47:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:27:22.86 ID:PR8wYl2Go
それでも、少ししょんぼりしている唯先輩を見ていたら、いてもたってもいられませんでした。
「……きっと唯先輩はまだチャンスが来てないだけです。前に進みたいと思う、その気持ち一つだけで十分素晴らしいです!」
少なくとも、時間に背中を押されて、ただ転ばないように前へ足を出しているだけの私なんかより、ずっと、ずっと……
「……あずにゃん、ありがとっ!」
「ぎゃふっ!?」
48:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:32:40.97 ID:PR8wYl2Go
「もう、離してくださいってばぁ」
「ダメだよあずにゃ〜ん。花火が始まるまでだよっ」
そう言うや否や、どこかのスピーカーからざらざらした女の人の声が、後五分で花火が上がることを告げに来ました。
「あずにゃん、もうすぐ花火が上がるって!」
パッと唯先輩の身体が離れました。
49:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:34:04.94 ID:PR8wYl2Go
花火のしらせはやがて群衆のざわめきに変わり、それが最高潮になった瞬間、一つの大きな花にまとまり、ドンとお腹に響く音と共に空へ打ち上げられました。赤や黄色、緑や青、めいめいの花が咲いては消え、でも夜空を空白のままにしないよう、次々連なって昇っていきました。
時には二つの輪が半分以上重なり合い、混じって派手な円模様と、多色混合の彩り豊かな火花が散り、かと思えば次の瞬間、二輪はどんどん離れて行き、ついには壁でも出来てしまったかのように、妙な距離が出来てしまいました。
あぁ、もっと近づけたなら鮮やかな景色になるのに。寄せては返す花火の距離がもどかしくて、もっと、もっと右に行けたなら……。と思いながら、くい、くいと身体を右に傾けていたら、こつん、と右手が何かにぶつかってしまいました。何が当たったんだろうと右を向いた時、唯先輩と目が合いました。
50:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:35:47.46 ID:PR8wYl2Go
「あっ、ごめんなさい唯先輩」邪魔をしちゃったな、とすぐ悟りました。
そう言うと、唯先輩はくしゃっと顔を崩して、さりげなく、まるでさっきからそこにあったかのように、自分の左手を、私の右手の中へ滑り込ませていきました。
「これなら邪魔にならないよっ」
無垢な笑顔で私にそう言いました。
私は返事代わりに、うつむくように頷いただけでした。
51:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:36:56.40 ID:PR8wYl2Go
それでも唯先輩は満足げに笑って、再び夜空に目をやりました。私もつられて顔を上げると、右腕にとん、と唯先輩の肩がもたれかかってきました。
「あずにゃん」
そう呼びかけられなかったら、私はまた横を向いて、何をしてるんですか!? なんて身構えたかもしれません。ただ、そんないつも通りを過ごすには、唯先輩の仕草が、私に語りかける、真剣な響き故に小さくなってしまった声が、それが私にしか聞こえない奇跡みたいな状況が、あまりに特別過ぎました。
52:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:37:35.07 ID:PR8wYl2Go
「……どうしましたか、唯先輩」
空を見上げたままそう尋ねました。
「あずにゃん、私、やりたいことを見つけたよ」
ほら、こうして良かった。その一言に思わず強張った横顔は、花火が昇る今ならきっと、唯先輩に見えていないでしょう。
53:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:38:55.54 ID:PR8wYl2Go
「私、ここに戻って来て、あずにゃんとこうやって一緒に夏祭りを楽しんで、ちょっと分かった気がするんだ。変わらなかったのは、やりたいことをもう既に見つけてるからじゃないのかな、って。でもそれを始める引き金が、まだ私に無かっただけなんじゃないかのかなって。あずにゃん。私はもっとギターをやりたい! 放課後ティータイムとしてだけじゃなくて、もっと、もっと!」
どどどん、と一段大きな音がしました。でも、その花火がどれだけ立派だったのか、私は知る由もありませんでした。だって……
54:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:40:16.53 ID:PR8wYl2Go
「だからあずにゃん! 大学生になったら、私と二人で、一緒にギターをしてください!」
その瞬間、唯先輩は私の手を両手に包んで、まるで告白まがいなことを大真面目に言うのですから……
55:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:42:54.69 ID:PR8wYl2Go
「な、なな、何をいきなり言うんですかぁ!?」
突然の途方もない誘いを受け入れられる度量も無く、とうとう我慢できず悪い癖が出てしまいました。でも、
「…………唯、先輩……」
慌てふためいた拍子に揺れた身体も、唯先輩にがっちりと包まれた右手だけは微動だにしませんでした。
「あずにゃん、お願い……」
56:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:44:12.41 ID:PR8wYl2Go
「……もう、唯先輩は勝手です。私の都合なんて知らんぷりであずにゃんあずにゃん、って……」
「あぅ……」
唯先輩の両手がびくっと引っ込んだ気がしました。違う、こんなのが私の気持ちじゃないのに……。唯先輩が勝手なら、私だってよっぽどワガママだ。
……でも、同じワガママなら、背伸びでも屈みでもして唯先輩と目線を合わせることだって出来るはずだ。
私は息を一つ吸って、言いました。
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