勇者になれなかった君へ
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10:名無しNIPPER[saga]
2021/10/20(水) 22:58:21.49 ID:XxYmIC1x0
勇者のもとを離れて、二つの沢を超えて、山を登り続けていると異変に気付いた。

いつの間にか、周りから音が消えていたのだ。

風が草木を撫でる音とか、虫たちの羽音が、一切ない。

自分の脚が、地面を踏む音も、鞄が擦れる音も、なにもない。

ただ、俺は進んでいる。

どこに向かって?

決まっている、俺は音が聞きたい。

頭の中が霧に包まれたように、白くなっていく。

もはや自分がどのような姿勢で進んでいるかもわからない。

なにかが、俺を突き動かしている。

そして、気づいた。目の前に一体の魔物がいた。

それは巨大な甲虫の化け物だ。残忍な牙が覗く黒兜と四枚の羽を持ち、六足の棘の塊、そして、胴体から生えた二つの人の頭が絶えず訳の分からないことをささやいている。

だが、不思議と焦りはない。

俺は、それの前に身を投げ出して、うずくまる。

音が聞こえる。

人の声だ。なんて甘美な響き。ずっとこうしていたい気持ちに逆らうことなどできない。

俺は目を閉じて、聞き入ることに専念した。

だが、その時は唐突に終わった。

しゃりん

しゃりん

どこかで、鈴の音がする。

「私の前で、誰の命も二度と奪わせません!!」

目の前で何かが炸裂した、俺はその衝撃で飛び上がった。

慌ててそれを見ると、それは一種の十字架だった。ただそれが、骨で出来ていることを除けば。

辺りを見回すと投げたとみられる純白の修道服に包まれた女性が、眉を怒らせていた。

手には、立派な金の権丈が握られている。

「消えろ!消えろ化物!」

もはや半狂乱の態で振りかざすものだから、逆に俺が冷静になった。

「逃げましょう」

俺は、その人の手をとって、無理やりその場から離れた。

修道女は魔物を睨みつけながらも俺に引きずられていく。

外形と異なって修道女の体は驚くほど軽く、折れてしまいそうだった。

逃げる俺たちの背中を甲虫の魔物は、口からだらりと涎を垂らして、嘗め回すように見ていた。




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