私も、みんなにもり立てて貰わないと駄目な方かなぁ」

 苦笑いを浮かべた臣一郎に続いて、風華が肩を竦めて呟く。

 確かに、ギガンティック機関の前線部隊は風華と空を中心に纏まっているが、
 どちらかと言うと仲間達が風華と空を隊長・副隊長としてもり立ててくれている部分が大きい。

臣一郎「僕も仲間を引っ張るタイプの隊長には憧れるが、
    そうやって自分に合わない事を目指すのは努力とは違うんだ」

空「努力とは違う……?」

 窘めるような臣一郎に、空は訝しげに訪ねる。

臣一郎「なりたい物を目指すのは努力ではあるんだ。
    だけど……自分に出来ない、自分だけでは出来ない事に自分の力だけで立ち向かうのは違うんだよ」

茜(耳が痛いな……)

 兄の言葉を聞き、一人で抱え込んで憎しみに囚われていたかつての自分を思い出し、
 茜は肩を竦めた。

 そして、それは空も同じだ。

空「自分だけでは出来ない事……」

 空はその言葉を反芻しながら、確かに、と納得する。

 一人で抱え込んでは耐えきれなくなり、親友達や仲間達に幾度も迷惑をかけた。

 だが、今は少しづつでも成長しているつもりだ。

 それでもまだ、他人から見れば自分は背負い込み過ぎなのだろう。

 となれば、これは自分の性分だ。

 三つ子の魂百迄と言うが、持って生まれた、物心つくまでに培った性分と言う物は早々治るものでもない。

 難しい物だ、と空が唸っていると臣一郎が苦笑いを浮かべた。

臣一郎「あまり難しく考え込む事でもないよ……。
    答はいつだって見えていないだけで、案外、既に自分の中にあるものだ」

空「見えていないだけで、自分の中に……」

 空は三度、臣一郎の言葉を反芻すると、自らの胸に手を当てる。

 答は自分の中にある、と言う感覚は分からないでもない。

 事実、昨年末に荒れていた時も、自分の中にある答を見出せたからこそ、今もこうしてここにいられるのだ。

 今回も、そうやって自分の中にある物で見出して行くべき、と言う事だろうか?

臣一郎「自分自身や仲間達と向き合って行く内に、自然と分かる物さ」

 まだ悩んでいる様子の空に、臣一郎はそう言って爽やかな笑みを浮かべた。

 風華も穏やかに微笑んでいる所を見ると、どうやら彼女は自分自身の答えは既に見付かっているようだ。
439 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:53.24 ID:td6LGtrLo
風華「明後日からしばらくは派遣任務もあるし……改めて自分自身と向き合うチャンスなんじゃないかしら?」

 風華は柔らかな笑顔のまま、そんな提案を持ち掛けた。

 派遣任務……件の軟体生物型イマジンがメガフロート各地に産み落として行った卵の探索と処分の事だ。

 もう一ヶ月も前になる卵嚢群発見など記憶に新しい所だろう。

 美月が加わった事で班編制も改められ、本来ならばクァンとマリアが二回連続で遠征に行く予定だったが、
 今回は空と美月の班とレミィとフェイの班が遠征に行く事になっていた。

 本部に五人のドライバーが残る事で即応力も以前とは段違いだし、
 何より、ヴィクセンとアルバトロスの性能が向上した事によって前述のような新編成も可能だ。

美月「ソラと一緒に頑張ります」

 美月は、派遣任務とは言え初めての出撃と言う事もあり、どこか熱の篭もった様子で言う。

 ふんす、と言う鼻息まで聞こえて来そうな気合の入れ様だ。

茜「そうか……しばらくは離れ離れになるんだな」

 だが、そんな気合十分と言った美月とは逆に、茜は少し寂しげな表情を浮かべた。

美月「あ……」

 美月もその事に気付くと、空と茜を交互に見遣る。

 その動きは次第に早くなり、表情もみるみる内に曇って行く。

 道具としての扱いばかりを受けて来た生活から、改めて人間らしい扱いをされる生活と環境の中で、
 急速にあるべき表情と感情を取り戻しつつある美月は、それまでの反動もあってか、
 とても繊細で寂しがりの甘えたがりな本性が表れつつあった。

 泣き出しそうな表情で空と茜を交互に見遣っているのは、どちらか一方と離される寂しさもあるが、
 だからと言ってどちらか一方を選ぶ事も出来ないジレンマに苛まれているのだ。

 難儀な物である。

瑠璃華「美月、美月〜」

 そんな美月の様子を見かねてか、瑠璃華が手招きで彼女を呼ぶ。

美月「?」

 困った表情のまま首を傾げた美月は、トボトボと瑠璃華の元に歩み寄る。

 だが、瑠璃華は少し悪戯っ子のような表情を浮かべると、そんな美月の耳元で何事かを囁く。

瑠璃華「………? 成分? 補給? それは何ですか、ルリカお姉さん?」

 瑠璃華の言葉に美月は、キョトンとした様子で首を傾げた。

 ルリカお姉さん……美月は同計画で生まれた直接の姉である瑠璃華をそう呼んでいた。

 と言うより、瑠璃華が胸を張って姉として名乗り出たため、そう呼ばされていたとも言うが……。

 まあ、同じ人物同士から提供された卵子と精子をベースに使っているのだから、
 美月にだけ著しい遺伝子調整が為されていても、二人は間違いなく姉妹である。

 閑話休題。

瑠璃華「細かい事は気にしなくていいから、言われた通りにやってみるといいぞ」

 キョトンとした様子の妹に、瑠璃華は悪戯っ子の笑みを浮かべたまま、美月を茜の方に向けて歩かせた。

マリア「………ああ、そう言う事」

 途中、瑠璃華の企みに気付いたらしいマリアが、一瞬噴き出しそうな表情を浮かべた後、
 瑠璃華と同じくニンマリとした笑みを浮かべる。

 そして――
440 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:41:39.12 ID:td6LGtrLo
美月「アカネ……」

茜「ん? ど、どうした?」

 改まった様子の美月に、茜はどこか緊張した様子で返す。

 すると、不意に美月は茜の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

茜「み、み、美月!?」

 突然の美月からの抱擁に、茜は驚きの声を上げる。

 だが、美月は構わず、頬ずりを始めた。

茜「ふおぉぁぁぁぁ………!?」

 友人の突如の大胆な行動に、その原因が瑠璃華にある事も忘れて茜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ドライバーの正式な装備とは言え、身体のラインがはっきりと出るインナースーツを着た
 少女と幼い少女が密着している様と言うのは、なかなかどうして目のやり場に困る物だ。

 臣一郎は妹とその友人の様を微笑ましそうに見ているが、クァンなどは慌てて目を逸らしている。

美月「えっと……一ヶ月分のアカネ成分を補給しますから、
   アカネも一ヶ月分の私成分を補給してください?」

 美月は思い出すようにそう言って、どこか恥ずかしそうな上目遣いで言った。

レミィ「純粋な子供に何を吹き込んでいるんだ、お前は?」

 レミィは心底呆れた様子で言って、ジト目で瑠璃華を見遣る。

 当の瑠璃華はどこか自慢げな様子で胸を張っており、レミィの呆れの視線など何処吹く風と言った様子だ。

茜「る、瑠璃華ぁっ! 美月に妙な事を教えると怒るからなぁっ!」

フェイ「本條小隊長、譲羽隊員を抱き締めながら仰っても説得力がありません」

 怒声を張り上げた茜だが、フェイの言葉通り、
 頬ずりを続ける美月を抱き締めながらでは説得力など皆無である。

臣一郎「いや……本当に妹が明るくなってくれて僕も嬉しいよ」

空「あ、あの、本條隊長? 茜さん、あっちですよ?」

 凍り付いたように微動だにしない笑顔を向けてしみじみと語る臣一郎に、
 空はたじろぐように返す他なかった。

 その臣一郎の傍らでは、どうしたらいいものかと風華が慌てふためいている。

 最早、どんちゃん騒ぎの様相を呈して来た。

クララ「途中まではいい話っぽい感じだったんだけどなぁ……」

サクラ「何だか、もう収集がつかない雰囲気ですね」

 空達の様子を傍目に見ていたクララとサクラは、顔を見合わせて肩を竦める。
441 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:42:17.83 ID:td6LGtrLo
 一方、明日美はと言えば、この収集のつきそうにないどんちゃん騒ぎを、
 どこか目を細めるようにして眺めていた。

ほのか「司令、注意しなくても宜しいんですか?」

明日美「一通りの演習が終わったのだから……今は殆どオフのような物よ。
    羽目を外しすぎないならメリハリも必要でしょう」

 ほのかが怪訝そうに尋ねると、明日美は穏やかな様子でそう答えた。

 そして、さらに続ける。

明日美「……それにしても十人も揃うと賑やかね」

クララ「それは……まあ若い子が多いですからねぇ」

 感慨深く呟く明日美に、クララは空達を見渡しながら返した。

 クララも今年でまだ二十四と若いが、年上なのは今年で二十五の臣一郎だけで、
 他はみな年下ばかり……大半は十代だ。

 自分よりも長く機関に所属しているドライバーもいるので忘れがちだが、
 十代半ばの少年少女が命がけで戦っていると思えば、こうしてオンオフの切り替えるのも重要なのだろう。

 だが、明日美の言葉の真意は別にあった。

 彼女が現役のドライバーだった頃は、自分を含めてたったの五人しかドライバーがいなかったのだ。

 それも、常にロイヤルガードの責務として皇居正門にいなければならない勇一郎を除けば四人だけ。

 たった四人で残った人類を守らなければならなかった緊張の度合いを思い返せば、
 多くの仲間達と支え合い、笑顔まで見せてくれる今の若い世代が、羨ましくも眩しく写るのである。

 そして、それは幼き頃に憧れた亡き母達……旧対テロ特務部隊への憧憬に似た感覚でもあっただろう。

ほのか「さて、と……じゃあ私達はみんなが骨休めをしている間に、気合を入れて今回の模擬戦データを纏めましょう。
    クララも今回分のフィードバックお願いね」

サクラ「はい、主任」

クララ「は〜い、チャチャッと終わらせちゃいましょ」

 ほのかの提案にサクラとクララは笑みを交えて頷き、三人は今回の模擬戦で得られたデータの分析を始めた。

明日美(そろそろ、次のチーフ候補の選定かしら、ね……)

 明日美は横目で三人の様子を頼もしげに見遣ると、そう胸中で独りごちる。

 そして、再び空達に視線を向けると、ようやく落ち着きを取り戻して来たのか、
 談笑混じりの模擬戦の講評に戻りつつあった。


 このロイヤルガードとの合同演習が終わった二日後、空達はそれぞれの派遣先へと出発して行った。
442 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:03.40 ID:td6LGtrLo
―3―

 合同演習から十日後、8月17日、土曜日。
 第四フロート第二層第五街区、中東・中央アジア文化保全エリア――


 中東や中央アジア各国の文化遺産、遺跡などを移築、
 模造した数々の建造物が建ち並ぶ観光地に空と美月は訪れていた。

 派遣任務の日程のおよそ三分の一が終わり、既に都合三度ほど卵嚢や卵の処理を終えた空達は、
 エール達の長期整備に入る二日間を利用した短い休暇を与えられたのだ。

 無論、単なる観光目的だけではなく、人と会う約束をしての事だった。

美月「………」

空「もうちょっとで待ち合わせの場所だから」

 多くの観光客で溢れかえる街中で手を繋ぎ、
 無言ながらもワクワクした様子で着いて来る美月に、空はそう言って笑顔を向ける。

 美月は嬉しそうに“はい”と頷く。

 空が待ち合わせをしている相手とは、真実達三人だ。

 真実達は夏期集中講習を終え、
 受験への追い込み前の気晴らしと卒業前の思い出作り第一弾として観光に来ているのである。

 美月も、ギガンティック機関入隊前からの空の友人達と会えるのが楽しみなのだろう。

クライノート『美月、はしゃぐ気持ちも分かりますが、足もともしっかりと見ないと転びますよ?』

美月「分かりました、クライノート」

 諫めるクライノートの言葉に応える声も、口調こそいつも通りに丁寧で落ち着いているが、
 その声音はどことなく弾んでいように聞こえる。

 空は傍らの美月を微笑ましそうに見遣った後、軽く辺りを見渡した。

空(えっとE2−005の14−01−06ってこの辺りだよね……カフェは……?)

 空は事前に待ち合わせ場所に指定されていた住所を思い出しつつ、
 携帯端末で地図情報と位置情報を確認しながら目当てのカフェを探す。

 歩きながらカフェを探していると、すぐにそれらしき建物が見えて来た。

 寺院に面した目抜き通りの目立つ位置にある、洒落た雰囲気のオープンカフェだ。

 しかし、聞かされていた特徴よりも空がそこを待ち合わせの場所だと一目で理解できたのは、
 店にほど近い席に座る親友達の姿を見付けたからだった。

 どうやら真実達もこちらに気付いたらしく、佳乃などは大きく両手で手を振っている。

空「うん、美月ちゃん、ここだよ」

美月「は、はい」

 空は佳乃に軽く手を振り返しながら美月に語りかけるが、
 対する美月はいざ目の前にした途端、緊張した様子で声を上擦らせた。

 空の友人に会える事には期待していたが、いざ初対面の人間と会うとなると緊張してしまうのだろう。

 空や茜とは物怖じなど感じられない頃から何度も会っていた事があったのと、
 他のドライバーやオペレーター達はひっきりなしの自己紹介で驚く間も無かったので上手くいったが、
 今回のように自らの足で会いに行くのは美月にとっても初めての経験で、いざとなって緊張が勝ってしまったのだ。

エール『大丈夫……みんな優しい子だよ』

 言葉を失っていたとは言え、幾度も空と真実達のいる場に付き添っていたエールは、
 美月を安心させようとしてそう言った。

美月「……はい、が、頑張ります」

空「うん、頑張ろうね」

 エールの言葉を受けて気を取り直した美月に、空も優しく微笑む。

 どこをどう頑張るかはともかく、
 最近ではお決まりになって来た美月の“頑張ります”の――
 要はいつもの調子に戻ったのだ――一言に、空も安堵する。
443 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:43:43.74 ID:td6LGtrLo
 二人がテーブル近くまで行くと、いの一番に飛び出して来たのは佳乃だ。

佳乃「おっす、空!」

空「佳乃ちゃん、久しぶり! 雅美ちゃんも真実ちゃんも」

 声を弾ませる佳乃に空も嬉しそうに応え、雅美と真実にも視線を向ける。

雅美「お久しぶりです、空さん」

真実「お久しぶり……と言っても、前に会ってから二ヶ月も過ぎていないのだけれどね」

 にこやかに返す雅美と、どこか皮肉っぽく返す真実。

 確かに、以前に直接会ったのは先々月の下旬……風華達が派遣任務に出発し、
 茜達が出向して来る前日の事だ。

 だが、短い期間にあまりにも多くの事が起こり過ぎたので、
 もう一年以上前のような気がしないでもない。

佳乃「まあ、細かい事はいいじゃん。
   ……んで、その子が連れて来るって言ってた子か?」

 佳乃はあっけらかんと言い切ると、空から半歩下がった位置にいる美月を、
 空の肩越しに覗き込むように見て尋ねた。

空「うん。……ほら、美月ちゃん、ご挨拶」

美月「は、はい……。

   み、美月・フィッツジェラルド・譲羽……です。
   よろしくお願いします」

 空に促され、美月は照れたような戸惑いと緊張の入り交じった様子で自己紹介をすると、
 深々とお辞儀する。

佳乃「ふぃ、フィッツジェラルド・譲羽!?」

 対して、佳乃は驚愕の声と共に仰け反った。

 雅美も真実も驚いたように目を丸くしている。

美月「? ???」

空「ああ、やっぱりそうなるよね」

 三人の反応に同じように目を丸くする美月と、親友達を交互に見遣りながら、空は苦笑いを浮かべた。

 現代社会に於いてフィッツジェラルド・譲羽のネームバリューは絶大である。

 かく言う空も、姉の死から間もない時に訪れた明日美に仰天した程だ。

 空は美月の出自の詳細は伏せながらも、司令である明日美が後見人として預かっている少女だと説明する。

 すると、三人もようやく落ち着きを取り戻した。

佳乃「しっかし驚いたなぁ……。
   小さい子が来るとは聞いていたけど、まさかこんな小さな子供だったなんてな」

 佳乃は美月の姿に感慨深げに呟きながら、飲み頃の温度になったチャイを一口飲み干す。

雅美「ただ……見た目より幼く感じますね」

真実「ええ、何となくですけど、歩実と同じくらいに感じられますわ」

 雅美に同意するように真実も頷く。

空「うん……まあ、色々あったから」

 空は傍らに座る美月に横目で視線を向けながら、どことなく言葉を濁し気味に呟いた。

 流石に、元々はテロリストの尖兵として使い潰される所まで働かされていた、
 などと街中でストレートに語るワケにもいくまい。
444 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:44:27.47 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、当の美月は、チャムチャムと呼ばれるインドのお菓子を頬張りながら、
 心の底から幸せそうな笑みを浮かべている。

 チャムチャムとは煮詰めた牛乳をシロップで漬け込んだ生菓子の“ラスグーラ”を、
 牛乳と砂糖をベースにカルダモンとピスタチオで風味と食感を整えた“バルフィ”の生地で包んだ甘いお菓子だ。

 これに限らず、インドのお菓子は甘味の強い物が多いのだが、菓子類とは無縁な時期が長かった美月には、
 ともすれば辟易しかねない強い甘味も、幸せの味に感じられるのだろう。

美月「ソラ。これはソラも作れますか?」

空「う〜ん……クッキーならともかく、こう言うお菓子はちょっと難しいかな?」

 期待の眼差しを向けて来る美月に、空は申し訳なさそうに言って“ごめんね”と付け加えた。

 料理が得意と言っても、空の場合はあくまで自炊の範囲だ。

 今日、初めて見たお菓子を作るのは難しい。

佳乃「ん? チャムチャムなら作れるぞ?」

美月「本当ですかヨシノ!?」

 やや首を傾げ気味に言った佳乃に、美月は驚きの声を上げる。

佳乃「ん、さすがにこの店と同じ味、ってワケにはいかないが、
   ちょいと甘さ控え目にしてラッシーにも合う感じで作れるぞ」

 佳乃は自信ありげに言って、空も飲んでいるヨーグルトドリンクに視線を向けた。

 さらに“お望みなら甘さマシマシ、ってのも行けるぞ”と付け加える。

美月「マシマシマシでお願いします」

 佳乃の言葉を聞きながら目を輝かせた美月は、そう言って僅かに身を乗り出した。

 関係無いかもしれないが、マシが一つ多いのは興奮の余りなのか何なのか……。

真実「何だか、もっと小さな頃の歩実を見ているみたい……」

 子供然とした純粋な振る舞いをする美月に、
 真実はふと、家で留守番しているであろう妹の事を思い出して目を細めた。

 その視線にはどこか妹にも向ける慈しみのような物が見て取れて、空は不意に違和感にも似た物を覚える。

空「真実ちゃん、何かあった?」

 空は思わず、その疑問を口にしていた。

雅美「そう言えば、ここ数日、どことなく憑き物が落ちたような雰囲気でしたね……」

 雅美も気になっていたのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

 佳乃も美月とお菓子の話題で盛り上がりながらも、意識はこちらの話題にも向けているようだ。

 そして、普段なら“何もありませんわ”とだけ言ってそっぽを向いてしまう真実も、
 今日はいつもとは違う様子で、どこか神妙な……だが優しそうな面持ちで笑みまで浮かべている。

真実「先月からずっと仕事で家を空けていた父が、十日前に久しぶりに帰って来まして……。
   それで……色々とあった、と言う事ですわ」

 真実はどこか遠くを見るような眼差しで、思い出すように語り出した。
445 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:13.64 ID:td6LGtrLo
 十日前の夜。
 メインフロート第七層第一街区、瀧川家――


 長く対テロリスト戦における工作部隊責任者の任を勤め上げた真実の父は、
 事後処理を後続の部隊に引き継ぎ、殆ど一ヶ月ぶりに自宅へと戻っていた。

母「ごめんなさいね、真実。受験勉強で忙しいでしょうに……」

真実「構いませんわ。
   久しぶりに父様が帰ってきたんですもの、たまには家の事も手伝わないと」

 最初は母を手伝い、にこやかに夕飯の準備をしていた真実だったが、
 夕飯の時間が間近に迫った所で現れた祖父の姿に、僅かに身を強張らせる。

 真実の家……瀧川家は古くから続く軍人の家系であり、二次大戦後も一族から多くの自衛官を輩出し、
 三次大戦の終戦前後も再編されたNASEANの軍人としてイマジン事変の対処にも当たっていた。

 前当主である真実の祖父は正一級市民で魔力も高く、
 イマジン事変の際してはパワーローダーやギガンティックを駆って前線で戦い続けた猛者である。

 退役したとは言え、激動の時代を全力で生き抜いた彼は軍人としてのプライドが高く、
 準二級市民……実質三級市民から妻を迎えた息子――真実の父――や、
 そのその妻である真実の母とは折り合いが悪い。

 また、真実にとっては魔力覚醒を迎える四歳の頃までは好々爺然とした祖父であったが、
 魔力覚醒後はあまりに低い魔力に見切りを付けたかのように冷たくあしらわれるようになっていた。

 そんな祖父に対して、早くに祖母を亡くし、祖父に男で一つで育てられた父だったが、
 祖父の薦めるお見合いを蹴ってまで母と添い遂げた事もあって強く言い返せず、
 瀧川家は祖父を中心とした悪循環に陥っていた。

母「………真実、歩実とお父様を呼んで来てくれるかしら?」

 祖父に対して複雑な思いのある娘を慮ってか、
 母は真実に笑顔でそう言ってこの場を一時的にでも離れるように促す。

真実「……はい」

 真実も母の気遣いは嬉しかったが、仲の悪い……と言うよりも、
 一方的に祖父から嫌われている母をその場に残すのが心苦しく感じながら、
 どこか申し訳なさそうに頷いて父と妹を呼びに出た。

 そして、それから半刻もしない内に夕飯となった。

 瀧川家の夕食は静かだ。

 少し大きめの円卓に、時計回りに祖父、父、母、真実、歩実の順で座る。

 不機嫌そうな表情を浮かべた祖父に畏怖するような食事風景。

 真実も十年近く続いた光景に慣れた、と言うより、最早、麻痺していたと言ってもいい。

 それでも、歩実が物心ついてから数年の間は、僅かにその雰囲気も和らいでいた。

 だが、それもやはり、歩実が魔力覚醒を迎え、彼女の資質が二級市民程度であると分かった時点で、
 やはりそれ以前の……今も続くこの重苦しい雰囲気へと戻ってしまったのである。

歩実「あ、あの、お祖父様……」

 不機嫌そうな祖父の気持ちを和らげようと声をかけた歩実だったが、
 無視を決め込む祖父にすぐに顔を俯けてしまう。

真実「歩実、お祖父様は静かにお食事をしたいの……邪魔をしてはいけませんわ」

 真実は気落ちする妹に目配せしながら、そう注意した。

 歩実も真実の言いたい事は分かっているのだろう。

 気落ちした様子ながらも“はい”とだけ応えて、食事を続けた。

 久しぶりに父のいる食卓だと言うのに、雰囲気は暗い。
446 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:45:58.58 ID:td6LGtrLo
 だが――

父「そう言えば……仕事先で、真実、お前のお友達の朝霧さんに会ったよ」

真実「空……朝霧さんに?」

 少しでも雰囲気を明るくしようと不意に口を開いた父の言葉に、
 真実は驚いたように返した。

 呼び捨てにしようとして苗字にさん付けで言い直したのは、
 祖父に妙な揚げ足を取られないようにするためだ。

父「たまに泊まりに来ていたのは知っていたが、
  ああやって面と向かって話したのは初めてだったな。
  礼儀正しい……いや、違うな……うん、気持ちの強い、良い子だね」

 父は以前、空と会って話し込んだ時の事を思い出しながら、どこか感慨深げに言った。

真実「はい……」

 真実も父に友人が褒められて満更でも無いのか、どこか嬉しそうに頷く。

 だが、その後がいけなかった。

歩実「空お姉ちゃん、ギガンティック機関のドライバーさんで、すごく強いんだよ」

 何度も良くして貰い、八ヶ月ほど前には命も救ってくれた空の事を、
 歩実はこの年頃の子供らしい自慢げな口調で讃える。

 その瞬間、無言で食事を続けていた祖父が、ピクリと眉根を震わせた。

祖父「ふん……機関のドライバーなんぞに媚を売りおって」

 そして、忌々しげに声を吐き出す。

真実「ッ!?」

 小声で呟いた祖父の言葉だったが、静かな食卓では十分に聞き取れる大きさで、
 真実はその言葉に息を飲んだ。

 祖父に軍人として譲れない誇りがあり、ただ選ばれたと言うだけで最前線に立つ事が出来る――
 “最前線に立たなければいけない”と言う義務は除いた上で、だ――彼女達は、
 祖父にとってはちやほやされているアイドル程度の認識なのだろうし、
 同じような見方をする人間も少なくはない。

 真実自身、確かに空とはかつて、険悪な時期があった。

 それも、こちらが一方的な嫌悪感で彼女に突っ掛かって行っていたのだ。

 だが、去年の四月、空が海晴を失う事となったあの日、
 紆余曲折あってお互いの胸の内を打ち明け合って、自分と空は友人になれた。

 互いに友人として認め合い、今では親友であると胸を張って言える、
 自分と歩実の命の恩人でもある少女。

 そんな彼女との関係を穢されたような気がして、真実は思わず立ち上がっていた。

 だが、すぐに気を鎮めて椅子に座り直す。

 抗議すれば、折角、一ヶ月ぶりに帰って来た父のいる食事が、
 自分と祖父との口論でメチャクチャになってしまう。

 そうしないためには、祖父が間違っていようと自分が折れる他ない。

 それが十年以上の経験で真実が学んだ、我が家での処世術だった。

 だが、その日の祖父は虫の居所が悪かったのだろう。

 真実が折れたにも拘わらず、さらなる暴言を吐き出した。

祖父「出来損ないしか産まない女に似て、自分より能力の高い者に媚を売るのは上手いようだな……」

 聞こえるような声で呟いた祖父の声は、和気藹々とはしていなかったが、
 それでも久しぶりの一家揃っての食卓を凍り付かせるには十二分だった。

 母は泣き出しそうな顔を手で覆い、母を侮辱され、
 命の恩人まで悪く言われた歩実も今にも泣き出しそうだ。

 こう言う事が、稀によくあるのだ。

 虫の居所が悪いと、最悪の言葉を口にして場をメチャクチャにして、
 祖父はそのまま中座し、真実はむせび泣く母を慰め、泣き出した妹を宥め、
 父は無力感に苛まれるように項垂れ続ける。
447 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:06.57 ID:td6LGtrLo
 それでも、今日の祖父の暴言はいつになく酷いものだった。

父「……いい加減にしてくれないか、親父っ!」

 普段ならば項垂れていた筈の父が、仕事から帰ったばかりの疲労を押し、
 立ち上がって声を荒げるのも無理も無いほどに……。

 温厚で、家では声を荒げた事すらない父が上げた怒鳴り声に、真実は思わず驚いて目を見開く。

 泣き出しそうだった歩実も、茫然と父を見つめている。

母「や、やめて下さい、あなた」

父「止めないでくれ……。もう、もうたくさんだっ!」

 必死に宥めようとする母の静止を努めて優しく振り切り、父は祖父に向き直った。

父「親父の薦める見合いを蹴って彼女と籍を入れたのは俺が悪かった……。
  だけど、親父の言い方は酷い……いや、酷いなんてものじゃない!

  真実と歩実は……親父の孫だろう!?
  何でそうやって選んだように酷い言葉ばかり言えるんだ!?」

真実「お父様……」

 まくし立てるように祖父に詰め寄る父の姿に、真実も吃驚して呆けたような表情を浮かべてしまう。

祖父「む、ぅ……」

 対する祖父は多少でも悪気はあるのか、押し黙り、小さく唸っている。

父「見合いの件だってそうだ!
  親父が相手の都合も無視して手前勝手に話を進めて、最初から破談同然だったじゃないか!?
  それでも、本当に破談にしたのは俺達だ……だから俺達の事は我慢する事にした!
  真実や歩実にも申し訳ないが……親父の態度がいつか和らぐかもしれないと信じていた」

 父は自分と歩実に申し訳なさそうな視線を向けると、再び祖父に向き直って続けた。

父「小学校に上がってからは一度も友達を連れて来なかった真実が、
  ようやく家に招待するようになった友達に、媚びているだって!?

  魔力と市民階級でしか孫の……人間の価値を計れなくなって、
  真実と歩実自身を見ていないんじゃないのか!?」

祖父「………」

 罵声ではなく正論を浴びせ続ける父に、祖父はもう唸る事すらしない。

父「親父は真実がどれだけ努力しているかも知らないだろう!?

  今、真実は二級以上の子しか通えない小中学校に通っているんだぞ!?
  三級から頑張って準二級になって、二年になる頃には常に上位、今じゃ学年トップだ!

  魔導実技で十分な成績を残せない真実が、
  どれだけ努力すれば学年トップをキープ出来るか分かってるのか!?」

 祖父は本当に知らなかったのだろう、驚いたように真実を見遣る。

 真実も思わず、祖父と目が合う。

 祖父と目が合ったのなど、もう十年ぶりだろうか?

 久しぶりに見た祖父の目は、驚きと戸惑いの色だけが浮かんでいた。
448 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:47:44.53 ID:td6LGtrLo
祖父「……本当なのか、真実?」

真実「………はい、既に友人達共々、第一女子への学力特待推薦も戴いていますが、
   正々堂々、編入試験を受けようと思っています」

 困惑気味に尋ねた祖父に、真実は視線を外すつもりで目を伏せ淡々と返す。

 学習塾にも行かせてはもらえなかったし、家庭教師を付けてももらえなかった。

 学校側が主催してくれた集中講習などは受けたが、それでも、真実が独力でここまで来たのは事実だ。

 少しでも魔力が上がるように、少しでも魔力の扱いが上手くなるように、
 その努力は学力を上げる以上に辛く、文字通りに血を吐くような努力を要したのだから、
 最後までこの意地と努力を突き通したい。

 既に真実には、編入試験を余裕でパスできるだけの実力がある。

 雅美と試験で競い合う約束もしたが、それ以上に、編入試験に拘るのは真実の意志だった。

祖父「お……ぉ……お……」

 祖父はどう反応して良いか分からず、奇妙な声を途切れ途切れに吐き出すだけだ。

 十年以上、まともに話した事どころか冷たくあしらい続けた孫に、どう接して良いのか分からないのだろう。

 だが、それは逆に“真実が準一級確実”だから関係を修復しようとしているようにしか見えない。

 事実、祖父自身も真実を階級で評価しているに過ぎなかった。

 それを自分で認識しているからこそ、祖父は言葉を発する事が出来なかったのだ。

父「俺も親父に男手一つで育てて貰ったんだ……出て行ってくれとは言わない。
  だけど……もう少し、家族との向き合い方は考えてみてくれ……」

 父はようやく落ち着きを取り戻したのか、そう言うとゆっくりと椅子に腰掛け直した。

 僅かな沈黙の後、祖父は無言で席を断つと部屋へと戻って行った。

 その背中には、普段は隠そうともしない苛立ちは感じられず、どこか居たたまれない様子が見て取れる。

歩実「……お祖父様!」

真実「歩実……待ちなさい」

 追い掛けようと席を立ちかけた歩実を、真実は手を引いて止めた。

真実「……少しだけ、お祖父様を一人にして差し上げましょう」

 真実はそう言って妹を座らせると、“一人きりでないと出来ない考え事もあるから”と付け加える。

 そうして、落ち着きを取り戻して行き、食事は再開された。

 再開した食事は決して楽しい雰囲気ではなかったが、落ち着いた、穏やかな物だった。
449 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:48:31.17 ID:td6LGtrLo
 再び、現在――


真実「……と言う事ですわ」

 思い出すように十日前の夕食の出来事を語り終えた真実は、一息付けるようにマサラチャイを一口啜った。

空「……それで、どうなったの?」

 固唾を飲んで聞き入っていた空は、躊躇いがちに、だが促すように尋ねる。

真実「……三日三晩、部屋に引きこもっていたお祖父様でしたが、
   父の長期休暇が終わる四日目の昼に顔を出して、それまでの事を謝って下さいました」

 真実は肩を竦めて言ったが、口ぶりや仕草とは裏腹に、その表情は穏やかだ。

真実「緊急家族会議まで開いて、あとは、まあ……
   これからは仲良くやっていこう、とお約束の流れですわね」

 続けて言った事の顛末も、やはり口ぶりとは真逆の穏やかな笑みから、彼女の真意が窺える。

 空は真実の様子と、そして何とか収まったらしい瀧川家の騒動の顛末に胸を撫で下ろした。

雅美「何にせよ、無事に……と言うか収まるべき所に収まったんですね」

 雅美も安堵の溜息と共に、安心したような笑みを浮かべる。

佳乃「うん……まあ、良かったんじゃねぇの?」

 佳乃も美月との会話を中断してそうぶっきらぼうに言うが、その声音は僅かに湿っているように感じた。

空「お祖父さんとはその後、どうしたの?」

真実「……まだあまり話はしていませんが、一昨日の朝、お祖父様にもこの旅行に行く事を告げたら、
   “これからも頑張る分、しっかり息抜きして来るように”と仰っていましたわ」

 空の質問に、真実はどこか感慨深げに答える。

 言葉だけを聞けば堅苦しい、義務感めいた物を感じる口ぶりだが、
 十年以上も辛く当たられていた祖父からの言葉としてはそれなりに良い部類なのだろう。

 まだ始まったばかりなのかもしれないが、瀧川家に長年横たわり続けた氷は溶け出しているようだ。

真実「……何と言うか……いいものですのね、誰かから認められると言うのは」

 真実は嬉しそうに目を細め、満ち足りた溜息を洩らす。

 二年生になってからは気の置けない友人達に恵まれ、妹や両親との関係も概ね良好で成績も優秀。

 恵まれた環境に見えて、いや、だからこそ、幼い頃は優しかった祖父の変貌は辛かったのだろう。

 その祖父の態度の軟化が、真実にとってどれだけ大きな比重を占めるのかは想像に容易い。
450 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:49:12.58 ID:td6LGtrLo
美月「誰かから認められる……」

 いつの間にかコチラの話に聞き入っていた美月も、真実の言葉を感慨深く反芻している。

雅美「美月さんには、まだ少し難しい話かもしれませんね」

 雅美はそう言って微笑んだが、美月はふるふると小さく頭を振って否定すると口を開く。

美月「私にも何となく分かります……。
   誰かから認められると……誰かから愛して貰うと、胸が温かくなって凄く幸せです」

 裏切り、利用、暴力、そんなものばかりが蔓延る場所にしか自分の存在意義を見出せず、
 道具として以外の存在意義を許されず、それすらも砕かれた。

 そんな自分の心を救い出して、道具に過ぎないミッドナイト1ではなく、
 一人の人間……美月・フィッツジェラルド・譲羽としての人生をくれたのは、
 空や茜、そしてギガンティック機関の人々だ。

 その事が心から有り難いと思うと同時に、胸の奥から温かな物が溢れそうになる。

 きっと、真実も祖父と仲直りできた時は同じ……胸の奥から温かくなったのだろう。

佳乃「意外と大人っぽいって言うか……しっかりしてんだな、美月」

雅美「そうですね……先ほどの失礼な発言、訂正させていただきます、美月さん」

 驚いたような佳乃の言に続いて、雅美はそう言って頭を下げた。

美月「ありがとうございます、ヨシノ。
   それに、ミヤビも謝らないで下さい」

 褒められている事が分かってか、美月は少し照れた様子で佳乃に感謝し、
 頭を下げた雅美にも恐縮気味に返す。

 そんな友人達の様子を見渡しながら、空は目を細める。

真実「どうしましたの、空?」

空「うん……美月ちゃんを連れてみんなに会いに来て、良かったな、って」

 怪訝そうに尋ねる真実に、空は嬉しそうに目を細めたまま答えた。

 美月を連れて来た事は……真実達に会わせたのは、間違いではなかったようだ。

 美月自身、ギガンティック機関内の限られた人間関係だけでなく、
 もっと広い視点や交友関係を持ってくれるかもしれない。

真実「……機会があれば歩実と会わせてみるのも面白いかもいしれませんわね」

空「うん、その時はよろしくね、真実ちゃん」

 思案げに漏らした真実に、空は満面の笑みで頷いた。


 その日、空と美月は夕刻ギリギリまで真実達と観光して回り、夕食を共に済ませてから部隊へと戻って行った。
451 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:12.34 ID:td6LGtrLo
―4―

 空と美月が真実達と会ってから四日後、8月21日水曜日の夜。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 三週間以上前よりも乱雑さを増したその場所で、
 唯一整然とした一角に黒と灰色を基調とした色で塗られた八輌編成のリニアキャリアが鎮座していた。

 八輌の内、後方の二輌は大型ギガンティック輸送用のキャリアなのか、
 拡張ユニットである展開式の大型コンテナが積載されている。

 あとの六輌はやや変わったフォルムを持っているが通常のリニアキャリアのようだ。

 規格的にもそれぞれ全長六〇メートル、全幅一五メートル、全高一〇メートルの大型貨物キャリアの規格だ。

 貨客用規格の構内リニアでないため街中を走る際には制限があるが、地下や外殻の貨物路線なら、
 ギガンティック機関で使われているリニアキャリア同様、問題なく運行する事が出来る。

 そして、そんなリニアキャリアの前に集まる人だかり。

 その中心にいるのは、研究者の一人に“月島”と呼ばれた、あの人物だ。

 月島は前から三輌目にあるリニアキャリアの操縦席と思しき場所への入口へと登ると、
 眼下の研究者や作業員達に振り返る。

月島「諸君……計画発動から二十余年。これまでよく尽くしてくれた」

 月島は感慨深く呟きながら、一人一人の顔を見渡す。

 若い者……二十代、三十代の者など一人もいない。

 どんなに年若くとも四十代、中には老齢とも言うべき者もいる。

 そんな彼ら、彼女らに向ける言葉は衷心からの労いの言葉だ。

月島「諸君らの尽力によって、遂に405……カレドブルッフは完成した。
   しかし、決して私の知識と力だけでは完成しなかっただろう。

   だからこそ敢えてこう言おう、このカレドブルッフは諸君らの尽力によって完成した!」

 月島が高らかに言い放つと、そこかしこから歓声と感嘆の声が上がる。

 カレドブルッフ。

 ウェールズ地方の物語である“キルッフとオルフェン”に登場するアルスル王の剣の名で、
 勇者が持てば一軍すら屠るとされる伝説の剣だ。

 アルスル王はアーサー王物語の原典の一つで、
 その愛剣であるカレドブルッフも聖剣エクスカリバーの原典の一つである。

 月島の演説はさらに続く。

月島「イマジンを討ち破る事が出来たのはアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の生み出した
   ハートビートエンジンを搭載したオリジナルギガンティックのみだった。

   だが、我々は一人の男が作り上げたその常識に……いや、伝説に、遂に風穴を開けた!」

 歓声が高まる中、月島はさらに続ける。

月島「我々が開けた風穴はまだまだ小さな物だ!
   だが、遂に我々は希代の天才の領域にまで手をかけた!

   そして、諸君らの力でこじ開けた風穴は、いつか淀んだ伝説を吹き飛ばす新風を呼ぶだろう!」

 月島が力強く拳を掲げ、高らかに宣言すると、歓声は最高潮に達した。

 止まぬ歓声の中、月島は掲げた拳をゆっくりと下げる。

 それがまるで指揮棒であったかのように、歓声も次第に収まって行く。

 その中で、月島は再び口を開いた。

月島「これはコンペディション……我々が伝説に風穴を開けた事を世界に示す、偉大なる祭典だ!」

 コンペティションとレンディション、競技と演出を合わせた造語がコンペディションである。

 要は第三者に見せる事を前提とした品評会のような物だ。
452 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:50:49.24 ID:td6LGtrLo
 ユエも多様していたその単語を言い放つ月島は、さらに続ける。

月島「私は405で出発する。
   それを確認したら諸君らは即時に政府に投降したまえ。

   諸君らにはそれぞれ、諸君らの魔力波長によってのみ解除可能なコードを仕込んだ研究資料を予め配布してある。
   それを使って政府と司法取引を行うも良し、企業に売り込むも良し、新たに地下組織を結成するも良し……。
   もし犯して来た罪の重さに耐えきれないならば処分して自害するのも……これからは諸君らの自由だ……!」

 僅かに言い淀みながらも、そう言い切った。

 ある者は戸惑い、ある者は感涙し、ある者は達成感を顔に浮かべ、一人、また一人とその場から去って行く。

研究者「この事を先んじて通報する人間がいませんかね……」

 ただ一人、去るのではなく敢えて月島の元に歩み寄って、小声でそんな事を呟いたのは、
 彼を月島と呼んだ例の中年の研究者だ。

月島「仮に通報した所で、今からでは対処も間に合わんよ……そう言う計画なのだから」

 月島も去って行く研究者や作業員の姿から視線を外す事なく、小声で返す。

月島「君はどうするね?」

研究者「古巣の山路に戻るのも良いかもしれませんが……。
    まあ、この情報を政府に売って、名前と顔を変えて生きて行く事にします。
    どうせ、私は十五年前の時点で死んだ事になっていますし」

 月島の問い掛けに、中年の男はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 古巣の山路、そして、十五年前の時点で死んだ事になっている。

 そう、彼は十五年前に起きた60年事件で占拠された旧技研に取り残され、
 テロリストの手で殺害された事になっていた。

 表向きは、だが。

 茜が閲覧していた古いデータベース上からも抹消され、
 茜の前にも姿を現していないため、今も歴とした“死んだ人間”なのだ。

 美月……ミッドナイト1とは多少の面識があるので、彼女の証言に有用性が認められた場合はその限りではないが、
 それでも今、この世界に彼の居場所は存在しない。

研究者「新人の頃から目をかけていただいた事、
    どれだけ感謝しても足りないほど感謝しています」

月島「君のような才能の持ち主が埋もれてしまう事が、不合理だと感じただけに過ぎないよ、私は」

 感慨深く目を細めた男に、月島はそう淡々と言って肩を竦めた。

月島「大勢の手前、ああは言ったが、この計画がここまで来れた一番の要因は君のお陰だよ。

   君の協力がなければ、“月島勇悟”は七年前の時点で終わっていたんだ。
   “ユエ・ハクチャ”も三十五日前に終わっていた。

   そうなれば私も存在していない……。最大の功労者は間違いなく君だ」

 月島は研究者達から視線を外すと、足もとでリニアキャリアに背を預けた研究者に視線を向ける。

研究者「そんな大層な物ではありませんよ。
    ヒューマノイドウィザードギア……機人魔導兵への意識転写なんて物は、
    グンナー・フォーゲルクロウの時代からあった物です。

    私がやったのは転送されて来る意識がメモリに転写される際、
    誤差が出ないように微調整しただけに過ぎません」

 彼は月島の視線に自らの視線を重ねてそう言うと、どこか照れ臭そうに笑った。

 だが月島は頭を振って、彼の謙遜を否定する。

 ヒューマノイドウィザードギアへの意識転写。

 それこそが月島の……いや、月島勇悟とユエ・ハクチャ、そして、今、この場にいる“月島”の秘密であった。
453 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:51:36.30 ID:td6LGtrLo
 かつて、もう百年以上前にグンナー・フォーゲルクロウは、世界初の機人魔導兵に自身の意識を転写を行い、
 さらに防腐処理を施した自らの皮膚を着せ、機人魔導兵を自分の影武者として魔導研究機関の表舞台に立たせた。

 八十年前の魔導巨神事件の折、影武者のグンナーが死亡した事で、
 七十年前のグンナーショックが起きる時まで本人は地下に潜み続ける事が可能になったのだ。

 月島が行ったのはグンナーの逆。

 本物の月島勇悟が死ぬ事で、
 意識転写を行ったヒューマノイドウィザードギアのユエ・ハクチャを後継としたのだ。

 そして、三十五日前、旧技研での決戦でユエが死亡……いや、消滅する直前に意識を彼の元へと転送し、
 新たなヒューマノイドウィザードギアを肉体として再び月島として甦ったのである。

 自らの肉体、魂すら犠牲にして意識だけで生き延びて来た、おぞましい精神の怪物と言えよう。

月島「長い時間をこのためだけに専心しなければ、
   エナジーブラッドエンジンもカレドブルッフも完成しなかった。

   そう出来たのは君のお陰だと言っているんだ……素直に賞賛を受けてくれ」

研究者「……そうだとしても、あなたの一助手に過ぎませんよ……。
    あなたの偉業に携われた、その事実を賞賛の代わりにしても十分なお釣りが来ますよ」

 言い聞かせるような月島の言に、男は感慨深く返した。

 僅かな沈黙の帳が、二人の間に落ちる。

月島「……そうか」

 だが、その沈黙は自嘲気味な月島の言葉によって破られた。

 そして、月島はさらに続ける。

月島「君にはこの事件の真相、その全て情報を託してある。
   それだけは必ず、然るべき人物に届けてくれたまえ」

研究者「承りました。……では、御武運を」

 男がそう言ってその場を離れると、月島は無言で頷いてリニアキャリアのハッチを閉じた。

 半球状になったコックピットはコントロールスフィアであり、
 その中央には操縦席とコントロールパネルが据え付けられている。

 ギガンティックが積載されているのは後方の二車輌のみ、
 コントロールスフィアが三輌目に存在すると言う事は、
 おそらくは遠隔操縦をするための座席なのだろう。

 しかし、二機の大型ギガンティックが存在すると言う事は、
 405・カレドブルッフとは量産を前提にしたギガンティックか、
 或いは分離状態の二機を合体して運用可能な可変合体型ギガンティックと言う事だろうか?

月島「トリプル・バイ・トリプルエンジン、出力安定域……
   各種関節問題無し……ブラッド損耗率は0.01%未満……最終確認終了」

 月島は外部モニターを通して、周囲に人影が無い事を確認する。

 最後まで言葉を交わしていた助手も安全域まで対比しており、問題ない。

月島「微速前進開始……」

 月島がそう指示を出すと、その音声入力に従って八輌編成のリニアキャリアがゆっくりと、
 その巨体を滑らせるように動き出した。

 照明の無くなった暗い貨物路線の暗闇に、黒いリニアキャリアが溶け込んで行く様は、
 不吉な物を暗示しているかのように見える。

月島「………さて、お誂え向きに近くに201と203が来ているワケか……。
   時間稼ぎと挨拶代わりに立ち寄って行くとするか」

 月島は思案げに呟くとコントロールパネルを操作し、
 路線の分岐を操作しながら目当ての方角へと進路を変えて行く。

月島「さて、長らく世話になっていたステルス機能も解除と行くか……」

 月島はどこか嬉しそうに呟くと、リニアキャリアの速度を上げた。
454 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:52:39.74 ID:td6LGtrLo
 同じ頃。
 第四フロート第五層、ギガンティック機関リニアキャリア――


 その日の探索と明日の準備を終えて食事を摂ろうとしていた空と美月は、
 けたたましく鳴り響く警報と共に、自らの愛機に向かって走っていた。

 制服を脱ぎ去ってインナースーツ姿になると、愛機のハッチを開いてコントロールスフィアに飛び込む。

 食堂から飛び出す寸前に持たされた栄養ゼリーを飲み込みながら、
 エールの起動準備を整えた空は、指揮車輌と回線が繋がるのを待つ。

アリス『空ちゃん、美月ちゃん、お待たせしました』

 しばらくすると、通信機越しにアリスの声が聞こえた。

空「アリスさん、状況はどうなってるんですか?」

ルーシー『今、こっちまで情報が上がって来た所!』

 空の質問に応えたのはコンタクトオペレーターのルーシーだ。

ルーシー『先月、壊滅したテロ集団と同じ識別信号を発してるリニアキャリアが、
     この駐屯地点と思われる場所に向けて毎時二百キロで接近中!
     随伴に一機の大型ギガンティックを確認、機種は403・スクレップと断定。

     ……だそうです、新堂主任』

 ルーシーは空達への説明と合わせて、現場責任者であるほのかに向けて情報を読み上げる。

空「スクレップ……」

 空はつい一ヶ月ほど前に戦った強敵の名に、思わず身を強張らせた。

 あんな物がもう一機も存在していたとは、驚きと同時に恐怖を禁じ得ない。

ほのか『403、か……』

ルーシー『既に第五フロートで巡回中の二班が司令の指示でこちらとの合流に向けて移動開始していますが、
     合流まで最速で四十分かかるそうです』

 思案気味に声を絞り出したほのかに、ルーシーがさらに続けた。

 その後も通信機越しに指揮車輌でのオペレーター達の会話が聞こえて来る。

アリス『敵性リニアキャリアの現在地、判明しました。
    正面モニターと各ギガンティックに転送します』

 アリスの報告と同時に小さなディスプレイが浮かび上がり、
 現在、空達のいる第四フロート第五層の簡易マップが展開された。

 自分達がいる場所――外殻自然エリア――は把握している。

 工業区を高速で移動している反応が、件の敵性リニアキャリアのようだ。

アリス『現在、第四フロート方面軍のギガンティック部隊が交戦中ですが、
    護衛の403が防衛に徹しているようで、有効的な打撃を与えられないようです』

ほのか『……敵がこちらと接触するまでの予想時間は?』

アリス『二千百秒、プラスマイナス七十秒です』

ほのか『最短三十四分足らず……ね』

 ほのかはアリスの報告を聞きながら目まぐるしく思考を巡らせていた。

 テロリストは防衛に徹しつつ真っ直ぐコチラに向かって来ている。

 恐らく、ここにギガンティック機関のギガンティックがいる事を承知で向かって来ているのだろう。

 それは二人の会話を聞き、状況を見ている空にも予想できた。

 敵の目的がコチラで軍のギガンティック部隊に対して防戦状態を保ったまま移動中、と言う事は、
 リニアキャリアに重要な物が積まれているか、軍、或いは警察組織に用が無いかのどちらかである。

 そして、後者である場合は“いつでも反撃に転じる事が出来る”と言う事になり、
 ギガンティック機関ですら苦戦したスクレップが相手では量産型のレプリギガンティックなどひとたまりもない。

 要は軍のギガンティック部隊も第五層の工業区も人質と言うワケだ。

 毎時二百キロと言うリニアキャリアにしては鈍足の移動も、それをアピールするためのパフォーマンスだろう。
455 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:53:21.82 ID:td6LGtrLo
ほのか『……201、203は二十五分後に起動、この地点で敵を迎え撃ちます。
    起動後、リニアキャリアは安全圏まで後退しバックアップ体制に入ります』

 思案を終えたほのかは、各員に指示を飛ばす。

 起動時間は敵の到着のおよそ十分前。

 リニアキャリアを後方に下げるまでの時間を勘定に入れた場合、ギリギリのラインだろう。

 戦闘開始からレミィ達との合流まで五分前後。

 最悪、外殻に近い事を利用し、
 隔壁を開いてフロートのドーム外に誘き出せばさらに時間を稼ぐ事も可能になる筈だ。

ほのか『空ちゃん、美月ちゃん、ちょっとキツいかもしれないけど、
    五分だけ二人で敵の相手をお願いする事になるわ』

 ほのかはどこか申し訳なさそうな声音で二人に指示を出す。

 五分。

 決して長い時間ではないが、相手が403・スクレップである事を思えば絶望的な時間にも思えて来る。

 だが――

美月『ソラとエール、それにクライノートがいるから大丈夫、です』

 通信機から聞こえて来る美月の力強い“ふんす”と言う息遣いまで聞こえて来そうな声に、
 空も肩の力を抜いて小さく息を吐き出す。

空「今回も前回と一緒で、最初は四対一ですから……五分ぐらいなら、
  美月ちゃんとクライノート、それにエールとで何とでもやって見せます」

 空は努めて明るい声でそう言い切った。

 後輩で妹分のような美月が大丈夫と言ってのけたのだ。

 曲がりなりにも副隊長を任せられている自分が弱音を吐くワケにはいかない。

ほのか『………ありがとう、空ちゃん、美月ちゃん。
    ……ハンガー直立、およびヴァッフェントレーガー連結解除開始!』

 ほのかは言外の空の決意を感じ取ったのか、ややあってから指示を出した。

 すると、スフィア内壁に映し出された外の光景が徐々に傾きを正して行く。

 寝かされていた機体がハンガーの直立に合わせて起き上がっている証拠だ。

エール『……空、あまり強がらなくてもいいんだよ?』

 起動準備の最終段階に入った空に、エールが心配そうに声を掛けて来る。

 エールと空は魔力的にリンクする事で強く結びついているため、エールには空の心情は理解できていた。

 強がらなくてもいい、と言うよりは、怖いなら怖くてもいいと、彼女の重責を受け止めるつもりの言葉だ。

空「エール……うん、半分……四割くらいは強がりだけど、残りはそうでもないよ」

 だが、対する空はどこか落ち着き払った様子で応え、さらに続ける。

空「さっきもほのかさんに言ったけど、美月ちゃんとクライノート、それにエールがいるもの……。
  403とは一度戦ってるし、多分、考えているほど怖くはないと思う」

 空はそう言うと笑顔を浮かべた。

 実際、403と戦った時のデータでシミュレーションも行ったが、
 それよりも強敵と思える相手と先日の合同演習で幾度も矛を交えた経験がある。

 正直、臣一郎の駆るクルセイダーとスクレップを比べた場合、クルセイダーにしか軍配は上がらない。

 臣一郎とクルセイダーに勝てた事こそ一度も無いが、
 それでもスクレップを相手に“五分以上、損害を抑えて立ち回れ”と言う条件ならばやりようはある。

 その五分間を仲間やかつて力を貸してくれた乗機、それに掛け替えのない愛機が支えてくれるのだ。

 その事を踏まえた上で、“考えているほど怖くはない”とは空の正直な感想だった。

 それだけに、“四割は強がり”と言うのもまた嘘ではない。

 前回とは違って合体も無しと言う状況だ。
456 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:07.20 ID:td6LGtrLo
 念のためと言う事だろうが、整備用パワーローダー達の手で
 肩部ジョイントにシールドスタビライザーと背面にエーテルブラッドの増槽が接続されて行く。

空「アルバトロス以外のシールドスタビライザーを使ってる時って、
  あんまりいい事があった記憶がないんだよね……」

 空は少し戯けた調子で苦笑いを浮かべる。

 今までに二度しか使った事が無いが、一度目の時はサイ型イマジンにハッチを抉られ、
 二度目の時はつい先月、テロリストに大敗を喫したばかりだ。

 装備としては動きやすく、防御能力も著しく向上するので非常に有り難い物なのだが、
 験を担ぐにはどことなく心許ないのが正直な所である。

エール『……大丈夫だよ、空。
    このシールドもプティエトワールとグランリュヌも、僕が最大限まで動かしてみせるから』

 苦笑いを浮かべた主に、エールは穏やかな声音で、だが力強く言い切った。

空「エール……うん、お願いね!」

 空は一瞬、キョトンとしかけたが、エールの言外の思いを感じて笑顔で返した。

 と、不意に通信回線が開かれる。

美月『ソラ、作戦はどうしますか?』

 美月だ。

 考えてみれば、美月もシミュレーションや卵嚢の処理などは行って来たが、
 本格的な実戦に参加するのはコレが初めてだ。

 それも、相手はイマジンではなく古巣のテロ集団。

 複雑な思いもあるかもしれない。

 だが、美月の声からはそんな気負いは感じられない。

 心底から“空達が側にいるから大丈夫”と、そう思ってくれているのだろう。

空「うん……美月ちゃんはヴァッフェントレーガーで敵の側面に回り込んで遠距離から援護射撃をお願い。
  私は上から中距離を保って攻撃するから、立体的な十字砲火を仕掛けよう。

  それと街中ではヴァイオレットネーベルの使用は注意してね」

美月『分かりました、ソラ』

 空が思案気味に指示と注意事項を述べると、美月は頷くような声音で応えた。

 そして、そうこうしている間に時間が来る。

 まだ姿こそ見えていないが、遠くで強い魔力の反応を感じ始めたのと同時に砲撃音が聞こえた。

 どうやら一定間隔毎に軍か警察のギガンティックが陣取り、左右から交互に砲撃を仕掛けているらしい。

 だが、爆発音も煙も見えない所を見ると、スクレップによって完全に防がれてしまっているようだ。

ほのか『201、203、起動!』

空「了解です!」

美月『クライノート、起動します』

 ほのかの指示で、空と美月は各々の愛機を起動し、ハンガーから舗装された道路に降り立つ。

 すると、即座にハンガーは水平に倒され、リニアキャリアは後方へと下がって行く。

ほのか『………よし、たった今、隔壁制御の許可が下りたわ。

    空ちゃん、美月ちゃん、万が一の場合はそこから東に二キロ離れた場所にある隔壁を開くから、
    そこからドーム外に脱出して』

アリス『周辺住民や工員の避難も完了しています。
    ……被害を最小限に留める事は必要だけど、難しいと思ったら戦闘に専念してね』

 ほのかの指示に続いて、どこか心配した様子でアリスも周辺状況を伝えて来る。

 空自身、美月にはあのような指示は出したものの、
 スクレップを相手にどこまで周辺被害を気にしながら戦えるかは分からない。

空「……ギリギリまで踏ん張ってみせます」

 故に、そう答える他無かった。
457 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:54:50.85 ID:td6LGtrLo
 空と美月はそれぞれの愛機を外殻自然エリアのなだらかな丘の麓……
 構内リニアのレール付近に移動させ、会敵のタイミングを待つ。

 そして、時間にして四分後――起動から六分後――と、予想よりも一分遅く会敵する事となった。

空(……間違いない、403……スクレップだ……!)

 こちらに猛然と迫るリニアキャリアの上空を護衛するように飛ぶギガンティックは、
 黒を基調としたカラーリングと両腕に装備された巨大な盾が特徴的な、
 見紛う筈も無い、一ヶ月前の最終決戦で戦った403・スクレップに相違なかった。

美月『ソラ、来ます!』

空「ギリギリまで引きつけて撃つよ、美月ちゃん!」

 美月の呼び掛けに応えると、空は愛機の翼を広げ、シールドスタビライザーを閉じ、
 さらにプティエトワールとグランリュヌを展開して迎撃の最終準備を整えた。

 傍らではクライノートがブラウレーゲンとドゥンケルブラウナハトを構え、
 さらにオレンジヴァンドを装着し、美月も迎撃の態勢を整え終えたようだ。

 そして、リニアキャリアを目と鼻の先に捉えた瞬間――

空「……今だよっ!」

 空は声を上げると同時に上空へと舞い上がり、
 美月もクライノートと共にヴァッフェントレーガーで十分な距離まで一気に離れる。

 そして、敵性リニアキャリアが二人の元いた場所を通過しようした瞬間、
 大小十六基の浮遊砲台からの一斉射と、スナイパーライフルと大口径砲の連続攻撃がリニアキャリアを襲った。

美月『やりました……!』

空「まだだよ、美月ちゃん! 連射限界まで撃ち続けて!」

 歓喜の声を上げようとする美月を諫め、空は自らも連射を続けつつ指示を飛ばす。

 さらにカノンモードに変形させたブライトソレイユを構え、だめ押しの一撃を放つ。

 美月も空の指示通りにライフルと砲の交互連射を続け、最後には最大出力の一斉射を放った。

 二人の十字砲撃の交点では濛々と煙のようなマギアリヒトが立ちこめ、直撃地点周辺の被害の大きさを物語る。

 さしものスクレップも、リニアキャリアを守りながら大出力砲撃の十字砲撃を長時間受けきる事は出来ない筈だ。

 だが――

空「……ッ!?」

 ――感じる。

 凄まじい魔力を愛機のセンサーが感じ取り、その感覚に空は全身が泡立つのを感じた。

空「美月ちゃん、防御に専念して! エール、多重障壁をお願い!」

 空は仲間と愛機に指示を飛ばすと、直後に訪れるかもしれない衝撃に身構える。

 攻撃が来る確信は無い。

 だが、403の恐ろしさは身を以て理解していた。

 アレを相手に持久戦に持ち込むなら、少し臆病なくらいで良い。

 空は警戒しつつ、姿の見えなくなった敵の反撃に備える。

 魔力反応から見てもスクレップとリニアキャリアは健在と見て良いだろう。

 土煙のようにマギアリヒトが立ちこめていると言う事は、敵の防御によって魔力弾や魔力砲が相殺されず、
 拡散反射か屈折されて周囲の構造物だけを破壊した可能性が高い。

 そして、空と美月が警戒を強めながら次の一手に備えていると、
 不意に敵性リニアキャリアの周囲に満ちていたマギアリヒトの土煙が風に吹かれたかのように散って行く。

 マギアリヒトの土煙が止むと、その奥から現れたのは、やはり予想通りに無傷のスクレップとリニアキャリアだった。
458 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:55:40.49 ID:td6LGtrLo
空「まさか、リニアキャリアまで無傷だなんて……」

 愕然と漏らす空の目の前で、リニアキャリアの甲板上に載っていたスクレップが悠然と地上に降り立つ。

エール『空……多分、アレは403による防御だけじゃない』

 同時に、状況を確認していたエールが重苦しそうに口を開いた。

クライノート『コチラでも解析しました。
       魔力弾の拡散範囲に比べてリニアキャリアへの被害が確認できません。
       おそらく障壁は403だけではなくリニアキャリアそのものからも発生していると思われます』

 クライノートもエールに同意して淡々と解析結果を告げる。

空「そんな!? ただのリニアキャリアが結界装甲の効果を無効化するなんて……」

 空は驚愕の声を漏らしつつ、リニアキャリアを見遣った。

 よく見れば、リニアキャリアには随所に赤黒い光の線のような物が走っている。

 ブラッドラインのように見えない事もない……いや、おそらくブラッドラインなのだろう。

 先ほどまでスクレップがリニアキャリアの甲板上にいたのは、
 リニアキャリアに循環しているエーテルブラッドを利用して結界装甲を延伸していた、と考えれば、
 リニアキャリアから障壁が発生しているのもそこまで無理のある理論でも無かった。

 だが、エールとクライノートの一斉射を無傷で耐えきるには相当の出力がなければならない。

 スクレップの結界装甲を延伸していた、
 と言うだけでは説明できない“何か”が、あのリニアキャリアにはあるようだ。

 空がそんな思案を巡らせている時だった。

??『……ふむ、テストもまだだったが、仕上がりは上々なようだ』

 不意に聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

空「この……声……ゆ、ユエ・ハクチャ!?」

 空は記憶の中にこびり付いた、あの他人を嘲るような人物を思い出して愕然とした。

 生きていた?
 あれだけ大出力の魔力の直撃を受けて?

 一ヶ月前の決戦で矛を交えたスクレップはリュミエール・リコルヌシャルジュの直撃を受け、
 その胴体ブロックの殆どが欠片も残さず消滅したのだ。

 人間が……いや、人間でなくても耐えきれる筈が無い。

 未だに月島とユエの秘密を知らない空は、ただただ困惑するばかりである。

??『ふむ、この魔力波長……203のドライバーはミッドナイト1か。
   ……また、随分と思い切った人選をしたものだ』

 ユエ……いや、月島は状況確認を終えたのか、感心半分呆れ半分と言った風に呟いた。

美月『……ッ』

 月島の声に……そのかつての名を呼ぶ声に、美月は全身を強張らせる。

空「っ、美月ちゃん!」

 空は通信機越しに感じた美月の息遣いに正気に立ち返ると、
 彼女とクライノートを守るようにスクレップとの間に躍り出た。

 美月はほんの一ヶ月ほど前まで、ミッドナイト1としてユエに道具のように扱われていた。

 自分や茜、そして仲間達との交流を経て、ようやく年頃の少女らしい人間らしさを取り戻して来たのだ。

 ユエ――月島――に、彼女を……彼女の心を傷つけさせるワケにはいかない。
459 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:56:20.16 ID:td6LGtrLo
月島『ふむ……ここで足止め用に一機を使うつもりでいたが、お前がいるなら丁度良い……』

 月島はどこか頷くような満足げな声音で漏らすと、さらに続ける。

月島『ミッドナイト1、最後の命令だ……201と交戦しろ。
   データは十分揃っているのでもう破壊しても構わないし、
   最悪、一定時間交戦さえすれば敗北しても構わない』

 月島の酷薄な言葉に、空と美月は驚愕で肩を震わせた。

 そして、空は怒りで歯を食いしばり、激昂した視線をスクレップに向ける。

空「あなたって人は……そうやって……またっ!」

 空は脳が沸騰しそうな程の怒りを、必死に宥め、手綱を引き絞った。

 ここであの時のように暴走するワケにはいかない。

 怒りは胸に留め、自らの意志で力に変えてぶつけるのだ。

 だが、許し難い怒りが空の全身を駈け巡る。

 また、この男は人を……美月を道具のように使い捨てようとしていた。

 仲間を……友人をそうのように扱われる哀しみが、空の怒りを倍増させる。

美月『ま……マスター……』

 美月は震える声で漏らす。

空「美月ちゃん、こんな人の言うことなんて聞いちゃ駄目!」

 空も必死で美月を宥める。

 人間らしさを取り戻して来たとは言え、彼女は十年もあんな人間の下で道具扱いをされて来たのだ。

 その習慣……いや、心と体に刻み込まれた条件反射は、美月を苦しめていた。

月島『その隙だらけの背中を狙え、ミッドナイト1』

空「私達の仲間を……友達を苦しめる人は許さない……!」

 空は防ぎきれない言葉からも美月を守ろうと、エールと共に両腕を大の字に広げる。

 直後――

美月『マスター……』

 開かれた美月の口から響いた声は、先ほどのように震えてはいなかった。

 そして、美月はさらに続ける。

美月『その命令には………いえ、あなたの命令には、もう従いません』

 美月は小さく頭を振って、月島の命令をはね除けた。

月島『ほぅ……だとすれば、どうだと言うのだ……ミッドナイト1?』

 月島は感心と驚きの入り交じった感嘆を漏らすと、美月の返答を促す。

 美月はコントロールスフィアの中で俯き、その胸に手を当てる。
460 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:57:26.08 ID:td6LGtrLo
美月「……私は……あの場所が……マスターの研究室が
   暗くて、冷たい場所だと言う事を知りませんでした……。

   仲間の筈の人達に殴られる事も当たり前だと思っていました……」

 思い出すだけも苦しい、旧技研での日々。

 腹を満たし、動くエネルギーだけを摂取するだけの食事。

 共に出撃して助ければ、手柄を横取りしたと一方的に殴り掛かって来る仲間。

 道具として扱われ、それこそが自分に与えられた存在意義だと教え込まれた日々。

 そこには“自分自身”と言う物は存在しなかった。

 その事を思い出すと、胸に当てた手が震える。

美月「だけど……アカネと出会いました、ソラとも出会いました……。
   二人と友達になって、ルリカお姉さん、アスミ……色んな人と出会いました」

 だが、美月は数々の出会いを思い出し、彼女達の顔を思い浮かべた。

 すると、手の震えが止まる。

美月「胸の奥が……温かくなりました……。
   喧嘩をすると寂しくて、苦しくなりました……。
   でも、仲直りをしたら、前よりもずっと胸の奥が……心が、温かくなりました」

 一ヶ月前の日々を思い出し、美月は涙で声を震わせた。

 それは痛みではなく、苦しみでもなく、ただただ温かい気持ちが溢れさせる涙そのもの……。

美月「ソラもアカネも、私に居場所をくれました……。
   私が……道具でなくなって、何者でもなくなった私が居ても良い理由を教えてくれました……」

 美月は涙を拭い、目を見開いて、前を見据える。

 エールの背の向こうに、守ってくれる人の空の背中が見えた気がした。

美月「みんなが……私を私にしてくれました……マスターがくれなかった全てを、私にくれました……」

 美月は朗々と呟きながら、その背を追い越し、傍らに立つ。

美月「……命をくれた事……この世界に生み出してくれた事は、感謝しています。だけど……」

 そして、ヴァッフェントレーガーから分離させた全ての武装を一斉に構えた。

美月「私の大切な人を傷つけるなら……私の大切な人達が守ろうとしている物を壊すなら……
   誰が相手でも、何が相手でも戦います……! それがたとえ……マスターでも!」

空『美月ちゃん……!』

 高らかに、とまでは行かないが、それでも力強く宣言した美月の言葉に、空も感極まった声を漏らす。

月島『ふむ……そうか』

 対して、月島は感情を読み取るにはやや抑揚の無い声音で短く呟く。

 興味が無い、と言うよりは“それならそれで致し方ない”と言った雰囲気だ。
461 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:58:21.82 ID:td6LGtrLo
月島『コチラに接近して来る反応を計算するに、あと三分ほどで新手が来るか……。

   情報通りならば204と205……あのハイペリオンイクスと203の足止めに
   403が一機では少々心許ないか……致し方有るまい』

 月島はそう言うと、後部に編成されているコンテナキャリアを展開する。

 既に一つは開かれており、その中にあったのが現在も空達と対峙しているスクレップである事は予想できた。

 となれば、こちらのコンテナから現れるのが件の新型ギガンティック……405・カレドブルッフだろうか?

月島『二機しか用意できなかった足止め用の機体を、こんな所で二機とも使う事になろうとは……』

 月島が嘆息混じりに呟くと、コンテナから姿を現したのは――

空「そ、そんな……二機目の、スクレップ!?」

 ――愕然と叫ぶ空の言葉通り、403・スクレップであった。

 起動したスクレップのブラッドラインには赤黒い輝きが灯り、
 既に起動していたもう一機のスクレップの傍らに並び立つ。

美月『………』

 美月も、幾度かシミュレーターで矛を交えた403に、緊張の色を濃くする。

 仲間と連携する事で何とか撃破して見せた事もあったが、さすがに多対多、
 しかも敵のどちらもがスクレップなどと言うシミュレーションはした事が無い。

 そして、それは空も同じだ。

 多少の会話があった事で、レミィ達との合流までの時間も稼ぐ事は出来たが、
 それすらも無に成るほどの絶望感が、空達を襲う。

月島『では、私はこのまま皇居に向かわせて貰う。
   せいぜい、私が私の目的を終えるまで、そこの人形達と楽しんでくれていたまえ』

 月島はそう言うと、後部に接続された二輌のコンテナ車輌を切り離し、
 残る六輌編成のリニアキャリアを走らせる。

 虎の子とも言える403を二機も置き去りにしてまで向かう理由。

 しかも、その場所はユエ――月島――も身を寄せていたテロリスト達が標的にしていた皇族・王族の住まう皇居。

 本物の虎の子は彼方の六輌編成のリニアキャリア。

 それも一機だけでもオリジナルギガンティック三機を相手に圧倒し、
 トリプルエンジンと互角の403を二機も差し出して、まだお釣りが来る程の決戦兵器の可能性がある。

空(早く追い掛けなくちゃ……!)

 空は即座にその思考へと帰結した。

 レミィ達と合流できるまで、あと三分足らず。

 絶望的な一八〇秒だが、いくら絶望的な状況だからと言って、”嗚呼、そうか”と諦めるワケにはいかない。

空「……美月ちゃん、長距離で私の援護と自分の防御に徹して。
  あと可能な限り、エールとクライノートの間でのデータリンクは密にお願い」

 空は顔面蒼白と言っても良いほど青ざめた表情で、努めて淡々と美月に指示を出す。

美月『わ、分かりました……』

 美月もシミュレーターとは違う実戦での苦境に、声を上擦らせながらも何とか答えた。

 そんな美月の様子に、空は小さく深呼吸してから口を開く。

空「……美月ちゃん、大丈夫だよ。
  さっき美月ちゃんが言ってくれた通り、私もエールも、クライノートもいるよ……。

  だから、レミィちゃん達が来るまで頑張ろう!」

美月『ソラ………はい、頑張ります』

 空が自身の不安や絶望を押し殺して元気づけてくれようとしているのが分かったのか、
 美月も深い深呼吸の後で力強く返した。

 状況は幾分も変わっていないが、それでも自分も美月も心持ちは多少、
 戦闘開始前に近い状態まで持ち直したと思える。
462 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:59:14.34 ID:td6LGtrLo
空(相手が一機でも二機でも、やる事は変わらない………。
  とにかく、レミィちゃんとフェイさんが来るまで全力で持ち堪えて、
  ハイペリオンイクスに合体して一気に決める!)

 空は心中で改めて、その事を確認すると敵機の頭上を目掛けて飛び上がった。

空「エール! 砲撃はブライトソレイユに限定するから、
  プティエトワールとグランリュヌは防御に集中させて!」

エール『了解、空!』

 空の指示でエールはプティエトワールとグランリュヌを自身の周辺に待機・浮遊させ、
 付かず離れずの位置をキープさせる。

 クライノートとのデータリンクも密に行っているようで、
 二点で観測された自身と敵機との位置関係に合わせて移動させていた。

 空は地上でコチラの出方を窺っているスクレップに向けて砲撃を放つ。

 しかし、そこは使い捨て扱いされているとは言え、あの403・スクレップだ。

 巨大シールド型の攻守機動複合装備、
 ハルベルトシルトの展開した障壁で空の砲撃を完璧に防いでしまう。

 さらに、もう一機のスクレップがハルベルトシルトの砲口を掲げ、
 上空のエールに向けて魔力砲を放とうする。

 だが――

美月『させません……!』

 空の指示通り、十分な距離にまで離れていたクライノートから、
 美月の声と共に砲撃が放たれ、その砲撃を牽制した。

 堅牢な装甲を誇るスクレップも、無防備な横合いからの攻撃には流石に体制を崩す。

空「そこっ!」

 空はその間隙を狙い、ブライトソレイユを構えているのとは逆の腕から数発の魔力弾を放った。

 魔力弾は大きく弧を描き、体制を崩したスクレップの足もとに向けて殺到する。

 僅かに体制を崩していたスクレップは、足もとへの攻撃に対処し切れず、その場に膝を突く。

空(人間が乗っていない……? AI制御?)

 スクレップの動きに不自然な物を感じた空は、不意にそんな疑問を思い浮かべた。

 一ヶ月以上前の決戦の際は、ユエの操縦で実に滑らかに動いていた403・スクレップだったが、
 今のスクレップの動きはどこか精彩さを欠いているように思える。

 あの決戦の際、ユエは機体の防衛に人脳や神経を素材としたAIを利用していると言っていた。

 実際、ユエの駆っていたスクレップの動きは凄まじく、風華達四人を相手を圧倒する程の戦力を見せた。

 だが、このスクレップの動きはあの時に比べてやや鈍い。

エール『多分、防衛だけに集中するべき簡易AIで機体の全てを制御させているから動きが鈍いんじゃないかな?』

クライノート『……ですが、AIが学習すれば徐々に動きも良くなって行く可能性もあります』

 思案気味に漏らしたエールに、クライノートがそんな推測を呟いた。
463 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:00:09.75 ID:td6LGtrLo
 事実、空と美月が連携で膝を突かせたのは、後発で起動したスクレップだ。

 こちらに到達するよりも以前から起動していたスクレップは、空の砲撃に素早く反応して見せたのだから、
 AIの出来に差があるのでなければ、真っ新な状態から学習している最中なのだろう。

空「美月ちゃん、時間をかけ過ぎるとどんどん不利になるかもしれない!
  先に起動していたスクレップを集中的に狙おう!」

美月『分かりました』

 美月が自分の指示に応えた直後、空は後発の仲間――二号機――を
 庇うような体制で防御を続ける先発のスクレップ――一号機――に砲撃を放つ。

 クライノートからもスナイパーライフルによる精密射撃が迫るが、
 スクレップ一号機は防御範囲を拡大する事でコレを凌ぐ。

 一号機はこの場に来るまで、
 リニアキャリアに迫る軍や警察のギガンティック部隊の攻撃を全て防御して来た。

 加えて、先ほどの立体十字砲火の一斉射だ。

 防御・防衛に関する経験値はかなり蓄積されてしまっているのだろう。

 まだ蓄積の甘い二号機を無視して、これ以上の時間を掛けずに速攻で一号機から潰したかったのだが、
 やはりそうは簡単にはいかないようだ。

アリス『04、05、現着まであと一二〇秒!』

 アリスからの通信でレミィ達の到着まで残り二分を切った事が分かったが、
 それで劣勢が覆ると言うワケでもない。

空「美月ちゃん! 私が一機目を引きつけるから、その間に二機目を狙撃して!」

美月『分かりました、ソラ』

 空は美月に指示を飛ばすと、自らはエールに任せていたプティエトワールの中から三機を借り受け、
 カノンモードのブライトソレイユと合わせ、一号機に対して四方向からの砲撃を試みる。

 だが、一号機は即座に二号機をも覆う広範囲障壁を展開し、
 時間差で放たれた美月からの狙撃すら防ぎきった。

空(戦術選択と対応が早い!? それに学習速度も……!)

 空は心中で驚愕しつつも、砲撃パターンを変えながら幾度も一斉攻撃を仕掛けるが、
 やはりその全てを読まれ、防がれてしまう。
464 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 21:01:03.48 ID:td6LGtrLo
 空の思った通り、一号機の学習速度は想像した以上に早かった。

 先ほど、一度だけ一号機の隙を突いて二号機を狙った事を学習し、
 二号機への被害軽減すら念頭に置いた防御方法を選択し、空達の攻撃に対応している。

 一号機の学習・成長速度でさえ恐ろしいと言うのに、
 加えて二号機の学習も次なる段階に入ったようだ。

 先ほどは一号機の障壁から飛び出して攻撃を仕掛けようとして来たが、
 今度は障壁の内側からの射撃に切り替えて来た。

 威力は絞られているが、それでもハルベルトシルトの遠距離兵器だ。

 並の魔力砲以上の火力がある。

空「エール、障壁展開っ!」

美月『クライノート、05、イグニション……!』

 空も美月も、それぞれの愛機の障壁やシールドで防ぐが、それで手一杯になってしまう。

 一方で二号機は、それが最適解だと分かると執拗に砲撃を続けて来る。

 この単調さと躊躇いの無さが、自動学習する単純型AIの恐ろしさだ。

 人間ならば経験の長さに関わらず、失敗すれば多少の戸惑いが生まれるが、
 単純な思考のAIは別の解を探す事に専念する。

 そして見つけ出した正解を繰り返しながら学習する。

 人間でも反復は行うが、AIの正確さは人間の非では無い。

 空と美月は少しでも位置取りを変える事で、一号機の障壁内から二号機を誘い出そうとするが、
 既にその失敗を学んでいる二号機は最適な射線を探すだけで、障壁内から動こうとはしないのだ。

 攻守のバランスを偏らせるのは戦術的に有りだが、完全に役割を分担するのは悪手である。

 だが、スクレップほどに攻守が高次元で纏められた高性能機がそれを行うと、
 恐ろしいまでの嵌り具合を見せた。

 むしろ、スクレップ最大の問題点である、“攻守を切り替える”隙が突けないのだ。

 中距離の装備に欠ける問題点も克服していないようだが、
 こうして絶えず攻撃を続けてられていると近寄る事も出来ない。

空(駄目だ……ハイペリオンイクスじゃないと、決定打が無い……!)

 改めて、その事実を完膚無きまでに突き付けられ、空は悔しそうに歯噛みした。
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