169: ◆Try7rHwMFw[saga]
2020/08/30(日) 20:50:06.51 ID:GOi8ToA6O
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「ん、戻ったか」
モグモグとシロップ漬けのパイ「バクラバ」を食べながら、魔王が言った。ベッド横のテーブルには、コーヒーと思われる琥珀色の液体が入っている大きめのカップがある。
「随分元気そうね」
「まあかなり寝たからな。んぐっ、お前も食うか」
「……じゃあ一つ」
パイをつまんで口に放り込むと、途轍もない甘さの中に濃いナッツの香りがした。モリブスの料理はとにかく味が濃いのだけど、お菓子もその例外じゃない。
砂糖抜きのコーヒーで口の中を洗いながら食べると美味しいのだけど、単独ではいかんせんくどい。
私がカップに手をやると、魔王が少しムッとした様子になった。
「俺のも残せ」
「もちろん。あむっ……クドラクの正体、あなたの言う通りみたい」
「ファリス・エストラーダか。やはりな」
魔王はふん、と得意気に鼻を鳴らす。私はエストラーダ候とのやり取りと、ジャックさんから「遺物」について聞いたことを告げた。
「……で、施術は明日の予定。ずずっ……多分、今晩クドラクは襲ってくるんじゃないかって」
「迎撃か。策は」
「ジャックさんは、あなたなら自分と同じ結論に達するだろうって言ってたけど」
魔王はまた「バクラバ」をつまんだ。視界にネズミや猫は……いないみたいだ。
「……『アレ』を使え、か」
「それって……前に言ってた『切り札』?」
「いや、それとは違う。あれよりも自分への負担は軽いが、周辺への被害が大きいのは同じだ。
それでもかなり確実に深手は与える。相手の姿が見えないなら、これぐらいしか手がない」
魔王が耳打ちした。……そんな技があるの??
でも、確かにこれなら姿が見えようが見えまいが関係ない。何故なら「避けられない」から。
「デボラたちには、後で説明する。綿密な下準備が必要だからな。そして、ここで重要なのは……『囮』だ」
「まさか、私が囮に?」
「お前しかいるまい。あのエルフにも協力して貰うがな。もちろん、安全は極力確保する」
そう、魔王の策は囮を必要とする。そして誘き寄せた先に……魔王がいる。
「ちょっと待って。ファリスさんがクドラクだとしても……『遺物』のせいだとしたら、救えるかもしれないじゃない?」
「馬鹿か??」と罵られるものだと思っていた。しかし、彼の言葉は予想外のものだった。
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