38:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:49:27.84 ID:JzIv0dpy0
中学校からの帰り道に、転んで車道に入ってしまった妹は車に轢かれ死んでしまった。中学生が交通事故死したなんてことは、全国で見れば数ある事件の一つかもしれない。しかし、僕にとって、僕たち家族にとってのそれは唯一無二の家族を失うという、とてもとても重く悲しい出来事だった。
39:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:50:48.03 ID:JzIv0dpy0
連絡を受けて病院に駆けつけた時には、もう妹に息は無かった。両親が病院の先生から説明を受けている間、僕と妹は二人きりだった。妹の瞼は閉じられ、一目にはとても死んでいるようには見えない。未だ現実が受け入れられず、妹の顔をほうっと眺めていると妹の鼻から血が流れ出てきた。僕が、あわてて看護師さんに声をかけると「拭ってあげてください」と布巾を渡された。
40:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:51:18.79 ID:JzIv0dpy0
血はゆっくりと流れ続け、もらった布巾はすぐに真っ赤に染まった。僕は、妹の顔を汚すまいと自分のシャツの袖で血を拭ってあげた。妹の血は、まだほんのりと温かく僕の真っ白なシャツに染み込んでいく。血がとまる気配はなかった。
41:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:51:48.79 ID:JzIv0dpy0
妹とは、特に仲が良かったわけでは無い。かといって仲が悪かったわけでもない。他の家庭のことは知らないけれど、よくいる普通の兄妹だったはずだ。妹が生まれた時は、僕も幼くよく覚えてはいない。でも、物心がついた頃にはもう妹はいた。旅行や誕生日パーティー、僕の思い出には必ず妹も一緒だった。
42:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:52:18.76 ID:JzIv0dpy0
ふと、妹とのたくさんの思い出が記憶の片隅から湧き上がってきた。夏の縁日、妹が握っていた綿あめにかじりついて泣かれたことがあった。二人で家で留守番していた夕暮れ、仕込んだイカサマトランプで神経衰弱を挑んだにも関わらず妹に負けたことがあった。テレビゲームで、嘘の攻略方法を教えて、クリアできずに癇癪を起す妹を笑ったこともあった。
43:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:52:48.01 ID:JzIv0dpy0
学校の帰り道に、こっそり僕の背中に大量にバカをつけて二人して母に怒られたのはつい数年前のことだ。僕たちは、二人一緒に育ってきた。もし妹が死ぬ直前に走馬灯を見たのだとすれば、その思い出には僕がいっぱい出てきただろう。僕の思い出が、そうであるように。
44:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:53:17.99 ID:JzIv0dpy0
僕は、いつのまにか声をあげて泣いていた。僕の血に染まったシャツを見てか、慌てた看護師さんが代わりの布巾を持ってきた。それでも、僕の嗚咽と、妹の鼻血と、他愛のない思い出が止まることなく溢れ続けた。
妹の葬式が終わった後、僕は妄想に耽るのをやめた。
45:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:53:47.93 ID:JzIv0dpy0
非日常を求めれば、それに伴う悲しみが必ずついてくる。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」、あるいは「等価交換」、「インガオホー」というやつだ。平凡な日常には平凡な幸せが満ちているということを思い知った時、僕の中でのヒーローが、漫画の登場人物たちからソロモン・グランディに変わった。
46:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:54:18.22 ID:JzIv0dpy0
僕は、結婚という人生の幸せの極致にたどり着いた。これからは、病気になって死ぬだけの平凡な人生かもしれない。しかし、面白おかしく過ごすのに非日常なんて何一つ必要ない。要は、楽しく過ごす気さえあればどうとでも楽しくなるものなのだ。
47:名無しNIPPER[saga]
2023/05/03(水) 07:54:47.86 ID:JzIv0dpy0
妹の生きていたころの写真を見たせいだろうか、僕の胸中に改めて平凡な幸せをつかんで見せるという決意が燃え上がった。なるべく波風を立てずに、争いごとを避け、ごく普通に、物語のモブの一人として平凡で盛り上がりに欠ける人生を楽し気に歌い通してみせるのだ。
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