馬場このみ「シクラメンの花の香」【ミリマスSS】
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9: ◆kBqQfBrAQE[saga]
2022/01/06(木) 23:00:24.14 ID:dy8vOWdb0

 間もなく、お酒の入ったグラスの徳利と、切子の猪口が運ばれてきた。

 まずはお互いに酌をする。だが、遠慮は無いから、二杯目からは手酌だ。

 くいと一口お酒を含む。なめらかな口当たりが心地よい。熟成されながらひと夏を越えた『ひやおろし』らしい、旨味がのった酒の味わいだ。きっと温かくしても美味しいと確信できる。

 先ほど頼んだサワラのたたきに箸を伸ばす。サワラの身は皮ごと炙っているから、周辺は縁どられるように色が変わっているが、中は美しい薄桃色をしている。脂もよく乗っているので、身はてらてらとほのかに輝いている。

 添え付けの玉葱の薄切りを乗せ、ポン酢を軽く付けてから一口で頬張ると、柑橘の酸味と、たたきの香ばしい香りの後に、脂がよく乗ったサワラの旨味が、とろりと柔らかな身を噛むごとにやって来た。

 それからお酒を一口飲めば、刺身、お酒それぞれの余韻が口の中で混ざり合う。

「ああ、ホント美味しいわ……」

「これは、美味いな……」

「P、ちょっと顔が溶けたみたいになってるわよ」

 ご満悦、と書かれた彼の顔を見て、私は思わず噴き出した。

「馬場だって同じような顔しちょったやろ」

「ええーっ?」

「はは。それだけ美味しそうに食べてくれたら、魚も喜ぶよ」

 私たちのやり取りを見て、大将が笑いながら言った。

「お魚もそうですけど、やっぱり一番は大将の腕ですよ」

「なあに、褒めたって何も出やせんよ」

 大将は照れくさそうに頬を掻いた。

 こじんまりした店だが、長年有名店の板前をしていたというだけあって、腕は確かだ。





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