6:名無しNIPPER[sage saga]
2023/02/21(火) 20:31:52.83 ID:G7tB3fi30
「……出よう」
「え……」
「とりあえず、この店出よ。それ飲んじゃって」
リョウはおもむろにすくっと席を立ち、壁にかけていたコートを手に取った。
ひとりは言われるがままにカップの飲み物を手に取り、口をつける。
いつの間にかぬるくなってしまっていた飲み物は、涙で失った水分を取り戻すかのように、すんなりとひとりの身体に染みわたっていった。
ほのかな甘い香りが、荒んだ心を少しだけ落ち着かせる。ふと振り返ると、リョウはレジの方に行き、先に会計を済ませているようだった。その後ろ姿を見ながら、ひとりはくっくっと飲み物を一気に飲んでしまう。
「飲めた?」
「あっ、はい」
「行こ」
「あっ、私のぶんのお会計がまだ……」
「今払った」
「……えっ」
リョウはひとりの手をとって、ゆっくりと店を出た。
奢ってくれるなんて珍しい。リョウと一緒に店にいくときは自分が奢ることが多いから、いつも少し多めに持ち歩いているのに。
ありがとうございました、という店員の声を背に店を出る。とても雰囲気のいい店だとは思ったが、悲惨な思い出ができてしまったし、もう二度と来ることはないかもしれない。
外に出て、半地下の場所から地上へと出ると、空模様はどんよりと曇っていた。
おまけに風が強くて寒い。リョウのコートがぱたぱたとはためいている。
これからどうしよう。言われるがままに店を出たひとりだったが、この先のプランはまったく考えていなかった。
やはり今日のところは解散し、大人しく家に帰って一旦落ち着いてから歌詞を書き直すべきだろう。
先ほどまでは身体が動いてくれなかったが、今ならすんなりと駅の方に戻れる気がする。
これ以上リョウの時間を奪うのは申し訳ない。そう思って、ひとりは繋がれたままの手をゆっくりほどいた。
「あの……ありがとうございました」
「……」
「それと……本当にごめんなさい。帰ったらすぐに、か、書き直します……」
「……ぼっち」
リョウは最後に何か言いたげにしていたが、これ以上余計な気を遣わせたくなくて、ひとりは逃げるようにその場をふらふらと立ち去った。
ここ最近の寝不足が一気に押し寄せてきたかのような疲労感に包まれ、足がもつれそうになる。足取りはおぼつかなかったが、今は一刻も早くこの町を出たくて、ひとりは無心で駅を目指した。
中途半端な時間の、いつもより人が少ない駅のホームで電車を待っているとき、スマホが小さく震えた。
リョウからのロインが届いたようで、「今日はごめん」という短文が通知画面に浮かんでいた。
謝らなきゃいけないのはこっちなのに。なんて返せばいいかわからない。画面に目を落としたまま固まっていると、またスマホが通知を受け取った。
[また明日]
やっと止まってくれたと思っていた涙が、また目尻にこみあげてきて、つうと頬を伝った。
ホームに吹き込む風が涙の跡にあたって、より冷たさを感じさせる。
ひとりは静かに涙を落としながら、心の中でリョウに謝り続けた。
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