26:名無しNIPPER[saga]
2020/09/22(火) 02:44:18.38 ID:3G5NISVX0
「でも、武器が無いよ」
ひまわりの指摘に葛葉は取り合わず立ち上がった。
「……ねーちゃんはそこでちょっと隠れててくれ。最悪、走ってきた道を引き返せよ?」
慌てて弟に声を掛けようとするも、しかしひまわりは少年の表情を見て声を失った。
犬歯を剥き出しにし、嗜虐の喜びを覗かせる目。力を込めて開いた両の手は長く鋭い爪を備え、その様は肉食獣をすら思わせる。
「正直、『俺』がこの世界でどんくらい通用するのか最序盤の内に一回試しておきたい」
ニートゲーマー、葛葉――本名アレクサンドル・ラグーザは実に齢百歳を超える吸血鬼である。何の因果か完全無欠にただの人間の姉と父を持つ羽目に陥ってしまったが、そこに血の繋がりは存在しない。
戦闘能力で言えば生来、人間など足元にも及ばない種族である。
「葛葉……そういやお前そんな設定有ったな?」
「設定言うなし」
「任せて、ええんやな?」
手伝う事など出来ない少女は――足手まといになることが分かっているから隠れている事しかできない少女は、恐る恐る聞く。その恐怖は吸血鬼という種族に対してのものではなかった。もしかしたら、万が一、弟を失うことになったらどうしよう、と。信頼と恐怖、正反対のその感情はしかし矛盾せずひまわりの胸中をぐるぐると回るのだった。
「当たり前だ。ちょっとグロいかも知んねえからあんまこっち見ないでおけよ」
言うが早いか、葛葉は駆け出す。ひまわりはその背中をきっと見つめた。
弟の初陣から恐怖で目をそらすような姉であってたまるかという意地の一心から、彼女は溜まり始めていた涙を袖で一度拭って歯を食い縛り、その行く末を見守ることにした。
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