3: ◆u2ReYOnfZaUs[sage]
2018/08/01(水) 00:46:42.29 ID:Ai+XpKnp0
今の仕事ではもう上がない。
忙しいだけ忙しく、成果がない。
夏に季節外れのコートを買って、それを着るのを楽しみに冬まで生きて、冬には水着を買っている。
道を歩くひとたちは瑞樹を見ると、パッと顔を輝かせた。
川島瑞樹だ。テレビで見るより綺麗だ。
いいなあ。あたしもあんな風になりたいなあ。
だが彼ら、彼女らも、心中でこう思う。
どんなひとと結婚するんだろう。
悪意はない。想像力に乏しいだけだ。
自分達の幸福観を、瑞樹の幸福に結びつけて、それで満足している。
瑞樹は顔を上げて、ファッションビルの大型モニターに映るアイドルを見た。
片桐早苗。
瑞樹と同い年だが、顔立ちは童顔で若々しく、いや、幼げにすら見える。
その顔立ちに反して、身体は背徳的なほど官能的。
まだしばらくは、第一線で活躍するだろう。
だが瑞樹は、無邪気に憧れることはできない。
芸能界の厳しさ、醜さは嫌というほど知っている。その中でも、アイドルが最も苛烈な仕事であることも。
ひとは飽きっぽい生き物だ。
どんなに悲しいこと、どんなに嬉しいことに対しても。
他人のことならば尚更だ。
瑞樹はまだ、今の立場を捨てるのが惜しい。
不満があるとはいえ、それなりに苦労して辿り着いた場所だ。
それに、周囲の負担になりたくない。
“もう28だけど、今からアイドル目指します!”
そんなことをすんなり周りに打ち明けられるほど、今の瑞樹の人生は軽くはない。
瑞樹はしばらく、モニターの奥の煌びやかな世界を見つめた。
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