191: ◆6yAIjHWMyQ[saga]
2019/03/19(火) 17:21:20.37 ID:1VtF/uQA0
玄関ポーチに到達し、烏山提督の革靴の音が止む。一拍遅れて、私と玉砂利の演奏も幕を引いた。灰色の碁盤の上に二人で並ぶ。
正面へ顔を上げる。木で作られた両引き戸が鎮座していた。木製縦格子に、それらを繋ぐように整然と填められた乳白色の擦りガラスは自形の石英、つまり水晶、その結晶面のような形をとっている。
そこにただ存在しているだけの空虚な玄関だった。不用意に人を近付けさせまいと威圧感をだしていた正門とは打って変わった印象を受ける。
それと同時に何かが引っかかった。4枚建戸のあちこちに視線を巡らす。後頭部に火花が散った。京都の料亭で見た、銅製蝶が飾られた合掌引手にそっくりだ。
あの料亭は、前の提督が――――。思考を断絶。ここで思い出したところで何になるのか。多少は晴れた心を無駄に曇らす必要はない。
思考の破片を振り払うように顔を右に向ける。烏山提督は、玄関の壁にある呼鈴を押さずに扉を見つめているだけだった。
「そのインターホン、鳴らさないの?」
「鳴らさなくてもあちらから来るよ。」
烏山提督は口に手を当て、軽くあくびをしながら答えた。ずっと運転をしていたから少し疲れているのかしら。後で何か恩返しをしよう。
あくびが収まると、彼はあぁと声を出した。
「ここの提督にだけは荒潮の事情をすでに話した。彼女に話を通しておいたほうが安全性および秘匿性が高まる。」
笑顔で大事なことを世間話のように話された。
一瞬身構えたが、しかしこのタイミングで公開されたのならこの情報はさほど重要ではないのだろう。彼を信じよう。
「それ、大丈夫なの?」
されど念には念をいれる。用心には網を張れ。
「大丈夫。信頼出来る人だよ。小生と同じ、いわゆる上層部の一人だからね。」
「あぁ、でもあっちのほうが上だ。」という彼の呟きがすぅっと消えて、そこそこの権力という無駄な謙遜はいらないと思った。
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