21: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2021/01/30(土) 07:47:14.69 ID:/1fb2KCg0
※ ※ ※
「お疲れさまでした」
「……」
ステージが終わって、スタッフの皆が片付けてくれいる中でその様子をぼんやりと眺めていたら、あの人が声をかけてくれました。
周りに他の人もいるけれど皆自分の作業に集中していて、今はずいぶんと久しぶりになる二人きりの会話……なのだけど、上手く言葉が出てきてくれません。
話したいことはいくらでもあったはずなのに。事務所で、撮影上で、会場で、貴方の大きな姿を見るたびに駆け寄りたい衝動に襲われていたのに、いざ話そうとすると何も言葉が出てこない。
「高垣さん?」
返事の無い私を心配そうにのぞき込むプロデューサー。ほんの少しさらに近寄ってくれただけで痛いほど高鳴る胸が教えてくれた。心のままに話してはいけないと。この思い出の場所で二人きりで話せば、私は想いを我慢できずにさらけ出してしまう。
アイドルのために常務に逆らった彼の立場は良くない。そして彼のことだ、大人しくなどしないで常務にさらに意見するでしょう。そんな彼に、私とのスキャンダルが流れて足を引っ張るわけにはいかない。
今まで何度も想いを押し殺してきた。それを今もするだけでいい。たとえ――伸ばせば手が届くほどの距離でも。
「お疲れさまでしたプロデューサー」
何とか平静を装えた。すると。
「懐かしいですね。ここのライブは」
彼は平然と追い打ちをかけてきた。
「は……はい」
「貴方が今日のライブを引き受けてくれたことを、私は嬉しく思います。貴方が自分の原点を忘れずに大切にしてくれているのだと」
やめてください。
まるで担当だった時のように話しかけないでください。あの日のように、貴方にもたれかかって顔をうずめたくなる。そのせいで私たちの関係が噂されて、担当を外されてしまったんですよ。
「貴方が……出会わせてくれた、あの日の笑顔を……忘れるわけがありません」
堰《せき》を切ってあふれだそうとする想いを何とか押しとどめ、一つ一つ言葉を選びながら何とか吐き出す。
「貴方は……あの子たちの笑顔を守ろうとしているんですね」
「……はい」
短くて簡潔な、力強い返答。わかってはいたけれど、それを間近で耳にできて、改めて決心できた。
「ふふっ。なら先に笑顔を与えてもらった私も、ええ顔できるように協力します」
「……ありがとうございます」
こうして久しぶりになる二人きりの会話は終わった。
今はまだその時じゃない。
アイドルとプロデューサーである私たちにいつその時が来るかはわからない。その時が来ても、貴方は私を拒絶するかもしれない。それでも、その時までずっと思い続けます。誰にも負けないほど。
言葉にできない痛みを、きっと――――――――――恋と呼ぶのでしょう
〜おしまい〜
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