白雪千夜「私の魔法使い」
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104:27/27  ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 21:34:29.27 ID:ldlfMP+C0
 そこにいたのが求めていた人物ではなかったからか、とっくに涸らしていただろう涙の跡にまた雫が流れていく。頬をつたった涙が2つのネックレスへとこぼれていく。

「…………。お前がここに来たということは……お嬢さまはもう、戻ってこないのですね?」

 掠れ切った千夜の声が胸に深く突き刺さる。憔悴しきった目の前の少女が、昨日あれだけのLIVEをこなしたアイドルとは到底思えない。

 千夜はちとせがいなくなったことだけは理解しているらしい。そして、それの証左となったのがプロデューサーの到来、そのような口ぶりだ。ちとせはどんな手紙を書き残したのだろう。

 プロデューサーはどう返したものか言葉に詰まる。目を離した隙に消えた、なんて本気で信じる人間はいない。ただの人間であれば、だが。

「……そうだ。ちとせはもう、帰ってこない」

「…………どうして、ですか」

「俺だって聞きたいよ。でも」

「どうして私に、何も言ってくれずに……。私はまだ、あの人に何も……」

 嗚咽を漏らす千夜に近寄り、どうするべきか迷ってから、そばに座り込んで頭を撫でてやることにした。

 それが発端となり、千夜はプロデューサーの胸元を頭で埋めると、両腕でしがみついて声を上げて泣き始める。

 残された僅かな温もりをどこへも行かせまいと込められた力は、千夜の細腕のどこにあったのか。涸れ果てているだろう涙がとめどなく流れることは無かったが、千夜はそれでも泣き続けた。

 夢を見せた結果がこれなのか。千夜が泣きやむまでの間、何度も繰り返してきた自責を再び繰り返す。

 ……悪夢でしかないなら、この夢は今にでも覚めなければならない。

 魔法使いと呼んでくれた2人の少女のためにも、プロデューサーは千夜を離し、代わりにある物を取り出す。

「これな、動き出しちゃったんだ。千夜の手で止めてくれないか?」

「……?」

「頼む……。俺が千夜に掛けてやれる、最後の魔法だから」

 千夜の頭で取り出せなかった、懐の懐中時計を千夜に持たせる。こんなものをどうするのかと問われる前に、魔法という言葉を口にして。

 仕掛けを教え、回ってしまった針を逆に回転させていく。動き出してから1日と数時間は過ぎているので、長針が12時を3回まわったところで止めさせた。

「あとはここを押せば……夢は覚める」

「……夢?」

「悪い夢からは、覚めなきゃな」

 戸惑う千夜の手に自分の手を重ねたプロデューサーは、そのままある部分を押し込ませる。

 刹那、ステージ上のライトにも匹敵する眩い光が辺りを包み込み、全てを白が飲み込んだ。

 千夜に夢を見せるきっかけとなった、あの瞬間まで時を遡る。この行為を人は魔法と呼ぶかもしれない。これを行使する者もまた、魔法使いと呼ぶのだろう。

 形は違えど、魔法使いと呼んでくれた少女のために、プロデューサーは再び過去に戻ってやり直す。絶望を希望へと変えるために許された、己が使える唯一の魔法をもって。

 そうして意識すらも白に飲み込まれていく中、遠くで千夜の呼び声が、聞こえてきたように感じた。






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