482: ◆6yAIjHWMyQ[saga]
2019/07/07(日) 03:43:49.47 ID:ByD7gWb6O
さて、一体どのようにかわそうかしら。
実は、私は前の世界であなたに捨てられた艦娘で、この世界であなたにまた出会ってしまったせいで当時のことを思い出して気が滅入っちゃったから無意識にため息が出ちゃったのよ〜、なんておめでたい事は言えないものねぇ。
体から寒さが消えていったのは、屋内に入って冷たい風に肌を触れられなくなったが故に。
けれどこれだけでは暑熱の気に当てられたかのように段々と体が熱くなっていく理由として弱いわ。
知恵を絞るために脳血流量を増やそうとして脳循環が加速しているからかしら。
それとも彼女の何かを期待しているような、黒い太陽めいた眼差しが、私を焼き焦がそうとしているから……。
訳もはっきりせず、耐えきれなくて逃げるように視線を下方へ逸らす。蜘蛛の巣柄の帯が目に入った。
如月なら黒体輻射のせいよねと冗談を言うだろうか。
そうしたらきっと私は、彼女の眼球が私の体を温かくする程の熱を獲得するまでに熱変性を起こして機能を失うわねぇと答えるだろう。
そして如月は分子シャペロンを投入すれば良いんじゃないかしらと応じて、私は分子シャペロンの話から派生して蛋白質という日本語はオランダ語のeiwitから訳されて誕生したという説もあるのよねぇと返しながら、今日は何か卵料理を作ろうかしら〜と鼻歌交じりにステップを踏んで、この場を去れるのに。
思考を幾分か横道に逸らしたおかげで、リストが作曲した内の一つ、『孤独の中の神の祝福』――私が精神の調整に使う一曲――を聴いているときのように、心が落ち着いてきた。
すると熱気を感じることはなくなっていた。錯覚って厄介ね。
視線を上げ、私を見込む瞳と対峙する。
右。左。右。三歩前進しつつ、下から腕を組む姿勢を一瞬だけ取る。
その勢いで右腕だけ肘から先を回して、手首を内側に曲げたまま肩の高さまでもってくる。人差し指をピンッと立て一拍置く。
指先に二人の視線が集まったのを確認してから、一指を顎の横に添える。
「そんなに大層な事じゃないわぁ。ただすこ〜し気になることがあるのよねぇ。こ・れ。消火器なの?」
視線の集う指を闇照らす行燈に向ける。彼女は行燈へ近づき持ち上げる。すると中には消火器があった。
「これはね、格納箱だよ。消防法で設置義務はどこの鎮守府や警備府等にもあるんだけれど、消火器のあの鮮烈な赤色を剥き出しにされるのは、この鎮守府には似つかわしくないからさ。苦心したよ。」
「そんな風になっているのねぇ。行燈にしか見えなかったから消火器って文字に疑問が出ちゃって。答えが浮かばなかったわぁ。」
満足そうな笑みを浮かべながら女はうんうんと頷く。
「そっかそっか。うん。今日の会合は半プライベートなものだからね。気になることは臆することなくボクらに問いたまえ。ね、烏山。」
「では小生から一つ。今回の話し合いの場に曙君を引っ張ってくるのに何を使った?」
烏山提督は鳶色の瞳を彼女に向けた。あなたが質問するの?
「図書券を使ったよ。烏山との会合で護衛をしてくれたら図書券とお食事券のどちらか好きな方をあげるって。そしたら即座に図書券欲しいって乗ってきた。何か欲しい本でもあったのかな?」
ねぇ、もうひとつ聞いてもいいかしらと私は言う。女はひとつと言わずいくつでもと答えた。
「烏山提督から二人とも上層部の人間と聞いたのだけれど、具体的にはどこの地位にいるの?」
女はゆっくりと首を傾げた。1秒経過。ふっと息を吹いたかと思うと袖で鼻から下を隠し、体を小刻みに震わせた。
笑っているような泣いているような声が漏れて聞こえる。おかしい質問だったかと自分の言動を振り返るが、何も思い当たらない。
「はぁあっ、ははっ。いや、ごめんごめん。ちょっと面白くて。さて、希望通りに答えようか。烏山は人事のトップだよ。要望を取り入れながらこの人間はここ、この艦娘はここという感じに配置の計画を立てたり、提督採用試験の面接とかが仕事だね。」
女神のような微笑が彼女の口角に浮かんだ。
「そしてボクはね。大本営のトップ、いわゆる元帥だよ。」
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