ソロモン・グランディに憧れて
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113:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:50:02.99 ID:r4k1/UK80
 そんなことウトウト考えていると、とんでもない光景が目に入ってきた。

 その女は、通夜に似合わぬケンタのボックスを抱えていた。艶やかな髪に、少したれ気味の目、年老いてはいるが見間違えようがない僕の二番目の妻だ。彼女は、その年齢からは想像できない素早さで僕の空っぽの肉体へと近づくとケンタのボックスを素早く棺桶へと突っ込んだ。あまりに迅速に事を為したせいか、誰一人として彼女の奇行に気付いた者はいなかった。彼女の行為が、何を意味するかはわからない。だが、あの謎宗教がらみの所作であることは間違いなかろう。


114:名無しNIPPER[saga]
2023/06/24(土) 16:50:46.51 ID:r4k1/UK80
 火葬後に起きるであろう惨劇、あるいはミステリーが、既に機能を止めたはずの僕の胃をキリキリと痛ませ始めた。死んでしまった僕には、もはやどうすることもできない。ただただ天に祈るしか術はなかった。

 「どうか、あのチキンが骨なしでありますように」


115: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:05:55.37 ID:0geUM6AN0
♪ 2095年8月1日 日曜日 ♪

 人間の骨の数は、200に及ぶと聞いたことがある。


116: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:06:26.09 ID:0geUM6AN0
 いくら僕の家族が多いと言っても、全員に骨拾いをさせてあげるには十分な数のはずだったが、残念なことに高温で遺体を焼きあげる火葬炉は、僕の小さく老いた骨の大部分を容易く灰にしてしまった。まあ、チキンの骨も残らず燃え尽きてしまったことを思えば「幸運にも」と言い換えても良さそうだ。


117: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:06:56.95 ID:0geUM6AN0
 焼きあがった(あるいは焼け残った)僕の骨は、家族の手によって粛々と骨壺に収められていった。この時ばかりは、みな神妙な面持ちで僕も少しだけ緊張してしまった。妻と長男の手で、僕の頭蓋骨がツボに納められるとドッと肩の荷が下りた気持ちだった。そして最期に残った灰を、葬儀屋さんが丁寧に集めツボに流し込む。その灰の中には、前妻が棺桶に入れたチキンの灰も混ざっていることに若干の気持ち悪さが残るが、死んでしまった僕にはどうすることもできない。


118: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:07:26.96 ID:0geUM6AN0
 ツボの蓋が閉じられると、急に目の前が真っ暗になった。世界からいっさいの光が消え、自分の手元すら見えない。妻の声が微かに聞こえるが、こもっていて何を言っているのか意味はわからなかった。ここにきて、僕はようやく自分が死んでしまったことを自覚した。最早、僕はツボの中の遺灰に過ぎないのだ。光が届くはずもなく、音だってまともに聞こえるわけがない。

 そこは、酷く冷たく寂しい場所だった。


119: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:07:58.86 ID:0geUM6AN0

「おおい、ここから出してくれ」

 不安に耐えられず声を上げるも、誰に届くはずもない。失ったはずの心臓がドクンドクンと強く脈打ち、額から冷たい汗が落ちた。あまりの恐怖に気が触れそうになったその時、天から光がさした。その白く温かい光は、ゆっくりと僕の全身を優しく包み込んでいく。良かった、本当に良かった。一生ここに取り残されるのかと思った。この光は、きっと天からのお迎えに違いない。


120: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:08:39.89 ID:0geUM6AN0
 天を見上げると、丸く大きい影がゆっくりと降りてくる。逆光のせいで、その輪郭しかわからないがそれは人の形を為していた。浄土真宗では、死に臨み迎えに来てくれるのは阿弥陀仏と聖者たちであったはずだ。しかし、僕の傍らに降り立ったそれはかつて見た阿弥陀仏来迎図に出てくる如何なる人物ともかけ離れた姿をしていた。


121: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:09:14.82 ID:0geUM6AN0
 身の丈は僕の腰ほどしかなく、はち切れんばかりに膨らんだ腹に短い手足、背中からは虹色でまだらの入った翼。そして一際特徴的なのは、額にある星形のほくろとそこから伸びた一本の毛。二番目の妻が持っていた聖書に載っていた氏神様だと、すぐに気づいた。彼は、柔和な笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。

 神様自ら迎えに来てくれるなど光栄極まりない事であろうが、一抹の不安もあった。


122: ◆CItYBDS.l2[saga]
2023/07/02(日) 00:09:45.75 ID:0geUM6AN0

「できれば、妹や両親のいるはずの極楽浄土に連れて行って欲しいのですが」

 神様はわかっていると言わんばかりに、うんうんと頷き再び手を伸ばす。これまで僕の人生で、幾度となく恩恵を与えてくれた神様だ。きっと悪いようにはしないだろうと、僕はその手をしっかりと握った。


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