30:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:54:11.90 ID:PR8wYl2Go
「あっ、ムギ〜! 唯と梓も!」
一息ついた所で景色が開けると、偶然にも、眼前に律先輩が現れました。
「なんだ、結局放課後ティータイムは一つに集まる運命なんだな」
「運命だなんてっ……。りっちゃんロマンティック〜」
「はは、澪の癖があたしにも移っちゃったみたい……」
31:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:55:39.28 ID:PR8wYl2Go
「そういえば澪ちゃんは?」
「あぁ、澪なら……」
そこで言葉を切り、後ろの方を指さします。澪先輩は、屋台をじっと睨んだまま、何かを投げるようなポージングで固まっていました。実際何かを手に持っているようで、それは……
「あれ、輪投げですか?」
「そっ。だるま落としの方が簡単だって言ったのに、だるまが落ちんのは演技が悪いって聞かなくて」
32:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:56:46.99 ID:PR8wYl2Go
そう言ってる内に、澪先輩がさっと手首をスナップさせました。輪っかは手を離れ、屋台の陰に隠れその所在は知れぬ所となりましたが、澪先輩の強張った表情が解けたと思うと次にはがっくりとうなだれて、
「外したな」
「外したね」
「そんなに欲しい物があったのかしら」
「財布と電話を出さないでくださいムギ先輩」
33:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:58:01.42 ID:PR8wYl2Go
「律ぅ……輪っかは完全に入ってなくちゃダメだってぇ……」
「あー、私もそれで神のカード貰えなかったなぁ」
帰って来た澪先輩は、律先輩の肩にしがみついてそうぼやきます。一方の律先輩はそんな澪先輩の頭を優しく叩いてあげていて……あれ、あれ。
「あの二人、あんなに距離近かったですっけ……」
「……隠すつもりもないみたいだし、もう言った方がいいよね」
34:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 22:59:22.09 ID:PR8wYl2Go
「もうすぐ花火だって! 折角だから五人で見ようぜ!」
澪のお礼参りと行くか〜! という鶴の一声で始まった屋台巡りも一通り堪能した後、またまた律先輩の鶴の一声で、花火の見える場所まで移動することになりました。前列の唯先輩達の会話を手持ちぶさたに聞いていたら、
「ぶつ、ぶつ……」
「み、澪先輩……?」
一緒に後ろを歩いていた澪先輩が心なしか、いや明らかにどんよりした様相で歩いていました。
35:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:01:31.14 ID:PR8wYl2Go
「あぁ、梓。いや、皆とこうしてまた集まれたのは嬉しいんだけど、今年こそ律と二人で夏祭りに行こうって意気込んでたから、ちょっと複雑な気持ちで……」
苦笑いをする澪先輩の気持ちが何となく分かるような気がしました。それと同時に、とても意外な気がしました。
私の知る澪先輩は、こうやって心にひっかかるような、何となく分かる微妙な気持ちを、自然な会話の流れで口に出来るような人ではなかったはずです。
36:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:04:21.48 ID:PR8wYl2Go
「澪先輩は、大学生になってから変わりましたね」
「そ、そうかな?」
「そうですよ」ふとさっきのやり取りを思い出して、「特に律先輩関係は、前よりずっと積極的じゃないですか。何かあったんですか?」
「!? べ、別に何もない! 何もないぞ!」
慌てて手を振って否定する澪先輩でしたが、何か思い直したように、照れくさそうに頬をかきました。
37:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:06:06.72 ID:PR8wYl2Go
「……というより、十年一緒にいた今までが変わらなさすぎたんだよ」
紅潮しきった頬を掌で押えて、澪先輩は続けます。
「でも勢いとはいえ、変えるきっかけが出来た。そのチャンスを逃したくなくてさ、もう少し自然に近づいてみよう、素直になれるよう頑張ってみようって思って」
最近までは凄く恥ずかしかったけどね。とおずおず付け加えます。
「……皆、新しい環境になって、変わっているんですね」
38:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:09:21.23 ID:PR8wYl2Go
ムギ先輩も律先輩も、澪先輩も変わっていく。成長。それを喜ぶのは至極当然な感情であるはずなのに、皆が私の知らない所で変わっていく。それがとても寂しくてしょうがない。
いつか皆、葉桜が紅く染まっていくように、私の知らない先輩達となってしまうのでしょうか。あの優しくてほんわかと温かい唯先輩も、もしかしたらきっと……嫌。そんなの、絶対嫌だ……!
39:名無しNIPPER
2019/11/10(日) 23:12:42.70 ID:PR8wYl2Go
身体が震えそうになっていることに気付いて、私は慌てて考えを薙ぎ払いました。よそう、こんなのただの気の迷いだ。一人で考えるから変な穴にハマるんだ。私と澪先輩はよく似ている。変わりたいと思えるきっかけを訊けたら、きっとこんなモヤモヤもすぐ晴れてくれる。
「……澪先輩」そう思うが早いか、言葉のまとまらない内に、私は澪先輩の名前を呼んでいました。
「? どうした?」
「あの、みお、澪先輩は……」
それから先の言葉が舌をつかず、澪先輩は首を傾げて私の言葉を待ちます。
63Res/30.46 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20