魔王と魔法使いと失われた記憶
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617: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/12/04(金) 21:55:33.73 ID:bvl3ZNmeO

海が良く見える岩場に、彼は腰掛けていた。ザザァ……と波の音だけが聞こえる。

「エリック、そろそろ時間」

「……もう、か」

潮風が、彼の赤みがかった髪を揺らした。月光に照らされた彼の顔は、普段よりずっと精悍に見える。

「何か変わったことは?」

「いや、何も」

アヴァロン大司教の夜襲に備え、私たちは交替で見張りをしていた。彼が最初で、私が2番目だ。
夜目が利くシェイド君がその次で、最後がデボラさんという順番になっている。

「くれぐれも、無理はするな。多少は場数を踏んだとはいえ、お前1人で戦いは……」

「分かってる。怪しい気配があったら、すぐに家に戻って対応、でしょ?」

「ああ。向こうの人数にも依るが、基本は逃げだ。テルモンの支援を受けられるのは、明日からだからな」

デボラさんとシェイド君が、夕方にテルモン軍と話を付けてくれたのは大きかった。
テルモン軍にも犠牲者がおり、大司教への不信が出始めているという。「少なくとも大司教の確保までは協力しよう」ということらしい。

それでも、ユングヴィの神官兵はまだいる。彼らがどれだけいるのかは知らないけど、一気に来られたら厳しい状況には変わりないのだ。

「そうね。じゃあ、あとは私に任せて。まだ疲れ、抜けてないんでしょ?」

「いや……少し俺も残る」

「え」

「嫌か?」

私はブンブンと首を振った。嫌なはずがない。ただ、予想だにしなかっただけだ。

ポンポン、と彼が岩場を叩いた。ここに座れ、ということみたい。

「……いいの?」

「そこにずっと突っ立ってるつもりか?」

私はおずおずと座った。何か、心臓の音がうるさい。

エリックは何も話さず、私の方も見ずに月をじっと見ている。警戒はまだ解いてないみたいだけど、何か話してくれればいいのに。
私はというと、会話のきっかけを掴めずにいた。エリックは、何のために残ったんだろう?



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