2: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2020/03/16(月) 23:48:23.87 ID:IE5PJN5R0
〇
一日を終えるための準備の一切を終わらせた私は、自室のベッドへ腰かけ、ぼうっとする。
壁に掛かっている時計を見やれば、長針と短針が縦に一本線を引いていた。
もうこんな時間か、とぼそりと呟いて、立ち上がる。
そこではたとあることを思い出した。
撮影のお仕事終わりで立ち寄った事務所で、謎の小さな紙袋を渡されていたのだった。
あれ、なんだったんだろう。
疲れていたこともあって、詳細を聞かないまま事務員の方から受け取ってそのままにしていた。
その事務員さんが言うには、私のプロデューサーから渡すよう言付かったらしいのだけれど、そのプロデューサーからはあいにく何も聞いていない。
鞄を開けて、例の紙袋を取り出して机上へ置く。
よく見れば、洒落た紙袋で、中身についても丁寧なラッピングが施されていた。
そのラッピングを破ってしまわないように綺麗に剥がしていくと、どうやら内容物は手作りのお菓子らしかった。
あ、これ。
この段になって、やっと気が付いた。
慌てて携帯電話の画面を点灯させる。
そこには、でかでかと三月十四日の文字が表示されていた。
やってしまった。
はぁ、と小さくため息を吐いて、お菓子が収められている小箱を胸に抱きかかえる形で、ベッドへと倒れ込んだ。
すぐに何か確認して、そしてお礼のメッセージなり、電話なり、できたのに。
こんな時間では迷惑となってしまう。
どうにもならないことではあるが、やはり後悔してしまう。
二度目となるため息を吐いて、上体を起こし、箱を開けた。
箱の中にはこれまた丁寧にたくさんのクッキーが並んでいて、ひとつひとつ別の凝ったアイシングで彩られていた。
形だけでも十種類以上、それもひとつひとつアイシングを施すとなれば、それなりにお菓子を作ってきた私でさえ、かなり手間である。
努力が一目でわかった。
それだけに、今日中にお礼を言えなかったことがいっそう悔やまれた。
しかし、いつまでもくよくよしていては仕方がない。
気持ちを切り替え、私は箱から一番オーソドックスなまんまるのクッキーをつまむ。
小さくひとくちかじれば、口の中に優しい甘さが広がった。
しつこさが残らない。
贔屓目なしで、かなりの出来栄えだった。
「おいし……」
胸の内に留めたつもりが漏れ出てしまった声は、紛れもない本心からのもので、次いで手の中の半分になった残りのクッキーを口へと放り込んだ。
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