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【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】
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288 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:39:08.88 ID:PD5MJK4no
第21話〜それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』〜
―1―
7月17日、正午。
第七フロート第三層、第十街区外縁――
テロリスト達の本拠である第一街区、旧山路技研と隣接した市街区を臨む廃墟群の中に、
大規模な兵站拠点が築かれようとしている。
兵站拠点、と言うよりも、ざっくりと“砦”と言い換えた方がイメージも伝わりやすいだろう。
高く堅牢な三重の城壁に取り囲まれた、ギガンティックの一大整備拠点だ。
整備用の簡易ハンガーが何十も建ち並び、ドライバーや整備員の詰め所が建てられ、
それらを守るように砲戦・防衛戦仕様の大型パワーローダー達が遠方に目を光らせていた。
今も後方から大量の物資が運び入れられ、その規模や防備を大きく、万全の物としつつ、
決戦の時を今か今かと待ちわびている状態だ。
そんな兵站拠点の外部で、パワーローダー部隊と同様、外に目を光らせている一団がいた。
空達、ギガンティック機関とロイヤルガードの混成部隊だ。
拠点正面を空とエール、レミィとヴィクセンが固め、
右翼と左翼にはそれぞれレオン、紗樹と遼の三人が展開していた。
四日前にエールを奪還して後方へと移送し、昨日、再整備とオーバーホールを終えた
エール、カーネル、プレリーと共にクァンとマリアが合流した事で、風華の発案によって部隊を再分割したのだ。
内訳は風華率いるA班には瑠璃華、クァン、マリアとそれぞれの愛機が、そして、空が率いるB班は先述の布陣である。
そして、レミィと共に山門の仁王像よろしく、兵站拠点の正面左右を固めていた空は、
コントロールスフィアのハッチを開き、その縁に腰掛け、双眼鏡で旧技研を睨んでいた。
睨んでいた、と言っても険しい表情で睨め付けていたワケではなく、あくまで“見張り”の慣用句だ。
距離は十数キロ離れているものの、未だ中心区画の照明システムは取り戻せていないため、
投光器の光が届かない中心部は暗く、そして、暗く沈んだ廃墟然とした周囲のビル群とは対照的に、
小高い丘の上に建てられた旧技研建屋は煌々と眩いばかりの灯りが点っていた。
強いて言うなら、地上の星か太陽か……。
まあ、どちらもテロリストの本拠地には相応しくない呼び名なので、そのものズバリの不夜城が正しかろう。
空「目立った動きはないね……」
エール『第一街区外縁にギガンティックの反応が集まっているけど、それ以外はコレと言って動く様子は無いね……。
投降者や避難民の数も少しは落ち着いてきたみたいだし』
何の気無しにポツリと呟いた空に、エールが周囲の状況を確認しながら応える。
エールの言葉通り、テロリスト達は第一街区外縁部に戦力を結集し、防備を固めていた。
内訳は401が十八機、それ以外の370系や380系を主力とした量産型ギガンティックが六十三機。
合計九十一機のギガンティックは中々の戦力だろう。
対する政府側連合軍は、オリジナルギガンティック六機、
ロイヤルガードはレオン達のアメノハバキリ三機を筆頭に計二十機、
軍側もアメノハバキリ四機を筆頭に計五十機、総計七十六機が集結する予定だ。
彼我の戦力差は十五とかなりの数だが、主力を務める六機のオリジナルギガンティックと、
フィールドエクステンダーで武装を大幅強化された七機のアメノハバキリがその戦力差を大きく跳ね返す。
さらに政府側のドライバー達は皆、正規の訓練を受けた職業ドライバーばかり。
如何に年季があろうとも、所詮は民兵に過ぎないテロリストとの練度の差は明らかだ。
後は如何にして敵戦力を撃滅し敵拠点を制圧するか、が政府側の課題である。
289 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:39:44.72 ID:PD5MJK4no
そんな状況を察してか、早々に政府側に投降する者も少なくはなく、
加えて大勢の生き残りの市民達も続々と政府側に保護を求めて、この兵站拠点までやって来ているのだ。
中には投降者や避難民に紛れて自爆覚悟の特攻を試みる者もいたが、
ロイヤルガードや軍の腕利き達が彼らを取り押さえ、今の所は目立った被害も出ていない。
精々が突き飛ばされた者が数名いたり、酷い場合も将棋倒しで軽傷者が四名ほど出た程度だ。
元より避難して来る市民の中には栄養失調などの病人も多く、
物資搬入の第三陣以降からは給糧部隊による炊き出しや医療部隊による診察なども行われており、
投降して来るテロリスト達とは分けて後方への移送も始まっている。
多くの市民を守るために防衛力を割かなければならない状況ではあるが、
それでも敵が攻め込んで来る様子はなかった。
仮に打って出たとしても、彼我の戦力差を思えば、序盤で優勢に戦況を推移させる事が出来ても、
結局は盛り返されてしまうのがオチだ。
ならば、と、少しでも勝率の高い籠城戦に賭けるのは無理からぬ事だろう。
全体的な流れは政府側に来たまま、それが揺るぐ事はない。
それだけに、空の不安はその後の戦況よりも現状に対する不安の方が大きかった。
空(突入した諜報部隊の人達……大丈夫かな?)
空は不安げに心中で独りごちる。
未だ囚われの身の茜の救出と、内情を偵察するために
ギガンティック機関の諜報部隊が突入したと言う報せは空の耳にも届けられていた。
と言うより、現場指揮官クラスの人間にのみ開示された情報ではあるが……。
ともあれ、少数精鋭の突入部隊は、今もチラホラとやって来る投降者や避難民を目眩ましに、
廃墟然とした町並みをすり抜け、既に旧技研内部に突入している頃合いだろう。
エール<諜報部の実行部隊には李家の門弟が多いからね、安心していいと思うよ……>
空の不安を慮ってか、エールが思念通話で語りかけて来る。
空<風華さんのお祖母さんの実家、かぁ……確かに凄そう……>
空は配属されたばかりの頃、風華が見せた変わり身の術を思い出し、感嘆混じりに返す。
普段から諜報などとは関わり合いの無さそうな風華ですら、あの域の技を使いこなすのだ。
そこは風華自身の才能や親からの遺伝、本人の努力などもあろうが、
その門弟として研鑽した諜報部の人間がどれだけの達人かは、推して知るべし、と言う事だろう。
実際にその力量を見た事はないが、少しは安心できる材料もあると言う事だ。
空は僅かに安堵した表情を浮かべ、感慨深く頷く。
290 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:40:18.52 ID:PD5MJK4no
と、その時だ。
整備員『副隊長ちゃーん、お昼御飯、持って来たよ〜!』
エールの足もとから、スピーカー越しの声が響く。
そこには整備用の中型パワーローダーに乗った整備員がいた。
時刻を確認すると十二時過ぎ。
言葉通り、昼食の配達のようだ。
空「待って下さい、今、手を下ろします」
空は外部スピーカーを起動してそう言うと、コントロールスフィアの奥に入り、機体を動かす。
膝を折って姿勢を低くし、中型――と言っても十メートル以上はある――
パワーローダーの高さにまで、エールの手を下ろした。
すると、整備員はパワーローダーの精密マニピュレーターでエールの掌に一辺十五センチ程度の箱を置く。
整備員『まあ、御飯って言っても軽食だけどね。ボックスはあとで回収に来るよ』
仕事を終えた整備員は、そう言い残すと次はレミィとヴィクセンの元へと向かった。
どうやら、このまま人数分の食事を届けるようだ。
空はその後ろ姿に“お疲れ様です”と礼を言いつつ、自律稼動でゆっくりとエールに手を上げさせる。
オーバーホールが終わっている事と、エール自身のAIが復活している事もあって、
エールの手は実に滑らかな挙動で、掌に載せられた箱を微動だにさせる事なくハッチ目前まで移動させた。
空はエールの掌に降りると、その広い掌に載せられた箱を手に取り、コントロールスフィア内に戻る。
ここならば対物操作魔法により、基本的に重力は一定方向に働くため、機体を動かしても中身が溢れることは無い。
箱の中には熱々のベーコンとチーズのホットサンドと蓋付きタンブラーに注がれたミルクティーが入っていた。
空(よく考えたら、スフィアの中でしっかりとした御飯食べるのって初めてかも?)
空は配属されてからの十ヶ月足らずの出来事を思い出しながら、ふと、そんな事を思う。
確かに、スフィアの中での食事と言う経験はあったが、移動中や待機中に携帯食のビスケットバーを囓った程度で、
今回のようにしっかりとした食事を摂る事は初めてだ。
籠城を決め込んだ敵も動けないが、人質を取られた味方も動けない。
つまり長丁場は決定事項なので、食事をするにしても精が付くような食事をしろ、と言う事なのだろう。
お陰で温かい食事が食べられるのは有り難いが、その人質が仲間……茜である以上、空の心境も複雑だ。
空(けど……突入部隊の人達が茜さんを助け出したら、すぐに戦闘が始まるかもしれない……。
今はしっかりと食べて、戦いに備えないと)
空は小さく頭を振って気を取り直すと、ハッチの向こうに見える技研を睨みつつ、食事を摂る事にした。
291 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:40:51.27 ID:PD5MJK4no
同じ頃、旧技研内部――
地下の小型ドローン用整備溝への搬入口付近に俯せで潜む、
黒ずくめのボディスーツを着た一人の少女……いや小柄な女性がいた。
女性は半固形のゼリー状の食事を口に含み、僅かな水分でそれを喉の奥まで流し込む。
胃が落ち着いた事を自覚すると、すぐに手元の時計型端末で予定の時刻が迫っている事を確認し、
特秘回線で思念通話を行う。
女性1<八……七……>
男性1<六……五……>
女性がカウントダウンを開始すると、同じリズムで別人の思念通話がカウントダウンを引き継ぐ。
男性2<四……三……>
女性2<二……一……>
他にも二人、同じリズムのカウントダウンを引き継ぎ、そして――
男性3<時計合わせ>
また別の男性の声を合図として、女性は手元の時計型端末のボタンを押す。
すると、現在時刻とは別の時刻表示が表れる。
男性3(ヘッジホッグR)<ヘッジホッグリーダーより各員へ通達。以後の作戦内容を再度確認する>
そして、時計合わせの合図を出した男性――ヘッジホッグリーダー――が、口を開き、さらに続けた。
ヘッジホッグR<作戦時間で〇一三〇まで内部マッピング、及び情報収集に専念。
〇一四五でブリーフィング開始。
その後、俺とヘッジホッグ2は目標Aの保護、
ヘッジホッグ3から5はヘッジホッグ3の指示で陽動準備しつつ目標Bの所在を確認、
目標Aの保護と目標Bの確保が完了次第、陽動しつつ撤退する。
……質問は?>
作戦説明を終えたヘッジホッグリーダーが部下達に促すが、返って来たのは無言だけだ。
質問無し、と言う事だろう。
ヘッジホッグR<……各員、健闘を祈る。以後、無用の通信は厳禁とする。
……では、作戦開始>
そして、ヘッジホッグリーダーの淡々とした声を合図に、女性も動き始めた。
彼女の担当は、少女然とした小柄な体格を活かした狭所――例えば排気ダクトなどへの侵入だ。
他のメンバーにも暗所への潜入を主目的とした者もいるが、殆どは変装を行っての潜入捜査が主体となる。
既に投降していたテロリスト達からの情報通りの着衣を準備し、整備員や戦闘員に紛れて情報収集を行っているだろう。
女性1(さて、と……じゃあアカネニコフでも探しに行こうかしら)
女性はボディースーツの中から親指の爪先程度の大きさの球体を取り出し、搬入口の外に静かに転がした。
装備しているギアと連動し、視界に球体周辺の映像を映し出すスパイカメラの一種だ。
幸い、周囲十メートルには人影も、魔力の反応も無い。
監視カメラが見張っているが定点観測型ではなく、一定間隔で角度を変えるタイプのようだ。
女性1(さすがにここから人間が入って来るとか考えてないワケね………。
監視の穴もすり抜ける小さなボディ……って、ちっちゃくて悪かったな!)
女性は胸中で独り言の文句を垂れると、監視カメラのタイミングを計って搬入口から飛び出し、
カメラの死角に入り込み、そこから再びタイミングを合わせて手近な排気ダクトに入り込む。
鮮やかな手並みである。
そして、この小柄で、他人を独特なニックネームで呼ぶ女性……そう、市条美波だ。
292 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:41:32.45 ID:PD5MJK4no
生活課広報二係所属の受付職員とは世を忍ぶ仮の姿。
ギガンティック機関司令部直属諜報部職員が本来の仕事であるのは、先日、彼女自身が茜に説明した通りである。
そして、彼女は“基本的に他の職員の監査と事務処理”とは言っていたが、
何故、そんあ彼女が前線に出張って来ているのかと言うと……。
美波(うん、案外、鈍ってないじゃない。まだ前線でもイケル、イケル〜)
それは、彼女が結婚、出産を経て前線任務を退いたからに他ならない。
エールも口にしていた、李家門弟の諜報部職員。
その一人が彼女なのだ。
二児の母となり前線を退いて幾年。
テロリスト達との情報戦や、日の目を見ない裏仕事で多忙を極める諜報部は、
今回の突入作戦に当たって後方要員の彼女にも白羽の矢を立てたのである。
小柄な身体を活かし、小型ドローンしか通れないような狭い地下道を伝って旧技研内部へと侵入した、
彼女の主立った役目は技研内部の構造調査と、目標AやBと呼称される茜とハートビートエンジン6号の所在確認だ。
人伝でないと入手し難い情報や、堂々と入って行く他ない区域の情報収集は他のメンバーにお任せである。
ともあれ、美波は狭いダクト内を匍匐前進の要領で進む。
器用に身体をくねらせて直角に丁字路を曲がり、先ずは中枢方面……研究室などのある区画を目指す。
風の流れを作る換気扇のある経路を極力避け、換気口から部屋や通路の状況を探る。
美波(思ったほど慌てた様子は無いわね……平常運転のやや緊急度高し、って所かしら?)
美波は外の様子を観察しながら、そんな感想を抱く。
慌ただしく駆け回っている人間が多くいるようだが、それでも落ち着いて行動している者もいる。
それが危機感の無さから来る物なのか、諦めから来る物なのか、
はたまた自分達の知らぬ奥手を隠し持っている余裕から来る物なのかは分からない。
美波(ま、人間観察よりもアカネーノ探しが先決か……)
本人が聞いたらクレーム間違いなしのニックネームを交えて胸中で独りごちつつ、美波はさらに先へと進む。
だが、いよいよ目当ての区画に入ろうとした瞬間、美波は驚きで目を見開いた。
幾つかの排気ダクトが合流する……いわゆるハブ区画なのか、やや幅の広い場所に出た美波は、
三つ並んだ換気扇の中央の一つが壊れているのを見付けた。
美波(壊れている……って言うより、壊された感じね……それも、壊されてから半日も経ってない感じ)
五枚あった羽の一枚をへし折られ、モーターの基部からもぎ取るようにして破壊されたのか、
配線ケーブルも引きちぎられている様を見れば、単なる経年劣化による破損ではなく、
何者かの手によって力任せに破壊されたのは一目瞭然だ。
小型ドローンが通ったような形跡は無く、恐らくは人間かそれに準ずる形の……
ヒューマノイドウィザードギアが破壊したかのどちらかだろう。
先に続く通路は狭く入り組んでおり、体格的には自分と同じくらいの者でなければ通れない。
おそらく、一回りでも大きくなれば通過不可能だろう。
美波(こりゃ緊急事態、かな……)
美波は冷や汗を浮かべつつ、秘匿回線で思念通話を行う。
美波<ヘッジホッグ2よりヘッジホッグリーダー、三○二発生>
美波は上司に“自分達以外の侵入者有り”を示す隠語を送った。
ヘッジホッグR<三○二、了解>
美波<三○二は未確認、また三○二の目的は不明。現在地を転送します。
探索を続行しますが、至急、応援を送られたし。以上>
返事をくれた上司に用件を伝え、支援を要請すると、美波は回線を切って溜息を漏らす。
美波(お願いだから、鬼も蛇も出てくれないでよね……)
美波は祈るように目を伏せた後、意を決して先へと進んだ。
293 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:42:10.78 ID:PD5MJK4no
―2―
ギガンティック機関諜報部が動き始めたのと前後して、ユエは謁見の間へと訪れていた。
面倒な手順を踏んで承認を得て、最上七段目にあるコンテナの中へと入って行く。
コンテナ内の階段を下り、煌びやかで荘厳な装飾の施されたホンの居室へと立ち入ると――
女性「キャアッ!?」
――途端、甲高い女性の悲鳴が響いた。
ホン「ええぇい! まだか!? ユエはまだ来ないのか!?」
普段通りの扇情的な格好をした数多の女性達に囲まれたホンは、いきり立って地団駄を踏んでいる。
その足もとには倒れて啜り泣く女性が三名ほど。
恐らくはホンの苛立ちのはけ口として暴力を振るわれたのだろう。
彼女達の魔力は外科手術で埋め込まれたギアによって、
特定行動以外ではほぼ無いと言っていいほどまで抑制されている。
男の力で暴力を振るわれたら、太刀打する事は難しい。
また、ホンに逆らえばギア自体から強い電流――
と言っても生命に関わらない程度に微弱な物だ――によって痛みが走る仕組みだ。
二十人以上の女性を侍らせながら、ホンが彼女達に寝首を掻かれない、最大の理由である。
ユエ(どこまでの気の小さな男だ……)
その光景を眺めながら、ユエは表情も崩さずに内心で呆れ果てた溜息を洩らした。
だが、呆れている場合ではない。
ユエ(さっさと雑用をこなして仕事に戻らないとな……。さすがに残された時間も少ない)
ユエは気を取り直すと、女性達の輪を割ってホンへと歩み寄る。
ユエ「陛下、お気をお鎮め下さい」
ホン「ユエ! どうなっている!?
偽王共の軍勢がすぐ近くまで迫っているぞ!?」
落ち着いた様子で宥めるユエに、ホンはひっくり返りそうなほど上擦った声で詰め寄る。
ホン「貴様の作ったダインスレフは無敵ではなかったのか!?」
ユエ(結界装甲を貼り付けただけの簡易量産機に何を求めていたのか……)
詰め寄るホンに、ユエは蔑むような視線を一瞬だけ浮かべたが、すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。
ユエ「アレらはあくまでより完璧なギガンティックを作るための道具……
データを集めるに足りるだけの数を揃えたに過ぎません」
ホン「な……!?」
自信ありげなユエの言葉に、ホンは思わず驚きの声を上げる。
事実、それは嘘ではない。
ユエは目の前の愚かな男を納得させるために、事実だけを伝える手段を選んだ。
ユエ「確かに、ダインスレフは現状、量産型ギガンティックの中では最強と言えるでしょう。
……それはこの身、この命をかけて保障致します」
そう、確かに401・ダインスレフは最強の量産型ギガンティックだ。
294 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:42:41.83 ID:PD5MJK4no
極限まで軽量化した装甲により、機動性や運動性は傑作機であるエクスカリバーシリーズを上回り、
それらを上回る最新鋭機であるアメノハバキリに匹敵する。
結果的に脆弱化した装甲を補い、さらにその破壊力を最大限に高めるのは、
イマジンにすら抗う事が可能な結界装甲。
高い機動性に無敵の盾と矛を装備した、理想の量産機だ。
事実としてダインスレフは緒戦では華々しい戦果を上げていた。
機体は量産機でも最高性能だったのだから当たり前だ。
だが、ドライバーは実戦経験の低い寄せ集めの民兵に過ぎない。
長らく戦争状態ではあったが、寡兵で一方的に攻め入っては殲滅されるだけの戦いで、
ドライバーのノウハウなど蓄積しようがない。
加えて、最大の利点であった結界装甲の対策をされてしまえば、
ただただ足が速い程度の貧弱な装甲のギガンティックが残るだけだ。
その事実の目眩ましとして、あの重装甲で高機動のオオカミ型ギガンティック――
402・スコヴヌングを緒戦から投入していたが、それもあっさりと敗退した。
あとはジリジリと追い詰められて行くだけだった筈の負け戦が、トントン拍子の負け戦に変わっただけ。
要は、開戦の時点から負け戦は始まっていたのだ。
だが、しかし――
ユエ「兵士達が陛下のために身命を賭して収集したデータによって、今や完成目前となった403、
そして、404こそは最強のギガンティックの名を冠するに相応しい出来映えとなりましょう」
その都合の悪い事実を悟られぬよう、ユエは力強い声音で言い切り、さらに続ける。
ユエ「404は陛下の乗機……いえ、陛下の新たな玉座です」
ホン「俺の……我の玉座か……!」
いやに熱の込められたユエの言葉を聞き、ホンはその熱に浮かされたように呟いた。
その目は、これからの圧倒的な戦いへの期待と、自らの玉座ともなる新たな乗機の完成を想像して、
ぎらついた輝きを取り戻している。
ユエ「陛下のご要望の通り、史上最大級のギガンティックを用意しております。
最終調整が終わればすぐにでも動かせましょう」
ホン「史上最大級、か……そうだ。それでこそ王が駆るに相応しい!」
ユエが恭しく頭を垂れて言うと、ホンは興奮した様子で言った。
先ほどとは違った意味で上擦った声を上げるホンに、ユエは内心で“単純な男だ”と率直な感想を抱く。
だが、この男が単純で御しやすければこそ、今までこうして来られたのだと思うと、どこか感慨深くも思う。
ユエ「では陛下、あと二時間ほどお待ちいただければ、
最高の状態に仕上げた404……いえ、ティルフィングを献上いたします」
一度は顔を上げたユエだったが、すぐにまた恭しく一礼しながらそう言って、その場を辞す。
ホン「ああ、愉しみにしているぞ、ユエ!
ティルフィングか……ティルフィングが完成した暁には、偽王の軍勢など一息に蹴散らしてくれるわ!」
背後からは楽観的なホンの声に続き、馬鹿馬鹿しいほど高らかな笑い声もする。
ユエ(無知とは幸福だな……まあ、北欧神話など興味が無ければそう調べる物でも無いがな……)
ユエは小さな嘆息を漏らしつつ、謁見の間を後にした。
295 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:43:20.10 ID:PD5MJK4no
研究室へと戻る道すがら、ユエは駆け寄って来た一人の男性研究者に話しかけられる。
研究者「主任、403の最終調整、完了しました」
ユエ「ご苦労。……404の調整は?」
研究者「機体とトリプルエンジンのマッチングも問題ありません。
エナジーブラッドの出力は想定値の一一〇パーセント、プラスマイナス〇.五パーセントほどで推移しています。
エンジンと機体の慣らしが終わればそのまま最終起動テストに入ります。
十四時前には全行程を完了できるかと」
ユエが報告して来た研究者に問い返すと、彼はどこか興奮しながら、だが努めて冷静に報告を続けた。
ユエも、彼の報告内容に“ほぅ”と小さな感嘆の声を漏らす。
ホン「ブラッドの出力が十パーセント前後も上昇した原因は?」
研究者「調査中です。ですが、機体剛性に問題はありません。
むしろ、出力が上昇した事で結界装甲が強化され、機体剛性も想定値以上に上昇しているようです」
続く研究者の報告に、ユエも興奮の色を隠せないようだ。
ユエ「劣化コピーのエナジーブラッドエンジンでも、それだけの効果が得られるのか……。
さすが、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の発明と言う事か」
感嘆混じりのユエの言葉に、研究者は“ご謙遜を”と言って、さらに続ける。
研究者「エナジーブラッドエンジンは傑作だと思います。
ハートビートエンジンをあれだけ低コスト化できたのですから」
ユエ「トタン紛い装甲の急造機体とは言え、本体の二倍も資材が必要になるエンジンなど、
量産機エンジンとしてはまだ下の下だよ。
そう言う意味では、参拾九号の考えたマスタースレイブ方式のアレの方がまだ量産運用に向くだろう」
褒めちぎる研究者に、ユエは自嘲気味に返す。
実際、ダインスレフの生産コストの約六割から七割は、
結界装甲を生み出す動力機関……エナジーブラッドエンジンと、その付随品であるブラッドラインが占めていた。
機体内部に高密度のエナジーブラッドを循環させるため、
高出力の循環システムを内包するエナジーブラッドエンジンは機体外装と同程度からそれ以上の硬度を誇る。
同様に、高密度のエナジーブラッドを循環させるブラッドラインにも相応の強度が求められ、
透明な構造ながらにマギアリヒトの密度は本体の装甲と大差ない。
ハートビートエンジンは確かに当時の開発コストで言ってもエナジーブラッドエンジンよりも遥かに高価だ。
だが、強度はエナジーブラッドエンジンの七割ほどでも、
弾き出す出力は同サイズのエナジーブラッドエンジンの二倍強。
結界装甲も三倍以上の出力を叩き出している。
参拾九号……瑠璃華の考え出したフィールドエクステンダーは、
結界装甲の出力を六割ほど減じてしまう欠点もあったが、
それだけの出力が残されているなら十分な戦果を発揮できて当然だ。
ユエ「アレがオリジナルエンジンそのものを参考に作れば、エンジンの量産化も夢ではなかったのかとは思うよ」
研究者「所詮は失敗作……とは行きませんでしたね」
肩を竦めたユエの言葉に、研究者は残念そうに呟く。
ユエ「まあ、アレの失敗があったお陰でミッドナイト1は完成したが、な……」
研究者「兎角、ままならないものです」
ユエと研究者はそう言うと、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
296 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:44:00.80 ID:PD5MJK4no
二人は溜息を吐いて一頻り落ち着かせると、先んじてユエが口を開く。
ユエ「ティルフィングの最終調整が完了次第、この区画の警備ドローンを停止させ、君も脱出したまえ」
研究者「主任はやはり、403で出られるので?」
ユエの指示に応える代わり、研究者は質問で返す。
ユエ「ああ……脳波コントロールの戦闘時の波形データを収集しておきたい。
そうだな……可能ならば201と戦ってみたい物だ」
ユエは頷くと、遠くを見るような目で感慨深げに呟く。
研究者「データはリアルタイムで収集可能ですが、
出来れば無事に帰って来ていただいた方が、我々としても有り難いのですが」
ユエ「負けると思うかね?」
言い辛そうに漏らした研究者の言葉に、ユエはどこか戯けた調子で問い返す。
研究者「さすがに答えかねます」
苦笑いを浮かべた研究者の言外の返答に、ユエは笑い、さらに続ける。
ユエ「ハハハッ……まあ勝率は五割強……五分五分よりやや優勢と言いたいがね。
一対一の戦闘で戦況を覆せる物でもあるまい」
ユエは思案げに呟く。
ユエが駆ると言う400シリーズのギガンティック、403。
フルスペックの能力を取り戻した空とエールに対し、互角以上だと言う性能が虚言の類ではないのは、
口調はともかく、いつになく真に迫ったユエの表情と声音から明らかだった。
研究者「戦況そのものはアレが404を扱いきれるか、と言う事ですか?」
ユエ「一応は決戦兵器だからね。データ収集用のプローブは?」
ユエが研究者の問い掛けに答え、改めて問い返すと、彼は頷きながら“滞りなく配置済みです”と応える。
ユエは満足そうに頷くと“では、後は任せた”と付け加え、先ほどよりも僅かに早い歩調でその場を辞した。
ユエ(これで最終段階に向けた準備もようやく整う……。
後は今回でどれだけのデータを収集できるか、だな)
ユエは歩きながら思案する。
60年事件から十五年と八日。
長い年月を費やした目的が叶う瞬間が、もう目前まで迫っているのだ。
平静さを保とうにも、どうにも気分が高揚するのを抑えきれない。
ユエ(学生時代……いや戦後の頃を思い出すな……この抑えられない高揚感は)
ユエはこれまでの十五年と、そして、それ以前の自らの辿って来た道を思い返し、
どうした訳か感想とは真逆な冷めた自嘲気味な笑みを浮かべた。
ユエ(学生時代に戦後、か……ああ、私は正常に働いているようだ。滞りなく、問題なく……)
ユエはふと片手を上げ、その掌をジッと見つめる。
見つめながら、握り、開き、握り、開きと、その動作を繰り返すと、
不意にこの身で抱いた事のない感触を思い出す。
だが、小さく頭を振って、その感触を今は追い出す。
ユエ(感傷的になるにはまだまだ早い……。全ては最後の仕上げが終わった、その時だ)
ユエは気を取り直し、また少しだけ歩調を早めた。
今は研究室に戻るよりも、現場で403や404の調整を指揮した方がいい頃合いだろう。
ユエは研究室に戻ろうとしていた足を格納庫へと向けた。
そして――
ユエ「コンペディション……第二幕の、始まりだ……」
いつかのように、自分の足音で掻き消されるような、微かな呟きを漏らしたのだった。
297 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:44:37.40 ID:PD5MJK4no
同じ頃、ユエの研究室奥――
茜「………ハァァ」
未だに軟禁状態のままの茜は深い溜息を洩らしていた。
時刻は十二時半。
ドローンの運んで来た食事は既に食べ終え、そろそろ日課の鍛錬を始めようかと言う頃合いだ。
だが、張り合いが無い。
茜「……それだけ、あの子の存在が大きかった、と言う事か」
茜は溜息がちに呟く。
ついでに、ここ数日で独り言が増えた。
あの子、とはミッドナイト1の事だ。
無口な性分の子供だったが、軟禁状態でストレスを溜め続ける茜にとっては、
ストレス解消に適した良い話し相手だった。
彼女の身に何が起こったのか、その子細までは知らずとも大まかな事は分かっている。
空の手によってエールが奪還され、その後の消息は不明。
恐らくは政府の手で保護されたか、テロリストの一人として警察組織が拘束したかのどちらかだろう。
ロイヤルガードも皇居護衛警察と言う事で、曲がりなりにも警察組織の一員である茜だが、
出来れば政府側……さらに可能ならばギガンティック機関の手で手厚く保護されている事を願っていた。
ミッドナイト1を救おうと思う一方で、どうやら、自分にとっての彼女は、
この短いとは言い切れない軟禁生活の支えになっていたようだ。
茜「ハァァ……まったく……」
自分の軟弱さを思い知らされたようで、茜は深い自嘲の溜息を洩らしながら呟いた。
しかし、複雑な思いだ。
エールがギガンティック機関の……空の手に戻った事は喜ばしい事の筈なのだが、
それでミッドナイト1がこの旧技研から居なくなる事を、当然の事と分かっていながら受け入れ切れない。
有り体に言えば、理解できても納得できない、と言う我が儘のような物だ。
精神的なダメージも大きいが、実は実利の面でもダメージは大きい。
もしも彼女を説得が出来たなら、今も両手に取り付けられた魔力抑制装置を取り外す事も出来たかもしれない。
そして、“もしも”や“かもしれない”ではなく、あれからあと三日ほどの時があれば、
茜は十分にミッドナイト1を説得する事が出来た。
事実、三日前の時点で既に、自我を得たミッドナイト1の価値観は徐々に揺らぎを見せ、
道具としての矜持と茜への依存が共存するような状態にまで来ていたのだ。
その状態が長く続けば、茜に絆され、二人で共に脱走する道もあったかもしれない。
だが、さすがにもう過ぎた話だろう。
問題は、どうやってこの場を脱出するか、だ。
繰り言だが魔力抑制装置を取り外す方法も無く、今や決戦間近。
このままでは脱出するどころか、早々に人質として扱われ、仲間達に迷惑をかける事になるだろう。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
298 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:45:12.00 ID:PD5MJK4no
茜「……これの出番か」
茜はそう呟き、枕の下から一本の折り畳みナイフを取り出した。
先日、堆く詰まれたダンボールの底から見付けた物だ。
他を探してもこう言った物は無かったので、おそらく、ユエも把握していない内に紛れ込んだ物に違いない。
これで手首を切断する。
いくら身体を鍛えている茜でも、魔力無しの状態で魔力を扱える人間に勝てると思うほど甘くはない。
僅かでも魔力が使えなければすぐに魔力ノックダウンされてしまう。
そして、この五日間ほど具に観察して気付いた事だが、
この研究室に出入り可能な人間は、ユエ以外にはミッドナイト1だけだった。
研究室外部の人間とのやり取りは全て旧技研内部のローカルネットワークを用い、
食事の運搬もミッドナイト1がいなくなってからは全自動のドローンが行っている始末。
こんな状態ではユエ以外の人間を狙って抑制装置を解除する事は不可能に近い。
そして、これは茜の直感だが、万全でない自分ではユエを出し抜く事は到底できないと考えていた。
となれば、残された方法は手首を切断して、この抑制装置を取り外すより他に無いのだ。
茜(先ずはシーツを裂いて……)
茜はベッドからシーツを剥ぎ取ると、それを長く切り裂く。
両手首の抑制装置のやや上の位置に痛いほどきつく巻き付け、
さらに両腕の上腕にも同様に巻き付け、血流を少しでも阻害する。
抑制装置は意外にもピッタリと固定されているので、
親指の関節を外したり切断したたりした程度では取り外せない。
小指も切断すれば取り外せる可能性は高いが、冷静に四本の指を切断していられる自信は無かった。
茜(少し品は無いが……)
茜はベッドの上で胡座をかくようにして、ナイフの柄を踵で挟んでしっかりと固定した。
茜(後はここに手首を叩き付けて、一気にねじ切る……)
何度か頭でシミュレーションして来た手順を思い返す。
要はナイフに手首を貫通させ、そのまま捻って手首をねじ切るのだ。
骨を切断するのは難しいから、上手く関節部分に突き刺さなければならない。
茜「大丈夫だ……今の技術なら手だけの義手くらいは四日もあれば準備できる……」
茜は自分に言い聞かせるように呟く。
祖母・結もそうだったが、彼女の右腕は義手。
だが、見せられた写真では本物の腕と見紛うほどの精巧な造りだった。
四十年以上も前からそれだけの技術があったのだから、今の義手はさらに精巧な造りだ。
だが、さすがに親から授かった身体に……自らの身体に傷を付けるのに抵抗が無い筈が無い。
茜「ッ、ハァ……ハァ……」
茜は次第に荒くなって行く呼吸を意識しながら、必死に自らを落ち着かせる。
血流を制限しているせいか、両腕に鈍い痺れが始まっていた。
早くしなければ、今度は切断するだけの力が保てなくなる。
茜「……ままよっ!」
意を決した茜は、先ず、右腕を大きく振り上げた。
299 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:45:48.27 ID:PD5MJK4no
―3―
それから僅かに時は過ぎ、十四時を回った頃。
第十街区、外縁――
空は変わらず、開かれたハッチの縁に腰掛け、遠くに見える旧技研を見張っていた。
技研には未だに煌々と灯りが点っている。
空(まだ動きはない、かな……?)
空は不意に視線を外し、コントロールスフィア内壁に映し出された後方の映像に目を向けた。
保護を訴える避難民や投降するテロリスト達の流れはもう三十分ほど前の時点で途切れており、
つい数分前に彼らを乗せたリニアキャリアの最終便がメインフロートへと向かったばかりだ。
残りの治療や炊き出しは、後方にある途中の兵站拠点かメインフロートで行うのだろうが、
前線に立つ空達にはそこまで詳しい事は知らされていない。
あくまで、後顧の憂いが一つ減ったと言う程度だ。
最大の憂いである茜達の状況は、空達には伝わっていない。
その存在をテロリストに気取られぬよう、突入した諜報部隊からの通信は勿論、こちらからの通信も厳禁だ。
状況が判明するのは恐らく、彼らが茜を連れて脱出した直後だろう。
それまでは茜の安否すら分からないのだから、もどかしいばかりだ。
時間が経てば経つほど、不安と焦燥ばかりが募る。
エール『空、心拍数がかなり上昇しているけど、大丈夫かい?』
空「アハハ……うん、何とか」
心配そうに尋ねるエールに、空は苦笑いを浮かべて返した。
空がその指にエールのギア本体を装着している関係で、エールは空の体調を把握している。
不安による心拍数の上昇に気付いたのだ。
空「大丈夫……戦闘になったらエールも、レミィちゃんとヴィクセンもいるもの。
いざとなったらモードHSも使えるしね」
空は苦笑いを微笑みに変えて、自信ありげに言い切る。
そう、戦闘に関しては問題ない。
フルスペックに戻ったエールに加えて、強化されたヴィクセンの二機の揃い踏みだ。
フィールドエクステンダーを装備したアメノハバキリを駆るレオン達の援護もあるのだから、隙は無い。
そこは不安を抱きようもないが……。
エール『大丈夫だよ空。
先に突入した仲間を信じて、僕達は僕達のするべき事に全力を尽くそう』
空「うん……そうだね」
エールの言葉に頷いた空は、決意を込めた視線を再び正面の旧技研へと向けた。
300 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:46:16.44 ID:PD5MJK4no
そう、今は為すべき事に集中しよう。
茜の事に気を取られ戦闘でミスを犯していては、茜が無事に戻って来た時に顔向け出来ない。
茜と、そしてクレーストが帰って来た時に、少しでも胸を張っていられるようにしなければ。
空(もう……お姉ちゃんやフェイさんの時のような事に、なってたまるもんか……!
私が……私とエールがみんなを守ってみせる!)
空がそんな決意の炎を胸に灯した瞬間だった。
つい先ほどまで、煌々と輝いていた筈の旧技研の灯りが、不意にフッと消え去ったのだ。
空「ッ!? 来た!」
一瞬だけ息を飲んだ空は、すぐさま気を取り直して立ち上がると、
コントロールスフィアの奥へと転がり込み、エールを完全に起動する。
空「皆さん! 今すぐ機体を起動して下さい! 作戦行動に移ります!」
空は通信機に向かって、自分の指揮下にあるレミィ達四人に指示を飛ばす。
そして、指示を飛ばしながらもスフィア内壁に映る旧技研の一角を拡大する。
ハッキリと形が把握できるほど拡大された画像では、
灯りの消えた旧技研の彼方此方で小規模な爆発が幾つか巻き起こり、煙が舞い上がっていた。
突入部隊の脱出準備が終わり、陽動の破壊工作が始まったのだ。
それが空達指揮官クラスに伝えられていた戦闘開始の合図だった。
指揮官『各員戦闘開始! なお、戦闘時は味方の動きに留意し、
別命あるまで攻撃対象は敵ギガンティックに限定する物とする!』
拠点各地のスピーカーから軍部の指揮官らしき男性の声が響く。
レオン『なるほど、な……。そう言う事か!』
その命令の内容で全てを察したのか、レオンが納得したと言いたげな声音で言った。
レオン同様、察しの良い者達は気付いているのだろう。
指揮官の言った“味方の動きに留意し”と言うのは、破壊工作を終えて撤退する諜報部の突入部隊を誤射せぬように、
“別命あるまで〜〜”とは突入部隊の撤退が確認されるまで敵機にのみ集中しろ、との事なのだろう。
空「はい、そう言う事です!」
空がレオンの言葉を肯定した事で、レミィ達も作戦と指示の意図を感じ取ったらしい。
レミィ『知っていたなら教えてくれてもいいだろ!』
ヴィクセン『しょうがないでしょ、作戦よ、作戦』
怒ったように漏らすレミィを、ヴィクセンが宥める。
空「ごめんね、レミィちゃん。埋め合わせは後でするから」
空は言いながら、六基のプティエトワールを分離させ、レオン達の機体のフィールドエクステンダーに接続させた。
そして、自らはエールに翼を広げさせ、高く舞い上がる。
301 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:46:43.87 ID:PD5MJK4no
空「エール、少しでも目立って攻撃を引きつけるよ! 特に401の攻撃は可能な限り全部!」
エール『了解! プティエトワールとグランリュヌの操作は僕がするから、空は白兵戦に集中して!』
空「うん、ありがとう!」
空はブライトソレイユをエッジモードで構え、拠点の爆破炎上で困惑する敵陣へと切り込んで行く。
その後を、キツネ型に変形したヴィクセンMk−Uが、クアドラプルブースターを噴かして地上から追う。
敵の反撃はすぐにあった。
混乱して指揮系統がメチャクチャになったせいなのか、
それとも、指揮系統など最初から有って無いような物だったからなのか、
敵ギガンティックは散発的にだが突出して来たエールに向かって砲撃を浴びせて来た。
だが――
エール『させるものかっ!』
その全てを、エールがプティエトワールとグランリュヌを用い、ピンポイントの障壁で防ぐ。
後方への被害は皆無だ。
空「ここっ!」
空は真っ正面にいた401に狙いを定め、その眼前で急制動を掛け、頭部と両腕だけを鮮やかに切り裂く。
以前のフルスペックでないエールでは出来なかった芸当だが、
数々の戦いを経て成長した空と全開のエールならば造作もない。
空は頭と両腕を失った機体の胴体を蹴り飛ばすようにしてその場に崩れ落ちさせると、
さらにその反動で上空へと舞い上がる。
テロ指揮官『う、撃て撃てぇ! 白いギガンティックを逃すなぁっ!』
そこでようやく気を取り直したらしいテロリストの指揮官機と思しき401が、
上空に舞い上がったエールに向けてライフルを連射した。
部下達もそれに続き、火線をエールへと集中する。
だが、四基のグランリュヌが生み出す障壁が、その銃弾を完全に防ぐ。
下にいる401は残り十機。
それだけの数が火力を集中しても、今のエールには一発たりとも届かない。
さらに――
レミィ『足もとがお留守なんだよっ!』
丁度接近していた二機の401の間を、人型に変形したヴィクセンMk−Uがレミィの声と共に通り過ぎる。
すれ違い様に展開された両腕のスラッシュセイバーが、二機の401の胴体を真っ二つに切り裂き、
上半身と下半身を泣き別れにされた機体がその場でマシンガンやライフルを乱射しながら崩れ落ちて行く。
テロ指揮官『げ、迎撃だ!? 下も迎撃しろ! 早くしろぉっ!』
指揮官は狼狽しながらも指示を出すが、その射撃は完全に混乱して狙いなど定まっていない。
レミィは鮮やかに機体を操り、その狼狽え玉を華麗に避けながら次々に401を撃破して行く。
さらに、下で撹乱するレミィとヴィクセンに気を取られている間に、
今度は上空の空とエールが急降下攻撃で401を破壊する。
最初から混乱していた事も大きかったが、上空と地上の両面撹乱戦法でテロリスト達の主戦力である
401・ダインスレフは、一機、また一機と確実に数を減らされて行く。
302 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:47:10.08 ID:PD5MJK4no
レオン『すげぇすげぇ、流石だなぁ』
紗樹『これ、私達の援護の意味とかあるんですかね……?』
遼『………』
一方、目の前で繰り広げられる圧倒的な戦闘に、
レオン達は感嘆、呆然、唖然とそれぞれに反応していた。
方や全てを取り戻したエース機、方や最新鋭のオリジナルギガンティック。
加えて息の合ったコンビネーションは、流石の一言では言い表せない。
無論、空達がこれだけの戦果を発揮できたのは機体性能だけでなく、
レオン達の援護射撃あったればこそだ。
敵の遠距離攻撃の雨霰の中、これだけ懐で暴れ回られるのだから、
テロリストもたまった物ではないだろう。
レオン『お嬢が帰って来た時にドヤされないよう、真面目に仕事しろ、お前ら!』
レオンは唖然呆然の部下達を叱咤し、
離れた位置からヴィクセンを狙おうとしていた401のバズーカを撃ち抜く。
バズーカを撃ち抜かれ、爆発に巻き込まれて誘爆した401は、黒こげになってその場に倒れた。
紗樹『……了解です!』
遼『……了解!』
レオンの妙技に二人は気を取り直し、
ミニガン型魔導機関砲で周囲の370系や380系のギガンティックを薙ぎ払う。
さらに他の軍や警察の連合部隊のギガンティックの攻撃で、
次々にテロリストのギガンティックは撃破されて行く。
数は敵が圧倒している。
空達の側にはオリジナルギガンティック二機、アメノハバキリ三機。
最大級と言える戦力を少なく配置した事で、逆にこちら側に戦力を集中したのだろう。
残された虎の子の十九機の401の内、半数以上の十一機がこちらに配備されていたのが良い証拠だ。
五機だけの主戦力を一気に押し潰して、
そのまま反対側に残存戦力を結集すれば勝てるつもりだったのだろうが、そうはいかない。
元々、籠城戦と言う地の利と数の差を覆すための戦略として、
茜とクレーストの救出に加えて拠点破壊の陽動を行っていたのだ。
篭もるべき拠点を失い、混乱した敵の掃討ならば数の差などどうと言う事はない。
空(このまま有利に進めば、私達が風華さん達の援護に……うん、行ける!)
空は冷静に戦況を確認しつつ、確信する。
陽動と援護のお陰で敵は殆ど潰走状態。
こちらの優勢は覆りそうにもない。
このままレオンに指揮を任せて、自分は風華達の援護に回ろう。
そう思った矢先の出来事だった。
アリス『各員へ通達します!
敵拠点にて突入部隊が小破状態の401を一機奪取しました!
該当機をD01と呼称、ロイヤルガード261と共に脱出、整備と補給のため、一時後方へ撤退します!
D01への攻撃は厳禁とします!』
通信機から後方の指揮車輌にいるアリスからの指示が飛ぶ。
どうやら諜報部の面々も無事脱出できたようだ。
しかも、喜ぶべき事に茜も一緒らしい。
303 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:47:40.27 ID:PD5MJK4no
空「良かった……! 茜さん、無事なんだ!」
通信機越しに仲間達……特にロイヤルガードの面々の歓声が響く中、空も安堵の声を上げる。
反射的に旧技研に視線を向けると、丁度、茜色の輝きを宿したクレーストと共に、
片腕を失った401が立ちこめる煙を吹き飛ばして飛び出して来るのが見えた。
遠目のため、よく確認できないが、401のブラッドラインは黄色系統の色で輝いているようだ。
茜達に通信が繋がらない所を見ると、どうやら敵に通信機能を封鎖されているらしい。
後方の指揮車輌が突入部隊と連絡を取り合えたのは、恐らく秘匿回線による物だろう。
クレーストと401は十メートル四方の巨大なコンテナを牽引していた。
どうやら、アレが敵の元にあった残された最後の一つのハートビートエンジン、6号のようだ。
仲間達の援護射撃に助けられながら、二機のギガンティックは戦場を迂回し、
空達の後方にある整備拠点へ向けて後退して行く。
そうこうしている間に、敵の401は全滅したようだ。
後は残ったレプリギガンティックの掃討だけである。
空「レミィちゃん、このまま反対側に行くけど大丈夫!?」
レミィ『ああ、多少、弾が掠めたが、機体を換装するようなダメージは受けていない。
行けるぞ!』
空の問い掛けに、レミィは力強く応える。
機体を換装とは、そのものズバリ、機体そのものをそっくりそのまま換装する事だ。
実は後方の整備拠点には、先日完成したばかりのアルバトロスMk−Uの躯体が用意されていた。
元々、同型の試作型エンジンを搭載していたヴィクセンとアルバトロスであったため、
オリジナルエンジン用に改修されたアルバトロスMk−Uの躯体には、
そのままヴィクセンの5号エンジンを乗せ換える事が可能だ。
いや、むしろ、ドライバー不在で浮いてしまった機体の有効利用にと、
瑠璃華は換装前提の改装を施していたのだった。
速力と格闘戦能力が必要とされる作戦ならばヴィクセンMk−Uに、
防御力と火力が重要視される作戦ではアルバトロスMk−Uに短時間で換装可能な、
ヴァリアブルコンパーチブルギガンティックとしてヴィクセンは生まれ変わっていたのである。
空「なら、このまま行こう! 風華さんと連携を取るならモードHSの方が戦い易いよ!」
レミィ『了解だ!』
レミィの返事を聞いた空は、立て続けに通信機越しにレオン達へ指示を出す。
空「レオンさん! このまま現場指揮をお願いします!
私とレミィちゃんは裏手に――」
――回ります!
そう、空が言おうとした瞬間だった。
304 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:48:17.77 ID:PD5MJK4no
風華『こちら206! 応援よ……キャアァァァッ!?』
せっぱ詰まった様子の風華の声が聞こえ、直後、彼女の悲鳴が響いた。
空「風華さん!?」
レミィ『隊長!?』
あちらで前線指揮を執っていた筈の風華の悲鳴に、空とレミィは愕然とした声を上げる。
どうやら、旧技研を挟んだ反対側の戦場――第二街区方面――で何かよからぬ事が起きたようだ。
タチアナ『朝霧副隊長、聞こえましたか!?』
空「はい!」
後方の指揮車輌で指揮を執っていたタチアナの問い掛けに空は応える。
空「モードHSに合体次第、彼方の援護に向かいます!」
タチアナ『お願いします!』
空はタチアナの声を受け、地上スレスレを飛ぶ。
既に壊滅状態の敵の攻撃は散発的で、十分に戦場で合体可能な余裕がある。
空「レミィちゃん! 合体するよ!」
レミィ『分かった!』
空の呼び掛けにレミィが応えるが早いか、ヴィクセンMk−Uは人型に変形してその後方へと追い付く。
空「モードHS、セットアップ!」
エール『了解、モードチェンジ承認!』
空の声にエールが応えると、プティエトワールとグランリュヌが分離し、
背中と両腕のジョイントカバーが外れ、エールが合体形態へと移行した。
そして、ヴィクセンは両腕と両足を分離させ、五つのパーツへと分解され、
それぞれのパーツからエールの各部ジョイントに向けて光が放たれる。
ヴィクセン『ガイドビーコン確認、仮想レール展開、ドッキング開始!』
分離したヴィクセンの各パーツがエールの各部へと合体して行く。
クアドラプルブースターをX字状に展開した胴体は背面へ、
腕と足は左右同士で並列にドッキングしてエールの両腕へと合体する。
エール『ツインスラッシュセイバー、クアドラプルブースター、リンケージ!』
ヴィクセン『全ユニット、接続確認!』
レミィ「モードHS……ハイパーソニック、セットアップ!」
各部パーツの連結を確認したエールとヴィクセンの声に続き、レミィのクリアな声が響き渡る。
広げられたエールの翼の上下で独立稼働可能なクアドラプルブースターと、
より破壊力と切れ味を増したツインスラッシュセイバー。
エールの回復が見込める段階になった事で、翼の稼働を阻害する事なく再設計された
新たなるエール・ソニック、その名もエール・ハイパーソニックである。
本来は高速陸戦を主眼とした形態だったが、エールが完全復活した事で、
想定以上の空戦能力と火力を得て完成を迎えたのだ。
空「レミィちゃん、一気に駆け抜けるよっ!」
レミィ「ああ、任せろ!」
四基のブースターを噴かして加速するエールHSの後を、
ドッキングしたプティエトワールとグランリュヌが追跡する。
慌てふためく敵残存部隊の頭上を音速で駆け抜け、濛々と立ちこめる煙を切り裂いて、エールHSは飛翔した。
305 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:48:47.84 ID:PD5MJK4no
空「………」
煙を切り裂いた瞬間、空は不意に先ほどの光景を……
クレーストと共に煙を吹き飛ばして現れたD01と呼称された401を思い出す。
あの黄色系統のブラッドラインの色。
あの色に、どこか見覚えがあるような……そう、既視感を感じていた事に思い至った。
だが、すぐに頭を振る。
レミィ「どうした、空?」
空「ううん、何でもない……とにかく、今は急ごう!」
自分の突然の行動を心配したレミィに応えて、空は気を取り直して仲間達の元へと急ぐ。
第二街区方面の戦闘は、空達のいた戦場から予測できる通り、少数による防衛戦線だった。
こちらはまだ比較的、優秀な司令官がいたのか、あちらほど戦線は瓦解していない。
空「少しでも数を減らさないと!」
空は上空からプティエトワールとグランリュヌによる斉射で、
敵のギガンティックを無力化しつつ最前線へと向かう。
そこではあちら側とは打って変わった、熾烈な戦闘が繰り広げられていた。
風華の突風・竜巻と、クァンとマリアのカーネル・デストラクターが
二機がかりで苦戦を強いられているではないか。
それも、たった一機のギガンティックに、だ。
空「な、何、あれ!?」
空はその光景に息を飲む。
巨大なシールドのような武装を両腕に施された見たことも無い大型ギガンティックが、
突風・竜巻の攻撃を弾き返し、カーネル・デストラクターを翻弄している。
突風の攻撃を弾き返す防御力は、重量級の大型ギガンティックのそれだが、
カーネルを翻弄するスピードは突風ほどで無いにせよ、大型機のそれを軽く凌駕していた。
それどころか、二人の連携に対して的確に対応して見せる反応速度も、とても壊滅寸前のテロリストの物では無い。
ここまで温存されていたのがおかしいと思えるほどの、正にエースの動きと、その乗機に相応しい機体だ。
機体の全身各部には暗い赤色の輝きが見え、それが400シリーズの一機だと言う事は、何とか空にも判断できた。
戦況を見渡すと、後方では軍のアメノハバキリとケーブルで連結された瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノもいたが、
思ったよりも俊敏な動きで接近戦を繰り広げる敵を相手に、有効な支援砲撃が出来ずにいる。
空「お待たせしまたっ!」
空は苦戦する仲間を激励する思いで高らかに叫ぶ。
風華『空ちゃん!? ……気を付けて、このギガンティック、強敵よ!』
一瞬、驚きの声を上げた風華だが、すぐに冷静さを取り戻して言った。
空は突風、カーネルと三点で敵ギガンティックを囲む位置取りでエールを着陸させ、
ブライトソレイユを構えながらツインスラッシュセイバーを展開する。
敵の戦い方を見る限り、格闘戦が得意なようだ。
相手の土俵で戦うのも馬鹿げているかもしれないが、
あの俊敏な動きに対抗するにはこちらも高速陸戦を前提にした方が戦いやすいだろう。
万が一のため、仲間達と自分の元に、
付かず離れず程度の位置でプティエトワールとグランリュヌを待機させておく。
クァン『よくも今まで好き勝手やってくれたな!』
マリア『空とレミィまで来たら、こっちのモンだっての!』
クァンとマリアも口々に叫ぶ。
だがしかし、三方から取り囲まれた現状でも、中心に立つ敵ギガンティックは狼狽えた様子は無い。
むしろ、ゆっくりとエールへと向き直る、不敵なまでの余裕を見せつけて来る。
306 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:49:18.27 ID:PD5MJK4no
??『フフフ……情報が錯綜していたせいでハズレを引いたと思ったが、やって来てくれたか』
外部スピーカーを通して、どこか興奮したような熱を伴った声が響く。
瑠璃華『ハズレだと!?
何を以てハズレと言ったかは知らんが、訂正してもらうぞっ!』
瑠璃華はコチラの音声を拾っているのか、通信機を介して寮機の外部スピーカーから憤ったように叫ぶ。
だが――
??『既に稼働データを十二分に収集している特化機体など、最初から用は無いのだよ』
敵ギガンティックのドライバーが嘲るように言うと、機体各部のハッチが開き、
そこから無数のレンズのような物が飛び出す。
空(全方位攻撃!?)
空は瞬間的にそう結論し、防御態勢を取りながら敵の次の一手を見据える。
最悪、即座に退避できるようにクアドラプルブースターを噴かす。
恐らくは低威力の拡散魔導砲の類だ。
仲間達も同じような判断らしく、風華は突風・竜巻をバックステップで十分な回避距離を取り、
クァンもカーネル・デストラクターに分厚い結界を展開させて防御の態勢を取っていた。
しかし――
??『補助兵装と言う判断が一切無いのは、
突進して来るだけしか能の無いバケモノを相手にするプロ集団らしいな』
敵ドライバーの嘲笑うかのような声と共に、レンズが激しく発光した。
空「目眩まし!?」
目を覆いたくなる程の眩い光量に、空は思わず悲鳴じみた声を上げる。
防御も距離も関係無い攻撃に、
さしものギガンティック機関のドライバー達も一瞬、その動きを止めてしまう。
空達だけでなく、ギガンティック達にも目眩ましは有効なようで、
カメラが一瞬で焼き付き、コントロールスフィア内壁の正面画像が真っ黒に染まる。
エール『動体センサーに切り替えるよ!』
エールは素早く有視界センサーの情報を、
物体や空気の振動を感知して像を作り出す動体センサー画像に切り替えようとする。
??『テスト用の特別仕様だ、この手の攻撃にはさすがに対応できまい!』
だが、切り替わりよりも一瞬早く、敵ドライバーの声が響いた直後、空は両腕を掴まれる感触を覚えた。
レミィ「ッ!? 間に合わない!?」
おそらく、ブースターを点火して逃れようとしていたのだろう。
レミィは愕然と漏らすが、敵に抱きすくめられ、身動きが取れなくなっていた。
??『さぁ、邪魔の入らない場所でゆっくりと君らのデータを収集させて貰おうじゃないか!』
敵ドライバーはそう言うと背面のスラスターを噴かし、エールをその場から連れ去る。
空「最初から狙いは私達!?」
空はすぐにその結論に思い至るが、これは逆にチャンスだ。
風華『空ちゃん! すぐに助け……』
空「大丈夫です! この機体は私達で引きつけます!」
言いかけて飛びだそうとした風華を、空は言葉で制した。
仲間達を圧倒したギガンティックを、取り敢えずは自分達に釘付けに出来る。
そうして自分達が時間を稼いでいる間に、仲間達にテロリスト達の本隊を壊滅させて貰えば良い。
風華『………分かったわ! 後で必ず助けに行くから!』
風華もその結論に至り、空の判断を尊重したのか、だがどこか悔しさを漂わせて言った。
307 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:49:47.02 ID:PD5MJK4no
??『なら、不要な横槍が入らぬ場所まで来て貰うおうか』
敵のギガンティックはエールHSを捕まえたまま、さらに遠くへと退いて行く。
その先は何も無い、廃墟の街だ。
僅か数十秒でかなりの距離を移動したようで、戦闘区域からはかなり引き離されていた。
確かに、彼の言う不要な横槍――仲間達の援護――はすぐには望めない。
敵ギガンティックはエールHSを解放すると、戻る道を塞ぐようにエールと戦場との間に降り立つ。
一方、解放された空もエールを無事に着地させ、改めて構え直す。
既にカメラの焼き付きは回復しており、鮮明な映像が映されている。
??『さて……では実働テスト最終段階と、その新型のデータ収集を前に自己紹介と行こう。
私は現在、ユエ・ハクチャを名乗らせて貰っている、しがない研究者だ』
空「ユエ……ハクチャ」
不躾に名乗った男の名前を反芻しながら、空は不意にその声に聞き覚えがある事を思い出す。
エールを奪った少女……ミッドナイト1を見捨てた、彼女にマスターと呼ばれていた男の声にそっくりなのだ。
空「あなたが……あなたがあの子をけしかけたんですか!?」
空も構えを崩さず、次第に憤りを込めながら問い掛けた。
ユエ『けしかけた、とは心外な物言いだな。作った道具を有効利用しただけだ』
空「ッ!」
何の気なしのユエの言葉に、空は怒りが湧き上がるのを感じたが、すぐにその怒りを押さえつける。
相手に会話をする余地があるなら、情報を聞き出す必要もあるからだ。
空「あなたはテストやデータ収集と言いましたね?
だとすると、あなたがテロリストのギガンティックを……」
ユエ『ご明察だ』
質問を言い切らない内に、ユエは感嘆混じりに口を開き、さらに続ける。
ユエ『401・ダインスレフ、先日、君らの撃破した獣型の402・スコヴヌング。
そして、この403・スクレップも私の作品だ』
エール『最後のスクレップ以外は、あまり趣味の良いネーミングじゃないね……』
どこか嬉しそうに語るユエに、エールは辟易した声音で呟く。
狂気の魔剣ダーインスレイブ、不治の傷を残す名剣スコヴヌング、
錆びついた外見ながらも鋭い切れ味を誇った名剣スクレップ。
どれも欧州の神話や伝承に登場する伝説の剣だ。
量産型ギガンティックの名称はどれも剣に由来した物なので決して珍しくはない。
レミィ「お前の作品……だと! なら、妹をあんな目に合わせたのも、お前って事か……!」
だが、そんなネーミングよりも怒りの琴線に触れる事実に、
黙って空のサポートに回り続けようとしていたレミィが不意に声を荒げた。
当然だ。
妹の手足を切断し、ギガンティックに埋め込んだ張本人が目の前にいると分かってしまったのだから。
ユエ『? おお、そうか、その強化パーツは拾弐号が制御しているのだったな。
失敗作の事はどうも忘れがちになる……。
ああ……そう言えば、402に使った検体も弐拾参号だったか』
これはしたり、と言いたげな、だがむしろ自らの失念を恥じるだけのような声音に、今度は空の怒りが爆発する。
空「あなたって人はっ!!」
仲間や仲間の大切な人を貶され、しかも非道な行いをした人間を相手に、冷静でなどいられない。
空は怒りの声を上げ、ブライトソレイユを振りかぶって突進する。
308 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:50:16.22 ID:PD5MJK4no
翼を広げ、クアドラプルブースターを噴かし、
超低空を飛翔して猛然と敵ギガンティック……403・スクレップに迫った。
だが――
ユエ『素晴らしい加速度だ!』
感嘆の声を上げながらも、ユエは平然とその直線的な攻撃を避けた。
だが、そこで止まる空ではない。
空「レミィちゃんっ!」
レミィ「ああ! ぶち当てろ、空ぁっ!」
レミィはバイク状のシートのハンドルを大きく切り、
クアドラプルブースターを左右で前後互い違いに向けて機体を高速旋回させる。
四基独立可動の柱状ブースターはこのようにそれぞれの向きを調整する事で、
瞬間的な高速旋回も可能としているのだ。
ユエ『ほぅ……旋回性能も高い!』
目の前で一瞬にして体勢を整えたエールHSの姿に、ユエは感嘆混じりの歓声を上げる。
純粋に技術者としてエールHSの性能を講評しているつもりなのだろう。
ユエ『だが、その程度はこのスクレップにも可能だ!』
ユエがそう言った瞬間、スクレップは両腕の巨大なシールドを構えた。
するとシールド側面下部から巨大なスラスターが展開し、上空へと飛び上がって距離を取る。
だが、それだけでは終わらない。
ほぼ天蓋近くまで飛んだスクレップは、シールドを突き出すように構え直すと、
今度は側面先端から大口径の魔導砲が除く。
空「なっ!?」
エール『障壁を!』
愕然とする空よりも先に、エールは待機させていた
プティエトワールとグランリュヌで分厚い魔力障壁を展開する。
直後、スクレップのシールドから極大の魔力砲撃が放たれた。
空「っぐぅぅっ!?」
レミィ「うわぁっ!?」
障壁を展開してもなお凄まじい魔力の奔流が生み出す衝撃に、空とレミィは呻き、悲鳴を上げる。
数秒で魔力の奔流は止み、プティエトワールとグランリュヌの障壁で何とか砲撃を凌いだエールHSの中で、
空とレミィは深く長い息を吐いた。
ヴィクセン『無傷で済んだけど、結構、ブラッド持っていかれたわね……。
あれ一発で残り五割強ってかなりの威力よ』
機体コンディションをチェックしていたヴィクセンが警戒気味に呟く。
直前までの戦闘でそれなりにブラッドを損耗していたが、さすがに一撃で三割以上を削られるとは思っていなかった。
309 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:50:52.07 ID:PD5MJK4no
ユエ『ハハハッ、素晴らしい威力だろう?
これがスクレップが誇る格闘、砲撃、防御、機動の四役をこなす複合兵装、その名もハルベルトシルトだ』
上空に留まったままのスクレップの内部から、ユエの興奮した声が響く。
突く、斬る、薙ぐなどの複合ポールウェポン、ハルバートに因んだ名を付けられた盾、と言う事だろう。
成る程、巨体に見合わぬ敏捷性の正体は、あのシールドに装備されたスラスターのお陰らしい。
スクレップが肘を立てるような動作をすると、
左右のハルベルトシルトからそれぞれ五つのドラム缶のような物が排出される。
使い捨て式の魔力コンデンサのようだった。
ユエ『やや燃費に難がある装備だが、結界装甲による総合強化で、
現存するギガンティック用兵装の中でもトップクラスの性能だと自負しているよ』
自信ありげなユエの言葉が単なる強がりの類でないのは、空達も肌身で感じていた。
二対一の接近戦を難なくこなす機動性に防御力、そして、一気に三割ものブラッドを劣化させる砲撃力。
加えてあの重量級のボディと頑強なシールドの生み出す打撃力も侮れないだろう。
言わば、ユエ・ハクチャ版エール・ハイペリオンと言った所だ。
躯体の大型化は打撃力と出力を考慮しての物だろうが、大型化した装備を両腕に集約する事で取り回しを向上させ、
装備その物の剛性をシールド化する事で高めている点は、ハイペリオンを上回っていると言えなくもない。
だが、ハイペリオンに近い特性の機体ならば、その攻略法は空も承知している。
空「レミィちゃん! 中距離の円軌道を保ってヒットアンドアウェイで行くよ!」
レミィ「分かった! 今度こそっ!」
空はレミィに指示を飛ばすと、天蓋付近で留まるスクレップに向けて翼を広げ、
クアドラプルブースターを噴かして舞い上がった。
ハイペリオンやそれに準ずる機体の弱点は少ない。
近遠距離に対応した装備に加え、高い瞬発力と機動性、そして、頑強な防御力。
一見して完璧に見える機体だが、実は最大の穴が射程範囲にある。
相手が中距離にいる場合、距離を取っての遠距離戦か接近しての格闘戦かを強いられる点だ。
一瞬の、だが冷静な判断を迫られる距離が、この中距離なのである。
その一定の間隔を保っての円軌道で敵の周囲を旋回するのは、敵からしてみればかなりのプレッシャーだろう。
ユエ『ほう……成る程』
事実、ユエは感嘆を漏らしながらも警戒したように定点旋回を続けている。
空達のとった戦術は、同系統の全領域攻撃型機同士でしか起こりえない、
先出し有利の二択ジャンケンのような物だ。
この状況を回避するために動いたとしても、それに合わせて追随すれば状況をひっくり返す事は不可能。
周辺を高速旋回する事でコチラは敵の動きをじっくりと観察できるため、
敵が遠距離・近距離のどちらを選んでも即座に対応可能。
逆に敵は高速旋回するコチラの動きをじっくりと観察するのは難しい。
あくまで“こうされたら対応が難しい”と言う空自身の感想から生まれた戦術であり、
むしろこれは空達も解決しなければいけない問題の一つなのだが、この時ばかりは空達の有利に切り替わる。
ユエ『これは良い改良点を教えて貰った』
空達の思惑に気付いているのか、だが、ユエは未だに余裕綽々と言った風に呟く。
まるで抑揚に頷いている様が見えて来るかのようだ。
310 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:51:24.35 ID:PD5MJK4no
空「余裕でいられるのも、今の内だけです!」
空は僅かな怒りを込めて叫ぶと、エールがスクレップの背後を取る一瞬を狙い、
ツインスラッシュセイバーで切り込む。
この速度のまま背後からの攻撃は、後方カメラやセンサーが感知していようが、
常人には決して反応が不可能な間合いだ。
空はそう確信する。
だが、次の瞬間、空の目は驚愕で見開かれた。
スクレップは右腕だけがまるで別の機体のように動き、
ハルベルトシルトが纏った結界装甲の障壁で空達の一撃を難なく受け止めたのだ。
空「なっ!?」
ユエ『この機体のAIは、我が身に迫る危険には実に敏感でね。
ドライバーの機体制御が間に合わない攻撃に対しては、
機体のリミッターを外し、自動で防御する機能が備わっている』
愕然と叫ぶ空に、ユエはまるで壇上で生徒に講釈する教師のような声音で説明する。
そして、それこそが単機で風華達を相手に圧倒していた第二の、そして本命のカラクリだった。
ユエの余裕の根源も、実を言えばそのシステムに起因していた。
高い防御性能と攻撃性能を併せ持ち、加えて人間では反応不可能な速度に対応する防御システム。
ユエ『このシステムは402に搭載していた物の完成版でね……。
恐怖の感情を排し、危機に対してのみ純然たる防御反応を示す合理的なシステムだよ』
ユエはスクレップにエールを弾かせながら高らかに宣言する。
空「それなら全方位攻撃でっ! エール、お願い!」
エール『分かったよ、空!』
空の合図でエールはプティエトワールとグランリュヌに包囲陣形を取らせ、
あらゆる角度からの十字砲火を浴びせた。
だが、スクレップは軽やかにその砲撃を回避し、回避不可能な物だけを適宜防御し、
最後のだめ押しの一斉射撃も全周囲にピンポイントの結界を展開して凌ぎきってしまう。
ヴィクセン『そんな……嘘でしょ!?』
エールの代わりに機体制御に専念していたヴィクセンが驚きの声を上げる。
エール『魔力コンデンサが危険領域だ………一旦、本体にドッキングして魔力をリチャージしないと』
エールも悔しそうに漏らし、プティエトワールとグランリュヌを背面に連ねるようにしてドッキングさせた。
ユエ『アルク・アン・シエルくらいしかこの防御を突破する方法は無いが、
さすがにそれでは十分なデータが取れないのでね、その隙は与えないよ』
その光景を見遣り、ユエは不敵な声音で呟く。
確かに、あの機体を相手に砲撃前後の硬直時間の長いアルク・アン・シエルは使えない。
空「何か別の攻略方法を考えないと……!」
空は人を嘲り、挑発めいた物言いを繰り返すユエに対する怒りを押さえつけながら、次なる手を思案する。
その時――
311 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:51:56.46 ID:PD5MJK4no
レミィ「……そこに……いるんだな……!」
不意に背後から響いた声に、空はレミィに振り返った。
振り返って見たレミィの顔には、哀しみとも喜びとも取れない決意の表情が浮かんでいる。
ユエ『ああ、そうか……システムの構築に使ったのは、全て甲壱号計画の生き残り達だったか』
レミィ「伍号姉さんを、返して貰うぞっ!」
常に心に留め置くまでもない、まるで些末な事と思い出したように語るユエに、
レミィは怒りを込めて叫ぶ。
だが――
ユエ『返すも何も……返す物など残っていないよ?
402と弐拾参号で得たデータを元に改良したのが、この403に搭載したシステムだ。
痛みを感じる要素は不要なのでね、脳全体と神経組織を全摘出した後、
一部の神経組織と脳組織以外は排除してある。
そうだね、強いて言えばこのスクレップそのものが伍号の肉体だ』
ユエは何ら悪びれた風も無く、さも当然と言いたげに言い切った。
レミィ「…………………………………え……?」
その言葉にレミィは茫然と聞き返す。
空も目を見開き、スクレップに向き直る。
ユエ『自我を残しておくには何かと面倒なシステムでね。
自我を残しておいた402の時ように獣型のような汎用性の低い形状にしか作れないのでは意味が無い。
よって不要な自我を無視できるように、脳と神経の一部だけを利用させて貰う事にしたワケだ』
雑誌取材に応える技術者の苦労話のように、ユエは感慨深げに語った。
レミィは愕然とする。
死んでいた。
殺されていた。
弐拾参号を助けた時、一縷の望みを抱いた。
妹を助けられたのだ。
姉も……伍号も生きて、助けを待っている筈だ。
そんな夢を、見ていた。
だが、現実は、ユエの言葉はレミィの夢を嘲笑う。
レミィ「お前……お前は……ッ!」
レミィが憤怒の雄叫びを上げようとした、瞬間――
312 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:52:25.30 ID:PD5MJK4no
?「…………オマエエエェェェェェッ!!」
――その正面から、怨嗟の雄叫びが上がった。
空だ。
一年と三ヶ月前、かつて上げた雄叫びと同じ、怨嗟と憤怒の雄叫びを、
喉が裂けるのではないかと思う程の大音声で張り上げる。
もう、限界だった。
人を人とも思わず、道具のように使い捨てる所行。
多くの人々を虐殺したテロリストに与する技術者。
他人全てを見下し、嘲るような口調。
まるで自分が神だとでも言いたげな、言外の言動の全て。
義憤を募らせる空の心のたがを、
最後の一押しが……大切な仲間の姉を切り刻んで殺したと言う事実が、吹き飛ばした。
空「みんなのために……お前みたいな奴は……イキテチャイケナインダアァァァッ!!」
空は鬼すら怯ませるかのような形相でスクレップを……ユエを睨め付け、叫ぶ。
数日前、茜を止めたハズだった。
怒りや憎しみに身を任せてはいけない。
それは苦しい事だ、いけない事だと。
だからこそ、空は憎悪に、憤怒に、自らの信ずべき義憤を乗せる。
目の前の悪魔を生かしておいてはいけない。
この悪魔は、きっと繰り返し続ける。
腕をねじ切り、足を吹き飛ばし、厳重な檻に捕らえようとも、
利用できる全てを利用し、悪魔の所行を何度でも、当然のように繰り返す。
それは、空の抱いた直感だった。
目の前にいる悪魔は、自分が信じた物の対極にいる、と。
大切な誰かを守りたいと思う人々の盾――その思いを叩き割る鎚。
大切な誰かのために戦いたいと思う人々の矛――その思いを手折る楔。
力なき人々のための力――思いのままに力を行使する、傲慢さそのもの。
善悪の判断を超えた傲慢さを、空は感じ取ったのだ。
ユエ『……まるでケダモノの雄叫びだな、聞くに堪えない』
空の雄叫びに、ユエは嘆息混じりに返す。
それを合図に、空は飛ぶ。
313 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:53:03.14 ID:PD5MJK4no
レミィ「そ、空!?」
突然の空の突進に、レミィはブースターの点火が間に合わずに愕然とした声を上げる。
確かに、空は怒りと憎しみにだけ囚われていた訳ではない。
だが、欠くべきでない冷静さを、確実に欠いていた。
ユエ『システムに頼るまでもないな』
空「ッ!?」
そして、冷静さを欠いた空の頭に冷や水をかけたのは、冷めきったようなユエの冷静な呟きだった。
クアドラプルブースターを用いた超高速・超高機動とは比べるまでもない遅さ――
それでも量産型など足下にも及ばない――では、スクレップを捉える事など出来ず、
逆に一瞬で回り込まれて背後を取られてしまう。
姉の死、仲間の絶叫、突然の危機と畳み掛けるような状況に、レミィの対応もままならず、
その激しい動揺はエールやヴィクセンにも伝播していた。
ユエ『改良すべき点や実戦データで良い物が取れた………。感謝するよ』
ユエの穏やかな、だが酷薄な声音を伴い、背面で魔力が集束する甲高い音が響き渡る。
例の極大魔力砲だ。
回避も、防御も間に合わない。
空は大慌てで振り返り、最低限の防御姿勢を取ろうとする。
回避不能の死を目前に、嫌にゆっくりと時間が進む。
それに伴って、身体が加速して行く意識について行かずに、酷く重く感じた。
空(どうしよう!?)
臨死の瞬間、空は激しく自問し、そして、自責する。
どうすれば助かる?
何で、こんな状況に自らを……仲間達を追い込んだ?
姉とフェイが繋いでくれた命を、どうして無駄にした?
どうすれば、仲間達を助けられる?
どうすれば、あの血の色のような魔力から、仲間を救える?
意識だけが加速した目まぐるしい思考の中、空は最悪の事態を回避する方法だけに専念する。
だが、答は見えない。
そして、集束された魔力が一気に解放された瞬間、全員の息を飲む音が重なった。
凄まじい魔力の衝撃波がエールHSとスクレップの間で巻き起こり、衝撃の余波が空達を襲う。
そう、余波だ。
衝撃波そのものは、エールHSに掠りもしない。
そして、僅か数秒の衝撃が止むと、エールHSの眼前には、巨大な紡錘形の結界が浮かんでいた。
この紡錘形の結界がスクレップの極大魔導砲を拡散させ、エールHSを守ったのだ。
紡錘形の結界を形成していたのは、
それぞれの頂点を形成する数メートルほどの大きさの細長い飛行物体だった。
ユエ『美しい結界だ……確実に魔力のベクトルを拡散させる鋭角な紡錘形を保ちながら、
後方のギガンティックに一切の被害を出していないとは』
必殺の一撃を完全に無効化されたにも関わらず、
それを為した紡錘形の結界を眺めながら、ユエは感嘆の声を漏らす。
結界を形成していた飛行物体は、その陣形を崩すとエールHSの頭上に向けて飛んだ。
空達全員の視線が、その行く末を見つめると、
そこには全身に輝きを纏った白い躯体の鋼の鳥人――ギガンティックがいた。
飛行物体はその鳥人型ギガンティックの背面の翼へと連結される。
314 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:54:10.45 ID:PD5MJK4no
空達を間一髪で守った結界を作り出したのは、このギガンティックだったようだ。
???『遅れて申し訳ありません、朝霧副隊長、ヴォルピ隊員』
鳥人型ギガンティックから聞こえた声に、空は驚いて目を見開く。
だが、間違いない。
この淡々と落ち着いた、だが、確かな暖かみを感じる声。
そして、鳥人型ギガンティックが纏った山吹色の輝きは、
先ほど、クレーストと共に脱出したダインスレフが纏っていた輝きと相違ない。
空「フェイ、さん……? フェイさん!?」
驚きと喜びと、激しい困惑の入り交じった声で、空が彼女の名前を叫ぶ。
フェイ『はい、張・飛麗、GWF205X−アルバトロスMk−U……
現時点を以て戦列に復帰いたします』
間違いなかった。
物言いも、声も、ブラッドラインが放つ山吹色の輝きも。
そして、彼女が乗るギガンティック……アルバトロスMk−Uもまた、
瑠璃華が作り上げ、オリジナルエンジン用に調整の施された機体だ。
ユエ『ほう、212の後継機にこちらから奪った6号エンジンを搭載したのか。
……私が分解もせずに丁寧に解析を続けた物をアッサリと機体に組み込み、
ドライバーまで宛がうとは……なかかな剛胆な決断だな』
ユエは感心したように漏らし、新たに現れたアルバトロスMk−Uを見遣る。
変形機構らしき部位が各部に散見される機体は、204……
ヴィクセンMk−Uと同様に鳥型と人型のヴァーティカルモードへの変形機構を搭載していると一目で推測できた。
人型でも飛行可能なこの機体は、おそらくは中遠距離火砲支援に特化した特性だろう。
だが、ユエにはそれ以上に気になっている点があった。
ユエ『211の後継機が201とOSS接続可能と言う事は、
212の後継機であるその機体も201とOSS接続可能と言う事だろう……さあ、どうしてくれる!?
201とその205の組み合わせか!?
それとも、201と204、205の三機を接続した形態を見せてくれるのか!?』
ユエは興奮を隠しきれず、次第に昂ぶって行く声で問いを放つ。
天童瑠璃華と言う天才が辿り着いたであろう、一つの到達点。
自らを凡庸とすら評した男は、それを知りたいと言う欲求に抗えなかった。
だが、逆に空達にとっては好都合だ。
いくら新型機でフェイが参戦してくれたとは言え、スクレップを相手に勝てるかと言えば難しい。
ならば出せる最強の手札を……エール・ハイペリオンを超える、新たな力に賭ける他無かった。
しかし、敵が悠長に合体を待ってくれる保障など無いので、ユエの要求は空達の好機でもあったのだ。
315 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:54:57.06 ID:PD5MJK4no
空「フェイさん、合体します!」
フェイ『了解しました、モードH−Exへの移行準備に入ります』
空の呼び掛けに応じ、フェイは愛機を変形させた。
両腕と両足を折り畳み、人型形態では半分ほどのサイズまで折り畳まれていた翼を最大まで展開し、
頭部を変形させて巨大な鳥型ギガンティックへと変形し、エールHSの背後へと突進する。
空「モードH−Ex、セットアップッ!」
エール『了解、モードチェンジ、承認!』
空の音声入力にエールが答えた瞬間、エールの肩、腰側面、脚部側面ジョイントカバーが分離し、
さらに背面に連結されていたプティエトワールとグランリュヌも再チャージを終えて飛び立ち、
背後から迫るアルバトロスMk−Uも七つのパーツに分離する。
巨大な両翼は肩に、展開した胴体は腰部で接続され、エールの胴体部を覆い、
足が変形した多連装魔導ランチャーが足に、腕の変形した大口径魔導砲が腰へと接続された。
エール『エリアルディフェンダー、
アクティブディフェンスアーマー、リンケージ!』
ヴィクセン『脚部マルチランチャー、腰部魔導カノン、
前面部魔導ガトリングガン……接続完了!』
アルバトロス『エリアルディフェンダー、クアドラプルブースター、
ウイングスタビライザー、完全同期確認しました』
フェイ「トリプルハートビートエンジン……コンディショングリーン」
レミィ「ブラッドライン接続完了、全装備オンライン……異常無し!」
エール、ヴィクセン、アルバトロスに続き、
エールのコントロールスフィア内に現れたフェイのクリアな声とレミィの声が続く。
全ての接続が完了した機体の全身が、眩い空色の輝き出す。
四基の大推力ブースターと巨大な安定翼、さらに両手に鋭い刃と腰と足に大威力火砲を装備した新たなモードH――
空「エール・ハイペリオンイクス! 合体完了!」
――ハイペリオンイクスの完成を、空が高らかに宣言した。
フェイとアルバトロスを失い、もう二度と日の目を見ないと思われていた、
空達の新たな力が、今、空達の元へと還った瞬間だった。
空は左後ろを振り返る。
そこには、シートに座ったフェイの姿が……九日前と変わらない姿があった。
空「フェイさん……フェイさん……フェイさぁぁん……っ!」
その姿に、空は目から涙を溢れさせ、感極まった声を上げる。
偽物ではない。
今、スフィア内にいるのはアルバトロス内を映した立体映像のような物だが、間違いなく、フェイはそこにいた。
自分を庇い、愛機と共に爆発の閃光と共に消えた筈のフェイが、そして、彼女の愛機であるアルバトロスが戻って来たのだ。
思わず飛びつきそうになった空は、そうしようとした寸前、フェイに手で制された。
フェイ「詳しい説明は後ほど……今は敵ギガンティック殲滅が最優先と判断します」
淡々としながらも力強い声に、空は思わず動きを止める。
だが、すぐに気を取り直す。
そうだ。
感動の再会に浸ってばかりいられる状況ではなかった。
空は眼前の敵――スクレップへと向き直る。
今、為すべきは、あの悪意の塊が駆るギガンティックを倒す事だ。
空は意を決し、ブライトソレイユを構えた。
316 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:55:24.62 ID:PD5MJK4no
その背中に、背後から声が響く。
フェイ「……またあなたのお役に立てる機会を得られて、私は幸福です……。
朝霧副隊長」
空「……はい!」
背中を押してくれるようなフェイの暖かで力強い声に、空は振り返らずに応えた。
赦された思いだった。
あの時、竦んで動けず、フェイに庇われるばかりだった自分。
その自分と、また共に戦える事を喜んでくれたフェイ。
胸に暖かな物が広がり、昂ぶり押さえつけ難かったユエへの怒りと憎しみに、
しっかりとした手綱がかけられた。
怒りも憎しみも、消えはしない。
だが、その怒りと憎しみにさらなる火をくべるだけだった義憤が、怒りと憎しみの手綱を握り締める。
怒りも憎しみも、消え去りはしない。
だからこそ、義憤の糧とする。
目の前にいるのは、人を人とも思わぬ傲慢な悪意そのもの。
フェイの姉妹達の命と身体を玩んだ、憎き仇敵。
ここで確実に倒さなければ、これからも多くの人々が犠牲となるだろう。
空「レミィちゃん、ヴィクセン、エール……さっきはごめんなさい。
ワケが分からなくなるくらい怒って、みんなまで危ない目に合わせちゃった……」
空は悔しさと哀しさの滲む声で漏らす。
こうして生きていられるのは、フェイが駆け付け、守ってくれた結果論に過ぎない。
空「でも、もう間違わない……だからみんなの力をもう一度貸して!」
空は力強く言い切る。
もう憎しみにも怒りにも囚われない。
それらを、あの悪意を討つ力に変えて、正しく振るって見せる。
そんな決意を込めて……。
レミィ「バカ……謝るのは私の方だ……。
もし、空が飛び出さなければ、飛び出していたのは私だ」
ヴィクセン『そうよ……恥ずかしい話、私だってAIなのに冷静さを忘れてたもの』
そんな空の背に、レミィとヴィクセンが声をかける。
エール<空……僕は、君の翼だ。
君が望む道を、君が正しいと思う選択を、間違いのない道を進めるように……全力で君を支えるよ>
そして、エールの声が脳裏に……心に響く。
空は一度、目を瞑り、溢れた涙を拭うと、万感の想いと共に目を見開く。
空「……行こう! みんな!」
レミィ「了解だ、空!」
フェイ「お任せ下さい、朝霧副隊長」
ヴィクセン『いつも通り、ブースターと機動調整は任せて!』
アルバトロス『火器全般、防御はお任せ下さい!』
エール『空……君は、君の思う通りに!』
空の声に、仲間達が口々に応える。
317 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:55:51.41 ID:PD5MJK4no
一方、ユエはハイペリオンイクスの姿に魅入っていた。
ユエ『以前のモードHとは違い、トップヘビー構造を幾分か解消した構成だな。
防御時には使えない主翼下部のガトリングの配置を変えた上、
火器を追加して火力も向上している。
さらに翼を閉じても機動性を損なわない独立可動式のマルチブースター……良い機体だ。
だが、自分達で見せた中距離戦を苦手とする点はどう解消しているかな?』
ユエは朗々と呟きながらも興奮した様子で言うと、ハルベルトシルトのスラスターを噴かして突撃する。
そして、先ほど空達がやって見せたように、エール・ハイペリオンイクスの周囲を高速で旋回し始めた。
本来なら防御のために両肩の主翼を閉じる筈だが、エール・ハイペリオンイクスは翼を閉じる素振りを見せない。
空「フェイさん、シールドをお願いします!」
フェイ「了解しました。……フローティングフェザー、テイクオフ!」
空の指示で、フェイは主翼の裏側に設置された小型モジュールを分離させた。
数十を超えるモジュールは、先ほど、紡錘形の結界を作り出した飛行物体だ。
それらがエールの周辺を取り囲み、強力な魔力防壁を作り出す。
これこそがフィールドエクステンダーの原型となった、エーテルブラッド蓄積型フローティングシールド。
エリアルディフェンダーとフローティングフェザーだ。
母機との魔力リンクにより結界装甲を延伸する。
出力はオリジナルエンジンとの直接リンクにより、設計当初よりも八割以上、性能が向上している。
ウイングスタビライザーのように開閉式でなくなったため、空戦の安定力が増し、
さらには障壁を全周囲に張り巡らせる事が可能になったため隙も少ない。
無論、向上した出力により兼ねてからの懸念であり、
クアドラプルブースターの機動性向上に任せて解消する筈だった障壁出力の低下も問題無い。
ユエ『ほうっ!?』
ユエは驚嘆しつつもハルベルトシルトから出力を抑えた魔力砲を放つ。
だが、それらは全て掻き消されてしまう。
ユエ『小型の随伴兵器でありながらこれほどの高出力、さらに展開の変移性とは!』
ユエは驚きの声と共に距離を取る。
出力をセーブしたと言っても、大出力砲の五割ほどだ。
それ程の威力で連射を可能としたユエも流石だったが、
それに対応し切った瑠璃華の開発したフローティングフェザーこそ流石と言うべきだった。
フローティングフェザーは砲撃が直撃する寸前に展開形態を変移させ、
砲撃の直撃点だけを紡錘形にして拡散させる事で障壁全体にかかる負荷を減らしていたのだ。
空「マルチランチャー、魔導カノン、ファイヤッ!!」
そして、驚きと共に動きを僅かに止めたスクレップに向けて、空は腰と脚の魔力砲を一斉射する。
ユエはそれを障壁で防ぐと、距離を取って再度、極大砲撃を放つ。
フェイ「集束します!」
フェイは一瞬で障壁の展開密度を変更し、先ほどのような高密度の紡錘形障壁で砲撃を拡散させた。
しかし、防がれるのも承知の上だったのか、障壁を再展開させるよりも先に体勢を整えたスクレップは、
スラスターを噴かしてエールの懐目掛けて飛び込んで来る。
空「させないっ!」
空は腹部と胸部に積載された四門の小型魔導ガトリング砲で牽制しつつ、
クアドラプルブースターを噴かしてスクレップの真上に回り込む。
318 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:56:19.31 ID:PD5MJK4no
ユエ『ガトリングは威力を下げ牽制兵器として割り切ったか!?
これが中距離対策と言う事か……!』
ガトリングによる目眩ましで一瞬、エールを見失ったユエだったが、
防衛システムが反応してすぐに向き直る。
振り下ろされたブライトソレイユのエッジと左腕のツインスラッシュセイバーを両腕で受け止め、
真っ向から組み合う。
ユエ『しかし……こう接近していては強力な火器は使えまい!
出力、質量共にまだこちらが上……近接戦ではこちらが上手……さあ、どう対処してくれる!?』
ユエは期待と自信と興奮の入り交じった声で叫ぶ。
だが――
空「私達の武器は……力は、これだけじゃない!」
空の声と共にエールの周囲だけに障壁が展開し、
さらに二機の周囲を、合体直前に分離していたプティエトワールとグランリュヌが取り囲んだ。
ユエ『なんと!?』
ユエの感心混じりの驚愕の声と同時に、浮遊砲台から魔力砲が放たれる。
その瞬間、スクレップは全身がビクリと震えるような動きを見せ、直後に動きを止めた。
ユエ『そうか!? こんな欠点があったか!』
ユエは愕然と漏らしながらも、どこか他人事のような物言いだ。
そう、ユエの作った防衛システムは、一見して隙は無いように見えた。
だが、あらゆる攻撃に反応して防御する反面、攻撃中で両腕を使用している場合、
加えて組み合っている状況では手を離すワケにはいかない。
その状況での全周囲からの砲撃。
エール・ハイペリオンイクスは全周囲障壁でそれを防御可能だが、
自身すら攻撃対象に加えかねない非合理な攻撃に、スクレップの防衛システムは思考の齟齬に陥ったのだ。
真っ向からの戦闘中、防御しなければいけない攻撃、非合理な攻撃。
402・スコヴヌングのように恐怖に反応する単純で、ある程度の本能的な対処が可能なファジーなシステムと違い、
スクレップのシステムは融通が利かなかったのである。
それが、ユエの気付いた自機の最大の欠点だった。
そして、全方位からの砲撃を防御できず、特に背面に受けた一撃でスクレップは大きくバランスを崩す。
空「今っ!」
ヴィクセン『ツインスラッシュセイバー、マキシマイズッ!』
空はブライトソレイユをグランリュヌに向けて放ると、絶妙なタイミングでヴィクセンが最大出力にした
ツインスラッシュセイバーで、スクレップの両腕を肩の付け根から斬り飛ばした。
斬り飛ばされた肩の付け根から、鮮血のようにエーテルブラッドが噴き出す。
ユエ『ぅ、おおぉっ!?』
驚き、興奮、悲鳴、それらの入り交じった複雑な声を上げるユエ。
攻守一体、さらに高機動のカラクリでもあった最大の武装、
ハルベルトシルトを腕ごと失ったスクレップは、最早無力な案山子に等しい。
ユエ『素晴らしい! 戦術判断もさる事ながら、素晴らしい機体だ! 最後に良いデータが取れた!』
だが、その無力な案山子の中で、ユエは満ち足りたような歓声を上げている。
人を物のように扱う男は、自身の窮地ですら他人事のように叫んでいた。
319 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:57:06.20 ID:PD5MJK4no
アルバトロス『フェイ、解析結果が出ましたよ』
フェイ「機体内部の魔力反応スキャン……99.78パーセントで
ブラッドラインと同波長の魔力であると、ほぼ断定可能です。
また……甲壱号計画で登録された魔力に該当する波長はありません」
戦闘中に解析を行っていたアルバトロスから渡されたデータを確認しつつ、
フェイは淡々としながらもどこか哀しげな口調で呟く。
フェイも、自分が駆け付ける直前までの戦闘中の音声ログは確認していた。
レミィの姉は、あの中にいない。
レミィ「……そう、か……」
レミィは悔しそうに呟く。
ユエの言葉を嘘と思いたかった。
そう言い聞かせようとしていた。
戦闘中も、必死に姉の……伍号の魔力を探ったが、その魔力を妹の時のように感じ取る事は遂に無かった。
もう、全身を切り刻まれ、脳や神経すらも部品として使われた姉は、この世にいないのだ。
その事を突き付けられ、レミィは唇を噛み締め、必死に涙を堪える。
だが、抑えきれぬ涙が溢れる。
ユエはスクレップが伍号そのものだとも言った。
だが、先ほどシステムエラーを起こしたスクレップが見せた動きは、ルーチンエラーを起こしたAIそのもの。
そこに人の情や魂など存在しない。
レミィ「……空、頼む……!」
レミィは絞り出すように、空に語りかけ、さらに続けた。
レミィ「姉さんの……仇……討って……くれぇ……!」
空「……レミィ、ちゃん!」
悲痛な仲間の声に、空も声を震わせる。
空はグランリュヌに預けていたブライトソレイユを両腕で再び構え直す。
そして、バランスを失い、落下を始めたスクレップに狙いを定めた。
空が魔力を込めると、ブライトソレイユのエッジに七色の輝きが宿り、それはエールを覆う障壁にも伝播して行く。
ユエ『おお……それは……!』
落下しながらも、ユエはその七色の輝きに恍惚の声を上げた。
ユエ『今一度、その輝きを目に焼き付ける事が出来るのか……!』
七色の輝きに照らされながら、ユエは熱の篭もった声を漏らす。
その声は既に自身を他人事のように言う感覚はなく、
ただただその七色の輝きが自らの身を貫く瞬間を待つ、ある種の殉教者の祈りのようにすら聞こえた。
空も一瞬、その祈るような声に戸惑いを見せる。
だが――
320 :
◆22GPzIlmoh1a
[saga sage]:2015/02/28(土) 19:57:36.89 ID:PD5MJK4no
空「……ッ!? リュミエールリコルヌ……シャルジュウゥッ!!」
その戸惑いを振り払い、七色に輝く巨大砲弾と化したエール・ハイペリオンイクスと共に、
空は闇夜を切り裂く流星のように、天を駆けた。
ユエ『ああ……あああああぁぁぁ――』
歓喜と恍惚の絶叫を上げるユエの声を振り切り、エール・ハイペリオンイクスはスクレップを貫く。
防御不可能の大威力砲撃砲弾に接触した部位は砕け、
機体を構成していたマギアリヒトは散り散りになって消え去り、残された部位も爆散して消える。
コックピット周辺は塵となって消えた。
ユエも魔力の過剰供給により破裂し、跡形もないほどに消え去っただろう。
七色の輝きを振り払い、エール・ハイペリオンイクスは廃墟の街へと降り立つ。
空達の完全勝利だ。
しかし――
レミィ「………ぅぅ……」
押し殺したレミィの啜り泣きに、勝ち鬨の声を上げる事は無かった。
そして、フェイとの再会を改めて喜んでいられる余裕も……。
フェイ「………まだ作戦は終わっていません」
フェイは僅かに戸惑った後、冷静にそう呟く。
空は無言で頷く。
そうだ。
まだ敵の本拠を落とし切り、掃討が終わるまで、この作戦は終わらない。
レミィ「………っ……ああ……」
レミィも啜り泣く声を何とか抑え、消え入りそうな声で返す。
エール『機体各部、チェック完了。
本体ダメージはそう大きくないよ。
問題なく、戦闘続行可能だ』
アルバトロス『フローティングフェザーのブラッド損耗が激しいので、
性能は約四割から五割ほどダウンします』
ヴィクセン『ブースターも酷使し過ぎたわね……出力三割カットだけど、なんとか行けるわ』
自分達のコンディションを確認していたギガンティック達の報告を受け、空は頷く。
スクレップとの戦闘で無傷ではいれれなかったが、それでも勝利を収める事は出来た。
後はこの決戦の“詰め”。
敵拠点と化した旧山路技研を制圧し、大将であるホン・チョンスを確保する事だ。
空「……行こう、みんな!」
空はそう言うと、旧技研へと振り返る。
その瞬間、轟音と共に茜色の落雷が見えた。
第21話〜それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』〜・了
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