魔王と魔法使いと失われた記憶
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316: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/09/28(月) 19:57:55.52 ID:YA6smyVZO
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部屋は少し埃っぽいけど、掃除したお陰でそこそこ清潔にはなっていた。私は軽くお風呂で汗を流した後、寝間着に着替える。
昨晩のことがあってから身体を洗ってなかったから、随分さっぱりした。

魔王はというと、本を読み漁っているようだった。

「魔術書?」

「ああ。明日からジャックの指導が始まる。準備だけはしておかんとな。ああ、これがお前の分だ。今晩じゃなくてもいいから、少し読んでおけ」

「あ、ありがとう……これって?」

「『マナの持続的運用法』についてのジャックの論文だ。昔のことを『思い出させる』には、不可欠だからな」

魔王は物凄い勢いでパラパラと本を読んでいる。こうしてみると、やはり彼はただ者じゃないと思う。
しかし、表情には余裕がない。というか、いつもそうだ。今日は特にそうかもしれない。

「もう遅いから、明日にしたら?それに、身体もまだ洗ってないでしょ?」

「明日朝入るからいい」

……何だか、少し不安になってきた。彼は、余りに自分を追い立て過ぎている。

「ねえ、一つ聞いていい?」

「何だ」

「あなたって、趣味とかってないの?」

「……ないな。旨いものを食うのは嫌いではないが、楽しみというほどでもない」

「本当に?」

「……何が言いたい」

魔王が紙を捲る手を止めた。

「……何かに焦っている気がして。あなたが楽しそうにしているのを、見たことがないもの」

「……それのどこが悪いっ」

「……前に、全てが終わったらどうするつもりなのか訊いたことがあるわよね。そして、あなたは『分からない』って。
私には20年前にサンタヴィラで何があったか『まだ』分からない。でも、あなたがそれを知りたがっているのは知ってる。自分を含めた、全てを犠牲にしてでも」


バンッッ!!!


大きな音に、私はビクッとした。魔王が魔術書を机に叩きつけたのだ。

「お前に何が分かるっっ!!!」

「……だから、分からないの。でも、何があなたをそこまで追い込んでいるのかは知りたい。
……あなたが悪い人じゃないのは、いい加減分かってる。何度も命も救われたわ。
でも、あなたは……何か『大義』のために自分を殺してる気がする。見てて、辛くなるの」

魔王が怒りの余り震えているのが分かった。ランプの灯りに照らされた彼の顔色は、まるで御伽噺の鬼神のように真っ赤だ。
一瞬、彼が飛び掛かろうとしたように思えた。私は刹那、目をつぶって身を屈める。


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