60:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 22:48:16.21 ID:u50g9+A20
そうだとしても、私は労わるためにそう口にした。
私は、文香の肩を優しくなでた。なにを言えばいいのだろうか。今の彼女の前では、言葉すべてが安っぽくなってしまう。それが痛いほどわかって、だから自分にできるのは、そんなことだけだった。
「ごめん……なさい……」
「いいのよ、文香。謝ることなんて、なにもないから」
「でも……皆さんにご迷惑を……私……」
倒れてしまった文香は、ドクターストップがかかった。そのせいで、文香のソロは取りやめになってしまった。その時間の調整のすり合わせに、スタッフさんたちは慌ただしく動き回っていた。
「大丈夫よ、たまにあることだって、スタッフさんも言っていたわ」
珍しいが、今までもなかったわけではない。初めての舞台を前に、具合が悪くなってしまう子は。
「仕方がないじゃない。みんな貴方が頑張っていたのは、分かってるから」
「……ごめんなさい」
文香は肩に添えていた私の手を握り返してきた。病気になった時のように、熱のこもった手だった。
文香は、私の手をゆっくりどかすと、手をついて、半身を起こした。
「文香、無理しないで」
「平気……です」
文香は手さぐりに体を動かすと、ベッドに何とか腰かけた。
うつむけた顔は、先ほど、舞台裏で見た時より、はるかに悪くなっていた。
心配になって肩に手を添えたが、文香は私の方を見ていなかった。
ただ、まっすぐと前を見ていた。
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