少女は死ぬまで生きるようです
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12:はみがき
2019/02/10(日) 11:55:45.92 ID:eA0evHgOO
『サーチライトに撫でられるまで』最終話後編


いつまで待っても死の苦痛らしきものはやってこなかった。ゆっくりと目をあける。茜色に染まった死神は、にんまりとした笑みを湛えていた。

「脚……震えてるよ…?そんなんで死にたいなんてよく言えたもんだね」

「……っ…!ひどいよ、百夜……だましたの?」

「まあまあ、落ち着いてよ。殺さないなんて言ってない」

「詩織にとってこの世界が生きづらいのはよく分かったよ。この一日でね。たった一日で、私みたいな馬鹿にでも分かるほど、つらかったんだね」

「だから……だからなんなの…?」

ぼろぼろと涙をこぼしながら私は百夜を睨む。
その悪意を、優しい死神は困ったような笑みで受けとめる。


「生きる意味なんて始めっからないのさ。こんな愚かな人間の生に、価値なんてあるはずがない」


「じゃあ…じゃあなんで…!!?それでも…それでも…!それが神の答えだとしても、それを私は否定する!!!」


「私は、もう、生きたいんだよ…!どうしようもなく、百夜と生きて死にたいんだよ…っ!!命が尽きるまで、この生を全うしたくなっちゃったんだよ…っ!!!!!」

声が掠れる程に叫んだ。近所迷惑なんてどうでもいい。
私の人生より気にすべき事柄なんて、この世には存在しない。
……この死神を除いては。

「……お見事。よくがんばったね」

静かな声で、母親みたいなあたたかさで、彼女はわたしを抱き寄せる。

「本来死神と人間はともに生きていけない。矛盾した存在だからね。」

「……だったら、答えは決まってるよ」
覚悟を決める。覚悟とは、覚悟を決める姿勢のことを言うのかもしれない。

「……私をころして、百夜。そして私は死神になるよ」

「……いいんだね?」

「うん。死んだところで大して悲しむ人も居ないだろうし。それに…」


「百夜と夜を越えられるなら、きっとなにも怖くない。夜に潜む憂鬱も、夜窓に居座る希死念慮も。ロープを結ぶ私自身も。」

「強くなったね…詩織」

「私が強くなったんじゃないよ。百夜が支えてくれただけ」

「照れること言うなー詩織はー。……じゃあ、いくよ…?」

「……うん」

胸元から、何かが抜け落ちる感触がした。
確か死神は魂を奪うんだっけ…。
こんな空っぽな私にも、魂があったんだ……。

薄っすらと消えてゆく意識のなかで、百夜が手を振るのがぼんやりと見えた。何か言っている。

「……た……でね……」


気づけば私は、真っ白なホールに座り込んでいた。

「お、ようやく起きたね」

「百夜…っ…!」

彼女の胸元に顔を埋めたまま、私は泣いた。
涙の出る理由なんてどうでもいいか、と今は思える。
百夜が頭を撫でてくれる。そして耳元で囁く。

「ようこそ、死神の世界へ」

こうして私は、たったの一日だけだけれど、死ぬまで生きた。

生きる意味は見いだせなかったけど、死ぬ意味は見いだせた。

それでもいいか、と思えるこの思考こそが、百夜と出会って得た唯一の宝物なのかもしれない。




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