【ミリマス】帰省できなかったシアター上京組の年末年始
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10:帰省できなかった年末年始 9/9[sage saga]
2021/01/05(火) 22:37:33.59 ID:1nFF4fw90
 無理があるって分かってるけどねぇ、と付け足して、ひなたは頭を掻いた。

「あたしは、バンドを組みたいな。プロデューサーにも具体的な企画として相談してみようと思っててさ。劇場のヤツ何人かに声かけて、集まってくれたらいいなって。ギターはあたしがやるとして、夏のフェスに参加した時、ドラムを亜利沙に教えたんだ。多分、アイドル同士で組むって話になれば、乗ってくるだろ、あいつなら。シズもやれるならキーボードで参加するって前に言ってたんだ」
「そういうんなら、朋花が何かのイベントでベース弾いとるの見たで。天空騎士団がお客さんで来てくれそうやな」
「三味線は……やはり場違いでしょうか?」
「三味線か……いいと思う。楽曲の方向性は和ロックかな。ふふ、考えてるだけでワクワクしてくるぜ」

 好きなことを語って、子どもみたいに目をキラキラさせているジュリアを見ながら、奈緒は戸惑っていた。やりたいこと。自分には何があるだろうか。
 アイドルとしてもっと大成する。もちろんそれは、やりたいに決まっている。でも、具体的に何を? 上から目線の兄に、参ったと言わせる。でも、どうやって? 美奈子と組んでいるユニットで、新曲が歌いたい。でも、曲も振り付けも衣装も、自分の力では作れない。ひなたと紬とジュリアのような、自分の力で実現できる具体的なビジョンが、奈緒の頭には思い浮かばなかった。抜けるような青空から差してくる日光が眩しくなって、奈緒は目を思わず目を細めた。

「奈緒さん、ぼんやりして、どうしたんだい?」
「んー……私、具体的にやりたいこと、決まってへんな、って」
「じきに見つかるだろ。これだけ刺激だらけの集団の中にいるんだから」
「……それもそうやな」

 単なる一時しのぎに過ぎないかもしれなかったが、「じきに見つかる」という言葉は、その瞬間の奈緒を安心させた。四日からは劇場の立ち入り禁止も解かれることになっている。一度にレッスンルームに入れる人数には制限がかかっていたし、施設内のどこにいようがマスクの着用が義務付けられているから、日常を取り戻せているとは到底言えなかった。それでも、奈緒はレッスンルームの鏡の前が恋しく思えた。たったの数日間離れていただけなのに。

 奈緒の視界の端に、二人の子どもの姿が見えた。澄んだ空気に乗って話し声が僅かに聞こえてくる。耳の中へ入り込んできた言葉に、奈緒は思わず目を見開いた。

「……お年玉」
「え?」
「……帰省せえへんかったから、今年のお年玉もらえへんやん!」
「あ、そう言われれば、そうだねぇ」

 ひなたの返事はのんびりとしていた。紬も、ジュリアも、きょとんとしている。胸の内に生じた焦りとは裏腹に、動揺しているのは奈緒一人で、それがまた奈緒にはもどかしかった。

「いいんじゃないか。あたし達、仕事してお金稼いでるんだし」
「そうですね。仕送りもしてもらっているのですから、お年玉はもらえなくても……」
「そうは言うてもな。もらえる内にもらっとかな。こういう機会に欲しいもの、あるんと違うか?」
「……待てよ。あのギター、もうしばらく待つつもりだったけど、もしかしたら……ああ、くそっ! 奈緒! なんてこった、悪魔の囁きだぜ……!」

 ジュリアが拳を握りしめてわなわなし始めた。ジュリアはもうこっち側やな、と、肩を抱いて奈緒は語りかけた。箸を伸ばして、タッパーに残った最後の一枚の餅を手繰り寄せる。「遠慮の塊」の概念が関東には存在しないらしいことを、奈緒はもう学習済みだった。

「奈緒さん、随分たくさん食べたねぇ」
「半分近く、お一人で召し上がったのでは……?」
「半分……?」
「お餅が余ってしまいそうだったから、助かったべさ」
「……そんなにたくさん食べて、大丈夫か?」
「あ……か、カロリーは年を越せへんから問題無い……って、もう年明けとるがな……あーー!!」

 奈緒の脳内が、お年玉の使い道から、カロリーの消費手段に上書きされた瞬間だった。


 終わり



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