提督「最後の1匹」
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6: ◆zPnN5fOydI
2021/12/24(金) 00:47:48.32 ID:Zw1CWIud0

明石「この時期になると毎年思い出してしまうんです。そして、胸が苦しくなるんです……」

 ワインを一気飲みして、明石が口を開く。提督はその後焼酎を一口含んだ。

明石「朝潮ちゃんのことを思い出して、とても……そして、この前とうとう幻覚を見てしまったんです」

提督「幻覚?」

明石「はい。この前の土曜日、鎮守府に行ったんです。今じゃ記念館になっているあそこです。そこで、懐かしいなーって思いながら鎮守府を見学して、それからしばらく海を見てぼーっとしていたんです。……そしたら……朝潮ちゃんがいて」

 提督は焼酎を飲み干して、日本酒のボトルを頼んだ。酒で頭を弱らせないと、同僚の時のように心ない言葉を投げかけてしまうと思った。

明石「朝潮ちゃんって言っても、あの時の姿じゃないんです。最初見た時はぞっとしました。その見た目が明らかに、あの忌まわしい敵、深海棲艦だったものですから。青くて、不気味な姿形をしていて。でも、見ているうちに段々と懐かしくなって、気が付いたら涙が出てきて……あの子が生きて戻って来たって思っちゃって」

 提督は日本酒のボトルを一気飲みした。酔いが急激に回って、目の前に座っている明石の姿がぼやける。

提督「そんなわけないだろう」

 考えるよりも先に声が出る。明石はこくこくと首を何度も縦に振った。そして明石は追加のワインを一気に飲んだ。

明石「はい、そうです。どうせ私の幻覚です。でも……提督の妖精さん。たった最後の1匹の妖精さん。噂では生き残り深海棲艦とつながりがあるとか言われている妖精さん。それを考えたら、あり得ない話でもないんじゃないかって。朝潮ちゃんはまだ生きているんじゃないかって。深海棲艦として」

提督「ばかばかしい。何を言い出すかと思えば、そんな妄想を。それが本当だとして、周りに話して見ろ。その生き残りを倒すって大騒ぎになるぞ」

明石「はい、ですからこうして2人きりで提督と話しているんです。そして……なんで朝潮ちゃんが深海棲艦になっているのかを考えてみたんです。そしたら、やっぱり未練があったのかなって。ほら、私たちの時にも、深海棲艦に倒された艦娘が、その後深海棲艦を倒すと戻ってくることがあったじゃないですか。そして、また私たちと一緒に戦ってくれることが。あれと同じことが起こっているんじゃって。つまり、深海棲艦を倒して、同時に倒された朝潮ちゃんが深海棲艦になっていても、不思議じゃないんじゃないかって」

提督「ばかばかしい!」

 提督は焼酎をボトルで頼み、ストレートで流し込む。朦朧とした提督の頭に、あの頃の朝潮の姿が浮かんできた。明石が見たという朝潮の姿を彼は知らないが、提督は朝潮と深海棲艦を混ぜた姿を想像する。そして、涙を流した。慌てて目元を隠すが、あふれる涙は机を濡らしていく。
 
明石「提督、泣いているんですか? 私も泣いています。もう一度あの子に会えるって思うと、今からでも海に行って飛び込みたい気分になるんです」

提督「やめろ、お前は疲れているんだ。お前は毎年この時期にはこうなるじゃないか、記念日反応というやつだろう。とにかく、帰って寝て頭を冷やせ。ほら、出るぞ」

明石「提督……あの、近いうちに鎮守府に行きませんか? もしかしたら、また会えるかもしれません。私もまだ1回しか会ったことないんですけど」

提督「ああ、行こう。行って確かめよう。そうすればお前も、幻覚かどうかわかるだろう」

 提督はハンカチで涙を流しながら会計を済ませる。本心では、今すぐにでもタクシーに乗って鎮守府に行きたい気分だった。しかし、スケジュールがそれを許さない。2人は駅で別れるが、それ以降も店で話したことはしばらく2人の脳内に残り続けた。朝潮がまだ生きていると考えたら、提督は目頭が熱くなった。彼女にどうしても伝えたいことが彼にはあった。




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