1: ◆WXIE0KHOPc
2019/06/11(火) 23:09:03.69 ID:17uvMvXx0
地の文ありです。
よろしくお願いします。
SSWiki : ss.vip2ch.com
2: ◆WXIE0KHOPc[sage saga]
2019/06/11(火) 23:12:32.40 ID:17uvMvXx0
「それじゃあ……いってきます」
「いってらっしゃい。短い時間だろうけど、大切にね」
前日までの緊張感が嘘のように今朝のホテルは静まり返っていた。昨夜のライブの熱気も感じられない
3: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:14:50.58 ID:17uvMvXx0
・・・・・・
ひとり電車に揺られていると東京へ行った日のことを思い出す
あのときは緊張と不安でいっぱいで何もかも怖くてしかたなかった
4: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:16:03.25 ID:17uvMvXx0
すこし前までよく見慣れた景色はどこも変わっていないはずなのに、なぜだかずっと小さく思えた
感慨とちょっぴりの寂しさを覚えながら辺りを見渡す。――駅まで車で迎えにきてくれる約束だった
路上に停められている車はたった一台。すぐに見つけられた
あの頃は毎日目にしていたけれど、乗ったことはほとんどなかった気がする
5: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:24:28.66 ID:17uvMvXx0
「ただいまっ」
車に乗り込んだときと同じ言葉で玄関に一歩足を踏み入れる
漂う香りは変わりなくて懐かしい心地がした
ごくありふれた2階建ての一軒家
6: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:26:10.24 ID:17uvMvXx0
車の中で会話はあまりできなかった
お父さんからは、お母さんはご飯の準備をしているとか、何時に帰らないといけないのかとか、それくらい
私もそれに相槌をうつだけで
もともと寡黙な人なのだ。私もお仕事でいろんな男の人と話すようになったけど、一対一ではまだ緊張してしまう
それがお父さんだと……なおさら
7: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:27:44.08 ID:17uvMvXx0
真っ先にお母さんに顔を見せたくてキッチンへ
お母さんはサラダを盛り付けているところだった
料理のほうはもうほとんど完成しているようで、火にかけられた鍋からはみりんの甘い香りがする
「何か手伝えることある?」
8: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:28:37.95 ID:17uvMvXx0
2階にある私の部屋は、寮へ送った小物がないくらいで、ベッドも、勉強机も、家を出たときとなにも変わっていなかった
なのに前より広々としているように感じたのは、たぶん寮の部屋より広いからってだけじゃない
綺麗に整頓された部屋はなにか大切なものがぽっかり抜け落ちてしまっているかのような、そんな気がした
そこでふと私はベッドの横にひとつ真新しい本棚が増えていることに気づいた
9: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:30:39.42 ID:17uvMvXx0
「どうしたんだろう……これ。――!」
本棚には私のCDやコラムを連載している雑誌、
それに数冊のスクラップブックがしまわれていた
スクラップブックを開くと、そこにはインタビュー記事の切り抜きが貼られていた
10: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:31:52.83 ID:17uvMvXx0
「智絵里、出来たわよ……ってどうしたの床に座り込んで」
お母さんの声で顔をあげる
「あっ、うん。ちょっとね」
11: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:33:26.77 ID:17uvMvXx0
スクラップブックを大切に抱えリビングへおりる
肉じゃが、レタスとミニトマトのサラダ、ご飯、お味噌汁
テーブルには料理が並べられお父さんがひとり静かに座って待っていた
背筋をピンと張った佇まいはポージングの参考にしたいくらいだ
お母さんがお父さんの隣に、私はお母さんの向かいに座る
12: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:36:06.57 ID:17uvMvXx0
「向こうではちゃんと食べてるのか?」
「うん。寮のご飯はおいしいし、よくお友達が手料理を作ってくれるの」
そんな他愛のない会話ひとつひとつが嬉しい
13: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:37:22.75 ID:17uvMvXx0
「ときどきみんなでお料理したり、お菓子作りしたり。それにね、お菓子を作ったときはいっしょにコーヒーを淹れてくれる子もいるの。私と同い年なのにすごいよね──お母さん、どうしたの?」
「ううん。智絵里がそんな風に話すなんて、お母さんちょっと驚いちゃって」
「あっその、ごめんなさい……」
14: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:38:46.13 ID:17uvMvXx0
「お母さん、もうひとつ準備したものがあるの。ちょっと待ってて」
そう言ってお母さんが席を立つ
リビングにはお父さんと私、ふたりきり
勇気を出して声をかける
15: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:44:52.00 ID:17uvMvXx0
「お父さん……これ」
スクラップブックをそっと差し出してみる
お父さんの様子は変わらない
16: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/11(火) 23:54:37.14 ID:17uvMvXx0
「智絵里、お誕生日おめでとう」
大皿を持ってお母さんがリビングに戻ってきた
あれ……この香り……
「バナナケーキなんて本当に久しぶりだったから美味しく作れているかわからないけれど」
17: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/12(水) 00:03:17.99 ID:LuSwVSg00
「やっぱりケーキ屋さんのケーキのほうがよかったかしら」
「ううん。違うの……嬉しくて」
視界が滲んで全身が熱い
18: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/12(水) 00:15:04.37 ID:LuSwVSg00
「あのね、お母さん」
「なあに」
「よかったら、お母さんの料理のレシピを教えてほしいな」
19: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/12(水) 00:16:45.01 ID:LuSwVSg00
「そろそろ時間だな。駅まで送る準備をしてくるよ」
「もうちょっとゆっくりできたらよかったのにね」
「ごめんね。明日からまたお仕事だし、学校もあるから」
20: ◆WXIE0KHOPc[saga]
2019/06/12(水) 00:18:59.71 ID:LuSwVSg00
以上で終わりとなります。
2年前の大阪でのライブを思い返しながら書きました。
智絵里、誕生おめでとう。
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