9: ◆ty.IaxZULXr/[saga]
2020/01/24(金) 21:16:56.19 ID:W4W9+UtG0
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学生寮・2号館・343号室
食後のデザートはレアチーズケーキだった。レモンが効いていて、お口直しには適した爽やかな味。かな子が淹れてくれたコーヒーとも合う。とても美味しいけれど、半分は多いと思うの。美味しそうにケーキを頬張るかな子に、それは言えないけどね。
甘い物で少し口が緩んだのかしら、帰省の話になってしまっていた。私のことはかな子が話してくれたらね……なんて言ったから、私は話す羽目になった。かな子の家についてはよくわかったわ。穏やかな父親、料理上手の母親、学園にいるお金持ちとは違って平凡な家庭。そんな家庭で育った娘は優しくのんびりとした性格になった。ここに進学してくれて、両親は安心したでしょうね。悪い友達も変な虫もつかないし、卒業後の進路は保障されてるから。もちろん、かな子がそんなことは言ったわけではないけど。
「別に普通よ」勿体ぶったのに、私の話は平凡極まりない。ミステリアスに見せたくて秘密を作るのか、自分が矮小で平凡な存在と思われるのが怖いのか……それとも、ただの虚言癖が染み付いただけなのか、私のことだけれど私にはわからない。東京生まれ、東京育ち、普通の父親、普通の母親、普通の学校に通い、普通の常識を持っていて、普通の価値観で暮らしてる。父と母は大学内なら美男美女のカップルだったそうだけれど、容姿でお金を稼げるほどではなかった。私は転校前の高校で問題を起こしたわけでもなくて、そうだったらこの学園に転入できるわけないけど、転校後も特に問題は起こしていない。
そんな速水奏についての話を、かな子はうんうん頷きながら聞いていた。
「奏さん、想像と違うからびっくりしました」
「そう、意外だったかしら?」私の返答に対して、かな子はほほ笑んだ。かな子は嘘をついている。嘘つきは、嘘をつかない人間の下手な嘘を見抜くのは得意なの。かな子の想像通り、私は普通の高校生。他人に指摘されるのは癪に障るけれど、かな子に見抜かれる分にはいいかしら。
「でも、難しいですね」
「難しい……何のことかしら?」
「奏さんのご両親が芸能人とかなら、簡単な解決方法があったかも」
「……そうね」特殊な家庭で不変な愛を求める主人公は、ここにはない。私は、暴力や貧困などの問題のない家族で、普通の思春期の悩みを抱えている。原因は曖昧で、時間が解決してくれそうな気もする、珍しくもない、複雑でもない、世界中のどこにでもある難しい問題を。
「奏さん、コーヒーのお替りはいかがですか?」
「ありがとう。いただくわ」かな子は既にケーキを食べ終えていた。私のケーキはまだ半分以上残っていた。
「かな子、私の分のケーキも食べるかしら?」表情が和らいだ。でも、少しお腹を気にした。あら、気にするほどではないのに。
「それじゃあ、いただきます♪」
「ええ。どうぞ」この学園の良い所は、間接キスに抵抗がないことだと思うわ。キスも気軽にできればいいのに。かな子の頬はいつ見ても柔らかそう。
「奏さん、口に何かついてます?」
「いいえ。そんなことないわ」文化の違いをわきまえるくらい、普通の常識はあるの。
会話はいつの間にか、かな子のクラスメイトについての話題に移っていた。少しだけさらけ出して気分は軽くなった。それが、かな子の狙いだったかはわからない。意図はわからないけれど、良かった。きっと、1人だったらムダなことを考えてしまうから。
レアチーズケーキはなくなってしまった。かな子が気にするようだったら、ランニングに付き合ってあげようかしら。走るのはキライじゃないもの。
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