28:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 21:45:21.53 ID:u50g9+A20
口の中に広がった冷たい苦みに、私は眉間に皺を寄せたけど、何でもないようにカップを傾け続けた。
向かいでは、同じコーヒーを文香が飲んでいたから。
事務所の面した通りにある、喫茶店だった。
古いビルの二階。表に出ている電光看板はすっかり色あせ、雑多な街にある寂れた景色の一つだった。
無機質な灰色に染められたビルの階段を上がって、狭い通路を進んでいくと、外の看板と、同じ色合いの看板が出迎えてくれる。
中に入ると、体を包み込むのは古めかしい喫茶店の雰囲気と、鮮烈なコーヒーの香り。
落ち着いた大人の雰囲気の喫茶店だった。
古めかしいけど、汚いわけではない。しっかりと掃除が行き届いている。
物を大事に扱うからこそ、そこから発せられる店の年輪に、自然と姿勢は伸びた。使い込まれたテーブルに運ばれてきたアイスコーヒーも、店の歴史が刻まれているかのように、深く、苦い。
でも、ここまで苦いなんて、ちょっと予想外だった。
同じものを飲んでいるのに、文香はホッとした表情を浮かべている。
文香は、この店が似合っていた。
私はどうかな。みんなからは大人っぽいといわれるけど、このお店には、あっていないかも。そんなことを思った。
事務所でプロデューサーから話を聞いた後、文香に誘われこの店にやってきていた。
「文香、ここにはよく来るの?」
「ええ……事務所に通いだしてから、何度かは」
「よくこんな場所を、見つけたわね」
「叔父さんから教えてもらったんです。こっちに来るときは、よく立ち寄ると」
「叔父さんって、古本屋を営んでる?」
「ええ」と、文香は小さくうなずいた。文香の叔父さんは古本屋をやっていて、文香が本を好きになるきっかけの一つだったらしい。よく手伝いをしにいっては、本を読みふけっていたのだという。アイドルとなった今でも、たまに店先に立つことがあるということだ。
確かに、この店の雰囲気は、電子機器よりも本の方がとてもよく似合う。
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