56: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/06/13(火) 15:33:36.85 ID:pMPOQ4q+0
★ 2025(令和7)年10月7日 火曜日 ★
こんなことになろうと誰が想像できただろうか。
57:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:34:11.53 ID:pMPOQ4q+0
食卓の中央にて、その圧倒的重量感を放っているケンタのパーティーバレル。僕は、バレルの中から無造作にチキンを取り出し食らいついた。手がベタベタになることを厭わず、恐れず、口周りにチキンの衣を纏わせ必死の形相。傍らでは、食欲を解き放ち暴れに暴れている僕を、妻が優しく見守っている。
58:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:34:41.53 ID:pMPOQ4q+0
妻の手には、ビールで満ち黄金色に輝くピッチャーが握りしめられ僕の目配せに応じてグラスへと注がれる。僕は、油で重たくなった口内にビールを流し込みその浄化を図る。その間、夫婦の間には一言の会話もなく、傍から見れば異様な光景に見えよう。いや、誰がどう見ても異様な光景である。正直なことを言うと、チキンを貪っている僕自身もこの状況に半ばパニックに陥っているのだ。
これが、とある宗教における「洗礼」の儀式であると言ったら誰が信じようか。
59:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:35:11.41 ID:pMPOQ4q+0
事の発端に触れる前に、確認をしておきたい。先に述べた通り僕の家は、浄土真宗の本願寺派だ。ただし、僕自身「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える以上のことは知らないし、その念仏だって唱えたのは法事の時ぐらいしかない。これまでの僕は、ごくごく一般的な日本人よろしく、宗教とは程遠い人生を送ってきた。
60:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:35:42.13 ID:pMPOQ4q+0
僕が洗礼を受けることとなったこの宗教は、秘密の儀礼を旨とするいわゆる「密儀宗教」という類のものであるらしく、世間一般には公にされていないものだ。聞きなれない「密儀宗教」という単語を避けるのであれば、「秘密結社」と言い換えても良いらしい。ショッカーかよ。
61:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:36:13.44 ID:pMPOQ4q+0
その思想や、宗教的儀礼、果てはその存在すら隠されているというから怪しいことこの上ないのだが、その活動は秘匿性を高めるためか真に密やかなもので過激な「カルト」とは一線を画す。妻の話を聞いた限りでは、極めて小さいコミュニティでのみ信仰されている「氏神」と言い表すのが、耳障りもよく精神衛生的にも良さそうであった。
妻曰く、この宗教に名前はない。
62:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:36:43.22 ID:pMPOQ4q+0
そう、妻曰くなのである。この「密儀宗教」の存在を僕に知らしめたのも、僕に入信を勧め説得し、その甲斐あって此度の洗礼の儀式を司祭として執り行っているのも、僅か6日ばかり前に入籍を果たしたばかりの我が妻なのだ。
63:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:37:12.91 ID:pMPOQ4q+0
俗にいう初夜、営みを終えたピロートークのさなか妻は甘く愛おしい声で僕に教えを説きだした。僕は、驚きこそしたものの愛した女の言葉とあればと真剣に耳を右75度まで傾けた。その教えは、「信じれば救われる」というごくありきたりなものであったが、妻が言うにはその「救い」の恩恵は絶対的で、俗的で、更に多大なものらしい。
64:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:38:12.05 ID:pMPOQ4q+0
宝くじを買えば当たり、恋愛はうまくいき、失せ物は見つかり、仕事も順調に進み、生涯健康で暮らせる。これらすべての恩恵が、念仏を唱える必要も、神に捧げものをする必要もなくただ「神」を信じ感謝するだけで得られるというのだ。加えて、他の宗教と並行して信仰することも構わないというから寛大極まりない。
65:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:38:42.02 ID:pMPOQ4q+0
詳細を聞けば聞くほど、胡散臭い宗教ではあるものの、改宗をする必要もなくかつその高い秘密主義から僕の改宗が親族に漏れることもあるまい。そして何より、生涯を添い遂げると誓った愛すべき妻の頼みとあっては、僕は快く信徒となることを承諾した。まあ、実生活には何ら害はないだろうという浅い考えもあった。
問題は、そのあとだ。
66:名無しNIPPER[saga]
2023/06/13(火) 15:39:12.51 ID:pMPOQ4q+0
謎の「神」を信仰することを承諾した翌日、何とはなしに買ったスクラッチくじで一等が当たり、学生の折に半ば冗談で買ったベンダー企業の株価が暴騰し、頭を悩ませていた仕事の問題がすべて解決され、溜まり気味だった便がスルスルと流れ落ちた。それが、たった一日のうちに全て起こったのだ。あまりにも幸運な出来事の連続に、僕はむしろ恐ろしくなっていた。
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