6: ◆XUWJiU1Fxs
2018/10/31(水) 02:15:06.53 ID:rpP0yHwMo
『ここのところ仕事詰め込んでたんですし、有給使って今日と明日はゆっくりしてきてくださいね。あの子達なら大丈夫ですから』
親父の無事を確認したから帰ろうとしたタイミングで、事務員のちひろさんから状況確認の連絡があった。そのまま戻るつもりでいたのだけど、会社が気を使ってくれたのか夫婦水入らずの時間を過ごしてくださいね、と電話を切られてしまう。
「今日と明日は、こっちでゆっくりしておいでってさ」
「ライブ近いのに大丈夫なのか?」
「仕上げは上々だったから、俺があとできることなんて知れてるしね」
病院を出て小高い丘を登ると青々とした海が一望でき、潮風の香りが懐かしさを呼び起こす。そういや地元に帰ってきたのって奈緒を紹介しに行って以来だっけか。
「何もない街だけど、案内するよ。前に来た時はそれどころじゃなかったもんね」
「あの時はお義父様とお義母様がどんな人かなってビクビクしてたからそんな余裕なかったし、Pさんの仕事もあったからとんぼ返りだったもんね」
両親に合わせる前の奈緒ときたら、今までいくつものオーディションでステージや役を勝ち取って来たはずなのにすっかり萎縮しちゃっていて、まるで小動物のようだった。スマホの履歴には「彼、両親、挨拶」と残っていて例文をドラマの台本のように何度も繰り返して読んで練習していたくらいだ。まぁ、そんな杞憂もいざ2人に会えば消えてしまったようで、奈緒とお袋は割と頻繁にLINEでやり取りをしているんだとか。
「だからさ、こっちに来る時ちょっと不謹慎だけど……楽しみでもあったんだ。Pさんの生まれ育った街にまた来れるんだ、って。仕事のこととか全部忘れて、うんと楽しもうよ」
遠くから聞こえる潮騒に包まれて、カミさんは柔らかな笑みを浮かべる。
「だな」
離してしまわないように、強く手を繋ぐ。群れなして飛ぶカモメたちの鳴き声が波の音に隠れて消えていった。
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