2: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2021/01/30(土) 07:33:48.77 ID:/1fb2KCg0
※ ※ ※
――高垣さん、こっち向いてください。あ、はい。向いてくれるだけで大丈夫です。
――いいなあ、高垣さんは。何もしなくて絵になって。
――私だって自信があってこの業界に来たけど、文字通り住んでる世界が違うよね。
なんで私はモデルになったんだろう……?
撮影はいつもあっさりと終わり、見覚えのあるモデルさんが遠くからため息を漏らすのが耳に引っかかる。スタジオやロケ地と家との往復ばかりの日々のなか、ぼんやりと疑問に思うことが段々と増えてきた。
周りの人から腫れ物というほどではないけど、どうしても距離を取られてしまう。私の方から距離を縮めなければとわかってはいるけど、どう距離を縮めていいかわからない。思えば学生の頃はクラスの皆が良くしてくれていただけで、私の方から距離を縮めたことはあっただろうか。
「砂抜きして……シジミを縮めん」
一人っきりの部屋で酒の肴相手にこぼれるダジャレは、口にしたあとますます寂しくなる。
そんな無味乾燥な日々が続いていく中で、ある日変化が訪れた。
「歌手……ですか?」
仕事の付き合いでカラオケに行ったことが原因だっただろうか。いつの間にか歌手になるべきだという話が出ていた。
「そうそう、高垣さんって歌が上手いでしょ。それをこの前一緒に飲んだ芸能部門の人に話したら興味持ってね。高垣さんの知名度と容姿だけでもそれなりの数字が狙えるのに、歌唱力まであるならって」
「その、困ります」
「まあまあ。2〜3回曲を出して、モデル方面にアンテナ張ってない人たちに高垣楓を知ってもらう機会を作るだけでいいからさ」
大勢の人の前で歌い、CDがお店に並ぶ。そんな光景を想像してぞっとしてしまった。
歌手になることを夢見て頑張っていたわけでもないのに、ちょっと歌が上手いだけのモデルが知名度と見た目で他の人のチャンスを奪う。しかも数曲歌ったあとはモデルに戻る程度の気概で。
「あの……」
「うんうん、高垣さんビックリしているよね。大丈夫、まだ打ち合わせ中だから今すぐにってわけじゃないから。それまでに気持ちを落ち着かせてね。あ、ゴメンね。何か用件があるみたいだから」
確かにビックリしている。でもそれは大勢の前で歌う覚悟が無い以上に、まっとうに頑張っている人のチャンスを横から奪い取ることにだ。
どうすれば私の気持ちをわかってもらえるのか。うまく伝えられずにいると、マネージャーは近くで待っていたスタッフのところに行ってしまい、その日はついに言えずじまい。
次の日も。次の日のまた次の日も、言えずじまい。
私が歌手の件を断ろうと話し出すと、わかってるから大丈夫大丈夫と話を終わらせてしまう。どうやらマネージャーは私の意思とは関係なしに、強引に話を進めるつもりのようだ。
「私が悪いんでしょうね……」
何をしたいという目標があるわけでもなく、自分の意思をハッキリと伝えられない私がモデルとしてやっていけるのは、強引に仕事を持ってきてくれるマネージャーのおかげだ。それでうまくやってこれたのに、今回だけは本当に嫌だなんて虫が良すぎる。
「なんとかしないと……」
面と向かって話そうとしても話を遮られて終わるだろう。そうなるとやはりメールだろうか。いや、メールよりも手紙の方がより真剣だとわかってくれるかもしれない。手紙を書いて、マネージャーの机の上に置いておくのだ。
「置手紙だから……まんまるのちたまは……とても広大で」
「高垣さーん」
「あ、はい」
控室で文面を考えていると、ドアの向こうからスタッフの声がする。
29Res/47.17 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20