14: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:46:50.92 ID:qUczw4Pjo
酒井はスマートフォンを見せてくる。
画面に映る、自分らしき誰かが。
見せたことのない笑顔を向けている写真がある。
これは。なんだ。誰だ。俺か?
俺の知らない、俺の思い出がそこにいる。
何枚か見せてくれたが、見るたび見るたび、やはり記憶になくて、けれど間違いなくそれは俺でしかなくて……なぜそれを覚えていないのか、自分自身でも納得がいかなくなるくらいのものだった。
そして、さらに見せてくれたのはふたりだけのやりとり。要は───機密性の高い、ふたりきりのプライベートな連絡。それが間違いなくそこには残っている。
最後の方なんて、なんて。
『寝てんすか』
『どしたん』
『どこにいんのよ』
ねえ、なんで。
文字に残る悲しみ、それから、悔しさ。
何件もついている電話をかけた履歴。
『なんで無視なん』
『嫁子供泣いてるよ』
残してある言葉は、なんだか見ているこちらまで胸が張り裂けそうになるくらいで。
『警察に届出出しました、絶対見つけるんで』
『俺ひとりじゃ無理よ、助けて』
『辛いといつも電話かけちまうなぁ』
『またやらかしちゃった、やっぱひとりきついわ』
『息子さん、大会で優勝ですってよ』
『既読つかねえかな』
『帰ってきてよ、平子さーん』
『今どこにいんだろう』
『やっぱまた会いてえな』
なんとも言えない。
でも気持ちは伝わってくる。そんな、そんな文字の羅列がずらっと。
警察を呼ばなければ、と言う内心の焦りと、もっと話を聞いたほうが良いのでは、と言う探求の思いがせめぎ合う。本当にこのまま、彼を返してしまっていいのだろうか?
どう考えてもこいつは不審者だ。だが、ここにあるデータは俺のことを示している。どういうことなのか白黒つけた方がいいのではないかと思った。
「……」
「って、ちょい!なんで最後まで読んでんの、もー!くっそ恥ぃ!!」
「……酒井、」
自分が思っている場所よりスクロールを進められていたことに驚いて、酒井がぴょんと飛び跳ねてから端末を取り返した。妙に鼻頭が赤くなっている気がしたけれど、そこに触れるのも野暮だろう。
彼のそんな思いに対して何か言おうとして、唐突に思い出したことがあった。ずきりと、頭の奥の方が痛む。多少よろけてしまい、それを見た酒井がまたしても驚くと、恐る恐る近付いてきた。
険しくなる表情、夏の日差しのように眩しい光が薄く開いた目の奥からチラついて、言葉に詰まってしまいそうになったけれど、それでもきっとこれは大切な情報なのだと確信が持てた。そうか、そうだ。
思い出したことがある。
……あの場所に行けば、何かあるかもしれない。
◆
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