58:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 20:59:47.41 ID:V4s4JV6AO
「あぁ、萩原君から玉露をいただいていてね…」
「ふぅん、まっ、私はオレンジジュース派だけど…」
そう言って彼女は冷蔵庫から、愛飲している果汁100%のオレンジジュースを取り出す。普段ならば、こんな少しの距離でさえプロデューサーの彼に取りに行かせる彼女だが、私と二人の時には自分で取りに行く。あれは彼に対する一種の愛情表現なのだろう。
59:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:00:47.55 ID:V4s4JV6AO
「それに現場を離れて久しい身としては、こうしてアイドル諸君と交流を持つことで、初心を思い出しているのだよ」
「ふぅん…」
私の話を水瀬君は、オレンジジュースのストローをいじりながら興味なさげに聞く。おっと、初心を思い出すと言った側からアイドルに気を使わせてしまったか。
60:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:01:35.99 ID:V4s4JV6AO
「そういうのもいいけど、社長は765プロのトップなんだから。奥でドシッと構えていてもらわないと他の事務所に舐められるわよ?」
「ははは、これは手厳しいね…」
彼女は水瀬財閥のお嬢様。兄二人が優秀で、自身は帝王学を学ばせてすらもらえなかったと言っているが、彼女の思考はまさしく王者のそれだ。そして、その思考を実現するだけの力はどれだけ泥に塗れようとも掴み取る。だからこそ思う。こんなコネも金も無い事務所でなければもっと早く…
61:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:02:31.92 ID:V4s4JV6AO
「どうしたのよ、なんか元気無いじゃない」
「水瀬君…君は…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」
「はぁ?他って…例えば?」
62:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:03:43.39 ID:V4s4JV6AO
「…」
「いや、もちろん私としては君がここを選んでくれたことは素直に嬉しいよ。しかしだね、君の実力を考えると…それこそコネがあったというだけなら君の家が筆頭株主のこだまプロでも…」
「何言ってるの?」
63:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:04:26.76 ID:V4s4JV6AO
「それに私はワガママなの。961プロ?嫌よあんな成金趣味の事務所。東豪寺?麗華に頭を下げるなんて死んでも嫌」
真っ直ぐに私の目を見つめる。実は照れ屋な彼女とこうして目が合うことは珍しい。
「だから私はここがいいの。お金が無い?コネが無い?上等よ。全部私が作ってあげるわ」
64:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:05:29.78 ID:V4s4JV6AO
「社長、こんなチンケなビルで満足しないでよね?いつか私が…あの時押しかけてきた小娘が、水瀬財閥だって持ってないような大きな事務所にしてあげるんだから」
彼女が押しかけてきた時は面食らったものだ。私など父親の知り合いの中でも末端の末端。向こうからすれば胡散臭い業界人でしかなかっただろう。しかし、彼女はそんな薄い縁を伝って、握りしめてここまでやってきた。その意志の強さを美しいと思った。だからこそ、彼女をうちに入れたのだ。
「最後にこれだけは言っておくわ…ありがと…」
65:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:06:22.89 ID:V4s4JV6AO
07
「おはようございます〜」
「おぉ、三浦君。おはよう」
66:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:07:09.14 ID:V4s4JV6AO
「なんだか凄い勢いで伊織ちゃんが走って行ったんですけど…」
「そうか、入れ違いだったか…ところで三浦君、君は今日オフではなかったかね?」
「えぇ、そうだったんですけど…近所のパン屋さんに行って帰ろうと思ったらいつの間にか…」
67:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:07:51.89 ID:V4s4JV6AO
「それならば送って行こう」
「えぇ…そんな、悪いですよ」
「何構わないよ。ちょうど暇していたところでね」
68:名無しNIPPER
2020/09/22(火) 21:08:41.64 ID:V4s4JV6AO
「それでそこのパン屋さんが少しおまけしてくれたんです」
「ほぅ、それは良かったね」
車内では他愛のない話が弾む。本来ならば同年代の女性…うちで言えば律子君くらいと話をしたいところだろうが、そんなことは微塵も出さずにこんな中年の相手をしてくれている。全くできた子だ。
157Res/62.13 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20