5: ◆U.8lOt6xMsuG[sage]
2018/10/19(金) 00:05:29.67 ID:TYKVB7XU0
◆◇◆
自分が何を言ったのか、1分前のことも曖昧になっていた。きっと、引退時期のことは追々伝えるとか、明日も早いから今日はここまでにしようとか、そういうことを言ったんだと思う。
比奈が会議室からいなくなって始めて、自分が無理をしていたことに気がつく。全身を覆う虚脱感、喪失感。手から砂がこぼれ落ちて、指の間を通っていく感覚。もう、元に戻せないという絶望。喉の奥をキュッと締め付けられる気分になる。
窓の外に目をやる。初夏が近い。空は、まだほんのわずか夕焼けを残していた。
「……」
一人きりになった会議室で、思いふける。
荒木比奈は本来、アイドルになる人間じゃなかった。僕があのとき出会い、スカウトしなければ、きっと今頃彼女は全く違った人生を歩んでいただろう。
アイドル荒木比奈として幕を上げさせ、始めさせたのは自分だ。だから、せめて。幕を引くときは比奈のタイミングで、比奈自身の手で引かせてやりたいと決意していた。
していた、ハズだったのに。結局、そんな決意は仮初めだったんだ。
「……あ」
声が出ない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言えば良いのか分からない。そもそも、この独りぼっちの空間で、何か言っても意味などあるのだろうか
「ああ……」
でも、意味が無くても何かを言わないと、どうにかなりそうだった。おかしくなりそうだった。無意味な「ああ」だけを僕は吐き出していく
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