渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」
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15: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/12/08(日) 21:10:10.36 ID:clFucneV0

 リビングでは母がソファに腰かけて「お昼、何がいい?」と聞いてくるので「おいしいの」と返す。

「おいしくない方が珍しいでしょう?」

「うん。だから、なんでもいいよ、ってこと」

「なら最初からそう言ってくれたらいいじゃない」

「なんでもいい、って言い方はあんまり良い気しないかな、って」

「案外、難しい質問なのかもしれないわね」

くすりとほほ笑んで母は立ち上がる。

実際、この手の質問は難問だと思う。

冷蔵庫にどんな食材があって、どの程度の手間なら快く受けてくれるかなど、そういうことまで考えだせばキリがない。

「ああ、そうそう。昨日あったこと、今聞かせて頂戴」

 忘れていなかったか、と若干の苦い笑みを浮かべつつ頷いて、キッチンに立ちエプロンを身に着けている母へと、私は向き直る。

「んー、と。昨日は学校が終わって、普通に友達とカラオケに行ったのは知ってるでしょ?」

「ええ。だから、お散歩お願いって連絡あったのは覚えてるわ」

「それで、カラオケに行って、フリータイムの時間いっぱいまでいて、そろそろ帰ろうかってなってお店を出て、友達ともそこでバイバイしたんだけど」

「うん」

「帰りにちょっとしたトラブルがあって……あ。ちょっと待ってて」

話を一方的に打ち切り、ばたばたと階段を駆け上って、自室の机上から一枚の紙を、昨日プロデューサーを名乗るあの男からもらった名刺を取って、再び階段を駆け下りる。

「これ、見て欲しいんだけど」
「名刺? 芸能プロダクションのプロデューサーさんのをどうして凛が?」
「実は帰り道で、スカウトされて。それでちょっと話を聞いてたら遅くなっちゃって、それでなんか気疲れしちゃってさ、家に帰ってお風呂入ったら電池が切れたみたいに寝ちゃったんだよね」
「それで、今朝はお寝坊だったわけね」

ふぅん、と声を漏らし手渡した名刺をまじまじと眺める母の様子を窺う。

大丈夫、何も嘘はついていない。

例の事件を隠すことは胸がちくりと痛んだけれど、終わったことであるし、話したところで余計な心配を招くだけなのは目に見えているから、これが最善だろう。

「それで、凛はどうするの? スカウト」

「えっ。ああ、断ったよ。その場で、きっぱりね」

「……なんだ。てっきり、アイドルになろうと思う、だなんて相談されると思って構えちゃったじゃない」

「まさか。だって、私だよ? そんなの柄じゃないってば」

「えー? そうかしら? 結構良いセン行くと思うんだけどなぁ」

「自分の娘だから、贔屓目で見ちゃうだけだよ」

「そうかなぁ? ……まぁ、でも、そういうことなら安心したわ」

「うん。でも、もう二度とないだろうね。アイドルにスカウトされるなんて」

「そう考えたら貴重な経験だったと捉えることもできるわね」

「そうかも。ふふっ」



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