渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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34: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:46:48.65 ID:clFucneV0



それからは、結果から言えば、何もなかった。

特に旧知の誰かと出会うこともなければ、新しい発見があるわけでもない。

ただただ、ああこの道よく歩いたなぁだとか、ここのコンビニでよくお菓子を買ってもらったっけだとか、思い出すのはそんな他愛もないことばかりだ。

そして、それが何より私を苛んだ。

それらの思い出の中には当たり前のような顔をして、彼がいつもいる。

今はいない。

その違いが、酷く私を寂しくさせた。

しかし、くよくよしてばかりもいられない。

かつて彼とよく行ったレストランで昼食を摂ってから再び歩き始めた。

景色を眺めつつも、すれ違う人であったり反対側の道を歩く人をつぶさに確認しているとスーツ姿の男性にいちいちどきりとしてしまうからよくない。

よくないとは思いつつも、背格好まで似ていたならば確認せずにはいられず、前方を歩くスーツ姿の男性を早歩きで追い越して、タイミングを見て軽く振り返る。

違ったか。

何十回目かの落胆。

まだまだこれから、と大きめに深呼吸をして踏み出す。

そんなとき、ついさっき私が確認したスーツ姿の男性がこちらへ近づいてきていた。

「あれ? 凛ちゃんじゃない?」

呼びかけられた方向へ首をひねって、しっかりと相手の顔を確認してみる。

誰だったろうか。

もしかして、ファンの方かな。

くるくると脳内のフォルダを漁ってみるも、すぐには出てこない。

だが、なんとなく見覚えがあるので、どこかで会ったことはあるのだろう、とも思う。

「やっぱり凛ちゃんだ」

私の正面に立って、嬉しそうな顔を見せる男性。

その段になってようやく、名前が出てきた。

部署や詳細な役職などは失念してしまったけれど、テレビ局の偉い人、だったはずだ。

「あっ。お久しぶりです」

当たり障りのない返事をして、相手の出方を待つ。

「奇遇だねぇ。凛ちゃんには一回会ってお礼が言いたかったんだけど、そんな機会なくてさー」

「お礼?」

「うん。引退したあとも、わざわざ挨拶を送ってくれたり、いろいろしてくれたじゃない?」

そうして並べ立てられた私がやったらしいことの数々は、何一つ、身に覚えがなかった。

引退後はかなり慌ただしかったし、様々なことに追われて、そんなことをしている余裕はなかったと記憶している。

けれども、私の名義でそういったことがあったというのであれば、そんなことをするのはおそらく一人しかいない。

きっと私に代わって、周囲への気配りなんかもプロデューサーがやっていてくれたのだ。

もちろん事務所として、というのはあるだろう。

私が引退したあともテレビ局とは関係を続けていく必要があるし、影響が及ぶのは私個人に限定された話ではない。

だから、彼がしたことは彼の業務の範囲内であるとも言えるのであろうし、私が特別に感謝の念を抱く必要はあまりないのかもしれない。

だが、そういったやりとりの全てを、私の手柄にしてしまっているのが、なんとも彼らしくて、相変わらず、ずるい。

そんなことを知る由もないテレビ局の人は私のことを褒めちぎり、ひとしきり話すと満足したのか「でも、元気そうで何よりだよ! また復帰するならウチで独占特番組ませてよ。ダハハ! それじゃ」と言って去っていった。



残された私は、ただ空を仰いで「勝てないなぁ」と呟くのだった。



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