神谷奈緒「今はまだよくわからないけれど」
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5: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2019/06/28(金) 06:17:44.88 ID:hRYw497E0



自宅に到着して、玄関で靴を揃え廊下を歩く。キッチンの方向からは、包丁とまな板とが当たって奏でられる軽快な音が届いていた。
今日はなんだろうか、と鼻を利かせてみたが、まだ何か特定できるほど調理は進んでいないらしい。

洗面所で手を洗い、ついでにスクールバッグから体操服を出して洗濯機へと押し込んでリビングへと向かった。

「ただいまー」

「あら、おかえり。今日はアイドルないの」

アイドルとなったときも散々説明したはずであるが、未だ母はアイドルという存在をそこまで理解していないらしく、部活か何かのような口ぶりだ。

「うん。……って昨日言ったけど」

「そうだったっけ」

「まぁいいや、それでさ、ちょっと話があって」

「……大事な話?」

「んーまぁ、そんなところ」

「なら、これだけ作っちゃうから着替えて、リビングで待ってなさい」

はーい、と返事をして、言われるがままに自室へ行き、やや雑に鞄を床へと降ろす。
そして鞄の中から一枚の紙を、進路希望調査を取り出した。

着替えを済ませて再びリビングへと戻ると、エプロン姿の母が待っていてくれた。

ちらりと母の視線が、あたしの手元のプリントに移るのを感じて、どきりとする。

なんて言われるだろうか。このままアイドルを続けることを母はどう思っているのだろうか。
果たしてアイドルでいることをいつまで母は許してくれるのだろうか。
そんな心配が、ぐるぐると回る。

母が腰掛けているソファの隣にアタシも腰を降ろし、母の顔を見る。

すぅ、と息を吸い込んで、心の中で「よし」と呟いた。

「あの……さ、今日学校でこれ渡されて」

おずおずと母に、進路希望調査を差し出す。

母はそれを受け取ると、軽く眺めた上で「それでどうしたの」と言った。

「いや、どうした、っつーか。お母さん的に、どうなのかな、って」

「これは奈緒の進路の希望を調査するものでしょう? お母さんのじゃなくて」

「そうなんだけど……ほら、その、あたしはアイドルやってるわけだろ? それで……どっちも中途半端になっちゃうのは嫌だし……みたいな」

「つまり、大学に行くかどうかっていう話?」

「まぁ、悩んでるのはそういうことになる……のかなぁ」

「アンタ、そもそもいつまでアイドルするつもりなの?」

「それは……わかんねーけどさ……」

「今は楽しいばっかりなのかもしれないけど、それで一生食べていけるって保証はないのよ?」

「……わかってるけど」

「それにね。進学するにしても、しないにしても、準備ができるのは今だけだからね。来年になってから慌てても遅いのよ」

「………………うん」

「だからお母さんが言えるのは、それだけ。答えはアンタが出しなさい」

「…………」

「いいわね?」

「……うん」

「そ。じゃあ、お母さんは夕ご飯作っちゃうから」

ソファから立ち上がり、キッチンへと戻って行く母の後ろ姿を見送る。

友人との会話で少しは楽になったと思っていたものにもう一度牙を剥かれ、自身の認識の甘さを痛感する。

これが芸能界に対する一般の人の意見である、ということを噛みしめると共に、自身のいる世界の不安定さを思い知らされたのだった。



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